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加子母の里山資源 : 「域学連携」による地域づくり

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Academic year: 2021

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(1)❖特 集❖. 加子母の里山資源 「域学連携」による地域づくり — —. ら良質な木曽ヒノキがたくさんあっ. . た の で、 江 戸 時 代 に 尾 張 藩 の 所 領 と. 田口 幸子 私 が 暮 ら す 中 津 川 市 加 子 母 は、 岐 阜県中津川市の中でも最北端にあり. 三 〇 % を 超 え て い ま す が、 元 気 な お. に 満 た な い 状 況 で す。 高 齢 化 率 は. で保育園に至っては一クラス二〇人. 学校は二五人から三〇人の一クラス. そ の 脇 に 集 落 が あ り ま す。 現 在 小 中. 母 は、 国 道 沿 い に 加 子 母 川 が 流 れ、. 人 口 三 千 人、 約 千 世 帯 が 暮 ら す 加 子. そ ん な 加 子 母 は、 面 積 の 九 四 % を 森 林 が 占 め る 自 然 豊 か な 山 村 で す。. 事 も よ く 取 り 上 げ ら れ て い ま す。. 車両基地が中津川市に出来るという. れ ま し た。 最 近 で は、 リ ニ ア の 駅 や. て、 テ レ ビ な ど で も よ く 取 り 上 げ ら. は、 長 野 県 山 口 村 と の 越 県 合 併 と し. 川 市 加 子 母 と な り ま し た。 合 併 当 時. 市 に 近 隣 の 町 村 と 編 入 合 併 し、 中 津. 母 村 で し た が、 平 成 一 七 年 に 中 津 川. 曽川下流域の名古屋へ繋がっていま. 子 母 川 へ と 流 れ、 長 い 時 間 を か け 木. で は、 エ メ ラ ル ド グ リ ー ン の 水 が 加. 女渓谷と呼ばれる辺りの最上流地域. 子 母 は 木 曽 川 の 上 流 地 域 で あ り、 乙. が り が 深 く、「 千 年 の 森 」 が あ る 加. こ の 事 か ら わ か る よ う に、 実 は 加 子母と名古屋は歴史的にも昔から繋. す。. 城本丸御殿の復元にも協力していま. 路 城 な ど の 伝 統 建 築、 ま た、 名 古 屋. れ る 式 年 遷 宮 の ご 用 材 や、 皇 居 や 姫. な く、 伊 勢 神 宮 で 二 十 年 に 一 度 行 わ. 東濃桧として産直住宅となるだけで. た。 そ ん な 加 子 母 の 木 曽 ヒ ノ キ は、. というくらい大切に守られてきまし. が禁止されていて、「桧一本首一つ」. ま し た。 加 子 母 の 村 人 で さ え 入 る 事. して制度が作られ大切に守られてき. 朴 葉 寿 司 な ど も あ り ま す が、 区 民 ま. 名 で す。 名 物 に 鶏 (ケ イ) ち ゃ ん や. 加子母は林業だけでなく農業も盛 ん で、 飛 騨 牛 と ミ ネ ラ ル ト マ ト が 有. す。. 近年も盛んに交流させて頂いていま. つ り に 加 子 母 が ブ ー ス を 出 し た り と、. れ た り、 北 区 や 千 種 区 な ど の 区 民 ま. い ま す。 他 に も、 な ご や 環 境 大 学 の. 名古屋から市民の方が植樹に訪れて. す。 こ こ に は、 平 成 二 十 年 か ら 毎 年. として平成名古屋市民の森がありま. 子母には名古屋城本丸御殿復元記念. の 壁 画 に 描 か れ て い ま す。 ま た、 加. 事 も あ り、 そ の 様 子 は 加 子 母 の 公 園. 子 母 の 周 辺 は 裏 木 曽 と 呼 ば れ、 昔 か. ま す。 も と も と は 岐 阜 県 恵 那 郡 加 子. 年寄りが多く活き活きと活動されて. つりで物販などするとすぐに売れて. 講座で加子母を訪れるツアーが行わ. み え る 方 が 多 い の に 比 べ て、 少 子 化. す。 昔 は こ の 川 を 使 っ て 加 子 母 か ら 加 子 母 の 地 場 産 業 は 林 業 で す。 加. 熱田区の貯木場へ木材を運んでいた . が 大 き な 問 題 と な っ て い ま す。. 写真1 加子母地区眺望. 4.

(2) ❖特 集❖ 加子母の里山資源 —「域学連携」による地域づくり—. そ ん な 加 子 母 は、 昔 な が ら の 生 活 が 今 で も 多 く 残 っ て い ま す。 ほ と ん. れ て お り 宝 物 と な っ て い ま す。. 昔から大切に住民の手によって守ら. 文 化 な ど 地 域 に 根 付 く も の 全 て が、. に い ら し た り と、 林 業 ・ 農 業 ・ 伝 統. は息子の勘九郎さんがトークショー. 披 露 公 演 が こ の 明 治 座 で 行 わ れ た り、. れた一八代目中村勘三郎さんの襲名. 伎 が 行 わ れ る だ け で な く、 亡 く な ら. 治 座」 は 有 名 で、 住 民 に よ る 地 歌 舞. 年 に 建 て ら れ た 芝 居 小 屋 「加 子 母 明. し ま う 人 気 物 で す。 ま た、 明 治 二 七. いるIターンの方が積極的に地域づ. そ れ は、 一 〇 年 以 上 前 か ら 定 住 し て. 下 さ る 方 を ウ ェ ル カ ム に 受 入 れ ま す。. 的他の地域にくらべると外から来て. に 参 加 し ま す。 加 子 母 の 住 民 は 比 較. 地区の行事にも積極的に住民と一緒. で 移 住 さ れ る I タ ー ン の 方 が 多 く、. 加 子 母 に は 農 業 や 林 業、 様 々 な 職 種. そ ん な 昔 な が ら の 山 村 で す が、 決 し て 閉 鎖 的 な 地 域 で は あ り ま せ ん。. た 山 村 で す。. 暮らしがまだ多く残るゆったりとし. は 山 水 が 引 い て あ っ た り と、 昭 和 の. 突 か ら 煙 が で て い ま す。 他 に も 家 に. だ あ り、 夕 方 に な る と あ ち こ ち の 煙. し、 お 風 呂 を 薪 で 焚 い て 入 る 家 も ま. ま し た。 加 子 母 の 住 民 は 比 較 的 ゆ っ. て引き継がれて立派な木を育ててき. 加 子 母 の 地 場 産 業 で あ る 林 業 は、 一〇〇年単位で親子何代にもわたっ. ん で み え ま す。. 性を活かした住宅づくりにも取り組. 暖 房 な ど に 活 用 し た り と、 地 域 の 特. し て、 薪 ス ト ー ブ で 発 生 し た 熱 を 床. ん で い ま す。 ま た、 大 工 さ ん が 工 夫. 設に薪ボイラーを導入する事業が進. 並 び ま す。 そ し て、 今 年 度 は 公 共 施. 夕 方 に な る と、 こ の ス タ ン ド の ま わ. 積 ん で い る 軽 ト ラ を よ く み か け ま す。. で は、 荷 台 に 温 泉 用 の ポ リ タ ン ク を. の お 風 呂 で 温 泉 に 入 り ま す。 加 子 母. る の で、 そ れ を 家 に 持 っ て 帰 り 自 宅. じ で す が、 お 金 を い れ る と 温 泉 が 出. 組 み を 考 え て 現 在 稼 働 し て い ま す。. 地区にきちんとお金が回るような仕. た。 地 形 の 高 低 差 を 活 か し て、 ま た、. 用した小水力発電を昨年導入しまし. 富 な 自 然 資 源 を 活 か し て、 用 水 を 利. く 地 域 だ と 思 い ま す。 た と え ば、 豊. ま た、 行 政 も 地 域 の 将 来 を 考 え、 地域住民と一体となって積極的に動. い 事 で す。. にとって人口が増えるのは大変嬉し. も ち ろ ん、 少 子 高 齢 化 が 進 む 加 子 母. き た 事 が 大 き な 理 由 だ と 思 い ま す。. 課題に取り組む事業を行ってきまし. 緒になって地域の伝統を継承したり. そ ん な 加 子 母 で は、 二 〇 年 前 か ら 「域学連携」という地域と大学が一. し て い ま す。. 加子母という地域はゆったりと存在. 資 源 を 活 か し た 事 業 も 行 い な が ら、. 良 き 農 村 の 生 活 を 残 し つ つ、 地 域 の. よ う な 気 が し ま す。 少 子 高 齢 化 は 確. そんな木のサイクルとよく似ている. え る 人 が 多 い と 感 じ ま す が、 そ れ は. たりとした性格で長い目で物事を考. りにはポリタンクを積んだ軽トラが. ど の 世 帯 が 自 分 の 山 を 持 っ て お り、. く り に 参 加 し て 下 さ り、 I タ ー ン の. 「映画中村勘三郎」が上映される時. 薪 ス ト ー ブ の 家 も 多 く 存 在 し ま す。. 方が地域に入りやすい地盤を作って. そ の 他 に も、 温 泉 ス タ ン ド が 加 子 母. た。 そ ん な 「域 学 連 携」 の 取 り 組 み. か に 大 き な 問 題 で す が、 昔 な が ら の. に は あ り ま す。 仕 組 み は 自 販 機 と 同. 5. こたつも掘りごたつの家は多いです. 写真2 加子母の温泉スタンド.

(3) 幹 事、 リ ー ダ ー を 決 め て、 加 子 母 で. 参 加 す る た め、 各 大 学 か ら 幹 事 や 副. ま す。 そ ん な 木 匠 塾 は 様 々 な 大 学 が. 第一声がでるほど地域に浸透してい. 生 が い る と 「木 匠 塾 の 子 か な ?」 と. 七 大 学 が 参 加 し て お り、 加 子 母 に 学. 実 習 で す。 現 在 関 東 ・ 関 西 を 中 心 に. 習いながら建築物を完成させる建築. 週間の合宿の中で地元の大工さんに. 「加子母木匠塾」。 この事業は、約二. 同 時 に、 道 具 の 使 い 方 や 技 術 を 大 工さんに教えていただく機会を作っ. 上 か け て 行 っ て い き ま す。. で も 頻 繁 に や り と り を し て、 半 年 以. る 時 だ け で な く、 電 話 や メ ー ル な ど. ま す。 こ の 作 業 を、 毎 月 加 子 母 に 来. しっかり話し合いながら進めていき. 談 し て、 施 主 と な る 地 域 住 民 と も. 工務店の方と設計や材料について相. 実 施 す る か を 決 め、 担 当 と な る 地 元. の 要 望 を 聞 き、 各 大 学 で ど の 要 望 を. 木匠塾は地域住民の要望に応える 施 主 制 度 で 行 っ て い ま す。 地 域 か ら. き ち ん と 行 え ま す。. ジをなかなか持ってもらえませんで. り し て、 大 学 生 に 対 し て 良 い イ メ ー. ワイワイやって住民から苦情がでた. 木 匠 塾 が 始 ま っ た 頃 は、 交 通 マ ナーが悪かったり夜遅くまで大声で. う と 努 力 し て い ま す。. 合宿をどの大学も大切な時間にしよ. 一年かけて準備してきたこのメイン. え ら れ る よ う 生 活 に メ リ ハ リ を つ け、. す が、 ケ ガ な く し っ か り と 工 期 を 終. み ん な で 賑 や か に」 が 楽 し い 時 期 で. ど も 交 代 で 行 い ま す。「 夜 遅 く ま で. 生 活 班 も 決 め、 食 事 や 洗 濯、 掃 除 な. が、 生 活 面 も き ち ん と す る よ う に と. ま た、 メ イ ン 合 宿 の 時 期 に は 一八〇名ほどの大学生が一緒に木造. ち ん と あ る か ら こ そ、 メ イ ン 実 習 が. 毎 月 幹 事 会 を 行 っ て い ま す。 メ イ ン. た り、 林 業 に 関 す る 歴 史 を 学 ぶ 機 会. し た。 し か し、 教 え て い た だ く 工 務. を こ れ か ら ご 紹 介 し ま す。. 実 習 は 八 月 の 二 週 間 で す が、 毎 月 何. も 積 極 的 に 作 っ た り し て い ま す。 併. 自分たちももっと加子母を知りたい. な く、 地 域 の 方 に 喜 ん で も ら い た い、. たちが製作物を作り満足するだけで. く 作 ろ う と 工 夫 も し て い ま す。 自 分. ら お 年 寄 り ま で、 つ な が り を よ り 広. さ ら に、 合 宿 中 に は 地 域 住 民 と の 交 流 イ ベ ン ト を 企 画 し、 子 ど も 達 か. み 制 作 物 を 完 成 さ せ て い き ま す。. 知 っ て い た だ く よ う、 合 宿 に 取 り 組. 自分たちの取り組みを地域の方に. を 使 っ て 情 報 発 信 を し た り し な が ら、. と い う 広 報 誌 を 作 成 し た り、 S N S. 知 っ て い た だ く た め に、 木 匠 塾 通 信. 思 う よ う に な り、 年 々 地 域 と の 交 流. と 地 域 に 関 わ り た い と、 学 生 自 身 が. 喜 ん で も ら い た い、 自 分 た ち も も っ. 自分たちももっと加子母の人たちに. な 人 と 人 と の 繋 が り や 温 か さ に 触 れ、. な 差 し 入 れ を 下 さ る 地 域 の 方。 そ ん. れ る 工 務 店 さ ん。 頑 張 っ て と い ろ ん. う に な り ま し た。 仕 事 の 時 間 を 割 い. つながりを大切にと考えてくれるよ. バ イ ス か ら、 年 々 各 大 学 が 地 域 と の. て下さる多くの地域の方などのアド. て い る 方 と の 繋 が り、 そ し て 関 わ っ. 店の方とのやりとりやお世話になっ. て自分たちに様々な事を教えてく. と、 様 々 な 企 画 を 行 っ て い ま す。. 施設に寝泊まりする事になるのです. 時 間 も か け て 加 子 母 に 集 ま り、 全 大. せ て、 地 域 の 方 へ 自 分 た ち の 活 動 を. ま ず、 平 成 七 年 に は じ ま り、 今 年 二〇年目を迎えた木造建築を学ぶ. 学で顔を見ながら話合う幹事会がき. 写真3 加子母木匠塾の様子. 6.

(4) ❖特 集❖ 加子母の里山資源 —「域学連携」による地域づくり—. 使 っ て く れ た り も し ま す し、 木 匠 塾. 当時の学生が仕事で加子母の木を. る の が 本 当 に 嬉 し い で す。 最 近 で は、. 第二の故郷のように思ってくれてい. て き て く れ ま す が、 み ん な 加 子 母 を. も多くのOBやOGが加子母に帰っ. く れ た か ら だ と 思 っ て い ま す。 今 で. がりのあたたかさを加子母で感じて. の 繋 が り の 大 切 さ や、 人 と 人 と の 繋. て き て く れ る 子 が 多 く い る の は、 心. 卒業したあとも加子母に頻繁に帰っ. お施主さんは自治会であったり老 人 ク ラ ブ で あ っ た り と 様 々 で す が、. う な 存 在 に な り ま す。. の 繋 が り は と て も 大 き く、 家 族 の よ. とのやりとりから生まれる人と人と. び ま す。 特 に、 施 主 と な る 地 域 住 民. を 通 し て の 学 び な ど、 様 々 な 事 を 学. 人とのつながりの大切さや集団生活. に 建 築 技 術 を 学 ぶ だ け で な く、 人 と. き 継 い で い ま す。 こ こ で は、 た だ 単. 地域との繋がりを大切にする心も引. 見 て お り、 各 大 学 の 想 い だ け で な く. 子 も い ま す。 先 輩 の 姿 を 後 輩 は 良 く. 中には四年間加子母に通ってくれる. 来 上 が り ま し た。. に 力 を 入 れ 工 夫 も 重 ね、 今 の 形 が 出. ン サ ー ト で す。. げ た い !」 と い う 想 い で 始 ま っ た コ. ここで本物の楽器の音を聞かせてあ. 機 会 の な い 山 村 地 域 の 子 ど も た ち に、. 香 士 先 生 が 「本 物 の 楽 器 の 音 を 聞 く. 治座を訪れた東京藝術大学・田中千. どもご紹介した芝居小屋の加子母明. 年 目 を 迎 え ま し た。 こ ち ら は、 先 ほ. 明治座クラシックコンサートも十七. 木 匠 塾 の 話 ば か り し ま し た が、 そ の 他 に も、 東 京 藝 術 大 学 O B に よ る. て 存 在 し 続 け る と 思 い ま す。. は 加 子 母 の 「域 学 連 携」 の 柱 と な っ. い た だ い て い ま す。 今 後 も、 木 匠 塾. を 表 彰 す る 「 オ ー ラ イ ニ ッ ポ ン !」. 村 の オ ー ラ イ (往 来) の 活 性 化 事 例. 二四年に農林水産省の都市と農山漁. 思 い ま す。 木 匠 塾 の 活 動 は、 平 成. 取り組む学生の姿勢があるからだと. よ う な 想 い と、 と に か く 一 生 懸 命 に. 地域住民の方の学生を見守る親心の. 動 し て い る か ら だ と 思 っ て い ま す し、. 学生と行政が非常にバランス良く活. く の 方 に 聞 か れ ま す。 私 は、 地 域 と. た、 息 の 長 い 活 動 が で き る 理 由 も 多. そ ん な 木 匠 塾 は、 加 子 母 で 活 動 す る 大 学 の お 手 本 に な っ て い ま す。 ま. 来 事 も ち ら ほ ら 出 て き ま し た。. ように二〇年たってこその新たな出. た 参 加 を し て 下 さ っ て い ま す。 こ の. 木造建築の明治座で行うクラシッ ク コ ン サ ー ト は、 専 用 の ホ ー ル と は. に 楽 し み に し て い ま す。. 毎年このクラシックウィークを本当. の 住 民 で す が、 子 ど も か ら 大 人 ま で. クラシックを聴く機会のない加子母. ロ の 素 晴 ら し い 方 ば か り で す。 普 段. 楽 団 に 在 籍 さ れ て み え る 方 な ど、 プ. 海外で活躍している方や各地の交響. 下 さ っ て い ま す。 演 奏 さ れ る 方 は、. だ 教 え 子 の 皆 さ ん が、 毎 年 開 催 し て. な ら れ ま し た が、 先 生 の 遺 志 を 継 い. 残念ながら田中先生はお亡くなりに. し た り、 地 域 の 子 ど も 達 と 一 緒 に 行. や 小 学 校、 デ ィ サ ー ビ ス な ど で 演 奏. し た が、 今 で は 加 子 母 地 域 の 保 育 園. う ミ ニ コ ン サ ー ト も 行 っ て い ま す。. に今年から参加している名城大学の. 木匠塾は各大学サークルのような 形 で の 参 加 が 多 い の で す が、 学 生 の. 柳 沢 研 究 室 は、 柳 沢 先 生 自 身 が 加 子. 最初は明治座でのみ開催していま. 7. の 大 賞 を 受 賞 す る な ど、 広 く 認 め て. 母 木 匠 塾 の O B で あ り、 世 代 を 超 え. 写真4 明治座クラシックコンサート.

(5) サ ー ト に 訪 れ て 下 さ い ま す。. さ れ て、 県 外 か ら も 多 く の 方 が コ ン. ま す。 こ の 独 特 の あ た た か さ に 魅 了. 道 具 さ ん に 負 け ず 劣 ら ず 的 確 で、 加. B、 O G は 舞 台 で の 指 示 も 地 元 の 大. れを後輩にもつなげていく大切な役. ち と の 繋 が り を 大 切 に 持 ち 続 け、 そ. O B、 O G は、 地 元 の 大 道 具 さ ん た. の 経 験 を し、 そ の 後 社 会 人 と な っ た. 正 直、 実 際 に 演 奏 さ れ る 方 に 満 足 な 謝 礼 を 払 え て い な い の が 現 状 で す。 子母歌舞伎には欠かせない存在で. また違うあたたかな時間を作り上げ. し か し、 演 奏 者 の 方 は、 田 中 先 生 の. す。 そ ん な 先 輩 の 姿 を み て、 学 生 は. 目 を 担 っ て く れ て い ま す。 そ ん な O. せ て あ げ た い」 と い う 想 い を 大 切 に. 「子ども達に本当の楽器の音を聞か. 活 動 を 続 け て い ま す。 こ こ で も、 心. 田中先生の想いのもと一つになって. 解 し あ っ て、 演 奏 者 と 地 域 み ん な が. す。 そ の 互 い の 気 持 ち を み ん な が 理. 学 連 携 を ス タ ー ト さ せ ま し た。 今 ま. 事 業 の 採 択 を う け、 新 規 大 学 と の 域. 以上のような三本柱が加子母には あ り ま す が、 昨 年、 総 務 省 の モ デ ル. る 良 い 形 な の だ と 思 っ て い ま す。. こ の ス タ イ ル も ま た、 長 年 継 続 で き. も ち ろ ん わ か る の で す が、 こ の ワ ー. 多く外に出てからでも故郷の良さは. 業すると一回は地域の外に出る子が. た。 加 子 母 の 子 ど も 達 は、 高 校 を 卒. ワークショップを行って下さいまし. 授 の ゼ ミ は、 加 子 母 中 学 校 三 年 生 の. 自分たちに出来る事を一生懸命こな. のつながりが息の長い活動の元に. で、 関 東 関 西 圏 ば か り で し た が、 こ. クショップはまだ加子母から出た事. し、 そ し て 卒 業 し て か ら も 加 子 母 に. な っ て い ま す。. こ名古屋をはじめとする中部圏の大. 改 め て 感 じ る 時 間 に な り ま し た。 そ. 加 子 母 に 来 て 下 さ り、 加 子 母 で は 地. 明 治 座 で は、 秋 に 加 子 母 歌 舞 伎 公 演 も 行 わ れ ま す。 中 津 川 を は じ め と. 学 と の 連 携 も 多 く 生 ま れ ま し た。. し て、 普 段 交 流 の な い 大 学 生 の お 兄. 域の方が協力して演奏者の方へ少し. する東濃地域は地歌舞伎が盛んな地. そ の い く つ か を ご 紹 介 し ま す が、 ま ず は じ め は、 今 日 こ の 後 お 話 し さ. さ ん お 姉 さ ん と の 関 わ り は、 本 当 に. 帰ってきて活動を続けてくれていま. 域 で、 芝 居 小 屋 が 多 く 存 在 し ま す。. れ る 名 古 屋 大 学 の 高 野 教 授。 先 生 は. 大 き な も の に な り ま し た。 こ の ワ ー. でも加子母で良い時間を過ごしてほ. 加 子 母 に も 歌 舞 伎 保 存 会 が 存 在 し、. 以前から加子母に足を運んで下さっ. クショップは毎年継続して行う事が. す。 現 役 と O B、 O G が 一 緒 に 活 動. 年 に 一 回 公 演 を 行 い ま す が、 そ の と. て い ま し た が、 こ の 事 業 に あ た っ て、. 決 ま り、 今 年 度 の ワ ー ク シ ョ ッ プ も. す る の は こ の 武 蔵 野 美 術 大 学 だ け で、. きに舞台美術を地元の大道具さんと. 加子母にある温泉スタンドの活用に. し い と、 美 味 し い 郷 土 料 理 の 御 飯 づ. 一 緒 に 担 っ て く れ る の は、 活 動 一 三. つ い て 学 生 と 一 緒 に 考 え、 管 理 団 体. 行 わ れ ま し た。. くりや運営スタッフなどをしていま. 年 目 を 迎 え る 武 蔵 野 美 術 大 学 で す。. に 提 案 を し て 下 さ い ま し た。. のない中学生が自分の故郷の良さを. 生 徒 と 「加 子 母 の 将 来 に つ い て」 の. こ こ は ま た 活 動 が 独 特 で、 現 役 の 学 生 を O B、 O G が リ ー ド し て く れ. このワークショップはこの一日で. ま す。 学 生 の 時 に 加 子 母 で 舞 台 美 術. 他 に は、 日 本 福 祉 大 学 の 千 頭 聡 教. 写真5 「加子母の将来について」ワークショップ. 8.

(6) ❖特 集❖ 加子母の里山資源 —「域学連携」による地域づくり—. ど も 達 を み て、 学 生 も 自 分 自 身 の 故. これは日本福祉大学の先生から 伺 っ た の で す が、 そ ん な 加 子 母 の 子. 思 っ て い ま す。. さに改めて気づかせてもらったと. さ る 姿 に、 私 自 身 も 自 分 の 故 郷 の 良. に 話 し 合 っ た 故 郷 へ の 想 い を、 保 護. い ま す。 子 ど も 達 が 学 生 と 一 生 懸 命. 一緒に加子母の将来について話しあ. シ ョ ッ プ と の 延 長 と し て、 保 護 者 と. 三年生は日本福祉大学とのワーク. ろ ん、 学 生 も 参 観 に 訪 れ ま す。 中 学. 地 域 住 民 誰 も が 参 観 で き ま す。 も ち. り、 そ の 日 は 地 域 の 方 が 先 生 と な り、. か ぎ り で す。. 大切な時間になっているのが嬉しい. ん に と っ て も、 お 互 い に 故 郷 を 想 う. の 子 ど も 達 に と っ て も、 学 生 の 皆 さ. て 欲 し い と 願 っ て み え ま す。 加 子 母. 想 い、 暮 ら す 場 所 で 地 域 づ く り を し. 学生自身も将来自分の故郷を大切に. 先 生 も、 こ の よ う な 経 験 を 通 し て、. そ ん な 名 工 大 は、 今 年 加 子 母 に あ る 住 宅 展 示 場 を 拠 点 に し て、 少 人 数. す。. た だ き、 学 生 も 交 え て 現 在 進 行 中 で. 学の枠を超えて多くの方にご協力い. な 形 を 残 し な が ら の 耐 震 工 事 は、 大. て 下 さ い ま し た。 木 造 建 築 の 伝 統 的. ま た、 雨 漏 り な ど 老 朽 化 し た 明 治 座の耐震改修工事のきっかけも作っ. と住民の話に耳を傾けて聞いてくだ. 繋 げ て く れ て い ま す。 加 子 母 に は 郷 に つ い て 改 め て 考 え る そ う で す。. 終 わ り で は な く、 中 学 校 で も 授 業 と 「加子母教育の日」という行事があ. 者の方と一緒にさらに深く話し合っ. で加子母に滞在する学生の受入れや. し た り、 地 歌 舞 伎 に 参 加 す る な ど、. そ し て、 最 後 に ご 紹 介 す る の は 名 古 屋 工 業 大 学。 こ ち ら は 昨 年 藤 岡 伸. 昨年以上に地域に密着した活動を. て い く 姿 が 本 当 に 印 象 的 で、 故 郷 を. リ ン グ コ ー ス づ く り や、 三 名 の 方 が. 行 っ て い ま す。 加 子 母 の 木 工 所 と 学. 大 切 に 想 い、 将 来 自 分 た ち が 「加 子. 加 子 母 を テ ー マ に 卒 論 を 書 き、 様 々. 加子母の風景を映像に残す映像プロ. 地 域 と の つ な ぎ 役、 ま た 学 生 同 士 の. な 提 案 を し て 下 さ い ま し た。. ジ ェ ク ト な ど も 立 ち 上 げ、 地 域 の 課. 交流の場の提供などを行ってくれて. 名工大の活動は自転車での移動が 多 い の で す が、 こ の 自 転 車 を 使 っ て. 題に寄り添うような活動も始めてく. 子教授のゼミが加子母に来てくださ. 地 域 を 回 る の は、 車 で 回 る よ り も 多. れ て い ま す。. り、 加 子 母 に 今 あ る 資 源 を 活 か し た. く の 発 見 が あ り ま す し、 地 域 住 民 と. 母に帰ってきてもっと良くしていこ. の 触 れ 合 い も 生 ま れ、 地 域 に 溶 け 込. 今 ご 紹 介 し た 大 学 以 外 に、 今 年 も 新 規 の 大 学 が い く つ か 加 子 母 を 訪 れ、. う」 と い う 子 ど も 達 の 言 葉 に、 本 当. むスピードが他の大学よりも本当に. 連携が取れるようにと取り組んで下. い ま す。 そ の 他、 地 域 内 の 広 報 に 学. 早 か っ た と 思 い ま す。 加 子 母 の 自 然. さ っ て お り、 地 域 と 大 学 と の 連 携 の. 生ページを設けて活動の様子を報告. の 中 で 私 も 生 ま れ 育 っ た の で、 こ の. 輪 が 広 が る だ け で な く、 大 学 間 で の. 地域活性化に取り組んで下さいまし. 自然が当たり前だと思って過ごして. た。 加 子 母 の 景 観 を 活 か し た サ イ ク. き た の で す が、 加 子 母 に 残 る 山 村 文. 交 流 も 行 わ れ、 加 子 母 で つ な が る 学. 生 の コ ラ ボ に よ る 木 工 プ ロ ダ ク ト や、. 化のどの事にも興味を持ちじっくり. 9. に 勇 気 づ け ら れ ま す。. 写真6 加子母で活動する名工大の学生たち.

(7) 昔ながらの生活も大切にしながら自. え る こ の よ う な 小 さ な 山 村 の 住 民 が、. 都会から離れていろいろと不便にみ. 学生も勉強として山村文化から 様 々 な 学 び が あ る の だ と 思 い ま す が、. 元 気 に 活 躍 し て く だ さ っ て い ま す。. く と い う か、 特 に お 年 寄 り は 本 当 に. たちも自分たちの暮らしに自信がつ. て く だ さ る 事 に よ っ て、 加 子 母 の 方. き 合 い ま す。 学 生 が 多 く 加 子 母 に 来. 本当に自分の子どもや孫のように付. と し て く れ る 学 生 の 事 が か わ い く て、. うに大切に思っていろいろと学ぼう. 地 域 の 方 々 も、 自 分 た ち が 当 た り 前に大切にしてきた暮らしを同じよ. て い き た い と 思 っ て い ま す。. に加子母がなって行くことを目指し. 場 所。 そ ん な、 形 の な い キ ャ ン パ ス. に集まって一緒になって活動できる. 域 の い ろ ん な 学 部 の 大 学 が、 加 子 母. る よ う な 場 所。 そ し て、 い ろ ん な 地. ば と 思 っ て い ま す。 加 子 母 の ど こ に. い大学のキャンパスのようになれれ. 今後も加子母は「域学連携」を行っ て い き ま す が、 加 子 母 全 体 が 形 の な. と 思 っ て い ま す。. に出たときに活かしていただければ. に こ れ か ら も 知 っ て い た だ き、 社 会. この域学連携を通して学生の皆さん. ん な 加 子 母 の 人 の 想 い や 暮 ら し も、. 物事をどっしりと考えている所があ. 分たちの故郷に誇りを持って活き活. 生 の 輪 も 広 が っ て い ま す。. き と 暮 ら す 姿 を み て、 何 か を 感 じ て. そ ん な 加 子 母 の 想 い を、 名 工 大 の 学生が二〇一三年度の卒業設計とし. いうかあまり前に出たがらないので. す。 加 子 母 の 人 は 恥 ず か し が り 屋 と. 暮らしを考える事が体についていま. 自分たちの孫の世代までを見越して. 母 の 人 た ち は、 目 先 の 事 だ け で な く. 世代につなげる仕事をしてきた加子. 生 き 続 け ま す。 そ ん な 子 ど も や 孫 の. その後材木になっても一〇〇年以上. き ま す。 一 〇 〇 年 か け て 育 て た 木 は、. と大切に手入れをして木を育ててい. 最 初 に も お 話 し し ま し た が、 加 子 母 の 人 た ち は、 代 々 何 十 年、 何 百 年. て い た だ け れ ば と 思 い ま す。 い つ で. 足 を 運 ん で い た だ き、 加 子 母 を 感 じ. 今日会場に来てくださった皆さん に も、 機 会 が あ っ た ら ぜ ひ 加 子 母 へ. ど、 嬉 し い 事 が 続 い て い ま す。. も お 散 歩 マ ッ プ」 も 賞 を 受 賞 す る な. た、 加 子 母 の 魅 力 が 詰 ま っ た 「か し. 形 と な っ て い る 素 敵 な 作 品 で す。 ま. ん と 受 け 止 め、 学 生 の 地 道 な 努 力 が. を 受 賞 し ま し た。 地 域 の 想 い を き ち. 学」 と 題 し た こ の 作 品 は、 様 々 な 賞. て 制 作 し て く れ ま し た。「 加 子 母 大. 行っても誰と話しても学びの場とな. り ま す。 技 術 や 伝 統 だ け で な く、 そ. く れ て い る と 思 い ま す。. す が、 と に か く ゆ っ た り と か ま え て. も 加 子 母 で お 待 ち し て い ま す。. 写真7 「加子母大学」. 10.

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