韓国の国家人権委員会法と障害者差別禁止法 (特集
アジアの障害者立法 -- 国連障害者権利条約への対
応)
著者
崔 栄繁
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
181
ページ
4-7
発行年
2010-10
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004396
●はじめに
二〇〇一年以降、韓国では、障 害者に関する法的環境が大きく変 わった。 ﹁国家人権委員会法﹂ ︵二 〇〇一年︶ 、﹁障害のある人の権利 に 関 す る 条 約 ﹂︵ 以 下、 障 害 者 権 利 条 約 ︶︵ 二 〇 〇 六 年 ︶、 ﹁ 障 害 者 差別禁止及び権利救済等に関する 法 律 ﹂︵ 二 〇 〇 七 年、 以 下、 障 害 者差別禁止法︶の制定・批准がさ れたことである。この間の韓国に おけるダイナミックな動きは、決 して偶然の産物ではなく、障害者 や関係者による粘り強い運動の成 果といえよう。障害者差別禁止法 の制定においては、以下に見るよ う に、 ﹁ 障 害 者 差 別 禁 止 法 制 定 推 進 連 帯 ﹂︵ 現 在 の﹁ 障 害 者 差 別 禁 止 実 践 連 帯 ﹂。 以 下、 ﹁ 障 推 連 ﹂︶ という NGO ネットワークが法制 定の動きを主導した。 本稿では、韓国のこうした動き を受けて、まず、さまざまな分野 の差別を包括的に禁止する国家人 権委員会法について紹介する。つ ぎに障害者差別禁止法の制定過程 と内容を概観し、二〇〇八年四月 の障害者差別禁止法施行後の動き について紹介する。そして、 現在、 日本で進められている障害者に関 する制度改革の重要な課題となっ ている障害に基く差別を禁止する 法制度確立の手がかりのひとつと したい。Ⅰ
.国家人権委員会法
1.韓国の障害者と関連法制度 本論に入る前に、韓国の障害者 の 現 状 に つ い て 簡 単 に 紹 介 す る。 障害者数については、障害者福祉 法において、 一五の障害に類別し、 軽重による等級を設け、障害者登 録 す る 登 録 制 度 を 規 定 し て お り、 これが参考となる。二〇〇八年現 在、韓国の登録障害者数は二二四 万 七 〇 〇 〇 人 で あ り、 全 人 口 の 五 % に達しない。 つぎに、障害者に関連する法制 度である。教育関係の﹁障害者等 に 対 す る 特 殊 教 育 法 ﹂︵ 二 〇 〇 七 年 制 定 ︶、 障 害 者 福 祉 サ ー ビ ス 等 関 連 の﹁ 障 害 者 福 祉 法 ﹂︵ 一 九 九 〇年制定︶ 、﹁障害者雇用促進並び に職業リハビリテーション法﹂ ︵一 九九〇年制定︶公共の建造物や情 報におけるバリアフリー施策の推 進について規定している ﹁障害者 ・ 高齢者・妊婦等の便宜増進保障に 関する法律﹂ 、﹁交通弱者移動便宜 増進法﹂ ︵二〇〇五年制定︶ 、政府 省庁や公共機関において障害者企 業の製品の購買計画目標を定めて いる ﹁障害者企業活動促進法﹂ ︵二 〇 〇 五 年 制 定 ︶、 そ し て 障 害 者 差 別禁止法が存在する。 2.国家人権委員会法 ⑴ 国家人権委員会の組織体制と役 割 二〇〇一年に施行された国家人 権委員会法は、国内人権機関のあ り方の原則を定めた﹁国家機構の 地 位 に 関 す る 原 則 ﹂︵ い わ ゆ る パ リ原則︶に基づいた人権機関であ り、国家の機関である﹁国家人権 委員会﹂の組織設置法である。六 三の条文で成り、 第一章 ﹁総則﹂ ︵第 一 条 ∼ 第 四 条 ︶、 第 二 章﹁ 委 員 会 の 構 成 と 運 営 ﹂︵ 第 五 条 ∼ 第 一 八 条︶ 、第三章 ﹁委員会の業務と権限﹂ ︵第一九条∼第二九条︶ 、第四章 ﹁人 権 侵 害 及 び 差 別 行 為 の 調 査 と 救 済﹂ ︵第三〇条∼第五〇条︶ 、第五 章 ﹁補則﹂ ︵第五一条∼第五五条︶ 、 第 六 章﹁ 罰 則 ﹂︵ 第 五 六 条 ∼ 第 六 三条︶となっている。 同第二条は、国家人権委員会の 役割について規定している。人権 とは、憲法と韓国が批准した国際 人権条約、国際慣習法により人権 と し て 認 め ら れ て い る も の と し ︵第一項︶ 、第四項で﹁平等権侵害 の差別行為﹂として、 性別、 宗教、 障害、年齢、社会的身分、出身地 域などの一八分野について、雇用 やサービスや施設等の利用などに おいて特定の人を優待・排除・区 別し、並びに不利に取り扱う行為韓国
の
国家人権委員会法
と
障害者差別禁止法
崔
栄
繁
国連障害者権利条約への対応韓国の国家人権委員会法と障害者差別禁止法
ならびに、セクシャルハラスメン ト行為を禁止している。 第三条では、国家人権委員会は 司法、立法、行政という三権から 独立した国家機関としての独立性 が規定されている。本法の適用範 囲を韓国国民と韓国領域内に居る 外 国 人 と 定 め︵ 第 四 条 ︶、 第 五 条 で委員会の構成について、公正で 独立的に業務を遂行することがで きる一一名の委員や委員長の任命 等について規定している。委員長 と四名の委員は大統領が指名する こととなっており、一定程度、大 統 領 の 影 響 力 を 受 け る こ と に な る。障害差別調査課が国家人権委 員会法や障害者差別禁止法におけ る 障 害 差 別 を 担 当 す る 部 署 と な る。 救済の手続きについては、第三 〇条で、差別行為を受けた当事者 のみならず、その事実を知ってい る 人 や 団 体 も 申 立 が 可 能 で あ る、 と規定し、申立がない場合も一定 の要件の下で職権調査が可能とし た。 調査対象はすべての国家機関、 地方自治体、各級学校、私人︵法 人、団体、私人︶である。手続き としては、まず、申立のあった案 件について調査を行うか棄却する かを決定する。そして調査を行っ たものに対し、是正勧告を出すか 却下をするかを決定する。是正命 令権はない。是正勧告は、加害側 の実名を公表し、公示する。重大 な事例についてはマスコミ報道も される。 国家人権委員会は、国家人権委 員会法による人権救済の他に、二 〇〇八年四月から障害者差別禁止 法 に お け る﹁ 障 害 者 差 別 是 正 機 構 ﹂、 す な わ ち 差 別 救 済 機 関 と し ての役割を担うこととなった。 ⑵実効性 国家人権委員会法における実効 性の問題、即ち、差別是正のため の命令権は付与されず、是正勧告 の み 行 使 し う る 点 に つ い て で あ る。二〇〇八年に行われた障害者 差別禁止及び権利救済等に関する 法 律 説 明 会 に お け る 資 料 に よ れ ば、二〇〇一年一一月から二〇〇 七年一二月までの障害差別申立事 件における勧告件数総五〇件のう ち、勧告の受容率は九五・七 % で あり、 民間部門は一〇〇 % である。 さらに、国家機関が調査に乗り出 すことで、被申立人がみずから申 立て内容について受容し、申立て 内容が解決する例が多いとの事で あり、差別事例についての救済機 能は、一定程度、有効に作用して いると見ていいだろう。Ⅱ
.
障害者差別禁止及び
権利救済等に関する法律
および同施行令
1.障害者差別禁止法制定の経緯 二〇〇一年から NGO による障 害者差別禁止法制定活動が本格化 する。二〇〇三年四月、五八団体 が障推連を結成した。障推連はた だちに、団体関係者や法律家など の専門家が参加する法制定委員会 で法案作成にとりかかった。二〇 〇 四 年 九 月、 ﹁ 障 害 者 差 別 禁 止 及 び権利救済等に関する法律︵案︶ ﹂ を九月に発表し、法学者等の諮問 討論会を経て、一一月に全一〇四 条に三つの付則という修正案︵以 下、障推連案︶を公表した。 二〇〇五年九月、民主労働党よ り、障推連案に若干の修正を加え た民主労働党案が国会に発議され た。実質的に障推連案が国会に出 されたことになる。 二〇〇六年五月、大統領諮問貧 富 格 差 是 正 委 員 会 の 提 案 に よ り、 政 府 一 二 の 関 係 省 庁 と 障 推 連 に よって﹁障害者差別禁止法民官共 同 企 画 団 ﹂︵ 以 下、 共 同 企 画 団 ︶ が結成された。 企画団会議が七回、 小委員会が五回開催され、ここで の議論のベースとなったのが、民 主労働党案すなわち障推連案であ る。しかし、独自の障害者差別禁 止委員会、 是正命令、 懲罰的賠償、 立証責任の転換等の問題について は意見が分かれたまま、九月に共 同企画団案が作成された。 その後、 残された争点の妥協が図られ、二 〇〇七年三月六日の本会議で採択 さ れ た。 四 月 一 〇 日 に 公 布 さ れ、 その一年後の二〇〇八年四月一一 日より施行となった。現在、本法 の所管省庁は保健福祉省障害者政 策局障害者権益支援課である。な お、同課は障害者権利条約第三三 条 に よ っ て 規 定 さ れ て い る fo cal point ︵担当部局︶も兼ねている。 2.障害者差別禁止法の内容 ⑴概要と総則部分 障害者差別禁止法は計六章、五 〇カ条と付則から成る。 第一章 ﹁総 則﹂ ︵第一条∼第九条︶ 、第二章 ﹁差 別 禁 止 ﹂︵ 第 一 〇 条 ∼ 第 三 二 条 ︶、 第三章 ﹁障害女性及び障害児童等﹂ ︵第三三条から第三七条︶ 、第四章 ﹁ 障 害 差 別 是 正 機 構 及 び 権 利 救 済 等﹂ ︵第三八条∼第四五条︶ 、第五 章﹁ 損 害 賠 償・ 立 証 責 任 等 ﹂︵ 第 四六条∼第四八条︶ 、第六章 ﹁罰則﹂ 第四九条∼第五〇条︶となってい る。 障害の定義については、第二条 二号で身体的・精神的損傷または 機能喪失が長期間にわたって個人招 く 状 態、 と し て い る。 障害を理由︵事由︶ 条 一 項 ︱ 二 ︶、 正 当 な 便 、 A等の差別類型、いわゆ つ で あ る﹁ 正 当 な 便 宜 ﹂ は、 第 四 条 一 項 ︱ 四 で、 障 害 の な い 人 と 同 等 に、 る た め、 障 害 者 の 性 別、 便 宜 施 設・ 設 備・ 道 具・ 害者の救済と、積極的差別是正措 置を行わなければならないと規定 し、 同 条 二 項 で は﹁ 正 当 な 便 宜 ﹂ 供与のための技術的・行政的・財 政的支援を義務づけしている。第 一項の内容が具体的に国や自治体 に対する積極的な措置の請求権を 指すのか、今後の法の運用に注視 すべきである。 ⑵各論部︱第二章、第三章 第二章は、 各論部分である。 ﹁雇 用﹂ ︵第一〇条∼第一二条︶ 、﹁教育﹂ ︵ 第 一 三 条 ∼ 第 一 四 条 ︶、 ﹁ 財 と 用 益﹂ ︵第一五条∼第二五条︶ 、﹁司法 ・ 行 政、 サ ー ビ ス 及 び 参 政 権 ﹂︵ 第 二六条、第二七条︶ 、﹁母 ・ 父性権 ・ 性等﹂ ︵第二八条∼第二九条︶ ﹁家 庭 ・ 家族 ・ 福祉施設 ・ 健康権等﹂ ︵第 三〇条∼第三二条︶というタイト ルとなっている。 ﹁ 雇 用 ﹂ に 関 し て は、 第 一 〇 条 では募集から解雇までの差別を禁 止している。第一一条は正当な便 宜供与規定であり、第一二条では 採用以前の医学的検査を禁止して いる。ちなみに日本と同様、義務 雇 用 制 度 を 採 っ て い る 韓 国 で は、 積極的差別是正措置である義務雇 用制と障害者差別禁止法は相互補 完的な役割を果たすと理解されて いる。教育に関して、第一三条一 項では、教育責任者は障害者の入 学 支 援 お よ び 入 学 を 拒 否 で き ず、 転校を強要できない、 としている。 韓国は原則統合 ︵インクルーシブ︶ 教育を前提にしており、興味深い 規定である。第三節は動産や不動 産取引、建物や交通機関へのアク セス、情報アクセス、文化芸術活 動や体育活動における差別を禁止 し て お り、 第 六 節﹁ 家 庭・ 家 族・ 福祉施設・健康権等﹂では、福祉 施設職員だけでなく、家庭内や家 族関係による障害者に対する不利 益取り扱いを禁止している。 第三章として個別に障害女性や 障害のある子どもについて規定さ れ て い る。 ﹁ 性 に よ る 差 別 ﹂ は 本 法第二八条で禁止しているが、個 別に障害女性の章が設けられてい るのは、障推連の法案作りに女性 障害者・団体が、女性障害者の声 をまとめるための一つの﹁枠﹂と し て 主 体 的 に 参 画 し た た め で あ る。 ⑶救済に関する規定 本 法 の 中 核 の ひ と つ を な す の が、第四章から第六章にいたる救 済に関する規定である。 差別是正機構については第四章 に規定されており、国家人権委員 が本法における第一次的な救済機 関となる。第四三条では、国家人 権委員会の勧告不履行の際に法務 大臣に是正命令をすることができ るとした。 二元的救済制度である。 手続き等に関しては国家人権委員 会法に準拠する形となる︵第四一 条︶ 。 第五章では損害賠償と立証責任 について規定されている。第四六 条では﹁損害賠償﹂について定め ており、第一項では、加害者が故 意または過失がなかった点を立証 し な け れ ば な ら な い と し て お り、 立証責任の転換をしている。また 同条第二項と第三項では、被害者 の 財 産 上 の 損 害 額 認 定 に つ い て、 差別行為をした者が得た利益等か ら被害者の相当の損害額を認定す ることができる、 と規定している。 これは、障推連が当初より主張し ていた懲罰的賠償制度の規定との 引 き 換 え に 導 入 さ れ た も の で あ り、被害者への救済の側面が強化 されたと評価できる。また、第四 七条では差別行為の有無について 誰が証明するかという立証責任に つ い て、 ﹁ 配 分 ﹂ と い う 形 で 妥 協 したが、少なくとも加害者側も障 害に基づく差別がなかったことを 立証しなければならなくなった。