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ASEAN経済協力の始動要因とASEAN Way : 国際情勢への対応と機構的特殊性

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(1)ASEAN 経済協力の始動要因と ASEAN Way ──国際情勢への対応と機構的特殊性── 吉 川 敬 介*. 1.はじめに. 山 影 進( 1991, 1997, 2001, 2003 ),Amitav Acharya( 2001 ),Pushpa Thambipillai and. 本研究は,対外的影響に脆弱な東南アジア地. Saravanamuttu(1985)によるものが代表的で. 域において設立されるに至った東南アジア諸国. あろう.特に岡部達味と山影進においては,前. 連合(Association of Southeast Asian Nations,. 者は ASEAN の機能自体をそれまでの新機能. ASEAN)の 機構特性 を 念頭 に 据 え,1970 年. 主義的な統合理論で捕らえることの限界を述. 代から推進された初期の ASEAN 経済協力に. べ,Pushpa Thambipillai らの「コンセンサス・. ついて,その始動要因および経緯について考. モ デ ル」を 引用 し て ASEAN が 独自 の ルーズ. 察 を 進 め る も の で あ る.ASEAN が 欧州連合. な ASEAN を 域内紛争鎮静化・対域外集団交. (European Union, EU)と は 異 な る 統合形態. 渉であるとしてその機能を位置付けた.後者は. を 見 せ な が ら も,最高規範 で あ る「ASEAN. 多 く の ASEAN 関連議事録 や 非公式会合 の 記. 憲章」 (ASEAN Charter)が発効された現在,. 録による事実に基づき,東南アジア諸国の独. ASEAN を開発途上国における統合問題理解の. 立,共産化に対する安全保障問題,そして地域. ための対象として,その政策実現の経緯と背景. 協力機構の構想はじまりから ASEAN 設立に. に関する研究は,その特殊性と問題点を明確化. 至る過程を詳細に明らかにし,安全保障という. する上で欠かす事はできない.よって,本研究. 政治的 な 事象 に そ の 設立意義 を 見出 し た.ま. ではこれまでに展開されてきた ASEAN 経済. た経済協力の展開と,ASEAN 地域フォーラム. 協力について先行研究および諸議論を踏襲した. (ASEAN Regional Forum, ARF)プ ロ セ ス の. 上 で,初期 の ASEAN 経済協力 の 設立 プ ロ セ. 拡大についても言及し,岡部達味と同様に一貫. スに焦点を絞り,域内外からもたらされた始動. してアジア地域における政治的情勢との関連に. 要因の明確化と成立プロセスの分析を通じて,. 注視した分析を行っており,ASEAN の歴史的. ASEAN 経済協力の統合問題における特殊性に. 背景や今日展開されている政治経済協力につい. ついて論じる.. て理解するために欠かすことはできない.. 2.先行研究と本研究の狙い. また Pushpa Thambipillai らによって分析が 進められた ASEAN における意思決定プロセ. 2. 1 代表的な ASEAN 研究. スは,その研究によって所謂「コンセンサン. ASEAN 研究において政治的接近を試みてい. ス・モデル」であると表現されたが,Amitav. る も の で は,岡部達味(1977, 1989) ,黒柳米. Acharya はその意思決定プロセスを「ASEAN. 司( 1977, 2003, 2005, 2006) ,佐 藤 考 一( 2003,. Way」と 表現 し,ASEAN 独自 の 方式 と し て. 2006) , 深 海 博 明( 1977) , 南 義 清( 1977) ,. 初めて定義した.これらの概念を用いる形で,.

(2) 66. (66). 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 1・2 号(2009 年 8 月). 黒柳米司は ASEAN におけるこれまでの政治. び 清水一史 に よ る 研究 は 大 き な 意義 を 持 つ.. 経済協力 と,東南アジア地域における安全保. Suriyamongkol は 外部提言 に 基 づ い て 展開 さ. 障に目を向け,ASEAN Way の解明,そして. れ た 初期 の ASEAN 経済協力 に つ い て,そ れ. 東南 ア ジ ア 平和・自由・中立地帯(Southeast. ら提言の概要と展開されたプロジェクトの実施. Asian Zone of Peace, Freedom, and Neutrality,. に お け る 各国 の 対応,そ し て 政治経済両面 に. ZOPFAN)の 政治的意義 を 説明 し た.ま た,. おける背景について明らかにし,それは初期. これ に 関連 し て 佐藤考一はこうした ASEAN. の ASEAN 経済協力を扱う多くの研究の礎と. Way という規範に基づいて行われる会議外交. なっている.そして清水一史による研究では,. について説明し,それが「レジーム」であると. ASEAN 経済統合に関する経済学的な研究の欠. 表現している.. 落 が 問題視 さ れ,初期 の ASEAN 経済協力 を. ASEAN に お け る 経済協力 に つ い て の 研. 「集団的輸入代替重化学工業化戦略」と し て 位. 究 は, 小 林 英 夫(2000) , 清 水 一 史(1998) ,. 置付けつつ,その後に進展した BBC スキーム. Chia Siow Yue( 1998, 2003) ,Jose L. Tongzon. に関する実証分析や,統合理論に関する研究に. (1998),Joseph L.H. Tan(1997),Mohamed. 基づいた ASEAN 経済協力の分析が行なわれ. Ariff( 1993, 1998, 2003),Naya and Plummer. た.また岡部達味が新機能主義の限界を述べて. (1991) ,Suriyamongkol(1988) に よ る 研究. 統合理論から離れたのとは対照的に,彼は政治. が 意義深 い.小林英夫 は,日本企業 か ら 見 た. 経済統合における諸理論をパッチワークとして. ASEAN の工業化という観点から,日系自動車. リンクさせることの必要性を提唱し,ASEAN. 企業の東南アジア進出過程とその結果について. 経済協力に対する統合理論からの接近を積極的. 詳細かつ具体的な研究を行っている.この研究. に試みた2).. 自体が ASEAN を中心にしたものではないが, ASEAN 工業化協力,特に比較的新しいスキーム. 2. 2 ASEAN Way に関する議論. である自動車部品相互補完計画(Brand to Brand. 今日,政治経済両面 に お け る ASEAN 域内. Complementation Scheme, BBC )や ASEAN 産. 協力を始めとする参加国の意思決定プロセス. 業 協 力 計 画(ASEAN Industrial Cooperation. は,「ASEAN Way」と呼ばれる ASEAN 独自. Scheme, AICO)における日系自動車関連企業の. の方式に依存していることが広く知られてい. ネットワーク拡大の様相を実証研究に基づいて. る.これは Puspa Thambipillai(1985)によっ. 明らかしている点で重要であろう.Mohamad. て説明された ASEAN における意思決定プロ. Ariff は ASEAN 工業化協力 と 近年 の ASEAN. セスを基にした概念である.彼は,意見の相. 自 由 貿 易 地 域( ASEAN Free Trade Area,. 違は排除および完全に否定されず,また参加. AFTA)のメカニズムについて詳細に論じた.. 者それぞれの最終的な見解が最初の見解から. ま た Joseph L. H. Tan は AFTA に 象徴 さ れ. 逸れて形成されるためにそのコンセンサスが. る ASEAN 域内経済協力 の 変化 の 背景 に,①. 慎重に形成されるという独自の「コンセンサ. 1980 年代前半における競争的グローバル経済. ス・モ デ ル」が ASEAN の 意思決定 プ ロ セ ス. の発生,② IT 革命,③①による企業の経営革. に存在すると考え,インドネシアの言葉を用. 新,④国民国家 を 超 え た グ ローバ ル な 社会・. い て「ム シャワ ラ・ム ファカット・シ ス テ ム. 文化網の分散,⑤地域主義の台頭を挙げ1),他. 3) (musyawarah and mufakat systems) 」と 表. とは異なる観点に基づいて ASEAN 域内経済. 現 し た4).ま た 岡部達味(1987)は,ASEAN. 協力の転換を捉えている.. の集団的交渉機関としての成功要因として,加. こ う し た 研究 の 中 で,Suriyamongkol お よ. 盟国間の共通点や域内平和・安定への姿勢以外.

(3) ASEAN 経済協力の始動要因と ASEAN Way(吉川). (67). 67. に,ASEAN のルーズな機構特性から生じたこ. 自規範に基づいて運営されてきた ASEAN の. の「コンセンサス・モデル」を挙げ,それが主. 特殊性について理解することは,今日までの. 権やナショナリズムを尊重せざるを得ないと. ASEAN 域内協力を分析する上で不可欠な分析. いう地域事情から必然的なものであったこと. 要素である.. 5). を指摘した .これらの概念を踏襲する形で, Acharya(2001)はこの「コンセンサス・モデ. 2. 3 統合理論と ASEAN 統合. ル」が抽象的な概念ではなく,域内政治経済協. 今日まで,EU や 北米自由貿易協定(North. 力を前進させるうえで実践的な手法であったこ. American Free Trade Area, NAFTA )に代. とを指摘し,多角的な枠組みの中で和解できな. 表される経済統合の動きは世界的に拡大して. い国家間の相違をごまかすためには実践的で熟. きた.途上国においても同様の傾向が見受け. 慮された手法として評価し, これらを「ASEAN. られるが,それは今になって始まったことで. 6). Way」として表現したのである .. はない.1960~70 年代にかけて,ラテンアメ. こ の ASEAN Way に 対 す る 理解 に つ い て,. リカではラテンアメリカ自由貿易連合(Latin. 黒柳米司(2003, 2005)は ASEAN の 持 つ「内. American Free Trade Association, LAFTA),. 政不干渉 の 原則」が ASEAN Way の 核心的規. 中 米 共 同 市 場( Central American Common. 範として存在していることを説明し,その行. Market, CACM),ア フ リ カ で は 西 ア フ リ カ. 動原理を次のように特徴付けた.①「曖昧さ」. 経 済 共 同 体( Communauté Economique de l’. (Ambiguity)─法的拘束 よ り 政治的合意 を 優. Afrique de l’Ouest, CEAO),西 ア フ リ カ 諸国. 先したり,制度化を敬遠したりするなどの非公. 経 済 共 同 体( Economic Community of West. 式主義.②「沈黙」 (Silence)─面子を重視し,. African States, ECOWAS).近年では,ラテン. 公開の場では他国を批判しないなどを含む内政. アメリカにおける南米南部共同市場(Mercado. 不干渉主義.③「漸進主義」 (Evolution)─合. Comú del Sur, MERCOSUR),アフリカではア. 意の成立を急がず,弱者の歩調に合わせて機の. フリカ連合(African Union, AU)が設立された.. 熟すのを待つ姿勢.④「順応」 (Accommodation). 途上国における統合は,その参加国が国民・国. ─ 2 国間対立を公的に論じず,棚上げという解. 家形成の過渡期にあり,且つ政治体制が脆弱で. 決を許容する姿勢.⑤「善隣」 (Neighborliness). ある場合が多く,その構想自体が停滞・破綻に. ─地域 の 独自性 を確信し,域外からの干渉を. 追い込まれる危険性を孕んでいる.ASEAN も. 峻拒 す る 地域自助路線7).こ れ ら 5 つ の 特徴. そうした危険性を有していた機構であり,実際. は,ASEAN における会議外交や意思決定プロ. に ASEAN の設立へと至る過程において多く. セスに基づいたある種の規範であり,実質的な. の地域協力構想が頓挫していった 8).このこと. ASEAN Way の定義として捉えることができ. は今日までに EU 研究をベースに培われてきた. る.. 機能主義および新機能主義などによって構築さ. EU がその前身である欧州共同体(European. れた「統合理論」が,途上国における統合問題. Community, EC), そ し て 欧 州 経 済 共 同 体. を理解するうえで,十分なものではないことを. (European Economic Community, EEC)であっ. 示唆している.. た時代から憲法文書として位置付けられてい. 機能主義において,統合における現象を動. た 1957 年ローマ条約をその規範として運営さ. 態的に分析した代表的な研究者として Balassa. れてきたことを考慮すれば,憲法もしくは憲. (1961)が挙げられる.彼は,Viner(1950)の. 法に順ずる文書に基づいた行動規範を有さず,. 貿易転換効果 に 象徴 さ れ る 交易条件効果 に つ. ASEAN Way という一見曖昧且つ抽象的な独. い て,交易条件 は Mill が 提唱 し た 相互需要説.

(4) 68. 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 1・2 号(2009 年 8 月). (68). に基づき決定されるのであって,その統合体が. 力を通じた対域外対話の場において,1 つの統. 貿易財の国際価格に影響を及ぼさない程小規模. 合体として既に認識されており,加盟国間にお. であればその効果も損なわれ,逆に統合が大規. ける政治統合は著しく進展していると考えられ. 模であれば交易条件効果も大きいことを主張. る こ と か ら,実質的 に は 単 な る「自由貿易地. し,経済統合における「規模の経済」実現の重. 域」だけの低い段階には留まっていないと推察. 9). 要性を主張した .また,技術の成長とその利. できる.Balassa の統合理論は経済部門という. 用,そして産業間の相互依存性といった外部経. 機能的分野における統合深化を前提とする「機. 済,効率的な企業投資や外資流入という投資な. 能主義アプローチ」であり,域内外で政治協力. どについても言及し,Balassa はこれらの統合. についても急速に展開している ASEAN に適. に よって 生 じ る 静態的効果. 10). を 個々に 展開 し. 用するには不十分である.. 組み合わせることによって,構造的且つ長期的. Balassa の統合理論に依拠する機能主義アプ. な「動態的分析」を行った.. ローチ が 統合段階 の 深化 を 経済部門 に 限定 す. 彼の統合理論においての重要な功績は,経済. るのに対し,新機能主義アプローチは経済・政. 統合という現象を,機能的(経済的)事象に限. 治という両部門における統合を説明する.ア. 定して段階的に区分し,定義したことである.. メリカの国際政治学者である Haas(1958)に. この経済統合の 5 段階区分によれば,経済統合. より提唱された「スピルオーバー概念」は,そ. は,低い段階から次のように進展する.①「自. の新機能主義アプローチにおける代表的な理論. 由貿易地域」 (Free-trade Area)─加盟国間 の. である.Haas は,共同体がその経済活動のあ. 関税及び数量障壁が撤廃されるが,対域外関税. る部門において統合を進めると,その分野で活. については統一しない.②「関税同盟」 (Customs. 動し利害関係を有する団体は,それによって生. Union)─域内関税撤廃による自由貿易地域形成. じた利益を統合によるものであると認識し,そ. に加え,域外国に対する対外関税が均一化され. の団体は各国政府に対して統合を更に推進する. る.③「共同市場」 (Common Market)─貿易. よう圧力をかけると主張した.そしてこの行動. 上の制限の撤廃にとどまらず,構成国間での資. 原理に基づいて,統合によって利益を受ける経. 本・労働力等生産要素の移動に関する制限も撤. 済分野と他分野との間に生じたその格差を是正. 廃 さ れ る.④「経済同盟」 (Economic Union). するために,最終的に経済的圧力が他分野へと. ─共同市場を基礎として構成国間で経済政策の. 波及(スピルオーバー)することで他分野にお. 調整がある程度行われる.⑤「完全な経済統合」. いても統合を促進することを説明した.また欧. (Complete Economic Integration)─金融・財. 州 石 炭 鉄 鋼 共 同 体( European Coal and Steel. 政・景気政策をはじめとする経済政策が完全に. Community, ECSC)における統合政策と労働. 統一され,超国家的機関も設置される11).. 組合とを事例として提唱されたこの概念におい. この Balassa の統合 5 段階説によれば,域内. て は,経済部門 と 政治部門 と の 間 で 政治参画. 関税の撤廃を目的とする AFTA が形成されな. 機会を有する民間団体が,部門間に生じた統. がらも,その関税引き下げを規定する共通効. 合段階を是正する調整機能を果たしたとされ,. 果 特 恵 関 税( Common Effective Preferential. Haas は部門間で生じた統合ギャップにおいて. Tariff, CEPT)協定によって対域外関税の均一. 非政治部門の行動主体(アクター)の存在を重. 化は計られていないという ASEAN 経済統合. 視した13).. は,未 だ 第 1 段階 の「自由貿易地域」に 過 ぎ. ま た 鴨武彦(1989)は,上記 の Haas に 代. ないということになる.しかしながら,近年. 表 さ れ る 新機能主義理論 が 主張 す る 国際統合. 12). ASEAN は ARF や ASEAN+3. という政治協. を,「既成の主権国家に優位する政治共同体を.

(5) ASEAN 経済協力の始動要因と ASEAN Way(吉川). (69). 69. 達成する過程」 (超国家主義の政治過程)とし. 2. 4 本研究での問題意識と論点. た 上 で,4 つ の 理論過程 を 立 て た.①「非強. これらの先行研究によって,今日に至るまで. 制」 (non-coerciveness)─軍事的強制 に よ る. の ASEAN における経済協力の展開と域外ダ. 脅威によるものではなく,説得の政治過程に. イアログの拡大様相は明らかにされてきたが,. よる も の で,国々の政府の自発的意思に基づ. 本研究において注目するのは,第 1 に,これら. く.②「波及」 (spillover)─統合現象 が あ る. の研究においても扱われてきた経済協力の「始. 部門から始まると,その部門特有の「機能的特. 動要因」,そして第 2 に,経済協力の推進プロ. 殊性」が働き,他の部門へ波及する.③「政治. セスに見る機構的「特殊性」の問題である.. 化」 (politicization)─初期 の 段階 で は 技術的. 前者の始動要因については,これまでの既. で非論争的な性格を有するが,統合に参加し関. 存研究によって大まかに 2 つの見方が存在す. 与するアクターは共通利益を生み出す必要性に. る.例えば,山影進によって論じられたよう. 迫られ,そのために論争性を高め「政治化」す. に,貧困を温床とする共産主義への対応とい. る.④「紛 争 解 消」 (conflict resolution)─政. う ASEAN 設立以前 の 地域協力構想 か ら の. 治部門におけるアクター間の利害対立は,統合. 動機.そ し て も う 1 つ は,清水一史 が 論 じ た. 過程の進展に伴い,政府間・非政府間に関わら. よ う に,当時 の 世界的 な 経済危機 を 背景 に 途. 14). ず最終的に解消される .これら新機能主義に. 上国 に よって 起 こった 新国際経済秩序(New. おいては,経済部門における統合現象(自由貿. International Economic Order, NIEO)に 基 づ. 易,関税同盟など)が,経済的動機や事象のみ. く経済発展への動機という見方である.結果的. に帰するものではなく,その経済的事象を誘引. に国連による勧告が引き金となって経済協力へ. する政治現象と背景,そしてそこに介在するア. と取り組みが開始されたという見方は共通して. クターを構成要素として組み込むことが重視さ. おり,本研究においてもそれは同じである.し. れている.. かしながら,前者のように政治協力に熱心だっ 15). 南義清(1977)によって批判されたように ,. た 当時 の ASEAN に 対 し て,設立以前 か ら の. 政治分野と非政治分野の分離が明白でない東南. 反共対策としての経済協力という動機,言い換. アジア諸国においては協力参加に際して政治・. えれば政治的要因に基づいた経済協力の推進を. 非政治両面における取り組みが必要とされるた. 始動要因の中核に据えることは,国際経済的な. め,これら機能主義,及び新機能主義というそ. 潮流からもたらされた外的影響が加味されず,. れぞれの区分に基づいた単一的分析は適切では. ASEAN の内発的動機だったかのような誤解を. ない.また清水一史(1998)は,こうした統合. 招く可能性がある.また後者に関しても,当時. 理論を支える様々な理論の中で適用し得るもの. の冷戦化した東南アジア地域の政治的背景につ. とそうでないものを選別するパッチワークの理. い て,ZOPFAN の 成立 と,ASEAN 政治協力. 16). 論を提案したが ,多くの問題を抱える途上国. の経緯説明を通じて論じてはいるものの,それ. による統合を分析するためにはそれでも十分と. が ASEAN 経済協力 の 始動要因 の 1 つ と は 位. は言い難い.途上国統合の分析に際してはパッ. 置付けられていない.当時の ASEAN および. チワーク型の統合理論に加え,そこに介在する. 加盟国の脆弱性を考慮すれば,先述した南義清. 特殊性 の 説明,す な わ ち 機構的脆弱性 お よ び. によって批判された ASEAN に対する統合理. ASEAN Way と い う 不確定要因 を 説明変数 と. 論の適用方法と同様に,経済協力の始動要因に. して組み込むことが必要である.. ついて政治・経済の双方からもたらされる影響 を分離して論じるのは適切とは言えない.本研 究では,異分野間での複雑な相互影響の結果,.

(6) 70. (70). 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 1・2 号(2009 年 8 月). ASEAN 経済協力が始動するに至ったという認. した解決へのプロセスにあった.. 識 の 下 で,初期 の ASEAN 経済協力 に お け る. 1968 年に発生した「コレヒドール事件」(も. 始動要因の分析を試みる.. しくは「ジャビダーの虐殺」)を発端に,サバ. ま た 第 2 の「特殊性」に つ い て の 問題意識. 領有権問題をめぐるマレーシア対フィリピンと. は,これまでの研究において統合理論に基づい. いう対立構図が再燃し,その結果,両国の国交. た ASEAN 経済協力に対する分析の試みが十. 断絶 へ と 発展 す る18).しかし,1969 年 12 月,. 分ではないという筆者自身の現状認識に基づい. マレーシアのカメロン高地で開催された第 3 回. ている.もちろん ASEAN に対する統合理論. ASEAN 閣僚会議(ASEAN Ministerial Meeting,. の適用の困難性と批判は岡部達味や清水一史ら. AMM)において,ホスト国であったマレーシ. によって説明されてきたが,ASEAN Way と. アのラーマン首相は開会に際し,彼がフィリピ. い う 規範 と,初期 の ASEAN 経済協力 と い う. ンのマルコス大統領との間で,両国の多大な価. 統合現象の関連性については明確にされていな. 値を ASEAN に託すために,互いの親善と友好. い.2008 年 12 月 15 日 に 発効 さ れ た ASEAN. について話し合い,そして両国の和解について. 憲章においても明記されている通り,経済協力. 合意したことを表明し,事実上の国交回復が成. に関する意思決定において「ASEAN マイナス. された19).この問題においては,それまでの加. X 方式」が正式に採用されたわけだが17),これ. 盟国相互の仲介によってではなく20),ASEAN. は従来型の ASEAN Way をシステムとして反. 全体として対処された点21),及び AMM の場. 映および具現化させたものである.このコン. でその表明が成されたという事実から,これが. センサス方式こそが,機構的脆弱性を補うた. 事実上最初 の ASEAN 政治協力 で あった と 考. めに選択された方法であり,そして同時にそ. えられる.. れ は ASEAN の 特殊性 を 象徴 し て い る.初期. こ の 一連 の 出来事 に よ り,元々反共集団的. の ASEAN 経済協力 で は,ASEAN Way に 基. 特色を媒体として設立へと至った ASEAN は. づいた加盟国の選択と,それによって発生した. 更に政治的特色を強めることになったが,1960. 各プロジェクトの結果を見ることが可能であ. 年代末から 1970 年代初頭にかけてその機構的. り,それらの分析を通じて明らかにできる特殊. 方向性に変化が生じる.その背景には,第 1 に. 性は,国民国家形成の途上にある国々によって. 1971 年 11 月の ZOPFAN 宣言に象徴される冷. 行なわれる地域統合において,その推進と問題. 戦化する東南アジア情勢への対応,第 2 に南北. 解消のための 1 つの政策手法となり得るもので. 問題 に 起因 す る NIEO の 成立 と,そ れ に 関連. ある.こうした観点から,本研究では ASEAN. した国連調査報告書の存在が挙げられる22).以. Way という規範に象徴される ASEAN の機構. 下では,これら 2 点の背景について明らかにす. 的特殊性について,初期の経済協力を対象に分. る.. 析を行い,途上国における統合問題との関連で 論じる. 3.経済協力へ転換要因とその背景. 3. 2 政治的背景―東南アジア地域の冷戦化 ZOPFAN は冷戦化した東南アジア地域にお ける米中ソ関係の変化に伴って生まれた.マ. 3. 1 政治的協力からの脱却. レーシアと同盟関係にあったイギリスが,1968. ASEAN はその設立後数年は政治協力にその. 年 1 月にスエズ以東からの撤退を 1971 年まで. 比重を置いていた.そうした印象を決定付けて. を目途に完了することを発表したことに端を発. いたのは,設立後間もなく生じたマレーシア・. するが,当時の東南アジア地域ではより深刻な. フィリピンの衝突に対し ASEAN として行動. 冷戦構造への組み込みが生じており,その政治.

(7) ASEAN 経済協力の始動要因と ASEAN Way(吉川). (71). 71. 的状況が ZOPFAN 成立への契機となった.ソ. 協力への積極姿勢を相次いで表明しているとい. 連 の 対東南 ア ジ ア 姿勢 の 積極化,当時泥沼化. う事実は,ASEAN における経済協力に対する. の様相を見せていたベトナム戦争を背景にし. 姿勢が変化していることを裏付けるものであ. た 1969 年 7 月のニクソン・ドクトリンに基づ. る.. く米国の対東南アジア戦略の転換(米中和解) , そして 1971 年 11 月に中国が国連に加盟すると. 3. 3 経済的背景― NIEO と国連調査報告. いう一連の政治的環境の変化がそれである23).. 一般的に知られているように,1955 年にイ. こうした状況を受け,ASEAN 諸国は米国の東. ンドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフ. 南アジア離れに伴い中ソ勢力への対応策として. リカ会議において採択された「バンドン 10 原. 「中立化」という手段を選択する.そしてその. 則」に基づいて,途上国は非同盟諸国としての. 結果として ZOPFAN が採択されるが,これは. 結束を深めたわけであるが,それは南北問題. ASEAN 自体の政治色を更に印象付けるものに. への大きな布石であった.1960 年代に入ると,. なった.こ の 宣言 に よ り ASEAN は,反共諸. 南北問題への取り組みは重視され,1961 年 12. 国によって設立された機構であるというイメー. 月の国連総会では,ケネディ米国大統領によっ. ジの払拭を試みる反面24),その機構の政治色を. て「国連開発の 10 年」が提唱された.また同. 薄めることが必要とされたのである.. 時期には,構造主義アプローチに基づいた先進. 実際ニクソン・ドクトリンが発表された数ヵ. 国・途上国間 の 経済格差問題 へ の 取 り 組 み が. 月後にマレーシアのカメロン高地で開催された. 重視され,それは 1964 年の第 1 回国連貿易開. 第 3 回 AMM 以降,ASEAN に お け る 経済協. 発 会 議( United Nations Conference on Trade. 力の議論は活発化し,1971 年にフィリピンの. and Development, UNCTAD),そして 1968 年. マニラで開催された第 4 回 AMM においては,. の 第 2 回 UNCTAD で 行 な わ れ た ラ ウ ル・プ. フィリピンのマルコス大統領が ASEAN 共同. レビッシュ(R. Prebisch)による報告を経て,. 市場設立という最終目標の実現を強調すると共. 南北問題とその原因を構造主義的問題として捉. に,ASEAN 域内での決済同盟設立と,選択さ. える風潮が高まる要因となった.. れた商品に限定した自由貿易地域の早期形成を. こ の 流 れ に 沿って,1974 年 5 月 1 日 に 開催. 求めた25).またその翌年の 1972 年にシンガポー. さ れ た 国連 の 第 6 回特別総会 で は, 「新国際. ルで開催された第 5 回 AMM においても,シ. 経済秩序樹立 に 関 す る 宣言」 (Declaration on. ンガポール首相のリー・クァン・ユーが「現在. the Establishment of a New International. ASEAN で提案されている計画や事業は,将来. Economic Order)が 採択 さ れ,途上国 の 集団. の加盟 5 カ国における経済発展計画の統合とい. 的自立 が 謳 わ れ た NIEO の 樹立 へ と 至った.. う面に上手くフィットしていない非現実的なも. そして,このプレビッシュ報告では,「援助よ. のであり,それゆえに現在の ASEAN が域内. りも貿易を」というスローガンが提唱され,そ. 経済の統合に目標を置いていないという印象を. れは①一次産品国際商品協定,②工業化推進品. 受けている」と発言し,ASEAN の経済協力へ. 目への一般特恵関税,そして③ GNP1% の援助. の姿勢に対して不満を表明している26).第 1 回,. に よ る 工業化促進 と い う UNCTAD の 3 大要. 第 2 回の AMM で出された共同声明において. 求として反映されたのである27).. も域内協力のための各種委員会設置や委員会報. こうした国連および関係機関と南北問題を. 告によって挙げられた協力項目の承認は行われ. 背景 に,国連 に よ る 調査報告書 が ASEAN に. てきたが,このように開催国代表者らが開会ス. も た ら さ れ た.こ の 報告書 は 国連 の Journal. ピーチにおいて,経済統合を見据えた域内経済. of Development Planning No. 4 に 収 録 さ.

(8) 72. (72). 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 1・2 号(2009 年 8 月). れ「 Economic Cooperation among Member. ティブとなった.政治的な影響によって発生し. Countries of the Association of South East Asian. た内発的動機は,経済的な影響によってもたら. Nations ─ Report of a United Nations team」と. された外発的動機を許容する上で不可欠であ. して 1974 年に出版されているものであるが,実. り,1970 年代に推進された初期の ASEAN 経. 28 ). 際には 1972 年の 4 月に完成し ,正式に検討さ. 済協力は,これら両部門間の相互影響を要因と. れたのは前述したように第 5 回 AMM からで. して始動したと考えられる.. あった29).この報告書を手がけた調査チームは, 1968 年にインドネシアのジャカルタで開催さ. 4.ASEAN 経済協力の実践. れた第 2 回 AMM において承認された国連ア. 4. 1 国連調査報告書の狙い. ジ ア 極 東 経 済 委 員 会( Economic Committee. 当時の ASEAN は,1960~1970 年の 10 年間. for Asian and the Far East, ECAFE)の 調 査. に お い て ASEAN 加盟 5 カ 国全体 で 年率 5.2%. 申し出に基づき 1970 年 1 月に結成され,報告. という高い GDP 成長率を示しながらも33),そ. 書が完成し ASEAN に提出された後の 1972 年. こ に は 長期的 な 構造的問題 が 存在 し て い た.. 30). 6 月にその役割を終えている .. ASEAN 諸国 は 1960 年代 に 入って 工業化 が 進. ASEAN はこの調査に対応するために加盟 5. 展していたものの,その工業化の段階はいたっ. カ国の閣僚らによって構成される諮問委員会を. て低かった.そして 1960 年代後半においても. 設け31),諮問委員会と各種特別委員会による提. 農産品や簡単な製造品に基づく経済活動が大き. 案と国連調査報告書を踏襲した報告書を常任委. な割合を占め,特に将来経済を牽引するために. 32). 員会が AMM に提出する形で検討を進め ,後. 重要となる付加価値の高い製造品生産活動は低. 述する 1976 年 「ASEAN 協和宣言」 (Declaration. 迷していた.. of ASEAN Concord)により経済協力を実践し. 表 1 において明らかなように,シンガポール. ていった.. を除く他の ASEAN 4 カ国は伝統的部門への依 存度が高く,食品,飲料品,たばこに代表され. 3. 4 1970 年代 ASEAN 経済協力の始動要因. る低付加価値産品の生産へ集中していた.同時. 先述してきたように,1960 年代から 1970 年. にエネルギー資源開発や高付加価値の工業製品. 代にかけての ASEAN を取り巻く国際情勢は,. 生産に必要な金属・化学薬品などの分野は低い. 政治・経済 の 両面で劇的に変化してきた.東. 水準にあり,また機械や電子機器のような資本. 南アジア地域の冷戦化への対応として ASEAN. 財部門においては極度の偏差が生じていた.す. 諸国 が 選択 し た「中立化」と い う 道 は,そ の. なわち ASEAN 製造業における生産活動は依. 目的ゆえに機構の政治色を薄める必要性を高. 然としてその約 7 割近くが低付加価値な製造品. めることになった.そしてそれは結果として,. を生産する伝統部門によるものであり,加えて. ASEAN の内発的な経済協力への取り組み姿勢. 近代・伝統 の 両部門 に お い て ASEAN 諸国間. を活性化させた.また,南北問題に端を発した. で極度のギャップが生じていた.. NIEO の台頭と途上国における集団的自立への. 表 2 は ASEAN 諸国 の 製造品輸入依存度 を. 動 き は,UNCTAD と 国連開発 の 10 年 を 通 じ. 表しているが,工業製品を製造するのに必要と. て ASEAN に経済協力に対するインセンティ. なる精製された金属および金属製品について. ブを与え,同時に UNCTAD の 3 大要求を反映. は,フィリ ピ ン を 除 く ASEAN 諸国 で は 完全. した国連調査報告書をもたらしたのである.. に輸入に頼り,機械,電子機器,輸送車両など. 域外から及ぼされた政治および経済的影響. の資本財についても大きく輸入に依存してい. は,ASEAN に経済協力を推進させるインセン. た.またこの表 2 において分かる ASEAN 各.

(9) ASEAN 経済協力の始動要因と ASEAN Way(吉川). (73). 73. 表 1 ASEAN の製造業部門における付加価値の構成 単位:% インドネシア マレーシア フィリピン シンガポール タイ ASEAN全体 (1963 年) (1968 年) (1968 年) (1969 年) (1969 年). ISIC 分類. 産業区分. 20, 21, 22 23, 24, 29 30 25, 26 27, 28 33. 伝統産業部門 食品・飲料品・たばこ 繊維・衣類・皮革類 ゴム・ゴム製品 木材・コーク・家具・建材 紙・印刷物・出版物 非金属鉱物 合 計. 48.8 8.7 19.4 1.5 4.1 5.1 87.6. 26.1 2.9 14.9 11.3 7.3 7.3 69.8. 36.6 9.8 2.9 6.1 5.6 5.1 66.1. 14.9 4.1 6.5 7.4 6.5 4.1 43.5. 44.5 12.9 1.0 5.9 3.9 6.5 74.7. 34.2 7.7 8.9 6.4 5.5 5.6 68.3. 32 31 34, 35 36, 37, 38 39. 近代産業部門 石油・石炭 化学原料・化学製品 金属・金属製品 電子機器・機械・輸送機械など 多用品・その他 合 計. ─ 6.8 2.0 3.1 0.5 12.4. 5.2 9.2 7.3 6.1 2.4 30.2. 5.1 11.9 7.1 7.8 2.0 33.9. 13.4 6.1 8.5 24.8 3.7 56.5. 5.2 6.4 2.2 10.0 1.5 25.3. 5.8 8.1 5.4 10.4 2.0 31.7. 2─3. 製造品合計. 100.0. 100.0. 100.0. 100.0. 100.0. 100.0. (出所)United Nations[1974],p. 22 に加筆および編集. (注) 「製造産業」の範囲は国によって異なる.シンガポール,タイについては製造業部門で生じる GDP に基づいて区分.イ ンドネシアの数値は大規模・中規模施設の付加価値と関連(製造業部門で発生する GDP のおよそ 3 分の 2).マレーシ アの数値は年間の産業調査に基づく(製造業部門で発生する GDP のおよそ 87%).フィリピンについては 5 人以上雇用 する産業についての年間報告を引用(製造業部門における総付加価値の 90% 以上).. 表 2 ASEAN における総製造品販売数に占める輸入量割合(1967 年) 製造品目 飲料品 たばこ 繊維 衣類・靴など 木材・コーク 家具・建材 紙・紙製品 印刷・出版物 皮革類・製品 ゴム製品 化学原料・製品 原油・石炭 非金属鉱物 基礎金属・金属製品 機械(電子部品を除く) 電子機器・機構・設備等 輸送車両 その他製品 合計. インドネシア 4.5 0.2 47.8 53.6 1.4 3.7 49.5 3.4 ─ 21.5 96.4 ─ 13.1 100.0 90.2 93.8 83.1 61.9 43.3. マレーシア 31.5 4.7 86.1 ─ 6.2 5.8 75.9 28.4 38.1 14.2 66.5 38.9 30.9 91.8 86.7 81.7 96.0 72.7 59.9. (出所)United Nations[1974],p. 21. (注) 「輸入品」には「完成品」と同様に「中間財」も含む.. フィリピン 1.6 1.3 17.1 0.9 1.1 2.5 31.4 9.7 8.3 14.0 31.0 12.4 15.3 50.4 92.0 43.2 68.8 52.2 36.1. シンガポール 46.6 21.3 100.0 73.3 100.0 40.4 83.9 25.8 26.9 52.9 95.8 ─ 51.1 100.0 81.2 87.1 89.7 74.5 71.3. タイ 1.1 0.2 40.3 8.8 2.2 4.6 66.5 11.7 6.4 49.0 67.3 21.2 17.0 100.0 88.8 78.1 58.8 69.3 46.7. 単位:% ASEAN 全体 8.3 2.2 46.6 23.6 7.7 6.5 49.8 14.8 11.9 25.3 53.9 17.2 21.6 74.7 89.4 70.2 70.9 68.6 46.5.

(10) 74. 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 1・2 号(2009 年 8 月). (74). 国の輸入品依存傾向の偏差と,約 47 億ドルに. の生産品に対して①を適用する.. のぼる 1968 年 ASEAN 諸国貿易総額のうち域. ①は他の 2 つの工業化協力をより効果的なも. 内貿易のシェアがわずか 15% であったという. のにするために前提とされている手法であり,. 事実は34),補完的貿易と域内貿易拡大の潜在性. この国連調査報告書の中核を成している.前述. が ASEAN に存在していることを示している.. し た が,長期的 に は ASEAN 自由貿易地域 の. こうした ASEAN 経済の状況を前提として. 創設を目標とし,それまでの短・中期的な手法. 国連報告書は,中心となっている低付加価値な. として勧告されているものであり,経済資源の. 製品生産から資本財などを含むより高付加価値. 効果的利用と特化生産を拡大させることを目的. な製品生産へ,そして資本集約的な工業化への. としたアプローチであった38).. 移行を勧告した.また「調査チームが ASEAN. ②は表 2 において見られる輸入依存度の高い. 閣僚に対し,実現できるのに十分な期間と猶. 工業製品について,ASEAN 域内での大規模な. 予をもって(恐らく 1990 年あたり) ,国家間の. 輸入代替化を推進することを目的としている.. す べ て の 関税・量的制限 の 撤廃期限 を 設定 す. またこのアプローチは,①の支援を受けること. る こ と を 含 ん だ ASEAN 自由貿易地域 を 形成. で ASEAN 域内 で の 規模 の 経済 を 実現 し,③. するという意向を35),長期目標として宣言すべ. と関連した特化推進による域内分業,そして輸. 36). きであると提案した」 という事実について報. 入代替工業化という包括的なアプローチとなっ. 告書は明らかにしている.しかしながらこの. ており,報告書では具体的に尿素肥料,過燐酸. ASEAN 自由貿易地域 と い う 長期目標 に つ い. 肥料,カーボンブラック,ソーダ灰をはじめと. て,深刻な交渉決裂を招くことは明白であり,. する 13 項目をその協力分野として提案してい. 貿易自由化交渉は明らかな合意への意志があっ. る39).. てこそ進めることができるとして,報告書で. ③は,ラテンアメリカ地域で貿易・工業協力. はこの長期的目標を一旦採用した上での短期・. を拡大させるために広く適用され,域内関税の. 37). 中期目標に向けた準備を勧めている .そして. 削減・撤廃,数量制限の排除,そして合弁事業. 上記のように交渉時における困難性が ASEAN. の設立と共同の市場を通じた生産物貿易と特化. に存在していることを認めた上で,報告書は. 促進を含む手法であり40),また計画対象につい. ASEAN に対し生産品におけるコスト優位性と. て既存の民間部門をその中心に据えていること. いう観点から自由貿易に基づいた大規模市場の. から,産業間だけでなく民間・政府レベルの部. 形成を勧告した.. 門間における交渉も重要視されていた41).この. 国連報告書ではこれらの勧告に基づいて次の. アプローチについて,報告書では家電機器,ゴ. 3 点に集約した工業・貿易協力へのアプローチ. ム製品,自動車などの 16 項目を比較的早期に. を ASEAN に提案した.①「選択的貿易自由化」. 実現できる分野として挙げている42).. ( Selective Trade Liberalization)─ 品 目 ご と に特恵関税を取り決め,段階的な関税の引き下. 4. 2 ASEAN の対応と経済協力の実践. げと共にその適用範囲を拡大させる.②「パッ. ASEAN は こ の 国連 に よ る 報告書 に 対 し て. ケージ・ディール」 (Package Deal)─共同 で. 1972 年 4 月にシンガポールで開催された第 5. 新規の大規模プロジェクトを分担・設立し,そ. 回 AMM において感謝の意向を表明するとと. のプロジェクトは①によって支援される.③. もに,それまで各委員会から挙げられてきた協. 「工業補完協定」 (Industrial Complementarity. 力案件と共に検討に入った.しかしながらそれ. Agreements)─既存の産業を考慮して分担さ. 以降は,包括的な ASEAN─EEC 協力,オラン. れた特定の工業製品について各国が特化し,そ. ダとの技術協力,オーストラリアとの農業部門.

(11) ASEAN 経済協力の始動要因と ASEAN Way(吉川). (75). 75. 表 3 国連調査報告書からプロジェクトへの推移. ① ② ③. 国連調査報告書. ASEAN 協和宣言. 選択的貿易自由化. 貿易協力. ASEAN 経済協力 PTA. Selective Trade Liberalization. (宣言文 B―3). (特恵貿易協定). パッケージ・ディール. 経済協力と貿易協力. AIP. Package Deal. (宣言文 B―2, B―3). (ASEAN 工業計画). 工業補完協定. 大規模工業プロジェクト. AIC. Industrial Complementarity Agreements. (宣言文 B―2). (ASEAN 工業補完). (出所)筆者作成. (注)行番号は前節「国連勧告」の 3 アプローチ①から③とリンク.. 協力,ニュージーランドとの社会・経済分野協. Forestry, COFAF) ,工業・鉱物・エ ネ ル ギー. 力,また日本との化学ゴム問題における交渉難. 委員会(Committees on Industry, Minerals and. 航問題というように,域外協力と対域外ダイア. Energy, COIME) ,貿易・観光委員会(Committees. ログ形成に多くの時間が費やされ,本格的な経. on Trade and Tourism, COTT) ,財 政・金 融 委. 済協力への取り組みは 1976 年以降であった43).. 員 会( Committees on Finance and Banking,. 1976 年 に 採択 さ れ た ASEAN 協和宣言 で. COFAB),運輸・通信委員会(Committees on. は,外資への対応と関連してインドネシアが. Transportation and Communication, COTAC). 自由貿易協定(Free Trade Agreement, FTA). と い う 5 つ の 委員会 が 設置 さ れ45),ま た 後述. に反対 の 姿勢 を 取っていたため,国連チーム. する AIC との関係の中で ASEAN は ASEAN. が提案していた①についての長期目標である. 商 工 会 議 所 連 合( ASEAN Chambers of. 「 ASEAN 自 由 貿 易 地 域」の 形 成 を「特 恵 貿. Commerce and Industry Council, ASEAN-. 易制度」の 確立 へ と 変更 し て い る44).し か し. CCI)などの民間部門との連携を強めていった.. ながらそれ以外については国連報告書が直接. ASEAN 協和宣言 に お い て 実現 し 取 り 組 み. 的 に 採用 さ れ(表 3) ,こ の ASEAN 協和宣言. が開始された 3 つのプロジェクトのうち,最. に 基 づ い て,特恵貿易協定(Preferential Tariff. も ス ムーズ に 展開 さ れ た の は PTA で あっ. Arrangement, PTA) ,ASEAN 工業計画(ASEAN. た.この協定は,1977 年 1 月マニラで開催さ. Industrial Projects, AIP) ,そして ASEAN 工業補. れ た 第 3 回 AEM に お い て 合意 さ れ,1977 年. 完(ASEAN Industrial Complementarity, AIC). 2 月のバリ・サミットにおいて召集された第. という 3 つのプロジェクトへの取り組みが開始. 2 回 ASEAN 特別外相会議 に お い て 署名 さ れ. されることになる.. た「 ASEAN 特 恵 貿 易 協 定」(Agreement on. ま た こ う し た ASEAN の 経済協力 に 対 す る. ASEAN Preferential Trading Arrangement). 本格的な取り組みは,それを運営していく上で. に基づいている46).この PTA の適用範囲は前. の制度化を必要とした.1977 年にマニラで開. 節において述べた国連報告書において勧告され. か れ た 第 3 回 ASEAN 経済閣僚会議(ASEAN. ているように,基本的には AIP と AIC におい. Economic Ministers Meeting, AEM)で は 経済. て承認されたプロジェクトに対して適用され,. 協力に対応する委員会の強化が決定されること. 品目ごとに相互の国で貿易自由化交渉を行うも. と な る.こ の 決定 に よって,食料・農業・林. のであった47).他の 2 つのプロジェクトと異な. 業 委 員 会( Committees on Food, Agriculture,. り合意締結は早期に達成され,その後適用品目.

(12) 76. (76). 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 1・2 号(2009 年 8 月). の拡大も見られたが,AIP や AIC の低調なプロ. AEM に お い て 最初 の パッケージ が 採用 さ れ. ジェクト展開と各国の自由貿易に対する意識の. た.これはいわゆる「ASEAN カー構想」と呼. 違いから,互いの国々がリスクの少ない品目へ. ばれるもので,同会議では次の 5 項目が分担さ. の適用に偏ったためにその成果は小さかった48).. れた.①インドネシア─ディーゼルエンジン (80. AIP については 1976 年 3 月にクアラルンプー. ~135 馬力) .② マ レーシ ア ─ ス ポーク,ニッ. ルで開催された第 2 回 AEM において,各プロ. プル(管継手) ,タイミングベルト,駆動チェー. ジェクトの実施可能性調査の割り振りが決定さ. ン.③ フィリ ピ ン ─乗降用 パ ネ ル.④ シ ン ガ. れ, インドネシアとマレーシアは尿素肥料, フィ. ポール─多用途ジョイント.⑤タイ─車体パネ. リピンは過燐酸肥料,シンガポールはディーゼ. 52) ル(1t 以上の自動車) .このように具体的な. ルエンジンを担当することが決定された.同. 分担は成されたものの,AIC が多国籍企業に対. 会議においては,鉄鋼をめぐってフィリピン,. して恩恵を齎すのではないかという危機感や制. マレーシアが,また石油化学についてはシンガ. 度上の問題もあり,具体的に実行されることは. ポール,インドネシア,マレーシア,フィリピ. なかった53).. ンが立候補して対立し,事実上この鉄鋼・石油 化学における AIP 実施は棚上げされ49),それ. 4. 3 初期の ASEAN 経済協力の意義と ASEAN Way. 以降の進展はなかった.これらのプロジェクト においては,実質的操業に至ったのはインドネ. 国連調査報告書による勧告は,段階的な自由. シア・マレーシアが担当した尿素肥料プロジェ. 貿易の推進に基づいた大規模市場の形成と,当. クトだけであり,タイはその後カリウム採掘プ. 時の経済状況を反映した加盟国間協力に基づく. ロジェクトへ,そしてフィリピンは銅精錬プロ. 域内輸入代替工業化をその柱としていた.しか. ジェクトへ変更するが実質的に頓挫してしま. しながら報告書では金融分野における協力につ. う.またシンガポールのディーゼルエンジン. いては言及されているものの,域内の生産要素. については,既に製造していたインドネシア,. 移動や対外関税の均一化についての言及は成さ. フィリピン,タイとの間で製造するエンジンに. れていない.すなわち報告書が Balassa に代表. おける競合問題が発生したため,シンガポール. されるような新古典派的な機能主義アプロー. のプロジェクト放棄という選択によって消滅し. チに基づきながらも,生産要素移動のない最. 50). てしまう .. も低い段階とされる「自由貿易地域」の創設を. AIC については,1981 年 6 月にマニラで開. ASEAN に提案し,またそれを実現するための. 催された第 14 回 AMM において「ASEAN 工. 産業開発を,3 つのプロジェクトによって推し. 業補完についての基本合意」 (Basic Agreement. 進めることを勧告するものであったと解釈する. on ASEAN Industrial Complementation)が 署. ことができる.また,この 3 つのプロジェクト. 名されており,3 つのプロジェクトの中では最. は,構造主義的アプローチである UNCTAD の. も遅れて開始された.国連報告書でも言及され. 3 大要求に沿ったものであり,こうした複合的. たように,この AIC においては政府部門と民. なアプローチは,開発問題をめぐる当時の構造. 間部門の協力関係が重要とされていたが,プ. 主義と新古典派の対立を反映させていると言え. ロ ジェク ト 設立 に 向 け て の COIME を 通 じ た. る.. ASEAN-CCI の努力と,宣言文において明らか. これら 3 つのプロジェクトに基づいた初期の. な ASEAN-CCI 主導 の プ ロ ジェク ト 推進内容. ASEAN 経済協力は,多くの先行研究において. はまさにそれを反映したものであった51).AIC. も述べられているように,ASEAN 各国経済に. は 1980 年 10 月にバンコクで開かれた第 10 回. 対するその貢献度という面から実質的に失敗で.

(13) ASEAN 経済協力の始動要因と ASEAN Way(吉川). (77). 77. あったと言っても過言ではない.国連調査報告. らの脱却と,その国民国家形成期に機構設立へ. 書が指摘していた様に,各プロジェクトにおけ. のプロセスが開始されたことを考慮すれば必然. る加盟国間交渉は困難を極め,自由貿易に対す. と言える.また,こうした特徴を有しつつ域内. る加盟国間の意識差や利害対立を浮き彫りにし. 協力を推進する地域は東南アジア地域に限った. た.経済協力を推進していく上で明らかになっ. ことではなく,同様の特徴を有する地域におけ. た ASEAN の機構的脆弱性は,各プロジェクト. る 地域統合 に 対 し て,こ の ASEAN の 経験 を. を頓挫させる決定的要素であったが,その過程. フィードバックすることは十分に有意義であろ. で見られた「棚上げ」的な対応こそが ASEAN. う.また,アジア地域において今日議論が活発. Way であり,それよってその後展開される経. に交わされている「東アジア共同体」に対して. 済協力への歩みが絶たれるという最悪の事態は. も,多種多様な国家形態を有する諸国間におい. 免れたと考えることができる.. て,多 く 介在 す る 様々な 利害 を 越 え て 地域統. ASEAN Way は ASEAN の 機 構 的 脆 弱 性. 合を推進し得たインセンティブが何だったの. を示しているのであるが, 「ASEAN マイナス. か,そして政策を推進する上で発生する多くの. X 方式」と し て ASEAN 憲章 に 継承 さ れ た こ. 障害をどのように乗り越えたのかという問いに. の 意思決定 プ ロ セ ス は,ASEAN 経済協力 の. 対し,初期の ASEAN 経済協力の分析に基づい. 瓦解 を 防 い だ 決定的要素 で あった.ASEAN. て解明することは,前進のための大きなヒント. Way という独自規範が初期の ASEAN 経済協. となる.これらのことから,本研究においても. 力の結果に大きく影響を及ぼしていたという. 採り上げた初期の ASEAN 経済協力における政. 事実は,ASEAN の統合問題に対して ASEAN. 治・経済両面からの分析は,途上国統合問題お. Way というアプローチが 1 つの政策実現のた. よび経済統合政策の観点から決して欠かす事は. めの手法として不可欠であることを意味してい. できないものである.. る.. 本研究で得られたこれら認識の下,更なる論理 5.むすび. 本研究では,主に 1970 年代に展開された初. 的裏付けを行ないつつ,AFTA や AIA(ASEAN Investment Area)を含む今日までの ASEAN 経済協力についての研究を今後の課題とする.. 期の ASEAN 経済協力について,政治・経済の 両部門間における相互影響をその「始動要因」 として説明した.また,経済協力の概要および 推進過程の分析によって,ASEAN の機構的脆 弱性とそれを補完する機能を持つ ASEAN Way の存在を明示し,それらの存在が ASEAN の持 つ「特殊性」であると論じた.しかし,これら の問題をより大きな観点で論じれば,外的影響 が経済協力の推進に対して強いインセンティブ を与えたという事実は,それ自体が ASEAN の 機構的脆弱性を表しており,ASEAN Way とい う運営ツールを有する動機付けになっていると 見ることも可能である. こうした ASEAN の機構的特殊性は,第 2 次 世界大戦後 の 東南 ア ジ ア 諸国 の 植民地支配 か. 参考文献 岡部達味編[1977] , 『ASEAN を め ぐ る 国際関 係』 ,日本国際問題研究所. 岡部達味編[1989] , 『ASEAN における国民統合 と地域統合』 ,日本国際問題研究所 . 鴨 武 彦[1989] ,pp. 20─21「国 際 統 合 の 理 論」 , 有賀貞・木戸蓊・渡辺昭夫・宇野重昭・山本 吉宣編, 『講座「国際政治」Ⅲ─現代社会 の 分離と統合』 ,東京大学出版会 . 黒柳米司[1977] , 「第 7 章 ASEAN における制 御された対立」 ,岡部達味編, 『ASEAN をめ ぐる国際関係』 ,日本国際問題研究所. 黒柳米司[2003] , 『ASEAN35 年の軌跡 ‘ASEAN Way’ の効用と限界』 ,有信堂 . 黒柳米司編著[2005] , 『アジア地域秩序と ASEAN の挑戦─「東アジア共同体」をめざして─』 ,.

(14) 78. (78). 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 1・2 号(2009 年 8 月). 明石書店 . 黒柳米司[2006],「ア ジ ア 冷戦 と ASEAN の 対 応─ ZOPFAN をてがかりに」,アジア政経 学会 ,『アジア研究 第 52 巻 第 2 号』 小林英夫[2000],『日本企業のアジア進出─アジ ア 通貨危機 の 歴史的背景─』,日本経済評論 社. 佐藤考一[2003],『 ASEAN レ ジーム』,勁草書 房. 佐藤孝一[2006],「東アジア共同体構想と日本」, アジア政経学会,『アジア研究 第 52 巻 第 3 号』. 清水一史[1998],『 ASEAN 域内経済協力 の 政 治経済学』,ミネルヴァ書房 . 末廣昭・山影進編著[2001],『アジア政治経済論 ─アジアの中の日本を目指して─』,NTT 出 版. 西川潤[1979],「第 2 章 新国際経済秩序 の 意 義」,研究 シ リーズ 11『新国際経済秩序研究 序説』,早稲田大学社会科学研究所. 深海博明[1977],「第 8 章 ASEAN 経済統合 の 評価・位置づけとその有効性」,岡部達味編, 『ASEAN をめぐる国際関係』,日本国際問題 研究所. 南義清[1977],「第 11 章 地域統合理論 か ら み た ASEAN」,岡部達味編, 『ASEAN をめぐる 国際関係』 ,日本国際問題研究所. 山影進[1991],『ASEAN シンボルからシステム へ』,東京大学出版会 . 山影進[1997],『ASEAN パ ワー』,東京大学出 版会. 山影進編著[2001],『転換期 の ASEAN ─新 た な課題への挑戦─』,日本国際問題研究所. 山影進[2003],「第 5 章 ASEAN から見た東ア ジア地域主義の意義」,財務省委嘱,『東アジ ア研究会報告 平成 15 年 2 月』. 吉川敬介[2005],「東南アジア地域協力としての ASEAN 設立─設立経緯分析 と ASEAN 研 究 の 現状─」,横浜国立大学国際社会科学学 会『横浜国際社会科学研究 第 10 巻 第 3・ 4 号』,pp. 117─130. Amitav Acharya[2001],Constructing a Security Community in Southeast Asia; ASEAN and the Problem of Regional Order, London and New York, Routledge. Bela Balassa[1961],The Theory of Economic Integration, Richard D. Irwin, Inc. C h i a S i o w Y u e [1 9 9 8 ] , “F o r e i g n D i r e c t Investment in Southeast Asia,” in Chia Siow Yue and Marcello Pacini(eds.) , ASEAN in the new Asia, Singapore, Institute of Southeast Asian Studies. Chia Siow Yue[2003],“ASEAN in the Age of. Globalization and Information,” in Simon S. C. Toy , Jesus P. Estanislao, and Hadi soesastro (eds.) ., Reinventiong ASEAN, 2003, Singapore, Institute of Southeast Asian Studies. Ernst B. Haas[1958],The Uniting of Europe: Political, Social, and Economic Forces, London, Steavens & Sons Limited. Mohamed Ariff [1993] , AFTA: An Outwardlooking Free Trade Agreement, East-West Center. Mohamed Ariff[1998],“Intra-Regional Trade Liberalization,” in Chia Siow Yue and Marcello Pacini(eds.) , ASEAN in the new Asia, Singapore, Institute of Southeast Asian Studies. Mohamed Ariff[2003],“Trade, Investment, and Interdependence,” in Simon S. C. Toy, Jesus P. Estanislao, and Hadi soesastro (eds.) ., Reinventiong ASEAN, Singapore, Institute of Southeast Asian Studies. Naya, S. and Plummer, M. G.[1991],“ASEAN Economic Co-operation in the New International Order,” ASEAN Economic Bulletin, 7, pp. 162─276. Pushpa Thambipillai and J. Saravanamuttu [1985], “ASEAN Negotiating Styles: Asset or Hindrance ?,” in Pushpab Thambipillai and Saravanamuttu, J., ASEAN Negotiations; Tw o I n s i g h t s , S i n g a p o r e , I n s t i t u t e o f Southeast Asian Studies. Majorie L. Suriyamongkol[1988],Politics of ASEAN Economic Cooperation, Oxford Univ Press, Singapore. Viner, Jacob[1950],The Customs Unions Issue, Washinton DC: Carnegie Endowment for International Peace. ASEAN Secretariat, History and Evolution of ASEAN, http://www.aseansec.org/history. ASEAN Secretariat[1988],ASEAN Document Series 1967─1988 Third Edition. ASEAN Sectretariat[1991],ASEAN Document Series 1989─1991 Supplementary Edition. ASEAN Secretariat[2007] ,ASEAN Charter. United Nations[1974],Economic Cooperation among Member Countries of the Association of South East Asian Nations, Journal of Development Planning No. 7, United Nations, New York.. 注 1)Joseph L. H. Tan, ed.,(1997) ,pp. 1─18..

(15) ASEAN 経済協力の始動要因と ASEAN Way(吉川). 2)清水一史(1998),pp. 189─192. 3)「合議・全員一致のシステム」の意. 4)Thambipillai(1985),pp. 11─13. 5)岡部達味(1987),pp. 26─27. 6)Acharya(2001),pp. 67─70. 7)黒柳米司(2005),p. 16.こ れ は「 ASEAN 」 と い う 文字 を 語呂合 わ せ し た も の だ が,彼 は 2003 年 の 著書 に お い て は こ の 5 つ の 特 徴 を 次 の よ う に 表現 し て い る.①「曖昧性」 (Ambiguity)─善か悪か,白か黒かという截 然たる断定を避け,解釈の余地を残す曖昧な対 応.②「過敏性」(Sensitivity)─国家主権 や 国益,あるいは国家の威信や指導者の面子と いった要素への過敏なまでの配慮.③「漸進主 義」(Evolution)─対話の継続という試行錯誤 の中から漸次具体化してくる相互理解や親近 感.④「婉曲主義」(Avoidance)─見解 の 不 一致,利害の対立を直視する代わりに,可能な 限りこれを封じ込め,棚上げにする方向を目指 す. ⑤「善 隣 主 義」(Neighborliness) ─ 域 内 に不協和音を抱えつつも,域外からの圧力に対 しては最大限の結束を図る(黒柳米司(2003), p. 155). これらは基本的には 2005 年の著書と 同質の定義であるが,②の「他国への配慮」と いうスタンスから「内政不干渉」へとその意味 合いを強め,ASEAN Way という概念に内政 不干渉の原則を完全に組み込んだ. 8)詳細については,山影進(1991, 1997)および 吉川敬介(2005)を参照 . 9)Balassa(1961),pp. 62─65. 10)Ibid., Ch. 5─8. 11)Ibid., pp. 1─3. 12)ASEAN に,日本,中国,韓国を加えた枠組み. 13)Haas(1958),pp. 283─317. 14)鴨武彦(1989),pp. 20─21. 15)南義清(1977),p. 304. 16)清水一史(1998),p. 190. 17)ASEAN Secretariat(2007),p. 23. 18)詳細については山影進(1991),pp. 130─133, および黒柳米司(2003),pp. 32─34 を参照. 19)ASEAN Secretariat(1988),p. 70. 20)詳細については,吉川敬介(2005),pp. 124─ 126. 21)山影進(1991),p.132. 22)Suriyamongkol(1988)は こ の 国 連 調 査 報 告書 に お い て 行 わ れ た 外部研究以外 に も,2 つ の 外部研究 の 存在 と そ の 概要 に つ い て 説 明 し て い る.1 つ は ア ジ ア 開発銀行(Asian Development Bank, ADB)に よ る も の.も う 1 つが ECAFE の機関であるアジア工業開発委 員 会(Asian Industrial Development Council, AIDC)によるものである.本研究においては AMM を通じて公式に検討された,その後の経. (79). 79. 済協力プロジェクトに直接的に反映された国連 調査を対象としているので,これら二つの外部 提言についてはその対象範囲としない.詳細は Suriyamongkol(1988) ,pp. 57─67. 23)Acharya(2001) ,pp. 51─56. 24)当時 の ア ジ ア 冷戦 と ASEAN の 関連 で,黒 柳米司(2006)は「反共集団 の 集合体 と い う 固定 イ メージ を 払拭 す る こ と は,そ の 後 の ASEAN の発展過程にとって軽からぬ課題でさ えあった」と説明している.黒柳米司(2006) , p. 28. 25)ASEAN Secretariat(1988) ,p. 71. 26)同 じ 席 で リー首相 は「 ASEAN 域内貿易 は 輸出品 の 類似性 の た め に 縮小傾向 に あ る が, ASEAN 諮問委員会 が 国連調査 チーム と 共同 で経済協力の可能性についての調査を進めて い る」と し て そ の 取 り 組 み を 評価 し て い る. ASEAN Secretariat(1988) ,p. 72. 27)西川潤(1979) ,pp. 16─20. 28)United Nations(1974) ,p. ⅳ . 29)1971 年にフィリピンのマニラで開催された 第 4 回 AMM に お い て,こ の 国連調査 に つ い て言及されているが,当会議の共同声明にもあ る様に「外相閣僚により,ASEAN 経済協力と 関連する分野研究で,国連の準備報告書につい て精査する」として,この時点では報告書は 正式に完成,及び提出されていない.ASEAN Secretariat(1988) ,p. 72. 30)United Nations(1974) ,p. 1. 31)Ibid.,(1974) ,p. ⅲ . および山影(1991) ,p. 194. 32)各 AMM の共同声明より.ASEAN Secretariat (1988) ,pp. 69─149. 33)United Nations(1974) ,p. 9. 34)Ibid.,(1974) ,p. 36. 35)1992 年 に 設立 さ れ た AFTA と は 異 な り, 「ASEAN free trade area」 (ASEAN の 自由貿 易地域)という概念として使用されているにす ぎないので,ここではあえて「AFTA」と簡 略化しない. 36)United Nations(1974) ,p. 54. 37)Ibid., p. 55. 38)Ibid., p. 2. 39)Ibid., pp. 108─120. 40)Ibid., p. 2. および p. 152. 41)Ibid., p. 58. 42)Ibid., pp. 155─164. 43)ASEAN Secretariat(1988) ,pp. 72─79. 44)清水一史(1998) ,p. 38. 45)山影進(1997) ,p. 63. 46)ASEAN Secretariat(1988) ,p. 154, p. 181, p. 293. 47)Ibid.,(1988) ,p. 297─298. 48)山影進(1997) ,p. 68..

(16) 80. (80). 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 1・2 号(2009 年 8 月). 49)ASEAN Secretariat(1988),p. 180. 50)尿素肥料プロジェクトに関しては,インド ネシアの実施調査報告書が 1977 年 9 月にパタ ヤで開催された第 5 回 AEM,マレーシアの実 施調査報告書が 1978 年 6 月にジャカルタで開 催された第 6 回 AEM において承認され,そし て 1978 年 12 月 に ク ア ラ ル ン プール で 開催 さ れた第 7 回 AEM で両国とも基本合意について 採択された.しかしながら,両国におけるプロ ジェクトの立ち上げは遅く,インドネシアは 1984 年,マレーシアは 1985 年に操業を開始し た.タイのソーダ灰については,1978 年 12 月 にクアラルンプールで開催された第 7 回 AEM で調査報告書が,そして 1982 年 1 月のクアラ ルンプールにおける第 16 回 AEM で追加合意 が承認されていたが,1984 年 2 月にタイがプ ロジェクトの無期延期を発表し,それがタイ政 府内で承認されたことから,事実上の停止状態 へ 陥 る.結局 1989 年 11 月 に ブ ル ネ イ で 開催 された第 21 回 AEM で以前のソーダ灰からカ リウム採掘プロジェクトに変更することで,タ イの AIP プロジェクトは承認された.フィリ. ピンにおける過燐酸肥料は,1979 年 9 月にマ ニラで開催された第 8 回 AEM において調査 報告書が承認されたが,1980 年 4 月にシンガ ポール で 開催 さ れ た 第 9 回 AEM で 紙・パ ル ププロジェクトへ変更され,また 1982 年の第 12 回 AEM では銅製品へと AIP 対象が変更さ れるが,こうした混乱による影響もあって結局 頓挫してしまう.各 AEM 共同声明決定事項は ASEAN Secretariat(1988) ,pp. 184─208.お よ び ASEAN Secretariat(1991) ,p. 19. AIP に 関 する詳細については Sriyamongkol(1988) ,pp. 133─139, pp. 197─200.および清水一史(1998) , pp. 51─56. を参照. 51)ASEAN Secretariat (1988), p. 271─273. AIC をめぐる ASEAN─CCI の動向については Sriyamongkol(1988) ,pp. 228─229. 52)ASEAN Secretariat(1988) ,p. 192. 53)Suriyamongkol(1988) ,p. 229. [よしかわ けいすけ 横浜国立大学大学院国際 社会科学研究科博士課程後期].

(17)

表 2 ASEAN における総製造品販売数に占める輸入量割合(1967 年) 単位:%ISIC 分類産業区分インドネシア(1963 年)マレーシア(1968 年)フィリピン(1968 年)シンガポール(1969 年)タイ(1969 年)ASEAN全体伝統産業部門20, 21, 22食品・飲料品・たばこ48.8 26.1 36.6 14.9 44.5 34.2 23, 24, 29繊維・衣類・皮革類8.7 2.9 9.8 4.1 12.9 7.7 30ゴム・ゴム製品19.4 14.9 2.9 6.5 1.0
表 3 国連調査報告書からプロジェクトへの推移

参照

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