3 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 3 【解題】 近年、経団連や法務省による外国人労働者の受け入れ整備などの提言などが 急速に講じられたり、市民運動による多文化共生論、学術研究からの移民政策 論などが活発化している。2009 年 6 月には、当時の政権与党であった自民党 外国人人材交流推進議員連盟による「人材開国! 日本型移民政策の提言」が 発表されるなど、移民開国論は幅広い分野で論じられている。 しかし、移民を開国する以前にすでに日本の労働市場は新自由主義的政策の 結果、産業の空洞化と非正規雇用の拡大によるワーキングプアの増加など深刻 な問題を抱えている中で、移民開国すればすべてが解決するのだろうか。むし ろ、政財界一体となっての移民開国論、ある意味の官製多文化共生論は、今後 の日本の経済構造を支える最底辺に在日外国人を階層序列化する装置となるこ とが予測される。 実際、「人材開国! 日本型移民政策の提言」には、多民族共生社会を創る 前提として「日本人自らの民族的アイデンティティを確認し」、「日本民族の根 本精神を堅持する」ことが明示されるなど、彼らの言う多民族国家構想はちが いを豊かさに変える共生社会の創造ではなく、古い同化主義的な国民国家体制 維持のための幻想にすぎないことが明白である。移民開国論、多文化共生論は、 それを語る自己の立ち位置と、「移民」「外国人」と呼ばれる当事者の現実の生 から乖離していることに無自覚なのではないだろうか。 マイノリティ研究会では、上記とは別角度でマイノリティの視点から、多様 性重視の共生社会のあり方を検討していく公開企画(講演会)を 2009 年度の まとめの場として実施した。本稿はその公開研究会の講演録である。 講師は、1970 年の日立就職差別闘争から 40 年にわたって在日韓国・朝鮮人 をはじめとする在日外国人の人権擁護活動に取り組んできた、在日大韓基督教 会総会附属の在日韓国人問題研究所(RAIK)所長の佐藤信行さんをお招きした。 講演では在日外国人問題の現状と課題について学びながら、マイノリティの視 点から今後の多民族・多文化共生社会の展望をご示唆いただいた。本講演録が、 様々な異なりを持つ者との共生や、当事者の生きのびるための戦略とは何かを 考える学びに寄与することを願う。 梁 陽日
多民族国家構想とマイノリティ
多民族・多文化「共生社会」は可能か 佐藤 信行(在日韓国人問題研究所) いま、現在のことでお話しますと、ちょうど昨日、今日と、ジュネーブで人 種差別撤廃委員会の日本審査が行われています。そして来月 3 月中旬には、日 本政府に対する勧告が出るはずです。日本政府報告書に対しては、日弁連や私 たち人権 NGO がテーマ別にそれぞれレポートを昨年出しましたが、それが委 員会の審査でほぼ取り上げられたようです。そういうことで、いろんな問題が いま同時並行で進んでいるということだけを最初にお伝えします。1.「多民族・多文化社会」化しつつある日本社会
まず、数字が示す日本の「多国籍・多民族化」の状況を確認してみます。 1950 年代、60 年代、70 年代までは「在日外国人イコール在日韓国朝鮮人」 でしたが、1990 年代を前後して、アジアと南米からの移住労働者と国際結婚 移住者が急増しました。南米からの移住労働者とは、かつて南米に移民として 渡った日系人の二世と三世のブラジ ル人・ペルー人などです。 一時的な旅行者ではなく日本に 3 カ 月以上住む外国人は、自分が住む市 区町村で「外国人登録」をしなけれ ばならないのですが、次ページの〈表 1〉に見るようにその数は 2008 年末 講演録 2010 年 2 月 28 日 於:立命館大学 討議の風景3 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 3 表1 外国人登録者総数の推移(各年末現在) 年 1961 1965 1970 1975 1980 1985 1989 総数 640,395 665,989 708,458 751,842 782,910 850,612 984,455 日本総人口に占める割合 [% ] 0.67 0.67 0.68 0.67 0.67 0.70 0.80 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 1,075,317 1,218,891 1,281,644 1,320,748 1,354,011 1,362,371 1,415,136 1,482,707 1,512,116 1,556,113 0.87 0.98 1.03 1.06 1.08 1.08 1.12 1.18 1.20 1.23 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 1,686,444 1,778,462 1,851,758 1,915,030 1,973,747 2,011,555 2,084,919 2,152,973 2,217,426 1.33 1.40 1.45 1.50 1.55 1.57 1.63 1.68 1.74 表2 国籍(出身地)別外国人登録者数の推移 年 中国 韓国・朝鮮 ブラジル フィリピン ペルー 米国 その他 人 数 構成 比[ % ] 人 数 構成 比[ % ] 人 数 構成 比[ % ] 人 数 構成 比[ % ] 人 数 構成 比[ % ] 人 数 構成 比[ % ] 人 数 構成 比[ % ] 1961 46,326 7.2 567,452 88.6 222 0.03 444 0.06 46 0.01 13,154 2.0 12,751 1.9 1965 49,418 7.4 583,537 87.6 366 0.05 539 0.08 88 0.01 15,915 2.3 16,126 2.4 1970 51,481 7.3 614,202 86.7 891 0.1 932 0.1 134 0.01 19,045 2.6 21,773 3.0 1975 48,728 6.5 647,156 86.0 1,418 0.1 3,035 0.4 308 0.04 21,976 2.9 29,221 3.8 1980 52,896 6.8 664,536 84.9 1,492 0.1 5,547 0.7 348 0.04 22,401 2.9 35,690 4.6 1985 74,924 8.8 683,313 80.3 1,955 0.2 12,261 1.4 480 0.05 29,044 3.4 48,635 5.7 1990 150,339 14.0 687,940 64.0 56,429 5.2 49,092 4.6 10,279 0.9 38,364 3.6 82,874 7.7 1995 222,991 16.4 666,376 48.9 176,440 13.0 74,297 5.5 36,269 2.7 43,198 3.2 142,800 10.5 2000 335,575 19.9 635,269 37.7 254,394 15.1 144,871 8.6 46,171 2.7 44,856 2.6 225,308 13.4 2005 519,561 25.8 598,687 29.8 302,080 15.0 187,261 9.3 57,728 2.9 49,390 2.5 296,848 14.8 2006 560,741 26.9 598,219 28.7 312,979 15.0 193,488 9.3 58,721 2.8 51,321 2.5 309,450 14.8 2007 606,889 28.2 593,489 27.6 316,967 14.7 202,592 9.4 59,696 2.8 51,851 2.4 321,489 14.9 2008 655,377 29.6 589,239 26.6 312,582 14.1 210,617 9.5 59,723 2.7 52,683 2.4 337,205 15.2 現在、221 万人となっています(その他に、超過滞在など非正規滞在者が約 11 万 人となっています)。 その外国人登録者数の国籍別内訳を次ページの〈表 2〉で見ると、これまで は「韓国・朝鮮」が一位だったのですが、2007 年から「中国」がトップにな りました。1961 年には 4 万 6,000 人となっていた「中国」の人たちのほとんど が日本の旧植民地出身者である台湾人と、戦前から日本に住んでいた華僑だっ たのですが、1990 年代以降、中華人民共和国のパスポートを持って渡日する 人たちが急増して、今では 65 万人になっています。そして外国人登録者数の 3 番目がブラジルとなり、フィリピン、ペルーと続きます。この変化はすごく 大きなものです。つまりこの 20 年間で、在日外国人が急激に増えたこと、そ してその構成比も大きく変化したことです。 もう一つ見逃せないことは、国連の加盟国数が 192 カ国になるのですが、外 国人登録者の国籍数、出身国数は 190 カ国に及ぶということです。つまり、ほ ぼ全世界から外国人が日本に来ている、というわけです。 日本社会の「多民族化」ということのもう一つの側面は、〈表1〉や〈表 2〉には表れない、つまり外国人登録者数に表れない「日本籍外国人/多重国 籍日本人」、「日本国籍のダブルの子ども」の数も急増していることです。こ の数を正確に把握できないのですが、①帰化による日本国籍取得者数(1952 ~ 2008 年の帰化者の累計数 45 万 4283 人)、②日本国籍者と外国人との国際結婚 件数(17 組に1組、地域によっては 15 組に1組)などから類推しかありません。 つまり、「外国にルーツを持つ日本国籍 者」も急増しているのです。 このような日本における多民族社会、 いわば「移民社会」化しつつある現実の特 質ということを考えてみたいと思います。 一つは「顔が見えない労働者」という 問題があります。いま「奴隷労働」と して国際的にも批判されている研修 佐藤氏
30 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 31 生・技能実習生「問題」ですが、彼ら彼女らは全国各地に、地方における地場 産業、中小・零細産業、あるいは農業を支えるというかたちで入っています。 しかし彼ら彼女らは、地域社会から見えないところで過酷な労働を強いられて いるという現実があります。 もう一つは、「顔の見えない定住化」です。これは、在日ブラジル人社会を 調査した社会学者が付けたのですが(梶田孝道・丹野清人・樋口直人『顔の見え ない定住化――日系ブラジル人と国家・市場・移民ネットワーク』)、まさにそうで す。関西に住んでいると今一つぴんとこないかもしれませんが、関東の群馬県、 東海・中部の静岡県、愛知県、三重県、岐阜県にブラジル人、ペルー人が集住 しています。 ところで、皆さんに質問です。朝鮮学校、中華学校、韓国学校、インター ナショナルスクールが全国で約 100 校ありますが、ブラジル学校やペルー学校、 インド学校はいま何校あると思いますか。50 校くらい? 100 校くらい? 答えは約 100 校です。2008 年夏の時点でブラジル学校は 100 校を超えまし た。ところが 2008 年秋のリーマンショックによる派遣切り、雇用危機でブラ ジル人の親が働けなくなって、生徒数が激減しました。そのため、約 16 校が 休校・閉鎖せざるをえなくなりました。それでも、80 校近くが頑張っていま す。ただその多くが、「各種学校」として認可されず、「私塾」というか「町の 学習塾」扱いとなっていて、国庫からも自治体からも助成を受けられずにいま す。その他にニューカマーの学校としては、ペルー学校が3校、インド学校が 東京に2校、それとフィリピン学校が愛知に1校あります。 これらのニューカマーの学校のほとんどは、父母ともども工場で働いている ため、その子どもを預かる無認可保育園から始まって、その保育園の子どもが 小学校に行くぐらいになったら小学部を設けて、さらに中学部、高等部を設け ていったのですが、「学校」といっても、つぶれたコンビニや工場を改造して 学校にしています。 ところが、これだけ在日ブラジル人が増え、ブラジル学校が増えているにも かかわらず、例えば群馬県の大泉町に行って駅前に立つと、工場群があって、 その工場の合間にブラジル学校があり、街道筋に歩いて行くとブラジル料理店 が 1 軒、2 軒、ブラジル人の若者たちが集まるパブが 1 軒、2 軒とあるという ように、地域社会から隔絶した形になっているのです。 そしてもう一つは、「顔の見えない移民化」です。これは全く論証なしで言 うのですが、中国人がこれだけ増えても、ニューカマーの中国人のコミュニテ ィがどういうふうになっているのかということが断片的にしかわからない。た とえば東京の池袋駅周辺に、確かに中華料理店も増えています。また、土曜・ 日曜日になると子どもたちに中国語を教える学校がビジネスとして成り立って います。なぜ成り立つのかというと、普段は日本の学校に行かせているけど土 曜・日曜日はお母さんと一緒に子どもがきて、そこで中国語を勉強する⋯。そ ういう断片しか見えないのです。 このような多民族社会の中で深刻な問題の一つとして、ニューカマーの子ど も、とりわけブラジル人、ペルー人の子どもの7%から 10%近くは「不就学」 になっていることです。しかし文部科学省は外国人児童・生徒の全数調査をや っていないので、その数を類推するしかないわけです。 〈図 1〉を見てください。A というのは、法務省が把握している 5 歳から 9 歳、 10 歳から 14 歳までの外国人の子どもの数です。つまり小学生・中学生にほぼ 該当する子どもの数ですが、それが 1997 年には 11 万 5,000 人。そして B は、 文部科学省が年に 1 回調査している、公立・私立の小学校・中学校の在籍数、 プラス各種学校として認められている外国人学校の児童・生徒数で、1997 年は 10 万 5,000 人となっています。そうすると、AとBの差は約 1 万人となります。 ところが 2008 年になりますと、外国人登録数でいくと 5 歳から 14 歳までの 子どもが 13 万 4,000 人。いっぽう文部科学省が把握している児童・生徒数は 9 万 4,000 人。つまり、AとBの差は約4万人となります。この 4 万人の子ども たちは、一つは、各種学校になっていない(文部科学省の調査対象となってい ない)ブラジル学校やペルー学校などに行っているか、あるいは全く不就学に なっているか、と考えるしかないのです。本来ならば、その実態を文部科学省 がちゃんと調べないといけない。 さらにここ数年、深刻な問題としてあるのは、ニューカマーの子どもたちの
32 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 33 高校進学率です。地域によってだいぶばらつきがあって、自治体や NPO が学 習支援をきっちりやっているところでは、高校進学率 80%という比率がある のですが、そういう学習支援がないところでは 50%を切ってしまう。そうす ると、ニューカマーの子どもたちの多くは、高校にも行かず、あるいは中学校 を卒業しないまま働いている。お父さんやお母さんが働いている工場で、その 子どもも期間工、派遣労働者として働くというようなことが出てきているわ けです。つまり 1990 年代、2000 年代、移住労働者の親と一緒に日本に来た子 どもたちや、日本で生まれた子どもたちが 10 代、20 代を迎えようとする現在、 日本の労働市場の底辺に、この子どもたちも固定化されようとしているのです。 これはすごく深刻な問題です。
2. 「在日」三世・四世と「ザイニチ」二世の現実
「在日」と「ザイニチ」──。まず、このことについて話します。これは私 が思いついたのではなくて、神奈川県川崎市に「桜本」という在日コリアンの 集住地域があります。そこに在日大韓基督教会があり、保育園があり、また川 崎市が作った公設民営の「ふれあい館」があるのですが、そこの成人講座を企 画運営している在日コリアンのスタッフが講座の名称の中に「在日/ザイニ チ」と付けたのです。これを私なりに解釈すると、1980 年代までは桜本保育 園に通う子どもたちは在日コリアンと日本人の子どもでしたが、今では文字通 り多国籍なのです。親も子どももブラジル、メキシコ、フィリピン⋯⋯となっ ていて、保育士も多国籍になっています。それで結局、これからの地域のこと を考えるときに、漢字でいう「在日」コリアンの三世、四世のことと、いま保 育園や小学校に来ているニューカマーの「ザイニチ」二世のことを、同時に考 えていかなければいけない時代になったということです。 かつての日本の植民地支配に起因する在日韓国朝鮮人、その在日コリアン社 会では、すでに「在日」二世・三世・四世が大半を占め、今や五世が生まれて きています。また一方では、移住労働者や国際結婚移住者の子どもとして日本 で生まれた「ザイニチ」二世が、青年期を迎えようとしています。 しかし彼ら彼女らは、たとえ日本国籍を持っていたとしても日本社会で周縁 化されています。さらに、韓国・朝鮮籍の「在日」コリアン三世・四世も、ま たブラジル国籍やフィリピン国籍、ペルー国籍の「ザイニチ」二世も、「日本 国籍を有しない者」として、次の 7 項目のように扱われます。 1)地方自治体の参政権 ⇒ 法律により否認。 2)人権擁護委員・教育委員・民生委員の就任権 ⇒ 法律により否認。 3)地方公務員・公立学校教員の就任権 ⇒ 政府見解により制限。 4)日本への再入国権 ⇒ 法律により制限。 5)社会保障の受給権 ⇒ 国籍条項はほぼ撤廃されたが、在留資格・在留期間 図 1 在日外国人の子どもの数と就学状況 出典)A:『在留外国人統計』(各年末現在)の「都道府県別、年齢別、性別外国人登録」 の 5 ~ 14 歳の数字 B:『学校基本調査報告書』(各年 5 月 1 日現在)の小学校、中学校の外国人児童生 徒数および外国人学校生徒数(幼稚園から大学含む)34 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 3 による制限あり。 6)民族名を名のる権利、民族教育を受ける権利など「マイノリティとしての権 利」 ⇒ 政府見解により否認。 7)入居拒否、就職差別など社会的差別から保護・救済を受ける権利 ⇒ 人種 差別撤廃法が制定されておらず、また保護・救済を求める国内人権機関がな いため、裁判所に訴えるしかない。 このように彼ら彼女らは、本来享有すべき権利を制限され否認されているの です。その上、もっとも基本的な権利、「日本に居住する権利」すら、入管法と 入管特例法によって規制されています。つまり特別永住者、永住者、定住者と いう在留資格であっても、「退去強制条項」があるのです。とりわけ日本で生ま れ育った在日コリアン三世・四世が基本的権利を今もって制限され否認されて いることは、かつての宗主国、イギリスやフランスなどにおける旧植民地出身 者の法的地位と比較しても、きわめて特異な法制度であると言う他ありません。 在日コリアンに対するこのような法制度と、それを支える日本社会の意識は、 「戦後民主主義」の中にすでに胚胎されていました。すなわち、 (1)戦後日本の外国人法制度は、在日コリアンをおもな対象として策定されて いったのですが、外国人を普遍的権利の享有主体から排除し徹底的に「管 理」するという目的の下で立法化され運用されてきたこと。 (2)こうした外国人法制度は、①法令に明文化されたもの、②法令には明記さ れずに「当然の法理」という奇妙な論理に拠るもの、③必ずしも法文上明 記されていないが、通達など、外国人も日本国民も知りようがない「行政 マニュアル」に拠るもの――によって恣意的に運用されてきたこと。 (3)しかもこれは、日本国民の圧倒的多数の「無関心」の下に作られ、維持さ れてきたこと。 (4)戦前の日本において埋め込まれた、日本人のコリアンに対する差別と偏見 が、戦後、「日本国民」対「外国人」との絶対的二分論によって合理化・正 当化され、「日本国民イコール日本人」という単一民族国家神話によって補 強されてきたこと。 そのことは、「民主主義」を謳歌してきた戦後日本において、日本人みずから が植民地主義と対峙して克服していく作業がなされなかったことを示している と言えるでしょう。 そして 1980 年代後半以降、日本は新たな外国人、ニューカマーを大量に迎 えました。しかし、権利を認めず管理する、という基本的方針は変更されなか ったのです。そして実際、日本で生まれ育ったブラジル国籍やフィリピン国籍 の子どもたちが 16 歳、20 歳になったときに、先述した 7 項目に至る基本的な 権利を否認されたり制限されているというのが、日本の現実なのです。そのこ とを、やはり私たち日本人はしっかり認識すべきだと思います。
3.2009 年改定法の諸問題
政府は昨年、2009 年 3 月に、外登法を廃止して 「新たな在留管理制度」 と 「外国人の住民台帳制度」に再編する入管法、入管特例法、住民基本台帳法の 改定案を国会に上程しました。そして 6 月 19 日、衆議院は政府案とその一部 修正案を可決しました。当時の与党(自民・公明党)と野党(民主党)で合意さ れた「修正案」とは、入管特例法において特別永住者の証明書常時携帯制度を 外した他は、問題となる条文を残したまま、入管法と住民基本台帳法に「配慮 事項」「検討事項」が付け加えられただけです。 次いで参議院においても、十分な審議がなされないまま 7 月 8 日に可決され、 この3法は成立しました。 この改定法の問題点を考える前に、現行法について説明します。 外登法とは、「外国人登録法」の略称で、第1条で「外国人の居住関係およ び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資することを目 的とする」という法律です。しかしそれが、私たち日本国民を対象とする戸籍 法や住民基本台帳法と決定的に違う点は、次の点にあります。3 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 3 ①顔写真の他、勤務先など数多くの登録事項を義務づけていること。 ②外登証の常時携帯と、定期的な確認登録(切り替え)を義務づけていること。 ③これらの義務規定を、刑事罰によって強制していること。 「朝鮮人取締法」として策定されたこの法律は、たとえば 1954 年から 80 年 まで、「切替不申請」として自治体から告発され、検察に送致された在日コリ アンが年平均 5127 人にもなり、また、警官の街頭での尋問などによって「外 登証不携帯」として送致された在日コリアンの数も年平均 3242 人にもなるな ど、とりわけ在日コリアンの日常生活を監視し威嚇する装置としてありました。 私たち日本国民は、住民基本台帳法における転出届・転入届を 14 日以内にし ないと、法律上は 5 万円以下の過料となっていますが、ほとんどの場合、始末 書を書くぐらいで終わります。ところが外国人登録法においては、転居届を出 さないと、刑事罰が科せられます。また、5 年ごとの切り替えをつい忘れてし まった場合、たとえば出産とか長期入院で 1 カ月後に市役所に行って切り替え をしたら、「申請遅延」として告発をされてしまう。その件数が年平均で 5127 件にのぼっていたのです。あるいは車を運転していて、交通検問で「免許証を 見せなさい」と言われてそれを見せると、その免許証に金とか李とか朴と書い てあると、必ず「外登証も見せなさい」となる。そのとき、運転免許証を持っ ていても、たまたま外登証を持っていないと、不携帯。このようにして外登証 不携帯として検察に送られた数が年間 3242 人になるわけです。それが 1970 年 代までの実態だったのです。その監視・抑圧装置が徐々に“弛緩”していくの は、1980 年代から澎湃として起こった指紋拒否・外登法改正運動によってです。 外国人を管理するもう一つの法律である入管法とは、「出入国管理及び難民 認定法」の略称です。第1条に「すべての人の出入国の公正な管理を図る」「難 民の認定手続を整備する」ことを目的として掲げていますが、実際は外国人の 在留許可や在留資格取り消し、退去強制、そして再入国許可、永住許可、難民 認定などにおいて、法務省の広範囲な「自由裁量」が認められており、しかも これらの処分が行政手続法・行政不服審査法から適用除外されているのです。 また入管特例法とは、「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した 者等の出入国管理に関する特例法」という、長い名前の法律の略称で、日本の 植民地支配によって日本への居住をしいられた旧植民地出身者とその子孫、つ まり在日コリアンと在日台湾人に対して、「特別永住」などを定めている特例 法です。ただし退去強制条項もあり、「永住」は「権利」ではなく「資格」に すぎない、とされています。ここでの基本的な問題としては、戦前から住んで いる在日朝鮮人・台湾人一世とその子孫には特別永住が認められますが、1945 年の解放のときに一旦故郷に帰って、また日本に戻ってきた人は対象外とされ ていることです。また、韓国などに留学をして再入国期限内に帰って来れなか った人も、その時点で特別永住がなくなったとみなされて、結局、入管法上の 「一般永住」をとるしかなかった人びともいます。 そして住基法とは、「住民基本台帳法」の略称です。「管理」を目的とする 外登法や入管法と違って、「住民の利便を増進するとともに、国および地方公 共団体の行政の合理化に資する」(第1条)ことを目的とする法律ですが、こ れまでは、「日本の国籍を有しない者その他政令で定める者については、適用 しない」(第 39 条)となっていて、「外国籍住民」は排除されてきました。 戦後間もなく 1947 年に外国人登録制度が始まりましたが、今回の法改定は、 60 年以上に及ぶ外国人登録制度を全面的に改編して、次のように、「外国人管 理」をさらに徹底しようというものです。 ①改定「入管法」では、短期滞在者や特別永住者を除く、留学生や永住者など の在留資格をもつ「中長期在留者」を、新たな在留管理制度の対象として、法 務省が「在留カード」を交付します。すなわち中長期在留者は、在留期間更新 や在留資格変更ごとに(永住者は7年ごとに)、地方入管局に行って在留カー ドを受領しなければなりません。さらに 14 日以内に、居住する市町村で、そ の在留カードに「住居地」を記載してもらい、それを常時携帯しなければなり ません。また、新規に入国する(短期滞在を除く)外国人は、入国の際に在留 カードを交付され、住居地を定めてから 14 日以内に、市町村で在留カードに
3 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 3 それを記載してもらわなければなりません。 ②改定「入管特例法」では、在日コリアンなど特別永住者は、形式上、新在留管 理制度の対象外とされ、市町村を経由して法務省から「特別永住者証明書」が 交付されます。 ③改定「住基台帳法」では、上記①の中長期在留者と、②の特別永住者が対象と されます。その他に、在留カードが交付されない一時庇護許可者や、難民申請 中の仮滞在許可者も対象とされます。しかし、市町村による「外国人の住民台 帳」の作成と運営は、入管法による新在留管理制度に連結させられるため、い びつなものにならざるをえません。しかも、オーバーステイ(超過滞在)など 非正規滞在者や、難民申請中で仮放免の人たちは住民台帳から除外されます。 ――要するに今回の改定法は、外国人登録法の中で一括して管理してきた在 日外国人を、三つのカテゴリーに分けて管理する、つまり「分断して管理す る」ものです。一つは在日コリアンなどの「特別永住者」の人たち、この人た ちはこれまでと同様に管理をしていく。もう一つは特別永住者以外の一般永住、 留学生、日本人の配偶者⋯⋯、24 種類の在留資格があるのですが、その人た ちを「中長期在留者」として、これまで市町村が発行していた外登証ではなく て、法務省入管局が直接「在留カード」を交付して、この人たちの在留を徹底 的に管理していく。もう一つのカテゴリーは不正規滞在者、その人たちには在 留カードを交付しないばかりか、住民台帳にも載せない。つまり、実際に「住 民」として生活しているのにもかかわらず、地域社会からは「見えない存在」 として徹底的に排除してしまおうというのです。 この改定法は 3 年後、つまり 2012 年 7 月までに実施されることになっています。 まず基本的な問題として指摘しなければならないことは、当事者、つまり改定 法の直接の対象者となる外国人の意見を聞くことなく立法されたということです。 改定入管法による新在留管理制度が対象とする在日外国人は、「約 176 万人 (08 年末現在)+新規入国者+新生児」となります。また、改定入管特例法の 対象者は「約 42 万人+新生児」、改定住基台帳法の対象者は「約 220 万人+新 規入国者+新生児」です。 これほど多くの人びとの生活と居住に関わる問題であるのにかかわらず、政 府はこれら在日外国人から広く意見を聴取することもなく改定案を策定し、ま た国会も法案審議において、在日外国人の声を広く聞く場を設けることがなか ったのです。これでは、「民主主義」とはとうてい言えません。 私たち日本人は、国連の「人種主義に関する特別報告者」ドゥドゥ・ディエ ン氏が国連人権委員会に提出した「日本報告書」の中での勧告(2006 年1月 24 日)を、今こそ想起すべきです。 「特別報告者は、日本には人種差別と外国人嫌悪が存在し、それが3種類の被差 別集団に影響を及ぼしているとの結論に達した。その被差別集団とは、部落の人 びと、アイヌ民族、および沖縄の人びとのようなナショナル・マイノリティと、 朝鮮半島出身者、中国人を含む旧日本植民地出身者およびその子孫、ならびにそ の他のアジア諸国および世界各地からやってきた外国人・移住者である」 「政府は、マイノリティ集団に関連して採択される政策や立法に関し、マイノリ ティ集団と協議すべきである」 改定入管法の問題点を挙げていきますと、その一つは、下記のように在留カ ードの受領・携帯・提示義務を、刑事罰をもって 16 歳以上の外国人に強制す ることです。 法務省への身分登録義務と、(市町村を経由しての)居住地登録義務 ↓ 在留カードの受領義務 ↓ 在留カードの携帯義務 ↓ 警察等による提示要求に応じる義務
30 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 31 しかも在日外国人は、「登録義務」から始まって「在留カードの提示義務」 まで、刑事罰によって強制されます。したがって、うっかり在留カードを持た ずに外出しても、不携帯/提示拒否が犯罪とされ、その場で身柄を拘束(現行 犯逮捕)されるようになっているのです。 いっぽう私たち日本国民は、「住基カード」の受領も携帯も提示も、義務づ けられてはいません。この「非対称」こそ、私たちは考えるべきです。 たしかに国会での修正協議で、特別永住者の「特別永住者証明書」の常時携 帯制度が外されました。しかし、中長期在留者の「在留カード」常時携帯制度 と、その違反に対する「刑事罰」制度は修正されませんでした。また、そこで は「永住者」や「日本人・永住者の配偶者」などに対する免除規定も設けられ ませんでした。なぜなら、「在留カードは、法務大臣が中長期在留外国人の正 確な情報を継続的に把握するという新たな在留管理制度の根幹であり、不法滞 在者等の現状に照らしても即時的に判断する仕組みが必要不可欠」だという政 府、とりわけ法務省・警察庁の意思が貫徹されたからです。 でも、常時携帯制度の目的が「不法滞在者を即時に把握して排除する」こ とにあるならば、その実効性を担保するためには、自国民(日本国民)にも身 分証明書の常時携帯を義務づけなければならないことになります。このことは、 政府内部でこれまで何回となく検討されたようですが、現在まで当然ながら立 法化までには至っていません。 それでは、自国民には課さないが、外国人にはなぜ課すのか。その合理的・ 客観的根拠が示されなければならないはずです。かつて 1999 年に外登法改定 案を審議した参議院法務委員会は、常時携帯制度そのものの見直しを決議しま した(99 年 8 月 13 日)。 「外国人登録証明書の常時携帯義務の必要性、合理性について十分な検証を行い、 同制度の抜本的な見直しを検討すること」 また、国連の自由権規約委員会は 1993 年 11 月 4 日、総括所見を採択し、そ の中で「主要な懸念事項」としてこう明記しました。 「永住的外国人であっても、証明書を常時携帯しなければならず、また、刑罰の 適用対象とされ、同様のことが日本国籍を有する者には適用されないことは、規 約(自由権規約)に反するものである」 「日本に未だ存続しているすべての差別的な法律や取扱いは、規約第 2 条、第 3 条および第 26 条に適合するように、廃止されなければならない」 しかし日本政府は、国会決議も、また国連の自由権規約委員会の 3 回(1993 年、98 年、08 年)にわたる廃止勧告もまったく無視しました。国連の「人権理 事会」のメンバーである日本みずから、国連の国際人権条約実施監視機関から の度重なる勧告を無視すること自体、きわめて恥ずべきことです。 外国人、とりわけ中長期在留者は、この改定入管法によってさまざまな義務 規定が設けられ、それが刑事罰の威嚇によって強制させられることになります。 住居地以外の、たとえば職場の名称変更や所在地変更の届出は、14 日以内に 地方入管局に届けなければならず、外国人の負担はこれまで以上に大きくな ります。なぜなら、地方入管局は全国でたった 8 局であり、支局 6 局と出張所 62 カ所を含めても 76 カ所にすぎないからです。他方、現在の外国人登録制度 の窓口となっている市区町村は、全国で 1787 カ所もあります。 改定入管法による新在留管理制度は、次ページ〈図 2〉に見るように、住基 台帳法や戸籍法と比較しても、あまりにも煩雑な義務規定を設け、かつ格段の 重罰を定めています。それは、「外登証」を廃止して「在留カード」とするた め、外登法の種々の義務規定と罰則制度を、軽減することなく、ほぼそのまま 入管法に持ち込んだためです。 しかし、住基台帳法で懲役刑を定めているのは、住民台帳に関わる秘密を洩 らした自治体職員に対してのみ、また戸籍法で同様の罰則は、虚偽の届出をし た者に対してだけです。これに比して改定入管法は、事細かに義務規定を設け、 新規届出や変更届出の遅延にまで刑事罰を定めています。 しかし、前述した 1999 年外登法改定にあたって衆議院法務委員会は、次の
32 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 33 図 2 改定入管法による義務規定と罰則規定 ように附帯決議をしています(99 年 8 月 13 日)。 「外国人登録法に定める罰則について、他の法律との均衡ならびにこの法律にお ける罰則間の均衡など、適切な措置につき検討を行うこと」 ところが、今回の改定入管法に設けられた罰則規定は、10 年前の国会決議 をまったく無視したものとなっています。 在日ブラジル人をはじめその多くが派遣労働者として働く外国人労働者に とっては、それこそ 1 週間ごと、1 カ月ごとに違った労働現場に送られるなど、 「住居地」の認定にも困難が生じます。それにもかかわらず、たとえば 90 日 以内に住居地変更の届出をしなかった場合、次のようになるのです。 住基台帳法での行政罰(5万円以下の過料) + 入管法での刑事罰(20 万円以下の罰金) + 入管法での在留資格取消し 同様に、「日本人・永住者の配偶者」という在留資格になっている移住女性 が、配偶者と死別あるいは離婚した場合、14 日以内に地方入管局に届出をし ないと、「20 万円以下の罰金」。その上に、その変更届出の遅延が 6 カ月を超 える場合は、次回の在留資格の更新時、入管局によって「配偶者の身分を有す る者としての活動を継続して 6 月以上行わないで在留している」と、不利に判 断されかねないのです。 このように、加重された罰則制度は、生活者としての外国人に対して、法務 省の判断次第で制裁措置を加えることができるものとなっています。 また、改定入管法による在留カードの記載事項に、「就労制限の有無」とい うものがあります。法務省の説明資料によれば、次ページ〈図 3〉にあるよう
34 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 3 に、在留カード表面のほぼ中央、顔写真の横に囲み罫で「就労不可/就労する には資格外活動許可が必要」、あるいは「就労制限なし」、「就労制限あり/在 留資格で認められた就労活動のみ可」と、その外国人の在留資格の類型別にそ れぞれ太字で記載されることになります。 法務省が言うには、外国人を雇う企業あるいは店長が、就職面談でこの外国 人を雇ってもいいかどうかをすぐ分かるようにしたと説明するのですが、しか し考えてみると、この説明はやはりおかしい。 現在の外登証には「職業」という項目がありますが、「就労制限の有無」と いう項目はありません。それにもかかわらず、このような項目を設けて特筆す ることは、外国人を「人間」として「生活者」として扱うのではなく、「労働 力商品」か否かという発想に基づくものです。 たとえば、16 歳の外国籍の高校生を想定してみましょう。「特別永住者」以外 の在留資格、たとえば永住者とか、定住者、家族滞在となっている高校生は、 16 歳の誕生日までに学校を休んで地方入管局へ行き、そこで在留カードを受 領する。さらに 14 日以内に、また学校を休んで市町村窓口へ行ってカードに 住居地を記載してもらい、そのカードを常時携帯することになります。そのカ ードには、在留資格によって「就労不可」、あるいは「就労制限なし」「就労制 限あり」と記載されます。 図 3 改定入管法の「在留カード」(法務省作成資料から) このようなグロテスクな在留カードを常時携帯させ、しかも、修学旅行時を 除いて、日本への再入国のたびごとに指紋と顔写真を登録させる。それを 16 歳 の子どもたちに強いる国家と社会は、それこそグロテスクではないでしょうか。 なお日本は、2007 年 11 月、米国に次いで世界で二番目に、「テロ対策」と 称して外国人の生体情報登録を始めました。つまり、日本に入国する、あるい は日本での正規の在留資格を持ち日本に再入国する「16 歳以上の外国人」(外 交官や特別永住者を除く)から、指紋と顔画像をとっています。ただし、日本 の公立高校・私立高校での修学旅行時の再入国に際しては、2008 年 5 月から それが免除されることになりました。 次に、問題として挙げなければならないのは、法務省による個人情報の収集 とデータマッチングです。改定入管法の中に、「中長期在留者に関する情報の継 続的な把握」として第 19 条の 18 が新設されました。そこには、こうあります。 「第 1 項 法務大臣は、中長期在留者の身分関係、居住関係および活動状況を継 続的に把握するため、出入国管理及び難民認定法その他の法令の定めるところに より取得した中長期在留者の氏名、生年月日、性別、国籍、住居地、所属機関そ の他在留管理に必要な情報を整理しなければならない。 第 2 項 法務大臣は、前項に規定する情報を正確かつ最新の内容に保つよう努め なければならない」 この条文を素直に読むと、単なる訓示規定のように読めます。しかし、中長 期在留者の個人情報は、本人の届出による情報の他、その外国人が所属する機 関が届け出る情報も法務省に集中されます。さらに、住基法上の記載事項も市 町村から法務省にもたらされます。この他、一人ひとりの入国・再入国・出国 に関する情報も、また入国・再入国した際にとられた指紋・顔画像データも法 務省にあります。 これらの個人情報の集中化とデータマッチング、それを可能にしようという のがこの第 19 条の 18、「その他在留管理に必要な情報を整理」「情報を正確か
3 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 3 つ最新の内容に保つ」という条文なのです。「情報を整理する」とか「正確か つ最新の内容に保つ」というように、抽象的に、曖昧に書いているところが、 政府がもっともやりたいことなのでしょう。 しかし、このような個人情報の一元的管理とデータマッチングは、日本国民に は許されないものです(2008 年 3 月 6 日、住基ネット最高裁判決)。もし、外国 籍住民に対してはそれが許されるというのなら、その必要性の合理的・客観的 根拠が示されなければならないのですが、国会審議においても、何一つ明らか にされませんでした。 さらに、2009 年3月に閣議決定された「規制改革推進のための 3 カ年計 画(再決定)」では、在留資格変更や在留期間更新などの際、「国税の納付状 況、地方税の納付状況、社会保険の加入状況、雇用・労働条件、子弟の進学状 況、日本語能力等」についてガイドライン化するとともに、効率的な情報収集 が可能となるよう検討する、とされました。したがって今後、「新たな在留管理 制度」で得られた個人情報と、これらの情報との連結がされていくことは必至 です。 また、他の行政機関との情報の相互照会・提供は、行政機関個人情報保護法 に則って行なわれることとなりますが、警察機関などからの照会に応ずること も可能であり、多数の項目にわたる個人情報が随時提供されることになるわけ です。 これまで、在日外国人を「管理」するのは入管職員であり警察官でした。と ころが、今回の改定入管法では、「日本社会が外国人を管理する」ことになり ます。第 19 条の 17 では「所属機関による届出」として、こうなっています。 「別表第一の在留資格をもって在留する中長期在留者が受け入れられている本邦 の公私の機関その他の法務省令で定める機関は、法務省令で定めるところにより、 法務大臣に対し、当該中長期在留者の受入れの開始および終了その他の受入れの 状況に関する事項を届け出るよう努めなければならない」 「別表第一」の在留資格とは、教授/芸術/宗教/報道/投資・経営/法 律・会計業務/医療/研究/教育/技術/人文知識・国際業務/企業内転勤/ 興行/技能/文化活動/留学/就学/研修/特定活動⋯⋯となり、これらの在 留資格をもつ外国人の数は今や 60 万人となります(2008 年末現在)。つまり、 彼ら彼女らは日本社会の隅々にわたって、日本人と共に労働し、勉学し、家庭 を形成しているのです。 ところが、改定入管法では、彼ら彼女らが所属する機関、たとえば私企業や 公共団体、報道機関、宗教団体、研修生・技能実習生受け入れ機関、日本語学 校、大学、専門学校などに対しても、個人単位で「就労状況/在籍状況/研修 状況/就学状況」を報告することを求めています。 このような所属機関からの届出制度は、これまでの外国人制度にはなかった 新しい管理方法です。しかも、外国人管理とはまったく無縁の機関、公権力の 介入から独立性を保障されている大学や報道機関、宗教法人までも、外国人管 理行政の一翼を担わされることになるわけです。 たとえば日本語学校や大学、専門学校など教育機関からは、在籍する学生の 「氏名、生年月日、国籍、在留資格、在留カード番号、在籍事実」 などを定期 的に届けさせ、「退学・除籍・所在不明」の場合はただちに報告するよう求め ています。また雇用先からは、2007 年 10 月から実施された雇用状況報告制度 によって厚生労働省経由で情報提供を求めることができます。 しかも、これらの届出事項は、「その他の受入れの状況に関する事項」とな っていて、法務省令でいくらでも拡大できるようにしています。このように広 範かつ無限定の届出制度は、結局のところ、「外国人を監視する社会」を現出 させることになるのです。 在留資格の取り消しは、当事者の外国人に出国を強いることになります。し たがって、行政手続法が定める一般の営業許可などの取り消し手続きよりも、 厳格な手続きによってなされるべきです。しかし、入管法での在留資格取り消 しは、いとも簡単になされてきました。さらに今回の改定入管法では、法務省 の自由裁量、フリーハンドに委ねようとしています。第 22 条の4では、こう
3 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 3 なっています。 「法務大臣は⋯⋯本邦に在留する外国人について、次の各号に掲げる事実が判明 したときは、法務省令で定める手続により、当該外国人が現に有する在留資格を 取り消すことができる」 そして今回、在留資格の取り消し理由として、次の項目が付け加えられまし た。 「日本人の配偶者等の在留資格をもって在留する者、または永住者の配偶者等の 在留資格をもって在留する者が、その配偶者の身分を有する者としての活動を継 続して 6 月以上行わないで在留していること(当該活動を行わないで在留してい ることにつき正当な理由がある場合を除く)」 さて皆さん、「配偶者の身分を有する者としての活動」とは、どのようなこ とを言うのでしょうか? しかし誰でも、その答に窮するはずです。 そもそも、「配偶者の身分を有する者としての活動を行わない」という状態 を認定することは困難です。日本人同士であれ国際結婚であれ、現代社会にあ って家族の形態はじつに多種多様であり、それぞれの事情で、単身赴任とか二 重生活というケースもたくさんあります。それを、どのような基準によって、 「配偶者の身分を有する者としての活動を継続して行わない」と認定するので しょうか。 日本人配偶者に対するこれまでの在留資格審査では、単身赴任や、不和によ る別居においても、「配偶者の身分を有する者としての活動を行わない」状態 とみなされてきました。ですから、今回の改定によって、DV を受けている外 国人女性が、日本人夫の DV から逃げようとしても、在留資格取り消しを恐れ て思いとどまる、DV 被害にさらされ続ける、という最悪の事態をもたらしか ねないのです。 法務省はこの条項を「偽装結婚を防止するため」と説明していますが、国連 の女性差別撤廃委員会の「懸念と勧告」(2003 年 7 月 18 日)に対して、真摯に 耳を傾けるべきです。 「委員会は⋯⋯DV を経験しながらも、その入国・在留に関する法的地位が配偶 者との同居の有無に依存しがちな外国人女性の特有の状態について懸念する。委 員会は、そのような女性たちが、強制送還されることへの恐怖から、助けを求め たり別居や離婚に向けて行動を起こしたりすることを思いとどまる可能性がある ことを懸念する」 「委員会は、DV をうけて別居している既婚の外国人女性に対する在留許可の取 り消しは、かかる措置がそのような女性たちに与える影響を十分に査定した上で のみ行うことを勧告する」 これまで述べてきた改定入管法の諸問題の他に、改定入管特例法においても、 また改定住基法においても、問題とすべきことがたくさんあります。これらの 問題点に対する詳細な批判は、外国人人権法連絡会編『外国人・民族的マイノ リティ人権白書 2010』(2010 年 4 月刊・明石書店)を、ぜひ参照してください。 ここでは、2009 年改定法の根本的な問題を、三つ挙げたいと思います。 私は 1980 年代の指紋拒否裁判、90 年代の在日戦後補償裁判の支援をやりな がら思ったこと、それは今回の改定入管法の審議過程でもそうですが、外登法 や入管法という外国人法制度とその運用実態を、私たち日本国民も、また国会 議員もほとんど知らないということです。熟知しているのは法務官僚と警察官 僚だけなのです。日本社会の国際化、多文化共生を言うならば、まず、このよ うな「不均衡」は是正されなければなりません。 また、「外国人法制」において、法律の条文に明記することなく、細目と運 用基準を法務省令と政令に定めていくというのが、あまりにも多い。つまり、 法律を国会で通してしまえば、あとは法務省がどんどん省令を改定して自由に やっていけるというものになっているのです。これこそ、法治主義の放棄なの です。 そして根本的には、基本的かつ必須であるべき人権基準の決定的な欠如で
400 第 3 部 講演録 【講演】多民族国家構想とマイノリティ 401 す。つまり、国際人権法、国際人権基準に基づく外国人法制度を作ろうとして いないことです。それは一言でいって、管理政策だけが先行して人権政策はな い、ということです。これまでも、国連の自由権規約委員会や社会権規約委員 会、人種差別撤廃委員会、女性差別撤廃委員会、子どもの権利委員会から繰り 返し現行制度は是正すべきだという勧告を受けてきました。冒頭に話しました ジュネーブで開かれている人種差別撤廃委員会からは、前回の日本審査(2001 年)で、日本には人種差別撤廃法がない、国内人権機関もない、それを作るべ きだ、という勧告を受けました。しかし日本は、まだ何もしていません。です から、この 2009 年改定法に対しても今後、国連の各委員会から是正勧告が出 されていくことになるでしょう。今後も、このようなことが繰り返されていい のだろうか、と思わざるをえません。
4.今後の課題
これからの私たちの課題について考える前に、韓国にあって日本にないもの、 について話したいと思います。 その 1、国民も外国人も救済する「国内人権機関」です。韓国では 2001 年、 国家人権委員会が作られました。これは、国際的な人権基準によって作られた もので、政府や地方自治体から独立した権限をもっていて、韓国内に住むすべ ての人、つまり韓国民も外国人も、大人も子どもも、人権侵害から救済するも のとしてあります。 その 2、外国人にも「住民投票権」の保障。市町村合併や原発建設など、そ の地域の住民にとって大事なことを住民投票でその賛否を問う直接民主主義の システムです。日本では、まず地方自治体の議会で「住民投票条例」を決めて から投票を実施しますが、韓国では 2004 年、国会で「住民投票法」そのもの を作りました。その中で、韓国に住む 20 歳以上の外国人、合法的な在留資格 を持つ外国人にも「住民投票」の請求権と投票権を認めました。 その 3、国民ではないけど住民だから、外国人にも「地方参政権」の保障。 韓国では 2005 年、公職選挙法を改正して、選挙ができる年齢を「20 歳以上」 から「19 歳以上」とするともに、永住資格を持って韓国に3年以上住んでい る外国人に「地方選挙権」を認めました。そして 2006 年 5 月 31 日、統一地方 選挙で外国人が初めて一票を投じました。そのとき投票した外国人の中には、 戦前から住む華僑の人たち 5000 人をはじめ、韓国でずっと働いている日本人 や、韓国人と結婚して住んでいる日本人も 50 人ほどいました。するとその日 本人たちは、在外投票で日本の国政選挙権を行使しながら、同時に地方選挙で は、いま住んでいる韓国での地方選挙権を行使することになります。 その 4、外国人の「人間としての権利」の明示と保障です。韓国では 2007 年 5 月、「居住外国人処遇基本法」を作りました。その第1条には、こうあり ます。 「この法律は、韓国に住む外国人に対する処遇について、基本的なことを定める ことよって、外国人が韓国社会で暮らしやすいように、また、それぞれの個人の 能力を充分に発揮できるようにして、韓国民と外国人がお互いを理解し尊重する 社会環境を作り、韓国の発展と社会貢献に貢献することを目的とする」 さらに 2008 年 3 月には、韓国人と外国人との国際結婚が急増していること に対して、「多文化家族支援法」を制定しました。 「この法律は、多文化家族の構成員が、安定的な家族生活を営むことができるよ うにすることで、これらの者の生活の質の向上および社会統合に貢献することを 目的とする」 ある意味では、韓国は日本以上に単一民族志向が強い国です。それは、日本 の植民地支配と戦後の民族分断によって強化された感は否めません。しかし韓 国では今、それを克服しようとして、上記の法制度を一つ一つ作っているわけ です。ところが、日本はこれらの一つもまだ実現していません。 いま、日本に必要なことは、管理政策から人権政策への転換です。それなし402 第 3 部 講演録 あとがき 403 には、多民族・多文化「共生」はありえないのです。人権政策とは、次のよう なことです。 ①「生まれてくる子どもには、親も出生地も国籍も自由に選ぶことはできない」 という平凡な真理を、私たち日本人は想起しなければならないのです。 ②この世に生を与えられた誰もが、一人の人間として権利を平等に有すること。 すなわち「労働者」として、「生活者」として、「住民」として、その地位と権 利が具体的に保障されること。そのためには、外国人が本来享有するこのよう な普遍的権利を明記する法律、たとえば「外国人人権基本法」が必要なのです。 ③とりわけ「住民」としての地位と権利、すなわち住民自治・地方自治に参画す る権利が認められなければなりません。 ④「外国人」および「日本国籍の民族的少数者」に対して、国連自由権規約第 27 条および子どもの権利条約第 30 条が定める「民族的マイノリティとしての 地位と権利」が、ただちに承認されなければなりません。具体的には、母語・ 継承語によって教育を受ける権利であり、民族名を名のる権利です。 ⑤「民族差別・人種差別は悪である」と宣言し、禁止されなければなりません。 とりわけ、公職者による外国人排斥の扇動は罰せられなければならない。それ を実効たらしめるためには、「人種差別撤廃法」が制定されなければならない し、政府行政機関から独立した「国内人権機関」の設置がぜひとも必要です。 ところで今、「社会統合」「共生」という言葉が実体を伴わないまま流布さ れ、目的と結果の転倒ということが生じているように思います。これは、「当 事者」は誰かという根本的な問いかけがなされることなく、「言説」化されて いるからです。 それでは、私たちがめざす「外国人人権基本法」の対象者、当事者とは誰か? それは、外国人であると同時に、彼ら彼女らを排除することによって「国民 国家」を維持してきた、日本国民であり民族的マジョリティである私たち日本 人なのです。 山本 崇記