認知構造意味論
著者
西田 隆雄
雑誌名
関西学院哲学研究年報
巻
37
ページ
(250)1-(232)19
発行年
2003-06-10
URL
http://hdl.handle.net/10236/13506
(25θ)1
認 知 構 造 意 味 論
西
田
隆
雄
0)は
じめ に 思考 と言語の関係 は,哲
学の重要で しか も興味 ある課題 のひ とつであ る。 この問題 は,20世
紀後半 にはいってチ ョムスキーによつて再認識 さ れる。思考 と言語の関係 については現代 の言語学が始 まる19世紀以前 に,す
でに多 くの思想家によって言及 されていた。近代ではデカル トに始 まり,ア
ルノー,ラ
ンスローなどポール・ロワイヤルの文法家たち,そ
し てルソー,ヘ
ルダー,シ
ュレーグル,フ
ンボル トなどがその代表的人物で (1) ある。チ ョムスキーは彼 らの思想 をデカル ト派言語学 と名付 け,か
つ,彼
らの思想 を紹介 しなが ら自らの見解 を主張 している。チ ョムスキーは言及 してはいないが,『人間認識起源論』 を著わ したコンデ イヤ ックもこれに 付 け加 えるべ きである。 チ ョムスキーの統語論的言語理論が形式的・体系的であるのに対 し, 1980年代 中頃か ら盛 んになって きた認知言語論 にはそれ らが乏 しい と言 われている。認知構造意味論 は,そ
の ような批判 に答えるものであ り,形
式性 ・体系性 を重要視 しない認知言語論への批判で もある。 また,最
近で はブレスナンの語彙機能文法やプステヨフスキーの生成語彙論 に代表 され るように,言
語理論 を語彙論 に還元する傾向が強 まりつつある。 しか し認 知構造意味論では,単
語がどのように結合 して文を形成するかに注目し, 文の要素である単語自身とその単語がどのように結合するかという構造の両方 を重要視する。 それでは認知構造意味論 における形式性 とは何 なのか とい うと
,1)文
が命題 とモ ダリテ イーか らなること (心理言語論),2)命
題が名詞句 を 変項 とし述語 を関数 とす る関係 であること (言語関数論),3)関
数が ど の変項 と結 びつ くか とい うこと (結合分布論),4)単
語が素性 をもつ こ と (認知語彙素性論)の 4点
である。 しか し,文
の意味 は数学 の定理の ように常 に一意的に確定するのではな く,特
定の文脈で発せ られて初めて 決 まる。それゆえ言語の プラグマテ イズムを認め,上
述 の4点
に加 える こととする。 本論文の 目的は,こ
れ ら5点
を中心 に認知構造意味論 とい う新 しい言 語論 を展開 し,そ
れを概観することにある。1)命
題 とモ ダ リ テ イ ー 文 は客観 的 な意味内容 と話者の心理的反応 か ら成 り立つ。前者 は,文
が 指 し示す客観 的情報 であ る。後者 は,そ
の情報 に対 して話者が もっている 心理的 な反応であ り,主
観 的であ る。 したが って後者 は感情 と強 く関連 し てい る。 また,そ
の心理的反応 に起 因 し起 こる内容 を も暗示 している。 幾何 学 の命題 「三角形 の内角 の和 は2直
角 で あ る」 や 自然科学 の命題 「地球 は太 陽系 の惑 星であ る」 に よって記述 され る意味 は客観 的で あ る。 また,歴
史上 の事実 を表 わす命題 「1192年に源頼朝 は鎌倉 に幕府 を開い た」 や法律 の条文 「車両 は、道路標識等 によ りその最高速度が指定 されて い る道路 においてはその最高速度 を、その他 の道路 においては政令で定 め る最高速度 をこえる速度 で進行 してはな らない」(道路 交 通法 第3章
第 2 節速度 第22条 )な
ども客観 的情報 であ る。 さらには,専
門用語 の定義文 や,あ
るいは また 日常語 の辞書 的説明文 な ども同様 である と言 える。 しか認知構造意味論 (2イ
8) 3
しわれわれが 日常,発
している文は単 に客観的な情報だけではな く,話
者 の心理 を多かれ少 なかれ含 んでいる。た とえば,「3月 下旬 なの に,な
か なか暖か くならない」 とい う文 は,「本来,3月
下旬 には暖か くなる」 と 「3月 下旬の今 日,ま
だ寒い」 とい う内容のほかに,「寒いのは,も
ううん ざ りだ」 とい う話者の思いが表われている。 もちろん,デ
イスコースは複 数の文か ら成 ってお り,そ
の一文一文 に話者の心理が明 らかな形 として表 われているわけではない。 しか し文の構造 を モ ダ リテ イー (話者 の心理) 命題 (客観的情報) とみなす と,モ
ダリテイーの有無 ない しは多少 にかかわ らず,文
が指 し示 す ことを普遍的に記述で きる。た とえば,上
に挙げた幾何学や 自然科学の 命題等は,一
般的にはモダリテイーがゼロである。 モダリテイーの機能は多様である。期待,失
望,驚
き,喜
び,悲
しみな ど非常 に多い。今か りに,大
まかに快 と不快 に類別 してお こう。 「お父 さん,ま
だ帰 ってこない」(ま た,同
僚 といっぱいやってるのか しら一不快) 「宝 くじが当たった!」 (これで車が買える一快) 「まだ,宿
題やつてないのか!」 (お前 は怠け者だ一不快) 「やつぱ りあいつは引越 しの手伝いに来て くれた」(信頼のおける奴だ 一快) 「教室,あ
ついなあ」(先生 にエアコンつけて もらいたい一不快)0鍵
か っ こ内の文が実際 に発 せ られ た文 で,そのモ ダ リテ イー をか っ こ内 に 分 か り易 く文 に した。認知構造意味論
この命題 とモダリテイーとの関係は
,オ
ースティンの言語行為論 におい て僅かではあるが類似性 を見ることがで きる。すなわち発語行為locution‐ ary act「宝 くじが当たった!」 に対 して,発
語内行為i1locutiOnary actは車 を買 う予定 をたてることであ り
,発
語媒介行為per10cutionary act は車 を買 うためにデイーラーと接触すること,ま
た実際に車 を買 う契約 を 結ぶ ことである。モダリテイーは話者の心理であるが,オ
ースティンはそ れを行為へ と発展 させたことに意義がある。文「宝 くじが当たった!」 が 指 し示す ことが らは,宝
くじが当たったとい う事実や宝 くじが当たって嬉 しい とい う話者の心理だけではな く,そ
こか らネッ トワーク的に生 じる内 容 をも含んでいる。そ してそのような内容 を言語の問題か ら排除すべ きで はない とい うのが,本
論文の立場である。2)変
項 と関 数2.1)文
の一般的構造 文の基本的な意味構造は,フ
レーゲが主張するように,数
学的には変数 (a と関数の関係 として形式化で きる。すなわち,文
「水素ガスが炭酸ガスよ り軽い」は,「水素 ガス」 を変数 (変項)と
し「炭酸 ガス よ り軽い」 を関 数 とす る関係 である。 この文ではまた,フ
レーゲ も言 うように「水素 ガ ス」 と「炭酸 ガス」 を項 とし,「よ り軽い」 を関数 とみなす ことも可能で ある。一般的には,文
は複数の項 をもち,F(a,b,c,…
)と
して記号化 で きる。そ して,こ
れに限量記号∀,∃
を導入すると述語論理 として形式 化で きる。 Prologは 述語論理 をもとに して作 られたコンピュータ言語であ り,自
然言語処理 プログラムに しば しば用い られる。例 えば,日
本語の構文解析 0)認知構造意味論
(2イ
σ)5
る。一方,Lispは
ヴ イノ グ ラー ドが1970年頃 につ くったsHRDL讐
と い うプログラムに応用 されている。彼 は,複
雑 な言語現象 を記述 しうる理 論体系 を作 るため には,そ
の第一歩 として,あ
る問題領域 で言語 を実際 に 理解す ることので きる計算機 プログラムを仮説理論 として書 くことだ と認 識 してい た。そ して手 と目を持つ ロボ ッ トに積木 をいろいろ操作す るよう にで きてい る プ ログ ラム を作 った。その ロボ ッ トは,統
語 処 理,意
味 処 理,推
論 をお こなうことによって,与
えられた指令 を理解で きるようにな っている。統語処理は,ハ
リデイの開発 したシステ ミック文法によるので あるが,こ
の理論は,文
が名詞句 と動詞句 とか らなるというチ ョムスキー の言語理論 とはかな り異なっている。チ
0
0
i
i
i
>
i
v
>
v
>
v
i
>
ョム ス キ ー 型 言 語 理 論 Sentence― →NP+VP
NP→
T+N
VP→
Verb+NP
T―the N―→man,ball,etc. Verb→hit,toOk,etc. 非 チ ョムス キ ー型 言 語 理 論例(i)S→
NP+NP+…
…+Pred
(五)NP→N+Pk
(iii)Pred→ 動 詞,形
容 詞,名
詞+だ
∧
Verb NP
ht A
T N
the ball/ハ\ 卵
真
NP
∧
∧
T N
the man
N
P
∧
N Pk N Pk
男 が ボ ー ル を6(2イ
5)
認知構造意味論 さらに表層構造 の 日本語 は,英
語 な どの ヨー ロ ッパの言語 よ りもこの形 式化 に とつて適 してい る。文 「 きの う友達 が秋葉原 でパ ソコ ンを買 った」 は,((NPl,NP2,NP3,NP4)Pred)
の ように,最
初 に4つ
の名詞句 が あ り文 末 に述語 が来 る。 これ は Prolog の逆 ポー ラ ン ド表 記 で あ る。 また,二
重 の カ ッコの使 用 はLisp的で あ る。 さらに,名
詞句 内の構造 は((N)Pk)の
ように名詞 に格助詞 が後続 す る。 Pred 買 ったNP
4
Λ
N4 PL
パ ソコンを2.2)関
数 述語である関数は動的なもの と静的なもの とがある。動的述語は,身
体 的動作「歩 く」「食べ る」や生理現象「笑 う」「泣 く」,ま
た「(水が)流
れ る」「(雨が)降
る」などであ り,動
作主体 の意思の有無 とは無 関係 であ る。静的述語は,「暑い」「赤い」 など形容詞,「静かだ」「有名だ」 など形 容動詞,「疲れている」「壊れている」 など「動詞て形+い
る」によつて表 わ される。 また動詞その ままの形で「で きる」「分かる」は静的である。 静的述語の品詞が表層言語 において異なることは深層構造では意味 をなさ ない。NP.
Λ
N・ P
鋤
klZ
k 2 カN
P
2
Λ
N
2P
雄
晋
︵
認知構造意味論 2。
3)変
項 の格機 能case_functiOn (2イイ) 7F(X,Y)の
変項の位置はどちらで も良い とい うわけではない。F(X,Y)
とF(Y,X)と
は意味が異なる。変項の位置についてのこの見解は,フ
レ ーゲ も言及 している。フイルモアの格概念にしたがつて述べると,文
「大 は飼い主 に忠実である」では,F(X,Y)の
Xは
動作主格AgentiveでY
は与格Dativeである。仮 に,F(X,Y)=F(Y,X)と
して しまうと,「A
は飼い主に忠実である」 と「飼い主は大に忠実である」 とが同 じ意味の文 だ とい う馬鹿 げた結果 になって しまう。現代 の論理学 は,様
相論 理 や時制 論理 を取 り入れる ことによって言語学 の理論 に近づ きつつあるが,変
項 の 格機 能 を形式化す る まで には至 ってい ない。 格文法 の第一 人者 フ イルモ アの格概念 も,動
作 主格 (A_gentive),道 具 格 (Instrumental),与格 (Dative),作為格 (Factitive),位置格 (Loca―G) tive),対 象格 (Ottective)の ように単純なものである。 格概念 の分類 は
,お
お よそつ ぎの ようになるだろ う。第1に,物
理 的 な時間格 と空間格であ り,こ
れを物理格 と呼ぶことにする。ある動作や状 態が,い
つ どこで行 なわれ生 じるか を規定す る格である。第2に,述
語 が どのように変項間で作用するかを示す格であ り,述
語関係格 と呼ぶ。た とえば動詞述語「与 える」の場合 は,誰
かが誰か に何 か を与 えるのであ り,与
える人 と受 ける人 と与 える ものの3項
である。フイルモアの用語 で は,動
作 主格,与
格,対
象格 にな る。第3は
,乱
暴 な言 い方 にな る が,物
理格 と述語関係格 に属 さないすべての格である。 フィルモアの格文法について特筆すべ きことは,複
数の格概念 を述語 と 関連付 けたことである。 フィルモア自身の例 でい うと,以
下の(1)か
ら (5)までの文が(1)The d00r wi1l open.
8 (2イ3) 認知構造意味論
The janitor wi1l open the doOr with this key。 This key wi1l open the door.
The door wi1l open,because the janitor will open ite
3 4 5 つ ぎのような同一の構造 をもっているとい うことである。 The opening ofthe door by thejanitor with this key.
述語
対象格
動作主格
道具格 これは
,文
の構造 を深層言語的に記述するひとつのモデルであ り,述
語 を 関数 とし対象格,動
作主格,道
具格 を変項 とする言語関数論 と同 じ立場で ある。3)結
合 分 布 論 3。1)結
合価 文が変数 (変項)と
関数 との関係であるのに対 して,述
語は関数その も のであ り項 を必須要素 とする。例 えば,関
数 「忠実である」は,「項1が
項2に忠実である」の2項
をとる関数である。(夕j)F(X,Y)「
犬 は飼 い 主 に忠実である」。 この例文で「飼い主」 を省略 して「大 は忠実である」 と言 うこともで きるが,こ
の省略は大が忠実であるべ き対象が明確である ため可能なのである。 この場合,2通
りの解釈が可能である。ひとつは, 文脈か ら大が忠実である対象が飼い主であることが明 らかであるので省略 されている場合であ り, もうひとつは,大
が一般的にヒ トに忠実な動物で あることを言 う場合である。 したが って,「犬は忠実である」 と言 うとき も,「忠実である」は,2項
をとる関数である。表層言語 よ りも深層言語 のほうが意味 に深 く関係 していると見るべ きである。認知構造意味論 関数 としての述語は項の数 を最小である ることがで きる。「忠実である」ではな く
とみなせば
,「Aは
飼い主に′
忠実である」
本論文 で は この立場 は とらない。 一般 的 に,述
語 は1項関係 ・2項
関係 0 きる。 (2イ2) 9
1,す
なわち1項関係 に還元す 「飼い主 に忠実である」 を関数 は,1項
関係 である。 しか し,3項
関係 ・….の
ように分類で 1項 関係(Xが
)「歩 く」「疲れている」「大 きい」など2項
関係(Xが
)(Yを
/に
)「食べる」「読む」「忠実である」など3項
関係(Xが
)(Yを )(Zに
)「与える」「教える」「置 く」など 述語「食べ る」が,食
べ る主体であるXと
対象Yを
必須 とす るの に対 し,述
語が表わす動作 をともにする相手であるZは
必ず しも必要 としな い。 したがって,文
「私が友達 とフランス料理 を食べ る」では,「私」 と 「フランス料理」は必須項であ り,「友達」 は任意項である。 ところで,述
語 は動作 であるに しろ状態であるに しろ,時
間 と空間の制約 を受 けてい る。すなわち,動
作 「食べ る」 については,い
つ どこで食べるかが必然的 に規定 されることになる。 したがって上記の1∼3項
関係 は,時
間項 と空 間項が加わ り3∼5項
関係 になる。 3。 1。1)テ
ニエルの結合価 そ もそ も結合価の考え方はテニエルに始 まる.か
れは,フ
ィルモアと同 様 に動詞が文の構造の中心だ としている。彼 は文 を ドラマに喩え,登
場人 物や背景 にあたる ものを,そ
れぞれ文の共演成分 actantと 状況成分cir… 0)constantに分 けてい る。 た とえば文 Alfred donne le livre a Charles. は動詞donnerを 中心 に
動 詞 donner
「与える」
donne
Alied le livre a Charles
le livreと a Charlesが共演 成分 であ る。Alfredは主語 で主役 にあたるが
や は り共演成分である。そ して主語 と述語 は対等 で はな く
,主
語 が共演成 分 と同様 に述語 に従属す る。述語 であ る動詞が共演 成分 をい くら従属者 として持 っているか を
,テ
ニエ ルは結合価valenceと呼 んでい る。結 合価1 は,tomber落
ち る,mou五 r死
ぬ,結
合 価2は,avoir持
つ,tuer殺
す,voir見 る
,結
合価3は,montrer見
せ る,dire言
う,donner与
える,で
ある。お もしろい ことにテニエルは
,結
合価 0と して非人称の動詞,た
とえ│ゴ pleuvoir雨 が降る,を
あげている。 日本語では,非
人称の動詞が ないから結合価0は存在 しない。 (η 3。 1。2)ヘ
ル ビッヒとシェンケルの結合価理論 ドイツ語 で結合価 を文法理論 として取 り入れたのは,ヘ
ル ビッヒとシェ ンケ ルで あ る。二 人 はチ ヨムス キー と同様 に,文
の 要素 と してHumや
Abstrな どとい う素性 を採用 してい る点でテニエルの結合価 を発展 させ た とい える。 lemen I. lemenl+(1)=2 11。 lemen―→Sn,(Sa/NSda3,Л
nflIHo Sn→
Hum(Der Scん
膨Jer lemt.)Sa→
Abstr(Er lernt θJん&ご
Jcんち ααS SCん″しjθαθんαんα″erλ。 )NS一→Act(Er lernt,ごび dEC Gescんjcんιθ υοんルたんscんθんgθ
“ αcんι ωjだ/ωer jtt Recんι Jsι。)
認知構造意味論
I→ Act(Er lernt scん
“ jbθん.)
Inf→Act(Er lernt,konzentriert z“ αrbθjιeん。
)
(2イ θ)11
studieren
Io studierenl+(D=2(Vl=lernen)
IIo studieren―→
Sn,(Sa)
IⅡ
.Sn→
Hum(Scjη
Sοんんstudierte)Sa→
Abstr(Fachbezeichnung,一 Art)(Er studiert MttJzれ .)studieren 2(V2=erforschen)
studieren―→
Sn,Sa
Sn―
Hum (Der y%ιer studiert die Landkarte.)Sa―
Abstr(Er studiertごJc」叱じrbθん αes Gθ れaJαes,αjθ Aη‐sJcんたんscJん
es耽
&rsαcんθrs.) 3。2)結
合分布―一 変項の領域 (例)「Xは Yに
忠 実 で あ る」 のXや Yに
は物 質 や抽 象概 念 は,一
般 的 には該 当 しない。「*机が 自動車 に忠実である」「*運動会が平和 に忠実であ る」。Xは
主 として人であるが,動
物やロボッ トの場合 もある。「ロボ ッ トは人間に忠実である」。Yは X以
上に人である可能性が高い。 しかし, 「チ ンパ ンジーは群れのボスに忠実である」のように動物で もよい。ま た,Yに
は抽象概念がまれに来ることがある。「ロボットは人間の指示に 忠実である」。チ ョムスキーは変項の領域 を,生
成文法理論提唱時か ら 「統語素性」 と「選択制限」によって言及 している。一般的に,つ
ぎのよ うに説 明す る こ とがで きる。「犬」の素性 は,十 Animate,一
Human
で,「忠実である」は土Animate,土
Humanと
規定 される。チ ョムスキ12(239)
―は
,前
者の規定 を統語素性 syntactic feature,後 者 を選択制 限selec_ tional rest五 ctionない し選択素性selectional featureと呼んでいる。上 の例では,「机」「自動車」「運動会」「平和」は,す
べて一Animate,一
Hu‐manで
あるか ら「忠実である」の選択制限に合わな くな り,非
文法的な 文 になって しまう。チ ョムスキーの「文法 の構造syんιαcιjc sιr“cι“″s』
(1957)で
有名になった文 「Colorless green ideas sleep fu五ously.(無色の緑色の観念が怒 り狂 って眠る)」 の green ideasや ideas sleepな ど
の表現は
,や
は り選択制限に違反するので,正
しくないのである。 このこ とを今度は,関
数の立場か ら述べ ると,選
択制限に違反 しているとい うこ とは,変
数の定義域 にない といことである。語彙 としての変項や関数 を素 性 featureに よつて形式化す ることは,生
成語彙論 Generative Le対 con(Pust可ovsky 1995)へ と発展する。
4)語
彙 素性 語彙 に素性 をつ ける操作 は,チ
ヨムスキー も生成文法 を提唱 し始 めた初 期理論 の頃か ら行 なってい る。彼 の素性 は,た
とえば名詞 については,物
質であるか生物 であるか,そ
してそれが生物 である ときは,人
であるか人 以外 の動物 であるか とい う分類 である。 また,生
物 で ない ときは物 質であ るか抽象的概念 であるか な どである。一方,最
近 の語彙素性研究では,プ
旧) ステ ヨフスキーは語の素性 として文法項 目を取 り込 んでい る。 これは,こ
れ までチ ョムスキーの シンタックスや本論文 の言語 関数論 を語彙論 で説明 しようとい う言語理論 である。そ して この方法 は,現
在,工
学部 出身の言 語研 究者 たちが 自然言語処理 で注 目 してい る形式操作 で もある。 本論文 で は,プ
ステ ヨフスキーの生成語彙論 や認知心理学的言語論 を取 り入 れ,つ
ぎの3つ
の側 面 か ら語彙素性 をつ け る こ とを提 案 す る。第1認知構造意味論
(238)13
は文法 的側 面 で あ る。第2は ,物
理 的,認
知 的,社
会 的性 質 を含 む総 合 的 な側 面 であ る。そ して第3は
,第
2の
性 質 と重複 す るが,意
味 の ネ ッ トワー クであ る。 ここで は,例
と して 日本語 の名 詞 「本」 と動 詞 「書 く」 を例 として取 り上 げ解説す る。 4。 1)「本」の語彙素性(A)文
法的素性 Al。 名詞的述語 (関数)「本だ」の核 となる A2。 名詞句 (変項)「本 を」の核 となる (「を」だけではな く一般的 に格助詞が後続する)(B)物
理的,認
知的,社
会的性質素性 Bl。 物質・非生物B2.材
質 としての紙,イ
ンクで文字が印刷 されているB3.言
語お よび文字 とい う記号の存在 を前提 としている B4。 その文字 を使 って知識・情報 を他人に伝達する (本の著者 と読 者が存在する)B5.商
品 として売買の対象である B6。 種類 としては,文
芸作品・思想的著作 ・伝記・辞書・事典 ・教 科書・図鑑・絵本 など(C)ネ
ッ トワーク的素性 「本」 という語で連想するもの 紙,イ
ンク,著
者,読
者,図
書館,学
校,書
店,文
芸作品,教
科書, プレゼ ン ト,本
棚,洋
書 など 同 じ内容であって も出版 したか否かによって,「本」 となった りならなか つた りする場合がある。たとえば,夏
目漱石が 『坊 っちゃん』 を出版 して いなかったら,そ
れは「本」ではな く原稿 にす ぎない。オッ トー・フラン14(237) クが彼の娘の日記 を出版 していなかったら
,そ
れはプライベー トの 日記で あ り『アンネの 日記』 とい う本 にはなっていなかった。 4。 2)「書 く」の語彙素性(A)文
法的素性 Al。 述語 (関数)で
あ り,変
項 を支配するA2.必
須項 を持つ。(「誰かが何かを書 く」 とい うように,動
作主 と 対象 との2項
を必須項 として とる。動作 「書 く」は,あ
る時 ある場所 において行 なわれ,時
間 と空間の制約 を受ける。 した がって時間項 と空間項は,言
語学では述語の必須要素 とはみな していないが,本
論文では必須項であると考える。)A3.準
必須項 を持つ。(必須項 に近い ものがある。 これを準必須項 とここで呼ぶ ことにする。「書 く」の場合,何
かを書 くの には 書 くための道具,す
なわち,ぺ
んや筆や鉛筆などの筆記用具が 必要である。 この必須項 はプステ ヨフスキーの暗黙項defaultargumentsと 影項shadOw argumentsに 相当する。)
A4。 変項 に領域がある (「
3.2結
合分布―一変項の領域」ですでに 述べ た)(B)物
理的,認
知的,社
会的性質素性Bl.書
き手 と読み手が存在する B2。 言語や文字の存在 を前提 とする B3。 書 くために筆記用具や紙が必要である(C)ネ
ッ トワーク的素性 「書 く」 という語で連想するもの 手紙,日
記,作
文, レポー ト,論
文など認知構造意味論
5)語
用 論 的 お よび認 知 心 理 学 的 な制 約 (236)15 5。1)属
性表現の語彙素性 語彙素性のうち属性 を表現する形容詞的語句 は,語
用論的お よび認知心 理学的な制約 を大 きく受ける。「Zは
重い」(重量 としての重 さに限定 し, 「重要な」や「重大な」の意味ではない)と
言 うとき,大
きい と判断す る 基準 をわれわれは日常の言語運用のなかで持 っている。 第1の意味。「重い」「軽い」の判断は,対
象が何 であるか によつて異 なる。 したがって絶対的数値で表現 して,100キ
ロは重 く50キロは軽い とはいえない。確かに人の体重では成人男子 の場合,明
らか に100キロ は重 く50キロは軽 い。 しか し,同
じ50キ ロで も大 の場合 は非常 に重 い。第2の
意味。 また異 なる対象 を比べて どち らが重いか とい う判断で ある。た とえ│ゴ「ゾウは重いがネズ ミは軽い」 と言 う場合は,ゾ
ウとネズ ミを比べ るとゾウはネズ ミより重い とい う意味である。第3の
意味。「重 い」「軽い」の判断の基準がわれわれ人である場合である。人に比べれる と,ゾ
ウは重いがネズ ミは軽い とい う意味である。 この場合は,わ
れわれ 自身の体重が重い軽 い を判断す る基準 となっているのである。第4の意 味。動物 の標準 的体重が「重 い」「軽 い」の判断の基準 であ る場合 であ る。だから「ゾウもウマ も重い」 という立場,い
ろいろな種の動物の標準 的体重か らみて,ゾ
ウもウマ も共 に動物 としては重い と考 えることであ る。第5の意味。同一体積 の2つ
の ものを比べ て,ど
ち らが重いか とい う場合である。「鉛 はアル ミより重い」 と言 う場合である。体積 の違 う2 つの金属物体 を比べて, どちらの金属が種類 として重いか と判断すること は,意
味がない。第6の
意味。重量 と時間 との積が「重い」「軽 い」の判 断の基準 となる。「わた しのカバ ンは重い」 とい う場合 を考えてみ よう。16(235) 認知構造意味論 カバ ンの中には
,本
やいろいろな資料が入 っているだろ うが,そ
の重量 は,重
くて も普通 は3,4キ
ロ前後だろう。 ところが,電
車の中で立 った まま15分
ほどカバ ンを手 にさげていると,だ
んだん重 く感 じられる。同 じような例 としては,買
い物かご,水
の入っているバケツ,大
きい辞書, 抱いている赤ちゃんなどい くらで もあるだろう。 これ らは実際の重 さがい くらであろうと,わ
れわれは通常,重
い と表現 しているものである。 「……は重い」 とい う場合,以
上の ように6つの意味 を想定で きるが, われわれ言語の使用者は, どの「重い」の意味なのか,判
定する基準 をお そ らく経験的知識 として もっているのだろう。そ して個別の状況 に接 した とき,即
座 にどの意味 における「重い」 なのか,判
断を くだすことがで き るのである。5.2)比
較 としての属性表現 認知心理学ない しは認知的な言語論の立場か らすると,属
性表現 は比較 表現である。それは「Zは
重い」 とい うとき,「Zは
[われわれが持つ基 準 より]重
い」 という意味だか らである。一般的には「Zは
重い」 と言 う とき深層構造 に,Zが
(は) 動 作 主格 基準 よ り重 い。 比較格 の ように常 に比較格があることになる。「いわゆる比較」 を含む文 と含 ま ない文 とは
,つ
ぎのように共通の深層構造か ら出て,二
つの異なる表層構 造の文 となると考えられるだろう。認知構造意味論 基準 よ り 重い。 (23イ
)17
は 体重7キロの ネコは (標準 的 なネ コよ り)重
い。 │ 体重7キロのネコは 体重4キ
ロのネコより重い。 [いわゆる比較] 体重7キロのネコは重い。 [通常 は比較 とは見 なされてい ない]6)お
わ りに 本論文でわた しは,心
理言語論,言
語関数論,結
合分布論,認
知語彙素 性論,プ
ラグマテイズムを総合的に取 り入れることにより,文
が指 し示す 意味の形式化 を試みた。以上5つ
の ことが らを言いかえる と,大
まかな 表現 になって しまうが,言
語は心理性,形
式性,物
理性,認
知性,社
会性 に基づ く現象だと言える。本論文ではテクニカルなことが らを扱 ったが, それにもかかわ らず,こ
の ような言語 についての考察 を行 なうことによ り,最
終的には「われわれヒ トとはどんな存在なのか?」 を考える際のヒ ン トになるだろう。 注 (1)チョムスキー『デカル ト派言語学』の「言語使用の創造的面」の章を参照。 (2)フレーゲ『概念記法』,pp.29-34.(3)SAXと BAPは
,ともに 1980年 代 中頃,松
本裕治 らによって開発 された構文 解析 システム。 14)ウ ィノグラー ド『言語理解の基礎』第 1章 「SHRDLUシ
ステムの概観」 を参 照 。 (5)フィルモア「格の症例」『格文法の原理』,pp.76-77.(6)Tesniёre,jJび麓θん″s αc syん″αχc s″rac′
18(233)
(7)G.Helbig,Wo Schenkel,"ζσrた rb“cんzじrフしJθんz“んα DjSιrjb“ιjο屁ごθ
“ ιscんer Vυrbθん, p.168。
(8)Pust可 ovskyは動詞buildの文法項 目 と してつ ぎの素性 をあげている。 項構造
=
項1 = X:生
物 項2 = y:人
工物 暗黙項1 = Z:建
築材料 事 象構造=
項1 = el:過
程 項2 = e2:状
態 制約= el<∝
e2 主辞事象= el
特 質構造=
形式役割=
存在 (e2,y) 主体役割=
建築行為 (el,x,y) 継承構造創造行 為 1.true arguments必 須 項: Joん屁αrrjυed ιαιθ。 2.default arguments暗黙項 : Joんんb“じJι ιんcんο “sc ο“ι ofbrじCλ S. 3.shadow arguments影項: Mαッbじιιθ祀ごんer ιοαsι″jιんαんCηcんsjυ9_│“ιι⊆. 4.true attunCtS付 加項:
Mav aroυc αowη ιο Aセ″yorん οη T“esαα2。 (Pust●ovsky 1995,pp.63 -64) 文献 Amauld,A.,C.Lancelot(1660):G聞れ他 j祀♂σん `raJθ θι ttJsοんんびθ,(ポール・ リーチ編序,南舘英孝訳 『ポール0ロワイヤル文法,一般理性 文法』) Austin,Jo L.(1960):Hο ″ ιο Dο Tん jtts wj″んWoだs,「言語 と行為』(坂本百大 訳)
Chomsky,N.(1966):CαだcsじαんLjttg“Jsιιcs,ACんapたr jtt ιんe ffjsιοJ7 0f Rα‐ ιjOんαJJsι 劉
%昭
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οり,edited by Emmon Bach and Robert T.Harms,pp.1-88。 ,「格の症 例」,(田中春美,舟城道雄訳『格文法の原理』 に所収)
認知構造意味論 (232)19
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