哲学・思想系分野におけるアクティブラーニングの実践
─ 学修成果とカリキュラムの観点から ─
田中 一孝 キーワード:アクティブラーニング、哲学教育、学修成果、カリキュラムⅠ.本稿の目的と問題背景
本稿の目的は、桜美林大学リベラルアーツ学群(以下、LA 学群)哲学専攻プログラムに おける教育を事例に、高等教育機関の哲学・思想系分野における教育においてアクティブ ラーニングを導入する意義を、カリキュラムと学修成果の観点から論じることである。 まずはわが国の高等教育機関においてアクティブラーニングが前景化した経緯について 簡単に触れよう。アクティブラーニングとは「一方向的な知識伝達型講義を聴くという(受 動的)学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には、書 く・話す・発表するなどの活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う」と 定義される(溝上,2014,p.7)。哲学を専門とする大学教員はまずマイケル・サンデルの 講義「Justice」におけるソクラテスメソッドを思い浮かべるかもしれないが、アクティブ ラーニングの具体的な手法としては、その一形態である協働学習でも 200 以上あると言わ れ(ibid.,p.67)、一般にも馴染みあるディスカッションやプレゼンテーションもアクティ ブラーニングの一つである。中央教育審議会(2012)がいわゆる「質的転換答申」において 政策用語として使用して以降、アクティブラーニングはわが国の高等教育機関において急 速に浸透し、多くの分野で実践の蓄積が進み近年は効果検証も行われている1。 アクティブラーニングが注目を浴びる背景はいくつか挙げられる。第一に、教授学習パ ラダイムの転換である。この転換は「教えるから学ぶへ」というスローガンで象徴される ように、教員が何を教えるのかという観点からではなく、学生が何を学ぶのかという観点 から授業を捉えることであり、アクティブラーニングはこうした学生中心の教授学習を実 践するものであるとされる(溝上,2013)。第二に、社会動態の変化がある。「質的転換答 申」では「急速に進展するグローバル化、少子高齢化による人口構造の変化、エネルギー や資源、食料等の供給問題、地域間の格差の広がりなどの問題」などによって「これまで の価値観が根本的に見直されつつ」あり、「想定外の事態に遭遇したときに、そこに存在 する問題を発見し、それを解決する」人材は、「受動的な教育の場では育成することができない」と言われる。第三に、以上の点とも深く関連するが、コンピテンスベースの教育 志向が挙げられる。コンピテンスとは学位プログラムに即して学修成果を積み重ねること で、学生が総合的に身につける知識、技能・能力、態度のことである。学生が卒業時に何 ができて、どのような人物になっているのか─ 高等教育においてコンピテンスが着目さ れる一つの背景には、社会が求める人材を高等教育機関が育成できているのかという産業 界からの疑念がある。たとえば「教育再生実行会議第三次提言(大学教育改革)」(2013)が 社会との接続を意識した教育の強化を求める。経済産業省は 2006 年より「社会人基礎力」 を提唱しており、これを受けて各大学は社会人基礎力を育成するためのアクティブターニ ング型の授業実践を重ねている(経済産業省,2014)。 近年、哲学・思想系分野でもアクティブラーニング型の授業が採り入れられ、その実践 例が報告されている。とりわけ医療や福祉など専門職を育成する大学ではその傾向が強 く、哲学系の科目を一般教育カリキュラムの中で比較的明確に位置づけている。他方、旧 帝国大学以来の「概論」「特講」「講読」「演習」といった科目名称が残る、哲学を専攻できる ような大学においては、従来の講義科目をアクティブラーニング型授業に転換し、また哲 学専攻のカリキュラムを改変したという報告は少ないように思われる。そこで本稿では桜 美林大学 LA 学群の哲学専攻プログラムを事例に、カリキュラム設計にもとづいたアク ティブラーニング型授業の導入について報告したい。
Ⅱ.哲学専攻プログラムのカリキュラムの再設計
高等教育機関において哲学・思想系の科目を履修する学生の大半はもちろん、哲学を専 攻する学生でもその大半は卒業後には社会に出て活躍する。桜美林大学 LA 学群は哲学専 攻プログラムを開設し、「概論」「特論」「演習」などの科目を提供しているが、哲学を学べ る研究科は設置していない。したがって、基本的に哲学系の科目を履修した学生は哲学の 研究者を目指すことはないという前提でカリキュラムを組む必要がある。従来の講義科目 では主に哲学史が教えられていたが、こうしたカリキュラムが研究者になることがない学 生や彼らが就労することになる産業界のニーズに合致しているかはあらためて考えてみる 必要がある。 社会・産業界が要請する能力を志向して大学のカリキュラムを設計することには、多く の大学教員が違和感を持つだろう。なぜなら大学における教育の意義は必ずしも産業界 の、主として短期的かつ経済的な価値観で測れるものではなく、また、社会で求められる 人材の備えるべき能力は時代とともに大きく変化するからである2。とりわけ哲学は学問としてのその懐疑的な性格上、哲学を専門とする教員は、経済性や効率性でものごとの意 義を決定することをなかなか受け入れないだろう。だが果たして産業界や学生は、高等教 育における哲学教育に経済性や効率性を反映することを求めているだろうか。カリキュラ ムを再考するにあたって、筆者はまず専攻を問わず哲学を履修している学生や、哲学を専 攻したあと企業に就職した OB・OG、企業の人事担当者に哲学を学んだ学生に期待する コンピテンスについてインタビューを行った。意外なことにこうした人々は、経済的効率 性につながる技能を身につけることを期待せず、「自分の長所や短所を知る」などの知的 内省や、「公共心と正義を備えている」という倫理的徳、「既存の概念や考え方を新しい分 野に適応できる」という創造的思考力について言及した。こうした調査のサンプルは多い とは言えないが、産業界や学生が哲学教育に求める意義とは何か、先入見を排してさらに 調査する必要性はあるだろう3。 以上のインタビューに加えて、哲学教育の学修目標を定め、Web 上で公開している大 学の事例を検討し、また他大学の哲学教員にインタビューを行った。さらに桜美林大学 LA 学群の学位授与方針(ディプロマポリシー)との対応関係を考察した上で哲学教育の学 修成果を暫定的に 33 項目定めた。さらにこの 33 項目の上位の項目として、シラバスに直 接記載することを念頭においた、哲学専攻プログラムを修了した学生が涵養すべきコンピ テンスを 9 項目定めた(表 1)。1-4 の項目は他者の議論を正確に理解し、また議論を立て るための手助けをできるかについてのコンピテンスを示している。それに対して 5-7 自分 で議論を立て、説得的に展開するためのコンピテンスを示す。8-9 は難解な哲学的知識を 得た上で、それを応用的な分野で活用できるというコンピテンスである。いずれの項目 表 1 哲学専攻プログラムの学生が涵養すべきコンピテンス 1.他者の議論について思いやりをもって理解することができる 2.他者の議論の長所と短所がわかる 3.他者の議論を再現できる 4.他者と議論することに抵抗がなく、健全に批判することができる 5.様々なトピックにおいて適切な問いを立てることができる 6.論理的な一貫性をもった議論を展開することができる 7.自分の議論の長所と短所がわかる 8.未知の言葉・概念を抵抗なく受け入れることができる 9.既有の言葉・概念を新しいフィールドに適用できる
も、テキストに基づいた読み書きにおいて、また口頭でのディスカッションにおいても、 哲学を学修した学生は発揮できるようになってほしい能力・態度である。もちろん、以上 は哲学の科目のみならず桜美林大学の 4 年間の学修全体を通して培うべきものであるが、 哲学専攻プログラムのカリキュラムはこうしたコンピテンスの育成に寄与する形で組まれ なければならない。したがって読み書きやディスカッションを積極的に盛り込んだアク ティブラーニング型の授業を複数実施することで、哲学専攻プログラムにおいてもこれら のコンピテンスを涵養できる機会を設けることにした。 哲学専攻プログラムでは、8 つの専門講義科目を提供している。またそれとは別に、担 当教員によっては初年次向けの教養科目と、「専攻演習」、「卒論演習」の科目を提供して いる。哲学専攻プログラムが提供する科目は他学群でも履修可能であり、また他専攻の修 了単位としても組み込まれているので、カリキュラムを再考するにあたって科目名を変更 することや、科目を新設することは容易ではない。そこで既存の科目の枠組みにもとづき ながら、カリキュラムを改善・発展させることを目指した。具体的には哲学を専攻・副専攻 とするために履修が必要な科目のうち必修である「哲学概論」(4 単位)「哲学の諸問題」(4 単 位)「哲学研究特論」(2 単位)の 3 科目、そして哲学専攻プログラムの教員が担当する初年 次向けの向けの科目「プラトンを読む」(2 単位)「ギリシア悲劇を読む」(2 単位)にアク ティブラーニング型授業を導入した。
Ⅲ.哲学系科目におけるアクティブラーニングの実践例
次に実際に桜美林大学における哲学・思想系科目におけるアクティブラーニングの実践 例を報告する。「哲学概論」「哲学の諸問題」「哲学研究特論」では哲学史を順番に教えるの ではなく、哲学のトピックごとに授業を実施した。基本的形態としては、ひとつのトピッ クごとに 2 コマ 180 分を割り当て、30 分(15 分× 2 コマ)を前回の授業へのフィードバッ ク、30 分を扱う問題の設定、45 分をディスカッションとワーク、30 分をプレゼンテー ション、45 分を解説講義に当てている。 毎回授業においては学生の意見や質問を受け付けるためにリアクションペーパーを配っ ている。リアクションペーパーのコメントは一切成績評価に含めないが、単に学生の反応 を探ることを目的とせず、コミュニケーションツールとして用いている。すなわち、毎回 の授業の始めの 15 分はリアクションシートに書かれた学生のコメントを紹介し、それに 教員がコメントで応える。学生は大勢の前で意見や質問(とりわけ素朴な疑問)をするこ とを好まないが、毎回しつこくフィードバックを行うことで、学生の参加意識が増し、リアクションペーパーを通じた教員との 対話を楽しむようになる。セメスター の終わりに近づくにつれ、教員から見 ても目をみはるような意見や鋭い質問 が増えてくる。 既に触れたように、本専攻で学んだ 学生には優れた議論を書けるのみなら ず、口頭でも展開できることが望まれ る。それでは学生はどのように口頭で 哲学的な議論をする訓練をしたらよい だろうか。例えを挙げると、たとえば 「哲学概論」では意識のハードプロブレ ムを扱った。その前段階としてイー ジープロブレムを理解させるワークと して、人間の心的機能を分類し、それ ぞれの機能をどのような動植物が備え ているのかを記述し、全体の前で発表 することを学生に課した(図 1)。他の 同様な例としては、「哲学の諸問題」に おいて、「俺の / 私のトロッコ問題」と 題して、フィリッパ・フットのいわゆるトロッコ問題のように、倫理的なジレンマを引き 起こすような問題を学生に考案・図示してもらい、学生に解説を伴ったプレゼンテーショ ンを課した(図 2)。 こうしたプレゼンテーションを前提としたケースに限らず、学生が充実したディスカッ ションを行うには多くの困難が存在する。たとえば学生の中には内向的な者もあれば、コ ミュニケーションの経験に乏しく対話に緊張を感じやすい者、あるいは議論を一方的に牽 引する傾向がある者などがいる。また多くの学生は自分の考察を簡潔にまとめる訓練を受 けていない。こうした気質の多様性や、経験・バックグラウンドの多様性は、議論の深ま り寄与しうる一方で、ディスカッションのためのハードルともなる。だが、これらの問題 の多くはそれぞれ手当てとなるプロセスを踏むことで解決することができる。 グループディスカッションはマルチタスクで成り立っている。そしてそのタスクのそれ ぞれにおいて、学生は苦手意識をもっている。そこでそれぞれのタスクに応じた解決策を 考案する必要がある(表 2)。いずれも特に目新しいものではないが、学生に課したワーク 図 1 人間の心的機能の分類と動植物への割当て 図 2 オリジナルトロッコ問題の発表
を分析したうえで、細分化されたそれぞれのタスクを成功に導くことが重要である。フ リーライダーへの不満や自分がうまく話せなかったこと、他者に威圧的に接してしまった ことへの後悔など、ディスカッションに関する問題はフィードバック時に細かく指導す る。それによって学生はリアクションペーパーに問題を報告する習慣ができる。 初年次向けの科目「プラトンを読む」と「ギリシア悲劇を読む」では古典テクストを扱っ た購読の授業を行っている。履修者が 50 人であるため、一人一人順番にテキストを読み 上げてもらうわけにはいかない。そこで 4 人程度グループによる読み上げの輪読形式の授 業を実施することにした。学生は発声の機会を多く持つことで、進級時、専門科目におけ るプレゼンテーションへの備えを得ることができる。またこの科目では毎回テキスト解釈 上の問題についてのディスカッションを 課しており、既有知識から離れてテキス トベースで問題を考える訓練を行ってい る。輪読形式の授業の進行は表のよう に、8 つのステップで進行する(表 3)。 毎回授業は 3 節ずつ進めており、それに 応じて 4-8 を 3 セット行っている。むろ ん、こうしたそれぞれのワークは科目 の到達目標、さらには哲学専攻プログラ ムの学修目標に寄与するよう設計されて いる。 表 2 グループディスカッションで行うマルチタスク タスク 解決策 1 人間関係の構築 毎回の自己紹介。定期的なグループの変更 2 自分の意見を見つけて、定める 一人で問題を考察する時間を持つ 3 他人に自分の意見を伝える 自分の考えをメモする 4 他人の意見を理解する 1-3 によって集中できるようにする。リアクションペーパーのフィードバック 5 全体の意見をまとめる 司会役を立てる 6 意見を発表し他のグループと共有 書記役を立て、発表役にする 0 事前のテキスト予習 1 前回のフィードバック 2 グループ編成(3 コマごとに再編) 3 自己紹介。司会と書記の担当決定 4 事前の講義と問題の提示 5 輪読 6 一人で考える 7 グループで意見の共有 8 グループの意見発表と全体ディスカッション(ソクラテスメソッド)
Ⅳ.終わりに
本稿では、桜美林大学 LA 学群哲学専攻プログラムを事例に、哲学教育の学修成果の観 点から、学生に求めるコンピテンスを定め、それらを育成するカリキュラムの改善事例を 示した。そして学修成果から授業を設計し、アクティブラーニングの導入の具体的な事例 を紹介した。哲学が学んだ学生はどのような知識や能力、態度を身につけるべきか、それ は時代や社会を問わず一貫する点もあれば、変わる点もあるだろう。だが少なくとも学生 を社会に送り出す立場としては、時代や社会状況によってカリキュラムを常に改善・微調 整する必要があるだろう。その意味で、本稿で掲げた哲学専攻プログラムのコンピテンス は暫定的なものに過ぎず、アクティブラーニングの内容も今後変わる。だが、対話とは極 めて伝統的かつ重要な哲学的探究の基本形態であり、アクティブラーニングは哲学の学び と親和性がとても高い。学生からは、毎回のように「プロ」の哲学者のような意見や、例 を見ないような問題の解決策が提示され、教員としても知的好奇心を大いに刺激される。 他方で、我々は従来型の一斉講義のメリット・デメリットをあらためて考察し直す必要 があるだろう。一般的に一斉講義は扱える情報量が多いという明らかなメリットがある一 方で、学生が深く思考せず、受動的・暗記的に情報を受け入れてしまうと考えられてい る。しかし、多くの哲学教員が学生時代に経験したように、学生は哲学の一斉講義におい て必ずしも受動的な態度で聞くだけでなく、批判的な態度を伴って、紹介された学説の長 所と短所を疑似対話的に分析的に聞くこともできる。おそらく一斉講義型授業には、アク ティブラーニングとの関連も含めて、まだあまり認識されていない特有の良さがあると思 われるのだが、それはまた別の機会において論じたい。 引用文献American Philosophical Association (1995),“APA Statement on Outcome Assessment”,Proceedings and Addresses of the American Philosophical Association,69(2):94-94.
American Philosophical Association(2009),“Proposal for Statement on Outcome Assessment”,
Proceedings and Addresses of the American Philosophical Association,82(5):80-89.(増補された 記事がWeb上で公開されている。http://www.apaonline.org/?outcomes(2017.2.28アクセス)) 河合塾(2013)『「深い学び」につながるアクティブラーニング:全国大学の学科調査報告とカリキュラム 設計の課題』東信堂 教育再生実行会議(2013)「これからの大学教育のあり方について」(第三次提言) 経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室編(2014)「平成 25 年度産業経済研究委託事業「社会人基礎力 育成の好事例の普及に関する調査」報告書」
中央教育審議会(2012)「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に 考える力を育成する大学へ〜(答申)」 松下佳代・田口真奈(2012)「大学授業」京都大学高等教育研究開発推進センター編『生成する大学教育学』 所収 ナカニシヤ出版:77-109. 溝上慎一(2014)『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』 溝上慎一(2015)「アクティブラーニング論から見たディープ・アクティブラーニング」松下佳代・京都大 学高等教育研究開発推進センター編著『ディープ・アクティブラーニング:大学授業を深化させる ために』所収:31-51. 注 1 アクティブラーニングが大学でどの程度実施されているかの調査については、河合塾(2013)。2015 年に大学教育学会はアクティブラーニングの効果検証が研究課題として採択し、課題研究委員会が 発足している。 2 高等教育機関がその社会的意義について説明責任が求められる中で、全米哲学会(1995)はたとえば 学修成果によって哲学の教育効果を測定することを、「最も皮相的なレベルでの対応」であり、「教 育の最も重要な部分は測定しえない」と批判している。しかしこうした論調は後に転換し、こうし た議論に慣れていない大学教員のためにある種の手引を公開している(2009)。 3 インタビューは哲学系科目を履修する学生 3 人、OB・OG4 人、企業の人事担当者 2 人に対して行っ た。インタビューの詳細について本稿では論じることはできないので、別稿にゆずる。