大学評価はいかなるインパクトを与えたのか
―イギリスの社会学のケース
潮木 守一【要旨】
イギリスでは教育実績・研究実績に応じた予算の傾斜配分方式が採用されている。 これは納税者に対する説明責任を果たすために導入されたものとされているが、それ だけにとどまらず、研究組織の編成、研究内容の方向性に対しても一定のインパクト を与えている。本論文ではイギリスの社会学の事例を取り上げ、こうした評価システ ムが一つのディシプリンのあり方にいかなるインパクトを与えているかを分析するこ とを目的としている。評価システムの導入は納税者の意向を受けて政府が大学政策の 一環として導入されたものであるが、それに対する大学側は大学なりの対応策が出現 した。評価システムの導入は、大学内部での組織編制にも影響を与えつつある。 キーワード:大学評価、社会学、イギリス、学科編制、内部改革はじめに
筆者は2011年に A.H.Halsey著のA History of Sociology in Britainの翻訳を刊行した。日本 語のタイトルはあえて『イギリス社会学の勃興と凋落』(世織書房,2011)とした。その理由は 著者であるハルゼー自身が、方向も定まらない夢遊状態から出発し、やがては全国各地の大学 に社会学のポストが設けられ、多くの同僚が正教授という栄光の座を獲得してゆく輝かしい時 代を体験する一方、人生の最晩年に至って全国各地で社会学科の閉鎖が相次ぎ、社会学者を自 ら名乗る人々が減少し、あるいは他の専門領域への脱出を目撃するに至ったためである。 「社会学科の閉鎖」という言葉を聞いて日本の読者がまず思い浮かべたのは、社会学教員の 大量解雇であった。訳者のもとには「いったい解雇された教員はどうなったのか」という質問 が多く寄せられた。こうした疑問に答えるには、イギリスでの「学科」(Department、School など呼び方はさまざま)の仕組み、イギリスで予算配分のために実施されている研究評価制度 の仕組み、さらには研究評価のために設定される「研究評価単位」(Unit of Assessment, UOA) といった独特な制度を説明する必要がある。さらにいえばイギリスではなぜこのような複雑な 評価システムが登場したのか、いかなる意図のもとに、いかなる背景のもとに作り出されたの かを説明する必要がある。
この問題は大きくいえば、21世紀のこの現代では、誰がいかなる基準で、公費で助成すべき 分野、それが不要な分野を仕分けるかという問題につながる。「カネにならない学問」、「役に
立たない専門分野」はどんどん切り捨ててゆくべきなのか、もし残すとすれば、いかにして必 要性を説明するのか、納税者が期待する研究とはどのようなものなのか、誰がそれを定義でき るのか、などなど様々な問題へと繋がる。最終的にはこの現代では研究活動のスポンサーは誰 なのか、という基本的な問題につながってゆく。
1.シェルターとしての大学・投資対象としての大学
まず日本では多くの社会学科が閉鎖されたというと、解雇された教員はどうなったのかに関 心が集まる。その理由は日本の場合、「学科」は教員の単位であるとともに、学生の単位であり、 カリキュラムの単位だからである。「学科」が閉鎖されれば学生募集は停止され、所属教員は解 雇されるか、外部に出ていかねばならない。教員にとって「学科」は一種の「領土」であり、「シ ェルター」であり、身分保障の拠点である。それは安定した教育・研究環境(研究資金と研究 時間)を提供する基本的な単位である。 すでに別の機会に述べたように(潮木2009)、世界の大学は大きくいって「シェルターとし ての大学」と「投資対象としての大学」の2つに分けられる(以下では「シェルター型の大学」 と「投資型の大学」と略称する)。シェルター型の場合、大学とは教員にとって世間の荒波から わが身を守ってくれる防空壕のようなものである。それを象徴しているのが「終身職」制度で ある。一旦終身職に辿りついてしまえば(そこまで辿りつくには、多くの年数とエネルギーを 投入しなければならないが)、後顧の憂いなく、専門に専念することができる。それに対して 「投資型の大学」にとっては、一人の教員を雇用するか否かは一種の投資で、その教員がその大 学にとってどれだけプラスをもたらすかを基準で決まる。たとえばその大学のブランド力をど れだけ高めてくれるか、優秀な学生を引き付けるだけの知名度を持っているか、外部資金の獲 得力をどれほど持っているか、著名な受賞にどれだけ近いかなどなど、大学の価値増殖の可能 性を見計らいながら採用の可否を決めてゆく。採用時ばかりでなく、契約更新時にも同じ論理 が働き、契約を継続するだけの価値がなくなったと評価されれば整理の対象となる。 シェルター型の場合、教員にとっては「学科」はシェルターではあるが、外部社会からみれ ば時代遅れに堕する危険性をつねにはらんでいる。教員の職業活動を40年間と計算すると、そ の間に世間はいくらでも変化する。こうした激動の中を安定した身分を保障してくれるシェル ターは、大学をおいては存在しない。しかし40年の間には学生の興味関心は変化し、卒業者に 期待される知識・技術も変化し、学問内容も変化する。こうした変化に対応するには、教員の 世代交代を図り、カリキュラムを改定し、伝えるべき知識・技術の改定が必要となる。しかし そうした既成の学科内部でのイノベーションでは対応しきれない段階に達した時、学科・学部 の再編・統廃合が発生する。 こうした大学の内部改革を促進(もしくは強制)するエイジェントは、一つには受験者市場 であり、それに次いでは卒業者を雇用してくれる雇用市場であり、公費投入が行われる場合に は政府(納税者)である。受験生が一人も集まらない学科、あるいは卒業生の売れ口のない学 科は、成り立つことはできず、いずれ閉鎖せざるを得なくなる。そうしなければ大学そのものが成り立たなくなるからである。 こうした力学の背後には、大学という組織を支えるスポンサーの変化がある。過去200年ほ どを振り返ってみると、大学のスポンサーには、いくつかの基本的な変化があった。その変化 をごくおおつかみに概略すると、つぎのようになる。まず第一次世界大戦前までのヨーロッパ では、学問・芸術といった活動は、皇帝、王家、貴族などによって支援されてきた。しかし第 一次世界大戦は、こうした旧勢力を一掃した。それに代わって登場したのが共和制民主国家で あり、納税者によって支えられた体制だった。しかし過去 100 年間にこの共和制民主国家は 徐々に変質してきている。もし仮に1990年頃を境に、「20世紀型」と「21世紀型」とに分ける ならば、20世紀型共和制民主国家は、かつて王侯貴族の活動を可能な限りそのまま維持しよう とした。王侯貴族と同様、芸術・学問のパトロンとなることを通じて、民主国家としての正統 性、実力を誇示しようとした。つまり共和制国家もまた王侯貴族に代われるだけの能力を持っ ていることを示そうとした。 こうした王侯貴族に代わる役割を具体的に担ったのが国家官僚であった。共和制民主国家と いっても、国家予算を編成し、執行していたのは、「国家理性」(=国のありかた)を基準に行 動する国家官僚であって、納税者は議会を通じて間接的に権限を行使するにとどまった。国家 官僚は王侯貴族に代わって「国のかたち」を維持するために、芸術・学問のスポンサーとして その権限を保持しようとした。彼等は「納税者=群集」の個々の声ではなく、「国家理性=国の かたち」を基準とする国家経営を目指した。 しかし最近の20年間ほどを観察していると、国家理性と納税者意識の力関係が逆転したよ うに見える。「21世紀型民主国家」とは、国家官僚に代わって納税者の発言権が格段に強まっ た時代である。それとともに学問・芸術を支援するスポンサーは国家官僚から納税者へと変化 した。国家官僚の頭のなかには、「国のかたち」という価値規範があったが、もはやそれは消滅 した。現代の主人公は王侯貴族でもなければ国家官僚でもない。それは「納税者」である。 しかし納税者の声といっても各種各様で、そのもの自身は単なるカオスでしかない。一人一 人の声は「単なるエゴ」でしかない。しかし「21世紀型民主国家」では議会も官僚も変質する。 両方とも「納税者の声」という錦の御旗を押し立てるが、それは各種各様、相互に対立矛盾す る「エゴ」のなかから、自分にとって都合のよい部分だけを拾い出した構成物でしかない。そ してあたかもそれが「納税者全体」の声であるかのような神話を作り出す。 こうして現代では「納税者」が最強の権力の源泉となり、「それでは納税者を納得させること はできない」というセリフが、水戸黄門の差し出す三つ葉葵の印籠のような効果をもつような 時代となった。議員も官僚もまた、いまや「納税者利益」という新たな主人公に奉仕する奉公 人となった。まさに「国家理性」といった擬制は姿を消し、「ポピュリズム」という新たな擬制 が権力を発揮する時代が到来した。 いかなる権力者も気まぐれで、自分の気分次第で、権力を振いたがる本性を持っている。現 代の主人公である「納税者」も負けず劣らず、気まぐれで、近視眼的で、場当たり的である。テ レビ・カメラの前で繰り広げられた「事業仕分け」を、「納税者」の代表選手による「公開人民
裁判」を見る気分で眺めたのは、筆者だけではあるまい。「もう世界で二番になったら、何も一 番を目指さなくてもいいではないですか」とのたまう納税者代表の顔には、「納税者主権」を通 り越して「主婦感覚」を見たのは筆者だけだったのだろうか。「貧乏な我が家が世界一を狙うの は身分不相応。二番目で我慢しなさい」。それはまさに主婦感覚そのものであろう。しかし財布 のひもを握っている主婦を怒らせると、どれほど手ひどい仕打ちを受けるか、誰しも体験があ ることであろう。「納税者」、そして「主婦感覚」がスポンサーになった時代には、芸術も学問 もそれなりの覚悟で生きてゆくしかない。 先進諸国は大なり小なり共通して、こうした変化に晒されている。納税者利益につながらな い専門領域は生き延びることができない。納税者は自分達の納入した税金が適切に使用されて いるか否か、議会に対して説明を求める。学生が一人も集まらない学科、卒業生が就職口を見 つけられない学科、「役に立たない研究」は国費の無駄つかいとして、冗費削減の対象となる。 さらにその上、教育、医療、福祉といったサービスが、国家経営の対象となるにしたがって、 納税者の監視の目は一段と厳しくなる。フーコー流の表現を使えば、近代国家の権力が全国民 を一望のもとに監視できるパナプティコンとして成立したとすれば、21世紀の現代社会は国家 活動が、無数の納税者によって監視されているシノプティコンとなった(竹内2010)。今や監 視カメラがあらゆる場所に配置され、我々を監視している。
2.イギリスの大学評価制度
公費の公正使用を確認する機構として、イギリスはさまざま評価機関を作り、大学が具体的 に果たしている機能をたえずチェックしている。大学が提供する教育に学生は満足しているの か、教員はきちんと教育研究をしているのか、卒業生は就職できているのかどうか、大学の行 っている研究は「役に立っている」のか、大学は「恵まれないグループ」出身者をじゅうぶん受 け入れているのか、こうしたさまざまな情報を集めて公表し、その成果に応じて予算の傾斜配 分を行う制度を作り上げた。その背後にある原理は、納税者に対する「説明責任」である。 各大学には、こうしたデータを評価機関に報告することが義務つけられ、その結果は個別大 学ごとに「実績指標」(Performance Indicators。PIと略称)として計算され、公表されている。 そしてこの指標は、公費配分の基礎資料となり、その数値に応じて傾斜配分が行われている。 具体的にいかなる「実績指標」が使われているのか、その一端を紹介するために2011年度の PIの項目をあげると次のようになる。 ①恵まれない環境に置かれた学生の受け入れ率 イギリス政府の定義する「恵まれない環境からの出身者」とは、次の二種類ある。一つは授 業料の高い私立高校以外の高卒者、つまり公立高校出身者のことである。大学ごとに新入生の 出身高校が調査され、公立高校出身者の占める割合が公表される。イギリスのすべての高等教 育機関を平均すると、88.8%が公立高校の卒業者であるが(逆にいえば私立高校卒業者は11.2 %でしかない)、たとえばケンブリッジ大学は59%にしかならない。つまりケンブリッジ大学 の新入生の4割は授業料の高い私立高校(パブリック・スクール)の卒業生である。オックスフォード大学では54%で、同じく半数強は私立高校出身者である。この二つの大学は公立高校出 身者の割合が目立って低い。それに対して公立高校の出身者の占める割合が9割以上の大学が 多数を占めている。 第二にイギリス政府は一定水準以下の所得層を「低所得者層」を定義し、そこからの出身者 をどれほど受け入れているかを各大学ごとに集計している。イギリスすべての大学の平均で は、新入生の30%はこの政府の定義する低所得層からの出身者であるが、オックスフォード、 ケンブリッジ大学は10%でしかない。逆に新入生の9割以上がこの低所得者層の家庭からの出 身者である大学も多数存在している。 ②学生の学業継続率 入学した学生がすべて卒業するわけではなく、中途退学者がでる。その理由・原因はさまざ まである。しかしイギリス政府の見解では、学生はそのコースを卒業することを目標に入学し てきているのだから、低い継続率はその大学の教育体制の欠陥とみなされる。この指標が低い 場合は、その大学のパフォーマンスが低い証拠とみなされる。具体的には入学後1年経った時 点での継続率を調査し、それをPIの1項目としている。イギリス全体の平均では中途退学率は 6.5%であるが、個別大学ごとにみてゆくと、16.6%といった平均値以上に高い大学が見られ る。 ③就職率 この指標は卒業後、6カ月経った時点で、就職している者(大学院進学者をも含む)の割合を 見た指標である。これは卒業生の卒業後の実態調査であるから、個々の大学からでは調べられ ない。そこでイギリスは別に「高等教育卒業後状況調査」(Destinations of Leavers from Higher Education Record、DLHEと略称)を組織し、卒業生の実態調査を実施している。イギ リス全体の平均値は大学院進学者も含めて89.9%であるが、なかには70%台の大学も散見さ れる。 ④研究活動 ここでいう「研究活動」とは、後述の教員個人の研究活動ではなく、具体的には博士号取得 者数(一人の博士号を生み出すのにどれほどの教員経費がかかっているか)、取得した研究助 成費、外部機関との契約研究費(教員の総経費を基準としたとき、いくらの研究資金を得た か)、などからなっている。 このほかにも身障者の入学率といった項目を見られるが、詳細は以下のホームページに譲る (http://www.hesa.ac.uk)。 以上のようにイギリスはかねてから大学評価制度を導入してきたが、それに重ねて2005年 度から「全国学生調査」(National Student Survey, NSSと略称)を新たに導入した。この調査は 卒業直前の学生を対象に(最上級学年の1月、2月の時点)、その大学で受けた教育に対する満 足度を、全国共通のフォーマットで調査するものである。具体的な質問項目を挙げれば、「教 員の説明は分かりやすかったですか」、「その教科に対する関心を引き立てるものでしたか」、 「評価基準はあらかじめ明らかになっていましたか」など、現在では日本の大学で多く用いら
れているものと同じである。 これは全国一斉の調査だから、対象学生数は推計17万人を上まわる大規模調査となる。した がって調査方法としてはウェッブ・サイト・アンケート方式が使われ、被対象者には事前にイ ーメールで記入依頼と記入方法が伝えられる。また期日までに回答しなかった場合には、さら にイーメール、あるいは電話で督促が行われる。また後で詳細を述べるが、この調査では全対 象者の50%以上が回答しなかった場合には、その大学全体の調査結果は無効と見なされ、公表 の対象から外されることとなっている。 いったいこの学生による評価の導入は、どのような意味を持っているのであろうか。この評 価方式の導入の趣旨を、当時の高等教育大臣(Bill Rammell)はきわめて簡潔に次のように説 明している。 「この評価によって、個々の教員は自分の教育がいかに評価されているかを知り、教育の質 の向上に努めるか、あるいは場合によっては閉鎖の対象となるかを知ることができるはずであ る」。(Guardian, 22 September 2005. Universities face wake-up call from new student ratings system)
こうした政府の方針に対して、まず学生側からの反対運動が起こった。とくにケンブリッジ、 オックスフォードの学生組合は、その調査内容がケンブリッジ、オックスフォードの教育経 験・学習経験をじゅうぶんに反映する形になっていないと批判した。たとえば2010年1月20 日発表のケンブリッジ大学学生組合(Cambridge University Student Union. CUSU)は次のよ うな批判を展開している。 「NSSの質問項目は、あまりにも無意味な項目が多く、あまりにも大まかな質問しか含まれ ていない。それは全国の大学を一律で同じ質問項目で調査しようとした結果で、たとえばスー パーヴィジョン(個別指導)のようなケンブリッジ独特な仕組みの重要性を報告する形式にな っていない」。「この調査を引き受けたIPSOP-MORI会社(HEFCE出資した民間調査企業)は、 学生の抗議を無視して、攻撃的な態度で学生に協力するよう呼びかけている。あらかじめ非協 力の態度を表明した学生にまで督促状を送付している。これまで彼等が行って唯一の妥協は、 これまでは12回も電話督促を行ってきたのに、最近では8回の電話督促で諦め、それ以上電話 をかけなくなったという点だけである」としている。 このようにしてケンブリッジの学生組合は、2007年度のNSSをボイコットするよう呼びか けた。しかし先に述べたように、この調査は学生の50%以上が参加しなければ、正規の調査結 果とは認められず、公表対象から外されることになる。その結果、その年度のケンブリッジの データは発表されなかった。 そうなると、教育情報産業(後述)が作成するリーグ表の学生満足度の欄は空欄となり、場 合によっては世間に向けてあたかも評価が低かったかのような印象を与えかねない。その結果、 2008年度以降、ケンブリッジ大学学生組合は方針転換を行い、参加・不参加を個々の学生の自 主判断に委ねる「中立的な立場」を採用することとなった。 このNSS(全国学生調査)の結果はHEFCE(高等教育資金配分機構)のホームページで公表
され、だれでも見ることができる。公表の目的は、大学進学を考えている高校生に「将来の進 路を決めるための資料」と説明されている。ちなみにイギリスでも日本と同様、複数の民間教 育情報産業が存在し、受験生が適切な大学・学部選択を容易にする目的で、大学情報の提供を 行っている。
一例をあげればイギリス国内のランキングを発表している機関としては、Sunday Times University Guide(1998年以来)、The Times Good University Guide(1992年以来)、The Guardian University Guide(1999年以来)などがある。一例をThe Guardian University Guide が作成した「社会学」(2012年度入学者向け)のランキングをあげると、以下のようになる。 順位 大学名 Guardian の得点 コース への 満足度 (%) 教育へ の満足 度(%) フィー ドバッ クへの 満足度 (%) 教員一 人当た り学生 数 学生一 人当た り経費 入学時に 求められ る成績水 準 付加 価値 6か月 後の就 職率 1 ケンブリッジ 100 95 94 74 16 10 518 9 2 ロンドン経済政治学院 80.1 84 83 64 11.7 10 431 7 3 ダラム 79.8 86 88 63 20.4 9 428 7 71 4 サリー 78.2 97 95 72 21 8 351 6 76 4 ウォーリック 78.2 88 89 72 17.5 9 417 7 50 6 エディヂンバラ 78.1 100 94 52 19.4 10 424 9 6 ランカスター 78.1 93 92 70 13.6 8 362 7 57 8 ゴラスゴー 74 89 92 71 17.4 8 387 10 9 バーミンガム 72.8 80 83 72 21.8 10 359 9 43 9 エゼクター 72.8 88 95 73 20.1 6 376 7 10 サセックス 72.4 91 92 76 20.1 4 350 8 48 この表のうち、コース、教育、フィードバックへの満足度はNSSのデータ、教員一人当たり 学生数、学生一人当たり経費はHESA(Higher Education Statistical Agency. 高等教育統計機 構)のデータ、入学時に求められる成績水準はUCAS(Universities and Colleges Admissions Service)が公表している高校での成績、卒業後6カ月時点での就職状況はDLHE(Destinations of Leavers from Higher Education Record)の結果である。しかし「付加価値」の項目の測定方
法は、筆者の現時点までの調査では不明である。
3.大学予算の配分方式
こうした評価システムが成立し、それに従って各大学の予算が決定されるようになると、個 別大学はそれに対応して防衛戦略を立てることになる。つまり評価機関と大学との間で、ある 種のゲームが繰り広げられることになる。そのゲームの詳細は後述することとして、まず各個 別大学への予算が、何を基準として配分されるのか、そのルールの説明が必要であろう。イギ リスの大学予算の総額は、2010–11 年度では総額 74 億ポンド(1 ポンド 125 円として 9250 億 円)である。そのうち8割が経常的経費で、残りが一時的経費(建築費などその年度限りの経 費)である。経常的経費のうち、もっとも大きな部分はいうまでもなく「教育経費」で47億ポ ンド(5,875億円)がこの項目に割り当てられる。 問題はこの教育経費の個別大学への配分基準であるが、概略を説明すれば、学生数を基準に、 それに専攻別に臨床系(15,804ポンド=約200万円)、実験系(6,717ポンド=約84万円)、フィ ールド系(5,136ポンド=約64万円)、その他(3,951ポンド=約49万円)(4対1.7対1.3対1。 いずれも2010–11年度の場合)という教育単価をかけた金額が配分される。これが基盤的教育 経費で、その他に先にあげたそれぞれの評価結果に応じた追加配分がある。たとえば「恵まれ ない地域・階層」からの出身者をどれだけ受け入れたかで、追加配分が上乗せされる。この上 乗分は基盤的教育経費の9%程度で、それほど大きくはないが、大学によっては大きな比重と なる場合がありうる。 次に全体の22%に当たる総額16億ポンド(2,000億円)に当たる研究費の配分であるが、ま ず研究費は各大学単位に一括配分される研究費と、個々の研究者が7つある研究審議会のいず れかに応募し、審査の結果得る研究費の二つがある。上の図に掲げられた16億ポンドという研 究費は、高等教育資金配分機構(HEFCE)を通じて配分される研究費だけで、これとは別に7 つの研究審議会(Research Council)から配分される応募ベースの研究費がある。この点は日 本の基盤的研究費と科学研究費補助金という二元方式と同様である。 科学研究費補助金の方は応募ベースで各研究者にプロジェクトごとに配分されるが、問題は 前者の大学ごとに配分される基盤的研究経費である。一頃までは教育経費と同様に、研究者数 かける研究費単価で配分されてきたが、これでは研究実績の質・水準が反映されない。積極的 な研究活動を行っている大学もそうでない大学も一律配分となってしまう。 ことに1994年以降新たな大学が増設されてからは、研究面での大学間格差が目立つように なり、大学人の間からは一律配分を疑問視する声が出された。また納税者の方も、一律配分に 対しては批判的で、研究実績に応じた効率的配分を求める声が高まった。 こうした世論の流れのなかから登場したのが、研究実績評価の方式である(Research Assessment Exercise, RAEと略称)。研究実績評価は1986年から開始され、すでに20年以上 継続されてきたが、いくつかの問題を抱えているため、目下その見直しが行われている。いず れは新しい名称のもとに再編成されることになっている(新方式の名称は ResearchExcellence Framework, REF)。 こうした現在進行中に見直しには触れないが、2010–11 年度の HEFCE の年間予算の 22% (74億ポンド中の16億ポンド)に当たる研究経費は、こうした各大学ごとの研究実績に応じて 配分されている。問題はその評価方法であり、その評価結果の利用方法である。まず第一に、 どこの国でもその国特有の学問分野の分類基準があり、世界共通の分類基準はない。イギリス でもしばしば微妙な修正を行っているが、最近年度である2008年度の研究実績評価では、全専 門領域を67に区分している(癌研究から芸術など)。日本の現在の科研費の申請区分は、系― 分野―分科―細目の4段階区分になっており、系が3分類、分野が10分類、分科が69分類にな っている。イギリスの67の専門領域区分は、ほぼ日本の「分科」に当たるものだと見ることが できる。しかし両者には微妙な相違があり、そこにそれぞれの国でのその学問分野の勢力関係 が反映されることになる。 各大学の研究者はそれぞれこの67の専攻分野のどれかに、過去7年間の研究実績を研究成果 の現物4点を添付して報告することになっている。しかし重要な点は研究者をいかなるグル− プにまとめて評価機関の評価を求めるかは、各大学の自由裁量に任されている点である。しか もわれわれ日本の感覚と異なる点は、この UOA(研究評価単位)は制度上の「学科」 (department, collegeなど大学によって名称が異なる)と一致させる必要はなく、それぞれの 大学が独自の戦略に従って設定できるという点である。この点が日本のように制度として固定 されている「学科」とは異なっている。 具体的にいえば、社会学科が存在していても、そこに所属する研究者全員が纏まって1単位 として「社会学」の審査部会に評価申請をする必要がない。たとえば、社会政策学科、社会事 業学科、社会行政学科など、他学科の研究者とティームを組んで、UOAを設定することができ る。要するに後述するように、できるだけインパクトの強いUOAを設定して、より多くの予算 を獲得しようと、各大学は戦略を立てる。そこにいかなるゲームが展開されるかは、後に譲る ことにして、まずはその評価方法・基準を説明しておくことにする。 評価機構はそれぞれのUOAから提出されるデータをもとに、個々の研究者についてこれま での「研究実績」を評価する。その評価方法は「研究者の水準」、「研究環境」、「知名度」の三項 目で、一人一人の研究者がどのランクに入るかを5段階で評価する。その評価基準を表であげ ると、以下のようになり、またその評価段階に応じて、ウエイトが与えられる。つまり最高の 評価(世界をリードしている研究者)に与えられた研究者には9のウエイト、もっとも低い評 価しか与えられなかった研究者(「国内的に認められている研究者」、「国内的水準以下の研究 者」)に掛けられるウエイトはゼロである。
研究者の研究成果によるウエイトづけ 研究者の質の評価 研究資金のウエイト 4.世界をリードしている研究者 9 3.国際的水準に照らして優れている研究者 3 2.国際的に認められている研究者 1 1.国内的に認められている研究者 0 0.分類外(国内的水準以下の研究者) 0 また当然のことながら、専門領域によって、研究費コストには相違がある。臨床系はもっと もウエイトが高く4、実験室内研究には1.7、フィールド・ワークを伴う研究には1.3、それ以 外のウエイトは1とされている。 研究単価グループ 説明 単価のウェイト A 医学・歯学・獣医学など臨床系 4 B 実験室内研究 1.7 C フィールド・ワークを伴う研究 1.3 以上が個々の「研究者の水準」についての評価であるが、それと並んで「研究環境」という項 目がある。これは具体的には、そのUOAに属している大学院生の数と学位授与数、外部資金源 などであり、これらの項目ごとの数量基準と、それに付記されている記述的な説明をもとに評 価委員が評価することになっている。評点は「研究者の水準」と同様5段階である。 第三の評価項目は「知名度」(Esteem)である。個々の研究者がその専門領域でどれほど注目 されているか、評価委員が5段階で評価判定する。この評価は評価委員の専門的な知見・知識・ 情報に委ねられている。ちなみにこうした研究評価を実際に行うのは、その分野で長い経験を 持った研究者が当てられている。 以上3項目ごとに評価するが、3項目をまとめ総合点を計算するために、各項目にウエイト をかける必要がある。しかしこのウエイトは専門領域によって差があり、一律には決められて いない。たとえば研究業績の点数を重視する領域もあれば、点数ではなく、知名度が重視され る領域もある。そこですべての分野に共通する基準として、「研究者の水準」は最低50%、「研 究環境」と「知名度」にはそれぞれ最低5%という下限を定め、残りの40%をどの項目に配分 するかは評価委員に任されている。こうしたウエイトをかけて総合評価が計算される。その一 例を示せば、以下の図のようになる。
総合評価 4* 3* 2* 1* U/C 総合評価の計算方法(「研究成果」、 「研究環境」、「知名度」のウエイト を 70、20、10 とした場合) 15 25 30 20 10 研究成果 研究環境 知名度
4* 3* 2* 1* U/C 4* 3* 2* 1* U/C 4* 3* 2* 1* U/C
10 25 40 15 10 20 30 15 20 15 30 25 10 20 15 ウエイト 70(最低 50) ウエイト 20(最低 5) ウエイト 10(最低 5) 注:U/Cとはunclassifiedのことで評価対象外の研究者のことである。 このように個々の大学から見れば、教育経費の配分はほぼ学生数で決まる以上、他大学との 差異化を図るには、この研究経費が唯一の戦略上のターゲットとなる。そのためいずれの大学 もRAEで高い評価を獲得できるよう、さまざまな戦略を行使することになる。具体的にはいか にしてインパクトのある研究評価単位(UOA)を編成するか、研究費予算を引き出せるUOA を編成するか、それぞれ戦略を練ることになる。つまり正規の学科編成とは別に、それから独 立した研究評価単位を戦略的に設定することになる。ここに一定の学内ゲームが展開されるこ とは容易に想像できよう。 すでに述べたように社会学の部門への申請件数は減少してきている。しかし以上の説明から 分かるように、それは必ずしも社会学科の減少を意味しているわけではない。個別大学がイン パクトの強いUOAを編成するために、社会学の分野ではなく別の分野に申請する場合がある からである。具体的いえば、社会学の教員グループを一括して「社会学」の分科会に評価申請 するとは限らず、たとえば「社会政策」、「社会事業」、「社会行政」といった学科に所属する研 究者と組み合わせてUOA を作り、そこに評価申請をする例が見られる。事実、社会政策・社 会行政のUOAは1991年→1996年→2001年の間には40→44→47と増加してきている。また 社会事業は34→32→30といった変化を辿り、2008年には「社会政策・社会行政・社会事業」 と一括されて、67になっている。(RAE各年度版より計算) こうした関係は「経済学」と「経営研究」の間にも見られる。経済学は1992年には「経済・社 会史」(21件)と「経済学・計量経済学」(28件)という2つの分科会で審査されたが、96年には 「経済学・計量経済学」(50件)に統合され、2001年には41件、2008年には35件へと減少して いる。それに対して「経営研究」は1992年の85件、1996年の100件、2001年には97件、2008 年には91といった変化を辿っている。 それではこうした教員のまとめ方は誰が決定しているのか? これは個々の大学にとって は、予算獲得の戦略上の重要事項である。そこで多くの場合、大学経営陣が研究者のティーム 編成を行っているとされている(Savage 2011)。その結果、サヴェージの表現をもちいると、 学科の枠を超えた「事実上のゲリマンダリング」が起こっているとされている。つまり社会学 科の教員が、社会学以外の専門のUOAに割り当てられ、それが社会学UOAの減少を招いてい
るとされている。 こうした現状に対する大学人の意見は多様である。一方ではこうした申請件数の増減をあれ これ議論することは無意味だとする意見もある。「国際的に著名な社会学者であるにも関わら ず、社会学でなく「社会政策」部門に評価申請しているのはおかしい」という意見もある半面、 それに反対する意見もみられる。さらには社会学部会のRAEに評価登録をしていなくとも、実 質的に社会学の分野で活動している社会学者はいくらでもいるという指摘も見られる (Bradley 2011)。むしろ社会学者が社会学部会でなく、それ以外の評価部会の評価対象要員と して配置されることは、それだけ社会学のインパクトが高い事実を反映していると見る意見も ある。またそれとは反対に、「RAEは全くのアカデミック・ゲームで、輸出学問である社会学 を衰弱させる共犯者の役割を演じている」という見方もある(Smith 2011, Urry 2005)。 それでは実際問題として、イギリスでは社会学科は減少しているのか。ハルゼーは「A History of Sociology in Britain」では、一方では社会学科の閉鎖・統廃合が進められていると述 べているが、他方では1994年以降、新たな大学の新増設の結果、社会学を希望する学生が増加 中とも記述している。しかしながら実際問題としてイギリス全体で「社会学科」が減少してい るか否かを直接明らかにした統計は、残念ながら発見できていない。
イギリスには高等教育関係の統計データを統合的に収集する機関として、「高等教育統計機 構」(Higher Education Statistics Agency, HESAと略称)があるが、この膨大な統計群を検索し たが、残念ながら社会学科数を示す統計は発見できなかった。ただし社会学の学士号取得者数 はHESAに記載されているので、それを参照すると、2009・10年度の場合6,610人で、すべて の専攻の合計350,860人に対する比率は1.9%である。それ以前の統計では大きく「社会研究」 として、社会政策・社会行政・社会事業などと合算されているので、社会学のみを取り出すこ とはできない。 残る方法は個別大学ごとにその学科構成を確認する方法があるが、これは膨大な作業とな る。少なくとも80近くあると見られる社会学科の実態を、個々の大学の資料に基づいて明らか にすることは困難である。しかも大学によっては頻繁な学部・学科の再編成を行っており、そ の全貌を確認することは当分無理であろう。 以上のように「社会学」の分科会に提出された UOA は減少傾向、また同様に経済学でも UOAが減少している。問題はなぜかである。このなぜかという問いに答えるには、以下の3つ の側面からみる必要がある。第一は「納税者に対する説明責任の増加」、第二には「モード2の 科学」というコンセプトの登場、第三に「輸出学問」と「輸入学問」の関係、という3つである。 第一の要因は学問内部から登場したというよりも、政治状況の変化から生まれたものである。 これに対して第三の要因は、学問内部で登場した要因であり、第二の要因は学問外部と内部と の接触面から生じた動向と捉えることができる。 21世紀型福祉国家の特徴は、医療、福祉、教育といった公共部門が国家活動の主要な部分を 占めるようになった点である。とくに高齢人口の増加は医療費・福祉予算の膨張をもたらし、 国家予算に大きな圧力となった点は日本と同じである。当然のことながら納税者の関心は、果
たして自分達の納めた税金が有効、適切、公平に使用されているのかに集中する。 大学予算もまた納税者の厳しい視線に晒される。大学は多額な税金を使っているが、果たし て納税者の期待に応えているのか、無駄な研究、意味のない研究、納税者に何ら還元すること のない研究にふけっているのではないか、18世紀の王侯貴族はオリエントに関心を抱き、多く の学者をオリエントに派遣したが、現代の納税者は秘境探検に資金を提供する余裕などない、 オリエント研究者は終身職に守られ、いまだに大学のなかに棲息しているらしいが、本当に必 要なのだろうか、といった種類の疑惑である。 とくに「社会学」は現実の社会問題を解決する「社会の科学」として登場したはずだが、どれ だけ役に立っているのか、ロンドンで勃発した暴動・略奪の原因は何か、それに対する有効策 とは何か、それを考えるのが社会学の課題ではないのか、そのために我々は貴重な税金を納め ているのに、何の具体策も出せなければ、これ以上支援する必要はないのではないか。こうい う道筋をたどって納税者は、「役に立つ学問」、「役に立たない学問」を仕分けてゆく。 かつてイギリスには議会と大学の中間にたって、両者の緩衝機関の役割を果たしていた「大 学補助金委員会」(University Grant Committee)があった。議会は国家予算の中からどれほど を大学予算に回すかを決めるだけで、大学間でどのように配分するか、何に使うかなど、議会 は一切関与せず、会計検査院への報告も免除されていた。大学側は納税者に対する説明などい っさい考えず、それが「学問・大学の自治」だと認識していた。 しかしながら21世紀にはそのような論理は通用しない。納税者は自分達の納めた税金がど のように使われているのか、説明を求めている。納税者利益の保護、納税者主権の確立が現代 の課題となっている。納税者に分かりやすく説明するには、数値で示す必要がでてくる。こう して納税者利益が前面に出てくるとともに、数値が万能性を帯びてくる。つまり評価システム が作り出されたことをきっかけに、教育活動、研究活動は新たな装いをまとう必要に迫られる ことになった。
4.モード 1 からモード 2 への変化
さらにまた過去20年ほど、我々は新たな知識観のインパクトに晒されてきた。その知識観と は、「モード2の科学」の主張である。1996年には野中郁次郎・竹内弘高の「知識創造企業」が 刊行され、1997年には小林信一によって、マイクル・ギボンズらの「現代社会と知の創造 : モ ード論とは何か」が刊行された時、それまでの時代を支配してきた知識観・大学観とは異なっ た考え方が登場しつつあると察知した人々は多かったことだろう。ここでは「モード 1 の科 学」、「モード2の科学」の説明を割愛し、下の対照表に譲るが、前者が専門領域内部での自己 完結的な論理的な発展に従って新たな研究テーマが形成されるのに対して、後者では具体的な 問題解決を目指す「ミッション・オリエンティッド」な文脈のなかで研究テーマが設定される。 納税者に理解しやすいのは、このモード2の科学であって、モード1の科学ではない。それは 「学者のための、学者による、学者の研究」と見なされがちである。納税者が期待するのはモー ド2のタイプの研究、つまり応用的でミッション・オリエンティッドな研究である。モード1の知識 モード2の知識 問題の設定 内在的。専門分野内部で生まれる理論上の欠陥、矛盾の解消。より高度な理論体 系の形成 外在的。社会、企業など実際場面に起こ った問題の解決。ミッション・オリエン ティド 最終目標 理論的な完成度 問題の解決 研究組織 制度的に安定している組織 大学以外の研究機関、シンクタンク、政府、非政府組織。分野横断的 他分野との関係 単一のディシプリン内部での解決。同輩集団内部での自己完結性 transdisciplinary、異分野間のコミュニケーションが必要となる 研究成果の評価 その専門分野での高度化への貢献 顧客からの期待にどれだけ応えたか 評価基準 同輩集団によるレフリー 顧客の期待をどれだけ満たすことができたか 先に述べたように、社会学と同様、経済学でもRAEへの申請件数が減少してきているが、そ れに対して隣接領域である「経営」への申請件数は増加している。経済学の教員が多くこの 「経営」のUOAに評価申請を行っている。こうした動きの背後にあるのは、基礎研究と応用研 究との関係が反映されている。一例をとればパーソンズのAGIL理論は、何らかの具体的な対 象物(たとえば医療、家族、教育など)に応用されることによって、はじめてその有効性を発 揮し、医療とか教育と称する社会現象の理解を深める。もともと純理論は応用されることを前 提に作られており、また応用先からのフィードバックが期待されている。 「モード1の科学」対「モード2の科学」という図式と並行して、議論に関わってくるのが、 「輸出学問」と「輸入学問」という軸である。さまざまな学問分野の間には、「輸出」・「輸入」関 係が発生する。社会学はこれまでも、他分野に向けて概念、アプローチ、問題関心、視角、方 法論などを多く「輸出」してきた。それだけ他分野にインパクトを与えてきた。しかしこうし た「輸出」は輸出先での研究を活性化させるが、その成果が輸出元にすべて戻ってくるとは限 らない。ここに「純粋理論」の特徴がある。経済学の場合には主な「輸出先」は経営で、経営の UOAへの提出件数は増加している。さらに各種評価機関からすれば「モード1の科学」よりも 「モード2の科学」の方が納税者に説明するのに便利である。こうして純理論的な研究よりも、 現実問題の解決に役立つ応用研究の方が高い評価を受けることになる。 このことはやや広い角度から見れば、現代とは学問・芸術などのスポンサーが変質する局面 にあるということである。納税者の支持が今や重要な鍵となりつつあるが、その納税者は必ず しも安定した、適切な評価基準を持っているわけではない。ここに研究者とそのスポンサーで ある納税者の間に、複雑なゲームが展開されることになる。研究者が主張する「学問的な必要 性」が研究者の作り出すフィクションであると同様、「納税者の必要性」もまた納税者が作り出 したフィクションである。誰がそのフィクションを作るかによって、「納税者の意向」はさまざ まに定義される。 しかしこうした構造変化は「納税者」の側だけで起こっているだけでなく、研究者の内部で も起きている。モード1の科学の限界を意識し、積極的にモード2の科学を指向する研究者も
また増えている。新たなテーマ、方法、問題意識に従って、既成の専門区分を超えて研究を行 う研究者は増えている。ポスト・モダーンの特徴は既成の知的な枠組みに対する批判であり、 挑戦であった。これらの研究者は積極的に既成の学問分野の境界線を越えて、知的な活動分野 を広げていった。Interdisciplinary あるいは Transdisciplinaryな研究の出現は、ポスト・モ ダーンの段階の特徴といえよう(Smith 2011, Urry 2005)。 しかし既成の学問秩序を基準として見る研究者からすれば、それは「研究テーマの断片化」 と写り、「方法論的統一性の解体」、さらには「一つのディシプリンとしての一体性の喪失」と 写ることであろう。たとえばいわゆる「カルチュラル・スタディズ」は社会学なのかそうでは ないのか、意見が一致する見込みは少ない。しかし社会学以外の研究者(たとえば歴史学者な ど)がこの「カルチュラル・スタディズ」から多くの刺激を受け、新たな研究テーマを掘り起こ したことも事実である。もともとポスト・モダーン段階とは「マルクス、デュルケーム、ウェ ーバーといった確実だった過去」が消滅した段階である。「花は花なりに咲けばいい」というメ ンタリティーが登場した段階である。
5.個別大学へのインパクト
以上、イギリスでの大学評価の在り方とそれに対する大学側の対応を説明してきたが、こう した評価システムは個別大学レベルでいかなるインパクトを与えるのかを実例であげておこ う。ここで取り上げるのは、B大学(あえて仮名にしておく)の社会学科の場合である。この社 会学科の1992年度のRAEの評価結果は5段階中2だった。ところが2008年度のRAEには、こ の学科は社会学の部会には評価申請をしていない。これはこの間に「社会学科」が「閉鎖」か 「改組」されたためであろう。 2011年度時点でこの大学に存在している学部(School)は、「コンピュータ・情報学・メデ ィア学部」、「健康科学部」、「生命科学部」、「生涯教育発達学部」、「経営学部」、「社会国際関係 学部」の6学部である。またホームページの記事によると、少なくとも2008年度の卒業生がで るまでは「社会科学・人文学部」が存在し、「社会学」の学位を取得した者がいたことが記録さ れている。つまり2005年度から2008年度までの間に学部改組が行われ、「社会科学・人文学 部」は改組、あるいは解体されたものと思われる。 それでは旧「社会学科」の教員はどうなったのか。詳細は未確認であるが、おそらく新たに 設置された「社会国際関係学部」か、どこかの学科に移籍したものと思われる。2011年度時点 で存在している「社会国際関係学部」は、その内部が「経済学科」、「政治学・国際関係・平和研 究」、「人文学」、「心理学」、「犯罪学・社会学」、「社会事業・社会ケア」の6学科からなってお り、社会学は「犯罪学・社会学」のコースとして位置づけられている。つまり「社会学」は、独 立した学科としてではなく、犯罪学と組み合わせで1学科となり、その内部で教えられている ものと推定される。The Complete University Guide の作成したリーグ表(2012年度版)の一部を紹介すると、 以下のようになる。このリーグ表では「社会学」としては総数89の大学名があげられており、
トップにくるのは、ケンブリッジ大学である。まず「入学基準」は524で、他の大学を有意に引 き離している。つまり高校時代に高位の成績を上げていないと入学できない難関大学である。 しかし「研究評価」の得点は2.65で、必ずしも高いとはいえない。ケンブリッジ以上に高い研 究評価をあげている大学は、バース、SOAS(School of Oriental and African Studies)、シェフ ィールド、ヨーク、ケント、エセックス、リーズなどの大学がある。また「卒業生の就職見込 み」では74.0点と二位以下を大きく引き離している。ただケンブリッジの学生満足度の項目は 空欄になっているが、その理由は先に述べたように、この年度のケンブリッジの学生がこの調 査を拒否したためである。
社会学のリーグ表(The Complete University Guide社作成)(上位20位まで) 2012年度
の順位 2011年度の順位 大学名 満足度学生 平均水準入学 研究水準 就職率 総合得点
1 1 Cambridge 524 2.7 74 100
2 3 London School of Economics 4 431 2.4 76 93.2
3 5 Durham 4 428 2.7 70 93 4 2 Warwick 4 417 2.7 62 91.7 5 3 Bath 4 364 3.1 66 91.4 6 7 Surrey 4 356 2.8 64 90.8 7 13 Lancaster 4 362 2.8 62 90.4 8 6 Edinburgh 4 429 2.8 54 90.2 9 18 SOAS 4 3 89.8 10 10 Sussex 4 351 2.6 58 89.4 11 13 York 4 351 2.9 54 88.9 12 23 Strathclyde 4 377 2 64 88.8 13 22 Sheffield 4 369 2.8 56 88.8 14 13 Exeter 4 376 2.7 48 88.7 15 16 Loughborough 4 364 2.4 58 88.5 16 8 Bristol 4 365 2.4 60 88.3 17 20 Bolton 4 2.3 88.2 18 28 Kent 4 306 3 56 88.1 19 12 Essex 4 322 2.9 54 88 20 9 Leeds 4 368 3 50 87.9 このリーグ表では上位20番目までをあげたので、89位中83位のB大学は、この表にはでて こない。 こうした事態を受けて、2011年6月のB大学は次のような学長声明を発表している。「最近 の評価結果によると、我が大学は12位ほど順位が低下した。つまり我が大学は下位4分の3に
位置していることになる。さまざまな改善を行わない限り、大学としての存続は困難である。 今後重点的に改善が必要なのは、以下の点である。 1. NSSでの学生の満足度を高めること(現在第二・四分位) 2. 卒業生の就職状況の改善(現在第二・四分位) 3. 研究の質の向上(現在第二・四分位) 4. 教員一人当たり学生数の改善(現在第二・四分位) 5. 学生へのサービスの向上(現在第二・四分位) そして具体的な目標としては以下の項目をあげている。 1.教育の水準を高め、学生満足度を高めること。目下第三・四分位であることに注目し、各 教員とともにこの点を検討する必要がある。 2.成績表の学生への返却を早める(現在第三・四分位) 3.現在よりも成績の良い新入生を集める(現在第三・四分位) 4.できるだけ多く卒業成績の高い学生を送り出すこと(現在第三・四分位) 5.学生サービスを対象とする支出を高める(現在第三・四分位) このように評価結果の下がった大学は、カリキュラムを見直し、場合によっては、じゅうぶ んな学生満足度を引き出すことのできない教員の入れ替えが必要となる。また満足な成果を上 げられない学科は改組転換し、より高い成果を勝ち取ることができる学科に再編成しなければ ならない」。(B大学ホームページより。2011年10月現在)
6.まとめ
現代の大学は納税者の視線に晒されている。これまで「その研究がなぜ必要なのか」研究者 は一つ一つ説明する必要がなかった。そうした説明は自明のこととして免除されていた。しか し現代の納税者はそれでは納得しない。納税者は目に見える具体的な成果を期待している。納 税者の生活利益に直結することの少ない研究領域の必要性を、いかにして納税者に説明するか という課題が、改めて問われている。 須藤靖(宇宙論)は「たかがナカグロ、されどナカグロ」という一文で、「役に立たない科学」 の成立基盤を問うている。彼はいう。「比較的良く耳にする議論として「100 年先に役に立つ 論」であるが、私はそれには反対の立場である。科学を「やがて役に立つ」という価値観のみで 正当化するのは、科学の本質を否定するように思えてならない。科学には、芸術と同じく、人 類が存在する意義ともいえる文化の創造という側面があると思う」。 いま我々は、誰が研究活動を資金的に支えるかという問題に直面している。この問題に対す る解答はいくつかある。まずは「アカデミック・キャピタリズム」の立場である(上山2010)。 研究には資金が欠かせない。研究成果を売ることによって、次の研究資金を確保する(あるい は後から回収する)方式である。しかしそれが可能な領域は限られている。文系・理系を問わ ず、「アカデミック・キャピタリズム」では成り立たない分野は多くある。そういう専門も含め て、資金的な持続的可能性を確保するには、いかなる論理があるのか。ごくかりに思いつくままを挙げると次のようになる。 第一には、大学とはあらゆる種類の知識が総合的に研究され、蓄積される機構である(べき である)。だからカネになるかならないかに関係なく、すべての分野をカバーする必要がある (総合大学神話)。この論の難点は、「そういう大学はごく少数あれば足りる、納税者の貴重な税 金を投じて、いくつも作る必要はない」という意見を納得させることができないという点であ る。 第二に、知識は有機体であり、各種各様な知識が一か所に集められることによって、相乗効 果(シナジー)が生まれる(知識の相互依存性の神話)。これもよく主張される論であるが、そ の相乗効果を具体的に実証した研究は少ない。天文学の発展にとって、考古学が同じキャンパ ス内にあることがどれだけの効果があるのか、説得的な論拠があるわけではない。 第三として、知的探索はホモ・サピエンスの本性で、それを忘れた時、ホモ・サピエンスの 衰退が始まる(知的追求こそ人類の本性という神話)。この神話に対しては、何も公費に依存す る必要はない、自分の資金でやる分には、誰も異議を唱えはしない、という反論にどうこたえ るか? 第四に、いかなる知識も先人達が築いた知識の上に成り立っており、人類の知的好奇心が消 滅しない限り、探究欲は続く。こうした知識は累積されることによって、どこかの時点で、何 らかの形で新たな発見につながる(いつか意味を持つという神話)。こうした論に対して、しか し納税者はそれほど気長でないし、国家財政は逼迫している、しばらくは(どの位かは不明)、 「役に立つ研究」の優先順位を高めるべきである、これが納税者論理である。 研究者は研究者のための神話を作る。納税者は納税者のための神話を作る。現代とは互いに 視線が交わることのない時代なのだろう。(了)
引用(参考)文献
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