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酒井正 著『日本のセーフティーネット格差──労働市場の変容と社会保険』(PDF:598KB)

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Academic year: 2021

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No. 721/August 2020 75 酒井 正 著

『日本のセーフティーネット

格差』

──労働市場の変容と社会保険

梶谷 真也 (京都産業大学経済学部准教授) ●さかい ・ ただし   法政大学経済学部教授。 ●慶應義塾大学出版会  2020 年 2 月刊  四六判・352 頁  本体 2700 円+税

読書ノート

新型コロナウイルス感染症の拡大によって雇用環 境の悪化ペースは勢いを増し,特に非正規雇用でそ の懸念が高まっている。さらに,フリーランスを含 めた個人事業主は収入減や取引停止に直面するな ど,コロナ危機が雇用関係によらない働き方のリス クを顕在化させている。人々が安定的な生活から転 落しそうな時,セーフティーネット(安全網)が果 たすべき役割は非常に大きい。しかし,「雇用の不 安定な人ほどセーフティーネットが脆弱なのではな いのか」という危機意識が本書の根底にある。 著者は,官庁の研究機関で日本の社会保障に関す る政策について長年研究してきた。本書が扱う制度 は,公的医療保険,公的年金,公的介護保険,雇用 保険,労働者災害補償保険と多岐にわたる。これら の制度を中心にセーフティーネットが直面する課題 を「就業」という切り口から検討し,特に雇用の流 動化に伴って増加傾向にある「社会保険から漏れ落 ちる人」へのセーフティーネットを整備することに よって発生する課題を考察している点が本書の特長 である。 日本は「国民皆保険」「国民皆年金」であるにも 関わらず,社会保険から漏れ落ちる人が存在するの はなぜだろうか。第 1 章では,社会保険料の未納問 題からこの疑問に迫る。例えば,被用者保険のよう な給料からの保険料天引きと異なり,国民年金の第 1 号被保険者や国民健康保険の被保険者である非正 規雇用者は毎月の保険料を自ら支払う必要がある。 そのため,保険に強制加入していても,自ら保険料 を納付しない限り必要な給付が受けられない。で は,政府が非正規雇用者に被用者保険の適用を拡大 すれば問題が解決するのだろうか。著者は「被用者 保険が適用さえされれば救済されるわけではない」, 「給付が十分でなければセーフティーネットの機能 を果たしていることにはならない」と主張する。 社会保障給付の制度設計の重要性は,続く第 2 章 でも指摘される。ここでは,雇用保険の被保険者で あっても受給条件を満たしておらず失業時に受給で きない人が増加していることが示される。この対処 策として「拠出と給付の関係を弱める」方法が考え られるが,多くの研究で指摘されるように,受給要 件の緩和はモラルハザードの問題を引き起こすだろ う。雇用保険の制度設計では,失業で困っている人 を救うこととモラルハザードとのバランスの取り方 が重要となる。 第 5 章では,第 1 章で扱った非正規雇用者への被 用者保険の適用拡大が別の「意図せざる結果」を招 くという可能性を示す。非正規雇用者への適用拡大 によって,事業主は当該雇用者の社会保険料(事業 主負担分)を負担しなければならない。著者の研究 を含めて多くの研究が示すように,事業主負担の増 加は雇用者の賃金を引き下げる。また,正規雇用か ら非正規雇用への代替を生じさせる可能性も指摘さ れる。 子育て支援策や若年層・高齢層における就業問題 においても,セーフティーネットの格差が大きく顕 在化している。第 3 章では認可保育所の入所基準が もたらす世帯間格差について,第 4 章では高齢期に

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76 日本労働研究雑誌 おける労働災害のリスクについて,第 6 章では雇用 保険制度とは異なる制度の下で展開される「就労支 援」についてそれぞれ議論している。 第 7 章では,客観的な根拠(エビデンス)に基づ く政策の形成や調整(EBPM)の有効性について議 論する。近年,日本においても EBPM に注目が集 まるが,社会保障政策のような利害調整的な政策決 定の下では合意形成をエビデンスのみで達成するこ とは極めて難しい。そこで著者は,合意形成におけ るエビデンスの限定的な役割を認識したうえで,エ ビデンスを探求することが政策目標や問題を明確に することにつながると主張する。 これらの考察を通して,著者は「雇用形態や働き 方に依存しない(ユニバーサルな)セーフティーネ ットを整備するためには,社会保障制度の枠組みの 中でどこに重点を置き,どう調整するか」というこ とを考える大切さを訴える。そして,セーフティー ネットをめぐる国民全体での議論の重要性を指摘す る。社会保障政策に関してその対象や時代を変えて も応用可能な「考え方」を養うべきという本書のメ ッセージは,セーフティーネットに関する議論を行 うにあたって有益である。研究者や専門家以外の 人々にもぜひ本書を一読していただきたい。この 「考え方」を養うきっかけになるだろう。

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