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地域医療をめぐる合意形成と財源確保 : とちぎメディカルセンターを事例として

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目次 はじめに:とちぎモデルからの示唆 第1章 地域医療に関する国の施策 第2章 とちぎメディカルセンター整備に至る経緯 第3章 とちぎメディカルセンターの運営状況 むすびに:政策分析から政策過程分析へ

地域医療をめぐる合意形成と財源確保

─とちぎメディカルセンターを事例として─

児 玉 博 昭

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はじめに:とちぎモデルからの示唆  地域医療を取り巻く環境は厳しく、専門誌でもたびたび特集が組まれて いる(1)。住民の高齢化に伴い医療・介護ニーズが増大・多様化する一方、 医師の不足や施設の老朽化などから医療サービスの提供が困難になってい る。地域において切れ目のない医療の提供を実現し、良質かつ適切な医療 を効率的に提供する体制の構築が急務であり、医療機能の分化・連携が課 題とされている。こうしたなか、栃木県栃木市では、「とちぎメディカル センター(TMC)」が設立されて、既存の3つの急性期病院を統合すると ともに、老朽化した施設を移転新築し、急性期、回復・療養期、在宅・介 護・検診部門に機能を再編した。経営主体の異なる医療機関の統合再編は 全国的にも珍しく、「とちぎモデル」として注目されている(2)  地域医療構想の実現に向けていま何が課題とされているのか。これまで の取組み事例から何か有益な示唆は得られないだろうか。本稿では、この とちぎメディカルセンターを事例として、地域医療の確保、特に医療機関 の再編統合に向けた課題を、公共政策学の観点から考察することにした い。 第1章 地域医療に関する国の施策 1.地域医療構想の概要 (1)医療における2025年問題  わが国の人口は、すでに「超高齢社会」とよばれる水準にあるが、2025 (1) 例えば、「特集:地域医療に立ちはだかる「3つの偏在」」『日経グローカル』334号 (2018年2月)、「特集:地域医療」『自治実務セミナー』656号(2017年2月)、「特 集:地域医療を考える」『月刊自治フォーラム』598号(2009年7月)、「特集:地域 医療と自治体」『自治体法務研究』17号(2009年)、「特集:自治体病院の経営と地 域医療の確保」『都市問題研究』60巻8号(2008年8月)、「特集:地域医療・地域 福祉の現状と自治体財政」『地方財務』639号(2007年9月)、「特集:地域医療の現 状と課題」『月刊自治フォーラム』574号(2007年7月)、「特集2:暮らしを支える 地域医療のいま」『都市問題』97巻2号(2006年2月)など。 (2) とちぎメディカルセンター資料「一般財団法人とちぎメディカルセンター」

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年にはいわゆる「団塊の世代」が後期高齢者となり、医療や介護の需要が 大幅に増加すると見込まれる。2040年には「団塊ジュニア」が高齢者に 仲間入りし、高齢者人口はピークに達する。もっとも、高齢化の度合いは 地域によって差があり、都市部ほど高齢者人口の伸びが高く、地方ではむ しろ高齢者の数が今より減るところもある。高齢化が進むと、救急医療や 手術などよりもリハビリテーションや長期療養、在宅医療などのニーズが 相対的に高まる。それぞれの地域の医療需要の変化に応じて、必要な医療 を適切に提供できる体制づくりが求められる(3) (2)地域医療構想の策定  こうしたことから、都道府県は、医療法に基づき策定する医療計画の中 で、「地域医療構想」を定めるものとされている(医療法第30条の4)。医 療計画では、病床整備の単位として、特殊な医療を提供する三次医療圏、 一般の入院医療を提供する二次医療圏を設定する。地域医療構想では、二 次医療圏を構想区域として、高度急性期・急性期・回復期・慢性期の医療 機能別に2025年の医療需要と必要病床数、目指すべき医療提供体制を実 現するための施策を示すものとされている。  また、各医療機関は、「病床機能報告制度」に基づき、保有する病床が 担う医療機能の現状と今後の方向を選択し、都道府県に報告するものとさ れている(医療法第30条の13)。 (3)地域医療構想調整会議の設置  都道府県は、医療提供体制の確保に関する重要事項を調査審議するた め、「都道府県医療審議会」を置くほかに(医療法第72条)、医療の確保 に関する施策を関係者と協議する場として「地域医療対策協議会」を設け (3) 厚生労働省医政局地域医療計画課「地域医療構想について」(第1回医療政策研修 会第1回地域医療構想アドバイザー会議資料)2019年6月7日、武藤(2015)など を参照。

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る(医療法第30条の23)。地域医療構想に関しては、構想区域ごとに関係 者との協議の場として「地域医療構想調整会議」が設けられている(医療 法第30条の14)。同会議は、郡市医師会・歯科医師団体・薬剤師団体・看 護師団体・医療保険者・民間病院・公立病院・市町村・保健所の代表者な ど主に医療関係者で構成される。郡市医師会が議長を務め、保健所が事務 局を担うことが多い(4)。地域医療構想の実現に向けては、地域医療構想の 必要病床数と病床機能報告の結果を比較しながら、各医療機関の自主的な 取組みに加えて、調整会議を通じ医療機関相互で協議を行うことになって いる。 (4)地域医療介護総合確保基金の造成  また、地域の医療と介護を総合的に確保するため、都道府県には「地域 医療介護総合確保基金」が創設されている。医療機関等の施設整備や医療 従事者等の確保に関する事業を対象に、都道府県が事業計画を作成し、国 は消費税増収分を活用した財政支援を行う。各都道府県は、基金などを活 用して医療機関による自主的な機能分化・連携を推進する。具体的には、 急性期の病棟を回復期の病棟に転換すること、医療従事者の需給を見通し 医師の養成数を検討すること、慢性期の医療ニーズに対応する医療・介護 サービスを確保することが課題とされている。 (5)医療提供体制の改革  国では、さらに2040年を展望した医療提供体制の改革として、地域医 療構想の実現だけではなく、医師・医療従事者の働き方改革、実効性のあ る医師偏在対策を含め、これらを三位一体で進めることが重要であるとし ている。特に医師偏在対策に関しては、地域や診療科による医師の偏在を 是正するために、医師の多寡を全国ベースで客観的に比較評価できる「医 (4) 第13回地域医療構想に関するワーキンググループ資料「地域医療構想調整会議の活 性化に向けた方策」2018年5月16日

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師偏在指標」を算出して「医師多数区域」・「医師少数区域」を設定し、都 道府県は「医師確保計画」を策定するものとしている(5) 2.地域医療構想の進捗状況 (1)地域医療構想調整会議での協議  地域医療構想の進め方に関しては、厚生労働省の「医療計画の見直し等 に関する検討会」に作業部会が設置され、検討されてきた。その検討結果 によれば、地域医療構想に基づき、各医療機関は具体的対応方針を作成 し、地域医療構想調整会議で合意のうえ、都道府県がこれをとりまとめ る。調整会議では、2年間ほど集中的な検討期間を設け、とりまとめの内 容には、2025年を見据えた医療機関の役割、2025年に持つべき医療機能 ごとの病床数を示すこととされている(6)(7) (2)新公立病院改革プラン、公的医療機関等2025プランの策定  厚生労働省は、医療機関のうち、特に公立病院や公的医療機関等(8) 対しては、それぞれ「新公立病院改革プラン」「公的医療機関等2025プラ ン」を策定し(9)、調整会議で2017年度中に協議を行い、2018年度末までに (5) 第66回社会保障審議会医療部会資料「医療提供体制の改革について」2019年4月 24日 (6) 「経済財政運営と改革の基本方針2017」2017年6月9日閣議決定 (7) 地域医療構想に関するワーキンググループ「地域医療構想の進め方に関する議論の 整理」2017年12月13日 (8) 公的医療機関とは、都道府県、市町村、地方公共団体の組合、国民健康保険団体連 合会及び国民健康保険組合、日本赤十字社、社会福祉法人恩賜財団済生会、厚生農 業協同組合連合会、社会福祉法人北海道社会事業協会が開設する医療機関をいい(医 療法第31条、厚生省告示)、公的医療機関等には、上記のほかに国家公務員共済組合 連合会などの開設する医療機関が含まれる(医療法第7条の2第1項各号)。 (9) 「公立病院改革の推進について(新公立病院改革ガイドライン)」(総務省自治財政 局長通知)2015年3月31日、「地域医療構想を踏まえた『公的医療機関等2025プラン』 について」(厚生労働省医政局長通知)2017年8月4日などを参照。

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合意を得るよう取組みを進めてきた(10)。同省の調査によると、2019年3月 末時点で、新公立病院改革プランの対象病院では病床数換算で95%、公 的医療機関等2025プランの対象病院では病床数換算で98%が合意済みで あり、医療機関全体では63%が合意済みとなっている(11) (3)具体的対応方針の検証  国は、公立・公的医療機関等に関しては、高度急性期・急性期機能や不 採算部門、過疎地等の医療提供など、地域の民間医療機関では担えない医 療機能に重点化するよう医療機能を見直し、これを達成するための再編統 合の議論を進めるよう求めている(12)。厚生労働省は、2019年央までに各医 療機関の診療実績データを分析し、公立・公的医療機関等の役割が当該医 療機関でなければ担えないものに重点化されているか、合意された具体的 対応方針を検証する。その結果、他の医療機関と競合していたり、診療実 績が特に少ない場合には、代替可能性のある医療機能を他の医療機関に統 合したり、他の病院と再編統合することについて、調整会議で具体的な協 議や再度の合意を要請するとしている(図1)(13) (10) 「地域医療構想の進め方について」(厚生労働省医政局地域医療計画課長通知) 2018年2月7日 (11) 第21回地域医療構想に関するワーキンググループ資料「地域医療構想調整会議に おける議論の進捗状況について」2019年5月16日 (12) 「経済財政運営と改革の基本方針2018」2018年6月15日閣議決定 (13) 地域医療構想に関するワーキンググループ「具体的対応方針の検証に向けた議論 の整理(たたき台)」など。

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図1 具体的対応方針の評価方法に関する基本的なイメージ (出所)地域医療構想に関するワーキンググループ資料 3.地域医療構想の実現に向けた課題 (1)民間医療機関の対応の遅れ  地域医療構想の実現に向けたこれまでの進め方を見ると、いくつか課題 が浮かび上がる。1つ目は、公立や公的な医療機関に率先した対応を促す 一方、民間の医療機関の対応が後回しになっていることである。具体的対 応方針に関する議論の状況をみると、公立・公的医療機関等に関してはほ ぼ合意済みである一方、その他の医療機関に関しては合意済みの割合が 41%にとどまっており、公民の取組み格差が著しい。栃木県内でも宇都宮 地域医療構想調整会議では、「公的及び公立が先に役割を決めてしまい、 民間は残りの役割を担うというのは、本来の趣旨と違うのではないか」と いった意見も出ている(14)。民間の医療機関は、後継者がいないなど民間固 (14) 栃木県地域医療構想調整会議資料「各地域医療構想調整会議等における協議等の 状況について」2018年11月30日

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有の経営課題を抱えている場合がある。公立病院改革に関しては総務省の 研究会が報告書をとりまとめているが(15)、民間医療機関に関しても具体的 な対応を促す取り組みが早急に求められる。 (2)形式的な合意形成の懸念  2点目は、病床機能報告に基づくデータが重視される一方で、地域医療 構想調整会議での協議が不十分との懸念があることである。確かにプラン の合意済みの割合は増えており、順調に議論が進んでいるかのように見え るが、厚生労働省の作業部会では、「十分な協議がなされていないのでは ないか」との懸念も示されている(16)。病床機能報告に関しては、定量的基 準を導入し、手術等の診療実績が全くない病棟は高度急性期・急性期を選 択できないようにするなど実効性も担保されている(17)。これに対し、地域 医療構想調整会議に関しては、議論を促すアドバイザーを任命するなど活 性化に向け一定の努力は払われているが(18)、再編統合に向けた協議をどの ように進め、いかに合意を得るか、効果的な合意形成のプロセスや手法に ついては必ずしも明示されているわけではない(19) (3)診療実績以外の分析不足  3つ目は、医療機関の再編統合に向けて、診療実績に関するデータ分析 を行い、地理的条件も勘案されるが、それ以外の要素があまり加味されて (15) 総務省「地域医療の確保と公立病院改革の推進に関する調査研究会報告書」2017 年12月 (16) 第17回地域医療構想に関するワーキンググループ参考資料「前回地域医療構想に 関するワーキングルプおける主な意見」2018年12月21日 (17) 地域医療構想に関するワーキンググループ「平成30年度病床機能報告の見直しに 向けた議論の整理」2018年6月22日 (18) 「地域医療構想調整会議の活性化に向けた方策について」(厚生労働省医政局地域 医療計画課長通知)2018年6月22日 (19) 第22回地域医療構想に関するワーキンググループ資料「具体的対応方針の検証の 具体的な手順等について」2019年6月21日等を参照。

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いないことである。厚生労働省の都道府県に対するヒアリング結果による と、具体的対応方針について2018年度内に合意に至らなかった主な理由 としては、「当該医療機関でなければ担えないものに重点化されていると はいえない」など診療実績に基づき再検討している場合もあるが、病床数 削減の影響への懸念、医療提供体制に関する関係者間の意見の相違、再編 統合に対する地元住民の反対、施設候補地をめぐる自治体間の対立など、 他の理由から議論が停滞している場合もある。厚生労働省は、2019年央 までに全医療機関の診療実績データ分析を完了し、地域医療構想調整会議 で再編統合について具体的な協議を求めるとしているが、実際の再編統合 に向けては診療実績以外の要素についても考慮する必要があるのではない だろうか。 4.民間医療機関の再編統合の先進事例  地域医療構想の実現に向けては、医療機関相互間の機能分担及び業務の 連携を推進する一つの選択肢として、2015年の医療法改正で「地域医療 連携推進法人」制度が創設されている(医療法第70条以下)(20)。とちぎメ ディカルセンターは、制度趣旨においてこの地域医療連携推進法人の先駆 けといえる。地域医療連携推進法人の場合は、持株会社のように複数の医 療機関等が法人を存続させたまま参画するのに対し、とちぎメディカルセ ンターの場合は、既存の医療機関が新たに法人を設立した。経営統合では なく合併に近いという点では、とちぎメディカルセンターは、国の制度以 上に大胆な体制づくりを選んだともいえる。  栃木市内の民間事業者による3つの病院はいかにして統合再編を果たし たのか。統合再編によって期待どおりの成果を収めているのか。栃木市の 取組み事例を検討することは、地域医療構想の実現に向けて参考となろ う。そこで次章以下では、とちぎメディカルセンターの整備に至る経緯と (20) 厚生労働省医政局通知「地域医療連携推進法人制度について」2017年2月17日

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統合再編後の運営状況を考察し、医療機関の再編統合に向け関係者はどの ように合意を形成したのか、医療機能の面以外に運営上どのような課題が あるのかを明らかにしていきたい。 第2章 とちぎメディカルセンター整備に至る経緯 1.栃木県南保健医療圏  栃木市は、栃木県南部に位置する人口約16万人の市である。栃木県に は6つの二次保健医療圏が設定されており、栃木市・小山市・下野市・上 三川町・壬生町・野木町の3市3町で「県南保健医療圏」を構成してい る(21)。二次保健医療圏は地域医療構想区域とも一致する。栃木県にはまた 10の二次救急医療圏が設定されており、県南保健医療圏はさらに栃木救 急医療圏と小山救急医療圏に分けられる。県南保健医療圏には、2019年 4月時点で22の病院、383の診療所があり(22)、特異なのは自治医科大学附 属病院、獨協医科大学病院という2つの大学病院が所在していることであ る。人口10万人あたりの医療機関数は全国平均を下回る一方、医療機関 に勤務する医師数は比較的多いが、これは大学病院があるためである。受 療動向をみると、大学病院に三次救急や子ども医療センター、総合周産期 母子医療センターの機能が集約されているため、高度急性期・急性期医療 を中心に県内外から患者の流入が見られる。慢性期医療では患者の流出が 見られ、在宅医療の充実が求められている(23) 2.統合再編前の医療体制  現在のとちぎメディカルセンターが設立される以前、栃木地区では、「下 都賀総合病院」が中核的な医療機能を果たし、また、下都賀総合病院のほか に「とちの木病院」と「下都賀郡市医師会病院」が急性期医療を担っていた。 (21) 栃木県『栃木県保健医療計画(7期計画)』2018年3月 (22) 栃木県保健福祉部医療政策課「平成31年度栃木県病院・診療所名簿」2019年4月 (23) 栃木県『栃木県地域医療構想』2016年3月

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(1)下都賀総合病院  「下都賀総合病院」は、栃木県厚生農業協同組合連合会(JA栃木厚生 連)が開設した病院で、病床数は398床(うち一般病床346床、精神病床 52床)、地域医療支援病院や臨床研修指定病院として地域医療の中核的な 機能を果たしてきた。しかし近年、同病院は、施設や設備の老朽化に加え て、医師不足から一部診療科の休止・縮小を余儀なくされるなど厳しい運 営状況に置かれていた(24)。栃木市は、JA栃木厚生連に対し年間3億円の運 転資金の貸付を行い、同病院の運営を支援してきたが、ついにJA栃木厚 生連自体が経営難に陥り、同病院の運営からの撤退を決定する。JA栃木厚 生連は下都賀総合病院・石橋総合病院・塩谷総合病院を運営していたが、 2009年に最も重荷であった塩谷総合病院を経営譲渡し、2013年4月には 残る2病院も譲渡して法人を解散することになる。 (2)とちの木病院、下都賀郡市医師会病院  「とちの木病院」は、医療法人陽気会が運営する病院で、1986年に病院 を開設、1989年に医療法人に改組されている。一般病床165床の他に、介 護老人保健施設「とちの実」を併設していた。また、「下都賀郡市医師会 病院」は、1953年に下都賀郡市医師会が開設した病院で、病床数は112床 (うち一般病床72床、療養病床40床)、急性期と慢性期の医療を担ってい た。とちの木病院、医師会病院とも、下都賀総合病院と同様、施設・設備 の老朽化や医師の継続的確保が困難といった問題を抱え、特に医師会病院 は医師不足から二次救急輪番を離脱するなど、救急医療体制の維持も危ぶ まれていた。さらに、これら3病院は、ともに急性期医療を担いながら積 極的な連携は図られず、また、いずれも人間ドック、訪問看護ステーショ ン、居宅介護支援事業所を手がけるなど、医療機能にも重複が見られた。 (24) 首長正博(栃木市保健福祉部地域医療対策室)「栃木地区の地域医療の現状と課題 について」(白鷗大学講義資料)2011年12月12日

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3.統合再編の検討経緯 (1)地域医療確保対策会議の開催  栃木地区の地域医療において喫緊の課題は、老朽化した下都賀総合病院 の移転整備であった。栃木市は、政策医療を担う立場から、関係者や市民 から広く意見を聴くため、2010年7月、「栃木市地域医療確保対策会議」 を設置した。同会議は、医療関係者・行政関係者・市民代表・学識経験者 など20名で構成され(25)、6回の開催を経て2011年2月に報告書を提出して いる。会議では、下都賀総合病院の建替え整備にあたり、二次救急医療な ど新しい病院の機能や行政支援のあり方、建設候補地が主な議題とされた が、この検討過程で、栃木地区の切れ目のない望ましい医療提供体制を確 保するため、下都賀総合病院・とちの木病院・医師会病院の機能分担や連 携強化について検討が行われ、これら3病院の統合再編も視野に入れた取 組みが必要との合意に達し、市と関係者は協議を始めることになる。栃木 市は、この関係者会議と並行して、庁内に「栃木市地域医療確保対策本部」 を設置している(26) (2)病院統合再編協議会の設置  2011年3月、「栃木地区病院統合再編協議会」が設置され(27)、3基幹病 院の統合再編と新法人の設立に向け関係者間で協議が行われた。協議会で は、「地域医療再生交付金」を活用した3病院の統合再編が具体的に検討 (25) 医療関係者として下都賀総合病院長・医療法人陽気会理事長・下都賀郡市医師会 病院長・自治医科大学付属病院長・獨協医科大学病院長・下都賀郡市医師会長・栃 木市医師会長が参加し、行政関係者として栃木市長・同副市長、県保健福祉部、市 地域医療対策室・健康増進課、その他に市議会議員、市民代表8名、学識経験者4 名が参加している。 (26) 栃木市「平成22年度市政年報」245-246頁。 (27) 医療関係では下都賀総合病院長・医療法人陽気会理事長・下都賀郡市医師会病 院長のほかに、栃木県厚生農業協同組合連合会理事長・同専務理事、下都賀郡市医 師会長・同理事が参加し、行政関係では県保健福祉部・同医事厚生課、市総合政策 部、その他に学識経験者1名が参加している。

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され、統合再編の利点として医療資源の集約や医療機能の分化、市や医師 会(診療所)との連携がうたわれた。栃木市は、協議会事務局を運営する とともに、こうした取組みに市民の理解と協力を得るため、2012年1月、 同協議会との共催で「地域医療を考えるシンポジウム」を開催した。同シ ンポジウムには、3病院の代表者がシンポジストとして登壇している。ま た、地域医療の確保に向け住民意識の向上を図るため、症状に応じた救急 医療機関への受診や救急車の適正利用、かかりつけ医の必要性に関する啓 発パンフレットを作成し、病院・診療所や小中学校などの関係機関に配布 している。このほか栃木市は、地域医療の充実・強化を図る事業の財源に 充てるため、2011年度に「地域医療対策基金」を設置し5億円を積み立 てた(28) (3)基本構想の策定  「栃木地区メディカルセンター(仮称)基本構想」が取りまとめられ、 同構想は、地域のかかりつけ医をはじめ、大学病院とも連携し、急性期か ら慢性期、在宅医療にいたるまで切れ目のない医療提供体制の構築を目指 し、①地域完結型の医療提供体制の構築、②政策医療の提供と健全経営、 ③市民と医療スタッフに魅力ある運営を基本方針とした。  同構想では、既存の3病院を統合再編し、新たに「栃木地区メディカル センター(仮称)」を設立する。新法人は、将来的に、①下都賀総合病院 を移転・新築し、急性期医療を担う第1病院、②とちの木病院と介護老人 保健施設を増改築し、回復期や療養期の病床を持つ第2病院、③医師会病 院を解体・改築し、健康診断や予防接種を集約して行う第3施設の総合保 健医療支援センターと介護老人保健施設を運営する計画となっている(29) (28) 栃木市「平成23年度市政年報」48-49頁。 (29) 栃木地区病院統合再編協議会「栃木地区メディカルセンター(仮称)基本構想」 2012年3月

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(4)設立準備委員会の設置  2012年1月、3病院の代表者、副市長と県・市担当者、学識経験者か らなる「栃木地区メディカルセンター(仮称)設立準備委員会」が設置さ れた。2012年度には、栃木地区病院統合再編協議会や栃木市地域医療確 保対策本部においても、基本構想や法人設立、施設整備などが審議されて いる。設立準備委員会には、法人設立に向け運営体制構築のため、診療・ 看護・人事・調達・総務財務・薬剤・放射線・検査・新法人設立手続きの 各種作業部会が設置された。また栃木市では、準備作業と並行して広報活 動を行い、第1病院の建設に伴う周辺道路の整備や農業用水路の付替えに 関し、地元住民向けに説明会を開催したり、病院の統合再編や地域医療に 関する情報を広報誌に連載したりして市民向けに周知を図っている(30) (5)一般財団法人の設立  そして2013年4月、「一般財団法人とちぎメディカルセンター」が新た に設立され、それまでJA栃木厚生連・医療法人陽気会・下都賀郡市医師 会がそれぞれ運営していた3病院が新法人によって運営されることになっ た。新法人では共同代表体制が採られ、下都賀総合病院長・医療法人陽気 会理事長・下都賀郡市医師会長の3名が代表理事に就任した。各運営主体 からは、病院運営に必要な資金や施設・設備等が拠出され、業務に従事す る医療スタッフも新法人に移籍した。運営にあたっては、会計や調達など 統合可能な機能については統合を進めつつ、診療機能の統合再編について は既存の組織体制を一定期間維持するなど移行期間に十分配慮するものと された。そのため、工事の進捗状況に合わせて統合再編を進め、施設の完 成までは従来の病院名が用いられ、診療科や診察券、診療予約も従来どお りに扱われている。 (30) 栃木市「平成24年度市政年報」58-59頁。

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(6)新施設の整備  栃木市は、とちぎメディカルセンターの施設整備に関しては、地域医療 確保対策本部会議で基本設計の進捗状況を確認しながら、議会に対しては 議員研究会で説明し、市民に対しては市民説明会を開催し、広報誌を通じ て継続的に情報を提供した。とくに第1病院の建設にあたっては、2013 年度には、市が建設用地を確保して造成工事を行い法人に引き渡すことで 施設の早期整備を後押しした。2014年度には、施設整備に係る病院と設 計・施工会社の会議に参加して情報収集を行い、道路や上下水道など周辺 工事に係る市担当課と施工会社の会議を定期的に開催して全体調整を行っ ている。資金調達に関しては、施設整備補助金として2014年度に15億円 を交付したほか、JA栃木厚生連に代わり下都賀総合病院を運営すること になった法人に対し年間3.5億円の運転資金を貸し付けている(31)  こうして2016年4月、とちぎメディカルセンターの第1病院・第2病 院・第3施設は、それぞれ「とちぎメディカルセンターしもつが」、「とち ぎメディカルセンターとちのき」、「総合保健医療支援センター」として開 設に至ったのである。 4.病院整備をめぐる財政問題と政策形成過程  栃木市における地域医療の当初の課題は、「老朽化した病院の移転新築」 であった。ところが、検討の過程で「3病院の統合再編」へと課題が変更 されている。なぜアジェンダは変更されたのか。ここでは病院整備の財源 確保に着目して、政策形成過程を分析する。 4-1.下都賀総合病院の移転新築 (1)地域医療再生交付金の創設  リーマンショックの翌年、国は、緊急経済対策を柱とする2009年度の (31) 栃木市「平成25年度市政年報」45-46頁、同「平成26年度市政年報」302-303頁、同「平 成27年度市政年報」299-300頁。

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補正予算で、総額3100億円の地域医療再生基金を創設し、都道府県が策 定する計画に基づき、二次医療圏を単位として10医療圏には最大100億 円、84医療圏には最大25億円の臨時特例交付金を交付することとした。 交付金は各都道府県の地域医療再生基金に積み立てられ、複数年度の事業 費に充てられる(32) (2)下都賀総合病院の優先整備  都道府県ごとに2医療圏が認定されるとの見込みから、栃木県は、老朽 化した下都賀総合病院の再建を最優先課題として同交付金を申請する方針 を固め、2009年7月の栃木県医療対策協議会で、県南保健医療圏に100億 円、県西保健医療圏に25億円の交付金を申請することを決定した(33)。また 県も、国の経済対策に呼応して過去最高の総額となる主要事業を盛り込ん だ補正予算を編成した(34) (3)小山市民病院との統合再編案  栃木県は、10月期限の計画提出に向け、下都賀総合病院の移転新築を 軸とした再生計画案を作成していたが、これに異議を唱えたのが小山市で ある。栃木市と同じ県南保健医療圏を構成する小山市でも、基幹病院であ る小山市民病院が赤字体質にあり、老朽化する施設の改築が将来的な課題 とされていた。小山市長は、100億円の交付金は競争率が高いため、小山 市民病院と下都賀総合病院の統合再編でなければ、国の採択は難しいと主 張し、両病院の統合再編を軸とした計画案を作成するよう県に対して要望 する(35) (32) 厚生労働省「平成21年度補正予算による地域医療再生基金」 (33) 下野新聞2009年7月4日1面 (34) 下野新聞2009年9月2日1面 (35) 下野新聞2009年9月20日4面,同10月1日25面

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(4)両病院の単独整備計画  しかし、自治体が運営する小山市民病院と民間が運営する下都賀総合病 院の統合再編は容易ではない。国の採択には熟度の高い計画が求められる ところ、関係者との協議を経ずに事前の合意も得られていない小山市の提 案は実現性に乏しい。計画の提出期限が迫る中、栃木県は、下都賀総合病 院と小山市民病院それぞれ単独で整備し、交付金を両病院に配分すること で決着を図る。県は民間運営の下都賀総合病院に多く配分する意向だった が、小山市は整備支援費の同額配分を県に要望し、この単独整備案を容 認する。2009年10月、県医療対策協議会で地域医療再生計画案が基本了 承されたが、計画案では、下都賀総合病院と小山市民病院の移転新築に それぞれ約113億円、約127億円の事業費を計上し、両病院の整備支援に 交付金100億円のうち70億円を充当するとしたが、配分は明示されなかっ た(36) (5)補正予算の大幅減額  ところが、計画の提出目前、政権交代のあおりを受け、計画自体が抜本 的な変更を余儀なくされる。2009年9月に誕生した民主党政権は、自民 党政権下で組まれた補正予算の見直しを指示し、厚生労働省は100億円の 交付金を取りやめ、一律25億円の交付金とする方針に改めたのである。栃 木県は、交付金の大幅減額に戸惑いながらも一部事業の縮小や事業実施の 見送りで対応した。満額の25億円が交付されたものの、病院の整備支援 費は70億円から13億円に大幅に減額された(37)。割を食ったのが小山市であ る。もともと小山市民病院の移転新築は数年先を予定していたが、交付金 の申請に伴い着工が前倒しになったうえ、交付金の大幅減額を受け大半を 起債で賄わざるを得ない。翌年とりまとめた新市民病院の基本構想では、 病床数を300床に縮小し事業費を68.2億円まで圧縮したものの、わずかな (36) 下野新聞2009年10月3日1面,同10月8日5面,同10月9日5面 (37) 下野新聞2009年10月16日1面,同10月17日5面,同12月22日1面

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交付金を除けば、起債以外に財源の目途は立たなかった(38) 4-2.3病院の統合再編 (1)地域医療再生交付金の拡充  しかしその後、国でも地域医療再生交付金を拡充する動きが出て再び状 況が変わる。国は、地域医療再生交付金を三次医療圏である都道府県を単 位とした事業に拡充し、総額2100億円を用意し、52医療圏に一律15億円、 有識者会議の査定に基づき最大で120億円を交付するとした。ただし、80 億円以上の交付には病院数の削減を伴う病院の統合再編が条件となる(39)  調整には難航も予想されたが、これに名乗りを上げたのが栃木市であ る。2011年2月、栃木市長は、交付金の獲得を目指し、下都賀総合病院・ とちの木病院・下都賀郡市医師会病院が経営統合の検討を始めると発表 し、県南選出の県議会議員による議員連盟もこれを後押しする提言書を県 に提出した。これを受けて栃木県も、栃木市が提案する3病院の統合再編 を盛り込んだ再生計画案を国に提出する方針を固める(40) (2)医師会病院の廃止・診療所化  関係者協議の結果、前述のとおり下都賀総合病院は急性期医療、とちの 木病院は回復・療養期医療にそれぞれ機能を特化させ、医師会病院は介護 老人保健施設併設の診療所に改組することになった。栃木市は、経営統合 後の運営主体として新たな医療法人を設立する方針を示したが、具体的な 結論を得るには準備期間が足りず、計画案には明記されなかった。機能分 化・連携の模範的な例ではあったが、経営統合の実現性には不安を残す形 となった。  2011年6月、県医療対策協議会で、3病院の統合再編を柱とする県地 (38) 下野新聞2010年5月30日23面,同12月23日1面 (39) 厚生労働省「平成22年度補正予算による地域医療再生基金」 (40) 下野新聞2011年1月10日1面,同2月25日1面,同2月26日7面,同4月26日1面

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域医療再生計画案が承認された。計画案では、希望交付額120億円のう ち、3病院の統合再編に40億円、残る80億円を医師・看護師の確保、が んや脳卒中・心疾患などの対策に充てるとしている(41) (3)JA栃木厚生連の負債解消  3病院の経営統合を阻む障害となっていたのが、下都賀総合病院を運営 するJA栃木厚生連の債務問題であった。JA栃木厚生連は塩谷総合病院の 経営難から借入金を返済できなくなり、栃木県農業協同組合中央会(JA 栃木中央会)はこれを代位弁済して求償権を得ていたが、3病院の統合再 編に向けこの債権を放棄した。これによりJA栃木厚生連の債務超過は解 消され、3病院の統合再編に向け前進することになる。もっとも、JA栃 木中央会は、これ以上の負担は難しいとして統合再編に対する新たな出資 には難色を示した。また、JA栃木厚生連には、退職給付引当金などの負 債がまだ残されていた(42) (4)要望額の予算超過と減額配分  国の地域医療再生交付金には、栃木県を含む9県が満額を要望し、要望 総額は約3280億円に膨らみ予算枠を大幅に上回った。交付金の満額獲得 が厳しくなるなか、栃木県は、交付金が減額されても3病院の統合再編を 優先して進める方針を示した。  2011年10月、厚生労働省は、栃木県に対し約56億円の配分を正式に内 示した。栃木県は、交付金の大幅減額を受けて計画の見直しを迫られた が、内示額の半分を3病院の統合再編に充てる意向を示し、栃木地区病院 統合再編協議会も、基本方針を変えないことを全会一致で確認した(43)  新聞報道によれば、国の有識者会議では、施設整備費の比率が高いため (41) 下野新聞2011年5月31日1面,同6月8日5面 (42) 下野新聞2011年6月22日1面 (43) 下野新聞2011年6月26日1面,同9月27日5面,同10月15日1面,同10月26日5面

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計画全体の評価を下げたものの、3病院の統合再編は高い評価を受けたと いう。こうした評価結果をふまえ、見直し後の再生計画では、3病院の統 合再編に30億円が計上された。これに加えて、2009年度の交付金から下 都賀総合病院の移転新築に5億円が配分され、合計35億円の交付金が栃 木市の3病院の統合再編に充当されることになった。  一方、国の有識者会議で厳しい評価を受けた事業は軒並み減額された。 小山市は、小山市民病院の移転新築に関連して3事業を提案していたが、 2事業が不採択、他の1事業も大幅減額となった。栃木市とのバランスに 考慮して、2009年度の交付金から小山市民病院の移転新築に8億円が配 分されたものの、事業の中身が厳しく問われる結果となった(44)  その後、県医療対策協議会で見直し後の県地域医療再生計画が了承さ れ、県は計画に基づき国に臨時特例交付金を申請、交付決定を受けて地域 医療再生基金を積み増し、翌年から各種事業を展開することになる。 (5)地域医療再生交付金の追加  地域医療再生交付金は、2009年度、2011年度に続き、2013年度にも総 額500億円が交付されている(45)。栃木県は満額の15億円を要望し、国は 13.5億円の交付を決定したが、計画では、このうち5.6億円が小山市民病 院の移転新築に充てられた。小山市民病院の移転新築にかかる事業費は、 震災復興に伴う建設工事費の高騰などから、当初予定の68.2億円に当座 10億円が上乗せされたが、最終的にはさらに約90億円にまで膨らむ見込 みとなった。このうち28.4億円が国の交付金や県の補助金で賄われてい る(46) (44) 下野新聞2011年10月29日1・5面,同11月1日5面 (45) 厚生労働省「平成24年度補正予算による地域医療再生基金」 (46) 下野新聞2013年5月22日5面,同8月21日5面,同2015年11月27日26面

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4-3.統合再編案の浮上と形成 (1)凝固剤としての交付金  3病院の統合再編について関係者にさらに取材を進めると、意外な経緯 が明らかとなる。実はこの統合再編案は、計画的に立案されたものでな く、偶発的に形成された面があるということである。栃木市の地域医療の 危機は、下都賀総合病院の経営悪化に端を発するが、JA栃木厚生連は早 くから同病院の再建を断念し、運営から撤退する意向を固めていたようで ある。下都賀総合病院の廃院が現実味を帯びる中、とちの木病院の理事長 は栃木市長に対し、とちの木病院との統合再編を個人的に提案する。これ とは全く別に、下都賀郡市医師会からは栃木県に対して、医師会病院との 統合再編が提案されていた。理事長、医師会長とも自身の在任中に懸案に 解決の目処をつけたいという強い意向を持っていたと目される。栃木市の 担当者は、市長から相談を受け、県の担当課に相談する過程でこうした水 面下の動きを察知する。ならばいっそのこと3病院で統合再編してはどう かという話になり、関係者が一堂に会することになる。呼び水となったの が、国の地域医療再生交付金である。財政難に苦しむ自治体にとって、持 出しのない多額の財政支援はまさに「渡りに船」だった。こうして3病院 の統合再編が有力案として急浮上し、具体化に向け一気に加速する。 (2)羅針盤としての基本構想  もっとも、関係者間の調整は必ずしも順調だったわけではない。経営主 体の異なる医療機関が新たに法人を設立するとなると、財産拠出や債務処 理、人事処遇などをめぐり利害対立は避けられない。まして地域の中核病 院となると、大学病院や地元医師会との調整も欠かせない。行政機関のほ うも、補助金を交付する国、計画を策定する栃木県、事業を実施する栃木 市が重層的に関わることになる。さらに言えば、病院内部でも従業員の反 発は起こりうるし、自治体内部でも市長と市議会の対立が生じうる。この

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点、栃木市の場合は幸いにも、オーナー型の病院では経営者の方針が強い 影響力を持ち、また、オール与党の市議会も市長の方針に理解を示したた め、組織内の調整にあまり煩わされず、関係者間の調整に専念できたとい うが、それでも調整は難航し、たびたび迷走した。そのたびに拠り所と なったのが、とちぎメディカルセンターの基本構想である。地域医療の将 来像を明確に描き、目標を共有することが、関係者間の合意形成や市民か らの理解に重要な役割を果たしたと、市の担当者は当時の交渉を振り返っ ている。 第3章 とちぎメディカルセンターの運営状況  とちぎメディカルセンターは、急性期医療を担う「とちぎメディカルセ ンターしもつが」、回復期・慢性期医療や緩和ケアを担う「とちぎメディ カルセンターとちのき」、保健・福祉事業を行う「総合保健医療支援セン ター」を運営する(表1)。 表1 とちぎメディカルセンターの施設概要 TMCしもつが TMCとちのき 総合保健医療支援センター 設立経緯 JA栃木厚生連下都賀総 合病院の移転新築 医療法人陽気会とちの 木病院の増改築 下都賀郡市医師会病院 の診療所化、介護施設 とちの実の移転新築 病床数 307床 250床 老健100床 診療科目 26科 12科 ─ 保有機能 ・2次救急医療機能 ・がん治療中核病院 ・脳卒中中核拠点病院 ・糖尿病医療連携体制 ・地域医療支援病院 ・医師臨床研修病院 ・多機能病棟(一般・ 回復期・療養期・地域 包括ケア・緩和ケア) ・透析センター ・介護老人保健施設 ・訪問看護ステーション ・居宅介護支援事業所 ・総合健診センター 所在地 栃木市大平町川連420-1 栃木市大町39-5 栃木市境町27-21 (出所)とちぎメディカルセンター資料をもとに作成

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1.統合再編後の医療体制 (1)とちぎメディカルセンターしもつが  旧下都賀総合病院を移転・新築した「TMCしもつが」は、病床数が307 床(一般病床257床、感染症病床6床、地域包括ケア44床)、診療科目は 内科・外科・整形外科・小児科など全26科である。同病院は、栃木地区 の救急医療の要として24時間365日の二次救急医療機能を有し、三次救急 医療機関に過度に依存しないよう診療機能の充実強化が図られている。ま た、がん治療や脳卒中に関する県内の中核的な病院に位置づけられ、糖尿 病の医療連携体制も採られている。地域医療支援病院や医師臨床研修病 院などにも指定されている(47)。当初の基本構想では、旧医師会病院付近に あった急患センターを施設内に移転する計画だったが、関係者の認識に齟 齬があり、一次・二次救急医療の連携強化など代替案を協議している。 (2)とちぎメディカルセンターとちのき  旧とちの木病院を増改築した「TMCとちのき」は、病床数が250床(一 般病床42床、回復期リハビリ36床、地域包括ケア36床、緩和ケア14床、 療養病床122床)、診療科目は内科・外科・腎臓内科など全12科である。 同病院は、療養病棟・緩和ケア病棟を増築、回復期リハビリテーション 病棟・地域包括ケア病棟を開棟するなど多機能の病棟を設け、透析セン ターを設置するなど維持透析機能の充実が図られている(48)。当初はスタッ フ不足から病棟体制が整わなかったものの、スタッフの確保に合わせて、 2016年5月に回復期リハビリテーション病棟を開棟、2017年10月には緩 和ケア病棟を開棟した。なお、療養病棟は3病棟のうち1病棟は未開棟 だったが、2019年4月より全病棟が開棟している。 (47) とちぎメディカルセンター資料「とちぎメディカルセンターしもつが」 (48) 同上「とちぎメディカルセンターとちのき」

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(3)総合保健医療支援センター  旧医師会病院の敷地に設置された「総合保健医療支援センター」は、介 護老人保健施設、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、総合健診 センターの4部門からなる。同センターでは、入所介護・通所介護、訪問 看護・訪問リハビリテーション、ケアプラン作成など各種サービスを提供 し、事業所巡回健診・学校健診など総合的な健康診断を行っている(49)。介 護老人保健施設「とちぎの郷」は、旧とちの木病院に併設されていた機能 を旧医師会病院の敷地内に移転したもので、規模も50床から100床に増床 した。スタッフ不足のため当初は50床で運用されていたものの、2017年 度からは100床で運用されている。 2.統合再編後の運営課題 (1)病院の組織的統合  とちぎメディカルセンターでは、統合再編にあたり5つの課題をあげて いる(50)。統合再編の第1の課題は、経営規模や設立経緯、組織文化の異な る病院をいかに組織的に統合するかであった。とちぎメディカルセンター は、設立当初、旧3病院の代表者が代表理事を務める「共同代表体制」を 採っていたが、栃木県議会では、責任の所在が不明確との批判があり、整 備助成費の予算を認めるにあたり、付帯意見として適正な運営体制を確保 するため県に関与を求めた(51)。そこで元副知事らを非常勤理事に登用、経 営責任の明確化を図るため、2015年4月には共同代表体制を「理事長制」 に改め、元副知事が理事長に就任した。初代理事長は、職員の一体感を醸 成するため、評議員会や理事会のほかに、経営管理会議や施設運営会議な どを設置し、組織管理体制の強化を図った。なお、2018年6月からは、 (49) 同上「とちぎメディカルセンター総合保健医療支援センター」 (50) 麻生利正(とちぎメディカルセンター理事長)「業態の異なる3病院の統合・再編」 2016年10月26日 (51) 平成25年度栃木県議会生活保健福祉委員会会議録2014年3月20日

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新理事長に元獨協医科大学副学長、新副理事長に元自治医科大学副病院長 が就任し、現場力の強化を図る経営体制がスタートしている。 (2)医師等の適正配置と人材確保  第2の課題は、病院の機能再編に合わせて診療体制を見直し、医師等を 適正に再配置することであった。人事異動によって、TMCしもつがには 手術機能強化のため外科医を増員、TMCとちのきにはリハビリ機能強化 のためセラピストを増員した。診療機能や病棟機能の変更に伴い内科医等 や看護師の異動も行われた。また、獨協医科大学の副学長を理事に招聘 し、自治医科大学と地域臨床教育センターの設置で合意書に調印するな ど、地元医科大学との関係を強化し、医師を継続的に確保する基盤を構築 した。 (3)経営の安定化と効率化  第3の課題は、収支の見通しを立て経費を削減して経営を安定させるこ とである。とちぎメディカルセンターは、本格稼働に際し、医療機器更新 の見積り不足や建設資材の高騰などから総事業費が大幅に膨らみ、金融機 関から新規に資金を借り入れる事態となった。関係者からは見通しの甘さ も指摘されている。とちぎメディカルセンターは、基本構想に基づき一般 財団法人として設立されたが、「公益財団法人」への転換を目標として中 期的な経営計画「TMC戦略プラン」を新たに策定した。また、医薬品や 医療材料を一元的に購入し価格交渉力の強化により経費削減に努めてい る。 (4)連携体制の構築  第4の課題は、法人内部の連携を円滑化し、外部機関との連携を強化す ることである。法人内部では、特定分野に特化した15の「院内センター」

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を設置、診療の中核機能を担うセンター(脳卒中支援・内視鏡・透析・リ ハビリテーション・救急・緩和ケア)と、診療機能を支援するセンター(地 域連携・画像診断・薬剤管理・栄養管理・診療情報・総合健診・総合研 修・臨床検査・在宅支援)に大別し、事業所間で組織横断的な連携を発揮 するとしている。また、外部機関とは、医師会や大学病院、市長と定期的 に懇談会を開催するなど、医療機関や行政機関と密接な連携を図っている。 (5)市民の理解  そして第5の課題は、地域住民からの信頼を得ることである。とちぎメ ディカルセンターでは、住民向けに病院見学会やミニ講座、公開シンポジ ウムを開催するほか、法人機関誌「TMC通信」を発行し、地域イベント 「TMCまつり」を開催している。本格稼働前には新病院の役割を理解して もらうために公開シンポジウムを開催し、市民ら約900人が参加した。ま た、市民との交流を深めるイベントを継続的に開催し、栄養相談やAED 体験など多彩な催しを実施している。市民の健康意識を高めようと毎月開 催される無料の市民講座は、毎回ほぼ満員となるなど好評を博している。 3.統合再編後の運営状況 3-1.利用者数の推移 (1)入院患者数・入所者数  とちぎメディカルセンターの事業報告書などをもとに運営状況をみる と(52)、まず入院患者に関しては、TMCしもつが、TMCとちのきが開院し た2016年度以降、順調に患者数が増加している。1日当たり入院患者数 をみると、下都賀総合病院では最終年度にあたる2015年度は190.6人だっ たが、TMCしもつがでは直近の2018年度には258.6人にまで増えた。同様 に、とちの木病院では2015年度99.8人だったが、TMCとちのきでは2018 (52) 一般財団法人とちぎメディカルセンター「事業報告書」各年度を参照。

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年度には183.3人へと増えている。また、介護老人保健施設の1日当たり 入所者数をみても、とちの実では2015年度22.2人だったが、とちぎの郷で は2018年度には64.9人へと大幅に増えている。TMCしもつが、TMCとち のき両病院の入院患者数は、廃院した医師会病院を含む旧3病院の入院患 者数を上回っている(図2)。 図2 1日当たり入院・入所者数 (出所)とちぎメディカルセンター資料より筆者作成 (2)外来患者数・通所者数  とちぎメディカルセンターの外来患者に関しては、TMCとちのきから TMCしもつがへ集約されている。1日当たり外来患者数をみると、2015 年度から2018年度にかけて下都賀総合病院では583.9人から675.9人に増え たが、一方で、とちのき病院では376.5人から244.7人に減った。法人の統 合前は下都賀総合病院よりとちの木病院の外来患者数のほうが多かった が、統合後は機能集約の効果もあり、TMCしもつがの外来患者数がTMC とちのきの2倍を上回っている。介護老人保健施設の1日当たり通所者数

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は、とちの実では2015年度3.9人だったが、とちぎの郷では2018年度には 14.7人へと大幅に増えている(図3)。医療機能の分化・連携については、 所期の目的を達成していると考えてよい。 図3 1日当たり通院・通所者数 (出所)とちぎメディカルセンター資料より筆者作成 3-2.経常収支の推移 (1)事業所別の経常収支  下都賀総合病院の経常収益は法人統合直前の2012年度には約48.3億円 だったが、患者数の増加に伴い、TMCしもつが開院後の2016年度には経 常収益が約60.5億円に拡大、当初は経常費用を下回り約9億円の経常赤字 を計上したものの、直近の2018年度には経常収益が約78.1億円までさらに 拡大し、約3.6億円の経常黒字に転じている。  とちの木病院の経常収益は2012年度には約29.0億円だったが、患者数の 減少に伴い、TMCとちのき開院初年度の2016年度には経常収益が24.6億 円に落ち込み約2.8億円の経常赤字となったものの、直近の2018年度には

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経常収益が約30.7億円まで回復し、約2.2億円の経常黒字に転じている。  介護老人保健施設とちの実の経常収益は2012年度には約1.7億円だった が、とちぎの郷開設初年度の2016年度には経常収益が約2.7億円に拡大、 当初は経常費用を下回り経常赤字が約1.8億円に膨らんだものの、直近の 2018年度には経常収益が約4.5億円まで拡大し、経常赤字は約0.4億円に圧 縮された(図4)。 図4 TMCの事業所別経常収益・費用(億円) (注)中央より上方目盛は経常収益、下方目盛は経常費用、折れ線は経常利益 (出所)とちぎメディカルセンター資料より筆者作成 (2)法人全体の経常収支  各事業所に法人本部を含めたとちぎメディカルセンター全体の経常利益 は、法人設立初年度の2013年度には、入院患者の減少に伴う収入の減少 から経常収益が約86.2億円にとどまる一方、統合再編に伴う経費の増加か ら経常費用が約90.8億円となり、約4.6億円の経常赤字となった。翌2014 年度には非課税法人からの転換に伴う租税負担の発生から経常赤字は約 6.5億円に拡大した。その後も、経常収益は増加するものの経常赤字は続

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き、2017年度までは実績が計画を下回っていたが、2018年度には実績が 計画を上回るようになり、初の黒字化を果たしている(53)。病院運営は軌道 に乗ったものと理解してよいだろう。 4.病院運営をめぐる金融問題と政策執行過程  栃木市における地域医療の中核を担うとちぎメディカルセンターは、当 初の基本構想では「地域完結型医療提供体制の構築」を目指すとしていた が、開院初年度の事業実績が計画を下回る中で法人機能の方向性を模索す るようになり(54)、中期経営計画では「地域包括ケアシステムの中核」を担 うとしながらも、「収益の健全経営」を目指すと軌道修正している。なぜ アジェンダは修正されたのか。ここでは病院運営の財源確保に着目して、 政策執行過程を分析する。 4-1.資金不足と追加融資 (1)事業費の増嵩  新小山市民病院の事業費と同様、3病院の統合再編にかかる事業費も大 幅に増加した。事業費は当初、新病院の新築や増改築、医療機器の更新に 約115億円を見込んでいた。2016年4月のTMCしもつがなどの開院に先立 ち事業費を精査したところ、医療機器更新の見積不足や建設資材の高騰 などから約160億円に膨らみ、経費節減などで約153億円に圧縮したもの の、当初予定より約38億円増えることになった。病院の整備には、国の 交付金35億円のほか、栃木県の補助金19億円、栃木市の補助金33億円な どを財源としていたが、これ以上の財政支援を確保することは難しく、財 源の不足分は金融機関からの新規借入れや医療機器のリース化などで賄う ことになった。 (53) 同上「TMC経営改善概要」2019年6月 (54) 同上「今後の法人機能の方向性」2017年5月11日

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(2)銀行からの借入れ  とちぎメディカルセンターの資金計画によると、建設・設備にかかる総 事業費153億円の内訳は、建築工事費が113億円、医療機器費・システム 費など設備費が40億円である。その財源としては、建設補助金として国と 県・市から計87億円が交付されるほか、県からの無利子融資で15億円、 銀行からの借入れで33億円を調達し、リース13億円、機器貸借4億円、 残り1億円は県の設備補助金と自己資金である。また、この建設・設備 資金とは別に、運転資金として13億円を計上し、市からの無利子融資で 5億円、銀行からの借入れで8億円を調達している。民間事業者の場合、 資金計画上特に重要となるのが、金融機関からの借入れである。 (3)中期経営計画の策定  金融機関から融資を受けるには、説得力のある確実な償還計画が必須条 件である。そこで、とちぎメディカルセンターは、金融機関との協議にあ たり中期経営計画を策定することとし、2016年3月、「TMC戦略プラン」 をまとめた。同計画では、金融機関の強い要請を受け、医療コンサルタン トによる堅実な収支予測が行われ、機能分化による病床稼働率の上昇、在 院日数の短縮化と入院単価の増加、待ち時間の短縮化など外来利用の円滑 化、健診事業の集約から、全国統計データを指標とした材料費の節減、医 科大学・看護学校との緊密な連携に基づく人材の確保、新調理システムに よる給食業務の効率化に至るまで、微細にわたる経営改善策が示されてい る(55) (4)資金の逼迫と返済の猶予  それでも金融機関の融資姿勢は厳しく、償還のための据置き期間は1年 とされた。2017年度からは年間7億円の返済が始まり、特に退職金や施 (55) 一般財団法人とちぎメディカルセンター「TMC戦略プラン」2016年3月25日

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設・設備費のために借り入れた複数行によるシンジケートローンの返済が 重荷となった。運転資金に充てるはずだった旧病院跡地の売却益に関して も、金融機関からは、旧施設・跡地に設定されていた抵当権を解除する条 件として、ローンの返済に充てるよう要求される。  そもそも、法人が設立されたのは2013年だが、新病院が開院したのは 2016年度からであり、新体制が軌道に乗るまでには早くとも数年がかか る。とちぎメディカルセンターは、本格稼働の前に借金返済を強いられる という厳しい経営状況に置かれてしまう。結局、2017年9月、金融機関 との交渉の結果、上記売却益のローン充当を受け入れる代わりに、ローン 返済の猶予・減額を認めさせた(56)。とちぎメディカルセンター関係各位に よる経営努力の結果、2018年度には経常黒字化を果たしたものの、こう した民間事業者の起業当初の苦しい資金繰りは、一般市民や行政関係者に はなかなか理解されないようである。 4-2.経営健全化策の浮上と形成 (1)執事としての金融機関  3病院の統合再編には十分な準備期間があったわけではない。経営統合 の際、必ずしも厳格な手続きで資産評価(デュー・デリジェンス)が行わ れていないため、資産評価が本当に適正か確実ではない。また、法人設立 当初は、既存法人から不動産の現物出資を受ける一方、職員の退職金を支 払うなど、経常外に多額の収益・費用が発生し、収支は安定しなかった。 医療機器の更新費など不測の追加費用が発生し、収支の全体像すら十分に 把握できない。共同代表体制のもと経営が一元化されず責任の所在も曖昧 であった。  いつ瓦解してもおかしくない経営を何とか軌道に乗せられたのは、執行 (56) 麻生利正(とちぎメディカルセンター理事長)「とちぎメディカルセンターの現況 と方向」2017年11月6日

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部の努力もさることながら、金融機関の協調融資団(シンジケート)の 後押しも小さくない。主幹事行は、本案件を「企業の社会的責任」(CSR) を果たすモデル事業と位置づけ、厳しい融資姿勢を示しながらも、グルー プ全体でスチュワードシップを発揮している。実際、同行のシンクタンク は、法人設立時、施設設計業者の選定にあたり公開プロポーザル方式を提 案して事業の透明性を確保、また、職員全員を法人所属とし施設間の異動 を可能とする組織・人事制度を提案して組織の柔軟性を確保するなど、さ まざまな経営支援を行っている(57) (2)里程標としての中期経営計画  とちぎメディカルセンターは当初、単年度の事業計画しか策定していな かった。関係者によれば、新たに策定された中期経営計画「TMC戦略プ ラン」は、もともと金融機関から融資を受けるために作成されたもので あったが、金融機関との折衝の過程で、単なる償還計画から、経営戦略を 示す骨太な計画へ変わったという(58)。おそらく金融機関は、融資審査にあ たり返済能力だけでなく将来性も重視したのだろう。経営主体の異なる医 療機関の統合再編という異例の事業者に求められたのは、目先の事業収支 を改善するよりも、将来に向けた経営基盤を確立することであった。コー ポレート・ガバナンスを強化するためには、中期的な目標を掲げ、目標達 成に向け具体的な行動計画を示した中期経営計画が必要とされたのであ る。医療機関の再編統合は、法人を設立すれば全てが終わるわけではな い。その後の運営が事業の成否を大きく左右する。計画をとりまとめた法 人役員は、ステークホルダーに経営姿勢を表明し、進捗状況を報告するこ とは極めて重要であると述懐している。 (57) みずほフィナンシャルグループ『CSRレポート2013ハイライト』30-32頁 (58) 小暮義雄(とちぎメディカルセンター専務理事)「TMCの新体制発足から1年を 経て」

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むすびに:政策分析から政策過程分析へ (1)政策分析への傾斜  地域医療構想に関するこれまでの国の取組みを見ると、医療機能に関す るデータ分析にやや傾斜しているようにも思われる。だが、科学的根拠を 提示するだけで現実の政策問題に対応することはできない。自動化を選好 するあまり、政治の実態を直視せず、データ分析に偏重し、挫折したかつ ての「政策科学」の姿を想起せざるを得ない(59)  初期の政策科学は、科学的分析に基づき政策決定を自動化し、「政治」 を排除することを目指した。そうした志向を体現したのが、米国の連邦政 府に導入された、システム分析に基づく予算編成(PPBS)である。だが、 このPPBSは、予算編成の政治過程にあまりに無頓着だったため失敗に終 わる。政策分析を偏重した挫折経験から、政策過程の知識を重視するの が、今日の公共政策学である。こうした観点から、本稿では、地域医療構 想の実現をめぐる政策過程、とくに「政治」と「カネ」に光を当てた。 (2)地域医療をめぐる政治とビジネス  医療には公益性がある以上、政府の介入を避けられない。それと同時 に、医療もビジネスである以上、事業の採算性が問われる。とちぎメディ カルセンターの病院整備をめぐる財政問題からは、交付金の獲得に翻弄さ れる自治体の姿が、また、病院運営をめぐる金融問題からは、収支の改善 に躍起となる事業者の姿が、それぞれ映し出される。実際の再編統合で は、医療関係者だけでなく、自治体の首長や金融機関なども、政策の形成 や執行を左右する重要な政策アクターとなっている。政策を実現しように も、医療当事者の自主的取組みや協議だけでは限界がある。時には政治的 リーダーシップや市場原理も必要とされる。政治やビジネスの影響を排除 しようとしても、根本的な問題解決にはなるまい。 (59) 政策科学の分析中心的アプローチに関しては、宮川(2002)などを参照。

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(3)政策過程の理念型  政策決定の教科書的なモデルは、「問題」となる状況に対し、目標と現 状を比較しながら、目標達成のために複数の「政策案」を立案し、「政治」 において最適な政策案を「合理的」に選択すると説明する。これを国の地 域医療施策に当てはめれば、まず医療機関の機能重複や連携不足といった 問題があり、良質かつ適切な医療を効率的に提供していくために、地域医 療構想で設定された将来の必要量と病床機能報告に基づく現在の医療提供 体制を比較し、地域医療構想調整会議で需要と供給の乖離を解消する具体 的対応方針を決定するといった手順を踏むことになる。 (4)実際の政策過程  だが、実際の政策過程は、必ずしも「問題ありき」ではなく、段階的・ 直線的に進むものでもない。とちぎメディカルセンターの事例が示すよう に、そもそも「問題」は、医療需要などの社会指標より、むしろ施設の老 朽化や診療の休止、経営破綻といった身近な重大事件をきっかけに注目が 集まりやすい。「政策案」は、緊急経済対策の補正予算などしばしば問題 とは異なる流れからも生じる。「政治」は、選挙や政権交代によって大き く変わる。キングダンによれば、これら問題・政策案・政治の異なる3つ の流れが偶然に合流することで、「政策の窓」が開くのである(60)。「政策案 ありき」となれば、補助金等の投入・活用のあり方も政策決定を左右する 重要な要因となる。補助要件が病院の再編統合をアジェンダに押し上げる 誘因となることもあれば、政府の予算編成の迷走が病院の資金計画を狂わ せる元凶となることもある。  また、政策決定は、医療需給の最適化といった「合理性」だけを追求す るわけではない。地域間で交付金を同額配分するなど関係者間の「利益」 を調整した結果、最適な政策案を選択できないこともある。公立病院と民 (60) 政策の窓モデルに関しては、キングダン(2017)を参照。

参照

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