Ⅰ はじめに
2002 年にアメリカにある Minnesota New Country School を視察し、そこで行われている PBL(Project Based Learning)を目撃したのをきっかけに、毎年海外の教育視察を行ってき た。視察校はのべ 150 校を超え、さまざまな教育方法や教育理論に触れ、日本の教育への 示唆を得てきた。今回(2018 年 11 月 4 日∼ 11 日)は、社会構成主義1)をとる北欧(スウェー デン・フィンランド)の教育視察を行った。その中から印象に残る学校について紹介する。 Ⅱ 視察報告 (1) Saltsjöbadens Samskola(スウェーデン) この学校は、ストックホルム郊外の Nacka 市にあり、プレスクールから中学校 3 年生ま でが在籍する幼小中一貫の公立校である。1895 年創立の古い歴史をもち、優秀な生徒を多 く送り出している学校である。経済的に恵まれた家庭の子どもが多く、親も教育熱心であ る。現在は、移民の子どもたちなども受け入れているということである。 この学校を視察して、最も驚いたのは三者面談である。通常日本では、教師主導で行わ れるが、この学校では生徒自身が三者面談を進めていた。この面談のために、生徒は何週 間も前から資料を準備する。これまでの学習や生活を振り返り、成果と課題をプレゼンテ ーションソフトにまとめ、担任と保護者の前でプレゼンテーションする。 スウェーデンでは、メンター制度をおくことが学校教育法で定められており、クラス担 任とは別に生徒一人ひとりにメンターがつ く。ケイト(仮名)のメンターは社会科担当 の教師で、学力面だけではなく、生徒同士の 人間関係や学校生活、社会性の発達等を見守 り、必要に応じて相談に乗っている。この学 校では、学期に 1 回三者面談を行い、7 年生 からは生徒自身が三者面談を主導する。これ は学習指導要領に「生徒は自身の学校での活 動と学習に影響力をもって参加すべきであ る」とあり、その実現のために行っていると 総 合 地 域 研 究 第 9 号 2 0 1 9 年 3 月 91 [地域動向]
市 川 洋 子
敬愛大学国際学部教授社会構成主義をとる
スウェーデン・フィンランドの教育
左からメンター、ケイト、ケイトの母親 (個人情報保護のため、写真を加工している)いう2)。 三者面談というと、教師が学期間の成果や来学期頑張るよう生徒と保護者に伝えること に終始するのが一般的である。生徒自身が成果や課題を発表することにどのような意義が あるのだろうか。それは、学習や学校生活を振り返ることによって、自己の成長を自覚す ることができ、それが自己効力感や自己有能観につながり、学習や学校生活への関与を高 められるからである。また、reflective thinking(内省的思考力)を育成することができるか らである。内省的思考力は、21 世紀の社会をよりよく生きていくために必要な能力(キ ー・コンピテンシー)の基盤をなすものとして捉えられている。 具体的な面談の様子は、以下の通りである3)。 最初は新しいクラスのことを自分の視点とクラスの視点の双方を交えて話していた。 新しいクラスは当初は不安であったが、今は友達もできてとても良いクラスである。 ただし、グループワークの時に男子がまじめに参加しない。グループワークのリー ダーをやったとき、とても不公平感を感じた。特にフィリップがやらない。隣で一 緒にやったらできるかも、といった毅然として話すケイトの中学生らしい一面にふ と場が和んだ。 (略) メンターは「これから先あなたはリーダーになったり、ミドルリーダーになったり すると思うけど、いつでもそういう問題は起こるし、そのようなときにどうすれば いいかを考えるいい機会になりましたね」さらに「ゴールは一人ひとり違うので、 自分が思っているゴールとグループのメンバーが思っているゴールが違うかもしれ ないので、そのときにどうすればいいかということをメンバーですりあわせたりす ることが出てくると思うので、これからも経験を重ねていきましょうね」とコメン トした。 ケイトのメンターは、ケイトが取るべき行動の仕方を指導するのではなく、ケイトが直 面した問題にどのような意味があるのか、そこからどのようなことを学ぶことができるか を述べていた。それは、まさにカウンセリングにおける受容的態度であり、生徒がやって みようとする行動の方向づけにもなっている。 面談後、ケイトと母親にインタビューをすることができた4)。 ケイトは「先生を独り占めできることが嬉しいし、困ったときに相談できることは とってもいい。自分の目標を先生が理解してくれて、かつ到達のための助言をくれ るのがいい」と述べていた。保護者であるケイトの母親は、「自分の学生時代にはこ のような機会はなく、子どもが自分で自分を振り返って、どういう目標を立てて、 どう進捗しているのかを考えるのはとても良い機会である。これは社会に出てから も大切なことだと思う。ケイトが目標に到達できるようにサポートしたい」と述べ ていた。担当教諭は「生徒を支えるチームが形成でき、保護者も教師も生徒の目標 のために同じ方向に向かっている。ケイトにはケイトの目標があるけど、先生と保 護者にはケイトを適切に支援して、ケイトに目標を達成させるという目標がある。 だから同じレベルで話し合いができる」と述べていた。 総 合 地 域 研 究 92
青年期にある若者は、親から自立し、アイデンティティを形成するために、反抗期を迎 えることが多い。Furrer & Skinner(2003)5)は、重要な社会的パートナー(教師、親、仲間) との関係性が、努力、粘り強さ、参加といったエネルギッシュな行動や興味や熱意といっ た肯定的な感情を促し、特に教師との関係性への支援が最も強い影響力をもつことを明ら かにしている。つまり、自分を理解してくれる教師が学校にいることで学校への帰属意識 を高め、青年期の適応を促進することができる。ケイトにとって、メンターはよき理解者 なのである。
(2) Espoo International Joint Comprehensive School(フィンランド) この学校の創立は 1992 年で、小中一貫の公 立校である。現在の建物は 2014 年に建てられ たもので、もともとはノキア社員の子女のた めにつくられた学校だったという。他の公立 小学校と建物を共有し、図書館は学校所有で はなく地域住民も使うことのできる公共施設 である。ミドルスクール(7 ∼ 9 年生)は国際 バカロレアプログラムに対応しており、生徒 の学力水準は高い。また保護者の仕事の関係 でアメリカなどの外国での生活を経験してい る生徒も多く、卒業後もイギリスなど外国の大学への進学を目指す生徒も多いので、入学 希望者は多いということだ。 この学校の校長先生へのインタビューの中で、「フィンランドの教師が尊敬されるのは、 修士を修了していること、薬学部レベルの学力の高さ、教師の裁量に任されている部分が 多いから」という説明があった。私たちの質問に答えてくださる校長先生の横顔を見つめ ながら、日本の教師や、教師を目指す学生の姿が頭をよぎり、羨望と焦燥感が入り交じっ た複雑な思いを抱かずにはいられなかった。 校長は社会構成主義に立つフィンランドの教育理念を理解し、現代の社会状況と教育課 題を把握した上で、よいと思ったことをどんどん取り入れていく実行力があり、教師に寄 せる信頼が非常に高い。そして、教師一人ひとりに多くの裁量が与えられ、教育理念の実 現化を図ることができる環境がある。 日本の教師には、これほどの裁量が与えられていない。なぜなら、全国同じ水準の教育 を行っていくよう規定されているからだ。2003 年の PISA において、多くの国がいわゆる PISA ショックに陥ったにもかかわらず、日本は V 字回復し、日本の教育の優秀さが再認識 される形となった。シュライヒャー OECD 教育・スキル局長は新聞で「『ゆとり教育は失 敗だった』と聞かされました。(略)しかし、PISA の結果を分析すると、正解が複数ある 問題に対応する力が最も伸びていたのは日本でした。しかしながら、(略)PISA の最も興 味深い結果は、教える量と、教育の結果の質の間に相関関係がないことです。フィンラン ドは日本の授業時間の約半分ですが、教育の成果は、ほぼ似ています。大切なのは教育課 程の深さです」(『朝日新聞』2018 年 3 月 26 日朝刊)と述べている。 2019 年に学習指導要領が改訂され、内容と時間が増えた新しい教育課程が始まる。学習 指導要領を読み込んでいくと、子どもが学ぶということを前面に押し出していることがわ 地 域 動 向 社 会 構 成 主 義 を と る ス ウ ェ ー デ ン ・ フ ィ ン ラ ン ド の 教 育 93 校長先生へのインタビューの一場面
総 合 地 域 研 究 94 かる。しかし、教育内容は依然としてあれもこれもの網羅主義から抜け出ていない。固定 した時間枠の中に、これ以上詰め込むことが無理なことは明白であり、学びの構造そのも のを変えていく必要がある。シュライヒャー氏は、「教える内容を増やすことは誰でもでき ますが、難しいのは厳選する」教育課程の深さが必要だと述べている。同感である。教え る内容を厳選するのに加えて、子どもが主体的に深く学んでいくことができるカリキュラ ム構造と学びの環境こそが、これからは重要だと考える。 2019 年の学習指導要領改訂によって、日本の教育改革は一歩前進することは間違いない だろう。基礎基本の定着を図りながら主体的、対話的で深い学びを実践するために、教師 に求められるのはカリキュラムマネージメントである。2017 年 12 月に、学校における働き 方改革に関する緊急対策が出されるほどの長時間勤務を強いられ、疲弊する日本の教師に、 どれだけの余力が残されているのだろうか。教育のコストパフォーマンスからいえば、日 本の教師は世界一である。その優秀さに頼っていたのでは、いつまでたっても教育課程の 深さは生み出されない。
(3) Boo Gårds skola & förskola(スウェーデン)
この学校も、Nacka 市にある公立校で、1982 年に設立された。プレスクールから小学校 6 年生までが在籍している。富裕層が多く住む地域で、子どもの親の教育レベルは高い。 この学校には、移民の子どもたちは在籍していない。 この学校を視察して特に印象に残っているのは、課外活動である。余程の悪天候でない かぎり、子どもたちは外で遊ぶことが奨励されている。そのため、校内施設は週末を除い て、朝 7 時から午後 5 時半まで開放されている。屋外での様々な課外活動を通して子ども の心身の発達や学びを促すために、子どもたちをサポートする体制が整っている。教師、 学校医、看護師、カウンセラー、社会福祉士などによる「生徒健康チーム」が設置されて おり、子どもたちの心や体の健康における支援に関する話し合いを定期的に開催している。 そして、子どもたちの屋外活動に専任の指導員が配置されている。 午前 9 時 30 分になると、子供達の遊び時間が始まる。この時間にはたっぷり 30 分間 がとられていて、子供達は全員が「外に出なければならない」。子供達は、各自が、 自分が何をするかを選ぶ。何をするかが決められているのではなく、自分でやりた いことを探すことが大切である。縄跳び、卓球、竹馬、歩行用ボード、バスケット、 クリケットといった運動系のものばかりでなく、大きな五目並べのゲームを楽しん でもよい。もちろんここでは勝ち負けが重要なのではなく、楽しむことが重要であ る6)。 この指導員は教師ではなく職員である。教師の資格は必要なく、大学でケアワーカーの 資格を取るための勉強をしたり、レクリエーションなどの科目を学んだり、中には工学部 出身の人もいる。指導員は、休み時間だけでなく、教室ではメンターとしての役割を担い、 放課後は日本でいう学童保育の指導員も兼ねている。 日本の教師は、休み時間に子どもと一緒に遊ぶ。給食も一緒に食べる。それが子どもの 理解を深めることにつながる有効な教育活動の一部だと捉えているからである。学習指導 と生徒指導が教育活動の両輪をなすものという考え方が根底にあり、子どもたちと一緒に よく遊ぶ教師ほどいい教師という認識が一般的である。それは部活動にも当てはまり、教
育課程外の活動でありながら、子どもたちの健全な成長のために休日も返上して取り組ん でいる。この考えを否定するつもりはないが、そのために授業準備がおろそかになってし まったり、教師の心身の健康を損ねてしまったりするのであれば本末転倒である。また、 学童保育施設不足や指導員不足が社会問題となりつつある現在、学童保育は小学校 2 年生 までしかいられないので、その先が不安であるという保護者も多い。 この学校の指導員システムを取り入れることができれば、これらの問題が一挙に解決す るのではないだろうか。ただし、予算措置があってのことなので、OECD 加盟国の中で教 育予算の占める割合が最も低い日本で実現するのは難しい。 Ⅲ 終わりに 今回の視察を通して、日本の教育について多くの示唆を得ることができた。AI やロボッ トの技術発展によって、第 3 の大量失業者が出る時代を迎える。これまでの知識や技能を 伝えることに主眼を置いた教育では、これからの社会をよりよく生きていくための資質・ 能力を育成することは難しい。筆者はかつて小学校教師であった。授業を行いながら、か つて自分が受けた授業や教師の仕草を再現していることに気づくことがままあった。これ まで受けてきた教育を再現するだけでは、子どもが主体的に深く学んでいくことができる カリキュラムと学びの環境を提供することはできない。 筆者が日々接する学生の多くが、将来教師を目指している。授業の中で学生が行う模擬 授業や、教育実習で目にする授業も、やはり彼らが受けてきた授業の再現である。そこに、 新規性や創造性はあまり感じられない。どうすれば彼らの認識を変えることができるのか。 これも大学授業の質的転換の先に答えが見つかるのだろう。 (注) 1) 教育を考えるとき、客観主義と構成主義の 2 つのパラダイムが存在する。客観主義では、学習者は知識のない 受け身の存在であるとみなし、客観的に存在する知識を教師が伝えるという教育理論である。構成主義では、学 習者は環境に働きかけ、既存の知識を駆使して新しい知識を主体的に構築していく存在とみなす教育理論である。 特に、社会構成主義は学習者と環境の対話に重点を置いた教育理論である。詳しくは、久保田賢一(2000)『構 成主義パラダイムと学習環境デザイン』関西大学出版部参照。 2)「北欧教育視察 2018 ――報告書」PBL ブックレット 19 号、特定非営利活動法人日本 PBL 研究所編、pp. 32–35. 3) 同上誌、pp. 33–34. 4) 同上誌、pp. 34–35.
5) Furrer & Skinner(2003). Sense of Relatedness as a Factor in Children’s Academic Engagement and Performance.
地 域 動 向 社 会 構 成 主 義 を と る ス ウ ェ ー デ ン ・ フ ィ ン ラ ン ド の 教 育 95 黄色いジャケットを着用している指導員 小雨が降る中、元気に走り回る子どもたち
Journal of Educational Psychology. Vol. 95. No. 1. pp. 148–162. 6)「北欧教育視察 2018 ―報告書」前掲誌、pp. 23–24. 総 合 地 域 研 究 96 いちかわ・ようこ Yoko Ichikawa