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理論経済学の方法についての一つの覺書

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Academic year: 2021

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理論経済学の方法についての↓つの豊書

r 白

一  経済生﹁活は時代によって異なるし、同じ時代でも国によって相違がある。したがって。これを研究する経済学は、F・        マ ぬ ゐ          エンゲルスのいっているように、その本質上、一つの歴史的科学である。しかし、ここにいう歴史的科学は、いうまでも なく、新カント学派の学問分類とは無関係である。新カント学派の揚合においては、歴史的科学は、血日野化的方法による 自然科学に対して、個別化的方法により一一般性ないし法則性ではなくて一1もっぽら個性的・一回的なものを問題と するものであり、たとえ普遍化的方法による概念構成をおこなうことがあるにしたところで、その一般性は結局のところ         補助的な意味をもつにすぎない。これでは一般性ないし法則性を目標とする理論が自律性をもつ余地はないが、我汝の考 える歴史的科学はそういう意味あいのものではない。   ①エンゲルス﹃反デユーリング論﹄、選集版二八○頁   ② 葭・国勢電ダ国三さ目琶塁。甥魯pま昌鐸q裳碧霞乱。・。・①目見年﹃一coOc。㎞臣。曾gNΦ口幽㊤冨賢妻、一器Φ塁魯黙暮§窪じdΦσq目罵卵甑峯茸09植一〇一⊂Ω.        ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ  たしかに、経済生活上の諸現象は多種多様にして、︼回かぎりである。しかし、それにもかかわらず、そこには若干の      理論経済学の方法についての一つの覚書      一 ’

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     理論経済掌の方法についての一つの覚書      ご 共通性が認められ、 一般的な側面が厳存してる。したがって、この側面を基盤とすれば、経済生活についても一般化ない し法則化を目標とする理論的科学の成立しうる可能性がある。そして、このような理論経済学を前提することによって初 めて、個別化的科学としての経済学︵すなわち経済無学︶の成立が可能性をもつてくるのである。けだし、方法論上は新        カント学派の文化哲学に依拠するM・ウェーバーも認めているごとく、個別性の認識はかえって﹁型﹂の一般性によって 媒介されることによってのみ可能なものであるからである。   ③寓雷名。び睾巨。.6ど多島馨暮.”。。。賦鉱乱誤Φ皇霊跳葭。﹃着目巳巴N陣pぢ。§ぎゴ強国鼻㊦導ぎジレ器翫ぐh謡門警区巴乱撃①霧。冨弊自昌幽    oQo臥舘℃o=凱F切画●一P 一〇〇心. Ω窃9巨目①洋①卜目溢警臣N臼.糞詰。。㊦口。。魯隆訂︸①げ弓ρ       ヘ  へ  もっとも、ウェーバーの場合、﹁型﹂は単に﹁理想型﹂︵鵠。嗣ぐ篭ω︶として歴史的な個別性認識の手段にとどまるものと       へ  も  ヘ     ヘ  ヘ  へ されていた。しかし﹁型﹂は現実的・理想的なものとして、歴更的現実のうちに内在し、それに実現されるもとして発見 されるのでなければならな%そうしたものとして﹁型﹂は・物質的自然の因果的法則に近い一般性と必然性をもつ・そ       ⑤ して、このような﹁型﹂それ自体を経済生活の領域において探究することが、理論経済学の課題にぽかならない。

  ④拙著﹃国民経済学研究﹄︵昭和十四年︶二六九頁以下       .

  ⑤マルクスの﹃資本論﹄が究極の目的とした﹁近代的理会の経済的驚動法則﹂も一つの﹁型﹂にほかならなかった。岡書第一巻の    第一.版への序言は、次のごとく語っている。 ﹁物理学者は自然の諸過程を、それらが最も含蓄ある形態で旦つ蝿乱的な諸影響によ    り殆んどかき乱されないで現われるところで魏察するか、さもなければ、可能な場合には、過程の純粋な経過を保証するような諸       し   し   カ   も   セ   し   も        し   し        も   し   し   し   も    条件の下で実験する。私が本書で研究しなければならないのは、資本制生産檬式およびこれに照応する生産ならびに交易諸関係で    ある。それらのおこなわれている古典的な場所は、今までのところイギリスである。イギリスか、私の理論的展開の主要な例談と    してやくだつ所以てある。﹂そのさい、﹁資本制生産の自然法則から生ずる鮭会的−な敵対関係の発展度の高低は、本来の問題ではない。

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     し  し  も  も  も  し  し  セ  も  セ       し  レ 問題なのは、これらの法則そのものであり、頑強な必然性をもって作用し駿才を貫徹してゆくこれらの船町てある。産業的に︷屡 発展した国は、発展のおくれた国に対し、ほかならぬそれ自身の將来の姿を示すのである。﹂ ︵長谷部、丈雄課、青木文庫版、ω、七 〇−=貝︶  しかし、経済学上の法則は、他の社会科学上のそれと同じく、自然科学上の法則と全く相等しいわけではない。社会的        ヘ   ヘ   ヘ   ヘ      モ   ヘ   ヘ   へ 存在に関する法則は歴蛮的にして相対的な法則であり、したがって、すべての時代とすべての社会に一様に妥当する一般 的な法則ではありえないからである。それほ︸定の時代と一定の社会に特有の法則である。もとより、抽象によって一般 的法則を定立することは可能である。 すなわち、﹁経済学はまず生産と交換の各個の発展段階の特殊な諸法則を研究し、 この研究を終えたときに初めて、生産と交換︼般にあてはまる少数の全く一般的な諸法則を確立することができるであろ    う。﹂ しかし暴落はそのような一般的な法則でもつて特定の時代と社会の経済現象を説饗することはできない。﹁般的な 法則は自己を特殊化すること忙よつてのみ、初めて、特定の時代と社会への妥当性を獲得しうるのである。したがって、 経済学がまず問題にしなければならないのは、そのような一般的法則そのものではなく、﹁型﹂としての意味をもつ二 定の経済形態に特有な・歴史的にして相対的な法則なのである。 もっとも、﹁型﹂としての法則の歴史的相対性は、その 法則が他の法則の妥当性をも許容するという意味においていわれるのではなく、あらゆる時代と社会とに対する妥当性を 主張しえないという意味においていわれることであって、﹁型﹂としての法則もその時代その社会の真理としては必然的 な容観的妥当性をもつのである。   ⑥皿ンゲルス﹃反デユーリング論﹄、前揚二八○頁 二 、 理論経浩⋮学の方法についての﹁つの覚書 三

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     理論経溶⋮堂・の方法についての一つの営四書      四  以上、理論経済学は、経済生活に関する﹁型﹂としての︸般密ないし法則性を明かにすることをもって、その課題とす        ミ   ヘ   ヘ   ヘ   へ る、ということについて述べた。しからば、この課題はいかにして解かれるか。一iマルクスは書いている。   ﹁あるあたえられた国を経済学的に考察する揚合には、我汝は、その国の人口、その入口の諸階級・都市・農村・海  洋・種汝さまざまの生産部門への配分、輸出入、年々の生産と消費、商晶価格などからはじめる。実在的で具体的なも  のから、現実的な前提から、したがって例えば経済学では全社会的生産行為の基礎であり主体である人口から始めるの  が、正しいことのように思われる。しかし、これは、もっと立ち入って考察すると、誤りであることがわかる。入口は  たとえば、それを構成する諸階級を除外すれば、一つの抽象である。これらの階級も、その基礎をなす諸要素、たとえ  ば賃労働・資本などが知られていなければ、やはり一つの空語である。賃労働・資本などは、交換・分業・価格などを  前提する。たとえば資本は、賃労働がなければ無である。価値.・貨幣・価格などがなくても同じである。だから、私が  人口から始めるとすれば、それは全体についての混沌とした表象であって、一層くわしく規定することにより私は分析  的に次第にもっと簡単な諸概念に近づくことになろう。すなわち、表象された旦馬体的なものから、ますます稀薄な抽象  的なもの︵Pσ09叶同⇔ぎげ9︶に進んでいって、ついには最も簡単な諸規定に到達するであろう。 そこから、今度は再び後方へ  の旅が始められて、最後に再び人口に辿りつくであろう。だが今度は、全体についての混沌とした表象としての入口で       ヴエミク  はなくで、多くの規定と関係とをもつ豊富な一総体としての人口に辿りつくであろう。第一の方法は、経済学がその発       ヴエ ク  生にあたって歴史的にとった方法である。たとえば十七世紀の経済学者たちは、つねに、生ぎた全体、すなわち人口・  国民・国家・多数の国家などから始めた。しかし彼等は、つねに分析によって、分業・貨幣・価値などのごとき二三の べシユテイムメンデ  規 定 的抽象的な一般的諸規定を見つけ出すことをもって終りとした。これらの個汝の契機が多かれ少かれ固定され  抽象されるに至って、労働・分業・欲望・交換価値のような簡単なものから、国家,諸国民の交換・世界市揚にまで上

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       ヴエーク       メトーデ  つてゆく経済学の諸体系が始まった。この方法の方が、明らかに、        科学的に正しい方法である。具体的なものが具体的  であるのは、それが多くの規定の総括だからであり、したがって多様なものの統一だからである。だから黒黒において  は、具体的なものは総括の過程として・結果として現われ、出発点としては現われない、たとえそれが現実的な出発点で        ヴエ ク  あり、したがってまた直観と表象の出発点であるとしてもである。第﹁の方法では完全な表象が蒸発させられて抽象的な       ヴエエク       ヴエミク  規定となり、第二の方法では抽象的な諸規定が思惟の道を通って具体的なものの再生産に到達する。そこでヘーゲルは  実在的なものを、自己のうちに自己を総括し・自己のうちに深甘し・自己自身から運動する思惟の結果であるとする幻       メト デ  想におちいったのであるが、しかし抽象的なものから具体的なものへ上向する方法︵︹牙寓9ぎq3ぐ。目窪馨・鋳§・N毒閑。㌣  尋。け8雪ぐ戯け建直︶ は、思惟が具体的なものをわがものとするための・具体的なものを精神的に具体的なものとして再         ア ルト  生産するための方式にすぎない。しかし、それはけっして具体的なもの自体の成立過程ではない。﹂︵﹃経国学批判序説﹄  前掲二七七−九頁︶  これは、理論経済学の方法を、その成立.更とからませながら、美事に要約したものといってよいであろう。この要約に したがって、我執は理論経済学の方法を、核心的には、具体的なものから抽象的なものへ下向する方法と、その抽象的な ものから再び元の具体的なものへ上昇する方法との統一と規定してよいであろう。 マルクスが﹁弁証法的方法﹂ ︵・︻巨筈− 駐。冨寓。夢&の︶というのも、経済学の方法としては、おそらくは、これ以外のものではない。  事実、マルクスは﹃資本論﹄第一巻第二版への蹟において、同書で用いられた方法に対する多ぐの無理解に言及し、彼 の﹁弁証法的方法﹂に対する注意を喚起して、いっている。   ﹁勿論、叙述の仕方︵ご霞の汁㊦冒自己霧。︶は、形式的には、研究の仕方︵ぎ髪︸軽震幕ぎ︶と区別されねばならぬ。研究  は材料を仔細にわがものとなし、 それのもつ種々の発展形熊を分析し、 それらの形態の内的紐帯をかぎださねばなら      理論経済学の方法についての一つの覚書      五

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     理論経済掌の方法についての一つの覚書        六  ぬ。この仕事が成就された後、初めて、現実的な運動が照応的に叙述されうる。これが成功すれば、そして今や材料の  生命が観念的に反映すれば、あたかも我汝は先験的な構成︵内。去嫌鼻ぎ昌騨鷲専一︶に耽っているもののように見えるかも  知れない。 ︹しかし︺私の弁証法的方法は、根本的にヘーゲルのそれと相違するばかりでなく、それめ正反対のもので        イデ   ある。ヘーゲルにとっては、彼が理念という名称を付して一つの自立的主体に転化しさえした思惟過程が、それの外的  現象たるにすぎぬ現実的なものの創造者である。私にあっては反薄に、観念的なものは、人間の頭の中で転変され且つ  醗訳された物質的なものにほかならない。L ︵訳ω八五i六頁︶  ここでは弁証法的方法が、形式上、﹁仕方﹂を異にする研究と叙述という二つの過程に分けて考えられているが、その さい、研究の過程、は具体的なものから抽象的なものへ下向してゆく方法に照応し、叙述の過程はその抽象的なものから再        ⑦ び初めの具体的なものへ上向してゆく方法に照応するものとなっている。してみれば、ここからも、経済学に適用された 弁証法的方法とは、具体的なものから抽象的なものへ下向してゆく方法と、抽象的なものから具体的なものへ上向してゆ く方法との統一と解して、まず誤りでないであろう。 ⑦研究の仕方と叙述の仕方とを対照して見ると、爾者の相違は下向と上向とに照応するけれども、研究はつねに下向のみであり、  叙述はつねに上向のみであるかのように考えてはならない。そうではなくて、研究も叙述も下向と上向との雨面をもつのである。  けだし、下向と上向とは相互補足的であり、円環蓮動をなすものであって、 一方を他方から引離して独立させることのできないも  のであるからである。 ﹃資本論﹄の叙述が全体として上向的であることは事実であるか、しかし、それだけに、梯明秀教授︵﹃資  本論の学問的構造﹄、昭和二十六年、四一−二頁︶もいっているごとく、叙述の紙背に下向的後退の論理を見抜くだけの思弁力が  読者に要請されているのであって、マルクス自身が叙述の方法から区別した研究の方法としての材料の蒐集や分析的抽象の過程だ  けを下向的と見るのは、外見にとらわれた誤解としなければならないであろう。

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      ミ  ヘ  へ  具体的なものから抽象的なものへ下向してゆく方法は、いいかえると分析的方法にぽかならないが、経済学においては    ヘ  へ      ゆ 分析は抽象によっておこなわれ、しかも抽象によってのみ可能である。 けだしマルクスが道破していて熟知のごとく、 ﹁経済的諸形態の分﹁析にさいしては、顕微鏡も化学的試藥も役には立ちえない。抽象力︵﹀デ三池§・≦q・葬︶が両者にとって           かわらねばならぬ﹂からである。 ・   ⑧﹃資本論﹄第一巻第一版序、謳ω七〇頁  かくして分析は、我汝の意識への直接的所与としての具体的諸形態から、その背後に隠されている本質的関係を抽象す るための科学的方法である。いいかえると、それは研究対象の外面的直接性から出発して抽象的原理に到達する方法であ る。そしてマルクスによれば、﹁分析は発生的叙述の是非とも必要な前提であり、現実の形成過程のさまざまの段階の        理解の是非とも必要な前堤である﹂のであって、﹁批判や理解は分祈的方法をもつて始められなければならない﹂のであ る。   ⑨﹁人間生活の諸形態に関する邉思惟は、したがってまたそれらの科学的分析は、総じて、現実の発展とは反対の道を進むもので    ある。それは、後から︵葛。。け鴨窃叶=ヨ︶、したがって発展過程の出来上った諸結果をもつて、始まる。﹂ ︵﹃資本論﹄第一巻第一章    第四節、認ω一七七頁︶   ⑲﹃剰余価値学説史﹄第三巻第七章第七節、マルニーン・全集第+一巻五六三一四頁  してみれば、抽象的なものから具体的なものへ上向してゆく方法は、現実的対象の実在的運動を頭脳に反映せしめるた めにおこなわれる抽象的原理からの具体的諸形態への綜合的構成にぽかならないものとして、具体的なものから抽象的な ものへ下向してゆく抽象的分析を前提としてのみ、可能であるといわなければならない。  しかしながら、この二つの方法は、単に↓方が他方を前提する関係にあるのではなく、両者が相互に前提しあって、一      理論経済学の方法についての一つの覚書       七

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     理論経濱学の方法についての一つの営廻書       八 つに統一されていると見られなければならない。すなわち、下蔵する抽象的分析は単に上向する綜合的構成の前提条件を なすにとどまるのではなく、同時にこれを自己自身の目的と.しているのであり、また逆に上向も下向を前提し、これの目 的をかたちづくるものとして、これの前提条件たるの意味を内在させている。かくして下向は上向のためであり、上向は 下向のためである。いいかえると、下向の到着点は上向の閏発点であり、上向の到着点は下向の出発点である。かくし て、上向ど下向とは、そのようなものとして、方向を逆にしながら一線に連絡する。すなわち円環運動を形成する。しか       ヘ  へ も、思惟の進行上のいかなる時点ないし段階をとってみても、このドような関係において二つの方法がつねに作用している のでなければならない。すなわち、下向的研究の一歩︼歩が上向的論理の見えざる手によって導かれているのでなければ         ならないし、上向的叙述のいかなる毅階においても下向的分析が前提されているのでなけれぼならないのである。   ⑪ 梯明秀﹃当商品集成の感性丁丁魏﹄その二、立命館経済学、二の六、昭和二十八年十二月、三〇、三四頁  なお、抽象的なものから具体的なものへ上向してゆく方法は綜合的構成的ではあるが、しかし、その綜合や構成は先験 的であってはならないのであって、それらは具体的な現実の分析によって得られた原理的なものの自己展開という意味を もつのでなければならない。その意味で、構成の順序もまた、現実によってあたえられる。この揚合、注意しておかなけ       ヘ  ヘ  へ ればならないのは、理論的な構成が問題である以上、その順序は対象とされている現実の存立の順序を基準とすべきであ        ⑫ つて、その現実の歴史的な成立の順序を基準とすべきではない、ということである。   ⑫﹁経済学的諸範曙を、歴史的に煮れらが決定的であったその順序でならべるということは、実行できないことであり、かつ誤り    であろう。むしろ、それらの序列は、それらが近代ブルジョア杜会で稲互に対してもつ関係によって規定されているのであって、    それは、その自然的順序として現われるものとは、あるいは歴史的発展の系列に照応するものとは、まさに逆でめる。ここで問題    なのは、経済的諸関係が種々さまざまの肚会諸形態の継起のうちに歴史的に占める関係ではない。いわんや、 ︵歴史の蓮動のぼや

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      も   し   も   ち   し    けた表象である︶ ﹃観念における﹄ ︵ブルードン︶それらの序列が問題なのではない。問題なのは、近代ブルジョア肚会の内部で    のそれらのしくみである。﹂ ︵マルクス﹃経済学批判序説﹄、前廉二八七頁︶     観念論者であったけれども、さすがヘーゲルは、この種の錯麗におちいるようなことはなかった。<駐・国。σq。♂Ω籍罫臼ぞδ験︶動9.    鷲旨。召冨δ亀①。。燭。︵皆e。。勘姻ωω卜巨さ.戸凶塁鉾N.     なお、この問題については、ローゼンベルグの次の注意が頑味にあたいする。f﹁理論と歴史とは同一のも.のではない。一つ    の現象の他の現象への移行ば、一系列の外的諸契機を支い、この移行を複雑化する。・:・理論経済学者はこれちの事情を捨象する    ことができる。なるほど、彼もまた歴史的過程を叙述するだろうが、それは歴史的形態・﹃歴史的偶然性﹄を失った過程たるにす    ぎぬ。しかるに、歴史家は歴史的過程をば歴史的形態において、そして歴史的﹃偶然性﹄とともに、叙述するのである。﹂ ︵﹃資    本論註解﹄、第七盲房版、第一巻第一分冊九八頁、第三巻第一分冊二三〇一一頁︶  しかし、概念の順序と歴皮の順序とは全然合致しないといったものではない。たしかに、最も簡単な根本概念が出るまで       ⑬ は、概念の順序は歴史の順序とは逆になる。しかし、それが出てしまえば、理論的展開と歴史的展開とはぼぼご即する。 たとえば、価値規定につづく価値形態の展開が交換の歴史的発展にぼぼ一致するごときである。   ⑱ ﹁簡単な諸範疇は、未発展な具体物が−具体的な範躊で精神的に表現されるもっと多面的な関連あるいは︽もっと多面的なV    関係をまだ措定することなしに1自己を実現しているかも知れない諸関係の表現であると同時に、もっと発展した具体的なもの    は、おなじ範疇を一つの従属的な関係として維持するのである。貨幣は、資本が実存する以前に、賃労働等々か契存する以前に、    実存しうるし、また歴史上も実存した。そこで、この方面からすれば、次のようにいうことができる。すなわち、一層簡単な範聴    は、未発展な一全体の支配的諸関係あるいは発展した一全体の従属.的諸関係  その全体か、一嵩具体的な範疇に表現されている    側面へ発展するまえに、すでに歴史的に実存した諸関係一を表現することができる。そのかぎりでは、最も簡単なものから複雑    なものへと上向してゆく抽象的思惟の歩みは、現実的な歴史的過程に照応する。﹂︵マ非クス﹃経済学批判序説﹄前掲二八○頁︶       理論経済掌の方法についての︸つの覚書       九

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理論経済掌の方法についての一つの覚書 一〇 三  以上、理論経済学の方法について述べてきたところがらして、我汝は、従来いろいろと論議されてきた帰納的方法と演 繹的方法との対立をめぐる問題についても、これを新しい光のもとで、見なおすことができるであろう。  ヘ  へ  つ  ヘ  ヘ       ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ  帰納的方法というのは、具体的個別的な現象の研究によって、それらの間に存在する共通的一般的なものを抽出しよう        へ も ヘ ヘ へ とするものである。この方法によって抽出された共通的一般的なものは、経験的法則とよばれる。それは蒐集される具体 的現象が多ければ多いぼど、すなわち帰納の基礎が広汎であればあるぼど、確実となる。しかし、個別的具体的な現象を ことごとく蒐集することは、事実上不可能である。したがって、経験的法則は蓋然的であり、普遍妥当性を要求しえない        ヘ  へ  も  ヘ  へ       も  へ  ゆ  へ  を  ゐ  も  ヘ  へ とされる。これに対し、演繹的方法は、本質的一般的なものから出発して、具体的個別的なものをそれに包撰しようとす        ヘ へ も や るものである。この方法によって確定された本日貝的︸般的なものは、精密、法則とよばれる。そして精密法則は、経験的法 則と異なり、必然的であって、普通妥当性を要求しうる、とされる。  帰納的方法と演繹的方法とのうち、いずれが経済学の方法として妥当であるかに関し、 一時、さかんな論争のおこなわ れたことがあった。しかし現在では、まず一般に、この二つの方法は相互に補完しあうべきものとされているといってよ い。しかし、この二つの方法が相互に補完しあうべきだということは、実は、普通に解されている以上の意味を含蓄して いるように考えられる。けだし、この二つの方法が相互に補完しあうということは、両者が綜合されて弁証法的方法の契        機となる、ということでなければならないからである。 ⑭毛沢東は﹁入類が犀理を認識する正常な順序﹂について次のごとく述べているが、それはおそらくこの聞の事情を示唆したもの  ということができるであろう。f﹁人類の認識運動の順序についていうと、すべて、個別的な・また特殊的な事物の認識から、 \

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   次第に、一般的な事物の認識へと拡大してゆく。人問は、すべて、まずはじめに多くの異なった事物の特殊な本質を認識するもの    であり、そののちに、はじめて、より一歩すすんで、概括の仕事をかこなうごとかできるようになり、いろいろの事物の共通の本    質を認識することができるようになるのてある。人間がすでにこの共通の本質を認識してからは、この共通の認識を手びきとして    ひきつづいて、まだ研究されていないか、またはまだふかく研究されたことのない、いろいろの具体的な事物について研究をおこ    ない、その特殊な本質をさがしだすのであり、こんなふうにしていって、はじめて、この共蓮の認識を補足し、﹁豊富にし、発展さ    せることができ、この,エハ通の本質の認識を、たち枯れた・死んだものにさせずにすむのてある。これは認識の二つの過程である。    その一つは特殊から一殺に進み、他の一つは一般から特殊に進むのてある。人類の認識億、すべて、このようにして、循環往復し    ながら進むものであり、各循環ごとに、 ︵与格に科学的方法にしたがいさえずれば︶人類の認識は一歩一歩たかめられ、それはた    えまなく深められてゆくのである。﹂ ︵﹃矛盾論﹄第三節、選集第三巻二四頁︶  そこで、帰納的方法と演繹的方法との右に述べたような関係を確定するための手がかりとじて、理論体系がいかにして 成立し発展するかを考えてみる。i総じて、知識が特殊の経験から一般的な理論に到達しうるのはまず帰納的方法によ ってである。出発点は経験的事実である。たとえば価格について我汝はすでに多くの事実を経験しているが、そうこうす るうちにそれらの経験のいくつかの問に何か共通性があることに気づいてくるであろう。たとえば、価格が生産費ととも に変動することに気づいてくるであろう。おそらく我汝はそれらの事実を一層くわしく調べてみるであろうが、その結果 予想された共通性を正確にあらわす関係あるいは法則を見出しえたとする。たとえば、価格は生産費に比例するという形 においてである。このような帰納的考察はなお続けられる。そして、おそらく、我汝は同様の方法によって他の一群の経 験から、別の関係ないし法則を見つけるであろ5。たとえば、利潤は生産費に逆比例する、と。そんなふうにして、経験 的法則が段汝と増加してゆくであろう。そうなると、それらの経験的法則梅・聖⋮:の間の関連が当然に問題になってく るであろう。しかし、ここまでくると、帰納的方法だけでは、もはや、どうにもならないであろう。問題の関連は、帰納      理論経濱掌の方法についての一つの覚書       ’     一一

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     理論経浩堂・の方法についての一つの覚書       一二 の成果を基礎として、まず見当づけられるぽかない、いいかえると洞察ないし直観されるぽかない。これによって、いわ   ヘ へ ゆる仮説がうちたてられる。たとえば、すべての経済現象を動かしているのは生産費である、という仮説がうちたてられ る。そして、その仮説を前提として、あれこれと演繹的方法による推論がおこなわれる。この推論の結論が経験的法則η ・聖⋮:のあるものとは合致するが、他のものとは合致しないことがわかれば、この仮説は捨てられる。弛の仮説が採用 される。そんなふうにして、いくつかの仮説が交替しているうちに、あるいは同時に存在して優劣を争っているうちに、 やがて、 一つの仮説αから出てくる結論が、 一切の経済現象の根抵は労働にあるという仮説から出てくる結論が、問題と なっている経験的法則筑・為⋮⋮のすべてと一致するとわかったとする。すると、この仮説αは単なる仮説の城を脱して 一つの根本法則ないしは原理といわれるものに昇格する。そして、根本法則σを核心として演繹的に発展する一つの理論 体系Aが出来上るのである。たとえば、労働価値説を基礎とするアダム・スミスの経済理論である。このようにして、一 つの理論体系Aが出来上ると、多くの経済学者はこの理論をもつとちがった現象に適用しようと試みる。その結果が経験 的事実ないし既知の法則と一致すれば、理論の適用範國はそれだけ拡げられたことになる。このようにして、この理論と 矛盾する事実の見出されないかぎり、その適用範團はどこまでも拡大してゆこうとする。たとえば、アダム・スミスを出 発点とする古曲ハ経済学の発展期がそうであった。しかし、その適用三園を拡げてゆくうちに、この理論は、いっかは、こ れと矛盾する新しい事実ないしは新しい事実から帰納された法則︵夕︶に逢養するの運命をまぬがれえないであろう。す ると、我汝は、この新しい事実や法則をも含みうるような︸層包括的な理論を構成しなけれぽならないことになる。その ためには、概成の理論Aの基礎となっている根本法則σの一部または全部を変え、新しい仮説から出発しなおさなければ ならない。これは苦難にみちた経済学の変革期であり、暗中摸索の時期である。さいわいにして、仮説δから出発する演 繹的推論の結果が、厩知の諸法則泊・72⋮⋮は勿論、新しい專実や法則︵夕︶とも合致することが知られるに至れば、仮

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争うは¢よりも一層包括的な根本法則たるの地位を占め、これを基礎として一層包括的な理論体系Bが構成されることに       ゆ なる。古曲ハ理論にとりかわったマルクスの経済理論が、最も顕著な一例である。   ⑮以上、経済理論がいかにして成立し発展するかを、いわば模型的に考察するにあたり、私は湯川秀樹博士の﹃科学的思考につい    て﹄ ︵改造、昭和二十一年十二月、]OI一五頁︶という論丈から多くの示唆を受けたことを明記しておかなければならない。  このように見てくると、帰納的方法と演繹的方法との補完関係は、けっして、普通考えられているごとく機械的なもの ではなく、いわんや便宜的なものではないことが知られる。二つの方法の補完関係はそんなものではなくて、一層ふかい 根抵によって支えられている。これを結論的にいうと、経済理論の成立と発展に関する右の模型的描写が示唆するごとく 二つの方法が相互に補完しあうことによって科学の方法としての機能をはたしうるためには、それらは、それぞれ、さき に述べた旦ハ体的なものから抽象的なものへ下向してゆく方法と、抽象的なものから具体的なものへ上向してゆく方法とを ︸層くわしく規定したものと考えらるべき実質をもつのでなければならない。  思うに、帰納的方法が単に個別的なものから共通的一般的なものを抽出する手続にとどまるならば、それが本質的一般 的なものを前擾する演繹的方法と補完しあうということは到底不可能であって、両者は単に対立するぽかない。けだし、 ヘ ヘ ヘ       ヘ ヘ へ 共通的﹁般と本質的一般とは、本質的に異なったものであって、たがいに結びつくことのできないものであるからである。 すなわち、帰納とは種から類へ一般化する手続として類化を意碧し、帰納的一般は同﹁性により特殊の種に対して類とし て思考された共通的﹁般者である。これに反し、演繹の前提する本質的一般は、現実にはけっして完全に実現されてはい       も ヘ ヘ ヘ ヘ へ ない事物の本質を理想化によって取り出したものである。いいかえると、共通的一般が純粋の現実型であるのに対して、       ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 本質的一般は純粋の理想型である。   ⑯ 田辺元﹃哲学と科学との問﹄、昭和十二年、七四頁以下      理論経済学の方法についての一つの覚書       一三

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     理論経済学の方法についての一つの覚書      噌四  理論経済学の目標とする型が現実的・理想的でなければならないと我汝はさきに考えたのであるが、しからば、この二 つの型はいかにして結びつきうるであろうか。帰納的方法と演繹的方法とが結びつくことによってである。しかし、その ためには、一方では、帰納的方法が単に共通的↓般を目標とするにとどまることなく、本質的一般への志向をそれ自体の .うちにもつのでなければならない。と同時に、他方では、演繹的方法がその前提たる本質的一般を単なる直観と理想化の 所産とすることなく、現実的基礎の上にこれを構成するのでなければならぬ。理想化が直観を基礎とすることは事実であ るが、本質直観は現実の事実によって媒介されなければならず、現実の事実そのもののおこなっている抽象作用が理想化 に方向をあたえるのである。  このようにして二つの方法は両方から歩みよることによって初めて相互に補完しあうものとなるのであるが、それは云 いかえると帰納的方法が具体的なものから抽象的なものへ下向してゆく方法に高まり、演繹的方法がその抽象的なものか ら初めの具体的なものへ上向してゆく方法に高まることによって、弁証法的方法の契機となるということであるゐ科学の 方法としての弁証法は、帰納的方法と演繹的方法とを離れて別個に存在するものではなくて、この二つの方法の真実の意 味における綜合の上に成立するのである。 四  しかし、帰納的方法と演繹的方法とが結びつくにあたっては、どうしても一定の世界観ないし歴・・更観が予想されなけれ       ヘ  ヘ  ヘ  へ ばならない。その結びつきが弁証法的でなければならない所以である。さきに述べたごとく、帰納はつねに=疋の発展段       ヘ  へ 階に到達すると、それ以上前進するためには、それだけではもはやどうにもならなくなり、それまでの成果を=疋の仮説 に総括し、これを前提とする演繹に席をゆずらざるをえないものである。かくして帰納と演繹とは仮説によって結びつけ

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られるのであるが、その仮読は一けっして恣意的なものではなく−1それまでの帰納を基礎とし、これからの演繹を予 想して、洞察ないし直観されるものにぽかならない。いいかえると、共通的一般を基礎として本質的一般が直観されるの である。ところが、このような本質直観は、厳密な意味.の経験科学の領域を超えたものである。それは、問題の実在全般 の普遍的な世界観的反省によって方向づけられずにはいないし、またそうすることによってのみ可能なものなのである。 ここにおいて科学は哲学と結びつく、すなわち経済学は世界観と結びつく。         マックス・ウェーバーの没価値性理論以来、経験科学の範園から世界観を排除しようというのが、ブルジョア社会科学 の共通的な要請となっているが、それは一−世界観の科学の領域への不当な侵入に警告するという点において一つの重要 な役割を演じてきたとはいえ一究極的には科学の存立を不可能にするような矛盾した要請であって、これを正直に丈言 どおりに受けとれば、科学は結局没落してゆくよりほかないであろう。現に、没価値性理論そのものが、特定のブルジョ        ア的世界観を前提しているのである。してみれば、問題は、科学と世界観との接触点を正確に認識すること、かつ最も科 学的に論証されうるような世界観をとることにあるであろ5。       ・   ⑰冨量≦①ぎ♪﹂旨亀、9蛍a尊爵、.。・。N巨註話。冨。ぎh岳魯霞§q㏄。N印三b。︸一︷・ぎ冨胃曹ぎ自警一♂卜吋。三㊦<h自㏄&g乏霧。塁。冨嘩ξ鳥    醒。臥巴bo葬陣FHOO心.   ⑱ 拙著﹃国民経済学研究﹄二九三i四頁、拙稿﹃歴史学汲﹄、出口勇藏編﹃経済学史﹄、新訂、三二八一九頁  最も科学的な世界観として我汝はマルクスの弁証法的ならびに史的唯物論にしたがうが、しかし我汝は、しばしばおこな       へ もヘ へ われているごとく、弁証法的唯物論や史的唯物論をもつてただちに﹃資本論﹄の方法であるかのごとくに考え、その理解  ヘ ヘ ヘ へ に直接的にこれらの世界観ないし歴史観をもちこむのは、誤りであると考える。 ﹃資本論﹄が弁証法的ならびに史的唯物 論を哲学的基礎としていることは、いうまでもない事実である。そのかぎり、﹃資本論﹄からマルクスの哲学を読みとろ      理論経済学の方法についての一つの覚書        一五

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     理論経済学の方法についての一つの覚書      一六 うとする努力は、十分に意義のあることである。そして、その方向からすれば、﹃資本論﹄を一つの哲学体系−tたとえ       ⑳ ば論理学一として見るとい5ことも、可能であるであろう。しかし、﹃資本論﹄は、なによりもまず、経験科学として の経済学の体系である。マルクスは、なるぼど、この経済学体系の樹立にさきだって史的唯物論を確立し、つねにこれを・       ⑳ ﹁導きの縣﹂としたのであるが、 しかしこの歴史観を基礎づけるにあたっては、ぽかならぬ経済学をもつてしたのであ        ヘ へ も へ る。いいかえると、彼は、経済学を直接的に史的唯物論によって論証しようとしたのではなく、逆に史的唯物論を経済学 によって論証しようとしたのである。そのさい、マルクズが企図したのは、史的唯物論をとるといなとにかかわらず、何       ⑳ 人も承認せざるをえないような論証であった。けだし、そうでなければ、科学的論証とはいえないからである。人は、そ の論証を承認することによって、その科学のもつ認識論と世界観の承認にみちびかれるのである。そしてPそこに彼の社      ヘ ヘ へ 会主義が﹁科学的﹂と特徴づけられ、あらゆる中傷と罵倒にもかかわらず、よく歴史の風雪に堪えてきた所以があるので        ヘ ヘ ヘ      ヘ ヘ ヘ へ なければならない。してみれば、科学の党派性ということを、安易に、初めから特定の世界観と認識論を承認することだ と前提してかかってはなるまい。層科学ばかりでなく、世界観にしたところで同じであるが、主観的特殊的なセクト主義で        ⑳ はなくて、正しい意味の党派性なるものは、客観的普遍的な共同性なしには、成立しうるものではいのである。 ⑲﹃資本論﹄の方法論的理解に、直接、弁証法的ならびに史的唯物論をもちだしている最近の最.も代表的な一例は、  済学方法論﹄ ︵昭和二十九年︶であろう。 ⑳ 梯明秀﹃資本論の弁証法十二標﹄︵昭げ組二十三年︶、 ﹃資本論の巌一問的構造﹄ ︵昭和二十六年︶参招描 ⑳ マルクス﹃経済学批判﹄序言、選集版三頁 ⑳ 宇野弘藏﹃価値論の研究﹄、昭和二十七年、一三四一五、一四五頁 ⑳ 梯明秀﹃資本論調頭交節の体系的意味﹄、立命館経済学、第二巻第一号、昭和二十八年二月、二四頁 北川宗藏﹃経

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      ヘ  ヘ  へ  ら  ぬ  あ      も  へ  要するに、弁証法的ならびに史的唯物は、そのままでは、まだ経験科学の方法ではないのである。弁証法が認識論をふ くむことは、 レー﹁︻ンによって確定されて以来、今日ではマルクス主義哲学の常・識であるが、弁証法的認識論ぽ科学方法 論にまで特殊化されなければ、いま我々が求めている経済学の方法とはなりえない。しかも、そのさい、科学の方法とし ての弁証法的方法が、従来普通に経験科学の方法とされてきた帰納的方法と演繹的方法を離れて、それらとは全く別個の 局面に存立するものでないことは、さきに述べた通りなのである。 、 理論経潴学の方注についての一つの覧書 一七

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