1
疑
経
と
讃 偈
『念仏 超 脱 輪 廻 捷 径
経
』形
成
の諸 問
題
柴
田泰
閊題の 所 在・
、
経 録・
疑 経 研究の 諸 例 二、
『念 仏 超 脱 輪 廻 捷 径経 』 関 係 資 料 と 本 経の 構成 三
、
〈阿 弥 陀 仏 真 金 色 偶〉の 撰者択 瑛 と 当偈の 内容 四、
S
.
4474
〈十 念文 〉 につ い て 五、
弥 陀三尊・
地 蔵菩 薩の十 念作 法 六、
弥陀三尊・
清 浄 大海衆 菩 薩の 多称 念 仏1 、
その原形2 、
宋 代浄 ヒ教での 状 況 七、
〈回向発願 偈〉 につ い て 結 論 附1
既 出 念 仏一
覧附
2
『究 意 大悲 経.
1 と 「臥 輪禅師偈1 関 係 資 料 問題
の 所在
敦 煌 文献の 発 見 は
、
そ れ までの 中 国仏教研究に新た な資 料 を提 供 し、
そ れに よっ て著 しい 成 果が 表 わ れてい る。
と り わ け、
中 国人によっ て 創 作さ れた 疑 経と、
時々 の 信 仰 と思 想を 発露 した 讃・
偈 文の 新 しい 諸 資 料は、
そ れ まで全 く知 ら れて い なか っ た中 国 仏 教の 隠さ れた実 態、
庶民 社会での 様 相 を伝え る 好個の 資 料 と し て、
今 日、
こ の 分 野の 石ll
究は、
敦 煌文献 を 無 視 して は 語 れ ない 状 況 と な っ て い る。
疑経 研究の分 野につ い て 言え ば
、
か・
っ て、
偽 経 とい う 点で排斥さ れ なが らも、
凵本に 伝え ら れ残 さ れた僅かな疑経 と諸経 録 に 載せ ら れ た 題名の み を依 り どこ ろとして研 究され てい た が、
近 年 では 敦 烽 文献の 新た な 多数の 疑経が知 ら れ る ように な り、
それ こ そが歴 史の 表 面に 華やか に 登場 し な い、
中 国 社 会の 大 衆 信 仰を 示す 貴 重 な資 料と して 見直さ れ、
中 国 仏 教 研 究に お け る重 要な 分 野 を 占 め て い る。
こ うした疑経 研 究 の 成果 は、
すで に望 月信 亨、
匁 吹慶 輝 両 博士に よっ て、
夫々 扱 う 資 料 を 異に し て 示 さ れた がLii
現 在では、
牧田諦 亮 博士の 『疑 経研究』/
ILI,
をその 総 合 的 成 果 と見 做す こ と ができるであろ う。
注 本 稿 は.
昭 和脇年度 「凵 乍」11」度学 仏 教 学 会」 に お い て 「疑経 形成にっ い ての一
私 見 」 と 題 し て 発表し た一
部 を 袖 ユL加 筆 した もの てある。
2
柴 田 泰讃
・
偶 文、
広 く敦
煌文学 文 献の研 究 分 野で1
は.
干 重 民、
入矢義 高、
金 岡照光 博十等の 主に 中 国文 学・
中 国 哲 学の分 野での 成 果が知ら れ てい る がfi
’
i 仏 教 学の 分 野で も、
すで に塚 本 善 隆 博‡
『唐 中 期の 浄土教』以来、
現 在で も陸 続と新たな 資 料が紹 介 され、
秀れ た 論考か 発 表 さ れてい る。
筆 者 も
、
こ う した先 学の 成 果に教え ら れて、
と くに 浄土教に関 係 する疑経 と敦
婢 仏 教文献の櫨 索と考 證 を続けてい るが1
・
iZ “稿で は、
偶々 その 過 豬 で気づ い た疑 経の 形成、
或い は成立 に関 する讃・
偶文 との関 連性につ い て、
「念仏超 脱 輪 廻 捷 径 {’L−
E
.
1を取 上 げ、
その 形 成に関 係す る諸 問題 を 考 察しよう と思う。
そこ で
、
初め に疑 経 形 成の 要 因、
成立の 背 景につ い て、
従 来の 見 解 を挙 げる と、
牧田諦 亮 博士 が まと め ら れ た六 種の 分類がL・
’iR
く知 られてい る。
博十 は、
は じめに望 月信亭博士の 教 学 的 思 想 的 背 景 を 紹介さ れ たあとに、
疑 経 成立の要因 として、
次の 六 椡 こ分 類さ れた。
(一
一
う 主 権 者の 意に 副 わ ん と した もの〔
.
O
主権
者の 施 政 を批判 した もの の 中 国 伝 統 想 想とフ)調 和 や 優 劣 を 考 慮 したもの 個 特 定の教 義 信 仰 を鼓ロ欠 し た もの現存し た特 定の 個 人の名 を標 したもの
〔ブ・) 療 病迎福な どの た めの 単な る迷 信に類 するもの
以 上の
諸
要因を、
強い てまとめ る とすれ ば、
〔一
う、
口 は主権 者に係わ る とい う点 で 政 治 的要 因、
の 画 は中 国 思 想、
仏 教 思 想な ど に関 する思 想 的 要 因、
例、
因 は 社会に著 名 な 人物、
俗 信な どの 社会 的 要 因 と見做 すこ とが で き、
そこ には疑経 形成の 背 景となる すべ て の要因 か、
そ れ に相 応 する典 型的 疑 経 と と もに 考 證さ れ てい る。
こ の よう な諸 要 因 を教 えら れ る とき、
わ れわれ は疑 経形 成に係わ る すべ ての 背 景が網 羅さ れ成立 してい く生 きた疑 経の働 き を知 るであ ろ う。
博上の 六種 の分 類 は、
わ れ わ れ が 疑 経 を考證する際に 極め て参 考となる ば か ト1
でな く、
讃・
偈 文 などの敦
煌 文 献 を扱 う 場 合 に も裨益 さ れ る もの であるが、
本 稿で は、
こ の 秀 れた成 果と は 異 なっ た視点か ら、
また別の 要因 を 指 摘 し たい の である、
す なわ ち
、
以 トの政 治 的、
思 想 的、
社 会 的 諸 要因 と は ま た別に、
疑 経 その もの の構 成 をみ る と き、
疑 経 形成の一
要 因として、
中 国で疑 経 を意図 し ない で創 作さ れ た 資 料、
こ こで は 讃・
偈文 な どが 疑 経化され る こ と、
或い は疑 経の一
.
・
部に係 わ り 組み込 まれ る、
とい う 点 を論 証 したい の で あ る。
こ っ した構成的要 因ともい うべ き成 果として は、
望 月信 亨博十 が、
イン ド撰述漢訳 経論の 影 響三に よっ て 作 ら れた数点の偽 疑 経 論 を.
…
部対}i
負して論 証さ れてい る が∵
こ こ で は
.
そ れ を 発 展 させ た意 味で 中国で創 作さ れたii漏資 料、
讃・
偈文 な ど が 疑 経の一
構成要素に な.
っ てい るこ と を 『念 仏超 脱 輪廻 捷 径 経j を 取.
I
!r
て指 士「:lll
し よ うと思 う:1.
1[; 望 月 信亠
;L 「浄」教v・
)起 原 及 発 達」 PP l3:t.
Lt57,
同 「仏 教 史 の 諸石膨 ヒ.
ユ PPl 劉一
166・
同 「f
ム孝『気斈・
f,
4TyN.
」t’:史liM”
t』 pP Lt99−
5:号L
ノ」1膿 埆… 11”!
,
1・
thこi’
;懈 説、 第一
部PF,178.
204,
節二 部PP・
】16−
1凪 15ti−
IS lg.
.
〔2: 牧臨 続 ・賠 査{耽 、 r昭榔 L・i・
、
・献 、・\ 嬬・
描’
制 蘭f
:1一 譜 はIlll
L
・・それ まて・擬 1細 1ヲヒ・
1敝 燃 成し た ものて’
ある、
〔:“金
li
嚇1光 鞠i「敦,
lll出」 文学文献 分 類 目 録 附 角ギ説』 騎 5己之 自i
:、
Ll1
」 『敦 蛇の.
文学 』 参 κ 文 献 参貝}i。
.
:、
}:1 拙稿 r浄一
1.
教 関係 疑 経 典の {in・
究.
、
Il.
IGI、
J’
札 幌 大谷知大研究 紀 要⊥第6’
9写.
・
1・
疑 経と讃偈
.
一
『念 仏 超 脱輪 廻 捷 径 経 」 形 成a)詒 問題3
同一
敦煌文献の浄 十 思 想」 (「印V,
ナ1
」第26巻 第2号 )な ど。
〔5} 牛文田 言帝亮 L1f
} i丿tVJ
書 』 pp.
4〔〕−
84,
116−
118。
(6) 望 月 信 亨 『浄土教の 起原 及 発達 』 pp.
167.
−
18Z、
Lt77など、
1
司 「f
ム教 紊歪典 成立 史 論」 pp.
382−
388、
457−
47Dな ど。
(7)すで に大乗経典の 成立史的研究で は、
現行の粁典か初め か ら現 行の形態てあっ たので はな く、
始め は幾つ かの累 材、
要素が部 分 的に 成立L 、
やか て そ れ らか合糅 し新たな 要素か附 加し修i卜.
増 補さ れて現行の形態になっ た、
とい うの か通 説である。 浄士経 典に 限っ て言 えば、
『無 量 寿 臨 の対 告 衆の違い、
本 願数、
「五 悪 段 」、
『観無量寄経』の定善 十 三 観 と散善三 観、
「阿5
郷它経 』の 「 六 丿∫段 1な ど 〔た と え は’
、
藤 田 宏達 「原 始 浄 土 思 想のb
!f
究 』 Pp.
167− 221、
山 田明爾 「 観経 攷」『竜 大 論 集』第408号
、
拙 稿 1「阿弥陀 経』 フ「
、方 諸 仏の異名」『印1
!訓 』第23巻 第2VJ.
など参照 )が考言11.
さ れ ている。
そ うであ る な ら、
疑 経の成 立 に関L
て も同様の こ とか考 えられる わ けであ り、
そこ に幾つ かの素 材か あっ て も よい こ とに な る。
本 稿 は そ う し た一
試 論にす ぎ ない が、
疑 経の成立史的研究ともい うべ きこ の分 野は今 後 益々必 要に なっ て く るの で はなか ろ うかご
一
、経録
・疑
経
研
究
の諸
例
本 稿の意 図である讃 偈 など が疑経の
構
成 要 素に な るこ との正 当 性 を より客 観 的に保 証 する た め に、
『念 仏 超 脱 輪 廻 捷径 経 』 形 成の具 体 的 諸 問 題 を論及する前 段 階として、
こ こ で は諸経録・
従 来の 疑 経 研究な ど を再 点 検 し、
それ を支 持 する諸事
例を指 摘 し傍証 と しょ うt、
まず
、
諸 経 録が 明 ら か に 疑 経 と 査定
し た ものの 中から1
:’
お そ ら く その 原 型・
内谷が 讃 偈と予 想 され る 経名
を 調べ る と、
七 仏
各
説 偈 経 〔『出三蔵 記集
』 巻 4、
『歴 代三 宝紀』 巻
11、
『開元 録』
巻 5 、
ユ4、18 、
「貞元録
』
巻 8
、
24
、
28
〕
深 自知
身偈
経〔
出4 、
『法 経 録 』巻 4 、
歴11、
「仁 寿 録』 巻3 、
「静
泰録4巻 3 、 4 、
開18、
貞28〕
衆経要 攬 法 偈 〔出
5 、
歴11、
『内
典
録 』 巻10、
開18、
貞28
〕太子 讃 経 〔法
4 、
仁4 、
静4 、
内10、
「武 周 録 』 巻
15
、
開ユ8 、
貞28
〕四讃 偈 及七仏 名 字 礼 懺経
〔
武15、
開18、
貞28〕
な ど が あ る。
これ らの経 典は 経 題 か ら考 えて も、
経 録 記 載の推 移をみ て も、
初めは 失 訳 或い は 疑 惑 の 讃 偈・
礼懺 文 であっ た もの が、
後に疑経 と見 做さ れ たであろ うこ と は容 易に推 定で きよう?
更に
、
疑経 と査定
さ れて は い ないが、
失 訳、
欠本、
異 経、
抄経、
別生、
別 行経 な ど と経 録に よっ て査 定か変り、
しか も極めて疑 惑 を有
す る経 典 と しては、
五 百
偈
経 〔, bl13、
法 /、
仁5 、
静5 、
武ユ2、
開 4、15、
貞6 、25
〕群生偈 経 〔出
4 、
法4 、
歴5 、
武 ll、
開2 、
15、
貞 3、
25 〕讃 七 仏偈経 〔出
4 、
法 1、
歴4 、
静 5、
内 ユ、
武11 、
開 1、
15、
貞2 、25〕
仏 清浄喝経 〔出
4 、
開5 、14、
貞 8、
24〕
地 獄讃 経 〔法4 、
t13
、
静 3、 4 、
開 16、
貞26 〕群 牛 偈経
〔
仁3 、
静3 、
武ll
〕 など が ある.
これ らはすで に散失 し、
イン ド撰述か どうかの 真 偽は定め難い が、
こ こで は その 真偽 を問うの が 目 的では ない。
本稿 では、
こ れ らは本米讃 偈と して誦され てい た もの であ り、
そ れ が後 に 経 と して記 録さ れ たこ と が納 得さ れ れば よい の であ る。
以
.
ヒが諸経 録の経 題 か ら予 想される讃 偈の経 典 化の事
例である が、
次に疑 経研究 などの 成 果の 中 か ら同 様の事 例 をみ てみ よう。
牧田諦
亮
博士 に よっ て精 細に考 証さ れた 『三厨経』は弾
仏 教と道 教と か 相 互に影 響し混 淆 した件 格 を有 す る疑 経として極めて重 要 な 資 料である。
博士の論文 に よっ て教え ら れ る仏 教の 『J
:、
1
豆・f
紆.
』 と道 教の 「五厨 経』 の成立は 夫々 の 立場
で影響
関係
が 逆 に 主張されてい るが、
そこで紹 介 された三 資 料;敦
煌 本三 厨 経、
高 野 山 金 剛三昧 院 所 蔵 本、
道 蔵五厨経 を 比較 対照する な ら ば、
構 成の 中心は い ずれ も く五碣文〉 で あっ て、
その 他の部分が附 加 改 変されて い るこ とは明 らかである.
:
敦
煌 文 献に よっ て初め て知ら れ た 『普
賢菩薩
行 願千 経』 (S .2361、275 、
1487
)
、
『大 方広 仏 華 嚴 経 普 賢 菩薩
行願
f
.
tVU」 は、
諸経録の偽経 目録に 入一
丿て い ない こ ともあっ て、
“ 偽 経 性に乏 しいと さ れ る か
、
こ の経 典の題 名と七 言 句の構 成が不 空 訳 『普 賢 菩 薩 行 願 讃 』(或い は その 異本
、
般 若訓 「四一
卜華
嚴』 の一
部』 ) と極め て 共通 してい るこ と は 明瞭である。 こ の こと は イン ド撰 述 讃文か らの中 国 での経 典 化 を示してい る。
次 に 疑 経 研究で は ない が、
浄土教 関 係 文 献 を集 録 した中 国で の代 表 的 文類、
「楽 邦 文類 』 巻一
に は 「 弥 陀 偈 経、
とい う名称が あ るi2 これ は その 内容か ら み て 『後 出 阿 弥 陀 仏 偈 』 を指 してい るが、
こ の こ と は本 来は褐 文であっ た もの が 後に実 際に経 と呼ばれて用 い ら れ た事 例である。
以上の 諸 例の 中に は
、
厳密
に は イン ド撲 述の 讃 偈、
疑 経の 信 憑 性に問 題 を 有 するもの も 含ま れ る が、
い ずれ に せ よ本 来 讃褐 であっ た もの が 後に経 典 とされた とい う点 は容認 さ れ よう。 そL
て、
こ うした事
例が 認め ら れ るこ とは、
当 然 現 行の 疑経の中
に もその 可 能 性 を 予 想さ せ る。
こ うし た疑 経の素 材・
構 成 要囚 た る讃 偈その もの の成i)1
・
変 遷 を探 求 するこ と が 現 行の 疑経だ け では窺 えない 疑 経 形 成の背 景、
時 代 的 社 会 的状況 を 浮び一
トが ら せ て くれ るこ と と思われる。
田 構 姻 1究の立 場か ら み れ ば、
経録の記 述には査定のtG
・
憑性 畷 経の真 偽 性、
実 際 }こず紹L
た か ど うか な ど の 考 証か 必要とな るが、
こ こて1
は 記載ど お りを摘 出した。
〔2〕 讃 偶て は ない か、
「仏 法有六義 第一
応 知 』一・
巻、
「六 通無礙 六 根 浄業義 門』一
巻は僧祐 が 偽 撰 と査 定した もの である〔「出F 蔵記 集 」巻5)
。
題 名 か ら 推 して中Lf
]仏教論書であ ろうが、
後の経録 ( 『歴 代二 宝 紀』巻11、
『開元録」巻18、
「貞1
亡録』巻28)では’
仏法 有 六義第一
応 知 経』一
巻、
「六 通 無 礙六根 浄業義門 経』一・
巻 とす る。
こ の こ と は後の経 録 編集 者の杜 撰
1
雪 〔た と え ぱ!」・
野 玄 才少経典伝 訳 史
.
「仏 書 解説 大辞典』 第12巻、
1)p.
28−
29、
36、
その他 !を 誌 め る としても
、
讃 偈た け でな く.
中国 撰 述の論書:な ど も後に疑 経の構 成 要素に なりうるbJ能性 を 暗 示 してい る.
後の課 題 と し た」・
。
{3; 弔(臼E訓了弓毛 「疑 経 研 究 」 PP.
345.
368⊃
1・
1:1
木 村 消 孝 「初即1中EE1
輩 厳 思 想の研 究」 匹)ilo。
15 :1ノ(
、
1レ:47・
152叫「
1
{、
な 才i
『彳麦1」
f
勃;可ゴ尓II
’
Ef
∠、
f
芻』(大正E12
・
:36・
1【II
〕参Y.
{E、
二 、 『念
仏超 脱 輪 廻 捷 径
経 』関 係 資 料
と本
経
の構 成
〈阿弥陀
仏真 金 色 偈〉択 瑛述 [1± 「ス タ イン本N
α44彊」嫐1
十念文〈
関係 資 料 対照 表〉 「竜 舒 浄土 文 』 巻+ 二 {3: 11
謝・偈嬲
緇
齷
糯黜
一
購 撒 三鰍 瞳 歎1
・功酬
『念仏超脱輪 廻捷径経(全 文)
』〔41・
賛 ノ「
「
由旧
先疑 経 と 讃偈
一
『念 仏 超 脱 輪 廻 捷 径 経 』 形 成の諸 問題一
阿弥
陀仏
真金色
相好端厳無等倫 白毫宛転五須弥 紺目抗青四大海 光中
化仏無量億菩薩
化衆亦無辺 四十 八願度
衆生九品咸令登彼岸
我
今称讃仏功徳廻滋法界諸有情 臨終並願往西方 其観弥陀大悲主 歎拡 是以受形三 界
………
’
……
…………
大衆為称十念 南無大慈大悲西方極楽世 界阿弥陀仏三 遍 南無大慈
大悲西方極楽世界観世音菩薩三 遍 南無大慈大悲西方極楽世界大勢至菩薩三遍南
無大慈大悲地蔵菩薩一
遍 向来称揚1
・
念功徳、
滋益亡霊神生浄土…
阿弥陀仏真金色相
好端
厳無等倫
白毫寂転五 須弥紺目澄清四大海
光中
化仏無数億化菩薩衆亦無辺 四十八願度衆生
九品咸令登彼
岸
於是念仏或百声千声。
以至万声。
菩薩号各
十声或百声畢。 超脱輪廻捷径 毎朝合掌向西。頂礼念南無阿弥陀仏。南無 観世音菩薩。
南
無大勢
至菩薩。
南無一
切菩 薩声聞諸.
L
善 人。各十声。
復
頂礼念。
大慈菩薩
讃仏懺罪圖向発願偈一
遍。
十方三世仏、
阿弥陀第一
、
九品度衆
生、
威徳無窮
極、
我今大帰依、
懺悔三
業罪、
凡有諸福善、
至心 用回向、
願同念仏人、
感応随時現、
臨終西方境、
分明在目前 見聞皆精進、共生極楽国、
見仏了生死 如仏度一
切。
復頂礼而退.
此喝有
大威力、能
滅一一
切罪、
長一
切ms
“.
・
…、
至誠如是、
必 中品生。………
5
阿弥陀仏身
金色
相好
光
明無等倫
白毫宛転五須弥 紺目澄清四大海 光 中化仏無数億化菩
薩
衆亦無辺 四十八願度衆生 九品威令登彼岸南
無西方極
楽世界大慈大悲阿弥陀仏 醸 瞭 它仏額
麟
歃
韈
南無観世音菩薩+ 声南無大勢至菩薩 十 声 南無清浄大
海衆菩薩
+声念畢廻向発願瑣
1
・
方三世f
∫、
阿弥陀第一
九品度衆生 威徳
無窮極我今大帰依
懺悔三業罪 凡有諸福
善
至心用廻向願
同念仏人 感応 随時
現臨終西方境
分明在目前 見聞皆精進
同生極楽国
見仏了生死 如仏度
一
切無辺煩悩断
無量法門修 誓願度衆生 総願成仏道 虚 空
有
盡我願無窮 同縁種知 十方三世
一
切μ、
一
切菩薩摩訶薩摩
轟可舟殳若f
皮羅蜜 南無阿弥陀仏三声 情 撫情
念畢合掌頂礼 而退阿弥 陀 仏信 仰 を説 くこ の 疑経 『念 仏 超脱 輪 廻 捷径 経 』 の 構 成は
、
初めに阿弥 陀 仏の 讃を 誦 し、
続 い て 「 南 無阿 弥 陀 仏」 と百 声 千 声、
更に万 声に至 る まで称 え、
次 に 「 南無観.
世 音 菩 薩」「南無大 勢 至 菩 薩」
「南 無 清浄 大 海衆 菩 薩」 と各々 十 声する。 更に
、
その 念 仏を 終 えて か ら、
「回向発 願 頌 」 を 唱 え、
最 後に一
切の 仏 菩薩、
摩訶般 若波 羅蜜と念じ、
「南 無阿弥 陀 仏」 と 三 声 して か ら、
合掌
頂礼 して終 る
。
従っ て
、
本 経は経 典とい っ て も、
二 つ の 讃・
偈文 と念仏 で構 成さ れた もの で あるu 本経 の後に載る無名
の 跋文 に よ る と、
本経 を毎
朝一
日も 欠かすことな く務める よ う勧め て い る か ら、
日 常の 儀 礼 作 法として浄十信 仰 者が 行なっ てい たの で あ ろうe 跋 文 に は、
長 蘆(
宗)
蹟 禅 師の勧 孝文、
蓮 池 大 師 (株 宏 )の臨 終 時の 言葉が 引 證 さ れ、
文体に 「……
的 」一
那 裏 没 有」 などの 口語が用 い ら l[t) れ てい る か ら、
その 部 分 的成立 は 占く て も現行は 明代 末 以 降の極め て新 しい 疑経 と考え ら れ る。とこ ろ か
、
この 疑 経の 「先
誦 仏讃」 とそ れに続 く仏・
菩 薩の 念 仏の 前 半 部 分 と、
後 半の 「 念 畢廻 向 発願
煩」 は、−
E
日休
撰 『竜 舒 浄⊥文」1 巻十二附録と、
その 後に更に附 載さ れた 部 分に、
そ れぞ れ 独 立 し た 「 讃仏偈
」、
「回向発願 偈」 として収め ら れてい る。
と くに、
後 半の 「 回向発 願 偈」 は く超 脱 輪 廻 捷 径〉 の題 する一
文の 中で、毎朝
の合掌
念 仏の と き に 唱 え る作
法として挙 げら れ てい る。
ところで、
この 王 日休 撰 『竜
舒 浄一
ヒ文.
1 トニ巻の成立 であるが、
この書
は、
本 来、
王 日休(
−1173)
が 浄土教に関 する諸 文 類 を十 巻として撰 集 し た もの (ll6
〔〕− 1162
)で’
あるが、
後の人が 二 巻 を追 録 して、
現 行 十二巻 (或い は 十 三巻 )となっ た とさ れる[
}
i.
従っ て、
巻 十二に追 録さ れ た 当 該讃 偈 を 含 む部分 は、
工日休の 時 代、
約 十二世 紀 中頃 より、
遅 い 成 立 とも考え ら れ ようtt
しか しなが ら、
後 に述べ るよ うに、
前 半の 「讃 仏偈
」 は その 作 者が知ら れ てい る し、
また先 行 する敦
煌資 料 (St
.
eirlNo.4474
!に く.
卜念文〉 と して見出せ る。 後 半の [回 向 発 願 偈 」 もア竜舒 浄L
文』 巻四 「修 持 法 門」.
一
:に そ’
.
くF!収録 さ れ てい るからt71
巻 十二附 載の 時 期は 遅 くて も、
当該の 二つ の讃 偈は、
モ 日休と ほぼ 同 じ時 代、
宋 代 十二 世 紀 に は、
すでにそ れ ぞ れ別々 に独 立 して存 在し、
い ずれ も 阿弥 陀 仏・
観 世音 菩 薩・
大 勢 至 菩 薩 等へ の 念 仏と ともに叫1[え られてい た と考 えて よい であろ う, そ れが その 後、
熱 心 な 阿 弥 陀 仏 信仰 者に よっ て、
い ずれ も阿 弥陀仏 を 中 心 と する讃 偈文 であ る がゆ攴 に 同時に 用 い ら れ るよ うになっ た。
おそ ら く、
二つ の讃 偈が 合併し たの は 「讃 仏 偈 」 のあとの念 仏 と 「回 向 発 願 掲」 の 最 初の 念 仏が 極め て類 似 してい た か らであろ う.
:
両 念仏作 法を対 応さ せ る と、
[ 讃 仏 偶」 の 念
f
ム「 回 向 発 願 偈」 の 念 仏
於是念 仏 或百声 丁
.
声 以 至 万声。
菩 薩 弓’
各 十 声 或 百 声 畢。
〔
南 無 西 方 極 楽 世界 大 慈 大 悲阿 弥 陀仏南 無阿弥陀 仏
翻 厭 蘓
颱 フ]’
声南 無観 世音 菩 薩十声
南 無 大 勢至 菩
薩
1
一
声 南無 持 浄 大 海 衆 菩 薩.
十 声丿 で あ り、
前 者の 念仏 作 法が残り、
こ の 二 つ の讃 偈 を 唱え る 場合には
、
念 仏 を媒
介 と し て 容 易に 結びつ き や すい 。後 者が 消 えたの は
、
資 料で み る 限 り す 唱 え るこ とが定 着してい たの に対して.
後 者の 念仏作 法は そ れ 程流 行し なか っ た か ら であ ろ う 1:両 念 仏作 法の 諸 資 料につ い て は後に 触れる ;1
。
こ う して合仂 し 成 立 した疑 経に は
、
本来、
後 半 の 名称 であっ た く超 脱 輪廻 捷1
拶 の 言 葉が 経題 と し てつ けられ、
明代末に は 現 行の 体裁 に なっ た n ち なみ にく超 脱輪廻捷径〉 とい う名称は
、
’
「 竜 舒 浄土文」 巻三「普 勧 修 持 」 四
、
呂 元益の 序など に用い ら れてい る か ら掛
1 阿弥 陀 仏・
観世 音菩齏,・
大勢至菩 薩 等へ の 念仏が、
こ の 世の 輪廻 を超 脱 す る 捷 径 として、
この 時 代に 好ん で使われた 名称 と思われ るtt 南無 阿 弖尓陀f
ノ、
南 無 観 世 音 菩 薩 南 無大勢至菩 薩 南無一・
切 菩薩 声 聞 諸 上 霽人。
各十 声、
、
その 際、
、
前 者の念 仏作 法が 当時讃 文の 後で必疑 経と讃偈
一
『念 仏 超脱輪 廻捷径経 」 形 成の諸 問題一
7
〔1〕 『釈 門 正 統 』 巻六 (卍 続2乙・
3・
5)、
『仏 祖 統 紀』 巻一
四、
二五、
二七 (大正49・
221中下、
260
中、
278.
ヒ)。
(Z) 「 東洋 文 庫 影 印a 〔北 海 道 大 学 附属図書 館 蔵 )。
なお、
以 降に拳げ るス タ イン 本 も、
と くに典 拠を 示されい 限 り、
こ れ に依っ た。
べ 11オ 本 その他につ い て は未見であり.
先学の 論 考・
目 録 な どに依っ
て典 拠 を示 した。
(3) 大正47・
288上、
289中。
〔4)卍 続1・
87・
4。
本経 につ い ての論 考は
、
わすか に牧円諦亮 凝 経 研究』 pp.
69−
72に認め ら れ る た け と思 わ れ る。
拙 稿 「浄土教関 係 疑 経典の研究〔
・
1」 (『札幌 大谷短大 紀 要』 第8
号、
pp.
IZO−
121)で は 『竜舒浄土 文 』 は指 摘 した か、
S.
4474 <十 念 文〉 は 未 た見 出L
てい なか っ た。
(6}「 竜舒浄 L序」 呂 師 説(1316年 )、
「竜舒 浄il
文 序」 張孝 祥序〔ll61年 )、
「重刊 竜 舒 浄土 文序」 南 溪 秋 月序 (1481年〕、
周 葵 跋(li62年冫
、
劉章跋 〔]162年 )、
宗 杲 跋 (1160年)、
「四 明 断 仏 種人跋」 (1393年)(『竜 舒 浄 土 文』 序、
巻一
〇、
巻一一.
大il,:47・
2511.
−
252上、
283上中、
286上 中 ) 参 照。
⊥ 日休につ いては
、
『 樂 ナIS
文類』 巻 三 1:大 正47・
196中.
197上1、
『仏 祖 統 紀』 巻二八 1:大止49・
284上 中 )、
『 蓮⊃
1
、
宝鑑』 巻四 〔大 止47・
326下 )、
「浄 1.
指 」’
ii}集』 巻.
ド(卍 続2・
11S・
1)、
「往生集 」 巻二 〔大i[51・
139上 中 )、
『浄 土晨錚」 巻
一一
()〔卍 統2・
14・
2〕、
「浄二i:聖 賢 録JI巻六 (『浄一
1.
};1全書 』 巻一
八、
763上一
764下 )なと’
。
17] ブ(工E47・
262−
i
”。
〔8〕 II佳有酉 方 汀「土、
最 為 超脱 輪廻 之 捷 径 〔大止47・
260中 )、
11i
・
卜二L之言兜ノレ超HIL
車侖廻あi乞径 (プく工L47・
251]ぐ:1=
三 、〈
阿 弥
陀仏 真金 色偈
〉 の撰
者
択
瑛
と当
偈
の内
容
それ で は
、
宋 代 卜二世’
紀 に は、
すで に別々 に唱 え ら れ てい た、
こ の 二つ の讃 偈は、
い つ 頃に成立 してい た の で あ ろ うか。
以 降で は、
その背 景・
周辺の諸 問 題につ い て探 求 し て みよ う。
まず
、
前 半 部 分の 「讃 仏偈
」 と念 仏 作 法につ い て探る と、
こ の部 分は更に二つ に分け て考 える方 が良い ようである 。初めの 「讃 仏 偏」 につ い て は
、
天台 宗の 桐 江 択 瑛 (1045− 1099
)の 所 撰と伝え ら れて い る。
師
〔
択 瑛 〕 以 聴 神悟講深悟二浄 教
一、
述二修證 儀_
以
偈 讃払
云、
阿弥 陀 仏 身 金 色
……… 。
(「釈 門正 統 』 巻六)
〔択瑛
〕
嘗述二浄土修證儀一
。
其 讃 有一
阿 弥陀仏真金 色 之 偈_
。室
今
人皆誦之 。 ( 「仏 祖 統 紀」巻一
四 )桐 畷 師 注心 経 三珠 言卸 争土修 讌
雛楚
麟
綴
一
・同書
、 巻二 五 )〔
択瑛〕
叉 述=浄土修證儀二巻一、
行二於 世一。
今 人 称T.
阿 弥陀仏 真 金 色一
偈一
即 師 所 撰也
。
(「同書』 巻二 七 ) と あ るの が
、
その典 拠である屮
神 悟 処 謙の 元 で・
元靴 ともに 、 始 法 華の 妙 旨を順L
、
学 行を 大 い }・著 し た択 瑛は ま た浄土 思想家
として も知硫 た 人である が嘗
’ 当 時の 天繖 学 界は 四 明知 礼 〔96
・− 1
・28
)か ら端 を 発 し た山家 L臼外派の 講 が 続き・
と くに 『蹴 ・ の 観 仏の 解釈 につ い て、
矢冂礼の ・ 観 経 妙宗 鈔、 、縦、
観 仏〉 説 を 防 と して踵 ・ の 見解 舗 ん に 言籐 さt
・・t
:中 国 浄上 教臓 の1
、.
で も、
働 て韈嚇
代でも あ っ た野
1 こ う した状 況の 中で の択瑛の 『観 経 」 の 観 仏説は蹙
瑛法 鱒.
騰 諜伝
……
状一
代跏 有一
其二概一
者妨 入遡蟋
綱
無生 観 也、
二者 求 生,浄
一
lt一
捨
身
為 身 有 生観 也。
〔F「復 宗
集
1 巻 ド ) 次 説 聯 鵬 證儀・
そ皮文 問畷艪
仏与
輌 殊t/
答 醍 洗 観 事 境、
後 修 囎.
.
.
此髄観 事 境
一、
而 取、往牛一
等。
(『iE観 記』 巻Ll
8
の引用 で窺わ れ る ように、
また
、
至 于桐江 瑛法師 立論
、
以二摩訶止 観一
.
為
一
無 生 観.、
十六観 門為二
有
生 観_、
雖宗.
天 台_
不
得二祖 意
一
.
.
公為
二異 説一
.
、
浅 鄙 呼〆
笑。
(「背 宗 失 旨 」 「浄土指 帰 集』巻 下 ) とIS
:後に 知礼の 十 六観理観 説 を正統 とみ る人々 か ら批 判されるよ うに、有
生 観・事
観 説であっ た1
“)また
、
彼には 「往 生 浄土十願
文 」 「 弁 横 竪二出」「勧 修 浄土(
頌 ) 」(い ず れ も 「楽 邦文 類』 所収ゾ
が 残さ れてい るが、
その中
でも 「善 導 和 尚 立 専 雑二 修 j を 引用す
る 「弁 横竪
二 出」 の説は、
親 鸞の 二 双 四重の教
判の典 拠 と さ れ181
善導
の影響を 強 く受 けてい る人で も あっ た梦
こ う した択 瑛の 浄土思 想 を
背
景と して、 〈阿弥 陀 仏真金
色〉 の 讃 仏 偈 を読む とき、
こ の 偈の性 格 が、
或る 程度、
具体 的に理 解 す るこ とがで きる。第
…
に、
こ の偈文 は、
当時最
も流 行 してい た 『観 経 』 を依
り どこ ろ と して、素
朴に阿弥陀仏 を讃歎
し てい る点であ る。
r観 経 』 第九真
身観
剛 無量 寿 仏 身、
如百千 万億 夜 摩大閣 浮 檀 金 色.…
…
……。
眉間白毫 、
右 旋 宛 転、
如 五 須 弥 山。
仏眼〔
清 浄〕
、
如 四 大 海 水、
青白 分 明。
……
。 彼 仏円光、
如 百億三千 大 丁.
世 界。
於 円光 中、有
百 万 億 那 由他
恆河 沙化 仏。一一
化仏、
亦 有 衆 多無 数 化菩薩、
以為 侍 者。
無量寿
仏、
・
・
…・
、
其 光明相好、
及与 化 仏、
不可具 説。
(
『無 量 寿 経 』 四 十八願
) (『観 経 』 九 品往 生)
〈阿 弥 陀仏真金 色〉 の偈
阿 弥 陀 仏真 金 色 白毫 宛 転五須 弥 紺 目澄青
四大 海 光 中 化 仏 無 数 億 イ匕菩薩
…衆 魂く無 辺〔
相 好 光明無 等 倫 〕 四 十 八願 度 衆生 九品 感 令登 彼岸
以 上の 対比で 明 ら か な ように
、
こ の 渇 文は 『観 経』 第 九真 身 観の経 文 をそっ くり用い て、
阿 弥陀 仏の 光明相 好 と 化 仏 化菩 薩 を表 わ し、
浄 土教の 根 幹で あ る 四1
一
八願の 利 他 行 と 九 品の 衆生の 救 済 を 力強 く讃 嘆 した もの で あ り、
そこ に は、
当時
の 天台 浄土教 学で喧しく論 議 され た 〈約心 観 仏×理観〉 など と は異なっ た、
素 朴な讃 仏 偈で あ る。
そ れ ゆ え に、
また当 時の、
或い は後の 多 くの 人 々 に愛諞 さ れ用い ら れたのであろう。 択瑛の事
想 観は、
前に も触 れ たよ うに、
“ (理 観 を修 すべ き ) 賢い 者 を、
〔事観 を修す る) 愚 か な者にする……
「「
と批 判 された として も〔IP
彼の 残 した く阿 弥 陀 仏真 金 色〉 の偈は、
後の 歴 史の上では、
そ う した理 観事観の 論議 と は係 り ない世 界一
お そ ら くそ れ を日々 の 日 課 で 唱 えた 入々 は 批 判 者か ら言 う賎 しい 人々 で あっ た か も知 れ ない一 一
で永 く生き続けたの であ り、
そ れ は また、
凡夫 往生、
事 想 観 を主 張 した善 導と共 通するもの とい え よう。
彼の 著 した L「 修 證 儀』 は今 日散 失 して お り、
そ れ ゆ え、
彼の 事 想 観 が下根の 人々 の た め の教理で あっ た か どうか は知り え ない が、
そ うした彼の 浄土思 想の 真偽 とは係 りな く、
多 くの 人々 に広 く永 く用い ら れ た。 そ れが 善 導の、
後の 人々 に計り知れない 影響 を与えた点 と共通 するもの で あ り、
この偈文の 生 き 続けた働 き を轡
こ こ では 強 調 したい の であ る。第二 に
、
善 導の 影響 を強 く受け、
“
弥 陀の化身” と讃仰 し た 択 環の 態 度が、
この 偈 文にも認め ら れ る点であ る。 善導(613−
68D か ら択 瑛に至る ま で の 約400
年程 の 間には、
『観 経 』 に依 拠 した諸讃疑 経と讃 偈
一
唸 仏 超脱 輪廻捷 径経・形 成の 諸 問 題一
9
偈 は、
「観経 』 流 行と
相
俟っ て、
数 多 く残さ れ てい るが!
j 3}そ れ ら には
当
偈 文 と類 似の偈 句 は見
出 し難い の に対 して、
そ っ く りの対 応 句は認め られ ない に して も、
「阿弥陀 仏〔
身〕
真 金 色」 の 語 は善
導の 『観 経 琉』 巻四、
『観 念 法 門』 にの みある 用語
であ
る1
の択 瑛 所
撰
の 三つ の佚 文の一
つ に善 導 「専 雜二修 」 を 引 證 するこ とを考 え 合わ せ ると、
僅か数 句
の こ の偈 文の製作
が後の 人々に多大
な影 響 を与 えただ け でな く、 約400
年 程 前の善導
以来
の浄土教の歴 史 を背
景 と して生れ た もの であるこ とも{ls知ら れ るであ ろう。
以 上が
、
天台宗
桐 江 択 瑛と その所 撰 く阿弥
陀仏
真 金 色偈
〉につ い ての 内 容と背 景である。 (1}卍続2乙・
3・
5、
大正49・
221下、
260中、
278上。
(2) 択 瑛につ い て は、
前 記の 資 料の外に、
「 抗 州 祥 符 寺 瑛 法 師骨 塔S
名」 (『芝園集』巻上、
卍 続2・
10・
4)、
『復 宗 集』巻 下 1卍 続2
・
6・
2)、
「観 経義琉正 観記 』 巻一
ト (『浄土宗 全書』 巻 五、
pp,
441、
447、
461)、
『楽 邦文類』巻二、
四、
五 (大止47
・
179中、
210上中、
220下 )、
『浄土指帰集 』 巻 上(卍 続2・
13・
1)、
『浄土聖 賢録』 巻 三(『浄 土宗全書』 巻一
八、
p.
663上 )など。
〔3) 択瑛 を 含め た宋代の 天台 浄土教につ い て は、
佐々木 月樵 『攴那 浄土教 史』pp 441・
・
.
488、
望 月信 亭『中 国 浄土教理史」 pp
.
342−
393、
高雄 義堅 「中 国仏 教 史 論』 pp.
152−
185、
安 藤俊 雄 『観 無 量 寿経 妙宗 鈔 概 論s pp.
2−
8、
51−・
−
6682−
89、
[⊥1口光 円『犬 台 浄 土 教史』pp.
135−
196、
福原 隆善 「善 導 教 学と宋代 浄 土 教」 (「;麟諜
善 導 大 帥の思想 と その 影 響』)など参 照.
〔4} 『復 宗 集 』 巻下 (卍 続2・
6・
2・
175)、
『正観 記』 巻E
〔『浄土宗全書』 巻k、
p.
447〕。
(51 『浄 土 指 帰 集J 巻b
!卍続2・
13・
1・
89)。
なお、
『復 宗 集 』 (前 註)で』
は、
択瑛の所 論につ いて、
L 者 違レ経.
二者 背レ祖」 と批 判 して いる
。
安藤 俊雄 『天 台学』p.
383−
384参照。
(6) 当時の 『 観 経』 観 仏 説の諸説につ い て は、
然 古 今 判 釈 互 説不同
、一・
云十六妙 境 無 非理観、一
云 拠 経 始末皆是事想、
・
云 前 後1
五 是事唯第九仏 観為理。
(『 観経義琉』 巻 上
元 照 述
、
大止37・
280.
卜.
−
281卜)初 説即 四 明 妙宗鈔
、…・
・
.
。
次説即桐i
[[修 證儀、……。
後 説孤山刊 止 記、……。
(上 記の 詮 釈 『止観 記 』 巻 上 戒 度 述、
『 浄土宗全書』 巻五p.
447) 山口光 円 『前 イ曷書 』 pp.
158−
159、
参 照.
(7} 『 樂邦文類』 巻二、
四、
五 (大止47・
179中、
210L 中、
220F
)。
(8} 「歎 徳文』 存 覚 述(「真 宗 聖教 全書』 巻三、
p.
662)、
望 月f
≒亨 『前掲書』pp.
365−
366、
山口光 円 『 前掲書』 p、
157な ど。
{9) 後の 畔 浄綜 で は漕 導 を弓端 の化 身と 劃 ・した一
ノ・と引 証 さ れ る。
t:とえば、
・浄 1、腰 集、 巻一
鼬、
『i
覗 聞・ 第一
蘇 噂 土;i
:全書』 巻一一・
、
PP・
3、
222,
225入・ 鯔 記糅銑 巻二 聖間 (・ 浄土宗全書、巻三、
,.
87)・
f’
善 獣 師伝纂註・ 巻 上・
下(「浄土縫 書・ 巻一
六 PP.
4、
53)など.
た だ し、
善 導を弥[・’
t
’
・a,化tiと最 初に記したのは遵 式の よ うである
・
『 離 ・’
i
’
’
f・
略 伝 ・ (『鮒 統紀・ 巻二 六、
大正 49・
263中 )、
耕 大 慧 ・善導伝の_
考 察 、(『凵 支
ft
・
教史 論攷』 PP.
29亅.
.
.
293)参黙。
〔IO) 大正 12・
343中。
“1) 若一
繍 ・瑛欝
・
彳尋ヒ
不L 違・鰡 之輔一
乎・
鮪 ・三 輩 九品一、
機 郁 ・騾 臥 鮪 。1
・E
捷之 逕一
漣 有 =.
if
疾 之 期 諾 以 此為.
至 談一・
非.
・但 促・飄.
為一
鷯、
跡 1田一
胱 為 。鰍 1〔乎〕。
瑛鱒 執一
・
事 修.・
殿一
[上 レ 麟 と賎、
……
(・復 宗 集、巻 下、
卍続・・
6・
2・
175一
工76) 〔lZ) こ の倣 は・
輪 で指才1饒するUll
・〈・・
後に驪 ・趣 まt
・て詠 く生 き続 ける か、一
方.
Li本へ も 伝 え られ、
日本 大緜 で用いられ る 「 例 時作法」 の 式 次 第の最 後」「ユJ/念門・ 第四辮 門 瞞 ・・t・る ・・喧 山晄 円 ・前鰭 』 PP ’58・
321−
3S°)・
以・ て・
当 倣 が沖 国のみ な ら ず、
躰 1・ まで、
婀 に広 く 永 ぐ 谿 さ れた か が鮎 漏 で あろ う。
〔13) た と群
「第六渕 騨 原贍 凱 識・
謹依+ 六酢 ・ 〔・1
ヨ・生 儲 、 鱒 集 記、
・集 謝L
懴 儀 、巻 下)、
・欟 経 等明働 三 噺 齪 生讃・ 善 磯「
鰤 杁 纈 瀞i
・述、
・ 繍 鐵 黼.
法馳 「 述 観 紕 闇 儲 文、、
・大10
勢至書 薩 讃
点御糖轡
」潤浄 土一
f[会 念仏略 法事儀 讃』、
『浄 土ゴT.
会 念仏涌 経 観 行儀」巻 中.
ド法照 撰
.
以 降では 当 該二書 を 塚本 善 隆 博1∬ 唐 中期の 浄土教』 法蔵館刊、
pp.
175以 下の呼称に1
放一
・て冒
テ【会法事讃i 略本、
広 本と記す〉、
「日 観 銘(1」}/1+,
1
丶
観 経 月 i.
e式、
「−i.
・
,
’
、
観頌 1 ゴ 1・
」 遵 式、
「.
陣こfl!一・
.
.
、
【1」 有厳 「1・
傾一
.
トトILI許 」 丿し照、
「 i・
六観 近 体詩 1 冲 黙 〔1一
樂 邦 文 類』 巻一
h.
::な ど は、
『観 経」に 依 拠 し て 作らdl
たこ と をHJil記L
た讃 偈て』
ある か、
その他の諸 讃偈につ い て も 少 し く 内 容 を 知れば、
その 多 くが 「観 経「
に 依 っ て いるこ とは 明 ら かで あるt 個 第二夜 見阿 弥 陀仏真 金 色 L『観 経 疏.
』巻 四、
丿く正37・
278下、
古 未 ;古 今 楷定冫て知 らtiる本 疏 撰述の状 況 と三き亭導の 態 度 を述べ た有 名な 結 文 :、
依観経 明観仏三昧 法
隻農
鷙
i‘ 観 阿 弥1
;.
と仏 皇壷妻色 身1
り光徹 照 端i1L無髪⊥.
匕3・
…
欲入 こ昧道場時。……、
想 念 阿 弥 陀 仏 眞金 色身光 明 徹 照 端 止無 比、・
…・
・
…。
依 経 明1’
f,
種 増一
卜糸求義・
巻.
L
又謡護 念 増」.
縁者 〕 又 如 般舟三昧経 行晶中 説J.
/,・
・
一 …、一・
心専 念阿 弥 陀f
ム真 金 色身D・
・
…一 。
〔又忌,見 仏 三「[未増L
縁者 〕・
・
・
…一 ・
・
…………
叉如r
ド1二‘身 観 中ri’
“)L。一 ・
…・
、
次 史 観 無瞬t
≠}f
ム丶
身貞金 色、
眉間毫相、
円 /二化 仏、一・
・
凵
叉如般舟三 昧 経ユ、
、・
・
……・
、
念 曲1
∫阿 弥 陀 仏身真金 色三1』
二相 光明徹 照端正無比、・
・
一 。
〔『観 念 法 門 」 大i
[・
.
47 ・
22下
、
241i.
[、
Z5中.
26中下。
こ こ で引 証 す るi般)i
」.
1昧li5」
sklf }.
13・
899上、
905中に は、
真余色の 語 は ない 〕.
.
ま た、
類 似の用語として、
「 仏1ナ弥 陀 身 真 金 官L……
1、
別 行 本 「往 生 }L讃 文1 薺 導二
S.
2659v、
P.
2722縦 :III堯 敏一
敦 焼llh i.
善 専’
往4
乳 讃』 注;写本につ い て」 『』
麟鰹
善 導 大 帥の思 想と その影響」:1 も認め られ るか ら、
.
1
;111弥 陀 仏 〔身〕真 金 色」 の 語は、
善 導が最 初に、
かつ 好ん で川い た詒 句.
と思 オ『
)れ る、
,
q51 「[;[
li弥 陀 仏「身〕真金 色」 の口{1の外に は、
1利抜∫光明 無等 倫1の 詁か、
1観 縫一
i.
/」
、
観讃一
釈浄 遐 述 :『五 会 法 事 讃 」 略4
・.
大/、L.
47・
485中.
r/tJ
会淵 嶺 1 広本、
焔』
「
85・
1215中.
塚 不 善1
;条 塘 中杢り]の 浄一
L教」 P226.
Z28参 照);現 凵 IIせ る
、
極め て樺か な 類 似 例 で は あ る が、
宋 代の 浄土教1
昊一
1
係 讃 イ結に は全 く 見 出 し 黜い こ とを勘案する と、
当 く阿 弥 陀仏貞 金 色碣) か宋代の成 立であ りなが ら も
、
宋 代 浄 1.
教の影響か らでは な く、
善導か ら法照 な ど に代表 され る唐 中 期の諸 讃 偶の影 響が強い と思わオLるの であ る。
四、S
。
4474
〈
十
念
文
〉 につ い て とこ ろが、
こ の 〈1
嚇 陀U
、
真金
齪 〉 は、
敦 煌ス タ イン 軸44
・ 〈当偈〉(勤
斑 均・陀三尊’
地 蔵 菩 薩へ の 念 仏〉 とい う構成の く十 念 文〉 とい う 題名でそっ くり見 出せ る.
こ の 題名は 浄 土 教 で
有
名な所謂 く十念思 想〉 に由 来 する題名で はな く、
こ こでの 念 仏 作 法が、
・
………・
大 衆 為称一
卜念南 無 大 慈 大悲 酋方極 楽 世 界阿 弥 陀 仏三過
南無 大 慈 大 悲 西方極 楽 世界 観 世音 菩 薩三通
南 無 大 慈大 悲 西方 極 楽世 界 大勢 至 菩 薩三 過
南 無 大 慈大 悲 地 蔵菩 薩
一.
過向 来 称 楊 レ念 功徳
・
・
……・
、
と ある、
その 称 える数が 合 せ て十遍とい うこ とに由 来 す る 題 名[1.
であろう。 こ こ で は、
すで に当躰 の 前締1
分 く阿 弥 陀傾 絶 偈〉 に つ い て は 瀰 を 織 てい るの で・
当疑経 と讃 偈
一
「念 仏 超 脱 輪 廻 徒 径 経 』 形成の諸 問 題一
11
写 本 と後半 部
分 〈念 仏 作 法〉 に つ い て、
その 成立・
内 容・
背 景 などを考
えて みよ う。
まず
、
当 写 本 (Stein
No.
4474
)の 書 写 年 代である が、
ジ ャ イル ズ目録で は“
十 世 紀の” 〔L ) 写 本と査 定 されてい る。
しか しなが ら、
そこに択瑛 (1045− 1099
)述 〈 [Smf弥 陀仏真 金色偈〉 が収め ら れ てい る ことが判明 し た 以 上、
その時 代は一
トー
世 紀 後 半 以 降と訂正 し なけれ ば な ら ない であ ろう。
次 に
、
当 写本の構 成であるか、
諸 目録で は1
’S: 1『ジャイル ズ 目録 』
G
.
6448
(S .
4474
)田*
Prayers
・n vari。us subjects.
Head
−
1ngs are:賀雨;律
;尼;慶
蘭若;蔵鈎;探油。
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2
}西方讃文Ehlogy
on theWestern
Paradise
,
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3
)十念文Shih
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Praver
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