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札幌大谷短期大学紀要12号 柴田 泰「疑経と讃偈 : 『念仏超脱輪廻捷径経』形成の諸問題」

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(1)

1

讃 偈

念仏 超 脱 輪 廻 捷 径

諸 問

柴  

閊題の 所 在  

経 録

疑 経 研究の 諸 例

 

念 仏 超 脱 輪 廻 捷 径 』 関 係 資 料 と 本 経の 構成 三

〈阿 弥 陀 仏 真 金 色 偶〉の 撰者択 瑛 と 当偈の 内容 四

S

4474

 〈十 念文 〉 につ い て 五

弥 陀三尊

地 蔵菩 薩の十 念作 法 六

弥陀三尊

清 浄 大海衆 菩 薩の 多称 念 仏  

1 、

その原形   

2 、

宋 代浄 ヒ教での 状 況 七

 〈回向発願 偈〉 につ い て 結     論   附

1

  既 出 念 仏

 

2 

究 意 大悲 経

1 と 「臥 輪禅師偈1 関 係 資 料 問

の 所

 

敦 煌 文献の 発 見 は

そ れ までの 中 国仏教研究に新た な資 料 を提 供 し

そ れに よっ て著 しい 成 果が 表 わ れてい

と り わ け

中 国っ て 創 作さ れた 疑 経と

時々 の 信 仰 と思 想を 発露 した 讃

偈 文の 新 しい 諸 資 料

そ れ ま全 く知 ら れ い なか っ た中 国 仏 教の 隠さ れた実 態

庶民 社会での 様 相 を伝え る 好個の 資 料 と し て

今 日

こ の 分 野の 石

ll

究は

敦 煌文献 を 無 視 して は 語 れ ない 状 況 と な っ て い る

 

疑経 研究の分 野につ い て 言え ば

っ て

偽 経 とい う 点で排斥さ れ なが らも

凵本に 伝え ら れ残 さ れた僅かな疑経 と諸経 録 に 載せ ら れ た 題名の み を依 り どこ ろとして研 究され てい た が

近 年 では 敦 烽 文献の 新た な 多数の 疑経が知 ら れ る ように な り

それ こ そが歴 史の 表 面やか に 場 し な い

中 国 社 会の 大 衆 信 仰を 示す 貴 重 な資 料と して 見直さ れ

中 国 仏 教 研 究に お け る重 要な 分 野 を 占 め て い る

こ うした疑経 研 究 の 成果 は

すで に望 月信 亨

匁 吹慶 輝 両 博士に よっ て

夫々 扱 う 資 料 を 異に し て 示 さ れた が

Lii

現 在では

牧田諦 亮 博士の 『疑 経研究』

ILI

をその 総 合 的 成 果 と見 做す こ と ができるであろ う

 本 稿 は

昭 和脇年度 「 乍」11」度学 仏 教 学 会」 に お い て 「経 形

私 見 」 と 題 し て 発表し た

部 を 袖  ユL加 筆 した もの てある

(2)

2

柴  田 泰

 

偶 文

広 く

煌文学 文 献の研 究 分 野

1

干 重 民

入矢義 高

金 岡照光 博十等の 主に 中 国文 学

中 国 哲 学の分 野での 成 果が知ら れ てい る が

fi

i 仏 教 学の 分 野で も

すで に塚 本 善 隆 博

唐 中 期の 浄土教』以来

現 在で も陸 続と新たな 資 料が紹 介 され

秀れ た 論考か 発 表 さ れてい る

 

筆 者 も

こ う した先 学の 成 果に教え ら れて

と くに 浄土教に関 係 する疑経 と

婢 仏 教文献の櫨 索と考 證 を続けてい

1

iZ “稿で は

々 その 過 豬 で気づ い た疑 経の 形成

或い は成立 に関 する讃

偶文 との 連性につ い

超 脱 輪 廻 捷 径 {

L−

E

1を取 上 げ

その 形 成に関 係す る諸 問題 を 考 察しよう と思う

 

そこ で

初め に疑 経 形 成の 要 因

成立の 背 景につ い て

従 来の 見 解 を挙 げる と

牧田諦 亮 博士 が まと め ら れ た六 種の 分類がL

’i 

R

く知 らてい

博十 は

は じめに望 月信亭博士の 教 学 的 思 想 的 背 景 を 紹介さ れ たあとに

疑 経 成立の要因 として

次の 六 椡 こ分 類さ れた

  (

う 主 権 者の に 副 わ ん と した もの

 

O 

者の 施 政 を批判 した もの   の   中 国 伝 統 想 想とフ)調 和 や 優 劣 を 考 慮 したもの  個  特 定の教 義 信 仰 を鼓ロ欠 し た も

 

 

 

現存し た特 定の 個 人の名 を標 したもの

 

〔ブ・) 療 病迎福な どの た めの 単な る迷 信に類 するもの

 

以 上の

要因を

強い てまとめ る とすれ ば

口 は主権 者に係わ る とい う点 で 政 治 的要 因

の 画 は中 国 思 想

仏 教 思 想な ど に関 する思 想 的 要 因

因 は 社会に著 名 な 人物

俗 信な どの 社会 的 要 因 と見做 すこ とが で き

そこ には疑経 形成の 背 景となる すべ て の要因 か

そ れ に相 応 する典 型的 疑 経 と と もに 考 證さ れ てい る

こ の よう な諸 要 因 を教 えら れ る とき

わ れわれ は疑 経形 成に係わ る すべ 背 景が網 羅さ れ成立 してい く生 きた疑 経の働 き を知 るであ ろ う

博上の 六種 の分 類 は

わ れ わ れ が 疑 経 を考證する際に 極め て参 考となる ば か ト

1

な く

偈 文 な

煌 文 献 を扱 う 場 合 に も裨益 さ れ る もの であるが

本 稿で は

こ の 秀 れた成 果と は 異 なっ た視点か ら

また別の 要因 を 指 摘 し たい の である

 

す なわ ち

以 トの政 治 的

思 想 的

社 会 的 諸 要因 と は ま た別に

疑 経 その の の構 成 をみ る と き

疑 経 形成の

要 因として

中 国で疑 経 を意図 し ない で創 作さ れ た 資 料

こ こで は 讃

偈文 な どが 疑 経化され る こ と

或い は疑 経の

に係 わ り 組み込 まれ る

とい う 点 を論 証 したい の で あ る

こ っ した構成的要 因ともい うべ 成 果て は

望 月信 亨博十 が

イン ド撰述漢訳 経論の 影 響 っ て 作 ら れた数点の偽 疑 経 論 を

部対}

i

負して論 証さ れてい る が

 

こ こ で は

そ れ を 発 展 させ た意 味で 中国で創 作さ れたii漏資 料

偈文 な ど が 疑 経の

っ てい るこ と を 『念 仏超 脱 輪廻 捷 径 経j を 取

I

r

て指 士「:

lll

し よ うと思 う:1

1[; 望 月 信

;L 「v

)起 原 及 発 達」 PP l3:t

Lt57

      同  「仏 教 史 の 諸石膨 ヒ

ユ PPl 劉

166

      同   「

f

気斈

f,

4TyN.

t’:史liM

t』 pP Lt99

5:号

L

  

ノ」1膿 埆… 11

1 

 thi

;懈 説、 第

部PF,178

204

節二 部PP

】16

1 15ti

IS  lg

 

〔2: 臨 続 ・賠 査 、 r昭榔 L・i

・献 、・\ 嬬

制 蘭

f

:1 譜 は

Illl

 

L

・・それ まて・擬 1細 1ヲヒ

1敝 燃 成し た   ものて

ある

〔:“

 

li

嚇1光 鞠i「

lll」 文献 分 類 目 録 附 角 5己之 自

i

     

Ll1

」  『敦 蛇

文学 』 参 κ 文 献 参貝}i

1 稿 r

1

教 関係 疑 経 典の {in

 Il

IGI

 J

札 幌 大知大研究 紀 要⊥第6

9写

1

(3)

疑 経と讃偈 

念 仏 超 脱輪 廻 捷 径 経 」 形 成a)詒 問題

3

     同

敦煌文献の浄 十 思 想」 (「印

V,

1

」第26巻 第2号 )な ど

〔5} 牛文田 言帝亮 L1 

f

 i丿 

tVJ

書 』 pp

4〔〕

84

 116

118

(6) 望 月 信 亨 『 原 及 発 』 pp

167

18Z

Lt77など

     

1

司  「

f

ム教 紊歪典 成立 史 論」 pp

382

388

457

47Dな ど

(7)すで に大乗経典の 成立史的研究で は

現行の粁典か初め か ら現 行の形態てあっ たので はな く

始め は幾つ かの累   材

要素が部 分 的に 成立

L 、

やか て そ れ らか合糅 し新たな 要素か附 加し修i卜

増 補さ れて現行の形態になっ た

とい  うの か通 説である。 浄士経 典に 限っ て言 えば

無 量 寿 臨 の対 告 衆の違い

本 願数

五 悪 段

『観無量寄経』の定善  十 三 観 と散善三 観

5

它経 』の 「 六 丿∫段 1な ど 〔た と え は

藤 田 宏達 「原 始 浄 土 思 想

b

f

』 Pp

167

− 221、

山 田

 

明爾 「 観経 攷」『竜 大 論 集』第408号

拙 稿 1「阿弥陀 経』 フ

、方 諸 仏の異名」『印

1

!訓 』第23巻 第2VJ

など参照 )が考言11

 さ れ ている

そ うであ る な ら

疑 経の成 立 に関

L

て も同様の こ とか考 えられる わ けであ り

そこ に幾つ かの素 材か  あっ て も よい こ とに な る

本 稿 は そ う し た

試 論にす ぎ ない が

疑 経の成立史的研究ともい こ の分 野は今 後  益々必 要に なっ て く るの で はなか ろ うか

経録

 

本 稿の意 図である讃 偈 など が疑経の

成 要 素に な るこ との正 当 性 を より客 観 的に保 証 する た め に

念 仏 超 脱 輪 廻 捷径 経 』 形 成の具 体 的 諸 問 題 を論及する前 段 階として

こ こ で は諸経録

従 来の 疑 経 研究な ど を再 点 検 し

それ を支 持 する諸

例を指 摘 し傍証 と しょ うt

 

まず

諸 経 録が 明 ら か に 疑 経 と 査

し た ものの から

1

お そ ら く その 原 型

内谷が 讃 偈と予 想 され る 経

を 調べ る と

 

七 仏

説 偈 経 〔『蔵 記

』 巻 4

 

『歴 代三 宝紀』 巻

11、

 

『開元 録』

巻 5 、

4、18 、

 

「貞元録

        

 

巻 8

 

24

 

28

 

深 自知

身偈

4 、

法 経 録

巻 4 、

歴11

「仁 寿 録』 巻

3 、

泰録4

巻 3 、 4 、

18、

         28〕

 

衆経要 攬 法 偈 〔出

5 、

11、

 

』 巻

10、

18、

28

 

太子 讃 経 〔法

4 、

4 、

4 、

10、

 

武 周 録 』 巻

15

開ユ

8 、

28

 

四讃 偈 及七仏 名 字 礼 懺経

15、

18、

28〕

な ど が あ る

これ らの経 典は 経 題 か ら考 えて も

経 録 記 載の推 移をみ て も

初めは 失 訳 或い は 疑 惑 の 讃 偈

懺 文 でっ た もの が

後に疑経 と見 做さ れ たろ うこ と は容 易に推 定で きよう

 

更に

疑経 と査

さ れて は い ないが

失 訳

欠本

異 経

抄経

別生

別 行経 な ど と経 録に よっ て査 定か変り

しか も極めて疑 惑 を

す る経 典 と しては

 

五 百

経 〔, bl13

法 /

5 、

5 、

武ユ2

開 4

、15、

6 、25

 

群生偈 経 〔出

4 、

4 、

5 、

武 ll

2 、

15

貞 3

25 〕

 

讃 七 仏偈経 〔出

4 、

法 1

4 、

静 5

内 ユ

11 、

1

15

2 、25〕

 

仏 清浄喝経 〔出

4 、

5 、14、

貞 8

24

地 獄讃 経 〔法

4 、

t13

静 3

、 4 、

開 16

貞26 〕

 

群 牛 偈経

3 、

3 、

ll

〕 など が ある

これ らはすで に散失 し

イン ド撰述か どうかの 真 偽は定め難い

こ こで は そ を問うの が 目 的では ない

稿

こ れ らは本米讃 偈と して誦され てい た もの であ り

そ れ が後 に 経 と して記 録さ れ たこ と が納 得さ れ れば よい の であ る

(4)

 

ヒが諸経 録の経 題 か ら予 想される讃 偈の経 典 化の

例である が

次に疑 経研究 などの 成 果 か ら同 様の事 例 をみ てみ よう

 

牧田諦

博士 に よっ て精 細に考 証さ れた 『三厨経

仏 教と道 教と か 相 互に影 響し混 淆 した件 格 を有 す る疑 経として極めて重 要 な 資 料である

博士の論文 に よっ て教え ら れ る仏 教の 『

J

1

豆・

f

』 と道 教の 「五厨 経』 の成立は 夫々 の 立

で影

が 逆 に 主張されてい るが

そこで紹 介 された三 資 料;

煌 本三 厨 経

高 野 山 金 剛三昧 院 所 蔵 本

道 蔵五厨経 を 比較 対照する な ら ば

構 成の 中心は い く五碣文〉 で あっ て

その 他の部分が附 加 改 変されて い こ とは明 らかである

 

煌 文 献に よっ て初め て知ら れ た 『

賢菩

行 願千 経

S .2361、275 、

1487

『大 方広 仏 華 嚴 経 普 賢 菩

f

 tVU」 は

諸経録の偽経 目録に 入

丿て い ない こ ともあっ て

“ 偽 経 性に乏 しい

 

と さ れ る

こ の経 典の題 名と七 言 句の構 成が不 空 訳 『普 賢 菩 薩 行 願 讃

 

(或い は その 異本

般 若訓 「四

嚴』 の

部』 ) と極め て 共通 してい るこ と は 明瞭である。 こ の こと は イン ド撰 述 讃文か らの中 国 での経 典 化 を示してい る

  次 に 疑 経 研究で は ない が

浄土教 関 係 文 献 を集 録 した中 国で の代 表 的 文類

 「楽 邦 文 』 巻

に は 「 弥 陀 偈 経

とい う名称が あ るi2 これ は その 内容か ら み て 『後 出 阿 弥 陀 仏 偈 』 を指 してい るが

こ の こ と は本 来は褐 文であっ た もの が 後に実 際に経 と呼ばれて用 い ら れ た事 例である

 

以上の 諸 例に は

に は イン ド撲 述の 讃 偈

疑 経の 信 憑 性に問 題 を 有 するもの も 含ま れ る が

れ に せ よ本 来 讃褐 であっ た もの が 後に経 典 とされた とい う点 は容認 さ れ よう。 そ

L

こ うした

例が 認め ら れ るこ とは

当 然 現 行の 経の

その 可 能 性 を 予 想さ せ る

こ うし た疑 経の素 材

構 成 要囚 た る讃 偈その もの の成i)

1

 

変 遷 を探 求 すこ と が 現 行の 経だ け では窺 えない 疑 経 形 成の背 景

時 代 的 社 会 的状況 を 浮び

トが ら せ て くれ るこ と と思われる

田 構 姻 1究の立 場か ら み れ ば

経録の記 述には査定の

tG

憑性 畷 経の真 偽 性

実 際 }こず紹

L

た か ど うか な ど の 考  証か 必要とな るが

こ こて

1

は 記載ど お りを摘 出した

〔2〕 讃 偶て は ない か

仏 法義 第

応 知

一・

「六 通無礙 六 根 浄業義 門』

巻は僧祐 が 偽 撰 と査 定した もの である

 

〔「F 記 集 」巻5)

題 名 か ら 推 して中

Lf

]仏教論書であ ろうが

後の経録 ( 『 代二 宝 紀』巻11

『開元録」巻18

「貞

 

1

亡録』巻28)では

仏法 有 六義第

応 知 経』

「六 通 無 礙六根 浄業義門 経』

一・

巻 とす る

こ の こ と は後の経 録 編

 

集 者の杜 撰

1

雪 〔た と え ぱ!」

野 玄 才少

 

経典伝 訳 史

「仏 書 解説 大辞典 第12巻

1)p

28

29

36

その他 !を 誌 め る として

 

讃 偈た け でな く

中国 撰 述の論書:な ど も疑 経の構 成 要素に なりうるbJ能性 を 暗 示 してい る

後の課 題 と し  た」

{3;  弔(臼E訓了弓毛 「疑 経 研 究 」 PP

345 

368

1

1:

1

木 村 消 孝 「1

EE1

輩 厳 思 想の研 究」 匹)ilo

15 :1

 

ノ(

1レ:47

 

152叫「

1

 

な 才i

 

『彳麦1」

f

勃;可ゴ尓

II

Ef

f

芻』

 

(大正E12

:36

1【

II

〕参

Y.

{E

二 、 『

超 脱 輪 廻 捷 径

関 係 資 料

構 成

〈阿弥

仏真 金 色 偈〉択 瑛述 [1± 「ス タ イン本

N

α44彊」嫐

1

十念文

関係 資 料 対照 表〉 「竜 舒 浄土 文 』 巻+ 二 {3: 1

      

1

謝・偈

糯黜

購 撒 三鰍 瞳 歎

1

・功

念仏超脱輪 廻捷径経全 文

』〔41

賛 ノ

(5)

疑 経 と 讃偈

念 仏 超 脱 輪 廻 捷 径 経 』 形 成の諸 問題

金色 

相好端厳無等倫 白毫宛転五須弥 紺目抗青四大海 光

化仏無量億

 菩薩

化衆亦無辺 四十 八願

衆生

 

九品咸令登彼岸

今称讃仏功徳

 

廻滋法界諸有情 臨終並願往西方 其観弥陀大悲主 歎拡  是以受形三 界

………

 

……

 

…………

  大衆為称十念 南無大慈大悲西方極楽世 界阿弥陀仏三 遍 南無大

大悲西方極楽世界観世音菩薩三 遍 南無大慈大悲西方極楽世界大勢至菩薩三遍

無大慈大悲地蔵菩薩

遍 向来称揚

1

念功徳

滋益亡霊神生浄土

阿弥陀仏真金色

 相

厳無

等倫

白毫寂転五 須弥

 

紺目澄清四大海

光中

化仏無数億

 

化菩薩衆亦無辺 四十八願度衆生

 

九品咸令登彼

於是念仏或百声千声

以至万声

菩薩号

十声或百声畢。 超脱輪廻捷径 毎朝合掌向西。頂礼念南無阿弥陀仏。南無 観世音

菩薩。

無大

至菩薩

南無

切菩 薩声聞諸

L

善 人。各十声

頂礼念

慈菩薩

讃仏懺罪圖向発願偈

十方三世仏

阿弥陀第

九品度

威徳無

我今大帰依

懺悔

業罪

凡有諸福

善、

至心 用回向

願同念仏人

感応随時現

臨終西方境

分明在目前 見聞皆精進、共生極楽国

見仏了生死 如仏度

復頂礼而退

喝有

大威力

、能

一一

切罪

ms

…、

誠如是

必 中

。………

5

阿弥陀仏

 

相好

明無

等倫

白毫宛転五須弥 紺目澄清四大海 光 中化仏無数億

 

化菩

衆亦無辺 四十八願度衆生 九品威令登彼岸

無西方

楽世界大慈大悲阿弥陀仏 醸 瞭 它仏

南無観世音菩薩+ 声南無大勢至菩薩       十 声 南無清浄

衆菩薩

+声

 

念畢廻向発願瑣

1

方三世

f

阿弥陀第

 九品度衆生 威

無窮極

 

我今大帰依

 

懺悔三業罪 凡有諸福

善 

至心用廻向

 願

同念仏人 感応 随

 

臨終西方境

 

分明在目前 見聞皆精進

 

同生極楽国

 

見仏了生死 如仏度

 

無辺煩悩断

 

無量法門修 誓願度衆生 総願成仏道 虚 空

  

我願無窮 同縁種知 十方三世

切μ

菩薩摩訶薩

轟可舟殳若

f

皮羅蜜 南無阿弥陀仏三声 情 撫

念畢合掌頂礼         而退

 

阿弥 陀 仏信 仰 を説 くこ の 疑経 『念 仏 超脱 輪 廻 捷径 経 』 の 構 成は

初めに阿弥 陀 仏の を 誦 し

続 い て 「 南 無阿 弥 陀 仏」 と百 声 千 声

更に万 声に至 る まで称 え

次 に 「 南無観

世 音 菩 薩」

 

「南無大 勢 至 菩 薩」

 

「南 無 清浄 大 海衆 菩 薩」 と各々 十 声する 更に

の 念 仏を 終 えて か ら

発 願 頌 」 を 唱 え

最 後に

切の 仏 菩薩

摩訶般 若波 羅蜜と念じ

無阿弥 陀 仏」 と 三 声 して か ら

頂礼 し

(6)

て終 る

 

従っ て

本 経は経 典とい っ て も

二 つ の 讃

偈文 と念仏 で構 成さ れた もの で あるu 本経 の後に載る無

文 に よ る と

本経 を

日も 欠かすことな く務める よ う勧め て い る か ら

日 常の 儀 礼 作 法として浄十信 仰 者が 行なっ てい たの で あ ろうe 跋 文 に は

長 蘆

蹟 禅 師の勧 孝文

蓮 池 大 師 (株 宏 )の臨 終 時の 言葉が 引 證 さ れ

文体に 「

……

 

那 裏 没 有」 などの 口語が用 い ら       l[t) れ てい る か ら

その 部 分 的成立 は 占く て も現行は 明代 末 以 降の極め て新 しい 疑経 と考え ら れ る。

 

とこ ろ か

この 疑 経の 「

誦 仏讃」 とそ れに続 く仏

菩 薩の 念 仏の 前 半 部 分 と

後 半の 「 念 畢廻 向 発

煩」 は

、−

E

撰 『竜 舒 浄⊥文」1 巻十二附録と

その 後に更に附 載さ れた 部 分に

そ れぞ れ 独 立 し た 「 讃仏

「回向発願 偈」 として収め ら れてい る

と くに

後 半の 「 回向発 願 偈」 は く超 脱 輪 廻 捷 径〉 の題 する

文の 中で

、毎朝

の合

念 仏の と き に 唱 え る

法として挙 げら れ てい

ところで

この 王 日休 撰 『

1 トニ巻の成立 であるが

この

本 来

王 日休

−1173)

が 浄土教に関 する諸 文 類 を十 巻として撰 集 し た もの (

ll6

〔〕

− 1162

あるが

後の人が 二 巻 を追 録 して

現 行 十二巻 (或い は 十 三巻 )となっ た とさ れる

i

従っ て

巻 十二に追 録さ れ た 当 該讃 偈 を 含 む部分 は

工日休の 時 代

約 十二世 紀 中頃 より

遅 い 成 立 とも考え ら れ よう

tt

しか しなが ら

後 に述べ るよ うに

前 半の 「讃 仏

は その 作 者が知ら れ てい

また先 行 する

煌資 料 (

St

eirl

No.4474

!に く

卜念文〉 と して見出せ る。 後 半の [回 向 発 願 偈 」 もア竜舒 浄

L

文』 巻四 「修 持 法 門」

:に そ

くF!収録 さ れ てい から

t71

巻 十二附 載時 期は 遅 くて も

当該の 二つ の讃 偈は

モ 日休と ほぼ 同 じ時 代

宋 代 十二 世 紀 に は

すでにそ れ ぞ れ別々 に独 立 して存 在し

れ も 阿弥 陀 仏

観 世音 菩 薩

大 勢 至 菩 薩 等へ 念 仏と と叫1[え られてい た と考 えて よい であろ う, そ れが その 後

熱 心 な 阿 弥 陀 仏 信仰 者に よっ て

い ずれ も阿 弥陀仏 を 中 心 と する讃 偈文 であ る がゆ攴 に 同時に 用 い ら れ るよ うになっ た

おそ ら く

二つ の讃 偈が 合併し たの は 「讃 仏 偈 」 のあとの念 仏 と 「回 向 発 願 掲」 の 最 初の 念 仏が 極め て類 似 してい た か らであろ う

両 念仏作 法を対 応さ せ る と

  

[ 讃 仏 偶」 の 念

f

       

「 回 向 発 願 偈」 の 念 仏

 

於是念 仏 或百声 丁

声 以 至 万声

  菩 薩 弓

各 十 声 或 百 声 畢

  〔

南 無 西 方 極 楽 世界 大 慈 大 悲阿 弥 陀仏

  

南 無阿弥陀 仏

翻 厭 蘓

颱 フ]

  

南 無観 世音 菩 薩十声

  

南 無 大 勢至 菩

1

声    南無 持 浄 大 海 衆 菩 薩

十 声丿 で あ り

前 者の 念仏 作 法が残り

    

こ の 二 つ の讃 偈 を 唱え る 場合には

念 仏 を

介 と し て 容 易に 結びつ き や すい 。

       

後 者が 消 えたの は

資 料で み る 限 り す 唱 え るこ とが定 着してい たの に対して

後 者の 念仏作 法は そ れ 程流 行し なか っ た か ら であ ろ う 1両 念 仏作 法の 諸 資 料につ い て は後に 触れる ;

1

 

こ う して合仂 し 成 立 した疑 経に は

本来

後 半 の 称 であっ た く超 脱 輪廻 捷

1

拶 の 言 葉が 経題 と し てつ けられ

明代末に は 現 行の 体裁 に なっ た n ち なみ に

 

く超 脱輪廻捷径〉 とい う名称は

「 竜 舒 浄土文」 巻三

 

普 勧 修 持 」 四

呂 元益の 序など に用い ら れてい る か ら

1 阿弥 陀 仏

観世 音菩齏,

大勢至菩 薩 等へ の 念仏が

こ の 世の 輪廻 を超 脱 す る 捷 径 として

この 時 代に ん で使われた 名称 と思われ るtt 南無 阿 弖尓陀

f

南 無 観 世 音 菩 薩 南 無大勢至菩 薩 南無

一・

切 菩薩 声 聞 諸 上 霽人

各十 声

       その

     、

前 者の念 仏作 法が 当時讃 文の 後で必

(7)

疑 経と讃偈

念 仏 超輪 廻 」 形 成の諸 問題

7

〔1〕 『釈 門 正 統 』 巻六 (卍 続2乙

3

5)

『仏 祖 統 紀

二五

二七 正49

221中下

260

278

ヒ)

(Z) 「 東洋 文 庫 影 印a 〔北 海 道 大 学 附属図書 館 蔵 )

なお

以 降に拳げ るス タ イン 本 も

と くに典 拠を 示されい 限 り

 れ に依っ た

べ 11オ 本 その他につ い て は未見であり

先学の 論 考

目 録 な どに依

て典 拠 を示 した

(3) 大正47

288上

289中

〔4)卍 続1

87

4

 

 

本経 につ い ての論 考は

わすか に牧円諦亮 凝 経 研究』 pp

69

72に認め ら れ る た け と思 わ れ る

拙 稿 「浄土教

 

関 係 疑 経典の研究〔

1」 (『札幌 大谷短大 紀 要

8

pp

 IZO

121)で は 『土 文 』 は指 摘 した か

 S

4474 <十   念 文〉 は 未 た見 出

L

てい なか っ た

(6}「 竜舒浄 L序」 呂 師 説(1316年 )

「竜舒 浄

il

文 序」 張孝 祥序〔ll61年 )

「重刊 竜 舒 浄土 文序 南 溪 秋 月序 (1481

 

周 葵 跋(li62年冫

劉章跋 〔]162年 )

宗 杲 跋 (1160年)

「四 明 断 仏 種人跋」 (1393年)(『竜 舒 浄 土 文』 序

 

一一.

大il,:47

2511

252上

283上中

286上 中 ) 参 照

  

⊥ 日休につ いては

『 樂 ナ

IS

文類』 巻 三 1:大 正47

196中

197上

1、

『仏 祖 統 紀』 巻二八 1:大止49

284上 中 )

 

1

宝鑑』 巻四 〔大 止47

326下 )

1

指 」

ii

ド(卍 続2

11S

1

往生 」 巻二 〔大i[51

139上 中 )

『浄 土晨

 

錚」 巻

一一

()〔卍 統2

14

2〕

「浄二i:聖 賢 録JI六 (『

1

1 』 巻

763上

764下 )な

17] ブ(工E47

262

i

〔8〕 II佳有酉 方 汀「

最 為 超脱 輪廻 之 捷 径 〔大止47

260中 )

  

11i

卜二L之言兜ノレ超

HIL

車侖廻あi乞径 (プく工L47

251]ぐ1

三 、

 

阿 弥

陀仏 真金 色偈

〉 の

 

それ で は

宋 代 卜二世

紀 に は

すで に別々 に唱 え ら れ てい

こ の 二つ の讃 偈は

い つ 頃に成立 してい た の で あ ろ うか

以 降で は

その背 景

周辺の諸 問 題につ い 探 求 し て みよ う

 

まず

前 半 部 分の 「讃 仏

」 と念 仏 作 法につ い て探る と

こ の部 分は更に二つ に分け て考 える方 が良い

 

初めの 「讃 仏 偏 につ い て は

台 宗桐 江 択 瑛 (

1045− 1099

所 撰え ら れ

 

択 瑛 〕 以 聴 神悟講

 

深悟二浄 教

一、

述二修證 儀

_

 

偈 讃

 

阿弥 陀 仏 身 金 色

……… 。

  

(「釈 門正 統 』 巻六)

  

〔択瑛

嘗述二浄土修證儀

其 讃 有

阿 弥陀仏真金 色 之 偈

_

人皆誦之 。 ( 「仏 祖 統 紀」巻

四 )

 

桐 畷 師 注心 経 三珠 言卸 争土修 讌

雛楚

、 巻二 五 )

  

択瑛

叉 述=浄土修證儀二巻

一、

行二於 世

一。

今 人 称T

阿 弥陀仏 真 金 色

偈一

 

即 師 所 撰

 

書』 巻二 七 ) と あ るの が

その典 拠

神 悟 処 謙の 元 で

元靴 ともに 始 法 華の 妙 旨を順

L

学 行を 大 い }・著 し た択 瑛は ま た 思想

として も知硫 た 人である が

’ 当 時の 天繖 学 界は 四 明知 礼 〔

96

− 1

28

)か ら端 を 発 し た家 L臼外派の が 続き

と くに 『 ・ の 観 仏の 解釈 につ い て

矢冂礼の ・ 観 経 妙宗 鈔、 、縦

観 仏〉 説 を 防 と して踵 ・ の 見解 舗 ん に 言籐 さ

t

・・

t

中 国 浄上 教臓 の

1

で も

代でも あ っ た

1 こ う した状 況の で の択瑛の 『観 経 」 の 観 仏説は

瑛法 鱒

騰 諜

……

代跏 有

其二

生 観 也

 

者 求 生,浄

lt一

為 身 有 生観 也

 

F「復 宗

1 巻 ド ) 次 説 聯 鵬 證儀

そ皮文 問畷

輌 殊t

答 醍 洗 観 事 境

後 修 囎

 

観 事 境

一、

而 取、往牛

(『iE観 記』 巻

Ll

(8)

8

の引用 で窺わ れ る ように

 

また

 

至 于桐江 瑛法師 立論

以二摩訶止 観

 

無 生 観

.、

十六観 門

 

為二

生 観

_、

宗.

天 台

_

 

 

得二祖 意

二異 説

浅 鄙 呼

(「背 宗 失 旨 」 「浄土指 帰 集』巻 下 ) と

IS

:後に 知礼の 十 六観理観 説 を正統 とみ る人々 か ら批 判されるよ うに

、有

生 観

・事

観 説であっ た

1

“)

 

また

彼には 「往 生 浄

」 「 弁 横 竪二勧 修 浄

」(い ず れ も 「楽 邦文 類』 所収

が 残さ れてい るが

その

でも 「善 導 和 尚 立 専 雑 j を 引用

る 「弁 横

二 出」 の説は

親 鸞の 二 双 四重の

の典 拠 と さ れ

181

の影響を 強 く受 けてい も あっ た

 

う した択 瑛の 土思 想 を

景と して 〈阿弥 陀 仏真

色〉 の 讃 仏 偈 を読む とき

こ の の性 格 が

或る 程度

具体 的に理 解 す るこ とがで きる。

 

こ の偈文 は

時最

も流 行 してい た 『観 経 』 を

り どこ ろ と して

、素

朴に阿弥陀仏 を讃

し てい る点であ る

 

r観 経 』 第九真

身観

剛 無量 寿 仏 身

如百千 万億 夜 摩大閣 浮 檀 金 色

.…

……。

眉間白

毫 、

右 旋 宛 転

如 五 須 弥 山

仏眼

清 浄

如 四 大 海 水

青白 分 明

……

。 彼 仏円光

如 百億三千 大 丁

世 界

於 円

光 中、有

百 万 億 那 由

恆河 沙化 仏

。一一

化仏

亦 有 衆 多無 数 化菩

薩、

以為 侍 者

無量

寿

…・

其 光明相好

及与 化 仏

不可具 説

無 量 寿 経 』 四 十八

) (『観 経 』 九 品往 生

〈阿 弥 陀仏真金 色〉 の

阿 弥 陀 仏真 金 色 白毫 宛 転五須 弥 紺 目澄

四大 海 光 中 化 仏 無 数 億 イ匕菩

…衆 魂く無 辺

相 好 光明無 等 倫 〕 四 十 八願 度 衆生 九品 感 令登 彼

 

以 上の 比で 明 ら か な ように

こ の 渇 文は 『観 経』 第 九真 身 観の経 文 をそっ くり用い て

阿 弥陀 仏の 光相 好 と 化 仏 化菩 薩 を表 わ し

浄 土教の 根 幹で あ る 四

1

八願の 利 他 行 と 九 品の 衆生の 救 済 を 力強 く讃 嘆 した もの で あ り

そこ に は

の 天台 浄土教 学で喧しく論 議 され た 〈約心 観 仏×理観〉 など と は異なっ た

素 朴な讃 仏 偈で あ る

そ れ ゆ え に

また当 時の

或い は後の 多 くの 人 々 に愛諞 さ れ用い ら れたのであろう。 択瑛の

想 観は

前に も触 れ たよ うに

“ (理 観 を修 すべ き ) 賢

〔事観 を修す る) 愚 か な者にする

……

 「

批 判 た と

IP

残 した く阿 弥 陀 仏真 金 色〉 の偈は

後の 歴 史の上では

そ う した理 観事観の 論議 と は係 り ない世 界

 

お そ ら くそ れ を日々 の 日 課 で 唱 えた 入々 は 批 判 者か ら言 う賎 しい 人々 で あっ た か も知 れ ない

一 一

で永 く生き続けたの であ り

そ れ は また

凡夫 往生

事 想 観 を主 張 した善 導と共 通するもの とい え よう

彼の 著 した L「 修 證 儀』 は今 日散 失 して お り

そ れ ゆ え

彼の 事 想 観 が下根の 人々 の た め の教理で あっ た か どうか は知り え ない が

そ うした彼の 浄土思 想の 偽 とは係 りな く

多 くの 人々 に広 く永 く用い ら れ た。 そ れが 善 導の

の 人々 に計り知れない 影響 を与えた点 と共通 するもの で あ り

この偈文の 生 き 続けた働 き を

こ こ では 強 調 したい の であ る。

 

第二 に

善 導の 影響 を強 く受け

弥 陀の化身” と讃仰 し た 択 環の 態 度

この 偈 文にも認め ら れ る点であ る。 善導(

613−

68D か ら択 瑛に至る ま で の 約

400

年程 の には

観 経 』 に依 拠 した諸讃

(9)

       

疑 経と讃 偈

唸 仏 超脱 輪廻捷 径経・形 成の 諸 問 題

       

9

偈 は

 

』 流 行と

俟っ て

数 多 く残さ れ てい るが

j 3}

 

そ れ ら に

偈 文 と類 似偈 句 は

し難い の に対 し

っ く りの対 応 句は認め られ ない に して も

陀 仏

身〕

真 金 色」 の 語 は

導の 『観 経 琉』 巻四

『観 念 法 門』 にの みある 用

1

 

択 瑛 所

の 三つ の佚 文の

つ に善 導 「専 雜 」 を 引 證 するこ とを考 え 合わ せ ると

僅か

数 句

の こ の偈 文の製

が後の 人々に

多大

な影 響 を与 えただ け でな く、 約

400

年 程 前の善

の浄土教の歴 史 を

景 と して生れ た もの とも{ls知ら れ るであ ろ

う。

 

以 上が

天台

桐 江 択 瑛と その所 撰 く阿

真 金 色

〉につ い の 内 容と背 景である。 (1}卍続2乙

3

5

大正49

221下

260

278上

(2) 択 瑛につ い て は

前 記 資 料

「 抗 州 祥 符 寺 瑛 法 師骨 塔

S

名」 (『芝園集』巻上

卍 続2

10

4)

『復 宗 集

 

巻 下 1卍 続2

6

2)

観 経 』 巻

ト (『浄土宗 全書』 巻 五

pp

441

447

461)

『楽 邦

 

五 (大止47

179中

210上中

220下 )

』 巻 上(卍 続2

13

1)

『浄土聖 賢録』 巻 三(『浄 土宗全書』   巻

p

663上 )など

〔3) 択瑛 を 含め た宋代の 天台 浄土教につ い て は

佐々木 月樵 『 浄土教 史』pp 441

488

望 月信 亭『中 国 浄土教理

 

史」 pp

342

393

高雄 義堅 「中 国仏 教 史 論 pp

152

185

安 藤俊 雄 『観 無 量 寿経 妙宗 鈔 概 論s pp

2

8

51

−・

66

 

82−

89

[⊥1口光 円『犬 台 浄 土 教史』pp

135

196

福原 隆善 「善 導 教 学と宋代 浄 土 教」 (「;

麟諜

善 導 大 帥の思想 と その   影 響』)など参 照

〔4} 『復 宗 集 』 巻下 (卍 続2

6

2

175)

『正観 記』 巻

E

〔『浄土宗全書』 巻k

p

447〕

(51 『浄 土 指 帰 集J 巻

b

!卍続2

13

1

89

復 宗 集 』 (前 註)で

択瑛の所 論につ いて

L 者 違レ経

 

二者 背レ祖」 と批 判 して いる

安藤 俊雄 『天 台学p

383

384

(6) 当時の 『 観 経』 観 仏 説の説につ い て は

  

然 古 今 判 釈 互 説不同

、一・

云十六妙 境 無 非理観

、一

云 拠 経 始末皆是事想

 

云 前 後

1

五 是事唯第九仏 観為理

(『 観

 

経義琉』 巻 上

 

元 照 述

大止37

280

281卜)

  

初 説即 四 明 妙宗鈔

、…・

次説即桐

i

[[修 證儀

、……。

後 説孤山刊 止 記

、……。

(上 記の 詮 釈 『観 記 』 巻 上 戒 度   述

『 浄土宗全書』 巻五p

447)     山口光 円 『前 イ曷書 』 pp

158

159

参 照

(7} 『 樂邦文類』 巻二

五 (大47

179

210L

220 

F

(8} 「歎 徳文』 存 覚 述(「真 宗 聖教 全書』 巻三

p

662)

望 月

f

≒亨 『前掲書pp

365

366

口光 円 『 前掲書』 p

157な   ど

{9) 後の 畔 浄綜 で は漕 導 を弓端 の化 身と 劃 ・した

ノ・と引 証 さ れ る

t:とえば

1

i

覗 聞・ 第

蘇 噂 土;

i

:全書』 巻

一一・

 PP

3

222

225・ 鯔 記糅銑 巻二 聖間 (・ 浄土宗全書、巻三

87)

f

善 獣 師伝纂註・ 巻 上

下(「浄土縫 書・ 巻

六 PP

4

53)など

た だ し

善 導を弥[・

t

・a,化tiと最 初に記

 

したのは遵 式の よ うである

『 離 ・

i

 

f

略 伝 ・ (『鮒 統紀・ 巻二 六

大正 49

263中 )

大 慧導伝

_

考 察

 

(『

ft

教史 論攷』 PP

29亅

293)

〔IO) 大正 12

343中

“1) 若

繍 ・瑛

彳尋

不L 違・鰡 之輔

鮪 ・三 輩 九品

一、

機 郁 ・

1

E

之 逕

if

疾 之 期 諾 以 此為

至 談

一・

・但 促・飄

跡 1田

。鰍 1〔乎〕

瑛鱒 執

事 修

.・

殿

[上 レ 麟 と賎

……

(・ 宗 集、巻 下

卍続・

6

2

175

工76) 〔lZ) こ の倣 は

輪 で指才1饒する

Ull

・〈・

に驪 ・趣 ま

t

・て詠 く生 き続 ける か

、一

  Liも 伝 え ら

大緜 で用いられ る 「 例 時作法」 の 式 次 第の最 後」「ユJ/念門・ 第四辮 門 瞞 ・・t・る ・・ 』 PP ’58

 321

3S°

以・ て

当 倣 が沖 国のみ な ら ず

躰 1・

広 く 永 ぐ 谿 さ れた か が鮎 漏 で  あろ う

〔13) た と

「第六渕 騨 原贍 凱 識

謹依+ 六酢 ・ 〔・

1

ヨ・生 儲 、 鱒 集 記

集 謝

L

懴 儀 、巻 下)

・欟 経 等明働 三 噺 齪 生讃・ 善 磯

鰤 杁

i

・ 繍 鐵 黼

法馳 「 述 観 紕 闇 儲 文、

・大

(10)

10

 

勢至書 薩 讃

点御糖轡

」潤浄 土

f[会 念仏略 法事儀 讃』

『浄 土ゴT

会 念仏涌 経 観 行儀」巻 中

 

法照 撰

以 降では 当 該二書  を 塚本 善 隆 博1∬ 唐 中期の 浄土教』 法蔵館刊

pp

175以 下の呼称に

1

・て 

テ【会法事讃i 略本

広 本と記す〉

 観 銘(1」}/1+

1

観 経 月 i

e式

−i.

1 ゴ 1

」 遵 式

陣こfl!

一・

【1」 有厳 「

1・

トトILI許 」 丿し照

i

近 体詩 1 冲 黙  〔1

樂 邦 文 類』 巻

h.

::な ど は

『観 経」に 依 拠 し て 作ら

dl

たこ と をHJil記

L

た讃 偈て

ある か

その他の諸 讃偈につ い て も   少 し く 内 容 を 知れば

その 多 くが 「観 経

っ て いるこ とは 明 ら かで あるt 個 第二夜 見阿 弥 陀仏真 金 色 L『観 経 疏

』巻 四

丿く正37

278下

古 未 ;古 今 楷定冫て知 らtiる本 疏 撰述の状 況 と三き亭導の   態 度 を述べ た有 名な 結 文 :

 

依観経 明観仏三昧 法

隻農

i‘  観 阿 弥

1

と仏 皇色 身

1

徹 照 端i1L

匕3

 欲入 こ昧道場時

。……、

想 念 阿 弥 陀 仏 眞金 色身光 明 徹 照 端 止無 比

、・

…・

…。

 依 経 明1

f,

種 増

卜糸求義

   

L

又謡護 念 増」

縁者 〕  又 如 般舟三昧経 行晶中 説J

,・

一 …、一・

心専 念阿 弥 陀

f

ム真 金 色身D

…一 。

    〔又忌,見 仏 三「[未増

L

縁者 〕

…一 ・

…………

 叉如

r

ド1二‘身 観 中ri

“)L

。一 ・

…・

次 史 観 無瞬

t

≠}

f

身貞金 色

眉間毫相

円 /二化 仏

、一・

 叉如般舟三 昧 経ユ

、・

……・

念 曲

1

∫阿 弥 陀 仏身真金 色三

1』

二相 光明徹 照端正無比

、・

一 。

〔『観 念 法 門 」 大

i

47 ・

22

 

241i

 Z5

26

こ で引 証 す るi

i

1昧li5

sklf }

13

899上

905中に は

真余色の 語 は ない

   ま た

類 似の用語として

「 仏1ナ弥 陀 身 真 金 官L

……

1

別 行 本 「往 生 }L讃 文1 薺 導

S

2659v

 P

2722縦 :III堯 敏

 

敦 焼llh i

善 専

4

乳 讃』 注;写本につ い て」 『

麟鰹

善 導 大 帥の思 想と その影響」:1 も認め られ るか ら

1

;111弥 陀  仏 〔身〕真 金 色」 の 語は

善 導が最 初に

かつ 好ん で川い た詒 句

と思 オ

)れ る

q51 「

li弥 陀 仏〕真金 色」 の口{1の外に は

1利抜∫光明 無等 倫1の 詁か

1観 縫

i

観讃

釈浄 遐 述 :『五 会 法 事 讃 」 略

 4

L

47

485

 r

tJ

会淵 嶺 1

85

1215中

塚 不 善

1

;条 塘 中杢り]の 浄

L教」 P226

Z28参 照);現 凵 II

 

せ る

極め て樺か な 類 似 例 で は あ る が

宋 代の 浄土教

1

1

係 讃 イ結に は全 く 見 出 し 黜い こ とを勘案する と

当 く阿 弥 陀

 

仏貞 金 色碣) か宋代の成 立であ りなが ら も

宋 代 浄 1

教の響か らでは な く

善導か ら法照 な ど に代表 され る唐 中  期の諸 讃 偶の影 響が強い と思わオLるの であ る

四、

S

4474

 

〉 につ い て とこ ろが

こ の 〈

1

嚇 陀

U

齪 〉 は

敦 煌ス タ イン 軸

44

  ・ 〈当偈〉(

斑 均・陀三尊

地 蔵 菩 薩へ の 念 仏〉 とい う構成の く十 念 文〉 とい う 題名でそっ くり見 出せ る

 

こ の 題名は 浄 土 教 で

名な所謂 く十念思 想〉 に由 来 する題名で はな く

こ こでの 念 仏 作 法が

   

………・

大 衆 為称

卜念

 

南 無 大 慈 大悲 酋方極 楽 世 界阿 弥 陀 仏三過

 

南無 大 慈 大 悲 西方極 楽 世界 観 世音 菩 薩三通

 

南 無 大 慈大 悲 西方 極 楽世 界 大勢 至 菩 薩三 過

 

南 無 大 慈大 悲 地 蔵菩 薩

一.

 

向 来 称 楊 レ念 功徳

……・

と ある

その 称 える数が 合 せ て十遍とい うこ とに由 来 す る 題 名[1

であろう。 こ こ で は

すで に当躰 の 前締

1

分 く阿 弥 陀傾 絶 偈〉 に つ い て は 瀰 を 織 てい るの で

(11)

疑経 と讃 偈

念 仏 超 脱 輪 廻 徒 径 経 』 形成の諸 問 題

11

写 本 と後

半 部

分 〈念 仏 作 法〉 に つ い て

その 成立

内 容

背 景 などを

えて みよ う

 

まず

当 写 本 (

Stein

 

No.

4474

書 写 年 代る が

ャ イル ズ目録で は

十 世 紀の” 〔L ) 写 本と査 定 されてい

か しなが ら

そこに択瑛 (

1045− 1099

)述 〈 Smf弥 陀仏真 金色偈〉 が ら れ て ことが判明 し た 以 上

その時 代は

世 紀 後 半 以 降と訂正 し なけれ ば な ら ない であ ろう

 

次 に

当 写本の構 成であるか

諸 目録で は

1

’S: 1

  

ズ 目録

G

6448

(S .

4474

田*

Prayers

・n varius subjects

Head

1ngs are:賀雨

蘭若蔵鈎探油

1:

2

}西方讃文

Ehlogy

 on  the

 

Western

Paradise

3

)十念文

Shih

 rTlen u

En 

Praver

 re

lating

 to the ten subjects  of medltationI

〔ef

6021−

8〕

 Me(

liocre

 

to

 

falr

】y

 

good

MS .

Verso

:〔

1

Prayers

 

Mtd .

 

in par

s

  

因 劫経

S .4474

釈門雜文 説明r

賀雨

律、

慶蘭若

蔵鈎 西方讃文

十念文

 

歎址諸篇。

4474。

 押座文

4474

 3 

…….

…・

金岡照光綟『文学文献分類 』 ※

121 .S.4474v .1

押座文

1

 

Rr

釈門

 

R2

賀雨

律、

蘭若

蔵鈎

採油

 馬 西方讃文

R

,十念文

Vl

本巻 〔※押座文

v

…・

と説明する。

 

以 上が

写本の書 写 年

と構 成につ い の 従

見解る が

十 念 文

 

心 に

少 し く 当 写本 を検 討 する と

そこ に は極め て重 要な 問 題が 含 まれてい る よで あ る

 

その第

当 写 本の 書 写 年代が瑛述

 

〈阿弥 陀 仏 真 金 色 偈〉 を載せ てい よ り

古 く も十

世 紀 後 半 以 降 とい う点である.

 

ところ が

この 十

世 紀 後半以降の写 本 とい う点が敦 煌 文 献の

写 年 代に関 する従 来の

に対 して

実は極め て 面 倒な考證を 必 要とするの である

今日知 ら れ る敦 煌 仏 教 史で は

敦煌 文 献が 有窟に 封 じ込め ら れた時期 は 西 夏が敦 煌に侵入 し 占領 し た 〔 lO36 年 ) 前後と推 定 さ れてお り

 

そ れ以 降の

の歴 史はあま り 明 ら かでない

こ の 点か ら

当 写 本を最 も遅 い と さ れ ャ イル ズ博十の査 定は 納得で き る もの であろ う

ち なみ に

紀 年 を 有 する

煌 文 献で

世紀 以降の 写 本

、一

部に

2

点 を指 摘 する 論 文 もあ る が

、一

般 的に は 十 世 紀を下 限 と す るの が 穏 当な 見解 と思われる

 

従っ て

未 整 理 な諸 点 多い と は 云 え

従 来 惶 仏教史の 定 説か ら も

ま た諸 目録 を通 して 知 ら れ る有 紀年の 写 本 か らも散 婢 文 献の存 在は

1

世 紀 前 半ま で を 示 して い

し か も

写 本に は

ー・

紀 後 半活 躍

L

瑛の 〈阿弥陀仏 貞 金 色 偈〉 が 書写 さ れて い の で あ るv こ の矛 盾 をわ れ わ れ は どの よ うに 解 決 すべ であろ うか。 この 点につ い 考 察は しば ら く措い て

次 に 当 写 本の その 他 の 内容につ い し よ

そこ に 当 写 本の書 写 年代 につ い ての 何 ら かの 示唆が得 ら れ る か も 知 れ ない

 

当 写 本の 第二 の 問 題

〈卜念 文〉 以 外の 諸 篇に も浄上教 関 係 のた な讃 文な どが書 写さ れて い る 点である

 

諸 目録が紹 介 する よ うに

当 写本の

Reeto

) に は1

首 欠〕 釈 門 雑文

賀 雨

尼 遷 蘭 若臓 鈎

採 油酒 方讃 文

紋 ・ の 諸 篇が書写 さ れて い る が

こ の

若〉臓 鈎、 〈西 方讃文〉 とい う

若 空

讃 文

西 方 礼讃 文

善 導和 上〉〈西 方 雑 〔

〉<西 隷 善 道 和 上×慈駐 蔵 西方讃・ な ど の 「 法照 棚 念 仏

aslrEEI

会齢 讃、 広略二 樋 徽 の 諸讃

参照

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