ll
理科教育における観察の機能に関する 実験的研究(第27報)
一仮説形成に果す観察機能の役割(3)一
理科教育研究室 高 野 恒 雄
(昭和49年10月9日受理)
§1.研究の意味 §2実験授業の計画とその結果
1)
{研究の第22報(1968)以来の仕事においては,筆者 まず,上記の提案をふ・ぐんだ授業の筋道の大綱は,つ が創案した観察過程の記号による定式化を基礎に,理科 ぎのようである。
に澄いて観察がどのように織りこまれた授業が望ましい
のかという観点から,効果的な観察過程のあり方を追求 気体の放電(先行経験)
してきた。この内潮。報(締覇に紳ては浬科 ↓ フ・一ドバ・ク
授業において頻度高く出現し,探究の過程に夢いて重要 融液の電気分解→イオンのモデル→水溶液の電気分解 な段階である仮説形成の場面において,観察過程はどん フイ騨ドバヅク
な姿になるのか,また観察機能のうち,何が効果的に働 →イオンのモデルの一般化→固体の導電現象→
らくのかなどを明らかにしようと試みた。つまり,中学 イオンのモデルの一般化→イオンの反応 校3年の「イオンのモデル形成」に寄与する観察過程に
誇いて,プロトコル命題,関係認識,特定の化合物につ もう少し,詳しくのべると,生徒の先行経験としてもっ いてのモデル形成,化合物一般についてのモデル形成を ている真空状態から出発して,薄い気体,濃い気体の中 量的にとらえ,帰納過程と演繹過程,両者の交錯過程, に鉛ける帯電粒子の存在,金属中を流れる電流の実態と 等価性の認識の重要性を指摘した。 しての自由電子の存在を基礎にしながら,融液の電気分 前轟紳ては,イオンのモデル形成路与する縣騨よる龍粒子の存在を厭なカ、ら,まず素朴なイオ
過程を,教材構造・授業構造の観点から,①全体性の保 ンの仮説的概念をつかませる。それをもとにして,電解 持,②変換のシステム,③フィードバックの機構の3要 質水溶液にむける電気分解の現象を説明させていき,イ 素について検討した。つまり,全体性の保持については, オンの仮説的概念を次第に確かなものにしていくという 水溶液と融液の電気分解における素材の一貫性が保たれ 授業過程がたどり得るのである。
るべきことを提案し,変換のシステムについては,融液 この授業は,茨城大学教育学部附属中学校において,
から水溶液への観察順序のよさを示し,フィードバック 浜名憲昭氏(現茨城県新治郡八郷町立園部中学校教頭)
の機構については,先行経験としての気体の放電と融液 が行ない,つぎに示すのは,その途中の一場面である。
の電気分解実験によって一旦つかんだイオンのモデルを な誇,実験学級とともに,ふつうの進め方をした比較学 水溶液,固体等に適用し,検し,確実なモデルにしてい 級の指導過程も示してある。
く過程を立案した。
(中学校3年 イオンと化学変化)本報においては,以上の提案を実際の授業において検
証するこどこの観察過程を認識論的に吟味し,一層の ①教材の核の構成㈲+Φ)の学習の結果のイオンモデ
裏づけを試みたことが,主な研究内容である。 ルが教材の核となる。
12 茨城大学教育学部紀要 第24号
(a)先行経験からの内容:真空・薄い気体,濃い気体, いうのは,水の存在下に澄ける複雑な存在形態であるが,
金属中を流れる電流 より単純明解な融液におけるイオンの存在の方が,先行
(b、(a、をもとにして新しく加えられる内容:原子イオ してよいであろうという考えをもち,先行経験の気体に ン融体中の電流 おけるイオンの存在とあわせてここにまず,核を形成す
② 水溶液中のイオンの展開比較(㊧核先行2時間扱 る。
い,⑰3時間扱い) その核をいったんつかんだ生徒が,後の学習でそれを 使っていく事によって,イオンの概念は. 次第に明確化 実験学級での取り扱い 比較学級での取り扱い
し,定着していく過程をたどったわけである。
。PbC12水溶液に電流を流
@した時の化学変化を,イ
。電解質と非電解質の実験 この実験授業について,数量的なデータによるその効 をもとに,Pbq 2水溶液
オンモデルを用いて予想 に電流を通すとPbとCl2 果の判定はしていない。それは・一つには客観的実証の
できる。に分解されることを予想 方法がむずかしいことにもよるが,一つには,このよう 1.融体の導電から水溶液で する。 な大ぎな単位での授業の流れや積重ねを評価するには,
の導電を思考。
Q.導電するだろう,どんな
まず教師の仮説をもった授業の全体的把握を,多少の主 隣
イオンか。
観的判断をも恐れずなしてみて,その後である程度限定
3.P♂『㌧が一極, C「が十極
。PbCl2水溶液の電気分解 した規模での,したがって授業の中心になるある部分の へ移動することを推測。
BPbCl2水溶液にP♂+とcr一
の方法を知る。 客観的評価を試みることが賢明ではないかと考えるので・PbCl2→Pb十Cl2を話し
が存在することを確かめ 合う。 ある。
る方法がいえる。 ・実験の方法を思考・説明 この授業で,授業者が判断し,また授業を観察した筆
4.P♂十は一極でPb2十十2e
教科書左の6,8の説明 者が認めたものは,まず第一にイオンの概念の定着が深→Pb
5.P伊+がPbになるとどん 。PbC㎏水溶液を電気分解 化したということである。これは単元の始めの部分に診
な状態の金属。 し,析出したPbと発生し いて一旦つかんだイオンのモデルを,何回も適用し,考
6.一極・Pb加熱・黄・鉛・ たCl2を確かめることがで える場面があるので,いわば創造的反覆ともいうべき作
説明。
V.Cl2が十極でG「一一e→
きる9〜12
@ 用があらわれ,効果をあげたものと解釈される。事実,。PbCl2が電気分解される
C1 とPbとCl2に分かれるこ この適用場面においては,比較学級の授業に比べて,は 8.気体はC12の確認法思考 とを知る。 るかに活発に生徒の「予想」が発表された。予想がしや
・説明 ・実験結果のまとめ すいのであろうし,予想の形で展開される思考活動によ
oPbCl2水溶液を電気分解 。PbCl2水溶液では, Pbは って探究の過程がより積極的なものになるのであろうと し,析出したPbと発生し +,Clは一の電気を持つ 思われる。
たCl2を確かめることがで ことがいえる。 また単元全体の授業時間がやや短縮される傾向をもっ
きる。
。濃度と電流の関係がいえ
9.電気分解の回路を作る。 る。 ている。これは・生徒の活発で効率的な思考活動によっ
10.電流を流して分解する。 て授業の効率を高めることを意味するであろう。したが
11.発生した気体がCl2であ ゜原子構造を理解し原子 って,もし時間を短縮しないで授業を行なうならば,一 ることを確認・に於い・ は電気的に中性であるこ
色・ヨウ化カリデンプン
紙 。原子が電気を帯びるしく 以上のような全体的,概括的な実験授業の一応の評価 12.析出したPbを確認 みと,電気を帯びた電子 にもとついて,重要な部分について限定した客観的把握
・加熱黄変と鉛粒 BPbCl2水溶液中を電流が
イオンということを知る。 と評価を今後行なってみたいと考えている。。物質がイオンに分かれる
流れるしくみがイオンモ ことをイオン式で説明で
デルによって説明でき島 きる。 §3授業過程の認識論的解釈
13結果と予想の比較検討 。PbCl2水溶液中を電流が (1) バシュラールの認識の階層秩序
14.イオンによる電子授受と 流れるしくみがイオンモ
極 デルによって説明できる。 フランスの哲学者パシュラール(Gas ton Bachelard)
15.回路全体の原子 13〜15に同じ は,科学的概念の形成について,その科学史的な把握に
基礎を澄き,人間の認識には階層秩序があることを指摘
4)つまり実験学級においては,水溶液に論けるイオンと している。その考え方によって立つ立場を示す彼のこと
高野:理科教育に澄ける観察の機能に関する実験的研究(第27報) 13
ぱをつぎにあげてみよう。 力を加速度で割った商であると定義づけられることにな
「われわれは,完全な哲学的パースペクティヴをそな るだろう。力,加速度,質量は,明らかに合理的な一 えた一つの特殊的な科学的概念について,すなわちアニ なぜならこの関係は数学の合理的な法則によって完全に
ミズム,実在論実証主義,合理論,複合的合理論弁 分析されるから一関係のなかで,相関的に確立される。
証法的合理論の諸観点から,かわるがわる解釈されるよ われわれの考えでは,力,質量,加速度の三つの観念
うな一つの特殊的な科学的概念について考案し」ていく。」 を相互に関連づけて定義したそのときから,ただちにひ .
「認識の階層秩序において,その進歩の方向をわれわ とは,実在論の根本原理から遠ざかるのである。なぜな れの哲学的考察の軸としようと思う。そして諸々の哲学 ら,この三つの観念は,いずれも,さまざまな実在論的 体系が,進歩の展開の横座標上にあらゆる概念について 秩序を導入する代入によって評価しうるからである。さ 一定の順序,すなわちアニミズムから実在論,実証主義 らに,相関係という事実によって,これらの観念のう.ち
単純な合理論を経て超合理論に至る順序で規則正しく排 の任意の一つを他の二つの観念から演繹することができ 9
されるならば,われわれは,科学的観念の哲学的進歩 るだろうQ(合理的力学の古典的合理論の段階〉
について語るなんらかの権利を持つことができるだろうd .⑤ 〈相対性〉の時代とと・も偽ニュートン的でカン いま,バシュラールの考え方によって,一つの科学的 卜的な概念のうちに本質的に閉じこめられてやた合理 . ●
T念の認識をどう階層づけるかを,「質量」という概念 論が開かれていく時期がやってくる。
について,みてみよう。各段階の最後の0内に階層の命 開放は,言うなれば観念の内部に向かってなされる。
シがしてある。 そのときまでは,質量観念のすべての働きが他の単純な
①質量の観念は,その最初のかたちにあっては,実 観念との組み合わせにおいてしか見い出されていなかっ 在の大ざっぱで貧欲な量的評価に対応している。或る たために,いわば外的であったのに対して,質量観念が かたまりを眼で評価する。飢えた子どもにとっては,も 内的な関数構造を持つことが理解されるようになる。わ っとも大きな果実がもっとも良いものだ。それは,かれ れわれが観念め原子として特徴づけてきた質量の観念は,
の欲望になによりもはらきり語りかけるものであり,欲 したがって分析を受け容れるようになる。はじめて,観 望の実質的な対象なのである。質量の観念は,食べたい 念の原子は分解できるようになる。こうして,要素は,
という欲望そのものを具体化する。(アニミズムの段階) 複合的である という形而上学的逆説に到達する。
②掌に良いものをのせたとき,もっとも大きなもの 〈相対性〉は,かっては定義上速度から独立したも が必ずしももっとも価値あるものでないことが理解さ おとして,時間と空間のなかにある絶対的なものとして,
o ● ●
れはじめる。稠密さというパースペクティヴが突然あら 絶対単位系の正当な基礎として提出されていた質量が,
われて,量について最初の視覚を深化させる。ただちに 速度の複雑な関数であることを発見するのである。(完 質量の観念が内在化される。それは奥深い豊かさ,内的 全な合理論一相対性の段階)
な豊かさ,良いものの凝縮の同義語となる。(素朴な実 ⑥ ディラックの力学ば伝播現象について,できる 在論の段階) かぎり一般的で全体的な概念から出発した。
③ この概念は,ここでは秤の使用と結びついて澄り, ディラックの力学はそれゆえ,出発点においで非現実 直接,道具の客観性の恩恵に浴する。だが,ここで, 化「非実在化」されている。 一 道具がその理論に先行する永い時代があったことに注意 ディラックは,伝播の方程式を複数化することからは
しよう。質量についての古い概念編成に関して言えぱ, じめる。ディラックの力学に診いて,あらゆる伝播に結 ここの理論が知られる以前に秤が用いられていることは びついた4個の関数を調整するために数学者が指揮しな 明白である。ここでは,質量の概念は,思考を経ないも ければならないのは,まさしく四重奏なのだ。
のとして,決定的で明白,単純で謬つことのない最初の なぜ質量は負ではないのか。どのような本質的な理論 経験の代替物として,直接にあらわれる。(明晰で実証 上の変更を行なえぱ,負の質量を正当化することができ
主義的な経験論の段階) るのか。負の質量として伝播のなかにあらわれてくる性 9
④質量の観念は,もはや単に無媒介的で直接的な経 質はなにか。要するに,理論は健在なのだ。それは,い 験の原初的な一要素としてではなく,観念の体系のな くつかの基礎的な変更と引き換えに日常的な実在には,
ゥで規定される。 ニュートンの出現とともに,質量は, 根を持たないまったく新しい概念の現実化「実在化」を
@ ●
●
恐 茨城大学教育学部紀要 第24号
ためらわずに追究するのである。 ③ ダニエル(Daniell,J. R)の解釈 、
アうして,現実化が実在に優先する。この現実化の優 電解質の液槽に隔壁を入れて,それぞれの部分に正負 越性は,実在の格下げを行なう。(弁証法的合理論の段 の電極を入れて電気分解を行い,極のまわりの濃度を測 階) 定し,イオンが反対極へ移動する現象を発見した。競イ
オン はもちろんファラデーの意味に診いてであるが,
(2) 科学史にみられる「イオン」に至る認識の階層 電場で移動する帯電粒子の観念が,この事実から浮かび
科学史において,電解質水溶液の電気分解についての 出てきた。(実証主義的思考の段階)
解釈以来,移動する帯電粒子としての「イオン」の概念 ④ ヒットルフ(Hittorf,」. W)の説明
燵する過盛バシ。ラールの「質量」の讃に絢 ダニエル臆想を巧み娯験によって定量化し一輸
る階層的段階を参考にして,把握してみると,つぎのよ 率 (Ubcrfahrungszah1;transport number)の概念を明 うになろう。 らかにし,広汎な実験を行った。
① デーヴィ(Davy, H)とベルツェリウス(Berzehus, 電解質溶液は,認め得るほどの分解が起こらない場合 J.J.)の解釈 にも,電気を伝導する事実をあわせて考えて,荷電粒子 電気分解の現象を手がかりとして,化学親和力を原子 の運動を電気伝導の原因としたのである。
間にはたらく静電引力とみなした。正の電極は溶質分子 したがって,これまで電流の作用によって電解質がイ の電気的に負の部分を引きつけて遊離させ,正の部分を オンに分かれるとした考え方から進んで,イオンをもっ 反揆する。正の部分は,隣接分子を分解して,その負の とはっきりと帯電粒子とするとともに,イオンは電流の 部分と結合する。以下同様にして分解と再結合の連鎖が 作用なしに電解質溶液の中に現存するものと見ることに つくられる。したがってこの理論では,溶液中にはじめ なったのである。(合理論的思考の段階)
から帯電した粒子を考えるのではなく,電場に置かれた ⑤ コールラウシュ(Kohlraush, E Wjの説明 分子が,瞬間的に正負の部分に分裂することを仮定する 溶液の電気伝導度と輸率との関係を明らかにし,イオ のである。(実在論的思考の段階) ンの概念をいっそう発展させた。彼は次の前提から出発
② ファラデー(Faraday,M)の解釈 した。鰻水は電解的移動が起こる媒質としてだけはたら 分解する物質の陽極のほうへ行く物質をアニオン く。溶液の電気抵抗は塩類などの元素が移動する際に水
(anion),陰極のほうへ行く物質をカチオン(cation)とよ の粒子に対して,またそれら相互の間で起こす摩擦抵抗 んで区別することを提案した。これから両者をいっしょ であろう 。
によぶ場合には,イオンとよぶことにする。 コールラウシュは,とくにイオンという用語を使わず イオンとは,電気分解の際に,正負どちらかの電極へ に 部分分子 または 電解質の成分 とよんでいるが,
行く物質であり,また別の箇所で述べているように,電 ダニエル,ヒ・トルフの仕事を受けついで,彼は電解質 解質が覗電流の影響のもとで分れて 生ずるものである。 の水溶液中に,電場の作用を受けることなしに現存して 電極のほうへ行く とはいうものの,それは,電極に おり,同一原子価では一定した電気量を帯びている原子 析出することを意味するのであって,何か運動する実体 または原子団,すなわち今日の意味におけるイオンの実 を表現しているのではない。 在を明瞭にした。(合理論的思考の段階)
また.イオンは電流の影響によって生ずるものとする ⑥ アレニウス(Arrhenius, a A)とクラウジウス みかたからいえぱ,イオン概念は,今日のわれわれのも (Clausius, R J. E,)の説明
のとはちがって,むしろベルツェリウス,デーヴィのみ アレニウスはW電解質の電気伝導度について の中で かたに合致するのである。 イオンが独立に運動している分子を曹活性分子 イオン
粒子の化学親和力が,電流によって変化を受けること が互にかたく結合している分子を曾不活性分子 とよん によって粒子に対して一つの方向に,他の方向に澄ける だ。そして私は,極度の稀釈においてはすべての不活性 よりも強く作用する力を与え,その結果として,継起的 分子は,活性分子に転化する確率が大きいことを強調し な分解と再結合によって粒子を反対方向に移動(traveD た。
させるのである。したがってこれはデーヴィの仮説を受 活性分子数の総分子数一活性と不活性をあわせた一
けついでいるのである。(実在論的思考の段階) に対する比を私は,活性係数(Aktivi t5tskoeffizient)と
「
高野:理科教育における観察の機能に関する実験的研究(第27報) 15
よんだ。したがって電解質の活性係数は無限大稀釈に澄 理もない解釈であるといえようし,また,ある意味にお いては1であると仮定される。 いては,学問の進歩の途上に「必要な誤まり」の段階で
アレニウスは電解質分子の解離を,熱力学的に導かれ あったとも解される。しかし,ともかく教育内容との関 る溶液の性質と,電気的に導かれる溶液の性質との合致 連で考えるときは,誤まりは誤まりとして,その内容は によって証明しようとするのである。 敬遠しなければいけないであろう。
覗電解現象を説明するためには,アレニウスは,クラ こう考えてくると,科学史上の認識の段階として,最 ウジウスとともに,電解質分子の一部分がイオンに解離 も特徴的で重要な段階は,「合理論的思考の段階」であ し,このイオンが互いに独立に運動すると仮定した。 そ ることになる。そして,特に移動する荷電粒子としての して,滲透圧は,運動学的理論によれば溶液中に現存す 「イオン」の考えによって,事象を解釈し,説明すると る溶質の窮極粒子の運動に帰せられるのだから,電解質 ころが大切である。
溶液では煕自由状態にあるイオン が滲透圧をひき起こ このように,「イオン」に至る認識過程に訟いては,
すのである。(合理論的思考の段階) 仮説によって事象を解釈してみる方向が,認識の階層の 中で,とりわけ大切にされなければならない。一旦つか 以上のように,科学史においては,電解質水溶液の電 んだ「イオン」のモデルを,何回も異なったケースの事 気分解現象の解釈に端を発し,次第に「イオン」の概念 象に適用してみて,あてはまるかどうか,モデルを修正 に到達し,さらに「イオン」の概念の持つ内包が豊富に する必要があるかどうか,新たにモデルを構築し直す必 なってきたのであるが,中学校理科の内容に結びつくの 要があるかどうか,を検討し,思索することが重要であ は,大体上記の認識の発展過程であると考える。これ以 る。これは,モデルと事象の間にはたらくフィードバッ 後の発展は,高校,大学に於ける教育内容に対応するも クの機能であるともいえる過程である。
のになってくるし,一応考案の範囲外に澄くことにする。 したがって,教材の場合には,事象をいくつか並べて,
上記の科学史の諸段階について,まず感じさせられる そこから「イオン」のモデルを導き出し,解釈して終わ ことは,バシュラールがあげた「質量」の認識の階層段 りとする授業過程では,いかに事象をたんねんに提示し,
階における「アニミズム的思考段階」と「素朴な実在論 実験を重ねても,つかんだ「イオン」のモデルは,生徒 的思考の段階」が,「イオン」の場合についてはないこ の思考の中でじゅうぶんには練られることのない存在に とである。 終わりやすい。
ただ,このことは,もちろん簡単に断定してはいけな 「イオン」のモデルは,導かれたものであって,使う いものをふ/くんでいる。つまり,電気分解現象の解釈が ものにはならない。ところで,つかみにくいモデルほど,
本格的になされ始めるデーヴィやベルツェリウス以前も, むずかしい概念ほど,複雑な原理ほど,導いただけでは,
水溶液についての素朴な研究が存在したし,また帯電に 人間の認識上はなはだ漠然とした存在に止まりやすい。
ついてもいろいろな研究がなされたきた。したがって, 一旦つかんだモデルを使って事象をみること,解釈して 素朴な認識の段階も存在したともいえるのであるが,た みること,験してみること,確かめてみることがどうし だ,「イオン」の概念につながる研究としては,遠い距 ても必要である。もちろん,このことは解釈したり,験 離をもっており,間接的なものといえよう。 したりするといっても,決して既成の知識の天下り的適
「イオン」の仮説に至る認識の段階を問題にしようと 用を行なうことではない。反対に,そこには,生々とし するとき,考えるべき科学史上め研究事実としては,上 た深い思考が展開されるのである。認識の深まり,質的 記の諸段階でよいのではないかと考える。 進歩がなされるのである。授業においても,この点を重 そこで,上記の科学史の段階を考えてみると,「実在 視した指導の流れを考えていくべきであると思うのであ 論的思考の段階」,「実証主義的思考の段階」,「合理 る。
論的思考の段階」の三種の段階が,一部くりかえしなが
ら,あらわれていることになる。そして,特に注目した §4 イオンのモデル形成の授業における観 いことは,「実在論的思考の段階」は,電気分解現象を 察過程
解釈するための仮説としては,その内容が現在からみて, まず,「イオン」の学習に入る前に既に学習してある
誤まったものであることである。その当時としては,無 内容は,つぎのような内容である。
16 茨城大学教育学部紀要 第24号
①回路を流れる一定の電流 いったん,合理論的に把握した立場から,それを実在化
②電流と電圧・電気伝導度・抵抗 する方向で,生の事象にあたっていくことが必要である。
③液体(水溶液)や気体の中を流れる電流・放電・雷 上に「仮説の実在化」とあるのは,それであり,この実
・真空放電・クルックス管 在化・現実化の方向をじゅうぶん生かすためには,単元
⑤針金の中を流れる電流と自由電子 形成を行ない,その後の過程で何回も実在化を行なって
⑥摩擦電気 いくことが効果的であると考えた。
⑦二極管 そこで,同じ電気分解の素材でも融液の方が,水溶液
⑧電流とエネルギー の場合より狭雑物がなく,イオンの存在状態としては,
前報であっかった観察過程の中で,比較的すぐれたも 純粋であることを考え合わせると,つぎのような観察過 のといえる観察Dについて,認識論的段階づけをしてみ 程になる。
ると,つぎのようになる。各項の最後の0内にその段階 先行経験の気体の放電を利用して,まず融液の電気分 名を記してある。 解に澄ける観察と統合することによって,イオンのモデ
①電解質と非電解質を明らかにするために塩化ナ ルをつかみ,ついで水溶液についての電気分解実験によ トリウム・塩化鉛・砂糖・アルコール・氷酢酸・水酸 って,前につかんだイオンのモデルにフィードバ・クさ 化カルシウム等をしらべる。特に塩化鉛は固体のままで せ,モデルの一般化を進める。
は電流を通さないのに,水溶液は通すことを認める。(実 さらに固体気体の中のイオンの存在と運動について 在論的把握) 学び,フィードバックと一般化が進む。
② 塩化鉛の水溶液に電流を流し,マイナス極に銅が 最後に上記の観察過程をとった授業過程がすぐれて 附着し,プラス穐から塩素ガスが出ることを観察し, いる,もう一つの面を指摘しておきたい。それは,授業
d子が移動するだけで,針金の物質そのものの原子の移 元の始めの部分における問題場面の構成のしやすさにつ 動はなく,化学変化は起こらないのに対して,水溶液で いてのべたい。
は,原子が動いて化学変化が起こると考えると都合がよ 単元の始めにおける問題場面の構成に澄いて,見のが いと考える。(実証主義的把握→合理論的把握) してはいけない先行学習は「自由電子」である。金属の
③原子がほんとうに動くかどうかをしらべるために, 中を流れる電流は,自由電子の移動という形で流れるこ 前の塩化鉛の実験において,途中にじゃまものを置い とができる。この学習経験があるので,当然,水溶液の てしらべてみる。このことから,じゃまものがないとき 場合も,流れる電流を自由電子と結びつけて考えること には,原子がほんとうに動くことを認め,上述の観察内 は,自然なことである。真空放電も先行学習であるが,
容全部から,原子のしくみを出すことによって,イオン 電気分解のときの通電の場合を真空中における電子の飛行 を導入する。(仮説(モデル)の実在化) で説明することは,到底無理なことであるので,やはり,
④塩化鉛をるつぼに入れて,融解し,電気分解され 金属中の自由電子を電気分解の場合にスライドさせて,
ることを観察する。(仮説の実在化・普遍化) 解釈しようとするのが,自然な思考の勢いというもので
⑤ 固体でもイオンが存在することを塩化鉛と食塩に あろう。
ついて説明し,その検証としてガラスをバーナーで熱 そこで,改めて考えてみると,電気分解のときは,電 し,軟かくすると電流が流れることを観察する。(仮説 極上に変化が起きる。しかも,二つの電極は,それぞれ の実在化・普遍化) 別の変化を示す。したがって,単に自由電子の移動によ
⑥真空放電グ・一放電等を例にしながら,気体に って説明しようとするどどうしても無理がある。そし おいても,イオンが存在することを認める。(仮説の て,物質の分解が起きているにちがいないと推論される。
実在化・普遍化) また,一方で,金属中の自由電子に凄いては,温度を 先行学習で,自由電子を学んでいる以上,イォンのモ 高くすると,抵抗が大きくなり,通電が悪くなるのに対 デル形成を帰納一点張りで進めるのは不自然で,効果も して,固体(たとえば鉛化鉛)を熱したときに通電し,
少ないと考える。現象からの推論を大切にするとともに, 電気分解までできることを対比し,そのちがいに着目さ
高野:理科教育に訟ける観察の機能に関する実験的研究(第27報) 17
せることができる。 を合理論的思考の段階とみなし,授業過程においても合 したがって,問題場面の中心をなす基本的な問いを, 理論的思考の特質を生かすよう方向づけることが望まし
「電気分解において流れる電流を運ぶものは,何だろう いと考えた。
か。どんな粒子だろうか。それは.自由電子なのだろう (3、上の認識論的段階を前報であつかった観察過程に か。」という内容にすることができるわけである。そして, 適用し,合理論的思考の段階を重視する観点から検討 生徒を一旦「自由電子説」の立場に立たせ,どうしても したところ,(1)でのべた授業の流れが妥当なものである 説明できない「矛盾」に追いこみ,その上で授業の変化 ことを認めた。
等についての解釈から,電解質物質の分解による帯電粒 (4)上の授業の始めに計画する問題場面の構成に澄い 子の生成と移動という「イオン」の存在とその態様が学 て,電気分解実験を,融液から水溶液への順序で行な 習されるように計画することができるのである。 う観察過程をとる場合の方が,ふつう行なわれているそ
の逆の場合に比べて,よりすぐれており,また構成しや§5結 論 すいことを認めた。
(1}前報に齢いて提案した「イオン」の仮説形成に至
る観察過程をふくむ「イオン」の授業の流れ,すなわ 文 献
ち,先行経験としての気体の放電論よび金属に澄ける自 1)高野恒雄:本研究(第22報)一観察過程の論理構造一,
由電子による通電と融液の電気分解実験をもとに,いち 本紀要,18(1968),193〜
おうイオンのモデルを形成し,水溶液の電気分解によっ 2) 同上 :本研究(第25報)一仮説形成に果たす観察 てモデルの一般化をなし,固体の通電現象によって,さら 機能の役割(1》一,本紀要,21(1971),
に,一般化をなし,確かなモデル形成をねらう過程を, 13〜
実験授業によって,全体的に検証し,「イオン」のモデ 3) 同上 :本研究(第26報)一仮説形成に果たす観察
機能の役割(2)一,本紀要,23(1973),15〜ル形成が深化し,授業時間の短縮がもたらされることを
Presses Universitaires de France i2)バシーラーノレの科学搬の讃論的階層段階を・ ,。,、,(中村雄二郎.遠山博雄訳「否
科学史に詮ける「イオン」の概念に至る認識過程に適 定の哲学」,白水社λ
用し・実在論的思:考・実証主義的思考語よび合理論的思 5)田中実:科学史大系刃.近代化学史_化学理論の形
考の各段階の存在を認め,この中で特徴的で重要な段階 成一,中教出版(1954).
18 茨城大学教育学部紀要 第24号
Experimental Studies on the Function of Observation in Science Education. XXV皿
in the formation of hypothesis(3)一
Tsuneo Takano
(Faculty of Fducation, Ibaraki University)
.
̀bstract
The author hasなried the testing of the effectiveness of the f6edback pro㏄sses as to the model
of ion in the learning of the subjects般Formation of Model for Ion by the following ob・
servation, that is, electric discharge, electric disintegration of meltillg substance, electric dis一
integration of aqueous solution, electric current in heated glass. And, in the experimenta1 teaching, the effectivation of the formation of model for ion and the shortening of the hours of teaching were confirmed. .
The importan㏄of the stage of thought of rationalism in the epistemological hierarchy of
the scientific concept by Gaston Bachelard was recognized at the history of science as to the 馳