債券のロールダウン効果について(Ⅲ)
(「為替ヘッジ」と「ヘッジコスト」について) 前回までのレポートでは、債券運用にあたって重要な概念である「ロールダウン効果」について詳しく見てき ました。しかし、債券総合口等、実際の為替ヘッジ外債の運用では、さらに「ヘッジコスト」を考慮して投資妙 味を判断しています。今回は「為替ヘッジなし」の外貨建て資産の特徴について確認した後に、「為替ヘッジ」 と「ヘッジコスト」についての考え方をご紹介します。 1. 外貨建て資産のリターン要因 外貨建ての資産に投資する際のリターンは、2 つの要因に分けることができます。1 つは外貨建ての資産価格 そのものの変動によるもの、もう1 つは為替レートの変動によるものです。表 1 のように、ある年の 4 月 1 日に 100 ドルの資産に 1 ドル=115 円で投資し、同年 9 月 30 日に資産価格が 110 ドルに、為替レートが 1 ドル=100 円に変化したときのリターンを考えてみます。 (表1)外貨建て資産のリターン要因 表 1 のケースでは、ドル建て資産価格は 10%値上がりしています(①)が、為替が円高に進んだ結果(②)、 円建てでみた資産価格の合計リターン(③)はマイナスとなっています。このように、外貨建て資産への投資リ ターンには、資産価格の変動要因のほか、為替の変動要因があります。 2. 為替ヘッジとヘッジコスト 一方で、「為替ヘッジ」という運用手法を用いることで、為替変動要因(表 1 の②の要因)を低減させ、外貨 建ての資産のリターン(①の動き)に近い運用成果を得ることができます。 「為替ヘッジ」を行うには、一般的に「為替予約」という手法が利用されています。これは、「今の時点であ らかじめ将来の為替レートを予約して確定させることで、為替変動の影響を受けないようにする」というもので す。表1 の例では、「4 月 1 日の時点で、9 月 30 日に 1 ドル=○○円でドルと円を交換する」と、銀行と契約し ておくことで、その間の為替の変動(②の部分)による影響を受けずに運用できるというものです。 それでは、為替予約における将来の為替レートはどのように決定されるのでしょうか。為替予約を行う時点(表 ① ② ③ 資産価格 (ドル建) 為替 (円/ドル) 資産価格 (円建) 4月1日 $100 115 ¥11,500 9月30日 $110 100 ¥11,000 変化率 +10.0% ▲13.0% ▲4.3% №2016-184 2017 年 3 月 17 日 特別勘定運用部 第 5 号1 の例では 4 月 1 日)の為替レート(1 ドル=115 円)を将来のレートとして予約するわけではありません。将 来の為替レートは、以下のような要因に基づき決定されます。 A:2 国間の金利差 B:取引する金融機関の通貨調達コスト C:その他、取引通貨の需給の偏り まずは、A(2 国間の金利差)について考えるため、表 2 のケースで公平な為替レートの水準について考えて みましょう。なお、運用開始時点の為替レートは1 ドル=100 円だったとします。 (表2)1 万円と 100 ドルを半年間運用した場合の公平な為替レート 公平な為替レート → 10,000(円)÷100.25(ドル)⇒ 99.75(円/ドル) (どちらの通貨で運用しても、利息も含めたリターンが同じになる為替レート) このケースでは、日本の金利はゼロですので、1 万円を半年間運用しても 1 万円のままです。一方で、米ドル には金利がつき、100 ドルは半年後には 100.25 ドルになります。将来の通貨の交換を約束した 2 者間に不公平 が生じないようにすると、為替レートは100.25 ドル=1 万円とする水準を考えることになり、1 ドル=99.75 円 が半年後の受け渡しを条件とした現在の公平な為替レートということになります。これは、将来の為替レートを 考えるときには、受け渡しのときまでに得られるはずの金利分を調整してレートを決めるということに他なりま せん。 為替予約をする時点での為替レートは 1 ドル=100 円でしたので、差額の 0.25 円が半年間のヘッジコストに なり、これは半年間のドルと円の金利差に相当します。そして、この 0.25 円のヘッジコストを支払うことで、 半年間の為替変動リスクを回避できることになります。 ヘッジコストは 2 国間の金利差によって変化し、金利差が大きいほどヘッジコストは大きくなります。また、 高金利の通貨(表2 の例では米ドル)を低金利の通貨(日本円)でヘッジするためには、ヘッジコストを支払う 必要がありますが、低金利の通貨を高金利の通貨でヘッジするときには、同じ金額を受け取ることになります(ヘ ッジプレミアム)。 ヘッジコストには、上記のような金利差のほかに、上記 B(取引する金融機関の通貨調達コスト)や C(その 他、取引通貨の需給の偏り)の要因によっても変化します。これらについては、4.で詳述します。 3. 一般的な為替予約の期間について 為替ヘッジを行う際、キャッシュフローに応じて期間ごとにヘッジをすれば、為替変動によるリスクを完全に 回避することが可能です。例えば、表3 のようなキャッシュフローの利付債を考えてみましょう。 (表3)利付債のキャッシュフロー 元本 短期金利 半年後の 金利 半年後の 元利合計 日本円 ¥10,000 0.00% ¥0 ¥10,000 米ドル $100.00 0.50% $0.25 $100.25 1年後 2年後 3年後 金利 5 5 5 元本 100 ※ 3 年満期で、1 年ごとに 5 ドルの金利が支払われ、 満期時に 100 ドルで償還される債券。単位:ドル。
表 3 のケースでは、1 年後、2 年後にそれぞれ 5 ドルを、3 年後に 105 ドルを受け渡す為替予約を行うことで、 為替リスクを完全にヘッジすることができます。一方で、多くの為替ヘッジ型ファンドでは、上記のような方法 ではなく、元本部分のみ、短期間(1 ヶ月~3 ヶ月程度)の為替予約を繰り返し行う方法で為替ヘッジを行いま す。表3 のケースでは、100 ドルを 3 ヶ月間為替予約し、3 ヶ月の期限が近づくと再び 3 ヶ月間の為替予約を更 新し、満期までこれを繰り返すような方法です。 後者の方法が採られる理由は、イールドカーブが右肩上がりであれば短期間の為替予約の方がコストが安いこ とに加え、長期間の為替予約は不確実性に応じて銀行がプレミアムを乗せてレートを出すこともあるため割高に なりがちだからです。後者の方法では、最初に為替予約を行う時点で将来の円価額(3 ヵ月後以降の円価額)が 確定しないため、完全な為替ヘッジとはなりませんが、全体的なコストを勘案して多くのファンドでこの方法が 採用されています。つまり、ヘッジコストは2 国間の長期金利差ではなく、数ヶ月程度の短期金利差に大きく依 存することになります。 4. ヘッジコストの動向 足下のヘッジコストの推移はどのようになっているのでしょうか。表 4 は、2015 年 1 月からのドル円のヘッ ジコストを「A:2 国間の金利差」、「B:取引する金融機関の通貨調達コスト」、「C:その他、取引通貨の需給の 偏り」に分解し、推移を示したものです(ここでは、期間3 ヶ月のドル円のフォワードをヘッジコストとしてい ます)。ドル円におけるヘッジコストは、この2 年間で大きく上昇し、足下では 1.6%程度になっています。これ は、例えばドルの金利で 1.6%程度のリターンがあっても、為替ヘッジするとリターンがゼロになってしまう水 準です。 (表4)ドル円におけるヘッジコストの推移(2015/1/1~2017/3/16) A: 2 国間の金利差は期間 3 ヶ月の OIS※1の差。 B: 日米 LIBOR-OIS スプレッドの差※2。 C: 3 ヶ月のドル円フォワードから、A・B の合計を 引いたもの(残差)。 表 4 をみると、米国では政策金利が引き上げ傾向にある一方で、日本では金融緩和が続いているため、「A:2 国間の金利差」は拡大傾向にあります。特に足下では2017 年 3 月の米国の利上げ実施を織り込み、A は大きく 拡大しました。一方で、ヘッジコストの変動要因には「B:取引する金融機関の通貨調達コスト」や「C:その
※1 OIS=Overnight Index Swap / 翌日物金利スワップ。翌日物レートと、数週間から 2 年間程度までの固定金利を交換する金利 スワップ(デリバティブ取引)。ほぼ政策金利の見通しだけを反映して決まる。
※2 LIBOR=London Interbank Offered Rate / ロンドン銀行間取引金利。金融機関の資金調達コストの目安となる金利で、政策
金利の見通しに信用リスクを上乗せし、市場の短期資金の需給度合いを勘案して決まる。LIBOR-OIS スプレッドには、信用リス クや流動性リスクが表れるとされる。 0.0% 0.5% 1.0% 1.5% 2.0% 2015/1 2015/7 2016/1 2016/7 2017/1 C:その他、取引通貨の需給の偏り B:取引する金融機関の通貨調達コスト A:2ヶ国間の金利差 (出所) Bloomberg
他、取引通貨の需給の偏り」の要因も非常に大きいことがわかります。 B の影響が拡大した背景には、リーマンショック後に各国で導入、強化されたレバレッジ規制※3やボルカール ール※4などの金融規制があります。規制の下ではバランスシート拡大が抑制され、国際的な取引を行う金融機関 はリスク許容量を大幅に低下させたため、市場へのドル供給量が減少しました。ドルの調達にコストがかかると、 ドル円のレートに上乗せされ、ヘッジコスト拡大につながります。また、2016 年後半にかけて B が拡大したの は、2016 年 10 月に完全遵守が義務付けられた米国 MMF 規制※5が背景にあります。これによって邦銀のドル 調達環境は大きく悪化したと言われています。トランプ新大統領は政策として金融規制緩和を打ち出しています ので、ヘッジコストの観点からも今後の動向には注目です。 C はヘッジコスト全体から A・B を引いた残差ですが、これは A・B 以外の要因によるドルの調達コストを表 します。C が拡大した背景には、日銀のマイナス金利政策等によって、相対的に金利が高いドル建て資産への投 資需要が増加していることがあります。また、過去には 2010~2011 年の欧州債務問題、2015 年の中国人民元 切り下げショックや、昨年の英国によるEU 離脱のような局面では、基軸通貨である米ドルの需要が高まり、一 時的にヘッジコストが上昇しました。この他、米ドルは企業の輸出入代金などの決済資金として広く利用されて おり、四半期末になると代金決済のため米ドルの需要が高まり、一時的にヘッジコストが上昇することがありま す。 5. 債券総合口におけるヘッジコストの扱い 当社の債券総合口のように、為替ヘッジを実施しているファンドでは、ヘッジコストの大きさが銘柄選択(国 別配分)に対して大きな影響を与えます。債券総合口では、ヘッジコスト勘案後のデータを用いて各国間の投資 魅力度を測定しています。表5 では、オーストラリアの 5 年債とスウェーデンの 5 年債について比較しています。 (表5)オーストラリア5年債とスウェーデン5年債の投資魅力度比較 2016/12/30時点の数値、ロールダウン効果はイールドカーブが不変の前提で1年間保有した場合の概算値。 オーストラリアはスウェーデンに比べて利回りが高く(①)、「利回り+ロールダウン」の水準(①+②)も優 位にあります。一方で、オーストラリアドルはヘッジコストが高く(③)、為替ヘッジをかけた場合の魅力度は スウェーデンの方が優位になります(①+②+③)。このように、債券総合口では、利回り、ロールダウンに加え、 ヘッジコストの大きさも考慮し、銘柄選定を行っています。 以上 ※次ページの「特別勘定特約に関する重要なお知らせ」についてよくお読み下さい。 ※本資料は、情報提供を目的とする資料であり、保険募集を目的とするものではありません。 ※3 レバレッジ(leverage)は財務上のテコの意。銀行の「自己資本」と「借り入れも含む資金での融資や投資の総額」の比率を意味する。借り 入れ資金での投融資は利益率が高くなるが、銀行の破綻リスクも高まるため、自己資本の率に一定の制限をかけている。 ※4 ポール・ボルカー元米連邦準備理事会(FRB)議長が提唱した、米国の金融規制改革法の中核となる銀行の市場取引規制。銀行が自らの資金 でリスクを取って、金融商品を購入・売却また取得・処分をする事を禁止する。リーマンショックで金融機関の救済に公的資金が注入されたこと への反省を踏まえて導入され、2015 年 7 月より全面適用。
※5 MMF(Money Management Fund)のうち、邦銀がドル資金調達に利用していたプライム MMF(運用先の約 8 割が銀行発行の CD・CP)に
対する規制強化により、機関投資家や個人の資金が規制の緩い政府債MMF(米国債、米政府機関債、国債担保レポ等が組入れ証券の 99.5%以上 を占めるもの)へシフト。邦銀はドル資金調達に際しプライムMMF の利用が難しくなり、外貨預金や通貨スワップ調達への依存度を高めた。 利回り ① ロールダウン ② 利回り + ロールダウン ① + ② ヘッジコスト ③ ヘッジコスト 考慮後魅力度 ① + ② + ③ オーストラリア5年債 2.3% 0.9% 3.2% ▲2.6% 0.7% スウェーデン5年債 ▲0.1% 1.2% 1.1% 0.3% 1.4%
■手数料率表 ※本お知らせは保険業法第300条の2に準用される金融商品取引法第37条に基づき、特別勘定特約に関して表示すべき広告等規制に関し て記載するものです。