奈良教育大学学術リポジトリNEAR
書写教育における 字形指導の着眼点?
著者 宮崎 彰夫
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 18
ページ 71‑80
発行年 1982‑03‑23
その他のタイトル Some Remarks on Figures of Japanese Letters concerned with Writing Education.
URL http://hdl.handle.net/10105/6521
書写教育における 字形指導の着眼点・*
宮 崎 彰 夫**
(書道教室)
はじめに
書写と書道との関係については、よく同心円にたとえられる。書写では実用面に重点がおかれ、
書道では芸術面、とりわけr美」が強調される。書写についての指導では、ことば(文章)を正 しく書くことがその中心となり、具体的にいえば、文字を正しく、字形を整えて、調和のとれた 配列で書くということになろう。書写は基本的な事柄をとり扱うものであるから、同心円でいえ ば内側の円にあたり、書道は基本的事項を含みながらも、芸術として扱うことによって、当然、
美の追求が表に出てくることになるので、この方は無限に広がる外側の円に相当するといえよう。
本稿では、特に字形の問題に限って、この同心円の境界線のあたりをさまようことによって、
何か共通点を見出し得るのではないかという視点に立って論を進めてみたいと思う。書写の観点 からすれば、その枠をはみ出すことにはるかも知れないし、書道の分野からみれば、かなり範囲 を狭めて窮屈に受けとられかねない。しかしながら、字形の把握の仕方としては、筆者はそれほ ども窮屈さを感じていないつもりである。国語科書写といえども、伝統的な書法を無視しては考 えられないとき、いくらかでも古典の書法の中に、無理のない程度で美的原理的なものを探りあ てたいと思う。このことがまた字形を整えて書くことにも役立つものと思うのである。
I 点と画一生きた点を打つことが大切である一
点とは文字として成立するための字画の最小部分をいう。最も簡単な点といえども、もとより 多種多様であって決しておろそかにできないものであ乱
唐代の完成された楮書の姿には、三通折(三折、三通、三桁筆または三通筆ともいう)の筆法 が確立されていて、椿書の歴史の中でも最も整った様相を呈している。この三通折の筆法は横面 を書く時によく表われ、点の場合にも当てはまる。これをリズム(呼吸)で表わすと、描画の場 合は、「トン・スー・トン」であり、始筆・速筆・終筆がそれらにあたる。点の場合は字画の最 小部分ということで速筆がないと解釈してよいが、やはり三通折の気分はある。
古典の筆蹟中では、大きい点、小さい点などの種々椙が見られるので、ある程度の使い分けが 可能であるように思われる。次に筆者が気付くところを分類してみよう。
ω大きい点の場合
①点の周辺に筆画が少ないとき一画数の少ない簡単な文字の中における点 ②三角形の点でなく、下方へ引きおろした点一この場合、次の横面は接する。
* Some Remarks on Figures of Japanese Letters concemed with Writing Education.
**Akio Miyazaki(Department of Ca11敏aphy,Nara University of Education,Nara)
(2〕小さい点の場合
①画数の多い複雑な文字内における点
②文字の最終画で、補助的に打つ点
③点を並べて打つとき(烈火など)大小の変化があり、小さい点が含まれる。
簡単に云えは、広い場所(弱いgeStalt)に打つ点は大きくてよく、狭いところ(強いgeStalt)
に打つ点は小さくならさIるを得ないということになろう。このことは運筆していく時に、文字内 にあらわれる点の処理について、凡その見当をつけるのに役立つものと思う。
それでは、大小それぞれの点が、どのように位置しているかを見ることにしよう。これは「生 きた点を打つとはどういうことか」という問題につなが孔古典の作品群を通観してみても、年 代、筆者を問わず、また書風の如何を問わず大体共通していえることは、一字の中において、点
自体どの画にも接することなく離れて存在していることが最も多く、たとえ接していたとしても、
できるだけ接筆の部分が少ないということであろう。
水平線に沈む夕陽を眺めて、まだ水平線から離れている状態ではその存在感が一番大きくて鮮 やかであろう。水平線に接した状態になってもまだその効果は失われないが、接点という気にな る問題が一つ加わる。半分以上も沈んでしまった夕陽の存在感はもはや半減してしまい、水平線 が盛り上がったという感じすら抱だかせる。万物、自然の運行の中に点画の処理の秘密を教えら
れるような気がする。
このように古典の作品の中に示されている「点」の鮮やかな存在を眺めていると、美的要素の 一因としと把握できるであろうし、書写指導においてもこのことは十分に生かせる筈のものであ
る。要するに、点一つの存在でもそれを認めようとする見方、とらえ方をしたいと思う。文字を
書く場合、自然に筆勢が加わるものであり、筆勢があるということは、点目体の物理的な大きさ
に拘わらず、それ以上に周囲に及ぼす目に見えないr力」の場があることを認知しておきたいも のである。画には横面、縦画の他はね、はらい、折れ、曲がりをともなう画などいろいろあるが、ここで
は横面を例にとって話を進めることにしよう。書道史上に現われる楷書の横面の筆法には大別し
て次の三種類があるといわれる。第一は点のところでも述べた三通折の筆法、即ち両端を限定す る場合であり、第二は左端の始筆を限定し、速筆があってのち、右端の終筆を限定しない場合で ある。これは半ば筆を抜き放つような処理のもので主に六朝の楷書に見られる傾向であり、今一 つは、始筆を強くせずに速筆で力をためながら終筆で限定するというものである。ここでは書写 指導上、最も関係が深いといえる始筆・終筆を限定した筆法(前出)をとり扱う。ある一定の長 さの横面の場合に始筆と終筆が必要以上に大きく表われることは、速筆部分が少なくなって画の長さが十分に生かされないという結果を招くものである。唐代の楮書では特に始筆・終筆が小さ
めのものが多く見られるのは、画の長さを生かした書法の結果であろう。とはいっても時には始筆、終筆が大きめに表われることもあるので、次に一応大別してみることにする。
(1〕始筆・終筆が大きめの場合
①主に長い画、突き出した画に多く表われる。
②画数の少ない文字における横面、縦画など。
12〕始筆・終筆が小さい場合
①短い画に多く表われる。
②同じ画が重なる時の処理に多い。
③主に縦画に接する横面など。
長 善
幸己・(1)(ユ)1まヒ仙毛筆あ場合で・島rて、ネ更葦ね司限リズ1よない。
点の場合と一貫した観点に立では、以上のようなことが指摘できるであろう。なお、毛筆では
筆圧が加わり、線といっても太さが伴うので、打ち込みの始筆、押えの終筆というのが運筆上ど
うしてもできるものであるが、硬筆の場合はこの限りではなく注意が必要である。以上、点と画 に筆づかいについては前述の三節構造の筆法をふまえた上で、できるだけ素直な筆づかいが望ま
しいということになるであろう。
n 画の長短一長画(主面)は一つあればよい一
画の長短については文字の約束上、大体のところは定まっているといえよう。画の長短が入れ 替わると全く意味の異なった別の字になることがあるので注意を要する。土と士、未と末などが そのよい例で、大体といったのはこのような間違いが生じない程度に決められているという意味 であり、どれ位長く、または短くするかは書き手の自由に任されている。しかしながら、画の長 短の凡その範囲というのは、長い書道の歴史の中で洗練されてきて、古典の姿が最も飽きない美
しい姿としてわれわれに今、伝えられているように思われる。楮書の場合、一字の中での画の長 短については、短い画が続いて並ぶことはあっても、長画(主面)が続いて並ぶことはない。
㎜ 点画の接し方・交わり方一明るく接し、交わることが大切である一
点と画、画と画が接することを接筆というが、毛筆の場合には、特にその接し方の違いによっ
て文字の感じが明るくなったり、暗くなったりするものであるから注意が必要である。
書写指導では、接筆箇所は大体つけて書くことになるが、唐代における楮書の接筆部分を見る
と、できる限り少なく処理されていたり、あるいは離れていることすら多いように見受けられる。
点の項でも述べたように、接筆の場合にはできるだけ接筆部分を少なくして、明るく処理したい
ものである。例えば縦画に横面が接する場合、横面の始筆で強く、大きく打ち込むことは少なく ともできなくなるであろう。小さめの始筆を持った横面で接する方がより鮮やかになろうという ものである。古輿の楮書の姿に目を向けて得た視点ではあるが、書写指導の面においても十分に 生かせる事柄ではないだろうか。
また画の接し方として、よく出される実例ではr口」とr日」がある。唐代の楮書では殆どこ
の手法は確立されていて、r□」では下部ですぼめる形をとるので右下隅の接し方が問題となり、
左下での接し方にもその特徴があらわれる。日・目・固などのように下で引きしめない縦画の場
合には、前者とは異なった接し方になるので注意したい。なお、 r田」は後者に従う。
画と画の交わり方で最も基本的なものは、やはり横面(水平線)と縦画(垂直線)である。わ れわれの視覚に入るすべてのものの中にこの二つの線は含まれ、常に直角という明快な交叉をし ている。先人が造り上げた文字内の点画の組み合わせにおいても、この二つの線を無視しては生 まれていない筈であり、何万字とある漢字の中でも直角の交叉が一番多く含まれていると解して
もよいであろう。
①横面と縦画が交わる場合一字例r+」r生」など
②横面と斜面が交わる場合一〃r在」「春」
③縦画と斜面が交わる場合一〃r才」「身」
④斜面と斜面が交わる場合一・r文」r交」
いずれの場合も共通していえることは、できるだけ重なり部分を少なくなるよう配慮が必要で
ある。特に毛筆の場合、点が生き、画が生きるということの根幹的な要素はここにあると思う。
命 札
叉. イ炎 成次に三つの線の交わり方について触れておきたい。古典の筆蹟を眺めていると、かなりの頻度
でこの性質をもった文字が出てくるが、不思議にもr三つの線が一点に会することを避けている」
のに気付くのである。実例で示せば、r下」r不」「石」など殆どといってよい程、交点を通る
ことを避けている。このことは絵画においても、特にきらう性質のものであるし、線描きが主に なる水墨画を始め、素描(デッサン)に顕著にあらわれる。三つの線が一点に会するということ は、そこにはっきりした集中性(求心性)が生じるからであろう。求心性が生じるということは
文字として読む、形として見ること以前に真先きに交点が気になる存在として視覚の中に飛び込んでくるからであろう。
・下 不 石 百 有
・天 来
・子 内
相 和
幸 者
不昌
作
lV 点画の間隔一等間隔が基本である一
書写指導で扱う文字(楮書)の画と画の間隔については、大体、等しくあけて書くことを目安
としてよい。このことによって字形がよく整い、かつ読みやすくするという条件を満たすことに なる。これは「分位法」といわれるものであって、大別して次の如きものがある。
①横分位法一横面が並ぶことによってできる間隔を等しくする。
②縦分位法一縦画が並んでできる間隔のことをいう。
③斜分位法一科画が並んでできる間隔のことをいう。
④複合分位法一①、②、③が組み合わされたものをいう。
上記とは別に等間隔に画を並べるより、いくらか加減した方がよい場合がある。r言・皇・屋」
などがそれで、囲まれた空間の中で分割された間隔とそうでないところの間隔は必ずしも一様で はない。囲まれていない場合の間隔、即ち外とつながりのある空聞は囲まれたものより広く見え る傾向にある。したがって外の空間とつながりのある西間は、囲まれた西間よりも狭くなっても
・オ黄分位ミ去
・、教史分イ生5公
・襖台分位法
差し支えがないということがいえよう。このことは心理学でいう知覚上の錯視からも説明できる ものと思う。
普通、筆写即ち書き文字の場合は筆順に従って書き進められるので、筆画から次の筆画へは、
気持がつながって書かれることが望ましい。いわゆる気脈の貫通ということである。この時に、
実際に書かれた画、文字形成上必要な画を実画といい、実画と実画との間の画を虚画または空画
と呼んでいる。一つの点画を書くのに要した時間、またこの空画に要した時間などを読みとる実
験(硬筆)を試みているので、教育工学センターの研究報告(藤村・宮崎)を参照されたい。こ の実験では、字形から読みとることがむずかしいとされる一字を書く段階での生徒・児童の戸惑いや、記憶の呼び起こしなどが読みとれるのが利点である。
V 外形法(概形法)一方と円が基本である一
小学校実践書写指導(近藤・山口・宮崎)では、外形の項でそのよりどころを方形に求め、こ
れを基本としている。書写指導上、特に低学年においてはこの方が把握しやすいであろう。
慈雲尊者であったか、O△口の形を書いただけの作品があって、これは書か美術の本で見た時
の記憶であるが、何か人間の心の奥底を鋭く突いているようにもとれ、またものの道理、哲理と
いったものを看破したというようにも思える印象深いものであっれ前置きが長くなったが、文 字の形を外形法で説明することはよくある上に、書写指導における字形の問題としてもこの外形 法は特に重要である。一般的には、前述した方形の他、円・三角形がある。色の三原則と同じように形の三原則といえるもので、この三つが外形法の根本である。三角形の時には、逆にした逆
三角形なるものを加えることでよく、長方形のものは方形から派生したものと見なせばよいであろう。ものの道理とか、法則・原理などは単純、素朴な中に秘められているものであって、でき 得る限り簡潔であるに越したことはないと思う。
外形法において、特に注意すべきことはあまり多岐に亘ることは避けるべきであり、また、外
形がなければ書けないなどという結果を招くような書写指導は慎しまなければならない。
VI中心舳法一縦軸が一本あればよい一
rものの形を把握するのに外形でとらえるのではなく、中心軸でとらえる」これは美術関係の 書物に出ていたものである。ずっと以前に筆者がまだ学生で、字形の把握の仕方を暗中模索して いた頃、このことが一つの大きな指針となった。字形をとらえるのにこれ程簡単で明快なものは ないと思う。
古来、九官法という文字の形を方形に見立てて、縦と横をそれぞれ三等分し、九つの「ます」
に細分して字形を説明する方法がある。絵画の方でもこのような方法を取ることがあり、これは 元来、模写のための方法なのであろう。この九官法は字形把握の一方法ではあるけれども、やや 複雑で窮屈な感じがしないでもない。他に、より簡単な方法として縦軸と横軸との関係から把握 するもので、これは数学における座標の基準(X軸とy軸)に相当するものがある。これは大百 然の中の最も根幹をなす線、即ち水平線と垂直線に拡大解釈できるところがよい。この場合は字 形を方形に見立てると四つのますに区分すればよいので九官法より簡単であ乱
しかし、筆者がここに強調しておきたいのは、更に簡略化して、縦軸(中心軸)が一本あれば よいのではないかということである。この意味から、書かれた文字、古典の筆蹟などを見るにつ けて中心軸を文字のどの辺りに設定するかは大切な問題である。対称的な字形の中心軸は、すべ て真中に設定することができるが、字形によっては、必ずしもそうとは限らないので注意を要す る。字形の中心軸を瞬時に決定できるようになるには、ある程度の訓練が必要であろう。
w 文字のむえ一正面向きが基本である一
形あるものには、大きさがあり、重さがあり、強さ(広がろうとする力の場)があり、しかも 方向性(向き)がある。手近かな問題として、文字を読む、見るということは、文字以外のすべ てのものの形を見る場合のどの視角から見ていることになるのかという間いかけである。普通に
ものを見るのと全く同じ状態で、字形を見ていることになるのだろうか。例えば、樹木を見ると しよう。立っている状態を真横から見ることになるのか、または真上から見ることに相当するの かということである。纂書や隷書の構えは常に正面向きであるとい㌔乙の場合、楮、行、草に なれば向きが生じることを言外に含んでいるものと思われる。楮書の場合も正面向きと横向きの 態がある。「楮書は立つが如く、行は歩くが如く、草は走るが如し」といわれるように、書体の 特性から、行・草に至る程、動態となり正面向きの字形が少くなるといえよう。rこの字は傾い ている」などという視点に立てば、樹が立ち、人が立つ状態と同じような状態で、一つの文字の
姿を見ていることになる。
書写指導としては形は均整で、構えは静的であるため、正面向きの文字の姿をとり扱うと解し てよいであろう。しかしながら、この正面向きの文字の姿というのは、筆写体の場合にはくずれ やすいものである。概ね、やや左向きになる構えが多い。このことは人物描写に例えれば、見る 側からすればやや左向きであるが、被写体からすれぱやや右向きの姿勢のことをいう。文字の形
に表情があるなどという時、文字はある向きをもっていて、均整(静態)ではなく、均衡(動態)
の場合に多く見られる傾向といえよう。この向きという問題は、書写指導上では、問題外のこと
であるかも知れないが、書道では大切な問題になるといえるので、書写と書道のからみの上から 考えても重要な事柄であると思う。正面向きという認識があれば、横向きの文字の姿勢もおのず
とわかる筈のものであろう。
〔備 考〕
範例として示した文字は、古くから「楮書の極刑」といわれている『九成宮膿泉銘』欧陽諭書
(632)から葉字・分類したものである。なお現在、書写で扱う文字と異なるものも止むを得ず 掲げたところがあるので、ここにお断わりしておきたい。
参 考 文 献
関 計夫 (1952) ゲシタルト心理学 金子書房 西」l1掌編(1971) 書道講座 楮書 二玄社藤原 宏責任編集(1972)国語科教育「書写指導」 明治図書 文部省 (1978) 小学校指導書 国語編
藤原 宏ほか(1978) 書写・書道用語辞典 第一法規
近藤弘文・宮崎葵光・山口操風(1981)小学校実践書写指導 東京書籍
藤村亮一郎・宮崎彰夫(1982)奈良教育大学教育工学センター研究報告(第5号)