• 検索結果がありません。

日本語教育と国語教育における音読指導

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "日本語教育と国語教育における音読指導"

Copied!
9
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

日本語教育と国語教育における音読指導

1.はじめに

日本語教育における音声指導については,すでに多くはないが様々な指導方法が考案さ れている。そして,その指導方法の多くは,英語教育を中心とした外国語教育から取り入 れられている。しかしながら,英語教育を中心にした外国語教育の多くが盛んに 音読 という言葉を使い,音読を使用した音声の指導方法を考案しているにもかかわらず,日本 語の音声指導には,この 音読 の文字は,ほとんど見られない。わずかに安原(

)に取り上げられているのみである。安原( )からもわかるように,日本 語教育では,その教授法として,音読指導を積極的に取り上げてはこなかった。反対に,

国語教育においては,音読指導は国語教育の教育方法に当然のごとく取り入れられてきた。

初期の日本語教育では,国語教育の影響が大きかったため,同時期の国語教育における音 読隆盛期とも重なり,大いに音読が行われていたはずである。しかし,国語教育,他の語 学教育に見られる音読指導の方法が,日本語教育には見られないことは興味深い事実であ る。

これは,国語教育には,

音読指導について,盛衰はあったもののその教育体系の中に,音読の長い歴史を持っ ていたこと。

音読指導の使用について,常に考察,改良が加えられていたこと。

があげられるのに対して,日本語教育では,

音読指導に対して国語教育のような十分な位置付けができなかったこと。

音読指導を有効な音声指導の方法に使用できなかったこと。

などの理由があげられよう。

本稿では,先ず,国語教育と日本語教育における音読指導の扱い方を取り上げる。そし て,同じ日本語を教えるのにもかかわらず,国語教育には取り入れられた音読指導が,外 国人のための日本語教育にはなぜ取り入れられなかったのかを,国語教育における音読隆 盛期(大正時代から昭和 年代頃)の音読指導と日本語教育のそれを,音読指導の方法に

(1)

(2)

ついて比較し,考察を加える。

2.先行研究としての日本語教育における音読指導

日本語教育における音読指導は,先に述べたように,安原( )で取り上げら れているにすぎない。

この中では,日本語教育における音読指導の考え方と,その実際の指導方法について述 べている。特に,日本語教育における音読指導を,音声の訓練の場とし,その具体的な方 法について述べ,教師の範読の重要性や音読指導による文字と音声の同時学習についても 言及している。また,日本語教育における音読指導には,それまで相応しい日本語教育用 教材がなかったため,音読指導に使用できる具体的な教材を提示した。

3.国語教育における音読指導

国語教育においては,一時期(音読衰退期)音読か黙読かの議論が盛んになり,その結 果,黙読の方が重視されるようになった。そして,その後の音読指導衰退期には,児童の 国語力の低下を招いたとの批判が起こった。しかし,現在では,音読を単独で扱うととも に,黙読がスムーズにできる国語力を培うための導入として扱おうという動きも出てきて いる。

音読隆盛期(大正時代から昭和 年代頃)を作り上げたのは,大西雅雄であるといわれ る。大

注1

西は,朗読を学問として位置付け,科学的にも解明しようとした。これより,朗読・

音読は,昭和 年代までの隆盛期を迎えることになる。

そして,北

注2

村( )は,その流れをくんだ国語教育における音読指導には,次のよう な利点があると述べている。

読解の学習や読書の指導の中に,適切に音読を組み込んでみちびく。その働きを 生かしながら,理解の指導に役立てたり,自己表現のために活用したりし,音読の力 を多面的に訓練する。

作文の学習の中に,児童の作品や鑑賞教材を音読する場面を作り,表現法を吟味 したり,確認したりする。また,耳で聞いて味わう,自己の作品を読んで発表するな どの場を設定してみちびく。

聞く・話す学習の中に,文章を読む,これを聞くという場面を設定してみちびく。

音声による表現力・理解力の伸長のためには,口頭によって発表させることや,これ を聞き取らせるばかりでなく,声に出して読んで発表することや,これを聞くことを 取り入れることが,非常に効果的である。

(2)

(3)

音読の力を伸ばすためには,正しい口型で話すことや一音一音正しく発音するこ と,あるいは音声を適切に調整することなどの基礎的な訓練が,必要である。こうし た基礎的な事項は,短い時間で回数多く訓練することが望ましい。国語科の学習,特 に読むことの学習の際に,僅かずつの時間をとってみちびくようにすることがよい。

また,国語科以外の他教科についての音読場面についても,同じく次のように述べてい る。

社会科・理科・算数その他,国語科以外の強化の中における音読場面もまた,音読 指導には適切な場である。

教科書の中の記述の中で,特に音読して慣れない語句や用語を理解し,習得する ことの必要な部分を音読する。

大切な定義や解説,固有名,数値などを,しっかりと確認したり,紹介したり,

伝達するために音読する。

ノート・板書事項・記録などを正確につかみ,確認するために音読する。

そして,音読指導には,もちろん,この後に,どのように音読から黙読への量の転換が 計られるかが詳しく示される。

文章を読んで理解するためには,すでに述べたように,黙読というすぐれた活動が ある。黙読は,成人の普通の生活においては,最も多くとられる活動であって,音読 はむしろまれな活動となっている。成人においては一般的にはそうであるが,小学校 のように,国語力の基盤作りを強固に行うことを任務とする段階においては,音読・

黙読の両方の活動を通して学習を進め,その両方を使いこなすことができるようにみ ちびくことが,きわめて大切なのである。

小学校の低学年では,音読が主になるが,学年があがるにつれて, 読み の主役は,

黙読へと移行する。高学年では,黙読の割合が,音読の割合をしのぐことになり,それに よって,読書量を増加させることができる。

4.日本語教育における音読指導

音読指導は,読解のみでの音読ではなく,さらに幅広い分野での音読を考えることがで きる。音読指導は,国内での日本語教育および海外における初期の日本語教育では,国語 教育における音読指導と同じく盛んに行われていた。しかし,初期のそれは,国語教育に おける音読指導と同じように,特に特別な指導技術があるというわけではなかった。たと えば

注3

日本語教育史序説 によると 先生に従って,ただ読むだけ という教授方法が大半であったようだ。

(3)

(4)

ここでは,日本語教授法に関し,国語教育の隆盛期(大正時代から昭和 年代)に出版 された三冊の書籍について,その音読に関する記述を取り上げる。特に,教師の範読を聞 かせる,模倣させることが中心であったこれらの教授法では,自己表現を中心とした音読 指導は困難であったと思われる。

これらの日本語教授法の教科書には,実際の日本語教育の場での音読指導について,次 のように記されている。

注4

日本語教授の領域

日本語の教授は,文そのものに読みいたるとき,それは読方式教授法となる。読方 式教授法においては,いろいろの方法が成立するけれども,文を読むことによって,

もっともっと,内面的な,落付きとゆとりとを持って,教材を成立させているものを つかませなければならない。(中略)

第三階段は よむ (教授者の)である。この読みは教授者に限るのであり,それ は学生の模範となる読みである。教授者として,一日に一回自分の理念を声にのせて 丹念に読む修行をしなければならない。(中略)この読みはたいせつなもので,この よ によって標準語の問題も,アクセントの問題も,基本発音の問題も,ほぼ解決さ れるのである。そしてこれは現代における教育学や教授法などの西洋的の方法説が採 用消化される前の純東洋風の教式にあるものであって,その読みの進行中に読後の直 感的注釈ともいうべき説明をつけてゆくと,全人格を持って読む情意的なるものが働 くものであって,こうした人間修行的な求道的精神の発露である教授者の 読み わかる もとめる を達成する重要なるいとぐちとなるのである。特に異民族に 対するただしい読みの指導はこの段を抜きにしては達せられない。学生には先進聴か せるということが,もっともたいせつである。

注6

日本語教授法の原理

音声の教授および練習量においては,先ず生徒に音声を聞かせることが大切である。

先ず耳に外国語の音声を注ぎ込んでやれば,生徒の口から外国語の音声が出るよう になる。この意味で音声を先ず聞かせることが先である。しかも一遍聞かせるだけで なく,できるだけ度々聞かせること聞き慣れさせることが大切である。(中略)

注7

師なりその他の人なりの発音を模倣することは,初歩においてもまた進んだ程度に おいても非常に大切な仕事である。

注8

日本語教授指針 入門期

入門期の教授は特に発音の正確を期しなければならぬ。従って十分に正しい音を聞 かせ,その模倣の正しく行われることに,心を注がねばならぬ。その為に矯正の努力 が大に必要である。(中略)

生徒に模倣させるのに,斉唱の効果は莫大であるが,誤った印象に支配されたもの

(4)

(5)

を聞き漏らすおそれもある。故に個人的復唱を軽んじないことが大切である。

5.音読指導衰退の原因について

国語教育における音読は,大正時代から昭和 年代頃までの隆盛期を迎えるが,日本語 教育における音読指導は,国語教育に追従する気配もなく,戦後は日本語教育の衰退に歩 調を合わせるかのごとく,衰退していった。

その原因としては,

外国人への日本語教育そのものが敗戦により衰退してしまったこと。

音読は,日本語教育においては,外国人が教師の判読にあわせて読むものでしかなく,

国語教育のように意味付けを行ったりするなどの興味を引くような発展がなかったこと。

音読指導が,それを黙読,あるいは気持ちを込めて読む表現読みへと発展させられな かったこと。つまり,音読を日本語教授法の中で,十分に位置付けられなかったこと。

音読がどのように日本語教育にも役立つのかを明確に示せなかったこと。

などがあげられる。

それは,次のような現在の音読指導への否定的表現や迷いにつながっているのである。

注9

ケーススタディ日本語教育 ケース

教師の判読を聞くことで学習者は文中の意味の切れ目がわかる,教師は音読を聞い て学習者が文章を理解しているかどうかが判断できるなどと言われている。しかし,

判読を聞くこと,音読することで読解力が伸びるとは言えない。むしろ,音読には弊 害が多い。

そして, 音読の癖がつくと,読みが遅くなり,読解そのものが阻害される。 しい息継ぎで読んだからといって,意味も正しく理解しているとは言えない。 学習 者が実生活で音読を行うことはほとんどない。と続けている。

日本語教授法を理解する本 実践編 コラム

読解の授業で,学習者に音読させることは,否定的な見方が主流を占めています。

その理由は,音読している間は,一つ一つの語句を正しく発音することのみ注意が向 かい,内容を理解することがおろそかになるから,というものです。他の学習者に聞 かれるのですがら,当然だといえるでしょう。

読んで理解する 読解 を目的とする以上,黙読させるのが基本で,また,自然で す。

読み聞かせなどの特別の場合を除いて,私たちの読解行動は,個人で黙読するのが ふつうです。読解教育として,声に出す必要のある時とは,はっきり区別しなければ なりません。

(5)

(6)

また,次のような意見もある。

日本語の教え方 音読の是非

読解授業で,(中略)学習者に音読させる是非についてよく議論されます。正確さ の教育を中心とする場合,学習者に音読させる是非についてよく議論されます。正確 さの教育を中心とする場合では,文字の確認や1語1語を理解する必要があるとして,

音読がよく行われています。そのため初級で音読の習慣が付いている学習者が,中・

上級で黙読ができないというケースも見受けられます。

読んで理解する 読解 の授業では,読み聞かせのような特殊な場合を除いては,

われわれの日常の 読む活動 に近づけた黙読が基本と考えて,学習者にはあくまで も自力で読み,内容を理解できるような練習をさせていくべきだとする立場が現在で は優位です。しかし,日本語学習者の読解における音読の影響を,実証的に扱った研 究はまだ無いようです。

ただし、次のような音読を肯定するような意見もある。

ここから始める日本語教育

音読は,日本語のリズムを体得するという点からは非常に重要となる。漢字の読み 方を確認するのにも役立つ上,学習者がどの程度理解しているか知りたいときにも有 効である。初級から上級までレベルを問わず,構造のしっかりした,いい文章を音読 させたいものである。

6.日本語教育への必要性

国語教育においても,指導内容の三割削減とともに,読解力の低下が問題となっている。

読解力の基盤となるのは,まず,黙読の力である。黙読でどれだけ深く読めるかが,読解 力を左右するが,その黙読力の決め手となるのが音読ですらすら読めるかどうかという力 なのである。

日本語教育では,音読指導の必要性を次のような点から考えることができる。

音読により,日本語のリズムを習得しやすい。

音読指導により,日本語のリズム・イントネーション・アクセントを習得しやすくな る。

音読による繰り返し読みは,発音矯正に役立つ。

声に出して読むことで,単音のみの矯正ではない矯正が可能である。

読みの力をつけるために,つまり,スムーズに黙読できるためには,音読により十分 な素地を作ることが必要である。

(6)

(7)

音読できることこそが,黙読による読解力の基礎となる。

文字を読んで,他の人に聞いてもらう楽しみを味わうことができる。

特に作文を書く作業と,その作文を発表として他の人の前で読む作業組み合わせた授 業は,学習者にとって,効率のよい授業である。

たとえば,

読むことの歴史 には,ヨーロッパでの音読からの黙読への移行と,それ ぞれの意義について,次のような記述がある。

古代においては,文化を支配していた弁論術の理想の影響で,テクストの意味とリ ズムとを際立たせて読み上げる朗唱が何より重視され,黙読は,意味をしっかり把握 するために,テクストを前もって検討する際にしかおこなわれなかった。

初学者もまた,声を出して読まねばならなかった。教師は,それによって進歩の度 合いを確認した。初学者の段階を超えても,ラテン語をなめらかに朗読できるように するため,声をそろえて読み上げる練習が課されることがあった。

そして,さらに, 世紀になると,

世紀には個人の黙読が普及したが,集団で行う購読も中世の大学生活という 環境で重要な役割を果たし続けていた。しかし取り扱う内容が複雑であったことから,

作品を理解するためには目による読書を欠かすことができなかった。

これらの記述からは, 読む ことにおいては,ヨーロッパでも,日本でも同じように 読書方法の変化に,共通点があることがわかる。読書方法は変化するが,黙読が普及して も,音読の重要性は変わっていない。音読と読解力には, 読み を通じての強い関係が ある。声に出して読める力がなければ,文章を読解する力もないということが言えるのだ。

つまり, 読める 前提には,すでに声に出した文へのある種の理解が含まれると考えら れるからである。

日本語教育においても同様に,音読は,その後の黙読へとつながり,その音読力が む力 を決定づけ,読解力を左右するのである。先に見たような音読に否定的な考え方と いうのは,音読の一面のみを見て,その必要性を十分に理解していないことに他ならない。

音読は,ただ声に出して読むだけではなく,目で 読む ことにもつながることを理解し ていないのである。

声に出して読まない外国語の学習方法があるのだろうか。英語教育においても,音読の 効用については十分に理論を尽くされている。音読指導が,ただ読むだけの教授法でない と,本来の音読の意味がよく知られるようになれば,音読指導についての様々な指導方法 が生まれるだろう。

また,声に出して読むことは,その声に出して読む教材の質にも関わるため,

音読に値するような良い教材を選ぶ 日本語のリズムの習得にも役立つ教材を選ぶ

(7)

(8)

などの点についても考慮しなければならない。

7.おわりに

日本語教育と国語教育を比較し,日本語教育において,音読指導が教授法に取り入れら れてはこなかった理由,および音読指導の必要性について述べた。音読指導は本稿で述べ たように,日本語の音声指導に役立つばかりでなく,さらに日本語の能力を,より高いレ ベルに引き上げる牽引力にもなる指導方法である。

日本語の学習者には,ある一定の期間を経ると,自己の学習能力の向上に限界を感じて しまう学習者がいる。これは,日本語教育ばかりに起こることではない。言語の学習には、

順調に伸びてきた学力が止まってしまい,伸び悩んでしまうことがよくある。こういった 悩みを音読指導により解決できるのではないだろうか。

音読は,目で 読み ながら,声を出す学習方法で,音読は黙読へと移行し,黙読力の 基礎となる。 読めない ものを理解し,学力として蓄積していくことは,不可能である。

先ず,声に出して読み,次に,目で深く読む。音読指導を効率よく使用すれば,学力向上 に立ちはだかる高い壁を打ち破ることができるのではないか。音読は,それに十分答えら れる指導方法である。

今後の課題は,音読指導を使用した日本語の音声指導の様々な方法,また,音読から 目 で読む 黙読への移行,話し言葉と書き言葉の関連付けなどについても明らかにすること である。また,本稿では取り上げることができなかった,異なる年代の日本語教授法の資 料についても,いずれ稿を改めて論じることにしたい。

北村季夫編( 。 安原順子( )にも,大西についての記述がある。

同上

関正昭(

中村忠一( これらの記述は,一部を現代仮名遣いに改めて引用して いる。

同上

日本語教育振興会,代表者長沼直兄(

同上

松宮一也(

岡崎敏雄他( ) ケーススタディ日本語教育 おうふう 三牧陽子(

(8)

(9)

姫野昌子他( 小林聰子(

ロジェ・シャルティエ他,田村毅他訳(

参考文献

岡崎敏雄他( ) ケーススタディ日本語教育 おうふう 木村宗男編( ) 講座日本語と日本語教育 明治書院

北村季夫編( ) 表現・理解の接点に立つ音読・朗読指導の実際 新光閣書店 小島聰子( ) 日本語の教え方 アルク

関正昭( ) 日本語教育史研究序説 スリーエーネットワーク 関正昭,平高史也( ) 日本語教育史 アルク

中村忠一( ) 日本語教授の領域 目黒書店

日本語教育史資料叢書 復刻版 第三期 日本語教授法基本文献 冬至書房 世紀の国語教育を創る会編( ) 生きる力 を育む国語学習 国語教育別冊 明治図書

日本語教育振興会,代表者長沼直兄( ) 日本語教授法の原理 日本語教育振興会 日本語教育史資料叢書 復刻版 第三期 日本語教授法基本文献 冬至書房 松宮一也( ) 日本語教授指針 入門期 (財)日語文化協会

日本語教育史資料叢書 復刻版 第三期 日本語教授法基本文献 冬至書房 三牧陽子( ) 日本語教授法を理解する本 実践編 バベル・プレス 安原順子( ) 音読による日本語発音指導の試み 神女第国文 第

安原順子( ) 音読指導による日本語音声指導の問題点とその課題 神女第国文

柳井,海野他( ) 楽しい英語授業 第3号特集 音読の力 を育てる指導 明治図

姫野昌子他( ) ここから始める日本語教育 ひつじ書房

ロジェ・シャルティエ他,田村毅他訳( ) 読むことの歴史 大修館書店

(9)

参照

関連したドキュメント

日本語教育に携わる中で、日本語学習者(以下、学習者)から「 A と B

  臺灣教育會は 1901(明治 34)年に発会し、もともと日本語教授法の研究と台湾人の同化教育を活動

当学科のカリキュラムの特徴について、もう少し確認する。表 1 の科目名における黒い 丸印(●)は、必須科目を示している。

Easterbrook 教授(当時)および Fischel 教授である。Easterbrook 教授お よび Fischel

高等教育機関の日本語教育に関しては、まず、その代表となる「ドイツ語圏大学日本語 教育研究会( Japanisch an Hochschulen :以下 JaH ) 」 2 を紹介する。

その結果、 「ことばの力」の付く場とは、実は外(日本語教室外)の世界なのではないだろ

以上のような点から,〈読む〉 ことは今後も日本におけるドイツ語教育の目  

 日本語教育現場における音声教育が困難な原因は、いつ、何を、どのように指