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地域素材を活かした身近な歴史学習の授業構成―中 学校社会科歴史的分野「日本の近世」を事例として
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著者 中尾 賢
雑誌名 高円史学
巻 21
ページ 29‑50
発行年 2005‑10‑01
その他のタイトル Class Organization for Historical Learning Utilizing Local Materials ―Teaching "Early Modern Japan" in Junior High School Classes as a Case Study―
URL http://hdl.handle.net/10105/8835
地域素材を活かした身近な歴史学習の授業構成
− 中学校社会科歴史的分野﹁日本の近世﹂ を事例として
中 尾
一 はじ め に
中学校における歴史学習は︑過去に起こった事象を網羅的に暗記する教科として見られがちである︒このことが学習者の
意欲を低下させ︑﹁歴史離れ﹂を助長している︒﹁歴史離れ﹂ の原因として︑﹁歴史を身近に感じることができない﹂という
理由をあげる学習者は少なくない︒これは︑教科書が政権所在地︑いわゆる﹁中央﹂中心の記述で構成されている点に起因
していると考えられる︒学習者が﹁歴史を身近に感じる﹂歴史学習を模索する時︑その有効な方策として﹁地域史﹂学習の
果たす役割は大きい︒
しかし︑従来の ﹁地域史﹂学習では︑﹁地域﹂に埋没し︑﹁中央﹂とのつながりに欠けていたり︑特定の単元のみで断片的
に行われる傾向が強かった︒また︑学習指導要領の改訂に伴い︑フィールドワークや博物館・歴史資料館を活用する歴史学
習が提唱されている︒
本稿では︑これらの諸課題を踏まえ︑今後の ﹁地域史﹂学習の視点を明らかにする︒そして︑現在に伝わる街並み︑古地
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図︑史跡などの ﹁地域素材﹂︵歴史遺産︶活かして︑学習者が主体的に受け止めることのできる教材を開発する︒さらに︑
地域の歴史を通して︑学習者なりの歴史像を描き︑歴史の﹁見方・考え方﹂を養うことのできる﹁身近な歴史学習﹂の授業
構 成 を 提 起 す る ︒
二 先行研究の概観
﹁地域史﹂学習の歴史は古く︑これまでも様々な研究がなされている︒特に歴史教育者協議会は︑﹁地域に根ざす歴史教
育﹂を掲げ︑研究を重ねてきた︒その中でも︑地域の民衆の立場から歴史を捉え直しをしたのが安井俊夫である︒安井は︑
地域の教材における︑学習者がすぐに飛び込んでこられる﹁入りやすさ﹂と︑どうしても真剣に考えざるをえない﹁切実さ﹂︑
︵ 1
︶
つまり﹁共感﹂に注目した︒さらに︑民衆の立場に立ち︑教材に﹁共感﹂する場面こそ︑学習者が歴史に自らかかわってく
る場面であると指摘した︒そして︑歴史を外側から客観的に見るのではなく︑歴史の中に一歩踏み込んで内側から捉える授
︵ 2
︶ 業 を 展 開 し た
︒
また︑従来の﹁地域史﹂学習における課題の克服を目指したものでは︑鹿毛敏夫の実践がある︒鹿毛は︑まず︑授業全体
に系統性を持たせるために︑地域素材を﹁古代国家の起源﹂から﹁近現代社会の日本﹂までの年間計画に位置づけた︒その
際︑﹁中央史﹂との関連性にも留意している︒そして︑選び出された地域素材と︑授業の主体である一人ひとりの学習者と
の関連づけを行い︑生徒の理解を深めている︒さらに︑学習者が地域の歴史事象を科学的に探求し︑より高次な歴史の概念
.・J︑
形成にたどりつけるように︑﹁概念探求型教授・学習活動﹂を展開している︒
30
安井の実践は︑子どもに主体的な歴史学習を保障するうえで成果をあげた︒しかし︑民衆の立場という視点を切り口とし
たために︑取り扱う単元に偏りが見られたり︑歴史の多面的な見方を保障する点で課題を残していた︒
また︑鹿毛の実践は︑授業における系統性の欠如や﹁地域史﹂と﹁中央史﹂との連携を意図した点で︑従来の課題を克服す
る成果をあげている︒しかし︑﹁歴史事象の科学的な分析﹂を重視する学習活動は︑学習者が学習者なりの感情を駆使して
歴史像を描く余地を与えない固定化された歴史像の注入に傾倒する可能性がある︒この点で︑地域素材と学習活動を結びつ
ける︑つまり学習者の思考を誘発する歴史学習が不十分だと筆者は考える︒
三 中学校社会科歴史的分野の現状
中学校における︑﹁地域史﹂ に関わる歴史学習の現状はどうであろうか︒まず︑筆者が勤務する葛城市立新庄中学校にお
いて︑学習者の意識を把握するために︑﹁身近な地域の歴史﹂ に対するアンケートを実施した︒対象者は当校に在籍する二
年生の一四三人で︑中学校では歴史を学習していない生徒である︒奈良県の中で︑﹁歴史を身近に感じるもの・こと﹂を可
能な限り書かせてみた︒学習者の回答で最も多かったのが︑﹁奈良の大仏﹂ の六五人であった︒ついで東大寺や法隆寺など
の寺院︑古墳︑そして︑飛鳥という地名等に回答が集中した︒いずれの歴史遺産も古代のものが中心になっており︑学習者
は﹁奈良=古代﹂ のイメージを強くもっている︒﹁新庄﹂ についても同様の質問をした︒結果は﹁屋敷山古墳︵公園︶﹂が
二一人で最も多く︑無回答が全体の約半数近くもあった︒学習者は︑最も身近な地域についての歴史像を描けていないので
あ る
︒
筆者は︑アンケートの結果が政権所在地中心の構成に起因すると考え︑現行の教科書八社を比較分析した︒︵表1︶その
結果︑奈良県の地名が古代に集中しており︑中世・近世になると極端に減少していることが明らかであった︒これでは︑学
習者が︑﹁歴史学習者が進むにつれて︑歴史を身近に感じることができない﹂︑あるいは﹁奈良県の歴史は古代で終わってし
まう﹂と思っても不思議ではない︒いうまでもなく︑それぞれの身近な地域にも歴史は必ずある︒例えば近世の学習におい
ては︑江戸が中心となる︒江戸から遠く離れた奈良県の地域の歴史と︑幕藩体制とが結びつけば︑学習者は歴史を身近に感
じるだけでなく︑その理解は一層深まり︑地域に対する関心も高まるはずである︒この点を明らかにするために︑本研究で
は︑﹁日本の近世﹂を学習事例として取り上げている︒
︵ 4
︶
次に︑平成一二年に改訂された現行の学習指導要領において︑﹁地域史﹂学習の位置づけを検討した︒歴史的分野の目標
において︑学習を具体的に理解させる必要から︑歴史上で重要な役割を果たした人物や各時代の特色を示す文化遺産を取り
上げることが大切だとしている︒また︑従前の ﹁具体的な事象﹂に加えて﹁身近な地域の歴史﹂が学習対象として新たに盛
り込まれた︒地域の歴史を取り上げることは︑従前から﹁内容の取り扱い﹂などにおいて示されてはきた︒今回の改訂では︑
地域の歴史に関心をもたせることにより︑地域への関心を育て︑我が国の歴史により具体性と親近性を持たせて理解を深め
ることが﹁一層重視する﹂ように意図されたのである︒つまり︑学習者の興味関心を喚起し︑より主体的な学習を促すうえ
で︑﹁地域史﹂学習への期待がこれまで以上に高まっているのである︒
しかし︑﹁地域史﹂学習を進めるには︑課題も多い︒今回の改訂には︑﹁学び方を学ぶ学習の充実﹂を図るねらいがある︒
つまり︑地域の歴史の学習過程において︑調べ方や学び方を身につけるための工夫が求められているのである︒これを受け︑
﹁学び方を学ぶ﹂という学習方法の一面性のみが強調されていないだろうか︒安易に地域や博物館に出かけてはならない︒
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学習者の地域の歴史に対する興味や関心︑または﹁何のために調べるのか﹂という問題意識の育成が大切なのである︒
さらに︑今回の改訂では︑完全学校週五日制の導入により︑第一︑第二学年の社会科授業時数が大幅に削減された︒これ
に伴い︑これまで以上に限られた時間内で学習することが余儀なくされている︒このような状況で︑﹁地域史﹂学習が︑あ
る単元のみのテーマ学習的に扱われている現状はないだろうか︒先に指摘したように︑﹁地域史﹂学習には︑学習者に主体
的な学習を促す魅力がある︒この魅力を最大限に引き出す工夫を考えなければならない︒
以上のことから︑筆者は学習者が継続的により多くの機会で地域の素材に出会う場を保障するよう留意した︒そのことが︑
主体的な学習を促し︑地域への関心を育てることにつながると考えるからである︒その結果︑学習者自らが地域の史跡や博
物館に出かけて行きたくなるような﹁地域史﹂学習に発展すると確信している︒
四 今後の ﹁地域史﹂学習のあ日ソ方
︵5︶
﹁歴史は現在と過去との対話である﹂というE・H・カーの言葉がある︒先に指摘した諸課題を踏まえ︑今後の﹁地域史﹂
︵ 6 し
学習のあり方を模索する時︑この言糞を引用した田渕︵一九八八︶ の指摘に注目した︒田渕は︑E・H・カーの言葉を歴史
研究における問題意識の重要性を指摘したものだと捉えている︒歴史学習もまた︑現代への鋭い問いかけが出発点であり︑
その原因を過去の歴史事象に求めるものとしている︒そして︑その学習を通して︑事象と事象との相互関係・因果関係を考
察する歴史的思考力の育成と︑学習者なりに歴史像を描く﹁歴史する喜び﹂の獲得が目指されるのだというのである︒田渕
は︑学習者に﹁現代との対話﹂や﹁歴史する喜び﹂が保障されていない実情が︑知識詰め込み型授業の原因であり︑歴史嫌
いの学習者に共通するのは﹁事件と事件の平板な羅列で︑思考の深まりがない﹂からだと指摘している︒したがって︑歴史
思考力を育成する観点から︑歴史学習の授業に思考活動・思考場面である﹁歴史する場面﹂を組み込むことの必要性を指摘
している︒さらに︑それを一つの単元にとどまらず︑一時間︑一時間の授業においても求められるべき工夫だと述べている︒
このような田渕の指摘を踏まえ︑筆者が重視したいことは︑以下の二点である︒
第一は︑現代の地域社会に残された歴史遺産に向き合い︑問いかけることを誘う教材の開発で︑田渕のいう﹁現代との対
話 ﹂
で
あ る
︒
第二は︑歴史像を学習者なりに多面的に描かせるために︑思考場面や思考活動を学習過程に組み込むことで︑田渕の言葉
を借りると︑﹁歴史する場面﹂を授業に組み込み︑﹁歴史する喜び﹂を学習者に保障することである︒
この二点の実現を目指す上で︑﹁授業のネタ﹂が参考になる︒授業は﹁子ども﹂と﹁教材﹂と﹁教師﹂が一体となって創
り出すものである︒﹁授業のネタ﹂とは︑その三者を結びつける接点で重要な役割を担うものとして︑﹁授業のネタ研究会﹂
︑ 1
︑
が重視しているものである︒﹃中学﹁授業のネタ﹂歴史﹄において︑﹁ネタ﹂について以下のように述べられている︒第一は︑
ネタは授業の核になる点である︒教師にとって新鮮な驚きから醸成されたネタは︑姿を変えて子ども達に新鮮なインパクト
を与える︒そしてネタを核にしながら子ども達の思考を一気に飛躍させ︑視野を拡張するという︒第二は︑ネタはおもしろ
い授業を創るという点である︒子ども達にとって︑本質的で学ぶ価値のあるものであっても︑教師がそのままの形で持ち込
めば︑おもしろい授業にはならないと指摘している︒意外な導入や子ども達の興味に沿った題材などが必要だというのであ
る︒
﹁授業のネタ研究会﹂の理事である河原和之は︑ネタ開発の視点を次のように述べている︒﹁一枚の絵・写真・地図﹂は︑
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図1「地域素材を活かした身近な歴史学習」のモデル
提示するだけで︑子ども達は視線をそこに集中させる︒しかし︑ただの絵や写真で
はなく︑﹁アッと驚く︑知的好奇心をくすぐる﹂︑﹁社会や歴史の仕組みへと導く﹂
ものでなければ︑視線はすぐに離れてしまうという︒また︑日常生活で﹁あたりま
え﹂と患っているものや身近な﹁もの・こと﹂から社会の仕組みが見えてくるもの︑
さらに﹁子どもの認識を揺さぶる﹂ものがネタとして望ましいという︒
以上︑ネタ開発の視点は︑﹁地域史﹂学習に新たな展開をもたらしてくれる︒ネ
タ開発の視点を取り入れる理由を以下に二点示す︒
第一は︑地域素材をより活かすうえで有効である︒ネタは一時間︑一時間の授業
において︑学習者に興味や関心を喚起させ︑知的な好奇心を刺激することができる︒ 36
これらの要素が地域素材に加わると︑学習者にとってより魅力的な教材となる︒
第二は︑学習者を思考場面や思考活動に導くうえで有効である︒歴史学習におい
て︑身近な地域の歴史を取り上げれば︑学習者が主体的になれるというものではな
い︒思考場面や思考活動である﹁歴史する場面﹂が必要である︒ネタは学習者を
﹁歴史する場面﹂ へと誘う︑つまり恩考を誘発させる要因をもっている︒
このようにネタ開発の視点を︑﹁地域史﹂学習に取り入れることで︑学習者によ
り主体的な歴史学習を保障することが可能である︒そして︑本研究の ﹁地域素地を
活かした身近な歴史学習﹂ の創造につながると考える︒︵図1︶
五 地域素材を活かした身近な歴史学習︵日本の近世︶
授業を考えるうえで︑まず︑地域素材の選択︑つまり地域素材の掘り起こしを行った︒筆者は﹁新庄町史﹂をはじめ︑そ
︑く︑
の他の ﹁地域史﹂関連の文献をもとに︑中学校の歴史学習で教材化できる可能性のある地域素材を選択した︒選択に際して
は︑学習者が﹁身近な地域﹂と感じることのできる︑新庄地域を含む葛城市︵二〇〇四年一〇月に新庄町と嘗麻町が合併︶
を中心にし︑それを奈良県で補う形をとった︒そして︑選択した地域素材を﹁日本の近世﹂ の各単元に当てはめた︒その一
部が表2である︒
次に︑教材化するうえで︑地域素材をさらに絞り込んだ︒この際︑筆者が留意した点を以下に示す︒
第一は︑﹁地域史﹂と﹁中央史﹂との関連に配慮したことである︒授業において︑﹁地域史﹂に哩没することなく︑﹁地域﹂
︵新庄を含む葛城市や奈良県︶から﹁中央﹂︵教科書︶︑﹁中央﹂から﹁地域﹂ の双方から学んではしいと考えた︒
第二は︑実際の一時間の授業に一つ以上の地域素材を選択したことである︒これはネタ開発の視点に基づいており︑一時
間一時間の授業で︑学習者に興味や関心を喚起させ︑知的な好奇心を刺激するためである︒
第三は︑地域素材は新庄地域を含む葛城市を中心に選択したことである︒けれども︑第一︑第二の点考慮し︑必要に応じ
て奈良県からも選択した︒
以上の三点をもとに地域素材を選択し︑一時間の授業に位置づけたものを︑﹁ネタ﹂とともに表した一部が表3である︒
ここでは︑限られた時間の中でどの地域素材を用いるかがポイントとなった︒つまり︑学習展開において︑より有効な地
域素材を選ぶ必要があったのである︒
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表2 近世における新庄(葛城市)及び奈良県の地域素材
単 元 新庄 (葛城市) 奈 良 県
江
◎ 新庄藩
・奈良奉行所跡 【奈良市】
・龍 田城跡 【斑鳩 町】 (片桐且元)
・高取城跡 【高取 町】(植村氏)
・桑山氏 ・柳 生藩 【奈 良市 】 (柳生 氏、 兵 法
全 国支配 ・陣屋跡 指南役)
の しくみ ・古地 図 ・小泉 藩 【大和郡 山市】 ( 片桐氏)
戸
幕
府
の
成
立
・領主 の分 布 と ・芝村 藩 【桜井 市】 ( 織 田氏)
変遷 ・柳本藩 【天理市】 (織田氏)
・櫛羅 藩 【御所市】 (桑山氏)
・二見 藩 【五僚市】 (松倉氏)
鎖 国 と 隣 国 との
関 係
◎宗 門改帳 ・宣教 師 アル メイ ダ 【奈 良市 】 (奈
◎ 各寺 院の宗派 良見学)
江戸時代 の百姓 と
町 人
◎村井家住宅
・環濠集落 と請堤 【大和郡 山市】
・保津環濠集落 【田原本 町】
・「箱 本」 【大和郡 山市】 (自治組織)
・庄屋 の家 ・専立寺 【大和高 田市】 (寺内町)
・国の重要文 ・今井 【橿 原 市 】・松 山 【大 宇 陀
化財 町】 ( 商業都市)
・「奈 良 の庭 竃」 【奈良 市 】 (除 夜 の 風習)
次に︑地域素材を教材
化するうえでの意義を︑
﹁江戸幕府の成立〜全国
支配のしくみ〜﹂を例に
して述べてみたい︒先述
のアンケートからもわか
るように︑ほとんどの学
習者が新庄における近世
の 歴 史 像 を 描 け て い な い ︒
そこで﹁新庄中学校は︑
かつての武家屋敷の跡に
建っている?﹂というネ
タは︑学習者にとって意
外なことであり︑教材に
対して驚きや疑問を抱か
せる︒そして︑学習者を
主体的な学習に誘い︑遠
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表3 近世における新庄(葛城市)及び奈良県の地域素材とネタ
単 元 地 域素 材 とネタ
〜 工 全国支配
の しくみ
新庄 中学校 は、かつての武家屋敷の跡 に建 って いる?!
【新庄】
・新庄 藩
( 桑 山氏 ・陣屋町 ・古地 図 ・領 主の分布 と変遷)
戸 【奈良県】
・大和国の領主 ( 郡 山 ・柳生 ・小 泉 ・芝村 ・柳本な ど)
幕 府
・奈良奉行 〔 奈良市〕
鎖 国 と 隣 国 との
関 係
宗 旨御 改帳 ってどんな ものだろ う?
【新庄 】 の
成 立
・宗 旨御改 帳
・各寺 院の宗派
江戸時代
村井邸 にはどんな人 が住 んでいたのだ ろう ?I
【新庄】
の百姓 と ・村井邸 ( 元禄期 の庄屋 ・国の重要文化財)
町 人 【奈良県】
・今井 町 〔 橿原市〕
くはなれた江戸で幕府が開かれるという歴史 事象を身近な歴史学習にすることをねらいと
し て
い る
︒
q・
︑
﹁新庄城図﹂は︑新庄藩の藩政確立期に描
かれたと考えられる地図で︑武家屋敷地内に
住む二〇二名に及ぶ家臣らの屋敷配置を知る
ことができる︒現代との関わりを知る手がか
りとして︑地図中に﹁慶雲寺﹂が描かれてい
る︒現存する﹁慶雲寺﹂と中学校の位置関係
から︑中学校が地図中の武家屋敷の場所に建
てられていることを推察するのは︑学習者に
とっても容易である︒また︑地図の中でひと
際 広 い 敷 地 が ︑ 現 代 の ﹁ 屋 敷 山 公 園 ﹂ で あ る
こ と も 想 像 か つ く ︒
さらに︑﹁慶雲寺﹂から中学校︑そして︑
﹁屋敷山公園﹂ へと抜ける道筋を︑VTRで
視聴させる︒これによって︑﹁慶雲寺﹂ の存
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在に気づいていない学習者も︑地図が中学校周辺を表していることが理解できる︒﹁屋敷山公園﹂ では︑学習者は﹁新庄城
︵陣屋︶跡﹂という石碑に出会う︒そして︑石碑の説明から︑公園が﹁桑山氏﹂ の屋敷跡であったことに気づき︑新庄にも
大名がいたことを知るようになる︒学習者の興味や関心を十分に高めた上で︑藩や大名についての学習に移ることが可能で
ある︒なお︑VTRによるフィールドワークの疑似体験は︑時間の限られた場合に有効である︒
︵ 1
0 ︶
﹁近世大和国における藩の領主・石高変遷﹂は︑新庄藩の存在を示すとともに︑近世における大和国は︑小さな藩領が錯
綜する地域であったことを示す資料でもある︒大和国は︑加賀の前田氏のような大きな大名が一国支配するのとは異なって
いる︒学習者は︑自らが生活する大和という地域の特殊性に気づくとともに︑﹁なぜ︑大和国は小さな藩が数多く存在する
のか﹂という疑問を抱くであろう︒
︼㈲ 円