O 論 説 公 正 と 救 済 ﹁農 村 留 守 児 童 ﹂ に つ い て
三好
章
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はじめに
北京オリンピックは華やかな外面を誇示して終わった
が︑その開催を約するにあたって国際社会に約束した人権
問題や報道の自由に関しては何ら具体的な成果を見せるこ
となく︑また取り沙汰された環境問題への取り組みも︑オ
リンピック開催時の一時しのぎであったことを露呈しつ
つ︑中国は二〇〇八年を終えようとしている︒党が民族主
義を鼓吹するために巨額の資金を投入して建設したオリン
ム ピック施設の工事に︑﹁農民工﹂と呼ぼれる農村戸籍を持
つ労働力が大量に投入されていたことについて︑すでに数
多くの報道が日本でもなされていたことは︑いまだ鮮明に 記憶されている︒もちろん︑かれら農民工の中には単身者
も多くいるであろうが︑北京に限らず中国の多くの都市で
問題となっていることに︑かれらの子女の存在がある︒こ
れを﹁農民工子女﹂と呼ぶ︒また︑農民工を送り出す農村
部では︑父母が都市部や外国に仕事に行ってしまい︑祖父
母が面倒を見ているならまだしも︑学齢児童だけで︑ある
いは学齢児童がさらに年下の弟妹の面倒をみながら生活す
る家庭も存在し︑かれらの教育機会や教育環境はもとよ
り︑その年齢層であれば期待して当然の両親の愛に恵まれ
ず︑地域によっては二一世紀初頭からそうした環境におか
ヘワこれた子供たちの非行が問題となっている所もある︒かれら
を﹁農村留守児童﹂と呼ぶ︒その数は二〇〇七年初め現
在︑全国で五八〇〇万人にのぼり︑うち一四歳以下の義務
「農 村 留 守 児 童 」に つ いて
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教育段階にあたる児童生徒が三千万人以上︑乳幼児を含め
ると四千万人に達し︑農村の未成年者全体のうち二八・ニ
ムヨ 九%が該当するという︒
農村留守児童発生の根本的な原因は︑農村からの労働力
流出である︒そうした本来の居住地から離れて他の地域で
就業するひとびとは︑ハードな社会主義政策から﹁改革開
放﹂政策への転換によって発生した︒とりわけ一九九二年
に郵小平が行った南巡講話によって﹁社会主義市場経済﹂
がもはや逆行不可能な地平に押し上げられてからは︑こう
した動きが顕著になってきたであろうことは︑いまや論を
侯たないであろう︒実際︑二〇〇五年五月現在︑全国の
﹁流動人口﹂は一億四七三五万人︑省を越えて移動した
﹁流動人口﹂は四七七九万人にのぼり︑これを二〇〇〇年
一一月に行われた第五回全国国勢調査と比較すると﹁流動
人口﹂全体では二九六万人増であるのに対し︑省を越えて
ハ 移動した﹁流動人口﹂は五三七万人増となっている︒これ
は︑ひとびとの移動範囲が拡大し︑農村から省都へではな
く︑とりわけ経済成長が著しい沿海部の大都市への移動が
統計的に表れているといえよう︒二〇〇〇年の第五回全国
ハら 国勢調査の時点から五年間での変化であるが︑状況が深刻
になりこそすれ︑解消には向かっていないことが理解され
よう︒
こうして生み出された大量の農村留守児童は︑農民工子 女とともに現代中国における社会格差の表現であり︑そう
した環境に放置された子供たちひとりひとりにとってみれ
ぼ︑始まったぼかりの人生のスタートラインにおいて︑す
でに追いつきようもない差をつけられていることを意味す
る︒実際︑中華人民共和国の教育体系は︑異様な平等主義
が猛威を振るった文化大革命時期を除いて一貫して複線型
がとられており︑職業課程にいちどでも進学あるいは進級
ム すると普通課程に戻ることはきわめて困難である︒社会教
育の立場から︑通信課程による高等教育の学歴付与が始
まってはいるが︑そこで得た学歴が一般社会でどのように
受け入れられているか︑軽々しく評価することはできな
い︒したがって︑初等および前期中等教育段階で学校体系
からはじき出されかねない状況におかれた農村留守児童
は︑社会の底辺部に組み込まれる将来が可能性として大き
く︑中国の社会問題の一因ともなりかねない︒
本稿では︑その農村留守児童のおかれている教育状況・
家庭環境の一端を示し︑基本的人権としての基礎教育が現
在の中国農村においていかに扱われているかを検討した
い︒それによって︑格差や不平等の現状が見えてくるだけ
でなく︑その将来像もまたうかがいうるのではないだろう
か︒
最近の関連する研究として︑特に経済成長による教育格
差を地域間格差︑所得格差との関係から考察した南亮進・
ム 牧野文夫・羅歓鎮﹃中国の教育と経済発展﹄︑経済発展の
著しい沿海地区である江蘇省のケーススタディとして阿部
洋編著﹃﹁改革・開放﹂下中国教育の動態‑江蘇省の場
ム 合を中心に﹄︑また貧困地区の状況に焦点をあてたものに
保母武彦・陳育寧編﹃中国農村の貧困克服と環境再生
ム 寧夏回族自治区からの報告﹄︑上海の事例研究として牧野
篤 ﹃中 国 変 動 社 会 の 教 育 ‑ 流 動 化 す る 個 人 と 市 場 主 義 ヘ
ムリ の対応﹄などがある︒中国の研究としては︑周林・青永紅
ムけ 等編著﹃農村留守児童教育問題研究﹄がこの問題に焦点を
あてて実態と対策︑その効果を紹介している︒また︑注明
ムに
﹃聚 焦 流 動 人 口 子 女 教 育 ﹄ は ︑ 農 村 留 守 児 童 と 農 民 子 女 の
両 方 を 扱 っ て い る ︒ 農 村 部 に お け る 義 務 教 育 の 実 施 状 況 に
関 し て は 張 強 等 ﹃ 農 村 義 務 教 育 税 費 改 革 下 的 政 策
ムお 執行﹄など︑農民工そのものの優れたルポルタージュとし
ムハ ては楊豪﹃中国農民大遷徒﹄がある︒
なお︑中国の学校制度における小学・初級中学・高級中
学は︑それぞれ日本の学校制度における小学校・中学校・
高校に学年として対応する︒また︑日本では小学生は児
童︑中高生は生徒︑大学生は学生︑と教育段階別に呼ぶ
が︑中国では基本的にすべて﹁学生﹂であり︑﹁児童﹂は
未成年者︑すなわち満一八歳未満の新生児から少年までを
含む概念で用いられる︒本稿で扱う農村留守児童とは︑邦
訳すれば﹁農村における保護者不在の児童生徒﹂となるで あろう小学校・中学校の児童生徒の年齢層を主に考察の対
象としている︒また︑基本的に現代漢語の用語の使用は﹁農民工子女﹂﹁農村留守児童﹂と組織や地名などの固有名
詞にとどめる︒
現状
昨年一二月︑旧正月を含む冬休みを前に︑農村留守児童
についての論説記事がウェブサイト﹁光明観察﹂に発表さ
ムめ れた︒それは﹁留守児童の冬季休暇の生活を無視してはな
ムめ らない﹂と題するもので︑これまで︑冬休みになって農村
留守児童が学校生活から離れることにより自堕落な生活に
陥り︑不良青年とつきあうなどから社会治安上の難題と
なったり︑爆竹を大量に破裂させて事故を起こしたり︑
﹁重大な悲劇﹂となることさえあったと問題の深刻さを指
摘していた︒そうならないように﹁冬休み中の留守児童の
安全にしっかりと注意を払い︑適切かつ実行可能な措置を
とり︑冬休み中の児童の生活を豊かにし︑安全教育を強化
し︑かれらが安全で文化的な冬休みを過ごせるよう手助け
して欲しい﹂と﹁関連単位および保護者各位に呼びかけ
た﹂のであった︒ここには︑農村留守児童の芳しくない生
ムロ 活の事例として非合法営業のネットカフェで徹夜︑一日中
武侠小説やビデオにふけって抜け出せない︑一日中玉突き
「農 村 留 守 児 童 」に つ い て
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場や小さな店にたむろして賭博にふけるなどが事例として
あげられているが具体的な地域の記述はない︒全国の農村
で広く見られる出来事であるため︑あえてそうしなかった
のかもしれない︒それがかえって事態の深刻さをうかがわ
せている︒とはいえ︑そうした状況に対する方策として
は︑上記のように精神論的呼びかけの域を出ていない︒
同じく二〇〇七年=月には﹁農村留守児童の学習生活
バい にある五大問題﹂が﹃人民日報﹄に掲載された︒そこに
は︑河南省周口市において,a ‑1O月一四日に開催された
ムに ﹁留守児童写真展﹂の様子を紹介したあと︑陳西省宋慶齢
基金会︑陳西省婦女連合会による陳西省北部・南部各地の
農村の小中学校における農村留守児童に関する調査結果が
示されていた︒それによると︑陳西省内一二の県と区の農
村小学・初級中学三二校︑児童生徒二万一一〇六人のう
ち︑父母が出稼ぎに出ている児童生徒は一万三二二六人︑
全体の六二・六六%にのぼっていた︒そして︑かれらの抱
えている五大問題とは︑第一に食事で︑平均三三・五%の
児童生徒に食事を作ってくれる人がいない︑第二に病気
で︑約二〇%の児童生徒は病気になっても看病してくれる
人がいない︑第三に農作業と家事の負担で︑若年どころか
壮年層までが出稼ぎに行っているために残された児童生徒
や老人にそれらの負担がみなかかってくる︑第四に学業問
題で︑留守児童の大多数が困難を抱えている︑第五に心の 問題で︑四五〜六〇%の児童生徒が自分の一番大きな悩み
は孤独だと答え︑女子の場合はこれが八五%以上にのぼる
という︒もっとも︑この記事では専門家の指摘として﹁法
的に父母は子女に対する監督責任と扶養義務が課されてお
り︑学齢児童生徒がいる家庭では︑父母のうちいずれかが
家にいるのがもっともよいことを訴えるべきであり︑父母
ともに出稼ぎに出ざるを得ない場合には︑事前にしっかり
と面倒をみてくれる人を探して頼むべきである﹂とするに
とどまっている︒具体的な数字があがっている割には︑対
応に関しては一般論の域を出ていない︒農村におよんでい
る市場経済の波は︑現金収入なくしてよりよい生活への道
がないことをかれらに実感させており︑それゆえ子女のま
た自分たち家族のよりよい将来のために青壮年男女︑すな
わち子供たちの父母が︑時には二親ともども出稼ぎに出ざ
るを得ないという矛盾した状況を前にしては︑そうした専
門家の指摘は︑机上の空論でしかない︒出稼ぎしないで済
んだり︑あるいは父親だけで済むなら︑誰も苦労しない︒
こうしたなか︑状況の深刻さを認識し始めた国務院は︑
二〇〇七年︑農村留守児童の状況を把握するため︑全国婦
女連合会と共同でこの問題に関する研究小組をたちあげ︑
二〇〇五年の一%抽出全国国勢調査の統計をもとに︑全国
規模での調査研究を行い︑﹃全国農村留守児童状況研究報
ハれ 告﹄(以下﹁報告﹂)を発表した︒報告では︑﹁改革開放以