損保業界の業界内保険教育
損保総研 本科講座 の歩みと課題
小笠原 正恭
■アブストラクト
損保総研は60余年にわたり,損保業界の新人教育として本科講座を提供し ている。時代の変化や損保業界の大きな変革が本科講座運営にも影響してお り,特に1996年の保険の自由化以降,受講者数の減少が続いている。とはい え,損保総研の使命としての損保業界人への知識・知見提供の重要性は変わ っておらず,本科講座は各方面の講師と損保各社の理解と支援に支えられ,
継続している。
知識・知見の面では,自由化の影響等で受講者の専門分野の理論学習のレ ベルが全体的に低下しており,業界に必要な専門学習を引続き提供していく ことが課題である。受講者の学習環境や業界動向を踏まえて,より教育ニー ズに合わせた教育を提供していかねばならない。
■キーワード
損保社員教育,本科講座,保険の知識・理論学習
1.はじめに
損保総研(公益財団法人損害保険事業総合研究所)は,1933年(昭和8 年)11月24日に,当時,東京海上火災保険株式会社取締役会長であった各務 鎌吉氏の発意によって,同社の創業50周年の記念事業として設立された。設 立の目的は,損害保険事業について,学理的研究を振興し,理論と実務の調
/平成25年9月30日原稿受領。
和を図り,学識・教養を備えた業界人を養成することによって,わが国の損 害保険事業を世界一流の水準に引きあげることであった。損保総研の創業黎 明期の事業については, 損害保険事業研究所五十年史 に詳しく記載され ているが,本年総研が創業80周年を迎える節目に,教育研修事業の中核をな す 本科講座 をテーマとして取り上げ,その60余年の歴史をわが国の高度 成長と損保事業環境の変化と照らし合わせながら,論じてみたい。なお,
本科講座 とは,損保業界に入社した主として全国型の若手社員が,原則 として入社2年目に1年間をかけて,損害保険知識と周辺知識を体系的に学 習する基本講座のことである。
筆者は損保会社に34年間勤務後,縁あって,損保総研教育研修部長の職に あるが,節目の年にこのような機会を頂いたことに感謝するとともに,読者 諸兄に損害保険業界の教育の歴史の一端と将来像について,何がしかの示唆 を与えることが出来れば幸いである。
筆者自身,入社2年目の1977年に本科講座(東京の通学講座)を受講した が,週一回,お茶の水の会場に通っていたことが思い出される。上司に 今 日は本科講座です。 と説明すると 頑張って勉強して来なさい と暖かく 送り出してくれた。当時,海上保険部門の営業に席を置いていたことから,
葛城照三先生の講義は印象に残っている。
現職に就いてから3年余りとなるが,受講者数の減少はあるものの,本科 講座は昔と同様に整斉と運営されており,その歴史の重みを感じる。一方,
大きな時代のうねりの中で,本科講座の運営そのものが大きく変わってきて おり,時代の変化に合わせた運営を求められる面もある。伝統を守りながら,
時代に即応した講座運営を心掛け,及ばずながら本科講座の運営を通じて損 保業界への貢献が出来ればと考えている。
また,運営全般についての損保業界各社の理解と協力,そして講師をお願 いしている諸大学の先生方や損保会社の社員各位並びに業界
OB
の方々の協 力によって講座運営が成り立っていることを,先ず申し述べておきたい。2.本科講座の歴史
1953年の東京の通学講座開講が,本科講座の歴史的な第一歩である。業界 人向けの共通の専門講座が60余年続いていることは,損保業界としても誇り にすべきではないだろうか。損保総研は業界共通の保険教育提供の役割を担 っており,業界各社の理解と協力を得て今日に至っている。
2013年9月に実施した本科講座のスクーリング(最終カリキュラムとして,
まる2日半,全国から受講生が集まり,集中講義・試験・ワークショップを 実施している。)の受講生アンケートに,ある受講生から次のような声があ った。
非常によい学習の仕組みだと思います。他業態からの転職組ですが,こ のように業界としての底上げを図る仕組みが体系的に用意されていることに 感心致しました。
この声が全てとは思ってはいないが,業界共通の教育の提供という点で本科 講座は業界の発展に多少なりと貢献しているものと考える。
現在に至る本科講座の歴史を振り返ることとする。
発足の翌年の1954年に大阪で通学講座が開講され,以後科目の見直し等は あったものの創成期は1964年まで東京,大阪の2ケ所での通学講座が継続し,
長い歴史の礎を築いた。その後,1965年に福岡の通学講座,1968年に名古屋 の通学講座が開講し,東京,名古屋,大阪,福岡の4都市での通学講座が 1999年まで続いた。また,四大都市以外の業界関係者への教育提供の目的で,
1968年に本科通信講座を開講している。この時代は日本の戦後成長期にもあ たり,損保業界が大きな成長を続けた時代と重なり,受講生は毎年増加した。
21世紀に入り,損保業界の変革が講座運営に大きな変化をもたらすことと なった。2000年以降の損保会社の第一次業界再編成により,福岡講座(2000 年),名古屋講座(2003年),大阪講座(2006年)の3つの地方通学講座は廃 止することとなった。その後,東京講座は2011年まで続いたが,2012年は,
申し込み者が50名を切ることとなり,運営上,已無く廃止することとなった。
社員の多忙化等により通信講座が主体となる潮流もあり,59年間の歴史のあ った東京の通学講座は廃止となった。当時はシニアの業界人から, 歴史の 流れと寂しさを感じる との声も多く聞かれた。
受講者数のピークは1992年である。四大都市での通学講座と通信講座で 2,951名がこの年受講した。この時期は,バブルの終焉時期とも重なり,業 界の右肩上がりの成長と最大受講者数との相関関係を読み取ることが出来る。
この年を境に損保業界が大変革に向かっていくことになるが,当時今日の業 界環境を想像した人はいなかったであろう。
本科講座の歴史の転換期は1996年〜97年の保険業法改正,日米保険協議に 端を発する外資参入,自由化が始まった時代である。その後,損保の第一次 業界再編成により,あいおい損保社,損害保険ジャパン社,日本興亜損保社,
東京海上日動社,三井住友海上社が誕生した。これらの会社の合併以降も自 由化が加速度的に進展し,新商品競争やマーケットシェア争いが益々激しい ものとなった。第一次業界再編成により,本科講座は受講者減となり,その 後 の 第 二 次 業 界 再 編 成 に よ り,東 京 海 上 グ ル ー プ,MSADグ ル ー プ,
NKSJ
グループのメガ3グループ時代に入り,さらに受講者の減少傾向が 続くこととなった。2006年〜08年は,保険金不払い問題対応等の影響での新卒大量採用があり,
一時的に受講者が増えたが,その後は各社の収益悪化や転勤のない地域型社 員の働き方変革等の影響で本科受講者数は大きく減少し,直近の2013年度受 講生は600名規模となっている。最大受講者数となった1992年との比較では 8割減である。このことは公益財団法人ではあるものの,損保総研の経営全 般に少なからず影響を与えており,新規講座の開発や経費削減の努力が今ま で以上に必要になってきている。
開講以来の受講者数の推移は,図表1を参照願いたい。
図表が入らないためアキを作成しています。注意
3.時代の変化と科目の構成について
1953年の開講時の科目構成は次の通りである。参考までに講師名も記して おく(敬称略)。
保険総論 園 乾治 (慶應義塾大学教授)
保険契約法 野津 務 (中央大学教授)
保険業法 長崎 正造 (東京海上)
保険会計 西村 金蔵 (東京海上)
海上保険(貨物) 横尾 登米雄(東京海上)
海上保険(船舶) 二木 知 (東京海上)
火災保険(理論) 成瀬 勇 (安田火災)
火災保険(料率) 三輪 鷹一 (損害保険料率算定会)
新種保険(自動車・傷害) 天野 一馬 (日本火災)
図表1 本科講座受講者数推移(通学全地区・通信合計)
出所:損保総研教育研究部所蔵各種データファイル
新種保険(航空・信用保険)草苅 久太郎(東京海上)
現在も残っている科目は,保険総論,保険契約法,保険業法,保険会計の 4科目である。法律系の科目は現在も主要科目として継続されており,損害 保険事業にとって法律がいつの時代も重要であることの証左とも言える。ま た,保険会計は一般企業と異なる収益管理の考え方を学習することの重要性 から,昔も今も中心科目として位置付けられている。海上保険は海上保険論 として,また,火災保険は残っているものの,現在は理論学習というよりも 実務に役立つ商品説明となってきている。体系的な専門知識の重要性に鑑み,
今後,火災保険事業の歴史や火災危険度の考え方等,理論的な内容を盛り込 んだ科目に改定していくこととしている。
また,当時は新種保険の中に自動車保険と傷害保険が分類整理されており,
自動車保険が業界全体の保険料の50%を占める現在とは保険引受のポートフ ォリオが大きく異なっていたことが分かる。当時はモータリゼーションが始 まる前であり,種目科目として柱となっていたのが海上保険と火災保険であ ったことが,本科の科目構成から確認出来る。参考までに業界全体の種目別 元受保険料構成比を1953年度と2012年度で比較しておきたい。
図表2 損害保険業界種目別元受保険料構成比
出典: インシュアランス損害保険統計号 1953年版・2102年度版から算出
1954年の大阪講座開講年の科目構成も概ね初年度の東京講座と同じである が,火災保険(保有論)と海外保険事情が加わっている。理由は定かではな いが,理論学習や海外研究を加えていることは,当時は理論学習が重要視さ れていたことや,現在,必要性が問われている教養(リベラルアーツ)を身 につける気風があったからではないかと思われる。また,4名の講師は東京 在住の学者,業界人であったが,新幹線のない時代に集中講義のために大阪 まで出張いただいた記録が残っている。
1971年には科目として,再保険論,経済原論及び法学通論が加えられた。
再保険は損害保険には欠かせない重要な仕組みであり,その形態や技術的な 手法等は時代ともに変貌しているが,基本知識を理解する重要性から現在も 本科講座の中心科目の一つとなっている。経済原論と法学通論は損害保険と 直接・間接的に必要な知識として組み込まれた経緯がある。現在,損害保険 業界に入社する社員の約20%が法学系学部出身者で残り80%が商経その他学 部出身者である。当時は前者が経済原論を受講,後者が法学通論を受講する 体系であった。法学通論は保険関係法等の基礎学習としての狙いもあったも のと思われる。損害保険は契約手続き,保険金支払いの両面で法律に裏打ち された商行為であり,日常の業務遂行上,法律体系や法的な考え方を日頃か ら身につけておくことが大切である。一方,私見ではあるが,法律の基本を 十分に理解し身につけている社員は意外と少ないと思われる。1986年に出身 学部による経済,法律の基礎科目は廃止としているが,現在では リスクマ ネジメント や 金融の基礎知識 , コンプライアンス 等の個別科目とし て提供している。特に法律については,保険業法の改正や現在検討されてい る債権法の改正等,時代は変わっても,損害保険と密接不可分の関係があり,
業界人として実務と係る法律を学習することは大切である。このような視点 から,3年前に8科目で構成される 実務に役立つ法律知識 を研究科講座 として開講した。
保険の自由化以降の新たな科目としては,損害保険市場論とリスクマネジ メントがある。1996年の保険業法の改正や子会社方式による生損保会社の相
互参入,外資保険会社の参入等,大きな変革により損害保険市場そのものが 変化しており,損害保険の事業構造の変化と合わせて,業界全体の動向を俯 瞰する学習が必要となった時代的背景からである。毎年,受講生に科目のア ンケート調査を行っているが,損害保険市場論は高い人気科目となっている。
また,リスクマネジメントも時代の要請といえる科目であり,損害保険事業 者として保険引受と保険支払いにとどまらない事故の予防策や事故軽減策の 提供が重要な使命となってきたことが背景にある。また,金融他業態や他産 業も同様であるが,損保経営の軸ともなっている法令順守の意味を正しく理 解する目的で2001年からコンプライアンスを保険業法科目の中に組み込んで いる。
最近では通信講座のスクーリング科目の中に
ERM
の基礎 , 中堅中小 企業の海外進出をテーマにした海外保険事業 や わが国損害保険の軌跡〜歴史に学ぶ損害保険事業の社会的意義〜 を特別講義科目として取り入れ ている。今の時代に必要な基礎知識を提供することが目的である。多くの受 講生にとっては,ERMや海外保険事業は仕事に直接関係しないと思われる が,知識・知見として記憶にとどめておくことが重要と考え,企画したもの である。 わが国損害保険の軌跡 は,明治時代の損害保険事業の起源から 高度成長期の業界の発展過程,保険の自由化を経て現在までの歴史を知るこ とで損保事業を見つめ直してもらうことを狙いとしている。
次に,本科講座開始以来の年表(科目の変遷)の例として,東京開催の通 学講座と通信講座のものを掲げるので参照願いたい。
・海上保険 , 火災保険 各3科目を各1科目に統合
・法学通論 を追加
・高度成長に伴う採用数の増加,会場収容能力や講師負担の都合に より半年コース(上期・下期)で開講
・新種保険 2科目を1科目に統合
・保険契約法 , 保険業法 を 保険関係法 に統合
・新種保険 を 自動車保険 , その他新種保険 に分離
・再保険論 , 経済原論 を追加
・法学通論 と 経済原論 は分離受講(大学出身学部により選 択)
・東京近郊在勤で週3回の講義出席困難者のために週1回/1年 間・1クラスを新設(ただし 再保険論 , 経済原論 の2科目 はなし)
・本科プログラム作成当時(S50.2月)に旧損保会館の取り壊し予 定があったため期間短縮で開講(12月末までに終了)
・C組は 法学通論 を取り止め 再保険論 を追加
・旧損保会館建て替えのため(S.51.7月〜2年間)池坊御茶ノ水学 院で開講
・全クラスの科目を統一
・新損保会館完成(S.53.9月〜)
9
8 8
9
9⑻
9
9 319
531 433
431
549
802
501 1963
1967 1970
1971
1972
1976
1978 11
15 18
19
20
24
26
12 1964 534 9
23 1975 657 9⑻
図表3 本科講座年表(東京開催通学講座:1953‑2011)
期 年度 受講者数 科目数 科目変遷・その他
・保険総論 , 保険契約法 , 保険業法 , 保険会計 , 海上保 険(貨物) , 海上保険(船舶) , 火災保険(理論) , 火災保 険(料率) , 新種保険(自動車・傷害保険等) , 新種保険(航 空・信用保険等)
・火災保険(料率) を 火災保険実務 に変更 10
10 163
190 1953
1955 1
3
・海上保険 , 火災保険 各2科目から各3科目に分離 12
187 1956 4
・従来半年コース2組,1年コース1組としていたが,1年コース 希望者増加のため2クラスに変更
・経済原論 を取り止め全員 法学通論 を受講(分離受講を取 り止め)
・A組を週3回から2回とし,講義時間の延長とともに回数も他の クラスと同一にした(17:00〜19:20)
・講義時間を変更(17:30〜19:30)
・法学通論 を取り止め 損害保険数理 を追加
・全て週1回/1年間コースに変更 9
9
9 9 457
458
561 638 1981
1986
1987 1988 29
34
35 36
37 1989 738 9
・損害保険とコンピュータ(講義のみ) を追加 10
837 1990 38
48 2000 301 11 ・再保険論 を復活
・保険業法 の中に コンプライアンス を追加 11
260 2001 49
52 2004 143 13 ・損害査定論 を追加
・保険業法 から コンプライアンス を分離
・受講コース選択制導入(4科目: 火災保険論 , 新種保険論 , 自動車保険論 , 海上保険論 )
12 159 2003 51
・コンプライアンス を取り止め 金融の基礎知識 を追加 13
162 2006 54
・保険業法 に特別講義として コンプライアンス を追加 13
226 2008 56
・プレ講座 法律の基礎知識 を追加(任意受講)
・損害保険市場論 を特別講義に変更(試験なし)
・損害査定論 を 事故対応実務の基礎 に変更 13+1
153 2009 57
・受講コース選択制取り止め
・特別講義 損害保険経営 , 海外保険事業 追加(試験なし)
・損害保険とリスクマネジメント を リスクマネジメント に 変更
・2012年度は受講希望者僅少のため,2011年度をもって通学講座を 廃止
通算59期(59年間)実施 59 2011 92 16+1
出典:損保総研(1983) 財団法人損害保険事業研究所五十年史 損保総研教育研修部所蔵各種データファイル
47 1999 361 10
・保険関係法 を 保険契約法 と 保険業法 に分離
・損害保険数理 , 損保システム概論 と 再保険論 を取り止 め, 損害保険とリスクマネジメント , 損害保険市場論 を追加
火災保険論 , 新種保険論 , 自動車保険論 , 損害保険会計 を全国(4地区)共通試験とした
40 39
1992 1991
1,126 975
10 10
・木曜クラスを2クラス設置し,1クラスを中央大学駿河台記念館 で運営(18:00〜20:00)
・全59回のうち最大の受講者数
・修了基準改定(不合格科目が4科目以上ないこと)
・損害保険とコンピュータ を 損保システム概論 に名称変更 し,試験を実施
・約80名のクラスを増設
・定員320名を400名に変更 7
401 1976 9
33 2000 390 11 ・再保険論 追加
・保険業法 の中に コンプライアンス を追加 11
378 2001 34
37 2004 440 13 ・損害査定論 を追加
・保険業法 から コンプライアンス を分離
・受講コース選択制導入(4科目: 火災保険論 , 新種保険論 , 自動車保険論 , 海上保険論 )
12 387 2003 36
26 1993 1,380 7 ・スクーリングを3日間に変更
・全46回のうち最大の受講者数
・自習科目 損害保険数理 , 損保システム概論 を取り止め
・損害保険とリスクマネジメント , 損害保険市場論 を追加
・保険関係法 を 保険契約法 と 保険業法 に分離
・スクーリングを2.5日に変更 10
519 1999 32
24 1991 1,016 7 ・自習科目として 損害保険数理 (希望者のみレポート添削指導 有), 損保システム概論 を導入
・1クラスの定員を80名程度から130名に変更 7
780 1988 21
42 2009 1,136 13 ・損害査定論 を 事故対応実務の基礎 に変更
・コンプライアンス を取り止め 金融の基礎知識 を追加 13
654 2006 39
46 2013 607 13 ・現在に至る 通算46期(46年間)
44 2011 796 13 ・スクーリングを通常の日程(2.5日)で開催
・東日本大震災の影響によりスクーリングの時期を変更し,日程を 短縮(2日間)で開催
13 953 2010 43
7 1974 321 8⑺ ・約80名ずつのクラスを増設(ただし,法学通論はなし)
・定員を160名を320名に変更
8 1975 326 7 ・法学通論 を取り止め,全クラスの科目を統一
図表4 本科講座年表(通信講座:1968‑2013)
1 1968 170 8
・保険契約法 , 火災保険契約論 , 海上保険論 , 損害保険会 計 , 損害保険総論 , 法学通論(保険業法を含む), 火災保険 論 , 新種保険論
・スクーリングは5日間で開催
科目変遷・その他 科目数
受講者数 年度 期
・講師のレポート添削負担軽減のため定員を約100名に制限 8
99 1969 2
4 1971 101 8 ・火災保険契約論 を取り止め
・新種保険論 を 自動車保険論 と 新種保険論 に分離
・保険契約法 と 法学通論 の中の保険業法を統合し 保険関 係法 に変更
・損害保険総論 を 保険総論 に変更 8
106 1970 3
・定員100名を160名に変更
・スクーリングを4日間に変更 8
160 1972 5
4.スクーリングのワークショップ
現在本科講座は,先に説明の通り本科通信講座のみの運営となり,原則と して入社2年目社員を対象としている。約1年間の8科目の通信学習を終え た後に,最終カリキュラムとして2.5日間のスクーリングを開催している。
従来は種目を中心とするスクーリング科目の講義及び試験と特別講義の構成 となっていたが,2011年にワークショップを新規カリキュラムとして組み込 むこととした。スクーリングには各回,損保各社の受講生が全国の職場から 参加することになるが,日頃競争相手である他社受講生と場を共有するもの である。損保総研にしか提供出来ない各社の受講性が集まるこの機会を活用 して受講生に協働学習,気付き,刺激や情報交換の場を与える目的での企画 である。スクーリングは現在,年4回開催で各回150名規模の受講生が参加 するため,この運営には,企画準備,講師・ファシリテイター手配,懇親会 運営等,事務局としての労はあるが,過去3年間,盛況な運営とすることが 出来,多くの受講生からは評価の声があがっている。このうち,ワークショ ップは終了後の懇親会を含めて約5時間,業界課題をテーマとしたグループ 討議とプレゼンテーションを行なっている。各グループは他社受講生との混 合メンバーとしており,活発な議論を通じて受講者自身の仕事の振り返りや
現行 本科通信講座の実施科目 レポート科目
保険総論 保険契約法 保険業法
リスクマネジメント 損害保険市場論 事故対応実務の基礎 海上保険論
スクーリング 試験科目>
金融の基礎知識 損害保険会計 火災保険論 自動車保険論
特別講義>
コンプライアンス わが国損害保険の軌跡
業務改善のヒントにつなげることが狙いである。各回のテーマ,グループの メンバー構成等により,討議の中味とプレゼンテーションの内容はレベル差 も含めて,異なったものとなっているが,刺激,気付きという効果は少なか らず出ていると思われる。また,今後の損保業界を担う受講生には,このワ ークショップを記憶として残してもらい,感激・思い出を持ち帰ってもらい たいという思いである。昨年から,慶應義塾大学大学院のシステムデザイン マネージメント研究科に講師を依頼し,イノベーションを切り口にした問題 解決手法を講義として織り交ぜながらの運営としている。150名全員が,同 じような評価ではなく,中には冷めた評価もあるが,大半の受講生からは以 下のような声を聞いている。
社内の人間だけでなく,同業他社や異業種の方たちなどまったく違う視 点で物事を考える人と接することは改めて自分自身を見直す機会になっ た。
議論を重ねる上でのツールとして,いろいろとご教授いただいた事を今 後も武器としながら新しい意見を出したいと思います。様々な課題の分析 方法,グループ討議の手法について実際にやってみることで―これは業務 にも応用できる―との手応えを感じることができました。面白かったで す。
はじめは堅苦しいものかと思っていましたが,会社では教えてもらえず 得ることのできない新しい考えを教えてもらえるものだったので,とても 新鮮に感じました。
損保業界の新人に元気や刺激を与え,そして業界人同士切磋琢磨してもら うため,ワークショップは今後も続けていくこととしている。
5.講師と受講生
本科講座運営の要は講師である。本科講座の一番の特徴は,多くの科目で 専門分野の学者の先生方に講師をお願いしている点である。レポート科目を 担当頂いている講師には,ご多忙の中,課題設定と合わせてレポート添削を
お願いしており,負荷をおかけしているが,テキスト他の学習教材を読んで のレポート作成は受講生の 考えた上で論点をまとめる という学習プロセ スにつながっている。eラーニングが増えている昨今の状況もあり,真面目 に取り組んだ受講生への学習効果は大きいものと考える。一方,ネット社会 の悪影響からか,ネットで検索し,得た情報から解答を探すという受講生も 散見され,考えるプロセスなしでの解答は学習効果を大きく減じてしまう。
一般的な傾向として,ITの発達によって端末を叩けば解答が導かれる,ネ ットを検索すれば知りたい情報が直ぐに入手出来る便利な世の中となり,受 講生の 考える時間 や 創造する時間 が少なくなってきていると感ずる。
本科講座の受講生の取組みからも,これを裏付けるようなレポートが多いこ とも事実としてある。一方で,学習教材を読み込んだ上で,さらに他の参考 書籍も読み,オリジナルのレポートを作成しているような受講生も少なから ず存在しており,このような受講生のレポートには講師から賞賛のコメント を頂くこともある。この両面を毎年見ているが,大半の会社が受講料を全額 負担としての制度(強制)受講としており,どうしても受講生の姿勢には差 が生じてくる。また,会社によっては本科講座の成績等を社員評価の対象と するところもあり,個人差だけでなく会社による修了率,優績者数にも影響 している。業務多忙等の事情も影響しているものと思われるが,より多くの 受講生に自分を磨く気持ちで取り組んで欲しいと思う。
主にスクーリングの種目講義をお願いしている損保実務家の方には,レジ メの準備や試験問題作成等も含めて協力をお願いしている。多くの講師の方 は,教育を通じての業界発展への貢献と教えることを通じての自身の成長機 会と捉えて頂いており,有難い。一方,本科講座開設以降自由化が始まるま では,各損保会社から講師担当科目について,業界の第一人者と言われる方 に講師を派遣いただいていた。自由化以降の損保会社数の減,社員数の減や 種目の個社商品化等の影響により,全般的傾向として業界実務家の講師は若 年層化している。また,講義内容も理論説明は少なくなり,商品の内容説明 が中心となっている。保険商品説明にとどまらず,種目の純粋な理論的説明
や商品改訂の時代的背景等も含めた講義へ改定出来ればと考え,現在取り組 みを始めているところである。
本科講座の品質向上や新たな講座の開発には講師網の拡充が必要である。
学者の先生方や損保各社の実務家の方には,引き続き支援と協力をお願いす ることとなるが,新たな取組みとして,業界
OB
講師の拡充を進めている。これまで述べてきた時代の変化や損保事業構造の変化の中で,残念ながら各 分野で専門性を有した業界人の数が減少している状況がある。一方,第一線 を退いたシニアの損保社員の方や定年退職した業界人の中には専門性を有し た方も多く,その能力を本科講座等損保講座で活用させて頂ければと考えて いる。損保各社においても,所謂 知識の匠 の継承も行われていると思う が,業界発展と各専門分野で業界後継者づくりの為に損保講座という器を通 して,その専門性の高さを活用することは業界の発展につながるものと考え る。
6.他の損保講座について
損保総研の旗艦講座は,今回取り上げた本科講座であり,損保業界の新人 層向けに体系的な理論と知識を提供し,多くの会社に新人向けの教育プログ ラムとして活用頂いている。この他,損害保険の専門知識と周辺知識を提供 する目的での研究科講座と損保業界全般に係る規制動向,国際ルール,監督 指針等のトピックスを取り上げて特別講座(講演会)を継続的に提供してい る。本科講座同様に,損保業界全体の社員数減少等の影響があり,受講者は 減少傾向にあるが,より受講価値のある講座を運営していく所存である。
この数年の新たな取り組みの中で,本科ベーシック講座(地域型社員向け 講座)とアンダーライティング講座について触れておきたい。
前者は,地域型社員の役割変革(地域型社員が全国型社員の業務代替推 進)が損保各社共通の潮流となってきたことに着目し,3年前に開発した講 座である。損保各社から地域型社員の役割変革の実態と教育ニーズをヒアリ ングした上で,本科通信講座に準じた通信講座を本科ベーシック講座として
組み立てることとした。講座コンセプトは,実務能力向上と体系的な理論学 習として担当部門に係りなく重要な理論学習を5科目の通信教育の構成とし た(保険総論,保険業法と募集制度,保険約款と保険法,損害保険市場論,
損害保険経営)。通信5科目を修了後,本科通信講座同様に1.5日間のスクー リングを実施,卒業レポートを提出し,修了となる。開講初年度は200名,
2年度目は300名,3年度目となる本年度は550名の受講者数となっている。
損保業界の大きな変革期の中で,悩みながらも,多くの受講生が前向きに本 科ベーシック講座に取り組んでいる。そこで,損保各社の地域型社員の役割 変革を支える能力開発に繫がる講座となるよう,本科講座同様に注力してい る。本科ベーシックは本科通信講座と比べて,必要となる学習量は約半分で あるが,受講生の学習姿勢そのものは前向きで意欲的である。受講生の多く が自ら手を上げて参加していることもあるが,損保業界の女性の活躍が着実 に進み始めたことを,講座運営を通じて実感している。
アンダーライティング講座は昨年10月に開講の運びとなったが,開講に至 るまでは足掛け4年にわたる歴史と関係者の努力があった。損保総研が運営 事務局として業界関係者にその必要性を説明し,多くの業界人の賛同を得る こととなり,テキスト執筆の作業をスタートした。これについては損保各社 の企業商品部門に多大なる支援を頂き,このお陰で2分冊のテキスト出版に 至った。テキスト出版時には大きな反響があり損保各社,再保険会社,代理 店,ブローカー等より多くの購入注文があり,初年度に800冊を超える販売 となり,過去の損保総研の窓口販売の記録を超える売り上げ部数となった。
また,購入者からは業界が待ち望んでいたものとして大きな賛同を得ること となった。出版の半年後には講師派遣という形で損保各社からの支援も受け ることが出来,目的に添った講座を開講することが出来た。
本科ベーシック講座は損保業界の潮流の変化に合わせた新たな企画という 点で,創設期は一応の成功を得ることが出来た。一方,過去とは異なるスピ ードで業界が変化しており,本科ベーシック講座が,本科講座のように10年,
20年と続くものかどうかは,分からない。また,多くの地域型社員が,さら
に広い知識や知見を求めて本科通信講座受講を選択する時代が来るかもしれ ない。いずれにせよ損保会社の業界環境の変化とニーズに合わせての教育提 供が重要と考えており,より良い講座提供に尽力していきたい。アンダーラ イティング講座については,今後もより多くの業界人へ浸透させることが重 要である。アンダーライティングの基本理論と基本知識を身につけた業界人 が増えていくことを通じて,業界発展と収益向上につながるものと信じ,定 着と拡大を図っていく。
7.これからの課題
これまで述べてきた通り,60年前の本科講座創成期と現在では,日本経済 や損保業界の状況が大きく異なり,特に1996年の保険の自由化以降は,損保 会社の事業構造そのものが変革を余儀なくされる時代となっていることはご 高承の通りである。経営面では,新たな国内外の規制や監督ルール等の充足 が求められ,保険経営のガバナンスが高度に担保されなければならない時代 となってきた。一方で東日本大震災やタイの大洪水等大きな自然災害の影響 が直近の決算に大きく影響した。さらに最大種目である自動車保険の収益悪 化が加わり,損保各社は収益改善と事業費圧縮を進めながら,それぞれの新 たな成長戦略を進めている。
このような環境において,損保業界の人材育成の一環として,知識・知見 を提供していくことが損保総研の使命である。とりわけ本科講座は将来を担 う新人の登竜門として,一流の損保業界人となるための骨格づくりとなる体 系的学習である。
本稿で本科講座の60年の歩みを紹介させて頂いたが,従来にも増して内容 の見直しや新たな学習手法を考えていかなければならない時代となってきて いる。伝統的な学問を現在の損保業界人に身につけてもらうために,何がベ ストかを考えていかねばならない。特に,今後は業界の変化と呼応する形で の
IT
の発達が大きな影響を与えるものと考える。携帯電話やメールの普及 でコミュニケーションそのものが大きく変わり,最近ではパソコンからスマートフォン・タブレットへの流れが進んでいる。このような先端の
IT
機器 を如何に学習ツールとして使っていくことが出来るか等についても研究して いかねばならない時代となってきている。手始めに座学講座をビデオ撮影し,この映像を
WEB
配信しストリーミングで視聴する新たな学習方式を最近試 行中である。予備校等ではWEB
配信を高度に活用した学習講座が急速に増 えており,損保業界向けに提供する損保講座についてもこの方式活用の検討 を進めていく。また,多くの損保業界人は,海外も含めて東京以外で勤務し ており,教育提供の機会均等の観点からもIT
の活用を新たな視点で考えて いきたい。座学学習の重要性は,昔も今も変わるものではないが,現在の損保社員の 仕事環境を考えると座学のための時間を確保することが容易ではないという 現実がある。また,座学学習はどうしても講師から受講生への一方通行とな りがちで,講義内容や講師スキルによっては期待した学習効果が得られない こともある。さらに発展型として,学習内容によっては講師・受講生双方向 の意見発信,あるいは受講生間の意見交換を取り入れたゼミナール方式の講 座の方が良いケースもあると思われる。今後はこのような学習方式も取り入 れていく予定である。
本科講座の重要性は今後も変らないものと考えているが,損保社員の学習 環境,ITの発達並びに専門分野の学習への回帰が今後の講座運営へのキー ワードと考える。
さらに,本稿では触れなかったが,政府も押し進めている日本の外へのグ ローバル化と内へのグローバル化は避けて通れない課題である。海外事業を 成長の新たな柱とする損保業界においても,グローバル対応力や海外現法経 営スキルを有した人材を拡大していかねばならない時代となってきており,
この分野でも損保総研として貢献出来ることを考えていきたい。
終わりに,損保総研の創業者である各務鎌吉氏の言われた次の二つのフレ ーズ(岩井良太郎(1955)より引用)を紹介したい。このような高い志を持 った業界人が増えることが業界全体の健全な成長につながるのではないだろ
うか。
保険事業は信用を基礎とす。信用を得る基礎は,独りその会社の資産の 大小に止まらず,これに従事する社員の人格および行動に多大の関係を有 す。商業上の信用は無形の財産にして,有体の財産の蓄積はその結果に過 ぎず。しかれども信用は一朝一夕に生じがたし。
How to say NO nicely.
断りきれず不本意ながら引受けた保険契約は 大きな損失をもたらす場合が多い。相手が納得するように穏やかにNoを言
えるものは,何事も成すことができる。8.おわりに
脱稿後の11月11日に損保総研80周年記念のシンポジウムが開催され,その 中で 損保社員の教育再強化〜社会人教育のあり方を考える をテーマとし たパネルディスカッションが行なわれた。本寄稿で論じた本科講座の今後の あり方とも関連するので,シンポジウムの報告を簡単に付記しておきたい。
本テーマを選んだ目的は,保険業界関係者と共に損保業界における社会人 教育のありかたについて,あらためて考える機会とするためである。当日は,
損保会社の役職員及び業界関係者280名が参加し,盛況であった。パネリス ト,モデレーターには損保業界内外の有識者として,日本
IBM
顧問の北城 恪太郎氏,早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授の川本裕子先生,中央 大学法科大学院教授の野村修也先生,損保協会シニアフェローの栗山泰史氏 を招聘し,損保総研の遠藤寛理事長もパネルに加わった。また,パネル討論に繫げる目的から,損保各社に協力を依頼して事前に 保険教育 についての意識調査を行った。損保社員及びビジネスパートナ ーである保険代理店から,約12500人分ものアンケートを集めることができ た。アンケートの総括としては,損保社員の研修・自己研鑽の平均像は 主 体的な学習はしていない という結果であった。
保険会社から業務に必要な学習教材はいろいろな形で提供されており,大 半の社員はこれに沿った必要な学習をしているというのが現状である。ただ
し,多くの場合,それが受身の学習にとどまっていることが重要な点である。
このアンケート結果は,世相の変化,ゆとり世代の誕生,損保業界の恒常 的な繁忙,消費者保護対応等,時代や環境的な要素に加え,そもそも保険会 社サイドから 主体的な学習 が生まれるようなインセンテイブが有効に与 えられているか等,いろいろな論点から考えるべき課題である。
当日のパネルディスカッションでは,
・常に新しい挑戦を歓迎するような組織が求められている。
・これからの時代は,問題解決力だけではなく,課題発見力も育てる必要が
ある。・若い人たちの優れた点(例えば IT
能力)を生かす教育をおこなっていく べき。等の貴重なご意見を頂戴した。教育の効果は数字では測定出来ない。これら のご意見を踏まえ,常に現場の状況を掴みながら,今後ともより良い教育の 提供を目指していきたい。
(筆者は公益財団法人損害保険事業総合研究所勤務)
参考 献;
損害保険事業研究所(1983) 財団法人損害保険事業研究所五十年史
岩井良太郎(1955) 日本財界人物傳全集第九巻 各務鎌吉傳 加藤武男傳 ,東洋 書館
保険研究所 インシュアランス損害保険統計号 1953年版・2102年度版 損害保険事業総合研究所 教育研修部所蔵各種データファイル