ネット生保の実態と将来像
岩 瀬 大 輔
■アブストラクト
インターネットを主たる募集チャネルとする ネット生保 が営業を開始 してから3年半が経過した。シンプルな保障性商品を低廉な保険料で販売す るビジネスモデルが30歳代の若年層を中心に支持を集め,契約件数を順調に 伸ばしている。もっとも,ネットを活用しても営業効率が直ちに改善する訳 ではなく,マーケティング施策の巧拙が求められる。また,非対面による加 入時のモラルリスクを防止することや,加入後の諸手続きにおいても契約者 保護のために,様々な工夫が必要となる。今後,ネット生保以外の生命保険 会社も,いかにしてインターネットを活用して顧客への提供価値を高めるか,
検討していく必要があるだろう。
■キーワード
ネット生保,マーケティング戦略,企業価値
1.はじめに
2008年春にインターネットを主たる募集チャネルとする生命保険会社2社
( ネット生保 )が営業を開始してから3年半が経過した 。
開業当初,両社の契約件数は伸び悩み,やはりインターネットを通じた生
*平成22年10月24日の日本保険学会大会(早稲田大学)報告による。
/平成23年10月23日原稿受領。
1) 2008年4月に
SBIアクサ生命(現ネクスティア生命),同5月にライフネッ
ト生命が開業した。命保険販売は難しいのではないかと懸念する声も聞かれた 。しかし,2年 目に入ってからは契約者の増加に弾みがつき,2011年9月末現在では両社合 わせて保有契約件数が12万件を超えている【図1】。また,この2社に加え て
AIG
エジソン生命,オリックス生命,アイリオ生命が自社商品のネット 販売を開始している 。 ネットで本当に生命保険が売れるのか という論 争は過去のものになり,業界関係者の関心はこの新しいビジネスモデルの可 能性と限界を理解しようとするところに移っている 。証券・銀行・損害保険など他の金融分野ではインターネットを活用した各 種サービスが普及しており,生命保険業界でもネットを業務に取れ入れるこ とで顧客の利便性を高め,保険会社の事業コストを引き下げることが期待さ れる。他方で,生命保険は伝統的には対面の営業職員チャネルで販売されて きたことから,前例がないネットを通じた 直販 がどのように発展するの か,不確実な面が多かった。
本稿はこれまでの営業実績に基づき,ネット生保の実態と将来の展望につ いて整理することを目的とする。
2) 例えば, 保険料割安でも販売苦戦 ネットで参入の生命保険 (共同通信 2008年8月26日記事)は 消費者の関心はあるものの 契約に至る最後の一押 しが難しい のが悩みだ と報じている。
3) 2010年8月,AIGエジソン生命はクレディセゾンの専用サイトにて医療保 険のインターネット申込を開始。その後,11年5月にオリックス生命が医療保 険と定期保険のネット販売を自社サイトにて開始。アイリオ生命は同9月から 資本業務提携先である楽天グループと共同開発した医療保険3商品を 楽天の 保険 サイトにて販売開始した。各社ニュースリリース参照。
4) どちらがいい?対面
vsネット (週刊東洋経済2010年10月23日号)など参
照。2.商品戦略
各社はネット販売の対象となる商品として,標準的な定期保険と医療保険 を中核商品に据えている。保障内容と商品構成をシンプルにしていることと,
必要な保障を保障機能毎に( 単品 として)購入できるようにすることで 単価が小さい契約も可能にしていることが特徴である。
このような商品戦略が取られている理由として以下の5点が考えられる。
まず,一般にネット取引においては詳しい説明を伴わなくとも消費者が十分 に理解可能なシンプルな商品が好まれる。次に,後述するようにネット生保 の限界的な顧客獲得費用は小さいため,単価が小さい契約でも経営上問題が ない(これに対して対面型営業の場合はコストを回収するために一定額以上 の保険料収入を確保できる商品構成が求められる)。また,商品内容を複雑 にしてしまうとオペレーションやシステムが煩雑になり,低コストを実現で
図1:ネット生保の保有契約件数
出所:両社ディスクロージャー資料より。但し,ネクスティア生命は2011年6月 末までの業績しか開示していないため,この時点の保有契約件数を11年9 月末の数字とみなした。
きないという戦略的な理由も考えられる。加えて,両社が営業を開始した 2008年時点においても続く超低金利の影響ゆえ,魅力的な貯蓄性商品を提供 するのが困難であるという市場環境要因もあったかも知れない。さらに,顧 客からみると必ずしも実績が十分でない新設会社から長期の貯蓄性商品を購 入することへの心理的抵抗も考えられよう。
このように,ネット生保の場合はインターネットの特性と利用顧客の属性,
そして発売当時の市場環境などが商品選定の大きな要因となっていると考え られる。
ライフネット生命は開業時から提供してきた定期保険と医療保険に加えて,
2010年2月に就業不能保険の発売を開始し ,2011年10月現在において保有 契約件数の1割強を占めるに至っている 。個人向けの長期就業不能保険は これまで民間生命保険会社が必ずしも積極的に販売されてこなかったことを 考えると,同社が 既に市場で売られている標準的な商品をネット直販で安 く提供する というビジネスモデルに基づく商品発売にとどまることなく,
インターネットを活用して 消費者が求めている新しい商品を提供する と いう役割を果たそうとしていることが伺える。
3.顧客属性
営業職員との対面による接触を求めず,自ら能動的にインターネット経由 で生命保険に加入するのはどのような層なのか。ネット生保の顧客属性を,
ライフネット生命の契約者を参考に考察する【表1】 。
5) 同 社 ニ ュ ー ス リ リ ー ス(http://
www.lifenet-seimei.co.jp/ newsrelease
/ 2010/2369.html
)参照。また,就業不能保険が必要とされる社会的背景につ いては,杉田(2011)参照。6) 2011年9月末時点において同社の保有契約件数は91,249件,うち定期死亡保 険 が53,081件(58%),終 身 医 療 保 険 が28,335件(31%),就 業 不 能 保 険 が 9,833件(11%)という構成になっている。同社ニュースリリース(http://
www.lifenet-seimei.co.jp/ newsrelease
/2011/3497.html
)参照。7) 別段の記載がない限り,本報告を行った直前決算期(2009年度)のデータを 基にしている。
表1:ネット生保の顧客属性 年齢分布(新契約)
ライフネット 0%
1%
25%
54%
17%
3%
1%
100%
(円) ライフネット
43,525 44,290
ライフネット 75%
全社平均 9%
7%
19%
23%
16%
14%
14%
100%
46%
18%
36%
全社平均 112,484 129,222
全社平均 55%
82%
59%
59%
15%
年 齢 0―9 10―19 20―29 30―39 40―49 50―59 60― 合 計
出所:生命保険協会(2008年度),ライフネット生命資料 (09 年度)
加入の形態 新 規 追 加 見直し
出所:ライフネット生命 契約者アンケート(20009年9月)
平均年換算保険料
新契約 保 有
都市部*の集中
新契約
北海道,埼玉,千葉,東京,神奈川,静岡,愛知,大阪,兵庫,福岡 出所:生命保険協会(2008年度),ライフネット生命資料(09
年度)
ライフネット生命を選んだ理由(複数選択)
保険料
シンプルな商品性 ネット加入の利便性 オープンな企業姿勢
出所: ライフネット生命 申込者アンケート(2010年4月)
まず,年齢分布は20歳代が25%,30歳代が54%で,合わせて79%となって おり,全社平均の41%と比べると若年層に偏重していることがわかる。この 点について, インターネットによる取引だから若年層が多いのは当然 と 考えるのは,必ずしも正しくない。この年代がネット取引に対して抵抗が少 ないのは確かだが,例えばネット証券においては金融資産を多く保有する50 歳代,60歳代も利用者層も若年層並みの比重を占めており,中高年層も必要 があればインターネットを活用しているからである 。
ネット生保の契約者に若年層が多い理由はむしろ,この年代に訴求するよ うな価格設定やマーケティング戦略を取っている会社のスタンスがある。す なわち,ライフネット生命の保険料設定は(付加保険料を保険金額の一定割 合ではなく営業保険料の一定割合としている点において )若年層について 価格競争力が高く,中高年層については必ずしもそうではなくなっている。
また,インターネットを中心に,若年層が好むメディア媒体に重きをおいた プロモーション活動を行っている事実もある。
これに加えて,いったん加入すると乗換えがしづらいという長期契約であ る生命保険商品の特性にも,ネット生保契約者に若年層が多い理由があると 考える。この点,ライフネット生命の契約者のうち,46%が新規加入(初め て生命保険に加入した),18%が既契約に追加で申し込んだと回答しており,
既存契約を見直して加入した顧客は36%に過ぎなかった。生命保険の世帯加 入率が9割近いことを考えると,見直し・乗り換えの割合がもっと高いとも 考えられる。しかし,一般に生命保険契約については 解約すると損 と理 解されており,既契約を継続するか新規契約に乗り換えるかを客観的に評価
8) ネット証券大手の一角であるマネックス証券を例に取ると,20歳代が7%,
30歳代が28%で合わせて35%であるのに対して,50歳代が17%,60歳代が13%
と合わせて30%となっている。同社平成23年3月期決算説明資料参照(http://
lounge.monex.co.jp/ pdf
/video
/2011‑04‑27 780 1.9) ライフネット生命の付加保険料は,①契約1件あたり250円(月あたり),②
(営業)保険料(月額250円の定額部分控除後)の15%,③予定支払保険金・給 付金の3%の合計額によって構成されている。ライフネット生命(2008)参照。
することが必ずしも容易でないこともある。かくして,新しいネット生保は 長期間に渡って生命保険に契約してきた中高年層よりも,これから新規で加 入する若年層に受け入れられ易い理由となっている。
また,ネット生保契約者の5割弱が初めて生命保険に加入しているという ことは,見方を変えれば,昨今の企業によるオフィスセキュリティ強化によ って生命保険会社の営業職員との接点を持たずに社会人生活を営んでいる若 年層に対して,ネット生保が新たな生命保険加入の気付きや契機を作ってい るとも言える。生命保険会社との接触を取り戻すことによって,加入率の低 下を理由として縮小しつつある国内市場に歯止めをかける可能性がある。
次に,新契約1件当たりの平均年換算保険料は,全社平均11万円に対して,
ライフネット生命契約者が4万3千円と少額になっている。これは単価が低 い若年層が多いという年齢分布と,保障性商品しか取り扱っていないという 商品構成(貯蓄性の割合が低いと同等の保障であっても保険料が安くなる),
またできるだけ保険料を抑えたいと考える人がネット生保を利用しているか らと考えられる。
さらに,顧客の地理的な分布については,いわゆる都市部 に居住する 契約者が75%であり,全社平均の55%に対しても高い割合を示した。理由と してはそもそも都市部において若年層の割合が高いこと,新しい商品が流行 するのが一般には都市部の方が早いこと,そして都市部に焦点を合わせた同 社のマーケティング戦略によるところがあると考えられる。都市部と比べて 地方の方が一般に営業職員と顧客との結びつきが強いことも影響しているの かも知れない。
それでは,契約者はなぜネット生保を選んでいるのだろうか。ライフネッ ト生命の申込者アンケートによると,82%が 低廉な保険料 を加入理由と して選んでいるが,これに続いて シンプルな商品性 ネットでいつでも 加入できる利便性 と答えた顧客がともに59%に上った。ここから,保険料
10) 北海道,埼玉,千葉,東京,神奈川,静岡,愛知,大阪,兵庫,福岡の10都 道府県。
の安さは大前提として必要だが,顧客にとって 自分できちんと商品内容を 理解して選択することができた と感じてもらうための商品設計およびウェ ブサイト上の情報提供が,顧客にとって大切な役割を果たしていることが推 測される。
なお,ネット加入の利便性については,ネット生保の時間帯別申し込み数 を調べたところ,夜の9時を過ぎると利用者が大幅に増え,午前1時まで申 し込みが活発化していることが分かった。すなわち,日中に生命保険の営業 職員と対面するよりも,仕事が終わって帰宅したのち,自身のペースで情報 収集を行なったり,商品検討を進めたいという顧客層が増えているのである。
そこにも,対面型営業のビジネスモデルでは充足されてこなかった若年層の ニーズがあると考えられる。
以上より,ネット生保の利用者はただ保険料の安さを評価しているわけで はなく,営業職員との接点が少なくなったという環境や,日中ではなく夜の 遅い時間に自分のペースで理解しながら生命保険を選びたいという,これま で必ずしも充足されなかったニーズを求めていることが推察される。
4.営業活動
ネット生保は流通コストを削減することで低廉な保険料を実現することが 大きな特徴とされているので,いかにしてコストをかけずに顧客を自社ウェ ブサイトへ誘導し,契約申込に導くかが課題となる。この点,対面型営業で あれば営業職員が見込み顧客を探すことが重要な営業活動となり,そのため の手段としては職域営業や飛び込み営業,あるいは既存顧客からの紹介など が考えられる。これに対して,直販ビジネスモデルでは営業職員が不在であ るため,原則としてメディアを通じて潜在顧客へ働きかける必要がある。実 際に行っている主な集客施策としては
PR
活動による無償のメディア掲載,テレビ広告,交通広告,ネット広告,ソーシャルメディアの活用,ウェブ代 理店との連携,書籍の出版,セミナー開催などがある。
それでは,ネット販売にしたことによって営業効率は高まっているのだろ
うか。検証するには様々な指標が考えられるが,データ入手の容易さと分析 のシンプルさを重視して,各社のディスクロージャー資料から 営業活動費 用 と 営業管理費用 を抜き出して合算し,新契約件数で割った数値を比 較してみることにした【表2】 。
この分析によると,新契約1件当たりの営業費用は大手4社(日本・第 一・住友・明治安田)平均で20万1千円,損保系6社(日本興亜・富士・損 保ジャパンひまわり・三井住友海上きらめき・あいおい・東京海上日動あん 11) 最近では営業職員の活動の多くの時間は新契約獲得だけでなく既存契約の保 全活動に費やされているため,厳格な意味での比較にはならないかも知れない。
また,例えば死亡保険に医療特約がついているものは一契約とみなされるのに 対して,これらが二つの商品であれば二契約となるという点でも,この数字は 前提条件つきで見る必要がある。
表2:ネット生保の営業効率 ネット生保の営業効率
営業費用=ディスクロージャーに記載されている 営業活動費用 営業管理費 用 の合計。ANP=平均等換算保険料
各社とも2008年度の数字。ただし,ネット生保2社については2009年度の数字。
出所:各社ディスクロージャー資料
(単位:千円) 新契約1件当たり
ANP
115 109 61 48 44 新契約1件当たり営業費用
201 88 57 55 29 大手4社⑴平均
損保系6社⑵平均
通販・代理店系3社⑶平均 ネット系2社平均(FY09)
ライフネット生命(FY09)
⑴ 日本,第一,住友,明治安田
⑵ 日本興亜,富士,損保ジャパンひまわり,三井住友海上きらめき,あいおい,
東京海上日動あんしん
⑶ アメリカンファミリー,チューリッヒ,オリックス
しん)平均で8万8千円,通販・代理店系3社(アメリカンファミリー・チ ューリッヒ・オリックス)平均で5万7千円,ネット生保2社の平均が5万 5千円,うちライフネット生命が2万9千円だった。
ここからどのような結論が導かれるだろうか。確かに新契約1件当たりの 顧客獲得費用で見るとネット生保はもっとも低い金額になっており,これだ け見るとネット生保の営業効率は高いとも考えられる。
もっとも,営業効率はグロスの顧客獲得費用だけで見るべきではなく,保 険料収入ともセットで考える必要がある。この点,新契約1件当たりの平均 年換算保険料(ANP)は大手4社が11万5千円,損保系6社が10万9千円,
通販・代理店系が6万1千円,そしてネット生保2社が4万8千円となって いる。これだけでは正確には分からないが,契約期間に渡る保険収支を考え たときには,ネット生保の営業効率がいいとは必ずしもいえないかも知れな い。
また,ネット生保2社のあいだでも営業費用には大きなばらつきがある。
2009年度実績値は,ライフネット生命が2万9千円,ネクスティア生命が8 万1千円となっている。この水準は通販・代理店平均よりも高く,損保6社 に近づいていることが分かる。ここから,営業職員をネットに置き換えれば 直ちにコストが下がるわけではなく,マーケティング施策の巧拙が問われる ことも分かる。すなわち,潜在顧客に認知され,興味を持ってもらい,自社 ウェブサイトを訪れてもらうためには,それ相応の働きかけが必要となって くる。インターネット広告市場は非常に競争的であるため,伝統的なマスメ ディアと比べて広告単価が安いということは決してない。また,口コミなど を通じてほとんど広告宣伝費用をかけずに自社サイトへアクセスが集中する ことが望ましいが,消費者に興味関心を持ってもらえるような情報を生命保 険会社が発信することは,決して容易ではない。
ライフネット生命契約者に どこでライフネット生命を知りましたか?
という質問をしたところ,興味深い結果が出た【表3】。ネット記事(24%),
雑誌記事(16%),テレビニュース(11%)など,無償のメディア掲載が全
体の51%を占めており,これに対してネット広告(23%),テレビCM(8
%)など有償の広告は32%に過ぎなかった。広告ではないメディア紹介が大 切なのは,単に費用面で営業効率を高めるためではない。現代の消費者が企 業から一方通行で流される広告宣伝を信じなくなっており,第三者的な立場 から客観的に報道されているニュースの類を好む傾向があるからだ。この点 において,広告宣伝の形でないニュース形式で取り上げられたことが,ライ フネット生命の低い顧客獲得費用を実現している大きな要因であると考える。
この点,最近になってブログや
表3:契約者の情報入手経路 質問: どこでライフネット生命を知りましたか?
出所:ライフネット生命契約者調査 (2009年10月〜10年3月新規加入者)
情報源
ネット広告 雑誌記事 テレビニュース テレビ
CM
友人等からの紹介 新聞交通広告
%
23%
16%
11%
8%
8%
3%
1%
24%
ネット記事
くなったかというと,そういうわけではない。そもそも語り継がれるべき物 語がなければ,これらの新しいメディアは価値が低いのである。
ライフネット生命の利用者はウェブサイトに来訪後,ページ上の商品情報 や加入方法,各種シミュレーションツールなどを活用して自身に適した保障 プランを設計することになる。もっとも,すべての契約者が独力で適切なプ ランを選択できないのではという懸念もあるため,補完的に電話やメール,
来訪での保険相談も受け付けている。インターネットですべてを完結させよ うとするのではなく,顧客のニーズに応じて柔軟な対応が求められる。
5.告知と危険選択
ネット生保はインターネットを通じた非対面募集であるがゆえにリスクの 高い契約者が集中するのではないかとの懸念が指摘されている。この点,ラ イフネット生命では以下のような方策を取っている。
⑴ 加入上限の設定
定期保険については1億円,医療保険は入院給付日額1万5千円,就業不 能保険については給付金月額50万円といった加入上限を設けている。医療保 険については都道府県別にも加入限度を設け,平均入院日数が全国平均と比 べて高い都道府県については加入限度を日額5千円としている。就業不能保 険は給付金月額を契約時年収の6割の範囲内で引き受けている。もっとも,
モラルリスク制御と契約手続きの利便性のバランスを取る観点から,申込時 にすべての契約者に所得証明の提出は求めることはせず,必要に応じて新契 約査定ないし給付金請求時に所得を確認できる書類の提出を依頼している。
⑵ 告 知
各保険商品とも原則として告知書扱いとしており,申込者はインターネッ ト上に用意された画面に沿って自身の告知内容を記入する。
この点,入力画面では正確な病名がわからなくとも,身体部位や診療科目
などの項目別に表示された選択肢の中から該当する項目を探して告知できる ようにしている。また,受診期間や治療の内容についてもできるだけ入力し やすいような工夫をしている。傷病別に追加質問事項を変えることで,例え ば限られた紙面に一律の質問をせざるを得ない紙ベースの告知書と比べて,
より精緻な告知が可能になっていると考える。事前に準備された定型的な質 問への回答では情報が足りない場合は,査定担当者から追加質問を申込者に 対して行うことにしている。
開業からこれまでの経験では,申込者は新契約申込時の告知入力は想定し ていた以上に詳細に告知情報を入力される。告知時に募集人のアドバイスな どが得られないことにより,かえって申込者が慎重になっているのかも知れ ない。
⑶ 選択方法
各保険商品とも基本的には告知書扱いとしつつ,以下のような選択をおこ なっている。傷病歴や健康診断での異常指摘歴がある場合には定期健康診断 の結果表などを提出頂いている。加えて,定期死亡保険と就業不能保険の申 し込みについて保障金額が一定額を超える契約については異常指摘歴の有無 を問わず健康診断書の提出を求めている(定期死亡保険については年齢によ って告知書扱限度額は異なり,例えば40歳までは3千万円以上,41歳から45 歳は2千5百万円以上,46歳から50歳については2千万円以上などと設定し ている。就業不能保険については年齢を問わず給付金月額30万円以上)。さ らに,保険金額5千万円を超える定期死亡保険契約については面談による成 立前確認を実施している。
⑷ 引受審査
ネット経由の非対面申し込みの実績が必ずしも十分ではないことにかんが み,慎重な引受審査を行っている 。結果として,ライフネット生命の例で 12) これに加えて15%が契約を取り下げたり,確認書類を期限内に返送しないこ
は申込のうち15%を謝絶している。一般的には謝絶が3%,条件体が7%と いう扱いがされている ことと比べると,相対的に高い割合を謝絶するこ とを通じて,前例がないネット生保の引受リスクの管理を行っていると言え る。
⑸ 本人確認書類の提出
申し込み全件についてインターネットでは完結させず,免許証等の身分証 明書のコピーの提出を義務付けた。これによって事務負荷は増えるが,申し 込みの真正性を確認するうえで有用であることと不正に対して一定の抑止効 果が働くと考え実施している。
⑹ 支払実績
2010年度までの保険金・給付金支払い実績は,概ね予定していた水準より も低位で推移している【表4】。もっとも,まだ開業してから3年半しか経 過していないため,一般論としてネットによる販売を通じてモラルリスクを 制御できているか否かは,論じることができないだろう。今後も上記のよう な方策を通じてきちんとリスク管理を実現できているか,注意深くモニタリ ングしていく必要がある。
とから,謝絶と合わせて申込の約3割が不成立となっている。
13) 保険医学(原書第4版コンパクト版)p.7参照。
6.加入後の諸手続
ライフネット生命の場合,契約後の会社と契約者とのやり取りは,原則と して電子メールで更新情報がある旨を通知し,加入者専用のウェブページ
( マイページ )を通じて行われる。これを通じてセキュリティを確保し,
契約者本人とのやり取りが可能になる。他方で,電子メールによる通知が十 分に確認されていないこともあるため,未収が続き失効の恐れがある契約な ど重要な連絡については補完的に電話・郵送で行っている。
保全手続については,基本的にはネット上で完結する(住所変更,証券再 2008年度 2009年度 2010年度
出所:ライフネット生命ディスクロージャー資料 (2011年版)
死亡率(単位:%) 件数率
金額率
第三分野発生率(%)
うち医療(疾病)
発生保険金額の経過保険料に対する割合 1.16
0.85
2.7 2.7
0.15 0.12
11.2 11.2
0.36 0.25
9.8 11.8 3
8 52 91 162 343 支払件数 下半期
上半期 下半期 上半期 下半期 2008年度 上半期
2009年度 2010年度
0 2 2 8 14 15 支払非該当件数
(単位:件)
出所:ライフネット生命ディスクロージャー資料 保険金等の支払件数,支払非該当件数の推移
表4:ネット生保の支払実績と発生率
発行,控除証明書再発行)が,一部の重要な手続(口座変更,減額,解約,
改姓)については書面の送付を求めている。保険金等請求手続については,
現時点では(請求書類等のダウンロード以外は)電話を介したやり取りとな っている。
保全事務手続を原則としてインターネット経由で行うことは,顧客の利便 性および保険会社側の事務効率の面からは望ましいと考える。もっとも,契 約者の中にはパソコンを頻繁に使用しない顧客も少なくないため,そのよう な顧客についても保険契約を継続するにあたって不都合が生じない態勢を整 備することが重要になる 。
まず,受取人の変更や契約者の住所変更など基本的にはウェブサイトから 受け付けている保全手続きについても,コンタクトセンターに電話で依頼す るなど,パソコンの操作をしなくても必要な手続きができるような代替手段 を講じている。また,コミュニケーションの内容や重要度,セキュリティの 高さに応じて,電子メールと契約者専用のマイページを使い分けている。例 えば保険料未収のお知らせ等契約の継続に当たって重要な事項や個人情報を 含む連絡にはマイページを利用しており,ログイン情報などから顧客がそれ らの情報を確認していない場合には電話等で確認を促している。さらに,保 険金の請求手続きや契約の失効等,特に重要度の高い事項の通知については 書面の郵送も行っている。
保険金等請求にあたっては,原則としてまず当社コンタクトセンターに電 話でご連絡頂き,保険金支払担当者よりヒアリングの上,手続きのご案内を し,当社側で契約内容等を印字した請求書類を顧客に郵送し,それを返送し てもらう流れとしている。必要書類に漏れや記載ミスがあると保険金等のお 支払いに時間がかかってしまう可能性があるからである。
保険金支払管理態勢については,①保険金請求時にシステム的な名寄せで 既契約を洗い出すこと(請求漏れの防止),②医長・法務部の事前関与と複 数の保険金支払担当者による支払査定,③リスク管理部門による事後検証な
14) 片田(2010)pp.51‑54参照。
どを通じて,保険金の不払い防止を図っている。これらの点においては,ネ ット生保とその他の生保との間で異なる点はないと考えている。
7.ネット生保の企業価値評価
最後に,ネット生命保険事業を営む会社が増えてくるに連れて,その事業 価値をいかに評価するかという問題が出てくる。
この点,欧州やわが国の株式市場では生命保険会社のエンベディッド・バ リュー(EV)を評価の機軸に置き,それに成長率や収益性を加味したある マルチプル(倍率)を掛けた金額を事業価値の目安とする手法が取られてい る(P/
EV,株価 EV
倍率) 。これは銀行などの企業価値評価において純 資産に対してマルチプル(PBR,純資産倍率)を掛けたものを目安にする のと類似している。このような手法が取られるのは,銀行ビジネスがいわゆるアセット型ビジ ネスであり,価値評価の主眼がいかにして新規の預金(すなわち負債)を獲 得してその資産運用により利鞘を稼いでいるか,また資産ポートフォリオに どのようなリスクが内在し,時々の経済的価値はどの程度であるか,といっ た点にあるからである。
これに対して,(多くの産業がそうであるような)いわゆるフロー型ビジ ネス,すなわち毎期の売上や利益を中心に見られる産業であれば,企業価値 評価において簿価ベースの純資産は主たる評価要素とはならない。むしろ毎 期の利益を中心として,将来に渡って持続可能な収益をどの程度あげること ができるかという観点をもって,企業価値を評価する。ここでは利益の成長 率と収益性を考慮した上で決まるマルチプルである
PER(株価収益率)を
当期利益に掛けることが,主たる株式価値評価の算定方法として用いられて いる。ネット生保は保障性商品のみを取り扱っており,(貯蓄性商品を取り扱う 保険会社と比べて)契約準備金の割合も小さいため, 負債で集めた資産を
15) 藤木・嶋田(2011)pp.67‑69参照。
運用して利鞘を稼ぐ というアセット型ビジネスの要素が小さい。むしろ,
一定のマーケティング費用を初年度に投下し,それから毎年度のフロー(保 険料収入と保険金等支払い)の差額によって収益を上げていくという点や,
資産運用のウェイトが低く,事業の成長率が高い点においては,例えば一般 的なインターネットビジネスに近い特性を持つと考えられるのではないか。
したがって,企業価値評価の手法としては,簿価純資産に対してマルチプル を掛け合わせる
PBR
に類似する手法(すなわちP/ EV
などの評価手法)は 馴染まず,むしろPER
に近い価値評価手法が適していると考えるべきであ る。この点,生命保険会社の価値評価において,通常の事業会社にとっての当 期利益に該当するのが,EVを計算される際に試算される毎期の 新契約価 値 (VNB)であると考えるべきである。すなわち,当該会計期間中に新 規獲得した契約について,満期までの間に得られると予想されるキャッシュ フローを現在価値に割り引いた金額(初年度の新契約費用控除後)である。
したがって,ネット生保の事業価値を評価するにあたっては,新契約価値 がどのように増えていくかに注目して,その新契約価値に対して
PER
に類 推するマルチプル(P/VNB
倍率)を掛け合わせるのが適していると考える。例えば新契約価値が20億円,25億円と増加している会社であれば,その成長 性を加味した上で選ばれる倍率,例えば20倍を掛け算した400億―500億円が 将来に渡る収益力(の現在価値)であり,これに純資産(例えば100億円と する)を足し合わせた数値,この例でいえば500億―600億円が適正な事業価 値と考えるべきである。
以上は考え方の概要に過ぎないが,今後はこういった形で,ネット生保と いう新しいビジネスモデルに適した生命保険会社の事業価値評価についても 調査・研究が進むことが望ましい。
8.今後の展望
ネット生保が若年層を中心に支持されている本質的な理由は何であろうか。
商品が 必要な保障を手頃な価格で提供している という点において競争力 があることはもちろんである。しかし,現代の消費者はただ価格だけで商品 を選定しているわけではない。思うに,インターネットの本質はこれまで企 業と消費者の間に存在した情報の非対称性を解消し,消費者に企業側と伍す るだけの交渉力を与えるという, 個のエンパワーメント にある。仮に従 来の商品パンフレットを自社ウェブサイト上に掲載し,申込書をインターネ ット上に置いただけでは,現在のような大きな支持は得られないだろう。
ライフネット生命が若年層に提供している価値は,従来の 営業職員が顧 客に保険を売る というパラダイムから, 顧客が自身に適した商品を選ぶ ことを支援する という姿勢に転換した点にある。もちろん,自社商品以外 は取り扱っていない点においては,純粋な第三者として顧客ナビゲーション を行っているわけではない。しかし商品を売るための情報提供と自身に適し た商品を選んでもらうための情報提供は質的に違う。
インターネットはそれ自体が目的ではなく,顧客の利便性を高め,保険会 社の事業を効率化する手段に過ぎない。スマートフォンや
iPad
に代表され るタブレット端末など,今後チャネルはますます多様化する。今後はネット か非ネットかという二項対立ではなく,対面型営業チャネルを持つ生命保険 会社も,自社の業務プロセスにいかにしてインターネットを取り込んでいく かという視点が不可欠となろう。(筆者はライフネット生命保険株式会社代表取締役副社長)
参考 献
・片田薫[2010]: ネット生保における実務上の課題―ライフネット生命の取組み 事例― 生命保険経営第78巻3号(平成22年5月)。
・杉田和也[2011]: わが国におけるディサビリティ市場の発展と課題 生命保険 経営第79巻1号(平成23年1月)。
・藤木雅彦・嶋田以和貴[2011]: 生保会社の企業価値について 生命保険経営第 79巻2号(平成23年3月)。