魚?の起源と伝播 : 魚の発酵製品の研究(8)
著者 石毛 直道
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 14
号 1
ページ 199‑250
発行年 1989‑07‑27
URL http://doi.org/10.15021/00004307
石毛 魚 醤の起源 と伝播
魚 醤 の 起 源 と 伝 播
魚 の 発 酵 製 品 の研 究(8)
石 毛 直 道*
Origins and Distributions : A Study of Fermented Aquatic Products (8)
Naomichi IsHIGE
This paper, the final contribution to the project on fermented aquatic products in Asia, examines the origins and geographical distribution of the products. Papers published earlier have dealt with the distribution and types of products in Southeast Asia [IsHIGE and RUDDLE 1987], the ecology of the marine and freshwater fish species involved [RUDDLE 1986, 1987], a cultural interpretation of the chemical analysis of the products [MizuTANI et al. 1988], a linguistic interpretation of the nomen- clature of the products [IsHIGE and SAKIYAMA 1988], and narezushi [IsHIGE 1987].
The fermented products discussed in this paper originate from the combination of fish and other aquatic organisms with salt, which prevents putrification and by enzymic action breaks down the protein to produce a free amino acid that imparts the characteristic umami taste to fermented products. Food preserved in this way can be eaten raw or can be used as a condiment.
The same phenomenon can be observed with salted fish products, but the difference is that those described here are intentionally fermented. Thus the products known as guedj, momoni, lafi, and loosra, of West and Central Africa, shidal (Assam), nya-sode
(Bhutan), jadi (Sri Lanka), and Kisrayaruiba (Siberia), do not fit into the category of intentionally fermented products discussed here.
On the other hand, the liquamen or garam of Imperial Rome was intentionally fermented and is of the same type as the Asian fermented fish products.
*国 立民族学博物館第1研 究部
国立民族学博物 館研究報 告
However, there is no evidence to support the assertion that the fish sauce of Asia originated by diffusion from the Mediter- ranean Basin, and the origins of these geographically distinct groups appear to be different.
In both Southeast and Northeast Asia fermented fish pro- ducts are associated with a monsoonal climatic regime, which is characterized by a distinct seasonality. All the species used to produce fermented products share the characteristic of being seasonally available in abundance, of being easily caught in shallow, inshore waters (or in freshwaters), of being small in size, relatively inexpensive and of having few alternative uses.
The original or prototypical fermented fish product from which all others arose appears to have been shiokar a, which results when fish (or other species) are mixed with salt and preserved for a long period.
In continental Southeast Asia, apart from the nuoc-mam of Vietnam and shrimp paste produced in coastal areas, all fer- mented fish products were prepared from freshwater species prior to the 20th-century. Ricefield fishing also developed in this part of continental Southeast Asia, and the preparation of narezushi seems to have developed parallel with the rise of irrigated rice cultivation in the Mekong Basin. Other traditional ferment- ed fish products also developed in Northeast Thailand, Laos and the ancient Mon-Khmer Zone, which seems to have been the probable center from which both ricefield fisheries and the preparation of fermented fish products originated and later diffused. On the other hand, fermented shrimp paste seems to have had its origins in coastal continental Southeast Asia, and to have diffused southwards to the Malay Peninsula and to Indo- nesia.
Fermented fish products made from marine species pre- dominate in Japan, Korea and the Philippines, and both fresh- water and marine species were fermented in historical China.
However, there is no evidence to suggest either the interrelation- ships between Southeast and Northeast Asia or the routes of diffusion (assuming that the products did not develop inde- pendently in each locality).
Apart from the genealogical relationships among the various products, those made from freshwater species coincide mainly with the zone of irrigated rice cultivation. In Asia this is a zone
14巻1号
石毛 魚醤の起源 と伝播
lacking in pastoral traditions and where fermented products have traditionally beeII consumed.
In the zone of fermented丘sh products there is documentary evidencc from China;from the first millennium B.C., which shows that such products were made not only with salt but also withん ⑳(a fermentation starter). In China, at about the time of Christ, boiled or steamed beans and gther vegetable items were used in lieu of fish in fermented products・ From these the ancestral f()rms of fermented soy bean paste and soy sauce developed in Northeast Asia.
With the development of fermented soy bean products, Northeast Asia gradually became a zone in which condiments based on soy beans were consumed. Although some fermented aquatic products are still consumed inJapan and Korea, in global terms Northeast Asia is a region of fermented soy bean products・
On the other hand, Southeast Asia remains the zone of fermented fish products. Nevertheless, it should be noted that the culinary usage of both groups of products is simiIar, and that since the wmami taste imparted by fピee amino acids is predominant in both fermented fish and fermented soy bean products, it is the principal flavor in the cuisines of both Southeast and Northeast Asia.
1
は じめ に
1・ 世 界 の 魚 醤 と魚 醤類 似 製 品 1.古 代 ロー マ の 魚醤 油 2.西 ア フ リカ の 発酵 乾 魚 3.ア ッサ ムの 塩 辛 と乾 魚 4・ ブ ー タ ンの保 存魚
5.ス リラ ンカの 塩蔵 魚 6.極 北 の く酸 っぱ い魚 〉.
仏 古 代 中国 の 飽 魚 8・ 系譜 論 的 検 討
ll.東 ア ジ ア ・東 南 アジ ア にお け る魚 醤 の分 化.馬
1.塩 辛 に起 源す る魚 醤 の 分化 2.小 エ ビ塩 辛 ペ ース トの起 源
皿.魚 醤 と ナ レズ シの起 源 と伝 播 に関 す る歴 史 民 族 学 的 検討
1。 製 塩 史 の 問題
2.東 南 ア ジア大 陸 部 で の魚 醤 と ナ レズ シ の起 源 に 関す る仮 説
3.東 南 ア ジア にお け る魚 介類 発 酵 食 品 の 伝 播
4.南 ア ジ ア と東 ア ジ アの魚 醤 の関係 5.稲 作 の 食 事文 化 と魚 醤
国立民族学博物館研究報 告 14巻1号
は じ め に
経 緯 1982年 以 来,石 毛 直 道 と ケ ネ ス ・ラ ドル は 「魚 醤 の 総 合 的 研 究 」 と い う研 究 課 題 で,ア ジ ア に お け る 魚 介 類 の 発 酵 製 品 に 関 す る 調 査 を お こ な っ て き た 。 そ の 成 果 を 本 誌 に 発 表 した もの に は,第1論 文 「東 ア ジ ァ の 魚 醤 」[石 毛 1986],第2 論 文 「東 ア ジ ア ・東 南 ア ジ ア の ナ レ ズ シ」[石 毛 1987aユ,第3論 文̀̀The SupPly of Marin Fish Species for Fermentation in Southeast Asia"[RuDDLE l986], 第4論 文̀̀The Echological Basis for Fish Fermentation in Freshwater Envi‑
ronment of(】ontinental Southeast Asia:with Special Reference to Burma and Kampuchea"[RuDDLE l987],第5論 文 「東 南 ア ジ ア の 魚 醤 」[石 毛 ・ラ ドル 1987],第6論 文 「魚 醤 の 化 学 分 析 と 『う ま 味 』 の 文 化 圏 」[水 谷 ・君 塚 ・ ラ ドル ・ 石 毛 1988],第7論 文 「魚 醤 と ナ レ ズ シ の 名 称 」[石 毛 ・崎 山 1988]が あ る。 こ の 一 連 の 魚 醤 と ナ レ ズ シ に 関 す る 報 告 の 最 後 の も の に,本 論 文 は 位 置 づ け ら れ る も の で あ る 。
これ らの 研 究 の 基 本 的 な 資 料 は,味 の 素 株 式 会 社 か ら 国 立 民 族 学 博 物 館 に 寄 付 さ れ た 研 究 助 成 金(委 任 経 理 金)に も と つ い て,石 毛 と ラ ドル が 東 ア ジ ァ,東 南 ア ジ ア各 国 に お い て お こな った 現 地 調 査 に よ っ て 得 ら れ た も の で あ る 。
魚 の 発 酵 製 品 の 分 類 こ の 論 文 の 研 究 対 象 で あ る 魚 醤 と は,魚 介 類,小 エ ビ を 原 料 と して,塩 を 加 え る こ と に よ っ て 腐 敗 を 防 止 し な が ら発 酵,保 存 し,主 と して 原 料 に ふ く ま れ る 酵 素 の 作 用 に よ っ て 筋 肉 の 一 部,あ る い は 大 部 分 が 溶 け て 構 成 要 素 の ア ミ ノ 酸 に 分 解 した 一 群 の 食 品 で あ る 。 魚 醤 の 主 要 な も の に は,① 塩 辛,② 塩 辛 ペ ー ス ト,③ 魚 醤 油,④ 小 エ ビ 塩 辛 ペ ー ス ト,⑤ 小 エ ビ 醤 油 が あ る 。
① 塩 辛 は 魚 介 類 に 塩 を 混 ぜ て 発 酵 ・熟 成 さ せ た も の で あ る が,こ こ で は 魚 醤 の な か で も,原 料 の 魚 介 類 の 形 状 が 最 終 製 品 に い く ボ ん な り と も 残 っ て い る 製 品 を さ して い る 。 ② 塩 辛 ペ ー ス ト と は,塩 辛 の 製 造 過 程 で,原 料 を す り つ ぶ した り,つ き つ ぶ して,ペ ー ス ト状 に 加 工 した 塩 辛 の こ と で あ る。 ペ ー ス ト状 な の で,溶 け や す く,味 噌 の よ う に 料 理 に 利 用 す る こ と も で き る 。 ③ 魚 醤 油 と は 塩 辛 を 長 期 間 発 酵 さ せ て, 原 料 の ほ と ん ど の 部 分 を ど ろ ど ろ に 分 解 さ せ て し ま い,そ の 液 体 部 分 だ げ を と り だ し て 調 味 料 と した も の で あ り,わ が 国 の 秋 田 の シ ョ ッ ツ ル も 魚 醤 油 で あ る 。 ④ 小 エ ビ 塩 辛 ペ ー ス トと は,わ が 国 の ア ミの よ う に 小 さ な エ ビ を 原 料 と して つ く っ た 塩 辛 ペ ー ス トで あ り,東 南 ア ジ ア 各 地 で 重 要 な 調 味 料 と し て 使 用 さ れ る 。 ⑤ 小 エ ビ 醤 油 と は 小 エ ビ を 原 料 と して つ く っ た 魚 醤 油 で あ る 。
石毛 魚醤 の起源 と伝播
これ らの魚 醤 が東 ア ジア,東 南 ア ジ アの 各 地 に 分布 し,と くに東 南 ア ジアで は基 本 的 な副 食 物,調 味 料 と して 食 生 活 に 重 要 な 地 位 を しあて い る こ とは 一 連 の論 文 で報 告
した と ころで あ る。
も う一 種 類,東 ア ジァ,東 南 ア ジア に お け る重 要 な 魚 の 発 酵 性 食 品 に,⑥ ナ レズ シが あ る。 ナ レズ シ とは塩 を した魚 介 類 や鳥 獣 肉 に加 熱 した澱 粉(ふ つ う米 飯)を 加 え て 長 期 間 発 酵 させ た 保 存食 品 で あ る。 乳 酸 発 酵 を す る ので,酸 い味 があ る。 わ が 国 の 琵 琶 湖 の フナ ズ シ もナ レズ シの一一種 で あ る。
目的 い ま まで 本誌 に お い て,こ れ らの魚 の発 酵 製 品 を対 象 に,そ の ア ジア各 地 に お け る実 態 報 告 と,さ ま ざ まな 角 度 か らの 分析 を お こな って きた。 す な わ ち,第1, 第5論 文 で は ア ジ ア各地 に お け る魚 醤 の 種類 とそ の製 造法,消 費 の実 態,そ れ ぞれ の 地 域 に お け る魚 醤 の 歴 史 に つ い て 報 告 を して い る。 第2論 文 で は ナ レズ シに つ いて お な じよ うな報 告 と その 歴 史 につ いて の 論 考 を お こな って い る。 第3,第4論 文 で は東 南 ア ジァの 魚 醤 と ナ レズ シの原 料 魚 に関 す る漁業 生 態 学 的 な 考 察 を お こな った。 第6 論 文 で は魚 醤 と ナ レズ シの化 学 分 析 の 結 果 を 報 告 す る と と もに,こ れ らの食 品 が ア ミ
ノ 酸 と塩 味 の調 味機 能 を もつ もので あ る こ とを 実 証 し,そ れ が 東 ア ジ ァ と東 南 ア ジァ の食 生 活 に は た して い る 役割 に つ いて 比 較 文 化 論 的 に考 察 して い る。 第7論 文 で は, これ らの食 品 の 各地 に お け る 名称 の比 較 言 語 学 的 分析 か ら,魚 の 発 酵 製 品 の 歴 史 民 族 学 的 考 察 の 可 能 性 を さ ぐって み た 。
魚 醤 の 起 源 と伝 播 を 主 題 と した 本論 文 は,い ま まで 発 表 した一 連 の研 究 の現 状 に お け る総 括 を も兼 ね た もの で あ る。 こ こで の べ よ う とす る主 要 な論 点 は以 下 の3項 に要 約 され る。
① 世 界 各 地 に お け る魚 醤 と魚 醤 類 似 製 晶 に ど の よ うな もの が あ る か を報 告 し,東 ア ジ ァ と東 南 ア ジア の 魚 醤 は,世 界 の 他 地 域 の もの とは 関係 を もた ず に 発達 した もの で あ る ことを 論 証 す る。
② 塩 辛 がす べ て の 魚 醤 の 出発 点 に 位 置 す る製 品 で あ り,塩 辛 か ら分 化 して さ ま ざ ま な種 類 の魚 醤 が発 達 す る こ とを,食 品 学 の 立 場 か ら説 明 す る。
③ 東 ア ジァ,東 南 ア ジア に お け る魚 醤 の 分 布 を 復 元 す る と,連 続 した ひ とつ の 文 化 圏 と して と らえ る こ とが可 能で あ る。 しか し,い ち ばん 基 本 的 な 魚 醤 で あ る塩 辛 は, 原 料 の魚 と塩 と容 器 さ え あれ ば製 造 可 能 な簡 単 な食 品 なの で,多 元 起 源 の 可 能 性 を 否 定 す る こ と もで きな い。 ま た,こ れ らの食 品 に関 す る歴 史 的資 料 が 欠 如 して い る こ と も魚 醤 の起 源 と伝 播経 路 の 推定 を困 難 に して い る理 由で あ る。 その よ うな制 約 の なか で,研 究 の 現 状 に お け る,魚 醤 の起 源 と伝 播 につ い ての 仮 説 を提 出す る。
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国立民族学博物 館研究報告 14巻1号 第2論 文 で ナ レズ シの起 源 と伝 播 につ い て の仮 説 を す で に発 表 して い るの で,本 論 文 で は 話 題 を魚 醤 に集 中す る こ と と し,ナ レズ シは 魚 醤 を論 じ るた めの 補 助 線 と して の 役 目を は た す 場合 に つ い て の み のべ る こ と とす る。
1.世 界 の魚 醤 と魚 醤 類 似 製 品
1. 古 代 ロ ー マ の 魚 醤 油
古 代 ロ ー マ に お い て,リ ク ア メ ン1iquamenあ る い は ガ ル ムgarumと よ ば れ る 魚 醤 油 が あ り,料 理 の 調 味 料 と して 使 用 さ れ て い た こ と が,ア ピ キ ュ ウ ス の 料 理 書 等 か
ら 知 ら れ て い る[APIcIus FLowER&RosENBAuMs(trans・)1958:21‑23,48‑49,
200‑201]。 そ の 起 源 に つ い て は 不 明 で あ る が,小 エ ビ を 古 代 ギ リ シ ャ語 で はgaros と よ び,ラ テ ン語 でgarusと い う こ と に,魚 醤 油 で あ るgarumの 語 源 を も と あ,か つ て は 小 エ ビ を 原 料 と して 製 造 し て い た の で,そ れ が 魚 醤 油 の 名 称 に 残 った も の で あ る と い う説 も あ る[SOYER I853:270]。
そ の 製 法 に は さ ま ざ ま な バ リエ ー シ ョ ン が あ る が,基 本 的 に は 魚 や 甲 殻 類 に 塩 を し た も の を 素 焼 き の カ メ な ど の 容 器 に い れ,太 陽 の も と に 置 き,と き ど き容 器 を ゆ り う こ か し た り,棒 で か き混 ぜ,2〜3カ 月 以 上 発 酵 ・熟 成 さ せ て か ら,容 器 の 底 に も う け た 小 穴 か ら 液 体 を し た た らせ た り,細 長 い 籠 で 濾 して 透 明 な 液 を 得 た も の で あ る 。 液 体 を と っ た あ と の 粕 は ア レ ッ クallecと い い,こ れ も調 味 料 と して 利 用 さ れ た 。 製 造 原 理 か ら す れ ば,東 ア ジ ア,東 南 ア ジ ア の 魚 醤 油 と お な じ も の で あ る 。
カ タ ク チ イ ワ シ そ の 他 の イ ワ シの 仲 間,サ バ,マ グ ロ,魚 の 内 臓 や 血 液;甲 殼 類 な ど が 原 料 と して も ち い ら れ た[TANNAHI肌 1973:96‑99;ミ ュ ラ ー ヨ コ タ 1987:
XXiii‑XXV]。
こ の 魚 醤 油 は,大 カ トー(B・C・234〜149)の 時 代 の ロ ー マ で は 贅 沢 品 と さ れ て い た が,や が て 古 代 ロ ー マ の 料 理 に お け る 必 需 品 化 し,工 場 生 産 が お こ な わ れ る よ う に な っ た 。 有 名 な 産 地 は ポ ン ペ イ,現 在 の トル コ の ク ラ ゾ メ ナ イ,リ ビ ア の レ プ テ ィ ス ・ マ グ ナ,ス ペ イ ン の カ ル タ ゴ ・ノ ー ヴ ァ,南 フ ラ ン ス の ア ン テ ィ ポ リ ス な ど で あ っ た 。 こ れ ら の 産 地 か ら素 焼 き の 土 器 の ッ ボ や 小 型 の ア ン フ ォ ー ラ に 詰 め て ロ ーマ に 輸 送 さ れ た 。
料 理 に お け る 使 用 法 は ア ピ キ ュ ウ ス の 料 理 書 に 具 体 的 に 記 さ れ て い る が,こ の 料 理 書 の 翻 訳,研 究 を した ミ ュ ラ ー ヨ コ タ に よ れ ば,主 と して 塩 味 を つ け る た め の 調 味 料 と し て 利 用 さ れ,468例 の 料 理 の な か で 塩 が 使 わ れ る の は48回,塩 と リ ク ア メ ン が 併 用
石毛 魚醤 の起源 と伝 播
され る 例 もわ ず か で,リ ク ア メ ン を も ち い て 塩 味 を つ け る こ と が お お い 。 ア ピ キ ュ ウ ス の 料 理 書 に は リ ク ア メ ンに 水 や 他 の 調 味 料 を 加 え た 例 が あ り,水 割 り ガ ル ムhydro‑
garum,ブ ド ウ酒 割 り ガ ル ムoenogarum,酢 入 り ガ ル ムoxygarum,油 入 り ガ ル ム eleogarum,コ シ ョ ウ 入 り リ ク ァ メ ンliquamen piperatumが 記 さ れ て い る[ミ ュ
ラ=ヨ コ タ 1987:xXiV‑xxV]。
古 代 ロ ー マ の 滅 亡 と と も に ガ ル ム,リ ク ア メ ン は 忘 れ られ た 調 味 料 と な っ て しま っ た 。 そ の 理 由 に つ い て 考 証 した 例 を 知 ら な い が,こ れ ら の 魚 醤 油 が 地 中 海 沿 岸 の ロ ー マ 植 民 地 の 工 場 で 生 産 さ れ る も の が お お か っ た の で,帝 国 の 衰 亡 と と も に 供 給 が と だ え た こ と に も 原 因 を も つ こ と で あ ろ う 。
現 在,ヨ ー ロ ッパ に お い て 知 ら れ て い る 魚 醤 類 と して は,頭,内 臓 を 除 去 し た カ タ ク チ イ ワ シ に15〜20%の 塩 と 香 辛 料 を 混 ぜ て 半 年 以 上 発 酵 ・熟 成 さ せ た 塩 辛 か ら骨, 皮 を の ぞ い て オ リー ブ 油 に 漬 け た ア ン チ ョ ビ ー 製 品 が イ ベ リア 半 島 を 主 産 地 と し て あ
る。 ま た,こ の ア ン チ ョ ビ ー の 塩 辛 を す りつ ぶ し,香 辛 料,糊 料 を 加 え た ア ン チ ョ ビ ー ・ ソ ー ス が あ る。 この2種 の 製 品 は,お そ ら く古 代 ロ ー マ の 魚 醤 の な ご り を と ど め る も の で あ ろ う。 ま た,ギ リ シ ア,ト ル コ で は,イ ワ シ 類 に 大 量 の 塩 を 加 え て 容 器 に い れ て つ く っ た 塩 蔵 魚 が あ る 。 魚 か ら い くぶ ん 汁 が 浸 出 し,塩 辛 に ち か い 状 態 に な っ て い る 。 た だ し,生 食 す る こ と は な く,加 熱 して 食 べ る 料 理 材 料 で あ る 。 こ れ も 古 代 の 地 中 海 圏 に お け る 発 酵 魚 の 系 統 を ひ く も の で あ る か も しれ な い 。
2. 西 ア フ リ カ の 発 酵 乾 魚
セ ネ ガ ル の 黒 人 系 部 族 がguedjと い う 発 酵 魚 を 乾 燥 し た 食 品 を 製 造 す る が,第 二 次 大 戦 後,セ ネ ガ ル 川 の 漁 民 が モ ー リタ ニ ア に 移 住 して 製 造 す る よ う に な り,お な じ食 品 が モ ー リタ ニ ア で も普 及 す る よ う に な っ た 。 モ ー リ タ ニ ア 側 の 報 告 か ら こ の 食 品 に つ い て 簡 単 に 紹 介 し よ う[ScHARM l986:79‑83]。
主 要 な 原 料 魚 はLicia amia, Psettodes spp.ウ ツ ボ 科 の 魚Muraenidae spp.,タ イ 科 の 魚Spαridae SPP.,ボ ラ 科 の 魚Mwrgit spP.で あ る が,そ の ほ か に も さ ま ざ ま な 魚 が 原 料 と さ れ る。 骨 が お お い 魚,鮮 度 の 低 下 し た 魚 な ど,市 場 価 値 の す くな い 魚 を guedjに 加 工 す る こ と が お こ な わ れ る 。
ウ ロ コ,内 臓,頭 部 を 除 去 し,切 身 に す る 。 こ れ を お お き な 桶 に い れ て,24〜72時 間 発 酵 さ せ る 。 暑 い 季 節 に は あ ま り急 速 に 発 酵 が 進 行 し な い よ う桶 の な か に 海 水 を そ そ ぎ こ む が,涼 し い 季 節 に は 魚 を 桶 に い れ た だ け で 発 酵 さ せ る 。 発 酵 さ せ た 後,こ れ を 乾 燥 す る が,乾 燥 時 間 は 魚 種 と 季 節 に よ っ て4〜10日 間 の 幅 が あ る 。 完 成 品 は30〜
国立民族 学博物 館研究報 告 14巻1号 50%の 水 分 を ふ くむ や わ ら か な 乾 魚 状 を して い る 。 料 理 法 の 細 部 に つ い て の 記 述 は な い が,米 飯 の 副 食 物 と し て 利 用 さ れ る と い う 。
Champbell‑Plattの 発 酵 食 品 事 典 に は,セ ネ ガ ル,ガ ン ビ ア か ら ナ イ ジ ェ リ ア,カ メ ル ー ンに か け て の 一 連 の 地 帯 に か け て,momoniと い う 強 烈 な 臭 い を 発 す る,塩 を 使 用 して 発 酵 さ せ た 乾 魚 が つ く ら れ る と 記 載 さ れ て い る[CHAMPBELL‑PLATT l 987:
131]。
そ の 原 料 と し て 利 用 さ れ る 魚 は,Tilapia, Pro toPterus, Pol7Pterusに 所 属 す る 魚 種 な ど さ ま ざ ま で あ る 。 鮮 魚 を25〜30度 の 熱 帯 の 気 温 の も とに6〜10時 間 放 置 し,発 酵 さ せ る 。 つ い で,17〜20%の 塩 水 に36〜60時 間 漬 け こ む 。 溶 液 か ら 出 して,4〜8日 間 乾 燥 す る と 製 品 に な る 。
塩 を 加 え る ま え に 魚 を 放 置 す る こ と に よ って,魚 自 体 の 酵 素 の 作 用 と バ ク テ リア の 急 速 な 作 用 で 腐 敗 が お こ り,つ い で 塩 を 加 え た 段 階 で,耐 塩 性 の 微 生 物 の 作 用 に 限 定 さ れ る こ と に な る 。 ト リメ チ ル ア ミ ン,ア ン モ ニ ア の 臭 い が し,強 烈 な 味 の す る 食 品 で,ス ー プ,シ チ ュ ー に し て 食 べ られ る 。
エ ウ ェ,ベ ニ ン,ト ー ゴ,象 牙 海 岸,リ ベ リ ァ,シ エ ラ レ オ ネ,ギ ニ ア のIafi,ガ ー ナ のloosra ,お な じ く ガ ー ナ のstink fish,セ ネ ガ ル のguedjは お な じ タ イ プ の 食 品 で あ る と説 明 さ れ て い る 。 た だ し,さ き に の べ たguedjの 製 造 法 と, momoni の つ く り か た に は,い くつ か の 相 違 点 が あ る。
3. ア ッサ ム の 塩 辛 と 乾 魚
塩 辛 「東 南 ア ジ ア の 魚 醤 」 の 論 文 で の べ た よ う に,バ ン グ ラ デ シ ュ の チ ッタ ゴ ン丘 陵 地 帯 に 分 布 す る ビ ル マ 系 の 少 数 民 族 が,東 南 ア ジ ア に お け る 魚 醤 分 布 の 北 限 を な して い る 。 そ の 北 の ア ッサ ム に1カ 所 だ け,飛 び 地 状 の 塩 辛 の 分 布 が み ら れ る 。 そ れ は,タ イ 系 の 言 語 を も つ タ イ ・フ ァ ー ケTai phake族 で あ り,ア ッサ ム に 移 動 して きた タ イ 系 民 族 の 一 派 で あ る 。 こ の 部 族 がpasomと い う ナ レ ズ シ を つ く り,そ の 名 称 が 東 北 タ イ のpa somと お な じ こ と は ナ レ ズ シ に つ い て 記 述 し た 論 文 で 報 告 し て お い た[石 毛 1987:645]。
お な じ,タ イ ・フ ァ ー ケ 族 が 塩 辛 を 製 造 す る 。 鮮 魚 を 切 り,塩,タ ー メ リ ッ ク(酸 味 料),そ の 他 の 香 辛 料 を 混 ぜ,竹 筒 に い れ て 密 閉 し,1カ 月 置 い て か ら,食 用 に 供 す る 。 こ れ は,冬 期,漁 獲 が お お か っ た と き に よ くつ く られ る と い う 。 こ の 食 品 の 名 称 をpatekと い う が,こ れ は 東 北 タ イ で 塩 辛 をpa daekと い う の と 同 系 の こ と ば で あ る[THAKUR 1982:52]。
石 毛 魚醤の起源 と伝播
乾 魚 ア ッサ ム の か な り ひ ろ い 地 域 に お い て 淡 水 産 の 魚 を 保 存 用 に 加 工 し,そ れ が 魚 体 の 原 形 を と ど め な い 形 状 を して お り,強 烈 な 匂 い を 発 す る と い う か ら,魚 醤 の 一 種 で あ る 可 能 性 が あ る。 そ れ を た し か め る た め に,現 地 のGauhati大 学 の 人 類 学 科 教 授 のD.N. Majunder博 士 に 調 査 を 依 頼 した 。 以 下 は,同 教 授 が 筆 者 ら の た め に お こ な っ て くれ た 調 査 結 果 の 要 約 で あ る 。
こ の 食 品 の 名 称 は ベ ン ガ ル 語 でshidal,あ る い はhidalと い い,ガ ロ語 でnakam と よ び,ア ッサ ム の ベ ン ガ ル 人,少 数 民 族 の べ つ な く利 用 さ れ る 。
加 工 さ れ る も っ と も 一 般 的 な 魚 種 はpunti(Puntius soPhore)で,雨 季(4〜8月) の 終 りに お お く漁 獲 さ れ る 。 お お き な も の は 鮮 魚 と し て の 消 費,乾 魚,燻 製 魚 と さ れ, 魚 体 の ち い さ い も の(送 ら れ て き た 標 本 で は 体 長 数cmの も の が ふ つ う)が つ ぎ の よ
う な 加 工 に ま わ さ れ る 。
鮮 魚 の 内 臓 を と り,洗 浄 した あ と,天 日 で,あ る い は 燻 製 魚 つ く り と お な じ よ う に 火 の うえ に の せ て 乾 燥 す る 。 こ の さ い,完 全 に 乾 燥 さ せ ず,水 分 が あ る 程 度 残 っ た 状 態 に と ど め て お く。 ま た,鮮 魚 を 原 料 と せ ず,市 場 で 購 入 して き た 乾 魚 を 原 料 と し, 乾 魚 を 洗 浄 して か ら,ち ょ う ど よ い 水 分 の 状 態 に ま で 乾 燥 さ せ て お い た も の を 利 用 す
る こ と も あ る 。
こ の よ う な 状 態 の 魚 を 足 で 踏 ん で,魚 体 が つ ぶ れ て 平 た くな っ た 状 態 に し た り,あ る い は,粗 い 粉 末 状 に な る ま で つ ぶ す 。 こ の さ い,塩 水,ま た は 市 場 で 購 入 して き た ソ ー ダ の 塊 り や 灰 を 溶 い た 水 を ふ り か け る こ と が あ る 。 ト ウガ ン,サ トイ モ の 茎 の 灰 が も ち い ら れ る こ と も あ る。
つ ぎ に,つ ぶ した 魚 を 竹 筒,ま た は ヒ ョ ウ タ ン の 容 器 に い れ る 。 こ の と き,容 器 の 口 を 灰 で お お っ た り,カ ラ シ 油 やpuntiか ら と っ た 魚 油 を そ そ い だ りす る こ と も あ る 。 こ の 魚 を 詰 め た 容 器 は,炉 の う え の 棚 な ど,温 か い 場 所 に 置 き,1カ 月 あ と か ら食 用 可 能 と な り,こ の 状 態 で1年 間 保 存 す る こ と もで き る 。
こ う し て 加 工 し た 魚 の 消 費 は,ベ ン ガ ル 人 と カ チ ャ ー ル 族 に お お く,毎 日の 料 理 の 主 材 料 と して 利 用 さ れ る 。 他 の 部 族 に と っ て も,う ま い 食 品 と み な さ れ て い る が,経 済 的 状 態 の 問 題 も あ り,料 理 の 主 材 料 と し て よ り も,す べ て の 種 類 の カ レ ー 料 理 に ご
く少 量 い れ て 風 味 づ け を す る た め の 調 味 料 的 な 利 用 法 が な さ れ る 。
も っ と も 一 般 的 な料 理 法 は,バ ナ ナ の 葉 に 包 ん で,熱 い 灰 の な か に い れ て 焼 き,こ れ に 塩 と トウ ガ ラ シを の せ て 食 べ る こ とで あ る。 ま た,こ れ を ト ウ ガ ラ シ と と も に 煮 て,一 種 の ソ ー ス に す る が,こ の さ い,灰 を 溶 い て つ く っ た ア ル カ リ水 を 混 ぜ て 煮 る こ と も お こ な わ れ る 。 ま た 種 々 の 野 菜 ス ー プ の 風 味 づ け に も ち い られ る 。
国立民族学博物館研究報告 14巻1号 こ う して み る と,塩 を 加 え るの は一 般 的 で は な い も の の よ うで あ る。 塩 水 や アル カ
リ水 を加 え るの は雑 菌 の 繁 殖 の 防 止 効 果 を も ち,ま た,風 味づ けの 効 果 もは た す の で あ ろ う。 しか し,魚 を た だ 乾 燥 させ て,つ ぶ して容 器 に いれ て,保 存 した 製 品 もか な りあ るもの の よ うで あ る。 ア ッサ ム 各地 か ら採 集 した 多 数 の 標 本 が 送 られ て きた が, す べ て含 有 水 分 の す くな い 乾 魚 の外 観 を して い る。 魚 体 が 分 解 して,ヌ ル ヌ ル した東 ア ジア,東 南 ア ジ アの 塩 辛 類 とは あ き らか に こ と な った 製 品 で あ り,魚 醤 とす る よ り も,発 酵 過 程 を も って は い るが,本 質 的 に は乾 魚 で あ る とみ な した ほ うが よ い食 品で あ る。
4. ブ ー タ ン の 保 存 魚
以 下 は 長 年 ブ ー タ ン で 農 業 指 導 に あ た って い る 西 岡 京 治 氏 か ら 得 た 情 報 で あ る 。 こ の 製 品 の 名 称 はnya‑sodeと い う。 nyaは 「魚 」, sodeと は 「く さ っ た も の 」 と
で も い う カ テ ゴ リ ー を し め す こ と ば で,ダ イ ズ(sheuli)で つ く っ た ナ ッ ト ウ 状 の 食 品 はsheuli‑sodeと よ ぶ 。
ブ ー タ ン 南 部 の ブ ラ マ プ ー ト ラ水 系 の 上 流 部 に あ た り,標 高200〜500mの 地 域 で よ く製 造 さ れ る食 品 で あ る。 モ ン ス ー ン の 終 りの8月 頃,河 川 が 増 水 して 周 囲 の 小 川 と 水 位 が お な じに な り,主 要 河 川 か ら氾 濫 原 に 移 動 した 魚 が,ま た 河 川 に も ど る と き に 網 漁 業,ト ラ ッ プ な ど で 大 量 に 捕 獲 さ れ る 魚 を 原 料 と す る 。 コ イ 科 の 魚 が よ く も ち い ら れ る が,ほ か に も さ ま ざ ま な 魚 種 が 利 用 さ れ る 。
魚 を ゆ で て,尾 あ る い は 頭 部 を も っ て,魚 肉 を こ そ げ と り,骨 と分 離 す る 。 魚 肉 を 直 径10〜15cm,長 さ30〜40 cmの 竹 筒 に い れ,木 の 葉 を ま る め て 栓 を し,そ の う え か らバ ナ ナ の 葉 を か ぶ せ て し ば り つ け て 外 蓋 に す る。 こ の 状 態 で 数 カ 月 置 い て か ら 食 用 に す る 。
食 べ る と き は,団 子 状 に ま る め て,酒 の 肴 に した り,煮 物 料 理 の な か に い れ て 風 味 を つ け る い わ ば 調 味 料 的 な 利 用 法 も な さ れ る 。
5. ス リ ラ ン カ の 塩 蔵 魚、
ス リ ラ ン カ に シ ンハ ラ 語 でjadiと よ ば れ る い くぶ ん 発 酵 し た 塩 蔵 魚 が あ る 。 以 下 は,同 僚 の 永 ノ 尾 信 悟 助 教 授 が コ ロ ン ボ 北 方 数 十kmの 地 点 に あ る 漁 港 で あ る Ngomboで 採 集 し た 記 録 と,も ち か え っ て くれ た 実 物 に も とつ く報 告 で あ る 。 jadiはseerと い う名 の 大 形 の 魚 で だ け つ く る 。 魚 を 切 身 に し た も の に,50%の 塩,10%の タ マ リ ン ド(酸 味 料),少 量 の サ フ ラ ンを 加 え,3週 間 ほ ど 室 温 で 漬 け こ
石毛 魚醤 の起源 と伝播
む 。 大 量 の 塩 を 使 用 して い る の で,魚 肉 の 原 形 は ほ ぼ 保 た れ て い る が,多 少 発 酵 し て い る 。 匂 い は 強 烈 で あ り,貯 蔵 中 に 虫 が わ く こ と も あ る が,食 用 に は さ し つ か え な い と い う。
こ れ を,焼 き魚 に す る,揚 げ る,煮 て カ レ ー 料 理 に す る,な ど の 方 法 で 食 用 に 供 す る 。
6. 極 北 の く 酸 っ ぱ い 魚 〉
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北 シ ベ リア の 諸 民 族 が ロ シ ア 語 で く 酸 っぱ い 魚>KMcnafi Pbi6a(キ ス ラ ヤ ・ル イ バ)と よ ぶ 魚 の 保 存 法 を お こ な う こ と が 知 ら れ て い る 。 そ れ は 穴 を 掘 り,こ の 穴 の な か に 魚 に 塩 を せ ず に い れ て 保 存 す る 方 法 で あ る 。 貯 蔵 中 に 魚 は 発 酵 して,酸 っ ぱ く な り,強 烈 な 匂 い を 発 す る よ う に な る 。 こ の く 酸 っ ぱ い 魚 〉 は 犬 の 餌 と し て 利 用 さ れ る ほ か,人 間 も 食 べ る 。 こ の 匂 い と 味 に な れ た も の に と っ て は 嗜 好 品 と して 好 ま れ る と い う。 生 食 す る の が ふ つ う の よ う で あ る 。
斉 藤 農 二 の 紹 介 して い る カ ム チ ャ ツ カ 半 島 東 岸 の コ リヤ ー ク族 の 事 例 を 引 用 し て み よ う。
ま ず,地 面 に縦,横,深 さ,そ れぞ れL5mほ どの穴 を掘 る。 この 穴 の 底 や壁 面 に 樹 皮 を 張 りつ め る。穴 の上 に何 本 もの棒 を 渡 し,そ の上 に厚 く草 を かぶ せ る。 真 中 に魚1匹 が入 る 大 き さの穴 を あ けて お く。
この 穴 か ら獲 れ た魚 を 落 し込 ん で 行 き,一 杯 にな る と粘土 で 封 を す る。 この あ と,上 か ら, さ らに木 の枝 で お お い を し,そ の ま た 上 に丸 太 を 渡 して,そ の端 を 二 股 に な った 木 の 枝 で お さえ,そ の二 股 の木 の 枝 を地 面 に打 込 ん で お く。 これ は,犬 や キ ツネ な どが貯 蔵 穴 を掘 返 さ ない よ うにす るた め で あ る 。 こ う して,秋 に獲 れ た 魚 で乾 魚 な ど に加 工 しきれ な い 魚 を 貯え て お く と,や がて 醸 酵 して くる。 普 通 は,こ れ を 早 春 の 食料 の端 境 期 に 開 くので あ った 。
さ ら に 斉 藤 は 西 シ ベ リア の セ リ ク ー ブ 族 は 魚 と と も に 漿 果 類 を 穴 の な か に 仕 込 む 方 法 が あ る こ と,ユ カ ギ ー ル 族 が 換 羽 期 に 捕 ら え た ガ ン を こ の 方 法 で 貯 え,チ ュ トコ 半 島 の チ ュ ク チ 族 は セ イ ウ チ の 肉 を 皮 袋 の な か に 縫 い 込 ん だ うえ で 穴 に い れ て 貯 蔵 す る 例 を 紹 介 し て い る[斉 藤 1985:107‑111]。
か つ て,サ モ エ ー ド族 は 穴 の な か に 魚 を 敷 き つ め,そ の う え を ッ ル コ ケ モ モ や コ ケ モ モ 属 の 漿 果 類 の 層 で お お い,土 を か ぶ せ て 保 存 した が,こ の と き野 鳥 も 一 緒 に 穴 に い れ て 貯 え る こ と が あ っ た と い う[PRoKoF'YEvA l964:595]。 カ ム チ ャ ダ ー ル 族 は サ ケ を 土 中 に3〜4カ 月 貯 蔵 す る が,し ま い に は ド ロ ド ロ に な っ て,し ゃ く し で く み だ さ ね ば な ら な い 状 態 に な る と い う[GulLLEMAND l886:93]。 ま た,カ ム チ ャ ダ ー ル 族 は 魚 の 頭 部 を 穴 の な か で 貯 蔵 し た も の を 好 む と い う報 告 も あ る[ANTORO一
国立民族学博物 館研究報告 14巻1号 POVA l964:877」 。 加 藤 九 祚 に よ る と,カ ム チ ャダ ー ル 族 の こ の 食 品 は サ ケ の 頭 部 の 軟 骨 が 全 部 赤 く な る ま え に,穴 を 掘 っ て 発 酵 させ た 嗜 好 食 品 で,た ま ら な い 臭 気 を 発 す る と い う。 ま た,カ ム チ ャ ダ ー ル 族 は 新 鮮 な 魚 卵 を,木 の 葉 を 敷 い た 穴 に い れ, 草 で お お っ た の ち に 土 を か け る 。 す る と 魚 卵 は 酸 っ ぱ く な る が,ロ シ ァ 人 に と っ て は 新 鮮 な 粒 状 の 魚 卵 と お な じ程 度 の 美 味 と して 評 価 さ れ た と い う。 コ リ ヤ ー ク 族 の 場 合 は,魚 卵 は 穴 の な か で は な く,皮 袋 の な か で 発 酵 さ せ ら れ る と い う[加 藤 1986:
100‑101]Q
や
これ らは,い ず れ も永 久 凍 土 に 掘 った穴 に魚,鳥 獣 肉,漿 果類 を塩 を使 用 せ ず に 貯 蔵 す る例 で あ る。 斉 藤 に よ る と,永 久 凍 土 の 地温 は,せ いぜ い零 下5〜6度 で あ り,
東 シベ リア の一 部 で 零 下10度 以 下 にす ぎず,自 然 の冷 凍庫 と してめ 機 能 はわ る い。 し た が って,長 期 の 保 存 に な る と,発 酵 あ るい は腐 敗 す る ことを ま ぬ が れ な い。 適 度 に 発 酵 した もので あ れ ば,そ の匂 いや 味 にな れ た者 に と って は 嗜好 食 品 と して 愛 好 され る が,貯 蔵 が長 期 にわ た り,蛋 白質 の分 解 が 進行 した もの は飢 謹 の と き以 外 に は 口 に せ ず,通 常 は犬 の餌 と さ れた と い う[斉 藤 1985:110‑111]。
斉 藤 は貯 蔵 中 に乳 酸 発 酵 が お こ つて,わ が 国 の ナ レズ シに似 た もの に な り,<酸 っ ぱ い魚 〉 に な る もの と推 定 して い る。
発 酵 食 品 の権 威 で あ る東 京 農 業 大 学 教 授 の小 崎道 雄 博 士 に,こ の よ うな方 法 に よ る 魚 の貯 蔵 過 程 に お こ る化 学 変 化 に つ い て つ ぎの よ うな教 示 を うけ た。
変 化 は 凍土 中 の温 度 に も よ るが,魚 体 の酵 素 に よる 分解 は進 行 す る し,5度 くらい の温 度 な ら特定 の 限 られ た 種 類 の 乳 酸 菌(た とえ ば,Leucnostoc属)が 作 用 す る可 能 性 が あ る。 こ の乳 酸 菌 は 魚 か らで は な く,植 物性 の もの か ら移 行 して くる もの で あ る。 しか し,零 度 以 下 で あれ ば,乳 酸 菌 の 増殖 は かん が え られ な い。 微 生 物 の 作 用 と して は,Psetidomonas属 な どに よ る蛋 白分解 が じ ょ じ ょに進 行 す る もの と想 像 され る。
ま た,穴 の底 や壁 面 に張 る樹 種 が渋 の つ よい もの で あ れ ば,タ ンニ ンの 作 用 で,保 存 性 が 増 す で あ ろ う。
ナ レズ シの製 造 過 程 で は,は じめ に魚 を塩 で しめ るの で,こ の と きに微 生 物 相 が 塩 を 使 用 しな い場 合 とま った くこ とな る もの に な って し ま う。した が って,〈 酸 っぱ い魚 〉
とナ レズ シは 同種 の もの で は な い と かん が え られ る,と の こ とで あ る。
7. 古 代 中 国 の 飽 魚
3世 紀 中 ご ろ に成 立 した と いわ れ る 『釈 名』 釈 飲 食 に 「飽 魚,飽,腐 也,埋 蔵 奄 之, 使 腐 臭 也 」 とあ る。 す な わ ち,飽 魚 の 飽 とは腐 った とい う意 味 で あ り,魚 を 埋 蔵 して,
石毛 魚醤の起源 と伝播
腐 った 臭 い を つ けた食 品 で あ る こと をの べ て い る文 章 で あ る。 『史 記 』 に秦 の始 皇 帝 が巡 狩 の 途 中で死 亡 し,そ れ を 隠 して安 陽 に運 ぶ うち に,死 体 が に お いだ し,そ れ を ご ま かす た あ に 飽 魚 を 乗 り物 に のせ た こ とが知 られて い る。 長 沙 馬 王 堆1号 墓 の 遺 策 に飽 魚 の 文 宇 が あ らわ れ る し,『 史 記 』 貨 食 列 伝 に1年 間 に大 都 市 で は 「鰍 千石,飽 千 鈎 」 を 消 費 す る とあ る。 林 巳 奈夫 に よ れ ば,鰍 は魚 の開 きで,こ れ を30ト ン,飽 魚
を7.5ト ン消 費 す る い う記 事 で あ る[林 1975:34‑35]。
顔 師古 な ど後 代 の 学 者 は 飽魚 は 塩漬 け の魚 と解 釈 し,林 は塩 を しない と腐 って しま うか らと の理 由で 塩 を 使 用 した,く さや の 干 物 の よ うな もの と解 釈 して い る。 た だ し, 飽 魚 つ く りに塩 を 使 用 した とい う証 拠 は な い。 そ の腐 臭 が 強調 され る ことか ら,漢 代
の 飽魚 は無 塩 発 酵 魚 で あ る可 能 性 を もつ 。
8. 系 譜 論 的 検 討
以 上 の事 例 の な かで,こ れ まで の 一 連 の論 文 で あ つ か って きた東 ア ジア,東 南 ア ジ ァ の魚 醤 と お な じもの は どれ で あ るか,ま た,他 の 地域 に お け る お な じ もの が あ る と す れ ば,そ れ が東 ア ジ ア,東 南 ア ジア の もの と系 譜 関係 を もつ もの か,そ れ ぞれ が 独 立 に起 源 した も の か を検 討 して み よ う。 そ の ま え に,筆 者 は どの よ うな食 品 を魚 醤 と い う カテ ゴ リー に 分類 して い る のか につ い て 説 明 して お く必要 が あ る。
発 酵 と腐 敗 は,と もに微 生 物 の 作 用 で 有 機 物 が 分 解 す る現 象 で あ る こ とに か わ りは な い 。一 般 に そ の作 用 が人 間 に と って 有 用 な場 合 を 発 酵 と よび,有 害 な 場 合 を腐 敗 と よぶ もの の よ うで あ る。
あ る食 品 を発 酵 した もの と認 識 す る か,腐 敗 した もの の カ テ ゴ リーに 分類 す る か は, 文 化 に よ って こ とな って い る。16世 紀 に 日本 に や って きた イエ ズス 会 の 宣教 師 で あ る フ ロイ ス は,日 本 とポ ル トガ ル の文 化 の比 較 を試 みた 著 作 の な か で,「 わ れ わ れ(ポ ル トガ ル人)に お い て は,・魚 の 腐 敗 した 臓 物 は嫌 悪 す べ き もの と され る。 日本人 は そ れ を 肴(さ か な)と して 用 い,非 常 に 喜 ぶ 」 との べ て い る[松 田 ・ヨ リ ッセ ン 1983:
102]。 す な わ ち,日 本 人 に と って は嗜 好 品 と して よ ろ こ ばれ た 魚 の 内臓 の 塩 辛 が,ポ ル トガ ル 人 に と って は食 品 の カ テ ゴ リーに は い らな い腐 敗 物で あ る と して う け と られ て い るの で あ る。
この こ とか らわ か る よ うに,魚 介類 を 原料 と し,そ の蛋 白質 の 一 部,あ るい は大 部 分 が 微 生 物(そ の な か に 酵 素 もふ くませ る こと とす る)の 作 用 で 分 解 して い る食 品群 の な かか ら,こ こで 論 じる魚 醤 とそ れ 以外 の製 品 を識 別 す る原 理 は,科 学 的 基 準 に も とつ くとい う よ り も,文 化 的概 念 に も とつ く もので あ る。
国立民族学 博物 館研究報 告 14巻1号 日本 に 滞 在 す る東 南 ア ジア 出 身者 が故 国 の味 が恋 し くな った と き,秋 田 の魚 醤 油 で あ る シ ョ ッッル を利 用 した 料 理 を す る。 ま た,タ イ の プ ラー ・ラー を 口 に した 日本 人 は,そ れ を 国 の 塩 辛 で あ る と認 識 す る。 そ の こ とは,魚 醤 が東 ア ジ ア と東 南 ア ジ アに 共 通 す る食 品 カテ ゴ リー と して うけ と られ て い る こ とを 意 味 す る。 こ の文 化 的 に認 識 され て い る東 ア ジァ と東 南 ア ジァ の 魚 醤 一般 に共 通 す る性 格 を,自 然 科 学 的た 説 明 し た場 合,つ ぎの よ うな こ とに な るで あろ う。
「魚 醤 とは 魚 介 類 に 塩 を 加 え る こと に よ って,腐 敗(と 文 化 的 に認 識 され る微 生 物 の 作 用)を 防 ぎな が ら,主 と して 原料 中 の酵 素 の作 用 に よ って 蛋 白質 が 分 解 して で き る ア ミノ酸 の う ま味 を か も しだ した食 品 で あ る。」
現 在 の 日本 で は健 康 問 題 に 原 因 す る食 品 の低 塩 化現 象 の影 響 で,塩 分10%以 下 の 塩 辛 が おお くな り,冷 蔵 管 理 が 必 要 な食 品 とな って い る。 ま た,の ちに の べ る よ うに, 東 南 ア ジァ の 小 エ ビ塩 辛 ペ ース トに は極 端 に塩 分 の す くな い もの が あ る。 この よ うな 例 外 を の ぞ くと,一 般 に 魚 醤 製 造 に あ た って は二 十 数%以 上 の塩 が 加 え られ るの が ふ つ うで あ る。 後 の 章 で くわ し く食 品製 造 学 的説 明 を す る が,製 造 時 に お け る腐 敗 防止 と長 期 保 存 の た め に 高 濃 度 の 塩 分 を加 え る の がふ つ うで あ る。 魚 醤 は 元来 塩 を 加 え て つ くる保 存 食 品 で あ る。 塩 が す くな い,あ る い は塩 を使 用 しな いで,分 解 が 進 行 した 魚 介 類 を 原 料 と した 食 品 を つ くった ら,こ の論 文 で と りあつ か う魚 醤 の 文 化 圏 で は腐 敗 物 の カテ ゴ リーに い れ られ るで あ ろ う。
自然 科 学 的 な 説 明 の ほか に,食 品 と して の利 用法 か らす る説 明 も必要 で あ る。 塩 辛 類 を 加 熱 調 理 す る例 も,東 南 ア ジァで はす くな くな いが,そ れ は生 食 可 能 な食 品 で も あ る と認 識 され て い る。魚 醤 油,小 エ ビ醤 油,小 エ ビ塩 辛 ペ ース トは 調 味 料 と して も ちい られ るの で,当 然 加 熱 され る こ とも お お い が,そ れ らは 料 理 の 主 材 料 と して の食 品 の 地 位 を しめ る もの で は な い。
の ちに の べ るよ うに,お な じ く塩 を加 え て 魚 介 類 を 保 存 食 品 化 した 塩 蔵 魚 と魚 醤 を 化 学 的 分析 に よ って 区 別 す る こと は むず か しい。 塩 蔵 魚 を 長 期 間 保 存 して お い た ら, ア ミノ 酸 が生 成 さ れ る の で あ る。 した が って,塩 蔵 魚 と魚 醤 の 区別 点 は,魚 肉 を な る べ く原 形 の ま ま 保 存 しよ う とい う 目的で つ くられ た もの か,積 極 的 に魚 肉 を 分解 して, 天 然 の魚 肉 に は な い ア ミノ酸 を基 調 と した う ま味 を つ くりだ す こ とを 目的 と して製 造 した もの で あ る か とい う,製 造 の意 図 の 別 に あ る。
た とえ ば,独 特 の腐 敗 あ る い は発 酵 臭 の あ る くさや の 干 物 は 魚 醤 で あ るか,ど うか とい う質 問 を うけ た こ とが あ る。 内臓 を と り去 った ム ロ ァ ジの 開 きを 立 て 塩 に漬 けて か ら乾 燥 した の が くさや の 干 物 で あ る。 その 立 て 塩 の 液 は,と きに は 数十 年 間 塩 を補
石毛 魚醤 の起源 と伝播
充 しな が ら,く り か え して 使 用 して き た も の で,魚 の 可 溶 成 分 の ほ か さ ま ざ ま な 分 解 物 を ふ くん で い る 。 そ こで,独 特 の 風 味 の あ る 千 物 に な る 。 し か し,主 材 料 の ム ロ ア ジ そ の も の を 直 接 分 解 さ せ た も の で は な く,分 解 物 を コ ー テ ィ ン グ し た 製 品 で あ り, 製 造 意 図 と し て は 魚 肉 を 原 形 の ま ま た も つ 干 物 つ く り の バ リェ ー シ ョ ン と 解 釈 さ れ, 魚 醤 と認 め る こ と は で き な い 。
こ の よ う な 基 準 に した が つて,さ き に の べ た 世 界 各 地 の 魚 醤 類 似 製 品 を 検 討 し て み よ う。
ま ず,塩 を ぜ ん ぜ ん 使 用 し な い 極 北 の く 酸 っ ぱ い 魚 〉 と ブ ー タ ン の 保 存 魚 は,東 ア ジ ァ,東 南 ア ジ ァ の 魚 醤 と は タ イ プ の こ と な る 食 品 と して 除 外 し て よ い で あ ろ う。 ア ッサ ム のsidal(hidal)に は 塩 を 利 用 し た 製 品 も あ る が,基 本 的 に は 塩 を 必 需 品 と し な い 製 法 の も の で あ る の で,こ れ も魚 醤 か ら除 外 さ れ る 。 西 ア フ リカ に 分 布 す る 製 品 の 塩 分 濃 度 は 不 明 で あ る が,塩 を 使 用 し な い 製 品 が あ る こ と,海 水 を 利 用 し た 製 品 の 記 載 が あ る が,海 水 の 塩 分 濃 度 は3%台 に す ぎ ず,そ れ で は こ こ で あ つ か う魚 醤 と お
な じ よ う な 製 品 に な る と は か ん が え づ ら い の で,こ れ も 除 外 さ れ る 。
ス リ ラ ン カ のjadiは 大 量 の 塩 で 漬 け る こ と は 魚 醤 と お な じで あ る が,本 来 的 製 造 意 図 が 塩 蔵 魚 で あ る と か ん が え ら れ る の で,こ れ も 対 象 外 と な る 。 トル コ,ギ リ シ ャ の イ ワ シ の 塩 漬 製 品 も お な じで あ る 。
こ う し て 消 去 法 の す え に 残 る の が ア ッ サ ム の タ イ ・フ ァ ー ケ 族 の つ く る 塩 辛 と,古 代 ロ ー マ の リク ア メ ン ー ガ ラ ム で あ る 。
さ き に の べ た よ う に,タ イ ・フ ァ ー ケ 族 の 塩 辛 を し め す 名 称 は 東 北 タ イ に お け る 淡 水 魚 の 塩 辛 を し め す こ と ば と 同 系 で あ り,こ の 部 族 そ の も の が タ イ か ら ア ッ サ ム に 移 動 し て き た こ と が わ か って い る 。 した が っ て,地 理 的 に 飛 び 地 を な して い て も,系 譜 的 に は 東 南 ア ジ ァ の 魚 醤 文 化 圏 に ふ く め ら れ る も の で あ る 。
そ れ で は 古 代 ロ ー マ の 魚 醤 油 と 東 ア ジ ア,東 南 ア ジ ア の 魚 醤 文 化 圏 の あ い だ に は 系 譜 的 関 係 が あ る の か,そ れ と も 直 接 の 関 係 は な し に,独 立 発 生 し た も の か?
Ngo Ba Thanhは ベ ト ナ ム の 魚 醤 油 で あ る ニ ョ ク ・マ ム の 研 究 書 の な か で,18世 紀 に ベ トナ ム に や っ て き た ギ リ シ ア ー ラ テ ン系 の 航 海 者 が,古 代 ロ ー マ の ガ ラ ム を ベ
トナ ム に 伝 え た と い う説 を 紹 介 し て い る[NGo BA THANH 1953:13‑21]。 古 代 ロ ー マ の 魚 醤 油 が 地 中 海 圏 に 近 世 ま で 残 存 し,そ れ が ベ トナ ム に も た ら さ れ た と い う の で あ る 。 し か し,そ れ は 証 拠 な しの 空 想 に ち か い 説 で あ る 。 魚 醤 油 が 古 代 ロ ー マ と ベ トナ ム に 存 在 す る か ら,伝 播 関 係 が 成 立 す る で あ ろ う と か ん が え る の は,近 視 眼 的 発 想 で あ る 。 の ち に の べ る よ う に,魚 醤 油 は 塩 辛 の 汁 を 調 味 料 的 に 使 用 す る こ と に 起 源
国立民族学博物館研究報告 14巻1号 す る もの で あ り,地 中海 か ら伝 え られ な くと も,東 南 ア ジァ に は 古 くか ら塩 辛 汁 の利 用 が 盛 ん で あ った とか ん が え て よ い ので あ る。
地 中 海 と東 南 ア ジア の あ い だの 地 帯 で あ る西 ア ジ ア,中 央 ア ジア,イ ン ド亜 大 陸 に お け る魚 醤 の 存 在 を しめ す資 料 は な い。 この 中間 地 帯 に魚 醤 が な い こ とは,東 西 の魚 醤 文 化 間 に 交 流 関 係 は な く,そ れ ぞ れ が独 立 に発 生 した こ とを し めす もの で あ ろ う。
す な わ ち,古 代 ロ ーマ とア ジア の魚 醤 の あ い だ に は系 譜 関係 は な い もの とか ん がえ て よい で あ ろ う。
L 東 ア ジ ア ・東 南 ア ジ アに お け る魚 醤 の 分 化
1. 塩 辛 に 起 源 す る魚 醤 の 分 化
この 連続 した 地域 的分 布 を もつ,東 ア ジ ア ・東 南 ア ジア に お け る魚 醤 の 起 源 や 伝 播 に つ い て 考 察 す る ま え に,魚 醤 製 造 の 原 理 にた ち も ど って,魚 醤 とは ど の よ うな食 品 で あ るの か,ま た,す べ ての 魚 醤 の 基 本 とな る塩 辛 か らさ ま ざ ま な種 類 の 魚 醤 が 派 生 す る こ とを食 品 加 工論 の立 場 か ら整 理 を して み よ う。
す べ て の魚 醤 は 原料 の魚 介 類 に塩 を 加 え て つ くられ る。 魚 に塩 を加 え る こと に よ っ て 保 存食 品化 す る とい う こ とで は,魚 醤 と塩 蔵 魚 は お な じで あ る。 食 塩 添 加 に よ る貯 蔵 性 の 向 上 は,主 と して 脱 水 作 用 に よ る水 分 の 除去,た か い浸 透 圧 に よ る細 菌 原 形 質 の 破 壊 に起 因 す る が,そ の ほか に塩 素 イ オ ンの 細 菌 に た い す る直 接 的害 作 用,溶 存 酸 素 の 減少 に よ る好 気 性 細 菌 の 発 育 阻 止,細 菌 の 蛋 白質 分解 酵 素 活 性 の抑 制,な ど に よ る と説 明 され る[徳 永 1983:79]。
塩 蔵 魚 と魚 醤 の ちが い は,塩 蔵 魚 に おい て は 自 己消化 作 用 や,微 生 物 の 作 用 に よ る 化 学変 化(発 酵 ・熟 成)を な るべ く抑 制 す る こ とを 目的 と して,魚 の 筋 肉を な るべ く 原 形 の ま ま保 存 して料 理 材 料 とす る意 図 の た め に つ くられ た食 品 で あ るの に た い して, 魚 醤 は積 極 的 に化 学 変 化 を うな が し,そ の結 果 生 成 され る遊 離 ア ミノ酸 の うま味 を か
も しだ し,独 特 の匂 い や テ クス チ ャ ーを 生 じさせ る こ とを期 待 した食 品 で あ る点 に も とめ られ る。 塩 蔵 魚 は ほ とん ど化 学 変 化 を せ ず に魚 の 筋 肉 が そ の ま ま残 って い る の に た い して,魚 醤 の場 合 は筋 肉が 溶 けて 分 解 し,構 成 要 素 の ア ミノ酸 に な って い る部 分 が お お い。 筋 肉(蛋 白質)に は味 が な いが,ア ミノ酸 に 分解 す る と味 がで て くる。
そ こで,魚 醤 で は魚 の 内臓 も漬 け こむ 製 品 が お おい の に た い して,一 般 に塩 蔵 魚 製 造 に さい して は 強 力 な 蛋 白質 分 解 酵 素 をふ くむ 内 臓 を 除去 して か ら塩 漬 け にす る。
た だ し,塩 蔵 魚 で も長 期 間 保 存 す る う ちに は 自 己消 化 が お こ り,魚 肉の 分 解 ・軟 化
石 毛 魚醤の起源 と伝播
を避 け られ な い 。 した が って,塩 蔵 魚 と魚 醤 の 区 別 は遊 離 ア ミノ 酸類 の量 の差 にす ぎ ず,科 学 的 に この 両 者 を 区 別 す る 明 確 な境 界 線 を設 定 す る こ とは 不 可 能 で あ る。
こ う して み る と,発 生 的 に は魚 醤 は塩 蔵 魚 の 製 造 過 程 の な か で 偶 然 発 見 され,そ の うま味 に着 目 して,意 図 的 に製 造 され る よ うに な っ た食 品 で あ ろ う。 そ の も っ と も単 純 で,基 本 的 な 製 法 は 魚 と塩 だ け を 原料 と して 製 造 す る方 法,す な わ ち塩 辛 つ く りで
あ る。
魚 醤 と おな じ く発 酵 ・熟 成過 程 を も つ魚 介 類 を原 料 と した 食 品 に第2論 文 で 報 告 し た ナ レズ シが あ る。 ナ レズ シは 塩 を した魚 介 類,と きに は鳥 獣 肉 に米 飯 その 他 の澱 粉 質 の 原 料 を 加 え て つ くる。 ナ レズ シは魚 肉 の 自 己消 化 に よ る ア ミノ酸 な どの エ キス 分 や,乳 酸 菌,嫌 気 性 菌,酵 母 な ど が飯 の糖 類 か ら生 産 す る種 々の 有 機 酸 や アル コー ル な どに よ る風 味 を も ち,ま た,生 成 さ れ た有 機 酸 な どの 影 響 でpHが 低 下 す る こ とに よ って 雑 菌 の 増 殖 を 抑 制 し,貯 蔵 性 を ま した食 品 で あ る[藤 井 1983:233]。
第2論 文 の 事 例 に み た よ うに,す べ て の ナ レズ シは飯 な どの 澱 粉 の 原 料 を 加 え る ほ か に,魚 な どの 主 材 料 に 塩 を す る過程 を も って い る。 したが って,ナ レズ シ もま た, 魚 に 塩 を して 保 存 す る技 術 か ら発 生 した もの と か ん が え られ る。 発 酵 ・熟 成 期 間 が 短
く,魚 肉の 分 解 が 進行 して い な い 塩 辛 を,食 事 の さ い に米 飯 に まぶ した ま ま食 べ 忘 れ, 放 置 して お いた ら酸 味 と独 特 の 風 味 を もつ食 品 に な って いた,と は ナ レズ シの 起 源 を 説 明 す る話 と して か ん が え られ よ うが,そ れ は想 像 の世 界 に属 す る こ とで あ る。
魚 醤 製 造 の さい に 風 味 を 増 す 意 図 で米 ヌ カ,煎 米 粉,コ ウ ジ な どを 混 ぜ る こ とが あ り,そ れ は ナ レズ シの 製 造 法 に 類 似 す る し,ナ レズ シと魚 醤 の 中間 形 の 食 品 が 存 在 す る こと は第2,第5論 文 で の べ た と お りで あ る。 東 ア ジア,東 南 ア ジ ァの 魚 醤 の 分 布 圏 と ナ レズ シの 分 布 圏 が ほぼ 一 致 す る こ とか ら も,こ の2つ の食 品 が 相 互 関 係 を も っ て 発 達 した もの とか ん が え られ る。 した が って,こ こで は ナ レズ シ も念 頭 に お きな が
ら,魚 醤 の 分 化 に つ い て 検 討 して み よ う。
魚 と塩 だ けを 原 料 と した も っ と も単純 な 塩 辛 を 出 発点 と して,さ ま ざ ま な種 類 の 魚 醤 が 派 生 す る こ とを 摸 式 図 に して み た の が 図1で あ る。 この 図 の 例 に しめ した 各 種 の 製 品 の 細 部 に つ い て は 東 ア ジァ の 魚 醤 に つ い て の べ た第1論 文,東 南 ア ジア の 魚醤 に
つ いて の べ た 第5論 文 の 事 例 を 参 照 され た い。
まず,主 と して 物 理 的 操 作 に よ る形 態 の 変 化 を重 視 した製 品 につ いて 説 明 し よ う。
調 理 に さ い して の 簡 便 さを 主 目的 と して,塩 辛 を つぶ して ペ ー ス ト状 に した 製 品 で あ る塩 辛 ペ ース トが ビル マ と カ ンボ ジァ に 発達 して い る。 この 種 の 製 品 を つ くる工 程 に は,魚 肉 をつ きつ ぶ す だ けで は な く,つ ぶ す ま え に魚 に お も しを した り,生 乾 きに