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相対主義と絶対主義の相克一凋契と牧口常三郎の応戦樋口

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相対 主義 と絶 対主 義の相克(樋 口)13

相 対 主義 と絶 対 主 義 の相 克

一 凋 契 と牧 口常 三 郎 の応 戦

樋 口

は じめ に

西洋近代 に見 る価 値 の転倒 三.中 国近代 の 目覚 め

焉 契哲学 と牧 口価 値論 の挑戦 おわ りに

一 一 は じ め に

一・般 に、 人 間 の価 値 判 断 は そ の 人 の好 み の 問題 で あ り、 事 物 の価 値 に対 す る評 価 で あ る。 そ れ ゆ え 、 私 達 は 日常 生 活 に お い て 、 常 に様 々 な価 値 判 断 を しな が ら生 きて い る。 しか し、 価 値 問題 に お い て よ り大 事 な 問 題 は、 個 々 の 特 定 問題 の価 値 判 断 とい うよ り、 よ り大 き な次 元 で 捉 え る問 題 、 つ ま り人 間 の 生 き方 に関 す る問題 で あ り、 人 間 の価 値 に 関 す る問題 で あ り、 日常 生 活 に お け る価 値 判 断 の基 準 の 問題 で あ る。 この 問 題 は古 来 か ら、 人 間 は何 の た め に生 き る のか 、 善 とは何 か とい う問題 と共 に、 様 々 に議 論 され て きた 大 き な テ ー マ で もあ った 。 その 意 味 で は 、 西 洋 で は古 代 ギ リシ ャ哲 学 、 東 洋 で は仏 教 や 諸 子 百 家 に ま で遡 る問題 で あ っ た。

周 知 の 如 く、価 値 哲 学 は、19世 紀 後 半 ドイ ツの 新 カ ン ト学 派 に よ っ て成 立

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し、 価 値 問題 の原 理 的 な探 求 を主 とす る学 問 が 形 成 され た 。 そ の代 表 的 人 物 の一 人 で あ るヴ ィ ンデ ル バ ン トは、 真 ・善 ・美 ・聖 とい う普 遍 的価 値 を探 求 し、 そ の価 値 が 具 現 化 して い る文 化 価 値 が 価 値 哲 学 探 究 の 主 要 命 題 で あ る と した 。 しか し、 そ の 後 、主 観 主 義 的 価 値 論 と客 観 主 義 的価 値 論 が展 開 され 、 主 に前 者 が主 流 にな っ て い く。 つ ま り、 主 観 の 需 要 、 欲 望 、 情 感 、 興 味 な ど が 価 値 を決 定 し、 事 物 自体 に価 値 は な い とい う立 場 で あ る。 この場 合 、価 値

は 随 意 の もの と見 な し相 対 化 され 、 相 対 主 義 の 立 場 か ら価 値 を規 定 して い こ う とい う もの で あ っ た 。他 方 、 直 覚 主 義 価 値 論 、 現 象 学 的価 値 論 、 神 学 価 値 論 な どの 客 観 主 義 的価 値 論 も提 起 され た が 、 大 き な影 響 を及 ぼ す まで に は至

らな か っ た 。

0方 、19世 紀 末 ニ ー チ ェ に よ って 「神 の死 」 が 宣 告 され 、 そ れ まで の キ リ ス ト教 の神 学 価 値 論 や プ ラ トン主 義 に 由来 す る絶 対 主 義 的価 値 観 が 、 崩 壊 の 一 途 を辿 っ て い く。 それ は、 科 学 の 方 法 論 の 影 響 や 工 業 都 市 社 会 の発 展 に 伴 っ て 、 神 を代 表 とす る絶 対 的 な もの へ の信 仰 が 急 速 に衰 え た こ とが 主 な要 因 で あ る とされ る。 ニ ー チ ェ は これ を 「価 値 の 転 換 」 と呼 び 、 西 洋 の伝 統 的

な価 値 観 を転 換 す べ き で あ る と主 張 した 。

中 国 で も近 代 以 降 、 そ れ まで の 儒 教 的 な天 命 論 に代 表 され る絶 対 的価 値 観 が 没 落 して い く。 中 国 哲学 に よれ ば、 人 間 の本 性 は 天 に よ っ て賦 与 され て い るの で 、 人 性 を天 理 に復 帰 させ る こ とに よっ て 天 人 合0」 の境 地 に達 す る こ とが で き る と した 。 しか し、 宋 明 理 学 は、 人 道 で あ る社 会 規 範 と天 道 で あ る 自然 規 律 を 同一 視 し、 社 会 規 範 に従 う こ とを強 調 した た め 、 意 志 や 欲 望 や 感 情 な どの個 性 を否 定 す る こ とに な る。 近 代 に至 っ て 、 聾 自珍 を筆 頭 に 「自 我 」 の 自覚 に 目覚 め 、 清 末 ・五 四運 動 期 を通 じて 、 伝 統 的 な 絶 対 的 価 値 観 を 批 判 して い く。 っ ま り、 伝 統 的 な 道 徳 決 定 論 で は な く、 唯 意 志 主 義 が 主 張 さ れ る よ う にな っ た 。

中 国 は西 洋 思 想 の 刺 激 に よっ て 、 意 志 自由 の 問 題 が 活 発 に論 議 され る こ と

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相 対 主義と絶対 主義 の相克(樋 口)15

にな るわ けだ が 、 価 値 相 対 主 義 と価 値 絶 対 主 義 の 問題 は、 近 代 以 降 、 東 西 を 通 じて い まだ に解 決 のつ か な い 問題 で あ る。 倫 理 学 の 分 野 で も、 自然 主 義 ・

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歴 史 主 義 ・実 存 主 義 な ど、 絶 対 善 や 相 対 善 の 問題 の相 克 が 続 い て い る。 近 年 で も、1993年 、 シ カ ゴで 行 わ れ た 第 二 回世 界 宗 教 会 議 で 「地 球 倫 理 へ の 宣 言 」 が 採 択 され た が 、 「各 宗 教 か らの 共 通 要 素 を抽 出 す る」、 「殺 す な 、 盗 む な 、

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嘘 を言 うな 、 性 的道 徳 を犯 す な 」 とい う各 宗 教 が 共 有 す る最 低 限 の もの を抽 出 し、 地 球 倫 理 と した に過 ぎ な か っ た 。 そ こ に は、 政 治 的 ・宗 教 的衝 突 を避 け、 文 化 の違 い に よ る問 題 を姐 上 に乗 せ な か った た めか 、 人 間 が 向 上 す るた め の規 範 や 価 値 観 に言 及 す る こ とは な か っ た 。

現 代 は相 対 主 義 の 時 代 と言 わ れ る。 異 な る時代 、 地 域 、 文 化 問 に は、 それ ぞれ の価 値 観 や 道 徳 基 準 が 存 在 す る こ とは確 か で あ る。 しか し、 価 値 判 断 は 好 み の 違 い に よ り、 そ の基 準 とな る全 て の価 値 が 勝 手 に承 認 され るの で あれ ば、 相 違 す る個 人 ・社 会 ・文 化 間 の 交 流 は で き な くな っ て し ま う。 先 に挙 げ た 世 界 宗 教 会 議 に お け る宣 言 が 、 相 対 主 義 の 苦境 を考 慮 せ ざ るを得 な か った 理 由 も そ こ に あ る。

で は、 私 達 は、 相 対 主 義 と絶 対 主 義 の相 克 を どの よ うに乗 り越 えれ ば い い の で あ ろ うか 。 無 論 、 この 問 題 は本 稿 で簡 単 に解 決 で き る問題 で は な い 。 ま た 、 全 て の人 が 承 認 す る価 値 を提 起 す る こ とも不 可 能 で あ る。 しか し、 東 洋 の 思 想 家 は この 問 題 を どの よ う に考 え た ので あ ろ うか 。 本 稿 で は 、 マ ル クス 主 義 哲 学 史 家 の 凋 契 の 思 想 と牧 口常 三 郎 の 価 値 論 を取 り上 げ、 この 問 題 の 解 決 を どの よ う に試 み た のか を考 察 して い き た い 。 なぜ な ら、 焉 契 は 唯 物 弁 証 法 に基 づ き、 牧 口 は 仏 教 に基 づ い た 独 自 の 展 開 を して い るか らで あ る。 但 し、 本 稿 は まだ研 究 の 初 段 階 に あ るた め、 両 者 の 方 向 性 を示 す だ け に留 ま る こ とを断 っ て お きた い 。

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西洋 近代 に見 る価値 の転倒

マ ッキ ン タイ ア は 、 「私 た ち の 文 化 に お い て は 、 道 徳 的 な 一 致 を確 保 す る

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た め の合 理 的 な方 法 は何 も な い よ うに 思 わ れ る」 と言 う。 そ して 、 次 の よ う な 道 徳 論 争 の例 を挙 げて 説 明 して い る。

1(a)正 義 の 戦 争 とは、 善 が 戦 争 の 善悪 を凌 駕 す る戦 争 で あ る。 しか し、

近 代 の戦 争 は、 非 戦 闘 員 の生 存 を確 保 で きず 、 正 義 の戦 争 にな りえ な い の で 、 平 和 主 義 者 に な るべ きだ 。

(b)平 和 を望 む な ら、 戦 争 に備 え な けれ ば な らな い 。 そ うで な けれ ぼ、

戦 争 を 回避 で き な い 。

(c)大 国 間 の 戦 争 は破 壊 的 で あ る。 しか し、 抑 圧 され た集 団 を解 放 す る た め に行 わ れ る戦 争 は、 正 当 な手 段 で あ る。

2(a)人 間 は 自分 自身 の身 体 や 人 格 に対 す る権 利 を持 って い る。 胎 児 が母 体 の 一 部 で あ る段 階 で は、 中 絶 す るか 否 か の 権 利 は母 親 に あ り、 道 徳 的 に許 され るべ きだ 。

(b)胎 児 は 自身 で 中 絶 を意 志 で き な い 。 意 志 で きな い の で あれ ば 、 他 人 (母 親)に 意 志 を強 要 で きな い 。 しか し、 中絶 は禁 ぜ られ るべ きだ とい うわ けで は な い。

(c)殺 人 は悪 で あ る。 胎 児 は 同定 可 能 な個 人 で あ る。 嬰 児 殺 しが 殺 人 な ら、 中 絶 は殺 人 で あ る。 した が っ て、 中絶 は悪 で あ り、 禁 じ られ るべ き だ。

3(a)正 義 は、 各 人 が 可 能 な 限 り平 等 な機 会 を享 受 す べ きだ と要 求 す る。

それ ゆ え、 政 府 が 保 健 と教 育 を提 供 し、 市 民 は公 正 に享 受 す べ きだ 。 したが っ て、 私 立 学 校 や 私 営 医療 は廃 止 す べ きだ 。

(b)各 人 は 自分 が 望 む 責務 、 自分 の欲 す る契 約 、 自分 の 自 由 な選 択 を決 定 し履 行 す る権 利 が あ る。 それ ゆ え、 学 校 、 医療 そ の 他 の制 約 を撤 廃

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相対 主義 と絶 対主義 の相克(樋 口)17

し、 自由 で あ るべ きだ 。

確 か に、 以 上 の 三 つ の 論 争 は現 在 で も現 実 の 問題 に な って い る。 マ ッキ ン タイ ア は、 これ らの 論 証 に は 「概 念 上 の 共 約 不 可 能 性 」 とい う特 徴 が あ る と 言 う。 つ ま り、 それ ぞ れ の論 証 は、 それ ぞ れ の諸 前 提 か ら帰 結 す るの だ が 、

そ の 諸 前 提 を比 較 す る合 理 的 方 法 が な い。 それ ぞ れ が 異 な っ た規 範 的 ・評 価 的 な概 念 を用 い て い る。例 え ば、1の 議 論 は正 義 と生 存 、2の 議 論 は権 利 と 普 遍 化 可 能 性 、3の 議 論 は 自 由 と平 等 を前 提 に して い る。 そ れ ゆ え 、 私 た ち の社 会 に は これ らの主 張 の どれ に決 め るか 、 そ の確 立 され た 方 法 が な い と し

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て い る。

これ らは、 近 代 以 降 の 道 徳 理 論 の諸 問 題 に起 因 す るが 、 マ ッ キ ン タ イ ア は それ を 啓 蒙 主 義 の企 て の 失 敗 の所 産 で あ る とす る。 彼 に よ れ ば 、 近 代 に至

り、 聖 な る階 層 秩 序 と目 的論 か ら解 放 され た 個 人 が 、 道 徳 の諸 規 則 に見 られ る古 い 目的 論 的 性 格 や 究 極 的 な神 の 法 と して の定 言 的性 格 を 奪 っ て し ま った と見 て い る。 それ ゆ え 、 新 た な 目的論 を考 案 す るか 、 規 則 に 対 す る新 しい定 言 的 な地 位 を発 見 す るか しな けれ ば 、 諸 規 則 へ の 訴 え は合 理 的 な もの に は な

り得 な い 。 啓 蒙 主 義 にお け る前 者 の企 て は功 利 主 義 が 、後 者 の企 て は カ ン ト に よ る道 徳 規 則 の 権 威 を実 践 理 性 の本 性 に基 礎 を置 く試 み に 現 れ て い る。 そ

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して 、 両 者 の 試 み は共 に失 敗 した と考 え て い る。

功 利 主 義 に つ い て は、 功 利 性 の概 念 と諸 権 利 の概 念 の 共 約 不 可 能 性 を挙 げ て説 明 す る。 つ ま り、 諸 権 利 の 概 念 は 〈自律 的 な 道 徳 行 為 者 〉 の 目的 に役 立 っ た め に生 み 出 され 、 功 利 性 の概 念 は別 の 目的 の た め に考 案 され た 。 共 に伝 統 的 な 道 徳 の 持 つ 諸 概 念 の 代 用 品 と して 作 り出 され た の で あ る。 した が っ

て 、 権 利 に訴 え る主 張 と功 利 性 に訴 え る主 張 が 対 抗 す る とき、 どち らの主 張 を優 先 す べ きか を決 定 す る合 理 的 な 方 法 は存 在 しな い 。 ま た 、 カ ン トに つ い て は、 道 徳 命 法 に従 い 、 そ れ を具 体 化 す る行 為 は、 科 学 の見 地 か らは説 明 と 理 解 が不 可 能 な もの で な けれ ば な らな い との結 論 を余 儀 な くされ た 。 そ れ ゆ

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え、 ニ ー チ ェ に よ って 、 カ ン ト的 定 言 命 法 ・普 遍 化 可 能 性 に道 徳 を基 礎 づ け る考 え を批 判 され 、18世 紀 の 〈合 理 的 で か つ合 理 的 に正 当化 さ れ た 自律 的 な

Es}

道 徳 主 体 〉 は、 虚 構 で あ り幻 想 で あ る と否 定 され る こ とに な っ た と言 う。

この よ う に、 啓 蒙 主 義 に よ る道 徳 の新 しい合 理 的 ・非 宗 教 的 な基 礎 を見 つ け る企 て は失 敗 に終 わ る。 そ こで 、 ニ ー チ ェ は、 内面 の 道 徳 感 情 や 良 心 を否 定 す るだ けで な く、 理 性 に取 っ て代 わ る もの と して 意 志 を強 調 す る こ とに な

る。 そ れ が ニ ー チ ェ の 永 劫 回 帰 の 世 界 で あ り、 権 力 へ の 意 志 な の で あ る。

ニ ー チ ェ は ヨー ロ ッパ に支 配 的 な 二 つ の価 値 観 を否 定 す る。 一 方 が ギ リシ ャ 的 理 性 主 義 で あ り、0方 が キ リス ト教 世 界 観 で あ る。 で は、 ニ ー チ ェ に見 る 価 値 の転 倒 とは どの よ うな もの か 、 こ こで は まず 、 キ リス ト教 世 界 観 へ の批 判 を通 して 、 ニ ー チ ェの 思 想 を見 て い く こ と にす る。

周 知 の 如 く、 ニ ー チ ェ は 、 キ リス ト教 道 徳 はル サ ンチ マ ン に よっ て形 成 さ れ て い る と批 判 す る。 マ ッ クス ・シ ェ ー ラ ー も 「ニ ー チ ェ は、 『キ リス ト教 の

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愛 の 理 念 』 を 『ル サ ン チ マ ン』 の 最 も洗 練 さ れ た 『精 華 』 だ と特 徴 づ け る」

と指 摘 して い る。 ニ ー チ ェ は次 の よ う に言 う。 「一 道 徳 に お け る奴 隷 一 揆 は、 ル サ ンチ マ ン(怨 恨)そ の もの が 創 造 的 とな り、 価 値 を 生 み だ す よ う に な った とき に は じ めて 起 こ る。 す な わ ち これ は、 真 の反 応 つ ま り行 為 に よ る 反 応 が 拒 まれ て い るた め に、 も っ ぱ ら想 像 上 の 復 讐 に よ って だ け そ の埋 め合

わせ をつ け る よ うな 者 ど もの ル サ ンチ マ ンで あ る。 す べ て の 貴 族 道 徳 は 自己 自身 に た い す る勝 ち誇 れ る肯 定 か ら生 まれ で るの に反 し、 奴 隷 道 徳 は初 めか ら して 〈外 の もの 〉・〈他 の もの 〉・〈自己 な らぬ もの 〉 に た い し否 と言 う。 つ ま り この肯 定 こそ が 、 そ れ の創 造 的 行 為 な の だ 。 価 値 を定 め る眼差 しの この 逆 転 一 自己 自身 に 立 ち戻 るの で な しに外 へ 向 か う この必 然 的 な 方 向 一 そが 、 ま さ にル サ ンチ マ ン特 有 の もの で あ る。 す な わ ち奴 隷 道 徳 は、 そ れ が 成 り立 っ た め に は、 い っ も まず 一 つ の対 立 的 な 外 界 を必 要 とす る。 生 理 学 的 に い え ば 、 そ れ は一 般 に働 きだ す た め の外 的 刺 激 を必 要 とす る、 一 そ れ の

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相 対主 義と絶対主 義の相 克(樋 口)19

活 動 は根 本 的 に反 動 で あ る。 貴 族 的 評 価 法 に あ っ て は 、 事 情 は そ の 逆 で あ る。 これ は 自発 的 に働 きだ し成 長 す る。 これ が 自 らの 対 立 物 を求 め る の は、

さ らに0層 の感 謝 の念 を もち 歓 声 を あ げ て 自己 自身 に然 り と言 わ ん が た め に

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ほ か な らな い 」 と。

これ に よれ ば、 ル サ ンチ マ ンの特 徴 は、 ① 反 作 用 で あ る、 ② 弱 者 に 固有 の 心 理 で あ る、 ③ 復 讐 の 感 情 で あ る とい う こ とに な る。 原 佑 は これ を 解 説 し て 、 弱者 は、 そ の発 動 に お い て 自発 的 た りえ な い無 力 の ゆ え に、 そ の反 作 用 を 陰 に こ も って 持 続 しつ づ け、 ます ま す それ を深 め て 、 み ず か らの 弱 さ に根 ざ す悪 をか え って 善 とな し、 強 者 の 強 さ に根 ざ す 善 をか え っ て 悪 とな し、 こ の よ う に して そ の 憎 悪 を満 た し、 そ の 復 讐 を果 た そ う とす る の で あ る と言

くエの

う。 ニ ー チ ェ は、 この よ うな 奴 隷 道 徳 と して の ル サ ンチ マ ン を、 ユ ダ ヤ 的本 能 や キ リス ト教 の 成 立 、 発 展 の 中 に見 る。 シ ェー ラー に言 わせ る と、 圧 迫 さ れ て い る と同 時 に復 讐 を渇 望 して い る一 民 族 の うち に蓄 積 され た ル サ ンチ マ

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ン が 、 こ の キ リ ス ト教 の 愛 と い う形 で 無 意 識 の う ち に 正 当 化 され る 、 と二....̲

チ ェ は 考 え た と い う こ と に な る 。 つ ま り、 ニ ー チ ェ は 、 キ リ ス ト教 道 徳 に よ っ て 、 以 前 は 悪 」 で あ っ た も の を 善 」 へ 、 「善 」 で あ っ た も の を 悪 」 へ と価 値 の 転 倒 が 行 わ れ た と主 張 す る の で あ る 。

で は 、 ニ ー チ ェ は キ リ ス ト教 の 徳 を どの よ う に 見 て い た の だ ろ うか 。 ニ ー チ ェ は 、 キ リ ス ト教 が 説 く徳 を 、 信 仰 ・希 望 ・愛 と見 る。 信 仰 に つ い て は 、 あ る事 物 が 真 で あ る か 否 か を 問 題 とす る の で は な く、 真 で あ る と して 信 仰 さ れ る こ とが 重 要 で あ る 。 そ こで は 、 真 理 へ の 道 が 閉 ざ さ れ て し ま う。 希 望 に つ い て は 、 満 た さ れ る こ と に よ っ て 用 済 み とな る こ との な い 希 望 、 す な わ ち 彼 岸 の 希 望 が 求 め ら れ て い る 。 愛 は 、 人 間 が 事 物 を あ り の ま ま に は 見 な い 状

態 で あ り、 「た だ ひ と りの人 間 に対 す る愛 は、 野 蛮 とい う もの だ 。 なぜ な ら そ れ は、 そ の ほか の す べ て の 人 間 を犠 牲 に して な され る もの だ か らだ。 神 に

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対 す る愛 とて も 同 断 で あ る 」 と見 て い る 。 そ して 、 ニ ー チ ェ は こ の よ うな キ

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リス ト教 の徳 を虚 言 で あ る と見 な す。 「私 は キ リス ト教 を、 これ まで に な い 宿 業 きわ ま りな い誘 惑 の 虚 言 で あ る と、 聖 な ら ざ る大 虚 言 で あ る とみ な す 。 私 は、 そ の他 どの よ うに変 装 し よ う と、 そ こか らそ の理 想 の新 芽 と若枝 を引 きず りだ す。 私 は キ リス ト教 に対 して どん な 中途 は ん ぱ な態 度 も と らな い 、 私 は それ と戦 う よ う強 制 す る」 と言 い(I4) 、 強 烈 に キ リス ト教 道 徳 を批 判 す るの で あ る。

この よ うに ニ ー チ ェ は、 キ リス ト教 は 「此 岸 」 で は な く 「彼 岸 」 に真 理 と 価 値 を置 く と考 え た。 そ して 、 この 此 岸 と彼 岸 の 対 立 が成 立 し、 彼 岸 が 真 の 世 界 で あ り、 此 岸 で あ る現 実 の 世 界 が 仮 象 の 世 界 と見 な され る。 更 に、 この 真 の 世 界 と して の彼 岸 は 「無 」 で あ り、 しか も この 無 」 が 神 と見 な され て い る とす る。 ニ ー チ ェ に あ っ て は、 キ リス ト教 とはニ ヒ リズ ム に ほ か な らな か っ た の で あ る。 ニ ー チ ェ に よれ ば、 ニ ヒ リズ ム とは、 「至 高 の 諸 価 値 が そ の価 値 を剥 奪 され る とい う こ と。 目標 が 欠 けて い る。 『何 の た め に?』 へ の 答

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え が 欠 け て い る」 こ とで あ る。 そ して 、 この ニ ヒ リズ ム に は、 「A、 精 神 の 上 昇 した権 力 の徴 候 と して の ニ ヒ リズ ム 、 す な わ ち 能 動 的 ニ ヒ リズ ム 。B、

精 神 の権 力 の衰 退 と後 退 と して の ニ ヒ リズ ム、 す な わ ち 受 動 的 ニ ヒ リズ ム 」 の二 義 が あ る。 更 に、 「ニ ヒ リズ ム は一 つ の正 常 な状 態 で あ る。 そ れ は強 さ の徴 候 で あ りう る。 精 神 の 力 は 、 これ まで の 目標(「 確 信 」、信 仰 箇 条)が の れ に適 合 しな くな っ た ほ ど に増 大 して い る こ とが あ り う る。 他 方 、 そ れ は、 い まや ふ た た び 目標 を、 何 故 に を、信 仰 を、 生 産 的 に お のれ に立 て るほ どに は十 分 で な い強 ざ の徴 候 で も あ り う る。 ニ ヒ リズ ム は破 壊 の暴 力 と して 相 対 的 な 力 の極 大 に達 す る、 す な わ ち、 能 動 的 ニ ヒ リズ ム と して。 この反 対 は、 も はや 攻 撃 す る こ との な い疲 労 の ニ ヒ リズ ム で あ ろ う。 そ の最 も有 名 な 形 式 は 仏 教 で あ る、 す な わ ち、 受 動 的 ニ ヒ リズ ム と して 、 弱 さ の 徴 候 と し

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て 」 と言 う。

つ ま り、 キ リス ト教 は 、 「無 」 の 世 界 の 彼 岸 に 神 と い う価 値 を 求 め て き た 。

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相 対主 義と絶対 主義 の相 克(樋 口)21

そ れ ゆ え、 神 は無 で あ り、 無 へ の 意 志 が 神 聖 だ とされ て きた 。 ニ ヒ リズ ム は

至 高 の諸 価 値 が そ の価 値 を 剥 奪 され る こ と」 と考 え るニ ー チ ェか ら見 れ ば 、 この此 岸 の世 界 を無 価 値 と見 る キ リス ト教 は 、確 か にニ ヒ リズ ム で あ っ た 。 しか し、 ニ ー チ ェ は、 神 の 起 源 はル サ ン チ マ ン心 理 に あ り、 反 作 用 、 弱者 、 復 讐 の 心 理 とい う弱 さ の徴 候 の 中 に あ る と見 る。 そ れ ゆ え、 キ リス ト教 の ニ ヒ リズ ム は、 弱 さの徴 候 と して の 受 動 的 ニ ヒ リズ ム で あ る とい う こ とに な る の で あ る。 原 佑 は ニ ー チ ェの ニ ヒ リズ ム に つ い て 次 の よ うに言 う。 「〈神 は死 ん だ!〉 と神 の死 を宣 告 し、 無 の た め に神 を犠 牲 に さ さ げ る とい う こ とは、

無 を神 と して 立 て るの で は な く、 無 を無 と して徹 底 す る こ とで あ る。 ニ ヒ リ ズ ム そ の もの の 世 界 観 的 転 換 とは、 この よ うな 神 と して の無 か ら無 と して の

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無 へ とい う こ とに ほ か な らな い 」 と。 そ こに 、 ニ ー チ ェの キ リス ト教 世 界 観 か らの 転 換 が あ り、 ニ ヒ リズ ム の極 限形 式 と して の 「永 遠 回帰 」が あ る。 ニ ー チ ェが 、 「意 味 や 目標 は な い が 、 しか し無 の うち へ の 終 局 を も もた ず に不 可 避 的 に回 帰 しつ つ あ る と ころ の、 あ るが ま まの 生 存 、 す な わ ち 『永 遠 回 帰 』。

これ が ニ ヒ リズ ム の極 限 形 式 で あ る、 す な わ ち 、 無(『 無 意 味 な もの 』)が 永

tla)

遠 に!」 と言 う通 りで あ る。

そ して 、 この 永 遠 回 帰 の ニ ヒ リズ ム に は、 「い か な る真 理 も な い とい う こ と、 事 物 の い か な る絶 対 的 性 質 も な く、 い か な る 『物 自体 』 もな い 」 と言 い 、

「これ らの諸 価 値 は、 価 値 設 定 者 の 側 に お け る力 の一 徴 候 、 生 の 目的 の た め の 一 単 純 化 にす ぎ な い とい う こ と、 ま さ し くこの こ との うち に事 物 の価 値 を

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置 き入 れ る」、 「価 値 とそ の 変 化 は 、価 値 定 立 者 の 権 力 の 増 大 に比 例 す る」 と 言 う。 ニ ー チ ェ は、 事 物 そ の もの 、 世 界 そ の もの は無 で あ る と考 え る故 に、

ニ ヒ リズ ム の極 限 形 式 と表 現 す るの で あ る。 しか し、 ニ ー チ ェが 否 定 した も の は、 目 的 ・統0・ 存 在 とい う三 っ の範 疇 で 説 か れ た価 値 で あ り、 生 き る こ との 価 値 を否 定 した の で は な か っ た 。 ニ ー チ ェ は、 無 の 中 に永 遠 を 見 出 し た 。 「万 物 は 行 き、 万 物 は帰 っ て 来 る。 存 在 の 輪 は、 永 遠 に 回 る。 万 物 は 死

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に、 万 物 は ふ た た び花 咲 く。 存 在 の 年 は 、永 遠 に巡 っ て駆 け る」 と。

で は、 この永 遠 に 回 帰 す る もの は 何 か 。 ニ ー チ ェ は言 う。 「生 あ る と ころ、

た だ そ こ に の み 意 志 も あ る。 た だ し、 生 へ の 意 志 で は な い 。 そ うで は な く わ た し は お 前 に こ う教 え る 一 そ れ は カ へ の 意 志 な の だ」、 「一 切 の もの が も う一 度 、 一切 の も のが 永 遠 に、 鎖 と愛 情 の糸 に結 ば れ た ま ま、 戻 っ て来 る こ とを欲 した の だ。 お お 、 世 界 を そ の よ うな も の と して 、 あ な た方 は愛 し た の だ 。 一 あ な た 方 、 永 遠 な る者 た ち よ、 永 遠 に、 不 断 に永 遠 を愛 す る こ

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とだ 。 … す べ て の 歓 び は 、 一 永 遠 を 欲 す るか らだ!」 と。 ニ ー チ ェ に お け る権 力 の 意 志 とは、 永 遠 に 回 帰 す るお の れ 自身 の 生 へ の 意 欲 で あ り、 永 遠 回 帰 へ の意 志 で あ っ た。 それ ゆ え に、 精 神 の 強 さ を象 徴 す る能 動 的 な ニ ヒ リズ ム を求 め た の で あ る。

この ニ ー チ ェの価 値 転 倒 の 哲 学 に 対 し、 マ ッ クス ・シ ェ ー ラー は そ の 誤 謬 を批 判 す る。 シ ェ ー ラー は、 「な る ほ どキ リス ト教 的 価 値 は、 ル サ ン チ マ ン 的価 値 で の再 解 釈 に きわ め て な じみ や す い も ので あ る し、 実 際 また そ の よ う に把 握 され る こ とが きわ め て 多 か っ た が 、 しか しキ リス ト教 倫 理 の核 心 は ル サ ンチ マ ン の地 盤 の上 に生 成 した もの で は な い、 とわ れ わ れ は信 じ る。 しか し他 面 わ れ わ れ は、 十 三 世 紀 以 降 加 速 度 的 に キ リス ト教 道 徳 を 解 消 し は じ め 、 つ い に は フ ラ ン ス革 命 に お い て そ の最 高 の実 現 を な し とげ た 市 民 道 徳 の 核 心 は、 その 根 底 をル サ ンチ マ ンに もっ て い る、 と信 じて い る。 さ ら に、 近 代 の社 会 運 動 の な か で は、 ル サ ン チ マ ン は、 そ の決 定 に強 力 に参 与 す る力 に

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な った し、通 用 して い る道 徳 を ます ます 作 り変 え て き た」 と言 う。

シ ェ ー ラー は、 ニ ー チ ェが 近 代 に お け る普 遍 的 人 間 愛 の理 念 を、 歴 史 的 に 蓄 積 され 伝 統 を通 じて 増 大 して きた ル サ ンチ マ ンのせ い に帰 し、 それ に よ っ て衰 退 して ゆ く生 の徴 候 と表 現 を承 認 す る。 しか し、 ニ ー チ ェ が この普 遍 的 人 間愛 の 理 念 を キ リス ト教 的 愛 の 理 念 に還 元 す る こ とを拒 む 。 シ ェー ラー が 言 う愛 とは、 精 神 の 非 感 性 的 作 用 で あ り、 単 な る感 情 の状 態 で あ る志 望 や 欲

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相対 主義と絶 対主義 の相克(樋 口)23

望 で はない。欲 求や欲望 は実現 され れ ばその志望 は消滅 す るが、愛 は尽 きて

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な くな る こ と はな く、 活 動 す る 中で 成 長 す る と言 う。 そ れ ゆ え に、 愛 そ の も の が そ れ 自身 で 価 値 あ る もの で あ り、 人 間 は、 人 格 が 愛 に充 ち る こ とに よっ て 、 よ り高 く確 実 で 豊 か な存 在 と生 に な る。 重 要 な の は 、 幸 福 の 大 き さで は

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な く、 人 々 の 間 に最 大 限 の愛 が 存 在 す る こ とで あ る と主 張 す る。 ニ ー チ ェ が 言 う近 代 の 普 遍 的 人 間 愛 は、 確 か に ル サ ン チ マ ン に よ っ て生 じ た もの で あ る。 しか し、 キ リス ト教 的 な 愛 の 内実 は、 宗 教 的 な 聖 」 の価 値 す な わ ち愛 自身 の 中 に あ る。 ニ ー チ ェ は キ リス ト教 を宗 教 と と らえ るの で は な く、 宗 教 的 に正 当化 され た 道 徳 と解 釈 し、 生 物 学 的価 値 に還 元 しよ う とす る と こ ろ に

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誤 謬 が あ る と批 判 して い る。

他 方 、 シ ェー ラ ー は、 ニ ー チ ェ と同様 に近 代 道 徳 に見 られ る普 遍 的 人 間愛 の 理 念 を批 判 す る。 シ ェ ー ラー は、 キ リス ト教 的 愛 と普 遍 的人 間 愛 を比 較 し な が ら近 代 道 徳 の 欠 陥 や 矛 盾 を様 々 に論 じ るが 、 こ こで は一 点 の み指 摘 す る に止 め た い。 それ は、 価 値 の 主 観 化 に つ い て で あ る。 シ ェー ラ ー は、 「価 値 一・般 と くに倫 理 的価 値 は人 間 の 意 識 に お け る主 観 的 な現 象 に す ぎ ず 一 意 識 とは独 立 の 現 実 存 在 や 意 義 を もつ もの で は な い とい う主 張 は 、 す べ て の近 代 的 道 徳 理 論 の共 通 の前 提 で あ る。 価 値 はわ れ わ れ の 欲 望 と感 情 の影 にす ぎな い の で あ る。 『欲 求 され る もの が 善 で あ り、 忌避 され る もの が 悪 で あ る』わ け で あ る。 欲 求 し感 得 す る人 間 の意 識 が な けれ ば 、 この現 実 は没 価 値 的 な存 在

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や 事 象 だ とされ る」 と、 近 代 的 道 徳 理 論 の特 徴 を挙 げ る。 この 見 解 か ら、 倫 理 的評 価 の 問題 に お け るア ナ ー キ ー の 正 当 化 と客 観 的価 値 の代 用 物 た る普 遍 妥 当 的 な 類 意 識 」 とい う仮 定 が 生 み 出 され 、 価 値 の 客 観 性 の 欠 落 が 補 わ れ

る。 そ して 、 この 考 え方 の根 源 は ル サ ンチ マ ン に よ る もの だ と批 判 す る。

そ れ は、 ル サ ンチ マ ンが 自分 の 耐 え る こ との で きな い 理 念 を 自分 の 実 際 の 状 態 に まで 引 き下 げ る こ とに よっ て この理 念 に復 讐 す るか らで あ る。 また 、 罪 意 識 と虚 無 意 識 とに よ っ て価 値 界 の 美 しい構 造 は破 壊 され 、(お の れ の病

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的 状 態 を)幻 想 的 に治 癒 す るた め に理 念 が 自分 自 身 の 位 置 に 引 きお ろ され る。

それ ゆ え に、 す べ て の価 値 は、 単 に相 対 的(主 観 的)な の だ とされ た と言 う。

そ の 意 味 で 、 シ ェ ー ラー は、 近 代 の 実 証 主 義 者 で あ る コ ン トや ミル や ス ペ ン サ ー な どの 相 対 主 義 者 が 示 した こ とは、 人 間 的洞 察 の 立場 や 文 明 的 ・文 化 的 な 生 の諸 現 実 の 立 場 に応 じて 、 種 々 の 行 動 様 式 が 、 「人 間 の 幸 福 」や 「生 の極 大 化 」 とい っ た相 対 主 義 哲 学 者 自身 が 最 終 的 な意 味 で 「よい」 とみ る もの に

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役 立 っ と見 な され て きた だ けで あ る と主 張 す る。

これ に 対 し、 シ ェ ー ラー は、 実 質 的 な本 質 価 値 と して 道 徳 的 ・実 践 的 な側 面 か ら、 中 間 的価 値 領 域 に属 す る二 つ の もの を取 り上 げ る。 有 用 性 の価 値 と 生 命 的価 値 で あ る。 生 命 的 価 値 は有 用 性 の価 値 に優 先 され 、 両 者 の本 質 そ の

もの に属 す る。 そ れ は、 前 者 の 系 列 の諸 価 値 は、 後 者 の 系 列 の諸 価 値 に よっ て基 礎 付 け られ るか らで あ る。 あ らゆ る有 用 性 価 値 は生 き もの に 「とっ て の 」 価 値 で あ る。 感 覚 的 快 の価 値 を もつ よ い もの の実 現 に対 して 、 支 配 可 能 な原 因 とな る とい う関係 を もつ もの が 、 「有 用 」な ので あ る。 また 、 快 適 で あ る と

と も に不 快 な 事 物 その もの の価 値 は、 それ ら事 物 が 同 時 に 生 命 価 値 を高 め る の に役 立 つ か 否 か とい う こ とを基 準 とす る。 同時 に生 命 を 阻 害 す る よ うな快

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適 な もの は、 生 命 的反 価 値 と して悪 い もの で あ る と言 う。

つ ま り、 シ ェ ー ラー は 、 単 に有 用 な も のや 快 適 に価 値 を 置 くの で は な く、

生 の増 進 に役 立 っ か 生 の衰 退 を招 来 す るか に価 値 基 準 を置 くの で あ る。 この よ う に見 る と、 シ ェー ラー は生 命 価 値 に重 点 を置 い て い る よ うだ が 、 実 は価 値 様 態 の位 階 を快 適 価 値 ・生命 価 値 ・精 神 価 値 ・聖 価 値 と して 、 聖 価 値 を最 高 位 の 価 値 と位 置 づ け る。 シ ェ ー ラ ー は、 「聖 の 諸 価 値 を根 源 的 に把 捉 せ し

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め る作 用 は或 る特 定 の た ぐい の愛 の 作 用 」 で あ り、 「『聖 』 の諸 価 値 の領 域 に お け る 自体 価 値 は本 質 法 則 的 に 『人 格 価 値 』 で あ る」 と言 う。 つ ま り、 キ リ ス ト教 的 な愛 の 内実 は この聖 価 値 に基 づ き、 それ ゆ え に愛 に 充 ち た 人 格 が 人 格 価 値 で あ る と捉 え るの で あ る。

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相対 主義 と絶 対主義 の相克(樋 口)25

以 上 見 た よ う に、 ニ ー チ ェ は、 ヨー ロ ッパ に支 配 的 で あ っ た キ リス ト教 道 徳 と近 代 啓 蒙 主 義 に見 られ る合 理 主 義 を批 判 し、 これ まで の 価 値 が 喪 失 した こ とを宣 言 す る。 そ して 、 極 限形 式 の ニ ヒ リズ ム で あ る 「永 遠 回 帰 」 に あ っ て価 値 の転 換 を企 て 、 「権 力 の 意 志 」に見 られ る よ うに、 生 命 価 値 を最 高 の も の と見 な す 。 シ ェ ー ラー は、 ニ ー チ ェ と同様 に近 代 道 徳 はル サ ン チ マ ン心 理

に よ る もの と見 るが 、 キ リス ト教 的人 間 愛 は聖 価 値 の 中 に あ る と し、 生 命 価 値 よ りも高 位 に 置 く。 そ して、 近 代 啓 蒙 主 義 に見 られ る相 対 主 義 を批 判 し、

絶 対 主 義 的 価 値 を提 起 した 。 前 述 した よ うに 、 マ ッ キ ン タ イ ア は、 「道 徳 的 な一 致 を確 保 す る た め の 合 理 的 な方 法 」 は な く、 そ こ に は 「概 念 上 の 共 約 不 可 能 性 」 が あ る と言 うが 、 相 対 主 義 と絶 対 主 義 の相 克 の果 て にニ ー チ ェ の極 限形 式 と して の ニ ヒ リズ ムが 出 現 した 。 ニ ー チ ェ は、 価 値 の転 換 を企 図 し、

相 対 主 義 と絶 対 主 義 の相 克 を克 服 しよ う と試 み た 。 しか し、 ニ ー チ ェ に して も、 「権 力 の 意 志 」に基 づ く強 者 の価 値 を主 張 し、 主 観 性 の哲 学 の徹 底 化 で あ る と言 わ れ て い る。 また 、 ニ ー チ ェが キ リス ト教 を非 理 性 の信 仰 と言 うな ら ば、 ニ ー チ ェ の 「超 人 」 の思 想 も同様 に非 理 性 的信 仰 で あ る とも言 え るの で はな か ろ うか 。

中国近代 の 目覚 め

中国で は古代 か ら、哲学 の主流 は理性主 義 で あった。孔孟 か ら宋 明理学 に 至 る まで、特 に儒 学 は中 国哲 学 の 中 に あ って理 性 中心 の理 論 を展 開 して き た。 しか し、近 代 に入 り、大 きな社 会 変 動 の 中 で極 端 な理性 主 義 が批 判 さ れ、非 理性主 義、 中で も唯意志主 義が次 第 に台頭 し、19世 紀 中葉 の襲 自珍 を 先 駆 と して、 その後 ほ ぼ100年 間 にわた って 中 国社 会 に大 きな影響 を与 えて きた。 高瑞泉 は、襲 自珍 が唯意志 主義 の形 成期 とすれ ば、19世 紀末 か ら20世 紀初頭 の改 良派 と革命派 は伝 播 ・発展 期、五 四運動 の新 文化運 動期が 絶頂期 、

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五 四 以 降 は文 化 保 守 主 義 と結 合 した 転i換期 、30年 代 か ら40年 代 は衰 退 ・批 判

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期 で あ る と区分 して い る。 以 下 、 高 瑞 泉 の 説 に沿 っ て 、 唯 意 志 論 の 背 景 と形

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成 を概 観 した い 。

中 国 で は、 孔 子 の 「畏 天 命 、 畏 大 人 、 畏 聖 人 之 言 」 に始 ま り、 天 命 論 と権 威 主 義 が 儒 家 伝 統 と結 び つ き、 漢 代 の董 仲 舎予を経 て宋 学 に至 る まで 、 先 験 主 義 の 天 理 論 と復 性 説 を 中 心 とす る精 緻 な理 論 体 系 を形 成 させ た 。 こ の 哲 学 は、 中 国 文 化 の 発 展 に大 きな 貢 献 を した が 、 天 命 論 は そ の物 質 的基 盤 で あ る 宗 法 制 や 礼 教 を擁 護 し、 歴 史 と道 徳 の分 野 で は天 命 史 観 や 道 徳 宿 命 論 を展 開 す る こ とに な った 。 天 命 論 は、 特 に程 朱 理 学 に至 っ て 、 独 善 的 な 「天 人 合 一 」

と非 功 利 主 義 の 倫 理 理 性 を 中 心 に、 個 性 を抹 消 す る 「無 我 」 論 を主 張 す る こ とに な る。 つ ま り、 人 間 の本 性 は天 か ら賦 与 され た もの で あ るか ら、 あ らか じ め決 定 され て お り、 変 更 す る こ とは で き な い と し、 そ こか ら道 徳 宿 命 論 が 確 定 され る。

更 に言 え ば 、 必 然 の 理 と当 然 の則 は統 一・さ れ、 自然 の規 律 と社 会 規 範 が合 一 され る。 つ ま り、 社 会 規 範 に基 づ い て 人 間 を教 化 し、 人 性 を天 理 に復 帰 さ せ る こ とに よ って 、 天 人 合 一 の 境 涯 に到 達 す る こ とが で き る と した 。 自然 と 人 間 の調 和 とい う観 点 か ら言 え ば、 「天 人 合 一 」の 理 想 は 中 国哲 学 の優 越 した 点 で あ る。 しか し、 宋 明 理 学 で は、 社 会 規 範(人 道)と 必 然 の規 律(天 道)

を 「天 理 」 の 中 で 同一 視 す る故 に、 宗 法 制 や 礼 教 を神 聖 に して 犯 すべ か ら ざ る もの に して しま っ た 。 他 方 、 人 間 の 理 性 を極 め て 重 視 す る故 に、 道 徳 は教 育 を通 して 養 成 す る こ とが で き、 聖 人 も学 習 に よ って 達 成 で き る と した 。 そ の結 果 、 道徳 行 為 の 自覚 原 則 を重 視 す る。 しか し、 そ れ に よっ て 、 人 間 の感 性 を否 定 し、 人 間 の意 志 、 感 情 、 欲 望 を抑 え て、 理 性 に よ っ て 意 志 や 感 情 を 統 率 す る とい う反 功 利 主 義 、 禁 欲 主 義 へ 進 ん で しま っ た 。 っ ま り、 自覚 原 則

を強 調 し、 自願 原 則 を軽 視 し、 倫 理 理性 が 人 間 の感 性 の要 求 を抑 え る こ とに な った 。 それ ゆ え、 「公 」 を重 視 し、 「私 」 を軽 視 す る こ と とな り、 人 間 の 個

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相 対主 義と絶対 主義 の相克(樋 口)27

体 性 を抹 消 す る理 論 的 根 拠 に な って い った の で あ る。

中 国 は19世 紀 中葉 の ア ヘ ン戦 争 を境 に、 未 曾 有 の大 変 革 を迫 られ る こ とに な る。 数 千 年 に わ た っ て続 け られ て きた 封 建 制 に伴 う価 値 観 念 が 瓦 解 し、 社 会 的 ・民 族 的 危 機 に見 舞 われ る。 そ れ ま で の価 値 観 が 機 能 しな くな り、 「中国 は何 処 に行 くのか?」 とい う課 題 を め ぐっ て、 様 々 な社 会 思 潮 が 出 現 した 。 この よ うな 状 況 の 中 で 、 大 きな影 響 を持 っ た 中 国近 代 唯 意 志 論 が 誕 生 し、 政 治 的 に は反 封 建 、 思 想 的 に は反 天 命 とい う思 潮 が 形 成 さ れ て い く。 この 唯 意 志 論 の形 成 に 当 た って 、 西 洋 思 想 の移 入 と共 に影 響 を与 え た 思 想 的 淵 源 は、

中 国 に お い て そ れ まで 正 統 派 儒 学 か ら異 端 とされ て き た仏 教 、 陽 明 学(特 王 学 左 派 で あ る泰 州 学 派)、 そ して 明 清 時 代 の啓 蒙 思 想 家 の理 論 で あ った 。

聾 自珍 を始 め、 唯 意 志 主 義 的傾 向 の あ る思想 家 、 梁 啓 超 ・諌 嗣 同 ・章 太 炎 ・ 梁 漱 浜 ・熊 十 力 な どや 、 道 徳 主 体 の能 動 性 を強 調 し道 徳 宿 命 論 に反 対 した魏 源 ・康 有 為 な ど は、 共 に仏 教 哲 学 の 中 か ら その 思 想 的 滋 養 を 吸収 して い る。

そ れ は、 仏 教 思 想 に 「天 命 」で はな く、 「縁 起 」論 とい う内 在 的要 因 が備 わ っ て い るか らで あ る。 縁 起 論 は、 人 生 と宇 宙 現 象 は如 何 に生 起 す るか 、 万 物 の 本 源 や 本 体 と現 象 は どの よ うな 関 係 に あ る の か を 問 題 に す る仏 教 理 論 で あ る。例 え ぼ、 聾 自珍 が 信 奉 す る天 台宗 の 業 感 縁 起 説 」 で は、 宇 宙 万 物 は有 情 の 業 が感 応 して形 成 され る とす る。 これ を人 生 観 の角 度 か ら言 え ば 、 十 二 因縁 説 に な る。 つ ま り、 有 情 は、 十 二 因 縁 の順 序 に従 っ て 組 成 す る因果 の連 鎖 の 中 で輪 廻 し生 死 流 転 す る と説 く。 それ ゆ え、 人 間 の生 命 、 苦 しみ 、 運 命 は、 自 身 の 行 い に よ る原 因 の 結 果 を 自 身 が 受 け る と言 う。 ま た、 宇 宙 観 で は、 衆 生 の 行 為 や 行 為 を支 配 す る意 志 で あ る業 力 が 、 一 切 の有 情 ・衆 生 ・仏 お よ び そ の 世 界 の 原 因 ・根 源 で あ る とす る。 この よ うな 宗 教 理 論 は 、 宇 宙 ・ 歴 史 ・人 生 を 自身 の 行 為 の結 果 と見 な す 故 に、 儒 家 の天 命 論 と対 立 す るの で

あ る。 更 に、 仏 教 は意 志 活 動 に対 して 、 貧 欲 は消 滅 させ 、 意 志 、 願 望 、奮 闘 は そ の 目的 が い い もの で あれ ば肯 定 す る とい う二 面 性 を 有 す る。 そ れ ゆ え、

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現 世 の 生 活 を解 釈 す る場 合 は 自身 の 業 に よ る宿 命 論 に陥 るが 、 主 体 の道 徳 責 任 を強 調 す る故 に 自 由意 志 論 とな り、 唯 意 志 論 を形 成 させ る上 で重 要 な 契機 に な っ た 。 注 目す べ き は、 西 洋 近 代 の 唯 意 志 論 の 典 型 で あ る シ ョー ペ ンハ ウ ァや ニ ー チ ェ も、 仏 教 を研 究 し吸 収 して い る こ とで あ る。

仏 教 以 外 で 唯 意 志 論 の思 想 的淵 源 に な っ た 思 想 に 、 陽 明学 、 特 に王 学 左 派 の思 想 が 挙 げ られ る。 程 朱 理 学 は普 遍 の 理 」 を強 調 す るが 、 王学 は心 学 と 言 わ れ る よ うに個 体 性 の原 則 を承 認 し、 道 徳 能 動 性 を発 揮 させ る。 魏 源 か ら 康 有 為 ・ut嗣 同 ・梁 啓 超 ・章 太 炎 ・梁 漱 浜 ・熊 十 力 に至 る まで 、皆 、 王 学 復 興 と共 に、 王 学 を近 代 唯 意 志 論 の 重 要 な 理 論 的 資 源 に させ て い る。 王 学 で は、 意 志 に代 表 され る道 徳 行 為 の 自願 原 則 を 肯 定 し、 意 志 の 力 の地 位 を 高 め た 。 意 志 は理 知 を離 れ る こ とが で き な い と理 性 主 義 の 要 素 は堅 持 す るが 、 唯 意 志 論 へ の道 を 開 く契 機 に な っ た こ とは否 定 で きな い 。 更 に、 泰 州 学 派 に な る と、 人 間 の 意 志 は 自身 で 決 定 で き る とい う主 張 に 発 展 し、 心 学 を唯 意 志 論 に転i換させ る こ とに な る。 康 有 為 は 陽 明 学 の 中か ら道 徳 の 能 動 主 義 を 引 き 出 し、 梁 啓 超 は 自 由意 志 を も っ て 「奴 隷 根 性 を 除 く」 こ とを望 み 、 梁漱 漠 は泰 州 学 派 の 継 承 を 自 ら任 じ、 熊 十 力 の 新 唯 識 論 」 の理 論 的資 源 も王 学 で あ っ た 。

そ の他 、 近 代 の 唯 意 志 論 の淵 源 と して 、 明 末 清 初 期 の啓 蒙 思 想 が あ る。 明 清 の三 大 啓 蒙 思 想 家 と言 わ れ る王 夫 之 ・黄 宗 義 ・顧 炎 武 や 戴 震 な どは、 宋 明 理 学 の 天 命 史 観 や 道 徳 宿 命 論 を批 判 した が 、 近 代 の啓 蒙 思 想 家 に よっ て そ の 思 想 が 注 目 され る こ とに な る。 王 夫 之 は 「復 性 説 」 に反 対 し 「成 性 説 」 を唱 え、 主 体 の意 志 に道 徳 選 択 の 自由 が 賦 与 され て い る と主 張 す る。 黄 宗 義 は王 夫 之 と共 に、 徳 性 の養 成 に は知 ・情 ・意 が 統0さ れ て い な けれ ば な らな い と

して、 自覚 原 則 と自願 原 則 の統 一 を主 張 した 。 ま た 、 王 夫 之 は、 天 理 は人 欲 の 中 に あ り、 人 欲 を離 れ た 天 理 は な い と して 、 人 間 の 個 別 の 「私 」を肯 定 し、

人 間 の 自然 の欲 望 を肯 定 した。 戴 震 は 、 人 性 に は本 来 、 欲 ・情 ・知 の三 つ が

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相対 主義 と絶 対主義 の相克(樋 口)29

備 わ っ て お り、 徳 性 は人 性 の 円 満 な発 展 の 中 に あ る と主 張 した 。 この よ うな 明 清 の 啓 蒙 思 想 家 の 主 張 が 、 近 代 唯 意 志 論 の 思 潮 に な り、 近 代 哲 学 にお い て 個 人 原 則 、 感 性 原 則 、 利 益 原 則 及 び 感 情 と意 志 の 価 値 が 発i揚 され る こ とに な っ た 。

この 中 国 の 思 想 的 資 源 と共 に 、 近 代 唯 意 志 論 形 成 に刺 激 を与 えた の は、 言 う まで もな く、 アヘ ン戦 争 後 に紹 介 され た 西 洋 哲 学 、 中 で もシ ョー ペ ンハ ウ ア ・ハ ル トマ ン ・ニ ー チ ェ等 の ドイ ツ唯 意 志 論 の哲 学 で あ っ た 。 また 、 五 四 運 動 期 に は、 ベ ル グ ソ ンの 生 命 哲 学 も大 き な反 響 が あ っ た 。 ベ ル グ ソ ン の

創 造 的進 化 」で は 、 生 物 進 化 の原 動 力 は生 命 の 衝撃 、 意 志 の 創 造 で あ り、 宇 宙 の大 生 命 は本 来 、 進 化 の 過 程 で あ る と考 え る。 この 意 志 の 創 造 の思 想 が 中 国 人 に創 造 の精 神 を促 し、 ニ ー チ ェ と共 に 唯意 志 論 形 成 の 重 要 な 要 因 にな っ た 。

で は、 中 国近 代 の 唯 意 志 論 は 、 これ らの思 想 的 資 源 を どの よ うに 吸収 し、

天 命 史 観 と道 徳 宿 命 論 を批 判 して い っ た の で あ ろ うか 。 こ こで は 、 中 国 の 唯 意 志 論 の 先 駆 と言 わ れ るー 自珍 を 中心 に検 討 して い きた い 。 聾 自珍 は、 清 代 社 会 を衰 退 の世 と見 て い た 。 そ して 、 そ の社 会 を変 革 す る に は天 命 な どで は な く、歴 史 主 体 の 能 動 性 を発 揮 し、 制 度 ・風 俗 ・傾 向 な どを変 革 す る とい う 歴 史 変 易 観 が必 要 で あ る と した 。 そ こで 、 歴 史 を創 造 す る主 体 は 「自我 」 で あ る と提 起 す る こ とに な る。 襲 自珍 は 、 一 、 歴 史 は人 間 が創 造 した;二 、 創 造 す る主 体 は、 「聖 人 」 と相 対 す る 「衆 人 」 で あ る;三 、 衆 人 の 活 動 と存 在 を 決 定 す る もの は、 衆 人 の 「我 」 で あ る とす る。 こ こで 、 そ の後 の 哲 学 者 が 強 調 す る こ とにな る 自我 と創 造 とい う観 念 が 出現 す る。 自我 の 中心 は、 独 立 人 格 で あ り自 由意 志 で あ る。 実 践 活 動 と して の創 造 は、 意 志 に よっ て推 進 され る。 つ ま り、 襲 自珍 は、 人 間 の主 観 精 神 が 万 物 を創 造 す る力 で あ る と主 張 し た 。 更 に言 え ば、 人 間 の意 志 と情 感 を統0す る 「心 力 」 が 、 行 為 の原 動 力 と 持 続 力 を もた ら し、 一・切 を創 造 す る と考 え た。

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そ して 、 清 代 社 会 の 衰 退 は 人 問 精 神 の束 縛 に よ っ て もた ら され た の で あ り、 個 性 を解 放 し一 切 の個 性 の 自 由 な発 展 、 人 間 の権 利 の実 現 を通 して 、 社 会 の変 革 を 図 ろ う と した 。 襲 自珍 は、 この 「心 力 」 で あ る 自 由意 志 を推 奨 す る中 で 、 中 国近 代 の道 徳 自律 の尊 厳 を提 起 した 。 また 、 聾 自珍 は 、 これ らの 議 論 に基 づ い て 道 徳 自律 と個 人 の利 益 の 関 係 や 善 悪 の 問 題 につ い て も議 論 す る。 襲 自珍 に よれ ば 、 人 間 に は皆 私 」 が あ り、 どん な人 間 も 自我 の利 益 を 価 値 基 準 と して い る。 私 欲 は悪 なの で は な く、 自然 で正 当 な もの で あ る。 こ の 私 欲 を満 足 して こ そ、 本 当 の道 徳 自律 が 可 能 に な る と考 えた 。 更 に、 善 悪

は後 天 的 で あ り先 験 的 な も ので は な く、 道 徳 原 則 や 倫 理 制 度 は人 間 が 作 り出 した もの で あ る。 それ ゆ え、 人 間 が 道 徳 規 範 を遵 守 す る に 当 た っ て は、 外在 の 強 制 に よ るの で は な く、 意 志 の 自律 に よ るべ き で あ る。 しか し、 道 徳 の 自 律 は、0定 の 物 質 的要 求 の 満 足 を前 提 にす べ きで あ る と主 張 した 。 この よ う に、 襲 自珍 は道 徳 の 自律 、 意 志 自由 を主 張 し、 欲 望 の 満 足 と功 利 原 則 を主 張 した 。 これ は、 そ の後 の 唯 意 志 論 哲 学 者 の ほ ぼ共 通 した 考 えで もあ っ た の で あ る。

戊 戌 変 法 期 に な る と、 襲 自珍 の 「心 力 」 を継 承 しっ つ も更 に発 展 させ 、 歴 史 主 体 の 能 動 性 を強 調 し、 意 志 の歴 史 発 展 に お け る作 用 を重 視 す る こ とに な る。 そ れ は、 易 学 に基 づ い た 変 易 史 観 とい う循 環 論 で は な く、 西 洋 か ら移 入 され た 「進 化 論 」 に基 づ く新 た な発 展 で あ っ た 。 進 化 論 に よれ ば、 人 類 は 動 物 か ら進 化 して き た の で 、 永 遠 に動 物 界 か ら超 越 す る こ とはで きな い 。 この 理 論 は 、 現 代 人 の理 性 主 義 の 伝 統 に対 す る懐 疑 を深 め 、 意 志 ・本 能 ・欲 望 な どの 人 間 の 非 理 性 の 要 素 に 対 す る発 揚 を 呼 び 覚 ま した 。 ま た 中 国 の 思 想 家 は、 「生 存 競 争 」や 「自然 淘 汰 」の 弱 肉強 食 の 自然 規 律 か ら、 中 国 の 民 族 意 識 を高 揚 す べ き こ とを説 い た 。 進 化 論 は、 厳 復 の 『天 演 論 』(ハ ク ス リー の 『進 化 と倫 理 』 の 中 国 語 訳)に よ って 中 国 に紹 介 され た が 、 厳 復 自身 は 唯 意 志 論 を主 張 した わ けで は な く、 その 後 の 諌 嗣 同 や 梁 啓 超 等 に よ って 、 進 化 論 と唯

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相 対主義 と絶対主 義の相 克(樋 口)31

意 志 論 が 結 び つ い て い く。

梁 啓 超 は、 国 家 ・民族 の存 亡 は 国 民 の意 志 に よ る。 国 民 の 強 烈 な 自存 の欲 望 に よ り、 強 大 な 国 民 の 力 とな り、 国 家 は これ に よ っ て 強 大 に な る と言 う。

更 に、 仏 教 の 因 果 応 報 説 を取 り入 れ て 、 人 間 が 善 因 を不 断 に積 む こ とに よ っ て 中国 は不 断 に進 化 す る と し、 社 会 進 化 の 規 律 は、 人 間 自身 の 力 に よ っ て世 界 を創 造 す る こ とが で き る と主 張 した 。 梁 啓 超 は、 こ こか ら 「民 族 の 意 志 力 」

を強 調 し発 展 させ る。 梁 啓 超 に よれ ば、 歴 史 は天 命 に よ っ て 決 定 され る もの で は な く、 人 類 自身 の創 造 に よ る。 それ ゆ え、 それ ぞ れ の歴 史 的 事 件 は繰 り 返 され るの で は な く、 歴 史 上 の人 物 に は そ れ ぞ れ の 個 性 が あ り、 そ れ ぞれ の 人 間 に は異 な る意 志 ・願 望 ・目的 が あ る と言 う。 これ は、 意 志 を歴 史 発 展 の 究 極 の 動 因 とす る 唯 意 志 論 で あ る。 梁 啓 超 は、 襲 自珍 の 「自我 」 の 「心 力 」

に よっ て 歴 史 を創 造 す る とい う観 点 を発 展 させ 、 具 体 的 な歴 史 発 展 の 過 程 の 背後 に は常 に 民族 の意 志 力 、 社 会 意 志 、 公 共 意 志 が あ り、 そ れ に よっ て 社 会 活 動 が 行 わ れ る と説 く。 つ ま り、 人 類 の意 志 や 集 団 意 識 を離 れ て 、 社 会 や 歴 史 の 規 律 を探 求 す る こ とは で き な い と して 、個 人 の 意 志 と民 族 の 意 志 との 関 係 や 社 会 の 客 観 規 律 を探 求 した の で あ る。

歴 史 主 体 の 能 動性 を発 揚 す る 目的 は、 社 会 の改 造 だ けで な く、 国 民 道 徳 の 改 変 に も あ っ た 。 中 で も、 その 中心 は道 徳 主 体 にお け る選 択 の 自 由 の 問 題 で あ った 。i潭嗣 同 は、 三 綱 五 常 は否 定 す るが 、 五 倫 の 中 の朋 友 関係 は 自 由選 択 で き る故 に肯 定 す る。 つ ま り、 自由 意 志 が 普 遍 的 な 原 則 で あ る と考 え た 。 ま た 梁 啓 超 も、 自 由意 志 が 主 体 の 道 徳 責 任 の 必 然 で あ る と考 え た の で あ る。 ま た 、 戊 戌 期 の 思 想 家 の ほ とん どに反 禁 欲 主 義 の傾 向 が あ るが 、 謳 嗣 同 は人 間 の 感 性 の欲 望 や 存在 を合 法 的 で あ る と認 め 、 自然 主 義 を採 用 し人 間 の 欲 求 を 満 足 させ る こ とを主 張 す る。 梁 啓 超 は、 カ ン トの徳1生論 とペ ンサ ム の 幸 福 論 を結 合 させ 、 幸 福 は善 で あ り自 由意 志 と変 わ らな い とす る。 っ ま り、 意 志 自 由 や 意 志 自律 とい う道 徳 は、 幸 福 で あ る と考 え た の で あ る。

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この よ うに、 聾 自珍 を先 駆 と した 中 国 近 代 唯 意 志論 は、 天 命 史 観 と道 徳 宿 命 論 とい う絶 対 主 義 に よ る非 功 利 主 義 や 個 性 を抹 消 す る 「無 我 」 論 を否 定 す る。 そ して 、 「自我 」の確 立 と人 間 の 意 志 と情 感 を統 一 す る 「心 力 」を強 調 し、

社 会 改 造 を 目指 した 。 ま た 、 戊 戌 期 に な る と、 個 か ら集 団 の 意 志 力 を重 視 し、 民 族 の 意 志 力 に よ って 歴 史 を創 造 す る こ とが で き る と した 。0方 、 道 徳 宿 命 論 に よ る道 徳 行 為 の 自覚 原 則 を重 視 した 封 建 道 徳 を否 定 し、 「自我 」 と

心 力 ゴを 強 調 した た め に、 道 徳 の 自律 、 自由 意 志 、 自願 原 則 を重 視 す る こ と に な る。 そ れ に よ っ て、 人 間 の意 志 ・本 能 ・欲 望 な どの非 理 性 の 要 素 の解 放 を 主 張 す る こ とに な っ た 。 つ ま り、 人 間 に は、 天 理 に よ っ て あ らか じ め 定 まっ た 究 極 の 目的 が あ るわ け で は な く、 人 間 の 自由 意 志 に よっ て 法 が で き、

人 間 は 自身 の 行 為 を 自由 に選 択 す る こ とが で き る。 自身 が選 択 した 行 為 で あ るか ら、 自身 の行 為 に対 して 道 徳 責 任 が 生 じ る とい う こ とに な る。

しか し、 こ こで 問題 に な るの は、 人 間 の 自由 意 志 と客 観 規 律(あ るい は客 観 基 準)の 問題 で あ る。 客 観 規 律 は価 値 とは無 関 係 で あ り、価 値 は人 間 に対 して の み 言 わ れ る。 人 間 は客 観 規 律 を認 識 し、 自身 の 目的 に有 利 な客 観 規 律 を選 択 して運 用 す る もの で あ る。 そ れ ゆ え、 主 体 が客 観 規 律 を創 造 し改 変 す る こ とは で きず 、 自 由選 択 の 活 動 を通 して 自身 の 目的 を実 現 す るの で あ る。

唯 意 志 論 が 自 由意 志 とい う主 観 を強 調 し、 自願 原 則 を重 視 した こ とは承 認 で き る。 そ れ に よ っ て 、 リ ゴ リズ ム の 栓 楷 か ら解 放 さ れ るか らで あ る。 しか し、 この 主 観 主 義 的相 対 主 義 で は、 客 観 的 な価 値 基 準 を確 立 す る こ とは で き な くな っ て しま う。謂 嗣 同 は 自 由意 志 の 前 提 と して の 欲 望 の 満 足 を説 き、 梁 啓 超 は 自 由意 志 と幸 福 を 同一 視 す るが 、 こ こで もマ ッ キ ン タイ ア が 言 う 「 念 上 の共 約 不 可 能 性 」 が 存 在 し、 相 対 と絶 対 の 問 題 が 現 わ れ て くる。 そ うで あれ ぼ こそ、 中国 近 代 の 唯 意 志 論 も、 西 洋 と同 じ よ うに相 対 主 義 と絶 対 主 義 の相 克 を克 服 す る こ とが で き なか っ た と言 え よ う。

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相 対主 義と絶対主 義の相 克(樋 口)33

焉契 哲学 と牧 口価 値 論 の挑 戦

西洋近 代 と中国近代 か ら始 まった相対 主義 と絶対主 義 の相 克 の問題 を、マ ル クス主義 哲学史家 の凋契 と、大乗 仏教 に基づ く価 値理 論 を提 起 した牧 口価 値 論 は、 どの よ うに克服 しよ う とした ので あ ろ うか 。凋契 は、唯物 弁証法 を 用 い て中 国哲学 史 を著述 し、 「哲 学 は哲 学 史 の総 括 で あ り、 哲学 史 は哲学 の

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展 開 で あ る」 とい う考 え に基 づ い て 、 独 自の 哲 学 で あ る 「広 義 の認 識 論 」 を 展 開 し 「智 慧 学 説 」 を提 起 した 。 牧 口 は、 如 何 な る人 間 を 如 何 に育 成 す べ き か とい う教 育 学 説 か ら出発 し、 教 育 の 目的 論 か ら掘 り下 げ て 、 「利 善 美 」とい う独 自の 主 観 的 相 対 主 義 の価 値 論 を展 開 した 。 そ れ ゆ え、 漏 契 に は この 問題 関 心 は あ るが 、 牧 口 に は それ 程 見 られ な い。 しか し、牧 口価 値 論 に お け る利 的価 値 と道 徳 的価 値 の概 念 に は 、 従 来 の 主 観 的 相 対 主 義 に見 られ な い 問題 提 起 が あ る。 そ こで 、 凋 契 と牧 口の価 値 理 論 に見 られ る特 色 を検 討 し、 そ の 中 で この 問 題 の 解 決 へ 向 け て の彼 らの 方 向 性 を探 っ て い きた い と思 う。

(1)漏 契 哲 学

{,,,契哲 学 の 中心 は、 「広 義 の 認 識 論 」に あ る と言 わ れ る。{,,,.契は、 認 識 論 と 知 識 論 を 区別 し、 認 識 論 研 究 に は理 知 に よ る理 解 だ けで な く、 情 感 の満 足 を 得 る こ とも必 要 で あ る とす る。 つ ま り、 知 識 も智 慧 の 問題 も認 識 論 に属 す る と考 え る。 それ ゆ え、 「広 義 の 認 識 論 」と称 して い る。 爲 契 は、 認 識 論 の 主 要 な 問題 を以 下 の よ うに集 約 す る。

感 覚 は客 観 実 在 を与 え得 るか

理 論 的 思 惟 は普 遍 的 で 有 効 な原 理 的 知 識 を 把 握 で き るか

論 理 的 思 惟 は具 体 真 理(世 界 の統 一・原 理 と発 展 原 理 な ど)を 把 握 で き るか

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理想 人格 あ るい は 自由人格 を如 何 に養成 す るか

参照

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