第81巻 第2号 2008年9月 69‑75 研究ノート
経済における情報構造の 2つの表現形式 と共有知識
星 野 良 明
1. はじめに
本稿の目的は,経済における情報構造の表現形式を, Aumann(1976)による共有知 識との関係で考察することである.
経済における非対称情報の表現形式には2通りの方法がある.ひとつは確率論的な
「状態空間アプローチ」であり,この枠組みにおいてAumann(1976)は事象の共有知識 条件を定式化した.もうひとつはゲーム理論における「タイプ空間アプローチ」であ り,不完備情報ゲームの定式化に際してHarsanyi(l967/68)が導入したものである.こ の2つの表現形式は同値であると指摘されることがある(1)が,その意味内容について著 者の知る限り最近まで明確な議論が与えられることはなかった. しかし最近, Ichiishi and Yamazaki(2006), 市石・山崎(2008)により, 2つの表現形式の関係について定式 化と明確な議論が与えられた.
一方,共有知識の概念は非対称情報経済の分析において,共有知識と関わる条件や 結果が多数存在(2)し,非常に基本的である.そこで本稿では具体例を使って, Ichiishi and Yamazaki(2006)の定式化に従って状態空間アプローチによる表現形式から対応す
るタイプ空間アプローチによる表現を定義するとき,事象の共有知識性が保持される かを確認する.すなわち,事象が状態空間アプローチによる表現において共有知識条 件を満たすならば,対応するタイプ空間アプローチによる表現形式においても共有知
(1)例えば, Jackson(l991).
(2)例えば, Wilson(l978), Milgrom and Stokey(l982), Allen, Morris and Postlewaite(l993).
識条件を満たすだろうか.本稿では具体例により共有知識条件を保持するためのひと つの方法はタイプ空間を必ずしも直積とはならない部分集合として定義することであ ることを示す.Ichiishi and Yamazaki(2006), 市石・山崎(2008)でも,対応するタイプ 空間を直積の部分集合として定義するべきであることは指摘されているが,共有知識 との関連は触れられていない.そこで,本稿ではこの点を具体例によって示し,彼ら の議論を補足したい.
本稿の構成は次の通りである.まず2節で経済における情報構造の2つの表現形式 を説明し,事象が共有知識であることの定義を行う.次に3節が本論であり,簡単な具 体例を示す.最後に4節で今後の課題とタイプ空間における共有知識の定義について 注意を述べる.
2. モデル
まず,経済における情報構造について, 2つの表現形式を定義しよう(3).状態空間ア プローチによる表現(4)においては,経済の情報構造は
• n: 状態空間(5)'
• N := {1, 2, ・ ・ ・, n} : 個人の添字集合,
• Ij: 各人jE Nの私的情報の集まりを表すQ上の情報分割,
● Jr: n上の確率予想を表す確率測度
で定式化される.状態w E Qに対してそれを含む情報分割の元はI1(w)で表す.こ こで,議論の簡単化のために,各w E Qについて1r(w)> 0を仮定する.
一方,タイプ空間アプローチによる表現(6)においては,経済の情報構造は
• N := {1, 2, ・ ・ ・, n} : 個人の添字集合,
• Tj: 個人jE Nの私的情報の集まりであるタイプ空間(7)'
• T := IIjENT1 : タイプ・プロフィールの空間,
(3)解釈・一般化等については,山崎(1995), Ichiishi and Yamazaki(2006), 市石・山崎(2008)を参 考にせよ.
(4)以下では「状態空間表現」とも呼ぶ.
(5)有限集合であることを仮定する.
(6)以下では「タイプ空間表現」とも呼ぶ.
(7)有限集合であることを仮定する.
• P: T上の確率予想を表す確率測度
で定式化される.個人 jのタイプを炉で表す.個人 j以外の個人全員のタイプ・プロ フィールを
戸:= (tl'...'tj‑1'tHl'...'び), その空間を
T→ : = rrj'EN¥{j}Tl
と表す.そして,記号(t→,tりにより,個人jのタイプがtJ,j以外の個人のタイプが t→ であるTにおけるタイプ・プロフィールを表す.
次に, 2つの表現形式それぞれにおいて,事象が共有知識であることを次のように定 義する.状態空間表現において, 9上の2つの情報分割エとI'について,任意のIEI についてあるI'EI'が存在してICI'を満たすとき, ZはI'よりも細かい(または I'はエよりも粗い)と呼ぶ.このとき,個人の情報分割Iiのいずれよりも粗い分割の 中で最も細かい分割をj¥jENJiで表す.このとき, Aumann(1976)の結果に従い,事象 Ecnは
八I心)C E
JEN
を満たすとき, wE S1において共有知識であると定義する.
他方,タイプ空間表現においてはHolmstromand Myerson(1983)に従い,事象R c T は,各jEN, 各rER, 各tE T¥Rについて
p(t―i I戸)=0
を満たすとき,共有知識であると定義する(8). ここで, p(t‑1Iり)は条件付確率 p(t―t I戸)= p(t―i, 戸)
I :
p(s―i, )がs‑1ET‑1
である.
(s) Holmstrom and Myerson(1983)ではRが直積集合IIjEN凡であることを条件として課している.
3. 具体例
状態空間表現による情報構造において共有知識となる事象が,そのタイプ空間表現 においても共有知識となるには,タイプ・プロフィール空間を個人の情報分割の直積と して定義するのではなく,直積の部分集合に制限して定義する必要がある.以下,こ の点を簡単な具体例で説明する.
状態空間表現の情報構造として以下のものを考えよう.個人の集合をN= {1,2}と する.状態空間と各個人の情報分割を
0 = {a, b, c, d},'I1 = { {a, b}, {c}, {d}},'I2 = { {a}, {b, c}, {d}} とする.
Ichiishi and Yamazaki(2006), 市石・山崎(2008)に従い,この状態空間形式の情報 構造を表現するタイプ空間を次のように定義しよう.各個人j= 1,2のタイプ空間 Tj := {吋ぢ,t§}を
ti= {a, b}, t『={a},
ti= {c},
灼={b,c},
と定める.そして,タイプ・プロフィールの空間Tを T := T1 X T2
t½= {d},
社={d}
と定める.このとき,各状態wEOについて, {w}=か(w)nI2(w)であるから,対応 するタイプ空間の元t= (t1, tりが一意的に定まる.具体的には,
• aに対応するタイプ・プロフィールは{a}= { a, b} n {a}より (tLtD,
• bに対応するタイプ・プロフィールは{b}={a,b}n{b,c}より (tLt各),
• Cに対応するタイプ・プロフィールは{c}= {c} n {b,c} より (t~,t§),
• dに対応するタイプ・プロフィールは{d} = { d} n { d}より (t§,tD である. このタイプ・プロフィールの空間Tを次のように表形式で表そう.
爪
11 ti I t~I t§Iさらに,所与の9上の確率測度Tに対して, T上の確率測度pを次のように定義す る.各t= (11, 12) ETに対して
p(t) = p(I1, I:り= 1r(I1 n I.り
以上が所与の状態空間形式の情報構造を表現するタイプ空間の定義である.
さて,所与の状態空間表現の情報構造において個人間で共有知識となりうる事象の 集合は,分割
ェ1八石={{a, b, c}, {d}} である(9). このとき
• {a,b,c}に対応するタイプ・プロフィールの集合は{(tL tr), (tぶ t~),(tt t合)}
• {d}に対応するタイプ・プロフィールの集合は{(t1, t釦)}
である.これらタイプ・プロフィールの集合はタイプ空間における共有知識の条件を 満たすだろうか.実は必ずしも満たされない.R = {(tぶtr),(tぶ t~)'(tふ磋)}としよう.
T¥R={(t詞),(tttD, (tt tD, (t1, tr), (tふ砂), (ti,t~)} である. このとき,個人i= 2, r = (t詞)ER, t = (tぶtDET¥ Rについて
p(ti I t『)= p(t詞)
p(tぶtf)+ p(tふtf)+ p(t!, tf) 1r({a,b} n {a})
1r({ a, b} n {a}) + 1r({ c} n {a}) + 1r({ d} n {a}) 1r(a)
1r(a)
=1
となり, {(tぶtD,(tL t~), (tふ店)}はタイプ空間において共有知識の条件を満たさない.
よって,所与の状態空間形式による情報構造において共有知識となる事象は,そのタ イプ空間表現においては共有知識とならないことがある.
この具体例において,状態空間表現における共有知識性がタイプ空間表現において も保持されるためのひとつの方法は,タイプ・プロフィールの空間を個人の情報構造
(9)全体集合0も共有知識となる.
の直積とするのではなく,それを次のように制限して定義することである.すなわち,
T* := {(11, IりE71 x 72 I I1 n hヂ0}= {(tぶt『),(tt,t多),(ttt各),(tぶ唸)}cT として, T*を所与の状態空間形式の情報構造を表現するタイプ・プロフィールの空間 とすることである.こう定めれば, {(tぶtr),(tぶ t~),(t~, t~)} CT*について, T*¥R=
{(tふ碕)}となって,タイプ空間において共有知識条件が満たされる.
4. おわりに
本稿では,事象の共有知識性の保持という観点から情報構造の 2つの表現形式の関 係を議論するとき,タイプ・プロフィールの空間をどのように定義するべきかについ て,具体例を使って説明した.そのひとつの方法は,タイプ・プロフィールの空間を個 人の情報構造の直積とするのではなく,対応する状態の存在するタイプ・プロフィー ルのみをタイプ・プロフィールの空間とすることである.本稿の議論を具体例ではな
く2節のモデルで一般的に確認することは,今後の課題としたい.
事象の共有知識性の保持のためには,共有知識の定義自体を変更することも考えられ る.タイプ空間表現の情報構造における共有知識の定義について, Myerson(l991)は, Holmstrom and Myerson(1983)のものを次のように変更した定義を採用している.事 象R c Tが共有知識であるとは,各jEN, 各riE R八 各t‑jE T→ について
(t→,戸)¢:R ===} p(t―j I戸)=0
を満たすことである.ここでRjは Rのタイプ・プロフィールから個人jのタイプを集 めたものである:
和:={戸ET1 Ir ER}看9
この定義のもとでは, Tにおいて事象{(tぶtD,(tL t§), (tt t各)}は共有知識となる.よっ て,所与の状態空間形式の情報構造を表現するタイプ・プロフィールの空間としてT を採用しても共有知識性は保持される.
参 考 文 献
[ 1 ] Allen, F , ..S. Morris and A. Postlewaite (1993), "Finite bubbles with short sale constraints and asymmetric information," Journal of Economic Theo郊 61,206‑229 [ 2 ] Aumann, R. J. (1976), "Agreeing to disagree," Annals of Statistics, 4, 1236‑1239 [ 3 ] Harsanyi, J.C. (1967 /1968), "Games with incomplete information played by'Bayesian'
players," Management Science, 14, 159‑182(Part I), 320‑334(Part II), 481‑502(Part III).
[ 4 ] Holmstrom, B. and R. B.. Myerson (1983), "Efficient and durable decision rules with incomplete information," Econometrica, 51, 1799‑1819.
[ 5 ] Ichiishi, T., and A. Yamazaki (2006), Cooperative extension of the Bayesian game, New York: World Scientific Publishing Co.
[ 6 l 市石達郎・山崎昭 (2008)「経済における不完備情報のベイジアン表現についてー状態 空間アプローチとタイプ空間アプローチー」 DiscussionPaper Series, No.9, 明星大学大 学院経済学研究科.
[ 7 ] Jackson, M. (1991), "Bayesian implementation," Econometrica, 59, 461‑477. [ 8 ] Milgrom, P. and N. Stokey (1982), "Information, trade and common knowledge,"
Journal of Economic Theory, 26, 17‑27.
[ 9 ] Myerson, R. B. (1991), Game theo内:Analysis of conflict. Cambridge:Harvard University Press.
[ 10 ] Wilson, R. (1978), "Information, efficiency, and the core of an economy," Economet‑
rica, 46, 807‑816.
[ 11 l 山崎昭 (1995)「情報社会と市場の経済モデル」『経済学研究』一橋大学研究年報, 36, 103‑155.