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不在地主 磯野小作争議 下

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(1)

不在地主 磯野小作争議 下

は じめ に

1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 ⊥

北 海 道 の 農 民 運 動 と不 在 地 主 富 良 野 農 民 の 状 態

磯野 小 作 争 議

小 樽 へ(以 上,『 商 学 討 究 』48巻4号) 小 樽 で(以 下 本 号)

婦 人 た ち が 来 る 多 喜 二

小 樽 で の 闘 い 結 末

そ の 後 の農 場

本 稿 は,「 不 在 地 主 上 」(『商 学 討 究 』48巻4号1998年3月)の 続 きで あ り, ま た 小 林 多 喜 二伝(19)で もあ る 。

承 前 の 代 わ りに,つ な ぎ と して 次 の 項 を置 こ う。

「情 報 」 第1号(昭 和2年3月16日)は ,書 く。

〔19〕

(2)

小 作 人 が 小 樽 へ や っ て き た の は,「 小 作 人 九 名 に 対 す る 非 道 な る差 押 え と幹 部 三 名 に 対 す る立 退 命 令 に よる 弾 圧 に 戦 は ん と」 し た もρ だ っ た 。

小 樽 に着 い て 直 ち に,聯 合 会 本 部,フ ラ ノ 支 部,小 樽 合 同 労 働 組 合 と に よっ て 「労 農 争 議 共 同委 員 会 」 を設 置 した。 「こ こ に労 農 の 固 き握 手 の 提 携 の 下 に 此 の 争 議 に あ た る こ と に な っ た 。 農 民 を過 去 の 封 建 的 生 活 よ り光 あ る社 会 の解 放 を得 る も の は 都 市 労 働 階 級 の 力 だ 。」 「農 民 が 都 市 に 出 陣 し て 地 主 に 対 して 抗 争 して い る 小 作 争 議 は 日本 全 国 に於 て フ ラ ノ支 部 争 議 を以 つ て 最 初 とす る。

農 民 運 動 の 方 向 転 換 期 に あ る時,此 の 争 議 こそ 正 し く最 初 の 模 範 的戦 術 が あ み 出 され ね ば な らぬ 。」1)

三 日夜 十 一 時 小 作 人 一 九 人 出樽 と共 に 小 樽 合 同労 働[組 合]の 約 百 余 の 組 合 員 の 出迎 へ を う け,磯 野 の店 先 に 押 しか け る。

労 農 党 小 樽 支 部 の3月8日 ビ ラ で は,こ う あ る 。 三 月五 日,日 本 農 民 組 合 富 良 野 支 部 阿 部 亀 之 助 が 争 議 団本 部 で 争 議 対 策 協 議 中,何 等 其 の 事 実 が な い に も拘 らず 氏 名 詐 称 の か ど で検 束 され た。 同 日 争 議 団 代 表 が 農 場 主 磯 野 方 で 交 渉 中 交 渉 付 添 い で 小 樽 合 同 労 組 争 議 部 長 の 竹(武 一 筆 者)内 が 相 手 方 と立 会 い 官 憲 に 対 し何 等 不 当 に わ た る行 為 が な い の に 検 束 さ れ,あ まつ さ え戸 外 で 殴 打 され た2)。 竹[武 コ 内 に 対 し 小 樽 警 察 署 次 席 警 部 田 中 は 「警 察 は 君 ら の いふ 通 り資 本 家 の 走 狗(味 方 な い し奴 隷 の 意 な らん か)だ,そ の つ も りで 居 れ 」 と放 言 した。3)

六 日の 「労 働 組 合 法 案 」4)反対 の 総 ス トラ イ キ(約 三 百 余 動 員)に 泡 を食 っ た 小 樽 官 憲 は,毎 日 磯 野 の 店 頭 に 番 兵 の 役 目 を つ とめ ・ ・た 。 毎 日磯 野 の 店 先 に 交 渉 に 出 掛 け る ば か りで も 小 樽 市 民 に 「磯 野 の小 作 人 」 の 顔 を 知 らぬ も の 無 きに到 っ た。5)

1)『 資 料 集 』62ペ ー ジ 。 2)『 資 料 集 』39ペ ー ジ 。 3)『 資 料 集 』40ペ ー ジ 。

4)若 槻 首 相 が 上 程 し よ う と し た が,で き な か っ た 。

5)『 資 料 集 』63ペ ー ジ 。

(3)

不在 地主 磯 野小作 争議

2ヱ

6小

3月7日 労 農 争 議 共 同 委 員 会 と磯野 農 場 小 作 争 議 団 が 出 した ビ ラ 「再 び 市 民 諸 君 に訴 ふ 」 は,よ く実 状 を述 べ て い る し,分 か りや す い の で,抜 粋 しよ

うQ

私 達 は … … 米 作 る農 民 が 米 を 食 わ ず に イ モ や カ ボ チ ヤ を食 わ ば け れ ば な らな い 情 態 を御 告 げ 申 して 今 回私 達 が ハ ルバ ル 富 良 野 か ら小 樽 の 磯 野 進 に遇 ひ に 来 た ・ ・我 々食 へ な い 農 民 が 食 ふ 為 に 闘ふ 争 議 に官 憲 が加 へ る圧 迫 の 実 状 を御 訴 へ し」 ます 。

私 達 は 磯 野 進(現 小 樽 商 業 会 議 所 会 頭,北 海 道 精 米 株 式 会 社 社 長,明 二 十 四年 度 卒 業 の 中 央 大 学 法 科 出 の 人)北 海 道 の 大 地 主 富 良 野 に 二 百 町 歩 の 地 を持 つ て る 人 の 小 作 人 で す 今 年 は ・ ・大 正 二 年 以 来 な い 大 凶作 で 良 く獲 れ た所 で 平 等 の 〔マ マ 〕(平 均 の とい う意 味 で あ ろ う 引用 者)四 歩 五 歩 で す 然 る に私 共 の 土 地 は泥 炭 地 で 北 海 道 で も土 質 の 悪 い所 で す か ら 去 年 の 様 な種 々 な 障 害 が あ る と 良 く獲 れ て二 歩 内至 三 歩 で す ・ ・春 の 種 蒔 迄 食 へ る か 食 へ な い か 判 りませ ん 此 の 内 か ら肥 料 を買 っ た り農 具 を 買 っ た りす る こ とは 出 来 ませ ん 況 や 年 貢 米 は 到 底 納 め る事 が 出 来 な い か ら 何 とか まけ て い た ・"き度 い と云 ふ 所 に 今 度 の争 議 が起 つ た の で す 市 民 諸 君 私 達 の主 張 が 無 理 でせ う か?」

昔 は 荒 地 で 手 の 付 け 様 が な か つ た の で す ・ ・私 達 が 最 初 は 畑 と して 耕 して や つ と家 内 中 汗 水 た ら して 今 日の様 に どふ にか こ ふ に か 米 の獲 れ る様 に した の で す 磯 野 で は 米 が 獲 れ る様 に なつ て も畑 年 貢 で 良 い と云 ふ て 契 約 して 置 き乍 ら 今 で は北 海 道 で一 番 高 い 年 貢 米 を獲 つ て お つ た の です 其 の外 に米 の 獲 れ な い カ ンガ イ溝 か ら獲 れ る もの と して 年 貢 米 を獲 り 肥 料 の不 良 品 を 売 つ け て 私 達 を ゴ マ カ シ 未 だ \/数 え上 げ れ ば 数 知 れ な い 程 ゴマ カ シ て居 る の で

私 達 も 我 慢 が し切 れ ませ ん の で 日本 農 民 組 合 に入 っ て 小 作 料 を ま け て 下 さい と嘆 願 した とこ ろ が 今 迄 や つ と汗 水 流 して耕 した 土 地 を 返 せ と云 ふ 返 還 請 求 の 訴 訟 を」 起 こ し,「 米 も味 噌 も農 具 も皆 差 押 へ られ て 寝 る に も食 ふ に

(4)

も ど う と も仕 様 が な い 様 に して しま っ た 」

「こ ん な し ど い事 をす る 人 々 を 取 締 る 法 律 も な く 返 っ て 無 産 階 級 をい ぢ め る法 律 ば か りが ・ ・あ る

私 達 は小 樽 へ 出 て 来 て 磯 野 に遇 ひ ま した が 官 憲 が 交 渉 す る 農 民 迄 店 か ら追 い 出 そ う と した り 又 は 店 の もの が何 だ か ん だ と云 ふ て 私 達 を追 い 返 そ う と して居 る

私 達 は ・ ・ 「小 作 料 の 減 免 と差 押 へ の解 除 を して貰 ふ 迄 死 ん で も この 暴 虐 に 闘 ふ つ も りで す 殊 に今 日 の 如 き は 私 達 の 先 頭 に起 つ て 応 援 し… … 私 達 の 代 表 と して 選 ん だ 人 を 無 理 や りに警 察へ 引 張 っ て 行 つ て仕 まつ た の で す

市 民 諸 君 地 主 資 本 家 と警 察 何 か変 な 所 が な い で せ うか 食 へ な い為 め に食 ふ とす る 人 に 味 方 しな い で ソ ロバ ン玉 で 食 ふ に 困 らな い 人 に 味 方 す る の が 今 の警 察 の 役 目だ と ハ ッキ リ判 る で は ない でせ うか?」6)

市 民 の この 争 議 に た い す る 関心 と同 情 もや が て 高 ま っ て きた の で,共 同 闘争 委 員 会 は,い くた び とな く演 説 会 や 「社 会 問 題 講 座 」 を 開 い て 気 勢 をあ げ た。

しか し,演 説 会 はつ ね に 官 憲 に躁 躍 され た 。 例 え ば,3月7日 の 第1回 真 相 発 表 演 説 会 は,小 樽 警 察 署 の 正 私 服100余 名 の 官 憲 で 会 場 を う め つ くさ れ た 。 争 議 団 員 は も と よ り,応 援 の 労 働 組 合 員 の 演 説 は 中 止 を く らっ た の み か,殴 る蹴 るの 暴 行 を う け た。 ま た取 材 の 新 聞記 者 にた い して まで 威 嚇 が くわ え られ た 。7) また 入 場 者 を故 な く一 々 点 検 した 。8)

情 報 』 第1号 は ,書 く。 「七 日 第一 回の真 相発表演説 会 を開 く 出演弁士 相 次 い で 「中 止 」 直 ち に 「検 束 」 を喰 ひ ケ イ サ ツ送 り五 名 に達 した 。 官 憲 が 資 本 家 擁 護 の て こ で あ り,資 本 家 の み の 「安 寧 秩 序 」 を 守 る道 具 で あ る こ とが 完 全 に暴 露 さ れ,無 産 者 に は 「言 論 の 自由 」 な き こ と を 全 市 民 の 前 に知 ら し め た 。

6)『 資 料 集 』34‑35ペ ー ジ 。

7)青 木,第4巻,86ペ ー ジ 。

8)『 資 料 集 』40ペ ー ジ 。

(5)

不 在地 主 磯 野小 作争議 下23

交 渉 に対 して は,磯 野 はあ く まで も正 式 交 渉 を こ ばみ つ ・あ り」9)。

7日 の演 説 会 で は,合 同 労 組 の 鈴 木 源 重,近 藤 栄 作,日 本 農 民 組 合 の松 岡 二 十 世,小 作 人 渡 辺 を,何 等 不 当 な 言 辞 を述 べ な い の に,こ れ を 検 束 し 殴 打 転 倒 させ た。 労 農 党 小 樽 支 部 書 記 大 西 喜 一 が,検 束 者 の 一 人 鈴 木 源 重 に慰 安 の 言 葉 を述 べ た だ け な の に,殴 打 検 束 し,翌8日 公 務 執 行 妨 害 の 罪 で 勾 留7日 間 に 処 した。10)11)

民 政 党 の椎 熊 三 郎 は,労 働 運 動 に理 解 が あ り,後 に正 木 清 の あ とで 衆 院 副 議 長 に な っ た 人 だ が,小 作 争 議 の と き,演 説 弁 士 と して 何 回 もブ タ箱 に入 れ られ た 。椎 熊 の 演 説 はお も しろ く,[人 々 は]そ れ を聞 きに 会場 に押 し掛 け た 。(奥 田 二 郎)

8日,労 農 党小 樽 支 部 は,「 官 憲 暴 圧 糾 弾 に 関 す る決 議 」 を行 な っ た 。 この 時,同 時 に 行 わ れ て い た 高 橋 倉 庫 の 争 議 で,合 同労 組 は,墜 高 橋 倉 庫 従 業 員 を応 援 せ よ」 の ビ ラ を撒 い た。 高橋 倉 庫 は,小 豆 王 ・高橋 直 治 が 経 営 し て い た 倉 庫 だ っ た 。 大 正8年(1919年)12月 以 降,総 水 揚 げ の1割5分 か ら諸 経 費 を 差 引 い た 額 を積 み立 て,従 業 員 に 配 当す る こ と に な っ て い た 。 だが,色 内組 に 仕 事 が 移 る の で,ウ ヤ ム ヤ に し よ う と した。

9日 午 前,警 察 署 長 は,小 作 人 代 表 と地 主 側 を小 樽 警 察 署 に招 い て 調 停 を 試 み た が,磯 野 は小 作 人 の要 求 を全 面 的 に拒 否 した。 午 後2時,磯 野 邸 で 交 渉 を 持 っ た が,不 調 に 終 わ っ た 。

3月11日 に,労 農 争 議 委 員 会 は,ビ ラ 「再 び全 国 の 同 志 諸 君 に 訴 ふ 」 を 出 し た。

3月12日 に 全 小 樽 陸 産 業 労 働 者 会 議 が,磯 野 の 荷 物 の 陸揚 げ を拒 否 して ス トラ イ キ を決 行 し12),ま た磯 野 の 商 品 の不 買 同 盟 を 決 行 す る決 議 を あ げ た。

9)『 資 料 集 』40ペ ー ジ 。 10)『 資 料 集 』40‑41ペ ー ジ 。

11)労 農 党 小 樽 支 部,昭 和2年3月8日 。

12)『 資 料 集 』54ペ ー ジ 。

(6)

ま た小 樽 合 同 組 合 も 同 日,「 小 作 人 労 働 者 を 無 道 に い じめ る磯 野 進 の 味 噌 を 陸 揚 す る な 」 の ビ ラ を出 した13)。

全 陸 産 業 労 働 者 会 議 の 決 議 を 裏 切 る な い よい よ労 働 者 農 民 提 携 団 結 の 実 を 資 本 家 に 示 す 時 が 来 た 。 田舎 で小 作 人 を い じめ つ け 都 会 で 労 働 者 の 賃 金 を切 り下 げ て 平 気 の 面 して 商 業 会 議 所 の 会 頭 して る磯 野 進 の 味 噌300樽 ⑫ 艀13a) 扱 ひ て 小 樽 に現 は れ た 全 陸 産 業 労 働 者 諸 君 小 樽 の 陸,艀 賃 金 を 下 げ て い じ め つ け る磯 野 進 の商 品 を餓 死 す る 迄 も手 を つ け る な 磯 野 小 作 人 は死 を覚 悟 し 闘 っ て い る 味 噌 参 ○ ○ 樽 を 陸揚 げ す る事 は 是 か ら も図 に乗 っ て ドン\/賃 金 を下 げ る ん だ 親 方 が 何 ん と云 ふ て も労 働 者 同 志 が 団結 す れ ば何 も出 来 や し な い ・ …

労 農 争 議 共 同 委 員 会 小 樽 合 同 労 働 組 合 」14)

3月12日 に小 樽 労 働 者 会 議 が 開 か れ,約50名 が磯 野 宅 に示 威 運 動 を し,解 決 促 進 を促 した 。 同 日,重 井 敏 郎,近 藤 栄 作 が,代 表 者 交 渉 を し た。 磯 野 側 は, 組 合 代 表 を 交 渉 相 手 と して 認 め な か っ た 。 そ して 交 渉 が な が び く責 任 を 代 理 人

高 田 に転 化 す る形 勢 が あ っ た。 組 合 代 表 を認 め ね ば け しか らん と,小 作 人 側 が 憤 激 し て帰 っ た 。

一 方,新 聞 記 者 団 は,7日 の 弾 圧 に対 して 抗 議 運 動 を 始 め た 。 磯 野 は,「 新 聞 の 論 調 が 如 何 で あ ろ う と,新 聞記 者 が 勝 手 に書 くの だ 」 と放 言 した 。

13日,争 議 団 と地 主 側 が 交 渉 した 。 交 渉 で は,磯 野 は,組 合 幹 部 の 立 会 い を 拒 否 した 。 交 渉 で,つ ぎの3つ が 出 され た 。 組 合 代 表 を 認 め な い な ら 高 田 を この 交 渉 か ら除外 す る こ と,高 田 は 一 切 本 問 題 に干 渉 せ しめ ぬ こ と,小 作 人 と交 渉 の 際,磯 野 は小 作 人 を 脅 威 す る こ と な く 直 ち に 本 交 渉 に入 る こ と。 こ の要 求 に対 して14日 午 前 まで に 回答 を 得 る こ とに して,ひ きあ げ た。

13)『 資 料 集 』55ペ ー ジ 。 13a)は し け

14)『 資 料 集 』55ペ ー ジ 。

(7)

不 在地 主 磯 野小 作争 議 25 ビ ラ 「三 度 び市 民 諸 君 に訴 う」 が 出 され,そ れ は地 主 糾 弾 の 第2回 目の 演 説 会 の 前 日13日 付 け で あ る 。

三 度 市 民 諸 君 に訴 う

小 樽 商 業 会 議 所 会 頭 磯 野 進 の 小 作 人 が 数 十 里 の道 を 飢 え と寒 さ にふ る ひ な が ら小 樽 に きて 以 来 十 数 日に な っ た 。 そ の 間 小 作 人 は 切 な る 要 求 をか か げ て 寧 日磯 野 を訪 れ 要 求 の 貫 徹 に 努 力 した。

しか し冷 酷 無 情 な る磯 野 は 問 題 を ウ ヤ ム ヤ に葬 らん と し,官 憲 は 意 識 的 に 磯野 の 走 狗 と して 争 議 団 の弾 圧 に 全 警 察 力 を集 中 して 警 察 政 治 の 正 体 を暴 露

しつ つ あ る。

か く して磯 野 争 議 団 の 問 題 は 全 市 民 の 問題 と な り,全 小 樽 一 四万 市 民 は 暴 虐 な 官 憲 の 暴 圧 と磯 野 の 態 度 に憤 激 して ゐ る。 全 市 各 新 聞 は筆 を 揃 へ て 争 議 団 に 同 情 し つ ひ に新 聞 記 者 団土 曜 会 の ご と きは 真 相 発 表 演 説 会 に 加 へ られ た る 弾 圧 に た い して 抗 議 運 動 を 開始 した との こ とで あ る。

然 る に官 憲 及 び磯 野 は 剛 慢 不 遜 に も 「新 聞 論 調 が 如 何 で あ ろ う と 新 聞記 者 が 勝 手 に書 くの だ 」 と放 言 して ゐ る。

又 磯 野 は 自己 が 商 業 会 議 所 会 頭 な るの 故 を以 っ て 俺 が 小 作 人 か ら糾 弾 さ れ る 窮 地 に 落 入 っ て ゐ る の に も拘 らず 商 工 資 本 家 が 黙 認 して居 る こ とは 不 都 合 で あ る 」 と泣 き を入 れ た に 対 し て 某 資 本 家 は 冷 笑 を以 っ てバ ネ つ け た と云 ふ こ とで あ る。

斯 くの如 く 資 本 家 の 問 か ら も排 撃 さ れ て ゐ る 事 実 を み て も 如 何 に搾 取 魔 守 銭 奴 で あ るか と云 ふ こ とが 知 れ る。

磯 野 争 議 団 に対 し加 へ られ る 弾 圧 に抗 議 せ よ11

全 市 民 を資 本 家 の 奴 隷 にせ ん とす る 警 察 権 力 ・陰 謀 を暴 露 せ よ11」15)(現 代 字 に換 えた 。)

14日 に な っ て,磯 野 か ら回 答 が な く,し た が っ て交 渉 を休 ん だ 。16)

15)青 木,85ペ ー ジ 。 し か し こ こ で は 『 資 料 集 』 に 基 づ く 。

16)『 資 料 集 』60ペ ー ジ 。

(8)

同 じ14日 の 晩,本 願 寺 説 教 所17)で,地 主 糾 弾 の2回 目の 演 説 会 が,労 働 農 民 党 小 樽 支 部,小 作 争 議 共 同 委 員 会,日 農 北 海 道 連 合 会 の 主 宰 で 開 か れ た 。 チ ラ シ に よ れ ば,会 場 は,「 第 三 火 防 線 仙 台 屋 う ら」18)とあ る。 こ の 本 願 寺 説 教 所 は40,50名 しか 入 らな か っ た。こ の た め にチ ラ シ 「悪 地 主 磯 野 糾 弾 演 説 会 」 が 出 さ れ た 。

横 書 きで,「 全 市 民 の 同 情 集 る 戦 い は こ れ か ら」 と あ り,縦 書 きで 次 の よ う に あ る 。

剛 慾 地 主 磯 野 の正 体 を暴 露 せ よ 磯野 を擁 護 す る支 配 権 力 に抗 争 せ 磯 野 の 玄 関 番 ㊦ 高 田 米 造 の仮 面 を は げ 全 小 樽 拾 四 万 市 民 起 つ て悪 地 主 を糾 弾 せ 俺 達 の 兄 弟 小 作 人 家 族 を見 殺 しに す る な 悪 地 主 糺 弾 演 説 会

全 道 各 地 よ り決 死 的猛 闘 士 来 る

飢 と寒 さに 苦 しむ小 作 人 の悲 痛 の 叫 を 聞 け

三 月十 四 日午后六 時 入 場 無 料 」19)(現 代 字 を 使 っ た 。)

小 作 争 議 の 演 説 会(3月14日)は,地 主 糾 弾 の2回 目 の演 説 会 で あ り,労 働 農 民 党 小 樽 支 部,小 作 争 議 共 同委 員 会,小 樽 合 同 労 働 組 合,日 農 北 海 道 連 合 会 の4団 体 の主 宰 で あ っ た 。 場 外 に溢 れ た 聴 衆 は1千 余 名 で あ っ た 。 高 橋 力 英 た ち3名 が 検 束 され,[警 察 は、]荒縄 で そ りの 上 に く く りつ け 引 きず り回 した 。 勾 留 が1週 間 で あ っ た。

17)本 願 寺 説 教 所 は,い ま の 海 猫 屋 か ら四 つ 角 へ 出 て,そ の ま ま 進 み,ガ ソ リ ンス タ ン ドの 近 くの,車 の 置 き場 で あ る 。 ま た は,中 央 市 場 が 終 わ っ た 所 で,今 の ガ ソ リ ン ・ス タ ン ドの と こ ろ で あ る 。 今 の 中 島電 気 駐 車 場 の 所 に あ っ た 。 こ の 場 所 は 琴 坂 守 尚 先 生 が 最 近 確 証 し た 。

18)第 三 火 防 線 は,今 の 竜 宮 通 りで あ り,仙 台 屋 は鰻 屋 で あ っ た 。 19)『 資 料 集 』58ペ ー ジ 。

(9)

不 在地 主 磯 野小 作争 議

27

青 木 書 に よれ ば,こ うあ る。 第2回 演 説 会 で は,会 場 に あ ふ れ た民 衆 をそ り の う え に 荒縄 で しば りつ け て ひ きず りま わ す とい う暴 行 を して い る 。 警 察 の 田 中 警 部 は,「 現 在 の 社 会 制 度 で は 警 察 は資 本 家 の 走 狗 だ とい わ れ て も しか たが な い 。そ の つ も りで あ る。資 本 家 の 利 益 の た め に 人 民 を敵 に して た た か うそ 」

と公 言 した 。20)

青 木 書 に よ れ ば,次 の 文 もあ る。 「先 に争 議 団 の 計 画 した る第 二 回 地 主 糾 弾 演 説 会 場 は 官 憲 の 計 画 的 暴 圧 に よっ て 各 会 場,主 と して 会場 拒 否 の行 為 にい で

しめ た る事 実 あ り,… 」。

情 報 」 第1号 に は ,こ うある。「官憲 は 労 農の共 同戦線 におそ れを抱 き, 会場 内 の弾 圧 ぶ りを幾 分 ゆ る め た が,場 外 に あ ふ れ た聴 衆 一 千 名 は ケ イ官 の 暴 行 に抗 争 し,検 束 者(一 週 間 勾 留)三 名 出 る 。 これ に対 す る市 民 の憤 激 益 々加 わ る。」21)

争 議 団 は次 の よ う な ビ ラ(日 付 け不 祥)も 出 した 。

労 農 提 携 白 熱 的 争 議 を応 援 せ よ 小 樽 商 業 会 議 所 会 頭 小 樽 公 正 会(政 友 政 本 合 同体)北 海 精 米 株 式 会 社 々 長 磯 野 進 は 本 道 に 於 け る 大 地 主 の 一 人 で 富 良 野 地 方 に 二 百 町 歩 も持 っ て 居 る 今 年 の北 海 道 の 凶 作 は 未 だ 且 て 当面 し な か っ た 凶 作 で あ る

今 や 地 主 資 本 家 の 強 力 な 搾 取 の増 大 の 下 に益 々 窮 乏 を しつ ・あ る小 作 農 民 階 平 年 作 に お い て も軽 じて 飯 米 よ り貯 へ 得 ざ る 状 態 に あ る 。

農 民 よ り然 も今 年 の如 く取 れ な い 米 を取 らふ とす る狂 暴 な る地 主 磯 野 進 に闘 い を宣 して 起 っ た 小 作 人 二 十 七 名 は 鉄 の 如 き結 束 と燃 ゆ る が 如 き闘 争 意 識 と 以 て 地 主 の本 拠 小 樽 に 出樽 した 。

吾 が 小 樽 合 同 労 働 組 合 及 び 北 海 道 地 方 評 議 会 は 直 ち に労 農 争 議 共 同委 員 会 を設 置 して 争 議 の徹 底 的 に勝 利 を期 して居 る。

自 らの 地 位 を明 確 に認 識 して ボ ツ ラ クの 地 位 を維 持 せ ん が た め 挑 戦 して 来 れ る現 段 階 は 都 市 労 働 者 と農 村 小 作 人 との 階 級 的 提 携 な しに は 無 産 階 級 の徹 底

20)青 木,第4巻,86ペ ー ジ 。

21)『 資 料 集 』63ペ ー ジ 。

(10)

的 解 放 は な い 。 一 の 争 議 に も彼 等 の 権 力 の乱 用 を見 よ 吾 々 は正 し き認 識 の 下 に運 動 を 進 め る

此 の運 動 の 如 何 に よ っ て は 全 小 樽 の労 働 者 の 総 ス トラ イ キ に迄 で 進 展 せ ん と しつ ・あ る

労 農 提 携 の 白熱 的争 議 を応 援 せ よ 第 二 木 崎 争 議22)た ら しめ よ 労 農 提 携 万 才,

日本 労 働 組 合 評 議 会

磯 野 農 場 小 作 争 議 北 海 道 地 方 評 議 会

争 議 団本 部 小 樽 合 同労 働 組 合

小 樽 合 同労 働 組 合 本 部 内 」23)

(現代 漢 字 に な お した 。原 文 の,太 字,大 字 の 区別 は つ け て い な い)

情 報 」第1号 は 、書 く。「殆 ど毎 日の如 く全市 に訴へ るビラを撒布 して いる。

小 樽 の ブ ル ジ ョア 政 界 は 我 等 の 勢 力 に恐 怖 を 感 じて い る 。」24)

小 作 人 代 表 は磯 野 との 直 接 交 渉 を要 求 して きた が,地 主 側 は 組 合 幹 部 の 立 会 い を拒 絶 し,小 作 人 代 表 との 会 見 を拒 否 し続 け た。 そ れ で も小 作 人 代 表 は,繰

り返 し要 求 した。 だ が,16日 に な っ て も回 答 が な く,解 決 の見 通 し は ます ます 難 し く な っ て行 く よ う に見 え た 。 こ の 時,港 湾 労 働 者 は,小 作 料 減 免 の 要 求 を 要 れ な い場 合 に は,磯 野 商 会 の荷 物 の 陸揚 げ の 拒 否 と商 品 の不 買 同 盟 の実 行 を 決 議 した 。 磯 野 商 店 の 佐 渡 か らの 味 噌 運 搬 の ス トや 商 品 ボ イ コ ッ トが 起 きた 。 磯 野 進 は北 海 道 地 主 組 合 に支 援 さ れ た 。 彼 は 談 話 を 発 表 した 。 「余 り温 情 を あ た えす ぎて 頭 の乗 られ た 形 で あ る。 も し当 方 に落 度 が あ る とす れ ば,そ れ は 制 度 の欠 陥 で あ り,国 家 の 拓 殖 計 画 か らみ て も,譲 歩 す るわ け に い か ぬ 。」

22)日 本 の 三 大 小 作 争 議 と い わ れ た,香 川 県 の 伏 石 争 議,群 馬 県 の 強 戸 争 議,新 潟 県 の 木 崎 争 議iの,木 崎 争 議(1926年)の こ と。

23)『 資 料 集 』。

24)『 資 料 集s64ペ ー ジ。

(11)

不在地主 一 磯野小作争議 下 29 当 時 日本 全 国 で 米 が 足 り な か っ た 。 満 州 の ほ うが 北 海 道 よ り米 が 安 く作 れ た 。磯 野 は小 作 人 に一 歩 も譲 れ な か っ た 。

小 樽 新 聞』 は伝 え る 。 「磯 野農場 も小作 争議 も旬 日にわた り,小 作 争議 団 は 各 応 援 労 働 組 合 と協 議 して 解 決 点 を発 見 す べ く,磯 野 氏 と交 渉 を 続 け て い る。 そ の 結 果,最 初 磯 野 氏 よ り強 硬 に 主 張 した右 代 表 者 六 人 の 一 人 つ つ 会 見 は 撤 廃 し,六 人 の代 表 者 と同 時 に会 見 す る こ と に な っ た が,労 働 者 側 と小 作 争 議 団 は,労 働 組 合 の 代 表 の 会 見 を拒 絶 した の で,磯 野 氏 の 代 表 者 で あ る高 田 米 造 氏 を 会 見 に立 ち合 わ せ な い こ と,磯 野 氏 は態 度 を 改 め 真 に小 作 人 と会 見 した い 意 志 を も っ て会 見 す る事 等 を,要 求 した の に対 して,磯 野 氏 は 未 だ 回答 して い な い模 様 で あ る 。 しか し磯 野 氏 が こ れ に応 じな い場 合 は,問 題 は 如 何 に展 開 す る か は 予 想 す る事 が で きな い 。 争 議 団 と応 援 各 労 働 組 合 は,い た ず らに 争 議 を 好 む もの で は な い と い う こ とで,磯 野 氏 に反 省 を求 め て 円満 解 決 を希 望 し,磯 野 氏 が あ る程 度 まで 譲 歩 す れ ば,問 題 も解 決 を見 るで あ ろ うが,一 六 日 まで は 未 だ 解 決 妥 協 点 を 遺憾 なが ら発 見 で きな い 。」25)

16日 の 精 報 』 は,書 く。 「出 樽 以 来 二 週 間 に達 した 争 議 団 の う ち に は 最 初 日和 味 主 義 の者 も あ っ た が,日 々 の 交 渉 に よ る訓 練 労 農 党 員 の 「社 会 問 題 講 座 」 等 を聞 くこ と に よ っ て 次 第 に意 識 的 階 級 的 立 場 に教 育 され,ビ ラ撒 き其 他 積 極 的 に運 動 に 参 加 して い る。」26)

19日 の 『小 樽 新 聞』 は,書 く。 「磯 野 農 場 小 作 争 議 も,約 半 年 と な っ た 。 本 月 一 二 日に初 め て の 交 渉 の 一 点 を発 見 し,一 三,一 四 の 両 日 に わ た っ て,交 渉 した が,磯 野 氏 側 が 争 議 団 に対 す る回 答 を不 誠 意 に遅 延 した た め,各 労 働 団体 と争 議 団 は,磯 野 氏 が こ う まで 不 誠 意 で 解 決 を遅 延 させ る も の で あ れ ば,我 々 と して も最 後 の 手 段 に よ っ て解 決 す る よ り術 が な い との 意 見 を持 つ 者 が 漸 次 増 加 して い る。警 察 方 面 で も,本 問 題 に 関 して は 傍 観 的 の態 度 を取 っ て い るが,

25)昭 和 二 年 三 月 一 七 日,三 面 。

26)『 資 料 集 』64ペ ー ジ 。

(12)

磯 野 氏 が この よ う に 回 答 を期 日 まで も口 約 して これ に対 して 日 を延 ば して い る裏 面 に は,種 々 複 雑 な事 情 が あ っ て の こ と は,各 方 面 の 情 報 に よ っ て も明 ら か で,争 議 団 は こ れ に 対 して どん な行 動 に 出 るか は 注 目に値 す る。 半 ケ 月 を 経 た 今 日,な お代 表 を認 め る 認 め な い の 点 につ い て 粉 糾 し,今 日 に至 る まで 何 等 具 体 的 な 交 渉 に 入 らな い 点 に つ い て は,争 議 団 に 対 し 一 般 市 民 は 同 情 を 注

い で見 て い る。」27)

続 い て 同 新 聞 は 書 く。 「磯 野 農 場 争 議 は,相 変 わ らず 一 九 日の 具 体 的 な 交 渉 に入 らず,代 表 会 見 につ い て粉 糾 を見 て い る。 磯 野 氏 も一 八 日に 至 り,最 初 強 硬 に主 張 し た 個 人 的 に 会 見 す る とい う主 張 を 撤 回 し,一 同 に 会 見 したが,伴, 小 林 の 二 氏 は,旭 川 の 裁 判 所 で 意 見 を 詳 細 に 聴 取 した こ とで 会 見 す る必 要 が

な い と主 張 し,争 議 団 と各 労 働 団 体 は,磯 野 氏 と 伴,小 林 両 君 は裁 判 所 で 会 見 した が,場 所 が 場 所 な の で,何 等 諒 解 を得 る程 度 まで に は進 行 し なか っ た と い う こ と で,是 非 一 同 と共 に会 見 した い と主 張 し,こ の 点 に つ い て 目下 交 渉

を進 め て い る。」28)

こ こ で 出 て 来 る旭 川 の 裁 判 所 で の 会 見 とい うの は,こ うで あ る 。

争 議 勃 発 以 前 に小 作 調 停 を 申 し立 て て い た が,3月15日,争 議 団 代 表 伴, 小 林 は,調 停 官 の 呼 び 出 しを 受 け て,旭 川 区 裁 判 所 に 出 頭 した 。 道 庁 か ら正 見 小 作 官 が 呼 び 出 さ れ た 。 正 見 小 作 官 は,調 停 の 下 調 べ をす る と云 っ て,小 作 人 に向 か っ て,「お 前 らは金 が 無 い と云 うが 何 故 小 樽 に 行 って 騒 い で 居 るか 」と, 真 っ先 に小 作 人 を威 嚇 し た。 ビ ラ は 云 う29),「 こ れ が 『小 作 人 の 味 方 だ 』 と云 ふ て 政 府 の 任 命 した 北 海 道 一 の小 作 官 の正 体 だ 。」一 方,調 停 裁 判 官 井 上 は,「お まへ 達 に 騒 い で勝 た す と 外 の 小 作 人 が い ・気 に な って 頭 を あ げ る か ら 騒 ぐの をや め る か」 と放 言 した,ま た は 「お まへ 達 を騒 い で 勝 た す と 外 の小 作 人 が 頭 を もた げ て 困 る」 と云 っ た 。 「小 作 調 停 法 が 農 民 運 動 圧 迫 法 で あ る事 実 を暴 1露した 。」30)

  

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(13)

不在 地主 磯野小 作 争議 31 また 小 作 人 が 捺 印 した 覚 え の な い小 作 契 約 書 を見 せ られ た 。 「お まへ 達 は是 に㊥ をつ い て い るで は な い か 」 と脅 しつ け た 。 つ ま り地 主 と小 作 の 契 約 書 が 別 個 の もの で あ っ た こ とが 発 覚 す る の で あ っ た 。 こ れ が 後 日,解 決 の き っか け と

な っ て 行 く。

23日,旭 川 の 地 裁 の小 作 争 議 調 停 で,調 停 裁 判 官 井 上 は,「 これ が 事 実 だ と す れ ば 重 大 問 題 だ!1」 と云 っ た 。31)だが,そ の 通 りで あ っ た 。 契 約 書 が 偽 造

だ っ た の で あ る 。

16日 に,磯 野 の 使 者 ・小 池 某 が,争 議 団 本 部 に来 訪 した 。 彼 は,伴,小 林 を 除 く14人 と会 見 す る と通 告 し,押 し問 答 と な っ た。17日 に は,市 会 議 員 中 島 親 三 が,会 見 ま で の 労 を と りた い と仲 介 に 入 っ た。

18日,交 渉 に入 っ た小 作 人 に 対 して 磯i野は,「 小 樽 の 労 働 者 が た ば に な っ て 来 て も,び くと もせ ぬ」 と暴 言 を は い た 。労 農 共 同 委 員 会 は,同 日,橡 を出 し,

こ の発 言 に反 撃 した 。

同 日,小 樽 区 裁 判 所 主 任 検 事 神 岡 は,一 党 員 に対 し,「 君 は 店 員 の癖 に労 働 農 民 党 に 入 っ て い る の は,生 意 気 だ 」 と放 言 した。 労 農 党 小 樽 支 部 は,「 人 権 の 迫 害 其 極 に達 した 小 樽 官 憲 の 陰 謀 全 市 民 は起 っ て 抗 議 せ よ1」 の ビ ラ を 撒

い た 。

7婦 人 た ち が く る

富 良 野 で 一 五 日,婦 人 部[会]が 発 会 式 が あ り,夫 人 た ち は 出樽 を準 備 した 。 青 年 部 も 同時 に 結 成 され,具 体 的 な活 動 に入 ろ う と した 。

富 良 野 で 吉 報 を待 っ て い る小 作 農 民 た ち は,気 が気 で な か っ た 。 つ い に腰 の 重 い婦 人 た ち も,い よい よ食 う も の に も事 欠 く生 活 の 苦 しさ を 訴 え る た め に, 小 樽 に 動 員 さ れ る こ とに な っ た 。 詳 し く言 え ば,こ うで あ る。 現 地 の 農 民 組 合

30)『 資 料 集 』64ペ ー ジ 。

31)3月30日 。85ペ ー ジ 。

(14)

支 部 の婦 人 部 も,じ っ と して お られ ず,代 表5名 が 子 供 を背 負 っ て 小 樽 に押 し 掛 け て きた 。

20日 に 富 良 野 農 場 か ら,伴 利 八 の 妻 カ ツ ヨ な ど,5人 の 小 作 人 の 妻 た ち が応 援 に小 樽 に来 た。 これ を契 機 に,小 樽 は 支援 運 動 に沸 き立 っ た。 彼 女 らは,元 禄 の 木 綿 着 物 に澱 分 靴 を履 き,幼 児 を背 に 負 い,よ うや く歩 く子 供 の 手 を ひ い て,固 い 決 心 を胸 に 秘 め て,ホ ー ムで 語 っ た 。

私 共 は 好 き この ん で 来 た の で は あ りませ ん,夫 は 本 月3日 か ら小 樽 へ き て,地 主 様 にお 願 い して お り ます が,ま だ な ん の 便 り もあ りませ ん か ら,私 ど も で 地 主 様 の 奥 様 に面 会 し て,事 情 を うち あ け,お 願 いす る つ も りで 来 ま した。

留 守 宅 に は,老 人 や 子 供 の み で す か ら,村 の 青 年 の 人 た ち に頼 ん で 来 ま した 。 私 ど もが ち の み ご ま で家 にお い て お 願 い に きた そ の 心 を か っ て も らい た い の で す 。 一 度 来 た か ら に は,な ん とか な る ま で は 帰 ら ん決 心 で す 。」32)

磯 野 農 場 の 小 作 人 十 余 名 は,3日,来 樽 以 来,苦 闘 に苦 闘 を重 ね て い る が, 留 守 宅 の 細 君 等 も安 閑 と して 日 を過 ご す こ とが で き な い。 「女 は 女 同 志 」 奥 様 に お願 い し よ う とい う の で,5名 の 細 君 た ち は,ゴ ハ ゴハ の木 綿 着 物,毛 布 の 赤 い キ ャハ ンを 出 して い た 。

20日,小 樽 駅 前 で,農 民 組 合 の 松 岡,労 働 組 合 の武 内,正 木,小 作 人 争 議 団 の 人 々 に見 守 られ て,そ の 午 後 た だ ち に磯 野 宅 に 行 き,女 は女 同 志 で と,夫 人 に面 会 を求 め た が,病 気 で,面 会 で き な い とい う返 事 で あ っ た。 妻 君 連 は,店 頭 に上 が り,「 病 気 な れ ば 店 の 隅 に で も よ ろ しい か ら 泊 め て い た だ い て,何 日で も待 って お り ます 」 と,意 見 をの べ た が,組 合 員 の 言 に よ っ て,

5時30分,ま ず 争 議 団 本 部 に 引 き上 げた 。 さ らに翌 日 も面 会 を 求 め る こ とに し た。 子 供 は 久 し振 りで 父 親 の 顔 を 見 た の で,父 さ ん と呼 ん で抱 か れ る な ど, 劇 的場 面 もあ っ た 。

翌 日 も磯 野 宅 へ ゆ き,面 会 を求 め た が拒 否 され た 。 地 主 夫 人 に 会 見 を 申 し入 れ て 何 度 も拒 否 さ れ続 け た 。3月31日 に よ うや く会 見 した 。

32)『 小 樽 新 聞 』3月21日 。

(15)

不 在地主 磯 野小作 争議 33 彼 女 た ち が,「 磯 野 の 奥 様 の 温 か い お 言 葉 を 頂 い て 帰 る,御 面 会 し な い 限 り 帰 れ ない 」,と 言 っ た の に対 して,夫 人 は,「 お前 た ち の た め に 何 十 日 も満 足 に

眠 れ ない 。 こ の,恩 知 らず 」 と言 っ て,相 手 に し なか っ た 。

婦 人 団 の1人 の 女 房 は,涙 な が らに 記 者 に語 っ た 。 私 達 は 磯 野 様 の 奥 様 に 面 会 して,農 場 を開 くに苦 心 した 当 時 の 有 様 を 詳 し くお 話 し,そ して今 どん な 惨 め な暮 し を して い る か 申 し上 げ た い と思 っ た の で す 。 と こ ろが 磯 野 の 御 主 人 様 は 私 共 に,「 小 樽 にお も しろ お か し く で て きた の か,ど の 面 さ げ て小 樽 に で て きた ん だ」 とか,「 真 入 間 に な れ っ」 と言 わ れ た 。 真 人 間 に な れ って ど ん な こ とか,チ ッ トも私 共 に は 分 か り ませ ん 。 しか し女 な ら女 同 志,こ の 苦 しい こ とが 分 か っ て い た だ け る と思 っ て,よ うや く奥 様 に お 会 い で き て お 話 し ま した。 ど うで し ょ う。 とこ ろ が 「お 前 達 の 顔 を み た くな い」 い き な り大 声 で 叱 りつ け られ ま した 。 「お 前 達 の た め に,こ の何 十 日っ て もの 夜 も満 足 に ね む ら れ た こ とが な い ん だ 。 こ の恩 知 らず 奴 。」 私 共 は 申 し ま した 。 「い い え,奥 様,

あ な た は 夜 もお ち お ち 眠 れ な い と仰 し ゃい ま し た が,そ れ は た だ 眠 れ な い だ け の こ とで し ょ う。 しか し私 ど もは 一 日一 日が 生 きて 行 け る か,行 け な い か の こ と な ん で す 。 命 が け の こ と な ん で す 。」 だ が 「も う決 して お 前 達 に は 会 わ な い し,言 う こ と も聞 い て や ら な い か ら,勝 手 にせ よ。」33)と突 き放 して,会 見 は打 ち 切 られ た 。

新 聞 は,こ う して 磯 野 小 作 争 議 は,社 会 的 に ます ます 深 刻 を極 め て行 く もの の如 くで あ る,と 結 ん だ。

と ころ で,同 日20日,小 作 人 代 表 と磯 野 との1回 目の 正 式 会 見 が,小 樽 倶 楽 部 で 開 か れ た。 磯 野 は,最 初 の 強 硬 な 態 度 か ら,次 第 に譲 歩 を 余 儀 な く され, 小 作 人代 表6人 と,労 組,農 組 代 表2人 の 立 合 を認 め,中 島 市 会 議 員 と小 樽 警 察 署 長 の 立 合 い で,最 初 の 会 見 を した が,そ の 日は 意 見 を述 べ 合 っ た だ け で あ

っ た 。

22日,争 議 団代 表 は,小 樽 倶 楽 部 で磯i野進 と会 見 し た。 第2回 目で あ っ た 。

33)青 木,第4巻,86‑87ペ ー ジ 。

(16)

23日 に,旭 川 地 方 裁 判 所 の小 作 料 減 免 申 請 に も とつ く2回 目の調 停 準 備 会 で, 小 作 人 側 は,磯 野 の 小 作 契 約 書 の偽 造 を摘 発 す る こ とが で きた 。 こ れ が解 決 へ

の 原 因 とな る の で あ っ た 。

23日,第 二 十 番 屋 で 小 樽 市 内14団 体 無 産 者 団体 協 議 会 が 開催 され た,出 席 団 体 が 半 数 の た め準 備 会 と した 。 警 官 の警 戒 は厳 重 で,と くに宣 伝 も しな か っ た が,会 場 に は傍 聴 者 が あ ふ れ た 。

婦 人 た ちが 動 員 され て,小 樽 市 民 に大 き な 同情 と反響 が お きた 。24日,婦 た ち を 中 心 と した 「真 相 報 告 演 説 会 」 が 開 か れ た。 そ れ が 劇 場 で 開 か れ た とい う説 が あ るが34),劇 場 で とい うの は,間 違 い で あ ろ う。 警 察 は お どか して, 劇 場 を貸 させ なか っ た 。 小 樽 中 の 劇 場 が 封 鎖 され,や む を えず 狭 い 会 場 を使 う

こ と に な っ た 。 一 七 部 番 屋 つ ま り稲 穂 ク ラ ブ で 開 か れ た 。 これ は,町 内 の火 防 番 屋 で あ る 。 磯 野 争 議 の5人 の 農 婦 の 演 説 会 が こ こ で行 わ れ た。 当 時 は,葬 式 は 自宅 で行 っ た の で,組 合 の会 合 も こ こ で行 わ れ た 。

次 の 詳 しい 叙 述 もあ る 。

24日,争 議 に 対 す る官 憲 の 弾 圧 糾 弾 演 説 会 が 稲 穂 倶 楽 部 で 開 か れ た 。 こ れ は

真 相 報 告 演 説 会 」の こ と で あ ろ う。開 会1時 間前 か ら,会 場 は 聴 衆 で あ ふ れ, 入 場 で きな い 者 が2千 人 に 達 した。 入 場 料 は20銭 で あ っ た。35)当時 日当 が60銭 で あ るか ら,大 変 な額 で あ っ た。 開会 前 か らす で に 警 官 との小 ぜ りあ い が 起 こ

り,会 場 は殺 気 立 っ た。 弁 士 は相 次 い で 中 止 を受 け,検 束 さ れ る者 も幾 人 か あ っ た 。 農 場 の婦 人 を代 表 して,伴 カ ツ ノ が 演 壇 に立 ち,磯 野 宅 を訪 問 した状 況 と会 見 の 実 状 を 訴 えた 。彼 女 は,赤 ん 坊 を背 に,わ れ か え る よ う な金 切 り声 で, 磯 野 の い く じな し,ブ チ 殺 して も あ きた りない,と 言 っ た。 小 樽 合 同 の渡 辺 利 右 衛 門 が 演 説 の 中 止 を受 け,検 束 さ れ よ う とす る と,満 場 は総 立 ち と な り,警 官 との競 合 い が 始 ま り,つ い に 大 混 乱 とな っ た 。

後 に こ う書 か れ た 。 「二 十 四 日の 官 憲 糺 弾 演 説 会 に婦 人 団 の 伴 カ ツ ノ 氏 が 小

34)青 木,同87ペ ー ジ 。

35)『 小 樽 新 聞 』 昭 和2年3〜4月 。

(17)

不 在地 主 一 磯 野小 作争 議 下35

作 人 の状 態,磯 野 の 無 情 の態 度 を訴 え て,聴 衆 に感 動 を与 へ た 。」36)

警 察 は,帽 子 の ア ゴ紐 を か け た 警 官 を壇 上 の 両 側 に 配 置 して 弁 士 の 言 論 を 威 嚇 した 。 会 場 の周 囲 に は要 所 々 々 に縄 を 張 って 交 通 を遮 断 し,来 場 の 聴 衆 を 一々推 何 身体 検 査 を 以 って 威 布 せ し め た。37)

第3回 演 説 会 は,会 場 の 貸 与 契 約 を,途 中 で と りけ され,無 理 に 解 散 させ ら れ た。 労 農 党 の ビ ラ は書 く。 「何 故 こ ん な狭 い 会 場 で や る の か 」 と会 場 か ら阻 止 され た11市 民 諸 君 は憤 慨 した で あ ろ う。 「あ ん な奴,貸 せ ば 会場 を こ は さ れ るぞ 」 と威 圧 的 に 営 業 の 自由 を迫 害 した,彼 ら(=警 察)の 陰 謀 を見 よ。 印 刷 屋 に は常 にス パ イ を 派 して ビ ラの 印 刷 を威 嚇 しつ つ あ る,と 。38)

そ れ に もか か わ らず,演 説 会 の た び ご とに 争 議 の 基 金 カ ンパ は た だ ち に集 ま る とい う盛 況 ぶ りを示 した 。39)

婦 人 出樽 者 一 同 の 名 で3月26日 付 け の ビ ラが 出 た。 私 達 が 出樽 して か ら 一 週 間 た っ た 。 「毎 日 の 如 く 一 日で も よ い か ら逢 は し て 戴 き た い と云 っ て お 願 い に行 く と必 ず 磯 野 さ ん側 で は

お 前 達 の亭 主 達 は赤 ダス キ を か け て 来 た か ら 其 ん な 者 と は もは や 親 子 関係 は な い 。 だ か らお 前 達 も逢 わす 訳 に は行 か ぬ,と 。

此 う云 ふ 状 態 に な っ た 原 因 も云 は ず に 其 の 時 の 事 ば か り云 つ て は 妾 達 を 追 い 払 っ て仕 舞 ふ の で す 。 そ ん な らば 磯 野 さん は 痛 い どん な事 を妾 達 に した で せ う。 裁 判 町 さ え怪 しむ所 の ○ ○行 為 を して ゐ る で は あ り ませ ん か?今 日の 如 き は云 ひ ぬ け に 困 っ た磯 野 夫 人 は 番 頭 を通 じて 「市 民 の 同 情 を持 っ て 来 れ ば 逢 っ て や ろ う」 と云 っ た の で す 。」40)

この3月24日 の 演 説 会 は,開 会 の1時 間 も前 か ら聴 衆 が 会 場 か らあ ふ れ,入 場 を断 られ た 人 が 約2千 人 に もの ぼ っ た。

23日 に は,新 谷 仲 仕 部 賃 金 不 払 真 相 発 表 会 が,行 わ れ た 。

36)ビ ラ 「日 本 農 民 組 合 北 海 道 連 合 会 臨 時 出 張 所 」(『 資 料 集 』89ペ ー ジ) 37)『 資 料 集 』72ペ ー ジ 。

38)『 資 料 集 』73ペ ー ジ 。

39)青 木,第4巻,86ペ ー ジ 。

40)『 資 料 集 』82‑83ペ ー ジ 。

(18)

小 作 争 議 で は,行 政 側 も動 い た 。 北 崎 ・上 川 支 庁 長 が 富 良野 へ 行 き,地 主 会 長 本 間 に 「此 の際 小 作 人 を勝 た しむべ か らず 」 とい う"暴 圧 計 画"に 着 手 さ せ た。20日 に,小 樽 署 刑 事 石 永 ・佐 野 の 二 名 を富 良 野 へ 派 遣 した 。25日 に, 札 幌 控 訴 院 の 饒 検 事 正 を小 樽 に 出 張 させ た 。41)

26日 午 後6時 か ら,富 良 野 市 街 の 富 良野 座 で,争 議 団 の 報 告 演 説 会 が あ っ て, 富 良 野 座 未 曽 有 の入 場 者 とな っ た 。 松 岡 二 十 世,鈴 木 源 重 らが 富 良 野 座 で演 説

した。

28日 朝 に,婦 人 団 が 帰 村 し,鈴 木 源 重 が 富 良 野 へ 同伴 した。30日,夜,中 親 三 は,磯 野 進 か ら問 題 を 「白 紙 で 貰 い うけ て 来 た」 と確 答 し,会 見 の約 束 を

し た。

労 働 運 動 の 指 導 者 山 本 懸 蔵 は,す で に一 度,磯 野 争 議 の 指 導 で小 樽 に来 た が, 3月 下 旬 に は 山本 懸 蔵 が 再 び小 樽 へ や っ て きて,大 演 説 会 が もた れ た 。 詳 し く は,31日 にや っ て きた 。 開 会 時 刻 に入 場 が1700名 で締 め 切 っ た 。場 外 で…警 官 と 小 競 り合 い が お き,5名 が 検 束 され た 。 山本 懸 蔵 が 演 説 した 。 演 説 会 に た い す る官 憲 の弾 圧 はす さ ま じ く,臨 監 の警 官 が 「弁 士 注 意 」「弁 士 中 止 」を 連 発 して, 演 説 会 を 妨 害 した。

しか し この 頃 演 説 会 は ほ とん どが 成 功 を お さめ た。 また4月3日 の 松 竹 座 で の 演 説 会 に も約2千 人 の 人 が 集 ま った 。 しか も磯野 の小 作 争 議 に か か わ る演 説 会 に は20銭 か ら50銭 の 入 場 料 を と っ て い た 。 小 樽 市 民 が ど ん な に 大 き な 関 心 を

も っ て い た か が わ か る。

3月31日 付 け で,労 農 争 議 共 同 委 員 会 と磯 野 農 場 小 作 争 議 団 は,「 声 明書 」 を 出 した 。 そ れ に よれ ば,「 ・ ・初 め 我 等 が 面 談 交 渉 に よ っ て,我 等 が 正 当 な る要 求 の 貫 徹 を求 め た る に対 し 磯 野 氏 が 言 を左 右 に して こ れ に 応 ぜ ざ り しは 単 に 氏 の 本 来 頑 迷 不 礼 の 致 す と こ ろ と して 我 等 が 既 に041a)恕 した と こ ろ で あ っ た 。 然 る に 時 日 の 進 展 に従 ひ 我 等 の 要 求 を躁 躇 せ ん が た め に 氏 が 唯 一

41)同,84ペ ー ジ 。

41a)一 字 読 め な い 。 奮 か 。

(19)

不 在地 主 磯 野小 作争 議 37 の 盾 とな せ し 大 正 一 二 年 度 調 停 記 録 が 何 人 が 見 る も偽 造 書 な る こ とが 判 明 し た 今 日 な ほ 凡 ゆ る欺 隔 懐 柔 を以 つ て 時 日 を遷 延 せ しめ つ あ る は 果 し て氏

に於 て 問 題 解 決 の 誠 意 あ りと認 め て 可 な るや ・否 や?し か も去 る二 十 日 一 度 小 樽 倶 楽 部 に於 て 会 見 した る 際 なぞ 小 作 人 の 主 張 が 正 しか っ た ら応 ず る 」

と言 明 した る に於 い て お や 。

ひ る が へ っ て 顧 み る に 去 る十 七 日 市 会 議 員 中 島 親 三 氏 が 「単 に会 見 ま で の 労 を と りた し」 と して 問 題 に 介 在 して 以 来 そ の后 我 等 が 中 島氏 と会 見 す る こ と十 度 に及 ば ん と し,そ の 間 中 島氏 は 「若 し磯野 氏 に して 正 当 な る要 求 に応 ぜ ず とす れ ば 議 会 の 公 人 と して 彼 と戦 ふ 」 と シバ シ バ 言 明 した る に よ り,我 等 も其 の 労 を多 と し 遂 に 去 る二 十 九 日夜 氏(中 島氏)の 推 せ る所 の 森 正 則 氏 及 び 道 会 議 員 寿 原 重 太 郎 氏 … を 立 会 い の 第 三 者 とす る こ と を認 め 氏 が

磯 野 氏 よ り問題 を 白紙 で貰 い う け て 来 た 場 合 我 々 も亦 問 題 解 決 を氏 と我 等 の 間 に 於 て 決 す る こ と」 を約 した の で あ っ た 。 か くて 去 る 三 〇 日夜 中 島 氏 よ り 「問 題 と白 紙 で 貰 い う け て 来 た」 との 確 答 を得 な ほ,四 月 一 日 を 以 っ て 会 見 の 日た る を約 し」 た の で あ る 。」 「然 れ共 敢 え て 云 ふ,若 し磯 野 氏 に して 「白 紙 で任 か せ た る」 中 島氏 の 態 度 に猶 応 ぜ ざ る とす れ ば 氏 は独 り我 等 に 対 す る の み な らず 中 島 氏 を も亦 敵 と して 戦 は ざ るね か ら ざ る もの で あ る 。」41b)(現 代 字 に か え た)

8多

多 喜 二 の 親 友 ・島 田 正 策 は 当 時,住 之 江 町 に住 ん で い た。 南 小 樽 駅 ホ ー ム が 家 の 裏 か ら見 え る 場 所 で,当 時,量 徳 女 子 小 学 校 正 門 の 向 い で あ っ た。

昭和2年 春,勤 め 先 へ 行 くと き,多 喜 二 が 築 港 駅 で 汽 車 に乗 り,島 田 が 南 小 樽 駅 の 近 くに住 ん で い た の で 南 小 樽 駅 で 降 り,二 人 で 街 を話 しな が ら歩 き,勤

め 先 に行 っ て い た 。 小 林 が 色 々 な話 と一 緒 に,「 夕 べ 稲 穂 町 の 説 教 所 へ 行 っ て

41b)同,86‑87ペ ー ジ 。

(20)

み た ら,聞 き に来 た労 働 者 が,外 へ 一 杯 あ ふ れ て,そ こへ 警 官 が 並 び 物 凄 い有 様 だ っ た。 矢 張 り労 働 者 は ちが っ た もの だ。 農 民 の 問 題 に で も あ ん な に 動 員 さ れ る ん だ か らな あ 。」 と云 っ て,非 常 な 関 心 を も っ て 話 した 。 こ れ は磯 野 小 作 争 議 の 第2回 目の,3月14日 の 演 説 会 で あ る。

小 林 多 喜 二 は,こ の 時,北 海 道 拓 殖 銀 行 員 で,小 樽 支 店 に 勤 務 して い た 。 そ こ で,磯 野 小 作 争 議 に 関 す る彼 の伝 説 が あ る。

磯 野 進 所 有 の 富 良野 農 場 の,小 作 人 争 議 が,起 き た。 そ こで,多 喜 二 は そ の 争 議 団 に頼 まれ て,磯 野 側 の 情 報 を提 供 し た,と い うの で あ る 。小 笠 原 氏 も, 磯 野 が どん な理 由 で 金 を 引 き 出 した か を知 らせ る の が,多 喜 二 の 任 務 だ っ た と

い う説 を,紹 介 して い る 。

こ れ らの 伝 説 は,小 林 多 喜 二 が 拓 銀 の 行 員 だ っ た か ら,そ れ が で きた とい う 想 定 で あ る。 だ が これ らの 説 は,考 え られ な い もの で あ る。

仮 に,磯 野 進 と拓 銀 とが 関 係 が あ っ た と しよ う。

まず 磯 野 が 拓 銀 の 株 主 だ っ た と し よ う。 しか しそ れ で,拓 銀 に磯 野 の 資 料 が あ っ た だ ろ うか 。 銀 行 に は株 主 自体 に つ い て の 実 質 的 資 料 は ほ と ん どな い 。

で は,磯 野 が 拓 銀 か ら借 金 ・融 資 を 受 けて い た と し よ う。 そ の 場 合 は,拓 銀 に は磯 野 に 関す る 資 料 は,あ る程 度 あ る。 つ ま り抵 当 が どれ ほ どあ る か,し た が っ て 財 産 の 少 な くて も一 部,借 入 れ金 や 預 金 は どれ ほ ど あ る か,の 資 料 は あ る。

さ て,銀 行 員 が,職 務 で 得 た 秘 密 を他 人 に知 らせ るだ ろ うか 。 こ れ は,ま もな 銀 行 員 な らば他 人 に は 知 らせ な い し,多 喜 二 は職 務 に 不 忠 実 な 人 で は な い 。 銀 行 員 と して そ の く らい の 常 識 は あ る 。 だ か ら,そ う安 易 に は 銀 行 の秘 密 を渡 す こ とは な い だ ろ う。

磯 野 は た ぶ ん拓 銀 に預 金 が あ っ た だ ろ うが,ど ん な 理 由 で磯 野 が 拓 銀 か ら金 を 引 き出 した か も,概 して 分 か らな い もの で あ る 。 普 通,借 入 れ で あ れ ば,理 由 は 分 か るが,預 金 の 引 き出 しだ っ た ら,理 由 は言 わ な くて も よい わ け で あ る。

銀 行 員 で もわ か ら ない だ ろ う し,せ いぜ い 想 像 して 考 えつ く程 度 で あ る 。 そ の 上,融 資 や 貯 金 に つ い て の そ の種 の 資 料 は,争 議 に は ほ と ん ど役 立 つ も の で は ない 。

(21)

不在 地主 磯野 小作 争議 39 最 後 に 問題 が 残 る。 小 林 多 喜 二 が 実践 運 動 に近 づ い た の は,後 に 起 きた小 樽 港 湾 ス トの 時 で あ り,磯 野 争 議 の半 年 後 で あ る。 この磯 野 農 場 争 議 の 時 は,ま

だ実 際 運 動 に助 力 して い な い 時 代 で あ る 。

な る ほ ど多 喜 二 は,こ の磯 野 農 場 争 議 に 興 味 を持 っ た 。 だが,そ の 演 説 会 の 会 場 の 近 くに足 を運 ん だ だ け で あ る。

こ う し て,多 喜 二 が 磯 野 に 関 す る拓 銀 の 資 料 を争 議 団 に知 らせ て い た と い う の は,伝 説,つ ま り誤 り,ま た は無 意 味 な 話 で あ る。 あ るい は ほ とん どあ りえ な い 話 で あ る。

9小 樽 で の 闘 い

4月1日 に は,高 見 ゴ ム の 争 議 が あ り,翌 日解 決 した 。

4日 午 後6時,第 二 〇番 屋 で,会 見 の 約 束 で あ っ た が,調 停 者 中 島 親 三 は, 姿 を か く して現 れ な か っ た 。

5日,磯i野 争 議 が 導 火 線、と な っ て,朝 日製 紙 で 男13名 女10名 が,早 朝 か ら総 罷 業 を し た。

小 作 人 へ の 同情 は,小 樽 だ け で な く,全 国 的 に もな り始 め た。 小 樽 の 労 働 者 との共 同 闘 争 は 次 第 に組 織 的 に な り,5分 間,1時 間,24時 間 の 同 情 ス トラ イ キが,小 樽 合 同組 織 下 の 現 場 や 工 場 で起 こ りは じめ た 。

こ の よ う な 中 で 労 働 者 は,着 々 と応 援 の 態 勢 を と との え,全 小 樽 陸 産 業 労 働 組 合 の 決 議 に した が って,磯 野 の 商 品荷 上 げ 人 夫 はつ い にス トラ イ キ に入 っ た の で あ る。 つ ま り小 樽 合 同労 組 で は,磯 野 あ て の 小 樽 着 の 味 噌3百 樽 の 陸 上 げ 拒 否,午 前 十 時 か ら十 一 時 まで の 同情 ス ト,労 働 者 三 百 名 の デ モ,磯 野 商 店 の ボ イ コ ッ トな どが 行 わ れ た。 一 方,現 地 ・富 良 野 で は学 童 盟 休(小 学 校 児 童 の ス トラ イキ)に 入 る とい う危 機 段 階 に 突入 した 。42)

状 勢 の 不 利 を見 て,そ れ まで 秘 に援 助 して い た 小 樽 の事 業 主 た ち は,磯 野 の 善 処 を 望 み 始 め た 。 地 主 た ち か ら も,憂 慮 の 声 が 上 が り始 め た。 磯 野 の ま わ り

42)青 木,第4巻,87ペ ー ジ 。

(22)

の 市 議,弁 護 士,警 察 署 長 らに よっ て 妥 協 工 作 が 開 始 さ れ た 。磯 野 に とっ て 痛 か った の は,小 作 契 約 書 の 偽 造 の件 で あ っ た 。 商 業 会 議 所 会 頭 と い う名 誉 あ る 立 場 に い た か ら,尚 更 で あ っ た。 これ は,磯 野 自身 か 管 理 人 か ど ち らが 偽 造 し た の か,ま た な ぜ 偽 造 した の か,解 ら ない 。 た ぶ ん 管 理 人 が作 っ た の だ ろ う。

10結

日農 北 連 側 の 実 証 に よ って 調 停 裁 判 に た っ て い た 旭 川 地 裁 の 裁 判 長 も,態 度 を 変 え てつ い に農 民 側 の 要 求 を通 した の で あ る 。

3月30日,つ い に磯 野 は,市 会 議 員 中 島 親 三 の 調 停 に応 じ,労 組,農 組 代 表, 市 会 議 員,弁 護 士,新 聞 記 者 らの 立 会 い で,交 渉 の 開始 を 争 議 団 に 申 し入 れ た。

7日,争 議 団 代 表 は,小 樽 倶 楽 部 で磯 野 進 と会 見 した。 第3回 目で あ っ た 。 交 渉 は3回 繰 り返 され,第 五43)の 会 見 は4月8日 の 午 前44)9時 か ら,小 樽 ク ラ ブ で,磯 野 と,徹 夜 で つ ま り24時 間 ぶ っ とお しで 行 わ れ た 。9日,よ うや く 解 決 した。 正 午,調 停 者 署 名 捺 印 を した 。 小 作 料 を4割 に改 め,27年 度 の 肥 料

を 貸 し付 け,小 作 人 の 土 地 明 け渡 し ・差 押 え を 取 り下 げ た 。 この 調 停 で,小 作 人 の 要 求 が 全 部 受 け入 れ られ た。 小 作 人 代 表 が小 樽 に 出 て 闘 争 の 陣 を 張 って か ら,ま さ に37日 目で あ っ た 。

解決条件

,土 地 の 明 渡 し訴 訟 は 取 り下 げ る こ と。

二,昨 大 正 一 五 年 一 月 三 日,平 均 収 量 一 石 二 斗 の 二 分 五 厘 の小 作 料 を 最 高 一 石 八 斗 と し,料 率 を 四分 に 引 き上 げ る こ と。

三,三 等 米 以 下 の 納 米 に 対 す る一 石 につ き五 十 銭 宛 の 差 額 米 の 撤 廃 。 四,潅 概 溝激 地 三 長 歩 の小 作 料 の撤 廃 。

43)渡 辺 で は 第4。

44)渡 辺 で は 午 後,し か し午 前 で あ ろ う。

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