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「警察はその泥棒が逃げて行くところを捕まえた」再考

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(1)

「警察はその泥棒が逃げて行くところを捕まえた」再考

杉 本   武

   (日本語学)

1. はじめに

2. トコロ補部副詞句分析 3.何がトコロ構文なのか 4. トコロ構文と自動詞 5. トコロ補部と状況補語 6.二重ヲ格制約

7.副詞句としてのトコロ補部 8.おわりに

1.はじめに

  (1)警察はその泥棒が逃げて行くところを捕まえた。

 これは,Harada(1973)によって Tb虎oプo−Complement Sentence (以下,

「トコロ構文」と呼ぶ)と名づけられたものである。Harada(1973)は,このよ うな文の「〜ところを」という句(以下,これを「トコロ補部」と呼ぶ)を問題 とし,これが目的語ではなく,状況を表す副詞句であると論じている。

 これに対して,杉本(1991)では,トコロ補部をとる動詞に見られる特異性か ら,トコロ補部を目的語とみなす可能性を指摘した。また,許斐(1993)におい ても,Harada(1973)の論拠を検討した上で,トコロ補部は目的語であると論

じている。

(2)

 本稿では,トコロ補部を目的語とみなす立場(以下,これを「トコロ補部目 的語分析」と呼ぶ)に立ち,まず,Harada(1973)などの議論を検討する。そ の後,トコロ補部をとる動詞の側と,トコロ補部の側(特に格助詞「を」に関 わる問題)の両面から,トコロ補部を副詞句とみなす立場(以下,これを「トコ ロ補部副詞句分析」と呼ぶ)の不都合を明らかにするとともに,それがトコロ 補部目的語分析によって説明されることを示したい。

2.トコロ補部副詞句分析

 まず,トコロ補部副詞句分析の立場からの議論,主にHarada(1973)の議論 を概観しておきたいω。

 トコロ構文を初めて取り上げたのは,Nakau(1973)である。 Nakau(1973

:70)では,次のような文が非文であり,トコロ補部の他に目的語が存在し得 ないことから,トコロ補部を通常の目的語とみなしている。

  (2)*警官が太郎を次郎と喧曄しているところを捕まえた。

 これに対して,Harada(1973)は,次の(3a)のような文の基底構造として,

(3b)のようなものを仮定している。

  (3)a.警察はその泥棒が逃げて行くところを捕まえた。

   b.[警察その泥棒[[その泥棒逃げて行く]ところ]を捕まえた]

この基底構造においては,トコロ補部の他に,主文の目的語である「その泥 棒」が余分な名詞句として存在している。その結果,トコロ補部は,目的語で はなく,副詞句であると考えられる。なお,Harada(1973:143)は,この

「を」を基底構造で与えられる格助詞であるとしている。

 さて,(3b)のような基底構造に,通常の同一名詞句消去が適用されると,

主文中の「その泥棒」によって補文中の「その泥棒」が消去され,次のような 非文が生成されてしまう(「二重ヲ格制約(2)」による)。

(1)許斐(1993)も参照されたい。

(2)「二重ヲ格制約」の定義およびその問題点については,6.で論じる。

(3)

  (4)*警察はその泥棒を逃げて行くところを捕まえた。

このため,Harada(1973)は, Counter−Equi NP Deletion  (以下,単に Counter−Equi と呼ぶ)という変形規則を提案している。通常の同一名詞句消

去では,主文の名詞句と同一指示の補文の主語が消去されるが,この Counter−Equiは,これとは逆方向に働き,補文の主語と同一指示の主文の名 詞句が消去される。このCounter−Equiが(3b)の基底構造に適用されると,主 文の目的語である「その泥棒」が消去され,(3a)が派生される。ただし,ヒの Counter−Equiは,通常の同一名詞句消去が適用されると,二重ヲ格制約に

よって非文が生じてしまう場合にのみ適用されるとされている。

 これに対して,Hale&Kitagawa(1977)は, Ohso(1976)の議論に従い,

この派生過程に関与するのが,Harada(1973)の言うようなCounter−Equiで はなく, Zero Pronominalization(ゼロ代名詞化) であると論じている。しか し,トコロ補部副詞句分析をとる点においては,Harada(1973)と共通してい る。本稿で問題にしたいのは,Counter−Equiの存在ではなく,トコロ補部が 目的語であるかどうかという点であるので,ゼロ代名詞化に関するHale&

Kitagawa(1977)の議論には立ち入らないことにする。

 トコロ補部副詞句分析の根拠として,Harada(1973)では,次の4点が挙げ られている。

  (5) i)分裂文においてトコロ補部以外に目的語が現れる。

    ii) トコロ補部の主語は直接受動文の主語になる。

    iii) トコロ補部は自動詞とも共起する。

    iv)主文の動詞とトコロ補部の主語との間に選択制限が存在する。

これらのうち,iii)については,4.で詳しく検討するので,ここでは, i)ii)

iv)について見ておきたい。

 まず,(5)i)ii)を合わせて見ることにする。 Harada(1973)では,トコロ 補部を副詞句とし,これ以外に目的語が余分な名詞句として存在することの根 拠として,分裂文と直接受動文(以下,単に「受動文」と呼ぶ)に関する現象を 挙げている。次の(6b)は,(6a)のトコロ構文を分裂文に,(6c)(6d)は,受動

(4)

文にしたものである。

  (6)a.警察はその泥棒が逃げて行くところを捕まえた。

   b.警察がその泥棒を捕まえたのは,(そいつが)逃げて行くところ(を)

    だった。

   c.*その泥棒が逃げて行くところが警察に捕まえられた。

   d.その泥棒は警察に逃げて行くところを捕まえられた。

 まず,(6b)の分裂文では, Harada(1973)の解釈によると,トコロ補部が焦点 として取り出されたため,二重ヲ格制約に違反しなくなり,主文に目的語とし て存在していた「その泥棒」がそのままのヲ格名詞句として現れているとされる。

 次に,(6c)の受動文は,トコロ補部を受動文の主語としたものであるが,非 文になってしまう。仮に,トコロ補部が目的語であるのならば,(6c)のような 受動文が可能であるはずである。これに対して,トコロ補部を副詞句と考える

と,このような受動文が非文であることは説明できると,Harada(1973)は論 じている。また,(6d)の受動文では,「その泥棒」が取り出され,受動文の主 語になっている。仮に,「〜ところを」が目的語で,「その泥棒」がもともとト

コロ補部中の補文の主語であったとすると,受動化によって補文中の名詞句が 取り出されることになる。Harada(1973)は,このような現象が他には見られ ないことを指摘している。しかし,トコロ補部副詞句分析においては,主文の 目的語として「その泥棒」が存在するので,ごく普通に,これが受動文の主語 になったと考えることができる。

 この二つの議論は,これ自体においては説得的である。しかし,分裂文,受 動文の派生過程に対する考え方に依存していることは否めない。例えば,分裂 文の場合,焦点の位置の句が移動によるものではなく,もともとこの位置に自 由に生成され,意味解釈されるものと考えると,必ずしもこの議論は成り立た なくなる。これらの議論については,許斐(1993)の議論が説得的である。次に,

これを概観しておきたい(3)。

(3)詳しくは,許斐(1993)を参照されたい。

(5)

 分裂文に関して,許斐(1993:363)は,次のような文を挙げ,トコロ構文に 限らず,目的語が前提と焦点の両方に生じる可能性を指摘している。

  (7)太郎が花子を褒めたのは彼女の(その)誠実さ(を)であった。

この文の「花子」と「誠実さ」は,次の(8a)のように,非分裂文においては,

ともに目的語としては存在できない。むしろ,(8b)のように,不可分離所有 の関係の「所有者一所有物」である。

  (8)a.*太郎は花子を彼女の誠実さを褒めた。

   b.太郎は花子の誠実さを褒めた。

(7)に関して,その派生過程に(8a)のような文を認め,「彼女の誠実さを」をト、

コロ補部のような副詞句とすることは無理であり,別な手だてを考えなければ ならない。そうであれば,トコロ構文の分裂文も,これと同じように扱うこと ができるであろう。

 次に受動文であるが,許斐(1993:364)は,次のような例を挙げ,(6c)のよ うな現象が「元来形式名詞を目的語にとらない動詞の場合に一般的に見られる 現象と言えそうである(p.364)」と述べている。

  (9)a.太郎は花子のことを愛している。

   b.*花子のことは太郎に愛されている。

   c.花子は太郎に愛されている。

どのような目的語でも受動文の主語になり得るわけではないので,その記述の 中に,トコロ補部の場合も含めることは可能であろう。

 また,(6d)のような受動文に関して,許斐(1993)は,受動文の「統一理論

(Uniform Theory)」の立場から,この現象を説明している。統一理論の立場 では,次の(10a)のトコロ構文の受動文は,(10b)のような基底構造を持つこ

とになる(許斐(1993:364))。

  (10)a.その泥棒は花子に自分の家の方向へ逃げて行くところを捕まえら      れた。

    b.その泥棒[[花子[自分、自分yの家の方向へ逃げて行く]とこ      ろ捕まえる]られた

(6)

これに,さらに次のような条件を仮定することによって,受動文の現象を説明 している(許斐(1993:365))。

  (11) i)「自分。」は「自分y」と指示関係が同じでなければならない。

     ii)「ところ」補文の主語とそのすぐ上位の節の主語とは同一で       あってはならない。

このうちi)は,Howard&Niyekawa−Howard(1976)の Reflexive Coreferent Constraint と同じものである。また, ii)は,「捕まえる」などの行為の動作 主と被害者が同一であるとは考えにくいという点から,自然な条件であるとし ている。

 この許斐(1993)の考え方に従えば,トコロ補部を目的語としても,受動文に 関する現象を説明することができる。さらに,それ以前の問題として,目的語 補文中の主語が受動文の主語になり得ることは,次のような例から現象的に明 らかである(なお,(13)は,意味的に,「花子」と「自分」が同一指示であると は考えられない例である)。

  (12)a.太郎iは次郎jが自分,jの息子を殴ったことを知った。

    b.次郎iは太郎」に自分、の息子を殴ったことを知られた。

  (13)a.太郎iは花子が自分iを無視していることを非難した。

    b.*花子は太郎、に自分iを無視していることを非難された。

このような文で,「〜ことを」の他に,余分な名詞句が目的語として存在して いると考えることは無理である。トコロ構文の受動文を説明する仕組みは,許 斐(1993)の考えるようなものであるかはともかく,このような文を説明するた めにどのみち必要になるものなのである。

 次に,(5)iv)は,次のような非文を排除するための仕組みに関する議論であ

る。

  (14)*太郎は雨が降っているところを捕まえた。

Harada(1973)は,この文は,主文の述語「捕まえる」が「雨」に課す選択制 限を破っているので,非文になると考えている。仮に,トコロ補部が目的語で あるとすると,この文を排除するために,主文の述語が補文の主語に選択制限

(7)

を課すという,異例な仕組みを設けなければならなくなってしまう。しかし,

トコロ補部は目的語ではなく,補文の主語の同一名詞句が目的語として存在す ると考えると,通常の選択制限が働いているとすることができると言うのである。

 これについても,許斐(1993)で反論がなされている。許斐(1993)は,単なる 動詞と目的語の間の選択制限では,次のような文を排除できないとしている

(例文は,許斐(1993:365)による)。

  (15)a.*警察は太郎が花子に似ているところを捕まえた。

    b.太郎は花子が気を失っているところを襲った。

(15a)は,「太郎」と「捕まえる」の間の選択制限を守っているにもかかわらず,

非文である。なお,これを,補文の述語である「似る」の自己制御不可能性に よるものとすることは,(15b)の文の存在によって否定される。

 以上,トコロ補部目的語分析からの許斐(1993)の議論を概観したが,以下で は,これ以外の点について議論したい。

3.何がトコロ構文なのか

 まず問題になるのは,何をトコロ構文と認めるかであるが,Harada(1973)

においては,何がトコロ構文であるのかは明確には規定されていない(4)。なお,

Harada(1973)の場合,(5)i)ii)のような,分裂文,直接受動文に関するテ ストによってトコロ構文が判定されるかもしれないが,2.で述べたことから,

このテストは有効とは考えられない。

 しかし,例えば次のような文は,「〜ところを〜」という形をとってはいる が,トコロ構文とは認められないであろう。

  (16)太郎は,次郎が外出したところを見計らって,家に忍び込んだ。

この場合の「〜ところ」は,単に「時」を示す名詞句にすぎない。トコロ構文

(4)ただし,Harada(1973)は,トコロ補部については, a physically perceptible  state of affairs which indicates the situation in which the event referred to by the  matrix sentence takes place(p.115) と述べている。

(8)

で問題とされるのは,次の(17)で,「捕まえ」られるのが「ところ」ではなく,

補文中の名詞句であるところの「その泥棒」であることであろう(これを「意 味上の目的語」と呼ぶことにする。これについては後述する)。

  (17)警察はその泥棒が逃げて行くところを捕まえた。

このことは,次のようなパラフレーズによってテストできる。

  (18)*太郎は,外出した次郎を見計らって,家に忍び込んだ。

  (19)警察は逃げて行くその泥棒を捕まえた。

もともと「見計らう」は,「人」を目的語にとることはできない。一方,「捕ま える」の場合,「人」を目的語にとることができ(むしろ,本来はこうである),

(17)と(19)は同じ出来事を意味する。次の「襲う」も「捕まえる」と同じよう に考えることができる。

  (20)a.太郎は花子が油断したところを襲った。

    b.太郎は油断した花子を襲った。 (=a.)

 これに対して,次のような場合,「熊」が「発見さ」れたことには間違いな いが,「熊」自体が問題になっているのではない。「熊が山に逃げ込もうとす る」状況の「発見」が問題になっているのである。したがって,(21a)と

(21b)は同義にはならない。

  (21)a.捕獲隊は熊が山に逃げ込もうとするところを発見した。

    b.捕獲隊は山に逃げ込もうとする熊を発見した。 (≠a.)

このような場合の「〜ところを」は,通常の目的語であり,トコロ構文ではな いとしてよいであろう。同様のことは,Harada(1973)でトコロ構文の主文の 動詞(以下,単に「トコロ構文動詞」と呼ぶ)とされている「見つける」につい ても言えよう。

  (22)a.先生は太郎がカンニングをしているところを見つけた。

    b.先生はカンニングをしている太郎を見つけた。 (≠a.)

このような「発見タイプ」の動詞(5)の場合,「〜ところを」を目的語としてと

(5)後述のJosephs(1976)の動詞のカテゴリーによると, discovery にあたる。

(9)

ることができると考えられる。

 「知覚タイプ」の動詞(6)の場合も,発見タイプの動詞と同様のことが言える。

  (23)a.太郎は花子が絵を描くところを見ていた。

    b.太郎は絵を描く花子を見ていた。 (≠a.)

 次に,どのような動詞がトコロ構文をとることができるのか見ることにする。

Harada(1973)では,トコロ構文動詞として,次の動詞,およびその自動詞形 が用いられており,語例の点ではそれほど多くない。

  (24)捕まえる,襲う,助ける,見つける,訪ねる(7)

 どのような動詞でもトコロ補部をとることができるわけではなく,例えば,

次の例の「叱る」や「いたわる」のように,トコロ補部をとることができない 動詞もある。

  (25)*先生は生徒がいたずらをしているところを叱った。

  (26)*花子は太郎が疲れきっているところをいたわった。

この問題について,Josephs(1976)は,トコロ補部の現れる述語が名詞化辞

「の」の場合と多く一致するとした上で,次のように述べている(8)。

  (27)  Specifically, Sτoゐoτo o apPears regularly in sentences containing

    nonpresupPositional, nonfuturitive predicates, i.e., verbs of sense

    perception, discovery, helping, and stopPing.(Josephs(1976:348))

なお,このうち, sense perception (本稿で言う「知覚タイプ」), discovery

(本稿で言う「発見タイプ」)は,先に述べたように,本稿ではトコロ構文動詞 とは認めない。

 この点を除き,Josephs(1976)の動詞のカテゴリーに従うと,例えば,次の 文の対の文法性の違いは,「呼び止める」が stopping (本稿では「停止タイプ」

(6)後述のJosephs(1976)の動詞のカテゴリーによると, sense perception にあたる。

(7)Harada(1973:138)では,次のような例文で出されている。

   i)太郎が花子のオフィスを訪ねたのは,彼女がちょうど外出したところ(を)

    だった。

 これをどのように扱うかは,まだ明らかではない。

(8)詳しくは,Josephs(1976)を参照されたい。

(10)

と呼ぶことにする)であることから,うまく説明ができる。

  (28)*太郎は次郎が部屋の前を通りかかったところを呼んだ。

  (29)太郎は次郎が部屋の前を通りかかったところを呼び止めた。

なお,これは,「の」による名詞化の場合と一致する。

  (30)*太郎は次郎が部屋の前を通りかかったのを呼んだ。

  (31)太郎は次郎が部屋の前を通りかかったのを呼び止めた。

 また,Josephs(1976)が helping (本稿では「救助タイプ」と呼ぶことにす る)と分類している動詞もトコロ補部をとることができる。

  (32)太郎は次郎が倒れたところを助け起こした。

  (33)太郎は花子が酔っぱらいにからまれているところを救った。

しかし,次の例のように,「助ける」などに近い意味を持つ動詞でも,トコロ 補部をとることができないものがある。

  (34)*太郎は次郎が金に困っているところを援助した。

  (35)*太郎は次郎が先生に叱られているところをかばった。

  (36)*太郎は女の人が車をぬかるみから出そうとしているところを手

    伝った(9)。

救助タイプの動詞でも,相手に対して何か具体的な動作を行う場合にしか,ト コロ補部をとることができないようである。

 また,(20a)の「襲う」や次に挙げる文の動詞のように, Josephs(1976)の カテゴリーには入らないようなものもトコロ補部をとることができる。

  (37)?太郎は次郎がひるんだところを殴った(10)。

  (38)太郎は次郎が崖下を覗き込んだところを突き飛ばした。

  (39)太郎は狼の一団が洞窟から飛び出して来たところを撃ち殺した(11)。

(9) この場合,「ところ」を「の」で置き換えると,文法的になる。

    i)太郎は女の人が車をぬかるみから出そうとしているのを手伝った。

(10)Hale&Kitagawa(1977)は,「殴る」について a full−fledged℃ounter Equi

 verb in Harada s sense(p.53) と述べているが,文法的な例文とされるものは挙げ

  られていない。筆者の内省では,(37)は若干不自然である。

(11)例文は,Hale&Kitagawa(1977:47)による。 Hale&Kitagawa(1977)では,正

(11)

これらの文の動詞は,言うなれば,「攻撃タイプ」の動詞である。

 また,(17)の「捕まえる」のように,「捕捉タイプ」の動詞もトコロ補部を

とることができる(12)。

  (40)NASAは人工衛星が軌道からはずれて落下してくるところを回収     した。

  (41)太郎は家出した息子がゲームセンターに来たところを連れ返った。

 このように見てくると,トコロ補部をとることができる動詞は,かなり限ら れていることがわかる。仮に,トコロ補部が状況を表す副詞句であるのならば,

意味的な条件(13)にさえ合致すれば,自由に動詞と共起できるはずである。例 えば,「子供がゴミを拾った」という状況において「太郎が子供を褒めた」と いう意味で,次のような文が存在してはならない理由はないであろう。

  (42)*太郎は子供がゴミを拾ったところを褒めた。

これは,本来「人」であるところの目的語に「〜ところ」をとるという点で,

特別な制限が課せられると解する方が自然である。

 さらに,このトコロ構文動詞に共通しているのが何かと言うと,「他動性」

が高いという点である。このことは,トコロ補部目的語分析においては,次の ように解釈される。トコロ構文においてはトコロ補部が目的語になっているの で,動詞で表される動作の働きかけの対象は,トコロ補部が示すところの状況 になる。しかし,直接の対象(意味上の目的語)は,あくまでも補文の主語で ある。状況に働きかけることによって対象に影響を及ぼすには,強い働きかけ が必要になる。このような構文を成り立たせるためには,高い他動性を持った

 確には,

   i)太郎は狼の一団が洞窟から飛び出して来るところを撃ち殺した。

  となっていたが,落ち着きが悪いので,本文のように変えた。

(12)Josephs(1976)では, discovery とされているが,本稿では,「発見する」など   と区別するために,「捕捉タイプ」と呼ぶことにする。

(13)例えば,この条件は, the event of the matrix sentence[_】took place as an im−

 mediate consequence of the embedded sentence event[..◆】, i.e., at the very moment

 after the embedded sentence event was completed.(Josephs(1976:349)) という

  ように考えることができる。

(12)

動詞が要求されるのである(14)。

 最後に,「意味上の目的語」について述べておきたい。先にも述べたように,

トコロ構文は,トコロ補部を目的語としてとるが,直接の対象であるところの 意味上の目的語は,補文の主語である。例えば,次の文の場合,意味上の目的 語は,補文の主語である「敵」である。

  (43)兵士達は敵が寝込んだところを襲った。

本稿では,これは意味解釈上の問題であると考えたい。次の(44a)が(44b)の ような基底構造を持ち得ない以上,これは,トコロ構文でなくとも,どのみち 必要になる仕組みである。

  (44)a.兵士達は敵の寝込みを襲った。

    b.[兵士達が敵を[敵の寝込み]を襲った]

4.トコロ構文と自動詞

 トコロ構文動詞の中には,自動詞であるにもかかわらず,「〜ところを」と いう形のトコロ補部をとるものがある。これは,Harada(1973)において,ト コロ補部副詞句分析の最も強力な根拠になっている((5)iii))(15)。次に,この 問題を検討したい。

 これは,例えば,次のa.のような文の存在である。

  (45)a.その泥棒は逃げて行くところを警察に捕まった。

    b.警察はその泥棒が逃げて行くところを捕まえた。

  (46)a.太郎はカンニングしているところを先生に見つかった。

    b.先生は太郎がカンニングしているところを見つけた。

a.の「捕まる」「見つかる」は自動詞であるので,トコロ補部は目的語とは考

(14)なお,知覚タイプ,発見タイプの動詞の場合,直接の対象もトコロ補部が示すと   ころの状況であるので,このような要求は必要ない。

(15)2.で述べたように,分裂文,直接受動文に関するものは,多分に理論に依存した

  面がある。

(13)

えられない。したがって,Harada(1973)では, b.の他動詞と共起しているト コロ補部も目的語とは考えられないとされる。

 しかし,この「捕まる」「見つかる」という動詞は,杉本(1991)で論じたよ うに,次のような特異な性質を持っている(16)。

  (47) i) 自動詞が,対応する他動詞のガ格名詞句を任意に二格名詞句       としてとる。

     ii) 二格名詞句をとった文の場合,特殊な意味が付け加わる。

     iii) 自動詞の場合でもヲ格名詞句をとることがある。

このような点で特殊なクラスの動詞(杉本(1991)では「受動詞」と呼んだ)であ るわけであるが,ここでは,特に,iii)が重要である。これは,例えば,次の ような例である。

  (48)太郎は隠し持っていた煙草を先生に見つかった。

ただし,「捕まる」に関しては,このような文は作りにくいようである。

  (49)?太郎はかくまっていた弟を警察に捕まった。

このような動詞は,自動詞でありながら,目的語をとることがあるのである。

言わば,他動詞の性質を残した自動詞なのである。

 これに関連して,杉本(1991)では,「助かる」は受動詞ではないため(17),ト コロ補部をとらないと論じた。

  (50)??太郎は困っているところを助かった。

これに対して,許斐(1993:372)は,次のような例を挙げて,「助かる」がトコ ロ補部をとることがあることを指摘している。

  (51)僕は,君のおかげで,危ないところを助かったよ。

  (52)もうこれでおしまいかと思ったところを助かった。

  (53)絶体絶命のところを助かった。

(16)詳しくは,杉本(1991)を参照されたい。

(17)例えば,次のb.のような構文を許さない。

    i)a.太郎が次郎を助けた。

     b.*次郎が太郎に助かった。

(14)

しかし,このような「〜ところを」は,これまで見てきたようなトコロ補部と は少し違うようである。例えば(51)は,対応する他動詞文の形にすると非文法 的になる。

  (54)*太郎は次郎が危ないところを助けた。

逆に,次のように他動詞文の形で文法的な文は,自動詞文の形にすると非文法 的になる。

  (55)a.太郎は次郎が足を踏みはずして宙吊りになっていたところを助け      た。

    b.*次郎は足を踏みはずして宙吊りになっていたところを助かった。

また,(55a)の場合の「ところ」が「の」で置き換えられるのに対して,(51)

の場合の「ところ」は「の」で置き換えられない。

  (56)*僕は,君のおかげで,危ないのを助かったよ。

  (57)太郎は次郎が足を踏みはずして宙吊りになっていたのを助けた。

 意味の点から考えると,(55a)の補文が具体的な状況を表しているのに対し て,(51)の補文は抽象的な状況を表している(18)。例えば,「足を踏みはずして 宙吊りになる」状況が「危ない」と「評価」されるのである。本稿では,(51)

〜(53)のような「〜ところを」は,ここで扱うようなトコロ補部とは考えず,

その扱いについては,7.で考えたい。

 このようなものとは別に,次のような例もある。

  (58)a.太郎は次郎がひるんだところを殴りかかった。

    b.?太郎は次郎がひるんだところに殴りかかった。

  (59)a、警官は犯人が人質から目を離したところを飛びかかった。

    b.?警官は犯人が人質から目を離したところに飛びかかった。

「殴りかかる」「飛びかかる」は自動詞であるが,「〜ところを」をとる。この

「を」を「に」に変えると,むしろ不自然になってしまう。このような文の存 在は,むしろ,トコロ補部副詞句分析には不都合ではないだろうか。例えば,

(18)3.の救助タイプの動詞に関する議論も参照されたい。

(15)

Harada(1973)の考え方に従うと,(58a)は,次のような構造を持つことになる。

  (60)[太郎が次郎に[次郎がひるんだところ]を殴りかかった]

この場合,二重ヲ格制約には違反しないため,Counter−Equiが適用される理 由はなく,(58a)のような文が派生される可能性はない。逆に,この構造から 派生されるのは,通常の同一名詞句消去が適用された,次のような文になるは ずであるが,これは非文である。

  (61)*太郎が次郎にひるんだところを殴りかかった。

したがって,(58a)のような文では,トコロ補部は,副詞句ではなく,二格名 詞句の代わりの目的語であると考えざるを得ない。

 これは,次のような文と対照的である。

  (62)a.[警官が犯人を[犯人がアジトに逃げ帰る途中]で捕まえた]

    b.警官は犯人をアジトに逃げ帰る途中で捕まえた。

この「〜途中で」も副詞句である。しかし,二重ヲ格制約に違反しないため,

Counter−Equiが適用されず,(62b)のような文は文法的である。

 それでは,(58a)(59a)のような文では,なぜ二格名詞句ではなく目的語をと るのであろうか。ここで注目されるのは,「殴りかかる」が,他動詞と自動詞 が結合した複合動詞であることである。この複合動詞の場合,全体の格構造を 決定するのは後項要素である自動詞であるが,前項要素である他動詞の性質を 残しているということは,十分考えられることである。実は,このことは,

「捕まる」「見つかる」についても言える。杉本(1991)で論じたように,これ らの動詞は,単なる自動詞ではなく,対応する他動詞を受動化したという性質 の強い動詞である。このため,自動詞でありながら,他動詞の性質を残してい ると言うことができる。このように解釈すると,自動詞が目的語をとるという 現象を説明することができる。もちろん,なぜ,このような自動詞が通常は目 的語をとらないのに,「〜ところ」の形の目的語をとることができるのかは,

問題として残る(19)。

(19)これには,3.で述べた他動性の問題が関係しているかもしれない。

(16)

 なお,これに対して,「一ところに」しかとれない自動詞もある((63a)は,

Josephs(1976:353)に,(64a)は, Hale&Kitagawa(1977:51)による。ただ し,(63a)は,筆者の内省では,若干不自然である)。

  (63)a.私は次郎が急いで走って行くところにぶつかった。

    b.*私は次郎が急いで走って行くところをぶつかった。

    c.*私は次郎に急いで走って行くところをぶつかった。

  (64)a.ジョンは花子が部屋から飛び出して来たところに出くわした(20)。

    b.*ジョンは花子が部屋から飛び出して来たところを出くわした。

    c.*ジョンは花子に部屋から飛び出して来たところを出くわした。

トコロ補部副詞句分析に従うと,「〜ところを」の形のトコロ補部は副詞句で あり,意味的な条件に合致しさえすれば,自動詞であろうと自由にとることが できるはずである。そうであるとすると,このような動詞も「〜ところを」の 形のトコロ補部をとることが可能なはずであるが,非文になる。

 ただし,(63c)(64c)は,語順を変えるとかなり自然になるようである(21)。

  (63)d.?私は急いで走って行くところを次郎にぶつかった。

  (64)d.?ジョンは部屋から飛び出して来たところを花子に出くわした。

しかし,この場合,補文の主語と同一指示であると解釈されるのは,主文の二 格名詞句ではなく,主語である。その解釈においては,このようなトコロ補部

を目的語とみなすことはできないであろう。これは,7.で改めて取り上げるが,

問題として残る。

5.トコロ補部と状況補語

 これまでの議論では,主にトコロ構文動詞の側からトコロ構文について見て きたが,次に,トコロ補部自体の性質について見てみたい。

(20)この文は,3.で行った議論により,本稿ではトコロ補部とみなさないが,ここで   は,仮にトコロ補部として議論をしてみよう。

(21)Hale&Kitagawa(1977)の分析では,こちらが通常の語順であろう。

(17)

 まず,仮にトコロ補部を副詞句とした場合,この「を」は何なのであろうか。

Harada(1973:143)は,次に挙げる文における「を」と同じような,基底構造 から存在する「を」であると述べている。

  (65)花子がこの川を渡った。

  (66)鳥が空を飛んでいる。

このような移動格の「を」は,杉本(1986)で述べたように,移動動詞とのみ共 起するという性質がある。ところが,トコロ構文動詞は移動動詞ではない。し たがって,トコロ補部の「を」は,移動格の「を」とは考えられない。むしろ,

Harada(1973)では挙げられていないが,意味的類似性から,次のような状況 の「を」と考えた方がよいであろう(以下,「〜中を」という句を「状況補語」

と呼ぶ)。

  (67)太郎は雨の中をさまよった。

状況補語の場合,杉本(1986)で述べたように,移動動詞でなくとも,何らかの 移動を伴う動作を表す動詞とは共起する。しかしながら,トコロ補部は,状況 補語とは異なった性質を持つ(22)。

 まず第一に,トコロ補部と状況補語とでは,形式名詞が異なる点である。状 況補語の場合,杉本(1993)で述べたように,典型的には形式名詞「中」をとる

(「下」をとることもある。詳しくは,杉本(1993)を参照されたい)。ところが,

トコロ補部は,形式名詞として「中」をとることができない。

  (68)a.警察はその泥棒が逃げて行くところを捕まえた。

    b.*警察はその泥棒が逃げて行く中を捕まえた。

 第二に,トコロ補部の補文の主語は,トコロ補部副詞句分析の立場では,主 文の名詞句と同一指示でなければならないが,状況補語の補文の主語は,次の

ように,同一指示であってはならない。

  (69)a.花嫁は皆が花を投げる中を歩いて行った。

    b.*花嫁は皆に花を投げられる中を歩いて行った。

(22)なお,杉本(1993)で論じたように,状況の「を」は移動格の「を」の一種である  が,ここでは,便宜上,区別して扱う。

(18)

 第三に,トコロ補部の補文の動詞は,テンスに関して自由であるが,状況補 語の補文の動詞は,未完了形しかとることができない。

  (70)a.警官は犯人が自宅に立ち戻るところを捕まえた。

    b.警官は犯人が自宅に立ち戻ったところを捕まえた。

    c.警官は犯人が自宅に立ち戻っているところを捕まえた。

  (71)a.花嫁は皆が花を投げる中を歩いて行った。

    b.*花嫁は皆が花を投げた中を歩いて行った。

    c.?花嫁は皆が花を投げている中を歩いて行った。

 第四に,Josephs(1976:351)も述べているように,トコロ構文の主文の動 詞は,瞬間的な動作,あるいは比較的短い持続の動作を表す動詞でなければな らないが,状況補語をとる動詞は,持続的な動作を表す動詞でなければならな い((72)の例文は,Josephs(1976:351)による。例文の判定もJosephs(1976)

による)。

  (72)a.僕は彼女が困っているところを助けてあげた。

    b.??僕は彼女が困っているところを3年間助けてあげた。

  (73)a.*太郎は雪が降る中を立ち上がった。

    b.太郎は雪が降る中を3時間も歩きまわっていた。

 第五に,杉本(1993)でも述べたように,状況補語は本質的には「場所」を表 す。状況と言っても,状況が「中」という場所を表す形式名詞によって場所化

されるのである。これに対して,トコロ補部は「時」を表す(23)。このため,

トコロ構文は,次のようにパラフレーズできることがある((74b)は,許斐

(1993:367)による)。

  (74)a.太郎は相手が油断したところを捕まえた。

    b.太郎は相手が油断した瞬間を捕まえた。

    c.太郎は相手が油断した隙を捕まえた。

この意味において,トコロ補部の「ところ」は,次のようなアスペクト形式

(23)これについて,Josephs(1976)は, the nominalizer zo虎oπo means something

 like moment or instant (p.349) と述べている。

(19)

「ところだ」と関連する。

  (75)a.太郎は次郎に電話をかけるところだ。

   b.太郎は次郎に電話をかけたところだ。

   c.太郎は次郎に電話をかけているところだ。

ちなみに,アスペクト形式「ところだ」も,補文の動詞のテンスに関して自由 である。トコロ補部の「ところ」とアスペクト形式「ところだ」の「ところ」

は,同一のものと見てよいだろう。

 このように,多くの点で,トコロ補部と状況補語は異なっている。

6.二重ヲ格制約

 Harada(1973)のCounter−Equiの適用には,「二重ヲ格制約」と呼ばれる ものが重要な役割を果たしている。Harada(1973)は,この二重ヲ格制約を次 のように定義している。

  (76)  Aderivation is marked as ill−formed if it terminates in a surface

    structure which contains two occurrence of NPs marked with o both

    of which are immediately dominated by the same VP−node.

    (Harada(1973:138))

しかし,杉本(1986)で述べたように,いわゆる「二重ヲ格制約」には,言わば 強いものと弱いものの二つがある。杉本(1986)では,前者を「二重目的語制 約」,後者を「ヲ格名詞句連続制約」と呼んだ。二重目的語制約は,目的語の ヲ格名詞句が二つ以上存在する場合,その文が非文になるものであり,ヲ格名 詞句連続制約は,(目的語であるかどうかにかかわらず)ヲ格名詞句が二つ以上 連続する場合,その文が非文とまでならず,不自然になるものである。

 例えば,次の文は,二重目的語制約に違反した場合である。

  (77)a.*太郎は次郎を手紙を読ませた。

    b.*太郎が次郎を読ませたのは手紙(を)だ。

    c.*手紙を太郎は次郎を読ませた。

(20)

この場合,b.のように,分裂文によって一方の目的語が文の外に取り出され ても,c.のように,かきまぜによって二つの目的語が引き離されても,文法性 は変わらない。これに対して,ヲ格名詞句連続制約に違反した文の場合,二重 目的語制約に対する違反ほど文法性は落ちず,二つのヲ格名詞句が連続しなく なれば,完全に文法的な文になる。

  (78)a.?先生はその生徒をグラウンドを走らせた。

    b.先生がその生徒を走らせたのはグラウンド(を)だ。

    c.その生徒を先生はグラウンドを走らせた。

(78a)で,「その生徒」は目的語であるが,「グラウンド」は目的語ではない。

この場合,(78c)のように,二つのヲ格名詞句が同一文中にあっても,他の句 がその間に挟み込まれていれば,文法的な文となる。

 さて,トコロ構文の場合であるが,トコロ補部副詞句分析に従えば,トコロ 補部は目的語ではない。したがって,これに関与するのは,二重目的語制約で はなく,ヲ格名詞句連続制約である。そうであれば,前述のように,不自然に なることはあっても,非文にはならないはずである。しかし,予想に反し,次 の(79)は非文になる。

  (79)*警察はその泥棒を逃げて行くところを捕まえた。

また,同様に,ヲ格名詞句連続制約の場合,二つのヲ格名詞句の間に他の句が 挟み込まれれば,完全に文法的な文になるが,次のように,トコロ構文ではそ

うならない。

  (80)*その泥棒を警察は逃げて行くところを捕まえた。

 これに対して,トコロ補部を目的語と仮定し,これらの非文が二重目的語制 約に対する違反であると考えると,うまく説明ができる。つまり,(79)は,目 的語が二つあるので非文になる。また,二重目的語制約は,ヲ格名詞句を引き 離すことによっては回避できないので,(80)も非文になるのである。

(21)

7.副詞句としてのトコロ補部

 許斐(1993)は,トコロ補部目的語分析の立場をとりながらも,次のような例 から,副詞句としてのトコロ補部の存在も認めている(例文は,許斐(1993:

368)による)。

  (81)お忙しいところをお足をお運びいただきましてまことに有難うござ     いました。

  (82)太郎が疲れきって帰宅したばかりのところを大勢の生徒が押し掛け     た。

 このような副詞句としてのトコロ補部を一部でも認めてしまうと,この句は,

副詞句である以上,意味的な条件に適っていさえすれば,自由に文中に生成さ れてしまう。そうすると,次のような文を排除できなくなる。

  (83)*刑事は犯人をやつが逃げて行くところを捕まえた。

この場合の「〜ところを」は副詞句であるので,本稿で言う二重目的語制約に は違反しない。したがって,(83)は,多少不自然になるとしても,完全に非文 法的にはならないはずであるが,そうはならない。それでは,(81)(82)のよう な「〜ところを」は何なのであろうか。以下,これまで扱ってきたトコロ補部

とは区別して,このような「〜ところを」を「トコロ句」と呼ぶことにする。

 (81)(82)のようなトコロ句には,二つの特徴的な点が存在する。一つは,こ のようなトコロ句が通常文頭に置かれるという点である。もう一つは,このよ うなトコロ句の場合,「それにもかかわらず」という,逆接的な意味合いが付 け加わるという点である。この点から,本稿では,このようなトコロ句は動詞 の補部というより,従属節であると考えたい。したがって,トコロ句の「とこ ろを」は,接続助詞相当の連語であることになる。

 このことは,次のような現象からも見てとることができる。次の文は,(81)

(82)を分裂文にしたものである。

  (84)*お足をお運びいただいたのは,お忙しいところ(を)だった。

  (85)??大勢の生徒が押し掛けたのは,太郎が疲れきって帰宅したばかり

(22)

    のところ(を)だった。

通常のトコロ構文と異なり,このような文は分裂文にしにくい。これは,トコ ロ句が動詞の補部ではなく,従属節であるからであろう。ただし,(81)の場合,

これが「決まり文句」であることも関係しているであろう。

 Hale&Kitagawa(1977:50)が挙げている次のような例も同様に考えるこ とができるであろう。

  (86)a.都合悪くも,太郎は花子が疲れきって帰って来たところを彼女に      泣きついたものらしい。

    b.??太郎が花子に泣きついたのは,花子が疲れきって帰ってきたと      ころ(を)だった。

 4.で取り上げた(51)〜(53)のような文も,従属節のトコロ句と考えることが できる(次に(87a)〜(88a)として再掲する)。

  (87)a.僕は,君のおかげで,危ないところを助かったよ。

    b.??僕が助かったのは,危ないところ(を)だった。

  (88)a. もうこれでおしまいかと思ったところを助かった。

    b.??(僕が)助かったのは,もうこれでおしまいかと思ったところ      (を)だった。

  (89)a.絶体絶命のところを助かった。

    b.??(僕が)助かったのは,絶体絶命のところ(を)だった。

 しかし,同様に4.で取り上げた(63d)(64d)のような文の場合は,逆接的な 意味合いがないので,このようには考えられない(次に(90a)(91a)として再掲

する)。

  (90)a.?私は急いで走って行くところを次郎にぶつかった。

   b.?私が次郎にぶつかったのは,急いで走って行くところ(を)だった。

  (91)a.?ジョンは部屋から飛び出して来たところを花子に出くわした。

   b.?ジョンが花子に出くわしたのは,部屋から飛び出してきたとこ     ろ(を)だった。

この場合,b.の分裂文の文法性とトコロ補部の主語の解釈が問題になるであ

(23)

ろう。(90)(91)の取り扱いは,いまだ問題として残る。

 なお,許斐(1993:369)は,同様の例として次のようなものをあげている。

  (92)国土庁から退庁直前のところを,長岡は捜査本部まで任意同行を求     められた。(森村『暗黒流砂』)

  (93)ほろ酔いかげんで歩いているところを後から警笛を鳴らされてかっ     となって刺してしまったのです。(森村『街』)

  (94)犯行現場は品川の連れ込みホテルで男は寝ているところを首を締め     られたらしい。(渡辺『桐に赤い花が咲く』)

  (95)彼はぐっすり寝入ったところをいきなり頭を殴られたのだ。

このうち(92)(93)は,従属節のトコロ句であると考えられるが,(94)(95)は,

そのようには考えられない。しかし,(94)(95)で特徴的なのは,「首を締める」

「頭を殴る」というように,身体部位を目的語としてとり,これ全体で動詞相 当と考えられること,それに受動文になっていることである。これらの場合,

トコロ補部と「首を」「頭を」の語順を入れ換えることができない。これは,

動詞から目的語を引き離すことになるからであろう。

  (96)*犯行現場は品川の連れ込みホテルで男は首を寝ているところを締     められたらしい。

  (97)*彼は頭をぐっすり寝入ったところをいきなり殴られたのだ。

また,能動文に直すと,元の文と比べて不自然になる。

  (98)?犯行現場は品川の連れ込みホテルで(犯人は)男が寝ているところ     を首を締めたらしい。

  (99)?(犯人は)彼がぐっすり寝入ったところをいきなり頭を殴ったのだ。

これらの点から,(94)(95)は特殊な二重目的語構文であると考えたい。

8.おわりに

 以上,いくつか未解決の問題もあるが,トコロ構文動詞の側からとトコロ補 部の側から,トコロ補部を目的語とみなす論拠をいくつか見てきた。トコロ構

(24)

文動詞の側からは,その動詞の特殊性を指摘した。トコロ補部の側からは,副 詞句として機能するヲ格名詞句との違いを指摘した。

 しかしながら,この種の議論の難点は,柴谷(1978)で「目的語(客語)という 範疇,特に直接目的語と間接目的語との区別は統語機能の面からの特徴づけは

むずかしい(p.225)」と述べられているように,日本語においては,目的語の 規定が難しいことである。そのため,トコロ補部は目的語であるという直接的,

肯定的な議論よりも,トコロ補部は副詞句ではないという間接的,否定的な議 論にならざるを得ない。目的語とは何なのか,他動詞とは何なのかという考察 がさらに必要になるであろう。

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柴谷方良(1978)『日本語の分析』,大修館書店

参照

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