1.問題と目的
大学における教育実践への関心
筆者が,
1981
年に専任の大学教員となってから38
年。最初の7
年は大垣 女子短期大学幼児教育科,その後は中央大学文学部において教育・発達系 の心理学の講義やゼミを担当してきた。この間,大学を取り巻く環境は大 きく変化してきたが,大学教員にとって教育が重要な活動の1
つであるこ とには違いがない。筆者は,
これまでにも,
自らの教育実践を対象として検討をおこなってきた(都筑,
1985, 1986, 1989)。そうした問題関心を持った背後には, 次の
ような2
つの出来事があった。第1
は,最初に勤務した大垣女子短期大学 に,通常の第一部(昼間の授業を受ける学生を対象とした教育制度)に加えて,
勤労学生を対象に教育をおこなう第三部があったことである。第三
部とは,
短大の周辺にある紡績工場において交代制勤務で働きながら, 3年
間かけて学ぶという教育制度である。第二部(夜間定時制)の学生は,
昼
間に仕事をして,夜に授業を受ける。それに対して, 第三部の学生は, ①午
前中の授業(2コマ)と午後からの仕事,②早朝からの仕事と午後遅くから
の授業(2コマ)の2
つのパターンを隔週で繰り返すのである。ある学生大人数講義における学生の能動性を 高める教育実践の試み
―
manaba
とrespon
を用いたアクティブ・ラーニング―都 筑 学
は,
授業の感想で次のように述べている。 「大垣に来て, もう 1
年が過ぎた。学校と仕事の両立は難しく,
どちらかに傾いてしまう。学校で課題が出れ
ば,
睡眠不足で仕事現場でふらふらし,
仕事が大変だった時には,学校で居眠りをしてしまう。自分のやる気が足りないのだとは思うが,こうした 生活を続けているわけなのです」。このような学生を目の前にして教壇に 立った筆者は,大学教育とは何か,
大学教員の使命とは何か,
ということ を強く考えさせられたのである。第
2
は,1980
年代前半に,『大学教育実践』や『大学での学び』というタ イトルの付いた書籍が相次いで出版されたことである(尾形,1981, 1983,
原・浅野,
1983, 岩田, 1984, 和光学園教育実践シリーズ出版委員会, 1984)
。 大学での教育経験の浅かった筆者にとって,これらの書籍で紹介されてい た教育実践のあり方は,具体的な授業を進めるにあたって大いに参考に なっただけでなく,大学教員がおこなう教育活動が青年期教育において果 たす重要な役割を強く意識するようになったのである。年代による講義形態の変化
1980
年代から現在に至るまでに,大学の教室環境や使用可能な教育機材
は大きく変化してきた。それに伴って,講義の形態も変わってきた。
都筑(1985)は,
1981
年から4
年間にわたる教育心理学の講義について 検討した。受講生が100
名を超えるということで,教育心理学に関する知 識を学生に伝えることを主な目標として授業が進められた。初めは,講義
ノートにもとづいて板書しながら説明するという講義,次に板書に加えて
資料紹介用プリントを配布して説明する講義,さらには,板書を止めて,講義の流れ(見出し)と図表資料を併せたプリントにもとづいた講義,と いうように講義形態を変えていった。
このような講義の形態を転換しようとしたのが
1985
年であった。「考え
る授業」
「受け身の授業から学生が能動的に参加する授業へ」
という目標を 掲げたのである(都筑,1986)。具体的には, プリントにもとづく講義に加
えて,5~7
名を1
グループとして,一つの講義で17~19
のグループを作り,
毎回の授業でグループ討論と発表の時間を設けた。 「自分とは違う意見
があることがわかり,よかった」「一方的な授業でなく,
参加しているとい
う感じがした」という肯定的な意見と「ついついムダなおしゃべりが多く なってしまう」「発言する人とそうでない人が分かれ,考えなくなる人も出
てくる」という否定的な意見が出されていた。1988
年度以降も,中央大学において,授業中にグループ討論や質疑応 答,自主レポートの発表などを取り入れ,学生の能動的な学習を引き出す ような工夫をおこなってきた。講義では,単に心理学的な知識を学習する
だけでなく,学生が自らの発達過程を振り返り,自分自身の問題として考 えることもねらいとしていた。講義における資料の提示方法は,
この間に随分と変わってきた。当初,
授業毎に印刷して用意していたプリントも,そのうちに
OHP(Over Head
Projector)による資料の投影に代わり, さらにパワーポイントで作成したス
ライドを用いるようになった。今では,
LMS
(Learning Management System)を用いて,そのスライドを事前配布することも可能になった。コメント ペーパーに書かれた学生の意見を翌週の授業で紹介する代わりに,
クリッ
カーを用いて学生の意見を集約し,その結果を授業内にフィードバックす ることも可能になった。飛躍的に発展する
ICT(Information and Communication Technology)に
よって,
大学の講義は教室の中で完結するものではなくなってきている。
ICT
を媒介ツールとして,大学教員と学生が教室の内外を問わず直接的に つながり,相互にやりとりをしながら講義を展開していく時代が訪れたの である。私立大学情報教育協会による『大学教育と情報』(2017年 No.2)は,
「モバイル等を活用したアクティブ・ラーニング」を特集し, 大人数講
義における教員と学生の双方向性授業の取り組みを紹介している(佐野・植村・中川・中西,
2017 ;
宮田,2017 ;
大津,2017 ;
久保田,2017 ;
杉井,2017)。
本稿の目的
本稿は,筆者が
2018
年度前期におこなった講義科目「生涯発達心理学」の教育実践の記録である。この科目は,文学部心理学専攻の専門科目(3年 次)であり,
他学部・他専攻の学生も履修できるゴシック科目となっている。
この講義科目
「生涯発達心理学」
では,中央大学が導入している(株)朝
日ネットが提供するクラウド型LMS
のmanaba
とクリッカー機能をもつアプリ
respon
を用いて,双方向性の授業を展開することをねらいとした。本
稿では,学生の学習状況を分析することによって,
ICT
活用が学生の能動 的な学習に対していかに影響を及ぼすかを検討することを目的とする。2.生涯発達心理学の授業内容 授業のシラバス
生涯発達心理学は,人間の一生を対象とし,
どのようにして人間が発達
していくのかを研究する学問である。人間は真空の中で生きているのでは なく,常に時代の空気を吸いながら生活している。そのような人間の生涯 にわたる発達について,できる限りリアルにとらえることが重要である。
以上のような問題意識のもとに,この授業では,図
1
のシラバスに示し たように,人間の生涯発達を時代や社会,文化や生活という大きな枠組み を通して理解することを目標として設定した。生涯発達心理学では,
人間の一生を乳児期, 幼児期, 児童期, 青年期, 成
人期,
老年期というように区分する。こうした発達段階を順に追いながら,
授業を進めていくのがオーソドックスなやり方である。そのような授業の 進め方だと,どうしても,それぞれの発達段階における固有の発達的話題 や心理学的知識を段階ごとに区切って説明することに重点が置かれる。そ のことは生涯発達心理学の学習という点で大切ではあるが,発達段階を超 えて共通して存在する発達的な問題を取り上げたり,異なる発達段階にあ る人間同士の相互関係から生じる人間発達を検討したりすることは難しく なる。
一方で発達段階を意識しつつ,
それに縛られないで授業を進めていくや
り方として考えたのが,図1
のシラバスにあるように,動詞を用いて人間 の一生を語っていくというものである。「生まれる」から始まり, 「死ぬ」
で終わる
13
回の授業は,人間の一生を時間の経過を順に追っていく形に なっている。同時に,毎回の授業テーマが動詞型で表現されていることに
よって,心理学や生涯発達心理学の枠組みにとらわれずに自由に話を進め ることが可能になる。それが,この授業のねらいである。
このように,
この授業では, 生涯発達心理学の基礎を習得すると同時に,
現実に生活する子どもから老人までの行動・心理を心理学的に理解するこ と目指したのである。
初回のガイダンス
履修登録者は全員が文学部の学生であり,
人数は 101
名だった。内訳は,3
年生70
名(心理学専攻57
名,他専攻 13
名),4
年生31
名(心理学29
名,他専攻
2
名)である。初回の授業の出席者
90
名に対して,「シラバスを読んで履修登録したか」
について,
respon
を用いて質問した。その結果は,「はい」
が63
名(70%),「いいえ」が 27
名(30%)だった。次に,シラバスにもとづいて,
授業の内容と計画について説明した。ま
授業の概要
人間が、この世の中に生まれてから死ぬまでの生涯について、発達心理学の視点から全体 的に学んで行く。
科目目的・到達目標
人間の生涯発達を時代や社会、文化や生活という大きな枠組みのなかで理解することを目 的とする。
授業計画と内容
第 1 回 ガイダンス 生涯発達心理学とは何か 第 2 回 生まれる
第 3 回 伸びる 第 4 回 分かる 第 5 回 巣立つ 第 6 回 働く 第 7 回 選ぶ 第 8 回 愛する 第 9 回 育む 第 10 回 かかわる 第 11 回 病む 第 12 回 衰える 第 13 回 振り返る 第 14 回 死ぬ 第 15 回 全体のまとめ
成績評価方法
平常点 40%、レポート 40%、試験 20%
テキスト・参考文献等 授業時間外の学習
授業前に manaba に掲載される資料をチェックし、必要に応じて自分で印刷して授業に出席 すること。
その他特記事項
授業で respon を使用するので、スマホ等にアプリをダウンロードしておくこと。
図1 生涯発達心理学(2018年度)のシラバス
た,
成績評価の観点として, 平常点 40%(授業への積極的参加度), レポー
ト40%(2
題,5
月末と6
月末),試験 20%(記述式問題)であることを伝
えた。さらに,
履修者への要望として, ①授業前に manaba
に掲載される資料をチェックし,必要に応じて自分で印刷して授業に出席すること,②新聞を
読み,
テレビのニュースを見て, 赤ちゃんから老人まで,
現実に起こっているさまざまな問題に関心を持つこと,
の 2
点について話した。ガイダンスの最後に,生涯発達心理学について学んでみたいことについ
て,
respon
で自由に回答してもらった。ある学生は,動詞の配列で構成され
ている授業計画に対して,
次のように書いていた。
「
“動詞”の授業計画について,とてもわかりやすく,人間の生と死 の流れについて上手くまとめられていて,とても素晴らしく思いまし たが,でも生から死への発達の流れ的なものは,必ずしも順番通りで はないものなのかなとも思いました。私は,人(一般多数)と自分が どうも違うことで生きづらさを感じることが多く,この授業計画の順
番を見ていると,一般的に最も正しい(?)順番なんだろうなぁとい
うような印象を受けました。発達の順番は人それぞれですが,やはり
“一般”の多さに流れていくものはあると思います。これを学ぶほとん どの人はわりと一般多数の発想を持つ人であると思います。多様性と いうお話もありましたが,『人はそれぞれでいいのだ』 ということが,
この授業で皆に理解されるような授業だと嬉しいなと個人的には思い ます。反対に,
私も, この流れで学ぶように努力します。 」
人間の発達を語るとき,誰にでも共通する一般性のレベルだけでなく,
時代や社会による影響を受けて異なってくる特殊性のレベルや個々人の発 達をとらえる個別性のレベルも視野に入れることが重要である。先に紹介 した学生の感想は,そのような発達のとらえ方を学生なりの文章で表現し たものといえるであろう。
第2~14回の授業の流れ
授業の内容は,
図 1
のシラバスに示したように,第 2
回から第14
回まで は「生まれる」「伸びる」「分かる」「巣立つ」「働く」「選ぶ」「愛する」「育 む」「かかわる」「病む」「衰える」「振り返る」「死ぬ」の1
回完結の13
の テーマで構成されていた。授業は水曜日の
1
限(9時20
分~10
時50
分)だった。授業で用いるス ライドをパワーポイントで作成し,それをとも
3
日前にはmanaba
のコースコンテンツに掲載し,学生が授業前に閲
覧,
印刷できるようにした。
毎回の授業の流れは,
図 2
に示したとおりである。respon 授業準備の程度ついての質問
respon 出席確認
respon 関連する質問(多肢選択と記述)
respon 授業の感想 スライド前回のキーワード
スライド授業への導入
スライド(複数枚) 授業に関連する資料
スライド(複数枚) 授業に関連する資料
図2 毎回の授業の流れ
授業の冒頭で,
学生が事前準備をどれぐらいやってきたかを respon
で確 認した。回答は,「全くしなかった」
,「10
分未満」(manabaの資料をダウン ロードして,ざっと目を通した, 「10~30
分」(資料に関連した情報を検索して,
斜め読みした), 「30
分以上」(資料に関連する論文や本を少し読んでみた)の四択だった。表
1
に示した結果によると,第 2
回を除いて,多少の
変動はあっても,ほぼ同じ傾向だった。全く準備をせずに授業にやってき
た学生が
1~2
割,資料を印刷してざっと目を通してきた学生が 6~7
割,授
業内容に関連する論文や本を少しでも読んできた学生は
1
割しかいなかっ た。授業では,この結果をプロジェクタで映して学生と一緒に毎回確認し,
事前学習を促そうとしていたが,学生の動機づけを高める効果はそれほど 大きくはなかったようである。
表1 授業の事前学習の程度 人数(割合)
第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 全くしなかった 29(38.7%) 11(15.3%) 11(18.3%) 6( 9.4%) 15(21.7%)
10分未満 39 (52.0%) 55 (76.4%) 41 (68.3%) 47 (73.4%) 46 (66.7%)
10分~30分 7( 9.3%) 5( 6.9%) 7(11.7%) 10(15.6%) 8(11.6%)
30分以上 0( 0.0%) 1( 1.4%) 1( 1.7%) 1( 1.6%) 0( 0.0%)
第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 全くしなかった 13 (19.7%) 7 (10.9%) 9 (15.3%) 7 (15.2%) 15 (25.0%)
10分未満 45(68.2%) 50(78.1%) 43(72.9%) 34(73.9%) 36(60.0%)
10分~30分 7(10.6%) 7(10.9%) 7(11.9%) 5(10.9%) 8(13.3%)
30分以上 1 ( 1.5%) 0 ( 0.0%) 0 ( 0.0%) 0 ( 0.0%) 1 ( 1.7%)
第12回 第13回 第14回 全くしなかった 7(12.5%) 13(20.3%) 13(17.8%)
10分未満 41(73.2%) 40(62.5%) 48(65.8%)
10分~30分 7 (12.5%) 10 (15.6%) 11 (15.1%)
30分以上 1( 1.8%) 1( 1.6%) 1( 1.4%)
次に,
前の週に教えた内容を復習する意味も込めて, 前回の授業に出て
きたキーワードを確認した。その後で,その回のテーマに沿った授業に 入っていった。最初に,テーマに関係のある言葉やフレーズをまとめたス
ライドによって,テーマの全体像を話した。図3
に示したのは,「分かる」
(第
4
回)で用いた導入のためのスライドである。「分かる」と言えば,
認 知的な発達の側面がすぐに思い浮かぶが,それだけでなく,
自己認識や他 者認識の問題として検討することもできる。また,科学的な認識(例えば,
天動説から地動説へのコペルニクス的転回)の変遷を取り上げることも可 能である。学校教育における落ちこぼれ(落ちこぼし)や学力低下の問題
も,
分かることと分からないことを対比させながら考えることができるの
である。このように,
「分かる」というテーマを設定することによって, 多
面的かつ多方向的に考えていける可能性を伝えていこうとしたのである。その後,
「分かる」に関連する複数のスライドを提示しながら, そのような
さまざまな側面から,「分かる」について話を進めていった。
いくつかのスライドを提示して説明していく途中で,
respon
を使って,学生からの意見を集めた。
「分かる」というテーマの時には, 「あなたは小
学生の頃,先生が授業中に話すことがよく分かりましたか。 」
という質問に分かる
分かりやすい
分かりにくい
分からずじまい
分かり切った
物分かりのよい
分からず屋
分別
違いが分かる男
目から鼻に抜ける
頭の回転が速い
一を聞いて十を知る
飲み込みが早い
頭では分かっていても、身 体が追いついていかない
「話せば分かる」(犬養毅 1932年 五・一五事件)
天命を知る(論語)
図3 「分かる」(第4回)で用いた導入のためのスライド
対して,
四択で答えてもらった。出席者 66名の回答結果は, 「すぐに分かる
方だった」が26 名(39 . 4%), 「どちらかと言えば, 分かる方だった」が 32
名 (48. 5%), 「あまり分からない方だった」が 7
名 (10. 6%), 「ほとんど分
からない方だった」が1
名 (1. 5%)だった。回答の結果を,
すぐに教室の 前面のスクリーンに投影し,簡単なコメントをおこなった。こうしたrespon
の結果は,学生にとって, いろいろなことを考えたり, 思い出したり
するきっかけとなった。最後に書いてもらった授業の感想の中には,
「小学
校の先生が言っていることは分かりましたか?というアンケートが印象的 でした。私は中学校までは授業の内容はすぐにわかっていました。しかし,高校に入ると理系科目,特に数学はすぐにわかるということがほぼなく なっていたことを思い出しました。
」「小学生のときはあんまり物覚えがよ
くなかったことを思い出しました。」というものがあり,
このように,respon
による問いかけと結果のフィードバックが,「分かる」
という授業のテーマを自分自身の体験に引きつけて考えるきっかけになることが示唆さ れた。
授業の最後に,
「今日の授業で一番印象に残ったこと, 学んだことは何で
すか。自由に書いてください。」という質問を出し, respon
で回答しても らった。感想の中には,学生が 「分かる」
というテーマについて,さまざま
な観点から考えていることが示されている。
「分かるという感覚はすべて脳で理解するものだと思っていたが,
様々な感覚を使っているのだと思った。
」
「分かるということについて,
こんなに深く考えたことは今まであ りませんでした。カテゴリー的な判断と直感的な判断が,読み書きが できるか,できないかで決まるとは,考えてもみませんでした。この 観点から物事を見たら面白いなと思います。」
「分かるということの多様な意味を知りました。自分と外界のどち
らも分かることの大切さ,そして,分かるために必要な要因など, 新
しい知識を得ました。
」
「今日の授業で,
分からないということは分かる可能性があること だと考えられるということが一番印象に残りました。」
「
『分からないということは,決してネガティブなことではない』と
いうことが印象に残りました。最近就活中ですが,いろいろな企業を 見ていても分からないと思ってしまう時がほとんどですが,『分から ない』からこそ『分かるようになる』のではないかと思うようになり ました。
「分かることによって世界の見え方が全然変わってくるんだなと感
じた。」
授業改善アンケート
「育む」
(第9
回)が終わった6
月13
日から6
月20
日までの期間に,manaba
の「アンケート」
機能を利用して独自に作成した授業改善アンケートを実施した。授業改善アンケートの質問は,
選択式 5
項目と自由記述式1
項目から成り立っていた。アンケートに回答した場合には,平常点 40
%(授業への積極的参加度)に加点すること,および回答内容を判断して得 点を増減させたりしないことを明記した。回答者は
36
名だった。以下,各
質問項目についての結果を見ていくことにする。表2-1から表2-5には,
授業を通じた心理学についての理解の深まり, 授
業の内容の興味深さ,知的好奇心の刺激,授業の内容についての満足感,心理学の勉強意欲に関する結果を示してある。いずれの項目も肯定的な回 答が多かったが,心理学についての理解の深まりと興味深さが
7
割を超え ていたのに対して,知的好奇心の刺激と心理学の勉強意欲は 6割台だった。
授業内容についての満足感は
5
割台であり,授業内容について変更ないし 改善する余地があると考えられた。自由記述の質問で,
「ここを改善したらもっとよい授業になる」「この点
を伸ばしたらもっとよい授業になる」と思うところを自由に書いてもらったところ,ビデオや動画の視聴,
お薦めの本や参考となる文献の紹介, 授
業中の学生同士のディスカッション,respon
だけでなく学生の生の声を聞 くなどの意見が寄せられた。そうした要望に対しては,全てを取り入れる ことはできなかったが,その後の授業では,できる限り応えていくように
努めた。表2-4 授業内容についての
満足の程度
人 数 割 合 とても満足している 5 13.9%
やや満足している 16 44.4%
どちらでもない 11 30.6%
あまり満足していない 4 11.1%
全く満足していない 0 0.0%
合計 36 100.0%
表2-5 心理学をもっと勉強したいと
思った程度
人 数 割 合 とてもそう思った 10 27.8%
ややそう思った 13 36.1%
どちらでもない 8 22.2%
あまりそう思わなかった 5 13.9%
全くそう思わなかった 0 0.0%
合計 36 100.0%
表2-2 授業内容の興味深さの程度
人 数 割 合 とても興味深かった 8 22.2%
やや興味深かった 18 50.0%
どちらでもない 5 13.9%
あまり興味深くなかった 4 11.1%
全く興味深くなかった 1 2.8%
合計 36 100.0%
表2-3 知的好奇心への刺激の程度
人 数 割 合 とても刺激した 7 19.4%
やや刺激した 16 44.4%
どちらでもない 6 16.7%
あまり刺激しなかった 7 19.4%
全く刺激しなかった 0 0.0%
合計 36 100.0%
表2-1 心理学についての理解の深まりの程度
人 数 割 合 とても深まった 2 5.6%
やや深まった 24 66.7%
どちらでもない 6 16.7%
あまり深まらなかった 3 8.3%
全く深まらなかった 1 2.8%
合計 36 100.0%
成績評価
(1)平常点
40%は,
授業中におこなった56
回のrespon
への回答と授業改 善アンケートへの回答にもとづいて算出した。(2)レポート
40%は, manaba
の「レポート」に提出を求めた 2
つの課題レ ポートもとづいて算出した。レポートの内容と形式は,図4
に示したとお りである。指定された論文を読み,今の時代を生きる若者の発達に関する 心理学的な問い(80字以内)を自分で立て,その問いに対する答えを 3
つ 以上の文献(雑誌論文や書籍)を読んだ上で考え記述する(2, 000~3 , 000
字)というものである。要約(200字以内)とキーワード(5つ以内)の記 載も求めた。このようなレポートを課したのは,
シラバスに示したように,
人間の生 涯発達を時代や社会,文化や生活という大きな枠組みのなかでとらえるた めである。指定された論文の中から問いを立て,文献資料にもとづいて考察
するプロセスを通じて,学生の能動的な学習を促すというねらいがあった。
レポートで指定された論文は,次の
2
つであり,いずれも筆者が執筆し たものである。〆切は,課題 1
が5
月31
日,課題 2
が6
月30
日だった。提 出者は,課題 1
が85
名(84. 2%), 課題 2
が81
名(80. 2%),2
つの課題と もに未提出だったのは12
名(11.95)だった。課題
1
都筑学(2018
)若者(高校生・大学生)の実態 臨床発達心理実 践研究 13, 5-9.課題
2 都筑学(1993)豊かな時間を生きる 中央評論 206 , 28-33 .
(3)試験
20%は, manaba
の「アンケート」を用いた記述式試験をおこなっ
た。試験受験者は88
名,未受験者は 13
名だった。試験問題は,東京新聞の書評欄に掲載された「書く人」の記事(本の著 者自身が自著にまつわる話題を自由に書いたエッセー)を読み,
以下のよ
添付したpdfファイル「若者(高校生・大学生)の実態」を読み、以下のようなレポートを作成して提出 すること。
①今の時代を生きる若者の発達に関する心理学的な問いを自分で立て、80字以内で記述する。
②上記の問いに対する答えを3つ以上の文献(雑誌論文や書籍)を読んだ上で考え、2000~3000字でま とめて記述する。
③要約を200字以内でまとめて記述する。
④キーワードを5つ以内で記述する。
レポートの形式
以下のような順で書くこと。
=========
提出日 学籍番号 氏名
要約(200字以内 「問い」と「答え」を合わせて、レポートのポイントをまとめる)
キーワード(5つ以内)
問い(80字以内)
答え(2000~3000字)
文献
=========
レポートはできるだけword(40字×40行の設定)で書いてください。
pdfファイルでの提出は不可。
見出しを用いるなどして、読みやすいレポートになるように工夫してください。
ファイル名には、学籍番号、氏名、生涯発達1を必ず入れてください。
〆切 2018年5月31日
図4 レポートの内容と形式
うな問題に対して回答するものであった。試験当日は,パソコンあるいは
スマホで
manaba
にアクセスして回答するよう求めた。パソコンでの回答が
55
名,スマホでの回答が 33
名だった。【試験問題】
配布した
2
つの文章のいずれかを選択し,一見するとネガティブなもの のように感じられることの中に含まれている発達のポジティブな契機につ いて考察しなさい。A 與那覇潤『知性は死なない 平成の鬱をこえて』文藝春秋 東京新聞 2018
年5
月27
日付朝刊8
面B 小嶋陽太郎『放課後ひとり同盟』集英社 東京新聞 2018
年6
月12
日付朝刊
8
面【回答形式】
① Aまたは
B
の記号② 授業で参照したキーワードの中から,
3
つのキーワード③ 本文の内容を適切に表現した
40
字以内のタイトル④ 本文
600~800
字『知性は死なない』は,
著者自身が鬱病になり, そこから回復していくプ
ロセスで感じたことを著した本であり,『放課後ひとり同盟』は,悩みもが
き,
時に絶望する 5
名の十代の少年少女を主人公とした小説である。「ネガティブなものの中にあるポジティブなもの」への着目の重要性は,
授業の中でも何度も言及していた。今回の試験問題では,そのような観点 に対する学生の認識の程度を確認しようとしたのである。
学生は何を学んだのか
第
2
回から第14
回までの全13
テーマの授業が終了した後,授業の効果 について調べるために,「この授業を通じて, 人間の発達についての見方・
考え方が変わりましたか」と
respon
で質問した。その結果を示したのが,表
3
である。「やや変わった」
と「大きく変わった」
を合わせると74 . 7%と
なり,4
名のうち3
名の学生が授業を通じてそれ以前とは異なる発達につ いての見方や考え方を持つようになったと思っていた。そのような学生の意識に関して,
「この授業全体を通じて最も印象に
残っていること,学んだことは何ですか」という質問に対する回答の中か
ら紹介してみたい。これらの感想を読むと,学生たちが,自分の人生とリ
ンクさせて生涯発達心理学をとらえようとしたり,目の前にある表面的な
ものの背後にある本質的なものを考えようとしたりしていることがわかる。
「生まれてから死ぬまで,
人生のなかで良いことも悪いこともある けれど,自分がどうやって,過去,
現実,未来と向き合うかによって,
その時々への気持ちも変わるから,
自分なりに目の前のことを受け止
めて,
楽しく生きられたらいいということ。死にたいとか目の前のこ
とが嫌だとかネガティブになりがちだが,いつか死ぬときに自分が生 きていたことが,
無駄ではなかったと思えるように生きていきたいと
思う。」
「授業を通して自分のこれまでの人生を振り返ったり,
これからの表3 授業を通じた発達の見方・考え方の変化の程度
人 数 割 合 大きく変わった 1 1.2%
やや変わった 61 73.5%
どちらでもない 12 14.5%
あまり変わらなかった 8 9.6% 全く変わらなかった 1 1.2%
83 100%
人生を見通したとき,様々なターニングポイントがあり,一生を通し て変化していくものだということを学んだ。
特に印象に残っているの
は「愛する」ということである。愛というと結婚のイメージがあったが,
それ以外の側面から愛を知ることができた。 」
「
『選ぶ』の回が一番印象に残っています。人は親や生まれる環境を 選んで誕生することはできない,という点について授業を受けた日か
ら時々考えさせられています。まだ答えが見つかりません。」
「自分のことと照らし合わせながら人生について学ぶことができま
した。中でも働くことについての講義は,自分の進路を考えていく上 でとても参考になりました。ありがとうございました。」
「人間の一生について学び, 一人称の発達だけでなく,
その発達にお ける周りの反応や成長まで取り上げられていたことで,人間の発達に
おいては関係性というものが深く関わっていることを学びました。」
「人は人との関わりの中で発達していくということを改めて実感し
ました。人の発達を見て行くと歳を重ねるごとにマイナスに感じてい ましたが,そう思わなくなりました。 」
3.まとめと今後の課題
manaba
とrespon
を本格的に用いて半期の講義科目をおこなっていくのは,
筆者にとって初めての経験だった。授業中の respon
への回答によって,学生の考えを即座に知ることができ,それをもとにして授業を展開してい くこともできることを痛感した。
最終回の授業全体の感想の中には,
respon
に対する肯定的な評価と効果 を指摘したものがあった。
「respon
が多用されていて,私が当たり前だと思っていたことが,
意 外とそうではないこと,同じ授業を受けていても,人によって色々考 えることが違うのだということが可視化されていて面白かったです。授業の内容としては,今時もっと変わっているよ,最近の人はそう じゃないよ,と思うようなこともあったので,全部が正しい,
または
一般的である,と思って聞いてはいませんでした。でも色々な視点が
あって面白かったです。
」
「全体的に respon
の質問に答えるのが楽しかった。こういうこと考 えたことないな,みんなはこういう考えなんだと思う場面がいくつか
あったのでためになった。授業で学んだことを活かして,今後の人生
を生きていきたい。」
筆者自身も,
manaba
やrespon
を使って,頻繁に学生に問いかけ,
学生の 声を集め,それをフィードバックするというサイクルを通じて,
大人数の 授業でも双方向性を強め,学生同士の隠れた相互作用のきっかけとなるこ
とを改めて認識した。その一方で,学生の授業に向けた事前学習を促進するという点では,
不
十分さが残った。授業前に,respon
を用いて,次回の授業の配布資料に対す
る質問やコメントを求めることや,授業内容に関連する情報(本や論文,映画やビデオなど)を寄せてもらうことなど,
授業外での学びを促す試み
も必要であろう。授業内外での教員と学生の双方向性を高めていく取り組 みが重要であるといえる。引 用 文 献
原正敏・浅野誠編 1983 大学における教育実践(全3巻) 水曜社 岩田龍子 1984 学生達が目を輝かすとき 龍渓書舎
久保田裕美 2017 大人数講義にスマートフォンを活用した双方向性授業の展望 と課題 大学教育と情報 2, 14-16.
宮田義郎 2017 モバイルとPCを活用したアクティブ・ラーニング環境 大学教 育と情報 2, 7-10.
尾形憲 1981 学びへの旅立ち 青木書店 尾形憲 1983 素顔の学生たち 青木書店
大津晶 2017 スマートフォンを活用した大人数授業におけるアクティブ・ラー ニング 大学教育と情報 2, 11-13.
杉井俊夫 2017 携帯・スマホクリッカーを利用した授業運営の展開 大学教育 と情報 2, 17-19.
佐野光彦・植村仁・中川万喜子・中西久雄 2017 受講生100人超の大人数講義に おける双方向性向上の取り組み 大学教育と情報 2, 2-6.
都筑学 1985 短期大学における心理学教育実践の検討 大垣女子短期大学研究 紀要 22, 65-77.
都筑学 1986 短期大学における教育実践と生活指導 ―三部学生を中心に 生活指導研究 3, 187-198.
都筑学 1989 大学における教育実践の心理学的研究 ―SD尺度を用いた教育 心理学のイメージの測定 教育学論集(中央大学教育学研究会) 31, 57-73. 和光学園教育実践シリーズ出版委員会 1984 大学教育の実践記録 ―和光大
学の場合(和光学園教育実践シリーズ5)明治図書出版