品川区における乳幼児向け公園情報の オープンデータ化とアプリ開発
―社会的共通資本の整備を通じた成長戦略の実践―
*外木 好美
【要旨】
東京都品川区において,平成 30 年度に,品川区民×立正大学×品川区の協働 事業として,乳幼児向け公園情報のオープンデータ化と,そのデータを利用した アプリ, 「しながわ パパママアプリ」内の「こうえんしょうかい」,の開発が行わ れた.本論文では,この協働事業の経済学的な意義について考察した.この協働 事業は,アベノミクスの 3 本の矢の「成長戦略」の流れにあり,閣議決定された
「世界最先端 IT 国家創造宣言」の取り組みの一事例となる.また,収集した乳幼 児向け公園情報は,社会全体の共通の財産として品川区がオーブンデータとして 公開しており,社会的共通資本とみなすことができる.オープンデータを利用し たアプリが開発されることで,品川区の「孤育て」家庭と園庭が無い保育所が情 報にアクセスしやすくなった.公園利用を促すことで地域課題の解決を目指すも
*
本論文の作成にあたっては,日本学術振興会・科学研究助成金
(基盤(B),課題番号 15H03351)と立正大学研究推進・地域連携センター支援費・第
5種
(平成29年度,題 名
:今求められる地域コミュニティの在り方̶人口減少社会での子育て支援̶),
しながわ大学連携推進協議会会員大学による地域社会貢献活動支援補助金
(平成30年 度,課題名
:品川区の公園に関するオープンデータの協働作成̶学生調査と区民の持 つ技術等を利用して̶) の助成を受けている.本論文で紹介する実践例は,品川区と 品川区民と立正大学との協働した成果である.協働した団体には,記して感謝したい.
立正大学・経済学部
[email protected]のであり,その社会的価値は高いと考えられる.
【キーワード】
成長戦略,社会的共通資本, IT ,オープンデータ,オープンイノ ベーション
【JEL classifi cation】
O35, O38, H49
1. はじめに
平成 27 年『国勢調査』 (総務省) において,大正 9 年の調査開始以来,初めて,
日本の人口の減少が観測された.出生数は,第 2 次ベビーブーム以降,低下の一 途をたどり, 2016 (平成 28 ) 年の出生数は, 1899 (明治 32 ) 年の統計開始以来,
初めて 100 万人を割った. 少子化が進む一方で, 65 歳以上人口が総人口の 1/4 を 超え, 75 歳以上人口が 15 歳未満人口を上回る状況となっており,日本は「超高 齢社会」となっている
1.
図 1 は,筆者が神奈川県小田原市や東京都品川区でフィールド調査を行い,少 子化の下での子育てについて,子育て家庭からヒヤリングした結果をまとめたも のである.子育て世代が直面する課題は,その属性によって異なっていた.共働 き世帯は「待機児童」問題に直面する.所得に応じて保育料が決まる自治体の認 可保育所に入れず,相対的に高額な認可外保育所に入所すると,家計が圧迫され ることになる.加え,送迎や開所時間といった条件が働き方と合う保育所に入所 できなければ,「ファミリー・サポート」といった地域ボランティアによる保育 サービスに頼らなければならない.しかし, 地域でのサポートが得られなければ,
離職せざるを得ない.高い保育料や離職のために,家庭によっては相対的貧困に 陥る可能性があり, 「子どもの貧困」が問題となる.こうした家庭を支えるために
1
全人口に占める満
65歳以上の高齢者人口の割合が
7%を超えると「高齢化社会」と呼
ばれ,
14%を超えると「高齢社会」,
21%を超えると「超高齢社会」と呼ばれる.
「子ども食堂」が作られているが, これも地域の担い手が十分にいなければ成立し ない.共働き家庭が増加したことから,日中,地域で活動する人材が不足してい る.そのため,自治会・町内会の高齢化が問題となっており,自治体の福祉を補 完すると期待される地域も,担い手不足により,充分に機能を発揮することがで きない.地域で子育てをする家庭は,孤立して子育てすることになり,「孤育て」
が問題となっている.
出所:外木好美(2018)より転載
共働き世帯
幼稚園預かり保育 ファミリーサポート プレイパーク 児童館
専業主婦・主夫
子ども食堂
地域コミュ 貧困 ニティ
教育・保育
保育所
シングルマザー,
非正規雇用
図 1 子育て世代を取り巻く社会的な構造
こうした地域課題を緩和しようと,東京都品川区では,平成 30 年度に品川区 民×立正大学×品川区の協働事業として,乳幼児向け公園情報のオープンデータ 化
2とそのデータを利用したアプリ, 「しながわ パパママアプリ」内の「こうえん
2
品川区のオープンデータの一覧は,ここで公開されている.
https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/kuseizyoho/kuseizyoho-opendate/index.
html
しょうかい」
3,の開発を行った.協力団体は,間接的に関わった団体も含めると,
立正大学経済学部「経済フィールドワーク I 」外木クラス,区民ボランティア (地 域課題を IT で解決するワークショップ : 公園アプリチーム),特定非営利活動法 人そとぼーよ,品川区の子育て情報発信団体しなっこねっと,特定非営利活動法 人ふれあいの家 - おばちゃんち, Code for Tokyo , Code for Shinagawa , Code
for SAITAMA , 品川区企画部情報推進課,品川区子ども未来部子ども育成課と,
多岐にわたる.立正大学経済学部「経済フィールドワーク I 」外木クラスは,実 地調査を担当した.
本論文では,この協働で行ったオープンデータ化とアプリ開発の経済学的な意 義について考察する.本論文の構成は,以下の通りである. 2.1 節では,子育て 世代が置かれる経済状況について,説明する.続く 2.2 節では,国が推進する政 策について概観し,このデータ整備とアプリ開発が「成長戦略」の流れにあるこ とを説明する.続く 2.3 節では,このデータベースとアプリの社会的共通資本と しての意義について考察する. 3 節は,結語である.
2. 乳幼児向け公園情報のオープンデータ化とアプリ開発の経済学的 意義
2.1. 子育て世代が置かれる経済状況
現在,雇用環境,所得水準において厳しい子育て世代では,共働きを選択する 家庭が増えている.厚生労働省『労働力調査 (詳細集計) 平成 30 年 ( 2018 年) 平 均 (速報)』によると,年齢階級別役員を除く雇用者に占める非正規の職員・従業 員の割合は, 総数で見て 37.9 % であり, 35 〜 44 歳で 28.8 %, 45 〜 54 歳で 32.1 % となっている.子育て世代の約 1/3 が非正規雇用となっており,雇用環境が厳し いことが分かる.そして,内閣府 (平成 27 年)『少子化社会対策白書』の「収入 階層別雇用者構成」を見ると, 30 代については, 1997 年時点では 500 〜 699 万
3
アプリのダウンロードは,「しながわパパママ応援アプリのサービス開始」を参照.
http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/kodomo/kodomo-kateisoudan/
hpg000027972.html
円の構成比率が最も高くなっていたが, 2007 年時点及び 2017 年時点では 300 〜 399 万円の構成比率が最も高くなっており,所得水準においても厳しいことが分 かる.その結果として,共働きを選択する家庭が増えており,第一子出産前後に 女性が就業を継続する割合は平成 2 〜 6 年において 39.3 % であったが,平成 22 〜 26 年では 53.1 % にまで上昇している.
しかしながら,雇用継続を支えるための保育所の整備は追いついていない.希 望したものが全員, 保育所に子どもを預けることができるわけではなく, 都市部・
地方に関わらず, 「待機児童」が問題化している.安倍内閣において待機児童問題 を最優先課題と位置付けて保育所の整備を進めているものの,保育の利用申込者 数が年々増加しており,厚生労働省によると,保育所等待機児童数は 2017 年 4 月時点において 26,081 人と依然として 2 万人を超える水準で推移している.こ の厚生労働省が発表する待機児童数は,その定義が全国で統一されていないこと や,数える際に実態よりも少なく報告されている問題が指摘されてきており,実 際の待機児童数は,厚生労働省の数字よりも大きい数字とみられている.希望し た認可保育所などに入れないにもかかわらず,国や自治体での待機児童のカウン トに入っていない児童は, 「隠れ待機児童」と呼ばれる
4. 「待機児童」は,子育て 世代が直面する 1 つ目の問題である.
多くの家庭は何かしらの保育所に入所できるものの,待機児童となって離職へ と追い込まれる家庭が一定数存在することになる
5.共働き世帯にとって,二人の 内の一人が働けないことは,世帯所得の大きな低下を意味する. NPO 法人フロー レンスの代表理事である駒崎弘樹氏は,このことを「官製失業」と表現した.国 はこうした現状を受け,育児・介護休業法を改正し, 2017 年 10 月から,保育所 へ入れなかった等の場合に育児休業を延長できる期間を「 1 歳半まで」 から「 2 歳 まで」に拡大した.しかし,育児休業を延長したとして, 2 歳までに必ず保育所
4
例えば,保育園に預けられずに親が育休を延長した場合や,兄弟に異なる認可保育所が 提示され,送迎が厳しく,入所を断念した場合等,自治体によって待機児童としてカウ ントされないことがある.この問題を受けて,厚生労働省は
2017年
3月に,全国で統 一した定義で,待機児童数をカウントすることを定めた.
5
筆者自身,第
2子が待機児童となった.
で空きが出るとは限らない.離職につながれば,その家計の所得が大きく減るこ とから,「子どもの貧困」につながっていく可能性がある.
たとえ待機児童にならず保育所に入れたとしても,利用料金が所得に応じて 決定される認可保育所であるとは限らない.認可外保育所の保育料は,所得に関 わらず決定され,また相対的に認可保育園に比べて高い保育料を納めなければな らない.認可保育所に入所するためには,自治体ごとに保育を希望する家庭が点 数化され,高い順に認可保育所を割り当てていることから,その点数を高める必 要がある
6.自治体によってその基準が異なるため一概には言えないが,フルタイ ム雇用者に比べ,パートタイマーや自営業・フリーランスの点数が低いために認 可保育園に入りにくく,認可外保育所の高い保育料を納めざるを得ないケースが 生じている
7.このように,もともと雇用が不安定な人ほど,家計がひっ迫する可 能性が高まる.現在, 6 〜 7 人に 1 人の子供が「相対的貧困」
8の下で暮らしてい る
9.
「待機児童」と「子どもの貧困」 は,自治体が整備する福祉からもれている状態 とも言え,そこを補完する役割に「地域」が期待されている.例えば,有償ボラ ンティアとして地域住民が保育を行う「ファミリー・サポート」事業がある.子 育ての手助けがほしい人 (依頼会員) と,子育ての手助けをしたい人 (提供会員)
が会員になり,地域の中で子育てする会員組織の相互援助活動であり,その地域 の社会福祉協議会等が自治体から委託を受けて運営を行っている.他にも,その 地域の NPO が「子ども食堂」を運営しているケースもある.「子ども食堂」と は,主に貧困家庭の子どものために月に数回などの頻度で,無償か安価で食事を
6
いわゆる「保活」が必要となる.また,認可外保育所も希望通りに入れるとは限らず,
複数の認可外保育所に申し込むことになる.
7
例えば,小田原市では,パートタイムよりフルタイムの方が,点数が高い.
8
その世帯が「相対的貧困」にあるとは,一定基準
(貧困線)を下回る等価可処分所得し か得ていない状況のことをいう.貧困線とは,等価可処分所得の中央値の半分の額をい う.平成
27年の貧困線
(等価可処分所得の中央値の半分,熊本県を除く)は
122万円 である.その国の文化水準,生活水準と比較して困窮した状態を指す.
9
親が一人の家庭に至っては,
2人に
1人の子どもが「相対的貧困」に陥っている.
提供する活動のことであり,全国に 2000 か所以上作られている
10.
しかしながら,こうした地域活動も厳しい局面に置かれている. 「地域自治組織 のあり方に関する研究会 (総務省)」によると,首都圏のコミュニティの現状と課 題として,地域コミュティの希薄化に加え, 自治会・町内会への加入率の低下と,
その役員の高齢化があげられており, 「地域活動の担い手不足」が問題となってい る.かつては,多くの子育て世代が地域の中で子育てをしており,地域活動に参 加する機会も多かったが,現在は出産後も共働きを選択する家庭が増え,日中に 地域で活動できる人材が供給されにくい背景がある.加え,子育てを地域で行う 家庭は少数派となり,孤立した状態で子育てを行う「孤育て」が問題となってい る.このように,自治体の福祉を補完すると期待される地域も,充分に福祉サー ビスを提供できず,子育て世代は「孤育て」と「地域の担い手不足」に直面する ことになる.
品川区においても同様に,子育て家庭は「待機児童」,「子どもの貧困」,「孤育 て」といった問題に直面している.そこで,品川区の『平成 29 年度地域課題を IT で解決するワークショップ』
11では, 区民ボランティアである 「公園アプリチー ム」が,アプリ『乳幼児向け公園検索サービス (子どもの遊び・年齢に適した公 園情報検索)』の提案を行った. このアプリのアイデアは,区民である保護者が持 つ,① 区外へ通勤していて地域と関わらない生活から,突然にパパママになり,
地域のことがわからない (地域コミュニティの希薄化),② マンションの一室での 子育が時に行き詰まり「孤育て」になりがちになるといった地域課題に対し,そ の解決策として提案された.
こうしたボランティアでの取り組みがあった一方で,品川区子ども未来部子ど も育成課でも,品川区の職員事業提案制度により同様のアプリが提案された.品
10
毎日新聞「子ども食堂 全国
2286カ所に急増 貧困対策,交流の場」
2018年
4月
3日
11
このワークショップは,区のオープンデータを活用しながら地域課題を考え,解決に向 けたアイデアづくりを行い,オープンデータ利活用の普及・啓発とともに,区民参加と 協働の機会の拡充につなげていくことを目的としたものである.枠しくは「地域課題を
ITで解決するワークショップ 成果発表会」を参照.
http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/shinagawaphotonews/shinagawaphotonews-2018/hpg000033192.html
川区では,待機児童対策として保育所の整備が進む一方,土地や建物の確保の難 しさから園庭を持たない保育所も増加しており,近所の公園を園庭の代わりに利 用する保育所が増加している.こうした状況を受け,子どもの外遊びに適した公 園をすぐ調べられるようにと,品川区立保育所に勤務する保育士からアプリ開発 の提案がなされた.
2.2 国の政策から見た意義
1990 年代以降の日本経済は「失われた 10 年」ないし「 20 年」とも言われ,長 きに渡り生産性上昇が停滞している. Hayashi and Prescott ( 2002 ) において TFP 上昇の停滞がその主要因であると分析されたのに端を発して, 生産性に関す る研究が多岐にわたって行われるようになった.深尾 ( 2011 ) によると,日本の 労働生産性は, 1970–90 年平均の年率 3.5 % から 1990–2006 年の 1.3 % へと 2.2 % ポイント下落したが,このうち半分は TFP (全要素生産性) 上昇の減速によると される.
アベノミクスでは,経済成長を目的として, 「機動的な財政政策」, 「大胆な金融 政策」及び「成長戦略」の『 3 本の矢』を政策運営の柱に掲げた.情報通信技術
( IT ) は「成長戦略」の柱の 1 つとなる. IT 技術は, IT 産業の企業の生産性を上 昇させるだけでなく, IT 技術を利用する企業の生産性も, IT 技術よる新事業の 導入や生産過程の再編成により,上昇させる.たとえ IT 技術を利用しない企業 であっても, IT 技術を導入した企業によって生み出された知識を真似ることがで き,低コストで組織再編等を行うことができる.このように, IT 技術によって労 働と資本をより効果的に利用できようになることから, IT はまさに経済成長のエ ンジンとなっている.こうした IT 技術は,汎用性を有する技術革新 ( General Purpose Technology ,略して GPT ) として広く認知されている.
日本においては,既に 2001 年に高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部
( IT 戦略本部) が設置され, 「 e-Japan 」戦略の策定がなされていた.しかし, IT
の利便性や効率性が十分に発揮されていないとの指摘があった. IT 革命のような
GPT の場合は,その初期の段階で,企業組織の見直しや人材投資などの面にお
いて付帯的な費用 (無形資産投資) を伴うことが知られているが, Brynjolfsson
et al. ( 2018 ) と同様に従来型投資に伴う調整費用を付帯的な費用とみなし,日本 の上場企業について実証分析を行った外木・宮川 ( 2019 ) でも,日本経済の IT 革 命へのキャッチアップの遅れを示唆する結果が得られている.
こうした状況を受け, 2013 年 6 月に「世界最先端 IT 国家創造宣言」が安倍内 閣により閣議決定された. IT に関する政府全体の戦略について,経済財政諮問会 議,産業競争力会議,規制改革会議,総合科学技術・イノベーション会議等とも 連携し,総合的に取りまとめていく司令塔として,高度情報通信ネットワーク社 会推進戦略本部の呼称を「 IT 戦略本部」から「 IT 総合戦略本部」とした. 「世界 最先端 IT 国家創造宣言」では,目指すべき社会・姿として,以下の 3 つが挙げ られている.
1. 革新的な新産業・新サービスの創出及び全産業の成長を促進する社会 2. 健康で安心して快適に生活できる,世界一安全で災害に強い社会 3. 公共サービスがワンストップで誰でもどこでもいつでも受けられる社会 このうち「 1. 革新的な新産業・新サービスの創出及び全産業の成長を促進する社 会」を実現するために,次のような取り組みが示されている.
[ 1 ] オープンデータ・ビッグデータの活用の推進
[ 2 ] IT を活用した日本の農業・周辺産業の高度化・知識産業化と国際展開
( Made by Japan 農業の実現)
[ 3 ] 起業家精神の創発とオープンイノベーションの推進等
[ 4 ] IT ・データを活用した地域 (離島を含む) の活性化
[ 5 ] 次世代放送・通信サービスの実現による映像産業分野の新事業創出,国 際競争力の強化
[ 6 ] 東京オリンピック・パラリンピック等の機会を捉えた最先端の IT 利活用 による「おもてなし」の発信
品川区民×立正大学×品川区の協働事業として行った乳幼児向け公園情報のオー プンデータ化と,そのデータを利用したアプリ開発は,このうち,[ 1 ] オープン データ・ビッグデータの活用の推進に該当する事業となる.オープンデータとは,
国,地方公共団体及び事業者が保有する官民データのうち,国民誰もがインター
ネット等を通じて容易に利用 (加工,編集, 再配布等) できるよう, 次のいずれの
項目にも該当する形で公開されたデータのことである.
① 営利目的,非営利目的を問わず二次利用可能なルールが適用されたもの
② 機械判読に適したもの
12③ 無償で利用できるもの
このように定義されるオープンデータは,「公開された」というよりも,「開放さ れた」データと表現した方が分かりやすい.品川区で収集した公園情報は,現在,
品川区のオープンデータとして,品川区のサイト上で公開されている.このデー タは, 営利目的, 非営利目的を問わず誰でも利用できるものであり, 品川区が「し ながわ パパママおうえんアプリ」 内の「こうえんしょうかい」を開発するだけで なく,民間企業も他の目的で利用することが可能である.公園の設備状況等は,
不動産選択の参考情報としても,防災上でも利用できる情報でもあり,今後の有 効活用が期待される.
同時に,品川区における乳幼児向け公園情報のオープンデータ化とアプリ開発 は,[ 2 ] 起業家精神の創発とオープンイノベーションの推進等に該当する事業で もある.文部科学省『科学技術白書 (平成 29 年度)』では, 『研究開発においては 常に「競争に勝つために達成すべきレベル」と「自社で達成できるレベル」の間 に乗り越えなければならないギャップが生じている.以前であればそのギャップ を埋めるために自社のみで努力することが一般的な姿勢であったが,昨今,求め られるレベルが高まり,達成するまでに許される時間が短縮しているため,その ギャップを埋めるためには「既存のネットワークの外の技術を活用する」という 発想に変わってきている.』として,このような自社以外の技術を活用するという 考え方を,オープンイノベーションと定義している.図 2 は,乳幼児向け公園情 報のオープンデータ化とアプリ開発を,オープンイノベーションで行った方法を まとめたものである.もしも品川区が自前主義 (クローズドイノベーション) で 行った場合は,区が持っているオープンデータのみを用いて,開発することにな る.しかし,品川区における乳幼児向け公園情報のオープンデータ化とアプリ開
12 「機械判読」とは,コンピュータプログラムが自動的にデータを加工,編集等できるこ
とを指す.
発では, 子育て当事者である区民 (子育て支援団体) がどのような情報が欲しいの かオーダーをし,区が事前に持ち合わせない情報については立正大学の学生が フィールド調査を行って,オープンデータ化した.加えて,区民である子育て支 援団体も,実際に利用した体験から得られた各公園の特徴を,公園紹介文として まとめ,この紹介文もオープンデータとして公開した.これにより,トイレにお むつ交換台があるのか,どのような遊具があるのか,公園の日当たり具合,遊び 方といった,子育て当事者が求める情報を提供できるようになった.
区のオープンデータ
調査した写真を アップロード
学生へパパママ目線 での写真のオーダー
公園写真の 取捨選択 写真 協働でデータ作成
公園 ID と 紐づけ
公園紹介といった 情報付与 公園の写真を ダウンロード
アプリ開発
公園 ID を付与して オープンデータ配布
立正大学学生 フィールド調査
子育て支援 団体 公園情報の
オープンデータ化
図 2 オープンイノベーションの方法
出所:本道良子・安藤裕・外木好美(2019)より転載
さらに,品川区における乳幼児向け公園情報のオープンデータ化とアプリ開発
は,[ 4 ] IT ・データを活用した地域 (離島を含む) の活性化に該当する事業でも
ある. 地域課題である子育て家庭の「孤育て」 問題の緩和と, 品川区における「園
庭がない保育所」での保育の質の向上に資する事業であり,まさに, IT ・データ を活用した地域活性化を目指した事例であろう.
以上のように,品川区における乳幼児向け公園情報のオープンデータ化とアプ リ開発を区民×大学×区で協働したこの事業は,アベノミクスの 3 本の矢の「成 長戦略」を実践した事例となる. IT は「成長戦略」の柱であり, 2013 年 6 月に 閣議決定された「世界最先端 IT 国家創造宣言」では,目指すべき社会の姿の 1 つとして「 1. 革新的な新産業・新サービスの創出及び全産業の成長を促進する社 会」 が挙げられた. この事業は,その取り組みのうち, [ 1 ] オープンデータ・ビッ グデータの活用の推進,[ 3 ] 起業家精神の創発とオープンイノベーションの推進 等,[ 4 ] IT ・データを活用した地域 (離島を含む) の活性化に該当する.この区 民×大学×区で協働した一連の取り組みは, 「データを活用した魅力的なスポーツ アプリの発掘」をテーマとして行われた『東京都オープンデータアプリコンテス ト 2018 』において,入賞を果たした
13.
2.3. 社会的共通資本としての意義
社会的共通資本は,宇沢 ( 1995 ) と柳沼 ( 2014 ) において次のように説明されて いる.生産,流通,消費を問わず,全ての経済活動にさいして,制約的となるよ うな希少資源は,
●私的資本 :
個々の私的な経済主体に分属され,その経済主体が持っている主体的な価値 基準に基づいて,その利用ないし使用が決められ,あるいは市場を通じて交 換される
●社会共通資本
14:
社会全体にとって共通の財産として,なんらかの意味で社会的に管理され,
そこから生み出されるサービスは市場機構を通じてではなく,社会的な基準
13
東京都オープンデータプリコンテスト
2018の作品発表会・表彰式のレポートは,こち らを参照.
http://opendata-portal.metro.tokyo.jp/www/contents/1522039625760/index.html
14
必ずしも,公的な所有制に限定されない.
に基づいて分配される
の 2 つのカテゴリーに分類され,この分類基準は,それぞれの希少資源が市民の 基本的権利の充足に関してどのような関わりを持つかによるとされる.それは,
その社会の文化的,歴史的,自然的諸条件の下において広い意味での「政治的過 程」を経て決められる
15.そして,社会的共通資本の一般概念を整理すると,
●自然資本 :
森林,河川,海洋,大気,地球環境,土地
●社会的基盤 :
堤防,道路,交通網,電気,上下水道,通信網
●制度資本 :
医療,教育,司法,行政サービス,金融・市場制度
●文化資本 :
芸術,建築,景観,言語,伝統
の 4 つに大別され,社会共通資本の管理運営を預かる社会的機構ないし組織は,
社会から「大切な」財産を預かり,運営管理していることから,社会から信託さ れた責任を持つとされる
16.
では,品川区における乳幼児向け公園情報のオープンデータとアプリは,どの 財として分類されるのであろうか.このオープンデータは,社会全体の共通の財 産として品川区が公開していることから,社会的共通資本だと考えられる.イン フラとは経済活動を支える基礎的な社会資本のことを指すが,上記の分類におい て社会的基盤に分類されるものは,いわゆるインフラと呼ばれるものである.近 年は,資本して,有形資産のみならず,無形資産の重要性も広く認知されるよう になっており
17,品川区の公園に関する情報は,乳幼児に限らず,防災,街づく
15
宇沢
(1995)では,社会的コンセンサスがある市民の基本的権利となることから,いわ ゆるシビル・ミニマムの政治思想に象徴されると述べている.
16
個人的な金銭的利得を基準にサービスを提供するのではなく,職業倫理に従ってサービ スを提供することになる.
17
現在,日本も
2008SNAを導入し,国民経済計算において
R&D資本化に対応してい
る.日本の無形資産の計測結果については,
JIPデータベースを参照のこと.
り等にも利用することができることから,社会基盤となる無形の社会的共通資本 として位置付けてよいだろう.
乳幼児向け公園情報は,アプリを通じて,品川区の「孤育て」家庭と園庭の無 い保育所に届くことになる.このアプリを利用する「孤育て」家庭が公園に出向 くことで,地域コミュニティの形成が促進されるだろう.同時に,園庭の無い保 育所も,アプリによって近所の公園を利用した質の高い保育サービスを提供でき るようになるだろう.このようにして,地域コミュニティ内で受け継がれる文化 資本と教育という制度資本の形成にも,役立つと考えられる.
上記の分類を見ると,社会的共通資本から生み出されるサービスは,経済学で よく用いられる「公共財」の性格を持ち合わせている.しかし,宇沢 ( 1995 ) は,
社会的共通資本の生み出すサービスの各経済主体の使用量を自らで決定すること ができ,その結果としてそのサービスに混雑現象が生じるという点において,非 排除性と非競合性を持ち合わせる「(純粋) 公共財」とは異なることを指摘する.
品川区が公開する乳幼児向け公園情報のオープンデータと開発した乳幼児向け公 園検索アプリは,乳幼児を育てる家庭・保育者のみが利用しており,また同時に 多くがアクセスすれば,サーバーにつながらなくなるという混雑が生じるサービス である. また, アプリによって公園利用が促進されると, 公園での混雑も起こる
18.
では,宇沢 ( 1995 ) の理論を用いると,社会的共通資本はどのように表現され るのであろうか.社会に,
j= 1,2,…,
nの生産者がおり, 各生産者の生産関数を次 のように仮定する.
Qj
=
Fj(
Kj,
Lj,
Xj,
X,
V)
ただし,生産者
jの (私的な) 資本の使用量を
Kj,労働の使用量を
Lj,社会共通 資本の使用量を
Xjする.そして,社会的に共通資本を
Xjだけ使った時に,その 限界生産性の大きさは,他の生産者が全体として,同じ社会的共通資本をどれだ け使っているか (
X) によっても左右されるとする.社会全体での使用量
Xが増 加することで,混雑現象により生産量
Xが減少するので,
https://www.rieti.go.jp/jp/database/JIP2015/index.html#intangible-assets
18
筆者の息子が通う東京都認証保育所では,他の保育所と利用する公園が重なることが
多々あり,場合によっては利用する公園を変更することがある.
㲅
Fj< 0 㲅
Xとなる.加えて, この混雑現象は,社会資本がどれだけ存在しているか (
V) にも 依存しているとする.社会資本の存在量の増加は,混雑現象の低下を誘発するこ とから,
㲅
Fj> 0 㲅
Vと仮定できる.この時,もしも
Xjと
Xを社会的共通資本ではなく「(純粋) 公共 財」の使用量として扱うならば,
㲅
Fj㲇 0, 㲅
Xi㲅
Fj㲇 0 㲅
Xとなる.このように,生産関数への影響が異なるという点で,社会的共通資本と
(純粋) 公共財には違いがある.
社会に,
i= 1,2,…,
mの消費者もいるとし,その効用関数を次のように仮定す
る.
Ui
=
Ui(
Ci,
Xi,
X,
V)
ただし,
Ciは私的消費水準である.生産関数と同様に,社会的共通資本の混雑現 象を仮定し,
㲅
Ui< 0, 㲅
X㲅
Ui> 0 㲅
Vであるとする.
以上の設定の下で,経済全体での賦存量
K= Ʃ
jKj,
L= Ʃ
jLj,
Vを所与として,
Q
= Ʃ
jQjが最大となるような効率的な資源配分が実現する経済活動の水準
(
Qj,
Kj,
Lj,
Xj) を求めると,社会的共通資本の賦存量を限界的に一単位増やしたと きに得られる限界的社会的便益の割引現在価値は,以下のようになる.
δ
+
μ1 Ʃi 㲅
Ui
㲅
Ci㲅
Ui㲅
V+ Ʃj 㲅 㲅
FVj ( 1 )
ただし,社会的共通資本の全使用量は,
X
= Ʃj Xj + Ʃi Xi
であり,
δは社会的割引率,
μは社会的共通資本の減耗率である.
社会的共通資本の限界的社会的便益は,( 1 ) 式にあるように,社会的共通資本 に関する消費者の限界効用と,生産者の限界生産性の合計によって決定される.
品川区における乳幼児向け公園情報の整備は,子育て家庭の「孤育て」を緩和す る効果を持ち,これら家計の効用を高める効果を持つだろう.また,園庭の無い 保育所も近所の公園を用いて保育サービスを提供することができ,生産性を高め ることができるだろう.実際,乳幼児向け公園情報のオープンデータを用いて開 発された「しながわ パパママ応援アプリ」内の「こうえんしょうかい」は,品川 区によると,運用当初より人気コンテンツである「子育て応援コラム」と同程度 のアクセス数で推移しており,人気のコンテンツとなっている.したがって,こ のオープンデータとアプリの限界的社会的便益は高いと考えられる.
このように,品川区における乳幼児向け公園情報のオープンデータ化とアプリ 開発は,子どもの保護者と保育者にとって,地域課題を緩和する社会的な価値が 高い社会的共通資本となっている
19.この社会共通資本としての価値は,保護者 や保育者に限らず,こうした社会共通資本がある下で育つ子どもにとっても,高 いはずである.では,子どもにとって,どのような価値があるのだろうか.
労働経済学では,これまで,個人の生産性の格差を,生まれつきの能力と教育 や訓練への投資よる個人の知識や技能の差異という「人的資本」の概念によって 説明してきた.しかし,伝統的経済学では,個人の年齢,教育年齢,経歴,両親 の社会・経済的な能力 (教育,職業,所得) などを中心に考え,分析してきたが,
19
アプリのお披露目を行った立正大学経済学部公開講座「公園を探しやすくするために
―住民+大学+テクノロジー+データによる地域課題への取り組み―」の様子は,
朝日新聞
2019年
2月
6日付け
(東京版)において「公園検索アプリ開発 子育てグルー
プ,学生ら協力」として大きく取り上げられた.
賃金の変動の 13 〜 35 % しか説明できなかった (李, 2014 ).そこで,着目される ようになったのが「非認知能力」である. 「認知能力」は理解,判断,論理などの 知的機能を示し, 「非認知能力」 は知能以外の能力として,認知能力とともに教育 や労働市場における成果に影響を与える要因を示すものとされる.中室 ( 2015 ) は,「非認知能力」として,「自己認識」,「意欲」,「忍耐力」,「自制心」,「メタ認 知ストラテジー」,「社会的適正」,「回復力と対処能力」,「創造性」,「性格的な特 性」があるとまとめ, 「非認知能力」を『一般に「生きる力」といわれるようなも の』と表現している.
この「非認知能力」の重要性は, Heckman et al. ( 2010 ) より,広く認知され るようになった.教育によって涵養された非認知能力は認知能力より,子どもの その後の長期的な成果に影響を与えるという. 1962 年から 1967 年に,ミシガン 州イプシランティで,低所得でアフリカ系の 58 世帯の子供を対象に「ペリー幼 稚園プログラム」を実施した.このプログラムでは,就学前の幼児に対して,午 前中に毎日 2 時間ずつ教室での授業を受けさせ,さらに週に 1 度は教師が各家庭 を訪問して 90 分の指導をした.非認知的特性を育てることに重点を置いて,子 供の自発性を大切にする活動を中心に行っており,教師は子供が自分で考えた遊 びを実践し,毎日復習するように促した.復習は集団で行い,子供たちに重要な 社会的スキルを教えている.就学前教育は 30 週間続けられた. 「ペリー幼稚園プ ログラム」による子どもの自発的な遊びを通じて社会性を高める教育の効果は,
40 歳時代に入るまで追跡調査すると,持続していることが確認された.
品川区において乳幼児向けの公園が検索できるアプリが開発されたことで,品 川区で子育てを行う保護者と保育者に対し,利用しやすい公園情報が届くことに なる.これにより,子どもは以前よりも公園で外遊びをする機会が増えるだろう.
その効果は検証していないが,子どもが公園で自由に遊ぶことは, 「ペリー幼稚園
プログラム」のように子どもの「非認知能力」を高められるかもしれない.特に
高層ビルがひしめく品川区において,外遊びができる公園は貴重であろう.
3. おわりに
東京都品川区において,平成 30 年度に,品川区民×立正大学×品川区の協働 事業として,乳幼児向け公園情報のオープンデータ化と,そのデータを利用した アプリ, 「しながわ パパママアプリ」内の「こうえんしょうかい」,の開発が行わ れた. 区だけで開発をせず, 地域課題を持つ当事者も協働した, オープンイノベー ションの事例となっている.立正大学経済学部の開講科目「経済フィールドワー ク I 」の外木クラスの履修学生は,公園情報の収集のためのフィールド調査を担 当した.本論文では,この協働事業の経済学的な意義について考察した.
この協働事業は,アベノミクスの 3 本の矢の「成長戦略」の流れにあり,閣議 決定された「世界最先端 IT 国家創造宣言」における目指すべき社会・姿「革新 的な新産業・新サービスの創出及び全産業の成長を促進する社会」を実現するた めの取り組みの一事例となっている.
収集した乳幼児向け公園情報は,社会全体の共通の財産として品川区がオーブ ンデータとして公開している.社会基盤となる無形の資本であり,社会的共通資 本とみなすことができる.このオープンデータを利用したアプリが開発されるこ とで, 品川区の「孤育て」 家庭と園庭が無い保育所が情報にアクセスしやすくなっ た.このように,地域課題の緩和に資する事業であり,社会的価値は高いと考え られる.
平成 30 年度は,品川区内の 55 公園をオープンデータ化し,アプリに反映させ た.今年度 (平成 31 年度) は,さらに 45 公園を追加調査し,品川区にある公園 の約半数となる計 100 公園になることを目指している.この取り組みが先行事例 となり,オープンデータを利用したオープンイノベーションによる地域課題の解 決が,品川区外にも広がることを期待したい.
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