著者 天野 浩二
雑誌名 静岡市・用宗地区. ‑ (フィールドワーク実習調査 報告書 ; 平成26年度)
ページ 6‑19
発行年 2014‑12
出版者 静岡大学人文社会科学部社会学科文化人類学コース
URL http://hdl.handle.net/10297/8066
用宗の漁業
天野浩二
用宗の漁業
1
は じめに2
用宗 の漁業 の歴 史21
明治大 正期22
用宗漁港建設 ヘ23
昭和40年代前 半2.4 沿岸 漁業 の港 へ
3
現在 の用 宗 の漁業Sl
シラス漁以外 の漁業3.2 刺 し網漁
― Jヽさな船 の万屋 (よろずや)さん――
4
用宗 のシ ラス漁41
用宗 のシ ラス漁42
漁 の様 子43
シラス漁師 の生活44
サ クラエ ビ漁 との兼業45
用 宗 の若 い漁 師 た ち5
考察51
静岡市 の漁 港 と しての用 宗漁港52
用宗 シラスの強み53
職 業 と しての シラス漁 の魅力6
お わ りに1
は じめに私の生まれ育った地域は漁業と観光業を主な生業とする小さな離島で、シラス漁が盛ん な地域であつた。私の祖父母は流 し網漁を行 う漁師で、私にとつて漁業は非常に身近な存 在であった。静岡県静岡市駿河区用宗 (もちむね
)地
区のシラスは非常に有名であり、私 は用宗に対 して漁業が盛んな地域 という印象を持つていたので、今回のフィール ドワーク 実習の調査地が用宗に決定 したとき、すぐに用宗の漁業について調べてみたいと思つた。私の住んでいた島では、漁師の高齢化や後継者不足、それに伴つて島の人口も減少する など様々な問題を抱えている。同じように日本の漁村も多くがこうした問題に直面 してい
る。用宗のシラスは全国的にも有名であるが、なぜ用宗のシラスが これほ どの評判 を得 る ようになつたのか、そ してその用宗のシラス漁において同 じよ うな問題 を抱 えているのか、
また、シラス漁以外の漁業は どうなのか、用宗の漁業の現状に興味を持 つた。
2
用宗の漁業の歴史現在の用宗の漁業について記述する前に、まずは簡単に、「用宗町誌」(安本編 1971)と
「用宗漁港50年のあゆみ」(静岡市 2006)をもとに、用宗の漁業が現在にいたるまでの歴 史についてまとめていきたい。
21
明治大正期用宗町誌の中では、1873(明治
6)年
に行われた漁船調書である「漁船取調書上控」と 1883(明治16)年の用宗戸長役場調査 「孵漁船人名簿」に明治初期の用宗の漁業について 記述されている。1873(明治6)年
、船主数は43人であり、総船舶数はのべ64隻であつ た。一般の沿岸漁業用漁船は、2人から4人乗 りによる操業で、家族労働を中心としたもの であつた。カツオ釣船も6隻あり、1隻 当た り20人と記されていたことから、カツオ漁期 にはおよそ120人が用宗のカツオ漁に従事 していたと推測される。地引網漁は1年を通じ て行われ、一般漁船は11月 より翌4月 まで、カツオ漁は4月 から11月まで操業された。また、カツオ漁期には餌のイワシのため地引網が行われた。1883(明治16)年の用宗の総 船主数は47人で、総船舶数は74隻であつた。大半の船は船長が2間 (約36メー トル)
であり、3問 (約 54メー トル)を超すものは8隻で、この8隻がカツオ釣船であつたと推 測される。
用宗村において動力船が登場 したのは 1910(明 治43)年以降である。動力船の登場につ れ総船舶数が減少するが、これは3間から4間ほどの船舶を数隻所有 していた船主が動力 大型船化をはかるため、資本面で小型船舟白を統合 したためと考えられている。船舶の動力 大型化をもたらした要因は、明治後期の用宗漁業の漁獲量の中心であつたカツオ漁におい て漁獲量が減少傾向にあり、当時の操業水域であつた駿河湾の石花海 (せのうみ
)お
よび 紀井熊ノ灘 (くまのなだ)沖
での操業の漁獲量の停滞により、新 しい漁場を開拓する必要 があったためである。 このような船舶の大型動力化 と操業水域の速洋化の進展は用宗の漁 業に新たな動きをもたらし、1918(大正7)年
に用宗の漁業を近代的な主要産業にするた め、用宗遠洋漁業株式会社が設立された。用宗遠洋漁業株式会社が設立されて以降、用宗の漁業の動向は、この会社の動向に一致 すると言つてよい。用宗遠洋漁業株式会社の営業成績報告書によると、用宗漁港における 水場げ高の変遷は、1922(大正11)年以降、1925(大正14)年までで、従来の8倍から9 倍へ上昇 している。このときの主要水揚漁種はカツオであり、次いでサバである。大正午
‐7
用宗の漁業
代においてカツオ漁は相対的に位置が低かつた。同様 に、地引網漁や沿岸漁業である小魚 漁 も主要な水揚高の割合 を占めるにいたつていなかつた。
また、1970(昭和45)年 8月 と翌年1月 に行われた古老連談話 より、明治初期後期か ら 昭和初期までの漁業形態 について次のようにまとめられている。カツオ漁期は旧暦の 4月 1
日か ら9月 1日までで、この期間外は、サバやキスな どの各 自の 自主操業であつた。 この カツオ漁期以外は半農 半漁であつた。カツオ漁が始 まると同時にほ とん どの人々がカツオ 船に乗 り込んで操業 した。 明治後期はサバ漁中心に石花海が操業海域で、主 として 日返 り 航海であつた。大正初期まではほば、熊野灘沖、大島沖な どまで出港 し、1船当た り8人ほ どの構成で、5から6隻が操業 していた。また、当時用宗に冷凍施設がなかつたため、操業 水域の最寄 りの港に水揚げ した とい う (安本編 1971)。
22
用宗漁港建設ヘ用宗漁港が完成す る以前、用宗町は漁業中心の生活 を していなが ら、港が無かつた。そ のため、漁船 は直接浜に上げ停泊 された。荷揚げの ときも、沖に停泊 してい る漁船まで小 さな伝馬船で往復 して荷揚げが行われた。また、荷場げ設備 もないため、魚は浜に並べて セ リが行われ、急いで トラックや リアカーに積んで運ばれた。この浜への水揚げは大きな 労力を要 したそ うだ。
1948(昭和
23)年
に地元の人たちが中心 となつて、用宗漁業協同組合が設立 された。そ の議題 の中心は、なん といっても漁港の建設であ り、 日夜、討議が重ね られた。用宗の漁 業の発展 は、築港以外 にない とい う声が大きかった。1954(昭和29)年
の台風によつて、その昨年に設置 された桟橋や浜水揚げ設備の流出な ど多大な損害 を受 け、漁港建設への気 運が高まつた。10月に用宗漁港協議会が開催 され、漁港建設促進会議が開かれた。漁港の 建設 に当た り、墓地や保安林業、音なが らの風情を大切 にす るこの地域では、漁港の建設 予定地の地主 との懇談会が何度 も開かれた。1956(昭和31)年に用宗漁港工事が着工され た。用宗漁港は据 り込み式の人工港で、当時の全国の港工事の中で、五本の指 に入 る難エ 事 といわれた。用宗漁港が完成に近づいた1968(昭和43)年に、用宗漁港は第3種漁港に 指定 された。
23
昭和40年代前半用宗nraによれば、1968(昭和43)年に最初に記録 された、用宗漁港の全保有漁船は 169 隻で、うち5トン未満 の小 さな漁船が160隻であつた。業種別 には船曳網漁船46隻、東1し
網漁船51隻、地引網漁船42隻、運搬船 が21隻である。これ らの漁船 は沿岸漁業 と沖合漁 業に従事 していて、その他 に遠洋漁業に従事す る船が8隻あつた。169隻の うち、地引網を 行 う無動力船 も42隻あ り、用宗の漁業は、中小漁家に頼つていた。
このころ沿岸漁業において、船体の改造や漁具、無線の改良な ど近代化が進 め られた。
沿岸漁業の中心 となるシラス漁にも魚群探知機が導入 された。 このことによつて、かつて
は潮流の変化や風の状態、海の色などを読む長年の経験によつて行われていた魚群の発見 が省力化 された。こうした近代化が進められたことにより、1960(1召和35)年と 1968(昭 和 43)年の用宗におけるシラスの水揚げ量を比べると、数量でl‐l約
6倍
、金額では約 11倍に増え、1960(昭和35)年にシラスは用宗の水揚げ量の金額の3パーセン トほどであっ たが、1968(昭和
43)年
には16パーセン トを占めるようになった。またこのころ、シラ スの加工品の7割は県外に出荷されて出荷先は東京や大阪、愛知など都会に集中していた。1970(昭和45)年の時点で、用宗漁港に登録 されている遠洋漁業を行 う大型漁船は8隻 あり。4452ト ン、金額にして約9億円の水場げがあつた。同年の用宗漁港のシラスの水揚 げは2億 7000万円なので、用宗漁港における水揚げの多くを占めるのは延縄漁業を中心と する大型遠洋漁船であった (安本編 1971)。
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沿岸漁業の港ヘ昭和40年代に用宗漁港の完成が近づくと、遠洋漁業の大型船の人港が増カロし、マグロや カツオが多く水揚げされるようになつた。さらに、マイナス60度の超低温冷蔵庫が建設さ れ、他港との差別化をはかり大型マグロ漁船を誘致した。1974(昭和49)年には 25000ト ンを超えるマグロの水揚げがあったが、その後、マグロの水揚げは減 り、現在はマグロの 水場げは行われていない。 こうして用宗漁港はシラス漁を中心とする沿岸漁業の港として の性格を強めていった (静岡市 2006)。
しかし、用宗漁港を中心とする静岡漁業協同組合は経営に行き詰まり、2009(平成 21) 年 7月に、清水漁業協同組合へ事業譲渡 した。静岡漁業協同組合の名前は消えてしまうた が、清水漁業協同組合用宗支所として用宗シラスのプラン ドは守られた(『静岡新聞』 2009 年7月 17日朝刊)。
写真
1
用宗漁港の風景 (天野撮影)
‐9‐
用宗の漁薬
3
現 在 の 用 宗 の 漁 業現在用宗では、シラス漁、刺 し網漁、底引き網漁、一本釣 り、潜 り漁な どが行われてい る。 しか し、用宗漁港の漁船の水揚げ量の95パーセン トをシラスが占めていて、用宗漁港 に停泊 している漁船72隻の うち54隻がシラスの漁船であ り、用宗漁港はシラス漁に特イヒ した港だ と言 える。用宗の漁業において、シラス漁は非常に重要な存在だ といえる。その ため、シラス漁については
4節
で詳 しく扱つていきたい。 この節では、その前に現在用宗 で行われているシラス漁以外の漁業について記述 してお く。31
シラス漁以外の漁業 く刺 し網漁>
刺 し網漁 とは、魚の移動す る場所 に網 を仕掛け、魚 を網 に刺 した りか らめた りして捕 る 漁法である。現在用宗で、刺 し網 を行つている船は
7隻
であ り、漁を行つている人の平均 年齢は約75歳と非常に高齢である。刺 し網漁で捕れ る魚 は漁 を行 う場所や時期 によつて大 きく異なるが、調査 を行 つた 6月頃はカマスが捕れ、他には主にヒラメやタイ類な どが捕 れ る。5トン未満 の小 さな船が使用 される。く底引き網漁
>
底引き綱漁 とは、船で海底 に沈めた網 を引き、魚 を捕 る漁法である。用宗で底引き網漁 に従事す る船は、かつては10隻ほど、10年前には
5隻
ほどあつた とい うが、徐々に減少 し、現在は1隻だけである。底引き網漁は、シラス漁の体業期である1月 か ら3月にかけ て行われ る。底引き網漁 を行 うための船は、エ ンジンの馬力の大きさが県によつて規制 さ れていて、シラス漁 を行 うための船 よりもエンジンの馬力数は小 さく、船を兼用できない。エンジンを別に用意する必要があるので、新たに底引き網漁を行 う船はなく、底引き網漁 を行 う船は減 つている。
く一本街 り
>
釣 りを行 う船は
8隻
あるが、釣 りだけを行 うのではなくて、シラス漁を行つた り、遊漁 船 として営業 した りしている。趣味や遊びの範囲で船釣 りをす る人が多い とい う。また一 般の釣 り客を乗せ る遊漁船 として専門に営業す る船は3隻ある。く素潜 り漁
>
素潜 り漁 とは水 中に潜 り、アフビやサザエなどを捕 る漁法である。素潜 り漁を行 う人は、
シラス漁な どの他 の漁 と兼業である。潜 り漁は10人までと決 められてお り、5月 か ら9月 末までが漁を行 うことのできる期間である。
32
刺 し網漁――小 さな船の万屋 (よろずや)さん――用宗漁港で、夫婦で協力 しなが ら刺 し網漁 を行 つてい る夫妻 に、東1し網漁についての話 を伺 つた。夫の
A氏
によると、シラス漁はシラスを専門に1年間を通 じて同 じ魚種 を捕つ ているが、刺 し網漁は 「小 さな船の万屋 さん」だ とい う。魚が捕れ る時期は明確 に決まつ ているわけではな く、その とき捕れ るものをとつているとい う。 フィール ドワーク調査を 行つた 6月 上旬はカマスがよく捕れ る時期で、多 くのカマスが水場 げされていた。5月 から 7月 まではカマス、10月 か ら 3月 まで ヒラメや コチな ど、11月か ら翌1月 まではツポ貝が 主に捕れ るそ うだ。それ以外はその年や季節、漁場、 日によつて様 々な魚が捕れ る。捕 る 魚に合わせて網 の種類 、 日の大きさな どを変えている。例 えば ヒラメを捕 るための網 は、カマスを捕 るための網 よりも、強 く大きな目の網が使われている。
刺 し網漁は狙 う魚や季節によつて、出港す る時間や漁の流れが異なる。6月 上旬に行われ ていたカマス漁の場合 は、夜明け前の午前
3時
頃に用宗漁港 を出港 し漁業へ向か う。漁場 は用宗の近海、久能 (くの う)や安倍川な どへ行 くこともある。漁船には魚群探知機やGPS
も設置 されてい るが、長年の経験 によつて培われた漁師の知識や勘で、時期やその 日に合 つた場所が選ばれ る。漁場 につ くと網 を海に張 り、 しば らく待つ。待つ時間は海の状況や 潮の流れによつて変わ り、早 くて30分、通常は45分か ら1時間ほ ど網を流す。そ して、
網を上げ、魚 を網か ら外 し、氷で締める。
一方、夫が海で漁 を している時間に、妻は前 日に捕れた魚 を市場まで運ぶ仕事 を してい る。家の冷蔵庫に保存 されている魚 を軽 トラックに載せて、静岡市葵区流通セ ンターにあ る静岡市中央卸売市場まで運ぶ。鮮魚類のセ リは午前5時 30分に開始 され るため、夜明け 前に荷物 を積み、家 を出なければな らない。中央卸売市場まで魚 を運ばなければな らない のは、現在用宗漁港に鮮魚 の仲買人がいないためである。かつては鮮魚 の仲買人 もいたが、
現在用宗漁港にいるのはシラスの仲買人だけである。カロエ流通の体制が整 っているシラス に比べると、鮮魚は売 りに くく、値段 も安い とい う。
そ して、妻はその仕事が終わると港に行き、漁か ら帰 つてきた夫 と合流す る。 この時に 夫のために弁 当を持つて行 くとい う。2人で魚の選別や魚の氷につけ直 しを行い、網に残つ たゴミや小魚 を取 り外 し、次に漁に出るための網の整理を行 う。
夫の
A氏
は現在80歳で、子供のころか ら刺 し網漁を行つていた とい う。親 を見習いなが ら、漁の方法や漁師 としての勘や知識を培 つてきた。静岡市駿河 区大浜の周辺に住んでい たA氏
は、用宗漁港が完成す る以前は、船を大浜の海岸に泊めていた。海岸に泊め られて いる船は、一人では海に降ろ した り、浜に船を上げた りできないため、1人では漁 に行 くこ とができなかつた とい う。用宗漁港が完成 し、船を用宗漁港に泊めるよ うにな り、車で少 し長い距離の移動 を しなければならな くなつたが、漁に出ることがだいぶ楽になつた とい う。港ができた当初、道路は空いていた とい うが、道路が整備 されて交通量が増 えると、自宅から用宗漁港までの道路が混離 す るようになつた とい う。
A氏
の話によると、A氏
は大浜地区に住んでいるが、用宗地区や周辺である右部(せきべ)、‐ 11‑
用宗の漁薬
広野地区に住み、刺 し網漁に従事す る人が多いといい、用宗に住む人の船が
1隻
、石部に 住む人の船が1隻、広野に住む人の船が3隻だ とい う。A氏
によると、平成の初めころには、用宗漁港に刺 し網漁の船 は、現在 の2倍
くらいあ つたが、現在、5隻か ら6隻しかない とい う。刺 し網漁に従事す る人が操業を止めた り、亡 くなった り病気になつた りして、数が減つていつた。A氏
は80歳で、他の漁師も70代が 多 く、非常に高齢化が進んでいる。また、1隻を除いて、刺 し網漁の後継者はいない といい、その後継者 も50代だ とい う。
A氏
は皆が刺 し網漁 を行わな くなるとい うことは、何か欠点があるか らではないか とい う。刺 し網漁は皆が寝ている夜明け前に漁に出発 しなければな らず、それでも、燃料代の高騰 もあ り、特別 にお金 を稼 ぐことができるわけではない とい う。
A氏
は、刺 し網漁 とは対照的 に担い手が足 りているシラス漁について 「シラス漁は楽でお金が稼 げる」 と述べていた。また、刺 し網漁はこの夫妻 のように、夫婦で漁を行つてい る船が多い といい、1つの船だ け親子で行 つているとい う。7人ほどの集団で行 うシラス漁 とは異な り、刺 し網漁は個人の 家庭で行 う漁であるといえる。夫婦の どちらかがいなければ大変で、漁を続 けてい くこと はできない、だか らと言 つて、人を雇 っていては採算が合わないので、人を雇 うこともで きない とい う。
4
用宗の シラス漁41
用宗のシラス漁現在、用宗には 18ヶ 統 (と う
)54隻
のシラス漁船がある。用宗のシラス漁は3隻 1組 で行われていて、その3隻 1組を表す単位をlヶ統という。そして lヶ 統は、各船を運転 する船長が3人、船上で作業をする乗 り子が3人から4人の、6人から7人で成 り立って いる。15人 の船主が18ヶ統を所有してお り、3人の船主が 2ヶ 統ずつ所有している。用宗 のシラス漁に従事する人は120人から 130人 ほどである。その約半数が用宗地区に住む人 であるとい うが、用宗の周辺の土地から来ている人や他の地域から来ている人も多くいる。シラス漁の漁船では、若い漁師も多くみられ、他の漁 とは対照的に、用宗のシラス漁は人 手が足 りているそ うだ。
42
漁の様子シラス漁の1日 の日程は、午前6時 30分 (冬は午前7時 30分
)に
出港 し漁場へ向かう ところからはじまる。漁場の多くは用宗近海で、近いときには用宗漁港を出てす ぐのとこ ろで漁を行 うこともあるが、近くにシラスがいない時は、伊豆半島の松崎や、吉田のあた りまで行 くそ うだ。掬宗のシラス漁は3隻 1組で行われて、網を積む網船と、網船と共に2 艘で網を引く手船、シラスを運ぶ運搬船の3隻
から成る。まず、シラスのいる漁場につくと、手船 と運搬船は魚群探知機を用いてシラスの魚群を探す。探知機の映像は網を引く船 に送られ、無線で連絡をとりながら、網を引く方向が決められる。
成長 してしまつたシラスや別の魚が混 じってしまうと、値が大きく下がつて しまう 波の異なる2つの魚群探知機で、1つは大きな魚が写るもの、もう1つ は小さなシラスだけ
̀周
が写るものを使い、4ヽさなシラスだけを捕るように工夫をしている。また、小さいシラス だけを捕ることが出来るように工夫された網もあるが、通常の網に比べると量をとること が出来ない。漁獲量が少ない日は漁獲量が多い日に比べ、多少大きな魚が混 じつたもので も値段は下が りにくく、量をとるか質をとるかは船主によって判断 される。
しばらく網を引いた後、ローラーで網を巻けるところまで巻き、後は人の力だけで網を 手繰るもシラスが入つている網まで到達したら、横付けされた運搬船へ網を持つて移動 し、
シラスをかごに空ける。かごに入つたシラスを氷で締め、運搬船の船長がすぐに漁港へ運 ぶ。岸壁に船を着けるとシラスを上げ
1隻
ごとにす ぐセ リにかけられる。セ リが終わると 運搬船はすぐに沖へ向かい、網を引く船と合流する。これが1日 に3回から4回
繰 り返さ れる。漁を終える網上げ時間は午前 11時 で、用宗では網上げ時間のことを沖合わせ と呼ぶ。写真
2
網を手繰る漁師 (天野撮影)
ヽ
43
シラス漁師の生活シラス漁の漁期は3月 21日 から1月 15日までである。シラスがよく捕れる時期は大き く春夏秋の
3回
ある。 しかし、自然が相手なので、年ごとにピークがずれることも、ピー ク自体が無いこともある。カツオやマグロ等を相手にする遠洋漁業は、魚がいるところま で行 く漁業であるが、沿岸で行われるシラス漁は岸にシラスが来てくれるのを待つ漁業で ある。それゆえ、シラス漁の水場げ量は自然に左右されるところが多い。次の図は2013(平‐13‐
用宗の漁業
成
25)年
の用宗漁港のシラスの漁獲量である。漁獲量の最 も多い月は5月、つ いで9月、 10月で あつた (図 1)。図
1
平成25年シラスの漁獲量出典:清水漁協用宗支所 漁獲量報告をもとに天野作成
シラス漁は日曜や祝 日は休みだ。また、悪天候によつて休みになる日も多く、不漁で漁 が期待できないとき休みになることもある。なので、実際に漁に出られる日は年間 130日 ほどである。シラス漁の休業期に、シラス漁以外の漁を行 う人もいるが、多くの人は休業 期に漁はしないとい う。シラス漁の休みは、天候や不漁など自然に左右 されるが、シラス 漁の漁師は自由な時間が多いとい う。
44
サクラエビ漁との兼業用宗のシラス漁師の多くは、サクラエビ漁にも従事 している。サクラエビ漁の漁期は10 月1日から翌6月 10日までである。サクラエビの特によく捕れる時期は、11月から12月 の終わりまでと、3月 から6月 10日であり、その時期はシラス漁の漁期 と重なる。しかし、
シラス漁は午前中に終わ り、サクラエビ漁は午後に行われるため、午前はシラス漁を、午 後にサクラエビ漁を行 うそ うだ。サクラ■ビ漁は用宗の漁船で出漁するわけではなく、静 岡市清水区の由比港や焼津市の小川港に船を持つ漁家が操業する。用宗の漁師はそれらの 港へ車で行き、漁に参加する。サクラエビ漁は夕方に出港 し、午後10時 30分から午後12 時30分ごろに帰つてくるそ うだ。
サクラエビの漁に出ることができる日は、年間で、35日 から40日 ほどである。シラス漁 とサクラエビ漁の水場げ状況によって、年ごとに異なるが、サクラエ ビ漁による収入はか なり大きな比率を占めているとい う。 しかし、収入面でサクラエビ漁が大きな部分を占め
(t) 200000 180000 160000 140000 120000 100000 80000 60000 40000 20000 0
10 11 12(月 )
ていて も、用宗のシラス漁師は、サクラエ ビ漁師 とい うよりも、用宗のシラス漁の漁師 と い う意識が強いそ うだ。た とえ、サクラエ ビ漁が夜遅 くて疲れたか らと言 つて、翌 日のシ ラス漁を休む ことは許 されない とい う。
サクラエ ビ漁 を行 う由比港な どの船 にとつて、用宗のシラス漁師の存在は大 きい。サク ラエ ビの漁は用宗の漁師がいるおかげで成 り立っている部分 もある。サ クラエ ビlllは用宗 で行われているシラス漁 と同 じ二艘船曳き網漁で、漁の経験豊富な用宗のシラス漁師は重 要な役割 を果た しているとい う。
45
用宗の若い漁師たちシラス漁から帰つてくる漁師の中には、若い漁師も非常に多くみ られる。港で若い漁師 数人に話を伺 うことができた。 どのようにシラス漁師になつたのか訊ねると、大学卒業後 に漁師になつた人もいれば、まつたく漁業 とは関係のない職業に就いていて漁師になつた という人も多くいるそ うだ。新 しく漁師になる人は、親が用宗でシラス漁師をしていてそ の繋がりで漁師になる人もいたが、友人や知 り合いの紹介で漁師になる人も多い。
話を伺つた漁師たちが住んでいる土地は、石部、広野、久能、西島 (にしのしま
)な
ど 用宗の周辺の土地や少 し離れた土地であつた。このように用宗の漁師は用宗以外の土坤に 住んでいる人も多くいるが、こうした広い範囲の人が用宗漁港に集まる理由としては、用 宗漁港が完成 したとき、久能、大浜、用宗の船が集められ、そのときから現在まで代々用 宗漁港を使用 してきたためではないかとい う。また新 しく漁師になる人も、用宗地区以外 の土地からやつてくる人も多いとい う。漁のや りがいにっいて訊ねたところ、やはリシラスがたくさん捕れたときはうれ しいと いう。シラス漁の給料は歩合制なので、シラスがたくさん捕れたときは、たくさんのお金 がもらえる。シラス漁には、長年の経験や勘といつたものも必要ではあるが、ギヤンプル のような側面もあるともい う。また、自分がシラスの魚群を見つけ、漁があつたときはう オルしレヽという。
`
この時話を伺つた漁師みながサクラエビ漁にも従事 していた。6月 10日にサクラエビ漁 の漁期が終わり、シラス漁が終わつた午後の自由な時間が増えると、パチンコなど趣味の 時間やお酒を飲む時間も増えるという。ンラス漁が終わつた後に釣 りへ行くこともあるが、
それはあくまで遊びの感覚だとい う。また、シラス漁の禁漁期には、他の漁に出るとい う ことはなく、網を作る時間や船を修理する時間でもあるが、数 日で終わ り、建設関係など のアルバイ トもしているそ うだ。
先に述べたように、現在、用宗漁港の水揚げ量の約95パーセン トはシラスが占めてお り、
シラス漁の人手は十分に足 りていて、若い漁師も多く含まれ、用宗のシラス漁は活気に溢 れている。他の地域の漁業や用宗のシラス漁以外の漁業では深刻な後継者問題 もみられる が、話を伺つた人全員が、用宗のシラス漁において、後継者問題はないとい う。新 しくシ ラス漁師になる人は多くいる上に、人手は足 りているため、シラス漁師にな りたくてもな
‐15‑
用宗の漁業
れない人もいるとい う。
5
考 察′
51
静岡市の漁港 としての用宗漁港調査に行 くまでは、用宗 とい う小 さな範囲の漁村があるとい うイメー ジを持 つていた。
しか し、実際に調査 に来て、用宗漁港は用宗地区に住む人にだけの漁港ではなく、静岡市 に住む人にとって重要な意味を持つ漁港であると感 じた。
2003(平成15)年に旧静岡市が旧清水市 と合併するまで、用宗漁港は静岡市の中で唯一 の漁港であった。用宗漁港が完成 したとき、大浜や久能の海岸 に泊められていた船は用宗 漁港を利用するよ うにな り、現在で も用宗漁港 を利用す る漁師には、用宗地区以外に住む 人が多 くいる。そ して、用宗地区以外の人で、新 しくシラス漁師になる人 も多 くいる。 こ のよ うに、用宗漁港は用宗地区に住む漁師だけでなく、静岡市に住む多 くの漁師に利用 さ れ る漁港であつた。
用宗漁港は静岡市の住民に、漁港 とい う特別な空間を提供す る場所 とも感 じた。用宗漁 港まつ りは、今では静岡市の住民に とつての一大イベ ン トとなっている1。 また、用宗漁港 のす ぐそばには、取れたてのシラス丼が食べ られ るどんぶ リハ ウスがあ り、漁港の周辺に は、新鮮なシラスや海産物 を扱 う商店や料理店が多 くある。用宗漁港は釣 りの有名なポイ ン トとして、週末には多 くの釣 り人や家族連れが集まる。 このよ うに、用宗漁港は静岡市 民にとつて身近な、漁港 とい う特別な空間を体験できる場所である。
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用宗シラスの強み用宗でシラスのカロエ業に携わる方の話では、静岡県のシラスの水揚げ量は全国でも1、 2 位 を争 うが、静岡県の港 ごとのシラスの水揚げ量は多い順におよそ、1位は舞阪(まいさか、
浜松市)、 2位は福 田 (ふくで、磐 田市)、 3位は吉田 (吉田町)、 4位が用宗である。そのな かでも、舞阪 と用宗のシラスは全国的にブラン ドとして認 められ、用宗のシラスは高値で 取引され るとい う。 こ うした全国的なプラン ドとしての価値 は、用宗周辺の恵まれた環境 によるものや、昔か らシラス漁師 と加工業者が美味 しい質の高いシラスを消費者に届 ける ための努力の積み重ねによるものであるとい う。では具体的には何が用宗のシラスの地位 をここまで高めたのだろ うか。用宗のシラスの加工業や シラス漁に携わる方に伺 った話か らまとめていきたい。
シラスは黒潮 に乗 つて北上す る。静岡県の沖合には黒潮が流れていて、黒潮が伊豆半島 の石廊崎や伊豆大島にぶつか り、駿河湾へ流れ込む。過去にこの黒潮が蛇行 したことによ
り、シラスが不漁 になったことが何度 もある。
1用宗漁港まつ りにつ いては、高源の担当である第8章を参照 されたい。
また、駿河湾には狩
5Jl(か
のがわ)、 安倍川、大井川な どの一級h」l‖や、その他 にもい くつ もの河川が注いでいて、河 :lから栄養分を含む潮 │1水が運ばれて くる。駿河湾内は栄 養が豊富で、駿河湾内のシラスは九々 としている。そ して用宗漁港の近 くには安倍川が注 いでいる。 このように用宗のシラスは、大きな河川がい くつ もある陸の条件 と、黒潮や湾 な ど海の条件がそろ うことで質が高いのである。イ ワシの稚魚であるシラスは弱い魚であるため、鮮度が非常に重要である。 シラスの鮮 度を保つための漁法 として、用宗のシラス漁は3隻 1組で行 われている。3隻の うち、2隻 が綱を引き、シラスがかか り、網が上げ られると、シラスは素早 くかごに移 され氷で締め られ る。 この網の引き方や氷の使い方によつてもシラスの鮮度は変わつて しま うとい う。
そ して、シラスは運搬船で用宗漁港へ運ばれ、運搬船か らシラスが降ろされ ると、す ぐに セ リにかけられ、入札 され ると加 工場へ運ばれ る。運搬船は 1日 に3回か ら4回、シラス を運ぶため漁場 と港 を往復す る。用宗は漁場が近 くにあるため、捕れたシラスをす ぐに港 に運ぶ ことができる。 このように用宗のシラスは、漁師や加工業者 の努力に よつて鮮度が 保たれている
%
用宗のシラスの捕 り方は、良いものを美味 しく高くとい うことを心掛けているとい う。
他の地域には、単価が安くても量を多くとっている地域もあるが。用宗のシラスは大量に とつて安く売られるのではなく、品質の良いものが用宗シラスのプラン ドとして高値で取 引されるとい う。また、鮮度の良い用宗のシラスは生でも美味 しく食べ られる。用宗は生 シラスの先駆け的存在 といえ、県外から用宗の生シラスを視察に来て、生シラスを始めた 2加工業者については、海野未樹の担当である第 2章 を参照されたい。
写真
3
セリの様子 (天野撮影)
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用宗の漁業
地域 もあるとい う。用宗のシラスは3分の1から5分の ■が生で食べ られ、生シラスの価 値は高い。
私が用宗のシラスの加 工業や シラス漁に携わる方に話 を伺 うと、みな「用宗 シラス」の プラン ドに自信 を持 つているよ うに感 じた。消費者 に新鮮 なシラスを届 けるためのこだわ
りを持ち、用宗のシラスを待 つている人へ、美味 しいシラスが届け られている。
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職業としての シラス漁の魅カ2節では現在用宗で行われ ているシラス漁以外の漁業、特に刺 し網漁 を取 り上げた。刺 し 網漁を行 う漁師は高齢化が進み、数 も減少 しているとい う状況であつた。対照的に
3節
で 取 り上げたシラス漁では、若 い人 も多 く、後継者 も存在す る。では、なぜ用宗のシラス漁 は多 くの人を惹きつけているのか考察 していきたい。シラス漁に携 わる方の話 によると、用宗のシラス漁がた くさんの人を惹きつけるのは以 下の理 由か らだ とい う。 シラス漁はそこそこなお金 を稼 ぐことができて、午前中には仕事 が終わ り、 日曜や祝 日は休みで、禁漁期間や天候 によって休みになる 日も多い。サクラエ ビ漁の収入や、アルバイ トでの収入 を合わせれば、た くさんのお金 を稼 ぐことができる。
理想 の生き方は人それぞれであるが、サラ リーマンのように毎 日決 め られた時間に働 くの が嫌な人 もいて、そ うい う人に とつて 自由な時間が多い漁師 とい う仕事は魅力的だ といえ る。決 して景気が悪いか ら漁師が増 えているのではな く、 自由な漁師の生活に惹かれてい るのではないか とい う。
シラス漁師の生活は、休みの 日も多 く漁は午前で終わるため、 自由な時間が多い。 この サラ リーマンとは異なる用宗のシラス漁師の生活は、非常に魅力的であるよ うに思 える。
確かに漁師の収入 は 自然 に左右 され、不安定なものである。 しか し、用宗の多 くのシラス 漁師はシラス漁の収入 だけではなく、サクラエ ビ漁による収入がカロわ り、多 くの収入 を得 ることができる。 この漁師の 自由な生活 とサクラエ ビ漁による収入の安定が、用宗のシラ ス漁師の魅力である。
シラス漁は、現在用宗で行われている他の漁 に比べて、新 しく漁師になる人に とつて参 入 しやすい環境であるよ うに思える。6人か ら7人ほどの集団で行 うシラス漁は、集団で漁 を行 う中で、漁の技術 を身 に着 けてい くことができる。また、船や道具 を買 うために多額 の費用がかかるが、乗 り子 としてシラス漁師になるとき、最初にそ うした費用がかか らな い。個人・ 家族 を単位 として行われ る刺 し網漁は、子供が親 の後を継 ぐことはあつて も、
新 しく刺 し網漁 を始 める人はいないよ うだ。新 しく刺 し網漁始めよ うとして も、漁の技術 も漁場の知識 もな く、船や道具 を買 うために多額 の費用がかかる。用宗のシラス漁は知 り 合いや友達の紹介で、漁師 と関係の無い職業か ら新 しく漁師になった とい う話 も多 く聞 く。
こうしたシラス漁 の参入の しやす さも、刺 し網漁 とは対照的に、シラス漁の担い手が足 り ていている理 由であろ う。
静岡県で盛んな遠洋漁業や沖合漁業 も、体
1つ
で漁 に参加 できるとい う点ではシラス漁と同じかもしれない。
しか し、遠洋漁業では数か月、沖合漁業では数 日間船の上にいるこ ともあるが、シラス漁は漁の時間も短く、用宗やその周辺の静岡市の中心部に近いところ で生活 しながら漁を行 うことができるという点で大きく異なる。
若い漁師の話によると、他の地域でシラス漁に従事 していた人が用宗に来たとい う例も あつたそ うだ。上にも述べたように、用宗のシラスの加工業やシラス漁に携わる人みなが 自分たちのシラスに自信を持つていたが、用宗のシラスのプラン ドカこそがシラス漁師に なる人を惹きつけているのではないだろうか。
6 おわ りに
用宗のシラス漁師の職業 としての魅力 をい くつか挙げてきた。確 かに、漁師 とい う職業 は 自然が相手なので、収入 も安定は しない し、常に危険が伴い肉体的にもきつい仕事なの かもしれない。 しか し、今回のフィール ドワー ク調査で出会つた シラス漁師のみなさんは 非常に生き生きとしていた。用宗のシラス漁についての話 を聞いていると、もしも自分が 漁師になるのな らば、 この用宗でシラス漁師になつてみたい と思 うほ ど魅力的であつた。
漁師の自由な生活や、シラス漁だけでな くサクラエ ビ漁を行 うことによる収入の安定、静 岡市に暮 らしなが ら漁に行 けることはもちろんだが、何 よ り用宗 シラスの担い手 として、
自らの仕事に自信 を持 つていることが私にそ う思わせたのである。
謝辞
用宗漁港の漁師の皆様、漁協関係者の皆様、シラス加工業者の皆様、仕事で忙 しい中、
時間を割いて話を開かせていただきありがとうございました。実際に用宗を訪れてみない と知ることができない情報もたくさんあり、有意義な 1週 間を過ごすことができました。1 週間本当にありがとうございました。
参照文献
静岡市
2006
『用宗漁港 50年 のあゆみ』静岡市役所経済局農林水産部水産漁港課。安本博編
1971『
用宗町誌』用宗町誌編集委員会。‑19‑