長 崎豪 雨時 にお ける大瀬戸町幸物 の短 時 間雨量
荒 生 公 雄
長崎 大 学 教育 学 部地 学 教室 (昭和61年10月31日 受 理)
Heavy Precipitation as Revealed
at Kobutsu in from 1-minute
the Nagasaki Observation
Event, Data
1982
Kimio ARAO
Department of Earth Sciences, Faculty Nagasaki University, Nagasaki
(Received Oct. 31, 1986)
of 852
Education
Abstract
Heavy precipitation at Kobutsu, Oseto-cho in the Nagasaki event on 23 July 1982 was examined at an interval of one minute.
(1) The extremes of precipitation at this observation site can be summarized as follows :
6.5mm in one minute
47.5mm in 10 minutes
85.0mm in 20 minutes
112.5mm in 30 minutes
184.0mm in one hour
(2) The amount of rainfall changed very markedly in every minute even in very strong 10-minute precipitations of 42mm and 43mm.
(3) A very strong precipitation which brought more than 4.5mm in every minute
continued for seven minutes and this strongest rainfall in all the time made an extreme
of 37.0mm in seven minutes.
(大瀬戸町雪浦幸物郷248)で記録した10分間43.Omm,20分間85。Ommおよび30分間110.Omm は,いずれも長崎豪雨における極値となったばかりでなく,日本の観測史上においても特 筆に値する驚異的な短時間降雨であった。すなわち,最大10分間雨量43.Ommは足摺岬の 49.Ommに次ぐ史上第2位の記録として気象年鑑(日本気象協会,1986)に採録されると
ともに,資料不足のために断定が困難であるが,20分および30分間雨量はともに史上第1 位である可能性が極めて強い(荒生,1986)。また,最大1時間降水量でも182.5mmを観 測し,長与町役場での187.Ommに次いで史上2位となっだ。ただし,上に示した幸物分 校の降水量の値はすべて毎正時刻10分間ごとに整理した一覧表(荒生・宮崎,1984)によ
る。そして,幸物分校では1日巻自記紙が用いられたから,1週間巻きの長与町役場の記 録よりも時間分解能がよく,10分間雨量まで容易に読み取れるという意昧では長崎豪雨を 代表するに足る貴重な記録である。しかも,清水測候所によれば(滝野,1985),足摺で 10分間49.Ommを記録した自記紙(1946年9月13日)は,気象庁(当時中央気象台)内部 での度重なる調査業務のための転送の結果,現在行方がわからなくなっているという。
従って,幸物分校の自記紙は今日実際に存在する日巻記録としては国内で最も強い10分一 1時間雨量を示すものである。このような特殊な性格をもつ幸物分校の雨量観測が正確に 書き残されることの必要性と意義は十分にある。本報告では,これまでの筆者の報告を補
う立場から,幸物分校の雨量観測の概要を説明するとともに,1分間雨量に基づく短時間 降雨の特徴を考察する。
2.幸物分校の雨量観測
小学校が転倒ます型自記雨量計をもち,しかも1日巻記録紙を走らせているというのは 極めて異例なことである。これには次のような事情がある。幸物分校は雪浦川上流の山間
(標高約250m)に位置し,その下流には長崎県が管理する雪浦ダムがある。ダムを管理す る大瀬戸土木事務所は測定器具一式を同校に設置し,毎日の観測を委託している。このよ うな形態での雨量観測はダム建設のための調査段階から行われていたらしく,昭和42年7 月豪雨に関する坂上(1969)の報告に既に同校の10分間雨量が掲載されている。ちなみに,
雪浦ダムの完成は昭和51年(1976)のことである。長崎豪雨は昭和57年7月であるから,
その当時で既に少なくとも15年の歴史をもっていたことになる。さらに特筆すべきことは,
毎朝の記録紙の交換を分校の児童が当番制で行っていることである。同校はその名の通り,
昭和61年現在,教員数4,児童数30,学級数3(1・2年,3・4年,5・6年の複式3ク ラス)の小規模へき地校である。高学年生(5・6年)1人,中学年生(3・4年)1人の 2人組の当番が,夏休みでも,花壇の草花への給水,小鳥の餌付けとともに自記紙の交換 を行うことに決められている。撒水や餌付けには時間的制約が少ないが,自記紙の交換は 時間に拘束される。幸物分校では毎朝8時を交換の時間とし,それに対応するように自記 紙のへりを折込んでいる。当番は体育館の壁時計の時刻により自記紙をセットするように 指導されている。児童の数が少ないから,約40日問の夏休みの間だけでも,1人につき3
第1図 幸物分校の自記記録(1982年7月23日)
第2図 幸物分校の受水器
》
第3図 受水器の環境(135mm望遠で撮影)
回ないし4回当番がまわってくる。広い校区の山間に人家が点在し,分校までの道もけわし く決して近くはない。1982年7月23日も夏休みであった。当番の男の子は朝8時に自記紙 を交換した。その記録紙は現在大瀬戸土木事務所の自記紙の束の1枚として綴り込まれて いる。それを第1図に示す。18時から19時までの降雨が極めて激しいことが一目瞭然であ る。上述したように,10分刻みで読むと,1時間182.5mm(18時10分一19時10分)となる のをはじめ,20分間(18時20−40分)に85.Omm,30分間(18時20−50分)に110。Ommとな る。第2図にこの降雨を観測した受水器を示す。受水器は2階建本館屋上の東側の側溝の 中のコンクリート台の上に設置されている。第3図は受水器を取りまく周辺の風景を示す。
屋上の屋根はなだらかに東側と西側に傾斜しており,観測に用いられた受水器が屋上の左 端にみえる。もう1つ別の受水器が写真の右下にみえるが,これは新校舎建設以前に使用
されていたもので,現在は放置された状態にある。自記電接計数器は,本館の北側の壁を 背にするように作られた専用の木製格納庫の中にあり,分校らしさを反映してカギはかけ
られていない。内部の台座の高さも子供の身長に合わせてかなり低くしてある。
0−1 1−2
2−33−4 4−5
5−6 6−7 7−8 8−9 9−0 合計18:00−18:10 2.5 1.5 1.0 2.0 1.5 1.5 2.0 2.0 1.5 2.0
17.518:10−18:20 1.5 1.0 1.0 2.0 2.0 1.0 2.5 2.5 2.5 2.5
18.518:20−18:30 3.5 3.5 2.0 2.0 4.5 4.5 6.0 4.5 5.5 6.0
42.018:30−18:40 6.0 3.5 2.5 4.5 1.5 3.5 6.5 5.5 3.0 6.0
43.018:40−18:50 3.5 1.5 2.0 1.0 2.0 2.5 3.5 2.0 3.5 3.5
25.O18:50−19:00 3.0 2.0 3.0 5.5 4.0 3.0 3.0 1.5 2.5 3.5
31.019:00−19:10 3.5 2.5 1.5 3.O 2.5 2.0 2.5 1.5 1.5
2..5 23.019:10−19:20 1.5 1.0 1.5 0.5 0.5 0 0.5 0 1.0 9.0
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18:00
Juしy231982
17.5 18.5 42.0
43.025.0 31.0 23.O
9.O8.5 9.0 7.5 11.0 15,526.5 18.0 25,5 10,015.0 17.5 13.5 13,010.0 7.0 2.O
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諜き1』→
(( 1( り( つ( ノ(10 20 30 40 R( ¶O。(∩ 1∩ つ∩
TIME(min)
50 19:00 10 20
第4図 幸物分校における1分間雨量の変化 (1982年7月23日18時00分一19時20分)
3. 1分間雨量とその特徴
幸物分校の自記紙を拡大コピーにより2.5倍,すなわち10分間の時間間隔が5mmにな るように拡大し,長さ0.5mmごとに読み取って1分間雨量を求めた。この読み取りには 拡大鏡を併用した。幸物分校の転倒ますの雨量は0.5mm単位で,1分ごとの時間軸の取
り方によって,転倒回数のカウントを1つは読み誤まる可能性があるから,今回の読み取 りの確かさには±0.5mmの誤差を伴うものと考えられる。読み取りは降雨の強い時間帯 のみとし,実際には18時ちょうどから19時20分の80分間について1分間雨量を求めた。そ の結果を第1表に示す。また,その変化の様子を第4図に示す。最も注目される部分であ る,18時20−40分の20分間の降雨は,同じような強さで降り続いたのではなく,かなり激
第2表 1分問雨量による幸物分校の極値 時間 雨量(mm)
起 時(時分)
1分 6.5 18:36−37,18:39−40 2分
12.018:29−31.18:36−38
3分
17.518:28−31
4分
22.O18:27−31
5分
28.018:26−31
6分
32.518:25−31
7分
37.018:24−31
8分
40.518:24−32
9分
43.018:24−33
10分 47.5
18:24−34
15分 69.518:25−40
20分 85.018:20−40
30分112.5 18:24−54
60分184.0 18:12−19:12
500
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300
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200
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5
3
1 235 102030
t(min》
Ju塾y23 1982
第5図 雨量の極値Rと時間tの関係 60 120
しく変動していることがわかる。すなわち,10分間で42.Ommを記録した18時20−30分の うちで最も強い1分間雨量は6.Ommであり,最も弱いものは2.Ommであった。同様に,
43.Ommの18時30−40分では,最大で6.5mm,最小で1.5mmであった。これら2つの時間 帯における最大1分間雨量は6,0〜6.5mmで,10分間雨量のおよそ15%になっている。
次に,第1表から得られる短時間降雨の極値を第2表にまとめる。1分間刻みでみると,
最大10分間雨量は47.5mm(18時24−34分)となり,最大1時間雨量は184.Omm(18時12 分一19時12分)となるから,それぞれ,日本の極値(49.Ommと187.(knm)にさらに近い値と なる。また,20分間極値85.Ommは10分間ごとにとった場合と変らないが,30分間極値は 112.5mm(18時24−54分)に増加した。さらに,第2表に基づいて雨量R(mm),時間t
(分)の両者を対数表示すれば第5図が得られる。図中のパラメーターpは,極値雨量に 関するFletcherの式を
R(t)=6.5tP (1)
としたときの指数である。ただし,(1)式の比例定数6.5はR(1);6.5mmを意味する。
この図から明らかなように,この時の豪雨は1分から7分まではp=O.9の線によく一致 し,8分以上ではp=0。9から離れて徐々にp二〇.8の方へ移動している。換言すれば,1 分単位でみた強雨はおよそ7分間は比較的一様、に降り続いたが,それ以上の時間にまでは 一様性が及ばなかったことになり,このことは第4図からも明らかである。すなわち,18 時24分から31分まで4.5mm以上の強雨が7分間続いたことによって7分間極値が37.Omm
となった。これまで示されてきた日本における(1)式のようなR−t分布の時間の最小 単位は10分であったから(たとえば;桑原,1982〉,第5図は10分よりも短い時間の方へ
それを拡張したことになる。そして,この拡張部分は10分以上のR−t分布と十分よく接 続することがわかる。念のために書き添えれば,第5図は,1分から60分までの全時間域 にわたって日本における極値のR−t分布を示す,と言って実際上何ら差しつかえない。
(2)1分間降水量の最大は6.5mmであった。
(3)1分間4.5mm以上の強雨は7分問だけしか継続しなかった。
4.考
察豪雨時の1〜10分問降雨のふるまいにっいてはこれまであまり注目されて来なかった。
その理由は,主として,自記紙上の時間分解能があまりよくなかったことによるものと考 えられる。しかし,最近では拡大コピーよりもはるかに精密なタイマー内蔵型の自記雨量 計が出現し,秒単位での分解が可能になっている。従って,今後急速に短時間降雨に関す る記録が蓄積され,興昧深い研究が展開されてゆくものと予想できる。そこで,本研究の 延長線上にあると考えられるいくつかの課題をここに記す。
(1)本研究のspeculativeな結論は,上述したように,気豪雨時の1分間雨量は6〜7mm が上限で,非常に強い雨の継続時問はおよそ7分である8ということになる。しかし,組 織的な1分間雨量に関する報告が日本にはないから,現時点では比較できる資料も乏しく,
直ちに普遍化することは難しい。1分間7mmを超えるような強雨は本当にないのか?,
また7分以上にわたって1分間4〜5mm以上の降雨が続くことはないのか?を検討して ゆく必要がある。後者の検討(調査〉は10分間40mm程度の豪雨のときのみが対象になる からその機会は厳しく限定されるが,前者の検討は10分間20mm程度の降雨の場合でも可 能かも知れない。
(2)雲物理学的に,あるいは降雨機構の観点から1分間雨量はどのような意味をもつもの なのかについて考察してみる必要がある。今回のような1地点だけの1分間雨量だけでは その立体的な構造を想像することはできない。すなわち,幸物分校で強雨が弱まったとき に,それをもたらした降雨現象そのものが衰弱したのか,それとも若干場所を変えたのか は全くわからない。これを把握できるような観測は現段階ではとても望めそうもないが,
降雨の微物理学的過程を十分に考慮して1分間降雨を考察してゆくような手法から何らか の示唆やヒントが与えられることを期待したい。
(3)レーダーエコー強度と降雨量との対応を検討する場合,その降雨量としては1時間雨 量よりも10分間雨量が採用される。しかし,エコー強度の瞬間的な観測に比べて,雨量の 10分間は非常に長い。極端な強雨ばかりではなく,降雨の短時間変動はレーダーエコー出 力との関係からももっと詳しく研究される必要がある。
(4)土石流などの大規模な土砂崩壊は,それまでに降った累積の降雨量に強く関係があり,
しかも崩壊時刻は10分間降水量の大きさに依存することが数多く報告されている。この課 題も上の(3)と同様,1分間降水量と吟うもっと短い時間間隔から見直しを行う意義は十分 にある。特に,この問題にっいては,各地に土石流警報装置が設置されるに至っているか ら,比較的データが豊富になりつつあり,研究の発展を期待したい。
謝辞
長崎豪雨の直後,雪浦小学校幸物分校の出光東生教諭(現在,野母崎町立野母小教頭)
には同校の雨量観測および雨量計の吟味等で種々御教示いただいた。出光教諭によって,
豪雨当日の朝8時に6年生の児童が自記紙をセットしたことが確認されたのをはじめ,大 瀬戸土木事務所の指示で雨量計を納めた扇精光(株)の職員が雨量ます10mmと受水器お よび電接計数回数について検査を行い,正常であることを確認した旨の情報をいただいた。
そして,この雨量計の事後検査の結果は,後日同校を調査のため訪れた長崎海洋気象台の 職員にも伝えられた。また,本研究にかかわる取材の際は幸物分校の田中秀穂教頭にお世 話になった。田中教頭は自ら屋上の受水器の位置まで筆者を案内して下さった。さらに,
長崎県土木部大瀬戸土木事務所には当日の自記紙に関する取材および写真撮影の際に多大 の便宜を計っていただいた。幸物分校と大瀬戸土木事務所に謝意を表するとともに,両者 の雨量観測に払われた長年月の御努力にも敬意を表したい。
清水測候所の滝野一郎所長にも大変お世話になった。幸物分校の短時間雨量と比較する 目的で足摺岬の記録の写しの御供与をお願いした。残念ながら,本論中に記したように,
その写しは得られなかったが,滝野所長のごていねいで誠意に満ちた御対応が強く印象に 残った。ここに記して深甚なる謝意を表します。
最後に,長崎豪雨の強烈な短時間降雨に強い関心を示されるとともに,有益な御意見や ヒントを下された吉野正敏教授(筑波大学〉,桑原英夫助教授(山形大学農学部)および 椎野純一博士(気象研究所)に厚くお礼申し上げます。
参 考 文 献
荒生公雄,宮崎義生,1984:長崎豪雨における10分間降水量の分布,長崎大学教育学部自然科学研究報告,
No.35,33−44。
,1986:10分間降水量でみた長崎豪雨の構造,天気,33,17−26.
桑原英夫,1982:日本で起こりうる最大短時問雨量にっいて,天気,29,711−719.
坂上 務,1969:昭和42年7月西九州豪雨に関する研究,昭和42年7月豪雨による災害の総合的実態的研 究(文部省災害科学・九州地区班研究報告),5−42.
滝野一郎,1985:私信による.
日本気象協会(編),1986:気象年鑑1986年版,167.