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学位名 博士(工学)

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Academic year: 2021

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名古屋工業大学学術機関リポジトリ Nagoya Institute of Technology Repository

ベトナム国・ホーチミン市における都市マスタープ ランの特徴に関する研究

著者 グェン ラム

学位名 博士(工学)

学位授与番号 13903甲第1044号 学位授与年月日 2016‑03‑23

URL http://doi.org/10.20602/00003211

(2)

学位の種類 学位記番号

学位授与の日付 学位授与の条件 学位論文題目

グェンラム

NGUYEN しAM

博士(工学)

博第lo44号 平成28年3月23日

学位規則第4条第1項該当 課程博士

ベトナム国・ホーチミン市における都市マスタープランの特徴に関 する研究

(A Study oIl Characteristics ◎f Urban Master Plan Docu磁ents of Ho Chi Millll City in Vietnam)

論文審査委員 主査 教授   兼田 敏之

教授   松本 直司 准教授  夏目 欣昇 教授   鈴木 博志       (名城大学)

論文内容の要旨

 ベトナム国においてハノイ市とともに二大中央直轄市の一つであるホーチミン市は、経済・

政治・文化・教育・商業・情報・科学技術などの中心的役割を担っている。1986年にドイ・モ イ政策を導入したのち、経済成長及び人口増加が著しくなっていたホーチミン市では都市化に 伴って様々な問題が顕在化した。そのため、それらの問題に対応するために、ホーチミン市政 府は1993年・1998年・2◎10年の3回にわたって都市マスタープランの策定・改定を行った。

 1993年の都市マスタープランは、1987年「ベトナム設計基準(都市建設計画)」というガイ ドラインを踏まえて、はじめて策定された。1998年の都市マスタープランは、1995年建設省通 達を踏まえるとともに、1998年ベトナム都市総合開発計画方針に即して改定された。2010年都 市マスタープランは国法として新たに法制化された2004年建設法ならびに2009年都市計画法 に基づき、上位計画である2008年ホーチミン圏域建設マスタープランと2009年ベトナム都市 システム総合開発方針に即して、法定計画として改定された。

 本論文の目的は、(1)ホーチミン市における1993年・1998年・201◎年都市マスタープラン の3つのプラン文書について、プラン文書構成の変遷ならびに改定のきっかけを分析するとと もに、(2)都市計画法施行年である2010年を境とした前後の2つの期におけるハノイ市の都市 マスタープランとの比較分析を通じて、ホーチミン市の都市マスタープランの特徴を明らかに することにある。

 本論文は、次の5つの章より構成されている。

(3)

 第1章では、研究の背景と目的ならびに既往研究について述べている。

第2章では、べけム国・おける納行吐都市づくり繊醐わる慨要を述べている・

具㈱。は、ベトナム㈱ける、(1)地方徹なら随治の階醐造・(2)細了マスタープラ ンに関する法令、(3)ベトナム国における社会経済の変動・(4)都市マスターブランの典型的 な構成について述べている。

鮎章では、ホーチミン市を対象として、1993年・1998年・2…年{・公鍵続3回}こわた る都市マ鰺一ブラソの鍵の分析㈱}・より、一連の繍マスタープランを発展プ゜セスと して糠を行っている.そこから得られた主な知見は次の3点である・第一}・・1998年に溺 る93年プランの改定には、ωホーチミンη・をとりまく鞍繍醐の変化・とくに粧以封 の人。蜘がみられ、また、(2)93年プランにおける目標知畷定に技術不足がみら泌な ど2つの要1司が働いた.そのため、1998年1糠にすでに繊人・カミ199瞬プランの201°年の 酬醐樋える幽にあった.第二に、98年綱テマスタープランで{ま・既成市毛蜘の担舶 制を醜に掲げ、川沿いのスラム倦クリアランスの剛方鑓記網⇒るなど・既成縮地の 住宅地のコント・一ルを蹄すものであった.しかし、既成市街地の人・が]㈱しきれなかっ

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第磁では、都欄・画法の施行4帝ある201・・揃後措としたホーチミンrl了の都市マスター プランを1司時期のハノイ市の都市マスタープランと比較して考察を行っている。そこから、一

.連の作業から得られた主な知見は、ハノイ市ならびにホーチミン市の都市マスタープランは、

ともに都市化の発展という背景をほぼ同じくしている。そのため、双方の98年プランとも2010 年.2。11聯点には醐人・カ・緬人・を上回ることとなり、錫{≧1…を失い・このことをきっ かけとしてプラン改定が行われることになった.しかし、98年のハノ石17プランでは・当時・

法律に制度化されていなかった都市構造モデルのダイアグラムがプラン文書に図示されてい た.これは2・・9轍市緬法の‖i‖度を先馳するものであった・これ}・対して・ホーチミン市 プラン文書では、衛星都市の記述はみられるものの、図示は行われていない。この点において、・

ホーチミン市プランはハノイ市プランに遅れをとっていたものと考えられる。

また、2。1。年以降の両市のプランは、同一の都蕎緬法{・基づくことにより・両舵襯市 マスタープランを策定する際に異なる特徴があったものの、計画の柔軟性・実行性を高めるた め、機能醐珊発舵いう・開発の方雌、規模予測、区域別の酬・融的な{縮・醗規 制、職保繰の取搬み銅受けられる.とくに、ホーチミン市における2・・°年都敵スタ

_プランは、社会的な指標鵡ロ納な醗、隠を数多く掲げていないものの・実現を瓢し た都蹄計ガイドライン、縮マネジメシトについての囎鰭及している創・特徴カミある・

 第5章では、本論文で得られた知見を概括するとともに、今後の課題について述べている。

(4)

論文審査結果の要旨

 ベトナム国においてハノイ市とともに二大中央直轄市の一つであるホーチミン市は、経済・政治・文化・教育・

商業・情報・科学技術などの中心的役割を担っている。1986年にドイ・モイ政策を導入したのち、経済成長及び 人口増加が著しくなっていたホーチミン市では都市化に伴って様々な問題が顕在化した。そのため、それらの問 題に対応するために、ホーチミン市政府は1993年・1998年・2010年の3回にわたって都市マスタープランの策 定・改定を行った。

 1993年の都市マスタープランは、1987年「ベトナム設計基準(都市建設計画)」というガイドラインを踏まえ て、はじめて策定された。1998年の都市マスタープランは、1995年建設省通達を踏まえるとともに、1998年ベ

トナム都市総合開発計画方針に即して改定された。2010年都市マスタープランは国法として新たに法制化された 2004年建設法ならびに2009年都市計画法に基づき、上位計画である2008年ホーチミン圏域建設マスタープラン

と2009年ベトナム都市システム総合開発方針に即して、法定計画として改定された。

 本論文の目的は、(1)ホーチミン市における1993年・1998年・2010年都市マスタープランの3つのプラン文 書にっいて、プラン文書構成の変遷ならびに改定のきっかけを分析するとともに、(2)都市計画法施行年である 2◎10年を境とした前後の2つの期におけるハノイ市の都市マスタープランとの比較分析を通じて、ホーチミン市 の都市マスタープランの特徴を明らかにすることにある。

 本論文は、次の5つの章より構成されている。

 第1章では、研究の背景と目的ならびに既往研究について述べている。

 第2章では、ベトナム国における都市行政・都市づくり制度に関わる概要を述べている。

具体的には、ベトナムにおける、(1)地方行政ならび政治の階層構造、(2)都市マスタープランに関する法令、

(3)ベトナム国における社会経済の変動、(4)都市マスタープランの典型的な構成について述べている。

 第3章では、ホーチミン市を対象として、1993年・1998年・2010年に公表された3回にわたる都市マスター プランの変遷の分析検討により、一連の都市マスタープランを発展プロセスとして考察を行っている。そこから 得られた主な知見は次の3点である。第一に、1998年における93年プランの改定には、(1)ホーチミン市をと

りまく社会経済情勢の変化、とくに想定以上の人口増加がみられ、また、(2)93年プランにおける目標人口の設 定に技術不足がみられるなど2つの要因が働いた。そのため、1998年時点にすでに市域人口が1993年プランの 2010年の計画目標を超える趨勢にあった。第二に、98年都市マスタニプランでは、既成市街地の人口抑制を目標 に掲げ、川沿いのスラム住宅クジアランスの実施方針を記載するなど、既成市街地の住宅地のコントロールを目 指すものであった。しかし、既成市街地の人口が抑制しきれなかったため、区域別の計画目標人口を再修正する 必要が生じ、201◎年プランへの改定につながる一っの要因になったと考えられる。また、第三に、2◎10年都市マ スタープラン改定時は、想定以上の人口の郊外化も進行していたため、既成市街地への人口の再収容を許容する 政策に転じることになった。その際、新たに施行された都市計画法に基づき、空間構想においては全市域対象に 区域別に機能的ゾーニングの方針が掲げられるに至った。

 第4章では、都市計画法の施行年である201◎年前後を境としたホーチミン市の都市マスタープランを同時期の ハノイ市の都市マスタープランと比較して考察を行っている。そこから、一連の作業から得られた主な知見は、

ハノイ市ならびにホーチミン市の都市マスタープランは、ともに都市化の発展という背景をほぼ同じくしている。

そのため、双方の98年プランとも2010年・2◎11年時点には現況人口が計画人口を上回ることとなり、実効性を 失い、このことをきっかけとしてプラン改定が行われることになった。しかし、98年のハノイ市プランでは、当 時、法律に制度化されていなかった都市構造モデルのダイアグラムがプラン文書に図示されていた。これは2009 年都市計画法の制度を先取りするものであった。これに対して、ホーチミン市プラン文書では、衛星都市の記述 はみられるものの、図示は行われていない。この点において、ホーチミン市プランはハノイ市プランに遅れをと っていたものと考えられる。

 また、201◎年以降の両市のプランは、同一の都市計画法に基づくことにより、両市とも都市マスタープランを 策定する際に異なる特徴があったものの、計画の柔軟性・実行性を高めるため、機能配置、開発軸という開発の 方向性、規模予測、区域別の構想、歴史的な保存、開発規制、環境保護等の取り組みが見受けられる。とくに、

ホーチミン市における2010年都市マスタープランは、社会的な指標、戦略的な開発、目標を数多く掲げていない ものの、実現を意識した都市設計ガイドライン、都市マネジメントについての項目に言及している点に特徴があ

る。

 第5章では、本論文で得られた知見を概括するとともに、今後の課題について述べている。

 上記、海外都市計画に関する研究業績に一定の貢献があり、博士(工学)の授与にふさわしいとの結論に達した。

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