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― リゾート地の言語景観分析

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リゾート地の言語景観分析

―タイ・プーケット島を例にして

山 川 和 彦

1.はじめに

今 日 の 日 本 社 会 を 特 徴 付 け る 現 象 と し て「 多 言 語・多 文 化 共 生 」と い わ れ る 状 況 が あ る 。こ れ は 、日 本 に 居 住 す る 外 国 人 が 増 加 し 、企 業 は も ち ろ ん 日 常 生 活 に お い て も 彼 ら を 受 入 れ て い く 必 要 が 生 じ て い る こ と を 表 し て い る 。 一 方 で 、 日 本 に は 、 多 く の 外 国 人 が 旅 行 者 1 と し て 来 日 す る 。2003 年 に 始 ま っ た 「 ビ ジ ッ ト ・ ジ ャ パ ン ・ キ ャ ン ペ ー ン(VJC)」に よ り 、2010年 に 訪 日 外 国 人 を1000万 人 に す る 計 画 が な さ れ た 。こ の 目 標 数 値 は 経 済 的 社 会 的 要 因 に よ り 達 成 さ れ て い な い が 、訪 日 外 国 人 は 増 加 傾 向 に あ る 2。定 住 者 と 旅 行 者 で は 様 々 な 点 に お い て 相 違 点 が あ る が 、 日 常 生 活 空 間 に 外 国 人 が 増 加 す る こ と で 、 社 会 変 容 が 生 じ る の は 確 か で あ る 。

こ の よ う な 状 況 に 対 し 、社 会 言 語 学 や 日 本 語 教 育 に お い て は 、多 言 語 社 会 に 関 す る 実 態 把 握 、政 策 提 言 等 が 行 わ れ つ つ あ る 。そ の 多 く は 定 住 外 国 人 を テ ー マ と す る も の で 、観 光 と 言 語 に 関 連 す る 分 野 の 先 行 研 究 は 未 だ 少 な い 。訪 日 外 国 人 が 増 加 す る こ と に よ り 、地 域 的 な 変 容 が 生 じ る こ と を 考 え る と 、観 光 に お け る 言 語 事 象 の 研 究 は 必 要 性 が 増 す と 考 え ら れ る 。

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そ こ で 筆 者 は 、 近年、外国資本が進出し国際的なリゾート地を目指して いる北海道ニセコ地区を対象地域として、滞在型リゾート地における言語マ ネジメントのあり方を考察している。その一環として、世界的に有数のリゾ ート地となったタイ南部のプーケット島を先行する国際リゾート地と考え、

事例の比較を行いつつある。ここで筆者は、言語マネジメントを個人の言語 習得や言語行動だけではなく、地域社会全体の言語に対する行動全般と考え ている。その中には、1)看板などの可視的言語表示の形成と管理、2)自 治体の言語サービス、3)ホストおよびゲストの言語意識・行動などが含ま れる。このような視点から、プーケット島で展開する現状を分析し、日本の リゾート地域に求められる「言語的インフラストラクチャー」の指針が出せ るのではないかと考えている。

さて、本論は、この研究の枠組みの中で、プーケット島における言語景観 から見えてくるリゾート地の言語現象の特性を示していく。これまでの経験 値から、考察する視点は次の4点にある。第一に、国際リゾート地における 通用言語が英語であるのか否か。そしてそれと関係して、多言語化の状況は どのようになっているのかが第二点目である。第三にリゾートエリアと現地 生活者の生活空間における言語的差異の有無。特にリゾート地では、周遊型 の旅行と異なり滞在期間が長くなる。そのため旅行者が地元生活者の生活空 間に流入している。そこで生じる言語現象がどのようになっているのか。最 後に接遇との兼ね合いで、情報発信者がどのようにゲストを捕らえているの かである。

2.研究の学術的背景

2.1 観光と言語に関する先行研究

従来の観光地に関する研究は、地域経済あるいは地域社会に関する研究志 向を持つものが多い。ニセコを例にとれば、市岡/成澤(2006)が国際リゾート 地としての可能性を考察し、外国人に対するサービスとして語学力の必要性

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を指摘しているが、それに関する具体的な現状、施策には言及していない。

拙稿(2010)は日本の観光政策における言語の取り扱いを示したが、法規定 および施行規則では、接遇において言語の必要性は認識されているものの、

言語教育を含めた施策を打ち出すには具体性に欠けている部分があることを 指摘した。

言語サービスの観点で、河原編著(2004)は自治体の言語サービスの事例 を紹介しているが、そこからは観光客を対象とした事例が少ないことが分か る。雑誌「日本語学」臨時増刊号 Vol.28-6 は「外国人観光客の増加」を章立 てし、多言語化の事例として大分、北海道、山形を取り上げている。また、

岩田(2009)は福岡市の事例を取り上げた。これらは事例紹介としての特性が 強く、ツーリズムに関連する多言語化に関する研究は、初期段階にあるとい えよう。

次に、本論が取り上げる言語景観の研究動向について取り上げる。言語を 対象とした景観観察は、Gorter(2006)が「多言語社会への新たなアプロー チ」という副題を付けたことからも察せられるように、社会言語学分野にお いては、近年、注目されるようになった研究対象・方法である。しかしなが ら景観観察を一つの方法とする地理学においては、正井(1969)が萌芽的な 研究を行っている。正井は1962年に新宿において3000軒の店、ビル等を実 態調査し、表記された言語情報を漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字の文 字種別、言語別にクロス集計した。当時の新宿の景観を「エキゾチシズムを 言語(文字)に表現しようとしているところに特徴がある」3)とし、言語(文 字)の詩的機能と地域性を連動させた。その後、言語景観観察に大きな影響 を与えたのは一連のバックハウスによる研究である。バックハウス(2003)は、

山手線の各駅周辺における言語景観の調査結果をもとに言語景観の意味付け を考察した。その研究意義は、言語景観観察の定量的調査手法を示したこと にあると筆者は考えている。さらに、庄 司・バ ッ ク ハ ウ ス・ク ル マ ス(2009 は 、「 西 欧 化 」、「 国 際 化 」 の 関 係 で 行 わ れ て い た 従 来 の 言 語 景 観 観 察 に 、 も う 一 つ 別 の 視 点 と し て 「 多 民 族 化 」 を 打 ち 出 し た 。

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2.2 タイ・バンコクにおける言語景観研究

今回の考察対象はプーケット島であるが、同じタイ語を使用した言語景観 に 関 す る 先 行 研 究 が あ る の で 、 そ れ を 簡 単 に 紹 介 し て お き た い 。 Huebner(2006)は、バンコクにおける言語景観を研究している。全体論として は、公的表示物はタイ語、またはタイ語と英語の併記が主であるのに対して、

商業施設は、タイ語と英語の併記、または英語単一表記など多様な言語状況 にあるという。さらに、言語・文字の使用状況は、市内の地区において差が みられる。中国人街として知られるヤワラート通りではタイ語+中国語(+

英語)の組み合わせが卓越し、一昔前、高級住宅地として西欧化したスクム ヴィット通り周辺では、英語とタイ語の二言語使用である。同じスクムヴィ ット通りのソイ・ナナ地区はアラブ人の居住地域であることから、アラビア 語のみの表記、それに英語が加わるもの、さらにタイ語が追加されるものが みられる。同じくスクムヴィット通りのトンロー駅周辺は外国人居住者の多 い地域であることから、英語が優勢ではあるが、日本語をはじめとするさま ざまな言語表示もみられる。タニヤ通りは日本人を対象とした飲食店が多い ことから、日本語だけの表示、あるいは日本語と英語の併記、日本語のタイ 文字への音訳が目立つ。このように、バンコクでも、先に示した日本の研究 事例と同様に、言語・文字による区分と地域特性に反映されている多言語状 況が研究されている。

3.タイにおける看板税

タイの言語景観を考える上で、看板税(Sign Tax)を取り上げなければな らない。タイでは、文字、商標やロゴ等を利益を得るために表示する場合に は、税金を支払う必要がある。この税額は500平方センチメートルにつき以 下のとおりである。

1. タイ語表記のみ 3バーツ4)

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2. タイ語と外国語または絵、記号の表示 20バーツ 3. その他の場合 40バーツ 但し、最低の課税額は200バーツ。

ここで注目しなければならないのは、「その他」の場合である。ここに該 当するのは、タイ語表示がない場合、タイ語表示の全部もしくは一部が看板 の下部に表示されている、もしくは外国語表示よりもタイ語の方が下にある 場合を指す。したがって、看板の設置者は、税金を少なくするためには、タ イ語を上部に記載することになる(写真1参照)。たとえば1mx2mの看板 を掲げたとすると、2の仕様で800バーツ、3では1600バーツになる。この 言語政策的規定が第5章で示す言語景観と関係してくる。

写真 1 タイ語併記の看板(パトンビーチの調査地区、2011 年 3 月 9 日) Touch VillaおよびMr.Good’s の上にタイ語標記がある。

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4.プーケット島の概況

4 . 1 概 況

プ ー ケ ッ ト 島 の 言 語 景 観 に つ い て 述 べ る 前 に 、概 況 と 観 光 動 向 に つ い て 取 り 上 げ て お く 。行政上はプーケット島と周辺の島々が一つの県を形 成し、面積は543㎢(淡路島592㎢よりやや小さい)、人口は約336千人

(2009 年)である 5)。県内はムアング(Muang)、カトゥー(Kathu)、タラン

(Thalang)の3郡に区分されている。ムアングはいわゆるプーケット・タウ ンを含む東南部エリアで、カトゥーはパトンビーチを含む西部、タランは空 港がある北部になる。

図 ブーケット島 と主 要 ビーチ

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プーケット県はアンダマン貿易の要所として発展してきた。ラーマ 5

(1853-1910 年)の時代には錫生産の中心地となり、福建系の中国人が移住 した。ポルトガル人も流入したことから、現在もなお、シノ・ポルトガル風 の街並みが残す通りがある。錫生産は1985年の錫暴落を機に減少し、今日で は、観光関連産業が最重要分野となっている。このほかの産業は、ゴム、コ コナッツ、カシューナッツ、パイナップルの栽培、それに漁業、真珠の養殖 である。2001年の就労人口(約10万人)でみると、ホテル・レストラン24.5%、

農林水産9.0%、製造・建設業17.0%である。

4 . 2 観 光 の 動 向

プーケット島がリゾート地として注目されるようになったのは 1980 年代 になってからのことである。70年代後半に開業したホテル6)もあるが、建設 ラッシュの契機となったのは 85 年に開業した地中海クラブ(Club Med.)であ る。その後、ナイハンビーチ、カタビーチ、カロンビーチに大型ホテルが開 業し7)、従来からあるパトンビーチも南北に拡張していく。87年から89 にかけては、1976年に開港した空港においてターミナルの拡張工事が行われ、

マスツーリズム受入れのためのインフラが整備されてくる。この時期になる とタラン郡のバンタオビーチに最高級ホテル群が開業し、現在の「Laguna

Phuket」8)として整備されていくことになる。

2000年以後は空港の北側や、プーケット県に接するパンガー県カオラック やパンガー湾をはさんで東側に広がるクラビ県にも大型ホテルが開業する 9) プーケットがこの地域のゲートとなり、「ビヨンド・プーケット」といえるよ うな観光形態が始まったといえる。2004年末の津波以後は、ビーチ沿いに限 らず内陸部にも小規模ながら高品質ホテルが開業している。そして、パトン やプーケット・タウンには新たなホテルや大型ショッピングセンターも建設 された10)。このようにして、マスツーリズムのインフラが整備されていった。

タイは、アセアン諸国の中で第二位の国際到着客数を記録し、2009年一年

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間で1,415万人の到着客数があった11)。統計根拠が異なることを承知の上で 示すが、プーケット県に到着した旅行者数(宿泊施設への到着客数)は、2010 1月から12月までの一年間で285万人、うち外国人は238万人(83.4%) である12)。国籍別にみると、最も多いのがオーストラリアで42.2万人、ロシ 15.2万人、イギリス13.5万と続く。2009年時点のプーケット県の人口は 336千人であることから、人口の約7倍の外国人旅行者が流入してくる計 算になる。

12 に 示 し た よ う に 管 轄 部 署 が 異 な る 統 計 資 料 に 基 づ い て 、 通 時 的 な 観 光 客 数 を 把 握 す る こ と は 学 術 的 に み て 不 都 合 が あ る か も し れ な い が 、そ れ で も 取 り 上 げ な け れ ば な ら な い の は 、近 年 の ロ シ ア 人 観 光 客 の 増 加 で あ る 。2007 年 に は 年 間 到 着 客 数12.2万 人 で 第8位 で あ っ た が 、わ ず か 3年 で ス ェ ー デ ン や イ ギ リ ス 、ド イ ツ を 抜 く ほ ど の マ ー ケ ッ ト シ ェ ア を 占 め る こ と と な っ た 。

さ て 、プ ー ケ ッ ト の 特 徴 の 一 つ に シ ー ズ ン の 問 題 が あ る 。オ ン シ ー ズ ン は 11 月 ~3月 で 乾 季 に あ た る 。 一 方 、4 月 ~10 月 は 、 ア ン ダ マ ン 海 か ら の モ ン ス ー ン の 影 響 で 風 が 強 く 、ス コ ー ル を 伴 う こ と が あ り 、 オ フ シ ー ズ ン と な る 。 オ ン ・ オ フ に よ り ホ テ ル 料 金 は 大 き く 異 な る 。

表 1 プ ー ケ ッ ト 県 へ の 地 区 別 到 着 客 数 (2007 年 ) 単 位 : 人 国 籍 \ 地 区 パ ト ン カ ロ ン カ タ ム ア ン グ 他 合 計

タ イ 53,964 24,796 12,160 925,866 55,800 1,072,586

オ ー ス ト ラ リ ア 183,488 50,426 25,242 9,799 76,686 345,641 ス ェ ー デ ン 57,358 66,030 45,711 9,110 50,537 228,746

韓 国 60,477 33,471 27,277 12,320 90,588 224,133

イ ギ リ ス 67,400 30,921 14,813 10,060 79,322 202,516 ド イ ツ 66,890 30,993 16,653 7,458 51,486 173,480

日 本 54,301 7,394 14,701 5,960 33,395 115,751

合 計 1,211,762 490,063 332,362 1,133,708 837,195 4,005,090 タ イ 国 政 府 観 光 庁 統 計 を も と に 作 成

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ま た 来 島 す る 旅 行 者 の 国 籍 と シ ー ズ ン の 関 係 も あ る 。例 え ば ス ェ ー デ ン か ら の 観 光 客 は 、 オ フ に は 少 な く 、12 月 に ピ ー ク を 迎 え る が 、 中 近 東 諸 国 か ら の 観 光 客 は 8月 に ピ ー ク を 迎 え る 。

最後に、宿泊施設への到着客数の地域差を示しておきたい(表1および図参 照)。プーケット県内の地区別到着客数は、国籍により異なることがわかる。

まず、行政機能を持つムアング地区は圧倒的にタイ人の到着が多く、外国 人はビーチに集中する。ビーチの中では、パトンが大きく他の2つを抜き、

満遍なく各国からの観光客を受け入れている。一方で、カロン、カタビーチ には、北欧からの観光客が多い。現地での聞き取りを総合すると、パトンに 滞在するのはさまざまなアトラクションを志向する人々で、カロン、カタに はマリンスポーツ等を求める客層は少ないという。そして北欧からの観光客 はビーチを指定してくるという。

5 . 現 地 調 査

こ れ ま で 述 べ て き た よ う に プ ー ケ ッ ト は 国 際 的 な 観 光 地 と し て 、 様 々 な 国 か ら の 旅 行 者 が 来 島 す る 。そ し て 、そ の 滞 在 先 は 国 籍 、シ ー ズ ン に よ っ て 差 異 が あ る こ と も 前 章 で 見 た 。こ の よ う な 観 光 地 の 特 性 が 、地 域 社 会 の 言 語 景 観 に ど の よ う に 反 映 し て い る の か 、第 一 章 最 後 に 述 べ た 視 点 か ら 現 地 調 査 を 行 っ た 。

調 査 地 域 は 、 こ れ ま で の 筆 者 の 知 見 か ら 以 下 の 4 箇 所 を 選 出 し た 。 す な わ ち 行 政 機 能 が 集 中 し 、外 国 人 観 光 客 の 滞 在 が 比 較 的 少 な い プ ー ケ ッ ト・タ ウ ン 、最 も に ぎ わ っ て い る パ ト ン ビ ー チ 、そ れ に 次 ぐ カ ロ ン ビ ー チ 、カ タ ビ ー チ で あ る 。プ ー ケ ッ ト に は 、こ の ほ か に 比 較 的 大 き な ビ ー チ と し て バ ン タ オ ビ ー チ が あ る 。こ こ で は 5 ス タ ー ホ テ ル が 集 中 す る エ リ ア を「 ラ グ ー ナ 」と し て 囲 い 、景 観 整 備 が な さ れ て 、看 板 等 の 言 語 表 示 物 が 少 な い こ と か ら 、考 察 地 域 か ら 除 外 し た 。他 の ビ ー チ は 規 模 が 小 さ い こ と か ら 、考 察 対 象 と は し な か っ た 。す で に 述 べ

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た よ う に 、プ ー ケ ッ ト で は オ ン・オ フ が あ る た め に 、オ フ シ ー ズ ン に は 閉 店 す る 店 舗 も 多 く あ る 。ま た 一 日 の 時 間 帯 で 見 る と 、正 午 頃 か ら 開 店 す る 店 舗 や 夕 方 か ら 夜 に か け て 屋 台 が 出 る こ と か ら 、街 並 み は 大 き く 変 わ る こ と も あ る の で 、 調 査 に お い て は こ の 点 も 考 慮 し た 。

こ こ で 考 察 す る デ ー タ は2008725~30日 と201138~9 日 に 現 地 に て 記 録 し た も の で あ る 。詳 細 の 場 所 は 以 下 の と お り で あ る 。

パ ト ン :Rat- U-Thit 200 Pee Rd.。Bang-la Rd.と のT字 交 差 点 か ら 北 方 向 、 ロ イ ヤ ル ・ パ ラ ダ イ ス ホ テ ル へ の 南 側 ア ク セ ス 道 路 と の 交 差 点 ま で 。

カ ロ ン :Luang Poh Chuang Rd.。Patak(East) Rd.と の 交 差 点 を 起 点 と し て ビ ー チ 方 向 へ 。

カ タ:Thai Na Rd.。Patak(West)Rd.と の 交 差 点 を 基 準 と し て 陸 側 方 向 へ 。

タ ウ ン :Ratsda Rd.。Pradit Rd.と の 交 差 点 か ら 西 方 向 ロ ー タ リ ー ま で 。

こ こ に あ げ た 地 点 で 、距 離 200メ ー タ ー 、道 の 両 側 に 存 在 す る 店 舗 お よ び 奥 に 入 っ た と こ ろ に あ る 店 舗 を 案 内 す る 看 板 を 考 察 対 象 と し た 。 交 通 標 識 や 電 信 柱 に 書 か れ た 情 報 は 対 象 と し て い な い 。

調 査 方 法 は 、現 地 に て 対 象 を 撮 影 し 、そ の 画 像 の 読 み 取 り と い う 手 法 で あ る 。ま ず 、文 字 に 分 類 を 行 い 、タ イ 文 字 、ロ ー マ 字 、ロ シ ア 文 字 、そ の 他 の 文 字 に よ る 区 分 す る 。タ イ 文 字 は タ イ 語 、漢 字 は 内 容 に よ り 中 国 語 ま た は 日 本 語 、そ し て ロ ー マ 字 は そ の 表 記 内 容 を 確 認 の 上 、 言 語 に よ る 区 分 を 行 っ た 。

表 2 、表 3 に お い て 看 板 と し て 設 置 さ れ た も の を 常 設 と し 、店 舗 の 窓 の 装 飾 や 立 看 板 を 臨 時 と し て 分 類 し た 。

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表2 プーケット・エリア別看板に使用される言語 (2008 年 7 月)

タウン カタ カロン パトン 合 計

常設 臨時 常設 臨時 常設 臨時 常設 臨時 常設 臨時 t+E 18 0 63 1 64 1 46 2 191 4 E 47 14 21 6 19 14 39 6 126 40

T 49 6 10 9 9 2 20 5 88 22

C 4 0 0 0 0 1 4 2 8 3

J 1 3 0 0 0 0 1 2 2 5

その他 0 0 5 2 3 10 6 5 14 17

計 119 23 99 18 95 28 116 22 429 91 t+E:小さなタイ語+英語 E:英語 T:タイ語 C:中国語 J:日本語。

t+E を除き一表示に複数の表記がある場合は、重複集計した。

2008 年7月 25 日~30 日(10~15 時)の現地調査より作成。

表3 プーケット・エリア別看板に使用される言語 (2011 年 3 月)

タウン カタ カロン パトン 合 計

常設 臨時 常設 臨時 常設 臨時 常設 臨時 常設 臨時 t+E 16 1 43 1 48 5 50 2 157 9 50 32 29 23 24 37 34 18 137 110 T 53 35 18 6 13 9 22 9 106 59

C 2 1 0 0 0 1 4 0 6 2

J 1 3 O 0 0 0 0 1 1 4

R 0 0 1 2 2 4 2 1 5 7

その他 0 0 10 1 3 10 10 13 23 24

計 122 72 101 33 90 66 122 44 435 215 t+E:小さなタイ語+英語 E:英語 T:タイ語 C:中国語 J:日本語 R:ロシア 語。t+E を除き一表示に複数の表記がある場合は、重複集計した。

2011 年 3 月 8 日~9 日(10~15 時)の現地調査より作成。

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6 . 考 察

調 査 結 果 は 表 2お よ び 表3に 示 し た と お り で あ る 。考 察 に あ た り 留 意 し な け れ ば な ら な い こ と は 、表 2 と 表 3で は 、年 度 が 違 う こ と も さ る こ と な が ら 季 節 が 異 な る こ と で あ る 。こ れ を 前 提 と し な が ら 、言 語 景 観 の 特 徴 に つ い て 考 察 し て い き た い 。

1 )2008年 と2011年 の 間 に 店 舗 の 入 れ 替 え 、新 設 な ど が 見 受 け ら れ る が 、 常 設 看 板 数 は 、08 7月 で は 合 計 429、11 3月 で は 435 と 大 き な 変 化 が な い 。一 方 、立 て 看 板 や 窓 へ の 装 飾 な ど に よ る 臨 時 看 板 は 、08年 で91、11年 は 215と 倍 以 上 の 数 に な っ て い る 。こ の 要 因 の 一 つ は2011年 の 調 査 時 期 が 3月 で ピ ー ク シ ー ズ ン の 最 中 で あ り 、開 店 し て い る 店 舗 が 多 か っ た こ と が あ る と 考 え ら れ る 。カ ロ ン 地 区 で テ ー ラ ー を 営 む 店 主 か ら の 聞 き 取 り に よ れ ば 、オ ン シ ー ズ ン に だ け 店 舗 を 開 け 、オ フ に は 帰 省 す る と い う 。設 置 が 比 較 的 容 易 な 臨 時 看 板 は 、 顧 客 動 向 に 応 じ て 設 置 し た り し や す い と い え よ う 。 2 )次 に 言 語 に 関 し て 。表 中t+Eで 表 示 し た も の は 、先 に 示 し た 看 板

税 と の 関 係 で 小 さ な タ イ 語 を 看 板 上 部 に 記 載 し た も の で あ る 。 こ こ に 区 分 さ れ る も の は 、 観 察 者 に と っ て は 、 事 実 上 、 英 語 だ け 書 か れ て い る と 感 じ ら れ よ う 。こ の 区 分 と 英 語 だ け の 表 記 を 合 算 し 、 総 数 に 対 す る 比 率 を 求 め る と 、08年 で は69.4% 、11年 で は63.6%

が 英 語 表 記 と い う こ と に な る 。11 年 に 関 し て 地 区 を 分 け て 考 え る と 、 タ ウ ン で は 51.0% 、 3 ビ ー チ の 合 算 で は 69.3% が 英 語 表 記 と な る 。 旅 行 者 の 多 い ビ ー チ に お い て 高 い 英 語 依 存 状 況 が 見 て 取 れ る 。

3 )タ イ 語 に 関 し て は 、08年 に は 全 体 で 21.1% 、1125.4% で あ る 。 タ ウ ン に お け る 比 率 は 、そ れ ぞ れ の 年 に お い て 38.7% 、45.4% と4 地 区 の 中 で は 最 も 高 い 比 率 と な る 。 こ の 理 由 の 一 つ に は 、 宿 泊 施 設 へ の 到 着 客 数 で 示 し た よ う に 、 行 政 機 能 を 持 つ タ ウ ン を 含 む ム

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ア ン グ へ の 外 国 人 宿 泊 者 が 少 な い こ と が 挙 げ ら れ る 。 調 査 地 点 の ラ ス ダ 通 り に は 、 骨 董 店 や シ ョ ッ ピ ン グ セ ン タ ー が あ り 、 買 い 物 目 的 の 外 国 人 旅 行 者 を 見 か け る こ と が 、 か つ て は 多 か っ た が 、 タ ウ ン 郊 外 に 百 貨 店 を 母 体 と し た シ ョ ッ ピ ン グ モ ー ル が 完 成 し た の を き っ か け に 、顧 客 が 減 少 し て し ま っ た 事 情 が あ る と 考 え ら れ る 。 4 )多 言 語 表 記 に つ い て 。プ ー ケ ッ ト に は 欧 米 諸 国 だ け で は な く 、さ

ま ざ ま な 国 か ら の 旅 行 者 が 到 着 し て い る 。 し か し 調 査 地 点 で 観 察 で き た 言 語 は 、 ド イ ツ 語 、 ス ェ ー デ ン 語 、 フ ラ ン ス 語 、 イ タ リ ア 語 、フ ィ ン ラ ン ド 語 、ロ シ ア 語 、中 国 語 、日 本 語 で あ る 13 )( 写 真2)。

そ の 事 例 数 は 、11年 の 常 設 看 板 で 5.3% 、臨 時 看 板 で11.1% と な っ て い る 。 こ の 傾 向 は08年 に お い て も 同 様 で あ る 。08年 に は ド イ

写真 2 スェーデン語とドイツ語の看板を掲げたレストラン (カロンビーチ 2011 年 3 月 8 日)

左にスェーデン語のメニュー、右にドイツ語表記がある。

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ツ 語 や ス ェ ー デ ン 語 、 日 本 語 を 表 記 し て い た 店 舗 で 、11 年 に は 掲 載 言 語 が 減 少 し た と こ ろ も 存 在 す る 。 特 に 中 国 お よ び 韓 国 か ら の 旅 行 者 も 多 い の に も か か わ ら ず 、 こ れ ら の 言 語 を 掲 げ て い る 店 舗 は 、 対 象 地 域 に は ほ と ん ど な い 。 ま た 、 パ ト ン の 調 査 地 点 に は 、 日 本 人 が よ く 利 用 す る 大 型 ホ テ ル が あ る に も か か わ ら ず 、 日 本 語 標 記 は 1点 の み で あ る 1 4)

英 語 表 現 の 多 く が 、 店 舗 の 屋 号 、 業 種 (レ ス ト ラ ン 、 テ ー ラ ー 、 マ ッ サ ー ジ 、旅 行 会 社 な ど )に 関 す る 単 語 で あ る 。そ れ に 対 し 英 語 以 外 の 言 語 で は 文 な い し は テ ク ス ト で 表 記 さ れ て い る こ と が 多 い 。 例 え ば 日 本 語 の 場 合 、「 当 店 は 価 格 も 安く、 安 心 し て 買 い 物 が で き ま す 」( 写 真3)、ド イ ツ 語 で 書 か れ た も の の 中 に は「Wir blicken auf eine 16-jährige Erfahrungen zurück. Wir heben Ihre Maße drei Jahre lang auf, so können Sie auch vom Ausland Aufträge an uns erteilen.( 私 た ち は16年 の 実 績 が あ る 。あ な た の サ イ ズ は 3年 間 保 管 し て あ る の で 、 外 国 か ら で も 注 文 す る こ と が で き る 。)」 と い っ た テ ク ス ト に な っ た も の も あ る(写 真 4)。

写真 3 プーケット・タウンにある土産店 (2011 年 3 月 8 日) 以前の聞き取りで店主は日本語能力を十分に有していた。

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上 述 の よ う に 、 最 近 、 ロ シ ア 人 観 光 客 が 急 増 し て い る 。08 年 に は 、 調 査 エ リ ア に お い て 存 在 し な か っ た ロ シ ア 語 表 記 が 、11 年 に は 観 察 で き た ( 写 真 5 )。 ロ シ ア 語 を 表 記 し た 店 舗 の う ち 2 店 は 、 旅 行 会 社 で 、 調 査 時 点 で は 仮 オ ー プ ン 状 態 で あ っ た 。 調 査 地 点 以 外 の エ リ ア に お い て も ロ シ ア 語 表 記 の 増 加 が み ら れ た 。 ホ テ ル で の 聞 き 取 り に よ る と 、 ロ シ ア 人 の 多 く が 英 語 を 理 解 で き な い と い う 。 そ の 点 に 、 ロ シ ア 語 対 応 の 店 舗 の ニ ー ズ が 高 ま る 可 能 性 は あ る 。 ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス の 拡 大 を 図 っ て の こ と と 思 わ れ る が 、 言 葉 の 上 で 困 る 顧 客 へ の 接 遇 と 解 釈 で き よ う 。

5 )業 種 と 言 語 の 関 係 に つ い て 特 徴 的 な こ と は 、薬 局 、銀 行 に お い て 、 タ イ 語 表 記 が 優 先 さ れ 、 英 語 は 限 定 的 で あ る 。 ま た 外 国 人 よ り は 写真 4 ドイツ語テクストが書かれたカロンビーチのテーラー(2011 年 3 月 8 日) 左側がドイツ語。ほかに英語、ロシア語、イタリア語、フランス語、フ ィンランド語、スェーデン語の表記がある。なお、2008 年にはロシア語 表記はなかった。

(16)

タ イ 人 を 対 象 と し て い る 店 舗 、 例 え ば メ ガ ネ 店 等 に お い て も 、 タ イ 語 表 記 が 優 勢 で あ る 。 セ ブ ン イ レ ブ ン 、 フ ァ ミ リ ー マ ー ト の よ う な コ ン ビ ニ に お い て も 、 垂 れ 幕 の よ う な 臨 時 的 掲 示 は タ イ 語 で あ る 。

6 )言 語 的 混 交 が 見 ら れ る 。 Austrian Restaurant im tropischen Biergarten(下線部がドイツ語)。このほかタイ語の単語をローマ字で 表記したものも見られた。例えばSanook Sports Bar の sanook は タ イ 語 で「 楽 し い 」を 意 味 す る 。タ イ 語 の 理 解 が あ れ ば 、店 名 の 原 義

写真 5 ドイツ語とロシア語表記の看板(2011 年 3 月 9 日)

2008 年にはロシア語の代わりに日本語表記があった。

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が 分 か る が 、多 く の 旅 行 者 に と っ て は 固 有 名 詞 と し て 理 解 さ れ る で あ ろ う 。逆 に 英 単 語 の 音 を タ イ 文 字 で 表 記 す る ケ ー ス も あ る 。こ の 点 に 関 し て は 今 後 の 考 察 と し た い 。

7. ま と め と 今 後 の 展 望

タ イ 語 の ス テ ー タ ス 維 持 に 寄 与 す る 法 律 が あ る と は い え 、外 国 人 観 光 客 の 多 い ビ ー チ エ リ ア は 英 語 表 記 が 勝 っ て い る 。た だ し 、英 語 表 記 の 多 く が 単 語 レ ベ ル で あ る の に 対 し て 、英 語 以 外 の 言 語 表 記 は 、文 ま た は テ ク ス ト で の 情 報 発 信 が な さ れ て い る 。こ こ に は 情 報 発 信 者 の 接 遇 態 度 が 読 み 取 れ る 。英 語 通 用 度 を 高 め る こ と が 国 際 的 リ ゾ ー ト 地 と し て の イ ン フ ラ を 整 備 す る こ と に な る わ け だ が 、同 時 に 、観 光 促 進 は ホ ス ト 社 会 に 英 語 能 力 を 求 め る こ と に な る と も い え よ う 。い わ ば 地 域 社 会 が 暗 黙 の う ち に 言 語 的 な 政 策 主 体 と な り 、言 語 景 観 レ ベ ル で は あ る が 、言 語 強 制 と 母 語 の マ イ ノ リ テ ィ 化 を 促 進 し て い る と も 解 釈 で き る 。

今 回 の 調 査 エ リ ア は 人 口 密 集 地 域 で あ る 。一 方 、長 期 滞 在 者 が 多 い 島 の 南 部 や 、 こ の 1~2年 開 発 が 行 わ れ て い る 東 部 に 、 ゲ ス ト ハ ウ ス や 店 舗 が 散 在 す る 。こ こ で は ま た 違 っ た 言 語 景 観 が 展 開 し て い る 可 能 性 が あ る 。こ の 考 察 は 、観 光 地 に お け る 多 言 語 状 況 の 研 究 の 一 環 で 行 っ た も の で あ る が 、言 語 景 観 以 外 の 事 象 に つ い て も 考 察 す る 必 要 が あ る こ と は 言 う ま で も な い 。例 え ば 、看 板 を 掲 げ た 店 舗 に 、当 該 言 語 能 力 を 有 す る 店 員 が い る の か も 検 証 し な け れ ば な ら な い し 、そ の よ う な 人 物 の 言 語 管 理 も 探 求 し て い く こ と が 望 ま れ る 。同 時 に ゲ ス ト で あ る 旅 行 者 は こ こ に 示 し た 言 語 景 観 を ど の よ う に 認 識 し て い た の か 、こ れ も 聞 き 取 る 必 要 が あ る と 認 識 し て い る 。 ま た 、 英 語 表 記 に 関 し て は 、 タ イ 人 の 英 語 受 容 も 考 慮 に 入 れ な け れ ば な ら な い と 認 識 し て い る 。

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1 ) ツ ー リ ス ト に 関 す る 定 義 は 多 様 で あ る が 、 世 界 観 光 機 関 (WTO)

は 、 国 際 観 光 到 着 客 を 「 訪 問 の 主 要 な 目 的 が 、 訪 問 国 内 で 報 酬 を 得 る た め の 活 動 以 外 の も の で 、 1 泊 以 上 12 か 月 を 超 え な い 期 間 、 居 住 国 以 外 の 国 で 通 常 の 生 活 環 境 を 離 れ て 旅 行 す る 人 」 と し て い る ( 岡 本 伸 之 編 (2001)『 観 光 学 入 門 』p.5)。

2)2003年 の 年 間 訪 日 外 国 人 は521万 人 で あ っ た が 、2010年 に は861 万 人 。 日 本 政 府 観 光 局 ホ ー ム ペ ー ジ よ り 。

3)正井泰夫(1973)『東京の生活地図』P.154。

4)2011年5月時点で1バーツ2.7

5)県の人口はタイ国統計局のデータベースより。

http://web.nso.go.th/index.htm

6)パトンビーチにインピアナ・プーケット(1977年)、クラブ・アンダマン(1979 年)が開業。1979年の週刊トラベルジャーナルの記事によると「バンコク・

プーケット間の国内線航空便は毎日 1 便であった。2011年には大型機材 10便以上が就航。

7)ナイハンビーチにヨットクラブ(86年)、カロンビーチでは87年にタボン パーム、アルカディア(現ヒルトン)、そしてカロンとパトンの中間にメリ ディアンが87年に開業。

8)87年、ディシュット・ラグーナが開業したのを皮切りに、92年シェラト ン、95年バニヤンがオープンした。

9)空港北のマイカオビーチに2002年J.W.マリオットが開業。2003年カオラ ック・メルリン開業。カオラックは津波の被害を多く受けた地域でもあ る。2003年シエラトン・クラビ開業。クラビまでは陸路3時間程度。

10)パトンビーチには、2006年末に島内最大規模のショッピングエリア「ジ

ャンクセイロン」がオープンした。

11)アセアンセンターホームページより。

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12)この統計はタイ観光・スポーツ省による。2007年までは観光統計をタイ 国政府観光庁(TAT)が管轄し、詳細な資料が公開されていたが、今は公 開される資料が限られている。

13)調査地点以外のパトンではアラビア語を見かけることもある。また他の 地域では韓国語だけを掲示した店舗の存在も確認した。

14)調査地点近くのロイヤルパラダイスホテル入り口周辺には日本人が経営 する旅行会社がある。またマッサージ店にも日本語標記は見られた。

参 考 文 献

市岡浩子/成澤義親 (2006):国際リゾート地としてのニセコ地域の可能性につ いての考察、『札幌国際大学紀要』37

河原俊昭編著 (2004):『自治体の言語サービス』春風社

庄司博史・P.バックハウス・F.クルマス編著(2009):『日本の言語景観』三元

バックハウス、ペート(2003):東京の多言語表示―公告・看板等が伝える言 語風景―、第2回日本言語政策学会研究発表会予稿集

正井泰夫(1969):言語別・文字別にみた新宿における諸設営物の名称と看板 広告、『史苑』29 巻 2 号、pp.166-177

山川和彦 (2010):日本の観光政策における言語の取り扱いに関する一考察 麗澤大学紀要第90

Bachhaus.P. (2007) :Linguistic Landscapes A comparative Study of Urban Multi- lingualism in Tokyo. Multilinugaul Matters.

Chon, K.S., A. Singh, and J.R. Mikula. (1993) : Thailand's Tourism and Hotel Industry, In: Cornell H.R.A. Quarterly, 34 (3), June 1993, pp. 43-49.

Gorter. D. ed. (2006) :Linguistic Landscape. Multilinugaul Matters.

Huebner,T. (2006) : Bangkok’s Linguistic Landscapes, In: Gorter.ed. (2006)

(20)

pp.31-51.

Kontogeorgopoulos,N. (1998) : Tourism in Thailand:Patterns, Trends, and Limita- tions. In: Pacific Tourism Review Vo.2.

週刊トラベルジャーナル

1979 年 9 月 17 日 座談会=研修旅行報告=プーケットに第二のパタヤの可

能性を探る

1987 年 1 月 12 日 臨時増刊号 Thailand ‘87

タイ国政府スポーツ観光省

http://www.tourism.go.th/2010/en/statistic/index.php

参照

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