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躓きと新生 ――マルコ福音書の最終章についての一考察 三 上 真 司

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(1)

 マルコ福音書の最終章は、それ自体の内容という点でもそれ以外の叙述との 関連性という点でも、容易な理解を拒むかのような不可解な謎をいくつも投げ かけている。以下ではそれらの謎のいくつかを扱うことにするが、主眼は分析 の深さよりも全体の関連性に置かれている。つまり、どれだけ多くの要素を整 合的に説明できるか、という点に置かれている。本稿を書いている時点ではま だ刊行されていない書物において1、私は、マルコ福音書をローマで執筆された という仮定の下に、その執筆の動機をネロ帝の迫害後のローマの政治的・社会 的状況に関連づける理解を提示した。その前提に変更はないのだが、その書で は、マルコ福音書の宗教的側面の考察はほとんど棚上げにせざるをえなかった。

本稿はその欠落部分を補いたいという意図によって動機づけられている。まず、

最終章の概要を示すことにしてみよう2

 朝まだき、マグダラのマリアたち三人の女性たちは、イエスの身体に香 油を塗るために、イエスの墓におもむく。墓の中で、彼女たちは、白い衣 をはおった若者に出会う。若者から、「驚くことはない。十字架につけら れたナザレ人イエスを探しているのか。彼は甦った。ここには居ない。見 よ、ここが納められていた場所だ。だが行って、彼の弟子たちとペテロに

1 三上真司:『イエス運動・マルコ・哲学』(春風社(2020))。

2 新約聖書から引用する際は、ドイツ語統一訳(Die Bibel: Einheitsübersetzung der Heiligen Schrift, Herder (2016))を参考にした。さらに訳出に際しては、

田川健三の訳を参考にさせていただいた。

躓きと新生

 ――マルコ福音書の最終章についての一考察 三 上 真 司

 

(2)

言うがよい、彼は、以前あなた方に言っていたように、あなた方を先立ち 導いてガリラヤへと行く。そこで彼に会えるだろう」と告げられる。しか し、その指示に従うどころか、マリアたちは墓から出て逃げ去った。震え と自失が彼女たちをとらえ、そのため誰にも何も言わなかった。恐ろしかっ たからである。

 容易に読み取れることは、女性たちの関心が遺体や墓にあるのに対して、

若者はガリラヤに行くように求めているという対立の構図がこの最終章に はある、ということである。しかし若者との遭遇がなぜ女性たちに尋常で はない恐れを引きおこしたのかは不可解であるし、このエピソードがそれ までの物語

(たとえば、受難物語)

とどのような関連をもつのかも不可解で ある。そもそも唐突に登場する若者の正体が皆目判らない。そして、追い 打ちをかけるように、最終章は多くの謎を残したままぷっつり糸が切れる ように終わっている

(ように見える)

。この終わり方が真の終わりなのかど うかが、また大きな謎として残るのである。

 マグダラのマリアや、墓の中の若者については様々な想定がされてきた。

それらの想定のどれか一つを深く掘り下げることで、原始キリスト教の誕 生の経緯についての新たな知見が加えられるかもしれない。たとえば、マ グダラのマリアについての最近の関心の高まりは、そのような期待に基づ いているのだろう。しかし、本稿は、あくまでマルコ福音書の最終章が何 を伝えようとしているのかという点の解明に向けて、そしてその解明に資 する限りで女性たちや若者を考察するにとどめたい。

 マルコ福音書の最終章に関心が集まるのは、そこに「空の墓」のエピソー

ドが含まれており、そこにイエスの復活についての鍵が隠されているかも

しれない、という期待を多くの人が抱くからである。つまり、最終章は受

(3)

難直後のエルサレムでの出来事を再現していると多くの人は読む。しかし、

言うまでもないが、その出来事を描くのは、受難から四十年近くが経った、

そして、おそらくはエルサレムから遠く離れた場所にいる書き手のマルコ である。受難直後の女性たちは独自の意図をもって行動したのだろうが、

マルコにはマルコの意図があっただろう。

 おそらくマルコは、受難直後のマグダラのマリアの行動をあるがままに 記述するという意図をもってはいなかったし、それに必要な知識ももち合 わせていなかったのではないかと疑わせるような箇所がある。三人の女性 たちが墓に向かう途中で、墓の入り口から「誰かが石を転がしてくれるか しら」

(マルコ16: 3 )

といぶかる箇所である。アリマタイアのヨセフが墓の 入り口に転がしておいた石がパレスティナの墓地で普通に使われる石であ るならば、それは回転させて入り口を塞ぎ獣から墓を守るための石であっ たはずである。それは、たとえ大きくとも、人力で比較的容易に転がすこ とができるものなので、女性たちが心配するには及ばないものであるはずだっ た。だから、メルクラインが指摘したように「書き手はそのような現実を 知らなかったか、読み手において既知の事柄であると前提していなかった」

3

。 もしそうならば、最終章の書き手は、エルサレムでの出来事を書いていな がら、起きたことを起きたままに書くという意図も配慮ももたなかった、

ということになる。

 では、マルコは何を意図したのか? イエスの復活を描こうしたのだろ うか? 墓の中に現れる若者は、天使である、復活したイエスであるとい う解釈がある中で、福音書の書き手であるマルコ自身ではないかという解

3 H. Merklein: Mk 16,1–8 als Epilog des Markusevangelium, in C. Focant(ed.):

The Synoptic Gospels

, Peeters and Leuven University Press (1993), 214.

(4)

釈がある

4

。若者は、女性たちの意図を見抜き、同時に別の場所に行くよう に誘導する。女性たちは、イエスの遺体にアロマを塗って遺体の埋葬を完 結させようとした。おそらく、アリマタイアのヨセフの埋葬が不十分だと 思ったのかもしれないし、自分たちだけで弔いをしようと思ったのかもし れない。女性たちの意図について何も記していないのは、マルコが彼女た ちの意図についてかなり無関心だったからかもしれないし、状況的に埋葬 の続きであることは明らかなのだからあえて明示する必要性を認めなかっ たからかもしれない。いずれにせよ、若者は女性たちに埋葬の行為を止め させようとするのだが、奇妙なことに、その際の口ぶりは、あたかもイエ スの復活が既定の事柄であるかのように見える。たしかに、イエスは、甦っ た後にガリラヤへ行くと予言していたので

(「しかし私は甦った後、あなた方 を先立ち導いてガリラヤへと行くであろう」(14:28))

、かりに若者が作者であ るならばそれまでの物語の全体を知っているわけだから、イエスの復活は 彼にとっては既定の事柄だっただろう。そして、彼は女性たちにあの予言 を繰り返すことで、念を押したかったのかもしれない。だからこそ、若者 は、女性たちに「イエスは甦った」とペテロらに言えと命じているのでは なく、予言通りガリラヤへ行くように言えと命じたのである。つまり若者 が言わんとすることの強調点は、イエスの復活にあるのではなく、ガリラ ヤの方にある。それは、ガリラヤで始まるであろう新たな運動にお前たち も合流しろということなのだろうか? しかし、女性たちは、若者の指示 にはしたがわず、誰にも何も言わず、なぜか恐怖心に打ち震えるばかりで あった。

 この叙述は、様々な意味で、読み手に不全感を与える。女性たちの「恐 れ」は、何に起因するのか? 女性たちの意図と若者の指図は対立してい るように見えるが、その対立は、現実における何らかの対立に起因してい

4 以前からある解釈であるようだが、最近ではリューデマンがその見解を採用 した(G. Lüdemann:

Jesus after 2000 Years

, SCM Press (2000), 113)。

(5)

るのだろうか? 女性たちの恐れを描いて最終章は終るのだが、その終わ りは本当の終わりなのだろうか? それとも、しばしば想定されるように、

何らかのアクシデントで、ここで寸断されたのであろうか?

 マグダラのマリアたちが墓で感じた「震えと自失」

(16: 8 )

は、何か尋常 ならざるものに遭遇した結果だと解釈されるのが通例である。そこから、

あの若者は天使として解釈されたり、その天使は、元来は、復活したイエ スだったのではないかという想定がなされる。「空の墓」を考察する大半 の研究者はそのような立場に立つ

(あるいは、そのような立場を一定程度尊重 する)

と言っていいだろう。その一人であるデイル・アリソンは、マグダ ラのマリアにキリストが顕現したことを伝える古い伝承があったと考える

「十分な根拠がある」と言って、いくつかの根拠を挙げている

5

 a) イエスの弟子が列挙されるときつねにペテロの名前が最初に来るの は、ペテロの重要性によって普通説明されるが、その重要性は、イエスが ペテロに真っ先に顕現したことにあったとされる。それと同様に、福音書 でイエスの顕現が語られるとき、つねに、マグダラのマリアの名前が先頭 に来る

(マルコ16: 1 ,マタイ28:1, ルカ24:10, ヨハネ20: 1 )

。それは、マグダ ラのマリアが最初にイエスを見たという記憶が共有されていたからであろ う、と多くの人は考えるのである。

 b) マルコ第一六章 7 節

(天使の顕現)

とヨハネ第二〇章17節

(キリストの 顕現)

は、同じ言い伝えの異文を含んでいると考えられる。天使の顕現は キリストの顕現の変形である。

5 D. Allison:

Resurrecting Jesus: The Earliest Christian Tradition and Its

Interpreters

, T & T Clark International (2005), 249-252.

(6)

 c) しかしパウロが

(もっと後になって、ユスティノスが)

顕現に言及する ときに、マグダラのマリアに一切触れないのは、女性の証言は信頼できな いという当時の通念に影響されたためであろう。しかも、マグダラのマリ アは「七つの悪霊」に憑かれていたとされる女性である

(ルカ 8 : 2 )

。その ような怪しげな女性の証言に信はとても置けないと考える男性が多くいた としても不思議ではない。

 d) マグダラのマリアとペテロの間に何らかの競合関係があったので はないかと考えることはまったく根拠がないことではない

(マルコでも、女 性たちはペテロに何も伝えなかった)

。マグダラのマリアの証言を黙殺する ことは、ペテロの権威を守ることにつながる、そうなれば、初めてイエス が顕現したという栄誉はペテロに与えられることになるからだという思惑 から、女性たちの証言は意図的に捨てられたのかもしれない。

 このような「十分な根拠」からアリソンは、イエスの初めての顕現はマ グダラのマリアに対してだったが、その伝承はやがて抑圧されてしまい、

天使の顕現に置き換えられたのだろうと推論する。しかし、a)については、

マルコに続く福音書がすべて、マルコに倣ってマグダラのマリアを女性た ちの最初に挙げただけという可能性も考えられる。だが、それによって、

マルコにおけるマグダラのマリアが墓で何を見たのかの説明が与えられる ことはない。だから、墓で目撃された若者が何者なのか、天使なのかイエ スなのかということの解明に役立つことはない。同じことはb)にも言える。

ヨハネとの類似がマルコについての何らかの論拠になることはない。アリ

ソンは、マタイ福音書の専門家であり、彼にはマタイからマルコを解釈す

るという傾向が抜きがたくある。少なくとも、マルコが描く原初的な場面

をそれ自体として考えるというよりも、四福音書の平均値へと解消しよう

とする。それにより、マルコの叙述の不可解さは低減するだろうが、それ

(7)

と同時に、原初の状況におそらく含まれていただろう混沌も消去されてし まう恐れがあるように思われるのである。

 しかし、a)をc)とd)と突き合わせると、興味深いことが浮かび上がっ てくることも確かである。つまり、空の墓がもし作為された話であるなら ば、その作者は、すこしでも作り話に信憑性を与えるために、女性の証言 をもち出すことはなかっただろう。しかし、証言の信憑性が疑われるよう な女性を登場させたのは、それが紛れもない事実だったからと考える以外 にないのではないか? この推論には説得力があり、したがって、マグダ ラのマリアらの体験には何か事実の核のようなものがあったのだろうと思 わせるはする

6

。しかし肝心なことは、彼女たちが何を体験したか、そして その後どうしたかである。「その後」についての叙述を読み比べてみよう。

マルコによれば、彼女たちは「恐ろしさ」のあまり弟子たちに何も言わな かった。マタイによれば、女性たちは「恐れと、また大きな喜びをもって」

弟子たちに伝えるために走り出た

(マタイ28: 8 )

。マタイは、マルコの「恐れ」

の要素を割り引こうとしている。ルカでは、「輝く衣を着た」二人の男が 現れ

(ルカ24: 5 )

、女性たちは二人の神々しい格好を見て恐れを抱いたとさ れる。彼女たちは弟子たちに自分たちの体験を伝えたが、弟子たちはその 話を不信の念で聞くのみだった

(ルカ24: 9 )

。エマウスに行く途中で弟子の 一人が言ったことがその場の空気を要約している。

6 マグダラのマリアとペテロの間には「競合関係」とは言わないまでも、何ら かの非同調性の関係のようなものがあったように見えないこともない。マルコ において、女性が前面に出てくるのは、男性たちが皆逃げ去った後である。墓 であの若者から告げられたメッセージを、女性たちはついにペテロ等に知らせ なかった。ただし、マルコが、ペテロの権威を守るために、マグダラのマリア の体験についてもみ消しのようなことをしたなどということはなかっただろう。

それは、マルコが、ペテロにイエスを呪う言葉を吐かせたことからも判る。ペ テロの権威を何としても守りたいと考えていたなら、マルコはそのようなエピソー ドを書き残したりはしなかっただろうからである。

(8)

 「ですが、私たちの仲間の女たちのうち何人かが私たちを驚かせたのです。

朝早く起きて墓に行ったのですが、彼の身体が見当たらず、戻ってきて、

自分たちは天使の幻を見た。天使は彼が生きていると言っていた、と」

(ル カ24:22-23)

 ここでも、男たちが女性の証言を少し見下して受けとったらしいことは

「幻」という語が示唆している。あの女たち、幻を見たらしいよ、という 受けとめ方である。しかし、その後イエスが弟子たちにも現われ、たんな る幻でなかったことが明らかになる

(ルカ24:36ff)

 このような関連をたどっていくと、おのずと、受難後の弟子たちが、マ グダラのマリアの幻視から始まって、その体験談が天使の顕現、ひいては イエスの顕現へと変容していきながら、同様の体験が男性の弟子たちにも 広がっていった、という経緯を想像することができる。長いスパンで見れば、

事態はそのように進行したのかもしれないが、受難直後に限定すれば、万 事がそのようにスムーズに進行したとはとても考え難い。マルコによれば、

マリアたちは異様な恐れに囚われたまま、あくまで口を閉ざしたままだっ た。「震えと自失」

(マルコ16: 8 )

に想定される激しい感情は、万事がスムー ズにいったというのとはまったく違う現実があったことを想像させる。そ の点を全く捨象している点で、マルコに続く福音書の叙述には大きな欠落 があったと考えざるをえないのである。

 マルコの叙述に戻ろう。何が恐れの感情を生み出したのか? 遺体が見

つからなかったことだろうか? しかし、彼女たちはあの若者から「彼は

甦った、ここにはいない」と聞かされただけであった。復活は既定の事柄

(9)

なのだから、驚いてはいけない。かねての予言通り、イエスはガリラヤに 行くのだから、そこで会えるだろう、だからイエスに会いたければガリラ ヤに行けと。

 復活は既定の事柄であるのだから、墓が空であることに驚いてはならな い

7

。マルコ福音書全体を貫く論理

(=キリスト論)

がイエスの復活を始めか ら前提しているのだから、墓は空でなければならなかったかのように見え る。マルコの「キリスト論」によれば、イエスは十字架という「玉座」に つけられることによって「神の子」になった。「神の子」イエスは、死後 三日目に甦らなければならなかった。しかし、これはマルコの論理であっ て、受難直後のマグダラのマリアたちにとって、そのような論理などあず かり知らぬことであっただろう。少なくとも、そんな論理などまったく知 らない存在として、マルコは彼女たちを描いているように見える。そうで なければ、彼女たちは、埋葬に出かけたりはしなかっただろう。彼女たち は、女性として当然であるかのように、墓に出かけた。おそらくは、埋葬 をするために。それ以外の意図を読み取ることは不可能であるように見える。

 しかし、墓においてあの若者が言った言葉から、彼女たちの行為の元来 のあり方が読み取れるのではないかと考える解釈がある。若者は「十字架 につけられたナザレ人イエスを探しているのか。彼は甦った。ここにはい ない」と言う。この「

(遺体を)

探す」→「

(遺体が)

見つからない」→「甦っ た

(と判断する)

」という出来事の継起は、古代の英雄譚でよく見られるパ ターンなのではないか? そのような想定は、歴史家のビッケルマンが

7 若者は「墓は空である」から「彼は甦った」と言っているのではない。「彼は甦っ た」と先に言って、ついで、「彼はここにいない(墓は空だ)」と言っているの である。女性たちは空の墓を見たとは書かれていない。彼女たちは若者の言葉 を信じたのだろうか? 文面から分かることは、震えと自失が彼女たちをとらえ、

彼女たちは墓から出て行ったということだけである。彼女たちが何に恐れを抱 いたのかもはっきりしないのである。

(10)

1924年に発表した古い論文にまで遡る

8

。英雄の遺体が墓や焼却の場所か ら「消え去る」というネガティヴな事態は、つねに、「昇天

(Entrückung,

apotheosis)

」というポジティヴな意味合いを隠しもっていた。それは、元 来は、英雄の死を「高貴な死」として称えるための劇的な演出だったにち がいなく、ヘレニズム世界であれユダヤ世界であれ少なからぬ類例を見出 すことができる。詳細は示さないが、有名な例としてメネアオス、ヘラク レス、ロムロス、エノク、エズラ、モーセ、エリアなどを挙げることがで きる。とくに注目すべきはローマ皇帝の神格化

(consecratio)

の儀式である。

実際の遺体の代わりに亡き皇帝に似せた蝋人形を大きな櫓に収めて薪の山 に置きそれに点火した。焼尽後は、当然ながら、遺体は跡形もなく消え去 るのだが、それに先立って、櫓が崩れ去ると同時に国家の象徴の鳥である 鷲を飛翔させた。遺体の消失と昇天を同時並行的に示す演出である。その 演出に馴染んでいるローマ市民ならば、あの若者の「

(イエスは)

ここには いない」という言葉を、「

(イエスは)

天に昇った」という意味に受け取っ ただろうとエプナーは述べているが

9

、当時の人々にとって、天に昇り神々 の列に加わったという形で完結させることが、英雄の死を称える自然で最 善な方法だったのだろう。

 ところで、若者は「甦った」と「ここにいない

(天に昇った)

」をほぼ同 格的に並べているだけだが、ビッケルマンは、 「

(死者からの)

復活」よりも「昇 天」の方がより古いキリスト信仰を表わしていると考えた。「墓の物語は、

8 E. Bickermann: Das leere Grab, in

ZNW

, 23 (1924).

9 M. Ebner: Evangelium contra Evangelium. Das Markusevangelium und der Aufstieg der Flavier, in

Biblische Notizen

(2003), 41. エプナーのマルコ福音書 の解釈については、『イエス運動・マルコ・哲学』を参照していただくほかないが、

簡単に言えば、それは、マルコ福音書をローマという場所に深く結びつけるこ とで成り立つ解釈であって、あの受難物語もローマ皇帝の凱旋式との関連にお いて読み取ろうとした。その延長線上で、マグダラのマリアの空の墓のエピソー ドにも、ローマ的な「神格化」の演出を見ようとするわけである。

(11)

それとは別の、おそらくはより古い段階のキリスト信仰を示唆している。

その信仰が成立した集団では、イエスは死後すぐ天に上げられ、天に昇っ たと人々は信じた」

10

 ビッケルマンは、「昇天」の原初的形態の信仰は、パウロによって、ヘ レニズム的な秘儀宗教の「死と再生」の神学に変えられたと考える。これ はブルトマン的な宗教史的見解を踏まえた解釈である。この解釈の当否に ついては、正直言って、不明と言うしかない。おそらく「昇天」と「復活」

のどちらが古い信仰形態だったかという問いは、確かめようがないという 意味で、問い自体が成り立たないのかもしれない。しかしながら、マルコ は、「復活」については若者に言わせる形で暗示するだけにとどめるが

(「彼 は甦った」(マルコ16: 6 )

)、「昇天」については、第九章の「イエスの変容」

において先取り的に描写していたように思われる。このことは、マルコが「高 貴な死」としての「昇天」という観念を保持していたことを示すものと考 えてかまわないだろう

11

 それに、これはあくまで補足として述べるだけだが、「空の墓」が原始キリス ト教団の何らかの祭祀を下敷きにしているのではないかという解釈は以前からあっ た。ヴォルフガンク・ナウクは、あの若者の「見よ、ここが納められていた場所だ」

という言葉に注目する。それによって聞き手はまなざしを空の墓に向けるよう に求められる。それと同様に、「教団もまた、イエスの亡骸が納められていた場 所をよく見るようにという要求に特別の関心をもっていたのだろう。この一節 は…原始教団において空の墓が祭祀的に崇拝されていたことを指し示している とも考えられる。…いくつかの手がかりから、イエスの墓として知られていた 空の墓のところに人々が集まって、イエスの復活の追想と再現を行っていたと

10 Bickermann: Das leere Grab, 290.

11 さきほど紹介した、アリソンがマルコの最終章と異文関係にあるのではない かと指摘したヨハネ第二〇章十七節が描いているのも「昇天」である。「兄弟た ちのもとに行って、彼らに言いなさい。私は私の父のもとに上っていく」。

(12)

想定できる」12

 この祭祀的解釈は幾人かの賛同者はいたものの、概して高い評価を受けず仕 舞いに終わった感がある。理由は単純で、裏打ちとなる「証拠」が一切ないか らという理由からである。しかし、後述するように、この点については再考の 余地があるのではないかと思われる。マグダラのマリアたちについての叙述の 根底には、英雄崇拝と表裏一体となった祭祀行為の記憶が潜んでいたのではな いかということは、可能性としてだけであっても残しておくべきだと思うので ある。

 さて、少し別の角度から考えてみよう。マグダラのマリアたちは、単純 に遺体にアロマを塗るためであったにせよ、空の墓をめぐる祭祀的行為を するためであったにせよ、墓に赴くのだが、そこで、墓から離れろと若者 から制止される。その制止の理由については、マルコよりもルカのほうが 示唆に富むように思われるので、そちらを見てみよう。

 「「あなた方は、何故生きている者を死者の中に探しているのか。ここに はいない。甦ったのだ。まだガリラヤにいたころに、あなた方に語ったこ とを思い出しなさい。人の子は罪人である人間たちの手に引き渡され、十

12 Wolfgang Nauck: Die Bedeutung des leeren Grabes für den Glauben an den Auferstandenen, in

ZNW

, 47 (1956), 261.ナウクの着想を引きついだシェン クは、第一六章全体を原始教団が空の墓でイエスを記念して行った祭礼だった だろうと推測する(L. Schenke:

Auferstehungsverkündigung und leeres Grab

(Stuttgarter Bibelstudien 33), Stuttgart (1968), 88)。このような説に対して、ベッ ツが、イエスの墓がコンスタンティヌス帝の母が「再発見」するまで三〇〇年 以上も誰の関心の対象にもならなかったという事実を指摘して、反論をしてい るのは基本的に正しいと思われる(H. D. Betz: Zum Problem der Auferstehung Jesu im Lichte der griechischen magischen Papyri, in: ders.:

Hellenismus und Urchristenum. Gesammelte Aufsätze I

, Tübingen (1990), 246f)。つまり、イエ スの墓は誰にも知られていなかった、ということである。しかし、誰もイエス の墓を知らなかったとしても、空の墓を祝うことは可能なのではないだろうか、

という反論は可能であろう。

(13)

字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言ったのだ」。

そして、彼女たちは彼のこの言葉を思い出した」

(ルカ24: 5 - 8 )

 ここで聞き取るべきことは二つある。一つは、古い祭祀的行為に対する 拒絶である。古いタイプの祭祀は、そこに英雄崇拝的な意味合いが込めら れているにしても、基本的に、死者を悼むための儀式、死者のための儀式 である。しかし、生きている者に対してなぜ死者のための儀式を行わなけ ればならないのか、と若者は言う。それは、結局のところ、思い違いをす るな、死によって決定的な断絶が生じたわけではないのだ、イエスの死は 終りではない、それを終わりであるかのように扱ってはならない、という ことだったように思われる。第二に、ここでの若者の役割は、「想起」と いう働きを具現化することにあった、ということである。結局のところ、

女性たちが見たものが幻であったにせよなかったにせよ、肝心なことは記 憶が蘇ること、イエスの言葉がふたたび脳裏に浮びあがることである。若 者の役割はそこに尽きる。若者の言葉は、すでに言われたことの繰り返し であって新味はなかった。つまり、若者には積極的な役割などなかった。

彼はイエスの言葉を生き生きと甦らせただけだった。しかし再び浮上した イエスの言葉は女性たちの心を打ち、女性たちを狼狽させ、女性たちを自 失に陥れた。女性たちの関心は、ついさっきまでは、すでに過去に没しつ つある死んだ人間に向けられ、その人間のために死という終止符を打ち、

安らかな永遠の眠りにつくことを願うだけだった。それに対して、若者の

口を借りて語るイエスは、新たな始まりに参加せよと求める。だが、ガ

リラヤで始まるであろう新たな運動に参加することは、イエスの運命を

引き受けることでもある。マグダラのマリアたちは、「遠くから」

(マルコ 15:40)

ではあれ、あの残忍な処刑の一部始終を見ていたのだから、それが

わが身に降りかかることを想像するだけでも身の毛がよだつような思いが

しただろう。「震えと自失が彼女たちをとらえた」

(マルコ16: 8 )

とは、そ

のような意味に考えるべきではないだろうか? あのイエスの言葉が甦る

(14)

やいなや、女性たちには内心の激しい葛藤へと投げ込まれた。それまで慕っ てきた一人の男性の死を受け止め、その身体に最大限の敬意を払うことを 考えて墓にやって来たというのに、いまや、墓ではなく再びガリラヤに行 け、そしてイエスがたどった運命を自ら歩めという言葉が記憶に甦る。し かしそれは明らかに過剰な要求であって、それに対して女性たちが「恐れ」

しか感じなかったのは当然だっただろう。女性たちは、埋葬も果たせず、

さりとて、ガリラヤに行くべきであるのに行く勇気ももてず、内面の葛藤 に囚われて途方に暮れるしかなかった

13

。しかし、結果的に、果たすべき ことを果たさなかったという意味で、彼女たちは「躓いた」のであった。

 マルコ福音書は、読み手に二つの人間の類型を提供していた。迫害に対 する態度に関して、臆することなく堂々と自らの素性を肯定するイエスと 否認するペテロという二つの対立する人間類型を描いていた。ペテロをは じめ、弟子たちはみな「躓く」のである。裏切り、逃走、否認、そして最 後にマグダラのマリアたちが、イエスの言葉に従わないという形で躓いた。

結局、「あなた方はみな躓くだろう」

(マルコ14:27)

という予言どおりになっ てしまった。しかし、なぜマルコはこのように「躓く」弟子たちの姿を強 調するのであろうか? それは、一つには、おそらく迫害の渦中にいたマ ルコが、迫害に対して容易に膝を屈してしまった信徒や、いまにも屈しそ

13 このように葛藤に焦点を当てるならば、墓で誰に遭遇したのか、墓が空であっ たかどうかは重要ではなくなる、と考えたくならないだろうか? 墓に行く手 前で(あるいは、祭祀行為を始める前に)、イエスの言葉が記憶に甦ってそれに 従うべきかどうかの葛藤が起こっても、同じことになっただろうからである。

内面の葛藤や煩悶がすべてであるからである。もし、実際に、彼女らがイエス の刑死の場面を見ていたとするならば、そのときすでに激しい感情が渦巻いて いたにちがいない。若者の出現あるいはイエスの幻などは、そのような感情を 再び活性化する機縁にしかならなかっただろうと思われるのである。

(15)

うな信徒たちに対して、自己自身の姿を投影できる存在を提供するためだっ たと推測できる。彼らに、脱落した者たち、そしてその脱落者を赦すイエ スを登場させ、絶望することはない、いまからでも遅くない、勇気をもて と鼓舞する意味合いがあったにちがいない。ネロの迫害を契機に、多くの 者が脱落していった。そしてその余波はまだ収まってはおらず教団は存続 の危機にあった。そのような事情を躓く弟子たちの背後に読み取らなけれ ばならない。この点は、『イエス運動・マルコ・哲学』で詳しく扱ったので、

ここでは、触れるだけにとどめる。

 しかし、もう一つの事情があったと思われる。それは、キリスト教の創 設に加わった者たちはみな「躓いた」者だった、という事情である。キリ スト教は「躓いた」者たちが集まって成立した宗教だった。その新たな始 まりの経緯の状況を、マルコは、マグダラのマリアたちの混乱した姿を描 くことで、暗示したかったのではないかとも思われるのである。

 マグダラのマリアたちの混乱は、イエスに従った人々が受難直後に味わっ たであろう混乱の一端を示唆しているように見える。しかしそれ以上の混 乱ぶりは、ペテロについて残されている断片的描写から窺うことができる。

その描写は二つあって、まず一つは、ルカの第五章の冒頭、イエスがペテ

ロを信従に誘う場面である。不漁に終わって網をしまいかけていたペテロ

に対して、イエスはまた漁に出るように勧める。言うとおりにすると網が

いっぱいになるほどの魚が捕れたが、ペテロはイエスの膝もとにひれ伏し

て「私から離れてください。私は罪ある人間です。主よ」と、なぜか突然

自責の念に堪えられないかのように罪を告白する。しかしイエスはペテロ

に従うように言う

(ルカ 5 : 1 -10)

。もう一つは、ヨハネの第二一章でイエス

がペテロに顕れる場面である。イエスは「ヨハネの子シモンよ、あなたは

私を愛するか」と三度ペテロに問いかける。三度ペテロが愛していると答

えると、イエスはペテロに迫害の危険を説いた後で、やはり自分に従うよ

(16)

うに言う

(ヨハネ21: 1 -19)

。これら二つの箇所は、まったく違う場面を描い ているが、「元々あった復活の物語に遡るにちがいない」とゲルト・リュー デマンは考える。そして、その理由として、両者は次のような共通点をもっ ていることをリューデマンは挙げている

14

  1 )上首尾に終わる漁、

  2 ) ペテロの否認の暗示

(罪の告白(ルカ 5 : 8 )と「あなたは私を愛するか」

という再三にわたる問いかけ)

、   3 )魚であふれんばかりの網、

  4 )平行関係にある箇所

(ヨハネ21:19、ルカ 5 :10)

、   5 )信従への呼びかけ

(ヨハネ21:19、ルカ 5 :11)

、   6 )ペテロはイエスに赦し認められる、

  7 )ペテロが話の主人公である。

 これらの共通点は両者が同一の伝承に由来していることを示している。

その伝承は、信従の最初ではなく、罪の告白が示唆するように、そして三 度の「お前は愛しているか」という突き刺すような問いが示唆しているよ うに、ペテロがすでに

(イエス逮捕後にイエスを否認するという)

罪を犯した 後の状況を示唆しているとリューデマンは

(ペシュに反対して)

考えるが、

その点には同意せざるをえない

15

。上に挙げた二つの箇所は、ペテロが受 難後ほどなくガリラヤに帰り元の漁師の仕事に戻ったが、自らの罪の意識 に耐えきれずにイエスの幻影に憑かれそれを振りほどくことができなかっ たのではないかと想像させるからである。

 パウロは、イエスが埋葬後に復活し、まずペテロに現れ、十二人の弟子

14 G. Lüdemann:

Die Auferstehung Jesu. Historie, Erfahrung, Theologie, Perfect

(1994), 113f.

15 Lüdemann:

Die Auferstehung Jesu

, 205.

(17)

たちに現れ、五百人以上の兄弟に現れ、次いでヤコブに現れ、最後にパウ ロ自身に現れたと証言を残している

(第一コリントス15: 4 - 8 )

。このなかで

「五百人以上の兄弟」だけは少し特殊なので除外すると、それ以外に挙げ られているすべての者は、何らかの意味で「躓いた」者たちだった。十二 人の弟子たちは、密告、逃走、否認という形で裏切った。主の兄弟ヤコブは、

生前のイエスを狂人扱いしてその活動を停止させようとした

(マルコ 3 :21)

。 パウロは、一時期、キリスト教徒を弾圧する側にいた。彼らはすべてイエ スの活動を停止させようとするか、イエスを死に追いやった勢力に加担す るか、自己保身のためにイエスを見殺しにしてしまった。その意味ですべ ての者がイエスの死に責任があった。そして、それを忘却することができ ないかぎり、彼らは、自らの罪悪にいつまでも直面することを強いられた だろう、と想像させる。ペテロの断片が示すことは、イエスの死後の顕現 はその罪悪感の具現化だった、ということである。マグダラのマリアらが 墓で体験したことも、そのような観点から捉えることができる。ゲルト・

タイセンは、結局、彼女たちは、女性の仕事である遺体の処置と埋葬の面 倒を遂に行うことが出来なかったと考える。彼女たちはおそらく墓を見つ けられなかったのだろうと。愛する人間の供養を行い冥福を祈れなかった ことが負い目となって、イエスの顕現の体験につながったのではないかと タイセンは推測している

16

 タイセンの見解はリューデマンや「喪の作業」に関する先行研究に基づ いたものであった。最初期のキリスト教徒の心理を「喪の作業」の観点か ら捉える研究がドイツ語圏で出始めたのは、一九七三年に出版された神学 者ヨリック・シュピーゲルによる「喪の作業」の研究書の刺激が大きかっ たと推測できる

17

。すでにその二年後には、シュピーゲルの見解に基づく形で、

16 G. Theißen:

Die Religion der ersten Christen. Eine Theorie des Urchristentums

, Gütersloher Verlagshaus (2000), 79.

17 Y. Spiegel:

Der Prozess des Trauerns

, München (1973).

(18)

喪の作業から「聖餐」の意味づけようとする論文が書かれているが

18

、ま だ個別的テーマへの応用という意味合いが強かった。しかし、ほどなく、

研究者のまなざしはキリスト教の発生の現場に向けられることになる。そ の一人のフォレンヴァイダーは、イエス・キリストの復活という出来事

(=イー スターという出来事)

が「失敗した喪の作業」と関連づけられるのではない かという洞察を、一九九一年の講演で述べている。彼が、イースター前後 の経緯を簡潔にまとめた部分を紹介しよう。

 「喪の作業が成功する場合、ショック/コントロール/退行/再適応とい う四つの

(オーバーラップする)

局面が区別される。イエスの弟子たちの喪 の作業に置き換えてみると、信従の関係や放浪の共同性などに見てとれる、

イエスとの強烈な結びつきに続いて、離別のショックが生じた。ガリラヤ への帰還はコントロールの局面として理解できる。師とのもっとも内密な 経験が繰り広げられたこのガリラヤの地で、死者が現れるということが起 きた —— この出来事に似た例があることは、今日でも少なからぬ牧師 が実地経験から証言できることである。死者が身近にいるという思いをしっ かり記録しておこうとする試みの数々がそれである。イースターの幻視は、

退行的行動の表現なのだろうか、つまり、現実適応への移行という最後の 歩みを拒んで「ナルシスティックな」幻想に走る退行の表現ということに なるのだろうか? そのような主張のためには、イエスの姿を神々しく美 化する傾向を指摘するだけでいいだろう…

 イエスの弟子たちによって行われた喪の作業は、その明らかに現実拒絶 的な性格にもかかわらず、少なくとも部分的には「成功した」ということ は、ともかく心に銘記しなければならない。喪の作業が、悲嘆にくれる者 をもう一度、自分たちに定められた生の現実と調和させるという意味をも

18 W. Kühnholz: Das Neue Testament – Dokument eines Trauerprozesses, in

WzM

, 27 (1975).

(19)

つとするなら、まさにそのことが初期のキリスト教徒のもとで起こったの である —— もちろん、当時の

(宗教的)

風土では決して珍しいものでは なかった終末論的な期待という旗印のもとではあったが。この運動は、比 較的急速に拡大し、深刻な圧力のもとでももちこたえた。この運動は、イ エスの身近で暮らしていなかったが彼の影響力に引き寄せられた人々をと らえた —— このことはイースターの顕現にもある程度当てはまる」

19

 非常に簡潔に要点をとらえた要約であるが、私なりに補足することにし たい。「喪の作業」は、ショック/コントロール/退行/再適応と局面にそっ て進むという。今では、「喪の作業」にこのように一般化できるパターン などないのではないかという捉え直しの研究が提起されているようだが、

ここでは、その点に触れる必要はない。それぞれの局面を簡単に見ていこう。

 「ショック」: これについては補足の必要はない。イエスの死は、それ までの信従の運動の瓦解だった。弟子たちは、もはや立ち直れないほどの 悲嘆や虚無感に包まれただろう。これで終わりなのか、あの信従は何だっ たのか、あの「イエス運動」に参加した人々が思い描いた「神の支配」の 世界も瓦解してしまったのか、という深刻な反省を生み出したことだろう。

 「コントロール」: ペテロらは故郷のガリラヤに帰って、もとの生活を 再開し「ショック」を何とか忘れ去ろうとする。しかし、イエスの死に際 して何もできなかったという苦い後悔がいつまでも払拭できなかった。イ エスを否認したペテロの脳裏には、「あなたは私を愛するか」というイエ スの声がいつまでも消えずに残る。それほどではないにせよ、イエスの残 像がいつまでも脳裏から消えない者が多かっただろう。しかし死者の残像

19 S. Vollenweider: Ostern – der denkwürdige Ausgang einer Krisenerfahrung, in: ders.,

Horizonte neutestamentlicher Christologie

(WUNT 144), Tübingen 2002, 113.

(20)

をいつまでも引きずっていてはもとの生活に復帰はできないのだから、忘 れ去ろうと努力を重ねただろう。

 「退行」: 「退行」はそのような「コントロール」の失敗であり、死者 とともに存在していた頃へと不意に戻る自発的な試みである。死者が身近 にいると感じたり、死者が現れるという体験もそのような「退行」現象で ある。とくに死者の死に関与したのではないかという負い目を生者が感じ ている場合、忘却の努力に抗して、死者は再三再四現れ出るだろう。それ は、罪悪感の具現化である。それこそ「あなたは私を愛するか」という問 いの執拗な繰り返しが示唆したことだったように思われる。

 この点については、さらに三つの補足をはさむことにしよう。

 1)「キリストは書物にしたがって我々の罪のために死んだ」(第一コリントス 15:3)の元来の意味は、イエスが人類の罪を背負って身代わりとして死んだとい う後の神学者が誇大化するような意味ではなかったにちがいない。むしろ、「我々」

とは「弟子たち」を指すのであり、自分たちが犯した過ちのためにイエスは死 に追いやられたという自責の念が込められた言葉だったと理解すべきである20 その言葉の元来の出生地は「退行」局面における弟子たちの罪の意識にあった と考えざるをえない。

 2)リューデマン以降の傾向であるが、イエスの復活を主題化する研究者の多 くは、「喪の作業」の研究でかならず言及される死者の存在感、つまり、死者が 身近にいるように感じられるという感覚を非常に多くの人がもつという事実を 引き合いに出す。デイル・アリソンは、イギリス心霊協会のアンケートから、

最近のロンドン大学の研究まで幅広く目配りの行き届いた資料探索をしたが、

とりわけ印象深い研究結果として、死別で失った293人に対する聞き取り調査の 結果、47%の人が死んだはずの近親者と触れ合うような経験をもったと答えた という研究を引き合いに出している。その中には、死んだはずの配偶者がまざ まざと目の前に現れたという例もあった21。その意味で「復活」はけっして稀有

20 S. Yoshida:

Trauerarbeit im Urchristentum. Auferstehungsglaube, Heils – und Abendmahlslehre im Kontext urchristlicher Verarbeitung von Schuld und Trauer

, Vandenhoeck & Ruprecht (2013), 51.

21 Allison:

Resurrecting Jesus

, 273.

(21)

な現象ではない。また、本題からずれるが、東日本大震災後に数多くの「心霊 現象」が報告されたが、このことは、死者の「存在感」がかなりの普遍性をもっ ていることを改めて示したように思われる。

 3)キリスト教の祭祀的側面をこの「喪の作業」に関連づけて考えるならば、

それは、「退行」局面にまで遡ることができるように思われる。「このパンを食べ、

この杯を飲むたびに、主の到来のときまで、あなた方は主の死を宣べ伝えてい るのである」(第一コリントス11:26)。元来、ここでの中心は「主の到来」の希 望であり、これが最も古いモチーフをなしていた22。到来とはイエスの顕現であっ て、それを呼び起こす行為が追想である。聖餐は、イエスがその場に顕現する ことを、追想をとおして感じとりイエスに一体化することを主目的としていた にちがいない23。もちろん「喪の作業」から無媒介的に聖餐などの礼拝的行為が 生じたなどと考えるのは粗雑すぎるだろう。ただ礼拝行為の最古の「生活の座」

を指摘しておきたいのである。

 元来はイエスの顕現を語ったものと思われるルカとヨハネの断片は、い ま述べたプロセスに符合するように読むことが可能である。「あなたは私 を愛するか」というイエスの突き刺すような問いかけは。ある意味で、ペ テロがわれとわが身を責める言葉のように聞こえる。その真の意味はルカ の「私は罪ある人間です」であろう

(「ショック」)

。大漁は喜ばしいことで ありもとの世界に復帰することの手ごたえを与えてくれるが

(「コントロー ル」)

、もとの世界への再適応への道が拓かれ、裏切りの過去から離れよう とすればするほど、逆に過去の記憶は明瞭に浮き彫りとなり自責の念を高 めずにはおかない

(「退行」)

。あの「あなたは私を愛するか」の繰り返しは、

ペテロが「コントロール」とその失敗を何度も行き来したことを示唆して いるように思われる。

22 Yoshida:

Trauerarbeit Im Urchristentum

, 96.

23 パンを割き杯から飲むことも一体化の行為である(「これは私の身体である。

私の思い出のために、これをなせ」(第一コリントス11:24)、「あなた方は飲むた びに、私の思い出のために、これをなせ」(第一コリントス11:25))。

(22)

 「再適応」 :フォレンヴァイダーは、イエスの弟子たちによる「喪の作業」は、

「少なくとも部分的には「成功した」」と述べている。だが、部分的に成功 したということは、部分的に失敗したということでもある。弟子たちはも との現実に帰ろうとしたが、おそらく彼らはできなかった。彼らは、生き 続けることを望んだが、この世界での生を望まなかった。彼らは主のいな い世界に再適応することよりも、死せる主と一緒に生きることを選んだ。

しかし、死せる主は、生きている者たちよりもより生きているように見え た。その生を生きることは、この世界を拒絶しながらこの世界の中に生き るという逆説を生きることだっただろう。つまり、「失敗」という形で「再 適応」に成功したのである。しかし、そのためには、つまりイエスにふた たび従うためには、死を自ら受け入れる必要があった。「あなたは私を愛 するか」が三度繰り返された後で、「あなたは手を伸ばして、他の者があ なたに帯をして、自分が行きたくないところに連れて行くだろう」とイエ スが言うとき

(ヨハネ21:18)

、それは受難の予告である。イエスは、ペテロ が主の運命を受け入れたことを見てとって、私に従うようにとペテロに言っ た

(ヨハネ21:19)

。こうしてペテロは赦された。少なくとも、赦されたよう に感じただろう。つまり、ペテロの内面だけを問題にするならば、死を受 け入れることよってようやく、彼はあの激しい自責の念から解放されたの である。

 これらのことはすべてイエス復活の舞台裏のことである。それを示唆す る断片が、暗示的な形であったり本来の文脈とは違う箇所に登場するのは、

それがはっきりとした形で語られるべき事柄ではなかったからだろう。マ

グダラのマリアの躓きと混乱、そしてそれ以上に大きかったペテロの躓き

と混乱は、死を受け入れふたたび信従の道に入ることを決意することによっ

(23)

て、初めて解消されたと推測することができる

24

 ここで、マルコの最終章に戻ろう。あの若者は、女性たちに、ペテロら がガリラヤで始める新たな運動を指し示す。つまり、若者の発言は、弟子 たちが裏切りによる自責の感情から立ち直って再び信従の道を志すように なる経緯をすべて見越したうえでのことだった、ということになる。マグ ダラのマリアたちも、やがて、躓きをのり越えてその運動に合流するだろ う。当初対立していたかに見えた若者と女性たちは、たんにそう見えたに すぎなかったのかもしれない。あの若者の身振りは、躓きから再出発にい たる経緯を指し示しているだけのようにも見える。おそらくは、そのよう に考えるべきなのかもしれない。

 次に考えたいことは、そのように明示的に語られなかった経緯が、潜在 的な形ではあれ、マルコ福音書に潜んでいないかという点である。マルコ 福音書は、弟子たちをすべて躓いた存在として捉える。それは、事実上、

彼らが裏切りや不作為という形で躓いたからである。それは、マルコが語 る受難直後の状況である。だが、もう一方に、マルコが福音の書を書いた ときの状況もそこに反映していると考えるべきではないだろうか? ペテ

24 彼らの躓きと回心は、やはり別の、本来の文脈から外れた個所にシンボリッ クな形で描かれた。マルコの最終章は、「震えと自失」でうずくまるマグダラの マリアたちの姿を描く。だが、その対極には、あの若者が示唆する「(イエスは)

甦った」という事態があった。「甦った」とは、すでに触れたように「天に昇った」

を意味すると考えられる。その姿は、第九章の「変容」が先取り的に描いてい た。マルコは、「躓き」のためにうずくまる者たちと、それを見て赦しを与える 天上のイエスという対極的な構図を、明示的にではなかったにせよ、示したかっ たのではないかとも推測できる。それは、最初期の弟子たちを含む、キリスト 信仰に入ろうとするすべての人間の姿を象徴的に示す構図である。この構図は、

さらに、冒頭の「洗礼」の場面、水から上がったイエスに、「汝はわが愛する子、

われ汝を喜ぶ」という天の声がかけられる場面によって描かれているように見える。

つまり最終章は「洗礼」を指し示しているように思われるのである。

(24)

ロ等とはまったく違うレベルではあるが、自身の罪を認めそこから立ち直っ て新たな生に向かおうとする人々がいたのではなかったか? つまり、そ こには、洗礼の儀式によって新生を望む人々のことが考えられていたので はないだろうか? 実は、マルコ福音書の最終章はその冒頭へと回帰する ような構造になっていたのではないだろうか? マルコが「躓き」をあれ ほど強調したのは、「罪の赦しにいたる回心のための洗礼」

(マルコ 1 : 4 )

へと誘うためだったのではないだろうか?

 最終章に出てくる若者は「洗礼」に関連があるのではないか? それ は、1973年に発表されたスクログスとグロフの論文で打ち出された想定で ある

25

。彼らの想定のアウトラインを示すことにしよう。

1 ) まず第一に、最終章の若者は、その外面的な特徴に注目するならば、

イエスのように見える。若者がはおっていた「白い衣」

(マルコ16: 5 )

は、

「変容」のときにイエスの衣が「白く輝いた」

(マルコ 9 : 3 )

ことを想 起させる。しかも、若者は「右側に」座っていた

(マルコ16: 5 )

。これ についてもまた、「あなた方は、人の子が力の右に座し、天の雲とと もに来るのを見るであろう」

(マルコ14:62)

との関連性を考えざるをえ ない。したがって、あの若者は復活したイエスなのではないかという 解釈がこれまでたびたび提起されてきたのも当然であった。しかしな がら、あの若者は、イエスが墓にいないこと、ガリラヤに行けば会え るだろうと女性たちに告げ知らせているのだから、「あの人物は明ら

25 R. Scroggs & K. Groff: Baptism in Mark: Dying and Rising with Christ, in

Journal of Biblical Literature

, Vol. 92, No. 4 (1973), 531-548.

(25)

かにイエスではありえない」

26

。だからイエスではないが、イエスの特 徴を紛れもなくもっている。この曖昧さ、この二義性はどう説明した らいいか?

2 ) それを解く鍵をスクログスとグロフは洗礼という儀式に見出す。彼ら が洗礼の儀式のうちに注目する点は三つある。すなわち、

    ⅰ) 「死と再生としての洗礼」: 洗礼とは「イエスとともに死に、

イエスとともに甦ること」だという理解は、すでにパウロが「ローマ 書」の第六章で記していた

27

。洗礼を死と密接に関連づける考え方を マルコも共有していたことは、洗礼を死と同義として捉える箇所が示 している

(マルコ10:38)

。水に全身を浸すことはイエスの死に参与する ことであり、水から上がることはイエスの復活に参与することである。

    ⅱ) 「衣の変更としての洗礼」: 始めの数世紀の洗礼には、水に 入る前は衣服を脱いで全裸になり、水から上がった後は白い衣服に着 替えることが伴った。このことが一世紀にも行われていたことを示す 記録はないのだが、古い衣服を脱ぎ捨て新たな衣服を着るという比喩

26 R. Scroggs & K. Groff: Baptism in Mark, 536. 以下しばらくの説明は、スク ログスとグロフの論文の第二章の要約なので、ページ数を明記することはしない。

27 「罪において死んだわれわれが、どうして罪の中に生きるということがあり えようか。それともあなた方は、キリスト・イエスへといたる洗礼を受けた我々 はみなキリストの死にいたる洗礼を受けたのだ、ということを知らないのか。

つまり、我々は死へといたる洗礼によって彼とともに葬られたのだ。それは、

キリストが父の栄光によって死人の中から甦らされたのと同様に、我々もまた 生命の新しさにおいて歩むためである」(ローマ6:2-4)。

(26)

はひじょうに古くに遡る

28

。このような言い回しが使われていたとい うことから、それに対応する慣行があったと推測することは可能であ るし、その蓋然性は低くはない。

    ⅲ) 「洗礼を受ける者と復活したキリストとの関係」:洗礼を受け キリストを着た者は、新たな生を歩み始める。「いまや、我々は、神 の子である」

(第一ヨハネ 3 : 2 )

。そのような者はキリストに一体化し た者であり、これ以降、キリストとしての生を生きる。

3 ) スクログスとグロフは、以上を踏まえて、マルコ第一四章に出てくる

「裸で逃げる男」

(マルコ14: 51-52)

に新たな光を投じる。その男は「上 等な布

(sindōn)

」をまとっていたが、捕まりそうになりその布を脱ぎ 捨てて裸で逃げて行ったとしか述べられていない。前後と脈絡がある ようにも見えないので、理解がきわめて困難とされてきた箇所である が、スクログスとグロフによると、その男は洗礼前に衣服を脱ぎ捨て イエスの死と一体化しようとする洗礼志願者を象徴的に指し示してい るのだという。それと相関的に、最終章で「白い」衣で現れる若者は、

洗礼を受けキリストの衣を着て新たな生を開始した者だという。二つ のエピソードに挟まれる形で受難物語が進行する。洗礼志願者は、衣 服を脱ぎ捨て洗礼の準備を整える。彼は洗礼において死を体験するの だが、実際に死ぬのはイエスだけである。その身代わりの構図は、あ の「上等な布

(sindōn)

」によって象徴的に示されている。若者はそれ を捨てて逃げたが

(マルコ14:51)

、その布は埋葬のときにイエスの遺体 を包むときに使われた

(マルコ15:46)

。このことの意味は、若者が直面

28 「キリストへといたる洗礼を受けたあなた方はみな、キリストを着た」(ガラ テア3:27)。さらには衣の着脱が、死と再生の同義のように使われている箇所も ある。「肉の身体を脱ぎ捨てて、キリストの割礼において。そして、あなた方は 洗礼においてキリストともに葬られたのだが、また、キリストにおいてともに 甦らされたのである」(コロサイ2:11-12)。ともに50年代に書かれたと推測され る書簡である。

(27)

した死は、イエスが引きうけた、ということである。イエスが彼の身 代わりとなって死に、若者は死から免れることができた、ということ である。

4 ) 以上を踏まえると、最終章で「白い衣」を着て現れる若者は、洗礼後 の新たな生の衣をまとった信者であることが判明する。しかし、洗礼 を経た信者は、キリストの復活に参与した存在であるから、若者は、

同時に、甦った

(昇天した)

キリストを象徴的に表わしていることになる。

1 )で述べた若者の「曖昧さ」、「二義性」はそこに由来しているとい うのである。

 このような解釈を批判するのは容易であろう。見られるとおり、スクロ グスとグロフの解釈は、若者、

(洗礼時の)

衣服の着脱、

(洗礼後に着せられる)

白い衣、 「上等な布」の行方などの個別的で特殊な要素に注目することによっ てのみ成り立っている。脱ぎ捨てられた布は遺体を包むために使われ、裸 で逃げた若者は洗礼という疑似的な死をくぐり抜けて、白い衣をまとい新 たな生を開始する。これが、彼らが読み取る物語の骨子である。このよう な解釈は、筋は一応通っているかのように見えるが、裸で逃げた若者と墓 で出現する若者が同一であることを示すものは何もないうえに、マルコが 福音書を執筆した当時の洗礼のあり方については何も判っていないも同然 である以上、想像力に富んだ強引な解釈という以上の評価を得られなかっ たのはやむを得ないことだったろう。何よりも、マルコ福音書の全体構造 との関連性がないままに、洗礼に付随する特殊事情にのみ焦点を合わせた のはいささか近視眼的すぎた。

 しかしながら、マルコの最終章の叙述に洗礼の儀式が何らかの意味で影

(28)

を落としているのではないかというスクログスとグロフの直感は何らかの 意味で正しかったのではないかと私には思えるのである。しかし、その正 しいという判断の理由を述べるのは容易ではない。マルコ福音書が想定し ている洗礼のあり方については、ほとんど何も知られていない以上、何が 正しいかを言うこと自体困難であるからである。むしろ、マルコ福音書の 全体の叙述から、当時の洗礼のあり方をある程度割り出すことができない かと思案すべきであるかもしれない。そのために、まず、スクログスとグ ロフに対してなされた批判を少しだけ見ておきたい。

 ジョエル・マーカスは、「裸で逃げ去る若者」を最終章の若者に結びつ ける解釈の問題点を次のように指摘する

29

 「この理論の大きな問題点は、若者のパニックに陥った振舞いと、キリ ストによって示され、キリスト教徒に期待される勇気は、ともに成り立つ ことはできない、ということである。若者は自分の命を救うためにイエス から逃げ去ったが、キリスト教徒は、死の脅威にさらされても、イエスに 忠実であり続けるように期待された

(マルコ 8 :34-38参照)

。スミスが言うよ うに、「この解釈は大きな事実に気づいていない。この若者はキリストを 見捨てて自分の命を救ったのである」

30

」。

 もちろん、スクログスとグロフはこの「大きな問題や事実」に全然気づ いていないのだが、彼らと同程度に、あるいは彼ら以上に、マーカスやス ミスの方もそれに似た間違いに陥っている。彼らを批判する際に、別の「大 きな問題や事実」をマーカスやスミスは忘れてしまっているように見える。

29 J. Marcus:

Mark 8-16 (The Anchor Yale Bible Commentaries)

, Yale University Press (2009), 1125.

30 M. Smith: Clement of Alexandria and Secret Mark: The Score at the End of the First Decade,

HTR

, Vol. 75 (1982) 457.

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