解題‑「沿革史 東鞍部荘内尋常小学校」についてー はじめにI r学校沿革史」について‑
本資料集は'筆者が所蔵している学校沿革史「沿革史 更級郡荘内尋 常小学校」(以下「荘内尋常小学校沿革史」)を影印復刻するものである。
ここでは学校沿革史の資料的意義について簡単に述へ、以下「一」にお いて本資料集に収めた史料の概要を示し'「二」において本資料集の翻 刻方法を示す。
ある学校の沿革を長期にわたって記録した文書'あるいは刊行物を'
一般的に「学校沿革誌」、あるいは「学校沿革史」と呼ぶ。「沿革誌」「沿
革史」 の使い分けは筆者の知る限り明確になされているとは言えない。
学校の沿革記録に関わる、管見の限‑唯一まとまった研究としては学校 沿革史研究会『学校沿革史の研究 総説』(野間教育研究所紀要第四七集' 二〇〇八年)があるが、同書では「学校沿革史」という表現を主に用い ているけれども'実態に合わせてか'所々で「沿革史(誌)」という表
(‑)
現をも採っている。
小学校に対象を限定すれば、「沿革史(請)」と呼ばれる史資料には大
普‑分けて三つの種類がある。第一は各地方自治体や所轄官庁が規定す
るところによって作成されるものである。第二は各学校の創立を起点に
して特定の周期を機会に当該学校関係者の意思によって作成・刊行ざれ
るものである。『00学校創立UU年史』 (周年誌や記念誌) の類がこれ
に当たる(先の『学校沿革史の研究 総説』は、大字および高等学校の
周年誌・記念誌を検討対象としている)o第一の類型に入るものはさら
に二種類に分けることができるっ lつは各自治体の学校管理運営規則等
により、各学校において備えなければならない表簿の一つとして作成I
蓄積されているものであ‑、もうlつには指令や決定によってまとまっ
ll 10 9 8 7
休暇等整理簿 五年 児童生徒出席簿 五年 学級編成表 五年 旅行命令簿 五年 学校要覧 五年 このような学校の管理運営規則ではおよそ共通して「学校沿革誌」の 表記が用いられてお‑、学校表簿として「学校沿革史」が用いられてい る例は管見に入らない(なお同様の表簿規定は幼椎園にもあり、「幼椎 園沿革誌」とされる)o これら沿革誌の記述内容'保存期間へ編纂方法に関わる規程も見出す ことが出来、その一例として北海道別海町「別海町立学校沿革誌編さん
(3)
規程」を見てみると'は次のようになっている。
別海町立学校沿革誌編さん規程 第一条 別海町教育委員会の所管する学校の沿革誌編さんについては、 (趣旨) この規程の定めるところによる。
(記載項目) 第二条 学校沿革誌に記載する項目は開校由来のほか次のとおりとす
る。
(ユ 学校施設及び設備に関することっ (2) 学校経営に関すること。
(3) 年誌に関することo (4) 校長及び教職員に関すること。
(5) 校医等に関すること。
(6) 卒業生に関すること。
(7) 協力機関の状況に関することo (8) その他前各号に準じて校長が必要と認めた事項 二 前項各号に掲げる項目について必要ある概略図は'学校沿革誌の 末尾に年度ごとに頓を追ってつづり込むものとする。
(編さんの終了) 第三条 校長は'年度ごとに学校沿革誌の編さんを終ったときは、こ れを教育長の閲覧に供し認印を受けるものとする。
(参考資料の保存) 第四条 校長は第2条に掲げる項目について必要ある図表その他参考 資料はこれを別冊とし学校沿革誌とともに永年保存しなければなら
(補則) ない。
第五条 学校沿革誌に要する様式その他必要ある事項については'別 に定めるo (附則略) 今日このようにして編纂・保存が続けられている学校沿革誌の噸矢に ついては'「学制」期まで遡ることが出来る。千葉県では一八七六(明治九) 年九月11二日'「学校沿革誌並二日記調整概則」が達せられたo同達には'
(・r)
沿革誌と日記とを作成する理由が次のように示された。
維新以来初メテ学制ヲ定メラレ'前日ノ随習ヲ更メ大中小ノ学区ヲ分
チ'首トシテ小字ヲ興シ普通学科ヲ設ケラレ、人漸ク教育ノ己ムへカ
ラサルヲ暁知シ、日二進歩ノ情況ヲ現セリ‑‑〔中略〕‑‑今ヨリ将
サ二益学事ノ拡張ヲ共二図り、倶こ僻タラスンハ完全ナラサルモノモ
完全シ充足ナラサルモノモ充足シ'始テ其整備ヲ視ルノ日アル二至ル ヘシo若シ後ノ人特り其整備ナルヲ祝テ其草創ノ穀難ヲ知ラスンハ其 整備モ亦保ツへカラサルノ恐レアリ0是二於テカ学校沿革ノ史乗ヲ宿 輯シ其起立ノ因由ヲ後世こ伝へサルへカラスo是地方官教員卜共こ其 労ヲ施シ後ノ人ヲシテ草創ノ難キヲ鑑ミ守成ノ易カラサルヲ戒シメシ ムル所以ナリ0自今各公立学校二在テハ必ス沿革誌並こ日記ヲ偏へ' 従前ノ沿革将来ノ経歴ヲ記録シ、以テ他日ノ徴考証拠二供スへシo舵 テ学校沿革誌並こ日記調整概則ヲ掲ケ此段相違候事。
これに続き沿革誌に含めるべき内容や作成時期'「爾後半年毎二之ヲ 編纂」の上県庁への「副本」 の提出すること、編纂担当者なとを規定し ているo翌七七(明治l O)年四月に開催された、第二回第一大学区教 育会議において、千葉県第五課吏員堤長発が行った演説「千葉県学事莱 践ノ概略」 の中で、この沿革誌及び日誌作成のことが紹介されているっ 自治体教育史の史料編の一部として'市内の学校沿革誌を翻刻すると いう注目すべき内容をもった『藤沢市教育史』史料編第六巻の「はしが き」で学校沿革誌の由来について述べた長田は'「日本教育史資料」 の ための沿革史作成を契機として学校沿革誌が「小学校に必ず備え置かね ばならぬ表簿の一つとして、地方毎に編纂されるようになったのでは」
とする。そして明治一〇年代末期から二〇年代に入って、「校長が編慕 し後任のものに引き送る」'永久保存表薄という、今日とほぼ同じ作成・
保存スタイルの「沿革誌」が一般化していったことを'い‑つかの府県
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の訓令から示している。沿革誌作成の契機が「日本教育史資料」編輯以
前にも見出すことが出来るのは先に見た通りだけれども、い‑つかの自
治体教育史で触れられている学校沿革誌編纂開始に関わる叙述や史料杏
見ると、編纂・保存スタイルが全国的にまとまっていった時期に関して
一史料r沿革史 更級郁荘内尋常小学校」について (〓 「沿革史 更級郡荘内尋常小学校」の編纂背景と編纂時期につ
いて。
本資料集に所収した「荘内尋常小学校沿革史」は二三主センチ×
一五センチ、全五九葉で無銘罫紙に墨書。筆者が二〇〇〇年に古書樺か ら購入したものであり'前節で行った学校沿革史の分類では「指令や汰 定によってまとまった形のものが作成され'内容の継続的蓄積を意図し た引き継ぎ文書とはならないもの」となると判断される。
まず作成意図へ作成時期等を明らかにするo「荘内尋常小学校沿革史」
の作成契機ならびに作成時期は、その「凡例」に次のように示されてい る(本資料集l貢下段、以下本資料集の頁数および段別は【】で示す)o 一'本書ハ明治廿三年九月更級郡役所第十二号ノ訓令二基キ編纂セシ モノナリ、訓令ノ全文ハ左ノ如シ
町村役場 小芋校 本郡小学校沿革史別紙編輯例規二依り'来明治廿四年八月廿一日 限り精密調査編纂シ、一部ハ各学校へ保存シ一部ハ当庁へ差出ス へシ
更級郡長関口友愛 ただしこの訓令が発せられた背景についてはいまだ不明である。とち あれこの訓令に基づいて作成された「沿革史 更級郡荘内尋常小学校沿 革史」は'l冊が「ヒ編」と「下編」に区分され、目次は以下のように なっている(【二百下段〜三富上段】)0
上編 第一学校ノ名称等位及学区域\第二 学校ノ位置及校舎敷地\
第三 学校職員及管理者ノ任罷及交代 \第四 学区内ノ戸口及就学 生徒ノ多寡 \第五 卒業生徒数 \第六 教育費ノ収入及支出 \第 七 授業料ノ収入及増減 \第八 学校資産 下編 第一章 緒論 \第二章 学令実施以前ノ教育 \第三章 学齢実施 以後ノ教育第一期 第一節 学校ノ創立 第二節人民ノ学校二対スル 感想 第三節 教師及管理者 第四節 授業及試験 第五節 生徒及 其意向 \第四章 学令実施以後ノ教育第二期 第一節 人民ノ教育 思想 第二節 学校ノ変迂 第三節 職員 第四節 生徒 第五節 授業及試験 第六節 学校以外ノ教育 \第五章 結論 他方「荘内尋常小学校沿革史」と同時に購入したもので、かつ同じ訓 令に基づいて作成したという記述がある「沿革史 今里村今里尋常小学
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校 明治二十四年十二月編」の目次は次のように構成されているo
第一学校之名称等位及学区域 \第二 学校之位置及校舎敷地 \
第三 学校長及訓導任罷交代 \第四 授業生任罷交代 \第五 区
長戸長並村長任琴父代 \第六 担当執事学務委員任罷交代 \第七
学校二対シ功労アル者ノ略記 \第八 学区内戸口学令就学生之多
寡 \第九 卒業生徒数年別及科別 \第拾 卒業後有為者略記 \
第拾一教育真之収入支出 \第拾武 金円物品等ヲ寄附セシ者姓名
種類 \第拾参 授業料収入及増減 \第拾四 学校之資産 二以下
校舎図面'統計表など)
l瞥すれば看取できるように、「沿革史 今里村今里尋常小学校 明 治二十四年十二月編」は全体を通じて学事報告・統計に近い客観的な辛 柄によって構成されている。これに対して「沿革史 更級郡荘内尋常小 学校沿革史」は「上編」こそ人‑型尋常小学校と同様の客観的事項によっ て構成されているものの、「下編」がいわば通史的内容によって構或さ れている。このような構成について、「荘内尋常小学校沿革史」の「凡例」
は次のように説明している(【一員下段】)r'
上編ハ尊郡役所ノ訓令編輯例規二従ヒ、下編ハ即本校ノ立案二シテ一
二実歴ヲ叙述シ'牽末モ辺飾ヲ加ヘス、要其変遷進歩ノ因縁順序ヲ明
るのに対し'「下編」 のそれは更級郡全体の位置や地形、歴史から記述 が始められて「土地気候」から「人情風俗」を述べており'「例規」に 示されるような報告の域を超えた叙述から始められているn 次いで第二章「学制実施以前ノ教育」は'近代学校制度以前における 教育の担い手とその有り様が示されている。「学制実施以前凡五六十午 間」(二四頁上段】) の上山田村域における「手習師匠」とその教育の 様子とを紹介している。注目すべきは当時のテキス‑や学習の様子が述 べられているところであり(【一五頁】)、近世期における庶民教育のあ りようを活写しているo 授業方法や学習過程を扱った部分では、一斉教授以前における学習の 様子がよ‑示されている。「懇切二教授スル事ハ殆ンド稀」という叙述に、
近代学校教育発足後二十年の時間経過を見出すことが出来るo 手習師匠の下での学びのありようについては「読書ヲ教フル者ハ、多 ク冬期朝餐前こ於テシ、素読ヲ授クルノミ(こ) シテ意義ヲ講スルモノ ハ殆ンド絶無ナリ」 (【一五頁上段】)とあるように、庶民の学びはおよ そ家業に優先するものではなかったこと'テキストの意味内容まで理解 させることは考えられていなかったことが分かる。また学習到達程度が 学習者の階層如何に依存していたことを明確にする叙述もある(【一五 頁下段】)っ結果として「四書五経ヲ読JJJ'且ツ見l相場場割等二通スル モノハ、l村内僅二八九名二過キス、纏二目家日用ノ筆算ヲ弁スル者ニ ッキ調査セシこ、全村戸主中百分ノ五十ヲ出デス」 (【一五頁下段】)と いうのが近代学校制度以前の学習到達水準であった。「筆子」「寺子」の 混在も注目される。
以降第三章「第一節 学校ノ創立」は'「学制」 の受け止めとそれに よる学校設立に至るまでの体制づ‑り、結果として荘内尋常小学校の起 源となる山田学校の分離独立までが述べられる。冒頭に「明治六年学校
創立ノ命下ルヤ」とあるのは'「学制」が郡村レヴエルまで到達するラ グがもたらした、学制着手の実態であろうo「第二節 人民ノ学校二対 スル感想」は'社会体制の改編と'それに伴う学習観の転換に直面した 人々の戸惑いが、まず率直な表現をもって措かれ、そして学校世話方早 戸長の尽力とともに'少しづつ学校が受け入れれてい′\様子が措かれる (【一八〜̀一九頁】)。
このように 「荘内尋常小学校沿革史」 には 「学制一以前の教育のあ‑
ようから、「学制」以降およそ二〇年の問に学校教育を巡って生じた様々 な事柄が生々し‑記録されているo無論のこと、「下編」 の、特に第l
〔J))
章第二章の記述のあり方が、いわゆる「円本教育史資料一史観の影響下 にあるであろうことも考慮して、批判的に読み解‑必要はあろう。とは いえ小学校の現場で執筆された「荘内尋常小学校沿革史」が'日本にお ける近代学校制度前後の教育と教育の受け手とのあ‑ようを、我々に示 して‑れる史料であることはさほど大き/1揺るがないだろう0本資料を
(=〕
復刻し、広‑閲覧に供したいと筆者が考えた所以はここにある。
なお目次には 「第五章 結論」とあるが'史料の叙述は「第六節 学 校以外ノ教育」 で終わっており、目次には示されていない学校図四点が 綴じられている。
二 本資料集の復刻方法について
本資料集は原史料を電子式複写し、デジタル化した上で復刻したもの
である。当初は活字翻刻も討画したが、できる限り原史料の雰BfI気を再
現したいと考えて活字翻刻ではな‑影印翻刻を採ることにしたo
ところで本資料集は'影印翻刻の過程でより鮮明な画像を再現するた
めに第一次段階の複写画像である電子式複写の画像に加工を施してい
る。史料復刻(翻刻) にあたっては、翻刻史料の信頼性を確保するため
に原史料の再現程度や修正加工の方法について明らかにしてお‑必要が あると考えるので'以下では今回の方法選択の理由および具体的な復刺 方法について述べる。なお兵庫県立大学経済経常研究所研究資料はモノ クロ原稿をオフセット印刷して刊行されるので、ここでは復刻の条件杏 モノクロ出力に限定する。
紙媒体の史資料をモノクロ、もし‑はグレー出力で影印翻刻する場合、
さしあた‑次の二つの方法が考えられる。
It 原史料である「沿革史」を電子式複写した後'スキャナーか らパソコンに取り込んで影印画像とする0 2、原史料をデジタルカメラで撮影し'その写真画像を影印画像
とする。
「‑」 の方法は複写の段階で直接に比較的鮮明なモノクロ画像を確保 することができる。もとより電子式複写の段階で史資料をモノクロの舵 媒体に変換するわけであるから、複写の段階で確保したモノクロ画像が そのまま印刷を経て再現できることになる。ただしデメリットとして複 写機の複写面と史資料の問とに隙間が生じざるを得な‑なる場合(冊子 を見開き複写したときのノドに近い部分など)、そこが黒‑焼き付けら れてしまい、該当箇所に書かれた文字などは再現できな‑なる可能性が あるo他方「2」は写真画像であるから'電子式複写のように原史料に ない要素が画像に入り込むことは通常な‑'原史料に最も近い画像を再 現することができる。この点はデジタルカメラで画像を確保する最大の メリットと言ってよい。
ただしデジタルカメラで確保した写真画像をモノクロ印刷で出力する
場合、画像が十分に再現されない可能性があるo カラ‑写真をモノクロ
出力の場合'印刷後の画像が閲覧に堪えうるほどの鮮明さを確保できる
かどうかわからないのであるD実際に写真画像と電子式複写画像を比戟
み、「‑」の方法を採った。
しかし先にも触れたように電子式複写では'原史料にはない焼き付け 部分が生じることは避けられない。そこで本資料集では'本資料集その ものにおける判読の容易さを最優先することにして、電子式複写によっ
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