中
国
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日
本
仏
教
に
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け
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仏
説
の
意
味
天 台 智 と 日 の 場 合藤
井
教
公
北 海 道 大 学 一 は じ め に 仏 説 と は 東 ア ジ ア 漢 字 文 化 圏 に お い て は 、 仏 陀 の 説 い た 教 説 、 仏 の 直 説 と い う 意 味 で 理 解 さ れ て い た こ と は 確 か な こ と で あ る 。 た と え ば 、 吉 蔵 は 観 無 量 寿 経 義 疏 に お い て 、 此 の 経 は 、 是 れ 仏 の 金 口 の 所 吐 な る が 故 に 仏 説 と 云 う と 述 べ て 1 い る 。 そ し て そ の 仏 説 は 、 東 ア ジ ア 仏 教 者 に と っ て は 釈 仏 自 身 が そ の 一 代 在 世 中 に 説 い た 教 え と し て 捉 え ら れ て お り 、 観 に 始 ま る 五 時 判 の よ う に 仏 の 説 時 順 に 経 典 を 配 列 す る 教 判 も 行 わ れ た こ と は 周 知 の 事 実 で あ る 。 一 方 で 、 そ の 教 説 の 内 容 そ の も の に つ い て は 、 大 乗 涅 槃 経 な ど の 経 典 自 身 が 説 い て い る よ う に 了 義 と 不 了 義 の 差 別 が あ る こ と や 、 ま た 教 説 間 同 士 に 相 互 矛 盾 す る も の が あ る こ と は 認 識 さ れ て い た の で あ る 。 し か し な が ら 、 ス ー ト ラ の 語 が 中 国 で 経 と 漢 訳 さ れ た よ う に 、 仏 の 直 説 と し て 説 か れ た 経 典 は 、 聖 人 の 言 葉 を 記 録 し た も の で 、 時 間 を 超 え た 真 理 と し て の 無 性 を 具 え 、 絶 対 的 な 拠 り 所 と な る も の と し て 理 解 さ れ て い た 。 そ れ 一 二 七 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公ゆ え そ れ ぞ れ の 教 説 間 の 矛 盾 は 、 経 典 の 受 け 手 の 解 釈 の 問 題 で あ る と し て 、 四 悉 檀 や 四 意 趣 な ど の 経 典 解 釈 法 を 用 い る こ と に よ っ て 教 説 の 相 互 矛 盾 の 解 消 に 努 め て き た 。 本 稿 は 、 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お い て 仏 説 が ど の よ う に 理 解 さ れ 、 解 釈 さ れ て い た の か と い う こ と を 、 具 体 的 に 中 国 天 台 の 大 成 者 智 と 我 が 国 中 世 の 仏 教 者 日 と を 取 り 上 げ て 、 両 者 の 仏 説 に 対 す る 解 釈 を 検 討 し た い 。 智 を 取 り 上 げ る の は 、 中 国 仏 教 者 の 中 で 彼 が 極 め て 柔 軟 で 宗 教 的 に 有 意 義 な 仏 説 の 解 釈 を 示 し て い る と 見 ら れ る か ら で あ り 、 我 が 国 の 仏 教 者 日 を 取 り 上 げ る の は 、 彼 が 自 身 の 教 学 の 基 盤 に 日 本 天 台 を 通 し て 智 の 教 学 を 取 り 込 ん で い て 、 そ の 上 に 日 本 仏 教 の 時 代 性 を 体 現 し た 思 想 を 表 明 し て い る と え ら れ る か ら で あ る 。 二 天 台 智 に お け る 仏 説 ① 経 と 仏 説 さ て 、 智 は 仏 説 に つ い て ど の よ う に 捉 え て い る の で あ ろ う か 。 ま ず 、 経 に つ い て の 解 釈 を 見 て み る と 、 法 華 玄 義 巻 八 上 で 経 に つ い て 中 国 仏 教 に お け る 伝 統 的 解 釈 に 則 り な が ら 自 身 の 解 釈 を 示 し て い る 。 そ れ は 、 ス ー ト ラ の 語 が 有 翻 ︵ 翻 訳 可 能 ︶ と 無 翻 ︵ 翻 訳 不 可 能 ︶ の 二 つ の 立 場 が あ る こ と を 示 し 、 次 に 両 者 を 会 通 す る 立 場 、 そ し て 経 の 声 ・ 色 ・ 法 な ど の 構 成 要 素 か ら の 分 析 、 最 後 に 天 台 の 観 心 釈 と い う 五 門 に よ る 解 釈 を 施 し て い る 。 そ の う ち 無 翻 の 立 場 の 解 釈 で は 、 ス ー ト ラ の 語 が 翻 訳 が 不 可 能 で あ る の は 、 こ の 原 語 が た だ 一 義 だ け で な く 多 義 を 含 意 し て い る か ら で あ る と し て 、 修 多 羅 の 五 義 を 出 し て い る 。 そ れ は 、 次 の よ う に あ る 。 既 に 翻 ず 可 か ら ず 。 而 し て 五 義 を 含 む 。 一 に 法 本 、 亦 た 出 生 と 云 う 。 二 に は 微 発 と 云 う 。 亦 た 顕 示 と 云 う 。 三 に 一 二 八 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
は 涌 泉 と 云 う 。 四 に は 繩 墨 と 云 い 、 五 に は 結 鬘 と 云 う 。 今 、 だ 五 義 を 作 す の み 。 翻 ず 可 か ら ず 。 ︵ 大 正 蔵 巻 三 三 、 七 七 五 上 こ の 修 多 羅 の 五 義 は 中 国 仏 教 で は 伝 統 的 に 用 い ら れ て き て お り 、 た と え ば 六 世 紀 初 頭 に 成 っ た と さ れ る 大 般 涅 槃 経 集 解 に は 、 曇 濟 の 言 と し て 経 者 。 胡 言 脩 多 羅 。 含 有 五 義 。 一 能 生 。 二 微 發 。 三 湧 泉 。 四 繩 墨 。 五 華 鬘 ︵ 大 正 蔵 巻 三 七 、 三 七 八 上 ︶ と 2 あ る 。 智 は こ れ を 用 い て 、 さ ら に こ の 五 義 の 一 々 に 教 本 行 本 義 本 と い う 三 種 の 根 本 の 意 義 が あ る の で 、 計 十 五 の 意 義 が あ る と 解 釈 し て い る 。 す な わ ち 、 次 の よ う に い う 。 法 本 と 言 う は 、 一 切 皆 不 可 説 な り 。 四 悉 檀 の 因 縁 を 以 て す れ ば 則 ち 言 説 有 り 。 世 界 悉 檀 の 説 は 則 ち 教 の 本 た り 。 為 人 ・ 対 治 は 則 ち 行 の 本 た り 。 第 一 義 悉 檀 は 則 ち 義 の 本 た り 。 言 う 所 の 教 の 本 と は 、 金 口 の 所 説 の 一 言 を 本 と 為 し て 無 量 の 言 教 を 派 出 す 。 若 し は 通 、 若 し は 別 、 時 に 当 た り て 物 に 被 り 、 聞 い て 即 ち 得 道 す 。 ︵ 大 正 蔵 巻 三 三 、 七 七 五 上 右 の 引 文 は 、 経 が 教 と 行 と 義 の 根 本 で あ る と す る 部 分 で あ る 。 法 は 本 来 不 可 説 で は あ る が 、 四 悉 檀 を 用 い る こ と に よ っ て 言 説 に 載 せ る こ と が で き 、 教 と な る と い う 。 四 悉 檀 に つ い て は 後 に 検 討 す る が 、 智 は 経 が 言 説 と し て 表 さ れ る た め に は 四 悉 檀 が 必 要 で あ る と え 、 そ の 四 悉 檀 の う ち 、 世 界 悉 檀 の 説 が 教 の 根 本 、 為 人 ・ 対 治 の 両 悉 檀 の 説 が 行 の 根 本 、 第 一 義 悉 檀 が 義 の 根 本 で あ る と し て い る 。 こ の よ う に 智 に と っ て 四 悉 檀 は 非 常 に 根 本 的 な 教 理 基 盤 を 成 す 一 概 念 と し て 扱 わ れ て い る こ と に は 注 意 が 必 要 で あ る 。 ま た 、 教 の 本 と は 、 金 口 の 所 説 の 一 言 を 本 と 為 し て 無 量 の 言 教 を 派 出 す と し て 、 金 口 所 説 と い う 語 が 使 わ れ 一 二 九 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
て い る よ う に 、 仏 の 直 説 が 根 本 と な っ て 、 そ こ か ら 言 教 が 生 じ る と し て い る 。 こ の こ と は 、 同 じ 法 華 玄 義 巻 一 下 の 釈 名 段 に 、 夫 れ 教 は 本 と 機 に 應 ず 。 機 宜 不 同 な る が 故 に 部 部 別 異 な り 。 金 口 の 梵 聲 は 通 じ て 是 れ 仏 説 な り 。 故 に 通 別 の 二 名 な り 。 ︵ 同 前 書 、 六 九 一 上 と あ っ て 、 金 口 の 梵 聲 が 仏 説 で あ り 、 教 は 機 に 応 じ て 説 か れ る の で 部 の 別 異 が 生 ず る と し 、 妙 法 華 の 名 に 、 教 ・ 行 ・ 理 の 三 面 か ら 各 経 に 共 通 す る も の と 個 別 な も の の 二 つ が あ る こ と を い う の で あ る 。 さ て 、 金 口 の 直 説 た る 仏 説 も そ の 内 容 に 深 浅 優 劣 が あ り 、 大 乗 涅 槃 経 な ど も 半 字 と 満 字 の 喩 え を 用 い て 大 乗 を 了 義 、 二 乗 教 を 不 了 義 と し て 区 別 し て 3 い る 。 智 は 法 華 経 を 大 乗 了 義 経 と す る こ と は い う ま で も な い が 、 そ の 了 義 経 の 条 件 と し て 諸 法 実 相 印 を 具 え る こ と と し て い る 。 同 じ く 法 華 玄 義 巻 八 上 の 顕 体 章 に は 仏 説 と 魔 説 の 区 別 を 大 智 度 論 を 引 用 し て 次 の よ う に い う 。 す な わ ち 、 釋 論 に 云 く 、 諸 の 小 乗 経 、 若 し 無 常 ・ 無 我 ・ 涅 槃 の 三 印 有 り て 之 に 印 す れ ば 、 即 ち 是 れ 仏 説 な り 。 之 を 修 し て 得 道 す 。 三 法 印 無 け れ ば 即 ち 是 れ 魔 の 所 説 な り 。 大 乗 経 、 但 だ 一 法 印 の み 有 り 。 諸 法 実 相 を 謂 い て 了 義 経 と 名 づ け 、 能 く 大 道 を 得 。 若 し 実 相 の 印 無 け れ ば 、 是 れ 魔 の 所 説 な り と 。 何 が 故 ぞ 小 は 三 、 大 は 一 な る や 。 小 乗 は 生 死 と 涅 槃 と 異 な る と 明 か す 。 生 死 は 無 常 を 以 て 初 印 と 為 し 、 無 我 を 後 印 と 為 す 。 二 印 も て 印 し て 生 死 を 説 く 。 涅 槃 は 但 だ 用 一 の 寂 滅 印 を 用 う 。 是 の 故 に 三 を 須 う 。 大 乗 は 生 死 即 涅 槃 、 涅 槃 即 生 死 、 不 二 に し て 不 異 な り 。 ︵ 中 略 ︶ 此 の 大 小 の 印 も て 半 経 に 印 す れ ば 、 外 道 も す る こ と 能 わ ず 、 天 魔 も 破 る こ と 能 わ ず 。 当 に 知 る べ し 、 諸 経 は 畢 定 し て 須 く 実 相 の 印 を 得 べ し 。 乃 ち 名 づ け て 了 義 の 大 乗 と 為 す を 得 る な り 。 ︵ 同 前 書 、 七 七 九 下 一 三 〇 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
大 智 度 論 は 、 無 常 ・ 無 我 ・ 涅 槃 の 三 法 印 が 仏 説 と 魔 説 と を 弁 別 す る 標 章 で あ る と し 、 さ ら に 大 乗 の 了 義 経 に は 諸 法 実 相 印 が あ る と し 、 こ れ の な い も の は 魔 説 で あ る と す る 。 す な わ ち 、 大 乗 の 了 義 経 は 諸 法 実 相 を 説 い て い な け れ ば な ら な い と す る の で あ る 。 た だ し こ の 引 文 は 智 に よ る 大 智 度 論 巻 二 十 二 の 守 意 の 文 で あ る ら し く 、 論 に は こ の ま ま の 文 章 は 存 し 4 な い 。 智 は こ の 大 智 度 論 の 守 意 の 文 に よ っ て 、 無 常 ・ 無 我 ・ 涅 槃 の 三 法 印 が 説 か れ て い る も の を 仏 説 と し 、 そ の 仏 説 の な か で も 諸 法 実 相 が 説 か れ て い る も の を 大 乗 の 了 義 経 と し て い る 。 そ し て そ の 了 義 経 の 中 で も 一 乗 真 実 の 法 華 経 が 了 義 中 の 了 義 と し て い る の で あ る 。 こ の こ と を 摩 止 観 巻 一 上 に よ っ て 示 す と 、 又 前 の 三 は 是 れ 上 中 下 の 智 の 所 観 、 後 の 一 は 是 れ 上 上 智 の 所 観 な り 。 前 の 三 は 是 れ 共 、 後 の 一 は 是 れ 不 共 な り 。 前 の 三 は 浅 近 に し て 曲 、 後 の 一 は 深 遠 に し て 直 云 々 。 前 の 三 は 是 れ 小 中 大 、 後 の 一 は 是 れ 大 中 の 大 、 上 中 の 上 。 円 中 の 円 、 満 中 の 満 、 実 中 の 実 、 真 中 の 真 、 了 義 中 の 了 義 、 玄 中 の 玄 、 妙 中 の 妙 、 不 可 思 議 中 の 不 可 思 議 な り 。 ︵ 大 正 蔵 巻 四 六 、 九 下 と あ る 。 こ こ で は 爾 前 の 諸 教 と し て の 三 乗 教 に 対 し 、 法 華 経 が 了 義 中 の 了 義 と さ れ て い る 。 智 は 右 の よ う な 法 華 至 上 主 義 に 立 つ が 、 爾 前 の 諸 教 が 全 く 否 定 さ れ て い る の で は な い 。 そ れ は 真 実 に 対 す る 方 便 と し て 、 方 便 の 存 在 意 義 が 認 め ら れ て い る も の で あ る 。 三 乗 が 一 乗 に 開 会 さ れ る と き 、 一 乗 に 止 揚 さ れ た 三 乗 は 一 乗 の 中 に お い て 新 た な 存 在 意 義 が 付 与 さ れ る こ と に な る 。 一 三 一 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
② 仏 説 と し て の 四 悉 檀 こ れ ま で 見 た よ う に 、 智 に と っ て 仏 説 は 、 金 口 の 直 説 で あ り 、 三 法 印 の 教 説 が 説 か れ て い る も の で あ っ た 。 仏 説 と し て の 法 は 、 四 悉 檀 の 因 縁 を 以 て す れ ば 則 ち 言 説 有 り と い う よ う に 、 四 悉 檀 を 用 い る こ と に よ っ て 言 説 と し て 表 現 可 能 に な る と 説 い て い た 。 四 悉 檀 と は 周 知 の よ う に 大 智 度 論 に 詳 説 さ れ る 経 典 の 解 釈 法 で 、 仏 の 説 法 を 世 界 悉 檀 、 各 各 為 人 悉 檀 、 対 治 悉 檀 、 第 一 義 悉 檀 の 四 種 に 分 け て 、 経 典 間 の 内 容 矛 盾 や 齟 齬 を 説 法 の あ り 方 の 分 類 の 中 に 解 消 し よ う と す る も の で あ る 。 同 論 で は 、 第 一 義 悉 檀 の 相 の 故 に 是 の 般 若 波 羅 蜜 経 を 説 く 。 四 種 の 悉 檀 有 り 。 一 に は 世 界 悉 檀 。 二 に は 各 各 為 人 悉 檀 。 三 に は 対 治 悉 檀 。 四 に は 第 一 義 悉 檀 な り 。 四 悉 檀 中 の 一 切 十 二 部 経 、 八 万 四 千 の 法 蔵 は 、 皆 な 是 れ 実 相 に し て 相 い 違 背 す る こ と 無 し 。 ︵ 大 正 蔵 巻 二 五 、 五 九 中 と い う 。 大 智 度 論 で は 、 仏 は 究 極 的 真 理 と し て の 第 一 義 悉 檀 の あ り よ う を 説 こ う と し て 、 そ の た め に 四 種 の 悉 檀 が 説 か れ た と い い 、 四 悉 檀 に 包 摂 さ れ る 一 切 の 十 二 部 経 、 八 万 四 千 の 法 蔵 は す べ て 実 相 で あ っ て 、 相 互 に 違 背 す る こ と が な い と い う 。 智 は こ の 四 悉 檀 を 法 華 玄 義 の 中 に お い て 、 自 身 の 経 典 解 釈 法 で あ る 釈 名 、 弁 体 、 明 宗 、 論 用 、 判 教 の 五 重 玄 義 と 対 応 さ せ て い る 。 そ れ は 法 華 玄 義 巻 第 一 上 に お い て 七 番 共 解 と し て 五 重 玄 義 の 総 論 を 述 べ て い る が 、 そ の 第 七 の 会 異 の 段 で 、 四 悉 檀 と 五 重 玄 義 と を 対 応 さ せ 、 四 悉 檀 を 十 項 目 に よ っ て 詳 述 し て い る 。 す な わ ち 、 次 の よ う に い う 。 七 に 会 異 と は 、 問 う 、 仏 に 説 く 所 有 ら ば 四 悉 檀 に 依 る 。 今 、 五 義 を 解 す る に 彼 と 会 す る や 不 や 。 答 う 、 此 の 義 、 一 三 二
今 、 当 に 説 く べ し 。 先 に 五 章 に 對 し 、 次 に 四 悉 檀 を 解 せ ん 。 世 界 悉 檀 は 釈 名 に 対 す 。 名 は 一 部 を 該 ね 、 世 界 は 亦 た 三 に 冠 す 。 第 一 義 は 体 に 対 し 、 最 も 分 明 な り 。 為 人 は 宗 に 対 す 。 宗 は 因 果 を 論 じ 、 為 人 は 善 を 生 ず 。 義 同 じ 。 対 治 は 用 に 対 す 。 用 は 疑 を 破 す 。 治 病 と 事 斉 し 。 悉 檀 を 分 別 す る は 教 相 に 対 す 。 教 相 は 後 説 の 如 し 。 問 う 、 何 ぞ 次 第 な ら ざ る 。 答 う 、 悉 檀 は 是 れ 仏 の 智 な り 。 利 鈍 の 縁 に 対 す れ ば 則 ち 四 種 を 成 す 。 利 人 は 世 界 を 聞 い て 第 一 義 を 解 す 。 此 れ は 名 を 対 釈 す れ ば 体 を 弁 ず る こ と 即 ち 足 る に 対 す 。 若 し 鈍 人 、 未 だ 悟 ら ず 、 更 に 為 人 の 生 善 、 対 治 の 破 悪 を 須 い て 乃 ち 第 一 義 に 入 ら ば 、 則 ち 具 さ に 四 を 用 う る な り 。 五 重 玄 義 の 意 、 利 鈍 を 兼 ね 、 四 悉 檀 の 法 は ら 鈍 者 の 為 な り 。 対 の 義 は 是 れ 同 じ く 、 次 第 は 則 ち 異 れ り 。 ︵ 大 正 蔵 巻 三 三 、 六 八 六 中 こ こ で は 、 世 界 悉 檀 は 五 重 玄 義 の 釈 名 に 、 為 人 悉 檀 は 明 宗 に 、 対 治 悉 檀 は 論 用 に 、 第 一 義 悉 檀 は 弁 体 に 対 応 し 、 悉 檀 を 分 別 す る こ と が 判 教 相 に 相 当 す る と し て い る 。 智 の 意 図 と し て は 、 自 ら が 案 し た 五 重 玄 義 の 解 釈 法 が 四 悉 檀 に 対 応 し て お り 、 そ れ に よ っ て 正 当 性 が 根 拠 づ け ら れ て い る こ と を い う の で あ る 。 そ し て さ ら に 悉 檀 は 仏 の 智 で あ り 、 仏 の 説 く と こ ろ は す べ て そ の 四 悉 檀 に 依 拠 し て い る と 述 べ て 、 次 に 四 悉 檀 に つ い て 詳 述 す る の で 5 あ る 。 と こ ろ で こ の 四 悉 檀 が 仏 説 で は な く 、 龍 樹 が 説 い た 菩 の 法 で あ る こ と は 智 自 身 が 承 知 し て い た と こ ろ で あ っ て 、 四 悉 檀 を 詳 述 す る 十 項 の 第 三 、 釈 成 に お い て 次 の よ う に い う 。 三 に 釈 成 と は 、 四 悉 檀 は 是 れ 龍 樹 の 所 説 、 四 隨 は 禅 経 に 仏 の 説 く 所 な り 。 今 、 経 を 以 て 論 を 成 ず る に 、 義 に お い て 彌 よ 明 か な り 。 所 謂 、 隨 楽 欲 、 隨 便 宜 、 隨 対 治 、 隨 第 一 義 な り 。 ︵ 同 前 書 、 六 八 七 下 こ の よ う に 四 悉 檀 は 龍 樹 の 所 説 で あ る が 、 仏 説 で あ る 禅 経 ︵ た だ し 、 ど の 経 で あ る か 不 明 だ が ︶ に 説 か れ る 四 隨 は 四 一 三 三 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
悉 檀 と 同 じ も の で あ る 。 四 隨 と は 、 隨 楽 欲 、 隨 便 宜 、 隨 対 治 、 隨 第 一 義 を い う 。 し た が っ て 四 悉 檀 は 龍 樹 が 説 い た も の で あ る が 、 そ れ が 仏 説 の 四 隨 と 同 じ で あ る な ら ば 、 四 悉 檀 も 仏 説 と 同 等 の も の と い え る こ と に な る と い う 理 屈 で あ る 。 こ こ か ら 智 は 四 悉 檀 は 仏 説 で あ る と 導 き 出 す の で あ る 。 さ ら に 四 悉 檀 を 解 説 す る 十 項 の 中 の 第 七 項 目 の 明 得 用 不 得 用 に お い て 、 以 下 の よ う に い う 。 す な わ ち 、 七 に 得 用 ・ 不 得 用 を 明 か す と は 、 夫 れ 四 悉 檀 は 独 り 如 来 に の み 究 竟 し て 具 さ に 微 妙 に 能 く 用 ゆ る こ と を 得 る 有 り 。 ︵ 中 略 ︶ 円 教 の 五 品 弟 子 は 未 だ 得 て 用 う る こ と 能 わ ず 。 六 根 清 浄 は 相 似 に 得 て 用 う 。 初 住 は 分 真 に 得 て 用 う 也 。 唯 だ 仏 の み 究 竟 し て 得 、 究 竟 し て 用 う 。 ︵ 同 前 書 、 六 八 九 下 と あ っ て 、 仏 の み が 四 悉 檀 を 体 得 し 、 完 全 に 用 い る こ と が で き る の だ と す る 。 こ の こ と は 、 智 に お い て は 四 悉 檀 が 仏 説 で あ る こ と の 帰 結 と い う こ と が で き よ う 。 さ て 、 四 悉 檀 が 仏 説 で あ り 、 一 切 の 仏 説 は 四 悉 檀 に よ っ て 言 説 の 教 と し て 現 れ て く る と な れ ば 、 こ の 四 悉 檀 よ り 実 践 と し て の 観 と 教 え と し て の 教 の 二 つ が 四 悉 檀 よ り 起 こ る こ と は 当 然 の 理 で あ る 。 智 は 四 悉 檀 を 詳 述 す る 十 項 目 中 の 第 五 起 観 教 に お い て 、 四 悉 檀 が 空 ・ 仮 ・ 中 の 三 観 と 蔵 通 別 円 の 四 教 を 起 こ す こ と を い う が 、 そ の う ち の 起 教 に つ い て 見 て み る と 、 衆 生 に 下 ・ 中 ・ 上 ・ 上 上 の 四 種 の 根 性 が あ る こ と に よ り 、 そ れ に 対 応 し て 仏 に よ っ て 蔵 ・ 通 ・ 別 ・ 円 の 四 教 が 説 か れ る と い う 。 す な わ ち 、 若 し 十 因 縁 所 成 の 衆 生 に 下 品 の 楽 欲 有 ら ば 、 能 く 界 内 の 事 の 善 を 生 ず 。 拙 度 に 惑 を 破 し 、 析 法 も て 空 に 入 る 。 此 の 因 縁 を 具 す れ ば 、 如 来 、 則 ち 生 滅 の 四 諦 の 法 輪 を 転 じ て 、 三 藏 教 を 起 こ す 也 。 若 し 、 十 因 縁 法 所 成 の 衆 生 に 中 品 の 楽 欲 有 ら ば 、 能 く 界 内 の 理 の 善 の 巧 度 を 生 じ 、 惑 を 破 し 、 法 を 体 し て 空 に 一 三 四 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
入 る 。 此 の 因 縁 を 具 す れ ば 、 如 来 、 則 ち 無 生 の 四 諦 の 法 輪 を 転 じ て 通 教 を 起 こ す 也 。 若 し 十 因 縁 所 成 の 衆 生 に 上 品 の 楽 欲 有 ら ば 、 能 く 界 外 の 事 の 善 を 生 じ 、 歴 別 に 惑 を 破 し て 次 第 に 中 に 入 る 。 此 の 因 縁 を 具 す れ ば 、 如 来 、 則 ち 無 量 の 四 諦 の 法 輪 を 転 じ て 別 教 を 起 こ す 也 。 若 し 十 因 縁 所 成 の 衆 生 に 上 上 品 の 楽 欲 有 ら ば 、 能 く 界 外 の 理 の 善 を 生 じ 、 一 の 惑 を 破 せ ば 一 切 の 惑 を 破 し 、 円 に 中 に 入 る 。 此 の 因 縁 を 具 を 具 す れ ば 、 如 来 、 則 ち 無 作 の 四 諦 の 法 輪 を 転 じ て 、 円 教 を 起 こ す な り 。 ︵ 同 前 書 、 六 八 八 上 | 中 と あ る 。 最 初 の 蔵 教 の 場 合 で は 、 衆 生 に 下 品 の 楽 欲 有 ら ば が 世 界 悉 檀 に 当 た り 、 界 内 の 事 の 善 を 生 ず が 為 人 悉 檀 、 拙 度 に 惑 を 破 し が 対 治 悉 檀 に 、 そ し て 析 法 も て 空 に 入 る が 第 一 義 悉 檀 に 相 当 す る 。 な い し 、 最 後 の 円 教 の 場 合 で は 、 衆 生 に 上 上 品 の 楽 欲 有 ら ば が 世 界 悉 檀 、 界 外 の 理 の 善 を 生 ず が 為 人 悉 檀 、 一 の 惑 を 破 せ ば 一 切 の 惑 を 破 し が 対 治 悉 檀 、 円 に 中 に 入 る が 第 一 義 悉 檀 と い う こ と に な る 。 他 の 通 教 、 別 教 に つ い て も 同 様 で あ る 。 こ の よ う に 四 教 に つ い て 、 四 悉 檀 が そ れ ら を 起 こ す と い う こ と は 、 仏 説 が 四 悉 檀 に 依 拠 し て 言 説 と な り 、 教 と し て 顕 れ る と い う 意 味 で あ る 。 そ れ は 智 が 四 悉 檀 を 単 な る 経 典 の 解 釈 法 と し て 理 解 し て い る の で は な く 、 仏 の 智 よ り 出 で 、 仏 自 身 が 具 え る 衆 生 教 化 の 際 の 説 法 の 類 別 規 範 と し て 捉 え て い る と い う こ と を 示 す も の で あ る 。 こ の 四 悉 檀 は 、 妙 法 華 経 文 句 で は 四 種 釈 の 第 一 の 因 縁 釈 と し て 取 り 入 れ ら れ て お り 、 智 に と っ て 教 学 上 重 要 な 位 置 を 占 め て い る も の で あ る 。 こ の よ う に 、 智 に と っ て 四 悉 檀 は 龍 樹 の 所 説 で あ る と 知 り な が ら 、 仏 説 の 意 味 を 拡 大 解 釈 し て も 自 身 の 教 学 中 に 取 り 入 れ な け れ ば な ら な か っ た 重 要 な 概 念 で あ っ た の で あ る 。 一 三 五 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
三 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 日 の 場 合 ① 日 に お け る 仏 説 日 本 仏 教 の 日 は 、 日 本 天 台 を 介 し て 智 の 法 華 経 観 を 継 承 し た 。 そ し て 法 華 経 以 外 の 余 経 を 認 め な い 先 鋭 的 で 排 他 的 な 法 華 至 上 主 義 に 立 っ た 。 そ れ は 当 時 の 深 刻 で 切 実 な 末 法 の 時 代 認 識 の も と に 形 成 さ れ た も の で あ り 、 純 粋 な 法 華 仏 教 に よ る 娑 婆 世 界 に お け る 霊 山 浄 土 の 建 立 を 目 指 し た の で あ る 。 そ の 法 華 仏 教 と は 題 目 受 持 の 唱 題 一 行 を 目 指 す も の で あ っ た 。 そ の 過 程 に お い て 、 日 は 余 経 と 法 華 経 と の 優 劣 を 判 じ て い く の で あ る が 、 了 義 ・ 不 了 義 に つ い て 以 下 の よ う に 論 じ て い る 。 す な わ ち 、 一 二 五 九 年 、 日 三 十 八 歳 の 時 の 守 護 国 家 論 に 、 問 云 捨 不 了 義 経 就 了 義 経 者 大 円 覚 修 多 羅 了 義 経 ・ 大 仏 頂 如 来 密 因 修 証 了 義 経 如 是 諸 大 乗 経 皆 了 義 経 也 。 可 為 依 用 乎 。 答 曰 了 義 ・ 不 了 義 随 所 対 不 同 也 。 対 二 乗 ・ 菩 等 所 説 不 了 義 一 代 之 仏 説 皆 了 義 也 。 就 仏 説 亦 小 乗 経 不 了 義 大 乗 経 了 義 也 。 就 大 乗 又 四 十 余 年 諸 経 不 了 義 経 法 華 ・ 涅 槃 ・ 大 日 経 等 了 義 経 也 。 而 円 覚 大 仏 頂 等 之 諸 経 対 小 乗 及 歴 劫 修 行 不 了 義 経 了 義 経 也 。 非 如 法 華 経 了 義 也 。 問 曰 華 厳 ・ 法 相 ・ 三 論 等 自 天 台 ・ 真 言 以 外 諸 宗 高 祖 各 依 其 依 憑 経 経 欲 極 其 経 々 深 義 。 是 可 爾 乎 如 何 。 答 云 如 華 厳 宗 者 依 華 厳 経 判 諸 経 為 華 厳 経 方 便 也 。 如 法 相 宗 者 雖 卑 阿 含 ・ 般 若 等 以 華 厳 ・ 法 華 ・ 涅 槃 同 深 密 経 同 立 中 道 教 亦 法 華 ・ 涅 槃 説 一 類 之 一 乗 故 不 了 義 経 深 密 経 存 五 性 各 別 故 立 了 義 経 也 。 如 三 論 宗 者 立 二 蔵 摂 一 代 於 大 乗 一 三 六
不 論 浅 深 。 而 以 般 若 経 為 依 憑 。 此 等 諸 宗 高 祖 多 分 四 依 菩 。 定 有 所 存 。 不 及 是 非 。 雖 然 為 晴 自 身 疑 且 閣 人 師 異 解 開 見 諸 宗 依 憑 経 々 。 華 厳 経 旧 訳 五 十 ・ 六 十 。 新 訳 八 十 ・ 四 十 。 其 中 無 如 法 華 ・ 涅 槃 集 一 代 聖 教 為 方 便 文 。 雖 説 四 乗 於 其 中 仏 乗 不 説 十 界 互 具 久 遠 実 成 。 但 至 人 師 立 五 教 先 四 教 収 諸 経 為 華 厳 経 方 便 。 如 法 相 宗 者 立 三 時 教 時 雖 以 法 華 等 同 深 密 経 。 開 見 深 密 経 五 巻 全 不 以 法 華 等 入 中 道 内 。 如 三 論 宗 者 立 二 蔵 時 雖 於 菩 蔵 収 華 厳 ・ 法 華 等 同 般 若 経 。 開 見 新 訳 大 般 若 経 全 無 以 大 般 若 同 法 華 ・ 涅 槃 文 。 華 厳 教 ・ 法 華 漸 教 等 人 師 意 楽 非 仏 説 也 。 ︵ 昭 和 定 本 日 聖 人 遺 文 第 一 巻 、 九 七 | 九 八 頁 ︵ 問 う て 云 く 、 不 了 義 経 を 捨 て て 了 義 経 に 就 く と は 、 大 円 覚 修 多 羅 了 義 経 ・ 大 仏 頂 如 来 密 因 修 証 了 義 経 、 か く の ご と き 諸 の 大 乗 経 は 皆 了 義 経 な り 。 依 用 す べ き や 。 答 え て 曰 く 、 了 義 ・ 不 了 義 は 所 対 に 随 つ て 不 同 な り 。 二 乗 ・ 菩 等 の 所 説 の 不 了 義 に 対 す れ ば 、 一 代 の 仏 説 は 皆 了 義 な り 。 仏 説 に 就 い て 、 ま た 小 乗 経 は 不 了 義 、 大 乗 経 は 了 義 な り 。 大 乗 に 就 い て 、 ま た 四 十 余 年 の 諸 経 は 不 了 義 経 、 法 華 ・ 涅 槃 ・ 大 日 経 等 は 了 義 経 な り 。 し か る に 円 覚 ・ 大 仏 頂 等 の 諸 経 は 、 小 乗 及 び 歴 劫 修 行 の 不 了 義 経 に 対 す れ ば 了 義 経 な り 。 法 華 経 の ご と き 了 義 に は あ ら ざ る な り 。 問 う て 曰 く 、 華 厳 ・ 法 相 ・ 三 論 等 の 天 台 ・ 真 言 よ り 以 外 の 諸 宗 の 高 祖 、 各 そ の 依 憑 の 経 経 に 依 り て 、 そ の 経 々 の 深 義 を 極 め ん と 欲 す 。 こ れ し か る べ き や 、 如 何 。 答 え て 云 く 、 華 厳 宗 の ご と き は 、 華 厳 経 に 依 り て 諸 経 を 判 じ て 、 華 厳 経 の 方 便 と な す な り 。 法 相 宗 の ご と き は 、 阿 含 ・ 般 若 等 を 卑 し め 、 華 厳 ・ 法 華 ・ 涅 槃 を も つ て 深 密 経 に 同 じ 、 同 じ く 中 道 教 と 立 つ る と い え ど も 、 ま た 法 華 ・ 涅 槃 は 一 類 の 一 乗 を 説 く が 故 に 不 了 義 経 な り 、 深 密 経 に は 五 性 各 別 を 存 す る が 故 に 了 義 経 と 立 つ る な り 。 三 論 宗 の ご と き は 、 二 蔵 を 立 一 三 七 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
て て 一 代 を 摂 し 、 大 乗 に お い て 浅 深 を 論 ぜ ず 。 し か も 般 若 経 を も つ て 依 憑 と な す 。 こ れ ら の 諸 宗 の 高 祖 、 多 分 は 四 依 の 菩 な る か 。 定 め て 所 存 あ ら ん 。 是 非 に 及 ば ず 。 し か り と い え ど も 、 自 身 の 疑 い を 晴 ら さ ん が た め に 、 し ば ら く 人 師 の 異 解 を 閣 い て 、 諸 宗 の 依 憑 の 経 々 を 開 き 見 る に 、 華 厳 経 は 旧 訳 は 五 十 ・ 六 十 、 新 訳 は 八 十 ・ 四 十 な り 。 そ の 中 に 法 華 ・ 涅 槃 の ご と く 一 代 聖 教 を 集 め て 方 便 と な す の 文 な し 。 四 乗 を 説 く と い え ど も 、 そ の 中 の 仏 乗 に お い て 十 界 互 具 ・ 久 遠 実 成 を 説 か ず 。 た だ し 人 師 に 至 り て 五 教 を 立 て て 、 先 の 四 教 に 諸 経 を 収 め て 華 厳 経 の 方 便 と な す 。 法 相 宗 の ご と き は 、 三 時 教 を 立 つ る 時 、 法 華 等 を も つ て 深 密 経 に 同 ず と い え ど も 、 深 密 経 五 巻 を 開 き 見 る に 、 全 く 法 華 等 を も つ て 中 道 の 内 に 入 れ ず 。 三 論 宗 の ご と き は 、 二 蔵 を 立 つ る 時 、 菩 蔵 に お い て 華 厳 ・ 法 華 等 を 収 め 般 若 経 に 同 ず と い え ど も 、 新 訳 の 大 般 若 経 を 開 き 見 る に 、 全 く 大 般 若 を も つ て 法 華 ・ 涅 槃 に 同 ず る の 文 な し 。 華 厳 は 教 ・ 法 華 は 漸 教 等 と は 、 人 師 の 意 楽 に し て 仏 説 に あ ら ざ る な り 。 ︶ 以 上 、 長 文 の 引 用 だ が 、 仏 説 に つ い て の 了 義 ・ 不 了 義 の 議 論 が な さ れ て い る 。 そ れ は 了 義 ・ 不 了 義 は 比 較 の 対 象 次 第 で ど ち ら に も な り う る と い う 現 実 的 な 論 で 、 二 乗 の 教 や 菩 の 法 と 仏 説 と を 比 べ れ ば 、 一 代 の 仏 説 は す べ て 了 義 と な る と い う 。 し か し な が ら 、 小 乗 教 と 大 乗 と を 比 べ れ ば 、 前 者 は 不 了 義 、 後 者 は 了 義 と な り 、 同 じ 大 乗 経 で も 爾 前 の 四 十 余 年 の 諸 経 は 不 了 義 経 、 法 華 ・ 涅 槃 ・ 大 日 経 等 は 了 義 経 と な る 。 し か し 、 円 覚 ・ 大 仏 頂 等 の 諸 経 は 、 小 乗 及 び 歴 劫 修 行 の 不 了 義 経 に 対 す れ ば 了 義 経 で は あ る が 、 そ れ は 相 対 的 な 了 義 と い う べ き も の で あ っ て 、 法 華 経 の よ う な 絶 対 的 な 了 義 経 で は な い と 述 べ て い る 。 ま た 、 華 厳 、 法 相 、 三 論 な ど の 諸 宗 が 所 依 と す る 経 に は そ れ ら が 法 華 経 よ り 優 れ て い る と す る 根 拠 は 見 ら れ ず 、 華 厳 が 教 、 法 華 が 漸 教 と す る の は 人 師 の 説 で あ っ て 仏 説 で は な い と し て 法 華 経 の 優 位 性 と そ の 絶 対 的 了 義 性 を 説 い て い る 。 一 三 八 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
ま た 、 こ の 同 じ 事 を 謗 法 と い う 観 点 か ら 述 べ て い る の が 、 以 下 の 顕 謗 法 鈔 の 文 で あ る 。 こ の 書 は 日 四 十 一 歳 、 流 謫 地 の 伊 豆 の 伊 東 で 著 さ れ た も の で あ る が 、 次 の よ う に あ る 。 す な わ ち 、 第 四 の 弘 法 用 心 抄 の 段 に 、 問 云 、 諸 宗 の 異 義 な り 。 一 々 に 其 謂 あ り て 得 道 を な る べ き か 。 又 諸 宗 皆 謗 法 と な り て 一 宗 計 正 義 と な る べ き か 。 答 云 、 異 論 相 違 あ り と い え ど も 皆 得 道 な る か 。 仏 滅 後 四 百 年 に あ た り て 健 駄 羅 国 貳 色 王 、 仏 法 を 貴 み 、 一 夏 、 僧 を 供 し 仏 法 を と い し に 一 々 の 僧 異 義 多 。 此 王 不 審 し て 云 、 仏 説 は 定 て 一 な ら ん 、 終 脇 尊 者 に 問 。 尊 者 答 云 、 金 杖 を 折 て 種 々 の 物 に つ く る に 、 形 は 別 な れ ど も 金 杖 一 な り 。 形 の 異 な る を ば と い へ ど も 、 金 た る 事 を あ ら そ は ず 。 門 々 不 同 な れ ば 、 い り か ど を ば ど も 、 入 理 一 な り 等 云 云 。 又 求 跋 摩 云 諸 論 各 異 端 修 行 理 無 二 。 偏 執 有 是 非 達 者 無 違 等 云 云 。 又 五 百 羅 漢 の 真 因 各 異 な れ ど も 同 聖 理 を え た り 。 大 論 の 四 悉 檀 の 中 の 対 治 悉 檀 、 摂 論 の 四 意 趣 の 中 の 衆 生 意 楽 意 趣 、 此 等 は 此 の 善 を 、 此 の 善 を ほ む 。 檀 戒 進 等 一 々 に そ し り 、 一 々 に ほ む る 、 皆 得 道 を な る 。 此 等 を 以 こ れ を 思 に 、 護 法 ・ 清 弁 の あ ら そ い 、 智 光 ・ 戒 賢 の 空 ・ 中 、 南 三 北 七 の 漸 不 定 、 一 時 ・ 二 時 ・ 三 時 ・ 四 時 ・ 五 時 、 四 宗 ・ 五 宗 ・ 六 宗 、 天 台 の 五 時 、 華 厳 の 五 教 、 真 言 教 の 東 寺 ・ 天 台 の 、 浄 土 宗 の 聖 道 ・ 浄 土 、 禅 宗 の 教 外 ・ 教 内 、 入 門 は 差 別 せ り と い う と も 実 理 に 入 事 は 但 一 な る べ き か 。 難 云 、 華 厳 五 教 、 法 相 ・ 三 論 三 時 、 禅 宗 教 外 、 浄 土 宗 難 行 ・ 易 行 、 南 三 北 七 五 時 等 、 門 は こ と な り と い へ ど も 入 理 一 に し て 、 皆 仏 意 に 叶 謗 法 と な ら ず と い は ゞ 、 謗 法 と い う 事 あ る べ か ら ざ る か 。 謗 法 と は 法 に 背 く と い う 事 な り 。 法 に 背 く と 申 す は 小 乗 は 小 乗 経 に 背 き 、 大 乗 は 大 乗 経 に 背 く 。 法 に 背 か ば あ 一 三 九 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
に 謗 法 と な ら ざ ら ん 。 謗 法 と な ら ば な ん ぞ 苦 果 を ま ね か ざ ら ん 。 此 の 道 理 に そ む く こ れ ひ と つ 。 大 般 若 経 に 云 く 般 若 を 謗 ず る 者 は 十 方 の 大 阿 鼻 地 獄 に 堕 つ べ し 。 法 華 経 に 云 く も し 人 信 ぜ ず し て 乃 至 そ の 人 命 終 し て 阿 鼻 獄 に 入 ら ん と 。 涅 槃 経 に 云 く 世 に 難 治 の 病 三 あ り 。 一 に は 四 重 、 二 に は 五 逆 、 三 に は 謗 大 乗 な り 。 此 等 の 経 文 あ に む な し か る べ き 。 此 等 は 証 文 な り 。 ︵ 同 前 書 、 同 巻 、 二 六 五 | 二 六 六 頁 と い う 。 諸 宗 は さ ま ざ ま に 異 な っ た 義 を 主 張 し て い る が 、 そ れ ぞ れ が 得 道 可 能 な の か 、 あ る い は 一 宗 の み 正 し く 、 他 は す べ て 謗 法 な の か と い う 問 い を 設 け て 、 謗 法 と い う 観 点 か ら 仏 説 を 論 じ て い る 。 す な わ ち 、 色 王 の 故 事 を 引 い て 、 仏 説 を 金 杖 に 喩 え 、 教 え の 形 は 種 々 に 異 な っ て も 所 の 理 は 一 、 入 理 一 で あ る か ら 、 種 々 の 教 え は す べ て 仏 説 で あ る と す る 。 ま た 、 求 跋 摩 の 無 を 引 い て 同 じ く 入 理 一 の 趣 旨 の 根 拠 と し て い る が 、 こ の は 中 国 仏 教 に お い て 、 四 悉 檀 に よ る 教 説 相 互 の 矛 盾 会 通 に つ い て 述 べ ら れ る 時 に し ば し ば 引 き 合 い に 出 さ れ る も の で 、 天 台 で は 摩 止 観 巻 六 上 、 法 華 玄 義 巻 一 下 な ど に 見 え 、 吉 蔵 も 法 華 遊 意 法 華 義 疏 巻 十 、 三 論 玄 義 な ど に 引 い て い る 。 さ ら に 続 い て 、 す べ て の 教 が 仏 意 に 叶 う も の で あ る な ら ば 、 謗 法 と い う こ と が な く な っ て し ま う で は な い か 、 と の 問 い を 設 け 、 謗 法 と は 法 に 背 く こ と で あ る か ら 、 小 乗 が 小 乗 教 に 背 き 、 大 乗 が 大 乗 経 に 背 け ば 、 そ れ が 謗 法 で あ る と い う の で あ る 。 ま た 、 こ の 引 文 の 後 に 、 教 を 知 る こ と が 肝 要 で あ る と し て 、 法 華 経 に つ い て 、 法 華 経 は 真 諦 俗 諦 ・ 空 仮 中 ・ 印 真 言 ・ 無 為 理 ・ 十 二 大 願 ・ 四 十 八 願 、 一 切 諸 経 の 所 説 の 所 の 法 門 の 大 王 な り 。 こ れ 教 を し れ る 者 な り ︵ 同 前 書 、 二 七 〇 頁 ︶ と 述 べ て 法 華 経 を 法 門 の 大 王 と 位 置 づ け 、 さ ら に 、 法 華 経 の 理 は 開 会 の 理 、 記 小 久 成 こ れ 一 四 〇 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
あ り 。 諸 大 乗 経 の 者 が 法 華 経 を は す る は 謗 法 と な る べ し 。 法 華 経 の 者 の 諸 大 乗 経 を 謗 す る は 謗 法 と な る べ か ら ず 。 ︵ 同 前 書 、 二 七 一 頁 ︶ と い い 、 法 華 経 信 奉 者 が 他 の 大 乗 経 を 破 す る こ と は 謗 法 に な ら ず 、 法 華 経 以 外 の 信 奉 者 が 法 華 経 を 誹 謗 す る こ と が 謗 法 と な る と い い 、 法 華 経 を 至 上 の も の と す る の で あ る 。 以 上 の こ と か ら 日 は 大 小 乗 の 経 教 に つ い て 、 そ れ ら は 入 理 一 で あ る か ら す べ て 仏 説 で あ る と 認 め て い る こ と が 知 ら れ る 。 し か し 、 そ の 仏 説 も 了 義 ・ 不 了 義 の 区 別 が あ り 、 そ の 区 別 は 経 教 間 の 比 較 相 対 に よ っ て 決 め ら れ る と す る の で あ る 。 そ し て そ の よ う な 相 対 的 価 値 判 断 を 越 え た 絶 対 的 了 義 で あ る の が 法 華 経 で あ る と し て い る 。 ② 日 に お け る 四 悉 檀 そ れ で は 次 に 、 日 は 四 悉 檀 に つ い て ど の よ う に 解 釈 し 受 容 し て い る で あ ろ う か 。 彼 が 晩 年 の 弘 安 元 年 に 大 田 乗 明 に 宛 て た 消 息 文 中 に 次 の よ う に い う 。 至 門 性 経 云 木 遇 金 抑 揚 火 得 水 光 滅 土 値 木 時 瘦 金 入 火 消 失 水 遇 土 不 行 等 云 云 。 指 て 引 申 べ き 経 文 に は あ ら ざ れ ど も 、 予 が 法 門 は 四 悉 檀 を 心 に 懸 て 申 な れ ば 、 強 て 成 仏 の 理 に 不 違 者 且 世 間 普 通 の 義 を 可 用 。 ︵ 太 田 左 衛 門 尉 御 返 事 ︶ ︵ 同 前 書 、 巻 二 、 一 四 九 五 頁 こ こ で は 日 が 五 行 に つ い て の 記 述 が あ る 経 を 引 用 し た こ と に つ い て 、 た い し て 引 用 す る ま で も な い 経 典 で は あ る が 、 自 分 の 法 門 は 四 悉 檀 を 心 に 懸 け て い る の で 、 あ な が ち 成 仏 の 理 に 違 わ ず 、 か つ 世 間 で 通 用 し て い る 意 味 の も の な ら ば 用 い て も よ い だ ろ う 、 と 弁 解 じ み た 言 葉 を 述 べ て い る 部 分 で あ る 。 こ の 至 門 性 経 な る 引 用 経 典 に つ い て は 不 明 だ が 、 四 悉 檀 を 用 い た な ら ば 、 入 理 一 な の で 成 仏 の 理 に 違 わ な い と い う 意 趣 で あ ろ う 。 す な わ ち 、 こ こ で の 四 悉 檀 一 四 一 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
の 用 方 は 経 典 会 通 の 手 段 と し て の 用 い 方 と と い う こ と が で き よ う 。 同 様 の 受 容 の 態 度 は 、 先 に 挙 げ た 顕 謗 法 鈔 の 中 で 四 悉 檀 と 摂 大 乗 論 の 説 く 四 意 趣 を 並 列 し て 取 り 上 げ て い る 点 に 見 る こ と が で き る 。 す な わ ち 、 摂 論 四 意 趣 ・ 大 論 四 悉 檀 等 は 、 無 著 菩 ・ 龍 樹 菩 滅 後 の 論 師 と し て 、 法 華 経 を 以 一 切 経 の 心 を え て 四 悉 ・ 四 意 趣 等 を 用 て 爾 前 の 経 々 の 意 を 判 な り 。 未 開 会 の 四 意 趣 ・ 四 悉 檀 と 開 会 の 四 意 趣 ・ 四 悉 檀 を 同 ぜ ば 、 あ に 謗 法 に あ ら ず や 。 此 等 よ く よ く し る は 教 を し れ る 者 な り 。 ︵ 同 前 書 、 巻 一 、 二 七 二 頁 と あ り 、 大 智 度 論 に お け る 四 悉 檀 、 摂 大 乗 論 の 四 意 趣 に よ っ て 、 龍 樹 や 無 着 が 法 華 経 を 基 準 に 爾 前 の 経 を 判 釈 し た と 述 べ て い る よ う に 、 日 は 四 悉 檀 と 四 意 趣 を と も に 経 典 解 釈 法 と し て 理 解 し て い る こ と が 知 ら れ よ う 。 こ の こ と は 日 が 三 十 九 歳 の 時 に 著 し た 二 乗 作 仏 事 に も 、 問 天 竺 論 師 ・ 震 旦 人 師 中 如 天 台 阿 難 結 集 已 前 仏 口 諸 経 を 如 此 得 意 た る 論 師 人 師 有 之 。 答 無 著 菩 摂 論 以 四 意 趣 釈 諸 経 龍 樹 菩 大 論 以 四 悉 檀 得 一 代 。 ︵ 同 前 書 、 同 巻 、 一 五 四 頁 ︵ 問 う 。 天 竺 の 論 師 ・ 震 旦 の 人 師 の 中 、 天 台 の 如 く 阿 難 結 集 已 前 の 仏 口 の 諸 経 を 此 の 如 く 得 意 た る 論 師 人 師 、 之 有 る か 。 答 う 。 無 着 菩 、 摂 論 に 四 意 趣 を 以 て 諸 経 を 釈 し 、 龍 樹 菩 は 大 論 に 四 悉 檀 を 以 て 一 代 を 得 。 ︶ と あ っ て 、 日 が 四 悉 檀 に 関 し て 一 貫 し た 解 釈 あ る い は 受 容 の 方 向 を 示 し て い る と み る こ と が で き よ う 。 そ れ は 経 典 解 釈 法 と し て の 解 釈 で あ る が 、 こ の 解 釈 は 智 よ り も む し ろ 吉 蔵 の 解 釈 に 近 い と い え 6 よ う 。 日 は 日 本 天 台 を 介 し て 中 国 天 台 教 学 を 承 け て い る が 、 四 悉 檀 解 釈 に つ い て は 智 が 四 悉 檀 を 仏 説 と し て 捉 え て 積 極 的 に 自 己 の 教 学 中 に 組 み 一 四 二 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
込 ん で い っ た ダ イ ナ ミ ズ ム は 見 ら れ な い と い え よ う 。 四 小 結 上 来 、 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お い て 仏 説 と い う 言 葉 と そ の 担 っ て い る 意 味 が ど の よ う に 理 解 さ れ 、 解 釈 さ れ て い た の か と い う こ と を 、 天 台 智 と 我 が 国 の 日 と を 取 り 上 げ て 検 討 し て き た 。 そ の 結 果 は 次 の よ う に ま と め る こ と が で き る だ ろ う 。 す な わ ち 、 智 に と っ て 、 ま た 日 に と っ て も 、 仏 説 と は 仏 の 金 口 の 直 説 、 金 口 の 梵 声 で あ っ た 。 し か し 智 は 、 仏 の 法 は 本 来 不 可 説 で は あ る が 、 四 悉 檀 を 用 い る こ と に よ っ て 初 め て 言 説 に 載 せ る こ と が で き る と え た 。 経 が 言 説 と し て 表 さ れ る た め に は 四 悉 檀 が 必 要 で あ る と え た の で あ る 。 し た が っ て 智 に と っ て は 、 四 悉 檀 は 龍 樹 が 大 智 度 論 に 説 い た も の で あ る こ と は 十 分 に 承 知 し な が ら 、 そ れ を あ え て 仏 説 と し て 捉 え 、 仏 の 智 よ り 出 で 、 仏 自 身 が 具 え る 衆 生 教 化 の 際 の 説 法 の 類 別 規 範 と え た の で あ る 。 智 は こ の 仏 説 と し て の 四 悉 檀 を 自 己 の 教 学 中 に 積 極 的 に 取 り 込 み 、 四 悉 檀 に よ っ て 教 が 起 こ り 、 観 が 起 こ る と し て い る な ど 、 智 教 学 の 重 要 な 基 盤 と な っ て い る 。 こ の よ う な 四 悉 檀 解 釈 は 、 東 ア ジ ア 漢 字 文 化 圏 に お け る 仏 説 解 釈 の ダ イ ナ ミ ズ ム を 示 す も の で 、 意 義 有 る 拡 充 と い う こ と が で き る で あ ろ う 。 で は 日 本 の 日 の 場 合 は ど う で あ っ た か 。 日 は 、 仏 説 に 了 義 ・ 不 了 義 の あ る こ と を 認 め 、 そ の 了 義 ・ 不 了 義 は 比 較 の 対 象 次 第 で ど ち ら に も な り う る と い う 現 実 的 な 論 を 展 開 し た 。 そ し て 、 そ の よ う な 相 対 的 了 義 を 越 え た 絶 対 的 了 義 の 経 が 法 華 経 で あ る と し て 法 華 至 上 主 義 に 立 っ た の で あ る 。 さ ら に ま た 日 は 仏 説 に つ い て 謗 法 と い う 点 一 四 三 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
か ら 論 じ て 、 そ こ か ら 法 華 経 の 絶 対 性 を 主 張 し て い る 。 四 悉 檀 に つ い て の 理 解 は ど う か と い え ば 、 日 の 解 釈 あ る い は 受 容 は 、 四 意 趣 と 同 列 の 経 典 解 釈 法 と し て の 解 釈 で あ っ た 。 こ の 解 釈 は 智 よ り も む し ろ 吉 蔵 の 解 釈 に 近 い 。 日 は 中 国 天 台 教 学 の 継 承 者 の 一 人 で あ る が 、 四 悉 檀 解 釈 に つ い て は 智 が 四 悉 檀 を 仏 説 と し て 捉 え て 積 極 的 に 自 己 の 教 学 中 に 組 み 込 ん で い っ た ダ イ ナ ミ ズ ム は 見 ら れ な い 。 日 に お け る ダ イ ナ ミ ズ ム は 別 な 方 向 、 す な わ ち 題 目 受 持 と 唱 題 一 行 の 折 伏 布 教 に 向 け ら れ た と い え る で あ ろ う 。 1 此 経 是 仏 金 口 所 吐 云 仏 説 。 胡 漢 具 云 仏 説 。 ︵ 大 正 蔵 巻 三 七 、 二 三 三 下 ︶ 2 こ の 修 多 羅 の 五 義 は 中 国 仏 教 の 所 産 で は な く 、 す で に イ ン ド 仏 教 以 来 説 か れ て い た も の 。 た と え ば 、 雑 阿 毘 曇 心 論 に は 修 多 羅 者 。 凡 有 五 義 。 一 曰 出 生 。 出 生 諸 義 故 。 二 曰 泉 涌 。 義 味 無 尽 故 。 三 曰 顕 示 。 顕 示 諸 義 故 。 四 曰 繩 墨 。 弁 諸 邪 正 故 。 五 曰 結 鬘 。 貫 穿 諸 法 故 。 如 是 五 義 。 是 修 多 羅 義 ︵ 大 正 蔵 巻 二 八 、 九 三 一 下 ︶ と あ る 。 3 た だ し 、 大 乗 涅 槃 経 に は 半 字 を 煩 悩 の 言 説 の 本 、 満 字 を 善 法 の 言 説 の 根 本 と す る 説 も 説 か れ て い る 。 又 半 字 義 皆 是 煩 悩 言 説 之 本 。 故 名 半 字 。 満 字 者 。 乃 是 一 切 善 法 言 説 之 根 本 也 。 譬 如 世 間 為 悪 行 者 名 為 半 人 。 修 善 行 者 名 為 満 人 ︵ 大 正 蔵 巻 一 二 、 六 五 五 上 ︶ 4 大 智 度 論 巻 二 二 の 問 曰 。 何 等 是 仏 法 印 。 答 曰 。 仏 法 印 有 三 種 。 一 者 一 切 有 為 法 。 念 念 生 滅 皆 無 常 。 二 者 一 切 法 無 我 。 三 者 寂 滅 涅 槃 。 ︵ 中 略 ︶ 以 是 故 摩 衍 法 中 。 雖 説 一 切 法 不 生 不 滅 一 相 所 謂 無 相 。 無 相 即 寂 滅 涅 槃 。 是 念 法 三 昧 縁 智 縁 尽 。 諸 菩 及 辟 支 仏 功 徳 ︵ 大 正 蔵 巻 二 五 、 二 二 二 中 | 二 二 三 中 ︶ あ た り の 守 意 か 。 5 四 悉 檀 は 維 摩 経 文 疏 お よ び 維 摩 経 玄 疏 に も 説 か れ て い る が 、 特 に 後 者 は 法 華 玄 義 に お け る 記 述 よ り も 詳 細 な 記 述 が 見 ら れ る 。 智 に お け る 四 悉 檀 の 意 義 に つ い て は 、 拙 論 天 台 智 に お け る 四 悉 檀 の 意 義 ︵ 印 度 学 仏 教 学 一 四 四 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公
研 究 第 四 七 巻 第 二 号 、 一 九 九 九 年 三 月 ︶ を 参 照 。 6 吉 蔵 の 四 悉 檀 解 釈 に つ い て は 、 奥 野 光 賢 吉 蔵 に お け る 四 悉 檀 義 ︵ 仏 教 学 四 一 号 、 一 九 九 一 年 ︶ な ど を 参 照 。 一 四 五 中 国 ・ 日 本 仏 教 に お け る 仏 説 の 意 味 ︵ 藤 井 教 公