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2. 軍政下のミャンマー経済 (1) 経済優等国から最貧国に転落 かつてはインドシナ半島諸国の中で1 人当たり名目 GDPが相対的に高く 経済優等国だったミャンマーは 1988 年の政変で軍事政権が成立した頃より経済発展で他国に遅れをとるようになった 当時の状況を振り返ると 軍事政権の圧政に対して

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本格化するミャンマーの経済改革

経済制裁も急速に緩和され、改革を後押し

○ かつてはインドシナ半島の経済優等国だったミャンマーは、1988年の政変で成立した軍事政権に対 する欧米の経済制裁や、国内のインフラ不足を背景に工業化が遅れ、いまや最貧国に転落。 ○ 昨年成立した文民政権は、停滞打破のため政治改革に着手、今年からは経済改革にも注力。欧米は 民主化を評価し、制裁を緩和。日本も、インフラ整備の円借款再開に道筋をつけ、経済改革を後押し。 ○ 今後、2015年のミャンマー総選挙とASEAN市場統合に向けて経済改革が前進し、電力等のインフラ不 足も改善に向かう見通し。これにより、当面は労働集約型産業を中心に産業振興が進む可能性。

1.はじめに

9月26日、米国のクリントン国務長官は、国連総会出席のため訪米したミャンマーのテイン・セイン 大統領と会談し、2003年以来続けられてきたミャンマー製品に対する禁輸措置の「緩和手続き」に着手 すると表明した。7月に解禁された新規投資・金融サービスの提供に続き、禁輸措置についても緩和の 方針が打ち出された形であり、米国とミャンマーの経済関係正常化に向けた動きが早まっている。 このようにミャンマーを巡る情勢が急変を始めたのは、昨年3月、ミャンマーが軍事政権から文民政 権に移管してからのことだ。新たに就任したテイン・セイン大統領が矢継ぎ早に打ち出した民主化改革 を評価した欧米は、軍事政権に対して発動していた経済制裁の緩和に動き始めた。「最後の未開拓地」 への門が開きかけたことで、ミャンマーへの関心は世界的に高まっていった。 こうした中、今年6月、テイン・セイン大統領は演説を行い、改革の焦点を第一波の政治から第二波 の経済に移し、経済発展に取り組む方針を表明した。これを踏まえ、7~9月の国会では経済政策が審議 され、新たな経済改革や欧米による一段の制裁緩和の動きも表面化するなど、ミャンマー情勢の急変が 続いている。 本稿では、軍政下のミャンマー経済の停滞の経緯を確認した上で、昨年以降の現政権による改革およ び欧米の制裁緩和の動きを踏まえ、今後のミャンマーの経済改革の方向性と経済発展の糸口について検 討する。ミャンマー経済に関するデータの整備は遅れているため、筆者は7月に現地調査を実施してお り、政府機関や経済団体、シンクタンク、企業から収集した情報も活用して分析する。

アジア

2012 年 10 月 5 日

みずほインサイト

アジア調査部シンガポール駐在 小林公司 +65-6304-1935 koji.kobayashi@mizuho-cb.com

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2.軍政下のミャンマー経済

(1)経済優等国から最貧国に転落 かつてはインドシナ半島諸国の中で1人当たり名目GDPが相対的に高く、経済優等国だったミャンマー は、1988年の政変で軍事政権が成立した頃より経済発展で他国に遅れをとるようになった。当時の状況 を振り返ると、軍事政権の圧政に対して、米国は88年の経済援助停止を手始めに、2003年にはミャンマ ー製品の禁輸措置や金融サービスの提供禁止など、複数の議会立法や大統領令により重層的な経済制裁 を課した(Martin(2012))。欧州でも、88年に西ドイツが経済援助を停止し、EU(欧州連合)としても 90年から武器輸出を禁じて、その後も段階的に制裁を強めてきた(Kreutz(2005))。 経済制裁を受けてミャンマーが国際的に孤立していく中で、80年代後半に1人当たり名目GDPは近隣の ラオス、カンボジアに抜かれた。90年代以降は、先進国との関係を改善させたベトナムにも差を広げら れ、かつての優等国は最貧国と呼ばれるようになった。 制裁によってミャンマーと先進国の経済関係が途絶えてきた一方で、2000年代半ば頃から、中国やタ イによる資源・エネルギー産業への直接投資が急増し、これに伴って1人当たり名目GDPも上昇した(図 表1)1。しかし、その水準は、まだ900ドル程度に過ぎず、ベトナムやラオスと比べても低い。さらに、 筆者が面談したミャンマー政府の元高官によると、近年の経済成長の成果は一部の資源・エネルギー業 者に集中し、国民には浸透していないのが実態だ。特に中国による開発プロジェクトでは、労働者も中 国から連れてくるため、地元では雇用創出につながらないという。 こうした中にあって、総人口6,000万人のうち1割が集中する商都ヤンゴンは相対的に発展し、1人当た り名目GDPは2011年に約1,700ドルに達している(現地ジェトロ事務所)。一般に、1人当たり名目GDPが 1,000ドルを超えるとオートバイが、3,000ドルを超えると自動車が普及するといわれる。これに従えば、 ヤンゴンではオートバイが普及し、一部の上位所得層は自動車に手が届き始める発展段階にある。実際 には、ヤンゴン市内では、中心部への乗り入れが規制されていることからオートバイをみかけることは ないが、日本製中古車を中心に自動車が行き交い、高層ビルや大型商業施設も建設されており(図表2)、 図表1 1 人当たり名目 GDP 図表2 商都ヤンゴン(上段)、同郊外(下段右)、 首都ネピドー(下段左)の様子 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1980 90 2000 10 ミャンマー カンボジア ラオス ベトナム (年) (ドル)

(資料)国際連合「National Accounts Main Aggregate Databese」

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近代的な都市の風景が広がっている。 しかし、ヤンゴンは例外であり、自動車で30~40分ほどの郊外に出ると、屋根を植物の葉で葺いた伝 統的な家屋が目立ち始める。また、筆者がヤンゴンから320km離れた首都ネピドーへ自動車で移動した 際、途中の高速道路およびネピドー市内で目視した限りでは、自動車の交通量は著しく少なかった。さ らに地方では貧困が深刻であり、タイを中心に300~400万人ほどが国外に出稼ぎに出ているという(現 地シンクタンク)2 (2)経済制裁とインフラ不足で工業化が遅れる ミャンマーの人口は6,000万人で、インドシナ半島ではベトナム(8,800万人)に次ぎ、タイ(6,900 万人)とほぼ同規模で、カンボジア(1,400万人)とラオス(600万人)より多く、豊富な労働力を誇る。 しかも、ワーカーの基本給は2011年8~9月のジェトロ調査では月額68ドルであり、近隣諸国の中で最低 だ(図表3)3。この点から、ミャンマーは、労働集約型製造業の立地に有利な条件を有しているといえ る。 しかし、ミャンマーのGDPを産業別にみると、2011年時点で二次産業の構成比が2割弱とインドシナ半 島諸国の中で顕著に低く、工業化は遅れている(図表4)。その要因としては、まず経済制裁の影響が 考えられる。例えば、2003年に米国が「ビルマ自由・民主法」を制定してミャンマー製品の禁輸措置を 採ったことで、最盛期に30万人を雇用していた縫製業は米国市場を失い、8万人の雇用が減少した(現 地シンクタンク)4。縫製業は巨大資本を必要としないため、経済後発国が工業化を進めるのに適した産 業といわれ、ベトナムも米国との関係改善後に縫製品の輸出を拡大して工業化を実現している。これと は対照的に、ミャンマーは制裁を受けたことで、工業化が後退したのである。 外国からの直接投資(2006~11年累計、構成比)は、国別で中国・香港が60%、タイが28%、韓国が 8%と、欧米の経済制裁の影響を直接受けない一部の国に限られている上、業種別には、電力・石油・ 図表 3 ワーカーの基本給 図表 4 産業別 GDP(2011 年構成比、推計) 344 286 264 209 111 82 78 68 118 0 100 200 300 400 マレーシア タイ インド インドネシア ラオス ベトナム カンボジア バングラデシュ ミャンマー (ドル/月) (資料)ジェトロ「2011年度在アジア・オセアニア日系    企業活動実態調査」(2011年8~9月実施) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 ミャンマー  カンボジア ラオス ベトナム 1次産業 2次産業 3次産業 (%)

(資料)米国Central Intelligence Agency "World Factbook"

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ガス・鉱業が99%を占め、製造業への広がりはみられない(図表5)。このように、これまでミャンマ ーへの投資が資源・エネルギー分野に集中したのは、そもそもミャンマーには天然資源が豊富なことが ある5。ただし、製造業への投資がほとんどみられないという点については、現地での生産活動の妨げと なる何らかの要因もあると考えられる。 この点に関して、ミャンマーに生産拠点を持つ日系企業に現地のビジネス環境を聞くと6、法制度が不 透明なことや、各種規制が厳しいことなどへの不満に加え、最大の問題として電力供給等のインフラ不 足が指摘される。2009年時点で、ミャンマーの電力供給の人口カバー率は13%にとどまり、周辺諸国に 比べて見劣りする(図表6)7。その上、ミャンマーでは水力発電への依存が全体の7割と高く、乾季(2 ~5月)には水不足で発電量が低下するため、電力供給カバー地域であっても停電が頻発する。筆者は 乾季が終了した7月にミャンマーを訪れたが、ある面談先企業では頻繁に停電があり、そのたびに自家 発電に切り替わっていた。同社では乾季が終わってからも月の半分は電気が止まり、その間は自家発電 で操業するため燃料コストが2~3倍に膨らむという。前述の通り、中国を中心とする外国資本が積極的 に資源・エネルギー関連業種に直接投資をしているが、産出される天然ガスや電力は専ら投資国に輸出 されるため、国内の供給不足の解消には貢献していない。 このほか、物流インフラ(道路、港湾、交通機関等)や、通信インフラ(電話、インターネット等) の整備も遅れている上、工業団地も不足している。ミャンマーには20カ所ほどの工業団地しかなく、ほ とんどがヤンゴン都市圏に集中する。このうち、排水設備や道路が整っており、外国企業が進出しやす い条件を持つのはミンガラドン工業団地のみであるが、同団地には既に空きがない。 このように、ミャンマーには安価で豊富な労働力があるものの、経済制裁やインフラ不足で外国企業 にとって製造業への投資は困難な状況にあり、工業化が遅れたのである。ミャンマー経済の発展には、 制裁解除とインフラ整備を実現し、製造業を振興することが課題となっている。 図表 5 直接投資(2006~11 年累計、構成比) 図表 6 電力供給の人口カバー率(2009 年) 0 20 40 60 80 100 業種別 国別 (%) (注)承認ベース (資料)ミャンマー投資・企業管理局 電力 石油 ガス 鉱業 中国 香港 タイ 韓国 13 24 41 55 66 98 0 50 100 ミャンマー カンボジア バングラデシュ ラオス インド ベトナム

(資料)世界銀行"World Development Indicators" (%、人口比率)

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3.現政権による改革と欧米の制裁緩和

(1)停滞を打破するため政権主導で民主改革に着手、第二波として経済改革もスタート ミャンマーでは経済の停滞が続いたことから、欧米の経済制裁が解除されない限り、近隣諸国の発展 から取り残され続けるとの危機感が軍事政権の指導層に広がった。筆者が面談した元政府幹部によれば、 この危機感が原動力となって、欧米との関係を改善するための改革が始まった。 2011年2月、前年に実施された総選挙に基づいて召集された議会において、与党(連邦連帯開発党) 党首のテイン・セイン氏8が大統領に選出された。翌月には、1992年以降、軍事政権を率いてきたタン・ シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長が国家元首の座を自ら退き、代わってテイン・セイン大統領が 国家元首となった。これによりミャンマーは民政移管を果たした。その後、テイン・セイン大統領は、 政治犯釈放、メディア検閲廃止、少数民族との停戦、民主運動家アウン・サン・スー・チー氏率いる野 党・国民民主連盟(NLD)の参加を認めた議会補欠選挙実施など、急速に民主改革を進めている。 ミャンマーは、民主改革に続き、今年4月には外国為替制度を変更するなど、経済改革にも着手した。 それまでは、企業会計や国営企業取引等に使われる公定相場(1ドル≒6.4チャット)と、市中の取引等に 使われる実勢相場(同約800チャット)の二重相場体制だったが、後者に近い水準で管理変動相場体制 に一本化され、ビジネス環境が透明化した。 今年6月にはテイン・セイン大統領が演説を行い、就任2年目以降は改革の第二波として経済に焦点を 当てると強調しており9、今後は経済改革に力が注がれる方向だ。演説では、2015年に1人当たり名目GDP を現在の1.7倍にするという目標を設定しつつ、希望としては1.7倍でなく3倍にしたいとの野心的な方 針も述べられた。また、経済政策の重点として、電力供給の拡大や、外国投資法改正および経済特区法・ 最低賃金法制定等の法整備、行財政改革が挙げられた(図表7)。 直近では、7~9月に開かれた国会において、大統領演説に沿って外国投資法改正案等の経済政策が審 議された。本稿執筆時点で審議内容は不明だが、外国投資法改正案に関しては議会が規制強化の修正を 施して可決した(図表8)。一部のミャンマー企業が既得権益を守るために議会に陳情し、規制強化を 図表 7 大統領演説のポイント(6 月 19 日) 図表 8 外国投資法改正案の国会修正について  大統領就任 2 年目の今年から、改革の第二波とし て経済改革に焦点  2015 年までの 5 カ年計画を策定 (目標)①1 人当たり名目 GDP を 1.7 倍 ・・・(希望的目標は 3 倍) ②実質 GDP 成長率(年率)+7.7% ③GDP の製造業比率を 6%引き上げ  電力供給の拡大  改正外国投資法と経済特区法の制定  貧困削減等の国連ミレニアム開発目標実現 →所得向上のために最低賃金法を制定  財政再建、行政改革実施 (資料)ミャンマー大統領府ホームページによりみずほ 総合研究所作成  当初案は外資歓迎の内容だったのに対し、以下の規 制強化が盛り込まれた模様 ①11 の重要産業について、外資出資比率の上限を 50%程度に規制 ②その他の産業は、外資に最低 35%の出資を義務化 ③投資から 2 年以内はミャンマー人雇用を全体の 25%、4 年以内に 50%、6 年以内に 75%以上  外国企業に対する免税期間については修正の報道が なく、当初案通り 5 年間の優遇措置が維持された模様 (資料)The Irrawaddy紙 “FDI Law Passed with $5m

Restriction Dropped” (7 September)、Wall Street Journal紙 “Myanmar Leader Seeks Flexibility for Investors”(26 September)によ りみずほ総合研究所作成

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企てた模様だ10。これに対し、大統領は規制強化を不服として法律の施行を承認せず、見直しを求めて 議会に差し戻したと報じられる11。議会が再開する10月以降、既得権益層の抵抗を受けつつも、外国投 資法改正案は再審議の可能性がある。 (2)欧米は制裁を緩和し、日本もインフラ整備の円借款再開に道筋 ミャンマーが民主改革に着手したことを評価し、欧米は軍事政権の圧政を理由に発動した経済制裁を 見直し始めた。 まずEUは、今年4月に武器輸出の禁止を除く全ての制裁を1年間停止すると決定した。制裁を課してい なかった日本も、同月に過去の円借款の延滞債務を1,274億円免除し12、さらに1年後には1,761億円を追 加免除するとした。債務整理により、1987年を最後に停止していた円借款を再開し、インフラ整備を支 援する道筋をつけた。 米国は、7月、投資と金融サービス輸出に関する制裁を緩和し、①ミャンマー国防省や軍部、②これ ら組織が50%以上出資する組織、③資産凍結対象者を除き取引を認めた。このうち投資については、総 額が50万ドルを超える場合に内容を国務省へ毎年報告することで、米国企業のミャンマー進出が容認さ れる。また、金融サービスについては、国際的な銀行ネットワークを介して、ミャンマーへのドル送金 が可能となった。米国企業が提供する主要クレジットカードも、既にミャンマーでの支払いに使うこと ができる。 残るミャンマー製品の禁輸措置については、8月に米国議会が1年間の延長を決定したばかりだったが、 9月26日にクリントン国務長官がテイン・セイン大統領と会談し、「緩和手続き」に着手することを表 明した。この結果、米国は全ての主要な制裁を緩和する方針を打ち出したことになる。 米国が全ての主要な制裁を緩和することに合わせて、来春にはEUも制裁の停止期間延長(ないし解除) を行い、日本も円借款を実施する可能性が高い。ミャンマー経済の最大の足かせだった経済制裁は、ほ ぼ解除されることになりそうだ。

4.2015 年までの投資環境整備と労働集約型産業の振興が当面の焦点

(1)2015 年の総選挙と ASEAN 市場統合に向けて、経済改革が前進 テイン・セイン大統領が6月に打ち出した経済改革は、2015年の次回総選挙に向けて進展をみせると 予想される。今年4月に行われた補欠選挙で、スー・チー氏の野党NLDが45議席中の43議席(上下両院総 議席の6%)を獲得して大勝したことから、政府・与党には次回総選挙で政権を維持するために実績を 上げる動機が生じている(現地研究者)。例えば、ヤンゴン郊外のティラワ地区で、日本政府が協力す る工業団地等の経済特区プロジェクトに関し(7ページ図表9)、ミャンマー政府は日本に対して部分開 業でいいから2015年にオープンできるよう要請しているという。総選挙までに工場団地に企業を誘致し て、雇用創出などの改革の具体的成果を誇示し、有権者にアピールする材料にしたい考えのようだ。 また、同じ2015年に、ASEAN(東南アジア諸国連合)が締結したFTAの枠組みに基づき、ASEAN各国お

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よび中国に対する関税がほぼ撤廃されることになっており、市場競争の激化が見込まれることも改革を 後押ししよう。現状で、ミャンマー産業の貿易特化係数をみると、競争力を有しているのは農業や資源 関連業種であり、製造業の競争力は乏しい(図表10)。こうしたことから、現在のASEANとの貿易で、 ミャンマーは関税撤廃を6割の品目にとどめて自国産業を保護している。これに対し、AFTA(ASEAN自由 貿易地域)に基づくASEAN市場の統合が完了する15年には、ミャンマーもほぼ全ての関税を撤廃するス ケジュールである(8ページ図表11)。同年には、ACFTA(ASEAN・中国FTA)の枠組みでも、ほぼ全ての 品目で関税を撤廃することになっている。今のところ関税で守られているミャンマーの産業は、競争力 を強化しないと15年以降にASEANと中国製品に自国市場を席巻されるおそれがある。この問題について、 筆者がミャンマー商工会議所にヒアリングしたところ、「2015年からの自由競争は不可避なため、産業 界としては外資受け入れ等の改革を進めて競争力を強化する必要を認識している」とのコメントが得ら れた。最近では外国投資法改正を巡り一部のミャンマー企業が改革に抵抗したが、産業界全体としては 改革を支持する姿勢を採るとみられる。 (2)工業化の障害だった電力不足は改善の目途 6月の大統領演説で、エネルギー政策は産業振興策と車の両輪の関係にあるとして、電力供給の拡大 が経済改革のポイントと位置づけられた。 その電力供給については、既に改善に向けた動きが表面化している。7月、政府は日本の丸紅に対し て、ヤンゴン都市圏にあるユワマ火力発電所の修復工事を発注した。十分なメンテナンスをされずに稼 動できなくなっていた発電所を復活させることで、2013年春にはヤンゴンの電力供給が34メガワット増 加する13。加えて、政府は8月に日系企業のトーヨー・タイと覚書を結び、ヤンゴン近郊で年内に新しい 火力発電所を着工し、2013年半ばまでに100メガワットの発電を行う14。本件では、トーヨー・タイが発 電所の設計から運転までを行い、発電した電力は電力公社に販売する。従来は国営企業で独占されてき 図表9 ティラワ経済特区プロジェクト 図表 10 貿易特化係数(2010 年)  ヤンゴンから約 23km に位置するティラワ地区 に、工業団地・商業施設等を総合的に開発する プロジェクト  開発面積:2400ha(山手線内の 40%)  開発費用:未定(数百億規模)  電力、上下水道、情報通信等のインフラは未整 備であり、2013 年の着工に向けて調査中  ミャンマー政府から日本政府に対して協力要請 があり、2015 年に部分開業を目指す (資料)ジェトロホームページ等によりみずほ総合研究 所作成 ▲ 1 0 1 素原材料 食料 飲料 燃料 半加工製品 その他加工品 化学 機械 競争力 →高 低← (注)貿易特化係数=(輸出-輸入)/(輸出+輸入) (資料)CEIC

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た発電事業を改革し、外資の参入を容認する1号案件となった15 ユワマ以外にもヤンゴン周辺には3ヵ所の既存火力発電所があり、いずれも整備不足でフル稼働でき ないことから、これらも今後リハビリされていくことが考えられる。実際に、ヤンゴン都市圏の火力発 電所改修事業は日本政府が円借款の対象として既に検討を始めており、資金援助を得られそうだ16。ま た、リハビリのメリットは新設に比べて早期に発電量を増やせることであり、2015年までに改革の成果 を上げたい政府にとっては取り組みやすい事業である。筆者の試算によれば、これら3ヵ所の発電所を 修復することで、ヤンゴンの電力供給はさらに212メガワット拡大する17。前述のユワマおよびトーヨー・ タイの発電所と合計すると、ヤンゴンの電力供給は2012年3月に比べて346メガワット(約1.5倍)増え よう18 このように、ヤンゴン都市圏では既存設備のリハビリに取り組むことで、工業化の障害だった電力不 足を2015年に向けて改善する目途をつけられそうだ。 (3)まずは労働集約型産業が発展し、雇用創出と所得向上に繋がる期待 電力供給が改善すれば、まずは基礎的な労働集約型産業の発展が期待できる。労働集約型産業は雇用 創出と所得向上の効果が大きいことから、貧困対策と有権者へのアピールの観点からも政府は重視して いる。筆者が面談した国家計画・経済開発省の高官は、特に期待する労働集約型産業として、①縫製業、 ②農業および食品加工業、③ホテル・観光業を挙げた。これらの産業で雇用を創出することで、前述の 2015年に1人当たり名目GDPを現在の1.7倍の1,500ドル程度(希望的目標としては3倍の2,700ドル程度) に引き上げる目標を達成したいとのことだ。2015年までに3倍とするには毎年25%ずつ上昇させる必要 があり、ハードルは相当高い。これに対して、1.7倍とするために必要な上昇率は年率10%強程度であ り、労働集約型産業の振興が順調に進めば、1,500ドルへの引き上げは可能かもしれない。 一方で、電力を大量に消費し、物流インフ ラ等への依存度も高い加工組立業や重工業の 振興は、遠い先の目標であろう。また、小売 業については、「ミャンマー経済の発展につ ながる産業ではないと認識している」(同高 官)とのことで、政府は優先度の高い産業と みていないようだ。小売業にチャンスが訪れ るのは、労働集約型産業が拡大して雇用が増 加し、中間所得層が育った後の段階と考えら れる。 図表 11 ミャンマーの関税撤廃(対 ASEAN) 2010 年  SL、HSL を除き、CEPT 適用品目 の 60%の関税を撤廃。それ以外 の適用品目は 5%以下に引き下 げ。 2012 年  SL、HSL を除き、CEPT 適用品目 の 80%の関税を撤廃。  優先統合分野の品目の関税を撤 廃。 2015 年  SL、HSL を除き、原則として全ての 関税を撤廃。  SL の関税率を 5%以下に引き下 げ。 (注)SLはセンシティブリスト、HSLは高度センシティブ リスト、CEPTは共通効果特恵関税。 (資料)ジェトロ資料より抜粋

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5.おわりに

現在のミャンマーはインフラが不足して工業の発展が遅れ、貧困問題もあるなど、経済情勢は厳しい。 このため、現時点では多くの企業にとってミャンマーへの進出のハードルはきわめて高いといえよう。 本稿で述べてきたように、投資環境の改善が見込まれる2015年頃を進出時期の一つの目安と考えるのが 現実的な対応だろう。 もっとも、それまでの間、ミャンマーの経済情勢から目を離すべきではない。米国が経済制裁解除に 向けた動きを早めていることに代表されるように、今後のミャンマー経済を取り巻く情勢も急変する場 合がありうるからだ。そして、欧米の制裁緩和が従来考えられていたよりも急ピッチで進んでおり、イ ンフラも2015年に向けて改善が予想されることから、欧米や中国、韓国の企業がミャンマーへの進出を 急ぐ可能性も考えられる。日本企業としては、他国企業に先行メリットを奪われないよう、ミャンマー 情報の収集を続け、情勢変化に即応できる態勢を整えておく必要があろう。 【参考文献】 カンヤラット・キティサーンウティヴェット(2012)「ターク県:~タイ・ミャンマー国境隣接県の現況と 労働事情について~」、『みずほタイ月報』8 月号、MHCB Consulting (Thailand) 工藤年博(2006)「米国経済制裁によるミャンマー縫製産業への影響-苦しむのは誰か?-」、アジア経済 研究所

Asian Development Bank(2012)“Myanmar in Transition Opportunities and Challenges”

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Kreutz, Joakim(2005)“Hard Measures by a Soft Power? Sanctions policy of the European Union 1981-2004”, Paper 45, Bonn International Centre for Conversion

Martin, Michael F(2012)“U.S. Sanctions on Burma”, Congressional Research Service 1 資源関連の輸出増加で自国通貨チャットが上昇し、ドル換算のGDP が膨らんだ面もある。 2 隣国タイのミャンマー人労働者受け入れについては、カンヤラット(2012)が詳しい。 3 筆者が今年 7 月に現地日系企業から聞き取り調査したところ、賃金は月額 95~100 ドルのケースがあり、ジェトロのデータは古い との声も聞かれた。カンボジアやラオス、バングラデシュとの差はなくなってきたが、依然として中国やタイ、ベトナムよりも低い というのが実態だろう。 4 米国の経済制裁がミャンマーの縫製業に及ぼした影響については、工藤(2006)による分析もある。 5 中国の場合、いわゆる「マラッカ・ジレンマ」(中国にとってマラッカ海峡が原油輸入ルートの隘路になっていること)も、ミャン マーへの直接投資の一因と指摘される(Bissinger(2012))。中国にとって、ミャンマーを通り抜ければマラッカ海峡を経ずにインド 洋に出られ、中東産油国へのルートを確保できる。このようにミャンマーは地政学的に重要な位置を占めることから、中国は関係強

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化のために投資を行ったとの見方だ。

6 2011 年度末時点で、ヤンゴン日本人商工会議所に登録していた企業数は 53 社あった。

7 Asian Development Bank(2012)によると、2011 年にミャンマーの電力供給の人口カバー率は 26%に上昇したとのデータもあ

るが、依然として周辺国の09 年時点と比較して低水準にとどまる。

8 元軍人。2007 年 10 月から軍事政権下の首相を務めたが、2010 年 4 月に軍籍を離脱し、連邦連帯開発党を結成。同党党首として

2010 年 11 月の総選挙に臨み、当選を果たした。

9 http://www.president-office.gov.mm/en/briefing-room/speeches-and-remarks/2012/06/19/id-522

10 The Irrawaddy 紙 “FDI Law Passed with $5m Restriction Dropped” (7 September,2012)、Mizzima News 紙 “Battle over

Burma’s Foreign Investment Law”(7 September,2012)

11 Mizzima News 紙 “Investment law likely to be amended again: official”(14 September,2012)、Wall Street Journal 紙

“Myanmar Leader Seeks Flexibility for Investors”(26 September,2012 )

12 このほか、1,989 億円の延滞債務につき、ミャンマーが民間からの短期つなぎ融資を活用して解消するのを支援するため、日本は

長期のプログラム・ローンを供与することとした。

13 丸紅リリース資料 http://www.marubeni.co.jp/news/2012/120710.html、Wall Street Journal “Marubeni Nabs Order to Fix

Myanmar Power Plant”(July 10,2012)

14 トーヨー・タイ リリース資料 http://www.toyo-thai.com/scripts/newsdetail.asp?nNEWSID=210& 15 日本経済新聞「外資 1 号案件は電力」(2012 年 8 月 21 日)

16 「ヤンゴン都市圏電力設備改善事業」

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/about/kaikaku/tekisei_k/pdfs/05gaiyo_myanmar3.pdf

17 Courier Research Associates(2012)によるヤンゴン都市圏の既存火力発電所の発電容量に、脚注 16 の「ヤンゴン都市圏電力設

備改善事業」資料による全国平均の発電所不稼働率(1-稼働率)を乗じて、修復後にフル稼働させた場合の追加的発電量として試算 した。

18 追加的な総発電量は34+100+212=346 メガワット。脚注 16 の「ヤンゴン都市圏電力設備改善事業」資料によれば、ヤンゴンの

電力総供給量は2012 年 3 月時点で 750 メガワット。(346+750)÷750≒1.5 倍。

参照

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