終章 課題と展望 第1節 総括と課題
本論文は、公共におけるコミュニケーション機能が果たす役割の重要性に視座をおき、
社会において、コミュニケーションを円滑に行うために、声のノンバーバル要素が果たす 役割に着眼し、個人相互のコミュニケーションと公共性との関係について、その有用性を 検討し、論じたものである。
本論文の独自性は、コミュニケーションを成立させる要素として、声のノンバーバル要 素に着目したことにある。今回の実証研究の方法は、200 人を超える声のサンプル収集に基 づく音声波形データの分析であり、コミュニケーション学、音声学においてもこれまでに ほとんど試みられない規模の調査研究であるといえる。筆者のバックグラウンドである声 優という経験から、声が発信するバーバル要素ではなく、ノンバーバル要素の重要性に問 題意識を持ち、声が他者に自己の想いを伝えるための重要な役割を果たすことを示した。
本論文は 2 部構成により仮説を論証し、終章においてさらなる課題と理論モデルを提示 した。第 1 部においては、仮説検証の前提として必要とされる声のノンバーバル要素の意 義を明らかにするため、声のノンバーバル要素がどのような影響力を持ち、形成され、さ らにどのように識別され、分類されるのかについて論じた。第 2 部においては、仮説を設 定し、検証のために 3 つの調査を設計し、その調査に基づき、声におけるノンバーバル要 素の重要性とその存在意義を提示した。
序章においては、文部科学省が指摘する社会問題を挙げ、本論文の問題の所存を明らか にした上で、筆者の読み聞かせによる事例を分析し、問題提起をした。さらに、声におけ るノンバーバル要素の重要性を象徴するモデルとして、演者と観客によるコミュニケーシ ョン構築と情報共有のプロセスを取り上げた。次に、本論文の論証範囲を明確にするため に、日本コミュニケーション学会が定める研究領域のうち教育的コンテクストにおけるス ピーチ・コミュニケーション研究ならびに話す行動と聞く行動の生物学的・音韻的および 物理的な諸相の研究である音声科学に特化して研究することを提示した。
第 1 章においては、最初のコミュニケーション、すなわちノンバーバル要素を持つ母親 の声の重要性を考察し、コミュニケーションにおける声の影響力について検討した。読み 聞かせの事例を基にコミュニケーションへの影響を顧み、現代社会に必要な声におけるノ ンバーバル要素の重要性について論じた。
第 2 章においては、声におけるノンバーバル要素の形成要因として、声のノンバーバル 要素の役割について考察し、声のノンバーバル要素を形成する内的要因と外的要因および 複合的要因のそれぞれについて医学的、言語学的、声楽的観点から考察し、声のノンバー バル要素が個々人に特有なものとして複合的に形成されることについて論じた。
さらに第 3 章おいては、声におけるノンバーバル要素の分類として、日本語研究、日本 語表現法、詩学、正門研究、声楽などの多様な研究領域における声のノンバーバル要素が どのように論じられているかについて精査し、声のノンバーバル要素の識別が、高低、強
弱、スピード、間などの要因であることを確認した後、ノンバーバル要素に影響を与える
「息」と「呼吸」の関係性について論じた。
第 4 章では、序章で論じた事例分析における「想いを表すスキルを具備する声によるコ ミュニケーションの促進」という問題提起に基づき、仮説「スキルを具備する声は想いを 伝達する」を設定した。さらに、声におけるノンバーバル要素が本来有している機能を基 礎として、心理学者 Mehrabian (1968)が行った、顔写真による「視覚情報」、声による「聴 覚情報」、バーバル自体としての「言語情報」が、バーバルとノンバーバルの矛盾したメッ セージ伝達にどのような影響を及ぼすかという先行研究に対し、本研究は、「言語情報」に
「聴覚情報」として与えられるノンバーバル要素がどのように影響を与えるかに焦点を当 て、バーバルとノンバーバルという 2 つの要素を内包する声が、スキルを具備することに より、いかに感情伝達を的確に行うことができるかについての研究を行った。すなわち本 研究は、コミュニケーションにおける声のノンバーバル要素の重要性を音声データの分析 を基礎として検証したものである。検証にあたり、声の実態調査を次の三段階に分類した。
第一段階の調査 1 は、声に対するアンケート調査によって、一般の人の声に対する認識と 実態とのギャップを明らかにすることを目的とした。第二段階の調査 2 では声優と一般の 人の音声収集をした後、両者の声の波形を比較することにより、ノンバーバル要素である、
高低、強弱、スピードなどの物理的コントロールスキルの実態を明らかにした。第三段階 の調査 3 では、評価者が、収集した声のノンバーバル要素のうち、「喜んで」、「怒って」、「悲 しんで」など、感情を表出する音声から意図する想いを聞き取ることができるか否かをヒ アリング調査によって行い、声優と一般の人のスキルによる想いの伝達のレベルの差を明 らかにした。
第 5 章の実態調査での結果と分析では、三段階による実態調査の結果を整理し、分析を 行った。第一段階のアンケート調査による「自分の声に対してどのように感じているか」
について意識調査の結果では、「良い」、「普通」、「悪い」、「どちらともいえない」のうち、
男女共に「普通」が半数以上を占め、続いて「悪い」の回答が多く、自分の声に対して好 印象でないことが示された。次に、声の変化に対する意識調査では、「変化させている」、「時 には変化させている」、「意識していない」のうち、男女共に「時には変化させている」が 最も多く、特に女性は半数を上回り、続いて男女共に「意識していない」の回答が多く見 られた。これによって、一般の人は、声におけるノンバーバル要素に対する意識が低いこ とが示され、声のノンバーバル要素のコントロールによる伝達能力向上の充分な幅が存在 することが明らかに示された。
第二段階の声のサンプリング調査では、音声波形から導かれる次の 3 つの要素に基づき、
分析を行った。第一に、音声波形の振幅を比較し、声のノンバーバル要素である、高低、
強弱、スピードなどの物理的コントロールスキルに、声優と一般の人では大きな差異があ ることが明らかに示された。すなわち、一般の人は、いずれの指示においても音声波形に 変化はなく、声のノンバーバル要素を意識的にコントロールするスキルがないということ
が示された。第二にスペクトルの比較を行った。スペクトルは、縦横は音の高さをフォル マント周波数が表し、濃い色ほどその周波数の成分が多く含まれる。この比較においても、
声優が明確に音声を濃く、あるいは薄く表れているのに比べ、一般人の音声には周波数成 分の変化が見られないことが示され、一般の人には声のノンバーバル要素を意識的にコン トロールするスキルが育成されていないことが論証された。第三のピッチの比較では、声 のリズムやテンポ等、超分節素性(super segmental feature)に分解され、声による表現 の単調さの程度を明らかにした。3 つの音声波形分析の結果、声優の場合はすべての波形に 明確に区別される変化を示したが、一般の人の波形には著しい変化が示されなかった。声 優と一般の人の音声には明確な差異がみられ、一般の人には声のノンバーバル要素を意識 的にコントロールするスキルがないということが明らかになった。
第三段階における声のヒアリング調査では、声優と一般の人の想いを表すスキルの違い を明らかにした。声優の発話による感情表出は 3 つの感情すべてにおいて高い割合で評価 者に伝えられたが、一般の人では「喜んで」53.1%、「怒って」32.7%、「悲しんで」37.4%、
「全体」として 41.1%しか伝わらないことが示された。検定した結果、水準 1%で声優と 大人、声優と小学生に有意差がみられた。さらに、バーバルノンバーバルが一致不一致の 場合においても、水準 1%で声優には有意差はみられないが、一般の人にはみられた。すな わち、一般の人の声からは正確に想いを聞き取ることができないことが示された。
これらの三段階の調査結果により、一般の人では声のノンバーバル要素に対する意識が 低いこと、自分の声のノンバーバル要素をコントロールするスキルが低いこと、一般の人 の声からは正確に表出しようとした想いが伝わらないことが示され、仮説「スキルを具備 する声は想いを伝達する」が帰結された。声優は訓練を経て獲得したスキルによって、ノ ンバーバル要素をコントロールし、意図する想いを正確に他者に伝達することができる。
本実験において、一般の人のうち唯一異なる結果を導いた保育士に顕著に示されたのは、
日常のコミュニケーションにおいて、子ども達に想いを伝えるために声のノンバーバル要 素を意識的に変化させることを行った故に培ったスキルであることを示す事例といえる。
換言すると、一般の人が想いを表すスキルを具備することによって、相互の想いを正確に 伝達し合うことが可能になり、コンテクストの共有が高められ、コミュニケーションを効 果的に行うことができると考えられる。このように相手に想いを正確に伝えるためのスキ ルを身に付けるためには、声のノンバーバル要素を適切に表現する訓練を受けることが効 果的であると考えられる。そこで、本調査で帰結した仮説検証の結果に基づき、一般の人 が想いを表すスキルを習得するトレーニングを試みた。
「想いを伝えるノンバーバル要素は訓練によって習得できる」である。これを検証するた めの予備的実験として、遊魚道場 1 週間プログラムを実施し、その結果について、評価者 114 名による評価実験を行い、予備的考察を行った。これらの結果に基づき、その成果を教 育モデルの事例とし、想いを伝達するスキルを具備する声を習得するためのシステム化モ デルを示し、その理論的検証を本論文の今後の課題とすることとした。
第2節 本実験の結論に基づく改善策の検討
1 遊魚道場プログラム
本研究の今後の課題として、一般の人に想いを伝える声のノンバーバル要素をコントロ ールするスキルを習得してもらうために、予備的実験として遊魚道場 1 週間プログラムを 実施し、その結果について、評価者 114 名による評価実験を行った。2008 年 3 月 26 日か ら 4 月 2 日の 1 週間において、内面に顕在している想いを他者に明示することを目的と したプログラムを提案し、『遊魚道場』という名称で 1 週間の訓練を行った。参加者は 小学生 1 年生が 2 名、2 年生が 1 名、3 年生が 2 名、6 年生が 3 名の計 8 名、訓練の補 佐として筆者が率いる劇団員も参加させた1。このうち小学生には実験に協力してもら い、訓練の前後に、表現能力の効果を図るために、「おはようございます」というバー バルに、『喜んで』、『怒って』、『悲しんで』の 3 種類の感情を込めて発話したものを録 音した。
堀井(1982,p.3)によれば、吃音を悪化させる外的刺激の一つに、「朗読や早読みで、
つまったら次の人に移る」を挙げているが、あえて呼吸法や発声を強化しながら、全体 で競い合うことによって技術を習得させることを目的にモチベーションを高めるため に早読みの競争をプログラムに導入した。プログラムの目的と方法と工程の詳細は、注 に記載する2。
2 聴取実験
遊魚道場の訓練によって身に付けたスキルの習得状況を把握するために聴取実験を 行った。実験内容は、訓練前後とさらに半年後の 2008 年 10 月 18 日に子どもたちが発 話した「おはようございます」というバーバルに、『喜んで』、『怒って』、『悲しんで』
の 3 種類の感情をノンバーバルに込めた音声 72 サンプルをランダムに並び替えたもの を、どの感情で話されたものと感じたかを聞き取る聴取実験である。評価者は、2008 年 11 月 2 日と 3 日に朗読会に集まった年齢・性別に偏りがなく、先入観のない人たち 計 100 名とした。詳細は 8 歳 4 名、10 歳代 13 名、20 歳代 28 名、30 歳代 23 名、40 歳 代 13 名、50 歳代 12 名、60 歳代 7 名である。特別な情報は与えず、遊魚道場の趣旨を 説明した後、年齢と性別にチェックし、72 サンプルの音声がどの感情で発話されたか を『喜んで』、『怒って』、『悲しんで』『どれでもない』の中から選択するよう促した。
さらに、それぞれの声は 4 秒おきに 1 回聞こえてくることを伝え、あまり考え込まず直 感で感じた状態で記録するように示唆した。回答欄にミスがないよう、5 つおきにポー ンという音が入ることも付け加えた3。
3 結果考察
聴取実験の結果を図表6-2-1に示した。
図表 6-2-1. 3 種類の想いがトータルして正しく伝わった割合
これは 8 名の参加者の個人別に示した 3 種類の感情がトータルで伝わった結果である。
ほとんどの子どもが、訓練前に比べ、訓練後にスキルを習得していることがわかる。さ らに半年経過後においても、半数の子どもが身に付けた訓練直後に身に付けたスキル以 上に上がっている。一週間という短い時間であっても、子ども達は確実に自己の想いと 向き合い、それを表現するスキルを付けることができた。次に、訓練前と訓練後、訓練 後と半年後、さらに訓練前と半年後の全体をそれぞれ有意差検定した結果である(詳細は 付録に添付する)。図表 6-2-2 に示した。
0.01% 0.05% 0.1% 有意差 訓練前と訓練後 ○ ○ ○ 両側 訓練後と半年後 × × × 両側 半年後と訓練前 × × ○ × ○ ○ 片側・両側
注:○=有意差あり ×=有意差なし
図表 6-2-2. 訓練前・訓練後・半年後における有意差検定の結果
訓練前後は、片側両側において検定した結果、すべて有意差が見られた。確実にスキ ルを身に付けたということができる。さらに訓練後と半年経過後では、訓練参加者によっ て訓練後以上にスキルを伸ばしている者と減少傾向にある者の相違はあったが、その減少
における有意差は存在しなかった。半年後と訓練前においてはでは片側 1%では有意差はな く、5%、10%では有意差は見られた。両側においても 1%、5%では有意差はなく、10%で は有意差が見られた。この検定の差異は訓練参加者によってスキルの維持のレベルに大き く差が出たためだと考えられる。しかしながら、この有意差検定の結果からもわずかな時 間による訓練で訓練後の子ども達にスキルが身についたということができる。今回は小 学生を対象にしたプログラムを設定したが、それだけに留まらず、幅広い年代においても 想いを表すスキルを具備するためのプログラムを提案して行くことが必要であると考える。
第3節 本研究の課題 想いを伝えるスキル習得プログラム
片岡は『公共の哲学』の中で次のように指摘している。「各人が公共性の発信者であり、再起してくるそれを受け止める受信者であることを考 えると、自分が自分自身であり得る本人的生活圏ですら、公共性と無関係であり得ない。
それのみならず、本人的生活圏がプライバシーの領域として互いに尊重されない限り成立 し得ないことを考えると、その存在そのものも公共的意義を帯びてくる(2002,p.93)。」
公共において、生活圏におけるコミュニケーションの構築は常に行われる。しかし、昨 今の不登校、ひきこもりをはじめとするコミュニケーション不全に関わる社会現象は減少 せず、児童生徒が抱える問題は、日々深刻化している。
さらに Habermas は、1981 年に「コミュニケーション的行為の理論」を敷衍し、コミュニ ケーション的行為の基礎概念を展開した。Habermas は、近代におけるコミュニケーション 的行為について、環境の変化の影響を次のように指摘している。
「今日ますます明らかになりつつある社会病理学の類学を説明するにあたって、コミュ ニケーション的に構成されている生活諸領域が、自立化して形成的に組織された行為諸シ ステムの命令に服従するようになるという考えをとる。だから、コミュニケーション的行 為の理論は、社会的生活諸関連を明確にすることによって、近代のパラドックスを解明し なければならない(1985,p.16)。」
本研究の今後の課題として、想いを表すスキルを具備した声で話すために、図表6-3-1に、
スキルを具備する声の構築の土台となるプログラムの可能性を提示した。
フェイズ1では、妊娠中から保健所や医療機関の協力を得て、母子間のコミュニケーショ ンを強化することにより、出産前の状態からコミュニケーションを構築する。この母子間 の強化されたコミュニケーションが基盤となり、その後の相互関係に大きな影響を及ぼす ことが想定できる。フェイズ2では、想いの成長の要因となる伝統芸能による、想いを表す スキルを具備した声を聞くことにより、ノンバーバルな要素の重要性を個々に取り入れる ことが可能となる。さらに、学校教育において、そうしたものの背景にある歴史を学ぶこ とにより、ノンバーバルに秘められている本質的な内容、すなわち、本音や、切実な想い を感じ取るための想いを成長させる。フェイズ3では、スキル向上の要因として、今まで観 聞きしてきたことを自らが表現する場を設けることにより、自己と他者の感じ方の相違や、
自己の想いを正確に他者に伝える難しさを実感することによって、共感が成立されている かについて確認をし、それを続けることにより、実践的にスキルを向上させるための構築 プログラムである。
想いの成長の要因
義務教育における学校教育の中 で習得、実践により強化。
母子間のコミュニケーションの構築 対話によるノンバーバルの強化
保健所・医療機関による指導(対 話・母乳の重要性)を、出産前か
らサポート。
フェイズ2フェイズ1
伝統芸能に対する理解・想いの確認
フェイズ3
スキル向上の要因 表現体験・共感確認 想いとスキルを具備する声の構築
読み聞かせや学芸会などで習得した感 情表現を実際に他者と共有できるか、確認 を繰り返し行い、実践的なスキル向上を図
る。
伝統芸能の表現から、歴史的背景に おける理解を固め、バーバルとノンバ ーバル要素から、本質的な感情表
現を抽出する。
図表 6-3-1. 想いを表すスキルを具備する声の構築プログラムの概要
図表6-3-1を実現するために、野中他(2003.p.57)のナレッジマネジメントの理論を適 用する考察を試みる。野中他が提言するこの理論は、成人を対象とする企業内の組織マネ ジメントであり、先に述べた想いを表すスキルを具備する声の構築プログラムの土台に、
この理論を取り込むことで、年代を越えた一般的なコミュニケーション構築をするための プログラムに拡大することができると考える。
野中他(1996,p.38)は、日本の知的伝統について、仏教、儒教、西洋の哲学からの影響 を受けて形成された 3 つの「知」の伝統があると指摘している。それは、「主格一体」、「心 身一如」、「自他統一」であり、これらの特徴が、日本的知識観の基礎と日本的経営の方法 を構築している。日本的思考の最も重要な特徴が、「人間(主体)と自然(客体)の一体化」
という基本的思考と時間と空間の柔軟な捉え方は、ある一定の世界観ないし形而上学に従 うより、繊細な感情の動きにつき合う日本人の性向を明確に示していることを指摘してい る(1996,p.38)。野中他は、「心身一如」は、「全人格」の強調であり、日本人にとって知 識とは、全人格の一部として獲得された知恵を意味し、間接的、象徴的知識より個人的、
身体的な経験を重視するのはこのためであると指摘している(1996,p.41)。そして、この
「主格一体」と「心身一如」という 2 つの伝統は、自己と他者の交流を大切にする第 3 の 伝統「自他統一」につながる。日本人の認識方法は、対象から離れないという意味で、「触 覚的」であり、語り手が物事を語るとき相手に共感つまり主観を共有してもらうという意 味で、「共同主観的」であると指摘している(1996,p.43)。これらはまさに、想いを表すス キルを具備する声の構築プログラムに必要な概念と類似しており、このシステムを導入す ることにより、構築プログラムを実践的に行うことが可能になると考えられる。野中他は、
暗黙知と形式知の 2 つの側面に分類しており、暗黙知は、言語化しえない、経験や五感か ら得られる直接的知識、信念を指し、形式知は、理性的、論理的であり、言語的媒介を通 じて共有、変種が可能なもの、と分類している(1999,p.105)。
本論文ではこの分類を、この暗黙知を想いに、形式知をスキルに変換し、その連携につ いて考察すると次のように示すことができる。暗黙知の言語化しえない、経験や五感から 得られる直接的知識、信念は、想いに置き換えると、バーバルでは表現しえない、バー バルでは表現しがたい想い、経験や五感から得られる直接的想いとなり、形式知の理性的、
論理的であり、言語的媒介を通じて共有、変種が可能なものをスキルに置き換えると、バ ーバルで表現された明示的な想い、想いから分類される体系的な想いに変換することがで きる。野中他によれば、暗黙知と形式知は、性質的には異なっているが、これらは実は知 識の異なる、補完し合う「極」となる(1999,p.111)。これを想いとスキルに置き換えて考 えることで、暗黙知と形式知と同様に、想いとスキルは補完し合う「極」ということにな る。このつながりを図表 6-3-2 にまとめた。
想い スキル
● バーバルでは表現しえない、バーバルで は表現しがたい想い
● 経験や五感から得られる直接的想い
● 現時点の想い
● 身体的勘どころ、コツと結びついた技能
● 主観的、個人的
● 情緒的、情念的
● アナログ知、現場の知
● 特定の人間、場所、対象に特定、限定さ れることが多い
● 身体経験を伴う共同作業により共有、発 展増殖が可能
● バーバルで表現された明示的な想い
● 想いから分類される体系的な想い
● 過去の想い
● 明示的な方法、手順、事物についての 情報を理解するための技術的構造
● 客観的、社会(組織)的
● 理性的、理論的
● デジタル知、つまり了解の知
● 情報システムによる補完などにより 場所の移動、転移、再利用が可能
● 言語的媒介を通じて共有、編集が可能
出典:野中郁次郎,紺野登(1999)『知的経営のすすめ −ナレッジマネジメントとその時 代―』筑摩書店,p.105 を参考に加筆修正
図表 6-3-2.想いとスキルの特性
さらに野中他は、知識にこの二極があることで、ダイナミックな増殖(知識構造)が可 能になり、暗黙知が形式知化され、それが他者の行動を促進し、その暗黙知が豊かになり、
さらに、それがフィードバックされて、新たな発見や概念につながると述べている
(1999,p.111)。これを声における想いとスキルに応用すると、想いがスキルによって伝達 され、それが他者の行動を促進することによって、その想いが豊かになり、さらに、それ がフィードバックされ、新たな発見や概念につながるということを意味する。これは、こ れまで述べてきた日本文化に培われた伝統芸能の特性と同じ状態といえる。この暗黙知と 形式知、すなわち、想いとスキルの組み合わせによって、4 つの知識変換パターンが想定で き、図表 6-3-3 は、個人、グループにおけるコミュニケーションや相互作用によって、知 識の 2 つの側面が変換されることを次のように示すことができる(1999,p.111)。
さらに、知識創造の一般原理−SECIプロセス−に示した想いとスキルの相互作用が意 味するSECIプロセスの 4 つの側面を示すと、図表 6-3-4 のように表すことができる4。
想い 想い
共同化(S)
Socialization
表出化(E)
Externalization
内面化(I)
Internalization
連結化(C)
Combination
スキル スキル
(注)C:コミュニケーション
スキルの組み 合わせによる 新たな双方向 C能力(コンテ クストの活用)
対話・共感に よる双方向C プロセスの創 造(想いの表 面化)
身体・五感を駆 使、直接経験を 通じた想いの共 有、創出
ス キ ル を 実 践 の レベルで伝達、新 たな想いとして理 解、学習
⑦ 新しいスキルの獲得と統合
⑧ スキルの伝達、普及
⑨ スキルの編集
⑩ 行動、実践を通じたスキルの体系化
⑪ シミュレーションや実験によるスキルの体系化
⑤ 自己の想いの表出
⑥ 想いからスキルへの置換、表現
① 家庭内Cにおける想いの獲得
② 地域Cでの想いの獲得
③ 想いの成長、蓄積 ④ 想いの伝授、育成
出典:野中郁次郎,紺野登(1999)『知的経営のすすめ −ナレッジマネジメントとそ の時代―』筑摩書店,p.111 に基づき加筆修正
図表 6-3-3.知識創造の一般原理−SECI プロセス−
Socialization
(共同化)
内面化より得られた個人の想いから、新たにグループとして共有す る想いを得るプロセス
Externalization
(表出化)
共同化より得られたグループとしての想いから、新たにグループと してのスキルを得るプロセス
Combination
(連結化)
表出化より得られたグループとしてのスキルから、新たに個人とし てのスキルを得るプロセス
Internalization
(内面化)
連結化より得られた個人としてのスキルから、個人としてのさらに 新たな想いを得るプロセス
出典:野中郁次郎,紺野登(1999)『知的経営のすすめ− ナレッジマネジメントとその 時代―』筑摩書店,p.111 を参考に作成
図表 6-3-4.SECI プロセスの 4 つの側面
暗黙知と形式知、すなわち、想いとスキルによる相互作用は、一連の知識創造プロセス を生み出している。図表6-3-4の4つのプロセスをさらに詳細に表すと、図表6-3-5の知識創 造の4モ−ド理論になる(野中他,2003.p.57)5。
想い 想い
個人 個人
C
①共同化
②表出化
④内面化
③連結化
双方向C 双方向C
双方向C 双方向C
スキル スキル グループ
組織
想いやコンテクストと組み合わせて具体化 それぞれの想いを表出
個人相互の想いの共有
グループ
グループ グループ
グループ グループ 組織
個人
個人 個人 個人 C C
個人 個人C
C C
C C
グループ
双方向Cを、組織から個人にとりこむ
個人 C
(注)C:コミュニケーション 出典:野中郁次郎他(2003)『知的創造の方法論 -ナレッジワ ーカーの作法-』東洋経済新報社,p.57 に基づき加筆修正
図表6-3-5.知識創造の4モ−ド理論
野中他(2003,p.58)は、SECI プロセスは単に個人や集団、組織において閉鎖的な領域で 展開されるのではなく、周辺の環境も取り込んでダイナミックに展開していくものだと指 摘している。現在における伝統芸能は閉鎖的な領域になりつつあるが、野中他のこの指摘 を受け、保健所や医療機関、義務教育の現場をはじめとする周辺の環境を取り込むことで、
想いを表すスキルを具備する声を構築する土台を固めることは可能であると考えられる。
図表 6-3-6 は、SECI プロセスにおける知識創造の流れを示している(野中他,2003,p.59)。 この流れを取り入れることによって、年代を超えた各組織においても、想いを表すスキ ルを具備する声を構築し、コミュニケーションを円滑に図れる理想的な環境を整えたい と考える。
共同化は、対面による想いの共有、獲得、増幅が基本となるプロセスであり、
観察、模倣、訓練によって体得する想いレベルにおける双方向Cの成立である。
表出化は、個人と集団の相互作用が媒介となり、想いを持つ個人がグループ内 で他者の想いを共有し、それをより高い理念やビジョンと結びつけながら、ス キルを磨いて、新たな観点を持つコンセプトへと産出する、想いレベルからス キルレベルにおいて双方向Cを構築する。
連結化は、スキルの獲得、結合、すなわち既にあるスキルを体系的に結びつけ、
新たなスキルを生み出す双方向Cの構築プロセスである。
内面化は、スキルに想いを表すプロセスであり、スキルを自分自身のものとし て身体に取り入れ、S にフィードバックする双方向Cを確立する。
(注)C:コミュニケーション
出典:野中郁次郎,紺野登(2003)『知識構造の方法論−ナレッジワーカーの作法―』筑摩 書店,p.59 を参考に作成
図表 6-3-6. SECI プロセスにおける知識創造の流れ
本論文における想いを表すスキルを具備する声の構築プログラムの土台として、母子間 の早期におけるコミュニケーションの構築を基盤とし、読み聞かせや伝統芸能のような想 いとスキルを必要とする想いを高めることによって、今まで培ってきた日本文化における コミュニケーションの場を構築し、共通のコンテクストを高めることを提案した。さらに、
義務教育までの年代にインプット、アウトプットを導入することにより、義務教育と並行 して、誰もが平等に想いとスキルを内包する声のシステムを組み込んだ。そうすることに よって、義務教育と並行してコンテクストの共有、すなわち、個人の共通の想い出を蓄積 することができると考える。コンテクストの共有が想いの成長を促進し、共通の想い出と なることによって長期にわたる想いの共感を保持することができる。この蓄積時期を小・
中学校と考えた理由は、最も学習能力の吸収度が高い年代であり、再生されたものを習得 する時期としてふさわしいと考えたからである。しかし決してこの年代においてのみ、適
応できるということではなく、土台となるフェイズ3プログラムを基盤として中学生以上の 成人においてもスキルを身に付けることができると考える。「理解・本質・文化」というキ ーワードは、伝統芸能を対象とする観劇や朗読など、日本文化の背景にあるノンバーバル な想いの理解、そして想いの促進を意味する。「感じる・想いを伝える・つなぐ」は、「理 解・本質・文化」の3つのキーワードをインプットし、それを表現できる想いを表すスキル の向上を意味する。このキーワードはどの年代においても同様に想いの促進を図ることが 出来ると考える。さらに想いを表すスキルを高めるためには、コミュニケーションのプロ セスを基本にスパイラルとして創造する中で実践的に積み上げる必要がある。そして個人 が習得した想い、すなわち友人や仲間との共感、感動する想いがコンテクスト共有のベー スとなり、この流れにおいてコミュニケーションの場を制度の仕組みとし、システム化す ることによって、再生の定着し、確実に習得することで個々のコミュニケーションを高め ることが期待できる。
コミュニケーションの場のシステム化は、図表6-2-7.想いを表すスキルを具備する声の システムに示した。共同化によって、対面による想いの共有を図ることで、コンテクスト の共有を獲得し、それを基本として、観劇や朗読などを体験することによる観察、模倣、
訓練によって、想いを増幅していくプロセスである。表出化では、個人とグループの相互 作用が媒介となり、個人の想いがグループ内で他者と共有することによって、さらに深い 想い(想い)を育成しながら、スキルを磨き、新しい観点へとつなげる、想いをスキルに よって表すプロセスである。連結化では、各自のスキルの獲得、結合により、すでに習得 したスキルを、グループ内で体系的に結びつけ、コンテクストでグループとして取り組む 新たなスキルを習得するプロセスである。内面化では、連結化までに習得したスキルによ って確立した学校というコンテクストからグループ、グループから個人へと、個々に自分 自身のものとして取り入れ、さらに、共同化にフィードバックすることにより、想いを表 すスキルを高め続けるプロセスとなる。
想い
双方向Cの場 −相互作用−
コンテクストの共有を蓄積
C 共同化
双方向C
表出化
内面化
連結化 双方向C 双方向C
双方向C 双方向C
スキル
グループ
グループ
組織
個人 個人
C 個人 個人 個人
個人
個人 個人
C C
C C
C
グループ
グループ グループ
グループ
組織 C
グループ C 個人
想いを表すスキルを具備する表現者 スキル 想い
(注)C:コミュニケーション
図表 6-3-7. 想いを表すスキルを具備する声のシステム化
図表 6-3-7 は、野中他の知識創造を基にコミュニケーションの創出をフェイズ化して示 した。知識創造の主体としての組織にとっての課題は、個人のもつ想いをいかに共有し、
そこから新しい知識を創造するか、そしてその中で各自がどのように自己超越を達成でき るかである。野中他の知識創造企業の理論は、こうした組織観に基づき、組織が想いを能 動的に創造するプロセスを明らかにしようとするものである。
この「想いを表すスキルを具備する声のシステム化」が効果的な象徴的相互作用の過程 を実現することを検証することが本研究のさらなる課題である。
第 6 章 脚注
1 小学生を対象にしたのは、短期間で効果が最も伸びやすい成長段階の年代だと考えたから である。今後、年齢層を上げての実験の取り組みも検討する予定である。
2遊魚道場プログラムの目的と方法
訓練名 目的 方法
自然体つくり 無駄な力を抜き、丹田2を中心に立ち、呼 吸の乱れを整える
脱力をし、不必要な力の入っていない体を 他者に委ねて揺らす
息の位置確認 吸った息の量と体内に入っている息の量 を感じ、体内の息の位置によって声が変 化することを認識する
体内の息が入っている位置を二人組みで 確認し合い、指示した量の息を手で拾い、
それと同じ量の息を吐くイメージトレー ニング
声と共に腹筋 体と声が連動していることを実感するこ とで、声が自分の一部であることを認識 する
仰向けに寝て足を上げた状態で声を出し、
足が下に着く直前まで声を出し続ける、さ らに二人組みで、一人が頭上に立ち、寝て いる人の足を下ろす際に勢いをつけ、寝て いる人はその勢いを受け返して元の位置 まで戻しながら声を出し続ける
呼吸読み競争 他者の息使いを読み取ることができるよ うになることで、感情を読み取り、その 場の空気を読み取れるようにする
数を言う順番は定めず、他者の呼吸を読 み、他者と重複せずに 1 から 10 までの数 を数え、戻ってくる
感 情 を 込 め た 動物
子ども達が知っているお笑いネタを使う ことで、親近感が沸き、さらに指示され た動物になりきるスキルを実感すること で自然に自己解放できる
1 つの数字を感情の入った状態で読み、別 の数字を動物になって数える(例:3 を阿 呆っぽく、5 を犬っぽく、15 は阿呆な犬っ ぽく)
外郎売 滑舌を明瞭にし、テンポやトーンなどの ノンバーバル要素をコントロールするこ とで、感情表出できるようにする
外郎売の早口言葉の部分を抜粋して実施、
少しずつ進め、最後はチーム分けをしてタ イムを競い合う
赤ちゃん
赤ちゃんのノンバーバル要素(泣き声)
で欲求(感情)を表現させ、ノンバーバ ルの重要性を認識。発信側、受信側にま わることでコミュニケーションを確立さ せる
赤ちゃんになったつもりになり、泣き声に よって周囲の仲間たちと意思疎通を図れ るかどうかを順々に表現させ、周囲の子供 たちから、その泣き声が何を訴えている か、理由を推測させる
息 の キ ャ ッ チ
ボール
声ボール(声の速さや大きさをボールに イメージさせる)をキャッチし合うこと で、相手の感情を受け取り、コミュニケ ーションを形成する
イメージした息の重さと同じ重さの声ボ ールを投げ合う。息のコントロールを習得 し、双方向でキャッチし合う
変身の術
カツラをかぶることで、自己から解放さ れ、別人となって、自分以外の感覚で表 現することができ、表現の幅を広げるこ とができる
カツラをかぶって感情表現(喜怒哀楽)を 指示し、状況やコンセプトを含め、役作り を自分で考え、各自が自由にカツラを使っ て表現
背 中 で 声 を 感 じる
全員が、背中に声かけ、背中で感じる、
それらを観察する、3 つのポジションを体 験することによって、意識的にかけた声 しか、相手に届かないという体験を実際 にする
4 人が背を向けた状態で、1 人が自分の決 めたターゲットにだけ、声をかける。背中 にかけられた声が自分へだと思った人は 手を上げる。全員が 3 つのポジションを体 験することで意識と声の繋がりを学ぶ ピ ア ノ と 一 体
化
変身の術に、生のピアノ演奏を組み込む ことで、ピアノの音色を感じ、強弱を読 み取り、ピアノの序破急に合わせて表現 することで、さらに表現が深まる
変身の術のグレードアップ版。
指示された喜怒哀楽をピアノと一体化し、
演奏に合わせ、音楽のイメージに合わせて 表現
擬人化
生ピアノとは異なるデジタルな音楽に合 わせて踊っている間に、思いついた物を 表現することで、音感が醸し出すイマジ ネーション力を高める
CDを使ってリズムに合わせた自己表現 の訓練を行い、音楽が止まると同時に指示 された物を想像して擬人化する
遊魚道場工程の詳細
・初日(3 月 26 日)は、実験データの録音後、専門家の歌手や役者が通っている無門塾の 発声内容を一通り行った。はじめに自然体を作るため、不必要な力を抜くために脱力の練 習をし、力を抜けた状態の体を他者に委ねて自然に揺らす訓練をした。自然体とは、乳児 のようなどこにも無理な力を入れず、潮の満ち干き、あるいは波の打ち返しのように、息 がゆったり入り、波が頂点に行ったらゆっくり出て行く状態を指す。無駄な力が入ってい ると呼吸が乱れ、ぶれが生じる。ぶれの原因は、主に日々の生活習慣や緊張、プレッシャ ーである。自然体で丹田を中心に立てるようになった後、息の位置確認のため、息が入っ ている位置を二人組みで確認し合い、次に、指示した量の息を手で拾い、それと同じ量の 息を吐くイメージトレーニングを行った。このトレーニングを行うことで、自分の感情が 息にのることを実感することができる。さらに、腹筋を鍛えるために、仰向けに寝て足を 上げた状態で声を出し始め、下に着く直前まで声を出し続けることを繰り返し行った。次 に、二人組みでこの作業を行い、一人が頭の上に立ち、寝ている人の足を下ろす際に勢い
をつけ、寝ている人はその勢いを受け返して元の位置まで戻す訓練をした。その後は、2 チ ームに分かれ、呼吸読み競争 1 から 10 までの数を数え、戻ってくる練習をした。この時、
数を言う順序は定めず、他者の呼吸を読み、他者と重複しないように発話することを条件 とし、重複した場合は 1 からやり直し、2 チームを競争させた。このトレーニングをするこ とで、相手の呼吸を読むことができるようになり、さらには呼吸から、相手の感情を感じ 取ることができるようになることを目的とする。日本の武道では、このトレーニングが必 須である。次に、自己解放として、1 つの数字を感情の入った状態で読み、もう 1 つの数字 を動物になった状態で数える感情を込めて動物になる(例:3 を阿呆っぽく、5 を犬っぽく、
15 は阿呆な犬っぽく)訓練をした。子ども達が知っているお笑いネタを少人数で見せ合う ことにより楽しくチームワークを築くことができ、頭を使いながら表現を必死になってす ることにより、緊張がほぐれ、恥ずかしいという感情が軽減されたところで、自己解放が できる。その後、全員の前でチーム毎にその表現を披露し合い、お互いを観察して秀でた 演技を見ることにより触発され、更なる表現力を引き出すことができる。その後は、外郎 売の早口言葉の部分から訓練した。
・2 日目(3 月 27 日)は初日の無門塾の発声を一通り行い、初日に行ったのと同様に数を 数えて呼吸を読む競争をした後、感情を込めた動物になって数を数える練習をした。次に 外郎売の早口言葉を個々に強化した。7 歳の 2 人は、初日とは比べものにならないほど上達 し、他の子供たちはさらに飛躍的に上達した。
・3 日目(3 月 28 日)は発声を一通り行った。そして数を数えて呼吸を読む競争を行い、
感情を込めた動物になって数を数える練習をした後、2 つに分かれ、外郎売を群読して通し 稽古をした。最後は、子供たちがひとりひとり赤ちゃんになったつもりになり、泣き声に よって周囲の仲間たちと意思疎通を図れるかどうかを順々に表現させた。そして周囲の子 供たちから、その泣き声が何を訴えているか、理由を推測させた。泣き声によって、不快 なのか、甘えているのか、などの感情を読み取ることで、演じる赤ちゃん役の子どもと、
周囲が一丸となって双方向に相手を受け入れようとすることで、コミュニケーションが成 立する。
・4 日目(3 月 29 日)は一通りの発声を終え、数を数えて呼吸を読む競争を行った後、感 情を込めた動物になって数を数える練習をした。次に 2 人組になり、息のキャッチボール を行った。イメージした息の重さと同じ重さの声を出すコントロールの仕方を習得させた。
小さな息にはそれに伴う声がのり、激しい息にはそれに伴う強い声が発せられるなど、息 のキャッチボールの直後に投げられる同じ息の声ボールが、どのように投げられるかを察 知して、相手の投げるボールに込められた感情に合わせてキャッチすることで、コミュニ ケーションが形成される。続いて、子供たちの強い希望により、前日と同様に赤ちゃんの 泣き声で意思疎通を確かめ合った。次に外郎売を 2 班に分かれ、通して競争した。最後は 変身の術として、カツラをかぶって感情表現(喜怒哀楽)を指示し、状況やコンセプトを
含め、役作りを自分で考え、各自が自由にカツラを使って表現した。
・5 日目(3 月 30 日)は発声後、数を数えて呼吸を読む競争の後、息のキャッチボールを 行い、感情を込めた動物になって数を数える練習をした。その後、背中で声を感じ取る事 ができるかを試した。これは、4 人が背を向けた状態になり、1 人が、自分が決めたターゲ ットに対してだけ、声かけを行う。背中で、自分にかけられた声だと思った人は手を上げ る。全員が声かけ、背中で感じる、それらを観察する、3 つのポジションを体験することに よって、意識が声に影響することを学ぶ。次に外郎売を 2 班に分かれ、通し競争させた。
最後は変身の術の上級編として、カツラを使って前日とはまた別人になり、指示された喜 怒哀楽をピアノと一体化して、演奏に合わせ、音楽のイメージに合わせて表現させた。ピ アノの序破急に合わせて感情を表現し、リズムに合わせた動きを自らが考え、体で感じな がら、それを具現化することで表現力の引き出しを増やす。
・6 日目(3 月 31 日)は発声後、数を数えて呼吸を読む競争をした。感情を込めた動物に なって数を数える練習を行った。続いて息のキャッチボールにおける声のコントロールの 強化を行った。その後は、CDを使ってリズムに合わせた自己表現を行い、その間に想像 した物のイメージを固め、音楽が止まると同時に指示されていた物になる(擬人化)を披 露しあった。前日の生のピアノ演奏とは異なるデジタルな音楽にあわせて踊っている間に、
自分が何になるかを考え、曲の終わりと共に物を演じることで、イマジネーション力の向 上を図る。最後は 2 組に別れ、外郎売を通し、競争した。
・7 日目(4 月 1 日)最終日は、発声後、数を数えて呼吸を読む競争をし、感情を込めた動 物になって数を数える練習をした。息のキャッチボール訓練後、発表会を行った。最後は、
遊魚道場に参加したことを賞し、表彰状とメダルを劇団員から子供たちに授与した。その 間、順に初日に録音した実験データと外郎売を録音した。
3 評価紙は付録に添付する。
4各スペルの頭文字をとり、SECIプロセスと呼んでいる(野中他,1999,p.111)。
5WEB CREO巻頭インタビュー『組織的知識創造論の新たなる地平-最新の理論展開を巡って-』,
(聞き手・本誌編集人 寺本隆志・担当 三木敦雄・撮影 前田陽子)
http://www.shc-creo.co.jp/webcreo/bn/e19980201.html(2007.10.31現在)野中郁次郎を 参考に考案した。次のとおりである。
① 共同化は、個人の相互の知の共有、すなわち、想いを理解することによって高コンテク ストの状態を築き、グループ意識を生み出す。経験を共有することによって、グループ としての想いを取得する、徒弟制度などで親方のノウハウを観察や模倣、練習によって 学び取るのが、典型的な例といえる。つまり、自らが歩き回って直接体験して想いを獲 得していく。
② 表出化では、個人が持つそれぞれの想い(想い)をスキルによって明確に相手に表出す ることにより、さらにグループ内のコンテクストの共有を高める。組織的双方向Cの創 出で最も重要なプロセスである。
③ 連結化では、既存の想いやコンテクストの共有と組み合わせて具体化することにより、
スキルから想いを呼び起こす作用を示している。つまり、スキルからスキルへ具現化し ていく「内面化」、そして「共同化」「表出化」「連結化」を通して学び取った想いやス キルを、個の中に想いとして取り込む。これは、行動による学習が必要になる。頭で理 解しても、実践行動がないと想いが読めない。個の想いを形にすることによって、再び 自己のスキルにしていくと、想いが豊かになる。したがって、「双方向Cを創出するプ ロセス」という考え方になる。
④ 内面化では、スキルによって、組織から、グループ、個人内部に試行、実践でノウハウ として取り込むことにより、更なるスキルアップを導いている。教育・訓練などが、こ の双方向Cを創出するための想いの変換になる。