不可思議,不可記別
『顕揚 聖教論
』 「 成不思議 品 第十
」の解読研究
早 島 理
Onac i nt yaanda vyakr t a
Os amuHAYASHI MA
[は じめ に]
不 可思議 :
aci nt ya
, こ とばで い うこ とも心 で思 い はか る こ ともで きない こ と1)。無記 :
avyakr t a
,(1)善 で も不善 で もない もの。( 2)
間 に対 して,是 とも非 とも答 えを与 え ない こと。外道 か らの十 四の質 問, す なわ ち十 四間難 に対 して釈尊 は, それ に答 える こ とは意味 が ない として,是 とも非 とも答 え られ なか った。 これ を十 四無記 (また十 四不可記 ) とい う。 四記答 の捨置記 にあた る2)0イ ン ド大乗 仏教稔伽行 唯識 学派 を代 表 す る哲学者無著
( As af l ga,Ca.395 ‑47 0)
の著書『顕揚聖教論』 3) (以下 『顕揚論』)第十章 「成不 思議 品
」
は,既 に概 略 した よ うに4), 冒頭 に次 の如 く説 く。復 た次 に5),要ず先 ず思議6)して方 に現観 に人 らん とす。是 の故 に鷹 に不可思議 の虞 を離 れ方便 して思議 *すべ し。
輸伽 行者 は,現観 の修 習
(
「成現観 品第八 」参 照)に先立 ち,先 ず思議 すべ き対 象 と思議 す べか らざる対 象 (不 可思議庭 ,不 可思議事 )7)とを峻別 し,後者 を排 除 し( aci nt yanis t hanani var j ayi t v豆)
8)
,前者 のみ を対 象 として現戟 修習 を始 め るべ きで あ る とす る。 この よ うに不 可思議虞 を考察 す る意 図 を述 べ, 引 き続 き 「云何 が名 づ けて不可 思議 の虞 と薦 すや。
」とし て第1 侶 a
句 お よび長行 で,次 の九種 の不 可思議庭 (○事) を提 示 す る9)0頒 に日 く。
九事 の不思議 あり 。 (第
1
侶 a)論 じて日 く。 九種 の事 の不 可思議 [思議 すべ か らざる]有 り。(1)一 に我
,( 2 )
二 に有 情, (3)三 に世界, (4)四 に業報, (5)五 に静慮者 の境 界, (6)六 に諸イ弗の境 界, (7)七 に十 四の不可記 の事,(8)八 に非正 法,(9)九 に一切 の煩 悩 の引揺 す る所 な り。これ らは一見 して明 らか な よ うに,不可 思議事八種 と不可記別一種 とを併 せ て九種 に数 え た もので あ る。上掲 の よ うに, 「不可思議 」・「不可記別 」とは人 間 の思惟 や判 断 の及 ばない
こと, それ ゆえ思惟 ・判 断すべか らざる こ と, で あ る。 同偽頚 はさ らに不可思議事 を思議 す るにいた る原因,思議 すべか らざる理 由な どについて,次 の よ うに述 べ る。
五虎 に依止 す るに由 る0
五種 の困有 るが故 な り。徳 と矢 は保 に三種 あ り。 (第
1偽 bcd)
若 し是 の如 き九事 を思議 事す る こと有 らば,必 ず定 んで五種 の虞所 に依止 し方 に思 議 *を起 す。一 に見,二 に忍,三 に推尋,四 に利 養,五 に散
乱
な り。見 に依止 して( 1 )
我及 び(2)有情 を思議 *す。忍 に依止 して(3)世界 を思議 書す。推尋 に依止 して(4)業報 ・ (5)静慮者 の境界 ・(6)諸俳 の境界 ・(7)十 四種 の不可記 の事 を思議 *す。利 蓑 に依止 して (8)非正法 を思議 *す。散
乱
に依止 して(9)一切 の煩悩 の引接 す る所 を思議 *す。問 う。 何 の因縁 の故 に是 の如 き九事 は鷹 に思議 すべか らざるや。答 う。 五 の因縁 の故 な り。一 に(1)我 及 び(2)有情 は自相無 きが故 に,鷹 に思議 すべか らず。二 に(3)世 界 は現成 の相 な るが故 に,鷹 に思議 すべか らず。三 に
( 4 )
業報及 び( 5 ,6 )
二 の境界 は甚深 の相 な るが故 に,鷹 に思議すべか らず。 四 に( 7 )
不可記 の事 は一定 の相 に非 ざ るが故 に,鷹 に思議 すべか らず。五 に(8)非正法及 び(9)諸煩悩 の引撮 す る所 は能 く無 義 を引 く相 な るが故 に,鷹 に思議 すべか らず。若 し是 の如 き等 の事 を思議 す る こと有 らば,昔 に知 るべ し,能 く三種 の過失 を引 く。一 に心
乱
を起 こす過失,二 に非福 を生 じる過失,三 に善 を得 ざる過失 な り。若ひ るが え
し思議せ ざれ ば能 く三種 の功徳 を引 く。 此 を翻 して鷹 に知 るべ し。
九種不可思議事 おのおの について,思議 す るに至 る原因五種 (b句 ),思議 すべか らざる理 由五種 (C句)を述 べ,思議 ・不思議 す る場合 の過失 ・功徳 が それ ぞれ に三種述 べ られ る (d 句 )。以下本 「成不思議 品」 は,九種 の不可思議事 についての詳細 な論議 を展 開す る。
この 「成不思議 品
」
の解読研 究 を基 に,一 には この九種 の不可思議が 『稔伽論 』 に受 け 継 がれ て きた議論 を継承 した もので あ る こ とを検証 し,二 には, 「不可思議」の議論 はその まま 「思惟 すべ き こと,可思議」を間接 的 に物語 る こ とで もあ る。
『顕揚論 』が, ひいて は 初期 の瑞伽行学派 の人々が, 「思惟 すべ き こ と」を如何様 に思索 したのかの一端 を明 らか に す るのが本稿 の意 図す る ところで あ る。[‑]
まず, 『顕揚論
』
「成不思議 品」の九種 の不可思議事 の論議 が, 『輸伽論 』の それ を継承 し た もので あ るこ とを,結論 を先取 りして図式 的 に示 そ う10)0[表
2]
「成不思親 晶 第十」偶頒別 出典対応「成不思議品 第十」 典拠論書名 典拠論書項 目
第
1
偶[1]
「三摩咽多地第六」 , [4 [3 [2 [1
]]]]三種不可思議六種不可思議 (六種不可思議六種不可思議 (名称のみ)名称のみ) 九種不可思議SBh1 Vo1 vol γol [3 [4 [2] 、
.. . ]
]6 6 l
撮決択分中 「4 l , 4 51
『『, , 6
顕揚論0 3
聾 聞 地55 3 0 C 0 bc;P. ab;P. 』 』Vol
「1
接辞義晶第二1 42 97
聞所成意地b‑1 b‑1 . 25, 4 9 419a 3a 8a
,」 」
'f! a ・L
第2偏 [5]「思所房 不可説四囲 Vol.16,362C:
第3偏不可思議我 上掲
[ 1
二ト[A 第4侶不可思議有情世間第5偶不可思議業報 第6侶不可思議静慮備境界
第7倍 [6]撮決揮タ
不可記別 Vo1Vol[7..
]
64,6,51『65顕揚議()4bC1 第9侶 [8]
「思所局]「思所成地」
.16,362C:P.231a [5]四種不可説
看 [ 1
二ト[4]の該 当個所参照 上掲[1十 [4]の該 当個所参照]撮決揮分 「開所成慧地」
.64,654C‑5a;P.196b‑7a
]
『顕揚論』
「撮浮義品第二」
.6,51()b [6]不可記事教 中四種因縁 [7]不可記別教中四種因縁
]
「思所成地」
.
]
16,『361菩薩地』力種姓品b;P.304bh108p‑3‑log‑7 [8]九種 自性清浄
上 掲 [表
2
]は以 下 に論 証 され るで あ ろ う 「成 不 思議 品」の各 偽 が基 づ いた, 『瑞伽 論 』お よび 「撮 浄義 品第 二 」の主題 項 目名 を対 照 した もので あ る。 この [表2
] は 「成 不 思議 品」の九種 不 可 思議 が, 『稼伽 論 』 の六種 不可 思議 お よび不 可 記 別 を踏 まえ, それ に非正 法 ・一 切 煩 悩 所 引猿 を付加 して,独 自の不 可 思 議論 を展 開 した こ とを示 して い る。 以 下 個 々 の不 可 思議 を検 討 す るので あ るが,先 ず, 不 可 思議 と不 可 記 別 につ いて 同章 第
2
僧 に触 れ よ う。第 2偽 は, 不 可 思議 ・不 可 記別 の理 由 として4種 の因 を揚 げ る。
[5a]復 た次 に煩 に日 く。
鷹 に思 すべ か らず,記 すべ か らず11)は, 官 に知 るべ し, 四囲 に由 る。
定 ん で一 に非 ず と,甚 深 と, 無 義 を引 くと, 相 の任 す とな り。 (第 2備 ) 論 じて 日 く。 又 た若 し略説 せ ば, 四種 の因 に由 り不 可思議 の事 に於 て 自 ら鷹 に思 議 *すべ か らず。亦 た鷹 に他 の為 に記 別 すべ か らず。一 に(1)我 及 び(2)有情 は若 し くは 有 若 し くは無 な り,一 定 に非 ざ るが故 に,思議 *す べ か らず,記別 す べ か らず。二 に (4)業報 及 び (5・6)二 の境 界 は皆 甚 深 な るが故 に, 思議 *すべ か らず, 記別 す べ か ら ず。 三 に(3)世界 ・(7)不 可 記 の事 ・(8)非 正 法 ・(9)一 切 の煩悩 の引接 す る所 は無 義 を引
くが故 に,思議 *す べ か らず,記 別 す べ か らず。四 に真 如 は行 等 の法 に於 て不即 不 離 に して其 の相 は法爾 に安 住 す るが故 に, 思議 *す べ か らず, 記 別 す べ か らず。
まず留意 す べ きは, 「於 不 可 思議事 , 自不鷹 思議 ,亦 不磨 為 他 記 別 」で あ る。 これ に よれ ば(1)‑(6)六種 不可 思議 事 は 自 らの為
,( 7 )
不 可 記事 は他 の為 で あ って,本 来 その性 質 を異 にす る。 冒頭 の 「十 四無 記 」 の説 明 に照 ら して も妥 当 な区別 で あ る。 ところが,後 に検 証 す る よ うに,本 来 異 な る範 噂 に属 す る この両 者 が一 連 の議論 の 内 に組 み込 まれ るの は,[6]掻 決 揮分 「開所 成 慧地 」お よび それ を継 承 した [7]
『顕 揚 論』
「掻浮 義 品第 二 」にお い てで ある。 さ らに この 「成 不 思議 品」 は この(1ト(6)六種 不 可 思議 ・(7)不 可 記 別 の み な らず,(1)‑(9) [お よび 「真
如」 ]
のす べ て を, 「不 可 思議 」 に して 「不 可 記 別」
で あ る として 「九種 不 可 思 議 事 」に ま とめ る。 つ ま り従 来 の分類 で は, 六種 不 可 思議 は「自不鷹 思議 」, 不可 記 別 は「不 磨 為 他 記別」
な るの を,両 者 と もに, 現観 に先 立 つ 「九種 不 可 思 議事」
に組 み込 んだ ところに, 『顕揚論』 の特色 が窺 えよ う。
さ らに,第2偽 の この四因 による不可思議 ・不可記別 の議論 が 『玲伽論
』
「思所成地」 に 遡 る ことを我 々 は承知 してい る。 「思所成地」は 「‑ 囲成 算相有性。二依他起相有性。三遍 計所執相有性。四差別相有性 。五不可説相有性」か ら成 る「五種有性 」を説 くが12), その「五 不可説相有性 」 は以下 の如 くであ る。[ 5]
第五 は四種 の不可説 に由 るが故 に,不可説相 と名 づ く。一 に無 の故 に不可説 な り。謂 く,補特伽羅 は彼 の諸蕗 に於 て,若 くは異 な り不異 な りと宣説すべか らず。二 に甚深 の故 に不可説 な り。謂 く,離言 の法性,不可思議 な る如来 の法身,不可思議 な る諸価 の境界,如来 の滅後 は,若 くは有 な り若 くは無 な り等 と宣説 すべか らず。三 に能 く無義 を引 くが故 に不可説 な り。謂 く,若 し諸法, 能 く法義 ・焚行 を引費 す るに非 ざれ ば,諸悌世尊覆 す と錐 ども説 かず。 四 に法相 は 法爾 の安立 す る所 な るが故 に不可説 な り。所謂 寅如 は諸行等 に於 て異 ・不具 の性 な
りと宣説 すべか らず1
3 ) 0
「開所成 慧地」の四困 「無故,甚深故,能 引無義故,法相法爾 之所安立故」を受 けて, あ る いは この四因の構造 を借 用 し, それ に九種 の不可思議 を配 当 して 「成不思議品」第
2
偽 が 成立 したのであ る。両者 の四囲名 が ほぼ共通 してい る こと14),九種不可思議 と直接関連 しな い第 四困 を も 「成不思議 品」 が説 くこ とが その事情 を物語 ってい る。確認 のた め両者 を対 比 させ たのが次の [表3
]で ある。[表
3]
[5]「開所成慧地
」
[5a]「成不思議品」第 2侶‑無故 若有若無非一定故
謂補特伽羅於彼諸症,不可宣説若異不具 (1)戟.(2)有情
二甚深故 甚深故
謂離言法性 .不可思議如来法身 .不可思議諸悌 (4)業報.(5.6)二の境界 境界 .如来滅後,若有若無等不可宣説
三能引無義故 引無義故
謂若諸法非能引費法義焚行,諸悌世尊雑言欝不説 ((3)9)世界一切煩悩所引接.(7)不可記事.(8)非正法 .
四法相法爾之所安立故 其相法爾安住故
以上 の ように, 「五因縁」 (第
1
偽 C句 )・「四国
」 (第2
侶)を もってその理 由が明示 され た 「成不思議 品」の九事不可思議各々 について15), 『稼伽論』 と対比 しつつ以下 に考察 しよう。
[ニ]
『稼伽論』は種 々 の不可思議論 を提供 す る。 まず,本地分 「三摩咽多地第六」は次 の三不 可思議事 を説 く。
丁
[ 1 ]
かの正 し くない思惟( ayoni 歪 omanas kar a)
とは また,不 可思議虞 に包摂 され る。不可思議 虞 とはす なわ ち,(1)我 思惟 ,(2)有情 思惟 ,(3)世 間思惟 とで あ る。 この うち, 内 に依 拠 して [三]時 にわた って [自我 を思惟 ] す るのが(1)我 思惟 で あ る。外 に依 拠 して [三時 にわた って 自我 を思惟 ]す るのが(2)有情思惟 で あ る。有情世 間 と器世 間 に依拠 して [世 間 を思惟 ]す るのが
( 3 )
世 間思惟 で あ る。 [た とえば]世 間 は 常住 で あ る,無常 で あ る,常住 に して無常 で あ る,非常住 に して非無常 で あ る [,と思惟 す るが如 くで ある] 。 1‑;)
これ は上 述 注 (1)の 世 間 的 不 可 思 議 の 「衆 生 ・世 間」 に 当 た り,衆 生 を我
( nangl a br t e n
, 内) と有情( phar oll abr t en
,外 ) とに区分 した もので あ る。 この[ 1 ]
の引用 は, 古 く阿合 な どに 「衆生不可 思議 」 として伝承 されて きた もの を17), 「三摩 咽多地第六」にい た って 「我 不可思議 」 と 「有情 不可思議」 とに細別 して継承 した こ と,及 び 『顕揚論 』 の 九種不 可思議 の うち, (1)我, (2)有情, (3)世界 の三不可思議 が一連 の もの として 「三摩 咽多 地第六」 にひ いて は 『玲伽論 』 に継承 され ていた こ とを示 して い る。この三不可思議 を含 む六種 の不 可思議‑ それ は 『顕揚論
』
九種不可思議 の前半六種 不可 思議 に一致 す る‑が, 『草 間地 』 に説 かれ てい る ことも周知 の如 くで あ る.[ 2]ci nt anakat ama/yat hapi hai kat yast 豆ne vayat hag r ut andhar m云nekaki r ahogat ah
,? adaci nt yani s t h畠n豆ni t adyat h
豆,豆t maci nt am s at t vaci nt am l okac i nt am s at t vanam kar mavi pakac i nt am dhy云yi nam dhyayi vi ? aya甲 budd
‑hanam buddhavi s ayar p var j ayi t v
a,s val aks aTat ah s amanyal aks a甲t a各 ca ci nt ayat i/
[法 の]思惟 とは如何。例 えば ここにあ る者 が いて,閑居 に独住 し,六種 の不可思 議慶一す なわ ち(1)我思議, (2)有情 思議, (3)世 間思議, (4)有情 の業異熟 思議, (5)静慮 者 の静慮者境界 [思議 ], (6)諸仏 の諸仏境界 [思議 ]‑ を遠 離 し,聴 聞 した ままにか
の法 を自相 ・共相 の視点 か ら思惟 す るので\あ る。18)
『馨 聞地 』は この六種 の 「遠離思惟」名 ‑不可思議名 の名称 のみ を提 示す るに止 まる。 この 六種 の不 可思議 は,幸 いな こ とに同 じ 『瑞伽論 』掻 決択分 中 「聞所成慧地 」 に詳細 に述 べ
られ てい る。
[ 3]
撮決択 分 中 「聞所成 慧地 」六種不 可思議19)この うち,不 可思議 とは如何。 要約 す るに不可思議 は六種 , す なわ ち(1)我 思議
,( 2 )
有情 思議, (3)世 間思議, (4)有情 の業異熟 思議, (5)静慮者 の静慮者境界, (6)諸仏 の仏 境界 で あ る。 この うち(1)我 思議,(2)有情 思議 ,(3)世 間思議 は,見 に基 づ いた不可思 議 で あ り, あ るい は見 に基 づか ない不可思議 で あ る
2 0 ) 0
この うち(1)我 思議 とは以下 の如 くで あ る。 ここにあ る者 が いて,有身見 に基 づ い て次 の ように考 え る。私 は過去世 に生存 していたのか否 か, ない し広 く三世 に渡 っ て同様 に [考 えるの]で あ る。 さ らに,私 は有色 に して同時 に有想 で あ る, 同様 に 無想 で あ る,非有想 ・非無想 で あ る と思議 す る。有色 の如 く,無色 について も同様
に [私 は無色 に して同時 に有想 で あ る‑‑ と思議 す るの] で あ る。 広説 す る こ と,
『焚網経 』に 「常住論 者 の如 く断滅論 者 ,現世 浬 襲論 者 ,前 際辺論 者 ,後辺 際論者 も 状 況 に応 じて見 るべ きで あ る。」と説 け るが如 くで あ る21)。 あ るい は また,命 と身体
とは同一 で あ る,命 と身体 とは別 異 で あ る, それ は また遍満 して い る,無 二 で あ る, 別 で はない,我 の我 は不 完全 で はない と思議 す るので あ る。
この うち(2)有情 思議 とは以 下 の如 くで あ る。 ここにあ る者 が いて, その有 身見 に 基 づ いて次 の よ うに考 える。有情 は何処 か ら生 じるのか,有情 の作 者 は誰 か,有情
は何処 に赴 くのか,有情 は何処 で消滅 す るのか と思議 す る。
この うち(3)世 間思議 とは以 下 の如 くで あ る。 ここにあ る者 が いて,有 身見 に基 づ いて次 の よ うに考 え る。世 間 は常住 で あ る,云 々 と広説 す る。 法性 か らして は また 次 の よ うに考 える。我 の法性 ,有情 の法性 ,世 間 の法性 , これ は何処 か らこの よ う に生 じるのか と思議 す る。法 の道理 には [これ は]妥 当 しない。 それ故 これ は また 不 可思議虞 を思議 す る と云 われ る。
この うち(4)有情 の [業 ]異熟 思議 は四種 に よ り不 可思議 で あ る。 す なわ ち(∋虞 と (参事 と③ 因 と④ 異熟 に よってで あ る.
この うち(5)静慮者 の静慮者境 界 は三種 に よ り不 可思議 で あ る. す なわ ち(彰真 如 の 甚深 な る義 ,② 自在 に転 ず る こ と,③ 無漏界 の証 得, に よ り [不 可思議 ] で あ る。
この うち(6)諸 仏 の仏境界 は五種 に よ り不 可 思議 で あ る。 す なわ ち前記 の三種 及 び 他 の二,④ 障害 の無 い こ と,⑤ 衆生利 益 の実践 , に よ り [不 可 思議 ] で あ る。
この よ うに 『馨 聞地 』一旗決択分 「開所成 慧地
」
と継承 され て きた六種 不可思議 は, そ の まま 『顕揚論』
「揖浮義 品第 二 」 に受 け継 が れ る。[ 4 ]
不 可思議理趣 者 , 略有 六種 不 可思議事 。‑我 不 可思議 ・二有情 不可 思議 ・三世 間不 可思議 ・四一切 有情業報不 可 思議 ・五置静慮 者 及静慮境界 不 可思議 ・六諸悌 及 諸悌境界不 可 思議。22)第
5
と第6
の不 可思議 を並列複合 語 に解 す る以外(
『聾 聞地 』,掻 決択分 「開所成 慧地 」 は格 限定複 合語 とす る), 「接辞義 品」の六種 不 可思議名 は 『草 間地 』・撮決択 分 「開所成 慧 地 」の それ と同 じで あ る。 さ らに, ただ単 に名称 が 同一 の み な らず,不 可思議 を論 じる「撮 浮義 品」 の論体構 造 が 「開所 成慧地 」 の それ と同様 で あ る こ とに留意 すべ きで あ る。「撮 浮 義 品」 は
1
.景勝 相 ,2.
自体 相 ,3.
清 浄相 ,4.
弁教 相 の大 綱4
種 よ りな る が, その「3
.清浄相 」 の うち 「分別 広成 (第9
侶)」の 「聞六 門分別 」 中第 五 「依 理趣」 に よ り 「六種理趣」
を述 べ る。 その第 五 が 「不 思議理趣 」 で, ここに上 記 引用 の六種 不 可 思議 が説 か れ る23)0他 方,上 記凍 決択 分 「聞所成 慧地 」の不 可思議 は 「諸併 聖教若欲 略樺 由六種 理 門」(玄突 訳
vo l . 6 4 ,6 5 3 C )
中,第5
「不 可思議理 門」で説 かれて い る24)。両者 を主題項 目別 に対 照 する。
[表5]
撮決択 分 「開所成慧地」 「清浄義 品」
「諸価聖教若欲 略樺 由六種理 門」 「聞六種分別 中,五依理趣 ;依理趣 者有六種理趣
」
‑, 寅義理 門 二,置 得理 門
≡,教 道理 門
‑‑‑・(中略) ・‑‑‑
」夢十二不 可記 事教 四,遠離二 連理 門 五,不可息 鼓理 門
(1)我思 弘
( 2 )
有情思議 (3)世間思 鼓 (4)有情 菓果思 親 (5)諸修静鹿静慮境 界 (6)諸併せ尊話偶境界 六,意趣理 門直義理趣 讃得理趣 教導理趣
‑・‑ (中略)
@# +二観 」夢+二不
F 7 1
,‑=,85#四,離二連理趣 五,不思議理趣
(1)一 我不 可思鼓 (2)二有情不可思議 (3)三世 間不可思蔑
(4)四一切 有情 菓報不 可思議 (5)五詮静慮者及静慮境界不 可思 議 (6)大詰俳及話俳境 界不可思 議 六,意禦理趣
この [表
5]
は,撮決択分 「閉所成 慧地」
の 「六種理 門」 の構造 をその まま 「撮浮義 品」が 「六種理趣 」 として継承 した ことを物語 ってい る。 す なわ ち後 述 す る 「不可記事 」 を も 含 め25),六種 の不可思議 を 『顕揚論』が 『稔伽論 』か ら受 け継 いだ事 実 を示 してい る と云 え よ う
。
『聾 聞地 』‑→掻 決択分 「開所成 慧地 」‑ 「撞浮義 品第二」 と受 け継 がれて きた この六 種不可思議,及 び不可記事 を基 に, 「成不 思議 品」はそれ を拡充 して九種不可思議 を説 くに 至 った と思 われ る。 この こ とは, 『顕揚論 』 が, 『玲伽論』
本地分 の みな らず,掻決持分 を も承知 していた ことを窺 わせ る もので あ る26)。上掲 『稀伽 論』の六種不 可思議 をふ まえ,
「成 不 思議晶 」の六種 不可 思議 の読 み を以下 に提 示 す る。(1)我不 可思議27)
復 た次 に,頚 に日 く。
我の有無 を思 せ ず,二 の過失 を成 じるが故 に。
他 に於 て亦 た二 の矢 あ り,鷹 に一異 を思 すべ か らず。 (第
3
偶)論 じて日 く。鷹 に我 は,若 し くは有若 し くは無 と思すべか らず。何 を以 ての故 に。
二 の過失 を成 じるが故 に。若 し思 して有 と為 さば,即 ち非賓 の有 の義 に於 て増益 の 執過 を起 こす。若 し思 して無 と為 さば,即 ち偶有 の義 に於 て損減 の執過 を起 こす。
他 の有情 に於 て若 し‑異 を執 さば,亦 たこ の過 を成 ず。若 し執 して‑ と為 さは,有 情 多 の過 あ り。 若 し執 して異 と為 さば非六虞 の過 あ り。
(2X3)有情 世界不可 思議28)
復 た次 に,煩 に日 く。
二 は見29)に依 らず と牡 も 成 の故 に鷹 に思 すべ か らず。
是の如 きの生 を息せ ず,三の過 の所 随 な るが故 に。 (第4偽)
論 じて日 く。有情世 界 と器世 界 との此 の二種 は見 に依 らず と錐 も,亦 た鷹 に思 す
ベか らず。何 を以 ての故 に。世 は共 に了知 す る現成 の相 の故 に0
問 う。 何 の故 に,此 の事 は是 の如 く生 ず,是 の如 く [生 ず る]には非 ず, [是 の如 く生]ぜず, と思せずや30)。答 う。若 し是 の如 く思せ ば,或 い は即 ち是 の如 し と謂 い,或 いは是 の如 くに異 な る と謂 い,或 い は是 の如 き こと無 しと謂 う。此 の三種 の 過 の随遂 す る所 な るが故 な り。
(4)業報不可思議31)
復 た次 に,領 に日 く。
善趣 と悪趣 とのこの作 者 は走 に非 らず。
過去の善悪の葉 は盛事等 を思 し難 し。 (第
5
侶)論 じて日 く。業報 の中 に於 て,鷹 に,福行 を修 す る者 は定 で善趣 に往 き,悪行 を 為 す者 は定 で悪趣 に往 くと恩義 すべか らず.決定 せ ざるが故 に。又 た過去世 の浮不 浄 の業 の,若 くは虞,若 くは事,若 くは困,若 くは報等 は,思議 すべか らず。
(5)(6)静慮者境界併境界不可思議32)
復 た次 に,頚 に日 く。
静慮者 と如来 との33),其如 ・無痛性 と成所作 の義利 とは [不可思議 な り]。無学 ・自在 な るが故 に。 (第
6
侶 )論 じて日 く。静慮者及 び価 の二種 の境界 の中,真如及 び無漏性 は皆不可思議 な り。
又た諸価等 の成所作 の義 とは,謂 く,所作 の利益衆生 の事 に して,亦 た不可思議 な り.何 を以 ての故 に。誓喰無 きが故 に。一切 の世 間 に少事 の能 く甚深 の二種 の境界 に誓 る もの有 る こと無 し。又 た 自在 な るが故 に。諸 の如来等 は内 に心 自在 を吉夢得 す るに由 るが故 に,所作事 を起 こす。世 間所有 の一切 の作用 は,若 し因縁和合 を離れ ては見 ざる所 な るが故 に。
「成不思議 品」第 3‑ 6偶 が,濃淡 の差 はあれ, 『聾聞地』‑掻決択分 「聞所成慧地」‑
「清浄義品第二」と継承 された六種不可思議論 を踏 まえた ものであ るこ とは,以上 の論述 か ら充分 に理解 され よう。
[三]
六種不可思議 に続 き
,( 7 )
不可記事 の考察 に移 る。本来 内容 を異 にす る不可思議論 と不可 記別論 とを, 同一 テーマの もとに論 じたのが擁決択分 「開所成 慧地」の 「六種理門」で あ り, それ を 「掻浄義品」 の 「六種理趣 」 が継承 したで あ ろうことは先 に触 れた如 くであ る (上掲 [表5 ]
参照)。まず,掻決択分 「開所成慧地」・「撮浮義品
」
の不可記事教, それ に 「成不思議品」第 7 僧 を対比 的 に提示 す る。[ 6]
撮決持分 「開所成 慧地」不可記事教34)この うち,不可記事 の教示 は以下 の如 し。世界 は永遠 であ るのか と質問 された時, それ に答 えない と私 は云 う。答 えを与 える (記別 す)べ きで はない。 また如来 は死 後 [存在 す るのか]乃至非存在 に して非無存在 なのか と質問 された時, それ に答 え
ない と私 は云 う。 記別 すべ きで はないので ある。 今 の場合,不可記事 の教示 は四種
I
の理 由 を もって理解 すべ きで あ る。
1)無 あ るい は有 な るが故 に,記別 すべ きで はない。例 えば,自我 は諸薩 と異 な るか 異 な らないか,常住 か無常 か云 々 [との間 に記別 すべ きで はない如 くで あ る]。
り や く
2)利 益 を伴 わ ない故 に,記別 すべ きで はない。例 えば,『
* §i m菖 apa‑ pa t r a‑ ni dar 歪 a‑
s dt r a
,升掻 波葉喰経』 35)に 「̀私が証得 した法 はそれ な りにあ るが,説 示 しない。何 となれ ば利 益 を伴 わ ないか らで あ る。」 と説 かれ てい る如 くで あ る。3 )
甚 深 な るが故 に,記別 すべ きで はない。例 えば,自我 は存在 す るか と質 問 され た 時,諸蕗 を自我 で あ る と執着 し, あ るい は諸症 を別 に して対 象 (自我 )が あ る と執 着 す る。 [これ らは]不合理 で あ るか ら,記別 しない。 あ るい は自我 は存在 しないか と質 問 された時,人 間 の言語慣 習 にお いて損減 して執着 す る。 [これ らは]不合理 で あ るか ら,記別 しない。 同様 に,如来 は死後存在 す るや否 や,乃至非存在 に して非 無存在 なのか と質問 された時, [それ らは]甚 深 で あ るか ら記別 しない如 くで あ る。4)さ らに,真如 の相 を確立 す る ことは記別 すべ きで はない。例 えば,諸鋲 のか の真 如 はその法 と別 なのか別 で ないのか と質問 された時,記別 しない如 くで あ る。 何 と なれ ば, その相 はその [法] と別 で あ る とも別 で ない とも確立 しないか らで あ る。
さ らに不可記事 の教 示 は また 四種 の理 由 に よ り理解 すべ きで あ る。 1)外 道 の教 説 で あ るか ら,2)不安口理 で あ るか ら,3)利 益 を伴 わ ないか ら,4)論争 の拠 り所 で あ るか ら。 [その うち] 3)利 益 を伴 わ ないの は二種 の理 由 に よ り理解 すべ きで あ る。
(∋因果 の熟慮 を欠如 してい るか ら。② 染浮 の熟慮 を欠如 して い るか らで あ る。
顔青郷 不 D7,,‑=LIBq5,銑 一曲此 事 舛遭 禿務#o二 不職 三不 引責楓 四嘩彫 楓 有 二囲 線不 引#flj,腰 弘 一一腰
考
男居 Jhf#o二 崩 酎匪染液 乾田鰍[ 7 ]
「撮浄義 品」不可記事教 (vol .6,51 0 b)
十二 に不可記事教 な り。謂 く,有 るが問 うて言 く。世 間 は常 と為 すや無 常 と為 す や。如来,爾 の時黙然 として記 せず,但 だ彼 に告 げて言 く。 我 ,此 の事,記別 すべ か らず と説 く。乃至 ,問 うて言 く。如来 は滅後非有非無 と為 すや。如来,爾 の時黙 然 として記 せ ず,但 だ彼 に告 げて言 く。我 ,此 の事,記別 すべか らず と説 く。
此 の中, 四の因縁 の故 に不 可記 の事 を宣説 す,鷹 に知 るべ し。
一 に,無髄性 の故 に記別 すべか らず。有 るが問 うて言 うが如 し。我 と諸藩 とは異 ・ 不具 と為 すや,常 ・無常 と馬 すや,是 の如 き等 な り。
二 に,能 く無義利36)を引 くが故 に記別 すべか らず。 『升撮 波葉 経』35)に説 けるが如 し。
「無量 の法有 りて我 己 に讃 覚 す る も,而 も宣説 せず。何 を以 ての故 に。彼 の法,能 く 無義利 を引 くが故 な り」。
三 に,甚 深 の故 に記別 すべか らず。謂 く,有 るが 問 うて言 く。我,有 と為 すや無 と 為 すや。此 れ記別 すべか らず。何 を以 ての故 に。若 し如来,我有 りと記別せ ば,徳
の人 ,或 は薙 中 に我 有 りと執せ ん,或 は森 を離 れ て我 有 りと執 せ ん。若 し我無 し と 記別 せ ば,彼 の人,或 は世俗 の言説 の我 も亦 た是 れ無 な りと誘せ ん。乃至有 るが問
う。如来 ,滅 後 に有 と残 すや,無 ・亦 有亦 無 ・非 有非無 と為 すや,等 な り。甚深 な るに由 るが故 に皆記別 せ ず。
四 に,彼 の相 ,法爾 の故 に記別 すべか らず。謂 く,諸法 の鼻如 と彼 の諸法 と,若 く は‑ な り若 くは異 な りと記別 すべか らずO彼 の如相,法爾 として,若 くは異性若 く は不異性 と安立 すべか らざるに由るが故 な り。
慶 た礎 の聯 ク,勿来; 不 E71
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CF誘,静の虜 を者を9
‑石が激 に.二勝 有 クで#fIJを引かすミ
慮 iE鬼rるべし O‑ に国男 の原 潜 を還
暦
するが激 cEo二 に腰 梁 膚浮 の層
燈■を違背
するが故 iごo[ 7a ]
「成不思議 品」第7
倍復 た次 に,煩 に日 く。
外道 の宣脱 す る所 な り,能 く無義利 を引 く,
理 に非 ず, 四虚 に遺 くす。無配 は鷹 に恩 すべか らず。 (第 7偽) 論 じて日 く。一切 の鷹 に記 すべか らざる事 は鷹 に思議 すべか らず。諸 の邪 な る外 道 の所説 な るが故 に。能 く諸 の無義利 を引 くが故 に。不如正理 な るが故 に。 四種 の 正思議 *の虞 を遠離 す るが故 に.謂 く, 因思議 *虞,果思議 '虞,雑染 思議 書虞,清浄 思議 *虞 な り。
三者 を比較 す るに,先 ず,
[ 7 ]
「掻浮義 品」不可記事教 が[ 6]
掻決持分 「聞所成 慧地」不可記事教 をその まま継承 してい る ことが理解 され よう。 上掲 [表
5 ]
に掲 げた 「六種理 門」 の構造 のみな らず,不可記事 その もの を も 『顕揚論』
は 「聞所成 慧地」
か ら受 け継 い だ ことにな る。さ らに,この両者 は不可記別 の理 由四種 を二重 に論 じる。その うち後半 の理 由のみ を「成 不思議 品」第
7
偶 は引用す る (両論書 の引用 の うち,斜体部分 を参照せ よ)。 ただ し 「開所 成 慧地」 と 「掻浮義 品」が第3の理 由 「引無義故」をさ らに細説 して2種 (‑者遠離思因 果故,二者遠離思染浮故 )に説 くの に対 し, 「成不 思議 品」第7
偽 はその同 じ2
種 の理 由 を 4因 に (第一 の因果 を因 と果 とに,第二 の染浮 と染 と浮 とに)分割 した上 で,何故 にか, 第4
の理 由の補足説 明 とす る ([表6]
斜体部分参照)。 その理 由 は記 され ていない。三者 の対応 を以下 [表6 ]
にて提 示 す る。 いずれ にせ よ,六種不可思議 同様 この不可記別事 の 議論 もまた,撮決択分 「開所成慧地 」‑ 『顕揚論』
「接辞義 品」‑ 「成不思議 品」 と継承 さ れ て きた ことが確認 された ので あ る。[表
6]
「聞所成慧地
」
1)諸外道妄宣説故 2)不如理故
3)
引無義政 :有二因縁能 引無義 一者 遠摩層囲 男顔 二 者遠j艶思巣親 好 4)唯是詳論所依虞故
「接辞義 品第二
」
‑ 由此事外道所説故 二不如理故
三不 引義利故 : 有二 因縁不 引義利
儲 栗/雷鰍 二速 好摩紫蘇 草原鰍 四唯能尊起 評論纏故
「成不思議 品」 第
7
備 1)邪外道 之所説故 3)不如正理故 2)能 引諸無義利故4)遠離 四種正 思議 *虞故
6家居篇'G,@鼻緒 優 勝 尻諾 +感 動
窟 親
尻芽'虜 [四]如上 の六種 不可思議 ・第 7不可記別 を論 じ終 え, 「成不 思議 品」 の続 く第 8・9偶 は不 可 思議 に纏 わ る功徳 と過失 とに言及 す る。す なわ ち不 可思議事 を思議 す る場 合 の過失三種 (第
8
偽 )と不可思議 を思議 せず に可思議事 (思議 す べ き対 象)を思議 す る場合 の功徳八種 (第9
侶 ) とで あ る。両侶領 と注釈 を先 ず以 下 に引用 す る。す な わ
復 た次 に,前 の所説 の如 く,若 し彼 を思議 事すれ ば三種 の過有 り。云何 が而 ち有 ら んや。頚 に日 く。
非虚 に功用 を勤 す,大我 を鞍傍 す,
清浄の善 を修 せ ず,故 に三の過失 を成 す。 (第
8
億 )論 じて日 く。非虞 に於 て功 用 を勤 す るに由 るが故 に, 心
乳
の過失 を起 す。静慮者 及 び悌世尊 を得 るに於 て最勝 の功徳 を穀傍 す るに由 るが故 に,非福 の過失 を生 ず。浄書 法 を費起 せ ざるに由 るが故 に,善 を得 ざるの過 失有 り。
[ 9 a]
復 た( 5 6 4 C)
次 に,領 に日 く。不思 議 を遠 離 し,恩義 す可 き虚 (可思 敦盛 ) を思 すれ ば, 八種功徳 を具 す。故 に如理 に鷹 に思 すべ し。 (第
9
偽)論 じて日 く。不可 思議虞 に於 て強 いて思議 す る者 は,是 の如 き過失有 るに由が故 に,鷹 に遠離 し,可思議虞 に於 て如理 に思議*37)すべ し。若 し是 の如 く思 すれ ば八功 徳 を具 す。何等 を八 と為 すやO 所謂 る(∋能 く善 く闇説 ・大説 を了知 す。② 義 に依 り
す こ し す こ し
て思議 *し文字 に依 らず。 (参少 くは38)浮信 を以 て信解 す。④ 少 くは慧観 を以 て観 察
つ ま Lf
す。⑤ 堅 固 に思議 *す。⑥ 審諦 らか に思議 *す。⑦ 常 に勤 て思議 *す。⑧ 思議 *す る所 に於 て善 く能 く究寛 して中 に1解退無 し。
この うち第
9
偽 に説 かれ る八種功 徳 が, 『稔伽 論 』 の議論 を継承 した もの で あ る こ とを 我 々 はす で に承 知 してい る。 「思所成地」
の 「自性 清浄, 九種相 (引用[ 8 ] )
お よび 『菩薩 地』
「力種姓 品」法随法行 中 に説 かれ る 「正思惟 」 の八項 目 (引用[ 9 ])
とで あ る39)0[ 8 ]
『瑞伽論』
「思所成地] 」
中, 自性 清浄, 九種相40) 云何 自性 清浄。謂 九種相 ,鷹 知。‑者 ,謂如有一,猫虞空 閑,審諦思惟 ,如其所 聞,如所究達,諸法道理。
二者,遠 離一切不思議虞,審諦 思惟所鷹 思慮。
三者,能善 了知異説大説。
四者,凡所 思惟 ,唯依於義不依於 文。
五者,於 法少分唯生信解,於 法少分以 慧観 察。
六者,堅 固思惟。
七者,安住 思惟 。
八者,相席思惟。
九者,於所 思惟 能善究責 ,終 無 中路厭怖退屈。
由此九相 ,名馬清浄善浮 思惟 。
この
[ 8]
の引用 は先 の[ 5]
の引用 と同 じ く 「開所成地」
か らの もので あ る。 「開所成地」
は周知 の如 く,大綱 「自性清浄
」
「思拝所知」
「思揮諸法」の三部 か ら成 るが,「[ 5
]四種不 可説 」 は 「思拝所知」の一部 で あ り,「[ 8]
自性 清浄,九種相」は 「自性 清浄」その もので あ る。 つ ま り 「成不思議 品」
は 「開所成地」
を踏 まえ, その 「思揮所知 」 か ら第2
侶 「不 可説 四国」
を, 「自性清浄」か ら第9
侶 「八種 功徳 」を展 開 したので あ る。 その八種 功徳 のよ り詳細 な陳述 は 『菩薩地
』
に説 かれ てい る。[ 9 ]
『菩薩地』
「力種姓 品」法院法行 中 「正思惟」 41)この [五種 の法随法行 の] うち,菩薩 の正 し く思惟 す る こととは如何。 この世 で, ひとり
独人 閑居 して聴 聞 した通 りの法 を,思惟 せ ん と欲 し,検 討せ ん と欲 し,追 求せ ん と 欲 す る菩薩 は,
(‑ )先 ず始 め に,不 可 思議虞 を遠 離 し, その [聴 聞 した ままの法] を思惟 し始 め る。
(二 )継続 して,間断 な くまた丁重 に加行 しつつ思惟 す るので あって,緩慢 にす るの で はない。
(≡ ) さ らに,思惟 に勤 めてい る菩薩 は, [聴 聞 した ままの法 の] あ る もの は,道理 に よって吟味 し,考察 す る。
(四) あ る もの は, ひ とえに信解 す る。
(五 ) そ して,意味 に依拠 して思惟 す るが,文言 に依拠 してで はない。
(六 )[根拠 の]暗 い説 と [根拠 の]大 きい説 とを,如 実 に了知 す る。 (七 ) さ らに最初 の情 人 として,思惟 に情 人 す る。
(八 )既 に [思惟 に]情人 した [菩薩] は繰 り返 し作意 を働 かせ て, [思惟 を]堅 固 な ものへ と導 く。
この三者 を対比 したのがつ ぎの [表
7
] で あ る。 42)[表 7] 九種 自性清浄 ・人種正思惟 ・八種功徳対応
『玲伽論』「思所成地」 『菩薩地』「力種姓品」法院法行中 「成不思議品 第十」
九種 自性清浄 「正思惟」 第9備
‑者,謂如有一,猫虚空閑
t at r a‑s amyak‑ ci nt an豆 bodhi s at t Vas ya
審諦思惟,如其所聞,如所kat am豆 / i ha bodhi s at t Vab ekakir aho
究達,諸法道理o
‑ ‑ ‑k豆mah t k豆mah/ gat o yat h豆g ul ayi r ut t u‑ 豆m dhar kamah upapari mam ci nt ks ayi i t t u u
二者,遠離一切不思議虞,審諦思惟所鷹思慮o (七 )
adi ‑ pr ave歪 e nac ac i nt 豆甲 pr aVi g at i/
(六)審諦思惟 三者,能善了知異説大説○ (六)k豆l apade 喜 a‑ mahapade 歪 豆I 7 1 g Cayat ha‑
(‑)能善了知闇説T‑
四者,凡所思惟,唯依於義 (五)artha‑pratisaraⅠJa各cabhavati (二)依義思惟不依 不依於文o cintayan/navyaTPjana‑pratisarapab/ 文字
五者,於法少分唯生信解, (≡ )kilPCic ca bodhisattva歪 cinta‑pra‑ ((四)≡)少以慧観観察少以浄信信解 於法少分以慧観察○ yukt(四)kiabyuktr!tCidadhiyaVimuccaryatayataeyanuprVa/ aVはati/
六者,堅固思惟○ r(at八)abspraviaratSt豆m upanayata歪ca punab‑i/punar‑manasika‑ (五)堅固思惟 七者,安住思惟 (二)paratataIP Ca Cintayati satatya‑ (七)常勤思惟 八者,相律思惟o satkrtya‑prayogenanaglatharp
九者,於所思惟能書究責, (‑ )aditaeV豆cintyanisth豆naniVivarjya (八)於所思惟善能 この対 照表 か ら 『稼伽論
』
「思所成地」 の九種 自性清浄 や 『菩薩地』
「力種姓 品」
の八種正 思惟 を, 「成不思議 品」が ほぼその まま八種 功徳 として継承 した こ とが読 み とれ よう。 九種 自性清浄 ・八種正 思惟 について は前注 (39)の向井論文 に譲 り,今 はそれ らに 「成不 思議 品」が依拠 した事 実 を指摘 す るに留 め る。これ まで論 じて きた ように,予 め [表
2
]で提 示 したので あ るが, 「成 不思議 品」は 『瑞 伽論』 の種 々 の論議 を踏 まえて成立 してい る ことが立証 された。 ただ し不 可思議事 を九種 に拡充 した の は 「成 不思議 品」
独 自の理論 で あ る。 それ に もかかわ らず,(8)非正法,(9)一 切 煩悩所 引接 について, 「成不 思議晶
」は何 等触 れ る ところが ない。 この二種 が思議 すべ からざ る対 象 で あ る こ とは,言 を要 しない。
お そ ら く,種 々 に論議 ・伝 承 され て きた前七種 の不可思議 に,不可 思議 として は自明 の (8)非正 法 ・(9)一切煩悩所 引溝 を,説明的 に付加 した ので はなか ろ うか。 したが って 「成 不 思議 品
」
の不可思議事 は,個別 的 な項 目 として は七種 で あ り, さ らに は非正法,一切煩悩 所 引撮 な る ものすべ てで あ る と理解 す る こ とが で きよ う。[五]
さて 「成不 思議 品
」
最終偶 は不 可思議論 の総 ま とめで あ る。 当然 の こ となが らこの偏頚 は 「成 不 思議 品」独 自の もので あ る。復 た次 に,煩 に日 く。
諸偶 の所 説 な り。 遍知 等 と違 うこ と無 し。
五図 ・二 因の故 に,此 に於 て鷹 に思 すべ か らず。 (第
1 0
侶 )論 じて日 く。 五 因 に由 るが故 に,不可 思議 の虞 に於 て鷹 に欣 柴 して思議 すべか ら ず。謂 く,諸俳 の所 説 な るが故 に,及 び四蔀 の中 に於 て遍知 し断 じ讃 し修 す るに相 違 せ ざ るが故 に。又 た略 して二 因 の故 に。謂 く,教及 び;置な り。 教 とは謂 く,諸価 の所説 な り。護 とは謂 く,苦 を遍知 す る等 な り。
この ように最終第
1 0
偶 は,不 可 思議事 が成立 す る理 由 を二種 あ げ る。「諸価所説故 」と「於 四諦 中,遍知 ・断 ・苦 ・修 の不相違故」で あ る (五 困)。両者 はその まま 「教 」 と 「讃
」, す なわ ち教証 と理証 とに相 当す る (二 困)0この 『顕揚 論
』
で は 「教」
‑教証 は 「掻事 品第 一,揖浮 義 品第二,掻勝 決揮 品第 十 一」
に, 「
置」
‑理証 は 「於 四諦 中,遍知 ・断 ・苦 ・修 」,直接 には苦諦 四遍知 を説 く 「成無常 品 第 四」 〜「成無性 品第七」 とそれ らの序論 に相 当す る 「成善巧 品第三」に対応 す る43)。以下[表
8]
に対比 して示 す。[表
り
五 困 二 困 『顕揚論 』論体
諸備所説故 敬 掻事 品第一,接辞義 品第二,掻勝 決揮 品第十一
冒頭 [‑] で少 し く触 れた よ うに,不可思議事,思議すべか らざる ことを論 じる ことは その まま可思議,思議 すべ きこと, す なわ ち稔伽行学派 として思索 すべ き対 象 を明示 す る ことに繋が る。不可思議虞 を思議 すべか らざる理 由の 「教 ・証 」 は [表
8]
の よ うに,実 は 『顕揚論』 ほぼ全体 の説示 で あ る, あ るい は 『顕揚論』
は不思議事 の教証 ・理証 をな し てい るので あ る。特 に「置」
‑理証 に該 当す る各章 が論及 す るの は,三性説,空性 , そ して 三性説 に依拠 した剰 那減 としての無常論 な どで あ り, これ らはいずれ も大乗仏教稼伽行 思 想 に固有 の もので あ る。 そ して これ ら三性説 な どこそが 「思議 すべ き対 象」 なので あ る。とすれ ば, 『顕揚論 』は次 の こ とを主張 してい る と受 け止 め るこ とがで きよう。 三性説 な どの大乗仏教瑞伽行 思想 こそが,仏 陀直説 を継承 した 「可思議」 な る もので あ り, それ ら 思議 すべ き対 象 のみ を詳細 に論 じ明確 に提示 した もの, それ こそが「聖教 を顕揚 す る
」
『顕揚論』 に他 な らないので あ る。
『顕揚論』の解読 には,桂紹 隆氏 (広島大学),沖和 史氏 (種 智院大学),毛利俊英氏 (筑 紫女学 園)か ら多大 の ご教示 を得 る ことがで きた。 また佐世保 ,洪徳寺所蔵 の漢籍文献 を 利 用 させ ていただいた。末尾 なが ら共 に記 して謝意 を表 す る もので透)る。
なお本稿 を草 す るにあた り,稼伽行 思想研 究会 (代表,広 島大学桂 紹隆教授 )製作,漢 訳 デー タベ ー ス 『瑞伽論』, 『顕揚論 』な どを利 用 し,検 索 ソフ トは
「 f i l e
検 索犬 ポチ」を用 いた。(1) 「不可 思議」「無記」 ともに 『仏教学辞 典 』 (法蔵館 ) に よる。
『稔伽論 』撮決 持分 「菩薩地 」が この不可思議 について 「自性 ,虞 ,住 ,‑性 異性 ,成所作」の故 に 「無 二 」で あ る と論 じ
(
「復 次,此不可 思議 説名 無 二, 由五 種相 雁 首 了知 ,‑ 由 自性 故, 二 由虞故 ,三 由住 故, 四 由一性 異性 故,五 由成 所作故 (γol.74,707a)」,五種 相 による不可思議論 は以下707b23まで展 開 さ れ る),
「二 因縁」 に要約 して次 の ように云 う。「これ は また,二種 の理 由 ゆえに不可 思議 で あ る と理解 す べ きで あ る。① 離 言 の対 象 (*anabhiはpya
‑artha)ゆ えに ことば を越 えてい るか ら, だか ら不 可思議 で あ るo(参出世 間 その もので あ りこの世俗 の 比 境 が あて は ま らないか ら, だか ら不可 思議 で あ る。deyangrgyugnyisbsam gyismikhyabpanyid duュtabarbyabaste/brjyoddumedpa'idongyistshiggispyodyulユas'daspasde'iphyirbsam gyismikhyabpadang/'jigrtenlas'daspayidbyis'jigrtennade'idpemedpasde'iphyirbsam gyismikhyabpayinno//」 (P・IJ31b3‑5)
「此復二困縁故,嘗知不可思議。詞,離言説義故,及過語言道故,不可思議。又 出生間故,無有世間能 烏菅噛。是故不可思議
。
」 (707b)0この ように(彰世俗 的であって もことば も思考 も及 ばない対象 と,② 出世間 その ものの対象 とに分類 しつ つ, ともに不可思議 であ る とす る。不可思議 についての この撮決持分 「菩薩地」 の議論 はほぼその まま F顕揚論
j
「接辞義品第二」に継承 され る (vol.8,517ab).上記 引用 に対応す る箇所 は 「此復二困縁故不可 思議,鷹知O‑以離言説義過言語道政不可思議。二以 出世 間義世無比故 不可思議o
」 (517b12‑14)で ある。
この不可思議 の考 えは古 く阿含経典 にすでに見 出 され る。
「舎利 弗,昔知,如来有四不可思議事。非小乗所能知。云何為 四。世不可思議 ・衆生不可思議 ・龍不可 思議,仏土境界不可思議。是謂,舎利 弗,有 四不可思議
。
」 (増‑阿含,四意 断品,大正2,γol.18,640a)ここで は世 ・衆生 ・龍 ・仏国土 の四種が不可思議 として説かれてい る。 あ るいは大宝横経 は次の業 ・ 龍 ・禅 ・仏 の四種不可思議 を説 く。
「不可思議者名大神変。如仏所説, 四種境界不可思議。‑者業境界不可思議 ・二者龍境界不可思議 ・三 者禅境界不可思議 ・四者仏境界不可思議.以是義故説一切法名大神変,不磨驚怖
O
」 (大宝横経,大神変 合,大正 11,vol.86,493C)さ らに
,
『大智度論』が五種 の不可思議 を説 き,仏不可思議 を第一 とす ることは良 く知 られている。「経説五事不可思議。所謂衆生 多少 ・業果報 ・座禅人力 ・諸龍力 ・諸仏力。於五不可思議 中,仏力最不 可思議
O 」(
『大智度論』vol.30,283C。 なお宜.Lamotte,LeTym'teGylande VertudeSLqeSe,TomeIV, Louvain1976,p.1983参 照 )これ らの諸経論 中に説 かれ る計六種 の不可思議 の うち,先 の分類 か らすれ ば,世 ・衆生 (多少)・龍 ・ 業 (果報) な どは(∋世間的不可思議 に, (座)禅 ・仏 (土) な どは② 出世 間的不可思議 に,対応す るであ
ろう。 おそ ら く F顕揚論』 は これ ら伝統的 な不可思議 の議論 を踏 まえ 「成不思議晶」 を展開 した と思 わ れ る。
ところで上記三経論が説 く計6種 の不可思議 中,三経論 に共通 し, しか も後述 す るように F瑞伽論j や 『顕揚論』が継承 しなか ったの は 「龍不可思議」であ る。 その理 由は定かで はない。龍不可思議 とは, 上掲 『仏教学辞典』 (「不可思議」374b)や望月 F仏教大辞典 1 (「龍」4984a, 「五不可思議」128b,「請 雨法」2551a)な どによれ ば,一滴 の水 で龍が大雨 を降 らし得 る ことと云 う。 この神話的伝承 や その起 源 について は,L.Renou& Filliozat,L'INDE CLASSZQUE,菅沼晃編 『イ ン ド神話伝説辞典」, 中村 元編 『仏教語源散策』 な どに も触 れ られ てお らず, その詳細 は筆者不詳。
(2) 以下 「avyakrta,無記」 についてのメモ を記すo
「avy云krta,adj.(‑P豆Iiavay豆kata,indeterminate),indistinct,neut71al,median (neithergoodnor bad)」(F.Edgerton,BuddhistHybn'dSanskn'tDiciionaTy)O
上掲 『仏教学辞剣 は,「avyakrta,無記」につ いて二種類 の説明 を提示す る.一つ は 「善 ・悪」 と判断 で きない もの。他方 は 「是 ・非」 との答 えを保留す る ものであ る。 阿含 の用例 の うち,漢訳 「中阿含
」
の 「善界 ・不善界 ・無記界」 (大正1,723C)の用例 は前者 の意 であ る。他方,漢訳 「雑阿含」̀の106経 の 「何云,尊者,如来死後為有耶,‑‑如世尊説,此是無記。又間,如来死後為無邪,・‑‑如世尊説, 此是無記。 ‑‑‑
・
」 (大正2,32C)の用例 は,後者 を示す (32C,85C,86a,93C,226a,244a, 247Cな ども同様 )。 つ ま り漢訳 「無記」 に二種 の意味が あ り,文脈 で判断すべ きものの ようである。ところが,稀伽行学派 の諸論書 は興味深 い用例 を教示す る。以下 は「file検索犬 ポチ」に よ り稔伽行思想 研究会製作 の漢訳 データベース を検 索 した結果 であ る.数字 は用例数 を示す.
「無記
」
「不可記事」
「不可記事」 「不可記別事」( 1 )
『輸伽論』 215 4 5 0(2)『集論j・F雑集論j lO5 0 3 0
(3)F顕揚論煩い F顕揚論』 46 13 6 1 (4)F撮大乗論』 (玄莫論)事 3 0 0 0
(5)
r
荘厳論』 6 0 0 0' 鳩 大乗論』 は,G・M・Nagao,ed・,AnInda toAsahga'sMahGya‑nasaやgraha,Part2,Tokyo1994
を利 用 した。
(1)〜(4)はいずれ も玄突訳 で ある。 これ ら玄笑訳 の諸論書 の検索結果 で は,漢記 「無記」 は 「善 ・悪 ・ 無記」 の意味 (異熟 の文脈 での用例 を含 む)で,他 方 「不可記別 」等 はいわ ゆ る 「十 四無記」す なわ ち
「是 ・非」 の判 断の保留 (答 えない, 四種分別 の形式 の もの もあ る)の意味 で用 い られ てい るこ とが分 か る。他方,(5)波羅頗蜜多羅 (Prabh豆karamitra,波羅頗迦羅蜜 多羅 とも)訳 『大乗荘厳経論』第9章
「菩薩品」第24侶 ・長行 の 「無記法,avy豆krta‑naya」 は 「十 四無記」の意味 で あるO 同第36侶長行 「無 記相,avyakrta‑1ak苧ana」 も同意 の如 くであ る.
この ように阿含で は 「無記」 は二種 の意味 を有 してい るが,檎伽行学派 の諸論書 中,玄共訳 に限れ ば,
「無記」 と 「不可記別」 とは区別 して訳 出 されている と見 なせ よ う。 ここ 『顕揚論』で 「不可思議」 と並 んで説 かれ る 「不可記別」 もその用法 に従 った ものであ る。 なお 『中辺論』・『群 中論』・『辞 中論頒』 に は,上記漢訳 いずれの用例 も見 あた らない.G.M.Nagao,ed.,MadhyalntavibhLqa‑bhLl‑sya巻末 のINDEX に も「avy豆krta,無記」の項 は見 あた らない。 『中辺論』が,異熟識 と関わ る 「無記」に言及 しない こと が含 む問題点 については, ここで は触れ ない。
(3) 無著の年代, お よび 『顕揚論』 の概 略 な どについて は,拙稿
「
『顕揚聖教論』研究序」 (長崎大学教育 学部 『社会科学論叢』54,1997,6,以下 「拙稿1」 と略) を参照 されたい。(4) 拙稿
「
『顕揚聖教論』
「成不思議 晶第十」 について」 (印仏研,46‑1,1997,12,以下 「拙稿2」 と略) を参照 されたい。 なお 「成不思議 品」 は大正vol.31,563C‑564C,以下 同章引用の貢 ・段数 は省略。 また九 種不可思議 は(1)〜(9)の番号 で表記 し,引用文 中 に も番号数字 を挿入 す る。(5) 大正 「論 日」 であ るが脚 注 「復次」 を採 る。
(6) 大正 「思惟」 であ るが脚 注 「思議」 を採 る.以下,思議 *で示す。
(7) 不可思議 の対 象が,不可思議虞 (acintya‑sth豆na)とも,不可思議事 (*acintya‑vastu)とも表わ さ れ ることにつ いては 「拙稿2」注(4)参照。
(8) 後 出引用 [2]SBh140‑6参照。
(9) 「成不思議品」 の科文 お よび九種不可思議 との対応 は以下 の如 くで ある (なお 「拙稿1」 p.46参照)0 [表 1]
科文
1 総説九不思議因縁得失 2 別明
2‑1 不思我 2‑2 不思情器二界 2‑3 不思業報 2‑4 不思定境悌境 2‑5 不思無記事 2‑6 思不思徳 失 2‑7 重説因成
九種不可思議 く第1,2億 〉
く第3侶〉 (1)戟
く第4偏) (2)有情,(3)世界 く第5侶 ) (4)業報
く第6侶〉 (5)静慮者境界,(6)諸悌境界 く第7倍〉 (7)十 四不可記事
く第8,9侭〉
く第10倍〉
(10) 「拙稿2」p.348参照。以下引用 には この [表2]の番号[1]〜 [9]を用 い,関連文献 は[1a], [1b]な どとして引用す る。 なお表 中の略号 は以下 の如 し.BBh,Bodhisattuabhu‑mi,ed.byU.Wogihara;SBh Sya‑uakabhu‑mi,ed.byA.Thakur;P.蔵訳北京版。
(ll) a句 「不慮思 不
† 己
」 は 「鷹 に思 すべか らず,吉己さす」 と読 むべ きであろ うが,長行 を考慮 して本文 の 如 く書 き下 しを試 みた。(12) 大正vol.16,362C〜363a:蔵訳P.Dsi234b7‑235b3。
(13) 『顕揚論』 との対照 のため玄突訳 を引用 (大正vol.16,362C‑363a)。蔵訳 はP.Dsi235a5‑b2参照。
(14) 第一因 は 「無故
」(
「思所成地」),
「非一定故」(
「成不思議 品」)であ る。前者 は補特伽羅 と諸蕗 とに同 一性 も別異性 も 「無」 な るこ と (不一不異性) を説 き, その補特伽羅 を我 と有情 とに開いて後者 は有 とも無 とも 「非一定」 とす る.
(15) 「成不思議品」第1,2倍 は上述 の如 く,不可思議 を思議す るに至 る根拠 (第1侶 b句)お よび思議 す べか らざる理 由であ る 「五 因縁」 (第1侶 C句)・「四国」 (第2偽 ) を明示す る。 これ らを九事不可思議
各 々 について要約 したのが次 の [表
4
] で あ る。[表 4]「成不思議 品」第1,2侶
第1侭 b, 第1侶 C, 第2偏 , 不思議五虞 不思議五 因縁 不思議不可記事 の四困 (1) 戟 1,見 1,無 目相故 1,若有若無非一定故 (2)有情 1,見 1,無 目相 故 1,若有若無非一定故 (3)世界 2, 忍 2,現成相故 3, 引無義故
(4)業報 3,推尋 3,甚深相故 2,甚深故 (5)静慮界 3,推尋 3,甚深相故 2,甚深故 (6)悌境界 3,推尋 3,甚 深相故 2,甚深故 (7) 不可記事 3,推尋 4,非一定相故 3, 引無義故 (8)非正法 4,利 養 5,能 引無義相故 3, 引無義政 (9)煩個所 引接 5,散高L 5,能 引無義相故 3,引無義故
同 じ く不可思議 の理 由 を述 べ なが ら,(:;)世界 ,(7)不可記事 について「五 因縁」(第1侶 C句)・「四
困
」(第 2侶 )の説明が異 な る。 (第2侶 )の 「四国」が 「聞所成 慧地」由来 で あ る こと以 外 に,考慮 すべ き何事 かが あ るのか も知 れ ない。(16) P.Dsi142b7‑143a2:D.Tshi125a7‑b2。
「不正思惟者,請,不可思慮所撮思惟 。不可思慮者,請,我 思惟 ・有情 思惟 ・世 間思惟。若於 自虞,倭 世差別 思惟我相,名我 思惟 。若於他虞,名有情思惟 。若於有情世 間及器世 間虞,名世 間思惟。謂世 間常, 或謂無常,亦常亦無常,非常非無常等。」 (vol.ll,330bc)
(17) 上記注(1)参照。
(18) SBh,140‑6‑0
『草間地』vol.25,419a「云何思正法,謂如有‑即如所聞所信正法濁虚 空閑,遠離六種不慮 思慮,謂 思議 我 ・思議有情 ・思議世 間 ・思議有情業果異熟 ・思議静慮者静慮境界 ・思議諸悌諸イ弗境界,但正思惟所有 諸 法 自相共相。」
なお馨 聞地研究会 「究文馨聞地」(8),p.36参照 の こと.
(19) 掻決択分 中 「開所成 慧地」 (vol.64,655ab)P.Zi197b2‑198a6:D.Shi190a6191a30
「云何不可思議, 富知略有六種不可思議,請,我思議 ・有情 思議 ・世 間思議 ・有情業果思議 ・諸修静慮 静慮境界 ・諸悌世尊 諸価境界。
此 中,我思義 ・有情 思議 ・世 間思議,或依 見思議或不依見思議。
(1)我 思議者,請, 如有‑,依止身見如是 思議。我於過去烏曾有耶,烏復無耶,於三世 中乃至虞説.又復 思議,我是有色後 富有想,後宮無想,後普非有想非無想。如我有色,我無色亦爾.若虞宣説如 『焚網 経』,如常見論者,如是断見論者,現法浬築見論者,嘗知亦爾。計 前際遠,計後 際連,如其所鷹皆嘗了 知。又復思議,命即是身,命異身異,又此我我遍一切虞,無二無別無有鉄減。
(2)有情 思議者,請,如有‑,即依身見如是思議,今此有情従何 而生,是諸有情誰之所作,乃至有情 菖何 所往 ,是諸 有情 何虞減益。
( 3 )
世 間思議者,請,如有‑,即依身見如是思議,世 間是常,乃至廉説。或依法性如是 思議,此我 法性 ・ 有情法性 ・世 間法性,従何而生O不能 唯依法爾道理。是故説此名馬 思議不思議虞.(4)有情業果 思議者, 由四種相不可思議。詞,虞所差別散,事差別故,困差別故,異熟果差別故。
(5)諸修静慮静慮境界, 由三種相不可思議。謂, 真如甚深義故, 自在樽故,無漏界著得故。
(6)諸悌世尊諸悌境界, 由五種相不可思議。即 由如先所説三相。復 由二相,請,無 障故,成立有情所作事 故。」
(20) 撮決択 分 「開所成慧地」 は,(1)我思議,(2)有情 思議 ,(3)世 間思議 の三 は,見 に基づ くもし くは基 づか ない不可思議 とす る。他方 『顕揚論』「成不思議 品」第 1偶長行 は 「若 し是 の如 き九事 を思議 *す る こと