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政党競争と予算

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(1)

政党競争と予算

山 之 内 光 躬

政党競争と予算

 ジェイムズ・ブキャナンは︑国家財政の意思決定のメカニズムを︑有機主義的な国家概念と個人主義的な国家概念      ︵1︶という︑二分法をもって説明した︒財政の有機主義的アプローチでは︑たとえぽ︑予算過程で︑国家は支出増大から

の限界利益が︑増税からの限界損失に等しくなるように︑予算を調整することになる︒この場合︑国家は国家それ自

体の厚生あるいは効用を︑極大化するように行動する︒国家は集合的決定の単一の決定単位であって︑その利益と損

失は︑国家の人格によって感じとらなければならない︒それは社会を構成する個人の︑利益と損失の合計としてとら

えられるのではない︒

 このようなフレームワークでの伝統的財政学の領域では︑国家︑政府が極大化をはかる一般的厚生は︑国家︑政府

 ヘ   への善意に依存するので︑個人の選好は問題にならない︒しかし︑意思決定単位としての国家は︑いかなる厚生関数を

もちうるのか︒また︑社会を構成する個人とは︑全く別の存在としての国家が︑いかにして自らの利益や損失を知覚      15レ︑判断しうるのか︒その実体は︑社会を構成する個人のうちの︑単一の独裁者か︑あるいは一こ口支配グループで ー

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はないのか︒国家による財政的決定の重要な指標である﹁社会的価値﹂は︑これらの﹁個人﹂の判断に委ねられるの

ではないのか︒このように考えるとき︑個人とは切り離された国家に関する︑財政の有機主義アプローチは実質的内

容をもちえず︑現実の決定の指針としては︑その有効性を失うであろう︒

 個人主義アプローチでは︑目的構造をもつのは個人だけであり︑国家は︑それ自体では︑厚生関数をもちえない︒

国家は︑個人がその欲求の一部門集合的に充足する手段にすぎない︒そして︑財政過程は︑政府と︑社会を構成する

個人との問の︑報償関係で説明されることになる︒

 ところで︑財政学の素朴な︑そして広く受け容れられた見解では︑市場が失敗する領域の活動を︑政府が引き受け

ることで問題は解決された︒しかし︑この二十数年問に︑次第に発展してきた﹁新しい財政学﹂では︑このような見

解は拒否せられ︑そのきわだった特徴の一つとして租税を公共財の価格とみなし︑納税者 投票者を︑政治過程を通

じて公共財の需要を表明する消費者として︑定式化を試みていることがあげられる︒このような財政論は︑価格シス

テムの機能に分析を集中する伝統的経済理論の厚生分析を応用し︑集合財の配分や分配の問題を︑交換理論の応用事

例とみなしてきた︒社会のメンバーとしての個人ば︑すべて決定過程へ直接参加するという想定から出発して︑いわ

ゆる民主主義財政決定理論は︑その定式化の中心課題として︑どのような方法で︑そしてどのような条件のもとで︑整合

的な財政的決定が導出されるのか︑また︑有効な社会厚生関数を構成するために︑いかにして個人の選好が社会的に集

計されるのか︑という問題を解こうとしてきた︒その重要な分析領域の一つは投票過程であった︒投票による予算決

定理論は︑社会の構成メンバーが財政決定に参加するとき︑特定の投票ルールのもとで︑導出されるべき一般的解を      ︵2︶求めようとするものである︒たとえぽ︑単純多数決ルールのもとで︑単一セクタi予算が決定される場合︑中央選好

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政党競争と予算

曲線の最適選好値が決定結果であることが導出された︒しかし︑集合的決定過程では︑全メンバーの効用関数が等し

いという例外的ケースのほかは︑市場において期待されるような︑個別経済主体ごとの一意的な効率性は実現できな

い︒市場メカニズムによる個人行動は︑それぞれの経済主体に個別的結果をもたらすけれども︑集合的行動は集合体に

とって共通の単一結果を与えることになるから︑さきのモデルでは︑中央の最適選好値をもつ個人のみが︑完全な効

率性を確保するにすぎない︒その左右に分布した選好曲線をもつすべてのメンバーにとっては︑投票過程から導出さ

れた結果は︑多かれ少なかれ︑自分の最適選好値とのギャップをもっているはずである︒だから︑これらの選好曲線

をもつ個人はすべて︑自分の最適選好値が決定されたときに期待される投票者余剰に比較して︑投票結果からもたら

される余剰は縮小したものにならざるをえない︒さらにまた︑複数の予算を同時的に選択決定する場合にも︑投票過

程に参加するすべてのメンバーの最適選好点︵各セクターの予算の最適な組合せ︶が︑完全に一致するという例外的ケ

ースのほかは単一予算のケースと同様︑一定範囲の利害対立領域︵パレート最適︶を限定しうるだけで︑一意的な予算

上の効率を定義することはできない︒しかも︑集合財の費用負担配分のプロセスが︑一種のゼロ和ゲームの状況にある

ため︑利害対立領域の縮小そのものも︑利己的な個人を中心にした基本モデルを採用するかぎりでは︑不可能であろ

う︒このようにして︑財政論は予算のファースト・ベストの最適を定義することを断念しなければならないのである︒

 ところで︑政治過程では︑社会のメンバーはこのような利害対立領域の内部で︑それぞれの利益を拡大するため

に︑政治的に行動することになる︒また︑われわれの財政決定過程では︑社会のすべてのメンバーが︑直接に決定過

程に参加することはできない︒政治的決定過程は︑政党︑官僚機構︑利害集団等の交錯する複雑な過程である︒した

がって︑セカンド・ベストの最適への道を求めて︑よりプラグマティックな財政決定過程の定式化をはかろうとすれ

117

(4)

ぽ︑これらの要因をとり入れた考察が必要であろう︒       囎 さしあたり︑本稿では︑さきの二分法による両極端を避けて︑投票の極大化をめぐって相互に競争する政党を︑決       ︵3︶定過程の中心においたモデルによって︑公共予算の決定の問題を考察することにする︒

 現代財政理論のなかで定式化されてきた予算決定理論は︑特に形式的な最適条件の定義に分析的努力が集中され︑

制度の側面︑つまり︑政府や政党の行動が明示的に理論定式化に導入されることはなかった︒

 この過程にはやくから政党競争のモデルを導入し︑投票者の選好と政党プログラムの関係を分析しようとしたの      ︵4︶は︑アントニー・ダウンズとフィリップ・ヘルダー−ドルナイヒであった︒この理論では︑政府や国家は利己的な個      ︵5︶人によって構成された制度としてとらえられており︑その基本的な考え方は︑ヨゼフ・シュムペーターをも含めて︑

今日の民主主義においては︑政治目的︑さらには予算の実質的内容を形成するのは︑選挙人ではなくて︑権力を得よ

うとして競争する政治政党であるという点で一致している︒

 政党競争の理論では︑市場経済領域に類似した行動上の仮定が採用されている︒つまり︑市場経済において利潤極

大化を行動目標とする企業家の代りに投票の極大化を目指す政治家が︑そして消費者の代わりに︑これまた効用極大化

を目指す投票者が設定される︒また︑政覚間に十分な競争が可能になる民主主義では︑政治家は再選されるために︑

      ヘ   ヘ   ヘ   へ投票者の選好を考慮に入れざるをえない︒このようにして︑完全に機能する政治市場で︑政党が投票をめぐって競争       ︵6︶するという︑いわぽ経済市場の一種のアナロジーが導入される︒だから︑政党は政治プログラムの設定にあたって︑

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政党競争と予算

最大得票を惹きつけることを︑最高目標にしなければならない︒       ︵7︶       ︵8︶ 政党競争のモデルは︑もともと︑ハロルド・ホテリングおよびアーサー・ス︑・・ッシーズにならって︑ダウンズが単

純なモデルによって展開したものである︒この基本モデルの前提は次の通りである︒ω政治的選択は一つの方向性を

もった連続スケール上に配列することができる︒そして社会のすべてのメンバーは︑この配列を承知している︒②各

メンバーは︑このスケール上のある特定の点が︑自分の最適点に近いほど︑より大きな支持を示すことになる︒そし

て︑このような最適点の左右いずれの側についても︑このことが妥当する︒写すべての政治的決定においては︑ただ

一つの重要な問題に対する影響が考察される︒ω二政党が政権をめぐって競争する︒㈲政治的選択スペクトルの個々

の点に︑有権者を種々に分布していくことができる︒㈲自利の追求によって︑選挙人は政党を替える︒

 いま︑有権者は政治選択のスペクトル上に︑均等に分布されているとしよう︒そして︑政党Aの政治プログラムの

位置を︑まず中央から左に︑政党Bのプログラムを︑中央から右に定めることにしよう︒これらの位置は︑一定の方

向陸をもったスペクトル上で︑一定の政治的立場を反映するものと考えられる︒設定されたフレームワークのもとで

は︑双方の政党はスペクトルの中央方向に︑政策プログラムの位置を移動させるだろう︒たとえぽ︑A党は中央方向

にプログラムの位置を変更することによって︑左側のスペースが拡大し︑その領域に所属する投票者の支持を確保す

ることができる︒さらに︑自分の投票支配領域を︑以前よりも右方向に拡大することができるから︑B党の支持者の

一部を︑自己の支持層に転換することができる︒そして︑同じことがB党にも同時に有効であるから︑結局は︑両政

党は選択スペクトルの中央で遭遇することになる︒この状況は図一ωの三つの局面で説明することができる︒      m 図1ωでは︑いずれも垂直スケールは有権者の分布数︵均等分布︶を示し︑水平スケールは︑政党プログラムの

(6)

、〜「へ       「へ       、VR      、VB

0 25    50    75   1C ら     ら ユ 

ム     し     む

氏w、1。、繕覗

    一一

  100

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 ﹁/・・ニド..〆・./・シ.ン﹁︑//    0

(1)

1 虞 l

PA。   Ru   PBO

 WA  W、

(b)

100

P湘

▲   皐

R1耳、 P,。口 I

0

(a)

(c)

る︒㈲では︑Aの政党プpグラムの変更に反応して︑Bもプログラムの修正を︑

って︑喪失した投票を奪回するケースが示されている︒

は︑識別が困難なものになるかもしれない︒

 このような政策プログラムの中央方向への移動傾向は︑両党の当初の政策プログラムが︑中央からは︑対称的な位

置にある場合だけに限られない︒図i②におけるように︑双方のプログラムの位置がともに中央よりも︑左右どち

らかに偏っている状況にも同じことが妥当する︒図!②の團のようなプログラム分布のケースでは︑A党にとって

は︑℃一︒の右側の投票者の支持をとりつけ︑B党から自党へ投票を惹きつけることが重要な課題となる︒そして︑こ

れがA党の最高の行動目標になるときは︑Aのプログラムは︑汐︒から℃δを越えて︑℃とに移動するかもしれない︒

政党Bは︑これに反応して︑プログラムを℃二に変更するであろう︒しかし︑政治選択スペクトルが︑一つの方向性 政治的立場を表わす︒まず同では︑政党AとBによってそれぞれ提示された政策プログラムが︑選択スケール上に配列されている︒A党はぎ︒の左側の全投票者︑ならびにスペクトルの自党とB党との間にいる投票者の二分の一を獲得することになる︵芝﹀+乏b︶︒ B党についてもまた同様である︵芝﹃丁芝ご︒ つぎに㈲では︑Aは自党の政策プログラムを右方に︑℃きから℃﹀ に転位させている︒当然︑A党はB党にたいして︑得票上の優位を確保することにな      スペクトルの左方へ試みることによこのようにして︑傾向としては︑ 二政党の政策プログラム

120

(7)

政党競争と予算

図一(2)

     wA、紘WBなW、WB  WB

25    50    75   100

鄭重w 1t

0

50▲     100

0      50▲

薯・  血・1w、

(b)

100 50

R、P∴

0

(a)

0   25  50  75  1GO     l    l    P舶    PB、

Wλ   w。

(c)

二一(3

図一(4)

0 25   50   75   10025・瑞  投票者の分布状態が︑図1ωに示すような︑双峰分布の 75・−馬 この傾向はいっそう強くなることが予想される︒ スでは︑中央領域で獲得できる投票数が多くなるだけに︑ 向がある︒図一㈲ から容易に推論できるように︑このケー 党ともそれぞれのプログラムを︑中央方向に接近させる傾 持しか得られないわけである︒このケースにおいても︑両 端部のプログラムは中央部に比較して︑少数の投票者の支 く︑正規分布の状態にあるようなケースを想定しよう︒両  政治選択のスペクトルの有権者の分布が︑均等ではな うq ラム分布点を大きく越えて転位する可能性は小さいであろ をもつかぎり︑一政党の政策プログラムが他政党のプログ

ケースでは︑選挙権者は選択スペクトル上の両側に分極し

てくる︒モデルの前提が妥当するかぎり︑ここでも両政党

は相互に中央方向に︑プログラムの変更を試みる傾向があ

る︒しかし︑このような分布構造では︑一政党がその政策

プログラムの立場を変更して︑中央方向に移動させると

121

(8)

き︑スペクトルの一方の側に︑新規プログラムの提供者が

定住する可能性が生じる︒双峰分布の場合には︑その領域

に投票者が集中するから︑このような新規参入の可能性

は︑均等分布や正規分布の場合よりも大きいだろう︒だか

ら︑単純に中央方向へ政策プログラムを変更移動していく

政党にとって投票喪失の危険性は大きくなる︒図 ㈲で

は︑政党Aは︑プログラムを胴︒から℃とに移動させると

き︑B党の投票者の一部を手に入れることができる︒しか

し︑新規プログラムの提供者Cが︑︸♂点に参入するとき︑

なる︒A党は中央より右側で投票を増大させ︑

して失った投票数の方が大きいという結果が生じる︒

更に慎重になるとすれば︑それぞれの政党の政策は︑

なるだろう︒だから︑そのような意味では︑

況において︑A党が勺とのプログラムを提供し︑

を失うことになる︒

て︑はじめて政権を手にすることができるであろう︒

 政策プログラムの双峰分布の場合に︑

図ヨ5) Wc w〜 罵

25

 ︸

PA。

壽0各5100

Pc PAl PBD 0

当  

100

愈1、

珍珍

図一(6)

 棄権

  △

セ︑1

75

.PBO

25剩n

       左側で喪失する︒

      このような理由で︑

      その支持者や競争者に︑

      政策プログラムの分極化が強められることが予想される︒

      ひとたび中央政党の位置を占めるとき︑

A党のプログラムは隣接の他政党の政策の立場に接近せざるをえず︑

0

CはAの以前の投票者の大きな部分を手に入れることに

  そして︑B党から獲得したものよりも︑C党にたい

      両政党とも︑中央方向へのプログラムの変

       異なった結果を強く印象づけるものに

      このような状

      A党は単独与党になる機会

      連合を形成することによっ

A党の政策が右方向に移転するとき︑政党の新規参入はなく︑選択スペクト

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政党競争と予算

ルの一端に位置する投票者が棄権するケース︵図1㈲︶が考えられる︒各政党は︑戦略的な政策プログラムの調整過

程において︑当然このような棄権領域にも考慮を払いながら︑投票の極大化を求めて行動することになる︒

 より現実的な政党競争を考察するためには︑二政党の競争モデルから︑多数政党システムに考察を拡大し︑多数政

党競争システムでの戦略の問題︑あるいは選挙制度と政党プログラムの問題等を含めていかなければならない︒しか

し︑われわれのここでの関心は︑市場における動態的な企業家のように行動する政治家の︑投票極大化行動の基本構

造を明確にすることにある︒したがって︑このように興味深いテーマについては︑機会を改めてとりあげることにし

たい︒ここでは︑政党競争という状況のなかで︑各政党が予算を決定する場合に︑投票極大化目標にあわせて︑予算

上の変数を調整していく過程を考察しなけれぽならない︒

 シュムペーターにならって︑ダウンズは民主主義の実体を︑投票をめぐって展開される︑政党の競争のなかに見出

している︒政治政党が行動するとき︑その直接的な動機は︑国民の最大福祉や社会の最大幸福を実現することにある

のではなく︑各政党に帰属する投票の極大化によって与えられるわけである︒

 政治的決定過程における投票者は︑まさに市場における経済的決定過程での消費者と同様︑それぞれの効用の極大

化を求めて行動する︒かれらは政党によって提出された政策のプログラムに直面したとき︑それらのなかで︑自分の

選好に最も近いものに投票することになる︒ダウンズの仮定は︑政党のメンバーは︑政権につくことから生じる︑所      塒得︑特権および権力を手にするためにのみ行動するということであった︒だから︑政治家はある特定の政策を実行す

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る手段として︑政権をねらうのではない︒かれらの最終的な目標は︑政権につくことからもたらされる便益であり︑      撚かれらにとっての政策とは︑かれらの私的目的を達成する手段にほかならない︒そして︑この目的たるや︑選挙に勝

つことによってはじめて達成できるものなのである︒

 ところで︑政策プログラムの決定は︑特定の種類と大きさの支出項目と︑それをまかなう手段としての租税によっ

て︑公共予算に具体化される︒このモデルでは︑政治的決定においても私経済におけると同様︑利己心の原理が仮定

されているから︑合理的予算決定の基本原則は︑個々の予算項目を通じて予想される︑限界投票獲得と限界投票喪失

を均等化させるということになる︒すなわち︑各々の具体化された政策プログラムを実現するためには︑租税費用が

必要であり︑この費用は投票者一納税者によって負担される︒したがって投票極大化の基準ぱ︑特定の支出パターン

が可能なかぎり多数の投票者を惹きつけ︑それに対応する租税形態が︑可能なかぎり少数の投票者の喪失をもたらす

ような︑予算の形成を要求することになる︒

 いま︑有権者の投票をωで表わし︑種々の国家支出のカテ.コリーを︑︾ご書影・︾﹃:⁝諺日で︑そして︑これらの支

出項目をまかなうのに必要な租税形態を目ご目卜︒論ω⁝⁝論富で表わせば︑政党の活動は︑

ω1一ω︵﹀ご﹀ジ﹀ω一⁝⁝一♪図ご目ご月ジ目?⁝⁝目昌︶+囚︵閑興国肩書舜引攣θ帝王鵡謡︶

を極大化しなけれぽならない︒ここで︑諺ご﹀﹃:⁝および目ご目﹃:⁝等は政党の行動変数を意味し︑これらの支出

項目や租税項目には︑それぞれの時点での新しい問題が設置され︑最大数の純得票がもたらされるように調整される

わけである︒

(11)

 このような投票の極大化行動のもとに︑各政党が試みる予算調整過程は︑図 ωによって説明される︒縦軸の正の

領域には投票獲得︵+<︶がとられ︑負の領域には投票喪失︵1<︶が示されている︒横軸には︑支出︵およびそれ

に対する租税︶の額が︑貨幣単位でとられている︒横軸の上部の曲線︑>H︾ジ︾し・等は︑公共財に投入される︑貨幣

単位の関数としての投票獲得を表わしている︒また横軸下部の曲線︑日ご目卜︒一目し︒等は︑貨幣で評価した︑選択的な租

税負担額に照応した︑投票喪失を表わしている︒

 個々の支出項目にたいする投票獲得の増加率︑したがって投票獲得曲線の傾きは︑支出貨幣単位の増大に照応し

て︑逓増的︑比例的︑逓減的のいずれの場合も考えられる︒また︑各租税項目についての投票喪失曲線は︑ 一般的

に︑租税収人が上昇するにつれて︑投票喪失の増加率が逓増的になることが示されている︒しかし︑過重な税負担が

一部の高所得層に向けられ︑他のメンバーがこのような租税政策を支持するような状況では︑逓減的な投票喪失曲線

政党競争と予算

図一(7)

A

把鳴

T

冊    o

.V が示されるかもしれない︒ 政党の合理的行動は︑総体予算が投票の最大数を獲得するように︑投票獲得と投票喪失とを比較する︒つまり︑支出拡大によって獲得できる投票数を最大にし︑課税によって喪失する投票数を最小にするような︑支出項目と租税形態を組み合わせることで︑予算を構成しなけれぽならない︒ いま︑支出項目2が最大の得票を期待させるものとしよう︒﹀目の支出の限界単位当りの投票増大が︑他の支出項目のそれよりも大ぎいかぎり︑2は       25優位を保つことになる︒しかし︑やがて支出項目ぼの限界単位が︑︾↑のぞ ー

(12)

れよりも大きい投票増大をもたらすようになると︑︾ とともに︑﹀邸も予算の構成単位となる︒諺ω⁝⁝︾昌についても      撚同様である︒したがって︑理想的な支出構造のための条件は︑

    亀く   匙く   軋く    犠﹀同  職︾N  栽諺ω

がみたされるでことである︒

 租税については︑投票喪失の極小化が達成されなけれぽならないが︑ここでも条件は支出の場合と同様である︒ま

ず︑投票喪失が最小の租税がとりあげられなければならないから︑個々の租税形態︑日ご目b︒目ω一⁝⁝日︒についても︑

    織く   職く   軋く    織目  犠目N  織目ω

が成立することが条件になる︒

 この場合︑最適予算構造は︑図 ωにおける曲線﹀︵支出構造︶と曲線目︵租税構造︶によって示されている︒こ

れらの最適構造は︑︾ご諺単︾ω⁝⁝あるいは︑目﹃円ジ弓﹃:・:を総計して導出されるのではなく︑一定の限界支出レ

ベルで︑最大の投票数を獲得する支出項目の組合せ︑あるいは︑限界税収額において︑最小の投票喪失をもたらす租

税形態を組み合わせることによって導出されている︒

 このようにして︑支出の側面における投票獲得と︑課税の側面における投票喪失との︑正の差額が最大となる点

で︑投票獲得の最大値が達せられることになる︒すなわち︑

(13)

織<  1織く亀﹀   職目

の条件が成立することが必要になるわけである︒だから︑限界支出単位が投票の増大を期待させ︑それと対応する限

界租税単位の投票喪失が︑それを相殺してしまわないかぎり︑その支出は増大されていくことになる︒この関係は図

1⑧に示されている︒+軋く\毛子は限界投票獲得を示し︑1<\織子は限界投票喪失を示す︒二つの曲線の交点℃

は︑均衡点すなわち投票の極大値を示す︒この点で上の条件が成立し︑限界投票獲得は限界投票喪失と相殺されるか

政党競争と予算

図一⑧

亟旺

 一

P

  dV十一

  dA

十dV

−dV

M

0 Mp

らである︒予算規模は線分○竃bで決定され︑支出と租税を含む予算構造は︑

それに対応している図一ωの曲線﹀と曲線↓上に合まれている︑支出構成と

租税制度によって︑具体的に決定される︒

 この最適予算レベルの導入は︑図−働によっても説明することができる︒

横軸は公共財の産出量︑あるいは予算規模を示し︑縦軸は投票獲得および喪

失を表わしている︒曲線ω○は与党の公共財の提供によって生じる投票獲得

を説明しており︑それにたいして︑投票喪失曲線ω<は︑課税水準の関数で

あることを示している︒最適予算レベルは︑ω○とω<とが同じ傾きをもつ

︵接点菊嘘↓︶点︑すなわち︑課税による限界投票喪失が限界投票獲得を相

殺してしまう点で決定される︒そして︑B点は公共財供給の最適量のレベル       27       1を示すことになる︒

(14)

(9)

SV

T

SG

−⁝−︐−−⁝:−−眠:

M

B

      ..一−1・ーーIIIII−1   0

   VV

   41 

者の選好は︑いずれにせよ︑特定の政党

一括物にたいして表明されなけれぽならない︒

界が存在しているのである︒政治の経済理論が︑

を断念しているゆえんである︒

 これらのことを十分認識したうえで︑政党競争工﹂デルにおける︑政党行動の基本的性格と︑有権者の投票行動基準

が指摘されなけれぽならない︒

 まず政党競争のモデルは︑ω各政党は︑所得︑威信およよび権力のために公職を手に入れようとする人問のチーム

であること︑吻選挙に勝った政党︵または連合︶は︑次の選挙まで完全な行政権を行使し︑次回の選挙前に政権を追

われることはない︑⑧政府の経済的権力は無制限であり︑どのような配分方式を採用することもできる︑ω政権を手  政党競争による最適予算の決定は︑ダウンズの基本モデルの延長である︒したがって︑最適予算というとき︑それは政党の投票極大化の観点から定義されている︒しかし︑ある政党の政策プログラムが具体化された予算が︑最大の得票を得たという意味では︑これは︑個人の直接投票過程において導出される最適予算と一致するであろう︒しかし︑政党競争のモデルでは︑直接投票モデルにはなかった政党の行動が明示的に設定されている︒個人1投票 政治家が提示した政策プログラムに向けられるわけで︑いわば抱き合せの   それゆえ︑政党競争のプロセスでは︑個人選好への調整に︑大きな限    集合財の配分︑分配の問題を︑交換理論の一応用事例とみなす方式

128

(15)

政党競争と予算

にした政党は︑反対政党あるいは個々の国民の政治的自由を︑制限することはできないこと︑㈲政府︑政党あるいは

私的連合は︑つねに︑合理的に行動し︑希少手段を最小に支出することにより目的を達成し︑またその限界利益が限

界費用を越える行動だけを企てる︑という前提から出発している︒このようなフレームワークにもとづいて︑二つ以

上の政党が政権をめぐって︑定期的な選挙投票を通じて競争するという︑民主主義政党行動が行われる︒そして多数

政党あるいは連合政党は︑次の選挙時点まで︑政権を行使する︒与党および反対政党は︑適法の戦略だけを用い︑す

べての国民は︑選挙時にただ一票だけを行使する︒そして︑投票者は公共財の供給によってもたらせられる便益と︑

負担しなけれぽならない租税支払とを比較考慮して︑自己の効用所得の極大化をはかる︒投票者は︑政党の行政活動

を通じて︑最大の効用所得を︑自分に保証してくれる政党に投票することになる︒このようなプロセスで︑投票者は

競合的な政党プログラムの比較を行う︒すなわち︑

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129

(16)

まず投票者は︑ω次の任期に︑現在の政府から期待できる効用所得と︑反対政党が提供しうる効用所得とを比較しな      ㎜けれぽならない︒そして︑②過去の任期において︑実際に生じた効用所得と︑反対政党が政権を手にしていたら︑生

じたはずの潜在的所得とを︑比較しなけれぽならない︒さらに︑圖理想的な政府が権力についたときに生じる効用所

得と︑実際にもたらされる効用所得とを比較する︒そして︑この㈹のようなケースは︑特に投票者が望まない連合政

府が決定を行うような場合には︑興味を惹くことになるであろう︒

 政党競争のモデルにおいて︑最適予算を導出する場合の最も重要なファクターは情報である︒そして︑これまでの

考察では︑暗黙のうちに︑政党のサイドと投票者のサイドにおいて︑完全な情報が与えられていることが︑前提とさ

れてきた︒有権者は完全な情報のなかで︑これまた完全な知識をもった政党によって提示された政策プログラムに直

面して︑これを評価し︑比較して︑自分にベストな効用所得を保証してくれる政党に︑投票を与えるのである︒

 政府支出の限界投票獲得と︑それに対応する課税の限界投票喪失の均等化が︑最適予算成立の条件であるという単

純な分析モデルは︑政党−政治家と投票者との双方が︑完全な情報をもつという仮定の上に立っている︒しかし︑政

治的現実は︑政治家にとっても投票者にとっても︑さきの政党競争の投票極大化モデルが想定しているような︑完全

な情報という状況とは大きな隔たりがある︒       ︵9︶ まず︑政党は︑かならずしも投票者の正確な選好を知らない︒さらに︑政党が提示する政策プログラムを︑投票者

がどの程度理解しているのか︑また︑そのプログラムが︑投票者の効用所得に︑どのような効果を及ぼすのか等につ

(17)

政党競争と予算

いては︑不確実な知識しかもたない︒

 投票者の側でも︑政府与党ならびに野党が︑どのような政策プログラムを企図し︑そして︑いかなるプログラムを

企図しないのかについて︑十分には知らない︒また︑自分の効用所得がどのような政策によってどのように変化する

のかについて︑さらには︑提示された政策プログラムそれ自体についてさえ︑十分な知識をもっていない︒

 選択対象についての無知を克服するために必要な情報調達には︑費用と時間を必要とする︒その意味では︑情報は

モデルの戦略的ファクターにほかならない︒しかし︑投票者が︑自分自身の投票が全体的な選挙結果にどのような効

果を及ぼすだろうかという問題︑すなわち︑自分の一票の投票がもつ限界的効果を意識するとき︑投票者は積極的な

情報調達を断念して︑ゼロ・コストの情報を︑受動的に受け容れるにとどまるだろう︒投票者は情報調達によって生

じる限界利益が︑その限界費用を超過するかぎり︑情報獲得への動機をもつはずである︒しかし︑一般的にいって︑

社会集団の規模が大きくなるとき︑情報調達の限界利益の期待値は︑限界費用よりも小さいから︑投票者の合理的行

動は︑いわゆる合理的無知を選ぶであろう︒ダウソズは︑投票者の側における不完全な情報を想定したモデルで︑民      ︵10︶主主義の予算規模について︑興味のある︑対照的な二つの予測を提示している︒

 まず第一の予測は︑不完全な情報のもとでは︑実際に導入される予算は︑最適規模︵完全な情報にもとずいて成立

する予算規模︶よりも小さくなる傾向があるというものである︒つまり︑投票者は公共支出によってもたらされる効

用増加は︑不明確にしか認識できないのにたいして︑課税の負担増加分は︑直接的に実感として知覚できるからであ

る︒政府行動からの便益は︑時間的にも空間的にも︑あるいはまた理解度においても︑人びとにとっては縁遠い存在

であり︒合理的無知の状態で生活する平均的市民は︑自分の便益帰属を明確に意識しない︒投票者は公共支出の増大

131

(18)

によって供給された財を︑適正に評価することができないために︑導出された予算を過大なものと判断する傾向があ

る︒政府がこのような投票者の態度を察知するかぎり︑追加支出を断念することになる︒

 第二の予測は︑不完全な情報のもとでは︑最適予算規模よりも︑現実の予算を拡大させる傾向があるというもので

ある︒すなわち︑投票者が予算について情報をまったくもたないとき︑選択された政府支出政策からもたらされる効

用は︑消費者としての投票者よりも︑所得稼得者としての投票者に︑特に明確に意識されるからである︒政府はその

政治的支持を極大にするためには︑予算を計画するにあたって︑このような投票者の意識効果を考慮するから︑予算

拡大への傾向が生じるであろう︒そして︑他の少数派のための政府プログラムを︑共同で負担しているという意識を

もたない︑多数の少数派を創出することができれぽ︑同時的な投票獲得を求めて︑予算の拡大は現実のものとなる︒

さらに︑投票者の納税意識を覚醒させない財政方式を導入することができれば︑この傾向はいっそう明確になる︒投

票者は︑自分が受け取る特定の便益のために支払う費用を︑過小評価し︑そして政党は︑このような.バイアスを予算

に組みこむわけである︒

 このように投票者の無知を導入するとき︑現実の予算は︑最適予算レベルから乖離したものにならざるをえない︒

 もちろん︑政党にとっても情報はゼロ・コストではない︒したがって︑政党の行動はしぼしば︑資金供給者によって

影響を受ける︒利益集団は︑政党に資金を供給し︑かれらの政策を強く印象づけようとする︒このように資金供給と

結びつた情報は︑特定利益集団に関するネガティブな情報を隠蔽し︑特定政党に関するポジティブな情報だけを投

票者に伝達する傾向がある︒つまり︑投票者の合理的無知を利用して︑情報操作を行うのである︒だからこのような

経済的勢力の行動は︑まさに市場経済の競争を制約する要因と同様に︑政治的投票過程に︑配分阻害効果をもたらす

132

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政党競争と予算

ことになる︒このように︑政治過程では︑投票者の合理的無知を利用して︑政党や政党支持者によって︑情報が意図

的に創出され︑特定の目的が追求されるのである︒

 ここで︑われわれの興味を惹く問題は︑政党競争というセッティングにおいて︑合理的無知を選んだ投票者が︑選

択的予算プログラムに直面したとき︑いわゆる︑イリュージョンをともなうという状況である︒完全な情報のもとで

仮定されたような正しい評価が︑投票者の財政イリュージョンのために不可能であるような状況では︑政党競争のプ

ロセスで︑投票獲得の増大と投票喪失の縮小をねらった︑政党の意図的なイリュージョンの創出が考えられるからで

ある︒       ︵11︶ もともと︑アミルカレ・プヴィアー二が財政イリュージョンの問題を提出したとき︑それは︑個人主義的な民主主

義社会の予算決定を考慮してではなく︑かれのわゆる﹁独占的﹂国家を出発点にして︑支配階層が被支配階層にたい

して︑財政イリュージョンを創出する問題にふれたのである︒

 しかし︑民主主義的予算決定のプロセスを対象とした場合でも︑政党競争を想定するかぎり︑各政党は︑それぞれ

の政治プログラムのなかに︑財政イリュージョンを組み込んでいくことが︑投票極大化をねらうためには︑重要な戦

略となりうるであろう︒

 ダウンズの指摘をまつまでもなく︑個々の市民は︑消費者としては︑自分の私的財の決定には自分自身の行動が決

定的な影響力をもちうるけれども︑一投票者 納税者としては︑公共財の規模や構成に︑自分の租税負担分が︑ほと

んど影響力をもちえないことを知っている︒したがって︑投票者にとって︑公共財に関してよりすぐれた情報を入手      塒するために投資することが︑自分の公共財消費のパターンに︑何らかの改善をもたらすという予想をすることはでき

(20)

ない︒そこに︑政党による広範な︑意図的な財政イリュージョンの入り込む可能性がある︒投票極大化を行動目標と

する競争政党では︑財政イリュージョンを利用して︑自分の政治プログラムが︑他のプログラムに比較して︑納税者

に︑﹁より少なく支払い﹂︑そして﹁より多くを受け取る﹂と感じさせることが︑目標達成の重要な手段となりうる︒

 また︑一般的に︑市民1投票者1納税者の決定における重要なファクターになるのは︑かなり短期的な情報にかぎ

られる︒つまり︑重要なのは︑公共財の長期にわたる費用1便益ではなく︑きわめて近い将来の便益と費用の比較な

のである︒長期的な予測には大きな不確実性がともなうため︑個々の投票者にとっては︑長期的な観点から社会的に

有用なプログラムよりも︑目前の身近な便益の方を優先する傾向がある︒このような状況では︑社会的な︑長期的ビ

ジョンに立っての決定を導出することは困難である︒だから︑投票極大化をねらう政党は︑特に現代の選挙制度のも

とでは︑次の選挙に再選されるためには︑まずプロジェクトの初期における費用が低く︵たとえ︑長期的には高い費

用を要しても︶︑初期の便益帰属が明確に現われるプログラムを提出することが重要になる︒したがって︑このよう

なイリュージョンが存在するときは︑全社会的な︑長期的観察からは︑かならずしも有利な費用一便益結果が得られ

ない予算プログラムが︑最大の投票獲得と最小の投票喪失を生むプログラムになるわけである︒

134

ノ、

 政党競争のモデルによる予算決定の理論では︑結局︑予算決定過程において︑社会のメンバーとしての個人の行動

に反応する政党の在り方が︑決定的ファクターになる︒その場合の政党の行動が︑投票極大化という︑いわば票の買

収のように︑倫理基準からは非難されるべき格律にもとずいた行動基準から出発するという仮定にたいしては︑観察

(21)

政党競争と予算

者の判断によって評価は異なるであろう︑ただこの理論では︑政府行動の仮説を設定し︑私経済主体の経済行動の類

推として︑政府行動の経済理論の定式化をはかろうとしているのである︒すなわち︑政府行動の目的を設定し︑ここ

から︑予算上の収入と支出の構成と規模を︑経済合理性の原理にもとずいて導出しようと試みている︒この理論にお

いて︑経済理論の︑市場における動態的企業家に照応するのは︑名誉︑人望︑報酬に魅惑された政治経営者一政治的

指導者であり︑かれは︑理想的状況では︑明示的にか潜在的にか︑投票者の願望のなかに存在するものを︑正確に実

行しなけれぽならない︒この投票者の欲求の予想が適中するかぎり︑その目的が達成されるわけである︒

 しかし︑この理論にたいする批判的論議の多くが︑情報の不完全性に関連しているように︑情報の不足という背景

で考察を試みるとき︑さきにみたような多数の複雑な︑また困難な要因が生起してくる︒そして︑これらの不完全情

報のもとで生じてくる要因を合めた定式化は︑まだ十分には展開されていない︒このように︑政党競争の基本モデル

について︑まず指摘されなけれぽならない問題は︑情報の不完全性に関連した定式化の必要性であろう︒完全情報の

基本モデルが︑経済理論における完全競争モデルに照応するものとすれぽ︑さらに政党競争についての︑不完全競争

モデルが展開されなければならないであろう︒

 しかし︑経済的行動と政治的行動︑そして︑個別的行動と集合的行動の本質的な差異に注目するとき︑市場経済の

アナロジーの適用にも︑一定の限界があることに注意しなけれぽならない︒

 たとえぽ︑政党は投票者の選好に反応するという仮説は︑消費者の選好による市場の調整メカニズムの類推にほか

ならないが︑政党の行動は︑かならずしも個々の投票者の選好に受動的に反応するのではなく︑政党1政治家は︑投      鵬票者の意思を形成し︑それを育成していくという側面も考慮されなければならない︒しかも︑このような特性の方

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が︑より強く働くとすれば︑政党競争のプロセスで︑経済的合理性基準にもとずいて導出された︒最適予算の結論

は︑有効性を失うことになる︒

 さらにまた︑投票者の投票の動機についても︑それは︑自分の支持する政党を当選させようという期待によるより

も︑むしろ︑ ﹁公民の義務としての投票﹂が大きな投票動機になっていることが︑経験的に指摘されている︒また︑

遵法精神︑両親から受け継いだ慣行︑指導者の人格への信頼等も︑投票動機の一つになっていることも主張されてい

る︒ また社会的意識調査の結果から︑政府の公共財の給付が︑国民の欲求にそれほど活発には反応していないこと︑新

規に表明された欲求がほとんど取り上げられないこと︑さらには︑投票者が明示的に表明した欲求に反する公共財の

給付すら存在していることが示されている︒また︑利益集団は自己の利益を意図的に過小評価し︑他集団の利益を過

大評価する傾向もある︒このようにして︑政党と投票者の相互作用による調整とは別の力や特性の方を重視するとき

は︑政治過程における決定を分析するのに︑われわれは︑経済学者好みの︑あの﹁効率性﹂の基準を断念せざるをえ

ないことになろう︒︒

 もちろん︑われわれは︑公共財の配分について︑市場に類似したメカニズムが成立しなければならないと考えるべ

きではない︒しかし︑それにもかかわらず︑われわれの経験は︑政治過程にもシュムペ:ターの私利追求の動機にも

とずいた︑政党政治家の誘因システムが存在することを教えており︑このような特性もまた無視されるべきではな

い︒その意味では︑政党競争システムは︑多くの批判にもかかわらず︑経験的な研究とともに︑いっそうの理論的発

展を志向していかなければならないであろう︒

136

(23)

政党競争と予算

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︵2︶ たとえば︑Oh.∪■ヒd訂O置目70目ずOO曙OhOO88葺①Φの碧α臼OO二〇旨ω讐おαco■

︵3︶ この考察についての参考文献は次の通りである︒

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137

(24)

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︵6︶ 政党競争のモデルは︑簡単な形で︑次のように図示することがでぎる︒︵bご●ω宰①午后︒ら①﹃昌︒℃⊆一二ωo﹃oO犀80ヨ一ρ

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138

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︵9︶ 単純化されたさきの投票極大化モデルでは︑政治家は投票者の選好を完全に知っており︑それゆえ︑政党競争の結果︑各

  政党の政策プログラムは︑かなり類似した形態のものになることが予測された︒しかし︑さらに拡張されたモデルで︑政党

  の側に︑投票者の選好について情報をもたないことを想定するならば︑各政党によって提示されるプログラム︑したがって

  それぞれの予算構造の間に︑相互的な類似性が生じるという予測は︑正当性を失うであろう︒

︵10︶ 民主主義社会においては︑予算は最適規模よりも大きすぎる傾向があるのか︑あるいは小さすぎる傾向があるのか︑につ

  いては︑次の文献がある︒

  ﹀.Uo≦つの層ミ﹃団一ゴoOo<o;ヨ①重しロロ亀σq雲 図ω↓ooQD8巴一ぎロ︼︶①ヨoo話︒団〜oP9け一.園︒づ巳oU潜≦ω翁︒昌α

  07母δω≦﹂≦①団①5切口ασq象9N①貯∪①§oo感︒ざぎ⁝一﹂≦切ζoげ二目帥昌95匹即∪.目︒=冨oP︵①α︒ソ↓ぴ8蔓oh℃ロび嵩o

(25)

   OぽO一〇P 一〇刈卜○∴旨竃■しuロ07国嵩四旨①q匹O.目自=OO渥堕︑﹃7①09一〇=一鐸ωOhOOコω①コ∬一㊤①卜⊃⁝﹈﹂ずO§ω国■じdO﹃Oゴ⑦﹃亀一コひq︵①住.︶曽

   bd&σqo件ω麟︒巳切ξ①9︒二自盛ρ一Φ刈刈9なお︑これらについて紹介をしたものに︑宇田川璋仁﹁民主主義と予算規模﹂︵現代

   財政論の再検討︑昭和五十三年︑有斐閣︶がある︒

︵n︶ ﹀ヨ=O餌﹃O ﹁二く一円5一層 ↓①OユpΩ α①=.一=ロω一〇コ㊦ 出自590旨N一山﹁pΩ讐目㊤Oω響︵U一ΦH一一二ω一〇コΦ昌一ロ 鳥①﹁ α︷h①づ一=Oげ①昌 団一昌帥5N≦嗣﹁曾1

   ωOびO津︸一㊤①O.︶

政党競争と予算

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