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I デジタル人類学-バーチャル・ミュージアムとしてのインターネットー

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的諸問題

デジタル人類学‑バーチャル ・ミュージアムとしてのインターネットー

リュ アラン‑マルク

最初に、 このCOEプ ログラムによって提起 された一連の意義ある課題 について、神奈川大学が私 に研究を 継続す る機会 を与えて くだ さったこ とに感謝 したい と思います。 このプログラムで研究 され、討論 され る問 題 は、国家や民族的な境界 を越 えて、学術研究 と教育の大きな変化 につながるものである と私 は強 く確信 し ています。 また、昨年 に続 いて今年 も私 をこの研究に参加す るよ うお招 きくだ さった的場教授 にもお礼 申 し 上げたい と思います。 さらに、的場教授、COEプ ロジェク ト、私 自身 との間の橋渡 し役 を効率 よく務めて く だ さったル シーニュ氏に も感謝 を申 し上げますC私は同氏の 日本の人類学、特に柳 田国男 に関す る研 究を高 く評価 してお り、その研究はこのプ ログラムの展開や焦点について理解 を深める上で役立 っています。最後 に常に忍耐強 く、かつ効率 よく仕事 を進 めて くれた長谷川氏に も感謝 したい と思います。

私の今年の 目標 は といいます と、昨年11月に紹介 した理論的アプ ローチを、近い将来可能ない くつかの具 体的成果 を示す ことによ り、典型的な 『研究開発 アプローチ』 を用いて さらに発展 させ ることです。今回の シンポジウムのプ ログラム 「図像 ・民具 ・景観 非文字資料か ら人類 文化 を読み解 く」は、プログラムにか かわっている研 究者が これ まで どんな ことを研究 して きたのかを示 しています 今回の報告の展望について 申 し上げます と、それ は神奈川大学のプ ロジェク トの制度的 ・技術的環境 と関係 している とい うことです。

つま り木 を見 るよ り森 を見 るとい う考え方であ ります。 もちろん、木 のない森はあ り得ない。 しか し、木 々 が集 まって森が形成 され るのですか ら、森には森 と しての問題や課題 がある とい うことです。

このプ ロジェク トのメンバーによってまだ明確 な形で示 されていない考 え方や、談論 されていない考 え方 をあえて展開 しよ うと しているのではない ことも強調 してお きます。 しか し、 こ うした野心的なプ ロジェク トでは、様々な意見に耳を傾 け、関連性 を考えることが必要ですo た とえそ うした ことが余分なことであろ うと、それは確認作業 と して、また大局的な物 の見方 を補完す るための作業 として有用なことです。 このプ ロジェク トで私が提示す る考 え方 も、他の研究者 によって再構築 され 、知識 の向上に役立て られ ることによ っては じめて、価値 を持つ ことになるわけです。私 自身の野心は、ま さにこ うした仕事 に資す るとい うこと だけです。

も うひ とつ私が強調 してお きたいのは、・神奈川大学のプ ロジェク トは、人類文化 を比較研究す るためのオ ンライ ン ・ミュージアムまたはバーチャル ・ミュー ジアム、すなわちデ ジタル人類学のためのバーチャル ・ ミュー ジアムを構築す るプ ロジェク トであると理解 できるとい うことです。 このバーチャル ・ミュージアム は、このプ ロジェク ト全体 を性格づけるモデル です。逆に言 えば、 このプロジェク トは、 ミュー ジアムの概 念 を再構築す ることも意図 しています。 これか ら、この考 え方がなぜ妥 当性 を持つのか、そ してこ うしたア プローチが どのよ うな結果 をもた らすのかを検証 してい くことに します。

I

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<'る方法論的詰問層

1 .バーチャル ・ミュージアム

前述の主張を展開す るため、まず、私のアプローチの位置づけについて述べます。昨年 、私 がなぜ、シン ポジウムのペーパーの最後に、皆 さんのプ ロジェク トに関連す る と思われ る私の論文を付 け加 えたかがお分 か りいただける と思います。皆 さんが進 めている研究プ ログラムを知 った とき、私がまず感 じたのは、その テーマである 「非文字文化資料の体系化は、収蔵品を様々な展示 を通 じて一般に公開す るために、 ミュー ジアムが コレクシ ョンをつ くるときに考える目的そのものである とい うことで した。 コレクシ ョンを作る と い うことは、文化財 を買い集 めることではな く、取得 した文化財 を選別 し整理す ることであ り、その 日的は、

学術機 関や学校その他 の教育機 関の枠外 で一般の人々を教育す るため、一貫性のあるコレクシ ョンを構成 し、

展示 を企画 ・開催す ることですO皆 さんのプロジェク トは、おそ らく多 くの人々 もその よ うに感 じた と思い ますが、対象 をすべての非文字資料 に拡大 した新 しいタイプの コレクシ ョンを、人類文化 を研究 しているあ らゆる人々に提示す るため、研 究 ・開発す ることのよ うに思 えま したO 実際、 目標 は数多 くあるが、共通 し ているのは、研究 と教育の新 しい段階 を創 出す ることですO

皆 さんのプ ロジェク トについての私の解釈 を説 明す るために、 これ までの経歴の中で私が受けた教育、ま た現在行 っている研究について述べ ることに します。私は科学技術 の哲学 を学びま した。私の研究領域は認 識論です。 主 と して私 は、様 々な社会 (西欧、 日本 、米国) における科学技術の進化、その一般的な知識の 作成 と普及について、人文 ・社会科学が どのよ うに記述 し、説明 しているかを研究 しています。 日本、米国、

西欧では1980年代初め、科学技術の最近の進歩が現代社会 を変質 させ るであろ うとい うことが明確 になって きま した。社会のあ らゆる側面がこの影響 を受け、我々はそ こか ら、 これまでの 「産業社会」に とって固有 のものであった技術教育や科学的能力ではない さま ざまな技能や 、社会 と知織の内的な相互関係 の新たな理 解 を必要 とす るだろ うとい うことで した。1980年代におけるこ うした変化 の中核 となったのは、デジタル技 術の出現で したOインターネ ッ トの普及によ り、1990年代にはデ ジタル技術は先進産業社会共通のインフラ

とな りま した。

私 は1980年代、我 々の社会において、いかに知識の内容、役割、構造が変化 したかを一般の人々に対 して 説 明す る意図をもつ数多 くの さま ざまな人 々が関わる運動に参加 しま した。我々は、大学、学校、専門学校 といった教育機 関の境界を越 えた ところで活動を進 めることが必要だ と考 えま した。 この新 しい 「大転換」 (カール ・ボランニーりによ り、こ うした変化に関す る人文 ・社会科学の新たな研究 と、研究結束 を伝達 し、

こ うした数多 くの変化 について論議す る場 を提供す る新たな組織が必要にな りま した。 これ は当時 も今 も変 わ らず、意義 ある 「市民社会」の形成 に とって不可欠な政治的課題 ですo そ こでの問題は人々を教育す るこ とではなかったのです。教育は、すでに学校 と大学が行 っていま した。 問題 は、一般の人々に、社会で何が 起 きているのか、それが 自分たちの生活 に どのよ うな結果 を もた らすのかを探 り、談論 し、理解す るための 手段 を与えることで した。

1980年代、 ミュー ジアムは、一般の人々にこ うした変化 を伝 えるための格好の場 と考え られ ていま した。

ミュー ジアムは、一般の人々 と学術機関 との間の仲介者 の立場 にあると理解 されていま した。 あ らゆる主要 都市に科学技術 に関す る ミュー ジアムやセ ンターが建設 され ま した し、現在 も建設 されています。以前か ら あった科学 ミュージアムは改装 され、新 しい通路や建物が加 え られ 、改装は今 も続 け られ ていますO振 り返

1ボランニー 『大転換』meGreatTraDSfonnat}'oJ7,NewYork,Rinehart

&

Company,Inc.1944

↓ 十 +

4

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的詰問唐

ってみ ると、 これは面 白い巡 り合わせで した. 当時、メデ ィアはすでに一般 の人々 と学術機 関の間の仲介者 の役割 を果たせない と考え られ ていま した。 メデ ィアはその内容 においても 目的において も、 こ うした役割 とは相容れない商業主義の道 を進んでいま した。 それは、一般の人々がメデ ィアに興味を持 たなか ったか ら で もな く、 こ うした問題が軽視 されていたか らで もあ りません。 こ うしたプ ログラムは十分な利益 を生 まな いだろ うと思われていたがゆえに、取るに足 りない ビジネスだ とみな されていたわけです。実際、新聞や一 般 の文字 メデ ィアは、広範 に起 こ りつつある変化 を人び とに体験 させ るための情報伝達 と学習の場 としては、

狭すぎると考 え られていま したO それで もなお本 、新聞、雑誌は情報や解説 を提供 していま した し、その状 況は現在 も変わっていません。 文字 メデ ィアは重要な役割 を担 ってきま したが、情報伝達 と学習の範囲があ ま りにも狭 く、一般の人 々に変化 を伝 えることができな くなっていたのです。文字 メデ ィアは、互いに離れ た場所 での相互作用の上に成 り立っているため、視覚または音声による相互作用がで きる別の新 しい媒体 に よって補完す る必要があったのです。一方、テ レビは1980年代初 めの段階で、こ うした役割 をすでに失 って いると考え られ ていま した。制作 コス トの問題や政治的変化によって、国営放送局は 「公共」的あるいは 「国 民」的利益を表現す ることを放棄 しつつあったのですO民間放送局 と公共放送局は、「幅広 い一般の人々の要 求」 を満 たすため、娯楽、ニュース、映画に重点 を置 くよ うになっていま した。 テ レビは基本的には 「しゃ べ り」中心の番組形式に頼 るよ うにな りま した。 そ して、そ うした 「喋 り」の形式は、人々が どう感 じ、 ど

う反応す るか、お互いに世の中をどう理解 し、 ど うコミュニケー トす るかを表現 していま した。

1980年代初め、 ミュー ジアムは美術 を扱 うか科学を扱 うか とい う区別はあった ものの、その存在 自体は当 然 と認 め られ るメデ ィアで した。 「ミュージアム」は、知織社会 とい う考え方が形成 されつつあった当時、つ ま り、科学技術革命が始まった当初にイメージ された組織につけ られ た名前で した。 しか し、そ うした ミュ ー ジアムは現実 には存在 しなか った し、今 も存在 していませんOそれ は要す るに fバーチャル な ミュー ジア ムで、印刷物の世界 にまだ縛 られているアカデ ミックな世界や研究開発機 関に片足を、 もう一方の足 をマ ス メデ ィア、特 にテ レビの影響 を受 けている一般 の人々の中に置 く、 これまで とは違 う新 しい媒体 を模索す るだけでな く、その必要性 を認織す る場所で したo こ うしたイメージの博物館 とい う概念 は妥 当な ものであ った し、すでに十分 に形成 されていたのです。 メデ ィア と してのバーチャル ・ミュージアムには次のよ うな 特徴があ ります.。

人々か ら 「離れていない」 こと

環境であ り、 メデ ィアによって伝達 され る r見せ物」ではないことO

参加型の環境であることO人々はスク リー ンや芝居の場面の前に座 っているのではな く、 「舞台

に上がった り、実際に 「参加」 した りす るのですD

観客ではな く訪問者 のために作 られた学習環境です。訪問者は この環境の中を移動す る。すなわち、

劇場 の よ うに舞台や スク リー ンの前に座 って繰 り広げ られ るアクシ ョンを眺めることではあ りませんO この種 の博物館 が提供す る学習経験は、あ らゆる感覚に影響 を与えます.様々な情報源 と様々な認織 的相互作用が、一つの展示の中で起きるすべての事柄 と関連付 け られているのですO展示は一般の人々 に、その結果が認知できる多重感覚経験 を提供す る目的で作 られた環境ですo

他 にないタイプの学習 を発展 させ る。学習の概念や慣行は、テキス トを読む ことに基づかず、記号で

.I6ナ

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的諸問題

構成 され る参加型環境 を探索 し、解読す ることを基本 としますO

バーチャル博物館 は形式にとらわれ ない学習を提供す る。 こ うした環境 を構成す る記号 を、いかなる 訪問者 も完全に解読す ることはできません 解読が不完全に終わって も、保留状態になっても、それ は学習経験 の一部であ り、 しば しば 「直感的」 または 「感情的」経験 と呼ばれますO

口 訪問者 は展示 の中を 自分の事前の想定に従 って回 ります2。 しか し、展示 の構造は、訪問者の事前想定 との間で相互作用 を起 こす よ うに設計 されてお り、この相互作用 を通 じて訪問者 は事前想定を変更 し た り修正 した りします。事前想定の誤 りを知 り、再構築す ることによ り、完全な学習プ ロセスが成立

します。その基準は以下の通 りである。

ロ プ ロセスが相互作用的であること。電子 メデ ィアの先駆 け となった印刷 メデ ィアやテ レビは 「受動的 媒体」のままで した。 これは、何かをす ること、行動 し反応す ること、モデル を模倣す るとともにそ のモデル を与 えられた状況に適応 させ ることによって特徴付 けられ る形式 にとらわれ ない 日常経験に よる学習 とまった く異なるものです。相互作用性は、作 られた環境の中での実生活にお ける学習行動 の複製あるいはモデル と考え られています。

ロ 相互作用性 は、年齢層、教育 レベル、能力 レベル を越 えて、個人にあわせた学習プ ロセスを作 り出す。

活字媒体やテ レビは同 じ文書3を誰にでも提供す るほか、異なる文書 を (学校、教室の)選ばれた グル ープに提供 します。相互作用性 と個別化 は、文書 自体の中にあ らか じめ組み込まれてお り、文書 を伝 達す る技術 によって活性化 されています。

「参加型であること

j

「形式に とらわれ ないこと

」r

相互作用があること

」r

個別化 されていることJ「バー チャルであること」は、バーチャル ・ミュー ジアムの概念 を構成す る5つの主要な特徴である。1980年代以 来盛んになっている ミュー ジアム研究は、教育心理学に由来す る 「情報伝達」 と r動機づけ を区別す る考 え方を導入 しま したO情報伝達 と動機づけは、あ らゆる学習戦略に共通の2つのパ ラメー タです. ミュージ アムは情報伝達 よ りも動機 づけの場 と考え られ ています。バーチ ャル ・ミュー ジアムは、情報 を伝達す るだ けでな く、動機づけもな されなければな らないのです

2.

概念 とモデル

現代世界の文化は、図書館 とミュージアム とい う2つの主要組織 を軸 に して構成 され ています。 1980年代 以来、新 しい科学技術世界が出現す る中で、図書館 とミュー ジアムは新 しい構造 を持つ新 しい組織づ くりに 関心を集 中 し始めたO私の分析では、「バーチャル ・ミュー ジアム」は、この新 しい組織の概念ですO神奈川 大学のプ ログラムは、 「バーチャル ・ミュー ジアム」の概念 を前提 として取 り入れてお り、部分的 とはいえ、

この概念の発展 を図っています。要す るに、神奈川大学のプ ログラムの意図は、「情報」を集めるとともに生

2主として博物館学に関する寄稿文献、特にチャン ドラー・スクライヴェンChandlerScrivenの研究を参考にした。

3ここでいう 「文書」の定義は、情報または既存のメディアで構築された 「資料

「文書」は、その文書の対嶺 となる潜 在的公共性に応 じて定義される。

8

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的諸問暦

み出す こと、その情報 を 「コレクシ ョン に変換す ること、そ して最終的には、その コレクシ ョンを r人類 文化」研究のための調査や教育に役立てることです,

この最後の点が重要です。 とい うのは、それ は大学 と大学 における知識生産、教育、研究のや り方 を変革 す る可能性 と関わるか らです。神奈川大学 のプロジェク トのあ らゆる側面 を検討す ることが極 めて重要であ る理由は ここにあ りますC プロジェク トでは、対象 となる情報は 「非文字文化資料」ですo このコレクシ ョ ンは、「非文字文化資料」を 「体系化jす ることによ り生 まれ ると考 え られています。そ して問題 は、この 「体 系化 された資料」を 「人類文化の研究」 とい う目標 を達成す るために伝達す ることですo

私の分析の 目的は、デジタル技術が単にこの 目標 を達成す るためのツール を提供す るだけではない ことを 証明す ることです。技術 は、目標達成 を可能にす る手段の枠外で定義 された 目標のための一連 の道具ではあ りませ ん.。私の 目的は、プ ロジェク トも目標 もデ ジタル技術 を前提 としていることを証明す ることです。デ ジタル技術は、プ ロジェク トその もの起点であるとともに、その展開に刺激 を与える ものです。 その理 由は 簡単ですOバーチャル ・ミュー ジアムの概念は、その表現法、内容、有効性 を、デジタル技術お よびその主 要成果物であるインターネ ッ トに求めているか らです

.e

メールや

e

電話、検索エ ンジン、チャ ッ トがある とい う意味で、インターネ ッ トは もちろん情報伝達技術です。 しか し、 さらに広 く、深 く見てみ ると、イン ターネ ッ トは図書館や ミュー ジアムでもあ り、この2つの現代文化 ・科学機関を合 わせ たものです。これが、

『グー グル』の よ うな会社が米国の大 きな大学の図書館 をデジタル化す るプ ロジェク トを進 め、 ウェブ上で これ らの コレクシ ョンに無料でアクセスできるよ うに した理 由ですOまた、『マイクロソフ ト』が無料で誰 に で もアクセスで きるオンライン百科事典 『ウイキペデ ィア』を開発 している理 由もここにあ ります。『ウイキ ペデ ィア』の正確 さの レベルは、すでにブ リタニカ百科事典 に匹敵す るとも思われ ます 私が思 うには、神 奈川大学のプロジェク トは、グローバルな

e

ミュー ジアムの開発に参加 しているわけですoだか ら、rバーチ ャル ・ミュー ジアムJの概念 を取 り上げることは、このプ ロジェク トに対す る理解 を深 めるのに役 立つ と思 われます。 また、それ はこのプ ロジェク トの形成 にあたって使われ た前提 と概念 を明確 にす る上で も役立つ

と思われ ますO

ここで、rバーチャル ・ミュー ジアム」の概念 を応用 し、どのよ うに した らデ ジタル技術 によって様 々な問 題や課題 を概念化で きるかを探 ってみ ま しょ う。

3.

デジタル人間学 :フィール ドの構築

前述 のよ うに、「非文字文化資料の体系化」とは、コレクシ ョンを構築す ることです。プ ロジェク トに具体 的な形 を与えるのはデジタル技術ですか ら、デジタル技術 とイ ンターネ ッ トの両方の観点か らこのプ ロセス の明確化 を図ることが可能 で しょう。その上で、我 々はインターネ ッ トの正確な役割 を理解 しなければな り ませ ん。 とい うのは、イ ンターネ ッ トもプ ロジェク ト柱形 を与えるものだか らである. このプ ロジェク トに 参加 してい る研究者 は、私が これか らとりあげる問題 について、すでに問題提起を行 っています。おそ らく、

すでに議論 された問題 を改めて取 り上げることになるで しょ う。 しか し、こ うした繰 り返 しは無意味ではあ りませ ん。 それ はこれ までの議論を明確化 し、検証 し、補強す ることになるか らです。

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的詰問鹿

ロ 対象物

「文化資料」はひ とまとま りの情報であ り、かつて 「体系化」され た 『コレクシ ョン』か らなっています。

コレクシ ョンの構成要素が 「非文字Jであることは、このプ ロジェク トが一種の図書館ではな く、一種の ミ ュージアムの構築 を 目指す ものであることを明確に示 していますo Lか し、r非文字文化資料」 とい う考え方 は、まだ確定 した分野ではな く、範囲があま りに広 くしか も漠然 としていて、あ らゆる r対象物」、つま り 「人 類文化」 を構成す るすべての 『資料』 を対象 としているため、収集す ることは不可能です。 ここで言 う 「対 象物」は、人間が作 り出 したもの、さらに正確 に言 うな らば、社会が作 り出 したもの とい う意味で 「人間的

な ものであることです。

□ 文字資料

デ ジタル技術の役割 は、「非文字」資料 と 「文字」資料の区別 を明確化 し、評価す ることか ら生 まれ ます。

「非文字」資料は社会のあちこちに存在す るあ らゆるものですが、「書 くことJにつながる様 々なタイプの 「体 系化」も含んでいますr文字」資料は、文書、本、印刷物な どの形や姿を取 るあ らゆるものを含みます。 し か し、印刷物資料の中には本で もな く、本に似た もので もない もの もあ ります。日本の版画がその一例です。

さらに、17世紀の ヨー ロッパ絵画、例 えば フランスのニ コラ ・プサンの作品は、テキス トとイメー ジの間に 明瞭で密接な関係があることを明示す る 「utpicturapoesis」 (詩の よ うな絵) とい う、明確 な美学的理論 に基づいて描かれてお り、「文」資料の一種 と考 えられ るべ きです ここでは、絵 を眺めることは文字 を読 む こと (と同 じ)である。 ヨー ロ ッパにおける表象のコー ド4は 19世紀末 まで、すなわち 「現代美術」が台 頭す るまで有効で した。 したがって、大部分の ヨー ロ ッパ絵画は 「文字」資料のカテ ゴ リーに属す ると考え なけれ ばな りませ ん。 しか し、18‑ 19世紀の 日本版画が本 当に西欧古典絵画 とは別の美学思想 に属す るか ど うかは、全 く明 らかではあ りません50 この点 を考慮す ると、「文字」と 「非文字」の区別は何か別の ことを 意味 していることにな ります。

この区別 においては、「書 くこと」は一種の コー ド化、すなわち概念化、そ して社会的 r対象物」を分類す るための相 関的認知活動 として理解 されます。その 目的は r文字資料」、す なわち、形式構造が 「書 くこと

とそれに伴 う r読む

「理解す る

」r

伝達す る」な どの行動 に似ている資料 を作 り出す ことですO こ うした観 点に立つ と、私 には、漢字 を書 くことが、 どれ ほ どアル ファベ ッ トを書 くこと違 うかを判断す ることはで き ませ ん。 しか し、漢字 を書 くことは、確かに 「読む」 r理解す る」「伝達す る」 とい う行為 とつながる識別お よび分類行為、そ して コー ド化です。 したが って、我 々は読み書きの技術 と文化の違い よ りも一段深い レベ ル に到達 します。例 えば、文学や書物 とい う概念 は、フランスや ドイ ツだけでな く、中国や 日本に もあるこ

とです。

ロ 非文字資料

したがって、「非文字資料」とい う概念の 目的は、さまざまなタイプのコー ドと書 くこと以外で 自然 と社会

4例えば、JacquesRancire,Ledestl'J7dosImages,Paris,Lafabrique2003の129‑134頁参照D s影響を受けなかったという意味。

1 2

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的詰問居

を体系付 ける、相 関的認識 的活動 を識別す るこ とにあ ります。 これ は、民族学や一般の人類学が通常研 究 し ていることです。 この研 究は、r書 くこと」以外 に、あるいは 「書 くこ と」に加 えて形成 され 、伝達 され る個 人お よび集 団の慣行や行動 に関す る開かれ た分野 を対象 と しています。 これ らは 自然、時間 ・空間、生命、

身体、精神、また 、社会全体 さえも体系立てす る技術で もあ ります。技術 と慣行 を区別す ると都合はいいが、

誤解 を生む可能性 もあ りますO 技術 はそれ を使 う慣行 な しに存在 しない し、慣行 も技術 があるこ とを前提 に しているわけです。

各種 の技術はば らば らに存在す るものではな く、あるシステムの中で相 互に関連 しています6。そのシステ ムは、システム 自体が持つ制約 に合 わせ て進化 します。‑‑ゲル 流の 自己意織の よ うに、この進 化は、「書 く こと」や本‑ と導かれ るのではあ りません。すべての運 命は図書館 の書物 として結実す る とい った世界精神 の形成 に したが って進化す るのでもあ りませ んO

□ 書 くこ と

ヨー ロッパの歴 史は、「書 くことJも技術で もあ ることを示 してい るO確 かに書 くことは技術であ り、古代 ギ リシャでは書 くとい う技術 を使 って既存 のシステ ム内お よび進化 中の他の技術 を コー ド化 し、その結果 と して、現在 r科学」 と呼ばれ るものを発 明 しま したo Lか し、逆 に言 えば、科学 は知磯 を 「書 く」 (コー ド化 す る)技術 です。 この コー ド化 は西欧 にお ける技術の進化 を全面的 に変容 させ ま した。拡大解釈 すれば、書 くことそれ 自体 が技術であ り慣行であるため、あ らゆる技術や慣行 と同様 、r非文字資料」の カテ ゴ リーに入 ると主張す ることもで きます。

世界 中の様々 な種類の書 くとい う技術 の枠 を越 えて、「書 くことJはデータを登録 し、保存 し、比較す るた めに開発 され た記録プ ロセ スで ある と定義す ることができます。記録 プ ロセ スは知織 を生み出 しま したが、

蓄積 プ ロセ スを通 して知識 の量 も増大 させ た。 これ はデニス ・シュマ ン ト‑ベセ ラー ト了が メソポタ ミアにお ける 「書 き物」の出現 に関す る研究で明 らかに したことです。彼女はまた、「書 き物」、算数 、美術の出現は 同 じプ ロセ ス8で始 まったことを証明 しま した9。

この ことは、神奈川 大学のプ ログラムにお いて は 「書 くことが 「文字」であるか 「非文字であるか と い う区別 を越 えて理解 され る必要が ある と同時に、プ ログラムが本 ではな く、登録、表象、同定 、計算、読 解 、伝達 のための書 く技術 を含 めた、技術や慣行 に焦点 を当てね ばな らない とい う制約 を負 ってい ることを 示 しています10。

口 変容す る主体

ここで、我 々は困難かつ不明瞭 な問題 に直面 しますo これは 、歴 史の主体 、歴史の内省 にかかわ る問題で あ り、それ は多 くの文化 にお いて、 もちろん東アジアや ヨー ロ ッパの文化において も、図書館 に集 め られ 、

68ertrandGille(ベル トラン ・ジル)による 「技術システム」の概念について言及 している。

7stanfordLectures,JIumanltlesCenter,20046月参照

8ここでは美術は物体を特定するために創造あるいは選択された 『形』として定義される。

9スピーチ、思考、書き物、本などの関係に関する問題は、この報告の対象外である。それについては、私の論文 「大規 模データベース時代における研究と教育」、200511月で検討 している。

10要するに、書くことは 「体系化」技術であるということである。

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<'る方法論的詰問居

分類 された碑文、書物、書 き物の形で構築 され 、表現 されている と考 えられていますO長 い間、多 くの異な る文化 において、図書館 と ミュー ジアムの間に区別はあ りませんで した。

世界史に出現す る主体の問題 は、難 しい問題です。我 々は この世界における内省プ ロセ スの誕生 を理解 し ているので しょ うか。 また、地域的社会の 自己反映プロセス、す なわ ち、地域的な集団的主体性 の形成 に気 づいているので しょうか. こ うした問題 については特別研究が必要で しょうO とはいえ、神奈川大学のプ ロ ジェク トは、そ うした調査に向けての道 を開 くものであ り、ある点で、この問題についての議論 を避 けるこ とはおそ らくできないで しょうO この間題 はこのプロジェク トが事前に想定 している問題であると同時に、

プロジェク トの主要な結果の一つで もあるのです。 それ は、 この間題 を検討す ることが適切 であることを間 違 いな く示 しています。

口 無形物

「非文字資料」の多 くは、ジャン=フランソワ ・リオタール (Jean‑FrancoisLyotard)が言 う意味で、主 として物質ではないもの、あるいは無形物です11 す なわち、景観 の形、翠 (す き)のデザイン とその翠 を効 率 よく使 うための身体 の動 きの形、効率的な弓を作 る技術やその弓を効率 よく使 う技術 、楽器の組み立てや 演奏の技術、画像 をデザイ ン しその画像 を通 して情報 を伝 える技術、家の中にプライベー トな空間を生み出 す技術、都市に共通 スペースを作 る技術、踊 りのため、愛 し、喜びあ うために、あるいは共通のコー ドに従 って身体の機能 を十分 に働 かせ るために、身体を鍛 える技術、記号を書 くために 自分の手の動 きをコン トロ ールす るために身体を鍛 える技術、 こ うした記号の読み方 を学ぶ ために精神 を鍛 える技術 な どですO この終 わ りのない リス トが社会的 「対象物Jの リス トであ り、私が昨年のシンポジウムの際に提 出 したコメン トの 中で、我々の社会的宇宙における r見 えない部分」 と呼んだ ものですO

形のないものは、個人の、また集団の行動の中や、体系づけ られ た慣行や確立 された技術の中に組み込ま れ た 「暗示的」知識です。 それ らは場合 によっては 「明示的」にな り、教育 または単に記憶 のため、また保 存 のために残 してお く目的か ら、書 き物の形で記述 され、形式化 され る場合 もあ ります。 これ らの慣行や技 術 は模倣や反復 によって伝達 され るもので、文書による協約 、明示的な方法、応用理論 によって伝 達 され る ものではあ りません。無形技術 も物質的な道具

(

『民具』)、用具、用品、装置、機械 に組み込まれ ています。

概念上、身体、社会、道具は区別 され ますが、実際には切 り離す ことはできません。最後 に、無形物は これ 以外 の対象物 も含み、それ らが価値、信念、理念 ・理想 、儀式、組織 な どで構成 され る社会 を作 る。 こ うし た無形物は、すべてが暗示的で意識 され ない存在 とい うわけで もあ りません,それ らは人々が、話 し合い、

議論 したことを伝 え、信 じるために、共通 して持 っているもので もあ ります。

無形物はことが らではあ りません。 もっ といえばそれは現実に存在す るものです。その影響 は物理的世界 で観察できるだけでな く、精神的、集団的世界、また社会、文化や経済において も観察できます。 それ らの 表現は、コー ド化 され、分析 され、文字で記述 され、文字資料 として印刷物の形で図書館 に保存す ることは 可能ですo Lか も、その無形物 としての動 き、デザイ ン、プ ロセスを、そのままの表現で、昨 日まではアナ

ログ技術によって、今 日ではデ ジタル技術によって記録す ることが可能です。

11パ リのボンピド一 ・センターにおける展覧会Lesl'LZuDaEin'BuX(,gk*&)Cこの展覧会のコンセプ トはジャン=フランソ ワ ・リオタール (Jean‑Fran90isLyotard)が構築 した。

(9)

セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的諸問題

□ 「文化」

神奈川大学のプロジェク トは、「文化」に関す るある概念 を前提に していますが、これについては議論の必 要があるで しょ う。その概念は明 らかにアメ リカの学派の文化人類学か ら出ています。文化 は、慣行や技術 のシステム として、下か ら上へ と言 う形で理解 され ます。これ らの慣行や技術には、それ らを整理 ・分類 し、

社会的なパ ター ンや制度 ・組織 を生み出す様 々な 「体系化」の技術が含まれ ますO この視点に立つ と、文化 はその内容 (アイデア、イデオ ロギー、理論 、信条な ど) と してではな く、プ ロセス、行動パター ン、文化 財のデザイン、空間の秩序付けや組織化 、肉体的 ・精神的鍛錬 な どとして定義 され ます。 こ うしたプ ロセス は社会の r文法」であ り、精神的 ・言語的表象 を支 える役割 を果た しています。それ らは、文法の規則が個々 の事柄 について話 した り害 いた りす る際に意織 を越 えた ところにあるよ うに、 「無意織的」な ものですが12、 それでもその言説、言 い換 えれば、 自分 自身や他者お よびその環境の表象 を構造化す る機能を果た していま す13。

口 文化主義 の リスク

文字 と非文字 とい う区別 は、別の形の区別 に も通 じる可能性があることか ら、不明瞭であ り、ひいては神 奈川大学のプロジェク トの 目的 をあいまいに させ る可能性があ ります。「文字/非文字」の区別は、明示的か 暗示的か とい う紛 らわ しい区別に通 じるところがあるとともに、近代的 と非近代的 (昔の、伝統的な)、発達 と未発達、科学的 と非科学的 とい う区別、 さらには西洋的 と非西洋的、東洋的 と非東洋的な どとい う区別 に さえ至 る可能性があるのです14。 こ うした一連の区別 の根底には、 「我々 と他者」 とい う本源的な対立があ り ます。神奈川大学のプ ログラムが こ うした対立を拒否 し、克服 しよ うしていることは明 らかであ り、プ ログ ラムが展開 している共同作業がそれ を示 しています。

神奈川大学のプ ロジェク トが文字/非文字の区別 を設 ける 目的は、デ ジタル技術 に基づいた一般的な人類 学分野 とい う境界線 を引 くことで、問題や対象を定義す ることにあることは明 らかです。 しか し、そ うした デ ジタル人類学がその可能性 を十分 に発揮す るためには、 「我 々」が誰であろ うと 「他者が何であろ うと、

「我 々 と他者」とい う区別を越 えてあ らゆる社会に研究対象 を広げる必要があるとい うことです。とはいえ、

あ らゆる社会に研究を広げるとい うことは、神奈川大学プ ログラムの場合、それが定め られ た地域、す なわ ち東アジアに限定 されてはな らない とい う意味にはな らない と思われ ます。 しか し、ある地域 を選んだ とし ても、「我 々 と他者」 とい う対立は大 きな障害 として残 り続 けるで しょう。

□ 方法 :比較研究

これは、デ ジタル人類学が潜在的 には広 くあ らゆる社会 に適用 され なければな らない こと、また、いかな

12 レヴイ=ス トロース 『野生の思考』Livi‑Strauss,LapeJ7滋esawage (mesat(agemlJ7d),Paris,Plon,1964 後書 き参照。

13さらに理論的なアプローチによって、こうした文化の概念がどのようにNorbertElias(ノルベル ト・エリアス)、Claude Livi‑Strauss(クロー ド・レグイエス トロース)らの作品に関係 しているか、またそうした影響が、神奈川大学プロジェ

ク トにおいて、日本の人類学各派によってどのように再研究されているかを検討する必要がある。

1

4 r

文字/非文字Jの区別によって、一般的な人類学は、近代社会やその構成要索を研究するその他の人文 ・社会科学 と、適切な形で対比される。それでもなお、人類学は、人文 ・社会科学に属するC

(10)

セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的請閉居

る 「我 々/他者 」の前提 にも制限 されてはな らないことを意味 しますO も し制限 され ると して も、それは方 法論的、経験主義的 目的だけのために限 られ るべ きで しょ う。デジタル人類学は比較研究に基づいてお り、

物事を比較 して見 る 目を育てるか らです。

4 .

デジタル体系化 とイ ンターネ ッ ト 口 始点のま とめ

これまでに明確 にできたことは何で しょ うか ?最初に、デ ジタル技術の進展 とインターネ ッ トの普及が今 や新 しい段階に到達 しよ うとしていることを具体的に説明 しま した。 この新 しい段階を特徴づけるのは、図 書館 とミュー ジアム とい う2種類 の組織 が同 じものになること、そ してこれ らの組織が社会で果たす役割が 同 じものになることで した。私はまた、1980年代以降の先進工業社会にお ける ミュー ジアムの役割の変化 に よって、 ミュージアムが行 うべ き活動の概念が どのよ うに変 り、今 日ではデ ジタル技術 とイ ンターネ ッ ト抜 きの活動はあ りえない と考 えられ るよ うになったかについて も明 らかに しま した0 ‑万、 ミュー ジアム館の 役割が変わ り、その役割 を達成す るための基準が明 らかになった ことか ら、インターネ ッ トをバーチャル ・

ミュー ジアム と して とらえる考 え方が生まれ ま したOバーチャル ・ミュー ジアムはデジタル技術 を基盤 と し ているため、従来の文字資料 と非文字資料の違 い とい う問題 を乗 り越 えるものであるとい うことですD さら に、社会は慣行 、技術、制度 ・組織、理論で成 り立っています。これ らは、すべて異なるタイプの コー ド化、

保存、情報伝達、学習 に関連す る慣行 といって もよいで しょ う。 こ うしたプ ロセスは社会 を支 えるインフラ であ り、それがデ ジタル人類学 とい う分野 を構成 していますO

ロ デ ジタル ・コレクシ ョン

これ らのプ ロセスを記録 、登録、保存 、伝達す るためのプ ロジェク トは、デ ジタル技術 によって可能 とな りますo Lたがって、デ ジタル技術は 「体系化技術である。デジタルの文化財は、人間がつ くる、社会に 基盤 を置 くすべての文書 、有形物、無形物 を記録す ることがで きますC ビッ トは ソース段階でデ ジタル ・デ ー タのあ らゆる違 いを無祝 します。確かに、われ われの社会がそ うした資料 を使 えるよ うになるとい うレベ ル か らみ ると、社会的 ・文化的資料 をデジタル化す るには時間がかか るで しょ うが、それ は時間、 コス ト、

市場の問題 に過 ぎません。 しか し、 コレクシ ョンを創造 して社会の過去 と現在 を保存す る必要性 とそれ に対 す る情熱 、また、保存す る価値 がある と考え られ る資料が継続的に増加す ることを考える と、バーチャル ・

ミュー ジアムは長期間にわたるプ ロセスであ り、今後何年 もかか る工学的で しか も形而上学的 とも言 える課 題 であるともいえま しょうo こ うした コレクシ ョンは、大規模デー タベースに保存 され るで しょうo コレク シ ョンの状況 を存在論的15に検討す る と、認確論的に興味深い問題が提起 され ます。大規模デー タベースは、

実際、イ ンターネ ッ トの主要な構成要素なのです, 16

15データベースの状態と現実、データベースに保存された情報の状態と現実は、関連する (疑似)恐怖や不安とともに、

我々の時代の典型的な存在論的議論の対象になっているc

16 『グーグル』とそのグローバル ・ライブラリー、『マイクロソフ ト』とその 『ウイキペディア』というオンライン公開 百科事典について言及 したが、大規模データベースとしては、『オラクルや

「新」lBMも付け加える必要がある。

㌢ 由

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的諸問題

私の論点 をま とめる とすれば、私が主張 していることは、我 々はこのプロセスのち ょうど最初の地点 にい るとい うことです。それで も、このプ ロセ スによって開かれ た道が どこに通 じているかは、その結果 を検討 し管理す ることができるほ ど、予測が容易 になっているといえますO今 日の我々をその結果 (実際に結果が 出るまでには何年 もかか るかも しれ ませんが)の レベルに置いて想像す ることが、逆説的に言 えば、結果 を 評価 し議論す るための唯一の解決策 であ り、その結果‑通 じる道 と交錯す ることがそ こか ら期待 され ます17。 進化の道 と交錯す る能力を生み出す ことが知識 の役割 であ り、意義であ ります。 このプ ロセスを読み解 くこ

とは、人類文化の研究においてこ うした知織 を理解す ることです。それは確 かに難 しく、 リスクを伴 う仕事 ですが、 これ らは神奈川大学のプ ロジェク トが提起 している問題であることを今一度、繰 り返 したい と思い ます。

ウェブを基盤 としたバーチャル ・ミュージアム博物館

イ ンターネ ッ トは、情報伝達や保存のための技術以上の存在ですD その機能は、 ウェブサイ トのデー タベ ースに保存 されている情報‑のアクセスの提供 に とどま りません。イ ンターネ ッ トはコレクシ ョンの コレク シ ョンです。インターネ ッ トはインスタン トのライブ ・ミュージアムにな りつつあ ります。イ ンターネ ッ ト は、1980年代の産業社会が想定 した、 ミュー ジアムの5つの基本機能 をま さにそのまま果 たす ものです。 し か し、こ うした想像上の ミュー ジアムは、有形物 を集 めるための 「具体的な」 ミュージアムではないため、

実際に建設す ることが不可能であることがわか りま したO それ らは、デ ジタルの文化財やデ ジタル ・コ レク シ ョンのための、 リアル な、 しか しバーチャル な博物館 で した。 さらに正確にい うと、大規模 なデー タベー スの中のマルチメデ ィア ・コレクシ ョンで したO インターネ ッ トのみが、バーチャル ・ミュージアムで想定 され た機能に意味 を持たせ うるのですo

ここで私が主張 したいのは、少な くとも当分の間、バーチャル ・ミュー ジアムはインターネ ッ ト、その社 会的イマ ジネー シ ョン、技術発展の次元にあるとい うことです。現在 グーゲルが進 めてい るアメ リカの主要 大学の図書館 の コレクシ ョンをデ ジタル化す ることによ りグローバル なオンライン図書館 を創造 しよ うとい うプロジェク ト以上に、バーチャル ・ミュージアムはインターネ ッ トの将来像の一つになっています180マル チ メデ ィア ・ミュージアムは、インターネ ッ トが通過 しなければな らない一つの段階ですQ理想 と しては、

あ らゆるデ ジタル ・データがオ ンライ ンで利用可能になることです。例 えば、ミュー ジアムの コレクシ ョン、

図書館 の コレクシ ョン、すべての記録 され たオーデ ィオ ・ビデオ資料 (映画、過去 ・現在のテ レビ番組、写 真 、ニュース、大学の講義な ど)のほか、神奈川大学プ ロジェク トと同様 のプ ロジェク トによって開発 され たデ ジタル資料 な どです。神奈川大学のプ ロジェク トは非常に野心的な取 り組みで、デジタル技術 を求 める だけでな く、まだ形 になってお らず、達成 にはほ ど遠 い状態 にあるイ ンターネ ッ ト関連の 目標 にも 目を向け ているわけです。神奈川大学のプ ロジェク トは、イ ンターネ ッ トが さらに進化すれば、我 々の人類文化 につ いての知織 が広が り、深 まることを示 していますOこの知織 を私は 「デ ジタル人類学」と呼ぶ ことに しますo

17別の文脈でだが、こうした議論はJean‑PierreDupuyもその著書poulLJJ7CaEaSfl・ophl'smeicla}‑i‑iIquaDdl'}'mposslble estcertal'D,Paris,Leseuil,2002で展開している。

18グーグルのプロジェク トはバーチャル図書館につながるものだが、グーグルはマルチメディア博物館を作るだろうか。

新 しい会社がこの課題を達成 し、グーグルを圧倒するだろうか。文化的、工業的、技術的課題は非常に大きい。というの は、人類文化研究を進めるには、あらゆる資料の管理が関係するからであるO

2 2

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的詰問牙

ロ デ ジタル人類学

デジタル人類学 とは どのよ うな分野なのか。手短に説明す るため、い くつかの所見や コメン トを紹介 しま す。

。 デ ジタル人類学に とって 「デ ジタル 」は方法であ り、r支 えJです。

。 デ ジタル人類学は、社会環境 を構成す る慣行 と技術 の比較研究であ り、ある特定の社会が、そ の社会的構造 と技術に応 じて、関係 し、形作 り、変容 させ、利用す る 『自然』環境 との相互作 用 を含みます。

。 こ うした慣行や技術は、個 人個 人の主題や精神 ・身体の生成のほか、それぞれ のパ ター ン、儀 式 、制度 に応 じての相互作用 を含みます。最終的には、「書 くこと」に関連す ることの多い、

知織 の コー ド化や体系化、保存や送信のための様々な技術が含 まれ ます。

' 知識 は、上記の慣行 と技術の結果 として考えるべきです。知織は個人の精神や身体、技能や能 力、精神的プ ロセスや身体の動きに組み込まれています しか し、知織は行動の集合的パ ター ンに も組み込 まれています。知識 は、r書 くこと」の よ うな コー ド化 、科学、理論、デー タベ ース、特許 など様 々な形で保存 され ます。慣行や技術の進歩は知識の進歩であ り、また、社会

とその関係す る環境が変容す ることで もあ ります。

。 デ ジタル技術の第一の特徴は、それが人類社会 を、まず 慣行 と技術 を対象 に、下か ら、す なわ ち、ボ トムア ップの形で研究す ることです。デ ジタル技術は、図書館 に保存 され ている本 、ま たは ミュー ジアムに保存 され てい る他 の文書に記録 されているよ うな知織 か らスター トす る ことはあ りませ ん。デ ジタル人類学は こうした技術 を調査 し、そこか ら複雑 に展開す るプ ロセ スの最終段階で、本、図書館 、 ミュー ジアムが生み出 され るのです。

。 第二に、「デ ジタル人類学」は、現代社会 と伝統社会 の区別、文字 と非文字 の区別 を越 えたあ らゆる社会の研究に有効 な、すでに実験済みの方法であるとい うことです。基本的には比較研 究であ り、比較基準に従 って調査対象 を選択 します.O

. 第三 に、こ うした人類学はデジタルである。 とい うのは、デジタル技術の出現 と発展 によ り、

図書館 の本や印刷物 、 ミュー ジアムの文化財 をベースとす る近代の記録 、保存、アクセス方法 を越 える、あ らゆる記録 ・登録済みの慣行 と技術 を、記録、保存、伝達、比較す ることができ るよ うになったか らです る。

5.技術的 ・産業的陳題

ウエブを基礎 に したバーチャル ・ミュー ジアムの概念 と、人類文化に関す る比較デジタル研究の展開は、

ソフ トウェア産業に影響 を もた らす難 しい技術的課題 を提起 しています。 この技術的挑戦 は、情報通信技術 やイ ンターネ ッ トの進展をめ ぐって企業間、国家間で繰 り広 げ られている競争に とって重要な課題 です。神 奈川大学のプロジェク トは、私が見る限 り、MITT(通産省)が1990年代初めに推進 した2つの大 きな研究プ ロジェク トと似通 っています。 日本 が 15年間に及んだ危機の 「10年」に突入 したその とき、当時の通産省 と文部省 は、 日本の将来は科学技術政策 を再構築 し、 さらに発展 させ ることに基礎 を置 くべきであると主張 していたのですo この 目標 は今 日まで引き継 がれていますo

2 4

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的詰問庸

大規模デー タベースや 「人間のよ うにフレキシブル」な情報管理 システムを創造 し、共有す ることは、1990 年代初め以降の 日本の情報技術政策 に とってま さに大 きな課題で した。 当時、インターネ ッ トが米国で開発

されつつある状況で した。 日本 の研究は、有名な第五世代 コンピュータ一 ・システム (FGCS)・プ ロジェク ト を踏襲 した もので したoFGCSは、1982年に立ち上げ られた10年間の研究計画で、欧米でかな りの論議 を呼 びま した。 日本 はデジタル技術の開発 とそれが産業界に もた らす成果 を支配 しよ うとしているとして、米国 か ら非難 され ま した。技術的には、 このプ ロジェク トは失敗だった と考 えられ ま した。 しか し、これ を契機 として、 日本の研究開発に とって有益な様 々な制度 ・機構改革が行われ ることにな りま した。 1992年 に計画 が終了す るにあたって、当時の通産省事務次官熊野英昭氏は、FGCSは将来、通産省のあらゆるプ ロジェク ト のパ ラダイム となるであろ うと断言 しま した190 この計画か ら次の2つの計画が生まれ ま した.

a. 『次世代情報処理基盤技術開発』 (RWC)プ ロジェク ト。 10年計画で、 1998年頃に行 き詰 ま り ま した20。 このプ ロジェク トの 目的は、 「大量同時進行 コンピューター ・システム」によって、

リアル タイムで情報 を処理す ることで したO最 良の解決策 は r分散型ネ ッ トワーキング」であ ることが判明 し、それが 2000年頃に 「グ リッ ド・コン ピューテ ィング」‑ とつながっていき ま した。

剛rCは、大規模デー タベースの コンテ ンツを管理 し、研究 も含 めた様々な 目的のために、その コンテ ンツを特定、比較、計算す る能力の開発 を目指 したものであったことか ら、そのプ ロジ ェク ト自体も、失敗 も、解決策 も興味深いのです。

マルチ メデ ィア ・デー タベースを検索 した りスキャン した りす るためには、キー ワー ドを見つ けるだけでな く、単語のつなが りや、映像お よび/ または音声のパ ター ンを見つけ出す ことが できる新世代の検索エ ンジンが必要 とな ります。

b. 『知識 ア‑ カイ ヴス計画』はNOAHと呼ばれ、『非常に大規模 な知織デー タベースの構築 と共有』

(KB‑KS)21として知 られています。これ は1993年12月に東京で開かれた第1回会議のテーマ です。このプ ロジェク トは、その意義がな くな ったため、1995年に中止 され ま した。インター ネ ッ トによる問題解決が可能になったか らです。すなわち、情報は分散型 ウェブサイ トで保存 され、イ ンターネ ッ トによって、アクセスできるよ うになったのですO

日本 の情報通信技術に関す るこれ らの研 究は1990年代に始 ま りま したが、米国で当時行われ ていたインタ ーネ ッ トに関す る研究 と比較す ると、非実用的であ り、マー ジナル な ところで終 った ものであることがわか ります。 とはいえ現在、この2つのプロジェク トは別の視 点で とらえることが可能です。確かに、それ らは イ ンターネ ッ トに匹敵す る能力 を持つか、イ ンターネ ッ トに代わ る実行可能なシステムの開発 につながる可 能性 があった ことで。少な くとも無意味ではなかったのです。イ ンターネ ッ トは世界 に広が る情報伝達基盤 にな りま したOウェブ ・テ レビ、オンライ ン ・デマ ン ド、イ ンターネ ッ ト電話、バーチャル図書館 に加 えて、

間 もな く実現す るはず のバーチャル ・ミュージアム博物館 も、社会的、経済的、文化的な要求や関心に合わ

19 『第五世代コンピュータ一 ・システムに関する国際会議』の基調講演 東京ICOT、1992年、3 20TomGruber,"ReportonverylargeKBconference",ATIPReport,May10,1994参照

21Bul'1dl'J7gandShal・1'ng Ve)・yLarge‑ScaleKJWn,1edgeBases,Proceedings,Tokyo,0hrnSha, 1993

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<・る方法論的話聞古

せ てデー タを登録、整理、スキャン、選択す るために、膨大な保存容量 ときわめて強力な ソフ トウェアを必 要 としますD もちろん、軍や防衛 関係機 関はこ うした技術の最大の消費者 であ り、顧客であるO しか し、彼

らがすべてではあ りませ ん。

人類文化の比較研究におけるR&E(研究 とエ ンジニア リング)、調査や教育のためのニーズや要求は、た し かに重要な商業的結果 を伴 う研 究開発に結びつきます。神奈川大学のプログラムは 日本の情報通信技術政策 における長期的な傾 向 と一致 しています.それ は強力な技術的 ・商業的可能性 を持 ってお り、ハイテク企業 や官公庁の関心 を得 るかも しれませ んo

6.文化地図の作成 とオーバー ・マ ッピング :結胎 としての 目標

私が分析 した ところでは、神奈川大学のプ ロジェク トは、情報通信技術お よびインターネ ッ トとそれ らの 潜在能力を基盤 に して、人類学 を大 きく変化 させ 、拡大 させ るよ うに見 えます。本論文 において、私はデジ タル人類学の基本的概念の明確化 しま した。 い くつかの技術的 ・商業的可能性について も言及 しま した。 ま とめ として、このプ ロジェク トの将来の成果 についての考えをい くつか述べたい と思いますO この分野の研 究は幅が広 く、困難 なものですO研究には費用がかか り、将来ははっき りしません. しか し同時に、 このプ ロジェク トは驚 くほ ど単純明快で もあ ります。利用可能な技術 によって、人類文化研究を変容 させ 、広 げる 可能性 を開 くわけですか ら。 この可能性 を誰 も否定できません。 た とえ、実践的なプ ロジェク トに していく ことが どれほ ど難 しくても、誰かが このプ ログラムの妥 当性 に疑問を投げかけるこ とはない と思います。プ ロジェク トとプ ログラム との区別 をはっき りさせ ることが、 目的 と目標 との区別 をはっき りさせ ることで も あ りますO このシンポジ ウムがプ ロジェク トの行方 を示 してお り、その答 えになっていますQ プログラムが さしあたって、少な くとも3つの研究テーマ22に集約 されていることは、デ ジタル人類学の幅広 く、オープン な分野 と矛盾 していません。む しろ、それ は神奈川大学プ ログラムにかかわる研究者が進 めてきた取 り組み の科学的妥 当性 を証明す るものです。彼 らが調査分野 を限定す ることに したのは、彼 らの作業が他の研 究者 による他 の分野やプ ログラムが存在す ることを想 定 していることを意味 します。 ま さにこ うして科学は成 り 立 ってい るのです。その証明にあたって、私 はこのシンポジ ウムのプログラムか ら次の点を引用 させていた だきます。

□ 図像資料による近世東 アジアにおける 日常生活の比較研究。

東ア ジアにおける翠 (す き)の種類別分布図の作成 :比較的お よび進化的アプ ローチ。 この結果は、

例 えば土壌管理 、農村の技術文化、農村 における社会構造お よび食習慣 な どの研究にも広がる可能性 をもっているO

□ 東アジアの景観パ ター ンを比較す るための方法論。結果は、東アジアにおける土地利用や所有権 、都 市化パ ター ン、都市計画な どの研究にも広がる可能性 をもつo 目標は景観パ ター ンの保存O

223つのテーマとは、1.図像、2.民具、3.景観である。

(15)

セッションⅠ

非文字資料をめ<・る方法論的詰問彦

神奈川大学のプ ロジェク トは一つの逆説 を示 しているよ うにも見えるo過去の痕跡や記号 (景観 の変遷、

翠 の種類 、過去の 日常生活 の古い表象な ど) を研究す るのに最先端の技術が必要になる点です。 しか し、 こ れ は逆説ではない。 こ うした先端技術 を、過去を研究す るための新 しい道具 として理解すべきではあ りませ ん。それ らは、過去ではな く、現在 にお ける過去の存在、つま り過去の痕跡や記号を見て、研究 し、理解す るための手段です。デ ジタル技術は過去 と現在の隔た りをな く し、我 々の社会や 日常生活 を作 り上げている 文化的諸層がいかに多様で互いに絡み合 ってい るか を示 します。歴史はもはや、過 ぎ去ったなにか、想起 さ れ るべ きなにかではあ りませ ん。歴 史は、単に現在 と融合 した もの、我々の 日常生活の絡み合 った諸層 にす

ぎませ んO

こ う述べた上で、別 の問題 に移 り、神奈川大学が進 めているよ うなプロジェク トが もた らす結果や影響 に ついて意見を述べ ますo結果が ど うなるかについて、プ ロジェク トの研究者や管理者は心の中や討議の場で 考 え続 けてきた と思います。 また、 このシンポジウムの出席者すべてが同 じよ うに考えていると思います。

何 が成果 として得 られ るのかo最終的に我 々は何 を手にす るのか。私 の考 えでは、我々は地図を手にす るこ とになると思います。文化地図、色 々な種類 の地図、技術や慣行 に関す る地図な どです。 また、耕作技術の 地図、農村 の踊 りや芝居 の地図、身体 の動 きの地図、都市計画の地図、私的空間を組織す る地図、さらには、

農作業 をす る、イメージを描 く、楽 しむな ど何か をす るための身体訓練の地図 もあ ります。その結果、我 々 の 日常生活 の特質 を構成す る技術 と慣行に関す るマルチメデ ィア ・マ ップが ウェブ上に出現す るで しょうo

Lか し、こ うした地図のその性格 こそ、プ ロジェク ト全体 としての最 も重要な成果 といえるかも しれ ませ ん.。 これ らの地図は これ まで とは異 なる新 しい境界 を示すで しょう。示 され るのは文化的限界で、帝国 とか 国民国家 とかの境界 とはまった く一致 しない ものですOまた、サ ミュエル ・ハ ンチン トンが言 う意味での 「文 明」の境 界 とも一致 しませ んo境界は人や物 を隔てますが、限界はそれ らを結びつけます。 こ うした地図の すべてが互いに一致す るわけではあ りません。 ある民族の翠の地図は、そこで行われている求婚のパ ターン の地図や 、子供‑の文字の教 え方の地図 とは一致 しませんo技術の地図 と慣行の地図は決 して一致 しません.。 下か らの地図、ボ トムア ップの地図は トップダ ウンの地図 とは合 いませんo こ うした地図はすべてお互 いを ゆるく連結 しているにす ぎませ ん。 それ らはある人々を対峠 させ ることもあ り、別の人々を結びつ けること もあ りますO最終的には、神奈川大学のプ ロジェク トは地図を作成 し、オーバー ・マ ッピングとい う一般的 なプロセスを通 じて、地図の上に地図を重ね ることになるだろ う。我 々の心、社会、アイデ ンテ ィテ ィを境 界で仕切 ってその中にはめ込んでいる地図は、文化地図によって、揺 り動か され、打ち負か され ることにな るで しょうO文化地図は人や物 を切 り離すのではな く、区別 し、相互に結びつけるのです。 こ うした文化層 を示す地図がすべて ウェブ上でク リックす るだけで利用可能 にな りますOそれ らは新 しい複数 のアイデ ンテ ィテ ィのほか、社会 ・歴史、また個人や 、個人 と個人の関係 についての今 まで とは違 う概念 を生み出 します。

人は単に 日本人、韓国人、中国人であるのではな く、単にフランス人、 ドイ ツ人、イギ リス人であるので も あ りませ んっ 国境 とは、 どのよ うに税金 を払っているか、 ど うや って身分証明書や旅券の発給 を受 けている かを示す境界に過 ぎませんo我 々ひ とりひ とりが連結点であ り、慣行 と技術の海の一時的だが欠 くことので きない リンクであることを理解 した とき、人は どうして一つの国家、一つの歴史や文化 に属す ることができ るな どといえるので しょうかO

このプ ロジェク トは、それにかかわる人 々、研究者 、技術 によって、東アジアの歴史 に重要な成果 をもた らしますO このプロジェク トは、束アジアの人々が 自分たち自身、その過去 と現在、未来について抱いてい

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セッション Ⅰ

非文字資料をめ<'る方法論的詰問層

る集合的イメー ジを変容 させ る可能性があ ります。東アジアの人々が、 自分 たち自身 について、現在の国境 を越 えて理解す る可能性 をもつか もしれ ません。 しか し、 自分たちを、共通の信条 によって引かれ た境界 を 持つ一つの 「文明」の メンバー として認織す ることはないだろ う。サ ミュエル ・ハ ンチン トンは文化につい てお粗末で間違 った概念 を持 っています。彼 の考 え方は、国務省が 「世界の秩序」の維持 を横棒 して、学生 を教育す る際には有効か もしれ ません。 しか し、人々は 自分 自身 を一つの開かれた慣行 システム として、別 の文化的システ ムに限 りな く結びついてい ることを理解す るで しょう。 これ らすべてをイ ンターネ ッ ト上で 見 ることができる 日がいつか来 るで しょう。

この コメン トはプロジェク トの一つの哲学 として理解 され るか もしれ ませんoLか し、注 目すべ きことは、

哲学、イデオ ロギー、または単なる信条だけでは、このよ うなプ ロジェク トの意味を完全に表現す るこ とは できない とい うことです。 この rポス ト・モダン」哲学 とい うブ ラン ドはほ とん ど関心を呼ばない し、影響 力 もない。重要なのは哲学ではな く、それ を支える証拠です。重要なのは、研究者 、人類学者 、社会学者、

技術史家が構築 し、提供 したすべての証拠、実証、経験です。 これ らの証拠は、東アジアにおける地図作 り や オーバー ・マ ッピングの現実 を示 している。証拠によって違 いが明 らかにな り、記録 され た証拠に基づい て地図が作 られ ます。デジタル人類学 とい う科学は、最終的には この違いを明 らかに し、東 アジアの過 去 と 未来に関す る論議 を構築す ることになるで しょう。 このプ ロジェク トは我々すべてに恩恵 を もた らす ことに なるで しょう

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