第8章総合的分析:ディスコース・ポライトネス理論の観点から
本研究では、従来、言語行動の中でも円滑なコミュニケーションを支える言語形式 として盛んに研究されてきたスピーチレベルを、ヘッジと関連付けて「ディスコー ス・ポライトネス」という観点から分析している。前述したように、ディスコース・
ポライトネス理論における重要な新しい視点は、ポライトネスを、 「言語行動におけ るいくつかの要素がもたらす機能のダイナミクスの総体」として捉えるということに ある。円滑なコミュニケーションというのは、1つの要素だけでは成り立たず、様々 な要素が総合的に働いてこそ可能なことである。実際の言語行動のダイナミズムをよ
り正確に捉えるためには、1つの言語行動を成す様々な要素を総合的に捉える「ディ
スコース・ポライトネス」(宇佐美1998;2001a;2001b;2002;2003bなど;Usami1999;2002;2 006c;2006d;2006e)という観点からの研究が有効だと思われる。
第4章から第7章においては、そのような「ディスコース・ポライトネス」という観 点に立ち、スピーチレベルとスピーチレベル・シフト、また、ヘッジについて分析す ることによって、以下のことが明らかになった。
まず、年齢から生じる上下関係を言語形式ではっきり示さずにあいまいにするとい う、丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の機能は、敬体(P)と常体(N)という他の スピーチレベルとの相互関係から生まれるものであることが明らかになった。また、
発話文末、発話文全体、語彙の3つの観点からスピーチレベルを分析することによっ て、スピーチレベルの全体像がよ物はっきり見えてきた。さらに、スピーチレベル・
シフトという談話レベルでの動ぎ宮見ることによって、スピーチレベルがより総合的 に捉えられた。例えば、日本語において文レベルから捉えるスピーチレベルの敬体
(P)の使用に年齢という上下関係が表れなかったが、談話レベルから捉えるスピーチ レベル・シフトには年齢という上下関係が表れており、文レベルと談話レベルを一緒 に見ることの重要性が示唆された。次に、一見、互いに関連のないように思われるス ピーチレベルとヘッジを取り上げ、スピーチレベルの各項目とヘッジの共起関係とい う、スピーチレベルとヘッジを1つの枠組みの中で分析することにより、スピv−・一・チレ ベルとヘッジは、相互に密接に関連しており、円滑なコミュニケーションを保っため に対話相手への配慮を表していることが明らかになった。
本章では、これらの分析結果について、まず8.1節では宇佐美(2008)のディスコー ス・ポライトネス理論において新しく提出された鍵概念を用いながら、第4章から第7 章までのスピーチレベル、スピーチレベル・シフトとヘッジの分析結果を、ディスコ ース・ポライトネス理論の観点から総合的に考察し、また、そこから得られた知見の 応用可能性についても考える。そして、8.2節では、ディスコース・ポライトネスに
おけるスピーチレベルとスピーチレベル・シフト、またヘッジの機能について総合的 に考察する。
8.1ディスコースeポライトネス理論の観点から見たスピーチレベル、スピーチ レベル・シフト、ヘッジ
ここでは、ディスコース・ポライトネス理論において新しく提出された鍵概念であ る①「ディスコース・ポライトネス」、②「基本状態」、③「有標ポライトネス」
と「無標ポライトネス」、④「有標行動」と「無標行動」、⑤「ポライトネス効果」、
⑥「見積もり差(De値)」と、行為の適切性、ポライトネス効果の関係、⑦「相対的ポ ライトネス」と「絶対的ポライトネス」(詳細は、1.3.1.1節を参照されたい)を考慮に 入れ、スピーチレベルとスピーチレベル・シフト、ヘッジ、また、スピーチレベルの 各項目とヘッジとの共起という側面から見た両者の関連性をこれまでの分析結果に基 づき、ディスコース・ポライトネス理論の観点から考察する。
まず、8.1.1節ではスピーチレベルとスピーチレベル・シフトの分析結果をについて ディスコース・ポライトネス理論の観点から考察する。
8.1.1ディスコース・ポライトネス理論の観点から見たスピーチレベルとスピー チレベル・シフト
ディスコース・ポライトネス理論では、ある特定の「談話」の「基本状態」を同定 することによって、そこから逸脱した言語行動(有標行動)がもたらすポライトネス効 果を相対的に捉えることが可能である。本研究では、社会人の初対面会話におけるス
ピーチレベルの基本状態を、その談話の要素である1つ1つの発話のスピーチレベル 各々の構成比として位置づけた。まず、社会人の初対面会話におけるスピーチレベル
の基本状態は、日本語においては、 「敬体(P)5.5:常体(N)0.7:マーカーなし(NM)3.
8」で、韓国語においては、 「敬体(P)5.4:常体(N)1.1:マーカーなし(NM)3.5」であ った。日本語と韓国語のスピーチレベルの平均値には少し差があるが、両言語ともに 敬体(P)の使用割合が50%以上であり、このことから、日韓両言語の社会人の初対面 会話における「ディスコース・ポライトネス」の一要素であるスピーチレベルの基本 状態における無標スピーチレベルは、 「敬体(P)」であると同定できる。この談話に おいては、スピーチレベルという要素に関しては、基本的に敬体(P)を使用していれ ば無標ポライトネスを守っていることになる。 「ディスコース・ポライトネス理論」
の観点から見ると、ある特定の「談話」の「基本状態」からの離脱や回帰という言語 行動の「動き」や、話し手と聞き手が特定の場面においてどのような言語行動が適当 であると考えているかという「見積もり差(De値)」によって、実質的な「ポライトネ
スの効果」が生み出される。この社会人の初対面会話では、 「基本状態」からの離脱 という常体(N)へのDownシフト(D)がその「動き」になり、有標行動となる。っまり、
「敬体(P)」が無標スピーチレベルであるこの会話において常体(N)へのDownシフト
(D)は何らかの特別な機能・効果を生む。その有標行動がもたらす効果は、 「プラ ス・ポライトネス効果1、 「ニュートラル・ポライトネス効果」、 「マイナス・ポラ イトネス効果」の3通りのうちのどれかになる。例えば、目上との会話において「常 体(N)」の使用は、その場面によって、親しみを表すポジティブ・ポライトネス・ス
トラテジーとして用いられ、 「プラス・ポライトネス効果」を生むこともあるし、唐 突な感じを与える、もしくは失礼になる「マイナス・ポライトネス効果」を生むこと もある。さらに単に命題内容を強調するなどの「ニュートラル・ポライトネス効果」
を生むこともある。その具体的な例に関しては第5章を参照されたい。
一方、常体(N)の使用においては、日本語と韓国語とで平均値の差は有意である。
ディスコース・ポライトネスの観点から解釈すると、日本語と韓国語では「社会人の 初対面会話におけるスピーチレベル」の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポ ライトネスの基本状態が異なると捉えられる。つまり、日本語では、 「敬体(P)5.5:
常体(N)0.7:マーカーなし(NM)3.8」が無標ポライトネスになっているが、韓国語に おいては、 「敬体(P)5.4:常体(N)1.1:マーカーなし(NM)35」が無標ポライトネス になっていると考えられる。つまり、韓国語では、日本語より常体(N)を多く使って も円滑なコミュニケーションは成立すると捉えられるということである。
次に、尊敬語・謙譲語類の使用割合の平均値を見ると、対話相手の年齢にもよるが、
概ね、日本語では全発話文数の11%、韓国語では25%と、韓国語のほうが日本語より 使用割合の平均値が高い。この結果をディスコース・ポライトネスの観点から解釈す ると、社会人の初対面会話における両言語の無標ポライトネスとしてのスピーチレベ ルの基本状態が異なると言えよう。平均値のみを見ると、韓国語話者の方が日本語話 者より尊敬語・謙譲語類を多く使っており、より丁寧な言い方をすると言えるかもし れない。しかし、実質的なポライトネス効果は、基本状態からの「動き」と話し手と 聞き手の「見積もり差(De値)」で捉えられるもので、ディスコース・ポライトネス理 論からは、例えば、日本語では11%を超えて尊敬語や謙譲語を使うことによって、韓 国語では25%を超えて尊敬語や謙譲語を使うことによって、有標ポライトネスとして の効果を生み出すことができることになる。
さて、実質的発話文におけるスピーチレベルが丁寧度を示すマーカーのない発話
(NM)の場合を見ると、社会人の初対面会話におけるスピーチレベルを構成する要素 としての平均値は、日本語では23%、韓国語では19%と日本語の方が高く、社会人の 初対面会話における両言語の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネス
におけるスピーチレベルの基本状態が異なると言えよう。次に、発話文末のスピーチ レベルが丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の場合の、発話文全体のスピーチレ ベルを見ると、日本語では、 「敬体(P)1.4:常体(N)2.3:マーカーなし(NM)6.3」、
韓国語においては、 「敬体(P)0.4:常体(N)4.0:マーカーなし(NM)5.7」と基本状態 が異なっている。また、尊敬語・謙譲語類の語彙のスピーチレベルにおいても、日本 語では、全発話文数の8%、韓国語では12%と両言語によってその基本状態が異なっ
ている。
さらに、丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の発話文のタイプの場合、日本語 では、 「言い切らない発話文(1)4.5:言い切っている発話文(C)5.5」、韓国語におい ては、 「言い切らない発話文(1)5.1:言い切っている発話文(C)4.9」と基本状態が異 なっている。談話全体から見ると、日本語と韓国語では「社会人の初対面会話におけ るスピーチレベル」の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネスの基本 状態が異なると捉えられる。具体的には、スピーチレベルが丁寧度を示すマーカーの ない発話(NM)の場合の、社会人の初対面会話における、 「発話文全体のスピーチレ ベル」、 「語彙のスピーチレベル」、 「発話文のタイプ」の無標ポライトネスとして のディスコース・ポライトネスの基本状態が異なると捉えられる。
以上、日韓の社会人の初対面会話におけるスピーチレベルの全体的な使用傾向をデ ィスコース・ポライトネス理論の観点から考察した。以下では、べ一ス被験者の性別 ごとの、社会人の初対面会話におけるスピーチレベルについて述べる。
まず、日本語では、日本人社会人の初対面会話におけるスピーチレベルの基本状態
は、女性べ一スの場合、 「敬体(P)6.5:常体(N)0.6:マーカーなし(NM)3.0」で、男 性ベースの場合、 「敬体(P)4.4:常体(N)0.8:マーカーなし(NM)4.7」であった。つ まり、日本人女性の社会人の初対面会話におけるスピーチレベルの基本状態での無標 スピーチレベルは、 「敬体(P)」であると同定できるが、男性の場合は、どのスピー チレベルも50%を超えてないため、無標スピーチレベルは同定できない。それに対し て、韓国人社会人の初対面会話におけるスピーチレベルの基本状態は、女性べ一スの 場合は、 「敬体(P)5.1:常体(N)1.3:マーカーなし(NM)3.6」で、男性べ一スの場合 は、 「敬体(P)5.7:常体(N)0.9:マーカーなし(NM)3.4」であった。つまり、韓国語 の場合は、男女べ一スともに敬体(P)の使用割合が50%以上であり、このことから、
韓国人女性と男性の社会人の初対面会話におけるスピーチレベルの基本状態での無標 スピーチレベルは、 「敬体(P)」であると同定できる。韓国人社会人の初対面会話に おける「ディスコース・ポライトネス」の一要素であるスピーチレベルの基本状態に おける無標スピーチレベルは、 「敬体(P)」であると同定できる。そのため、日本人 女性の社会人の初対面会話と韓国人女性と男性の社会人の初対面会話という談話にお
いては、スピー・・一チレベルという要素に関しては、基本的には、敬体(P)を使用してい れば、無標ポライトネスを守っていることになる。故に、 「常体(N)」や「丁寧度を 示すマーカーのない発話(NM)」の使用は有標行動となり、何らかの特別な機能・効 果を生む。その有標行動がもたらす効果に関しては、前述した通りである。一方、日 本人男性の社会人の初対面会話においては、スピーチレベルの基本状態における無標 スピーチレベルは同定できないが、基本状態の「敬体(P)4.4:常体(N)0.8:マーカー なし(NM)4.7」が無標ポライトネスになっていると捉えられる。つまり、この基本状 態としての無標ポライトネスから外れる行動が有標行動となり、何らかの特別な機 能・効果を生むことになる。
基本状態である平均値の数値からは、日本語の場合は女性べ一スの方が、韓国語の 場合は男性べ一スの方が、敬体(P)の使用割合が高く、常体(N)の使用割合が低いの で、より丁寧な言語形式を使っており、よりポライトであるとも言えようが、実質的 にスピーチレベルのもたらす効果は、基本状態からの「動き」などにより、相対的に 捉えられるものである。例えば、日本人女性が社会人の初対面会話において、敬体
(P)を60%程度使うのは、適切な言語行動として捉えられるが、日本人男性が社会人 の初対面会話において、敬体(P)を60%程度使うと、ポライトネス行動の量的適切性 の観点からは、 「過剰行動」となり、ポライトネス効果の観点からは、マイナス効果
(態勲無礼、失礼、不快)を生む可能性がある。
次に、尊敬語・謙譲語類の使用割合の平均値を見ると、概ね、日本語では、女性べ 一スの場合は全発話文数の14%で、男性べ一スの場合は全発話文数の8%と女性べ一 スのほうが男性べ一スより使用割合の平均値が高い。それに対し、韓国語は、女性べ
v−一一一一一 Xの場合は全発話文数の24%で、男性べ一スの場合は全発話文数の25%と、使用割
合の平均値はあまり差がないと言える。この結果をディスコース・ポライトネスの観 点から解釈すると、日本語の場合は、日本人女性と男性の社会人の初対面会話におけ る無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネスにおけるスピーチレベルの 基本状態が異なると言えよう。さらに、日本人女性と韓国人女性の社会人の初対面会 話、また、日本人男性と韓国人男性の社会人の初対面会話における両言語の無標ポラ
イトネスとしてのディスコ・一一一一一ス・ポライトネスにおけるスピーチレベルの基本状態が 異なるとも言えよう。
基本状態である平均値だけを見ると、日本語の場合、女性べ一スの方が、男性べ一 スより尊敬語・謙譲語類の使用割合が高く、より丁寧な言い方をすると言えるかもし れない。また、べ一スの性別とは関係なく韓国語話者の方が日本語話者より尊敬語・
謙譲語類を多く使っており、より丁寧な言い方をすると言えるかもしれない。ただし、
前述したように、実質的なポライトネス効果は、基本状態からの「動き」と話し手と
聞き手の「見積もり差(De値)」で捉えられるもので、ディスコース・ポライトネス理 論からは、それぞれの談話における基本状態としての尊敬語・謙譲語類の使用割合の 平均値を超えて尊敬語や謙譲語を使うことによって、有標ポライトネスとしての効果 を生み出すことができることになる。
さて、実質的発話文におけるスピーチレベルが丁寧度を示すマーカーのない発話
(NM)の場合を見ると、まず、日本人社会人の初対面会話におけるスピーチレベルを 構成する要素としての平均値は、女性べ一スでは17%、男性べ一スでは30%と男性の 方が高い。それに対して、韓国人社会人の初対面会話におけるスピーチレベルを構成 する要素としての平均値は、女性べ一スでは23%、男性べ一スでは15%と女性の方が 高い。この結果をディスコース・ポライトネスの観点から解釈すると、日本語・韓国 語ともに、女性と男性の社会人の初対面会話における無標ポライトネスとしてのディ スコース・ポライトネスにおけるスピーチレベルの基本状態が異なると言えよう。さ らに、日本人女性と韓国人女性の社会人の初対面会話、また、日本人男性と韓国人男 性の社会人の初対面会話における両言語の無標ポライトネスとしてのディスコース・
ポライトネスにおけるスピーチレベルの基本状態が異なるとも言えよう。
次に、発話文末のスピーチレベルが丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の場合 の、発話文全体のスピーチレベルを見ると、日本語では、女性べ一スの場合は「敬体
(P)1.8:常体(N)2.2:マーカーなし(NM)6.0」、男性べ一スの場合は「敬体(P)1.2:
常体(N)2.3:マーカーなし(NM)6.5」と、基本状態が異なっている。韓国語において は、女性べ一スの場合は「敬体(P)0.3:常体(N)4.1:マーカーなし(NM)5.7」、男性 べ一スの場合は「敬体(P)0.7:常体(N)3.6:マv・・一一一カーなし(NM)5.7」と、基本状態が
異なっている。つまり、べ一スの性別と言語による基本状態が異なっていることにな る。また、尊敬語・謙譲語類の語彙のスピーチレベルを見ると、日本語では、女性べ 一スの場合は全発話文数の13%、男性べ一スの場合は全発話文数の5%で、韓国語で は、女性べ一スの場合は全発話文数の10%、男性べ一スの場合は全発話文数の12%と、
べ一スの性別と言語による基本状態が異なっている。
丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の発話文のタイプにおいては、日本語では、
女性べ一スの場合は「言い切らない発話文(1)5.2:言い切っている発話文(C)4.8」、
男性べ一スの場合は「言い切らない発話文(1)4.1:言い切っている発話文(C)5.9」と べ一スの性別によって基本状態が異なっている。それに対して、韓国語においては、
男女べ一スともに大体「言い切らない発話文(1)5.1:言い切っている発話文(C)4.9」
と基本状態がほぼ同じである。
この結果をディスコース・ポライトネスの観点から解釈すると、日本語の場合は、
日本人社会人の女性と男性は初対面会話における無標ポライトネスとしてのディスコ
一ス・ポライトネスにおけるスピーチレベルの基本状態が異なると言えよう。さらに、
日本人女性と韓国人女性の社会人の初対面会話、また日本人男性と韓国人男性の社会 人の初対面会話における両言語の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライト ネスにおけるスピーチレベルの基本状態が異なるとも言えよう。つまり、談話全体か ら見ると、日本語と韓国語それぞれ、 「女性の社会人の初対面会話におけるスピーチ レベル」と「男性の社会人の初対面会話におけるスピーチレベル」の無標ポライトネ スとしてのディスコース・ポライトネスの基本状態が異なると捉えられるし、個々の 分析項目から見ると、スピーチレベルが丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の場 合の、日本語と韓国語それぞれの女性と男性の社会人の初対面会話における、 「発話 文全体のスピーチレベル」、 「語彙のスピーチレベル」、 「発話文のタイプ」の無標 ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネスの基本状態が異なると捉えられる。
8.1.2ディスコース・ポライトネス理論の観点から見たヘッジ
次に、ヘッジの分析結果を、ディスコース・ポライトネス理論の観点から総合的に 考察する。本研究では、社会人の初対面会話におけるヘッジの基本状態を、その談話 の要素である1つ1つの発話文に現れるヘッジの平均値として位置づけた。社会人の初 対面会話におけるヘッジの基本状態は、3つの観点から捉える。1発話文当りに平均的 にいくつのヘッジが使われるかという「1発話文当りのヘッジ」、発話文を単位とし、
ヘッジの現れる位置とは関係なく、ヘッジがあるかどうかという「発話文全体のヘッ ジ」、発話文を単位とし、ヘッジが発話文末にあるかどうかという「発話文末のヘッ
ジ」である。
まず、日本語におけるヘッジの平均は、 「1発話文当りのヘッジ」が0.36回で、
「発話文全体におけるヘッジ」は全発話文数の22%、 「発話文末におけるヘッジ」は 全発話文数の10%である。次に韓国語の場合を見ると、 「1発話文当りのヘッジ」が 0.29回で、 「発話文全体のヘッジ」は全発話文数の19%、 「発話文末のヘッジ」は全 発話文数の9%である。これらは個別的にそれぞれの平均値が該当項目における基本 状態となり、さらに、これらの要素の全てが合わさって無標ポライトネスとしてのデ ィスコース・ポライトネスにおける、日韓の社会人の初対面会話でのヘッジの基本状
態ともなる。
この結果をディスコース・ポライトネスの観点から解釈すると、社会人の初対面会 話における両言語の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネスにおける ヘッジの基本状態が異なると言えよう。また、基本状態である平均値の数値からは、
日本語の方が、韓国語に比べ、 「1発話文当りのヘッジ」、 「発話文全体のヘッジ」、
「発話文末のヘッジ」の全ての項目において高い。つまり、平均値の数値からは、日
本語の方が、断定を避け、発話内容を和らげることで、対話相手への配慮を表すヘッ ジを多用しているのでよりポライトであるとも言えよう。しかし、ヘッジのもたらす 実質的な効果は、基本状態からの「動き」と話し手と聞き手の「見積もり差(De値)」
で捉えられる。例えば、日本人社会人の初対面会話において、ヘッジを平均的に1発 話文当り0.36回使うのは、適切な言語行動として捉えられる。しかし、韓国人社会人 の初対面会話において、ヘッジを平均的に1発話文当り0.36回使うのは、ポライトネ ス行動の量的適切性の観点からは、 「過剰行動」となり、ポライトネス効果の観点か
らは、マイナス効果(態勲無礼、失礼、不快)を生む可能性がある。また、反対に日本 人社会人の初対面会話において、ヘッジを0.29回しか使わないのは、ポライトネス行 動の量的適切性の観点からは、 「過少行動」となり、ポライトネス効果の観点からは、
マイナス効果(態勲無礼、失礼、不快)を生む可能性がある。つまり、ディスコース・
ポライトネス理論からは、日本語では、例えば、ヘッジを1発話文当り0.36回を超え て使うことによって、韓国語では0.29回を超えて使うことによって、有標ポライトネ スとしての効果を生み出すことができることになる。
以上、べ一ス被験者の日韓の社会人の初対面会話におけるヘッジの結果をディスコ ース・ポライトネス理論の観点から簡単に述べたが、以下では、べ一ス被験者の性別
ごとに、社会人の初対面会話におけるヘッジについて述べる。
まず、日本語では、日本人社会人の初対面会話におけるヘッジの基本状態は、女性 ベースの場合は、 「1発話文当りのヘッジ」の平均値が0.32回で、 「発話文全体のヘ
ッジ」は全発話文数の21%、 「発話文末のヘッジ」は全発話文数の9%である。また、
男性べ一スの場合は、 「1発話文当りのヘッジ」の平均値が0.41回で、 「発話文全体 のヘッジ」は全発話文数の24%、 「発話文末のヘッジ」は全発話文数の11%であるの が基本状態となる。次に韓国語では、日本人社会人の初対面会話におけるヘッジの基 本状態は、女性べ一スの場合、 「1発話文当りのヘッジ」の平均値が0.31回で、 「発 話文全体のヘッジ」は全発話文数の21%、 「発話文末のヘッジ」は全発話文数の8.4%
である。また、男性べ一スの場合、 「1発話文当りのヘッジ」の平均値が0.28回で、
「発話文全体のヘッジ」は全発話文数の18%、 「発話文末のヘッジ」は全発話文数の 7.9%であるのが基本状態となる。
この結果をディスコース・ポライトネスの観点から解釈すると、日本語の場合も、
韓国語の場合も、女性と男性の社会人の初対面会話における無標ポライトネスとして のディスコース・ポライトネスにおけるヘッジの基本状態が異なると言えよう。さら に、日本人女性と韓国人女性の社会人の初対面会話、また日本人男性と韓国人男性の 社会人の初対面会話における両言語の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポラ イトネスにおけるヘッジの基本状態が異なるとも言えよう。つまり、全体的に考えれ
ば、日本語と韓国語それぞれ、 「女性の社会人の初対面会話におけるヘッジ」と「男 性の社会人の初対面会話におけるヘッジ」の無標ポライトネスとしてのディスコー ス・ポライトネスの基本状態が異なると捉えられるし、具体的には、日韓それぞれの 女性と男性の社会人の初対面会話における、 「1発話文当りのヘッジ」、 「発話文全 体におけるヘッジ」、 「発話文末におけるヘッジ」の無標ポライトネスとしてのディ スコース・ポライトネスの基本状態が異なると捉えられる。
8.1.3ディスコース・ポライトネス理論の観点から見たスピーチレベルとヘッジ 次に、スピーチレベルとヘッジの関連性についての分析結果を、ディスコース・ポ ライトネス理論の観点から総合的に分析する。本研究では、社会人の初対面会話にお けるスピーチレベルとヘッジの共起関係の基本状態を、次の2つの観点から考える。
スピーチレベルの各項目、つまり、敬体(P)、常体(N)、丁寧度を示すマーカーのな い発話(NM)に対するヘッジの共起率を、ヘッジが現れる位置と関連付け、 「スピー チレベルと発話文全体のヘッジ」と「スピーチレベルと発話文末のヘッジ」とに分け て見るのである。
まず、日本人社会人の初対面会話における該当スピーチレベルに対するヘッジの 共起率の平均値を見る。 「スピーチレベルと発話文全体のヘッジ」において、スピー チレベルが敬体(P)の場合はヘッジとの共起率が約25%、常体(N)の場合は約42%、丁 寧度を示すマーカーのない発話(NM)は約31%である。また、 「スピーチレベルと発 話文末におけるヘッジ」において、スピーチレベルが敬体(P)の場合はヘッジとの共 起率が約10%、常体(N)の場合は約20%、丁寧度を示すマv−・カーのない発話(NM)の場 合は約18%である。
次に、韓国人社会人の初対面会話におけるスピーチレベルとヘッジの共起率の平均
値を見る。 「スピーチレベルと発話文全体のヘッジ」において、スピ・一・・一一一チレベルが敬 体(P)の場合はヘッジとの共起率が約24%、常体(N)の場合は約29%、丁寧度を示すマ ーカーのない発話(NM)は約21%である。また、 「スピーチレベルと発話文末におけ るヘッジ」において、スピーチレベルが敬体(P)の場合はヘッジとの共起率が約11%、
常体(N)の場合は約12%、丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の場合は約6%であ
る。
スピーチレベルとヘッジの共起率の平均値の数値は、それぞれ日韓の社会人の初対 面会話における該当スピーチレベルに対するヘッジの共起(使用)である言語行動の基 本状態と捉えられる。この結果をディスコース・ポライトネスの観点から解釈すると、
社会人の初対面会話における両言語の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポラ イトネスにおけるスピーチレベルとヘッジの共起の基本状態が異なると言えよう。基
本状態という平均値から見て、日本語・韓国語ともに、 「スピーチレベルと発話文全 体のヘッジ」と「スピーチレベルと発話文末のヘッジ」において、スピーチレベルが 常体(N)の時、ヘッジとの共起率がもっとも高い面では一致しているが、無標ポライ トネスとしての基本状態が異なっていることに注目する必要がある。つまり、日本人 社会人の初対面会話ではスピーチレベルが常体(N)の時、約42%がヘッジと共起し、
韓国人社会人の初対面会話ではスピーチレベルが常体(N)の時、約29%がヘッジと共 起するのが基本状態となり、それぞれ基本状態を大幅に超えることによって、対話相 手に不愉快な、失礼だと感じさせるなどの、有標ポライトネスとしての効果を生み出 すことができることになる。言い換えれば、以上の基本状態を守っていれば、それは 無標行動として適切行動となり、円滑なコミュニケーションを図ることができるので
ある。
次に、べ一ス被験者の性別ごとに、社会人の初対面会話におけるスピーチレベルと ヘッジとの共起について述べる。
まず、日本人社会人の初対面会話におけるスピーチレベルとヘッジの共起率の平均 値を見る。 「スピーチレベルと発話文全体のヘッジ」において、女性べ一スの場合は、
スピーチレベルが敬体(P)の時、ヘッジとの共起率が約22%、常体(N)の時は、約43%、
丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の時は、約30%であり、それが基本状態とな る。また、男性べ一スの場合は、スピーチレベルが敬体(P)の時、ヘッジとの共起率 が約29%、常体(N)の時は約41%、丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の時は約 32%であるのが基本状態となる。一方、 「スピーチレベルと発話文末のヘッジ」にお いては、女性べ一スの場合、スピーチレベルが敬体(P)の時はヘッジとの共起率が約 8%、常体(N)の時は約18%、丁寧度を示すマ…一・一・一カーのない発話(NM)の時は約17%で
あるのが基本状態となる。また、男性べ一スの場合は、スピーチレベルが敬体(P)の 時はヘッジとの共起率が約12%、常体(N)の時は約22%、丁寧度を示すマーカーのな い発話(NM)の時は約19%であるのが基本状態となる。
日本人社会人の初対面会話における各スピーチレベルとヘッジの共起率を大きい順 から見ると、 「スピーチレベルと発話文全体のヘッジ」と「スピーチレベルと発話文 末のヘッジ」において、女性べ一スも男性べ・・一・一・・スも、常体(N)〉丁寧度を示すマーカ ーのない発話(NM)〉敬体(P)の順に一致している。しかし、各スピーチレベルとヘッ ジとの共起率の平均値という基本状態は異なっており、円滑なコミュニケーションを 図るためには、この基本状態に沿った言語行動を採ることが求められよう。
次に、韓国人社会人の初対面会話におけるスピーチレベルとヘッジの共起率の平均 値を見る。 「スピーチレベルと発話文全体のヘッジ」において、女性べ一スの場合は、
スピーチレベルが敬体(P)の時、ヘッジとの共起率が約25%、常体(N)の時は、約30%、
丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の時は、約22%であり、それが基本状態とな る。また、男性べ一スの場合は、スピーチレベルが敬体(P)の時、ヘッジとの共起率 が約24%、常体(N)の時は約26%、丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の時は約 20%であるのが基本状態となる。前述したように、各スピーチレベルとヘッジの共起 率を大きい順から見ると、女性べ一スも男性べ一スも、常体(N)〉敬体(P)〉丁寧度 を示すマーカーのない発話(NM)の順に一致しているが、各スピーチレベルとヘッジ との共起率の平均値という基本状態は異なっていることを認識する必要があろう。一 方、 「スピーチレベルと発話文末のヘッジ」においては、女性べ一スの場合、スピー チレベルが敬体(P)の時はヘッジとの共起率が約12%、常体(N)の時は約12%、丁寧度 を示すマーカーのない発話(NM)の時は約5%であるのが基本状態となる。また、男性 べ一スの場合は、スピーチレベルが敬体(P)の時はヘッジとの共起率が約11%、常体
(N)の時は約12%、丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)の時は約7%であるのが基 本状態となる。
以上のように、スピーチレベルとヘッジの共起率の平均値の数値は、それぞれ日韓 の女性と男性の社会人の初対面会話における該当スピーチレベルに対するヘッジの共 起(使用)である言語行動の基本状態と捉えられる。この結果をディスコース・ポライ
トネスの観点から解釈すると、日本語の場合も、韓国語の場合も、女性と男性の社会 人の初対面会話における無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネスにお けるスピーチレベルとヘッジの共起という言語行動の基本状態が異なると言えよう。
さらに、日本人女性と韓国人女性の社会人の初対面会話、また日本人男性と韓国人男 性の社会人の初対面会話における両言語の無標ポライトネスとしてのディスコース・
ポライトネスにおけるスピーチレベルとヘッジの共起という言語行動の基本状態が異 なるとも言えよう。つまり、全体的に考えれば、日韓それぞれ、 「女性の社会人の初 対面会話におけるスピーチレベルとヘッジの共起」と「男性の社会人の初対面会話に おけるスピーチレベルとヘッジの共起」という言語行動の無標ポライトネスとしての ディスコース・ポライトネスの基本状態が異なると捉えられる。また、具体的には、
日本語と韓国語それぞれの女性と男性の社会人の初対面会話における、 「スピーチレ ベルと発話文全体のヘッジ」と「スピーチレベルと発話文末のヘッジ」においてそれ ぞれ各スピーチレベルとヘッジの共起、つまり、敬体(P)とヘッジとの共起、常体
(N)とヘッジとの共起、丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)とヘッジとの共起と いう言語行動の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネスの基本状態が 異なると捉えられる。さらに、 「スピーチレベルと発話文全体のヘッジ」と「スピー チレベルと発話文末のヘッジ」の無標ポライトネスとしてのディスコ・一一一一・ス・ポライト ネスの基本状態が異なると捉えられる。
8.1.4まとめ
8.1節では、スピーチレベルとヘッジの分析結果を、宇佐美(2008)の提唱している ディスコース・ポライトネス理論における鍵概念を用いながら、ディスコース・ポラ イトネス理論の観点から総合的に考察した。具体的には、日本語と韓国語の「社会人 初対面会話」という談話におけるスピーチレベルとヘッジの無標ポライトネスとして のディスコース・ポライトネスの基本状態を同定することによって、そこから逸脱し た言語行動(有標行動)がもたらすポライトネスが相対的に捉えられることを強調した。
8.1節で明らかになったことを簡単にまとめると、第4章から第7章でも考察した ように「スピーチレベルとスピーチレベル・シフト」、 「ヘッジ」、 「スピーチレベ ルとヘッジの共起」という言語行動において使用割合の平均値の高い順など、使用傾 向は日本語と韓国語、また、女性べ一ス、男性べ一スで似ている部分がある。しかし、
ディスコース・ポライトネスの観点から見ると、日韓の社会人の初対面会話における 両言語の無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネスにおける、 「スピー チレベルとスピーチレベル・シフト」と「ヘッジ」、また「スピーチレベルとヘッジ の共起」という言語行動の基本状態が異なっている。
基本状態となる平均値からは、韓国語話者の方が日本語話者より尊敬語・謙譲語類 を多く使っており、より丁寧な言い方をすると言えよう。また、日本語の場合、女性 べ一スの方が、男性べ一スより尊敬語・謙譲語類の使用割合が高く、より丁寧な言い 方をすると言えよう。さらに、基本状態である平均値の数値からは、日本語の方が、
韓国語に比べ、 「1発話文当りのヘッジ」、 「発話文全体のヘッジ」、 「発話文末の ヘッジ」の全ての項目において高く、日本語の方が、断定を避け、発話内容を和らげ ることで、対話相手への配慮を表すヘッジを多用しているのでよりポライトであると 言えよう。しかし、それらの言語行動のもたらす実質的な効果は、基本状態からの
「動き」と話し手と聞き手の「見積もり差(De値)」で捉えられるものである。前節 で例として挙げたように、もし仮に、韓国語を第一言語とする日本語学習者が日本語 で初対面の日本人母語話者と話す時、スピーチレベルという言語行動を韓国語の基本 状態に準じてする一例えば、日本語における基本状態となる常体(N)の使用平均値を 超え、韓国語のように常体(N)を多く使う、など一と対話相手に不快感を感じさせた
りや失礼になるというマイナスポライトネス効果を生むかもしれない。つまり、ディ スコース・ポライトネス理論からは、それぞれの談話における基本状態としての当該 行為の使用割合の平均値を超えて当該行為をすることによって、また、スピーチレベ ル・シフトのような、基本状態から逸脱・回帰するという言語行動の動きによって有 標ポライトネスとしての効果を生み出すことができることになる。
宇佐美(2008)では、対人コミュニケーション論としてのディスコース・ポライトネ
ス理論の観点から考えると、第二言語における円滑なコミュニケーション方法の習得 とは、 「学習者が、様々な談話の基本状態や言語行動のフェイス侵害度の、目標言 語・文化の成員との『見積もり差(De値)』を、許容できるずれ幅内に収めることがで
きるようになること」だと位置づけてある。その第一段階として、本研究のような、
各々の言語文化における主要な「談話行動」の「基本状態」を同定する調査研究を行 い、その結果を蓄積していく必要があるだろう。そのことによって、各文化における、
各談話の無標ポライトネスとしての基本状態が異なるという事実から生み出されてい る、異文化間コミュニケーションにおける誤解やミス・コミュニケーションの原因解 明や問題解決につながり、日本語と韓国語を第二言語とする学習者の円滑なコミュニ ケーション方法の習得など、より円滑な異文化間コミュニケーションの確立に役立て ることもできると考える。
8.2ディスコース・ポライトネスにおけるスピーチレベル、スピーチレベル・シ フト、ヘッジの機能
ここでは、ディスコース・ポライトネスにおけるスピーチレベルとスピーチレベ ル・シフト、またヘッジの機能について総合的に考察する。
まず、8.2.1節では、ディスコース・ポライトネスにおけるスピーチレベルとスピー チレベル・シフトの関連性について述べる。
8.2.1スピーチレベルとスピーチレベル・シフトの関連性
第4章では、スピーチレベルの使用において、日本語の場合、 「敬体(P)」の使用 割合が同年齢との会話においてもっとも高く、 「常体(N)」は対話相手の年齢に反比 例しており、日本語のスピーチレベルにおいて上下関係を表しているのは「常体
(N)」のみの使用であることを明らかにした。一方、韓国語の場合は、対話相手の年 齢から生じる上下関係が「敬体(P)」や「常体(N)」という発話文末のスピ・・一・・一一チレベ
ルに強く表れていることを指摘した。しかし、第5章のスピーチレベルを談話レベ ルで動的に捉えたスピーチレベル・シフトの結果を見ると、韓国人女性と日本人にお いて、Downシフト(D)が、年齢という上下関係をマークしている。
初対面二者間会話をデータとした本研究の結果からは、言語形式の選択という側面 から文レベルから捉えるスピーチレベルと談話レベルから捉えるスピーチレベル・シ フトの使用を総合的に考えると、日本語では、文レベルにおけるスピーチレベルの選 択である「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」においては、対話相手との年 齢から生じる上下関係を、言語形式ではっきりさせることを避けている。しかし、談 話レベルにおけるスピーチレベル・シフトという「話者個人の方略的な言語使用」を
通して上下関係をマークし、年上により丁寧な言語形式を使うという「敬語使用の規 範」を従っていることが分かった。つまり、日本語は、年上により丁寧な言語形式を 使うという、文レベルにおけるスピーチレベルの選択である「社会言語学的規範や慣 習に即した言語使用」よりも、談話レベルにおけるスピーチレベル・シフトという
「話者個人の方略的な言語使用」を通して上下関係をマ…一一・一クし、対話相手への配慮を 表す傾向があると考えられる。それに対して、韓国語においては、女性の場合は「敬 体(P)」や「常体(N)」といった発話文末のスピーチレベルとスピーチレベル・シフ
トの両方に対話相手との年齢から生じる上下関係が強く表れているが、男性の場合は 発話文末のスピーチレベルの「敬体(P)」の使用のみに対話相手との年齢から生じる 上下関係が強く表れている。つまり、韓国語は優先的には文レベルのスピーチレベル の選択という「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」によって上下関係をマー クし、対話相手への配慮を表していると言える。しかし、韓国人女性の場合は、スピ ーチレベル・シフトのDownシフト(D)によっても、年齢という上下関係をマークして おり、 「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」と「話者個人の方略的な言語使 用」の両方によって、対話相手への配慮を表していると考えられる。
8.2.2スピーチレベルとヘッジの関連性
日本語では、文レベルから捉えるスピーチレベルの使用の傾向と同じく、ヘッジの 使用においても、べ一スの性別を問わず、対話相手の年齢による差は見られない。発 話文末のスピーチレベルとヘッジとの関連性を両者の共起使用という観点から見ると、
日本語においてヘッジは、発話文末のスピーチレベルの中で「常体(N)」〉「丁寧度 を示すマーカーのない発話(NM)」〉「敬体(P)」の順で一緒に使われる割合が高い。
つまり、 「スピL−・一一・チレベル」が「敬体(P)」に比べ相対的に言語形式の丁寧度の低い
「常体(N)」と「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」の時に、 「ヘッジ」の使 用割合が高いのである。これは、言語形式の面からは丁寧度が低いものの、 「ヘッ ジ」という言語装置を補うことで、発話の内容を柔らかくしたり、緊張感を和らげポ ライトな態度を示そうとする発話者の意図があるのではないかと考えられる。以上の ようなことから、日本語におけるヘッジは対話相手との上下関係を表す機能は果たし ていなく、スピーチレベルと相互補完的に働いていると考えられる。
一方、韓国語においては、ベースの性別を問わず、対話相手の年齢から生じる上下 関係が「敬体(P)」や「常体(N)」という文レベルにおけるスピーチレベルに表れて いた。しかし、ヘッジの使用を見ると、女性はヘッジの使用において対話相手の年齢 による差は見られないが、男性は、年上に対してもっともヘッジの使用が多く、ヘッ ジの使用が上下関係をマークしていることが分かった。なお、男性は年上に対して敬
体(P)が使われた時にヘッジをもっとも多く使っており、ヘッジが年上に対する発話 をよりポライトにする機能を果たしていると考えられる。ただし、ヘッジによって上
下関係をマ・一・一・・クするという傾向は男性のみに見られるものである。韓国語においては、
文レベルのスピーチレベルの選択によって、年上の人により丁寧な言語行動をしなけ ればならないという社会的規範が優先的に守られているため、ヘッジは、スピーチレ ベルに加え、年上の人によりポライトな言語行動をするための付加的な機能を果たし ていると言えよう。なお、発話文末のスピーチレベルとヘッジとの関連性を両者の共 起使用という観点から見ると、ヘッジは発話文末のスピーチレベルの中で「常体
(N)」と一緒に使われる割合がもっとも高く、日本語に比べて程度は低いものの、韓 国語においても、スピーチレベルとヘッジは相互補完的に働いていることが読み取ら
れた。
つまり、日本語において、スピーチレベルとヘッジは、言語形式の丁寧度の低さを
「ヘッジ」という言語装置を補うことで、対話相手への配慮を表そうとする相互補完 的な機能を果たしている。そして、韓国語において両者は相互補完的な機能を果たす とともに、ヘッジは、スピーチレベルに加え、年上の人へのポライトな言語行動をよ り充足させるような付加的な機能も果たしていることが分かった。
8.2.3まとめ:文レベルから捉える言語行動と談話レベルから捉える言語行動の 相互作用
日本語では、文レベルから捉えるスピーチレベルという言語行動においては、 「敬 体(P)」の使用に対話相手の年齢から生じる上下関係があまり表れていない。 「丁寧 度を示すマーカーのない発話(NM)」の使用によって、対話相手の年齢から生じる上 下関係を言語形式ではっきり表すことを避けているからである。しかし、通常、対話 相手に対する待遇を表わすとされている発話文末が「丁寧度を示すマーカーのない発 話(NM)」の場合だと、発話文全体や語彙のスピーチレベルの選択には年齢という上 下関係が表れている。つまり、発話文末が「丁寧度を示すマーカーのない発話(N M)」の場合、発話文全体や語彙のスピーチレベルは敬体(P)や常体(N)などの使用に よって対話相手の年齢という上下関係が表れているが、発話文末は「丁寧度を示すマ ーカーのない発話(NM)」の使用によって、待遇を明示しないという言語使用の傾向 を示した。これには、 「敬語使用」の規範を守らなければならないが、上下関係は明 示したくないという無意識の心理が反映されていると解釈できる。
一方、 「スピーチレベル」を談話レベルで動的に捉えた「スピーチレベル・シフ ト」においては、 「Downシフト(D)」によって上下関係をマークしている。つまり、
日本語においては、年上により丁寧度の高い言語形式を使うという「敬語使用の原
則」に従っているのは、主に、文レベルから捉えるスピーチレベルという言語行動で はなく、談話レベルから捉えるスピーチレベル・シフトという言語行動であることが 分かる。つまり、対話相手との上下関係をスピーチレベル・シフトという「話者個人 の方略的な言語使用」によってマークし、対話相手への配慮を表しているのである。
さらに、韓国語に比べてヘッジが多く使われていること、及び、 「スピーチレベル」
が言語形式の丁寧度の低い「常体(N)」と「丁寧度を示すマーカーのない発話(N M)」の時には「ヘッジ」も一緒に使われる使用割合が高く、日本語におけるスピー チレベルとヘッジは相互補完的に働いていることから、日本語は、主に談話レベルか ら捉える「話者個人の方略的な言語使用」によって対話相手への配慮を表す傾向が強 いと言えよう。
それに対して、韓国語は、日本語に比べ、 文レベルにおけるスピーチレベル、つ まり、発話文末における「敬体(P)」や「常体(N)」、また、発話文中の「尊敬語な ど(S)」の言語形式に対話相手の年齢という上下関係が表れており、年上に対してよ り丁寧度の高い言語形式を使うという敬語使用の規範に従った言語行動をしているこ とが分かる。なお、談話レベルで捉えるヘッジという言語行動においても対話相手と の年齢から生じる上下関係が強く表れている。つまり、文レベルにおけるスピーチレ ベルの選択という「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」と、談話レベルで捉
えるヘッジという「話者個人の方略的な言語使用」の両方によって上下関係を示して おり、対話相手への配慮を表しているのである。さらに、女性べ一スの場合は、 「ス
ピーチレベル・シフト」という「話者個人の方略的な言語使用」においても上下関係 を示しており、男性べ一スの場合は、年上に対しては敬体(P)が使われた時、ヘッジ をもっとも多く使うことで、年上への配慮を表している。このように、韓国語は、文 レベルから捉える言語行動だけではなく談話レベルから捉える言語行動にも対話相手 との年齢から生じる上下関係が強く働いており、日本語に比べ、年上に対してより丁 寧な言語行動をするという「社会規範」により従った言語行動を行っていることが分 かる。ただし、韓国語において男女話者共通に見られる、年齢を重視する言語行動は、
スピーチレベルという文レベルにおける言語形式のみである。談話レベルから捉える スピーチレベル・シフトにおいては、年齢という上下関係が表れているのは女性話者 の「Downシフト(D)」の選択のみであり、ヘッジの使用においては男性話者のみであ った。つまり、韓国語では特にスピーチレベルという文レベルにおける言語形式にお いて、年上に対して丁寧な言語行動をするという社会的規範を守らなければならない、
という意識が強いとも言えよう。
以上のことを簡単にまとめると、日本人初対面二者間会話において、対話相手との 上下関係をマークしているのは、スピーチレベルという文レベルから捉える言語行動
ではなく、スピーチレベル・シフトと談話レベルから捉える言語行動であることが明 らかになった。さらに、スピーチレベルとヘッジは相互補完的に働いて、対話相手へ の配慮を表すポライトネス・ストラテジーとしての機能を果たしていることが窺えた。
それに対して、韓国人初対面二者間会話において対話相手との上下関係を顕著に表し ているのはスピーチレベルという文レベルにおける言語形式であり、談話レベルから 捉えるスピーチレベル・シフト、またヘッジは、文レベルから捉えるスピーチレベル に加え、年上に対してより丁寧な言語使用をするためのストラテジーとして働いてい ることが分かった。以上のように、日韓両言語における、スピーチレベルという文レ ベルから捉える言語行動とスピーチレベル・シフト、ヘッジという談話レベルから捉 える言語行動のそれぞれの果たす機能は異なっている。しかし、日本語・韓国語とも に、 「スピーチレベル」と「スピーチレベル・シフト」、また「ヘッジ」という言語 行動が総合的に働いて、円滑なコミュニケーションのために対話相手への配慮を表し ていることは共通であると考えられる。
以上のことは、円滑なコミュニケーションのための言語行動であるポライトネスを、
「言語行動におけるいくつかの要素がもたらす機能のダイナミクスの総体」として談 話レベルから捉える「ディスコース・ポライトネス」の観点から見ることによって明
らかになったことと言えよう。