• 検索結果がありません。

─政治学的なものの見方を養う─

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "─政治学的なものの見方を養う─"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

多人数講義における

アクティブラーニングの実践

─政治学的なものの見方を養う─

─政治学的なものの見方を養う─

同志社大学法学部 嘱託講師  

橋本信子

要約

「政治学的なものの見方を養う」ことをテーマとした多人数講義においてアクティ ブラーニングを取り入れた授業をおこなった。学生たちは「他者と共に行う営み」を 通して、人あるいは集団の「この世の解釈をめぐる選択」は異なっていることを実感 するとともに、自分たちも政治のアクターであるという自覚をもった。政治学の多人 数講義においてアクティブラーニングを取り入れる意義とその親和性について確認で きたことを報告する。

1.授業科目の概要

2017年度秋学期に筆者が担当した講義科目「政治学──政治学的なものの見方を養 う」は、同志社大学法学部が提供する全学共通教養科目である。全学年が履修可能で あり、単に教養科目の単位を埋めるために受講するものもいれば、教職科目として受 講するものもいる。筆者は2017年度の「政治学」を2クラス担当したが、合わせて8 学部から152名(30名と122名)が登録した。

同一名科目を複数教員が担当する場合、通常は、授業内容や評価を平準化し、学生 に不公平が生じないよう調整をはかる。しかしこの「政治学」については、それらは 教員の裁量に任されている。また学生は「政治学」を複数回履修することが可能なので、

科目名にサブタイトルを設定することが求められる。つまり、他教員の開講する「政 治学」と差異化をはかることが推奨されているのである。

そこで筆者は、竹島博之の分類でいうところの「学問教育」としての政治学ではなく、

「市民教育」としての政治学に重点を置くことにした。従来不十分であった「市民教育」

は健全な民主主義社会の維持にとって欠かせないものであり、それを主体的に担うこ

(2)

第一部  研究論文・実践報告 とができるのは、やはり政治学以外にはあり得ないからである(竹島 2004)。

授業のテーマは、「政治学的なものの見方を養い,政治との関わり方を考え」「政治 を身近なものとしてとらえられるようにしていく」ことに定め、アクティブラーニン グを積極的にとりいれた授業を展開した。100名を超える学部横断クラスでのアクティ ブラーニングは筆者自身も初めての挑戦だったが、多人数の入門科目だからこそアク ティブラーニングを取り入れる意義と必要性と効果があることを確認できた。

本稿では、いくつかの実践例を取り上げ、政治学の多人数講義においてアクティブ ラーニングを取り入れる意義と、その親和性について考察する。なお受講生の声はす べて原文のままとする。

2.政治学の特徴と授業計画

2−1.何を取り上げるか、どのように教えるか

政治学が扱うテーマは多岐にわたり、方法論も多様である。同志社大学法学部が全 学共通科目として提供する「政治学」という科目が扱うことのできる内容は非常に幅 広い。しかも政治学教育における一般的な基礎理論についての共通理解は、政治学者 のあいだでも確立されていない。したがって半期15回の教養科目で取り上げることの できる範囲や量は、政治学の一部の領域に限定せざるを得ない。それは2016年度の「政 治学」のサブタイトル(表1参照)からもうかがえる。そのようななか、学部横断で 多人数講義の受講生に何を得てもらうか。この点については川原彰の次の言葉が示唆 に富む。

   一番大切なのは、細かい知識や情報ではなくて、政治学の体系のなかにひそんで いるこういう政治学的なものの考え方を体得し、それとともに学ぶものが人間的 に成熟してゆくということ(川原 2001)

つまり「政治学的なものの考え方」の「体得」に重点を置いた授業の構築が目指さ れるべきであると考える。そこで筆者の担当クラスのサブタイトルは「政治学的なも のの見方を養う」とした(表2)。

(3)

表1.2016年度の「政治学」のサブタイトル一覧

日本における政治文化の問題、政治学原論、日本政治のしくみ、現代国家の政治学入門、日 本における政治文化の問題、近代世界と近代日本における世界像と自己認識1・2、国際政 治と国際連合、制度と活動、現代デモクラシーと日本人の政治意識、国際政治史、政治学の 基礎、国際政治学入門、国際関係論入門、政治的事柄の再考

表2.2017年度シラバスより授業概要および到達目標 政治学(政治学的なものの見方を養う)

<概要>

 国内外のさまざまな政治問題を通して政治学的なものの見方を養い,政治との関わり方を 考える。具体的事例をていねいに読み解くことで,政治を身近なものとしてとらえられるよ うにしていく。

 教員の話を聞くだけの講義ではなく,受講生にも事例紹介,意見発表などに取り組んでも らい,他者との対話を促す授業にする。積極的に授業に参画してほしい。受講人数によって 方法は検討するが,受講生同士でディスカッションした結果を発表するような機会も考えた い。資料の読み方,レポートの書き方も随時指導する。

<到達目標>

 ・政治や社会の問題に関心を抱けるようになる

 ・さまざまな社会問題に目を向け,問題点を洗い出し,解決を探るための考え方を知る  ・現代の政治を理解する上で必要な基本的知識を身につける

2−2.政治学でアクティブラーニングを実践するねらい

「考え方の体得」を目標におくとき、授業の方法としては、アクティブラーニング が有効であると思われた。さらに「政治学」という科目の特徴からみてもアクティブ ラーニングを取り入れるべき積極的な理由がある。そもそも政治とはなにか。おそら く学生が漠然と頭に浮かべる「政治」は次のような概念ではないだろうか。

 主権者が司法・行政・立法の各機関を通じて国を治め、運営していくこと。

 ▷「地方政治」のように、地方行政についても使う。【明鏡国語辞典第2版】

この定義は政治をかなり狭義にとらえている。もう少し広く政治をとらえた定義と して、次のようなものがある。

 ①まつりごと

  ②人間集団における秩序の形成と解体をめぐって、人が他者に対して、また他者 と共に行う営み。権力・政策・支配・自治にかかわる現象。主として国家の統治 作用を指すが、それ以外の社会集団および集団間にもこの概念は適用できる。【広 辞苑第6版】

(4)

第一部  研究論文・実践報告 岡田憲治は政治をさらに広くとらえ、「この世の解釈をめぐる選択を、あくまで言

葉を通じて不特定複数の他者に示すこと」と定義する(岡田 2014)。

この「示すこと」のなかには、「直接的におよび間接的に」、「明示的におよび暗示 的に」、「また意図的におよび心ならずも」示すこと、「示しているとされてしまうこと」

も含まれる。つまり「私はこう考える、こう行動する、これが大事だ、これは絶対に 受け入れられない、それはいかがなものか」と伝えるなども政治の概念に含まれるの である。岡田の定義は一見広すぎるように思えるが、実は我々が「政治的なるもの」

と直感する現象を挙げてみるとき、この定義は「政治」の本質をよくとらえているよ うに思える。

このように政治を広くとらえれば、大学の授業においても、「政治」を体感し、理 解することが可能になる。つまり、この世に起っている(起こり得る)できごとに対 して自分はどう考えるのか、言葉を通じて不特定複数の他者に示す実践を授業に取り 入れるのである

3.アクティブラーニングで政治を体験する

3−1.他者との対話により政治学の概念を整理する

前章で述べたような授業の目標を理解してもらうため、第1回目の授業では、ディ スカッションや発表を取り入れる授業となることを説明したあと、さっそく、政治(学)

と聞いて思い浮かぶ単語を思いつくかぎり書き出してもらった。形容詞(イメージ)

も可とするが、フレーズではなく単語であることという条件をつけた。10分で30語を 目標とした。

時間を短く区切ったり、数値目標を提示したりするのは知識量を測定するためでは ない。大学生であれば、それまでの学校教育や日頃の報道などで、相当な政治的事象 や言葉に触れてきている。しかし狭義の政治のイメージにとらわれていると、数語で 連想が止まってしまい、自分は政治についてなにも知らないと思い込んで早々に作業 を中断してしまう学生がいるのである。そういう学生には時間を長くとってもあまり 意味がない。かえって嫌気が増すだけである。なお、10分で30語というのは多いよう だが、多くの学生はクリアする。両クラスの出席者131名のうち、10語に満たなかっ た学生は5名にとどまった。最多は67語であった。

このワークは、複数の大学で何度もおこなってきたが、時代と、学生の関心と、学 生の思考の道筋を非常によく表す。回収した語群を読むだけでも教員にとっては面白

(5)

いのだが、この課題はここからが大事である。過去の授業では、教員が学生の挙げた 語をすべて書き出し、分類して翌週に配布していた。学生は膨大な数の語群を見て、

他の受講生の知識や発想の豊かさに驚く。人が集まって知識を持ち寄ることの意義も 実感する。そして、受講生から挙がった語を羅列するだけでも、政治(学)がいかに 幅広いテーマを含むかを知ることができるのである。

今回は、この作業を学生たち自身にしてもらった。翌週に語群を書いた紙を返却し、

グループで語群をつきあわせて分類し、それをクラス全体に発表するのである。どち らのクラスも、ほとんどの学生は知り合いがいないように見受けられたが、2分以内 に4名程度のグループを組むよう指示を出したところ、24人出席のクラスも99人出席 のクラスも指示通りグループを形成できた。

複数の人間が思いついた100を超える言葉を複数の人間で分類するという作業は、

一人で言葉を書き出すのとは別種の思考を要求する。一つの言葉が一つのカテゴリー に属するとは限らないと気づいたり、カテゴリー名が浮かばなかったり、カテゴリー 間の関係がおかしかったり、どこにも属さない言葉が残ったりする。分類化、体系化 の試みは学問や調査研究の基本である。それを「他者と共に行う営み」として体験す るのである。受講生の声を紹介する。「はじめは正直、グループ分けとかつまらなそ うと思っていましたが、気がつくと白熱していて、「これはこっちちゃう?」とか言 いながら話すのがとても楽しかったです。他学部、他学年の人と意見交換できたのも 刺激になりました。」

これに類するグループワークは学期の終盤にもう一度実施した。「政治参加、政治 への関わり方について思いつくかぎり挙げる」という課題である。このときは単語で はなく、「投票に行く」のようなフレーズにするよう指示した。動詞を入れることで 行動するという意味がこめられる。そうすると、同じ「選挙」でも「選挙に行く」「選 挙に立候補する」「選挙演説を聴く」「選挙事務所で応援する」とバリエーションが広 がる。それは、複数のアクターの立場から具体的な政治的行動を考えることにつなが るのである。

「政治参加」に限定せず「政治への関わり方」も入れたのは、政治学概念としての「政 治参加」と日常語としての政治参加とのズレを埋めることをねらってである。加えて、

政治への抵抗感を下げ、「政治はよそごと」という感覚から脱し、自分たちもアクター の一人であることを自覚してもらうためでもあった。そうして、我々の日常的な、と きには無意識の言動が、社会のある流れを支えもし、崩しもして、政治的「現実」を つくっていくのだということを意識してもらおうと考えたのである。

(6)

第一部  研究論文・実践報告 このような説明を教員が壇上からしても、普段からそうしたことを自覚的に考えて

いる学生以外はピンとこない。同じフロアにいる学生から自分の気づかなかったこと が発せられることで、自分ももっと発想を豊かにしたい、多角的な視点を持ちたい、

そのためには知識を増やさねばと実感してもらうことを企図したのである。

このワークもまずは個人で書き上げ、翌週に4人程度のグループで突き合わせて分 類をした。行動の種類に関しては、教員が想定したものは、あらかた出ていた。テロ やクーデター、戦争といった暴力を伴う行為は意外なことにほとんど出てこなかった。

テロやクーデターを「政治参加」に入れるかどうかという議論は別として、いまの学 生にとって、この言葉から、これらの行為は連想されない、もしくは含めるべきでは ないという判断があったことがわかったのは興味深い。

また、「政治家への合法的な接触」が政治参加に含まれることに思い至らなかった という感想が出た。賄賂、汚職などスキャンダラスな報道ばかりが目立ち、意見をく み上げ調整するという政治家本来の職務や実績が理解されていないのではないかと思 われた。

この課題でも分類作業のほうが、書き出す作業よりも難しかったようである。各グ ループからは、「積極的か受動的か」「義務か権利か」「立法、行政、司法」「規模やスケー ル(地方、国、世界)」などさまざまな分類方法が提案された。そのなかで、「積極性」

や「意思の有無や強度」を優先的に考えたという意見が複数のグループから出た。こ れは、「参加、関わり方」という言葉のなかに、人が意思をもって積極的に関わるこ とを要求するというメッセージを読み取った学生がいたことを表しているのではない か。

なお、筆者は、学生から挙がらなかった分類方法、たとえば制度化されているか否か、

合法的か否か、私的利害を追求しているのか否か、などを紹介し、政治学概念として の「政治参加」の理解を深めるようにした。

3−2.対話により選択する

「進学補習とPTAの多数決」というグループワークは、筆者がかつて感銘を受けた 授業を、発案者の了解を得て継承しているものである。ある中学校のPTAという小 さな場における係争についての投書(「朝日新聞」1972年7月4日掲載)を読んで、

そこに登場する5組のアクター(投書主、PTA幹部、教員、県の教育委員会、多数の 登場しない保護者)について評価を下し、順位をつけるというワークである。

埼玉県のある中学校のPTAで、県全体では廃止の方向にある進学補習を夏休みに実

(7)

施することが決まる。補習に反対していた一人の母親が県教育委員会に県の方針を問 い合わせたところ、教育委員会から中学校に連絡が入り、大騒動になる。母親はPTA 幹部に呼び出されて詰問を受けたという内容である。

短い投書であるが、集団における意思決定の方法、日本の集団文化、教育と行政の 関係、説明責任、当事者不在(本件の場合は生徒)の問題、内部告発等々、さまざま な観点からの議論が可能である。

まずは個人で、評価の理由を意識しながら順位をつける。そのあと5人ほどのグルー プ内で話し合う。このとき順位が一致することは稀である。グループ内で全員が納得 できる順位を話し合いで決定したあと、それをクラス全体に発表する。順位だけでは なく、その理由や判断基準も必ず言い添え、どのような政治現象ないしは社会問題が 潜んでいるかについて気がついたことを発表してもらった。このワークは過去に何度 もしてきたが、グループごとの順位や順位付けの判断基準が一致することは一度もな い。

わずかな人数でも価値判断や評価の基準は違うこと、それらをすり合わせて出した 結論を持ち寄ると、またバラバラの結果が出ることを目の当たりにし、それだけ人あ るいは集団の「この世の解釈をめぐる選択」は異なっていることを学生たちは実感す る。他者(他グループ)の主張に一理あると思う場合もあれば、やはり自分(たち)

の判断は譲れないと思う場合もある。グループ内では意見が孤立していたが、他グルー プの意見と一致して安心することもある。他者と意見を交わし、優先順位を決める面 白さと難しさを体験するのである。

なお、このワークでは、人数の多いクラスにおいては、座る場所をあらかじめ6つ にゾーン分けして指定しておいた。4グループほどで1ゾーンを構成するが、全体に 向けて発表できるのは1ゾーンに1グループとした。どのグループがゾーン代表にな るかは、その決定方法を含めてゾーンごとの判断に任せた。すなわち、このワークで は代表の選出も体験するわけである。

4.アクティブラーニングへの反応と考察

グループワークから全体への発表という授業形態は、30名クラスはともかく、122 名クラスでは厳しいかもしれないと予想していたが、杞憂に終わった。特に初盤の2 つのグループワークでは教員がとまどうほどの好反応を得た。学生には毎回、「学習 記録カード」に感想や意見を書いてもらって翌週に返事をしているのだが、グループ

(8)

第一部  研究論文・実践報告 ワークという授業形態に対する肯定的な記述が予想外に多かった。こうした授業は他

にないという声も多数寄せられた。

クラス規模が大きいと進行が遅れると予想していたが、実施してみると逆であった。

122名クラスでは、早々に話し合いを終えるグループや盛り上がりに欠けているグルー プが見られたが、30名クラスの方は話し合いが白熱して長引き、全体への発表もてい ねいになって時間がかかる現象が見られたのである。1時間目の授業を登録する学生 はもともと意欲が高いのかもしれないし、あるいはクラス規模が小さいと授業への参 加意欲が高まるのかもしれない。ただ、先に述べたように、多人数クラスの場合、グルー プ内では少数意見であっても、範囲を広げれば同じ意見をもつ他者がいることを発見 できるというようなメリットもある。このような「同志」を発見すること自体も政治 を構成する要素のひとつである。

グループを形成する方法に関しては試行錯誤した。初回は完全な任意であったが、

知らない学生同士でもうまく活動ができていたし、「新しい人と仲良くできてよかっ たです。選挙の話ができて興味深かったですし、10月22日選挙に行こうと思えました。

また議論し合いたいです」といったような感想も見られた。

2回目は席をゾーン分けして指定するという方法を採った。学生が座る位置には傾 向があって、似たタイプが近くに座る可能性が高い。前方には真面目で意欲的な学生 が多いし、後方のドア付近にはそうではない学生が多い。そこで、座る位置を変えれ ば違うタイプの学生と交流できると考えたのである。その結果、人数の多いクラスで は、口にはしないが、教室全体に「違和感あります」「落ち着きません」とでもいう ような空気が満ちた。それでもグループワークや発表自体は問題なく進んだ。「1回、

2回、4回生がいるグループだったので、それぞれの学年によって知識も違い、新し い発見もありました」という肯定的な感想の方が多く見られたが、「今日みたいなグ ループ分けは苦手でした。座る所は自由にさせてほしいです…」という訴えも寄せら れた。

教員としてもゾーン指定をしようとすれば、事前の「仕込み」にかなり手間がかかる。

その後のグループワークでは座席指定はしなかった。そのかわり、グループの人数を 3名にしたり4名にしたりすることで、メンバーの固定化を避けるようにした。結果 的には、欠席者がいたり、途中で遅刻者が加わったりするので、メンバーの流動性は 確保できていた。

受講生が必要以上の緊張や居心地の悪さを感じずに学習できることを優先するとき もあれば、多様な他者、異質な他者との言葉を介した交流をはかることを優先するこ

(9)

ともあった。今期は、前者を優先することが多かった。グループ内のディスカッショ ン後の全体への発表と教員による講評を行えば、そこから幅広い視点を得られ、偏り は避けられると判断したからである。しかし第10回のコメントに「友達(政治学で今 日一緒になった人)と話してて、新しい発見が多くておもしろかった。偏った見方に ならないように日頃からいろいろ周りの人と話していきたいと思った」というコメン トが書かれていたことからも、グループ分けを任せても新しい出会いはつくれたよう である。この学生たちはその後、「お昼を食べる仲に」なったとのことである。

ところで、アクティブラーニングはグループワークに限定されるものではない。い つも同じパターンだと惰性が働くこともありうる。任意で発表を募ったり、マイクを 回したり、教員がマイクを持って教室を回ったりもした。手を挙げて発表する勇気や 意欲はなくとも、教員からマイクを渡されて発言を拒否する学生はほとんどいない。

これは他大学でも実践済みである。教員が回っていくパターンがもっとも多く学生に 発言の機会をつくることができる。90分で、のべ40人は可能である。しかし学生はグ ループで話し合う方を好んでいた。

最終回は、補足説明と、新聞記事を読んで政治学的視点から論点を挙げる課題に取 り組んだ。一人でどれくらい「政治学的なものの見方」ができるようになったかを見 たいと思ったからであるが、「テストのようだった」「最後の授業が少しさみしい。民 主主義的に進めていくこの授業のスタイルがとても好きでした」という感想があった。

確かに、対話を重視して進めてきた授業のしめくくりは、やはり交流をはかる授業に すべきであったかもしれない。

今期は、学生自らの発想と対話を重視したことで、教員はファシリテーターの側面 と、学生からは発現しなかった観点、論点を補足する役割を担った。政治に唯一絶対 の解があるわけではないと繰り返し説いていたので、教員は意識して「中立性」を保っ た。しかし、授業期間中に総選挙が行われたときには、「先生自身の意見を聞きたかっ た」と書いた学生もいた。学生が教員の見解を指針にしたいと思うことは理解できる が、今期のような授業内容や授業方法を採用する場合は、慎重であるべきと考える。

なお、最終回の学生のコメントには、「授業を通して、さまざまな知識を得られた」

という感想もちらほらあったが、筆者自身はその点は十分とはいえないと自覚してい る。そこで、授業の導入に書籍や映画を紹介し、学生にも2回のブックレポートを課 した。それによって、もっと知りたい、考えたいと思うならば、自ら知識を求めてい くべきだという意識づけをするようにした。

30名クラスの平均出席者数は22人、出席率は72.3%、122名クラスの平均出席者数は

(10)

第一部  研究論文・実践報告 97人、出席率は79.6%であった(一度も出席していない者も含む)。一度でも出席して

履修を中止(取り消し)した学生はいなかった。「学習記録カード」で出欠を記録し、

毎回学生とやりとりをしていたことも出席を促した要因と思われるが、カードへのア クティブラーニングへの肯定的記述と、最終回まで各回の出席者数の増減がほとんど なかったことから、こうした授業形態への忌避感はなかったものと判断する。

以上、「政治的なものの見方を養う」ことをテーマとした多人数講義におけるアク ティブラーニングの実践例を報告した。筆者は「政治学的なものの考え方」の「体得」

に重点を置いた授業の構築を目指した。そのさい授業の方法としてアクティブラーニ ングを多く取り入れた。理由は第1に「考え方」の「体得」にはアクティブラーニン グが有効であると思われたからである。第2に「政治」を「この世に起っている(起 こり得る)できごとに対して自分はどう考えるのか、言葉を通じて不特定複数の他者 に示す」ことであるとすれば、ある事案に対する思考の交流は授業における政治の実 践になるからである。

多人数講義で政治を体験するという試みは、まずは成功したと考える。ただし、教 員の負担や時間的、空間的制約を考えると、今期の人数が限界ではないかと思う。や はり学生一人ひとりと言葉を交わし、顔を把握できる規模が望ましいことは言うまで もないことを付言しておきたい。

  筆者はこれまで初年次教育科目を中心に、さまざまな科目でアクティブラーニン グを実践してきたが、これを大講義科目で実践するには、いくつかの創意工夫が 必要であろうと思われた。そこで、今回の科目を担当するにあたっては、同志社 大学法学部政治学科の入門科目「アカデミック・ライティング」(2003年度)での 授業実践を参考にした。この科目は複数教員で合同授業とクラス別演習を交互に 行うものであったが、ベテランの教員が全体講義でグループディスカッションを 導入し、活気ある授業をした。このときの経験から、題材とファシリテーション によっては100名を超える講義科目でもこのような授業が可能であることを知った のである。これは筆者が初めて大学で教佃をとった授業であったが、その後の筆 者の教育方針を決定づけた。と同時に、大学教員もメンターに倣う機会を持つこ とが重要ではないかと実感したのであった。

  同志社大学法学部政治学科の入門科目「アカデミック・ライティング」(2003年度)

(11)

で伊藤彌彦教授(当時)が実施した授業。

 「学習記録カード」については、橋本(2013:113-114)で実物写真を掲載している。

文献

川原彰, 2001,『市民社会の政治学』三嶺書房.

岡田憲治,  2014,『ええ、政治ですが、それが何か?──自分のアタマで考える政治学入門』明 石書店.

竹島博之,  2004,「大学における政治学教育──「学問教育」と「市民教育」の狭間で──」福岡 教育大学紀要, 53, 第2分冊.

橋本信子, 2013,「能動的学習を促すための知的交流の場を作る取り組み」大阪商業大学論集,  9(2).

参照

関連したドキュメント

里親委託…里親とは、さまざまな事情で家庭で育てられない子どもを、自分の家庭に

 履修できる科目は、所属学部で開講する、教育職員免許状取得のために必要な『教科及び

 履修できる科目は、所属学部で開講する、教育職員免許状取得のために必要な『教科及び

その1つは,本来中等教育で終わるべき教養教育が終わらないで,大学の中