博 士 ( 水 産 科 学 ) 雑 賀 修
学位論文題名
Ecotoxicological study on the growth and reproduction in Daph7zia 7nag7za as influenced by various chemicals (オオミジンコの成長および繁殖に及ぼす化学物質の影響に関する 生態毒性学的研究)
学位論文内容の要旨
オ オミ ジ ンコ は 水圏 生 態系 にお い て重 要 な位 置 を占 め る小 型甲 殻 類であ る。本種 は農薬、化学 物質の生態影 響リスク評価 のために実施さ れる毒性試 験におい ても代表種と して広く用い られている。 オオミジンコの 繁殖は無性 生殖およ び有性生殖に よって行われ るが、通常毒 性試験において は主に無性 生殖によ って産まれた 雌を用いた急 性毒性試験お よび無性生殖繁 殖試験が行 われてい る。新規化合 物のりスク評 価のためには 、雌雄両性に対 する毒性お よび 有 性生 殖 によ る 繁殖 への 影 響を 総 合的 に 把握 する こ とが 重 要で ある。
近年、化 学物質の野生 生物に対するホ ルモン様作用 、特に女性ホ ルモン様 作用が精 力的に研究さ れてきている 。しかしなが ら、貝類以外の 無脊椎動物 に対する 影響に関する 知見は未だ不 十分である。 甲殻類は生態学 的にも産業 的にも重 要な生物群で あり、ホルモ ン様作用物質 によりどのよう な影響を受 けるかは 重要な課題で ある。オオミ ジンコ繁殖試 験は化学物質の 甲殻類への 影響を評 価するための バイオアッセ イ系として用 いられており、 この系を有 効に活用 して各種の化 学物質の反応 を集積するこ とは、今後の化 学物質のり ス ク 評 価 に 極 め て 有 用 な 知 見 を 提 供 す る も の と 考 え ら れ る 。 本研究で は、化学物質 (無機・有機金 属、脊椎動物 型ステロイド 、テルペ ノイド、 催奇形物質) のオオミジン コの成長と繁 殖に及ばす影響 にっいて、
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1)急 性お よ び長 期 毒性 に おけ る 性差 、2)無 性 生殖 と有 性 生殖 過 程に おけ る 影 響の 違 い、3) 各化 学 物質 の 影響 、特に雄仔虫 の誘導(雄化) について 検 討した。 また、これら の試験に先立 ち、効率よく 雄の仔虫を得る 方法につ いても検討し、確立した。
実験用の雄 を得るために 、環境条件の変 化(明暗周期 の変更と給餌 量の減 少 )の効果 を検討した。 その結果、成 体になった雌 個体の脱皮終了 後、16時 間 明/8時間 暗周期を逆転 (16時間明18時間暗 )するとともに 給餌を3‑4日間 停 止するこ とにより、平 均してほば1・ ニ1の比率で雌雄 の仔虫が得ら れた。
こ の方法は 得られる仔虫 の時期と数を 正確に予測で きる点できわめ て有効で あった。
性差をみる ために、無機 ・有機金属を被 験物質として 、急性毒性試 験およ び 無性生殖 繁殖試験を行 った。その結 果、生後24時間以 内の個体には 性差は み ら れな か った が、8日 齢 の個 体 では 雄の 半 数影 響 濃度 は 雌に 比べ て 約1/2 で あった。 硫酸銅を用い た無性生殖繁 殖試験では性 差は認められな かった。
有性生殖と 無性生殖にお ける毒性を比較 するために、 有機スズを用 いて有 性 生殖およ ぴ無性生殖繁 殖試験を行っ た。その結果 、無性生殖繁殖 試験にお け る雌の最小影響濃度は1 l.tg/Lであり、有性生殖繁殖試験では、雌雄それぞ れ1およぴ0.2Lr,g凡であ った。雌では 両試験で影響 濃度に差はな かったが、
有 性生殖繁 殖試験では雌 雄の生存率に 明瞭な性差が 認められ、雌の 休眠卵の 産生に影響したと考えられた。この影響濃度の差(1/O.2=5倍)は現行の生態 影 響 リ ス ク 評 価 に お け る 安 全 係 数 を 超 え る も の で は な か っ た 。 脊椎動物型 ステロイドは 、オオミジンコ の有性生殖、 無性生殖いず れに対 し ても大き な影響を与え なかったが、 昆虫の幼若ホ ルモンであるテ ルペノイ ド ( メト プ レン およ び 幼若 ホ ルモ ンm〔m.m〕)では、 体色の変化、 成長の 抑 制、産仔 数の減少、仔 虫の雄化およ び休眠卵の誘 導がみられた。 また、親
ミジンコ体内での暴露が産まれた仔虫の成長にも大きな影響を与えており、
発生初期における化学物質に対する暴露は孵化後のミジンコの生存にとって 極めて重要と考えられる。JH‐mを用いた短期暴露(4日間:卵巣の成長期か ら仔虫の放出までの期間)と長期(21日間:孵化後24時間以内の仔虫から)
暴露による無性生殖繁殖試験の結果、短期暴露では親ミジンコへの毒性が軽 減されるため、卵発生、仔虫の性と外部形態、孵化後の成長への影響を明瞭 に検出できることが判明したふ
哺乳類に対する催奇形物質であるエチレンチオウレア、バルプロ酸(VPA)、 GABA関連化合 物の無性生殖繁殖 試験の結果、VPAのみが仔虫の雄化を誘導 した 。したがって、VPAの雄化誘導はGABAトランスアミナーゼの阻害によ るものではないと考えられた。また、GABAおよぴAminoxyacetic acidでは仔 虫 の 死 亡 、 繁 殖 の 停 止 と い う 特 徴 的 な 現 象 が み ら れ た 。 VPAを親ミジンコに暴露(無性生殖、短期暴露)すると20 mg凡以上の濃 度で、仔虫にほば100%雄化が誘導された。その雄をW Aを含まない飼育水 で飼育すると雄の形質(第1触角、腹縁前面部の突起、第1付属肢の刺毛、
後腹部の生殖突起)は完全には発達せず、雌の形質(腹突および卵巣の発達、
抱卵)も発現し、繁殖する(仔虫を放出する)個体も観察された。これらの 個 体 か ら 産 ま れ た 仔 虫 は す べ て 雌 で あ り 、 正 常 に 成 長 、 繁 殖 し た 。 VPAの短期暴露により 産まれた仔虫にその後もVPAまたはJH‐Iを暴露し ても雄の形質の不完全な発達、雌の形質の発現を抑制することはできず、そ れぞれ化合物の影響(雄の仔虫と休眠卵の誘導)がみられたのみであった。
したがって、テルペノイド(JH‐m)は、雄化を誘導するとともに雌の形質発 現を抑制し、それぞれ分子構造上の極性部分と非極性部分が関係していると 推定された。
親ミジンコに対する環境条件の変化(明暗周期の変化と給餌制限)、JH‐I
およぴVPAの暴露期間の違いが仔虫の性決定にどのように影響するかを調 べた結果、オオミジンコの性決定は、卵細胞が卵として育嚢に移動する直前
(卵母細胞が成長する時期)に行われていること、また、その時期は環境条 件の変化および化学物質による誘導においてもほば一致していることが示さ れた。この時期は仔虫の性決定のみならず、孵化後の生存にも影響を与える 重要な発生段階である考えられた。
以上本研究では、化学物質のオオミジンコ有性生殖と無性生殖への影響 の違いを初めて示すとともに、影響の性差にっいても知見を得た。脊椎動物 型のステロイドはオオミジンコの成長と繁殖にほとんど影響を与えないが、
テルベノイドは多種の影響を与えることを示した。さらにテルペノイドによ る仔虫の雄化誘導は雄の形質発現のみならず、雌の形質発現を抑制している ことを示した。これらの結果は、オオミジンコの化学物質による雄化の誘導 に関して、重要な新知見を提供したものである。また、上記の性決定時期を 暴露する短期暴露無性生殖試験は、親ミジンコへの影響を軽減することによ り、化学物質の仔虫への影響をより鮮明に検出できる有効な試験方法である ことが示唆された。これら知見は今後のオオミジンコを用いた化学物質の毒 性 試 験 お よ ぴ り ス ク 評 価 に 大 き く 役 立 っ も の と 考 え ら れ る 。
学位 論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
原 彰彦 池田 勉 都木靖彰 東藤 孝
学位論文題名
Ecotoxicological study on the growth and reproduction in Daph7zia Tnagna as influenced by various chemicalS (オオミジンコの成長および繁殖に及ぼす化学物質の影響に関する 生態毒性学的研究)
オ オ ミ ジ ン コ は 水 圏 生 態 系 に お い て 重 要 な 位 置 を 占 め る 小 型 甲 殻 類 で あ る 。 本 種 は 農 薬 、 化 学 物 質 の 生 態 影 響 リ ス ク 評 価 の た め に 実 施 さ れ る 毒 性 試 験 に お い て も 代 表 種 と し て 広 く 用 い ら れ て い る 。 オ オ ミ ジ ン コ の 繁 殖 は 無 性 生 殖 お よ ぴ 有 性 生 殖 に よ っ て 行 わ れ る が 、 通 常 毒 性 試 験 に お い て は 主 に 無 性 生 殖 に よ っ て 産 ま れ た 雌 を 用 い た 急 性 毒 性 試 験 お よ び 無 性 生 殖 繁 殖 試 験 が 行 わ れ て い る 。 新 規 化 合 物 の り ス ク 評 価 の た め に は 、 雌 雄 両 性 に 対 す る 毒 性 お よ ぴ 有 性 生 殖 に よ る 繁 殖 へ の 影 響 を 総 合 的 に 把 握 す る こ と が 重 要 で あ る 。 近 年 、 化 学 物 質 の 野 生 生 物 に 対 す る ホ ル モ ン 様 作 用 、 特 に 女 性 ホ ル モ ン 様 作 用 が 精 力 的 に 研 究 さ れ て き て い る 。1ア か し な が ら 、 貝 類 以 外 の 無 脊 椎 動 物 へ の 影 響に 関す る知 見は 未 だ 不 十 分 で あ る 。 甲 殻 類 は 生 態 学 的 に も 産 業 的 に も 重 要 な 生 物 群 で あ り 、 ホ ル モ ン 様 作 用 物 質 に よ り ど の よ う な 影 響 を 受 け る か は 重 要 な 課 題 で あ る 。 オ オ ミ ジ ン コ 繁 殖 試 験 は 化 学 物 質 の 甲 殻 類 へ の 影 響 を 評 価 す る た め の バ イ オ ア ジ セ イ 系 と し て 用 い ら れ て 韜 り 、 こ の 系 を 有 効 に 活 用 し て 各 種 の 化 学 物 質 の 反 応 を 集 積 す る こ と は 、 今 後 の 化 学 物 質 の り ス ク 評 価 に 極 め て 有 用 な 知 見 を 提 供 す る も の と 考 え ら れ る 。
本 研 究 で は 、 化 学 物 質 ( 無 機 ・ 有 機 金 属 、 脊 椎 動 物 型 ス テ ロ イ ド 、 テ ル ベ ノ イ ド 、 催 奇 形 物 質 ) の オ オ ミ ジ ン コ の 成 長 と 繁 殖 に 及 ぼ す 影 響 に 関 し 、 @ 急 性 お よ ぴ 長 期 毒 性 に お け る 性 差 、 @ 無 性 生 殖 と 有 性 生 殖 過 程 に お け る 影 響 の 違 い 、 ◎ 各 化 学 物 質 の 影 響 ( 仔 虫 の 性 お よ ぴ 外 部 形 態 お よ び 成 長 へ の 影 響 ) に つ いて 生態 毒性 学的 に検 討 し、 以下 の知 見を 得た 。
1) 試 験 に 先 立 ち 、 性 差 お よ び 有 性 生 殖 へ の 検 討 す る た め に 必 須 で あ る 雄 の 仔 虫 を 得 る 効 率 的 な 方 法 ( 照 明 時 間 の 変 更 と 給 餌 制 限 に よ る 方 法 ) を 確 立 し た 。 こ の 方 法 は 得 ら れ
る 仔 虫 の 時 期 と 数 を 正 確 に 予 測 で き る 点 で き わ め て 有 効 で あ っ た 。 2)無機・有機金属の急性およぴ長期毒性に船ける性差を検討した結果、生後24時間以内 の個体には性差はみられなかったが、8日齢の個体では雄の半数影響濃度は雌に比べ て約1/2であった。さらに有機スズの有性生殖における最小影響濃度(0.2pg几)は、
無性生殖(1嵋凡)に比べて明らかに小さく、その原因は雄の生存率に起因していた。
オ オ ミ ジ ン コ の 有 性 生 殖 へ の 影 響 を 解 析 し た の は 初 め て の 報 告 で あ る 。 3)脊椎動物型ステロイドは、オオミジンコの有性生殖、無性生殖いずれに対しても大き な影響を与えないが、昆虫の幼若ホルモンであるテルペノイドでは、体色の変化、成 長の抑制、産仔数の減少、仔虫の雄化および休眠卵の誘導がみられた。また、親ミジ ン コ 体 内 で の 暴 露 は 産 ま れ た 仔 虫 の 成 長 に も 大 き な 影 響 を 与 え た 。 4)無機・有機金属の急性船よび長期毒性における性差を検討した結果、生後24時間以内 の個体には性差はみられなかったが、8日齢の個体では雄の半数影響濃度は雌に比べ て約1/2であった。さらに有機スズの有性生殖における最小影響濃度(0.2鵬凡)は、
無性生殖(1川ジL)に比べて明らかに小さく、その原因は雄の生存率に起因していた。
オ オ ミ ジ ン コ の 有 性 生 殖 へ の 影 響 を 解 析 し た の は 初 め て の 報 告 で あ る 。 5)脊椎動物型ステロイドは、オオミジンコの有性生殖、無性生殖いずれに対しても大き な影響を与えないが、昆虫の幼若ホルモンであるテルペノイドでは、体色の変化、成 長の抑制、産仔数の減少、仔虫の雄化および休眠卵の誘導がみられた。また、親ミジ ン コ 体 内 で の 暴 露 は 産 ま れ た 仔 虫 の 成 長 に も 大 き な 影 響 を 与 え た 。 6)哺乳類に対する催奇形物質であるバルプロ酸を親ミジンコに暴露(無陸生殖、短期暴 露)すると20mg凡以上の濃度で、仔虫にほば100%雄化が誘導された。その雄をバル プロ酸を含まない飼育水で飼育しても雄の形貿(第1触角、腹縁前面部の突起、第1 付属肢の刺毛、後腹部の生殖突起)は完全には発達せず、雌の形質(腹突および卵巣 の発達、抱卵)も発現し、繁殖する(仔虫を放出する)個体も観察された。これらの 個体から産まれた仔虫はすべて雌であり、正常に成長、繁殖した。バルプロ酸の短期 暴露に:より産まれた仔虫にその後もバルプ匸[酸または幼若ホルモン.mを暴露しても 雄の形質の不完全な発達、雌の形質の発現を抑制することはできず、それぞれ化合物 の影響(雄の仔虫と休眠卵の誘導)がみられたのみであった。したがって、幼若ホル モン−mは、雄化を誘導するとともに雌の形質発現を抑制し、それぞれ分子構造上の極 性部分と非極性部分が関係していると推定された。
7)オオミジンコの性は卵細胞が成長して育嚢に移動する時期に決定され、化学物質によ る雄の誘導もこの時期の暴露によるものであることを明らかにした。幼若ホルモンを 用いた短期暴露(4日間:卵巣の成長期から仔虫の放出までの期間)と長期(21日間:
孵化後24時間以内の仔虫から)暴露による無性生殖繁殖試験の結果、短期暴露では親 ミジンコへの毒性が軽減されるため、卵発生、仔虫の性と外部形態、孵化後の成長へ
の影響を明瞭に検出できることが判明した。
本研究では、化学物質のオオミジンコ有性生殖への影響およぴ雄誘導の特徴を初めて明ら かにするとともに、毒性評価に韜ける改良繁殖試験法の有効性を示した。これらの結果は、
オオミジンコの化学物質に対する反応解析に関して、重要な新知見を提供したものとして 高く評価され、申請者が博士(水産科学)の学位を授与される資格のあるものと判定した。