博 士 ( 医 学 ) 佐 藤 賢 一
学 位 論 文 題 名
吸入麻酔薬使用下でのFick 法による連続的心拍出量測定
学位論文内容の要旨
I.研究目的
最 近,医療電子技術の進歩によ って酸素消費量(VOよ)を測定し,動静脈血酸素含量較差 (Ca0よ―Cvoz)およびへモグロビ ン(Hb)値からFick法を用い た心拍出量(cardiac out― put: CO)測定法(Fick CO)が注 目されている。従来,臨床的に用いられていた酸素ジルコ ニウム酸素濃度センサは,センサ部が高温となるので,吸入麻酔薬を使用する場合には応用でき なかった。本研究では,パラマグネティック酸素濃度センサを用いることで,吸入麻酔薬の使用 下で もVO:の測定を可能にした。一呼吸毎にCOを算出して血行動態解析をりアルタイムに表 示するシステムを試作した。本システムの麻酔領域での心・循環系モニタリングとしての有用性 にっいて検討することを目的とした。
1I.方 法
本システムではVOよの測定は酸素濃度センサにパラマグネティック方式を用いたカプノマッ クからの酸素濃度信号,サーボ900C人工呼吸器の吸気,呼気流量信号とそれぞれA/D変換器 を介してHP340Cコンピュー タにオンラインに接続し,計算した。動脈血酸素飽和度(Saoz) はパルスオキシメ一夕を示指に装着し,混合静脈血酸素飽和度(Sv02)はファイバーオプテッ クカテーテルを肺動脈内に留置し,測定した。気道流動と酸素濃度の信号は5 msec毎(200Hz) にA/D変換してコンピュー夕処理をした。その他の信号は1秒毎にサンプリングし,10秒毎に 移動平均化処理を行った。Hbはヘモオキシメ一夕から得られた値を約1時間毎にオフラインで 入カし,逐次補正した。以下のFickの式からCOを計算した。
CO=VOユ/(Ca0ユ―Cv02)(1/min)
Ca0ユ ( m171) 二 ニ 13. 8x Hb(g/dl) XSaoz十O. 03iX Pa0: ( mmHg) Cv02(ml/1)‑13.8XHb(g/dl) XSv02十O.03iX Pv02(mmHg)
.ti2 tE2
V02= F/02(t)xvi(t)dt― FE02(t)XVE(t)dt t′2 tE2
Fi0エ: 吸気酸 素濃度 Fよ02:呼 気酸素 濃度 VI : 吸気 流量 VE :呼気 流量
t′1 :吸 気開始 時間 ti2:吸 気終 了時間 tE1 :呼 気開始 時間 tE2: 呼気終 了時間
Pa02,Pv0エ はSiggard一Andersenの ヘモ グ 口 ビ ン 酸素 解 離 曲 線 よ り酸素 飽和 度から 逆算し て 求めた 。
本 法に よ るFick COの信 頼 性 と 臨 床応 用 の 可 能 性 を検 討 す る た めに , 電磁流 量計に よるEM‑
COの 比較 を 行 っ た 。 イヌ5頭 を サ イア ミ ラ ー ル の静 脈内投 与によ り麻酔 を導入 し, 気管内 挿管 し た。50% 酸素,50%笑 気,工 ンフルレン0.5〜2.5%で麻酔を維持し,左開胸後,大動脈起始部 に 電 磁 流 量計 プ 口 一 ブ を装 着 し た 。Sv0よ お よ びSa02は ,それ ぞれ 肺動脈 と大腿 動脈内 にフ ァ イ バ ー オ プ テ ィ ク カ テ ー テ ル を 留 置 し て測 定 し た 。 電磁 流 量 計 に よるelectromagnetic CO (EMCO)とFick COに よ るCOの 過 渡 特 性 を 検 討 す る た め に , イ ソ プ ロ テ レ ノ ー ル を 静 脈 内 投 与は,EMCOに対 するFick COの 応答性 を検討 した。
本 シ ス テ ム の 臨 床 に お け る 信 頼 性 を 成 人12名 の 手 術 予 定 症例 を 対 象 にTDCOとFick COの 比 較 か ら 検討 し た 。TDCOの 測 定は , 呼 気 終 末 時に3回 づっの 測定を 行い ,平均 値を算 出した 。 サ イ ア ミ ラー ル (5 mg7kg)の 静 脈 内 投 与に よ り 麻 酔 導入 後 , ベ ク 口二 ウム (O.Img/kg)投与 後 に気管 内挿管 し,調 節呼 吸とし た。術 中の麻 酔維持 は硬 膜外麻 酔と50% 酸素,50%笑気,工ン フ ル レ ン0.4 ‑1.5% ある いは イソフ ルレンO,3〜1.2% を併用 した。Fick COとTDCOの 同時測 定 に よ り 相 関 を 求 め た 。Fick COとTDCOの 一 致 性を 検 討 す る た め,biasお よ び Limits of agreement を求め た。
m. 結 果
1. 動 物 実 験 に お け る 成 績
川Fick COとEMCOと 同 時 測 定 に よ りO.5〜1.9L7minの 範 囲 で
Y=ニX十O.029(n二 ニ198)の 相 関 式 が 得 ら れ , 相 関 係 数(r)はO.97で あ っ た 。 (2) EMCOに 対 す るFick COの 応 答 性 で は, イ ソ プ ロ テ レノ ー ルO.5〃g/kgの 静 脈 内bolus 投 与 はCOを 約70% 増 加 さ せ た 。 イ ソ プ 口 テ レ ノ ー ル 投 与 に よ るEMCOとFick COの90% 変 化 を 要 す る 時 間 の 差 は , 増 加時 お よ び 減 少時 で そ れ ぞ れ22.6土11.2お よび27.3土14. 2sec
(mean土SD,n=5)であり,いずれの場合にも30秒以内であった。
2.臨床研究に おける成績
207点 のFick COとTDCOの 同時 測定 に より ,3‑‑‑10.2L 7minの範囲 でY=X―O.28 (n
=207)の相関式 が得られ,相関係数(r)はO.94であった。
9症例にエンフ ルレンを,3症例にイソフル レンを使用したが,Fick COは吸入麻酔薬の濃度 による影響を受 けなかった。Bias (Fick CO―TDCO)はほば正規分布の型をとり,M二二O.04 土O. 56L 7min(mean土SD)であった。Mean土2SDすなわち0.04土1.12L/minの範囲に 95%のポイント が分布した。Fick COとTDCOの間の Limits of agreement はO.04土1.12 L7min (mean土2SD)の範 囲で あ った 。CO値の 高低 に よる 影響 を少 な くす るために,TD‑
COとFick COの 差の加算平均による商を求め た。95%のポイント(土2SD)が土18%以内に 分布した。
W.考 察
本研究では,吸入麻酔薬の使用が不可能であった酸化ジルコニウム酸素濃度センサに代わり,
酸素分子が磁カに吸引される性質を利用し,発生した圧差から酸素分子数(濃度)を測定するパ ラ マグネティック酸素濃度センサを採用したので,全ての吸入麻酔薬の使用を可能とした。
Fick COの精度は各構成機器の 測定値の精度に依存し,と くにV02の精度に依存する。V02 の精度を保っには酸素濃度計と流量トランスデューサの較正は必須であり,ガスの漏れを防止す る 必要がある。また,本システムでは吸入麻酔薬の濃度を測定し,流量を計算することで,
V02への影響を除外した。
従来,安定状態における直接的Fick法によるco沮lJ定が,臨床使用上最良の基準として考え ら れてきた。本研究では連続 的なFick COが,安定状態におけるFick法に近い信頼性を得ら れ ることを目標とし,VOよお よびHb,Sa0ユ,Sv0よの測定 では頻回の較正を加えている。
Fick COとEMCO間でrーO.97と 高い相関関係が得られたのは,本システムの測定上の精度を 裏 付けているものと考えられる。現在,臨床において一般的に用いられているTDCOとの比較 で は ,Fick COはTDCOより低 値(Fick CO=TDCO−0.28)で はあったが,その差は小さく , 0. 94という高い相関係数が得られた。Fick COとTDCOの一致性を Limits of agreement から検討した。95%ポイントがO. 04土1.12L 7minに入っていた結果から,このニっの測定法 によるCOの一致性が高いことを示している。Fick COの過渡特性に関して,イソプ口テレノー ル 投 与 に よ るFick COの 増 加 はEMCOの 増 加 開 始 か ら10秒 以 内 に 見 ら れ た 。EMCOと
Fick COの90% 変化 に要す る時間 の差が ,増加 時お よび減 少時と も30秒 以内で あった 。Fick CO は急 激な循 環動態 の変 化時や不安定な循環動態時にも,十分な応答性を有していると考えられた。
V. 結 語
Fick法 を 用 い て,全 身麻酔 に連続 的に 心拍出 量を測 定する システ ムを 開発し た。本 システ ム に よ るFick COは吸 入 麻 酔 薬 使用 下 で も 高い信 頼性を 認め, リアル タイ ムで血 行動態 を表示 す る こ と に よ り , 急 激 な 循 環 動 態 の 変 化 に 対 し て 素 早 い 診 断 と 処 置 を 可 能 に し た 。
学位論文審査の要旨
I. 研究 目的
本研 究では ,吸 入麻酔 使用下 でも酸 素消 費量(VOエ) の測定 を可能 にし ,Fick法を 用い た連続 的な 心拍出 量(cardiac output: CO)を算 出し て血行 動態解 析をり アルタ イム に表示 するシ ステ ムを 試作し た。本 シス テムの 麻酔領 域での 心・循 環系 モニタ として の有用性にっいて検討した。
n. 方 法
1)本シ ス テ ム で は ,V02の 測定 は 酸 素 濃 度セ ン サ に パ ラ マグ ネ テ ィ ッ ク方 式 を 用 い たカ プ ノ マ ッ ク か らの 酸 素 濃 度 信 号, サ ー ボ900C人 工呼吸 器の 吸気, 呼気流 量信号 をそ れぞれ5msec 毎 にA/D変換 器 を 介 し てHP340Cコ ン ピ ュ ータ に オ ン ラ イン に 接 続 し, 一呼 吸毎に 計算し た。
動 脈 血 酸 素 飽和 度 は(Sa02) パルス オキシ メー タを指 に装着 し,混 合静脈 血酸 素飽和 度(Sv02) は フ ァ イ バ ーオ プ テ ッ クカ テーテ ルを肺 動脈内 に留 置し, 測定し た。Hb濃度は ヘモオ キシメ ー タ の 値 を オ フラ イ ン 入 カ し た。CO以 下のFickの式 か ら 計 算 した 。
Fick CO=V02/(Ca02―Cv02)(セ/min)
Ca0エ ( ml/1) 二 二 13. 8x Hb(g7dl)X Sa02十 0. 03ix Pa02( mmHg) Cv02(ml/ 1) =13.8XHb(g/di)X Sv02十O.03ix Pv02(mmHg)
修
秀
從
慶
正
物 田
舘
劔 安
古
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
Pa02(動脈血酸素含 量),Pv02(混合静脈血酸素含量)はSiggard―An―dersenのへモ グ口ビン酸素解離曲線より酸素飽和度から逆算して求めた。
2) 本 法に よるFick COと電 磁流 量 計に よるCO (electromagnetic CO: EMCO)との比 較を行った。イヌ5頭をエンフルレン麻酔下に左開胸後,大動脈起始部に電磁流量計プ口ーブを 装着 した 。EMCOとFick COの相関を求めた。Fick COの過渡特性を検討する ために,イソ プ ロ テ レ ノ ー ル を 静 脈 内 投 与 し ,EMCOに 対 す るFick COの 応 答 性 を 検 討 し た 。 3)成人12名 の 手術 予定 症例 を対 象 に, 熱希 釈法 による心拍出量(TDCO)とFick COを比 較検討した。麻酔は硬膜外麻酔と酸素,笑気,工ンフルレンあるいはイソフルレンを併用した。
Fick COとTDCOの 相関 を 求め た。Fick COとTDCOの 一 致性 を検 討す るた め ,biasおよび Limits of agreement を求めた。
ni.結 果
1.動物実験における成績
1 )Fick COとEMCOの同時測定により0.5〜1.9セ/mlnの範囲でY‑X十O.029(n二二ニ198), 相関係数(r) 0.97を得た。
2) イソ プ口 テレ ノー ルO.5肛g/kgの 静注 内bolus投与によるEMCOとFick COの90%変 化に要する時間の差は,増加時および減少時でそれぞれ22.6土11.2におよび27.3土14. 2sec (mean土SD,n=ニ5)であった。
2.臨床研究における成績
Fick COとTDCOの 同時 測 定に より ,3〜10.2¢ /minの範囲でY=X‑0.28 (n:ニ二207), r =0.94を 得た。Fick COは吸入麻酔薬の濃度による影響を受けなかった。Bias (Fick CO― TDCO)は0.04土O.56£/min (mean土SD)であった。Mean土2SDすなわちO.04土1.12ゼ/
minの範囲に95%のポイントが分布した 。Fick COとTDCOの Limits of agreement はO.O 4土1. 12セ/min Limits of agreement (mean土2SD)の範囲にあっ た。CO値の高低によ る影響を少なくするために,TDCOとFick COの差の加算平均による商を求めると,95%のポイ ント(土2 SD)が土18%以内に分布した。
w.考 察
本研究では,従来からの酸化ジルコニウム酸素濃度センサに代わり,パラマグネティック酸素 濃度センサを採用したので,吸入麻酔薬使用下でのV02の測定を可能にした。VOユの精度を保
には 酸素 濃度計 と流量 トラン スジューサの較正の必須であり,ガスの漏れを防止する必要がある。
ま た , 吸入 麻 酔 薬 の 濃 度を 測 定 し て ,VOよ へ の 影響 を 除 外 し た。 安 定状態 におけ るFick法 に 近 い 信 頼性 を 得 る た め ,V02お よびHb,Sa02,Sv02, の 測定 に お い て 何 度も 較 正 を 加 えた 。 Fick COとEMCO間 でr=0. 97と 高 い 相 関 関係 が 得 ら れ たの は , 本 シ ステ ム の 測 定 上 の精 度 を 裏 づ け てい る 。Fick COの過 渡 特 性 に 関し て , イ ソ プ 口テ レ ノ ー ル投 与によ るFick COの増 加 はEMCOの 増 加 開 始 か ら10秒 以 内 に 見 ら れ た 。EMCOとFick COの90% 変 化 に 要 す る 時 間 の 差 が 増 加時 お よ び 減 少 時と も30秒以 内 で あ った 。Fick COは循 環動 態の変 動時や 不安定 な時に も , 十 分な 応 答 性 を 有 して い る と 考 えら れ た 。 臨 床で 一 般 に 用 いら れるTDCOとの 比較で は,
Fick COはTDCOよ り 低 値(Fick CO=TDCO亠0.28)で は あ っ た が , そ の 差 は 小 さ く ,O.94 と い う 高 い 相 関 係 数 が 得 ら れた 。Fick COとTDCOの 一致 性 を Limits of agreement か ら 検 討 し た。95% の ポイ ント がO. 04士1.12セ/minの範囲 にあり ,この ニっの 測定 法によ るCO の一 致性 が高い ことを 示して いた 。
V.結 語
本 シス テ ム に よ るFick COは 吸 入 麻酔 薬 使 用 下でも 高い信 頼性を 認め, リア ルタイ ムで血 行 動 態 を 表示 す る こ と に より, 急激な 循環動 態の変 化に 対して 素早い 診断と 処置 を可能 にした 。