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【研究論文】外国人児童の行動面における適応の困難さに関する一考察—「泣く」「並べない」行動に着目して—

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『言語習得と日本語教育』第 1 号(2021) 〔研究論文〕. 外国人児童の行動面における. 適応の困難さに関する一考察. -「泣く」「並べない」行動に着目して-. 本 間 愛 州 佳. 1.はじめに. 文部科学省による 2018(平成 30)年度の調査では、日本語指導が必要な児童生徒数. は 50,759 人と過去最高であった(文部科学省, 2019)。このうち、小学校に通う児童. は 33,685人と日本語指導を必要としている人数の割合が多く、小学校における外国人. 児童への教育、支援は重要であると考えられる。日本の公立小学校に入学すると、外. 国人児童はルーツをもっている国の文化や学校文化、そして家庭とは異なる習慣や価. 値観や考え方に慣れて適応することが求められる。日本の公立学校に進学する外国人. 児童生徒が抱える学校生活での適応における課題は大きい(飯高, 2010; 仲・キャリプ,. 2015)。. 不適応が続くと、不登校につながる危険性があると考えられる。外国人児童には、. 発達障害の可能性を疑われたり、学校生活で困り感があると判断されたりする児童が. いる。筆者の小学校のフィールドワーク中にも「日本語の問題なのか、発達の問題な. のかわからない」と児童の行動に悩む教員がいた。このような現状があるにも関わら. ず、外国人児童の発達に関連する課題や言語教育以外の課題についてまだ十分に着目. されてきたとはいえない(南野, 2017)。外国人児童が学校のどのような場面で適応で. きないのか、そしてその原因は何か、発達上の問題なのか等を表出される行動から読. み取ることは、外国人児童が増加する日本の公立学校での支援について示唆を与える. と考える。ゆえに、本研究では、外国人児童が適応することが難しい学校場面を対象. に調査を行なうことにした。. 2.先行研究と本稿の目的. 黒葛原・都築(2011)は、小学校の現場の声として「授業中にぼーっとしており、. 56. 話を聞いているのかいないのか不明である、場面にそぐわない意見を言う、落ち着き. がない、日本語での日常会話はできるが学習言語の理解がない、指示が通っていない」. (黒葛原・都築, 2011: 68)を外国人児童の問題行動と挙げている。さらに、このよう. な問題行動の原因が何であるかが明確でないため、適切な指導や支援をすることが困. 難であると説明している。橋本(2016)では外国人児童は、授業中に注意力や活力に. かけるといった様子は、心配事などの心理的な問題や家庭環境などに起因する可能性. も指摘されている。. 小学校での生活では教員の指示、指導、友人との会話、学習において「日本語」が. 用いられる。そのため、外国人児童の適応、行動面での困難を考える際には「日本語. 能力」を無視することはできない。都築他(2010)は、注意欠陥・多動性障害1(以下. ADHD とする)症状が顕著である外国人児童が「集中できない・他事をする」という. 行動が頻繁に見られる要因として「発達障害」と「授業が分からない」ことをあげて. いる。さらに、「授業が分からない」要因として、日本語能力不足が考えられるとし、. 日常生活での日本語(BICS)は問題ないものの、学習上での日本語(CALP)が十分. でないためだと述べている。黒葛原・都築(2011)は、ADHD の外国人児童、外国人. 児童、ADHD の日本人児童、日本人児童の 4 人を比較し、学習行動を分析した。その. 結果、「落ち着きなくまわりを見る」という行動は、ADHD によるものでなく、日本. 語の理解が十分ではないことから、視覚的に情報を得るために行われている外国人児. 童の特徴的な行動であることが明らかになった。長澤(2005)では、問題行動の見極. めの際、「落ち着きがない」「授業に集中しない」というだけで、ADHD のような発達. 障害だと決めつけることはできないとしている。問題行動は様々な要因が複雑に絡み. 合い発生しているため、様々な視点を持つことの必要性について述べている。 . 黒葛原・都築(2011)は、教育現場の関心は外国人児童生徒の「問題行動の要因が、. 母語の確立の途中であるためなのか、日本語理解が十分でないためなのか、文化相違. によるものなのか、あるいは発達障害の有無なのか」(黒葛原・都築, 2011: 68)という. 点にあると述べている。さらに、近田(2014)によるブラジル人児童を対象とした調. 査では、行動に最も影響を及ぼす要因として父親の教育歴をあげ、家庭の経済的要因. や教育への関心など児童を取り巻く養育環境に大きく影響されると考察している。山. 本(2005)では、行動の問題を「個人と環境の相互作用」から捉えることの重要性を. 述べている。例えば、指示が通らない児童がいた場合、音声へ集中を持続することは. 難しいという「個人(子どもの)要因」、児童の注意を引きつけるのが不十分という「環. 境の要因」が考えられるという。こういった要因の相互作用がどのような状態になっ. 1 不注意、多動性、衝動性を特性とする発達障害の 1 つ。注意力が散漫、集中力が続かな . ながい、落ち着きがない、衝動的であるなどの状態が年齢や発達に不相応に起こる。. 57. ているのかを分析すべきだとし、その上で支援方法を考えるべきだと主張されている。. そこで本稿では、行動面での適応における困難を明らかにし、児童に合った支援を. 目指すために背景要因を探ることを目的とする。長澤(2005)は行動が様々な要因の. 複雑な絡み合いにより発生しているとし、様々な視点を持つことが必要であると述べ. ていることより、本研究では行動は様々な要因から発生すると仮定した。そして、黒. 葛原・都築(2011)、近田(2014)、山本(2005)を参考に①発達、②日本語、③母語、. ④家庭環境、⑤文化、⑥環境の 6 つの要因を設定した。. 3.研究方法. 3.1 データ収集方法のフィールドワーク. フィールドワークは、「一定の社会構造のなかで展開する人間行動に注目」(箕浦 ,. 1999a: 3)することができる手法である。ゆえに、対象児童の行動、行動の変化、また. 背景である文化を質的に捉える有効な研究方法だと考えられる。本研究では、フィー. ルドワークの内「参与観察法」と「面接法」を技法として用いた。 . 参与観察法は、人々が生活を営む状況で、観察者がツールとなり、現在生起してい. ることを把握できる方法である(箕浦, 1999b)。そのため、学級で児童や教員が生活を. 行う中で、起こる行動を把握できると考えた。具体的には、小学校の通常授業の中に. 筆者が入り、対象児の行動や周囲の児童、教員の行動や発言を具体的に観察した。ま. た、面接法は、参与観察法だけでは分かり兼ねる教員の支援の意図や対象児に対する. 考えを把握するために行った。日時をあらかじめ決め、IC レコーダーで記録する「フ. ォーマルインタビュー」と、放課後支援後など教員や支援者、ボランティアの空いた. 時間に行う「インフォーマルインタビュー」の 2 つを方法に用いた。「フォーマルイン. タビュー」においては、半構造化インタビューを方法とした。この方法はインタビュ. ーの進展に合わせてより深く内容に切り込み、意見を聞くことができると考えたから. である。インフォーマルインタビューも行った理由としては、「アポイントメントをと. って設定した面接よりも、その人の本音が聞ける場合もある」(箕浦, 1999b: 32)ため. である。参与観察時の立場は、筆者が放課後宿題支援を行っていたため、「(ボランテ. ィアの)先生」という役割を持ちながらの観察であった。ゆえに、参与者としての立. 場は「積極的参与者(active participation)」(Spradley, 1980)に相当する。筆者は特別. 支援教育と日本語教育の双方を専攻として学んだ経験があるため、双方の知識を生か. してフィールドワークを行うよう努めた。. 3.2 対象者. 神奈川県内の外国人集住地域に位置する公立 Z小学校に在籍するA児(当時小学 1~2. 58. 年生)である。A 児は中国籍で、母語は中国語2であり、家庭内でも両親や祖父母と中. 国語で話している。Z 小学校は、外国人児童が学校全体の 20%を占め、国際教室3の設. 置や外国語補助支援員や母語支援サポーター4の配置を行っている。A 児は国際教室に. 通級し、週に 1 度、外国人児童を対象とした放課後宿題支援を受けている。. A 児は小学校入学の半年前に来日している。日本では幼稚園には通っておらず、A. 児が 1 年生の 11 月に行った国際教室主任教員へのインフォーマルインタビューでは、. 在籍学級での行動面での問題が語られた。「友達と距離が近い」「鉛筆などの異物をな. める」「注意してもすぐにやる」という行動が多く見られ、周囲のクラスメイトと衝突. することもあるという。また、就学から半年以上たった 11 月の段階でもひらがなの読. み書きが難しく、市の教育委員会で行われている日本語の集中的な初期指導に通った. ものの、あまり進歩が見られなかったという。これらの困難な状況から A 児を対象と. することにした。. 3.3 データ収集方法. 主なデータは参与観察中のフィールドノーツとインタビューデータである。フィー. ルドノーツ(データⅠ)は主に A 児の在籍学級での授業の様子、国際教室での授業の様. 子、放課後宿題支援の様子を記載した。問題行動だけに目を向けるのではなく、その. 行動が起こる状況を把握する(都築, 2012)ように注意した。インタビューデータ(デ. ータⅡ)は、A 児に関わりのある教員(C 先生、D 先生)ヘの聞き取り調査結果である。. C先生はA児が 1年時の学級担任であり、D先生はA児の国際教室の担当教員である。. 両教員に、フォーマルインタビューを行い、IC レコーダーで記録した音源を文字デー. タにした。さらに、D 先生へは日常的にインフォーマルインタビューをしていたため、. その内容はフィールドノーツへメモを残すように努めた。 . データ収集期間は 201X 年 11 月から翌年の 201Y 年 2 月まで週に 2 回であり、A 児. の在籍学級と国際教室での様子を観察した。なお、学校の行事などにより週に 1 回に. なる場合もあった。201X 年内は全体観察とし、201Y 年の 2 カ月は問題行動の場面に. 注目する焦点観察とした。その後、論理的サンプリング5の過程で、A 児の日本語能力. が向上した後の行動を知ることの必要性があると考えた。そこで、201Y 年 4 月から. 12 月まで週 1 回の放課後宿題支援中の様子や、201Y 年 11 月から 12 月の間 2 週に 1. 回在籍学級での様子を観察する追加調査を行い縦断的な参与観察となった。. 2 中国語の中でも北京語である。 3 日本語指導をはじめ、学校適応支援のための教室。 4 児童の母語で学習や学校生活を支援する。 5 箕浦(1999c: 58)は、「仮説生成のためのデータを収集し、分析する一連のプロセスであ . り、次にどんなデータをどこで集めるかを決める手続き」と述べている。. 59. 3.4 データ分析方法. データ収集と並行して、対象児の困難となっている行動をカテゴリー化した。次に、. カテゴリー化した行動 1 つ 1 つにどのような背景要因があるのか検討した。行動の背. 景要因の分析にあたっては、図 1 を用いて、どの部分が背景要因として当てはまるの. か分析を行った。. その後、論理的サンプリングから教員への面接法や再度参与観察の必要性が明らか. になったため、データを収集しつつ、背景要因の再検討を行った。. 図1 外国人児童の問題行動の背景要因と考えられる 6 つの観点. 4.調査結果と考察. 4.1 A 児の適応の困難と見られる行動. 全体観察と焦点観察から、A 児の困難である行動として、授業中に「泣く」、移動教. 室の時などに「並べない」、「友達にちょっかいを出す」、「他児と衝突が起こる」こと. が見られた。A 児の「泣く」行動は、小学校 1 年生ということを加味しても、1 時間. の授業の中で 3 回泣くなど回数が多く、担任の C 先生や国際教室での担当の D 先生か. らは「幼い」行動として見られていた。C 先生のフォーマルインタビュー(201Y 年 2. 月)では、「幼稚」「幼い」という言葉が何度も出現し、具体的な行動として「すぐ泣. くし」と語られていた。D 先生は、参与観察や放課後宿題支援の時に、何度も「でき. なかったら、すぐうえーんでしょ」と筆者に語っていた。A 児が泣くと、教員の介入. が必要になるため、1 度授業が止まったり、教員が他児への指導を止めたりすること. が観察された。. 次に、移動教室の時などに整列が求められるが、A 児が 1 年生の時の焦点観察では. 「並べない」ことが 9 日の観察期間のうち 6 回起こった。「並べない」行動から他児と. 衝突へと続くことがその内 5 回あり、衝突により泣いたりすることが 3 回あった。ま. た並べたとしても、ふざけてしまうことがあった。D 先生は、「A はね、あと整列もわ. かってないです」(201Y 年 12 月 11 日)と、2 年時の 12 月になっても並ぶことができ. 60. 【データⅠ-1】事例 1 201X 年 12 月 21 日 3 時間目 国語(図書室). A-1: C 先生に本を渡す。. C-1:「A は借りた本、返してないでしょう。借りた本は?1」. A-2:「ない 2。」. C-2:「ないなら、貸せません。ちゃんと探して 3。」借りようとした本を返す。. A-3:泣く。本を受け取る。本を持ったまま、列からはずれる。. 筆者:「A さん、教室に帰ったら、一緒に本探そうか。大丈夫だよ。. また今度借りようね。4」. A-4:泣きながら頷く 5。泣き終わると、借りようとしていた本を元の本棚に戻しに行く。 . ない A の状態を問題視していた。国際教室の N 先生6は、「並ぶって正直、1 年生でで. きるようになることだから…。【略】今(2 年生)でもできないのはちょっと…。D 先. 生、個別7につなげることも考えたほうがいいんじゃないですか」(201Y 年 12 月 11 日). と述べていた。通常学級で並ぶという行動は必須であり、先生たちは並べない A 児の. 発達を気にしているようだった。ここから、一見幼く、わがままに見える A 児が泣く. という行動がなぜ起こるのか、また A 児はなぜ並べないのかその背景要因を探る必要. があると考えた。. 4.1.1 「泣く」行動. 「泣く」という行動を事例ごとに見ていく(事例 1、事例 2)。. 事例 1 では、本を借りたいのに借りられないという状況下で A 児が泣くという行動. が起こった。図書室では、前回借りた本を返さないと次の本が借りられないという決. まりがある。A 児は教室から図書室に移動前、自分のロッカーを見たものの、前回借. りた本が見当たらず、そのまま図書室に来た。A 児はいざ借りる番が来た時に、C 先. 生から「A は借りた本、返してないでしょう。借りた本は?」(下線部 1)借りた本が. 「ない。」(下線部 2)と答えた。C 先生は、「ないなら、貸せません。ちゃんと探して。」. (下線部 3)と言い、A 児が借りようとしていた本を A 児に返した。A 児は、本を受. け取りながら、泣き、本を持ったまま列から外れた。A 児がすぐに泣き止まなかった. ため、A が泣いていると筆者に言ってくる児童がいた。筆者は A 児に近づき、「A さ. ん、教室に帰ったら、一緒に本探そうか。大丈夫だよ。また今度借りようね。」(下線. 部 4)と声をかけたところ、A 児は泣きながらも頷いた。泣き終わると、借りようと. していた本が元々置いてあった棚へ戻しに行った。A児は納得すれば、泣き止むこと. 6 A 児が小学 2 年時に、国際教室で 3 学年を担当していた。 7 Z 小学校が位置する地域では、特別支援学級を「個別支援学級」と言う。「個別」と略し . て呼ぶ場合が多い。. 61. 【データⅠ-2】事例 2 201Y 年 1 月 18 日 1 時間目 国語(教室). A-1:すでに座っている児童 2 人の間に入り、先生の目の前に座る。 . 周囲の児童数人:「A やめて! 6」. A-2:「あ~あ 7。」涙をうかべ、地団駄を踏む。. C-1:「A、もう人が座っているところに座らないの。こっちも空いているでしょう。こっち. においで。」A を連れて、空いている場所(教室の右側)へ移動。. A-3:座る。顔と体を中心に向け、乗り出すように絵本を見る。後方へ移動し、立ち上がっ. て絵本を見る 8。. が観察された。. 事例 2 では、座りたいところに座れず、周囲の児童から注意を受けたことで、涙を. 浮かべ、地団駄を踏むという行動が見られた。読み聞かせを聞く際には、机と椅子を. 教室後方に下げ、空いた教室前方のスペースに C 先生を囲うように体育座りをする。. 児童は各々好きな場所に座ることができるが、A 児は C 先生の目の前にすでに座って. いる児童の二人の間に割り込み、座ろうとした。しかし、数人の児童から「A やめて!」. (下線部 6)と強い口調で言われ、A 児は「あ~あ」(下線部 7)と言いながら、目に. 涙を浮かべ、地団太を踏んだ。C 先生は口頭で注意をし、A 児を空いている場所へ連. れて行った。A 児は C 先生の指示通りに座ったが、読み聞かせが始まると、顔と体を. C 先生のほうへ向け、顔を乗り出すように絵本を見て、途中からは他の児童が座って. いない後方へ移動し、立ち上がって絵本を見た(下線部 8)。A 児は絵本へ関心を持っ. ていると観察された。. 4.1.2 「並べない」行動と「泣く」行動. 次に「並べない」行動と、「泣く」行動が同じ場面で起きた事例を見ていく(事例 3)。. 事例 3 では、本を片付けた順に 2 列で並ぶように指示された際に、A 児が列の少し. 切れているところへ、入り込むという横入りと見られる行動が起こった。その後、他. 児から質問されたり指示されたりしたことで、涙を浮かべた。図書室から教室に戻る. 際には、基本的に本の片付けが終わった早い者順で並ぶことになっている。「2 列で並. んで。2 列」(下線部 17)という C 先生の指示の後、児童たちは並び始めるが、A 児. はすでにできている列の一人分ほど空いている隙間に並んだ。したがって、2 列に本. を片付けた順に並ぶという行動を実質できていないことが観察された。. A 児の後ろの児童 S1 と S2 は列の後方を向き、話をしていたため、A 児が入ってき. たことに気づいていなかった。A 児は、前方に並んでいる国際教室で一緒に勉強して. いる男児を見ようと、列から一歩外にずれたり、戻ったりしていた。出発する時にな. 62. 【データⅠ-4】事例 4 201Y 年 2 月 25 日 朝の長縄練習の時間. 校庭で長縄練習後、玄関で靴を履き替え、教室へ戻る。. C-1:「履き終わったら、背の順で 2 列 16。」. A-1:靴を履き替え終る。先生の近くに並ぶ。 . 周りの児童数人:「背の順だよ 17。」「A、背の順 18。」. A-2:背の順である一番後ろに並びなおす 19。. り、児童 S1 と S2 が前方を見たことで、A 児が前にいることに気づき、S1「なんで(こ. こに)いるの」(下線部 10)S2「A の隣は?」(下線部 11)と問いかけた。A 児は、「並. んでる」(下線部 12)と答えるものの、S2 は「隣いないじゃん。(一番)後ろ行って!」. (下線部 13)と強い口調で指示をした。A 児は、涙を浮かべ、再度「並んでる」(下. 線部 14)と言った。A 児の前に並んでいた S3 が、「A の隣空いてるなら、S2 が前につ. めればいいじゃん」(下線部 15)と S1 と S2 に言ったことで、事態が収束した。A 児. は S2 が隣につめてくるのを見ていたが、涙はもう浮かんでいなかった。 . 4.1.3 「並べない」行動. 「並べない」という行動を事例ごとに見ていく(事例 4、事例 5、事例 6)。. 事例 4 は、背の順で並ぶ指示の際に、A 児は背の順で並べなかった例である。しか. し、他の児童に背の順だと教えられたことで、最終的には背の順に並び変えることが. できた例でもある。校庭で長縄練習をした後、玄関で靴を履き替え、「履き終わったら、. 背の順で 2 列」(下線部 16)という C 先生の指示のもと、背の順で教室まで戻るとい. う場面だ。A 児は上靴に履き替えた後、C 先生の前に既にある背の順の列前方(各列. 【データⅠ-3】事例 3 201Y 年 1 月 18 日 1 時間目 国語(図書室). C-1:「はい、時間です。2 列で並んで。2 列 9。」. 本を片付けてきた順に 2 列で児童が並び始める。. A-1:列が途切れているところに入り込み、並ぶ。列の先頭にいる国際教室で一緒に学ぶ仲. の良い児童の様子を見ようと、列から一歩横にずれ、前を見る。 . S1-1(A 児の後ろ):「なんで(ここに)いるの 10。」. S2-1(A 児の後ろ):「A の隣は?11」. A-2:「並んでる 12。」. S2-2:「隣いないじゃん。(一番)後ろ行って! 13」. A-3:涙を浮かべる。「並んでる 14。」. S3:「A の隣空いてるなら、S2 が前につめればいいじゃん。15」. A-4:A 児は前を向き、S2 が隣につめてくるのを見る。表情が戻る。. 63. 【データⅠ-5】事例 5 201Y 年 11 月 14 日 1 時間 道徳. M※1-1(A 児の二年時の学級担任):「男女別に、名前順に 1 列 20。」. A-1:列の一番後ろに来る 21。 . 【略】. S4-1:「A、なんでここにいるの?22」. A-2:少し前に行く。. S5-1:「A ここじゃない 23。」. B※1-1:「A こっち。」A のほうへ向かい、A 児の手を引いて、名前順の場所に連れていく。. ※1 B(男児)は国際教室で同じ。中国にルーツがあるが日本語以外の言語は話せない。. 【データⅠ-6】事例 6 201Y 年 10 月 3 日 4 時間 体育. 教室から体育館へ移動するため、背の順 2 列で並ぶ。. 係の担当の児童(S6)が先頭に立ち、並ぶように指示をする。. A-1:背の順に並ぶ。. A-2・S7-1・S8-1:お互いにタッチをはじめ、追いかけっこをし、再度背の順で並ぶ。背の. 順に並んだまま、またタッチをしてちょっかいを出しあう。. A-3:S8 の背中を触る。. S6-1・S9-1・S10-1:「A!24」. A-4:S10 を見た後、前を向く。. 3 人ずつ並んでいた)に並んだ。A 児は身長が高く、背の順では一番後ろであったた. め、周囲の児童が「背の順だよ」(下線部 17)「A、背の順」(下線部 18)と A 児に伝. えた。A 児は、その言葉を聞き、背の順である一番後ろに並び変えた(下線部 27)。. 事例 5 では、歯科検診のために名前順に並ぶという教員の指示を受けたが、A 児は. 名前順に並べなかった。歯科検診や身体測定といった時には通常、名前順に男女各 1. 列で並ぶ。先生の「男女別に、名前順に 1 列」(下線部 20)という指示に対し、A 児. は背の順のように一番後ろに並んだ(下線部 21)。A 児が並んだ列は女児の列であっ. たため、「A、なんでここにいるの?」(下線部 22)と S4(女児)と文句を言われる。. 2 歩ほど前に進んだものの、「A ここじゃない」(下線部 23)と S5(女児)から再び指. 摘される。自身の順番に並んでいた B は、後方での A の様子を見て、A 児を迎えに来. る。A の手を引いて、B の後ろに A を並ばせる。苗字順では、B の後ろに A という順. であった。. 事例 6 では、A が背の順という並ばせる係の児童の指示通りに並べたものの、他児. 64. とちょっかいを出しあっていたため、注意を受けた場面である。教室から体育館への. 移動時には、背の順で並び移動するのが基本である。2 年生になってからは教員の指. 示ではなく、並ばせる係の児童が列の先頭に立ち指示を出すことになっていた。A 児. は背の順で並べたものの、A の斜め前の S7 や、A の前の S8 とタッチをしてふざけあ. い、追いかけっこをした。再度背の順に並んだものの、背中を触ったり、手を触った. りとちょっかいを出し合っていた。並べ係の S6 や列の真ん中あたりから後方の A を. 見ていた S9、そして A の隣の S10 が「A!」(下線部 24)と大きな声で注意をする。A. 児は S10 を見た後、前方を見て、ふざけあうのをやめた。. 4.2 行動が起こる背景要因の考察. 事例 1 から 6 をもとに、A 児の「泣く」行動と「並べない」行動が起こる背景要因. について考察する。. 4.2.1 「泣く」行動の背景要因の考察. 事例 1 では A 児は本を借りたいものの、「ないなら、貸せません。ちゃんと探して」. (下線部 3)と C 先生に言われ借りられず、泣くという行動が起こった。事例 2 では. A 児がそこに座りたいと思っているものの、割り込んで座ろうとしたことに対して、. 「A やめて!」(下線部 6)と周囲の児童に強く言われ、座ることができず泣いていた。. D 先生は「どっかでこの子(A)泣くことを覚えている」(下線部 26)と指摘してお. り、A 児は「こうしたい」という思いが通らない時に、泣くことで解決に向かうと考. えている可能性がある。では、どこで泣くという行動を覚えたのだろうか。インタビ. ューから探ってみる。. 【データⅡ-1】D 先生へのインタビュー(201Y 年 3 月). D-1:「周りが、あの学級で見てると、全部 A が黙って泣いたりすると、まわりが全部用意して. くれたりしちゃう 25でしょう。」. D-2:「(A は)一人で何にもできないっていうかな。[略」どっかでこの子(A)泣くことを覚. えている 26…。」. 【データⅡ-2】D 先生 インフォーマルインタビュー(201Y 年 10 月 23 日). D:「中国では、祖父母と一緒に暮らしてたみたいなんだよね。食事も着替えも全部、やってあ. げてたみたいで。ご飯も、食べさせてあげてたみたい。最初日本に来た時、着替えも自分でで. きなかったって。」. 【データⅡ-3】D 先生 インフォーマルインタビュー(201Y 年 10 月 23 日). D:「ほら、家では大人ばっかりで大人の世界でしょ。だから、誰かやってくれるんだよね 27。」. 65. A 児は中国では祖父母に育てられ、来日後は父、母、叔父、叔母という大人に囲ま. れてきた環境で過ごしてきている。D 先生は、「家では大人ばっかりで大人の世界でし. ょ。だから、誰かやってくれるんだよね」(下線部 27)とも述べている。また、学校. でも、「A が黙って泣いたりすると、まわりが全部用意してくれたりしちゃう」(下線. 部 25)と D 先生が語っているように、泣くと誰かが助けてくれ、解決する場面が見受. けられた。事例 3 でも、「A の隣空いてるなら、S2 が前につめればいいじゃん」(下線. 部 15)と A 児の様子を見た近くの児童が解決している。. 家庭で大人に泣くという行動で頼ってきた場合、児童にとっては教員も大人である. ために、泣くという行動が起きやすい可能性がある。さらに、大人だけではなく、他. の児童に対しても、泣いた経験から助けてもらえると学んだのではないかと考える。. したがって、周囲との関わりから学習した行動ではないかと推察された。. 次に、事例 1 の泣いた後の行動に注目する。筆者が「A さん、教室に帰ったら、一. 緒に本探そうか。大丈夫だよ。また今度借りようね」(下線部 4)と声をかけたところ、. A 児は泣きながらも頷く(下線部 5)行動が見られた。その後、借りたかった本を元. の本棚に戻しに行ったことから、筆者が説明した状況を納得したようだった。A 児は、. C 先生の「ないなら、貸せません」(下線部 3)という言葉から、前に借りた本を見つ. け、返すことができれば今度借りられるという状況を把握できなかったのかもしれな. い。また、目の前の本が借りられないという状況に注目してしまい、どうしたら次は. 借りられるのか、論理的に考えられなかった可能性もある。 . C 先生が「周りが見えてなかったり、やっぱり幼いかなと思いますね」(201Y 年 2. 月)と語っていたことからも、A 児は普段から周囲を見て状況を把握することに難し. さがあったのかもしれない。状況の把握が難しい場合や論理的に状況を判断できない. 場合は、次にどのようにすれば自分の今の状況を打開できるのかまで考えられないだ. ろう。そのために、目の前の状態に大きく左右され、泣くという行動が起きるのでは. ないかと考える。. さらに、事例 2 では、他児から強い口調で注意を受けたという他児とのやり取りで、. 「あ~あ」(下線部 7)としか言うことができず、涙を浮かべ地団太を踏んだ場面があ. った。事例 3 でも、「なんで(ここに)いるの」(下線部 10)「A の隣は?」(下線部 11). と問われた際に、「並んでる」(下線部 12)としか返答していない。その上「隣いない. じゃん。(一番)後ろ行って!」(下線部 13)と言われ、涙を浮かべながら再び「並んで. る」(下線部 14)と答えた場面もあった。小学 2 年生では、他児に強く言われる場面. があったものの、泣くという行動は起きなかった。A 児がどのように変化したため、. 泣くという行動が起きなくなったのだろうか。. A 児は二重下線部 1 のように「何が?」と日本語で聞き返すことができるようにな. っている。聞き返すというストラテジーを身につけることで、一方的に言われること. 66. 【データⅠ-7】201Y 年 11 月 14 日 4 時間目 体育. 教室で背の順に並び、体育館に移動する。. A-1:背の順で一番後ろに並ぶために、移動する。(移動する最中のため、A の位置ではな. い。). S6-1:「A、並ぶのできないの?」 . A-2:「何が?1」 自分の場所まで移動する。. 201Y 年 11 月 14 日 朝の会. 漢字ワークを教室後方の備え付けの棚に戻す。. A-1:列に並ぶ。. S11-1:A に近づく。「しっし。」左手を払う素振りをする。. A-2:「いやー。」. S11-2:左手を払う素振りをする。. A-3:「先生に言うよ 2。」. ワークを置いた後、筆者のもとへ来る。「先生、S11 がしっしって 3。」 . 筆者:「え?そうなの?」. A-4:「うん。」担任の先生(T1)がいる前方へ向かう。. 「先生、さっき S11 がしっしって。」両手で払う素振りをする 4。. を避けられるようになったと考えられる。また、「先生に言うよ」(二重下線部 2)の. ように、言い返すことができるようになった。「先生、S11 がしっしって」(二重下線. 部 3)や「先生、さっき S11 がしっしって」(二重下線部 4)と日本語で言いながらも、. 両手で払う素振りというボディランゲージを使用していた。担任教員へ状況を説明し、. 意志を伝えることができるようになったと見られる。そのため、他児から強く言われ. たり、嫌なことがあったりしても、泣くという行動が起きなくなったのではないかと. 推論する。. 【データⅡ-4】D 先生インタビュー(201Y 年 3 月). D:「日常会話は、うん、少しできるようになってきたけど。(略)聞くことはできるんですよ。. でも、自分から(言葉を)発するって。それがないから、言葉が伸びないんです 28。」. A 児の 1 年時では、D 先生は普段の様子から「聞くことはできるんですよ。でも、. 自分から(言葉を)発するって。それがないから、言葉が伸びないんです」(下線部. 28)と A 児の発話がないことを指摘していた。では、事例 2 の「A やめて!」(下線部. 6)と周囲の児童から強い口調に対し、A 児は「あ~あ」(下線部 7)という言語表出. 67. のみであった場面で、A 児は本当は何を言いたかったのだろうか。. A 児は「読み聞かせが始まると、顔と体を中心に向け、乗り出すように絵本を見る。. 後方へ移動し、立ち上がって絵本を見る」(下線部 8)のように、絵本を見るため顔や. 体を乗り出していた。その後、空いている後方へ移動し立って絵本を見ていたことか. ら、A 児は絵本自体を見たかった、絵本がよく見える席に座りたかったと考えられる。. 普段絵本を読んでいる際も、A 児は絵だけを見ており、文章は読まずに次々とページ. をめくっていた。この時 A 児は小学 1 年生の 1 月であったが、A 児の日本語能力では. 絵本のひらがなを読み理解するということが難しいために、絵を見て楽しんでいるの. ではないかと考える。読み聞かせであっても、A 児が聞き取りからだけでは絵本の内. 容を理解しきれないため、A 児は絵を見たかったのではないか。もし、A 児が割り込. む前に「ここに座りたいから、ずれて」「入らせて」ということが言えたならば、他児. から「A やめて!」(下線部)と言われなかったかもしれない。また、「あ~あ」(下線. 部 7)ではなく、「絵が見えないとわからないから、前に座りたい」と周囲の児童に伝. えられたならば、涙を浮かべ、地団太を踏むという行動につながらなかったとも推測. される。相手にお願いをするストラテジーや、自分の立場を伝えるというストラテジ. ー、及びそれらを遂行するために必要な日本語能力があれば、泣くという行動には行. きつかなった可能性がある。. 事例 1 においても、借りた本が「ない」(下線部 2)としか答えられていないが、A. 児は図書室に来る前にロッカーに借りた本がないか、自分で探していたため、「ちゃん. と探したけど、なかった」と言いたかったとも考えられる。また、C 先生が「ないな. ら、貸せません。ちゃんと探して」(下線部 1)と言ったことに対して A 児は返答せず、. 泣き始めた。列から外れた後も A 児はすぐに泣き止まなかったことから、A 児がその. 本を借りたい気持ちが大変強かったのではないかと推測される。そのため、「すごく借. りたい」「どうしても借りたい」と言いたかったにも関わらず言えなかったことにより、. 泣くという行動が起こった可能性もある。他の時間でも「~たい」という希望・願望. の表現の使用がなかったことから、希望・願望の表現を知らなかったり、「借りる」と. いう語彙が未習得であったりしたために言えなかったのでないかと考えられる。. 事例 3 でも、他の児童は「なんで(ここに)いるの」(下線部 10)と A 児の横入り. を疑い、なぜここにいるのか理由を聞いていた。「A の隣は?」(下線部 11)という質. 問では、2 列という C 先生の指示に対し、A 児の隣に児童がいないことを疑問視し、A. の隣に人がいるのかいないのか質問している。しかし、A 児は「並んでる」(下線部. 12、14)と並んでいたことを繰り返し訴えるだけであり、やり取りとして成り立って. いない。しかし、A 児も「並んでる」以外にも、自分の状況を伝えたかった可能性が. ある。「隣空いているから、隣来て。前につめて来て」といった提案をしたかったのか. もしれない。自分の言いたいことを言えるほど、日本語でのストラテジーと日本語能. 68. 【データⅠ-8】A 児 1 年生 201X 年 12 月 14 日 1・2 時間目:幼稚園に行く. 「上履きを持っていく~【略】」や幼稚園で「上履きを履く」という C 先生からの説明を. 理解できておらず、上履きを持たずに外に出ようとした 29。A さんをずっと見ていたため、. 「A さん、上靴。あ、ちがった上履き持って」と声をかけたが、頭をかしげた 30。「A さん、. もう一回玄関行くよ。こっち来て」と A さんを呼び、上履きを指さして、「これ、バック. にいれて」とバックを指さして伝えたところ、そのようにした。持っていく、履くという. 動詞がわからないようで、指示が聞き取れていない。. 力を持ち合わせていないことにより、言えないという状況が起きていたと考えること. ができる。. 4.2.2 「並べない」行動の背景要因の考察. 事例 4 は、1 度目の教員からの指示では背の順に並べなかったものの、他児から「背. の順だよ」(下線部 17)や「A、背の順」(下線部 18)と言われたことで背の順に並ぶ. ことができた場面であった。他児からの指摘によって、A 児の背の順の位置である一. 番後ろに並び変えることができたため、「履き終わったら、背の順で 2 列」(下線部 16). という C 先生からの指示を聞き取れないことから、並べなかったのではないかと考え. られた。. 指示を聞き取れなかった理由としては、A 児が「履く」という言葉を知らない可能. 性があることが 1 つ上げられる。. データⅠ-8 の下線部 29 のように上履きを持つことや、上履きを持って行って移動先. で履くことを聞き取れていなかったためである「『A さん、上靴。あ、ちがった上履き. 持って』と声をかけたが、頭をかしげた」(下線部 30)のように A 児は、上履きとい. う言葉ですら知らないようであった。事例 4 の「履き終わったら、背の順で 2 列」(下. 線部 16)という指示に注目すると、「履く」という語が使用されているため、理解で. きなかった可能性がある。また、靴を履き替えながら先生の指示を聞くという同時に. 2 つの作業をすること、同時的な情報の処理が難しい可能性も指摘できるのではない. だろうか。2 つのことを同時にやるためには、注意を分散させなければならない。 . ほかに考えられる可能性としては事例 3 では、C 先生の「2 列で並んで。2 列」(下. 線部 9)という指示のもと、本を片付けてきた順に 2 列に並ぶ場面で、並ぶことがで. きなかった。事例 4 でも、1 度目の C 先生の指示で背の順で並ぶことができなかった。. 事例 5 においては、「男女別に、名前順に 1 列」(下線部 20)という担任の先生からの. 指示で、名前順に並ぶことができなかった。この 3 つの事例では、指示されている並. び方が異なる。日本の公立小学校には、「整列」または「並ぶ」という指示の際に大き. く 3 種類の並び方がある。背の順、出席番号順(名前順)、そして早い者順である。A. 69. 図2 事例 5 の名前順での並ぶ様子. 児は 3 種類の並び方があることを理解していたのだろうか。 . 事例 4 や事例 6 において、A 児は最終的に背の順に並ぶことができていたため、筆. 者は A 児が「背の順」のルールを理解し、並んでいると認識していた。しかし、事例. 5 では「男女別に、名前順に 1 列」(下線部 28)という指示に対しても、背の順の位置. である一番後ろに並んでしまった。A 児は並び方の違いを意識できていない可能性が. ある。「背の順」という指示で背の順の場所に行くのではなく、「並ぶときに何か ... 言わ. れたら一番後ろに行けばよい」と考えている可能性も否定できない。そのため、何か. を基準に並び方が変わるということにすら、気付けていないのかもしれない。また、. 「背の順」という言葉は、身長が低い児童から高い児童への順を指すが、A 児は「後. ろに行く」という意味を示す言葉だと考えている可能性も考えられるのではないだろ. うか。. 次に、各事例の状況について着目すると、事例 3 ではすでに列ができている状況で、. 列の切れ目に入り込み、並んだ。周囲をよく見ていれば、すでに列ができていること. に気付くことができた可能性がある。事例 5 は A 児が 2 年時であるが、その年も背の. 順の並び順は列の一番後ろであった。図 2 で示すように A 児の背の順の位置は 1 列の. 一番後ろだが、名前順で並ぶときは 1. の列は女児の列であり、A 児の前は. 全て女児であった。だが、「A、なん. でここにいるの?」(下線部)と A 児. の前の女児 S4 が聞くまでは、自分の. 位置がおかしいことにすら気づいて. いないようだった。. . 【データⅡ-5】C 先生へのインタビュー(201Y 年 2 月). C:「やっぱり A、並ぶ時とかお友達と遊びにっていう…。並んだらどっか行ったりするし、図. 書館行ったりとか、音楽で行ったりするから楽しくなっちゃうのもあるかなって思うんです 31。. けど、だとしても、ただ結局それがこれだけ(入学から)時間が経っても、まだそうじゃない. んだなって思えない、思ってないっていうところがやっぱりこれ幼いかなって 32」. また、事例 6 においても、移動教室の際に背の順で並ぶ状況で、周囲の児童と触り. あったり、追いかけっこをしたりしてしまった。C 先生は「並ぶ時とかお友達と遊び. にっていう…。並んだらどっか行ったりするし、図書館行ったりとか、音楽で行った. りするから楽しくなっちゃうのもあるかなって思うんです」(下線部 31)と、A 児が. 並ぶときはどこかに遊びに行くときだと考えているのではないかと指摘していた。さ. らに、C 先生は「これだけ(入学から)時間が経っても、まだそうじゃないんだなっ. 1. 70. て思えない、思ってないっていうところがやっぱりこれ幼いかなって」(下線部 32). とも述べており、入学から 11 か月間経った時点でも、遊ぶときではないと理解できて. いない部分について問題視していた。A 児は周囲の状況に注意を向け、自分の位置を. 判断したり、その場を理解したりすることが難しいのではないかと考えられる。 . さらに、事例 6 では A 児一人ではなく、他の児童も A 児と共にふざける行動が見ら. れた。しかし、遊んでいた児童の中で A 児一人だけを「A!」(下線部 24)と名指しで、. 数人の児童が同時に注意していた。S6 や S9 は日頃から A 児の行動を厳しく注意して. いた。S9 は A 児とは離れた場所に並んでおり、前を向いて並ぶべきところをわざわざ. 後方の A 児を見て注意していた。特に S6 は授業中 A 児が何もしていないのにも関わ. らず「人の(ノートを)見んな!A、見ないで」と行動を注意したり、A 児が配布物を. 配る際に友達の漢字の名前が読めなかった際には「読めないなら、配るなよ!」と理不. 尽に言ったりする場合もあった。後者の行動には、その場で担任の教員が注意をして. いたが、筆者が観察中、毎時間のように A 児に対し注意していた。D 先生も「S6 がク. ラスで一番キツイ。言い方がね…」(201Y 年 11 月 14 日)と語っている。では、なぜ. A 児に対して学級の児童が厳しく接するのだろうか。. 1 年時、学級の児童は A 児があまり日本語をわからないと考え、「ダメ」「やめて」. という短い言葉で注意をし、手でバツとジェスチャーをして A 児に注意をしていた。. 時には A 児をやめさせようと腕を強くつかんだりする場面も見られた。また、2 年生. になってからは、「A がね、鼻水よくでるんだけど、ハンカチでかむんだよね。ハンカ. チもティッシュも持ってない時とかは、袖でうわーって(両袖で鼻を拭くジェスチャ. ー)やるから、(他の児童が)汚いって。あと、鼻かんだティッシュもすぐ捨てないか. らさ、(他の児童が)汚いって…」(201Y 年 12 月 11 日)と D 先生が語っている。A. 児の清潔感への無頓着さも学級の児童が A 児へ厳しくなる理由ではないかと、D 先生. は A 児の学級内での友人関係も心配していた。日本の公立学校では低学年の間、ティ. ッシュとハンカチを毎日持参し、ポケットに常備することが求められる。中国では小. 学生はティッシュだけを持ち歩くそう8だが、A 児はいつもハンカチしか持っておらず、. 家庭はハンカチも必要な日本に合わせようとしていたのかもしれない。 . 5.総合的考察. 上記で考察したことをもとに、A 児の行動面での困難に対し、背景要因として考え. られることをあげる。事例 1 から事例 3 を用いて、A 児の泣くという行動について分. 析を行った。事例 1 から事例 3 をはじめ、A 児の「泣く」行動の変化について表 1 に. 示した。. 8 中国で高校教員をしている中国人と小学校に子どもがいる中国人の 2 名に調査した。. 71. 表1 A 児の泣くという行動の変化. 小学 1 年生 小学 2 年生. 11 月 12 月. 201Y 年. 1 月 2 月. 放課後宿題支援. (4月から 9月). 10. 月. 11. 月. 泣. く なし9. 事例 1. 借りたい. 本を借り. られない。. 事例 2 涙を浮かべ、. 地団駄を踏む。. 事例 3 涙を浮かべ、. 「並んでる」と言う。. 友達に注. 意され、. 涙を浮か. べる。. なし. 事例 1 では自分の希望に沿わない状況において、大人である教員に対し泣くという. 行動が見られた。A 児の育ってきた家庭環境により、泣くことで自分の望み通りに大. 人が動いてくれることを経験したことによるものであると考えられた。泣くと望み通. りにいったため、その結果泣くという行動が強化10されてきたのだろう。また、事例 2. のように学級でも他の児童に対して、同様に泣くことで自分の望むように誰かが動い. てくれる経験から、泣くという行動が結びつきやすくなっているようであった。した. がって、A 児の泣くという行動の要因の一部として家庭環境と、学級内の環境が推察. された。次に、事例 1 では状況が把握できず論理的に考えられないため、次の行動の. 見通しがつかない時に、泣くという行動が起こった。周囲に注意を向けたり、日本語. で文脈を読み取ったり、ものごとを順序立てて考えたりすることに難しさがあるため、. 状況を読み取ることができない可能性がある。発達や日本語能力がここでの背景要因. であると考えることができる。最後に、自分の言いたいことが言えないという状況で、. 泣くという行動が事例 1、事例 2、事例 3 の全てで見られた。自分が言いたいことが言. えないのは、語彙がないとともに日本語で相手に依頼や、状況説明、願望をいうスト. ラテジーがないことに起因すると考えられる。2 年生での事例であるデータⅠ-7 で見ら. れるように、他児に何か強く言われても、日本語で相手に聞き返すことができるよう. になっている。また、嫌なことをされても状況説明ができるようになっていた。した. がって表 1 のように、A 児が泣くという行動が 2 年生になり減ったことは、聞き返し. や状況説明という日本語でのストラテジーを身につけたことに影響されたと推論する。. 以上より、A 児の泣くという行動の背景要因として、発達、日本語、家庭環境、学. 9 筆者が参与観察を行った場面では、泣くという行動が見られなかった。児童が自身の机 . と椅子の場所で授業を聞き、板書をするといった一斉授業の形態が多かったためである . と考える。 10 「1.ある行動が生起し、2.即時の結果事象が後続し、3.その結果、その行動が強められ . る(その人が将来再びその行動をしやすくなる)」(レイモンド, 2006: 59)ことである。. 72. 級環境11の 4 点と判断することができる。この 4 つの背景要因を図 3 に示した。. 図3 A 児の「泣く」行動の背景要因. 次に「並べない」行動の背景要因について、事例 3 から事例 6 を用いて考察をまと. める。事例 4 では、教員の 1 度の指示では指示通りの背の順に並べず、A 児は教員の. 指示中の語彙を知らないことや、何かをしながら聞くという注意を分散して 2 つの動. 作を 1 度にすることが難しかった可能性がある。そのため、指示を聞き取り理解する. ことができなかったのではないか。したがって、日本語能力や発達が背景要因となり、. 1 度の指示で指示通りに並べなかったのではないかと推察できる。. 事例 5 では背の順である一番後ろの位置に並んでしまい、指事通りに名前順で並ぶ. ことができなかった。事例 4 においては、他児からの「背の順」という指示で A 児の. 背の順番である一番後ろに並べた。しかし、事例 5 を見る限り A 児が「背の順」とい. う並ぶルールを意識し、その意味を理解しているとは考えにくかった。A 児は、背の. 順、名前順、早い者順というルールを理解していない可能性が高い。ここから、背景. 要因として学校文化と日本語能力が考えられる。. また、事例 5 では男女別に名前順で 2 列(各 1 列)で並ぶところ、いつも男女混合. で 2 列の背の順の場所に並んでしまったため、A 児の前は全員女児であった。しかし、. A 児は自分が違うところに並んでいると周囲を見て気づくことができなかった。事例. 3 でも早い者順で、すでにできている列の隙間に入り込んでしまったが、周囲に列が. できていることに気づけていないようだった。A 児は、周囲に注意を向けられていな. い可能性がある。事例 6 においても、背の順で並んではいるものの、周囲の児童とち. ょっかいを出し合い、最後までやめることができなかった。ここでも周囲の状況を把. 握し、自身がすべき行動を考えることが難しい様子が見られた。これには、A 児の発. 達が要因として推論される。. 11 図 1 の段階では観点⑥を環境としていたが、事例の考察から環境は特に「学級環境」だ . と考えられる。. 73. そして、事例 6 ではちょっかいを出し合っている状況で、A 児だけが他児から強い. 口調で言われている。A 児があまり日本語ができないことや、ティッシュを持たずハ. ンカチや袖で鼻水をかむなどの清潔面での無頓着さから、学級の児童が A 児に強い態. 度をとるという学級環境が生まれている可能性があった。A 児が注意を受ける背景に. 学級環境があり、その背景要因として日本語能力の未熟さと日本の学校文化への適応. 不足が考えられる。したがって、A 児の並べないという行動は、発達、日本語、文化、. 学級の環境が背景要因と推論できる。この背景要因を、図 4 で示す。. 図4 A 児の「並べない」行動の背景要因. 「泣く」、「並べない」行動の背景要因として、発達、日本語、学級環境が共通に見. られた。どちらの行動とも、教員は A 児の「幼さ」すなわち発達の遅れの可能性を指. 摘したが、本稿での分析の結果、決してそれだけが背景要因とは言えない可能性があ. る。確かに発達に起因することとして、A 児が周囲に注意を配り、状況を把握できな. いことが背景要因となり、「並ぶ」「並べない」行動が起きていた。しかし、それだけ. で単なる「幼い」という精神的な発達の未熟さを指摘することは危険ではないだろう. か。また、A 児の日本語での発話が増え、日本語でのストラテジーを身につけたこと. で、「泣く」という行動が減ったように、日本語能力が行動の変化を及ぼすことが見ら. れた。これより、外国人児童の背景要因を探るには長期的にデータ収集を行ない、そ. れらを多角的に考察することを繰り返していく必要性が調査から明らかになった。. 背景要因は 1 つの事例に対し、2 つ以上該当する場合が多い。これが、先行研究で. も述べられていたような「外国人児童の困難の背景要因の見極めにくさ」を引き起こ. しているのではないだろうか。しかし、今回の結果をもとに、ある行動に対し 1 つの. 要因があると考えるのではなく、2 つ以上の要因を持つと考え、要因に対応した支援. を組み合わせて行っていくべきだとも考えられる。. 74. 6.まとめと今後の課題. 本稿では、外国人児童の行動面での適応における困難は、複数の背景要因から起こ. るという仮定から、各行動の背景となる要因を検討した。「泣く」「並べない」という. 行動は、一見「幼さ」という A 児の発達に起因すると見られがちであったが、発達だ. けではなく、複数の要因が絡み合っていることが示唆された。「泣く」という行動の. 背景要因としては、発達、日本語、家庭環境、学級環境の 4 つが見られた。また、「並. べない」という行動についても、発達、日本語、文化、学級環境が背景要因と考察さ. れた。1 つの行動に対しても、事例により考えられる背景要因が異なり、2 つ以上の要. 因が該当していた。これが、外国人児童の背景要因の見極めにくさに繋がっていると. 考えられる。したがって、行動面で困難がある外国人児童へは、複数の要因を考え、. 要因に対応する多様な支援を行う必要性が指摘できると考える。また、発達に起因す. るかどうかは児童に合った多様な支援を試みた後に、見極めることもできるのではな. いだろうか。. 今後は、本稿で可能性として明らかになった背景の要因に対して、具体的にどのよ. うな支援を行っていくのかを探っていきたい。A 児の在籍学級で行えること、また国. 際教室で可能な支援方法はそれぞれ異なると考えられる。特に、行動と日本語のスト. ラテジーは深く関わっており、どのように日本語でのストラテジーを身につけさせて. いくのか、日本語教育の知見を活かすことは有効であろう。本稿は、縦断的に A児の. 学校生活に密着しながら考察し、外国人児童への教育の一知見となるものを提供でき. た。しかし、A 児 1 名を対象にした調査であり、研究結果を一般化することはできな. い。ゆえに、同様の調査を引き続き行なっていき、各結果を比較していく必要がある. と考えている. 〈付記〉. 本稿は、2019 年度横浜国立大学大学院教育学研究科の修士論文「外国につながる児童の行動. 面での適応における困難と支援の可能性―背景となる要因の探究と対応のあり方―」の一部を. 加筆し、まとめたものである。. 〈謝辞〉. 本稿執筆にあたり、横浜国立大学大学院の橋本ゆかり先生、そして査読者の皆様から貴重な. 御助言をいただきました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。. 〈参考文献〉. 飯高京子(2010)「日系移住労働者子女の日本語習得と言語・コミュニケーションの支援」『日. 75. 本語教育』, 146,4-17.. 近田由紀子(2014)「外国人の子どもの学習/行動困難に影響を及ぼす要因の探索」『コミュニケ. ーション障害学』, 31(3),186-186.. 都築繁幸(2012)「発達障害を伴う外国人児童生徒の問題行動への対応」『教育と医学』, 60(5),. 408-416.. 都築繁幸・森川貴章・金子誠・中山修平・川上智宏(2010)「発達障害が疑われる外国人児童. への学習支援の在り方に関する事例的考察」『障害者教育・福祉学研究』, 6,69-75.. 黒葛原由真・都築繁幸(2011)「外国人 ADHD 児の学習行動に関する分析」『障害者教育・福. 祉学研究』, 7,59-73.. 仲律子・キャリプ.マリシェル.チャベス(2015)「フィリピンにつながるこどもの発達障害支援. のツール①―精神科での予診に使用する調査票を中心として―」『鈴鹿大学紀要. CAMPANA』, 22,169-198.. 長澤正樹(2005)「指導の基本」長澤正樹・関戸英紀・松岡勝彦(編)『こうすればできる:問. 題行動対応マニュアル』,川島書店,58-62.. 橋本ゆかり(2016)「タスク 19 学習者の心理について考えよう」『教えよう日本語―考え続け. る日本語教師になるためのタスク―』,凡人社,40-41,148-149.. 南野奈津子(2017)「特別な支援を要する幼児・児童の多様性と支援―外国人障害児に関する. 考察―」『ライフデザイン学研究 = Journal of human life design』, 13,337-347.. 箕浦康子(1999a)「フィールドワークと解釈的アプローチ」箕浦康子(編)『フィールドワー. クの技法と実際―マイクロ・エスノグラフィー入門―』第Ⅰ部第 1 章,ミネルヴァ書房,. 2-20.. 箕浦康子(1999b)「フィールドワークの基礎的スキル」箕浦康子(編)『フィールドワークの. 技法と実際―マイクロ・エスノグラフィー入門―』第Ⅰ部第 2 章,ミネルヴァ書房,21-40.. 箕浦康子(1999c)「フィールドワーク後期」箕浦康子(編)『フィールドワークの技法と実際. ―マイクロ・エスノグラフィー入門―』第Ⅰ部第 4 章,ミネルヴァ書房,56-70.. 文部科学省(2019)「『日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成 30 年度)』. の結果について」<https://www.mext.go.jp/content/1421569_002.pdf>(2020 年 1 月 18 日閲覧). 山本淳一(2005)「個人と環境の相互作用を見る」山本淳一・池田聡子(編著)『応用行動分析. で特別支援教育が変わる-子どもへの指導方略を見つける方程式』第 1 章第 2 節,図書文. 化社,22-40.. レイモンド.G.ミルテンバーガー(2001)大西幸二(訳)(2006)「強化」『行動変容法入門』第. Ⅱ部第 4 章,二瓶社,57-78.. Spradley, J.P.(1980)Participant Observation.NY: Holt,Rinehart and winston.. ほんまあすか(ノヴォシビルスク国立工科大学 日露青年交流センター派遣 日本語教師). 76

参照

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