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日本佛教學會年報 第78号 005吉田 道興「道元禅師における仏弟子観」

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Academic year: 2021

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 八 九

︵ 愛 知 学 院 大 学 ︶ は   じ   め   に   道 元 禅 師 ︵ 以 下 、 道 元 ︶ の 代 表 的 述 書 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ や ﹃ 永 平 広 録 ﹄ に は 、﹁ 仏 弟 子 ﹂﹁ 仏 子 ﹂ な ど の 一 般 的 用 語 の 他 に ﹁ 嗣 法 ﹂﹁ 伝 法 ﹂ な ど の 禅 門 用 語 中 に ﹁ 仏 嗣 ﹂﹁ 正 嫡 ﹂﹁ 令 嗣 ﹂ の 語 句 が あ る 。︻ 以 下 、﹃ 眼 蔵 ﹄ と ﹃ 広 録 ﹄ の 引 用 は 、 春 秋 社 ﹃ 道 元 禅 師 全 集 ﹄ の 第 一 巻 ︵ 眼 蔵   上 ︶・ 二 巻 ︵ 眼 蔵   下 ︶、 第 三 巻 ︵ 広 録   上 ︶・ 四 巻 ︵ 広 録   下 ︶ を 用 い 、﹃ 眼 蔵 ﹄ は 巻 名 、﹃ 広 録 ﹄ は ﹁ 上 堂 語 ﹂ の 編 集 番 号 を 記 す 。︼   道 元 は 、 釈 尊 に 向 か い 深 い 尊 敬 と 親 し み を 込 め 中 国 風 に ﹁ 釈 老 子 ﹂ や 時 に ﹁ 我 が 本 師 釈 牟 尼 仏 大 和 尚 ﹂﹁ 我 が 如 来 ﹂﹁ 慈 父 大 師 ﹂﹁ 釈 慈 父 ﹂、 釈 尊 の 道 俗 の 心 を 取 り 込 む す ぐ れ た 教 育 指 導 法 を 讃 嘆 し 、 禅 家 流 の 逆 説 的 表 現 で ﹁ 瞿 曇 の 老 賊 ﹂ 等 と 称 し て い る 。 ま た 道 元 は 、 古 来 の ﹁ 仏 祖 ﹂ は ﹁ 仏 法 ﹂ を 会 得 し 、﹁ 神 通 ﹂ を 保 持 し て い る と の 前 提 の も と 、 禅 宗 の 法 系 に 属 す る 祖 師 た ち を 一 般 的 尊 称 の ﹁ 仏 仏 祖 祖 ﹂ の 他 、 個 々 の 優 れ た 禅 者 を ﹁ 先 仏 ﹂﹁ 古 仏 ﹂ 等 と 称 す る 。   さ ら に 釈 尊 を 嗣 法 ・ 伝 法 の 上 で ﹁ 仏 祖 ︵ 過 去 七 仏 の 一 人 ︶﹂ の ト ッ プ な い し 中 央 に 位 置 づ け 、 さ ら に 祖 師 と 釈 尊 を 仏 道 上 、 同 時 ・ 同 参 で あ る と 意 味 づ け る 。 た と え ば 唐 代 の 禅 僧 玄 沙 師 備 は 修 行 僧 に ﹁ 我 は 釈 老 子 と 同 参 ﹂ と 示 し 、 彼

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 〇 と 釈 尊 が 同 等 で あ る と す る も の で あ り 、 こ れ は 後 に 述 べ る よ う に 、 道 元 自 身 も 同 様 な 捉 え 方 を し て い る 。 1 、 仏 弟 子 ・ 仏 子 、 仏 嗣 ・ 正 嫡 ・ 令 嗣 ︻﹁ 声 聞 ﹂・ ﹁ 羅 漢 ﹂ は 除 く ︼ 1 — 1 、 一 般 的 ﹁ 仏 弟 子 ﹂ の 意 味   ① 釈 尊 の 弟 子 、 ② 仏 教 徒 、 ③ 三 宝 に 帰 依 し た 人 。 1 — 2 、﹁ 仏 道 を あ き ら め ざ れ ば 仏 嗣 に あ ら ず 。 仏 嗣 と い ふ は 仏 子 と い ふ こ と な り 。︵ 中 略 ︶。 こ の 諸 仏 に 奉 勤 し て 仏 嗣 し 成 就 せ ん 、 す な わ ち 仏 仏 の 仏 道 に て あ る べ し ﹂ 嗣 書 。 1 — 3 、﹁ 予 道 元 、 こ れ を 見 し に 、 正 嫡 の 正 嫡 に 嗣 法 あ る こ と を 決 定 信 受 す ﹂ 嗣 書 。 1 — 4 、﹁ 正 嫡 わ づ か に 五 十 代 至 先 師 天 童 浄 和 尚 ﹂ 仏 性 。 2 、 釈 老 子 、 慈 父 大 師 釈 牟 尼 仏 、 釈 慈 父 、 我 が 本 師 釈 牟 尼 仏 大 和 尚 。︻ 親 ︵ 父 ︶ 子 関 係 ︼ 2 — 1 、﹁ し ば ら く と ふ 、 仙 人 た と ひ 釈 老 子 を み る と い ふ と も 、 見 仏 す や い ま だ し や と い ふ べ し ﹂ 神 通 。 2 — 2 、﹁ 釈 老 子 の 道 、 し か の ご と く の 小 量 な ら ず 、 し か の ご と く を 大 量 と せ ず 、 道 現 成 せ ず 、 少 林 ・ 曹 谿 に き こ え ず ﹂ 仏 道 。 2 — 3 、﹁ ︿ 玄 沙 師 備 の 語 ・ 会 要 23玄 沙 章 ﹀ 玄 沙 示 衆 云 、 我 釈 老 子 同 参 ︵ 中 略 ︶ 釈 老 子 は 玄 沙 老 漢 と 同 参 す る ゆ ゑ に 古 仏 な り 、 玄 沙 老 漢 は 釈 老 子 と 同 参 な る ゆ ゑ に 児 孫 な り ﹂ 徧 参 。 2 — 4 、﹁ 慈 父 大 師 釈 牟 尼 仏 、 十 九 歳 の 仏 寿 よ り 、 深 山 に 行 持 し て 、 三 十 歳 の 仏 寿 に い た り て 、 大 地 有 情 同 時 成 0 0 0 道 0 の 行 持 あ り ﹂ 行 持 。﹁ 同 時 成 道 ﹂ の 語 句 に 留 意 。

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 一 2 — 5 、﹁ 釈 大 師 道 く 、 今 こ の 三 界 は 、 み な こ れ 我 が 有 な り 。 そ の 中 の 衆 生 は 悉 く 吾 が 子 な り ︵ 中 略 ︶ か く の ご と く 吾 子 子 吾 、 こ と ご と く 釈 慈 父 の 令 嗣 な り ﹂ 三 界 唯 心 。 2 — 6 、﹁ 二 月 十 五 日 の 上 堂 。 今 、 我 が 本 師 釈 牟 尼 仏 大 和 尚 、 鳩 尸 那 城 跋 提 河 の 沙 羅 林 に 般 涅 槃 し た ま う ﹂ 広 録 一 四 六 。 2 — 7 、﹁ 四 月 八 日 浴 仏 上 堂 。 云 く 。 我 が 本 師 釈 牟 尼 仏 大 和 尚 、 三 千 年 の 前 の 今 朝 、 浄 飯 王 宮 毘 藍 園 裏 に 現 生 し 降 誕 し た ま う ﹂ 広 録 一 五 五 。 2 — 8 、﹁ 上 堂 。 我 が 本 師 釈 牟 尼 仏 大 和 尚 、 先 世 に 瓦 師 と 作 る ﹂ 広 録 八 二 。 3 、 瞿 曇 の 老 賊   後 掲 ﹃ 永 平 広 録 ﹄ 第 三 ︵ 二 一 三 上 堂 ︶ に ﹁ 瞿 曇 老 賊 ﹂ の 用 法 あ り 3 — 1 、﹁ 臘 八 の 上 堂 。 云 く 。 瞿 曇 の 老 賊 、 魔 魅 に 入 る 。 人 天 を 脳 乱 し て 狼 藉 な る 時 。 眼 睛 を 打 失 し て 覓 む る に と こ ろ な し 。 梅 花 新 た に 発 く 旧 年 の 枝 ︵ 原 漢 文 、 以 下 同 ︶﹂ 広 録 — 二 一 三 。   参 考   ﹁ 瞿 曇 老 賊 口 親 、 驢 屎 相 兼 馬 屎 多 、 打 作 一 團 都 撥 轉 、 潑 天 臭 悪 悩 娑 婆 ﹂︵ ﹃ 如 浄 和 尚 語 録 ﹄ 巻 下 、 大 正 蔵 四 八 ・ 二 三 二 頁 。 偈 頌 ﹁ 幹 蔵 ﹂︶ 4 、 仏 祖 、 仏 仏 祖 祖 4 — 1 、﹁ 仏 法 を 会 し 神 通 を 得 る は 、 古 来 の 仏 祖 な り 。 仏 と な り 祖 と 作 る 。 容 易 な る こ と を 得 ず 。 た だ 神 通 を 得 る も の は 、 こ れ を 老 老 と 証 す 。 仏 法 を 会 す る も の は 、 こ れ を 大 大 と 称 す 。 大 を 会 し 老 を 得 る は 、 只 管 職 究 理 弁 道

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 二 に 由 る な り ﹂ 広 録 三 三 。 4 — 2 、﹁ ︵﹃ 禅 苑 清 規 ﹄ に 引 く ﹃ 梵 網 経 ﹄ の ﹁ 十 重 四 十 八 軽 戒 ﹂ の 信 順 に 対 し ︶ 仏 仏 祖 祖 、 正 伝 の 宗 旨 そ れ か く の ご と し ﹂ 洗 面 。 4 — 3 、﹁ 仏 仏 祖 祖 正 伝 の 衣 法 、 ま さ し く 震 旦 国 に 正 伝 す る こ と は 、 嵩 嶽 の 高 祖 ︵ 達 磨 ︶﹂ 袈 裟 功 徳 。 4 — 4 、﹁ 仏 仏 祖 祖 正 伝 し き た れ る 宗 旨 あ り 、 文 字 を か ぞ ふ る た ぐ ひ 、 覚 知 す べ か ら ず 、 測 量 す べ か ら ず ﹂ 伝 衣 。 4 — 5 、﹁ こ の 宗 旨 は 、 正 法 眼 蔵 あ き ら か に 正 伝 し き た り て 、 仏 仏 祖 祖 の 心 印 、 ま さ に 直 指 な る こ と 嫡 嫡 単 伝 せ る ﹂ 後 心 不 可 得 。 4 — 6 、﹁ ︵ 霊 山 会 上 の 釈 尊 と 摩 訶 葉 と の 面 授 嗣 法 を 挙 げ ︶ こ れ す な わ ち 仏 仏 祖 祖 、 面 授 正 法 眼 蔵 の 道 理 な り ﹂ 面 授 。 4 — 7 、﹁ ︵ 出 家 功 徳 の 結 語 に ︶ 仏 仏 祖 祖 正 伝 の 正 法 眼 蔵 涅 槃 妙 心 無 上 菩 提 な り ﹂ 出 家 功 徳 。 4 — 8 、﹁ い ま 仏 仏 祖 祖 正 伝 す る と こ ろ の 仏 戒 、 只 嵩 嶽 曩 祖 ま さ し く 伝 来 し 、 震 旦 五 伝 し て 曹 谿 高 祖 ︵ 慧 能 ︶ に い た れ り ﹂ 受 戒 。 4 — 9 、﹁ 単 伝 正 直 の 仏 法 は 最 上 の な か に 最 上 な り ﹂ 辨 道 話 。 5 、 過 去 の 諸 仏   過 去 七 仏 ・ 過 去 仏 ・ 過 去 諸 仏 ・ 諸 仏 如 来 。 5 — 1 、﹁ 出 家 受 具 は 過 去 諸 仏 の 法 な り ﹂ 出 家 功 徳 。 5 — 2 、﹁ 出 家 受 戒 は 諸 仏 如 来 の 親 受 記 な り ﹂ 同 上 。 cf.﹁ 世 尊 の 授 記 ﹂ 広 録 一 三 八 。

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 三 5 — 3 、﹁ 過 去 有 仏 の ゆ ゑ に 出 家 受 戒 の 功 徳 あ り ﹂ 同 右 6 、 古 仏 、 先 仏 ︵﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の み 、﹃ 永 平 広 録 ﹄ を 除 く ︶ 6 — 1 、﹁ 大 鑑 高 祖 ︵ 慧 能 ︶ よ の 人 こ れ を 古 仏 と い ふ ﹂ 古 鏡 。 6 — 2 、﹁ 宏 智 古 仏 を 古 仏 と 相 見 せ る ﹂ 王 索 仙 陀 婆 。 6 — 3 、﹁ 先 師 古 仏 ︵ 如 浄 ︶ よ り 前 後 に 、 先 師 古 仏 の ご と く な る 古 仏 な き が ゆ ゑ に ﹂ 梅 花 。 6 — 4 、﹁ 向 来 の 四 十 位 の 仏 祖 と も に こ れ 古 仏 な り ﹂ 古 仏 。 6 — 5 、﹁ 黄 檗 は こ れ 古 佛 な り ﹂ 面 授 。 6 — 6 、﹁ ︵ 慧 忠 ︶ 国 師 は こ れ 一 代 の 古 仏 な り ﹂ 陀 心 通 。 6 — 7 、﹁ た だ 吾 之 法 門 、 先 仏 伝 授 と 道 現 成 す 、 吾 之 禅 宗 先 仏 伝 受 と 道 現 成 な し ﹂・ ﹁ 先 仏 の 伝 受 な き や か ら 、 あ や ま り て い は く 、 仏 法 の な か に 五 宗 の 門 風 あ り と い ふ ﹂ 仏 道 。 7 、 先 師 = 天 童 如 浄 禅 師 ・ 先 師 古 仏 。︻ こ の 語 、 あ ま り に も 多 数 に つ き 、 以 下 ﹃ 眼 蔵 ﹄ 諸 巻 の 巻 目 を 列 挙 す ︼ ︵ 摩 訶 般 若 ・ 洗 浄 ・ 嗣 書 ・ 看 経 ・ 藤 ・ 仏 道 ・ 諸 法 実 相 ・ 仏 経 ・ 無 情 説 法 ・ 陀 羅 尼 ・ 洗 面 ・ 面 授 ・ 梅 花 ・ 十 方 ・ 見 仏 ・ 徧 参 ・ 眼 睛 ・ 家 常 ・ 優 曇 華 ・ 三 昧 王 三 昧 ・ 転 法 輪 ・ 虚 空 ・ 鉢 盂 ・ 安 居 ・ 王 索 仙 陀 婆 ・ 供 養 諸 仏 ・ 四 禅 比 丘 ︶   明 全 和 尚 = 仏 樹 和 尚 ・ 先 師 大 和 尚 ・ 仏 樹 先 師 。﹁ 先 師 全 和 尚 入 宋 せ ん と せ し 時 ﹂ 随 聞 記 、 広 録 四 三 五 ・ 五 〇 四

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 四 ︵ 文 例 略 ︶。   道 元 に よ れ ば 、﹁ 仏 弟 子 ﹂ と は 、 基 本 的 に ま ず 出 家 ・ 受 戒 ・ 剃 髪 ・ 染 衣 ︵ 青 ・ 黒 ・ 木 蘭 の 衣 を 着 る ︶ す る こ と 、 つ い で ﹁ 仏 経 ﹂ を 伝 持 し 、﹁ 仏 法 ﹂ を 習 い 、﹁ 仏 道 ﹂ を 明 ら め る 人 で あ る 。 そ の 際 、 師 資 相 承 の 伝 法 ・ 嗣 法 が ﹁ 面 授 ﹂ を 通 し 行 わ れ 、 仏 弟 子 の 標 識 と し て 重 視 さ れ る 十 八 種 物 の 受 持 、 特 に 象 徴 的 か つ 代 表 的 な 袈 裟 ・ 鉢 盂 が 伝 授 さ れ る ︵ 衣 鉢 を 継 ぐ ︶。 中 国 仏 教 ︵ 特 に 禅 宗 ︶ で は 、 い つ の 頃 か ら か ﹁ 嗣 書 ﹂ 等 が 加 わ り 、 道 元 及 び 日 本 曹 洞 宗 も そ れ を 伝 承 し て い る 。 8 、 出 家 、 受 戒 、 剃 髪 、 染 衣 8 — 1 、﹁ 仏 弟 子 と な る こ と か な ら ず 三 帰 に よ る ﹂ 帰 依 三 宝 巻 。 8 — 2 、﹁ 戒 を う け ざ れ ば 、 い ま だ 諸 仏 の 弟 子 に あ ら ず 、 祖 師 の 児 孫 に あ ら ざ る な り ﹂ 受 戒 。 8 — 3 、﹁ 剃 除 鬚 髪 し て 仏 弟 子 と 称 す る ﹂・ ﹁ 剃 髪 染 衣 す れ ば た と ひ 不 持 戒 な れ ど も 無 上 大 涅 槃 の 印 の た め に 印 せ ら る る な り ﹂ 袈 裟 功 徳 。 8 — 4 、﹁ 嫡 嫡 面 授 し て 仏 袈 裟 を 正 伝 せ る ﹂ 袈 裟 功 徳 。 8 — 5 、﹁ 剃 髪 染 衣 す な は ち 回 心 な り 明 心 な り ﹂・ ﹁ お ほ よ そ 袈 裟 は 仏 弟 子 の 標 識 な り ﹂ 身 心 学 道 。 8 — 6 、﹁ 仏 子 な に と し て か 仏 衣 を 著 せ ざ ら ん ﹂ 伝 衣 。 8 — 7 、﹁ 諸 仏 の み に 袈 裟 あ り 深 く 信 受 す べ し ﹂ 伝 衣 。 8 — 8 、﹁ 嚼 楊 枝 こ れ 諸 仏 菩 、 な ら び に 仏 弟 子 の か な ら ず 所 持 な り と い ふ こ と を 。﹂ 洗 面 。

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 五 8 — 9 、﹁ 仏 経 を 伝 持 し て 仏 子 な る べ し ﹂ 仏 経 。 8 — 10、﹁ た だ 仏 弟 子 は 仏 法 を な ら ふ べ し ﹂ 辨 道 話 。 8 — 11、﹁ 仏 道 を あ き ら め ざ れ ば 仏 嗣 に あ ら ず ﹂ 嗣 書 。 8 — 12、﹁ 梵 網 菩 戒 経 云 、 若 仏 子 、 常 応 二 時 頭 陀 、 冬 夏 坐 禅 結 夏 安 居 ︵ 中 略 ︶ 此 十 八 種 物 、 常 随 其 身 、 如 鳥 二 翼 ︵ 梵 網 菩 戒 経   巻 下 ︶ こ の 十 八 種 物 ひ と つ も 虧 闕 す べ か ら ず ﹂ 洗 面 。   ﹁ 仏 弟 子 ﹂ と は 、 上 記 の と お り 出 家 ・ 伝 戒 ・ 伝 法 ︵ 嗣 法 ︶ な ど の 威 儀 具 足 が 整 う こ と で あ る が 、 特 に 伝 法 ︵ 嗣 法 ︶ は 、 後 述 す る よ う に 凡 情 で は 測 り か ね る 師 匠 や 弟 子 の 上 下 の 枠 や 凡 夫 の 人 知 や 時 空 を 超 え る 事 象 で あ る 。 従 っ て そ れ ら を 表 現 す る 用 語 に は ﹁ 日 月 星 辰 を あ き ら め て 嗣 法 す ︵ 嗣 法 ︶﹂ ﹁ た と ひ 嗣 法 す べ く ば 、 無 量 劫 の の ち な り と も 嗣 法 す べ し ︵ 面 授 ︶﹂ ﹁ 諸 仏 如 来 の 親 受 記 ︵ 出 家 功 徳 ︶﹂ と も 述 べ ら れ る よ う に 、 そ の 師 資 関 係 は 現 在 の 時 処 を 離 れ 、 過 去 の 諸 仏 と 現 在 の 吾 人 に も 及 ぶ 密 接 不 離 の 関 係 を 指 す 。   さ ら に ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ や ﹃ 永 平 広 録 ﹄ の 叙 述 に は 、 道 元 自 身 が ﹁ 仏 弟 子 ﹂ と し て だ け で は な く ﹁ 仏 祖 ﹂ の ひ と り と し て 徐 々 に 自 覚 し て い っ た 過 程 が 判 明 す る 。 そ れ ら の 事 項 を 次 に 列 挙 し て い き た い 。 一 、 天 童 山 安 居 中 、 僧 堂 に て 隣 の 僧 た ち が ﹁ 搭 袈 裟 偈 ﹂ を 誦 唱 す る の に 感 涙 す   道 元 は 天 童 山 景 徳 寺 に 安 居 掛 搭 し た 当 初 、 僧 堂 に お い て 隣 単 の 僧 た ち が 開 静 時 に ﹁ 搭 袈 裟 偈 ﹂ を 誦 唱 す る の に 感 涙

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 六 し た 。 そ れ は 、 経 文 ﹁ 搭 袈 裟 偈 ﹂︹ 大 哉 解 脱 服 、 無 相 福 田 衣 、 披 奉 如 来 教 、 広 度 諸 衆 生 ︺ と 律 制 ︵ 威 儀 作 法 ︶ と の 合 致 で あ り 、 入 宋 し て 初 め て 体 験 で き た こ と に よ る 新 鮮 な 感 激 で あ っ た 。 そ れ が 後 に ﹁ 袈 裟 ﹂ の 威 儀 と 功 徳 を 示 す ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄﹁ 袈 裟 功 徳 ﹂ 巻 に 表 わ し 、 同 時 に 伝 衣 を 信 受 す る 喜 び の 中 で そ の 意 義 を 自 覚 的 に 体 験 し 、﹁ 伝 衣 ﹂ 巻 と し て 展 開 さ れ る 。   ﹁ 予 、 在 宋 の そ の か み 、 長 連 牀 に 功 夫 せ し と き 、 斉 肩 の 隣 単 を み る に 、 毎 暁 の 開 静 の と き 、 袈 裟 を さ さ げ て 頂 上 に 安 置 し 、 合 掌 恭 敬 し き 。 一 偈 を 黙 誦 す 。 と き に 予 、 未 曾 見 の お も ひ を な し 、 歓 喜 、 み に あ ま り 、 感 涙 、 ひ そ か に お ち て 襟 を う る ほ す 。 阿 含 経 を 被 閲 せ し と き 、 頂 戴 袈 裟 文 を 見 る と い へ ど も 、 不 分 暁 な り 。 い ま は 、 ま の あ た り に み る 。 ち な み に お も は く 、 あ は れ む べ し 、 郷 土 に あ り し に は 、 お し ふ る 師 匠 な し 、 か た る 善 友 に あ は ず 、 い く ば く か い た づ ら に す ぐ る 光 陰 を お し ま ざ る 、 か な し ま ざ ら め や は 。 い ま 、 こ れ を 見 聞 す 、 宿 善 喜 ぶ べ し 。 も し い た づ ら に 本 国 の 諸 寺 に 交 肩 せ ば 、 い か で か 、 ま さ し く 仏 衣 を 著 せ る 僧 宝 と 、 隣 肩 な る こ と を え ん 。 悲 喜 、 ひ と か た に あ ら ず 、 感 涙 千 万 行 。 と き に ひ そ か に 発 願 す 、 い か に し て か わ れ 不 肖 な り と い ふ と も 、 仏 法 の 正 嫡 を 正 伝 し て 、 郷 土 の 衆 生 を あ は れ む に 、 仏 仏 正 伝 の 衣 法 を 見 聞 せ し め ん 。﹂ 伝 衣 。 ︿ ほ と ん ど 同 じ 文 章 が ﹁ 袈 裟 功 徳 ﹂ 巻 に あ り ﹀   ﹁ 大 唐 よ り こ の か た 瞻 礼 せ る 緇 白 、 か な ら ず 信 法 の 大 機 な り 。 宿 善 の た す く る に あ ら ず よ り は 、 い か で か こ の 身 を も ち て 、 ま の あ た り 仏 仏 正 伝 の 仏 衣 を 瞻 礼 す る こ と あ ら ん 。 信 受 す る 皮 肉 得 髄 は よ ろ こ ぶ べ し 、 信 受 す る こ と あ た は ざ ら ん は 、 み づ か ら な り と い ふ と も 、 う ら む べ し 、 仏 種 子 に あ ら ざ る こ と を ﹂ 伝 衣 。   ち な み に 道 元 は 、 嘉 定 十 六 年 ︵ 一 二 二 三 ︶ 十 月 中 、 慶 元 府 ︵ 明 州 。 寧 波 ︶ に て 遭 遇 し た 高 麗 僧 二 人 が 、﹁ 袈 裟 な し 、

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 七 鉢 盂 な し 、 俗 人 の ご と し 。 比 丘 形 な り と い へ ど も 比 丘 法 な し ﹂︵ 袈 裟 功 徳 ・ 伝 衣 巻 の 末 尾 ︶ の 記 述 が あ り 、 表 面 的 に 比 丘 形 ︵ 僧 形 ︶ を 呈 し て い る が 実 質 的 に ﹁ 衣 鉢 ﹂ を 所 持 せ ず ﹁ 比 丘 法 ﹂ の な い 彼 ら を 批 判 し て い る の で あ る 。 二 、 宝 慶 元 年 よ り 二 年 頃 、 各 種 の ﹁ 嗣 書 ﹂ を 拝 閲 、 信 奉 を 深 め る   ﹁ 嗣 書 ﹂ と は 、 師 匠 が 弟 子 に 授 与 す る 釈 尊 と 直 結 す る 法 系 譜 の 証 書 で あ る が 、 河 村 孝 道 師 の 説 に よ れ ば ﹁ 仏 祖 の 命 脈 が 、 恰 も 藤 の 親 密 一 如 の 糸 線 に も 似 て 聊 か も 断 絶 す る こ と な く 、 仏 祖 た る 師 よ り 資 ︵ 弟 子 ︶ へ と 証 契 面 授 し 、 嗣 法 相 続 す る 〝 仏 嗣 仏 〟 の 明 証 が 〝 嗣 書 〟 で あ る ﹂︵ ﹃ 道 元 禅 師 全 集   第 一 巻 ﹄ 春 秋 社 。 四 二 三 頁 冠 注 ︶ と い う 。   ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄﹁ 嗣 書 ﹂ 巻 に よ れ ば 道 元 は 、 宝 慶 元 年 よ り 二 年 ︵ 一 二 二 四 ∼ 二 五 ︶ の 頃 、 日 本 人 の 留 学 僧 ﹁ 隆 禅 上 座 ﹂ の 斡 旋 に よ り ﹁ 伝 蔵 主 ﹂ を 屈 請 し て 五 祖 法 演 下 ︵ 仏 眼 清 遠 ︶ の ﹁ 嗣 書 ﹂ を 拝 看 す る こ と を き っ か け に し て 、 惟 一 西 堂 よ り 法 眼 下 、 宗 月 長 老 よ り 雲 門 下 、 智 庾 を 通 し 仏 照 下 の 住 持 無 際 了 派 の も の 、 平 田 万 年 寺 住 持 元 鼒 よ り 大 梅 下 の 各 嗣 書 を 焼 香 礼 拝 し 、 喜 悦 感 激 し な が ら 閲 覧 し て い る 。 な お 、 道 元 の ﹁ 嗣 書 ﹂ へ の 傾 倒 ・ 信 奉 は ﹁ 嗣 法 ﹂ と の 関 連 に お い て ﹁ 面 授 ﹂ 巻 に も 縷 々 説 示 し て い る 。   ま ず ﹁ 嗣 書 ﹂ 巻 冒 頭 の ﹁ 第 五 十 一 世 観 音 導 利 院 興 聖 宝 林 寺 入 宋 伝 法 沙 門 道 元 謹 以 記   仏 仏 祖 祖 嗣 法 之 嗣 書 以 欲 証 子 孫 者 也 ︵ 底 本 ・ 石 川 県 龍 門 寺 蔵 本 、 天 文 十 六 年 ︿ 一 五 四 七 ︶﹂ 中 の ﹁ 第 五 十 一 世 観 音 導 利 院 興 聖 宝 林 寺 入 宋 伝 法 沙 門 道 元 ﹂ に 留 意 し て お き た い ︵ 後 述 ︶。   先 師 古 仏 如 浄 よ り 嗣 法 し た 自 覚 を 抱 く 道 元 は 、 以 下 の よ う に 仏 祖 の 証 契 と な る ﹁ 嗣 法 ﹂ の 意 義 を 説 き つ つ 、 そ の 常

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 八 識 的 な 師 匠 と 弟 子 間 に お け る 授 与 と は 大 い に 異 な り 、﹁ 六 祖 よ り 向 上 し て 七 仏 に い た れ ば 、 四 十 祖 の 仏 嗣 あ り 、 七 仏 よ り 向 下 し て 六 祖 に い た る に 、 四 十 仏 の 仏 嗣 な る べ し ﹂ と か ﹁︵ 過 去 七 仏 の ︶ 葉 仏 は 釈 牟 尼 仏 に 嗣 法 す る ﹂﹁ 過 去 諸 仏 は 、 こ れ 釈 牟 尼 仏 の 弟 子 な り ﹂ と あ る ご と く 、 前 仏 後 仏 に よ る 授 受 の 順 序 が 逆 も あ り ︵ 順 逆 一 如 の 世 界 ︶、 そ の 証 契 は 時 空 を 超 越 し て 行 わ れ る と い う の で あ る 。   ﹁ 夫 、 仏 仏 必 ず 仏 仏 に 嗣 法 し 、 祖 祖 か な ら ず 祖 祖 に 嗣 法 す る 、 こ れ 証 契 な り 、 こ れ 単 伝 な り 。 こ の ゆ ゑ に 、 無 上 菩 提 な り 。 仏 に あ ら ざ れ ば 、 仏 を 印 証 す る に あ た は ず 、 仏 の 印 証 を え ざ れ ば 、 仏 と な る こ と な し 。 仏 に あ ら ざ る よ り は 、 た れ か こ れ を 最 尊 な り と し 、 無 上 な り と 印 す る こ と あ ら ん ﹂   ﹁ 前 略 ︶ 六 祖 、 曹 渓 に あ る と き 衆 に し め し て い は く 、 七 仏 よ り 慧 能 に い た る 四 十 仏 あ り 、 慧 能 よ り 七 仏 に い た る 四 十 祖 あ り 。 こ の 道 理 、 あ き ら か に 仏 祖 正 嗣 の 宗 旨 な り 。 い は ゆ る 七 仏 は 、 過 去 荘 厳 劫 に 出 現 せ る も あ り 、 現 在 賢 劫 に 出 現 せ る も あ り 。 し か あ る に 、 四 十 祖 の 面 授 を つ ら ぬ る は 、 仏 道 な り 、 仏 嗣 な り 。   し か あ れ ば す な は ち 、 六 祖 よ り 向 上 し て 七 仏 に い た れ ば 、 四 十 祖 の 仏 嗣 あ り 。 七 仏 よ り 向 下 し て 六 祖 に い た る に 、 四 十 仏 の 仏 嗣 な る べ し 。 仏 道 祖 道 、 か く の ご と し 。 証 契 に あ ら ず 、 仏 祖 に あ ら ざ れ ば 、 仏 智 慧 に あ ら ず 、 祖 究 尽 に あ ら ず 。 仏 智 慧 に あ ら ざ れ ば 、 仏 信 受 な し 。 祖 究 尽 に あ ら ざ れ ば 、 祖 証 契 せ ず 。 し ば ら く 四 十 祖 と い ふ は 、 近 を か つ が つ 挙 す る な り 。   ︵ 中 略 ︶ さ ら に 、 葉 仏 は 釈 牟 尼 仏 に 嗣 法 す る 、 と 参 究 す る 道 理 あ り 。 こ の 道 理 を 知 ら ざ る に は 、 仏 道 を あ き ら め ず 、 仏 道 あ き ら め ざ れ ば 、 仏 嗣 に あ ら ず 。 仏 嗣 と い ふ こ と は 、 仏 子 と い ふ こ と な り 。   釈 牟 尼 仏 あ る と き 阿 難 に と は し む 。 過 去 の 諸 仏 は こ れ た れ が 弟 子 な る ぞ 。 釈 牟 尼 仏 の 曰 は く 、 過 去 の 諸 仏

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 九 九 は こ れ 我 釈 牟 尼 仏 の 弟 子 な り 。 諸 仏 の 仏 義 、 か く の ご と し 。 こ の 諸 仏 に 奉 勤 し て 、 仏 嗣 し 、 成 就 せ ん 、 す な わ ち 仏 仏 の 仏 道 に て あ る べ し 。   こ の 仏 道 、 か な ら ず 嗣 法 す る と き 、 さ だ め て 嗣 書 あ り 、 も し 嗣 法 な き は 天 然 外 道 な り ﹂ 嗣 書 。   ﹁ 過 去 の 諸 仏 は こ れ 釈 牟 尼 仏 の 弟 子 な り 、 袈 裟 を さ さ げ て き た り 、 塔 を さ さ げ て き た る 。 こ の と き 釈 牟 尼 佛 い は く 、 諸 仏 神 通 不 可 思 議 な り 。﹂ 神 通 。   如 浄 に よ る 道 元 へ の ﹁ 嗣 法 ﹂ の 奥 義 と も い う べ き 説 示 は ﹃ 嗣 書 ﹄ 巻 末 尾 の 加 筆 部 分 に あ る 。 こ れ は 前 掲 の 叙 述 を 繰 り 返 し な が ら 、 そ れ を 凝 縮 し ま と め て い る と も い え よ う 。 要 点 と な る と こ ろ は 、﹁ 葉 仏 入 涅 槃 の の ち 、 釈 牟 尼 仏 は 始 め て 出 世 成 道 せ り 。﹂﹁ 釈 仏 の 、 嗣 法 し て の ち に 、 葉 仏 は 入 涅 槃 す と 参 学 す る な り 。﹂ と か ﹁ 釈 仏 は 葉 仏 に 嗣 法 す る と 学 し 、 葉 仏 は 釈 仏 に 嗣 法 す る と 学 す る な り 。﹂ 等 で あ る 。   ﹁ 先 師 古 仏 天 童 堂 上 大 和 尚 、 し め し て い は く 、 諸 仏 か な ら ず 嗣 法 あ り 、 い は ゆ る 、 釈 牟 尼 仏 者 、 葉 仏 に 嗣 法 す 、 葉 仏 者 、 拘 那 含 牟 尼 仏 に 嗣 法 す 、 拘 那 含 牟 尼 仏 者 、 拘 留 孫 仏 に 嗣 法 す る な り 。 か く の ご と く 仏 仏 相 嗣 し て 、 い ま に い た る と 信 受 す べ し 。 こ れ 学 仏 道 な り 。   と き に 道 元 ま う す 、 葉 仏 入 涅 槃 の の ち 、 釈 牟 尼 仏 は 始 め て 出 世 成 道 せ り 。 い は ん や ま た 賢 劫 の 諸 仏 、 い か に し て 荘 厳 劫 の 諸 仏 に 嗣 法 せ ん 。 こ の 道 理 い か ん 。   先 師 い は く 、 な ん じ が い ふ と こ ろ は 、 聴 教 の 解 な り 、 十 聖 三 賢 等 の 道 な り 、 仏 祖 嫡 嫡 の 道 に あ ら ず 。 わ が 仏 仏 相 伝 の 道 は 、 し か あ ら ず 。 釈 牟 尼 仏 、 ま さ し く 葉 仏 に 嗣 法 せ り 、 と な ら ひ き た る な り 。 釈 仏 の 、 嗣 法 し て の ち に 、 葉 仏 は 入 涅 槃 す と 参 学 す る な り 。 釈 仏 、 も し 葉 仏 に 嗣 法 せ ざ ら ん に は 、 天 然 外 道 と お な じ か る べ

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 〇 し 、 誰 か 釈 仏 を 信 ず る あ ら ん 。 か く の ご と く 仏 仏 相 嗣 し て 、 い ま に お よ び き た れ る に よ り て 、 箇 箇 仏 と も に 正 嗣 な り 。 つ ら な れ る に あ ら ず 、 あ つ ま れ る に あ ら ず 。 ま さ に か く の ご と く 仏 仏 相 嗣 す る と 学 す る な り 。 諸 阿 摩 教 の い ふ と こ ろ の 劫 量 ・ 寿 量 等 に か か は ら ざ る べ し 。 も し ひ と へ に 釈 仏 よ り お こ れ り と い は ば 、 わ づ か に 二 千 余 年 な り 、 ふ る き に あ ら ず 。 相 嗣 も わ づ か に 四 十 余 代 な り 、 あ ら た な る と い ひ ぬ べ し 。 こ の 仏 嗣 は 、 し か の ご と く 学 す る に あ ら ず 。 釈 仏 は 葉 仏 に 嗣 法 す る と 学 し 、 葉 仏 は 釈 仏 に 嗣 法 す る と 学 す る な り 。 か く の ご と く 学 す る と き ま さ に 諸 仏 諸 祖 の 嗣 法 に て あ る な り 。 こ の 時 道 元 、 は じ め て 仏 祖 の 嗣 法 あ る こ と を 稟 受 す る の み に あ ら ず 、 従 来 の 旧 窠 を も 脱 落 す る な り ﹂ 嗣 書 。   つ ま り 道 元 は ﹁ 嗣 法 ﹂ に お け る 前 仏 後 仏 の 順 逆 一 如 と 時 空 超 越 に 対 し 、﹁ 諸 仏 か な ら ず 威 儀 を 行 足 す 、 こ れ 行 仏 な り ︵ 中 略 ︶ 仏 仏 正 伝 す る 大 道 の 断 絶 を 超 越 し 、 無 始 無 終 を 脱 落 せ る 宗 旨 、 ひ と り 仏 道 の み に 正 伝 せ り ﹂︵ 行 仏 威 儀 ︶ と 述 べ ら れ る の で あ る 。   次 に 大 梅 法 常 の ﹁ 夢 告 ﹂ に 関 す る 平 田 万 年 寺 元 鼒 の 夢 想 と 大 梅 山 護 聖 寺 の ﹁ 霊 夢 ﹂︵ =﹁ 夢 ﹂ 信 仰 ︶ に 触 れ て お き た い 。 そ れ は 、 次 の よ う な 概 要 で あ る 。   道 元 が 宝 慶 年 間 ︵ 一 二 二 五 ∼ 二 七 ︶ の 諸 方 雲 遊 中 、 浙 江 省 平 田 万 年 寺 に 赴 い た 。 す る と 住 持 の 元 鼒 が 五 日 前 、 府 城 に 出 張 し て 夢 の 中 で 大 梅 山 法 常 と 思 し き 高 僧 が 現 れ 、 舶 舷 を 超 え て く る も の に ﹁ 梅 花 の 一 枝 ﹂︵ 嗣 書 の 白 地 に 描 か れ た 梅 の 綾 模 様 = 嗣 書 ︶ を 与 え る よ う に 告 げ ら れ 、 そ の 夢 想 に 符 合 す る と 述 べ 、 彼 は ﹁ 嗣 書 ﹂ を 閲 覧 さ せ て く れ た 。 ま た 道 元 が 、 天 台 山 よ り 天 童 山 間 の 路 次 、 大 梅 山 護 聖 寺 旦 過 寮 に 宿 泊 し た 折 、 夢 中 に 大 梅 祖 師 が 現 れ 開 華 し た ﹁ 一 枝 の 梅 花 ﹂ を 授 け て く れ る ﹁ 霊 夢 ﹂ を 感 じ た 。 道 元 は ﹁ 夢 中 と 覚 中 と お な じ く 真 実 な る べ し 。 道 元 在 宋 の あ ひ だ 、 帰 国 よ り

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 一 の ち 、 い ま だ 人 に か た ら ず ﹂︵ 嗣 書 ︶ と 述 懐 し て い る 。﹁ 古 鏡 ﹂ 巻 に は 第 十 八 祖 伽 耶 舎 多 尊 者 の 誕 生 に ま つ わ る 母 の ﹁ 夢 告 ﹂ を 引 い て い る 。 中 世 の 人 々 に は 、 こ の よ う な ﹁ 夢 告 ﹂ を ご く 自 然 に 信 じ て い る も の と 推 察 で き る 。   上 記 の ご と く 道 元 が 天 童 山 に 安 居 し た の ち 、 一 旦 、 天 童 山 を 離 れ 、﹁ 参 師 聞 法 ﹂ の た め 諸 方 へ 行 脚 し 、 帰 山 し た の は 嘉 定 十 七 年 三 月 末 と す る 説 が あ る 。 無 際 了 派 の 示 寂 は 、﹃ 如 浄 禅 師 語 録 ﹄ の 分 析 に よ れ ば 、﹁ 仏 生 日 ︵ 上 堂 ︶﹂ の 後 に あ る ﹁ 派 和 尚 遺 書 至 ﹂ 上 堂 の 語 句 よ り 同 年 春 ︵ 月 日 不 明 ︶、 ま た 如 浄 の 天 童 山 入 院 は ﹁ 退 浄 慈 天 童 上 堂 ﹂︵ 西 湖 九 箇 月 ︶ の 語 よ り 同 年 七 月 後 半 か ら 八 月 に か け て の 頃 ︵ 伊 藤 秀 憲 ﹃ 道 元 禅 研 究 ﹄ 第 二 章 ︶ と 推 定 さ れ て い る 。 も し 道 元 が 嘉 定 十 七 年 八 月 以 降 、 天 童 山 に お い て 既 に 帰 山 し て い た と す れ ば 、 新 住 持 如 浄 に 相 見 し 対 話 で き た 可 能 性 が あ っ た は ず で あ る が 、 そ の 消 息 を 示 す も の は な い 。 従 っ て 道 元 の 行 脚 に お け る 終 局 は 、 如 浄 の 天 童 山 入 院 後 、 宝 慶 元 年 春 頃 ま で の 可 能 性 も 残 る わ け で あ る 。 三 、 宝 慶 元 年 五 月 一 日 、 如 浄 に ﹁ 面 授 ﹂ し ﹁ 参 問 ﹂、 夏 安 居 中 に ﹁ 嗣 法 ﹂   ﹃ 宝 慶 記 ﹄ 冒 頭 に は 、 年 月 不 明 な が ら 道 元 が 如 浄 へ ﹁ 参 問 ﹂︵ 入 室 参 禅 ︶ の 申 請 を 出 し 、 そ れ に 対 し 如 浄 は 道 元 の 申 し 出 に 対 し 、 そ れ 以 降 、 昼 夜 の 時 候 や 著 衣 の 有 無 は 妨 げ な い 、﹁ 親 父 の 無 礼 ﹂ を 恕 ︵ ゆ る ︶ す と 応 じ て い る 。 前 掲 の ﹁ 面 授 ﹂ は 、 宝 慶 元 年 五 月 一 日 で あ る か ら 、﹁ 参 問 ﹂ 申 請 は 、 そ の 直 後 か も し れ な い 。 道 元 は 、 如 浄 と の ﹁ 良 き 結 縁 ﹂ を 喜 び 、 勇 ん で ﹁ 参 問 ﹂ を 続 け た に 違 い な い 。 同 書 に は 、 宝 慶 元 年 七 月 二 日 以 降 の 参 問 が 多 数 綴 ら れ 、 道 元 の 心 境 が 次 第 に 深 ま っ て い く 様 子 が 窺 え る 。 あ る 時 、 如 浄 は ﹁ 儞 ︵ な ん じ ︶ は こ れ 後 生 な り と 雖 も 、 頗 る 古 貌 あ り 、 直 に 須 ら

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 二 く 深 山 幽 谷 に 居 し て 、 仏 祖 の 聖 胎 を 長 養 す べ し 、 必 ず 古 徳 の 証 処 に 至 ら む と ﹂ と 説 き ﹁ 能 礼 所 礼 性 空 寂 、 感 応 道 交 ﹂ と 示 し 、 さ ら に 西 天 東 地 に お け る 仏 祖 の 行 履 に つ い て 教 示 し 、 道 元 は 只 た だ 有 難 く 感 涙 し 襟 を 濡 ら し て い る ︵ 十 話 ︶。 如 浄 が 道 元 を 見 て ﹁ 頗 る 古 貌 あ り ﹂ と 一 目 で そ の 力 量 を 見 通 し て い た の で あ る 。   道 元 が 後 日 ﹁ 正 師 ﹂ と 仰 ぎ 、﹁ 先 師 天 童 古 仏 ﹂ 等 と 尊 称 す る 如 浄 と 相 見 ︵ 邂 逅 ︶ し た の は 、 単 な る 出 会 い で は な い 。 ﹁ 希 代 不 思 議 の 機 縁 也 ﹂︵ 古 本 建 撕 記 ︶ と あ る よ う に 、 そ れ は 、 ま さ に ﹁ 千 載 一 遇 ﹂﹁ 難 治 難 遇 ﹂ の 邂 逅 で あ り 、﹁ 我 人 な り 、 人 人 な り 、 我 我 な り ﹂︵ 有 時 ︶、 ﹁ ま の あ た り 先 師 ︵ 如 浄 ︶ を み る 、 こ れ 人 に あ ふ な り ﹂︵ 行 持 ︶ 等 と 称 さ れ る も の で あ り 、 両 者 が 直 感 的 に ﹁ 感 応 道 交 ﹂ し た の で あ る 。 そ れ は ﹁ 一 世 も 師 を み ざ れ ば 、 弟 子 に あ ら ず 、 弟 子 を 見 ざ れ ば 、 師 に あ ら ず 。 さ だ ま り て あ ひ み 、 あ ひ み え て 、 面 授 し き た れ り 、 嗣 法 し き た れ る は 祖 宗 の 面 受 処 現 成 な り ﹂ ︵ 面 授 ︶ と も 述 べ る 。   後 日 、 そ れ を ﹁ 面 授 時 脱 落 ﹂︵ 面 授 の 時 に 脱 落 = 悟 証 し た と い う 説 ︶ と も 見 做 さ れ る ほ ど 相 互 間 に お け る 人 格 の 契 合 と 深 い 信 頼 感 が 湧 出 し た と い え る 。 そ の 感 激 は 次 の よ う に 道 元 を し て ﹁ 面 授 ﹂ 巻 中 に 前 後 二 回 に わ た り 記 述 し て い る こ と か ら も 窺 え る 。   ﹁ 大 宋 宝 慶 元 年 乙 酉 五 月 一 日 、 道 元 、 は じ め て 先 師 天 童 古 仏 を 妙 高 台 に 焼 香 礼 拝 す 。 先 師 古 仏 、 は じ め て 道 元 を み る 。 そ の と き 、 道 元 に 指 授 面 授 す る に い は く 、 仏 仏 祖 祖 面 授 の 法 門 、 現 成 せ り 。 こ れ す な は ち 霊 山 の 拈 華 な り 、 嵩 山 の 得 髄 な り 、 黄 梅 の 伝 衣 な り 、 洞 山 の 面 授 な り 。 こ れ は 仏 祖 の 現 蔵 面 授 な り 。 吾 屋 裏 の み あ り 、 余 人 は 夢 也 未 見 聞 在 な り ﹂   ﹁ 道 元 、 大 宋 宝 慶 元 年 乙 酉 五 月 一 日 、 は じ め て 先 師 天 童 古 仏 を 礼 拝 面 授 す 。 や や 堂 奥 を 聴 許 せ ら る 。 わ づ か に 身

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 三 心 を 脱 落 す る に 、 面 授 を 保 任 す る こ と あ り て 、 日 本 国 に 本 来 せ り ﹂   こ の よ う な 感 動 的 な ﹁ 面 授 ﹂ が あ っ た か ら に は 、 間 も な く ﹁ 伝 法 ︵ 嗣 法 ︶﹂ が 訪 れ る こ と を 予 感 さ せ る も の で あ る 。 事 実 、 夏 安 居 中 に ﹁ 伝 法 ︵ 嗣 法 ︶﹂ が あ っ た こ と を 示 唆 す る 文 例 が 後 述 す る ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ 仏 祖 巻 奥 書 に 示 さ れ て い る の で あ る 。 と こ ろ で 、 こ の ﹁ 面 授 ﹂ と ﹁ 嗣 法 ﹂ の 微 妙 な ﹁ は ざ ま ﹂ の と こ ろ を 河 村 孝 道 博 士 は 次 の よ う に 示 さ れ る 。﹁ 正 師 へ の 参 学 礼 拝 と そ の 印 証 に よ る 師 資 二 面 裂 破 の 処 が 面 授 嗣 法 ─ 仏 法 の い き い き た る 嗣 続 に 外 な ら な か っ た ︵ 面 授 巻 ︶。 師 に 相 続 さ れ る 仏 陀 開 顕 の 法 に 覚 め 、 師 資 共 命 の 法 を ﹁ 現 挙 ﹂ し ﹁ 体 証 ﹂ し て ﹁ 住 持 ﹂ す る 人 を 仏 祖 と い う 。︵ 後 略 ︶﹂ ︿﹁ 仏 祖 ﹂ 冠 注 解 題 ﹀。 ﹁ 仏 祖 ﹂ 巻 の 冒 頭 文 と 内 容 的 に そ れ を 証 す る ﹁ 嗣 書 ﹂ 巻 の 文 は 次 の と お り で あ る 。   ﹁ そ れ 、 仏 祖 の 現 成 は 、 仏 祖 を 挙 拈 し て 、 奉 覲 す る な り 。 過 ・ 現 ・ 当 来 の み に あ ら ず 、 仏 向 上 よ り も 向 上 な る べ し 。 ま さ に 仏 祖 の 面 目 を 保 任 せ る を 拈 じ て 、 礼 拝 し 相 見 す 。 仏 祖 の 功 徳 を 現 挙 せ し め て 、 住 持 し き た り 、 体 証 し き た れ り ﹂ 仏 祖 。   ﹁ 仏 仏 か な ら ず 仏 仏 に 嗣 法 し 、 祖 祖 か な ら ず 祖 祖 嗣 法 す る 、 こ れ 証 契 な り 、 こ れ 単 伝 な り 、 こ の ゆ ゑ に 、 無 上 菩 提 な り 。 仏 に あ ら ざ れ ば 仏 を 印 証 す る こ と あ た は ず 、 仏 の 印 証 を 得 ざ れ ば 仏 と な る こ と な し ﹂ 嗣 書 。   ﹁ 仏 祖 ﹂ 巻 に は 、 過 去 七 仏 、 西 天 二 十 八 祖 、 東 土 二 十 三 代 、︵ 末 尾 ︶ 如 浄 大 和 尚 ﹁ 東 地 二 十 三 代 ﹂ と 並 べ 、 次 に ﹁ 道 元 、 大 宋 国 宝 慶 元 年 乙 酉 夏 安 居 時 、 先 師 天 童 古 仏 大 和 尚 に 参 侍 し て 、 こ の 仏 祖 を 礼 拝 頂 戴 す る こ と を 究 尽 せ り 。 唯 仏 与 仏 な り ﹂ と 付 記 し て い る 。   つ ま り 、 道 元 自 身 は 、﹁ 宝 慶 元 年 夏 安 居 ﹂ の 時 に ﹁ 正 師 ﹂ 如 浄 の 許 に ﹁ こ の 仏 祖 を 礼 拝 頂 戴 す る こ と を 究 尽 せ り 。 唯 仏 与 仏 な り ﹂ と あ る ご と く 上 記 の 仏 仏 祖 祖 と ﹁ 同 参 ﹂﹁ 同 等 ﹂ し た こ と を 意 味 す る 。 言 い 換 え れ ば ﹁ 身 心 脱 落 ︵ = 大

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 四 悟 ・ 成 仏 道 ︶﹂ に 他 な ら な い 。 そ れ は ﹁ 大 白 峰 の 浄 禅 師 に 参 じ て 、 一 生 参 学 の 大 事 を こ こ に を は り ぬ ﹂︵ 辨 道 話 ︶ そ の も の で あ る 。   ﹁ 身 心 脱 落 ﹂ に 関 し て は 、 上 記 の ﹁ 面 授 時 脱 落 ﹂ 説 と ﹁ 侘 時 脱 落 ﹂ 説 が あ る 。﹁ 侘 時 脱 落 ﹂ 説 は 、 伝 記 ︵ 三 祖 行 業 記 ・ 古 本 建 撕 記 ・ 伝 光 録 等 に 記 載 す る も の 。 僧 堂 に お い て 打 睡 す る 僧 へ 如 浄 に よ る 侘 の 語 ︶ 中 の 劇 的 構 成 に 伴 う 0 0 0 0 0 0 0 逸 話 0 0 で あ る 。 そ の 機 縁 と な る 語 話 は ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄﹁ 三 昧 王 三 昧 ﹂﹁ 行 持 下 ﹂ 巻 に み え る ﹁ 先 師 古 仏 云 、 参 禅 者 身 心 脱 落 也 、 管 打 坐 始 得 、 不 用 焼 香 ・ 礼 拝 ・ 念 仏 ・ 修 懺 ・ 看 経 ﹂ で あ る 。 同 種 の 語 句 は ﹃ 宝 慶 記 ﹄・ ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄﹁ 仏 経 ﹂ 巻 等 に 見 え る 。 確 か に 道 元 は 、 こ の 如 浄 に よ る こ の 教 示 で ﹁ 大 悟 ﹂ し た に ち が い な い 。﹁ 管 打 坐 ︵ 只 管 打 坐 ︶﹂ と い う 曹 洞 宗 の 宗 旨 は 、 こ こ か ら 派 生 し た も の で あ る 。   ﹁ 大 悟 ﹂ の 時 期 は 、 前 掲 の ご と く ﹁ 大 宋 国 宝 慶 元 年 夏 安 居 時 、 先 師 天 童 古 仏 大 和 尚 に 参 侍 し て 、 こ の 仏 祖 を 礼 拝 頂 戴 す る こ と を 究 尽 せ り 、 唯 仏 与 仏 な り ﹂ と 記 す の み で 具 体 的 月 日 は な い 。 夏 安 居 の 時 期 は 四 月 一 日 よ り 七 月 十 五 日 の 間 で あ り 、 具 体 的 に は 不 明 で あ る が 、﹁ 面 授 ﹂ 巻 の 文 脈 か ら 五 月 一 日 よ り 七 月 十 五 日 ま で の 時 期 と 限 定 で き よ う 。 四 、 宝 慶 元 年 九 月 十 八 日 、 如 浄 よ り ﹁ 仏 祖 正 伝 菩 戒 ﹂ を 伝 授   道 元 の ﹁ 大 悟 ﹂ は ﹁ 身 心 脱 落 ﹂ の 体 験 で あ り 、 実 践 的 に は ﹁ 管 打 坐 ﹂﹁ 修 証 一 等 ﹂ の 坐 禅 と い え よ う 。 そ の 後 、 道 元 は 如 浄 の 丈 室 ︵ 大 光 明 蔵 ・ 妙 高 台 ︶ に 入 室 し 、﹁ 戒 脈 ﹂ の 伝 来 を 示 す ﹃ 仏 祖 正 伝 菩 戒 ︵ 大 乗 菩 戒 ・ 十 六 条 戒 ︶﹄ と そ の 儀 式 作 法 書 の ﹃ 仏 祖 正 伝 菩 戒 作 法 ﹄ を 授 け ら れ た も の と 伝 え ら れ る 。 こ の 資 料 は ﹁ 室 内 も の ﹂ と 称 さ れ 、 一

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 五 般 に は 非 公 開 の 文 書 に 属 す る 。 こ こ で は 単 に 資 料 紹 介 に と ど め て お き た い 。 そ の 文 書 の 所 蔵 先 で あ る 熊 本 県 広 福 寺 本 の ﹁ 奥 書 ﹂ に は 次 の よ う に 記 さ れ て い る 。   ﹁ 右 大 宋 宝 慶 元 年 九 月 十 八 日 、 前 住 天 童 景 徳 寺 堂 頭 和 尚 、 授 道 元 式 如 是 、 祖 日 侍 者   時 焼 香 侍 者   宗 端 知 客 ・ 広 平 侍 者 等 、 周 旋 行 此 戒 儀 、 大 宋 国 宝 慶 中 伝 之 ﹂   こ の 宝 慶 元 年 九 月 十 八 日 の 時 点 に お い て 、 如 浄 は ﹁ 前 住 天 童 景 徳 寺 堂 頭 和 尚 ﹂ と あ る が 、﹃ 如 浄 語 録 ﹄ に よ れ ば 実 際 の 退 院 上 堂 は 宝 慶 三 年 冬 で あ る 。 こ の 相 違 は 、 奥 書 の 伝 承 過 程 で 生 じ た も の と 推 定 さ れ る 。﹁ 戒 脈 ﹂ の 伝 戒 式 に は 、 戒 師 如 浄 の 他 に 祖 日 侍 者 ・ 宗 端 知 客 ・ 広 平 侍 者 等 が 周 旋 し た 事 が 知 ら れ る 。 な お 関 連 の 文 書 ﹁ 覚 心 授 心 瑜 戒 脈 奥 書 ﹂︵ 写 本 、 大 分 県 泉 福 寺 蔵 ︶ に は 、 如 浄 が ﹁ 仏 戒 は 宗 門 の 大 事 な り 。 霊 ︵ 鷲 ︶ 山 ・ 少 林 ︵ 寺 ︶・ 曹 洞 の 洞 山 な ど 皆 な 嫡 嗣 に 附 し 、 如 来 よ り 嫡 々 相 承 し て 吾 に 至 り 、 今 弟 子 日 本 国 僧 道 元 に 附 せ り 。 伝 附 已 に 畢 る ︵ 原 漢 文 ︶﹂ と 述 べ た と 記 し て い る 。 ﹁ 仏 祖 正 伝 菩 戒 ﹂ の 伝 戒 記 事 は 、﹁ 古 本 建 撕 記 ﹂ 類 、 面 山 瑞 方 ﹃ 永 平 実 録 ﹄・ ﹃ 訂 補 建 撕 記 ﹄ 等 に 掲 載 さ れ て い る 。   そ の 後 、 道 元 は 如 浄 の 膝 下 で 二 年 間 修 行 を 続 け 、﹁ 管 打 坐 ﹂﹁ 修 証 一 等 ﹂ の 参 究 を 積 み 重 ね 深 め て い た と 思 わ れ る 。 こ の 間 、 浙 江 省 定 海 県 の 舟 山 列 島 に あ る 観 音 霊 場 補 陀 路 山 に 参 詣 し て い る と 推 定 で き る 。 そ う し た さ な か 、 如 浄 の 五 体 不 如 意 ︵ 体 調 不 良 ︶ の 状 況 下 に あ っ た が 、 高 祖 は 宝 慶 三 年 七 月 、 帰 朝 の 念 を 生 じ 遂 に 如 浄 に 告 暇 の 挨 拶 を す る に 至 り 、 そ の 前 後 、 如 浄 は 道 元 に ﹁ 嗣 書 ﹂ を 授 け た と 推 定 で き る 。 現 存 の ﹁ 嗣 書 ﹂ に は ﹁ 大 宋 宝 慶 丁 亥 ﹂︵ 干 支 か ら 宝 慶 三 年 と 判 明 ︶と あ り 、月 日 が な い も の の 、 帰 朝 前 に 授 け ら れ た も の と 思 わ れ る 。 最 近 の 研 究 に よ れ ば 如 浄 の 示 寂 は 、 宝 慶 三 年 七 月 十 七 日 で あ る 。 従 っ て 別 離 の 直 後 と な ろ う 。   ︻ な お 永 平 寺 宝 物 館 に 所 蔵 す る ﹃ 嗣 書 ﹄︵ 明 治 三 十 三 年 四 月 七 日 ﹁ 国 宝 ﹂ 指 定 、 昭 和 二 十 五 年 八 月 二 十 九 日 国 指

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 六 定 の ﹁ 重 要 文 化 財 ﹂︶ は 、 面 山 が 永 平 寺 へ 上 山 し 現 物 を 閲 覧 し た 記 録 ︵﹃ 面 山 逸 録 ﹄ 巻 三 ﹁ 拝 閲 嗣 書 ﹂︶ の 文 面 と 現 存 と は 齟 齬 を き た し て い る 。 そ の 相 違 か ら 歴 史 的 か つ 文 献 学 的 に 問 題 を 残 し て い る 。 こ こ で は 、 そ れ を 指 摘 す る に と ど め て お き た い 。︼   道 元 の 帰 朝 年 次 は 、 中 世 古 祥 道 師 の 指 摘 す る ご と く ﹁ 予 嘉 禄 中 、 従 宋 土 帰 本 国 ﹂︵﹃ 普 勧 坐 禅 儀 述 由 来 ﹄︶ と﹁ 紹 定 の は じ め 本 郷 に か へ り し ﹂︵﹃ 辨 道 話 ﹄︶ と あ る よ う に 道 元 自 身 二 説 を 示 し 混 乱 し て い る が 、 現 在 で は 宝 慶 三 年︵ 日 本 嘉 禄 三 年 ︿ 一 二 二 七 ﹀︶ 秋 に 天 童 山 を 告 暇 し 帰 朝 し て 後 、 暫 時 、 栄 西 ・ 明 全 ゆ か り の 建 仁 寺 に 滞 在 し た こ と に 落 ち つ い て い る 。 五 、 帰 朝 後 に お け る ﹁ 伝 法 ﹂ の 自 覚   帰 朝 後 、 如 浄 に 師 事 し 伝 法 ︵ 嗣 法 ︶ し た 感 激 は 忘 れ が た く 寛 喜 三 年 よ り 仁 治 四 年 頃 ま で ︵ 一 二 二 九 ∼ 一 二 四 三 ︶、 ﹁ 入 宋 伝 法 沙 門 道 元 ﹂﹁ 伝 法 沙 門 道 元 ﹂ と 自 称 し て 、﹁ 伝 法 ﹂ の 意 義 を 認 識 し て い た こ と が 、 次 の 述 書 の 冒 頭 ま た は 末 尾 に 記 さ れ て い る こ と に よ っ て 判 明 す る 。 こ れ は 、 要 す る に 道 元 が 正 師 如 浄 よ り ﹁ 伝 法 ﹂ し た 自 覚 ︵ 誇 り ︶ と 責 任 を 強 く 意 識 し て い た こ と を 示 す も の に 違 い な い と 思 わ れ る 。   辨 道 話   寛 喜 辛 卯 ︵ 三 年   一 二 三 一 ︶ 仲 秋 日 ﹁ 入 宋 伝 法 沙 門 道 元 ﹂   普 勧 坐 禅 儀   天 福 元 年 ︵ 一 二 三 三 ︶ 中 元 日 書 于 ﹁ 観 音 導 利 院   入 宋 伝 法 沙 門 道 元 ﹂   典 座 教 訓   観 音 導 利 興 聖 宝 林 禅 寺 比 丘 道 元 ﹁︵ 末 尾 ︶ 観 音 導 利 院 住 持 伝 法 沙 門 道 元 記 ﹂

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 七   正 法 眼 蔵 ﹁ 伝 衣 ﹂ 仁 治 元 年 ︵ 一 二 四 〇 ︶ 庚 子 開 冬 日 ﹁ 興 聖 宝 林 寺 入 宋 伝 法 沙 門 道 元 ﹂   ︵ 同 右 ︶﹁ 嗣 書 ﹂ 仁 治 二 年 ︵ 一 二 四 一 ︶ 歳 次 辛 丑 三 月 七 日 ﹁︵ 同 右 ︶ 入 宋 伝 法 沙 門 道 元 ﹂   ︵ 同 右 ︶﹁ 法 華 転 法 華 ﹂ 仁 治 二 年 ︵ 一 二 四 一 ︶ 夏 安 居 日 ﹁︵ 同 右 ︶ 入 宋 伝 法 沙 門   道 元 記 ﹂   ︵ 同 右 ︶﹁ 菩 提 埵 四 摂 法 ﹂ 仁 治 癸 卯 ︵ 一 二 四 三 ︶ 端 午 日 ﹁ 入 宋 伝 法 沙 門   道 元 記 ﹂   和 哲 郎 著 ﹃ 入 宋 求 法 の 沙 門 道 元 ﹄ は 、 意 欲 に 燃 え る 若 い 道 元 の 息 吹 の 一 端 を 表 し た も の で あ る 。   道 元 が 仁 治 二 年 ︵ 一 二 四 一 ︶ 正 月 三 日 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄﹁ 仏 祖 ﹂ 巻 を 述 し 、 前 述 の ご と く は じ め に 過 去 七 仏 、 西 天 二 十 八 祖 、 東 土 二 十 三 代 、 末 尾 に 如 浄 大 和 尚 ﹁ 東 地 二 十 三 代 ﹂ と 並 べ 、 次 に ﹁ 道 元 、 大 宋 国 宝 慶 元 年 乙 酉 夏 安 居 時 、 先 師 天 童 古 仏 大 和 尚 に 参 侍 し て 、 こ の 仏 祖 を 礼 拝 頂 戴 す る こ と を 究 尽 せ り 。 唯 仏 与 仏 な り ﹂ と 付 記 し て い た 。 そ れ と 同 様 に ﹁ 嗣 書 ﹂ 巻 の 冒 頭 に ﹁ 第 五 十 一 世 観 音 導 利 院 興 聖 宝 林 寺 入 宋 伝 法 沙 門 道 元 謹 以 記   仏 仏 祖 祖 嗣 法 之 嗣 書 以 欲 証 子 孫 者 也 ︵ 底 本 、 石 川 県 龍 門 寺 蔵 本 、 天 文 十 六 年 ︿ 一 五 四 七 ﹀ 書 写 ︶﹂ が あ る 。   そ の 他 に ﹁ 五 十 一 伝 ﹂﹁ 五 十 一 世 ﹂ の 語 句 は 、﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の ﹁ 鉢 盂 ﹂ 巻 ・﹁ 面 受 ﹂ 巻 ・﹁ 安 居 ﹂ 巻 に も 散 見 す る 。 ま た 後 日 、 そ れ は 仏 祖 の 行 実 と し て 瑩 山 の ﹃ 伝 光 録 ﹄ に 展 開 さ れ る 。   ﹁ 東 西 都 盧 五 十 一 伝 、 す な は ち 正 法 眼 蔵 涅 槃 妙 心 な り 、 袈 裟 鉢 盂 な り ﹂ 鉢 盂 。   ﹁ 釈 牟 尼 仏 を 礼 拝 す る と き 、 五 十 一 世 、 な ら び に 七 仏 祖 宗 な ら べ る に あ ら ず 、 つ ら な る に あ ら ざ れ ど も 、 時 の 面 授 あ り 。 一 世 も 師 を み ざ れ ば 、 弟 子 に あ ら ず 、 弟 子 を み ざ れ ば 、 師 に あ ら ず 。﹂ 面 授 。

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 八   ﹁ こ の 仏 祖 現 成 せ る に は 、 世 尊 、 葉 、 五 十 一 世 、 七 仏 祖 宗 影 現 成 な り 、 光 現 成 な り 、 身 現 成 な り 、 心 現 成 な り 、 尖 脚 来 な り 、 尖 鼻 来 な り ﹂ 面 授 。   ﹁ 梵 網 経 中 に 冬 安 居 あ れ ど も 、 そ の 法 つ た は れ ず 、 九 夏 安 居 の 法 の み つ た は れ り 、 正 伝 ま の あ た り 五 十 一 世 な り ﹂ 安 居 。   ﹁ 第 五 十 一 祖 永 平 元 和 尚 、 参 天 童 浄 和 尚 。︵ 中 略 ︶ 浄 和 尚 よ の つ ね 示 し て 曰 く 、 汝 古 仏 の 操 行 あ り 。 必 ず 祖 道 を 弘 通 す べ し 。 わ れ 汝 を え た る は 、 釈 尊 の 葉 を え た る が ご と し 。 因 て 寶 慶 元 年 乙 酉 、 日 本 嘉 祿 元 年 た ち ま ち に 五 十 一 世 の 祖 位 に 列 す 。 即 ち 浄 和 尚 嘱 し て 曰 く 、 早 く 本 国 に か へ り 、 祖 道 を 弘 通 す べ し 。 深 山 に 隠 居 し て 、 聖 胎 を 長 養 す べ し と ﹂﹃ 伝 光 録 ﹄ 第 五 十 一 章 。 六 、﹁ 単 伝 正 直 の 仏 法 ﹂﹁ 正 伝 の 仏 法 ﹂﹁ 正 法 ﹂・ ﹁ 全 一 の 仏 法 ﹂・ ﹁ 純 一 の 仏 法 ﹂ を 鼓 吹   道 元 が 如 浄 よ り 伝 授 さ れ た 仏 法 は 、﹁ 正 伝 の 仏 法 ﹂・ ﹁ 正 法 ﹂、﹁ 全 一 の 仏 法 ﹂・ ﹁ 純 一 の 仏 法 ﹂ と 称 し 、 儒 教 ・ 道 教 ・ 仏 教 の 融 合 し た 思 想 で あ る ﹁ 三 教 一 致 ﹂ を 批 判 し て い る ︵﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄﹁ 諸 法 実 相 ﹂ 巻 ・﹁ 四 禅 比 丘 ﹂ 巻 。 文 例 は 略 す ︶。   道 元 は 、 如 浄 よ り の 伝 法 を ま さ に ﹁ 正 法 ﹂ と し た 。 つ ま り 仏 法 の 正 統 な 後 継 者 と し て 自 覚 し た の で あ る 。 三 十 年 ほ ど 前 、﹁ 仏 教 に お け る 生 と 邪 ﹂︵ 日 本 仏 教 学 会 年 報 第 48号 ︶ と の 課 題 で 筆 者 は ﹁﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ に お け る 正 と 邪 ﹂ を ま と め た 。 そ こ で は 、﹁ 正 法 ﹂ の 語 句 を 内 容 構 成 か ら ︵ 一 ︶ 正 法 の 内 容 、︵ 二 ︶ 正 法 の 伝 承 、︵ 三 ︶ 正 法 を 伝 え る 人 、︵ 四 ︶ 正 法 を 嗣 ぐ 人 、︵ 五 ︶ 正 法 の 実 践 に 分 け 論 究 し た 。 こ こ で は 、 そ の 内 容 に 関 し 、 す べ て 割 愛 す る も の の 、 以 下 に 用 例 の 一

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 〇 九 端 を 示 す 。   ﹁ 単 伝 正 直 の 仏 法 は 最 上 の な か に 最 上 な り ﹂ 辨 道 話 。   ︿ 単 伝 ﹂ の 語 句 は 、﹁ 礼 拝 得 髄 ﹂﹁ 袈 裟 功 徳 ﹂﹁ 仏 性 ﹂﹁ 坐 禅 箴 ﹂﹁ 行 持 ﹂ 等 に 示 す ﹀   ﹁ と ふ て い は く 、 こ の 行 は 、 い ま 末 代 悪 世 に も 、 修 行 せ ば 証 を う べ し や 。 し め て い は く 、 教 家 に 名 相 を こ と と せ る に 、 な ほ 大 乗 実 教 に は 正 ・ 像 ・ 末 法 を わ く こ と な し 、 修 す れ ば 、 み な 得 道 す と い ふ 。 い は む や 、 こ の 単 伝 の 正 法 に は 、 入 法 出 身 、 お な じ く 自 家 の 財 珍 を 受 容 す る な り 。 証 の 得 否 は 、 修 せ ん も の お の づ か ら し ら む こ と 、 用 水 の 人 の 、 冷 暖 を み づ か ら わ き ま ふ る ご と 如 し ﹂ 辨 道 話 。   ﹁ 祖 師 西 来 の の ち 、 直 に 藤 の 根 源 を き り 、 純 一 の 仏 法 ひ ろ ま れ り 。 わ が く に も 、 又 し か あ ら ん こ と を こ ひ ね が ふ べ し 。 い は く 、 仏 法 を 住 持 せ し 諸 祖 な ら び に 諸 仏 、 と も に 自 受 用 三 昧 に 端 坐 依 行 す る を 、 そ の 開 悟 の ま さ し き み ち と せ り 。﹂ 辨 道 話 。   同 様 に 上 記 の 用 語 を 使 い 説 示 し て い る ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ に は 、﹁ 発 菩 提 心 ﹂・ ﹁ 発 無 上 心 ﹂・ ﹁ 菩 提 埵 四 摂 法 ﹂・ ﹁ 大 悟 ﹂・ ﹁ 自 証 三 昧 ﹂・ ﹁ 三 昧 王 三 昧 ﹂ の 諸 巻 が あ る が 、 こ こ で は す べ て 便 宜 的 に 割 愛 す る 。 ︶・   上 記 の ﹁ 正 法 ﹂ に 関 わ る 人 物 と し て は 、 当 然 、 能 動 者 の ﹁ 正 師 ︵ た と え ば 如 浄 ︶﹂ と 受 動 者 の ﹁ 正 嫡 ︵ 仏 嗣 ︶﹂ の 存 在 が あ る 。 ま ず ﹁ 正 師 ﹂ と は 、 人 格 の 相 契 た る ﹁ 面 授 ﹂ を 通 し て 交 わ さ れ る 。﹁ 正 伝 の 面 授 あ ら ざ る を 正 師 に あ ら ず と は い ふ 。 仏 仏 正 伝 し き た れ る は 正 師 な り ﹂︵ 無 情 説 法 巻 ︶ と 示 す 。﹁ 正 法 ﹂ に 背 き が ち な の は 、﹁ 正 師 ﹂ と 遭 遇 し な い こ

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 一 〇 と に よ る 。﹁ 菩 の 初 心 の と き 、 菩 提 心 を 退 転 す る こ と 、 お ほ く は 正 師 に あ は ざ る に よ る 。 正 師 に あ は ざ れ ば 、 正 法 を き か ず 。 正 法 を き か ざ れ ば 、 お そ ら く は 因 果 を 撥 無 し 、 解 脱 を 撥 無 し 、 三 宝 を 撥 無 し 、 三 世 等 の 諸 法 を 撥 無 す 。 い た づ ら に 現 在 の 五 欲 に 貪 著 し て 、 前 途 菩 提 の 功 徳 を 失 す ﹂︵ 発 菩 提 心 巻 ︶。 ﹁ 正 師 ﹂ の 言 及 は 、﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の ﹁ 辨 道 話 ﹂ ﹁ 即 心 是 仏 ﹂﹁ 谿 声 山 色 ﹂﹁ 山 水 経 ﹂﹁ 心 不 可 得 ﹂﹁ 後 心 不 可 得 ﹂﹁ 恁 麼 ﹂﹁ 行 持 下 ﹂﹁ 仏 道 ﹂﹁ 密 語 ﹂ 諸 巻 に も 説 く 。 ︶・   前 述 の と お り 伝 法 は ﹁ 面 授 ﹂ が 大 事 で あ る 。﹁ お ほ よ そ 仏 祖 大 道 は 、 唯 面 授 面 受 、 受 面 授 面 の み な り 、 さ ら に 剰 法 あ ら ず 、 虧 闕 あ ら ず 。 こ の 面 授 あ ふ に あ へ る 自 己 の 面 目 を も 、 随 喜 歓 喜 信 受 奉 行 す べ き な り ﹂︵ 面 授 巻 ︶。   道 元 は 如 浄 に 相 見 し ﹁ 当 下 に 眼 横 鼻 直 な る こ と を 認 得 し 、 人 に 瞞 せ ら れ ず す な は ち 空 手 還 郷 す 。 所 以 に 一 毫 も 仏 法 な し ﹂︵ 広 録 第 一 ︶ と は い う も の の 、 伝 法 ︵ 嗣 法 ︶ に 伴 う 主 要 な 伝 持 物 と し て 、 そ の 証 明 書 で あ る ﹁ 嗣 書 ﹂ が あ る 。 一 般 に 中 国 禅 宗 で は 、 そ の 他 に ﹁ 袈 裟 ﹂ が あ る 。 石 川 県 永 光 寺 蔵 の 伝 記 資 料 ︵﹁ 曹 洞 家 天 童 如 浄 禅 師 道 元 和 尚 嗣 法 論 ﹂︶ ︵ 切 紙 資 料 ︶ に は 、 拄 ・ 払 子 ・ 竹 箆 を 授 け ら れ た と す る が 、 実 際 の と こ ろ 不 明 で あ る 。   伝 法 に 伴 う 事 項 の 叙 述 は 、﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 随 所 に あ り 、 枚 挙 に 暇 が な い ほ ど で あ る 。 た と え ば 詞 ︵ キ ー ワ ー ド ︶ と し て 、﹁ 仏 道 ・ 仏 法 ・ 正 法 眼 蔵 ・ 正 法 眼 睛 ・ 正 法 眼 蔵 涅 槃 妙 心 ・ 正 法 眼 蔵 無 上 菩 提 ﹂ 等 多 数 あ る 。﹃ 眼 蔵 ﹄﹁ 坐 禅 箴 ﹂ 巻 の ﹁ 嫡 嫡 相 承 せ る は こ の 坐 禅 の 宗 旨 の み な り ﹂ と は 、 修 証 一 如 の 宗 旨 で あ る ﹁ 只 管 打 坐 ﹂ を 指 す も の で あ り 、 そ の 実 践 で あ る 。 ま た ﹁ 嗣 書 ﹂ と ﹁ 袈 裟 ︵ 仏 衣 ︶ に 限 定 し て 、 そ の 相 承 に 関 す る 文 例 を 挙 げ て み よ う 。 ﹁ 正 嫡 に 嗣 法 あ る こ と を 決 定 信 受 す ﹂ 嗣 書 。

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 一 一 ﹁ 正 嫡 の 相 承 ﹂・ ﹁ 袈 裟 の 功 徳 は 正 伝 ま さ し く 相 承 せ り ﹂ 伝 衣 。 ﹁ 如 来 の 嫡 嫡 相 承 な り 一 代 も 虧 闕 な し ﹂ 袈 裟 功 徳 。 ﹁ 嫡 嫡 面 授 し き た れ る 正 師 に 受 持 せ ん ﹂ 袈 裟 功 徳 。 ﹁ 相 伝 の 正 嫡 な る こ と を 信 受 護 持 す べ し ﹂ 伝 衣 。   と こ ろ で 如 浄 は 、﹁ 嗣 法 ﹂ に つ い て 、 自 慢 げ に 放 言 す る こ と を 戒 め て い る 。 ま た 平 田 万 年 寺 住 持 元 鼒 は 、﹁ 嗣 書 ﹂ を み だ り に 他 人 に 見 せ な い の が ﹁ 仏 祖 の 法 訓 ﹂ で あ る ︵ 嗣 書 巻 ︶ と 注 意 を 喚 起 し て い る 。   ﹁ 先 師 天 童 如 浄 、 ふ か く 、 人 の み だ り に 嗣 法 を 称 す る こ と を 、 い ま し む 。 誠 に 先 師 の 会 は 、 こ れ 古 仏 の 会 な り 、 叢 林 の 中 興 な り ﹂ 嗣 書 。 ﹄﹃ ﹄﹃   道 元 は 、 イ ン ド 仏 教 の ﹁ 戒 律 ﹂ 制 定 は と も か く 、 中 国 の ﹃ 禅 苑 清 規 ﹄ を 根 底 に 置 き 、 日 本 の 風 土 に 即 し て ﹃ 典 座 教 訓 ﹄﹃ 赴 粥 飯 法 ﹄﹃ 知 事 清 規 ﹄ 等 を 制 定 し 、 叢 林 生 活 の 基 礎 固 め を 推 進 し て い る 。﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ 中 に も 鉢 盂 ・ 洗 浄 ・ 洗 面 ・ 嚼 楊 枝 ・ 安 居 等 に 関 し 詳 細 な 説 示 を し て い る こ と が 知 ら れ る 。 な お 日 本 曹 洞 宗 で は 、 道 元 に よ っ て 、 中 国 仏 教 界 、 特 に 天 台 宗 の 大 乗 菩 戒 の 研 究 動 向 、 そ し て 日 本 天 台 宗 の 動 向 を 見 据 え 、 独 自 に 近 い ﹁ 十 六 条 戒 ﹂ を 定 め て い る 。 こ れ も い わ ば 道 元 の イ ン ド 仏 教 の ﹁ 戒 律 ﹂ や 中 国 禅 へ の 憧 憬 の 一 端 を 収 斂 し 凝 縮 し た も の と い え よ う 。

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 一 二 七 、﹃ 永 平 広 録 ﹄ の ﹁ 上 堂 ﹂ と ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の ﹁ 提 唱 ︵ 示 衆 ︶﹂ は 釈 尊 の 説 法 に 準 拠 し た か   道 元 の 自 負 と し て 、 中 国 の 禅 宗 寺 院 で 住 持 が 定 期 的 に 行 っ て い た ﹁ 上 堂 ﹂︵ 法 堂 に 上 り 説 法 す る こ と ︶ を 日 本 に お い て 最 初 に を 行 っ た こ と 、 ま た ﹁ 仏 成 道 会 ︵ 臘 八 ︶﹂ の 法 会 も 初 め て 行 じ た と 述 べ て い る 。   ﹁ 日 本 国 の 人 、 上 堂 の 名 を 聞 く 最 初 は 、 永 平 ︵ 道 元 ︶ の 伝 う る な り ﹂ 広 録 三 五 八 。   ﹁ 日 本 国 の 先 代 、 曾 て 仏 生 会 、 仏 涅 槃 会 を 伝 う 。 然 れ ど も 、 未 だ 曾 て 仏 成 道 会 を 伝 え 行 ぜ ず 、 永 平 始 め て 伝 え 、 已 に 二 十 年 な り 。 今 よ り 已 後 、 尽 未 来 際 伝 え て 行 ぜ ん ﹂ 広 録 四 〇 六 。   ま た 道 元 は 、 周 知 の ご と く ﹃ 永 平 広 録 ﹄︵ 漢 文 ︶ と ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄︵ 和 文 ︶ な ど を 残 し て い る が 、 そ の ﹁ 上 堂 ﹂ と ﹁ 提 唱 ﹂ を 頻 繁 に 行 っ て い た の は 、 釈 尊 の 説 法 に 接 近 し よ う と な さ れ た よ う に も 思 わ れ る 。   次 に ﹁ 涅 槃 会 上 堂 ﹂、﹁ 浴 仏 ︵ 降 誕 ︶ 会 上 堂 ﹂、﹁ 臘 八 ︵ 成 道 ︶ 会 上 堂 ﹂ の 数 例 を 挙 げ 、 そ の 説 示 を 見 て み ま し ょ う 。 そ れ ら は 時 空 を 超 え 、﹁ 今 日 の ﹂ 道 元 と 直 結 し て い る の で あ る 。   涅 槃 会 上 堂   広 録 一 四 六 ・ 四 八 六 ︵ 二 二 五 ・ 三 一 一 ・ 三 六 七 は 略 ︶   ﹁ 二 月 十 五 日 の 上 堂 。 今 、 我 が 本 師 釈 牟 尼 仏 大 和 尚 、 鳩 尸 那 城 跋 提 河 の 沙 羅 林 に 般 涅 槃 し た ま う 。 何 ぞ 啻 だ 釈 牟 尼 仏 の み な ら ん や 。 過 去 未 来 現 在 の 十 方 一 切 の 諸 仏 、 悉 く み な 今 日 の 半 夜 に 般 涅 槃 す 。 た だ 諸 仏 の み に あ ら ず 、 西 天 二 十 八 祖 、 巴 鼻 あ り 、 頂 寧 あ る は 、 悉 く み な 今 日 の 半 夜 に 般 涅 槃 す 。 前 も な く 後 も な し 、 自 も な く 他 も な し ﹂ 広 録 一 四 六 ︻ 三 世 一 切 諸 仏 と 同 時 涅 槃 ・ 同 参 。 前 後 ・ 自 他 な し ︼

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 一 三   ﹁ 二 千 年 前 の 今 日 ︵ 中 略 ︶ 今 日 に 遇 う 毎 に 枝 低 れ 葉 萎 む 。 如 来 の 涅 槃 を 憂 う る な り ﹂ 四 八 六 。   浴 仏 ︵ 降 誕 ︶ 会 上 堂   広 録 九 八 ・ 一 五 五 ︵ 二 三 六 ・ 二 五 六 ・ 三 二 〇 ・ 四 九 五 は 略 ︶   ﹁ 諸 仏 、 今 日 の 声 を 単 伝 し 、 過 去 、 未 来 、 な ら び に 現 在 に 同 生 し 、 同 処 し 、 同 名 な り 。 南 無 釈 牟 尼 仏 、 香 水 も て 洗 頭 し 老 兄 を 浴 せ ん 。 れ は こ れ 、 浴 す る 底 の 降 生 の 道 理 な り ﹂ 広 録 九 八 。   ﹁ 四 月 八 日 浴 仏 上 堂 。 云 く 。 我 が 本 師 釈 牟 尼 仏 大 和 尚 、 三 千 年 の 前 の 今 朝 、 浄 飯 王 宮 毘 藍 園 裏 に 現 生 し 降 誕 し た ま う ︵ 中 略 ︶ 師 云 く 、 大 家 、 世 尊 の 降 生 を 見 ん と 要 す や 。 払 子 を 拈 じ て 一 円 相 を 作 り て 云 く 、 世 尊 降 生 し 了 れ り 。 都 て 一 物 も 先 と な り 後 と な る こ と な し 。 甚 に 因 っ て か く の ご と く な る 。 所 以 は 世 尊 、 大 仏 の 降 生 を 受 け て 降 生 し 、 大 仏 の 脚 跟 を 受 け て 周 行 七 歩 し 、 大 仏 の 開 口 を 受 け て 便 ち 天 上 天 下 唯 我 独 尊 と 道 え ば な り ︵ 中 略 ︶ 尽 十 方 界 山 河 国 土 、 そ の 中 の 諸 人 有 情 無 情 、 三 世 十 方 一 切 諸 仏 と 、 瞿 曇 世 尊 と 同 時 に 降 生 し 了 れ り 。 都 て 一 物 も 先 と な し 後 と な す こ と な し ﹂ 広 録 一 五 五 ︻ 尽 十 方 界 三 世 諸 仏 と 同 参 ・ 同 時 降 誕 、 都 て 先 後 な し ︼   臘 八 ︵ 成 道 ︶ 会 上 堂   広 録 二 一 三 ・ 四 〇 六 ︵ 八 八 ・ 二 四 〇 ・ 二 九 七 ・ 三 六 〇 ・ 四 七 五 ・ 五 〇 六 は 略 ︶   ﹁ 臘 八 の 上 堂   云 く 、 瞿 曇 の 老 賊 、 魔 魅 に 入 る 。 人 天 を 脳 乱 し て 狼 藉 な る 時 、 眼 睛 を 打 失 し て 覓 む る に と こ ろ な し 。 梅 花 新 た に 発 く 旧 年 の 枝 ﹂ 広 録 二 一 三 。   ﹁ 臘 八 上 堂   日 本 国 の 先 代 、 曾 て 仏 生 会 ・ 仏 涅 槃 会 を 伝 う 。 然 れ ど も 、 未 だ 曾 て 仏 成 道 会 を 伝 え 行 ぜ ず 。 永 平 始 て 伝 え 、 已 に 二 十 年 な り 。 今 よ り 已 後 、 尽 未 来 際 伝 え て 行 ぜ ん ﹂ 四 〇 六 ︻ 臘 八 ︵ 成 道 ︶ 会 の 日 本 へ の 伝 承 を 誇 ら し く 語 る ︼   道 元 は 、 右 の 恒 例 仏 事 の 他 に 平 常 時 の 上 堂 に お い て も ﹁ 三 世 の 諸 仏 ﹂ が ﹁ 同 参 ﹂ し た と 述 べ ら れ る こ と に も 留 意 し

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 一 四 て お き た い 。 例 え ば ﹁ 如 来 の 慧 に 入 る ﹂ の 語 句 の 上 堂 と ﹁ 夜 来 三 世 仏 、 箇 箇 永 平 が 窟 裏 に 落 在 す ﹂ の 語 句 の 上 堂 を 挙 げ る 。 こ れ も 道 元 が 誓 願 を 持 つ 点 で 釈 尊 と ﹁ 同 参 ﹂ す る こ と 、 ま た ﹁ 三 世 仏 ﹂ が ﹁ 永 平 が 窟 裏 に 落 在 ﹂ し ﹁ 米 を 搬 び て 庫 堂 に 入 れ ﹂ て 祝 意 を 示 さ れ た と 述 べ ら れ る 。   ﹁ 云 く 、 山 僧 今 日 上 堂 す る に 、 三 世 の 諸 仏 も ま た 上 堂 す 。 諸 代 の 祖 師 も ま た 今 日 上 堂 す 。 丈 六 の 金 身 を 帯 ぶ る も の も 上 堂 す 。 百 草 の 妙 用 を 具 す る も の も 上 堂 す 。 既 に に 上 堂 し 、 甚 麼 の 法 を か 説 く 。 他 の 法 を 説 か ず 、 箇 の 法 を 説 く 。 作 麼 生 か こ れ 箇 の 法 。 上 藍 院 裏 に 挙 し 、 観 音 院 裏 に 挙 し 、 僧 堂 裏 に 挙 し 、 仏 殿 裏 に 挙 す 。﹂ 広 録 七 〇 。   ﹁ 上 堂 。 我 が 本 師 釈 牟 尼 仏 大 和 尚 、 先 世 に 瓦 師 と 作 る 。 名 づ け て 大 光 明 と 曰 う 。︵ 中 略 ︶ 日 本 国 越 宇 、 開 闢 永 平 寺 沙 門 道 元 、 ま た 誓 願 を 発 す 。 当 来 五 濁 の 世 に 仏 と な り 、 仏 お よ び 弟 子 の 国 土 ・ 名 号 、 正 法 ・ 像 法 、 身 量 ・ 寿 量 、 一 に 今 日 の 本 師 釈 牟 尼 仏 の ご と く に し て 、 異 な ら ざ ら ん と 。 た だ 願 わ く は 、 仏 法 僧 の 三 宝 、 天 衆 ・ 地 衆 、 雲 衆 ・ 水 衆 、 拄 ・ 払 子 、 こ の 願 を 証 明 せ ん こ と を 。 か く の ご と く な り と い え ど も 、 今 釈 牟 尼 仏 、 親 し く 曾 て 古 釈 牟 尼 仏 国 に あ り 、 仏 お よ び 弟 子 、 自 が 舎 に 来 り 宿 り し と き 、 一 に 与 に 草 座 ・ 石 蜜 を 供 養 し て 誓 願 を 発 す 。 今 已 に そ の 願 を 成 就 せ り 。 而 今 道 元 、 ま た 今 釈 牟 尼 仏 お よ び 仏 弟 子 に 見 え 、 ま た 仏 説 法 を 聞 く 也 無 。 釈 牟 尼 仏 言 く ︿ 法 華 涌 出 品 文 ﹀﹁ 始 て 我 が 身 を 見 、 我 が 所 説 を 聞 き 、 即 ち み な 信 受 せ ば 、 如 来 の 慧 に 入 ら ん ﹂ と 。 既 に か く の ご と く 仏 の 所 説 を 聞 く こ と を 得 れ ば 、 即 ち 仏 身 を 見 る な り 。 始 て 仏 身 を 見 て 、 自 ら 能 く 信 受 し 、 如 来 の 慧 に 入 る な り 。 況 や 耳 に 仏 身 を 見 、 眼 に 仏 説 を 聞 き 、 な い し 六 処 亦 復 た か く の ご と か ら ん に は 、 仏 の 家 に 入 っ て 誓 願 を 発 す こ と 、 一 に 昔 の 願 の ご と く に し て 異 な ら ざ る な り 。﹂ 広 録 一 八 二 。   ﹁ 上 堂 。 云 く 、 夜 来 三 世 仏 、 永 平 が 窟 裏 に 落 在 す 。 面 面 、 米 を 搬 び て 庫 堂 に 入 れ ぬ 。 典 座 、 米 を 得 て 粥 を 煮 、 僧

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 一 五 堂 に 行 く 。 兄 弟 、 粥 を 喫 し 了 れ り 也 未 。 乃 ち 云 く 、 粥 を 喫 し 了 れ り 、 粥 を 喫 し 了 れ り 。 粥 こ れ 喫 し 得 ば 、 こ の 鉢 盂 を 洗 う 也 未 。 鉢 盂 未 だ 曾 て 洗 わ ず 、 且 く 作 麼 生 が 未 だ 曾 て 洗 わ ざ る 。 良 久 し て 云 く 、 鉢 盂 底 な く し て 未 だ 曾 て 洗 わ ざ る は 、 瞿 曇 の 親 授 記 に 敵 勝 れ り 。﹂ 広 録 二 一 〇 。 八 、 最 晩 年 、 遺 教 経 ﹁ 八 大 人 覚 ﹂ 提 唱   道 元 は 、 最 晩 年 ︵ 建 長 四 年 夏 こ ろ よ り 微 疾 あ り ︶、 臨 終 の 近 き こ と を 自 覚 し 、 釈 尊 へ の 慕 情 や み が た く ﹃ 遺 教 経 ﹄ の ﹁ 八 大 人 覚 ︵ 少 欲 、 知 足 、 楽 寂 静 、 懃 精 進 、 不 妄 念 、 修 善 定 、 修 智 慧 、 不 戯 論 ︶﹂ を 提 唱 し 、 本 文 末 尾 に お い て 釈 尊 と ご 自 分 と を 重 ね ら れ 、 次 の よ う に 述 べ て い る 。   ﹁ 仏 法 に あ ふ た て ま つ る こ と 、 無 量 劫 に か た し 。 人 身 を う る こ と 、 ま た か た し 。 た と ひ 人 身 を う く と い へ ど も 、 三 洲 の 人 身 よ し 。 そ の な か に 、 南 洲 の 人 身 す ぐ れ た り 。 見 仏 聞 法 、 出 家 得 道 す る ゆ ゑ な り 。 如 来 の 般 涅 槃 よ り さ き に 涅 槃 に い り 、 さ き だ ち て 死 せ る と も が ら は 、 こ の 八 大 人 覚 を き か ず 、 な ら は ず 。 い ま わ れ ら 見 聞 し た て ま つ り 、 習 学 し て 生 々 に 増 長 し 、 か な ら ず 無 上 菩 提 に い た り 、 衆 生 の た め に こ れ を と か ん こ と 、 釈 牟 尼 仏 に ひ と し く し て こ と な る こ と な か ら ん 。﹂ 眼 蔵 八 大 人 覚 第 十 二 。   ﹁ 衆 生 の た め に こ れ を と か ん こ と 、 釈 牟 尼 仏 に ひ と し く し て こ と な る こ と な か ら ん ﹂ と は 、﹁ 八 大 人 覚 ﹂ を 人 々 に 説 示 す る こ と 自 体 、 釈 尊 と 等 し い と 述 べ る の で あ る が 、 そ の 心 境 は 、 釈 尊 の 入 滅 に な ぞ ら え 接 近 し よ う と さ れ た に 違 い な い と 思 わ れ る 。﹁ 釈 尊 と 等 し い ﹂ と い っ て も 決 し て 同 じ で は な い 。 そ の 微 妙 な 立 ち 位 置 を 何 度 も 反 芻 し て い た に

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道 元 禅 師 に お け る 仏 弟 子 観 ︵ 吉 田 道 興 ︶ 一 一 六 違 い な い 。   な お 、 こ の ﹁ 八 大 人 覚 ﹂ の 文 書 を 後 継 者 懐 奘 が 建 長 五 年 正 月 六 日 、 永 平 寺 に お い て 書 写 し て い る 。 ま た 懐 奘 の 奥 書 に は 、 そ の 後 、 建 長 七 年 解 制 前 日 ︵ 七 月 十 四 日 ︶ に 懐 奘 が 義 演 に 命 じ 、 本 書 を 書 写 さ せ て い る 。 懐 奘 は ﹁ も し 先 師 ︵ 道 元 ︶ を 恋 慕 し 奉 ら ん 人 は 、 必 ず 此 の 十 二 巻 を 書 し て 之 を 護 持 す べ し 。 此 れ 釈 尊 最 後 の 教 勅 に し て 、 且 つ 先 師 最 後 之 遺 教 也 。  懐 弉 記 之 ﹂ と し 、 義 演 以 後 も 伝 承 す る こ と を 要 請 し て い る 。 九 、 建 長 五 年 ︵ 一 二 五 二 ︶ 八 月 二 十 八 日 示 寂 ﹁ 遺 偈 ﹂   道 元 の 最 期 は 、 建 長 五 年 八 月 五 日 、 永 平 寺 よ り 療 養 の た め 上 洛 し 京 高 西 洞 院 の 俗 弟 子 覚 念 邸 に 滞 在 さ れ て 、 あ る 日 、﹃ 法 華 経 ﹄ を 誦 し 、 そ の 巻 七 の 一 節 を 面 前 の 柱 に 書 付 け ﹁ 妙 法 華 経 庵 ﹂ と 書 き と め た と 伝 わ る ︵﹃ 三 祖 行 業 記 ﹄・ ﹃ 三 大 尊 行 状 記 ﹄︶ 。 そ し て ﹁ 正 師 ﹂ 如 浄 の 残 し た ﹁ 遺 偈 ﹂ に 共 鳴 し あ う よ う に し て ﹁ 同 道 同 唱 ﹂ し て お ら れ る 。 ま さ に 道 元 の 正 師 如 浄 へ の 慕 情 の 念 が 凝 縮 さ れ た も の と い え ま し ょ う 。 初 句 の 年 寿 数 や ﹁ 打 箇 勃 跳 ﹂ と ﹁ 活 陥 黄 泉 ﹂ の 二 句 を 示 す 点 は 同 じ で あ る 。 そ の 二 人 の ﹁ 遺 偈 ﹂ を 次 に あ げ る 。 ﹁ 六 十 六 年 、 罪 犯 弥 天 、 打 箇 勃 跳 、 活 陥 黄 泉 、 、 従 来 生 死 不 相 干 ﹂ 如 浄 録 。 ﹁ 五 十 四 年 、 照 第 一 天 、 打 箇 勃 跳 、 触 破 大 千 、 、 渾 身 無 覓 、 活 陥 黄 泉 ﹂ 三 大 尊 行 状 記 。   釈 尊 最 後 の 場 面 は 、﹁ サ ー ラ 双 樹 の 間 に 頭 を 北 に 向 け 、 右 脇 を 下 に 着 け 、 両 足 を 重 ね 、 横 臥 し た ﹂︵ ﹃ 大 般 涅 槃 経 ︵ 大 パ リ ニ ッ バ ー ナ 経 ︶﹄ ︶ と 伝 え ら れ る 。 道 元 の 場 合 、 初 期 成 立 の 伝 記 類 ︵﹃ 三 大 尊 行 状 記 ﹄・ ﹃ 三 祖 行 業 記 ﹄ 等 ︶ に は 詳 述

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