東日本大震災における被災自治体支援を通じて得られた 災害対応業務支援のための GIS の要件と課題
田口 仁・長坂俊成・臼田裕一郎・花島誠人・小島誠一郎
Requirements and Problems of Geographic Information System for Supporting Natural Disaster Responses in Local Government:
The Case of the Great East Japan Earthquake
Hitoshi TAGUCHI, Toshinari NAGASAKA, Yuichiro USUDA, Makoto HANASHIMA and Seiichiro KOJIMA
Abstract: Geographic Information System (GIS) has played an important role for natural disaster responses in local government since the Great Hanshin Earthquake. Firstly, the supporting case of the Great East Japan Earthquake in March 2011 is reported. In this case, authors supported three local governments using the open-source WebGIS which was developed by authors. Secondly, three system requirements of GIS for disaster responses are discussed. Finally, future issues and problems for supporting of devastated local governments using GIS are discussed.
Keywords: 東日本大震災(the great east Japan earthquake),地方自治体(local government), WebGIS(web-based geographic information system), 災害対応(natural disaster responses)
1. はじめに
地理情報システム(GIS)は、様々な自然災害にお いて、事前、事中、事後の災害対応において利活用 が行われ、阪神・淡路大震災以降、被災自治体の災 害対応において有効性が明らかにされてきた(例え ば、碓井, 2004; 吉富ら, 2005)。2011年3月11日 に発生した東日本大震災においても、GISを用いた 災害対応業務の支援が各地で展開されている。筆者 らは、岩手県沿岸部の被災自治体において、自治体
の要請を受けて災害対応業務を支援し、筆者らが開 発したオープンソースWebGIS「eコミマップ」を 用い、限られたリソースの中で支援を行った。そこ で本稿では、筆者らが行った被災自治体の災害対応 業務支援を紹介し、この支援を通じて得られた被災 自治体の災害対応業務支援のための GIS の新たな 要件と課題を考察する。
2. e コミマップについて
eコミマップは、Free and Open Source Software for Geospatial(FOSS4G)を基盤に、筆者らが開発し たオープンソースのWebGISである(防災科学技術 田口 仁 〒305-0006 茨城県つくば市天王台 3-1
(独) 防災科学技術研究所 社会防災システム研究領域 Phone: 052-863-7552, E-mail: [email protected]
研究所, 2009)。地図を閲覧参照するだけでなく、レ イヤの公開/非公開の設定や、情報登録や属性情報 によるデータ管理、属性検索や空間検索、印刷機能 など、GISとしての基本的な機能を有する。
さらに、Open Geospatial Consortium(OGC)に より規格が策定され、国際標準 ISO-19100 シリー ズとしての標準化が行われている Web Mapping Service(WMS)、Web Feature Service(WFS)、Web Coverage Service(WCS)、OGCのオープンスタン ダードとなったKMLなどの相互運用方式に対応し ている。つまり、インターネット上にある上記方式 に対応した地理空間情報を、利用者が動的に取得し、
重ね合わせが可能となる。
3. 東日本大震災における被災自治体支援事例 東日本大震災において、筆者らは岩手県遠野市の 沿岸被災地後方支援室と共に現地に入り、下記3被 災自治体からの要請を受けて支援を実施した。
3.1 陸前高田市の罹災証明書発行支援システム 陸前高田市は津波により市庁舎を流失し行政機 能の大半を失ったため、税務課が罹災証明書を発行 することが困難だったことから、支援要請を受けて 筆者らが以下のような支援を実施した。
陸前高田市の方針としては、支援金等を受けるた めの世帯ごとの罹災証明書と、保険会社や金融機関 等へ提出するための建物別(所有物件用)の罹災証明 書の2種類を発行することになった。
発行業務を行う税務課では、世帯台帳に被害程度 の調査結果を記入したデータ(表形式で住所有り)を 被災直後から作成していた。また、家屋台帳(表形 式で住所有り)と地籍図のGISデータが残存してい た。このように、位置情報に変換して GIS として 扱えるデータが多いことと、被災自治体支援のため に被災後航空写真や住宅地図の支援を受けていた ことから、陸前高田市の罹災証明書発行支援システ
ムは、eコミマップの機能を追加し、新たに作成し たデータと残存しているデータを連携し、罹災証明 書の発行が行えるシステムとした。
仮庁舎はインターネット環境が無く、携帯電話に よるデータ通信の速度が遅かった。さらに、個人情 報はインターネット接続を行わない税務課の方針 から、WAN(インターネット接続を含むネットワー ク環境)に接続せずに LAN(インターネット未接続 のネットワーク)で運用することにした。
背景地図として、前述したように被災後空中写真
(国土地理院および民間撮影)と住宅地図がWMSに
より利用可能だったため、インターネットが接続で きる環境で市域の地図画像のキャッシュデータを 作成し、eコミマップで利用できるようにした。次 に、被害程度を調査した世帯台帳、家屋台帳を結合 して生成したテーブルをeコミマップへ登録し、住 所を元にジオコーディングを行って、地図上で表示 および検索が行えるようにした。
世帯用の罹災証明書の発行は、世帯情報の検索画 面を設け、申請書の記載内容から検索を行い、調査 結果(世帯台帳)と実態(被災後空中写真)が整合する かどうか地図上から確認した上で、罹災証明書の書 式でファイル出力し、印刷できる仕組みとした。一 方、建物別の罹災証明書については、世帯用の罹災 判定の結果の分布と被災後航空写真を地図上で重 ね合わせ、被害程度を判定し、結果を罹災証明書の 書式で出力できる仕組みとした。
データ処理およびシステム開発に着手したのは4 月16日からである。オープンソースで公開されて いたeコミマップを基に、現場でシステム設計およ び調整を行うシステムエンジニアが1名、遠隔地で 開発を行った後に現地で修正・微調整を行ったプロ グラマ1名の合計2名によりシステムの構築が行わ れ、事前に決定していた4月27日に罹災証明書の 発行業務が開始できた。
図 1 陸前高田市の罹災証明書発行支援システム のサンプル画面(上)と発行の様子(下)。
開発したシステムのサンプル画面を図 1 に示し た。運用はノートパソコン1台がサーバとなるイン トラネットを2つ構築し、貸与した計11台のノー トパソコンによりサーバへ接続し、キャッシュされ た地図と台帳等データベースを参照できるように した。実運用においては、申請窓口は市への支援に 入った東京都職員が担当し、作成したマニュアルを 基に、税務課職員が20分程度の事前説明を行った。
3.2 大槌町の罹災証明書発行支援システム 大槌町は陸前高田市と同様に庁舎が被害を受け た、陸前高田市で使用可能だった世帯台帳や家屋台 帳についても失われており、陸前高田市と同様の支 援が困難だった。
陸前高田市と同様に税務会計課が支援前から調 査を行っており、紙地図に被害状況を記録していた。
また、住民基本台帳のデータ(表形式で住所有り)が 利用可能だった。そこで、被害状況の調査結果を地 図上へ表示し、住民基本台帳の住所情報を地図上に プロットすることで、申請者の居住地近くの地図を 表示し、申請者と窓口担当者が被害状況を地図上で 確認して罹災証明書を発行する方針とした。
上記方針により、罹災証明書の発行と被害状況を 別の仕組みとし、申請者住所における被害状況の確 認に e コミマップを利用し、罹災証明書の発行は Microsoft Access を利用することにした。なお、e コミマップは地図参照のみであるため、機能拡張は せずに基本機能のみで運用する方針とした。
仮庁舎のインターネットの接続環境や携帯電話 の通信環境は陸前高田市と同様であり、さらに、さ らに、証明書の発行は出前方式での実施である等の 理由から、全ノートパソコンにeコミマップをイン ストールして利用することにした。
背景地図は、陸前高田市と同様、被災後空中写真 (国土地理院および民間撮影)と住宅地図(民間)から キャッシュデータを作成し、それぞれのノートパソ コンにデータをコピーした。次に、紙地図に記入し た被害調査をeコミマップへ登録した。また、住民 基本台帳(表形式)の住所を基にジオコーディングを 行ったデータをeコミマップへ登録した。
これにより、申請者の情報から住民基本台帳の属 性情報を検索し、住所付近の地図を表示させ、住宅 地図を参照して住居を特定し、被災後空中写真と調 査結果を重ね合わせ、申請者と窓口担当者によって 最終的な被害判定を行い、Access を使って罹災証 明書を発行することが可能となった。なお、発行終 了後は、庁舎にて職員が Accessのデータをすべて 統合し、統合したデータを全てのパソコンへ反映と いう作業を毎日行った。
図2 大槌町の罹災証明書発行支援システムのeコ ミマップ画面(上)と発行の様子(下)。
サンプル画面を図2に示した。前述したように、
eコミマップは基本機能である地図閲覧機能および 属性検索機能のみで運用が可能だった。そのため、
環境のセットアップとデータ登録のみのため、一週 間程度で準備が完了し、事前に予定していた 4 月 27 日に罹災証明書の発行を開始できた。実運用の 際は貸与した8台のノートパソコンを使用し、申請 窓口は支援に入った自治体の職員が行った。
3.3 釜石市の瓦礫撤去管理支援システム
釜石市建設課では、瓦礫撤去の申請を市民から 受け付ける窓口を設けており、業者への撤去の指 示や進捗を管理する仕組みとして地図を活用した いとの要望を受け、eコミマップにより瓦礫撤去の 管理を行えるように支援を行った。
建設課との打合せにより、以下の業務フローとし た。住民から撤去の申請を受け付け、申請者の住所 と周辺の住宅地図を参照して、撤去を希望する建 物の元の位置を地図上にプロットする。そして、
申請を受け付けた地点をすべて地図上に表示させ、
撤去を行う区画を地図上から指定し、その地図を 印刷出力して撤去を行う業者へ渡す。なお、撤去の 進捗も地図上で管理を行う。
上記の業務フローから、eコミマップの拡張は行 わず、基本機能のみで運用する方針とした。また、
システムのメンテナンスの容易さやサポートの容 易さ、他部局との情報の共有の容易さから、筆者ら が提供したウェブサーバ(クラウド環境)を利用する 方針とした。そこで、インターネットに接続可能 な携帯電話の通信端末とノートパソコンを貸与し、
設定や調整のみで 1 日程度で利用環境が構築でき た。図3にeコミマップのサンプル画面と受付の様 子を示す。運用は5月の上旬より開始し、他部局と 情報の共有を行っている。
4. 考察
3 章で示したように、東日本大震災においても GISが災害対応業務へ活用できた。この事例を踏ま え、新たに得られた知見と課題を考察する。
4.1 被災自治体への災害対応業務支援で有用とな る GIS の要件
(1)WAN および LAN で運用か可能な GIS
釜石市は筆者らが用意したウェブサーバへアク セスして利用したように、WANによる運用だった。
一方、陸前高田市では LANを構築し、複数の PC がウェブブラウザから接続して利用したが、大槌町 ではそれぞれのノートパソコンへインストールし て利用した。このように自治体ごとに利用環境が多 様だった理由は、現場の通信環境の状況や、セキュ リティポリシーの方針によるものである。
図3釜石市の瓦礫撤去管理支援システムのeコミ マップ画面(上)と業務の様子(下)。
罹災証明書発行業務のような住民に対する窓口 対応を行う場合は、窓口が増えることもあるため、
対応履歴やデータベースの共有が大切となる。つま り、ネットワーク上で情報共有ができる環境が望ま しいと考えられる。その点を考慮すると、WANお よびLANの両方に対応可能なGISであることで、
現場の状況に応じた様々な運用に対応可能である ことから、要件として挙げることができる。
(2)国際標準インターフェースによる外部地図取得 東日本大震災では、発生直後から航空機や人工衛 星による写真地図がWMSにより公開された。また、
被災前の住宅地図も被災自治体限定で WMS によ り公開された。このように、震災発生後に新たな地 図が提供された事例があることから、災害対応業務
で使用する GIS が外部の地図を取得できる仕組み がある事が望ましく、WMSなどの標準インターフ ェースへ対応することで、より多様な地図を活用で きる機会が増える可能性がある。
eコミマップは、2章で説明したようにWMSに より地図画像を取得し、画面上で重ね合わせる機能 がある。そのため、WANで利用した釜石市では、
当初は国土地理院の被災後空中写真を背景地図と して利用していたが、後に民間が広域かつ均質な空 中写真がWMSで公開を開始したため、そちらへ即 座に切り替えて業務へ利用することができた。一方、
LAN の環境である陸前高田市や大槌町は、釜石市 のように即座なデータの切り替えはできないが、被 災地外のWANにおいて、キャッシュデータを作成 し、それを LAN 内のパソコンへコピーし、WMS として利用した。このように、WAN および LAN での運用のために、WMSによる地図画像をキャッ シュし、それが利用できることが要件といえる。
(3)自治体の被災状況に対応可能なシステム拡張性 今回の支援では、はじめにそれぞれの自治体にシ ステムエンジニアを派遣し、どのような支援を行う か方針を決める段取りとした。そして、機能追加な どの開発を行う方針とした陸前高田市については プログラマを派遣し、システムエンジニアと連携し ながらシステムの開発と構築を行った。
陸前高田市と大槌町においては、被災状況に起因 する利用可能なデータの違いから、罹災証明書発行 支援システムのシステム構成や運用方法に大きな 差異が生じた。これは、各自治体一律に同一システ ムによる支援を行うことは難しいことを意味して おり、庁舎の被災状況やデータの残存状況や対応す る職員のスキルを考慮し、その自治体に最適化され た災害対応業務のための拡張や機能追加が柔軟に 行える情報システムであることが大切である。その ためには、GIS がオープンソースや APIによる拡
張が可能な仕組みを有することが要件といえる。
4.2 災害対応業務の支援に向けての課題 (1)技術的課題
4.1(1)において、WANおよびLANにより運用可 能なことを要件として挙げたが、それぞれの運用に はメリットとデメリットがある。WAN の場合はシ ステムの更新やデータベースの保守が遠隔から可 能であるが、回線速度の制約やセキュリティの確 保が問題となる。逆にLAN の場合は、回線速度の 影響を受けずセキュリティが確保しやすいが、シ ステムのメンテナンスやデータベースの保守が現 地でしか行えないという問題がある。また、被災地 では当初はインターネット回線が断絶していて LANを選択することになるが、復旧してWANが可 能になれば、遠隔から継続的な支援を受けやすくな る。そのため、両方の接続形態に対応して運用が行 えるだけなく、接続形態への切り替えが容易に行え る仕組みが重要と考えられ、そのような機能を有す るGISの開発が今後の課題といえる。
今回の支援では、支援中に発生した様々な問題を 一つ一つ解決しながらeコミマップを活用した支援 を実現した経緯があるため、今後、上記の要件によ る支援を円滑かつ容易に行えるために、WebGISと 共に、それの導入・拡張が容易に行えるためのドキ ュメントをセットとしてパッケージ化を行うこと が大切であり、今後の課題といえる。
(2)社会的課題
陸前高田市や大槌町では、これまで説明したよう に LANのみの運用を行った。しかし、WAN の利 用が可能になることで、(1)で前述したように遠隔で 継続的な支援が容易となる。しかし、住民基本台帳 など個人情報を使用する場合は、個人情報の流出リ スクを優先し、WANによる運用を選択することが 困難な可能性がある。そのため、WAN と LAN に
よる個人情報流出のリスクを検証し、支援の容易性 や継続性を考慮した上で、どちらの運用が望ましい か、被災自治体側が判断できることが重要であり、
WAN と LANのどちらの利用形態でも運用が行え るような社会的な議論と合意形成が必要である。
筆者らが支援を行った被災自治体には、災害対応 業務のための人的支援はあったが、情報システムだ けでなく、それの運用による災害対応実現のための 総合的な支援はなかったため、筆者らが現地でシス テムからハード、運用まで支援した。そのため、
GISの支援、エンジニアやプログラマの支援、外か らの自治体職員の支援、パソコンやネットワーク機 器など物的支援、データの支援をセットとして、ど のようなシナリオで支援を受けるのかを検討する ことが大切である。そのためには、それぞれの自治 体が起こりうる庁舎の被害や災害対応を想定し、そ れに基づき、平時から複数の自治体や民間との恊働 による支援体制を構築しておくことが大切である。
5. おわりに
本稿では、東日本大震災において筆者らが GIS を用いて行った被災自治体の災害対応支援を紹介 し、これらの支援を通じて新たに得られたGISの3 つの要件と、それにまつわる技術的、社会的課題を 考察した。今後起こりうる自然災害への対応におい て、本研究の知見が活用できれば幸いである。
参考文献
碓井 (2004):阪神・淡路大震災と国土空間基盤整 備,「地理情報科学事典」, pp.394-397.
独立行政法人防災科学技術研究所(2009):e コミマ ップ, http://ecom-plat.jp/.
吉富ら (2005):災害対応業務の効率化を目指した り災証明書発行支援システムの開発,地域安全 学会論文集,7,pp.141-150.