Kyushu University Institutional Repository
反射解析に基づく布のCG画像の作成とその視感評価
坂上, ちえ子
https://doi.org/10.15017/1544045
出版情報:Kyushu University, 2015, 博士(芸術工学), 論文博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
反射解析に基づく布の CG 画像の作成とその視感評価
Modeling and Visual Evaluation of Computer Generated Cloth Images Based on a Reflection Analysis
坂上 ちえ子
Sakagami Chieko
目次
論文内容の要旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ⅰ
Abstract・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ⅲ
第1章 目的-服の色彩嗜好調査に必要とされる色刺激・・・・・・・・・・・・ 1
本章の目的と概要
1.1 本研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 1.2 本論文の構成と概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 第2章 紙と比較した布の反射特性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
本章の目的と概要
2.1. 紙製および布製色刺激の比較評価測定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
2.1.1. 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
2.1.2. 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
2.1.3. 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 2.1.4. 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
2.2. 紙製色票および染色布の分光反射と色度変化の測定・・・・・・・・・・・・・24
2.2.1. 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
2.2.2. 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
2.2.3. 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
2.2.4. 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
第3章 光の反射とCGにおける反射モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・39
本章の目的と概要
3.1. 光の反射・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
3.1.1. 光反射のメカニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
3.1.2. 布反射の先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
3.2. CGにおける反射モデルと布CG画像の先行研究・・・・・・・・・・・・・・ 50
3.2.1. 拡散反射モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
3.2.2. 鏡面反射モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
3.2.3布CG画像の先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
第4章 布微小面の反射特性の解析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
本章の目的と概要
4.1. 予備実験:指数関数による布微小面の反射率算出法の検討・・・・・・・・・・67
4.1.1. 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・67
4.1.2. 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68
4.1.3. 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・71 4.1.4. 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80
4.2. 本実験:マイクロスコープと偏光フィルタによる画像測定に基づく
布微小面の反射特性の解析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81
4.2.1. 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81
4.2.2. 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82
4.2.3. 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・88
4.2.4. 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95
第5章 布の反射特性に基づく布3DCG画像の作成と評価・・・・・・・・・・・97
本章の目的と概要
5.1. 布の反射特性に基づく布3DCG画像の作成・・・・・・・・・・・・・・・・・98
5.1.1. 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98
5.1.2. 3DCGソフトウエアの光学的特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・99
5.1.3. 反射特性を反映した布の3DCG画像・・・・・・・・・・・・・・・・・・110
5.1.4. 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・114
5.2. 布3DCG画像の評価実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・115
5.2.1. 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・115
5.2.2. 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・115
5.2.3. 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・117
5.2.4. 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・129
第6章 総括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・132
6.1. 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・133
6.2. 今後の課題と展開・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・135
引用・参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・136 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・141
i
論文内容の要旨
本研究の目的は,コンピュータグラフィックス(CG)により布の色彩調査用の刺激画像 を作成し,その視感評価を行うことであった。具体的には,布の反射を解析し,その解析 結果を反映させた色彩嗜好調査用の布のCG画像を作成して,それらの精度を視感評価に より検証することとした。その結果から,実際に測定した布微小面の反射データに基づき,
三次元コンピュータグラフィックス(3D CG)のソフトウエアを使用して作成された布の CG画像は有用であることを明らかにした。とくに,以下の2 点が重要であることを提案 した。1 点目は,単に布表面の反射率データの反映ではなく,布の微小面における全反射 を拡散成分と鏡面成分に分離して各反射率を明らかにし,3D CG画像作成に必要な設定パ ラメータに反映させた点,2点目は,3D CGで作成した楕円柱状のたて糸とよこ糸を交錯 させて表面形状を構成したCG画像に布の反射データを反映させた点であった。これによ り,観察角度45度と60度では,評価項目「布らしさ」において対照刺激の画像より有意 に高い評価を得た。以下に提案に至る研究内容を各章で要約した。
第1章では本研究の目的と研究の背景を述べた。色彩嗜好調査の色刺激には,一般に紙 製かそれに近い均質な素材のカラーサンプル(色票)が使用されるが,立体的で複雑な表 面構造を持つ服地や布の嗜好を調査するための刺激として紙製の色票が適切かという疑問 が生じた。そこで,布からの反射光を解析して,それらを反映させた布のCG画像を作成 した。さらに,布の質感が表現されているかを確認するために,視感評価測定を試みるこ ととした。
第2章では視感評価と物理的測定を行い,紙と布の違いを確認した。視感比較評価でも 変角分光測色システムを使用した反射率などの物理的測定でも紙製と布製色票の間に有意 な差が認められた。とくに反射率と色度の結果では顕著な違いが認められたが,布からの 反射光を特徴づけると予測される鏡面反射成分やその特性を抽出することはできなかった。
第3章では布の反射と布のCG画像作成に関するこれまでの研究をまとめた。まず,一 般的な不透明物体表面の反射に関する物理的基礎事項を整理した。布の反射に関する研究 は少なかったが,有用な成果をあげた一連の研究群があったためそれらをまとめると同時 に,本研究に必要な課題や研究の方策を検討した。次に,布のCG画像作成にかかわる先 行研究を整理した。CG を作動させる上で反射メカニズムを解析し記述する必要がある。
記述には2色性反射モデルを導入している研究が多かった。2色性反射モデルとは表面か らの光反射成分を鏡面反射成分と拡散反射成分に分けて記述するモデルであり,布の CG 描写に関する研究に重用されていた。また,布のCG画像作成の多くの先行研究に共通し たのは,布が複雑な表面構造を持つことに起因する特徴的な反射に注目していることであ った。とくに,微小面の反射特性を解析し,それらをシェーデイングやレンダリングなど
ii に反映させることで布の持つ柔らかさや光沢といった質感を表現する研究が行われていた。
しかし,絹のサテン生地など光沢感を認識しやすい布が研究対象であった。また,双方向 反射率分布関数(BRDF:Bidirectional Reflectance Distribution Function)によって反射を記 述する研究も多く行われていたが,作成した布のCG画像は呈示されているだけで,実物 と視感比較するなど,質感表現の完成度を客観的に確認した研究は見当たらなかった。
第4章では偏光フィルタとマイクロスコープデジタルカメラを用いて,布微小面の反射 特性を解析した。2 色性反射モデルの考え方に基づき,また,織組織の特徴を備える布の 微小面からの反射光を鏡面反射成分と拡散反射成分を分離して抽出し,反射率を算出した。
通常の測色システムでは測定が難しいため,偏光フィルタとマイクロスコープデジタルカ メラを測定に用いた。しかし,反射率算出が適切かを確認する必要があるため,4.1節では 非線形関数である指数関数による反射率算出とその方法を検証した。その結果をもとに使 用頻度の高い布の微小面からの反射光を解析した。まず,反射断面とした布の織糸からの 反射率変化を拡散成分と全成分(拡散成分+鏡面成分)に分けて捉えた。次に,フーリエ 解析を利用して,受光角度の変化に伴う布の織目の規則的変化を確認した。さらに,微小 面における反射光の強度分布を視覚化し,選定した14種類の試料布の反射特性を解析した。
第5章では,第4章の解析結果を反映させた服の色彩調査用色刺激の作成を試みた。取 り扱いが簡便な市販の3D CGソフトウエアを用いた。まず,使用するソフトウエアの光学 的特徴を把握した。それらの特徴を考慮し,さらに,第4章で得た布微小面の反射データ を反映させて布のCG画像を作成した。これまでの研究では作成した画像を客観的に評価 したものは見当たらなかったため,実際の試料布とCG画像を同時に視感する比較評価に よって,作成した布の画像の質感や布らしさを確認した。評価項目と観察角度ごとに評価 平均値を求めて分散分析を行い,良好な結果が観察された。しかし,不充分な点も見出さ れた。反射率が低く鏡面反射成分の多い合成繊維の布は,その表現に工夫が必要であった。
本研究では市販の色票と同形のCG画像を想定したため,ドレーピングのない平らな画像 としたが,柔らかさを表現するためには,布表面だけでなく全体の形状を工夫する必要が あった。また今回,染色していない布を研究対象としたが,服地には無色や無地の布は少 ない。今後は,質感研究とともに色や柄の表出方法についても探求していく必要があると 考える。
iii
Abstract
Colored papers instead of colored pieces of clothes have been generally used for investigations on color preference for clothes. However, colored papers do not have a texture such as a feel of fabrics.
Here, the goal of this research was to create images of fabric using computer graphics (CG) based on the results of fabric reflectance analysis and to conduct visual evaluation experiments with the images.
A CG image creation by modeling the reflection mechanisms of tiny sections of fabric surfaces to obtain the feel of fabric requires sophisticated knowledge. In addition, previous researches concerned with the CG image creation of clothes have focused on particular fabrics. Therefore, we created fabric CG images by an analysis that substituted relatively simple knowledge for complex reflection characteristics on a fabric surface.
First, we measured the reflectance of frequently used fabrics and analyzed their properties. We selected 14 kinds of undyed clothes consisted of different fibers, weave structures, and knit structures as test specimens. We measured microscopic surfaces of the specimens using a microscope and polarized filters. The light conditions were at an incident angle of 45° and acceptance angles of 0°, 15°, 30°, 45°, and 60°. In addition, we separated reflected light into diffuse and specular reflection components based on the dichromatic reflectance model and quantified these proportions within total reflectance. Further, we visualized reflection intensity to show the anisotropy of the separated, reflected light.
The results indicated that for the cotton fabric, we extracted the specular component only in the specular direction. In contrast, the specular component appeared at all acceptance angles for silk and linen fabrics, which showed remarkably higher values for synthetic and Rayon fabrics. In addition, the intensity distribution of the reflected light depended on the direction from which the fabric was viewed.
We created the images based on the above properties by using commercially available 3D-CG software so that general researchers can use them in a color preference survey of fabrics. We juxtaposed an actual fabric specimen and a corresponding CG image of the fabric created by incorporating the reflectance analysis results and visually compared them. We checked whether the CG image of the fabric retained its 'fabric-like' feel through these evaluation experiments. The results indicated that fabrics were rated significantly higher than the corresponding control images.
Of particular note, each fabric successfully rendered its characteristic feel when the specular reflectance component was less than or equal to 10% of the total reflectance.
第 1 章 目的
-服の色彩嗜好調査に必要とされる色刺激
2
第 1 章 目的-服の色彩嗜好調査に必要とされる色刺激
本章の目的と概要
本章では,本研究の目的と全体の構成を述べる。
本章の構成は以下の通りである。1.1.節では目的を明らかにした。まず,本研究を始める にいたった現状と背景を整理して問題点を抽出し,目標とすべき研究成果を見据えながら,
目的を明確にした。1.2.節では本論文の構成と概要を示した。
1.1. 本研究の目的
色の嗜好調査には,色自体の好悪を調べる調査もあるが,服の色の好き嫌いや着用した い服の色を尋ねる色彩調査もある。前者は研究者や学生が行うことが多く,調査に用いる 色刺激には,紙製色票やカラーカードなどのように調査用に調整されたものを使用するこ とが一般的である。後者は商品開発や市場調査のためにアパレルメーカーやテキスタイル メーカーによって行われることが多く,調査に使用される色刺激には,一般的なカラーカ ードもあれば布製のものもある。
色自体の嗜好調査や検査に用いられる色刺激は,紙製かそれに近い素材によって製造さ れていることが多い。図 1.1-1.には,一般財団法人日本色彩研究所が販売しているカラー チャート「COLOR INDEX 500」1)を色彩調査・検査用色刺激の一つとして挙げる。
図からも分かるように系統的に色が選定,配列されている。色票(Color Sample)を 1 枚ずつ示すことができる形式や色票が横長に並ぶ形状など,調査目的により形式はいくら か異なるが,共通するのは調査に必要な色が系統立てて選定されていることと材質が均質 であるということである。色数は目的にもよるが,10数色程度ということはなく,最低200
~300色,多い場合は500色ほどが選ばれ呈示されることにより,被調査者が色同士の差 を認識しながら調査に臨むことができるよう配慮されている。さらに,色以外の要素であ る材質の違いに惑わされることがないよう質感の統一にも工夫がされている。
図 1.1-1. COLOR INDEX 500 日本色彩研究所製カラーチャート 出典:引用文献 第 1 章-1)
3 それに対し,服の色の嗜好調査では,一般的な紙製色票を色刺激として使用する場合も あるが,対象とする服地そのものや対象とする布材質に似た色見本を呈示することが多い。
さらに,服を着用した人やボディを撮影した写真を印刷した標本を刺激として用いること もある。図 1.1-2.と 図 1.1-3.には,研彩館インターナショナル株式会社が繊維標準色体系
2)として販売している「コットン色票シリーズ」と「ポリエステル色票シリーズ」を示す。
いずれも繊維製品づくりのための色見本帳で,紙製色票とは異なり染色された繊維色票 で構成されている標準色体系である。色彩嗜好調査だけでなく,染色見本や仕上がり比較 などにも用いられるため,世界中の主要なアパレル,テキスタイルメーカーなど約10,000 社に採用されていると同社のHP で紹介されている。これも紙製色票と同様,チャート型 ブックタイプやチップタイプなどがあり,用途に応じて形状を変えられるようになってい るようだが,紙製とは異なり,素材はコットンとポリエステル,ウールの3種類がある。
また,色数はコットンで2,300色,ポリエステルで2,469色,ウールで1,115色が準備され,
色相,明度,彩度を精密に染色し分けているが,無地(柄の無い布)で織物組織も複雑で はなく,紙製色票と比較しても大きな違いが感じられない。
他の繊維色見本メーカーでも,綿スワッチ(swatch:見本布きれ)付き10,000色の色票 や綿以外の主要な素材,厚さが異なる布地による繊維色票を販売している。しかし,相当 多くの繊維色票が各社から販売されているにもかかわらず,さらに,それぞれのアパレル,
テキスタイルメーカーは独自に布製色見本を揃えている。市販されている繊維色票は既述 したように,綿やポリエステルなど主要な繊維を用い,平織布など基本的な織組織のみで あるため,着用している服とは感覚的に離れた印象を受ける。アパレルメーカーは実際に
図 1.1-2. コットン色票 研彩館製繊維標準色体系
図 1.1-3. ポリエステル色票 研彩館製繊維標準色体系
出典:引用文献 第 1 章-2)
出典:
引用文献 第 1 章-2)
4 服地として用いられた布きれを集めて,カラー情報分析や色管理のための生地色見本を整 備している。しかし,これらは色見本用に染色されていないため,色の系統立てが不充分 で,素材もさまざまな種類があり分類することが難しい標本・見本となっている。
服の色管理のために,色見本の色や素材の種類を1万以上揃えることは不合理ではない。
必要な時にその都度取り出せるよう整理されていれば,服や布の色情報管理に有用である。
しかし,服の色の嗜好調査や市場調査において,被調査者に1万色以上の色刺激を与えて も正確な情報を得にくいことは予想できる。そしてこのことが,既述したように服の色彩 調査にも一般的な紙製色票が色刺激として使用される理由である。
紙製色票のように素材が均質な刺激試料を用いる理由の一つは,色彩嗜好など人の感覚 を測定する官能検査には避けられないヒューマンエラー(人が要因の誤差)を排除できる 可能性があるためである。もう一つは,実際の布を刺激とする場合,色相や素材の異なる 検査試料を用意しなければならないが,色や素材を系統立てて準備することは困難である からである。しかしその一方で,紙製色票によって服や布の持つ独特で複雑な素材感を伝 えられるのか,服や布の色の好悪や評価を判断するのに表面が均質の紙製色票で適切なの かという疑問も出てくる。
本研究では,服や布地の色彩を適切に評価するために,布特有の素材感を反映しながら,
取り扱いは簡便でかつ,客観的検査測定に耐えうる色評価用の刺激開発に取り組むことと した。まず,布独特の質感を感じさせる反射の特徴を測定によって捉えた。次にその測定 結果をもとに,CG(Computer Graphics)による布の画像作成に取り組んだ。現実感を伴っ た色刺激である布のCG画像が作成できれば,これまで,被調査者が頭の中で「紙製色票」
を「布地の色」に変換していた調査回答が,その「布地の色」そのものの好き嫌いや評価 を直接回答できるようになり,嗜好調査や評価の精度が増すと考えられる。また,その布 のCG画像が専門的知識を要せず誰にでも作成できるならば,これまでアパレル,テキス タイルメーカーの色彩管理において,経験豊かな技術者が膨大な数の色見本を保管管理し ていたのを,経験に頼ることなく,初心者でも行えるようになる。それによって,コスト 削減につながる色の管理・指示体系を構築できるものと思われる。同時に,研究者や学生 が服の色彩調査を行う際の色刺激としても有用である。よって,実際に測定して得た布の 反射特性を反映させ,かつ取り扱いが簡便なCG画像の作成に取り組んだ。さらに,実物 布との視感比較を行い,布らしさや質感を確認した上で,評価用の刺激作成法を提案した。
1.2. 本論文の構成と概要
本論文は図1.2-1.に示す通り,全6章で構成されている。
第1章では1.1.節に記述した通り,まず本研究を始めるにいたった服の色彩調査に用い
られている色票の現状を整理して問題点を抽出し,目的を明確にした。また,研究によっ
5 て得ようとする成果目標とそれによる今後の展望も示した。1.2.節ではそれらを成すために 行った調査や測定などをまとめた各章について,その目的や構成を整理し呈示した。
第1章
目的-服の色彩嗜好調査に必要とされる色刺激 研究の背景 疑問点の抽出 成果の到達点
第2章
紙と比較した布の反射特性
紙製と布製色票の感覚評価の相違
紙製と布製色票の物理的反射特性の相違
第3章
光の反射とCGにおける光反射モデル
光反射のメカニズムと布反射の先行研究 CG光反射モデルと布CG画像の先行研究
第4章
布微小面の反射特性の解析
予備実験:指数関数による反射率算出方法 本実験:マイクロスコープと偏光フィルタ による画像測定に基づく布微小面 の反射特性解析
第5章
布の反射特性に基づく布3DCG画像作成と評価 反射特性を反映した布3DCG画像の作成 作成した布3DCG画像の評価実験
第6章 総括
成果のまとめ 今後の課題と展開
図1.2-1. 章立てと本研究の流れ
紙と布の見え方や物理的特性 に違いがあるのか
紙と布感覚評価,物理的 特性ともに有意な差 先行研究で基礎事項を整理
布の反射特性解析に必要 反射光の分離,微小面の解析 反射率の算出,変角受光角度
布の3DCG画像作成に必要 ソフトウエアの光学特性確認 実物と画像の比較検証
到達点 課題と展望
図 1.2-1. 章立てと本研究の流れ
6 第2章では紙と布の違いを比較した。比較を行うのは,紙と布を対象にした場合の視感 評価と物理的反射の相違についてである。もし,紙製色票と布製色票において,視感評価 や物理的反射に異なる点がないのであれば,本論文の目的は存在せず,研究も必要がない ことになる。よって,紙と布2種類の素材の色票間に違いがあるのか,その要因も含めて 分析を行った。
第3章では本研究で行う測定分析や3DCG画像の作成に必要な基礎的知識を得るために 先行研究をまとめた。大きく分けて2つの分野の先行研究を3.1.節と3.2.節に整理した。第 2 章で示した視感評価では,紙製と布製の色票間に有意差が認められた色と認められなか った色があり,有意差が認められたのが黄と白,黒であった。視感評価では色相より表面 の形状が大きく影響していると予測したため,3.1.節では一般的な物体表面における物理的 光反射のメカニズムをまとめ,さらに,織糸の交錯により表面に特徴ある凸凹を有する布 の反射に絞って,これまでの研究成果をまとめた。これらを紙と異なる布の反射の相違点 を考究する際の参考とし,第 4 章で行う布の反射特性を探る測定の基礎事項とした。3.2.
節では CG 画像作成の基礎となる反射モデルを整理,列記し,さらにこれまでの布の CG 画像作成の研究成果をまとめた。これらをもとに,初心者でも作成可能な布3DCG画像作 成の方法を探索した。
第4章では第2章と第3章の結果をもとに,人に布独特の質感を与えるのは何によるも のなのかを推測するために,布の微小面の反射特性を測定し解析した。第3章にまとめた 先行研究では,布の反射を特徴づける要因の一つとして Microface での反射が挙がった。
つまり織布表面のごく小さな反射面での反射メカニズムとそれらが集合することによる布 全体の反射光の変化が金属などの平滑面とは異なる反射の要因であると分析されていた。
しかし,布の微小面の反射率を測定するためには,通常の反射率測定に用いる変角分光測 色システムでは測定視野が大きいことにより使用できない。そのため 4.1.節では予備実験 として,デジタルマイクロスコープカメラを用いて撮影した測定画像の反射率の算出方法 を述べた。その結果を踏まえて,4.2.節では本実験行い,マイクロスコープデジタルカメラ を用いて布表面を拡大することで,微小面の撮影・測定を可能した。また,偏光フィルタ を使用することで反射光の成分を分離した。これらは第3章でまとめた反射の基礎事項を もとに実験計画を立てたものであるが,さらに,布の選定にも先行研究に欠けた点を留意 した。これまでの研究では,反射光成分を抽出しやすいような布を対象としていた。その ため,先行研究の多くが特定の繊維や布を用い,普段着用されている服地ではなかった。
先行研究とは違い,服地として使用頻度の高い繊維や織組織,布を測定対象とした。マイ クロスコープと偏光フィルタを使用して撮影した画像から布微小面の反射特性を解析し,
布特有の材質感の要因の一つに考えられる反射光の成分割合を定量化した。
第5章では定量化し,数値化した各試料布の反射成分の割合をもとに,布の反射特性を
7 反映させた布3DCG(Three-Dimensional Computer Graphics)画像の作成を試みた。さらに それらの画像と実物試料布との比較評価を行い,布の材質感や特徴が表現されているかを 検証し確認した。5.1.節ではまず,作成にあたり専門的知識をあまり必要としない汎用 3DCGソフトウエアの光学的反射特性を確認した。近年は安価で優れた性能を持つ3DCG ソフトウエアが市販されている。操作に専門的な知識は必要とされず,ディスプレイを見 ながら経験的にパラメータを入力すれば,様々な3DCG画像を誰でも短時間で簡単に作る ことができる。しかし,布の反射特性を画像作成の入力パラメータに反映させるためには,
入力したパラメータの数値によってディスプレイ上の画像の反射率がどのように変化する かといった光学的特徴を把握しておかなければならない。そのため,画像を表出させたデ ィスプレイを実測し反射率を算出してソフトウエアの反射特性を捉えた。その結果と第 4 章で得た布の反射特性を合わせた上で調査用色刺激となる布 3DCG 画像を作成した。5.2.
節では作成した3DCG画像が実際に布の質感を表現しているかを評価実験により確認した。
織組織別や繊維別,観察角度別に結果を比較,分析した。対照画像との比較も行い,実物 布試料と相似している点と異なる点を詳細に考察した。
第6章では本研究の成果をまとめ,成果の展開と今後の課題を示した。
第 2 章
紙と比較した布の反射特性
9
第 2 章 紙と比較した布の反射特性
本章の目的と概要
本章では,嗜好調査に用いる色刺激の素材として紙製と布製がどのように異なるかを明 らかにした。まず紙製と布製の刺激に対し被験者の見え方や感覚がどのように異なるかを 比較した。次に変角分光測色システムを用いて紙と布の反射の違いを明確にする測定を行 い,その相違点をまとめた。
本章の構成は以下の通りである。2.1.節では,色の嗜好調査に用いられることの多い紙製 の色刺激と服を想起させると考えられる布製の色刺激について,一対比較法を用いて評価 測定を行い,それらに対する嗜好や感覚評価の相違を確認した。2.2.節では,紙製色票と布 の反射に関する物理量を測定した。2.1.節で述べるが,紙と布製の色刺激の間に感覚や評価 において有意差のある違いがなければ,服の嗜好調査に用いる色刺激は紙製でも問題はな く,本研究を行うことに意義が見出せない。2.1.節での測定では,色相によって詳細な結果 は異なったが,紙製と布製の色刺激の間に,人の感覚である評価や嗜好に違いが現れた。
そのため,2.2.節では,紙と布の反射物理量の差を確認することとし,紙製色票と染色した 布を変角分光光度計で測色し,分光反射と色度変化という物理量を比較検討した。
各節の結果と考察からさらなる問題点や不足する点を抽出し,それらを次章以降の実験 計画や測定,考察に活用する。
2.1. 紙製および布製色刺激の比較評価測定 2.1.1. 目的
被服の色彩嗜好についてはこれまでに数多くの先行研究がなされてきたが,それら被服 の色彩嗜好を調査・測定する場合の試料には,一般に調査用・測定用に市販されたカラー チャート,あるいは独自に調整したカラーチャートが用いられる1,2)。カラーチャートとは マンセルやPCCSなどの表色系の区分に則り,色を体系的に配列している紙製の色票群で ある。また,同じく被服の色彩嗜好調査には色の異なるワンピースなどを実際に作製し,
人体に着装させた状態を撮影した写真標本を調査・測定試料として用いることも多い 3,4)。 しかし,被服に関わる色彩嗜好を調査・測定する場合,被服を構成する布の材質や表面構 造の特徴を配慮しなくて良いのかという疑問が残る。李ら5)はテクスチャー知覚に対する 布の表面色と表面構造との関係を検討し,布を見た場合の心理因子である材質感と布の表 面幾何学構造との間に高い相関を示唆している。その結果を踏まえても,視知覚測定の範 疇にある色彩嗜好調査・測定に,布の材質の特徴を表現していない紙製の色票や写真標本 を用いる妥当性への疑問は排除できない。さらに,対象とする被服の種類によっては,被 服の色の見え方に影響を与える面積効果やデザイン,形に配慮して試料を選定する必要も
10 考えられる。しかし,嗜好調査・測定のような人をもって行う調査・測定は機械による測 定とは異なり,ヒューマンエラーを含む多くの誤差が避けられない。そのような誤差を最 小限に留め,安定した調査・測定の結果を得るためには,色以外の要因を除いた均質な試 料が必要とされる。
様々な要因が被服の色の見え方に影響を与えると考えられるが,要因の種類とそれらの 影響度など結果については全く予測がつかない。そのため,まず今回は考えられる要因の うち素材に焦点を絞り,表面が滑らかな紙とシボのある紙,さらにブロード布の比較測定 を行うこととした。さらに,色相の数も限定する。同一色相で素材が異なる2つの色刺激 を呈示する一対比較法を用いて,色の嗜好や評価に与える呈示試料素材の影響を検討する。
2.1.2. 方法 (1) 測定方法
今回の測定には,一対比較法のうち比較結果を評点で表すシェッフェ(Scheffé)の方法 を用いた。一対比較法とは,人間の感覚によって物の評価や検査を行う官能検査(Sensory
Test)の手法のひとつで,試料(刺激)を2個ずつ組み合わせて比較させる検査法である6)。
特長としては,判定の条件や判断基準が変化しても全ての組み合わせについて相対的判断 をするため,他の官能検査より安定した結果が得られるとされている。また,一対比較法 は比較判断の形式により,順位で表す方法と評点で表す方法に大きく分類できる。今回の 測定で用いたシェッフェの方法は比較結果を評点でデータ処理し,試料(刺激)による効 果(主効果),試料の組み合わせ効果,試料の呈示順序の効果を入れた構造式を仮定し,各 効果の推定値を算出できるものである。この方法により有意差の認められた主効果の推定 値を求め,異なる素材からなる呈示刺激(試料)の表面色に対する嗜好と評価の程度につ いて数量化を試みた。
被験者は短大在籍の女子学生12名で,年齢は19歳から20歳,色覚異常については特別 な問題はなかった。
(2) 呈示刺激
(2)-a. 呈示刺激の色相と素材
呈示刺激の色相には,有彩色である赤,青,黄,緑の4色と,白,灰色,黒の無彩色3 色の合計7色を用いた。(以下,赤:色相R,青:色相B,黄:色相Y,緑:色相G,白:
色相W,灰色:色相Gy,黒:色相Bkと記述する)今回の測定は,被服の色彩嗜好調査に
有効な試料素材選定のための予備測定として位置付けている。つまり,呈示刺激に異なる 素材を用い,同じ色相でもその素材の違いが明度差や彩度差に影響を及ぼすことで,色の 見え方に差が出るかどうかを検討する測定である。素材の違いによる明度差や彩度差以外
11 の背景要因をできるだけ排除し測定の精度を高めたいと考え,心理原色7)とされる色相R,
B,Y,G,W,BkにGyを加えた7色の基本色相に絞って色相を選定した。
呈示刺激の素材には紙製のトーナルカラーとクレープペーパー,布製の綿ブロードの 3 種類を用いた。その詳細と表面形状の特徴は次に示す通りである。トーナルカラーは日本 色研事業(株)製の色紙で,被服の色彩嗜好調査に限らず,色彩に関する検査や調査に用 いられる呈示刺激の材料のうち最も標準的な色票である。クレープペーパーは紙製である が表面に縮み加工が施されているため,セーターなどの編み物地を想起させる素材である と考えた。ブロードは綿 100%の平織り布で,シャツやブラウスをはじめ被服素材として 多く用いられ,目にする機会の多い素材である。
L*a*b*表色系による各色刺激の色度,明度,彩度とその色差は,表2.1-1.の通りである。
測色色差計(Color Meter ZE 2000 日本電色工業(株))を使用して測定し,色差はトーナ ルカラーを基準に算出した。今回の官能検査は素材の違いによる見え方を測定するもので あるが,呈示刺激間で極端な明度差や色度差がある場合,色相自体が異なって見えるため,
素材による影響よりも色相差による影響の方が強くなる。そのため,明度差は±10,色度 差は±30とし,さらに彩度差にも留意して選定した。
(2)-b. 刺激の呈示方法と呈示刺激の組み合わせ
刺激の呈示方法は,図2.1-1.に示す通りである。各色刺激の大きさはすべて6cm×6cmと した。9cm×15cmの台紙に比較評価する2つの色刺激を0.5cm離して貼付し,色刺激以外
の台紙はN5-Gyのマスクで覆った。これを一対の呈示刺激とした。
表 2.1-1. 呈示刺激の色相と素材
L*a*b*system's chromaticity and value L* a* b* ΔL* ΔE*(ab) C*
A1 51.90 57.36 24.37 0.00 0.00 62.32
R A2 40.41 53.85 34.95 -11.49 16.01 67.33
A3 44.02 59.50 44.67 -7.88 21.87 74.02 A1 42.54 0.81 -40.47 0.00 0.00 40.48
B A2 43.59 -13.80 -34.75 1.05 15.73 37.39
A3 33.44 3.31 -44.72 -9.11 10.36 44.76 A1 85.39 -7.17 95.28 0.00 0.00 95.55
Y A2 76.54 -4.90 81.97 -8.85 16.14 82.12
A3 82.40 -9.88 66.20 -2.98 29.36 66.93 A1 53.59 -55.69 20.54 0.00 0.00 59.36
G A2 48.78 -47.04 16.86 -4.81 10.56 49.97
A3 58.60 -48.67 12.39 5.01 11.86 50.22
A1 91.27 -0.37 1.99 0.00 0.00 2.02
W A2 80.62 1.87 -4.84 -10.66 12.86 5.19
A3 85.81 1.66 -3.54 -5.47 8.04 3.91
A1 63.54 0.19 2.58 0.00 0.00 2.59
Gy A2 64.03 1.43 -1.92 0.48 4.69 2.39
A3 64.28 1.40 -4.00 0.73 6.73 4.24
A1 26.72 1.25 1.50 0.00 0.00 1.95
Bk A2 21.22 -0.44 1.85 -5.50 5.76 1.90
A3 13.39 -0.34 -1.50 -13.32 13.75 1.54 Notes: Specification of color by the L*a*b*system, R:red, B:blue, Y:yellow, G:green, W:white, Gy:grey, Bk:black, A1:tonal color(colored paper), A2:crepe paper, A3:cotton broad cloth, Δ:CIE 1976 L*a*b* color difference, C*:chroma=√(a*)2+(b*)2
Color of sample
Material of sample
12 比較評価する刺激素材(トーナルカラー,
クレープペーパー,ブロード)の組み合わ せは,色相R,B,Y,G,W,Gy,Bkの7 色とも次に示す①から⑥の6通りとした。
以下,トーナルカラー:A1,クレープペー
パー:A2,ブロード:A3と記述する。①:
(A1,A2),②:(A2,A1),③:(A1,A3),
④:(A3,A1),⑤:(A2,A3),⑥:(A3,
A2)
(3) 評価項目と検査手順
呈示刺激を評価する項目として,「嫌い-好き」,「汚い-きれい」,「不快-快い」,「悪い
-良い」の 4 つの尺度項目を選定した。いずれも,SD 法では評価因子を表わす形容詞対 による項目である。一対の呈示刺激(Ai,Aj)について,「AiはAjに比べてどの程度よい か」のように4項目について比較評価し,(-2~+2)の評点による5段階評定を行った。
検査手順は以下の通りである。まず,7 色すべてについて前項で示した①から⑥の方法 で刺激素材を組み合わせ,合計42組の呈示刺激対を準備した。次に,被験者12名を6名 ずつのⅠ組とⅡ組の2つに分けた。Ⅰ組の6名は7色とも組み合わせ①,③,⑤について,
Ⅱ組の6名は同じく7色とも組み合わせ②,④,⑥について,それぞれ合計21組の呈示刺 激対を4尺度項目について比較評価した。一対比較法のシェッフェの方法(原法)では,
上記のように1人の被験者が1組の刺激対の二つの順序のうち一方だけを比較することに なっている。
しかし今回,被験者の評価の個人差も確認できる,浦の変法(シェッフェ法の変形)も 行うこととしたため,被験者が全部の刺激対を比較する検査も行った。つまり,被験者12 名が7色すべてについて,組み合わせ①から⑥の合計42組の刺激対を4尺度項目で評価す る検査も同時に行った。
いずれの方法とも,刺激対を呈示して10秒経過後,被験者に4つの尺度項目を比較評価 させ,7回に1回の割合で15秒の中断休憩を間に設けて測定を行った。その他,光源など の視感比較に関わる条件はJIS Z 8723に準じて整えた8)。
(4) 解析方法
(4)-a. 浦の変法による被験者の個人差の解析
官能検査は人間が行う検査であるため,機械測定とは異なり,被験者の性別,年齢,教 育,訓練などによる個人差が測定結果に影響を与える場合がある。今回,短大在籍の女子
図 2.1-1. 刺激の呈示方法
Aj
9㎝15㎝
6㎝
6㎝
Ai
0.5㎝
N5-Gy
Matting of (Ai) and (Aj) are six combinations : ①(tonal color, crepe paper) ②(crepe paper, tonal color) ③(tonal color, cotton broad cloth) ④(cotton broad cloth, tonal color) ⑤(crepe paper, cotton broad cloth) ⑥(cotton broadcloth, crepe paper)
13 学生を被験者としたが,この検査に必要な評価や感覚に個人差が少ないことを確認するこ ととした。呈示刺激に対する評価と刺激の呈示順序が与える個人差は,シェッフェ法の変 形である浦の変法により解析できるため,以下に示す方法で求めた9)。
まず,各色で用いられた異なる素材の呈示刺激をA1,A2,At(t=3),被験者をO1,O2
…ON(N=12)とする。被験者Olが順序ある刺激対(Ai,Aj)に与えた評点xijlは次の構造を なすと考える。
xijl=(αi-αj)+(αil-αjl)+γij+(δ+δl)+εijl (2.1.1) αi:呈示刺激Aiの平均的効果 ただし,
∑
i
α i
=0αil:呈示刺激Aiに対して被験者Olがもつ嗜好(評価)の個人差 ただし,
∑
= t
i
il
1
α =0,
∑
= N
l
il
1
α =0
γij:組み合わせ効果 ただし, ij
∑
j γ =0,γij=-γjiδ:平均の順序効果
δl:順序効果の個人差 ただし,
∑
l
δ l
=0 εijl:誤差上記の各推定値は次式によって与えられる。
平均嗜好(評価)度:
α ˆ
i=tN 2
1
(xi・・-x・i・) (2.1.2)嗜好(評価)度の個人差:
α ˆ
il=t 2
1
(xi・l-x・il)-α ˆ
i (2.1.3)組み合わせ効果:
γ ˆ
ij=N 2
1
(xij・-xji・)-(α ˆ
i-α ˆ
j) (2.1.4)平均の順序効果:
δ ˆ
=N t t ( 1 )
1
−
x・・・ (2.1.5)14 順序効果の個人差:
δ ˆ
l=) 1 (
1
− t
t
x・・l-δ ˆ
(2.1.6) xi・・:全被験者の評価素点合計によるデータ分析表の列和x・i・:全被験者の評価素点合計によるデータ分析表の行和 xi・l:各被験者の評価素点によるデータ分析表の列和 x・il:各被験者の評価素点によるデータ分析表の行和 xij・:全被験者の(Aj,Ai)に対する評価素点の総和 xji・:全被験者の(Ai,Aj)に対する評価素点の総和 x・・・:全被験者のxi・・の総和
x・・l:各被験者のxi・lの総和
次に,上記各効果の平方和を計算し,それをそれぞれの自由度で除して,不偏分散(V)
を算出する。さらに,それら不偏分散を誤差で除し,各効果の分散比(F0)を求めF検定 を行う。これにより,4つの評価項目について,7色それぞれにおける呈示刺激の素材の相 違による主効果(嗜好,評価)と順序効果に対する個人差の検定が可能となる。
(4)-b. シェッフェ法による各効果の推定値
2.1.2.(1)で記した通り,一対比較法のうち比較結果を評点で表すシェッフェの方法では,
呈示された刺激に対する嗜好や評価において,主効果である試料による効果(今回の測定 では呈示刺激の素材の違いによる効果),試料の組み合わせ効果(例えば,非常に好ましい ものと比べたために,必要以上に好ましくないと評価される傾向),試料の呈示順序の効果
(例えば,先に呈示された方が好ましいと評価される傾向)の各効果の推定値を解析する ことが可能である10)。
それらの推定値は次式によって求められる。
(Ai,Aj)において,AiのAjに対する嗜好(評価)の程度の推定値:
µ ˆ
ij=Tij/n (2.1.7)Tij:(Ai,Aj)に対する各被験者の評点の総和 n:被験者数=6
AiのAjに対する嗜好(評価)の程度(順序効果を除く)の推定値:
π ˆ
ij=(µ ˆ
ij-µ ˆ
ji)/2=-π ˆ
ji (2.1.8)順序効果の推定値:
15
δ ˆ
ij=(µ ˆ
ij+µ ˆ
ji)/2=δ ˆ
ji (2.1.9)素材が異なる各呈示刺激に対する平均的な嗜好(評価)の程度の推定値:
α ˆ
i=∑
= k
i
k ij
1
ˆ /
π (2.1.10)
k:呈示刺激数=3 ただし,
∑
= k
i
i
1
α
ˆ =0 組み合わせ効果の推定値:
γ ˆ
ij=π ˆ
ij-(α ˆ
i-α ˆ
j) (2.1.11)ただし,
γ ˆ
ij=-γ ˆ
ji∑
= k
j
ij
1
γ ˆ
=0(4)-c. 分散分析と検定
2.1.2.(4)-b.で示した通り,シェッフェの方法では3つの効果の推定値が算出できるとされ
るが,それぞれについては検定を行い,各効果の有意性を検討する必要がある。検定の手 順10)は次の通りで,式の各記号は2.1.2.(4)-b.で示した記号と共有である。
まず,各効果の平方和Sと自由度φを求める。
主効果の平方和:
Sα=2nk
∑
= k
i 1
α
ˆ2i (2.1.12)主効果の自由度:
φα=k-1 (2.1.13)
組み合わせ効果の平方和:
Sγ=Sπ-Sα (2.1.14)
ただし,Sπ=2n
∑∑
= 〉 k
i 1 j i
π ˆ
i2j組み合わせ効果の自由度:
φγ=kC2-(k-1) (2.1.15)
順序効果の平方和:
Sδ=Sμ-Sπ (2.1.16)
ただし,Sμ=n
∑
ij
µ
ˆ2ij16 順序効果の自由度:
φδ= kC2 (2.1.17)
平方和の総和:
So= x
ijl
∑
2ijl (2.1.18)ただし,χijlはAiのAjに対するl番目の評点 誤差の平方和:
Se=So-Sμ (2.1.19)
誤差の自由度:
φe=2n(n-1) kC2 (2.1.20)
次に,上記各効果の平方和をそれぞれの自由度で除して,不偏分散(V)を算出する。
さらに,各不偏分散を誤差で序し,各効果の分散比(F0)を求めF検定を行う。分散分析 の結果を検定し,有意差を示した効果について,その推定値を素材ごとに検討する。
2.1.3. 結果と考察
(1) 嗜好・評価における被験者の個人差
一対比較方法のうちシェッフェ法の変形である浦の変法によって,嗜好・評価における 被験者の個人差を解析した。7色すべてについて,4評価項目ごとに前項で示した方法によ って分散分析を行い,主効果(α)と順序効果(δ)の個人差について平方和(S)と分散比
(F0),さらに,それらの検定の結果をまとめたものが表2.1-2.である。詳細はこの表に示 す通り,p<0.01とp<0.05の危険率でF検定を行ったが,7色いずれも4評価項目すべてに おいて有意差は認められなかった。その中でも,色相Bと色相Yでは評価項目「汚い-き れい」,色相Gでは評価項目「汚い-きれい」の主効果のみと評価項目「悪い-良い」,色 相 Bk では評価項目「汚い-きれい」,「不快-快」において,それぞれ主効果と順序効果 の個人差での分散比(F0)が1.00以上を示したが,有意差を示す値ではなかった。すべて の測定項目において,特定の個人あるいは各被験者の判定が全体の判断から大きく離れた り,判断全体の傾向に影響を及ぼしたりするものではなかったと考えられる。官能検査で は評価や嗜好,判断がパネラーに委ねられるため,パネラーの識別能力が大きく問われる。
表 2.1.-2.に示した結果は,今回の検査において検討したい素材間の見え方の相違に,被験
者によって特別に異なった嗜好や評価の基準の入る余地は少なく,色の嗜好や評価に与え る素材の影響に焦点をあてて官能検査を行うことが可能であることを示している。
17 (2) シェッフェ法による分散分析と検定結果
一対比較法のうち評価を点数で表わすシェッフェ法によって測定を行い,得られた集計 データの分散分析を前項に示した方法で行った。7色すべてについて,嗜好(尺度項目「嫌 い-好き」)と評価(評価項目「汚い-きれい」,「不快-快い」,「悪い-良い」)の4項目 それぞれにおける主効果(呈示刺激の素材の違いによる効果:α)と組み合わせ効果(呈 示刺激の組み合わせによる効果:γ),さらに順序効果(刺激の呈示順序による効果:δ)の 平方和(S),自由度(φ),不偏分散(V),分散比(F0)を算出した。すべての分散比(F0) は,危険率1%と5%でF検定を行ない,それらの結果は表2.1-3.から表2.1-9.にまとめた。
色相Rについては表2.1-3.に示す。詳細は表に示す通り,色相Rでは評価項目「汚い-
きれい」においてのみ,主効果(α)と順序効果(δ)に 1%の危険率で有意差が認められ た。それに対し,他の3つの評価項目では主効果,組み合わせ効果,順序効果のいずれに おいても有意差は認められなかった。色相Rについては,呈示刺激に用いたトーナルカラ ー(紙),クレープペーパー(紙),ブロード(布)の素材の違いによって「汚い-きれい」
という評価の程度に差が現れ,しかもこの場合,呈示される順序にも影響を受けることが
表3.1-2. 浦の変法による被験者の個人差の検定
RI1 α×O 16.15 0.41 RI1 α×O 12.21 0.52
δ×O 14.05 0.71 δ×O 7.39 0.63
RI2 α×O 13.89 0.41 RI2 α×O 11.61 0.52
R δ×O 7.85 0.46 W δ×O 6.66 0.61
RI3 α×O 10.1 0.3 RI3 α×O 10.26 0.54
δ×O 6.79 0.4 δ×O 5.16 0.54
RI4 α×O 15.77 0.42 RI4 α×O 13.15 0.77
δ×O 8.85 0.47 δ×O 7.79 0.92
RI1 α×O 19.96 0.38 RI1 α×O 13.08 0.45
δ×O 12.51 0.48 δ×O 8.29 0.56
RI2 α×O 28.77 1.11 RI2 α×O 12.44 0.38
B δ×O 20.46 1.58 Gy δ×O 5.52 0.34
RI3 α×O 16.18 0.4 RI3 α×O 8.41 0.3
δ×O 10.05 0.5 δ×O 3.95 0.28
RI4 α×O 19.41 0.53 RI4 α×O 13.71 0.61
δ×O 12.79 0.7 δ×O 7.85 0.7
RI1 α×O 16.82 0.49 RI1 α×O 8.62 0.4
δ×O 11.18 0.65 δ×O 3.82 0.35
RI2 α×O 27.18 1.02 RI2 α×O 11.79 1.36
Y δ×O 18.82 1.41 Bk δ×O 7.46 1.72
RI3 α×O 15.51 0.41 RI3 α×O 17.23 1.38
δ×O 9.46 0.49 δ×O 11 1.77
RI4 α×O 13.8 0.42 RI4 α×O 11.44 0.61
δ×O 8.62 0.52 δ×O 6.18 0.66
RI1 α×O 12.44 0.5 R:red, B:blue, Y:yellow, G:green, W:white, Gy:grey, Bk:black δ×O 8.18 0.65 RI1:[adjective pairs] non-favorite--favorite
RI2 α×O 17.38 0.77 RI2:[adjective pairs] dirty--clean G δ×O 11.16 1 RI3:[adjective pairs] unpleasant--pleasant
RI3 α×O 13.07 0.56 RI4:[adjective pairs] bad--well
δ×O 7.62 0.66 α:main effect, δ:order effect O:panelists RI4 α×O 18.49 1.01 S:sum of squares, Fo:rate of variance
δ×O 12.54 1.38 SD:significance difference **:P<0.01 *:P<0.05 Color of SD
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表 2.1-2. 浦の変法による被験者の個人差の検定