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本来性と自他への信頼感が過剰適応に与える影響
服部, 智花
九州大学大学院人間環境学府
https://doi.org/10.15017/4774157
出版情報:九州大学総合臨床心理研究. 12, pp.13-18, 2021-03-15. 九州大学大学院人間環境学府附属総 合臨床心理センター
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Ⅰ 問題と目的 1 .過剰適応について
近年,青年の心理適応に関する概念として「過剰適応」が注 目されている。過剰適応という概念はうつ病や心身症患者の病 前性格や特徴を表す言葉として臨床領域から生まれ(宮本,
1989),様々な事例を扱った論文において病前性格としての過剰 適 応 の 問 題 が 指 摘 さ れ て い る( 河 合,1996; 森 下・ 高 橋,
2011;村山,1995)。研究の蓄積とともに最近では不適応や精神 障害を呈した子どもや青年の特徴,あるいはそれらを予測する リスクファクターとして記述されるようになってきた(風間,
2017)。過剰適応の定義は研究者によって様々あるが,概ね内的 側面と外的側面の 2 側面から捉えられている(益子,2013)。そ もそも心理学における「適応」とは,社会的環境への適合を示 す「外的適応」と幸福感や満足感,心理的安定を示す「内的適応」
の 2 つに分けられる。適応とは本来この両者のバランスが取れ た状態であるが(北村,1965),「過剰適応」はこのバランスが 崩れた状態だといえる。定義について風間(2017)は先行研究 を踏まえ,過剰適応には既に内的不適応を伴うものと,そのリ スクファクターとなり得るものとの2つが入り混じっていること を指摘している。本研究においてはその両群を捉えるため,観 察可能な外的適応行動を指標として外的適応行動の多い群を過 剰適応群とする。
過剰適応に関する実証的研究では,過剰適応が心理的適応に 与えるネガティブな影響について検討されてきた一方で,石津・
安保(2009)や高田(1999)は過剰適応の適応方略や防衛機制 としての側面も指摘している。過剰適応傾向者は否定的な自己 概念を持ち自信がないが,他者からの承認を得て非承認を回避 することによって自信を獲得し,内的適応を維持しようとして いると考えられる(益子,2008)。しかし,他者からの承認を得 るために努力した結果,他者から評価されるが,他者に受容さ れている自己と自身が感じている自己の間に差異が生じるので はないだろうか。石津(2012,2013)は,過剰適応傾向者は“自 分が見ている自分”と“他者から見られている自分”との間の差 異が大きく,その差異の大きさがストレス反応の高さを予測す ることを示した。このような過剰適応傾向者の特徴から,その 問題は表面的には覆い隠され支援からは遠ざけられてしまうの
ではないかと思われる。過剰適応の本質的な問題は外的適応行 動の過剰さではなく,それによって当人にも周囲にも内的不適 応が見えづらくなり,その結果,内的不適応を維持・悪化させ てしまうことであると考える。また過剰適応が適応方略や防衛 機制として働いていることも鑑みると,支援の在り方によって はその背景にある自己感覚の希薄さに直面化することになる可 能性がある。それ故,その適応方略の背景を明らかにした上で 支援を考える必要がある。また,児童期には社会化の過程が優 先し,青年期に入ると自己意識の高まりと共に個性化の過程が 重要な課題になってくる(宮川,1977)という指摘もあるように,
青年期以前に過剰適応が問題になることは少ない。すなわち,
青年期以前にこの過剰適応的な適応スタイルを身につけるが,
問題が顕在化するのは青年期以降であると考えられることから,
支援を考える上では青年期以降も介入可能な要因についても検 討する必要がある。
2 .過剰適応の影響因
過剰適応が非適応的な状態であることや過剰適応が影響を及 ぼす要因に関する研究は多く積み重ねられてきているが,過剰 適応の影響因に関する研究は少ない。過剰適応の影響因として,
「母子関係」(石津・安保,2009),「シニシズム」(風間,2015),
「性格特性」,「見捨てられ不安」(益子,2008)等との関連が検 討されているが,その説明率はそれほど高くなく,この他にも 様々な要因が複合的に影響を与えていると考えられる。多くの 臨床事例において自己意識の希薄さが過剰適応の背景にあるこ とが指摘されていることや,風間(2015)が外的適応行動は対 人場面における行動であり,その影響因には自己に対する認知 だけではなく行動の対象となる他者に対する認知も同様に重要 となると指摘していることなどを踏まえると,過剰適応の背景 には自他への認知が関連していると考えられる。
1 )過剰適応の影響因:本来性
離人症の事例を扱った田熊(2002)において,居場所を確保 するために周囲に同調し埋没することが「他ならぬ自分」とし ての自己感の獲得を阻むこととなり,かといって自己に主体を 置こうとすると周囲から否定され排除されるという不安が浮か び上がってくるという悪循環があるだろうと指摘されている。
また,高田(1999)も過剰適応の子どもには「自分はこれでいい,
本来性と自他への信頼感が過剰適応に与える影響
服部 智花
九州大学大学院人間環境学府要約
過剰適応とは,外的適応が過度で内的適応と外的適応のバランスが崩れた状態とされる。一方で,適応方略や防衛機制としての側面も指摘 されている。過剰適応的な適応スタイルは青年期以前に身につけられるが,問題として顕在化するのは青年期以降であると考えられる。その ため,過剰適応の支援を考える上では青年期以降にも介入可能な要因について過剰適応との関連を検討する必要がある。本研究では外的影響 を受けにくい本来性と,青年期以降も変容,発達する信頼感をとりあげ過剰適応との関連を検討した。本来性,適応行動の高低により群分け しSEMによるパス解析を行った。群間に異質性が認められ,本来性の高低によって過剰適応行動をとるプロセスは異なり, 2 つの過剰適応 タイプがあるという重要な示唆を得た。外的適応行動の得点が高い者のうち,本来性低群は自己が希薄な代わりに他者の期待に応えることで 外的適応を保っていると考えられた。一方,本来性高群では自己信頼や他者信頼,他者影響感が外的適応行動に影響を与えていることが示さ れ,他者との関係を維持するために積極的に自己抑制することが考えられた。
キーワード:過剰適応,本来性,信頼感
九州大学総合臨床心理研究 第12巻 2020
このままで価値がある」という感覚が上手く育っていないこと を指摘している他,様々な先行研究において同様な指摘がなさ れている(飯島,2002;河合,1996;菅,2008)。このことから も,過剰適応の背景には「自分に自信がない」「自分らしさがな い」といった希薄な自己感覚があると推測できる。このように 臨床事例がその背景に自己の希薄さを指摘する一方で,実証的 研究においては過剰適応の内的側面として「自己抑制」を想定 している研究が多く(藤本・吉良,2014;石津・安保,2009;
風間,2015),「自分らしさ」はあるがそれを抑圧して周囲に合 わせることで,当人が感じている自己と周囲に認められている 自己とに差が生じた結果,内的不適応につながっている群も予 測される。干潟(2016)はこのような過剰適応に関する知見の 蓄積から,“自己感覚が希薄なことに起因する過剰適応”と“自 己感覚はあるがそれを抑圧した結果としての過剰適応”の 2 タ イプがあることを予測している。要因が異なるこの 2 つのタイ プは本人が抱える問題の質も異なると考えられ,自己感覚の有 無によって過剰適応のプロセスが異なる可能性がある。
実証的研究でも自己に対する認知は過剰適応と関連があると 考えられたが,主に結果変数として検討されてきた。例えば「本 来感」(益子,2009)や「自己肯定感」(鈴木・宮野,2014),「自 己差異(self-discrepancy)」(石津,2012,2013)などの自己に 対する認知へのネガティブな影響や,「集団アイデンティティ」
(尾関,2011)や「随伴性自尊感情」(益子,2009)などへのポ ジティブな影響などが示されている。臨床事例における指摘を 踏まえた研究では,「自己不全感」,「シニシズム」と過剰適応,
抑うつとの関連を検討した風間(2015)や,「自己不全感」と他 者志向的な行動の関連を検討した石津・安保(2009)によって,
自己不全感が過剰適応と関連していることが示唆された。しか し益子(2016)が指摘するように,これまで使用されてきた「自 己不全感」の尺度項目では説明変数と結果変数のどちらを測定 しているのか曖昧であり,これを説明変数として使用すること には問題もある。従って,臨床事例において散見されるような 過剰適応の背景にある自己意識の希薄さについて検討するため には,より本質的で外的要因からの影響を受けにくい変数を過 剰適応の説明変数として仮定する必要がある。このような自己 感覚について,より本質的なパーソナリティ特性としての自己 の認知を指す概念として「Authenticity(本来感・本来性)」が ある。Authenticityとは日々の中で,何ものにも邪魔されてい ない,個人の本当の,中核の自己による働きを反映するものに 特徴づけられるものであり(Kernis,2003),自分自身の意思や 気持ちに基づいて素直に生きていることを意味する(伊藤・児玉,
2005)。Well-beingとの関連において本来性尺度を作成し,その 信頼性・妥当性を示したWood et al.(2008)は,本来性を個人 の実在的な存在の意味を問うものとして位置付けている。本研 究においては外的要因からの影響を受けにくい,個人の中核と しての自己のあり様を過剰適応の背景要因として検討するため,
Wood et al.(2008)の尺度をもとに石川ら(2014)が作成した 日本語版青年用本来性尺度を使用して実在的な存在としての自 己を捉えることとする。
2 )過剰適応の影響因:自他に対する信頼感
自他に対する認知に関する概念として「信頼感」がある。天貝
(1995)によれば信頼感とは「自分あるいは他人(他の対象)に 対して抱く信頼できるという気持ち」であり,自分自身の能力や
他人の存在の一貫性についての確信を意味する。このような信頼 感は「健康なパーソナリティ」の中心的な要素(Erikson,
1953)であり,天貝(1995)は自我同一性の獲得に影響を及ぼす だけでなく個人の内的発達に直接かかわる主要因であり得るとし ている。すなわち信頼感は個人の人格形成にとって重要な要因で あるだけでなく,自己意識など個人の内的側面に関連する要素で あると考えられる。益子(2008)は過剰適応傾向と「性格特性」,「見 捨てられ不安」,「承認欲求」との関連について,「自己不信」を 過剰適応の内的指標として検討し,過剰適応傾向者は否定的な自 己概念から承認欲求を生じ,自己抑制して他者の期待に応え,他 者からの承認を得ることで内的適応を維持しようとしていると指 摘している。また風間(2015)は,女性ではシニシズムの高さが 自己抑制の高さを予測することを示している。すなわち性格特性 等の内的側面は,自己不信を媒介して自己抑制を助長する要因で あると考えられる。しかしシニシズムの高い者は他者に対して敵 意を感じているため,他者と上手く関わることができず他者配慮 のような外的適応行動をとるとは考え難い(干潟,2016)という 指摘もあることから,不信よりも他者への信頼感が過剰適応に影 響する可能性があることも考えられる。
天貝(1995)は信頼感を生涯にわたり個人レベルでの様々な 経験から影響を受けてその内容や程度が変化するものとしてい る。すなわち信頼感は長期的展望において変化が期待されるも のである。またSGEでの豊かな感情体験は,長期的な変化を念 頭に置いた信頼感であっても変化させる力を持ちうるという(水 野ら,2013)ことから,信頼感は長期的な変化はもちろん,青 年期以降も経験によって短期的にも変容,発達する可能性の見 込まれるものであると考えられる。本来性と信頼感の関係を直 接扱った研究は見られないが,益子(2008)において自己不信 が性格特性等の個人の内的側面から影響を受けることが示唆さ れたことや,本来感がwell-beingに影響することを示した伊藤・
児玉(2005)が,well-beingの下位因子である「積極的な他者 関係」とは「暖かく信頼できる他者関係を築いているという感覚」
のことだと述べていることなどからも,信頼感は本来性に影響 を受け,過剰適応に影響する概念であると考えられる。
3.本研究の目的
本研究では,過剰な外的適応行動を過剰適応として捉え,青 年期の過剰適応の影響因として本来性と自他への信頼感を仮定 し,それらの関係を明らかにすることを目的とする。またこの 結果から青年が過剰適応的な適応方略を身につけるに至る背景 を検討し,過剰適応に有効な支援の在り方を考える一助としたい。
Ⅱ 仮説
①本来性の高い者と低い者では過剰適応の背景が異なり,異な るプロセスとなる。
②本来性の高い群では本来性は過剰適応に直接的な正の影響を 及ぼし,本来性の低い群では負の影響を及ぼす。
③本来性は信頼感に正の影響を及ぼす。
④本来性の高い群では本来性は信頼感を媒介して過剰適応に正 の影響を与えるが,本来性の低い群では本来性から過剰適応 への直接的な負の影響が大きくなる。
Ⅲ 方法 1.調査対象 14
A県のB短期大学,C大学およびD県のE大学に通う大学生 285名を対象に質問紙調査を行った。なおE. H. エリクソンの発 達段階論によれば青年期はおよそ15歳から25歳の時期を指す。
本研究は青年期を対象とするため,25歳を過ぎている回答は分 析から除外した。得られた全回答の内,年齢が25歳以上のもの,
回答に不備のあるもの,不適切な回答の仕方をしていると思わ れるもの(回答が全て同じ得点のもの等)を除いた263名のデー タを分析に用いた(男性98名;平均19.5歳,SD 1.42,女性165名;
平均19.6歳,SD 0.81)。
2 .倫理的配慮
回答は全て無記名で行った。調査への協力は任意であり回答 を拒否,中断しても協力者に不利益は生じないこと,回答は調 査者が責任を持って保管し,調査終了後には破棄することをフェ イスシートに記載し,口頭でも説明した。
3 .質問紙の構成
フェイスシート:所属,年齢,性別を尋ねた。
1 )過剰な外的適応行動尺度(益子,2009):自己抑制( 7 項目),
他者配慮( 3 項目),期待に沿う努力(10項目)の 3 因子20項目。
5 件法で回答を求めた。
2 )日本語版青年用本来性尺度(石川ら,2014):自己疎外感,
他者影響感,本来的自己感の 3 因子,各4項目の12項目。 5 件 法で回答を求めた。
3 )信頼感尺度(天貝,1995):自己信頼( 6 項目),他者信頼
( 8 項目)及び逆転項目である不信(10項目)の 3 因子24項目。
5 件法で回答を求めた。
Ⅳ 結果
使用した尺度は全て十分な信頼性・妥当性が検討されている と想定し,因子ごとに各項目の得点の加算平均を算出し得点化 を行った。本来性尺度得点,外的適応行動尺度得点を算出し,
本来性尺度得点,外的適応行動尺度得点を中央値から±0.5標準
偏差で高群・低群に分け,高低の組合せから本来性,適応行動 が共に低い(LL)群,本来性が低く適応行動が高い(LH)群,
本来性が高く適応行動が低い(HL)群,両尺度の得点が共に高 い(HH)群の4群を得た。次に各下位因子の得点を用いて,本 来性,信頼感を説明変数,外的適応行動を従属変数とし,構造 方程式モデリングによるパス解析を行った。各尺度の下位因子 には共分散を仮定した。仮説に基づいてモデルを作成し 4 群そ れぞれについて個別に分析を行った。LL群,LH群,HL群にお いては許容できる適合度であることが示されたが,HH群にお いては適合度が悪いことが示された(Table.1 )。多母集団同 時分析の結果,配置不変性は認められなかった(χ2(44)=
62.143,p = .037,CFI = 0.956,RMSEA = 0.079)。そこで個別 分析において仮説モデルの適合度の悪かったHH群を除いた 3 群について, 3 群全てにおいて有意でなかったパスを削除し再 度多母集団同時分析を行った結果,十分な当てはまりが確認さ れた(χ2(36)= 37.027,n. s.,CFI = 0.997,RMSEA = 0.021)。
このことから修正モデルはLL群,LH群,HL群の 3 群におい て配置不変性の成り立つモデルであることが示された。また,
HH群において有意でないパスを削除しモデルを修正した上で 個別の分析を行ったところ十分な当てはまりを持つモデルが得 られた(χ2(11) = 13.834,n. s.,CFI = 0.972,RMSEA = 0.063)。
以上の手続きにより,HH群とその他の 3 群では異なるモデル となることが示唆され,仮説①は支持された。本研究において は過剰適応群について考察するため,以下には外的適応行動得 点の高いLH群(Fig.1 ),HH群(Fig.2 )のパス図を示し,
この 2 群についてのみ述べる。
1 )本来性の低い過剰適応(LH群)について
HH群以外の 3 群において採用されたモデルについて,等値 制約を行いモデルにおける母集団の等質性・異質性の検討を行っ た結果,等値制約を施さないモデルにおいて当てはまりが良いこ とが示された(Table.2 )。従って, 3 群について同じモデルが
Table 1 . 仮説モデルの母集団ごとにおけるモデル適合度
χ2 Df p CFI RMSEA AIC
LL 群 7.875 11 0.724 1.000 0.000 944.828
LH 群 13.367 11 0.270 0.975 0.050 1022.148
HL 群 10.119 11 0.520 1.000 0.000 1054.558
HH 群 30.782 11 0.001 0.811 0.168 906.472
Fig 1.本来性低・過剰適応高(LH)群 パス図
注 1 )***p < .001.**p < .01.*p < .05.†p < .10 注 2 )実線は正の影響,破線は負の影響を示す。
Fig 2.本来性高・過剰適応高(HH)群 パス図
九州大学総合臨床心理研究 第12巻 2020
採用されるが,パス係数が異なることが示された。LH群におい て信頼感の各下位尺度を媒介変数とした間接効果は全てにおいて 有意でなかった。また,本来的自己感から外的適応行動への直接 的なパスは,本来的自己感から他者配慮へのパスのみ有意傾向で あったがその他には有意なパスは得られなかった。以上よりLH 群において,仮説②,仮説④は支持されなかった。本来性から信 頼感へのパスについて,自己疎外感から不信,本来的自己感から 自己信頼へ正のパス,本来的自己感から不信への負のパスが有意 であり,仮説③は支持されたと考えられる。本来性,信頼感の各 下位因子から,外的適応行動の下位因子である自己抑制への有意 なパスは得られず,外的適応行動の下位因子に影響を与えるもの としては他者信頼から期待に沿う努力への正のパスのみ有意であ り,不信,自己信頼からのパスは得られなかった。
2 )本来性の高い過剰適応(HH群)について
HH群のモデルにおいて信頼感の各下位尺度を媒介変数とし た間接効果は,本来的自己―自己信頼―期待に沿う努力におい て0.1%水準で,他者影響感―他者信頼―期待に沿う努力におい て5%水準で有意であった。本来性から外的適応行動への直接的 なパスについて,他者影響感から自己抑制と期待に沿う努力へ の負のパスのみ有意であった。このことからHH群のモデルに おいて仮説②,仮説④は一部支持されたと考えられる。本来性 から信頼感へのパスについて,本来的自己感から自己信頼への 正のパスが有意,不信へ負のパスが有意傾向,自己疎外感から 不信への正のパスが有意であった。このことから,仮説③は一 部支持された。一方で自己疎外感から自己信頼,他者影響感か ら他者信頼への正のパスが有意,本来的自己感から他者信頼へ の負のパスが有意傾向であり,仮説③とは逆の結果になった。
また不信から外的適応行動へのパスや,その他の因子から他者 配慮へのパスは得られなかった。
Ⅴ 考察
本研究の目的は自他への認知としての本来性・信頼感と過剰 適応との関連を明らかにし,過剰適応者がその適応方略をとる 背景を検討することであった。
1 .外的適応行動と本来性,信頼感との関連について
HH群とLH群において異なるモデルが採用されたことから,
本来性の高低によって異なる過剰適応のプロセスを辿る 2 つの タイプがあることが示された。すなわち,過剰適応が高い者の 中にも本来性の低い者と高い者がいる可能性があり,臨床事例 において散見されるが実証的研究では記述されてこなかった,
自己意識の希薄さを背景に持つ一群についての示唆が得られた と言える。これは干潟(2016)や風間(2017)が先行研究から 予測した過剰適応の 2 タイプを実証的に支持する結果である。
以下には本来性の低い過剰適応の群(LH群)と本来性の高い過 剰適応の群(HH群)それぞれの特徴について考察する。
1 )本来性の低い過剰適応(LH群)について
LH群は本来性が低く,外的適応行動の高い群であり,臨床事 例や干潟(2016)において指摘されている,“自己感覚が希薄な
ことに起因する過剰適応”であると考えられる。LH群において,
本調査の結果からは本来性から過剰適応への直接的な影響は示 されなかった。このことから,本来性の低さは直接的には過剰 適応に影響せず,その他の要因が関連していると考えられる。
他者信頼の高さが期待に沿う努力の高さを予測することが示さ れたが,本来性から他者信頼への有意なパスは無く他者信頼の 高さが直接的に期待に沿う努力を高めることが示唆された。す なわち,他者への信頼感が高い者は他者の期待に沿う努力をす るが,低い者は他者の期待に応えることをしない可能性がある と考えられる。また,自己疎外感の高さ,本来的自己感の低さ が不信の高さを予測することや,本来的自己感の低さが自己信 頼の低さを予測することが示され,本来性のうち自己疎外感が 高く本来的自己感が低いほど,不信が高まり,自己信頼が低く なることが示唆された。しかし本調査の結果からは不信や自己 信頼からの外的適応行動への有意なパスは得られず,不信の高 さや自己信頼の低さは直接的には過剰な外的適応行動と結びつ かないことが示された。不信が他者指向的な行動と結びつかな いことは他者認知の要因としてシニシズムを仮定した風間
(2015)の研究を受けた,干潟(2016)のシニシズムは基本的信 頼感の欠如の要素を含む不信であり他者配慮などの他者志向的 な行動には結びつきにくい,という指摘と一致する。したがっ てLH群の過剰適応では自他への不信感から自己抑制をするこ とよりも,他者への信頼感やその他の要因から他者配慮や他者 の期待に沿う努力といった他者指向的な態度をとることが考え られる。この群では対外的には他者を信頼し他者志向的に行動 することで外的適応を保っているが,不信の高さや自己信頼の 低さが直接行動へ影響しているわけではないものの,自他に対 する不信感も抱いていると考えられる。このような過剰適応の 群では他者志向的に振る舞うことで当人の本来性の低さや自己 信頼の低さ,不信の高さ,それに伴うストレス等が見えにくく なっていると考えられる。しかし石津・安保(2009)や高田(1999)
が指摘するように,このことが防衛機制として働いているとも 考えられる。LH群のような過剰適応では,他者の期待に応えら れない状況に陥った時,自己意識の希薄さや自己信頼の低さに 直面し外的適応を保つことができなくなる危険性があると考え られる。この様な本来性の低い過剰適応の群に対する支援とし ては,本来性の低さ,未熟な自己に対するアプローチが必要で あると考えられる。
2 )本来性の高い過剰適応(HH群)について
HH群は本来性が高く外的適応行動も高い群である。これが 干潟(2016)や風間(2017)が先行研究から指摘した,リスクファ クターとしての“自己感覚はあるがそれを抑圧した結果として の過剰適応”であり,これまでの実証的研究で主に捉えられて きた群であると考えられる。HH群において他の 3 群と同様の モデルが採用されなかったことは,この群における過剰適応が 他の群におけるそれとは異なる様相を持つものであることを示 唆している。HH群において採用されたモデルでは,外的適応 行動の下位因子である他者配慮とその他の因子との関連が示さ Table 2 . LL群,LH群,HL群のモデルの等値制約の有無におけるモデル適合度
χ2 Df p CFI RMSEA
等値制約あり 120 0.000 0.000 0.227
等値制約なし 37.027 36 0.421 0.997 0.021
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れなかったことが特徴的であった。HH群では,本来的自己―
自己信頼―期待に沿う努力の間接効果が有意であったことから,
本来的自己感が高く自己信頼が高められる結果,自分は他者の 期待に応えられるという自信を感じ,実際に期待に応える努力 をすると考えられる。また他者影響感は期待に沿う努力と自己 抑制に直接的な負の関連があり,その低さが期待に沿う努力と 自己抑制の高さを予測する一方で他者信頼を媒介すると期待に 沿う努力を低めることが示された。つまりHH群では他者影響 感が低く,自分の考えに従って行動していると思っている者ほ ど外的適応行動をとり,他者への信頼感が低い者は外的適応行 動のうちでも期待に沿う努力をしなくなることが考えられる。
しかし外的適応行動の下位因子のうち自己抑制の説明率は低く,
これには本来性や信頼感以外の要因が強く関連していることが 示唆された。例えば自己抑制に影響を与える要因として「甘え」
(小西・重橋,2017),「承認欲求」(益子,2008)等が指摘され ている。甘えの形成や承認欲求には信頼感が関連している(小西・
重橋,2017,正木,2018)が,本研究の結果においては信頼感 そのものは自己抑制に大きな影響を与えないことが示された。
また,本来性と信頼感の関連について,本来的自己感の高さが 自己信頼の高さや不信の低さを,自己疎外感の低さが不信の低 さを予測することが示された。これはLH群と同様に本来性の 信頼感への正の影響を示す結果であった一方で,自己疎外感の 低さが自己信頼の低さ,他者影響感の低さが他者信頼の低さ,
本来的自己感の高さが他者信頼の低さを予測することが示され たことは逆に本来性が自他への信頼を低めることを示唆してい る。このことからHH群においては,自己に対する自信や確固 とした自己があると感じていることが,自己信頼を高めたり不 信を低めたりする一方で,それによってかえって他者への信頼 感を低めている可能性があるといえる。以上より,HH群にお ける過剰適応は他者志向的な動機よりも,他者への信頼感の薄 さや自己への信頼に基づく行動であると考えられる。すなわち,
他者のために行動しているわけではなく,他者を信頼できない ために自己抑制したり他者の期待に応えたりすることで他者に 合わせた行動をすると考えられる。
この群では他者信頼が低くなったり自己抑制が過度になった りすると,上手く人と関われなくなったり,内的適応と外的適 応のバランスが崩れ不適応に陥ったりする可能性が推察できる。
本来性の高い過剰適応がどのようにリスクファクターとして働 くかについては更なる検証が必要だが,このように考えると,
他者の期待に沿う努力や自己抑制によって外的適応を高めるの ではなく,適度に自己主張・自己表現をすることを通して他者 と関係を築いていくような支援や他者信頼を高める支援が必要 であると考えられる。
2 .過剰適応への支援について
以上のように,本来性の高低による2群についてその特徴を見 ると両群において必要な支援は異なると考えられる。しかし,
両群に観察される行動は類似しており表面的な行動から区別す ることは難しい。特にLH群の様に過剰な外的適応行動の背景に 自己意識の希薄さがある場合,単に外的適応行動を抑制する様 な支援を行えば,過剰適応者は自己感覚の希薄さに直面化する ことになったり,外的適応を損なうことになったりする可能性 がある。過剰適応者の専門的な支援へのつながりにくさ,質の 異なる課題を持ち必要な支援が異なる 2 群の存在,その両者の
見分けの難しさといった過剰適応の特徴をふまえると,EGのよ うな,心理的に健康な者の集団を対象としたアプローチが有効 であると考えられる。益子(2010)も集団に働きかけられる学 校で活用しやすい支援の在り方の必要性を指摘しているが,具 体的な方法は提案されていない。國分(1981)によれば,EGと は人工的・契約的なグループの中でホンネの自分を発見し,そ れに従って生きる練習をする場だという。EG体験を通してメン バーは自己覚知,自己開示,自己主張,他者受容,信頼感,役 割遂行を経験する。それ故,自己信頼の低さや本来性の低さが 問題の核となると考えられるLH群においても,自己抑制を低め,
適度に自己開示,自己主張をすることが課題となるHH群におい てもEGは有効な支援となり得る。このような支援は,益子(2010)
が過剰適応的な人の本来感を向上させるために内省傾向を高め る介入を行うことが望ましいと指摘していることとも一致する。
また,SGEの中で様々な感情を経験することが信頼感の変化に 影響を及ぼす可能性(水野ら,2013)や,SGE体験によって自 己概念に関する指標が肯定的に変化すること(水野,2011)も 示されている。加えて,EGは日常とはある程度の距離を持つ活 動であり,藤本・吉良(2014)が指摘しているような自身の受 け入れがたい側面に対峙した時の精神的な揺れを受容されるよ うな環境と配慮を実現し得ることからも,過剰適応に対する支 援としてEGは一つの有効な手段を提供することができると考え られる。EGに限らず,集団の中で本来性や信頼感を育むための アプローチが求められる。
3 .本研究の限界と今後の課題
過剰適応は「良い子」や「偽りの自己」等,類似の概念が多く,
実証的研究が積み重ねられているものの未だ曖昧で複雑な概念 である。概念の曖昧さ,複雑さから本研究のモデルも複雑になっ た。また 4 群全てにおいて従属変数の説明率はそれほど高くな く,本来性や信頼感以外にも様々な要因が複合的に影響を与え ていることが示唆されたことからも過剰適応の影響因について 十分に検討されたとはいえない。今後は過剰適応の影響因につ いて,さらなる知見の蓄積が求められる。影響因の検討に当たっ ては,適応行動とは主には相手がいるものであり,その受け手 である他者の存在が重要であると考えられる。本研究では外的 適応行動は対人場面における行動でありこれに影響を与えるの は自己に対する認知だけではなく行動の対象となる他者に対す る認知も同様に重要である(風間,2015)という指摘を踏まえ,
対他者認知として信頼感を用いて検討した。しかし,人の行動 や状態は個人の持つ特性とその場の状況との組み合わせによっ て説明される(Mischel et al.,2007)という指摘があるように,
適応行動の対象となる他者との“関係”によっても適応の方法が 異なることも考えられる。今後は過剰適応する環境要因につい てもより詳細に考慮に入れて検討することが求められる。
謝辞
本論文を作成するにあたり,ご指導を頂いた指導教員の金子 周平准教授に心より感謝申し上げます。またお忙しい中,調査 へのご協力をご快諾くださった香蘭女子短期大学濱田尚志教授,
研究を進めるにあたり貴重なご意見を賜りましたカウンセリン グ第一研究室の皆さま及び質問紙に回答くださった大学生の皆 さまに深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
九州大学総合臨床心理研究 第12巻 2020
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The Effect of Authenticity and Trust on Over-Adaptation
Chiharu HATTORI
Faculty of human-environment studies, Kyushu University
Over-adaptation is a maladjusted state of adaptation where external adaptation is excessive and the balance between internal and external adaptation is lost, while the aspects for adaptation strategies or defense mechanism are also pointed. It is necessary to clarify the factors that influence over-adaptation that can change even after adolescence because the problem of over-adaptation don’t become apparent until adolescence.
This study examined the relationship between the authenticity that is hard to change, the sense of trust that can change and develop, and the adaptive behavior. A questionnaire survey was conducted and 263 responses were obtained. Date was divided into four groups according to the level of authenticity and adaptive behavior. Path analysis and consequent refinement of the model resulted in final models that differed from the level of authenticity. It suggested there were two types of over-adaptation. Among those with high adaptive behavior, the group of low authenticity maintained external adaptation by responding to the expectations from others instead of having a weak self-consciousness, and in the high authenticity group it was considered that they positively restrain themselves to maintain the relationship with others.
Keywords: Over-adaptation, Authenticity, Trust 18