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(1)

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プ゜内

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和之 語

胆惟フこ我カ皇祖皇宗國ヂ肇ムルJ卜麦笛T岫斗樹ツルュト深厚ナ9我カ臣

民寛ク忠こ克夕孝二億兆心チT一シテ世々蕨ノ美チ臍ゼル︵此レ我カ國肢ノ

精華こシテ教育ノ淵源亦賓二此こ存ス爾臣民父母こ孝こ兄弟一友二夫婦相和

シ朋友和信シ恭倫ごレチ待シ博愛衆こ及ホシ學チ修ノ業チ習右以テ智能チ啓

賛シ徳器チ成就シ進テ公盆チ廣夕世務チ開キ常こ國憲チ重シ國法こ道ヒー且

駿急アレ︵義勇公二奉シ以テ天壌無窮ノ皇運チ扶翼スヘシ是ノ如キ︵猫り験

力忠良ノ匝民タルノーナラス叉以・ア爾祖先ノ遺風チ顔彰ス^ II足ラソ

斯ノ滸で官ご我カ皇轍皇宗ノ遺訓こシテ子孫臣民ノ倶二道守スヘキ所之チ古

今二通シテ謬ラス之チ中外﹄施シテ悼・フス胆爾臣民卜倶二拳々服臍シテ琥其

徳ナ∇一セソJトチ庶幾フ        ヽ      //      /  明治二十三年か月三十日

御名二 鋤

(3)

半百足i ̄ぺ玉私 車こ馨てがダ

'ぐざ;:ダノ!で7、ェ万、ii;:1:.゛‑1 j;夕答

開国

\、

勅語小解 ︵九節︶⁝⁝匹⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝に=・一

第一   緒

人道徳 論⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁚⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝十七

  第二   身肢に閲す芯務

  第三   智能に閲する務

  第囚   徳性に閲寸る務

○家フ庭道徳

  第五   父母に對する務

  第六   舅姑に對す芯務

  第七  兄弟相互の務

  第八﹂ 夫婦相互の務

yl kr44︲ i一L! !﹄ark 唐I旧J

⌒ ⌒開 僣

\新 盤

珪︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝十 九

助︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝一一十三

︵ブラヅクリご⁝⁝⁝⁝⁝x⁝⁝⁝⁝一一十七

   六︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝一一一十一一

し  女︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝一一一十七

︵八右衛門等六人︶⁝⁝⁚⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝四十二

レ  ︵山内一豊夫妻︶・・・・・EI⁝⁝⁝⁝⁝⁝四十六

(4)

等姦悪 ぼ鳶 一部﹁詮n刈づコペここ卜rコノ

  第九   子女に對寸る務

  第十  主従相互の務︑三節︶

○社會義゛務

  第十一  朋友に對寸る務

  第十二  公衆に對す芯務︑五節︶

○國民道徳

  第十三  職業に對寸ゐ務 .泰明ご偏習已詣回二迢専匯ぼ川

︵かひ鍬詔︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・・・五十

︵四川心有心︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝五十五<

宇幇二千細

非 廣 揮︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝J︵十一

左 衛 門

♂諒

y・=・・﹁⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝J︵十五

喜田直家

︵伊丹康勝の議︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝七十九

第十四  國家に對寸る務︑︵六節︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝八十四

第十五 よ右主に對すぷ務    ﹁源 通﹂基︶⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝九十

″la−−り恋Iv夕rり︑x3117yfrav︑しx″″v5vぷIくMj″x♂くljhttp://www.ぶ2″夕/jl〜s︑jら;くくx/r゛i︑S/″IrII︑︱−︱//rIン″!v♂〜aij2xllMぷぐ

<  勅荷小解

展惟クで我カ皇龍皇宗國チ肇ム戸言卜宏建

二徳チ樹ツ;:iコト摺厚ナリ

司回眺賢宍惟こ二我恋混 − 昌昌具畝ぺ皇麟皇宗四諦昌詣︿て万

ヒyl︵畢・タテ︑天子身御1門■4.臣民^tfv

こグ︑天照大仰チ湘メ

ノ御代・″ン天子ノ御

ツ 扉チ肇よI″惣昌昌 宏濾ぺ言 樹ツyご略びで 徳尹

I 1 ' a SJ j SI 一大意一 天皇陛下の思石茸せたまふやう︑我々の御先

組︑および︑御代々が︑始長二会誌日本國を開かせよだ霞ひた

(5)

伝記罰 子﹃ぺ 磁化 回.呻一塊一覧 一一一* 一

召羽白莉

 る御功業は︑限り吸く壮んに大きくして︑叉︑非臣民を愛

 した唾ごひて︑衣食住の事を初めとし︑政治に︑教化に︑御心

 を注ぎた呼ごひたる御恩徳は︑いかにも深く厚きここ吸

 り︑と︑許らせ応呼ごひし吸り︒ ド

我力臣民兎夕忠二兎夕孝二億兆心ターニシ

テ世々康之ノ美チ済七夕︵此レ我カ國盟ノ精

華ニシテ教育ノ淵源亦賓︑二此二存ス

一字解﹂我夕臣民靉言作昌司仁弩

億兆鴛瓦 心ター干シテ謬謐

雁ノ美チ済ふタパ皿回想言リ

昌竹 精華箭竹ツ 淵源諜

克丿夕謬世々皿ツー

國盟?毀齢ぺ

﹁犬﹂目作一犬我日本國民は︑よく君に事べて忠義を書こし︑又︑

よ4交母に事へて孝行を害すといふ格段の美風あ躾

て︑忠臣孝子︑何時の世に七絶ゆること喩く︑萬民二つ心

に喚りて恵義孝行の徳を仝うせり︒この事は︑我日本が

萬國にずぐれて︑國柄の高く華やか喩る所以にして︑教

育の根本名亦この忠孝の大道にあるずよ︑と︑詔らせた

まへる壇り︒       \   y

(6)

等訟肪 ず夕 笛葡 回呻力作ぴ万二一* 四

爾臣民父母﹄孝二兄弟二女二夫錨相和シ鯛 友廂信シ

宰匯爾臣民び詰芸詰ぬ孤影

二掛

孝町匹認ご‰友詔討万

y夕

ブ コ

¨naで。

  ス臣 和j

夕夫 y貧 ]にに

ーマ敬丿 所呼

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一大意一 されば︑汝等人民まナノペ昔より傅はれる直− に 信諸鐙疆昌誠I   ペ  J⁝⁝⁝

先代々の美風を推じ廣げて︑親族︑及び︑堺友に對する孝

友和信の大道を履み行へ久と︑示させた奥こひし御言葉

喩り︒今この初■Kに︑君に忠に︑と︑あるべき筈喩れご屯︑左様

に宣ぼIゼたまはざるは︑全く 陛下の御謙遜涜る大御

心によること壇るべければ︑我々臣民はまナノヘ之を

かしこみれ了れたて涜つりて︑この勅語の御趣旨を日

々によく賓行ゼ孚︑々あるべき︒抑君に忠するの道︑此外

に出づること喩き喩り︒

恭倫でじソチ持シ博愛衆二及永シ

皇よこ恭倹欝皿%訂詐八命暫昌娼諮ぎIIdシチ持シ託巡回 博愛心ぷ昌ぴ︑

及 4   A衆︵オホゼTノ人叉多タノ物ナリ︑親族iK愛λ︲″愛 永 ︑ ヂオダヒロゲタ︑何人ニタモ何物il )K rt'愛ス″`︱ ゴt債ÅIK云フ

衆 二

(7)

等記郭 eや 循低 朔呻一一.がy一﹈︸−i−−− −↑

1 7卜湾﹂ 自身の行とし︑ては︑起居動作に麓暴高慢喩く︑

衣貪住庖ごを奢らぬ﹂やうにし︑叉︑他人他物扨對しては︑

和けへだて攻く之を愛し恵めと喩り︒嗇くはしく云は

ば︑恭の裏はたかμるにして︑倹の裏はれIごる壇り︒人に

して︑高慢の木徳あれば︑他人に嫌はれ疎んザちるべく︑

奢侈粗暴吹る噺あれぼ︑性行︑何によりてか修まちんや︒

叉︑博愛の心涜きは︑残忍とて︑心のむごたらしきにて︑了

簡のせまく︑人情を知らぬ也︶の攻り︒押人どして︑人情喩

ければ人にあらず︑苛くち人情あらば︑身をつみて人の

痛さも知らるべき喩や︒故に︑人は︑身を守るに恭倹を以

くし︑己ざ愛せんには︑回を愛寸る心を以てひろく人を

愛ずべ念詮り︒

學夕修メ業チ習八段Lア智能チ啓麟シ徳器チ 成就シ

①㈱﹂學帽 業ベド智能昌 啓登幄で

徳器欝 成就勁昌

示目圓﹂ 人︑屯し學問せざれば知識吸く︑知識攻ければ

禽獣に異らず︑叉職業喚ければ生計をも立てがたし︒こ

我幼少の祈に︑學術職業を修め習ふべきゆゑん壇り︒偕︑

(8)

端丿脂=i  ‑≫*\   ‑mm  ffliffiぶ勾1 バV︒一﹄曇 入ぶ引

其學業を習ひ修むるは何の焉めずご云ふに二面には

オ智藪能に上建して︑以て世渡りの子立と啖し︑叉一面

には︑徳行器量を仕揚けて︑以て人の人たる所以の品位

を仝うせんが鵬晏り︒これ︑學業修習の目的を瞬示した

呼ごひし御言葉にて︑學生をして立身の本︼翁を知らしめ

た呼ごひし吸り︒誠に乖く拝讃すべきにこ了︒

建テ岳監チ炭メ世務︑夕開斗常二翻憲夕璽シ

國法二甦這

φ

ノオ 中ホ ノヤ 湾夕 筋ノ こ利 重盆

脚即

謡 世務詰封箭竹幄

ノ,

イ務 ブ向

法ナ9ノ

国憲ご幄

レlヽ タタ 大治 法ノ ナ根

心國法諮問畝俎賜 諮

﹁犬卜心と 人︑賎に修習`にょりて見識を開き︑徳風を成せ

し上は︑音に︑一身<︼家の利盆︑用務のみ吸らず︑一段︲進よ

て︑何事にて・ヽち公衆の利便とふこ7︑土地の昌盛の種' H <f5

る程の大事を考へ出すを要寸︒有形の事にても︑無形の﹂

事にて久我に辛苦せし好工夫あらぼ︑之を衆人に知ら

せ示し︑叉衆人の困難七︑落朧せ忿事物を見ては︑了れを

改め直し︑事業ぺを撞張する・こどを勉めざるべからず︒次︒       I       ♂  i       l    l

(9)

等長1 ぜ少 誦耀 萱μ為1一V︒一︸

謳椚り

に︑国憲国法は︑國民の生命財産を保護せらるxものに

て︑もしこれ喩かりせぽ國に政治喩き吸り︲0国に政治優

くぼ︑國にして國に︑あらず︑方7人間の集れる鴫喩るのI

み︒而してずの有様は如何吹るべきか︑盗賊自﹈書に横行

しペ喧嘩浮図の弾︑國中にたゆる時涜かるべし︒かゝる

大匙を防ぐ焉に︑國庫國法の備れること涜れば︑臣民た

るもの︑豆之﹂を重んじ︑之に遵はざるべ・けんや︒この前句

峨報國を示され︑後句は︑義務を諭したまヘーリ︒これ︑太平

の世の臣民が︑忠節を霊すめ心法涜りと知るべき涜り︒

一旦緩急アソバ義勇公二一奉シ以尹天壊無窮

ノ皇運夕扶翼スヘシ 宰﹈㈲緩急信昌昌代阿義勇

字解一緩急彭じ詰り阿義勇皿

X      sシ温言昌リ︒天壌四竹無窮八

J狭翼万言尽

考Jヽ゛気心 な食々 タチ

ゲ皇運詔 ″ド公示奉

①﹈.熹もしヽ一た心國に急事の起リし時はヽ義心を起

し︑勇気を張りて︑天地こ北︵にきはまhで喩がらんと︑天

照大一の仰せれかせられたる︑我皇室の天趙を助けよ︑

と︑詔らせたまひし御言葉喚h7.3れ︑家は人を容れ︑國は

(10)

位駝匹ヱy.−・端価 帽瞭

が咽β覧戸1

家を容れたり︒故に︑之を替ふ長は︑四千萬人の同胞は︑日

本と︒いへる一大家屋中に住める涜り︒國危けれぼ我々

も危七︒人々︑家に賊あらぱ必・K之を打はらふ吸らん︒國の

焉に書すベーきも同ヒ理吸り︒況んや︑我々臣 民は︑萬國に

類稀喩る︑皇室の御恩徳を蒙れる者なゐに於てをや︒次

  I       カ       ︐       l     ︒に︑天壌以下の御言葉をI?くノ\・會得サベし︒抑我皇室

は輝代より千代に八千代にづyかせらるy萬使一系

の御皇統にまし霞して︑天地の妬らん限りは︑漏゛々世の

後と雖も御かはり優きは︑固より論喩きこと喩るに︑萬

上が二にも︑一大事の起りたる時には︑何事をさしれÅニーヽ

 気先づ皇室に﹃御ゆるぎ喩き々う︑四千萬人諸北︵に︑力を

合せ勢を3ろヘズ︑錦の御旗に従ひたてまつり︑敵をみ

安ごろしにせざるべからざる涜h7.

是ノ如キ︵猫丿験カ忠良ノ但民タソノヽtナ

ラス叉以Lア爾龍先ノ遺風夕顔彰ベダェ足Lフ

ン 同㈲

題ノ如キハ殼端作て 猫岬町

爾龍光尽幄巡回 遺風皿影齢町

I ..にsき一レレ^^.1.4        * +111 II <..︱. .‑.*三一LiF`iFM ︷iri

(11)

啓ん箭 ヱア 感旬 咽膠

顔形アラ︵y

 ″   ア﹂h  ︵.   K 泌哺jy十二 −i−−√

一大熹 上文を︑よく守之訂雁首は︑會に陛:下に對し

奉りて︑誠忠善頁喚る臣民忿りと云ム上のみには非ず︒臣

民各自の先血代々忠義を轟し来れる︑國の美風をあら

はし腸ぐるので有るずよどの御言葉涜り︒我々が︑我々

先蔵のご逼風をあらは寸は︑先蔵に對する孝行な薦而し

て其孝行は︑直に皇室に對し奉りて忠節と吹る︒秤國儒ぐ

り精華たる忠孝ぷ二の賓行之に過ぐるは吹き吹り︒

斯ノ逍入賞﹄我が皇龍皇宗ノ遺訓﹄シLア子

孫臣民ノ倶二痙守スヘキ所之チ古今十廸シ

テ誤こラス之チ中外﹄施シテー悼Lフ︒ス験爾臣民

卜倶で拳々服鷹シテ咸其徳チーニ迦ンート

チ庶幾ク      ーー 宰 −瀋﹂斯ノ逍壮端に江や題訓︒邨

y︒タマ執ナジ

詰詰鸚質川古今二延シテ誤Lフス

町こ昌 中外二施シテ惇Lクス

リカ︵yヤウナ s    手︸一タサ4 μ艮  胸﹂アタ道理ヂこナー4  拳々グァグ゛1″鷹守こ訂゛

市い  サ世

子孫

幾億高年飛啼琢用y夕︑駱﹂ヨタタカ

諮惚ぷ暫  城門

莽尹

(12)

函別Jぷ1A肆﹂ Ti別こ睦輝

喩らず︑貴に皇祗皇宗の遺したまへる御教訓喩れば︑−

陛下の御子孫屯︑我々臣民屯︑もろy﹂こ︶に遵ひ守り・たて・

まつるべき這に七て︑昔屯今屯かはり資く︑國内拡づて気

海外にても︑時︑處にかゝはらずして︑吸行はるべきの大

道晏り︒故に︑陛下屯我々臣民と共に︑恭しくこの道を・

胸にあてさ肺たまひて︑朝夕に躬行した霞ひ︑君臣こち

に守る所の這徳のかはり吹きそうに︑ひ禿すら望4こ心

たまふをの御言葉吹り︒誠に以て恐れ入りたる御事吹

り・︒心安かしこや︒       ︵かはり︶

`修身教訓巻の三

樹徳館 撰 大内 青憎 國府寺新船﹂閲

     第プ 緒論        し

﹀ 人の此世に生存ずるや︑衆人相集りて群を成し︑各其力を合

せ︑其業を分ち︑相依夕相扶けざるを得ず︒此團結あればこ天

完全に生活を遂ぐるを得る喩れ︒此團結喩く︑外人互に孤立

ずる者とせば︑百物のI便利立ろに絶え︑世は無味乾燥の瘍所

と喩るべし︒

]≪ei ^ >^  し≪卜卜 ir6 1111 ﹈・f/.lA‑。≪&。<。≪        * ふエ七 一一 tilJ`laきL寡CiI一`會l零

(13)

等㈲l jフ︒・遥奄・ 遥呻J4﹁gv︒こI

此團結を稽してttと云ふ︒

§

鮭會の原始は家族にして︑家族集合して町村を成し︑町村集

合して市郡を成し︑市郡集合して府駆を成し︑府駆集合し叉

國家を成す︒

斯く︑吾人は︑國家を組織せる集合穀の一分子吹れば︑一人の

休詳は︑進みて二國の体詳に錨し︑一國の利盆は︑分れて二家

の利盆﹂に諮し︑利害休戚相僕たざるこご吹きth7.

吾人の國家に於ける地位はずれ斯くの如く至貴至重喩れ

       %     I     いば︑仮初に曳己が持ずること放縦浮躇喩るを得ず︒常に身穀

を強健にし蜃能を豊富にし︑徳性を圓痛にし︑長ずるに従ひ︑

愈︒正を蹟み︑盆︒善を行ひて︑身を立て家を斉へ︑進みて社會公

共の事に力を省し︑貴丿國家の文教美事に留意して︑國位の殺

建を助成せざるべからざる喩り︒      上   ヽ

上乗述おる所により︑道徳賓践り目安を分ちて二つと吸し︒

自己に對ずる務を省寸を・箇人道徳と云ひ︑他人に︒對ずる務

を憲寸を社會道徳と云ひ︑更に簸會道徳を細別七て︑家庭道

徳︑國民道徳︑及び︑社會義務の且つと咬す︒

¨

(14)

等姦1い XJy JW可 ゴ.笠9泊J1一V 一一一ホ ー ぷ眉回心引9一目﹂J揖脚狐踏S'

身般・に閲ずる務とは︑常々身を無病健康に保持して︑天命を

仝うす﹂る巻云ふ︒諺に亀︑健康晏る精一は︑健康吸る身般に存

すとて︑身般皇弱喩れぼ︑精御亀亦柔軟にして︑智識進み難く︑

徳器成り難き者忿り︒是故に︑身般を健康に保持するを以て︑

箇人道徳の第一の務とはずる攻り︒

吾人︑若し了れ病床に呻吟して︑父母の心を議ましめ︑或は︑生

業に堪へず七て︑家産を傾け︑妻子を路頭に迷はしむる事あ

らば︑忠孝の辺何によりてか立つべき︒

此故に︑胃瞼︑a殺等︑生命を軽んずるの皐動あるべからざる

は勿論︑天性虚弱優る者︑或は疾患等ある者涜どは︑速に其快

71

φ

丿 誰青

≒ブ j

● ,.■

復の術を書?rj ^る可らず︒

叉︑縦ひ常に健康晏りと屯︑

飲食気候等の注意より︑勤

静︑睡眠等の時間に至るま

ごで︑一々有害を避け︑適度を

守らざる可らざるth7.

土播磨國ヽ静齢の常に盤珪

  といふ人ありけh7.幼少

  の頃より︑常に自ら謂へ

(15)

* ︸

を慣むに在りと︑乃ち朝夕の食物をば︑権衡に懸けたるが

如く︑其分量を定めて︑毎食過不及喩からんことを務めけ

り︒或人︑之を見て︑師はさまで剥が惜きか︑ど︑嘲りしに︑盤珪︑

答へて︑批世に生存へて丸人を盆する事吸くば︑夭折ナと

斗易んず惜まん︑されご︑此世に生存へて︑人を盆せん芦欲

する者は︑一日生き延び優ば︑其一日の利盆は︑衆人の均し

く蒙る利盆喩り︑我は︑衆人に利盆為ることを行はんと思

ふ志ヤみ難けれ吠斯く飲食を節して︑身穀を強健にし︑一

日優町尚﹂一串長生せんこごを願ふ喩り︑と︑云ひきとず︒賓に

知言︒と云ふべき肴り︒

 ^.TNih^HJ*Ihih≫>*a*≫>能尊生者︒雖富貴不以養傷身︒雖貧賤一系・以

 yiIt1         II         Jt^II]   一一

利累形︒゛准子゛

     ジ     第三 智能に圓寸る務 <     ﹂

箇人道徳の第二の務は︑智識を進め︑藪能を堵すに在;SN°蓋J>身

殼を強健に保たんには︑衛衝法を知らざる︶へからざるが如

く︑農業を行はんにば︑植物︑地質の理奮知らざ・るべからざる

が如く︑工業を曹まんには︑圖書︑斂學の能吹かるべからざる

が如く︑商業に従はんには︑讃書算の能吹かるべからざるが

如二く︑一として智能を要せざる者吹き吹り︒此等の智能を賓

地に塵用じて︑言ふ所︑行ふ所︑過誤失錯吸きに至り︑よく一身

(16)

等嘉1 μF夕 岫罹 遥蹄刀1jy 一二* 一十四 函價必澗轟腿て沼男感痍

一家を維持し得るに至れば︑父母に對しては泳と喩り︑國君

に對しては忠と萱る︒       ︒︑

是を以て︑人は身穀を強健に養ひて後味務めて廣く普通の

學科を研修し︑務めて深く得意の藪能を練磨して︑以て他日

の立身に備へざる可らざる忿り︒

 賜新助は︑初め甲府侯め家士優勺し肘後に徳川家宣公に

 捉ひて︑幕府旗下の士と喩れり︒少時は︑八算をだに知らざ

 りしが︑或時︑従僕の捨てる塵功記を見て︑梢心に解しけれ

 ば︑更に心を昨め・て︑其提を研き︑種々︒の算書を集めたる中

 に︑算學須蒙弔いぶ書ありて︑尤も解し易かりしかば︑一心

に之を狗修し終に天元

の理を辨へ︑更に測量︑暦

法︑天文等に於て︑種々の

新法を替明して︑圓流の

一派を開きければ︑事︑忽

ち翁軍の耳に建し七︑厚

く任用せられけh7.

其頃︑唐本の佛書に混じ

ぴ . ・ y

(17)

* ︸

習僣止雅伺必R二部卿∠糾川

に屯非ず︑何人に屯意の涌じ難き屯汽奈良に在りと云ふ

を聞きペ新助は︑定めて算術の書喚るべ七ご思ひ︑暇を請

 Sk         ■ひて︑態と奈良に赴奮︑懇請して之を見しに︑果して算法書

庖りければ︑雀躍し七之を喜び︑暫く奈良に滞留し︑夜を目

に纏ぎス之を寫し取り︑江戸に蹄りス三年の聞︑書夜心を

凝らして研究しければ︑遂

歩の算學者肴りと稚せらる4に 今猫

新助︑或時︑江戸まり甲府に赴きしに︑駕寵の内にて︑雨地聞

砂議飛方角︑地形︑高低等︑悉く之を圖面に寫しペ幕府に飲

ヒけhソ︒

叉︑或時︑家宣公︑其秘蔵の伽羅の大木を︑一門の諸侯に分ち

奥へんとて︑其夫・さにぷ等吸く︑之を挽き切らしめんとせ

しが︑其掛ザの人々︑貧割方に苦みて︑老中の指揮を請ひし

に︑老中は︑これを新助に命ぜしかぼ︑新助は︑算法によりて

其伽羅に集打して出せIしを︑其墨打のまゝに鴉き切らし

めしに︑目方に厘毛の羞違喩く︑いこも見事に分ち︑得たり

奏ここず︒

箇大︵道徳の第三を徳性に囮でずる務と

身穀を播

(18)

渚蜀 当叩刃1がV■    ! ! I

・斗

W4

函周回41︒a腿で扇脚孤匯躇

養する馬︑智能を研磨する也︶︑畢竟︑ぱ︑徳器を成就せんが焉喩

り︒身暦脱に壮健にして︑智能既に充賞したりと屯示徳義攻

る人は︑恰奉鼎の一足の峡けたるが如くにて︑胱に得たる所

の強健肴る身暦気豊富優る智能丸皆其賓用を成w i^るの

み涜らず︑却りて其身暦智能に依りス害悪を造托すること

喩しとせず︒故に︑人は︑常に肉慾を恨み︑私情を抑べて︑以て人

の人たる穀面を全う七︑忠孝の賓を拳げざる可らざる壇り︒

電気學の率先者涜るヌタwタリムは︑徳を分ちて節制︑沈

 獣︑秩序︑確志︑節倹︑勤勉︑誠賞︑正義︑温礁清潔︑寧静︑謙遜の十二

 ご攻し︑簡略攻る註鐸を加ヘズ之を簿冊の脅首に記し︑日

日其旛冊を覗

る毎に︑己ぷ行

の徳義に背き

たる事吹きや

否やを︑自ら其

本心に問ひ︑若

し過ある時は︑

記琥を眼して

白も警めけづ矩八

(19)

等﹂脂腿 ぜ鳶 一領 萱μ池コベーy.一一泰明7泗M

開中の雑草を悉く刈取らんと欲せば︑力及ばずして終に

其業を仝癈するの恐れあh7︑然るに︑先づ開申の一隅より

之を始め︑一部分を終りて︑更に他の部分に及び︑漸を逐ひ

て︑業に淮む時は︑早晩全く其業を成就するIことを得べし︒

是ど同じく︑我︑今︑我ぷ徳を一時に昏めんと志したればと

て︑必︒其建に遂げ難きを悟hyしにより︑毎日︑過ある毎に其

記琥を此簿冊に附け︑日に記琥の数の濾ずるを渠み芦安

ゼザ︑若し漸を延八いて︑徳に進み︑誼百日の後︑此簿珊の白紙

のみと安るを得ば︑我喜び二雁多がる︒べし︑と︑一ぞへり︒

借︑フ﹄フンづクタyの十二徳を貴賤するや︑一週間毎に代る

代る一徳を省察しけり︒されば︑簿冊の紙灘を十二枚とし︑

︼ご枚の初めに`徳の一名を記し`象を以て﹄1001一を書しご罫を

一日に充て︑七曜の文字を各行の上部に記し︑更に十二の

横線斎施して︑其各段の初めに十二徳を記し︑日に犯す所

ある毎に︑其罫線の常る.所に一小関を協ヒ︑十二週間︑断気

ず之を行ひ︑貴二年内には︑国時之を反蜃しけ町

フーブンクジ

﹇たび.之を賞行してより︑始納二︲︲11...ヽ自R一に平

(20)

等姦1 ぜ吻 一環 萱鴎湘J1丿り 一一

§

ぷ罰大池μ白目≒﹁哨別凱旨4

﹄とを願ひ︑日夜に孜々として賓賤躬行すべきにこ了︒

煙善即其徳日新︒逡非則其悪倆積︒︵︱貳︶

  ○家庭道徳  △

     第五 父母に對ずる務

父母に對する務とは︑即孝道を轟すの謂喩り︒几天人たる者︑

我身の出で来し本を尋ぬれば︑父母より生れざるは喩く︑叉

 Siti ti其生立ちし所以を問べば︑父母の養育に由らざるは吹し︒加

之︑言語を殖袱の内に教へられ︑性情を玩具の間に養はれ︑梢

長ずるに及びては︑師蛋挿びて學に就かしめられ︑資を搬ち

(21)

等お邪 fj 謐砥 悒呻

天地心大這︑人倫辿基本安れーぼ︑

豆他9延々たる植利︑義務の類

喩らんヤ︒故に︑費父母︑継父母等

0.如き︑縦び︑其養育砂恩を受く

&こと︑賞父母の如・く安らぎ夕

Ξ

し者thyとも︑義︑既に父母たる

上は︑貧父母ご等しく爰敬吟誠

を直子こ汽固よhy孝道φ要義

ご知るべき安汐︒

 近江唄蒲生郡晏土に新六ご

         ・︵.>. .     ̲     ̲云へる貧農ふやけh7.其弟は︑件前渓が僕たジ七かば︑新六

常に其家に山田入したりしが︑一日︑前渓に物を示し咤︑我.父

に孝涜h7とてヽ領主よやかー^る褒美を賜はりた札とも︑甚

心得難き事吸り︑と︑云ひければ︑蕎説ず躾は定やて殊勝の

      行ありし故涜らん︑包む所庖く語り聞かせ

 六     矢と︑問ひければ︑新六答へけるやう︑某まだ

 六゛゛  ぎ﹂といふ屯のゝ寸々きヤうだに知り侍ら熹朧縦宍ゞ年老いたる父ゆゑに︑何屯心︑に遥ら

 4 1匹皿皿ルぼく

はぬ二yうにと思へるのみ︑決して他人より

(22)

頓が判 折ヅ 感化 回収習性眉V コー冊 三 函ぷぶぶ耶り 角目FJm同 婬匹紹

に善行ありこペ領主の賞した呼ごひしヽやのを︑鮮退ナるも

本意庖らず︑姑く戴き置きて︑日頃︑頼む所の御寺と先生と

へ︑取敢ず其山を告げ參らせんとて来れる優や︑と︑少しも

言葉を飾ること庖く︑あuフのまゝにず建べたh7ける︒

其後︑首渓︑新六が孝状を其里人に問ひしに︑其人答へける

には︑彼が父は常に寺詣を喜μ者啖るが︑家より寺涜では︑

其距離濾からねど︑九十の翁優れば︑行歩叶はずずれを日

毎に竹輿に秉ゼス彼の妹七北︵に昇き往き︑叉︑湯一を浴さす

るに曳兄妹屁︵に介抱しズ父の心の値晏ら王む︑彼ぷ孝行

にはざして是ずと言立つべき事庖けれぺ暇庖き身にて︑

http://www.φ

親の心に不足を感ぜしめざるは︑我々の常に駈ぢ且つ感

ずる所喩り︑只一新六自身に廠︑さほどに思はぬ様子三喩り︑と

言ひきとずづ

を生みの父・母に等七く重んじ敬ひて︑厚く之に事へざる可

らず︒其故如何にと喩れぼ︑夫妻の関係は︑異殷同心喩るべき

(23)

等姦I ジFゴ︒−︒−誦群で四時池雌ぶV コー* ご十八

屯の喩れば︑一意其夫に承順せざるべがらず︒よく夫に承順

せんには︑夫の父母を思ふここ︑生みの父母を思ふと毫当異

る所あるべきに非ず︒且夫れ︑夫妻の和合は︑賞父母の尤礼悦

喜する所喩れば︑よく舅姑に孝事して︑以て夫との和合を保

ち︑以て自己を安全に保づこ天女子が賞父母に對する︑孝行

の終局喩りと知るべき吸れ︒

 周防國︑吉敷郡︑岩淵村政百姓︑伊八の妻いし女︒は︑善く其舅﹂

 姑に孝事したる者喩りけり︒舅姑北︵に璧を患ひペ歩行叶

 はず︑伊八は︑顛惰にて生業を打棄てければ︑家極めて貧し

 くヽ所有のm畠吸ごヽ残らず資彿ひたる上にヽ伊八はヽか鵬寸

 るとて他國へ出で行きし啓で︑数年がI間諮り家らざリし

 かば︑いし女ひとり︑書は日傭稼に出大夜は苧紡吹ごして︑

 種々の難難辛苦を忿び︑舅姑の起臥︑食餌︑暦薬等の事より︑

L一便の世話啓二こ夙身一つにて懇に取螢ひしかと︑舅姑の

病は不治の難症吹るに︑夫は貧窮に迫りて家出せし程吹

れば︑其難難一方吹らぬを見て︑近賃の親しき人々は︑目途

屯咳き家に︑憚ひて辛抱するより曳離縁して他家に再縁

せ矢吹ご︑勧むる者永︶多かりしぺいし女は︑一旦舅姑と定

めたる人の融病を見棄てs︑離縁するが如き収人たる大者

(24)

等脂肪 誤グ 岫低 回囮力作バ睨一一一* 四 加甘鯛

らざる事をのみ打歎きたりしが︑伊八は︑其須長崎に居た

る白にて︑妻の孝貞︑数年一日の如く喚る行状を輯へ聞き︑

さすがに心に晰ぢて深く後悔やしたりけん︑或年ゆくり

涜くち踪り来りて︑共賓状を見張︶し阻冨遡永︶して︑父母に謝

し︑且ついし女に詫びて︑其後は︑夫妻諸共に産業を偕み︑厚

く所親に事へ七かぼ︑文政七年と云ふに︑其事︑藩主毛利侯

に聞え︑身柄一至地下足役を除かれ︑毎歳︑米壹俵宛を賜ひ︑

嗇屁︵他にも屡褒美を受けれりしが︑舅姑︑及び夫の死後も

貴︵強健にして︑子孫数多を教養し七十歳の時には︑常時単

比の特典たる苗字を禰することを免され︑石川いし女と

ぜの轟止笑潟湖λ塵4今jヤyて

汝イタふ片なめ尽右T

聡りすし4ん

呉ぅ轟か 漬瓦づき

ずれ漑司ぷ

溥斎きy汲︵ず私伊れ

(25)

て︑今に地方の人々は︑人の妻たる者の模範と攻すと云ふ︒

     第七 兄弟相互の﹃務

兄弟は︑同ヒ父母より生れ︑同じゃうに養育せられたる者吸

れば︑これを植物に替ふれば前作の榎を同うせるが如し︒誠

に至密01閲係と謂ふべき吹り︒かつ夫れ︑吾人は︑軍掲に生存

ずる者に非ずして︑必友人ど共に生存する者攻れば︑別けて

同根たる兄弟と共に︑安寧吹る生活を遂げんことを順ふべ

きは︑理に於七永︶︑情に於て凩必︒然るーべき道喩りとす︒されば︑

弟妹たる者は︑篤く兄姉を敬ひ︑兄姉たる者は︑深く弟妹を愛

4 ・

み︑歓渠相譲り︑鼓難相救ひ︑事々義により鐙を殼じて︑宜しく

友義を全うナ﹂べ・き優雅︒十       <

 加賀國︑能美郡︑吉谷村の百姓︑清丘︵衛が子は兄弟六人あり

 けり︒其總領を八右価・門といひ︑其次を新右衛門︑次を喜丘︵

 衛︑次を僣八︑次を叉︑八︑季を済左衛門と呼べり︒六人旱りて

 孝友に厚く︑共に同村に家を構へ︑若し﹃人故ありて︑耕耘

 に後る^ ^\j Q事あれば︑他の五人は︑必・K誘ひ﹄合ひて赴き

 助けーり︒

(26)

等あり︑我政見上より賜ひし資産に次ザて︑今は入ぶ所︑需

用に鈴るに至リしかば︑かねて頓輿浴らし田地を本家に

還し納谷べし︑汽頻に勇み︷語れるを︑見も然らばとて︑其意

に任せ︑其代︸ザにとて︑最示敢穫多き山を揮びて︑之を喜兵

衛に輿へけh7.

兄弟の友義︑鴬恰︑總て斯くの如く吸るのみ喩らず︑八右衛

門の性行甚ぷ緬正啖りしかぼ︑村民皐げて里正こ仰ぎ︑其鈴

徳の及ぶ所︑弟等屯︑亦皆村人に尊敬ゼられたりきとず︒

        卜J.≫s≫■  力'f'A僧々丿一濁

詩憩

^>..

(27)

等濯北一 g`y 苫蓬 佃師.刈稽︒一y 一二−−−曇 四

   十 第八ぃ 夫婦相互の務

夫婦は︑人倫の始めとて︑新巻息9根本喩れば︑其志行の善悪

邪正は︑子孫にまで︑影響するもの喚り︒故に︑倶に奥に義に由

り節を守りて︑一家の美風を造らざるべからず︒狗︒詳に之を

言へぼ︑夫は︑非理を避けつ^  <Hく妻を勢仇妻は︑内行を敬み

つ^   H>く夫を助け︑爾々柚待ちて和合を務め︑事々相規して

善行を勣み︑終始夫たh7婦たるの大義を相重んじて︑過誤を

伝へ合ひ︑皺難を恋ぴ果して︑以て偕老同穴を遂げざるべか

らず︒若し夫れ︑夫妻の志行斯くの如くにとて︑よく其産業を

振興しヽよく其子女を出世せしめ涜ばヽ営に夫婦の曼喩るの

み忿らず各其父母を顕彰し得て︑自ら孝道に屯合ふかのな

 山作内一豊︑初めて織田信長公に仕ぺし頃︑東國第一の名馬

 啖りとて︑安土にひき来りて資らんとする者あり︒稀咬る

 頁馬啖れご丸價翰りに高ければ︑求むる人優くて︑商人は︑

 空しく牽奇瞳らんごせhy︒      く

 一豊彼馬欲しく思へども︑力及ばず︑身の貧し1程口惜し

 き事優しどて︑歎万けるを︑妻聞きて︑其價を間ひ︑左程に思

口ひた使はん物優らば︑建に買取りたまへ︑とて︑鏡毫の下よ

 り黄金十爾を取出して一豊に渡七けり︒

一 ニ ェ j i 辿 j l … … . k = j = l ・ J ; ・ ェ j , ミ ミ ・ J ェ j i … … … i j . ゝ h t t p : / / w w w . … … … X j ェ … … … … 1 … … … …

(28)

等海曹 碩夕 誦覗 号障刀誦−月V二二

一豊大いに驚ぎ︑此年頃の

箭しさ︒いと苦しき事のみ

多かカ七に︑此金ありと屯

知らしめず︑いかに心強く

も包みたまひけんが︑云ふ

     (SSJ‑>≪iJMHs>に︑妻は︑さ思召すも理喩が

ら︑これは初めて君に嫁ぎ

し時︑父の殊更に賜はりて︑

夫の﹇大事為らん時參ら

ゼよ︑ゆめノぐヽヽ尋常の事に ホ 四付

jy

喩用ひずどて︑此鏡毫に入れた戈ひし黄金吹れば︑日頃の

貧しさ苦しさは尋常の習とし︑今日tでは秘め置きたり︑

されど︑此度都にての御馬揃︑斯る時咬らでは︑いかで︑殿にご硲傍輩にも見知られたまふべき︑頁き馬召七て︑忠言;

たく思へぼこ3︑かくは參らずる晏れ︑と︑云ひけり︒

一豊喜μこと限喩く︑やがて彼馬を求めけり︒  /♂ I I

程吸く︑都にて馬揃ありしに︑信長公︑其馬を見て感賞大方

吸らず︑事の由を尋ねられければご豊云々と語りしに︑さ

咤は︑天下に我方喩らでは買ふべき人あらヒどてぼ

(29)

吸り︑然るに︑夫妻心を一にし︑貧しき中にて︑斯る名馬今買

ひ得たるは︑我家の履示こ︶了ゝぎ︑弓箭取る身の令屯あら

はれて殊勝優々︑汽頻に嘆侑せられたりしが︑是より︑一豊

は︑次第に取立てられて︑遂に歴々の大名とず優りにける︒

夫易和︒家之肥也︒︵膿E︶

     第九 子女に對ずる務

︒父母と喩りては︑其子女を愛せざるぺからず︒愛に姑息の愛

あh7.気誠の愛あり︒何事にあれ︑唯子女の言ふが優に任ずる

が如きは︑心身を放縦優らしめ︑成長の後︑或は柔弱︑或は傲慢

にして︑用をft <fj ‑^る人物とち喩る永︶の咬れば︑斯る姑息の

愛に溺るゝこと昧宜七く慣み禁辿ざるべからず︒然土て︑常

に子女の身殷・を強健に育つる戸共に︑遠く前途を慮りて︑其

知識︑徳性`の養成に心を用ひ︑常に慈中に巌を保ち︑巌中択慈

を存して︑徳行の模範と喩り︑事々ぃ清約を旨として︑家庭を愉

快にし︑義方の訓庸︑學業の奨励怠る所吟一く︑以て淳頁端正の

人物たらしめんことを期子べき喩り︒

 小宮山岨嶽は︑其子幽晦の幼少涜る頃︑気短かにして︑事に

 物に堪恐し難く︑常に癖痕を起すを憂ひ︑なら恐字を書き︑

 之を扁岫とし咤︑昌嬌砂書斎に掲げしめけり︒昌嬌痛く是

 に感酢して巣を作りて過を改むるを訟ひ舗夕額面を見

% へ   ` X

(30)

−−示潤一−岫倒 回膳刀飛jy 一一一

一4 一一

胴債必澗必胚礁糎剔刷

 る毎に︑深く己

 に反求しけれ

 ば︑何時しか粗

 暴の風光︶改ま

 り︑長ずるに及

 びて︑寛仁大度

 9人yと啖り︑文

 學に達し︑水戸

 侯に任用せち

れたりきとず︒九天親として其子の徳性を導かんには︑斯y

くの如く妥﹂涜る這によるべき優り︒

量子黄金浦嘉承如教子一握︒︵:︶

池田光攻の室︵弩︶は︑終始夫を難敬して︑よく婦道を守りた

る人咬りけり︒常々其女児に諭しけるやう︑總じて︑女は女

らしきを頁しご寸ら何事七柔和にして︑我心を以て心を制

へ︑男に勝たんと思ふこと勿れ︒常に夫を敬ひ鸞び︑粗略攻

る振舞あるべからず︒夫婦は唯一生の緑のみに非ずと屯

言ふこと安れば︑其初めよく其人を撰みて之に嫁ぎ︑胱に

一旦我夫と仰ぎたる上は︑身を惧みて二心に夫の幸運を

(31)

帽刷匝 応鯛 感化 帽謬

厚憚丿腿上上

羽慨ぬぷ川.一同.

は内を治むべきもの優れば︑家内の事は︑些末の事に至る

まぺ皆心を留むべき所喩り︒叉︑嫉妬は︑女の最も慣むべき

こと涜れば︑縦ひ︑心にぷ快の事ありと丸小き事は顔色言

葉に見MJ   t−るをよしとす︒されご︑夫のぷ徳︑其名標にも拘

る事と知り秀二は︑気に逆らはよ心やう心静に諌むべし︒叉︑富

ご貧とは︑貴賤に拘らず免れ難き斂吸れば︑平生によく倉

みて︑富裕涜り本て決して奢ること喩く︑夫の所得に従ひ

て︑何事も其程々に計らひ︑ゆめノ\女の這に背くこと攻

かれど︑教ぺたりきとず︒

   KAIiIS1h**< ^alh教海爾子︒式穀似之︒︵;︶

 コ      `   レ      レ

     第十 主二従相互の務

     第プ諮千   \

僕婢を使ふには︑第一に家風を言ひ聞かせ︑主従φ膿儀を正

しくすべし︒規律忽せにして︑親しみ過ぐる時は︑侮9て家風

を乱し︑或は︑怠りて﹂約束を守らざるに至る︒されご︑凡天奉公

する者は︑皆其主人主婦脊頼みにずる者吸れ楼︑親−切に物事

を教へ︑何事に屯苦勢少きやう︵に召使ひ︑僅喩る過失を以て

怒り疎んずべからず︑檜むこと甚Lけれぱ︑必J

(32)

憾E脂肪 μ斟3一 誦召︑ J.∃μ力1バy 一一一  * 五十六 一゛j1yjlfl一l″ln⁚

這攻り︒

 翁軍徳川家書公︑一日近侍

 に命じて︑髪を剃らしめし

 に︑近侍誤りて︑頷に傷けゝ

 るを︑公は︑何気喩き穀にて︑

 其方は剃刀の用方下手吸

 り︑我なら試みんこそ︑其剃

 刀を取り︑陽りスニたび三

 たび︑鎖の逼を剃る篇似し

 て︑さて言はれけるぼ︑我は

其方よりヽち下手に肴ヽ9けり︑談りて鎖に傷けたり︑特醤を呼

べ︑ぺ命じて︑血留の平常啖ご委さしめ︑常の如く談笑せら

れけり︒されば︑近侍は恐催戦慄して︑人を頼み︑過を謝せし

に︑公は︑否とよ彼ぶ罪には非ざりしず︑発表向に沙汰す可

らず︑ご︑答へられければ︑聞く者︑其寛仁の徳を感賞せざ.る

は無かりきとず︒彼時代の翁軍にして︑嗇︒且つ然り︑呪んや

其他の者に於て︑従者を僕つに︑斯くの如き心吸かるづ仔

んや︒

(33)

僕婢︑其他︑吸べて人に仕ふる者は︑温和︑誠賓︑勉強︑倹約︑恐耐等

の諸徳を備へて︑主人︑及び︑其巻数を鸞敬し︑何事屯指揮教壽

を奉して︑放縦怠慢吸るべからず︒金銭に掴しては︑其出納を

明にし︑業務に圓しては︑丁寧に取扱八︶て︑必丿共功績を聯ぐる

を期しボに主家の粛策を劫けて︑久しく仕へんことを務む

べき吸hノ︒       十

 備前︑鋼甫函小吏の挺にて︑ちん女と云ひしは︑七歳の頃よ

 hこ将士若y原監物の家に仕へたh7しが︑享保の頃︑監物︑故あ

 りて備前を立退くこと‑A  。>M^監物の養母と飾とは︑ちん

 女を件ひて京都に赴きけh7.

 元来︑若原は︑世禄三千石の家攻れば初めぱ︑男女数人を従

十へ行きたりしが︑何れも流浪の歎難に堪へ櫛ず︑三四年の

 間に︑何時と`喚く皆離散せしかごぢ︑伺屯ん女のみはし盆忠︒

 賞に仕へたりけh7.

 其後︑彼養母は六十鈴にて︑貧困の中に病死せしをぜん女

 は︑﹁叫が衣服喩ご曹了ム傍ひて︑そうノぐx︒に之を葬りしが︑彼

(34)

岡ち り 妙斯か如抱且 主

山 し酒家 く り く し其従 にか量はてげ捨て病二

諮ぼさ・循蛍りいゴ身人

y)゛藍れ主僧 ゜疎ナ忿の 玉物て池年  tに翰る活

十がボ眼中  忿乍主計 二飾跡緞づに・ る一人を

歳ち得敗者  事日を立 に亦立よ原  忿 の介ス

メ;

 l

スJ

り?

R

Jりlj

て終りし後曳屯ん女は︑常に彼二人の位牌を祀りて︑時々

の供養を怠らず︑八十九︒歳の高壽を保ちたりきとず︒凡3︑

主家に仕ふる者は︑情誼に厚こきこと︑必ど︶ん女哨如くあり

たき屯の喩り︒   上

      K         IS         ^       ih        wt.語誠書冠︒澗之廬︒

︵侃々山︶

(35)

等脂肪 がよJ 誦苛 拶蹄^r ^' I f 1

剥⑩た耐叫ぬ眠拭掃国翔

関係ある人喚れば︑殊に誠意を書じ合ひて︑︼水く交情を保た

ずばある可らず︒而して︑永く交情を保たんにぱ︑第一に正直

高嗇攻る人を朋友として︑互に徳業を裁制するを要寸︒ぷ徳

の人と交るは︑危瞼の甚しきもの喩り︒其次は︑相交るに鐙と

信とを峡く可らず︒我が年歯長ずればとて︑或は︑我が地位好

ければごて︑或は我が學識高ければとて︑友ごせる人を賤し

み軽んずるは︑朋友の鐙に非ざれば︑宜しく對等吹らん事を

務むべし︒叉︑事の秘す可奇は︑互に深く之を秘し︑事め助く可

きは厚く之を助けて︑其間︑毫髪の隔意喚きを信の這の要義

とす︒      ︒−

 細井廣渾は扉穂義士

 のI人喩る堀部武庸

 と親み深かりければー

 像め復顛の謀をも知

 りたりけん︑武庸等か

y吉頁の邸に打入る⁝⁝夜︑

 密に相會して酒を飲

 み︑奮を談ヒ︑詩を賦し

(36)

一 一 − 一 一

啓屹祁北 ¥7 循啄 劃.呻力源1ぴt 一一一

十四

th7しかば︑廣渾は︑吉良の邸に火はあがるやと気遣はし

く思ひぺ夜更け人定るを僕ちて︑恋び々々に家の棟に登

 か*!   'n      ヘリ︑固唾を呑みて其模様を伺ひけり︒やがて︑事鎮まりぬと

思ふ頃︑内に入り︑岩てこヽらずして起き居しに︑忽ち戸を叩

く者あ二wy︒心得てなら戸を明くれば︑果して武庸にて︑思を

遂げし肉を語り︑之を形見にとて︑脇差の小刀を潜り︑叉︑武

林唯七気かつて廣渾み相識吸りければ︑唯七は︑血に染み

たる乎覆を奥へ︑親しく訣別を告げて出行きぬ︒

其後︑廣渾は︑彼等より享けたみ二品に︑由来を書き添へ︑之

を二面に附封して秘ヽめ置き︑有りし事ど屯︑生涯堅く敬み

 て︑家人にさへ露許柘語らざりけれぱ︑廣洋が歿後︑其子︑九

︒皐︑彼面を開1見るに及びて︑始めて之を知りしと優ん︒

久こ鸚ぶ忘平生之言︒︵論語︶

     第十二 今衆に對する務

  ≒ 土 第プ篠

一般?世人に對して︑普通に守り行ふべき這を︑正義と云ふ︒

正義め重喚る者を聯ぐれぼ四万つ為り︒

     ︼︑生命に圓ずる正義

 j  ノス 財産に贈ずる正義

(37)

舷記肪 ズフ 肩衝 司印︐J咳一V︒二I

     四︑自由に嗣する正義

是喚u7︒

      第二飾∇         ︑︒

抑︑吾人は︑己︒の生命をaら安全に保つべき者吸れば︑亦他人

の生命をIも安全に保たしめざる可らず︒故に︑正常防禦安ご︑

萬々aむを得ざる事を除くの外は︑殺傷︑殴打香ニヘ總て他人

や身穀を毀損す可らざるは勿瞬他人の疾病︑災厄等に罹り

て︑死に逍れるを見て一は︑必︒其生命を救助す﹂べきの務ありと︒

サ︒蓋︒殺傷は︑至極の罪過・秀ごやに由り︑之に反して︑他人の生存

を助くるは︑至極の功徳と玄るもの優り︒

(38)

等姦1 f夕 誦葡 巡呻刈1︲一司−︷︸−丿

云へる富豪の人ありて︑痛く之を歎き︑几了燈娠したる者

ありと聞けば︑自ら其家々に赴きて︑たとひ如何許貧窮ま

りとち︑子を間引くものに非ざることを懇諭し︑且つ其養

育料を輿ふること︑年々数十人に及びければ︑人あ9て︑其

費額莫大肴るべし︑と︑云ひしに︑米價賤しければ︑多分の事

にもあらず︑世の中は人14多かりてこ3︑銘4め生存丸頼

丸しけれ︑とて︑唯其多くの貧民の子の成長するを渠ふた

凹ご安んJ斯る慈善の行多かり七かば︑官︑厚く賞して︑内藤

安る苗字を賜ひ︑且つ帯刀を免して︑士格に准ぜられきと

ず︒げ﹂に平左衛門6如きは︑よく人の生命に對ずる正義を︑

武官履行したる者と謂ふべし︒    一

 我奄亦 をし︒とこ万思べ をむと思ぶ

   命はれ鳶ヒ 命次√hyず々 y

第三節

財産ごは︑吾人が生存に映くべからざる物品を︑正常に所有

したるを云ふ︒蓋︒祗會の乎穏咬るは︑天地間の物品`にずれ3

れ持主の定れるに由る屯の涜り︒故に扁盗詐偽の類を以て︑

(39)

者ありしが︑家事莉卸かにて借財多く︑已むを恟ずして︑其

職を餅せんとするに及べり︒偶雅徳が︑僅に米一俵の資本

にて︑癈家を再興したることありと聞き︑其オ能に感じて︑

懇に家政の整理を依托せしを︑雅徳は再三辞退したれど︑

強ひて請ひて止まざるにより︑慨然ごしていふやう︑噫服

部氏は我藩皐の・重臣攻り︑今貧困のために節を屈して我

・に侠る︑我︒之を救ぱずば彼作必つ亡びん︑さては︑君侯屯一方忿

 らず心手痛めらるべし︑と︑遂に家政を挙げて一任ナるこ

年の後に期し︑漸く整理に力を轟

(40)

一 一 一 一 −

擦点聊 ど夕 岫碩 回呻 一軒遵1一y 二︷     * 七ナ 一 徊俄一会澗aR砿節狽現

 ︒︒か︑翰金敷百圓を添へて︑家政を服部氏に返したりきとず︒

         タ   ツ   チ義以建利︒゛申叔蒔゜

      第四節

吾人が︑名誉を重んずるの念慮は︑身殼を重んずるに等しき

のみ肴らず︑時としては︑身穀を失ふごも︑寧n名誉を傷けまヒ

ご欲することあり︒されば︑他人の名誉を毀損ずるの罪悪は︑

他人の身殼を毀損するに同ヒきのヽみ資ら︒ず︑時としては︑更

に一層烈しき苦痛を感ぜしむることある永︶のまいソ︒

﹇時の怨恨︑忿怒・攻どよりしペ他人に對して︑悪口を吐き︑或

は︑事の箕偽を屯明にせずして︑他人の悪評を傅ふるを誹誘

と云ひ︑叉︑怨恨︑嫉妬︑債疑喩ごの心より︑他人を悪に隅れんと

し七︑事賓喩y事を造り語︲るを浚漣﹂ご云ふ︒

誹誘漫談の類は︑他人の名標を破る︑屯の吹るにより︑之右但

むべきは勿論︑縦ひ︑他人や邁悪を知れりと火社會に害吹き

限は︑之を毅くべきに非ず︑自己の仇敵吹り摩曳事の畢賛す

べきは之を禰賛すべき喩り︒

藤原基俊︑博學にしぺ和歌を能くじけれども︑常にdバオ

      か さφ     −       一に碧りて︑他人の和歌に對し︒瑕疵を論評ずる癖ありけれ

ば︑之を憎む人屯多かりけり︒

其頃︑惜に琳賢公云へる者あり

(41)

の歌とは心附かず︑口を極めて之を普議せしかば︑琳賢は︑

計略首尾よく中てたり︑と︑心扁に之を喜が︑其後︑人に逢ふ

毎に︑基俊は如何許の歌人喩るにや︑勅撰の和歌を悉く非

難せり︑とて︑頻に汲毀したりきとず︒

︒︒︒.      J  チ   レ   ノ   チ        見爾前︒慮爾後︒︵歴代ぉs︶

  二      ︸   二      一第五節

吾人は︑生れ秀二yらに︑身殼の自由︑真心の白面を侍者石几此自

に妨ぐ可らざるもの喩るに︑他人を強迫して︑dぷ意

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