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日本構想フォーラムPart2

キリンの首は最初から長かった。ダーヴィンが成し

遂げた偉業

2016/8/16

生物学が科学の最先端になった

西川:前回説明したように、17 世紀にスタートした科学はニュートン力学とし て完成し、その方法は今日の物理学に脈々と生きています。しかし、「目に見 えない因果性はすべて捨てていいのか」という反省が常に湧いてきます。 実は、この目に見えない因果性を抜きにして考えられないのが生物学です。 心を切り離した機械として生物を見るのではなく、生物全体を扱う生物学の端 緒はドイツの哲学者、ライプニッツです。このとき問題になったのが、生物の 体の形が最初から存在するとする前成説と、要素が集まって作られるとする後 成説です。機械論では、最初から機械が完成していることが前提であり、発生

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(誕生)というものがないのが最大の問題点でした。(編集部注:人や神の意 思や目的があるとする目的論に対し、機械論は現象を力学的な因果連鎖だけで 説明する立場) しかし、ライプニッツのモナド論では、要素が構造を形成していくという発生 概念すなわち後成説となっています。一方、機械論ではどうしてもすべてが最 初から存在する必要があるため前成説になる。 ライプニッツは生物学者ではありませんが、彼に続く自然史の学者たちは、「細 胞のような複雑な構造体が後成的にどうしてできたのか」を研究テーマとしま す。 面白いことに「生物」は英語でいうと、オーガニズム(組織体)です。日本や ドイツでは「生命体」と表現しますが、英語では最初から生物の意味に、組織 体を加えています。ですから、自然史の研究者は、物理現象とは全く違う、オ ーガナイズされたものが世の中にはあると感じていたわけです。 カントの『判断力批判』は、美学と生物学について書いてありますが、最後の 部分に「生物には自然目的という物理学にはない因果性がある」と明確に述べ られています。 この自然目的という物理学には存在しない見えない因果性を、初めて科学にし たのがチャールズ・ダーウィンだと考えています。 なぜかというと、ニュートン世界では、必ず原因があってその後に結果が起こ る。ところが、カントの自然目的では、目的自身は未来にある。まだ存在しな い未来に因果性(最初に目的)はあるはずがありません。 基本的に物理学ではありえない未来に対する因果性(自然目的)を生物は持っ ている。だとすると、これを説明する必要が出てきます。それをやり遂げたの が、ダーウィンなのです。

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西川伸一(にしかわ・しんいち) NPO 法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン(AASJ) 代表。 1948 年生まれ。1973 年京都大学医学部卒、京都大学結核胸部疾患研究所にて研修医、医員、助手を経て、 1980 年から基礎医学に進み、毎日作られては壊される細胞の新陳代謝の根元を支えている「幹細胞」につ いて研究を続けている。ドイツ・ケルン大学遺伝学研究所に留学。帰国後、京都大学胸部疾患研究所にて 助手、助教授を務めた後、1987 年熊本大学医学部教授、京都大学大学院医学研究科教授を歴任、2000 年 理化学研究所発生・再生総合科学研究センターの副センター長および幹細胞研究グループディレクターを 併任。2013 年、あらゆる公職を辞し、JT 生命誌研究館顧問及び、NPO 法人オール・アバウト・サイエン ス・ジャパン代表理事として新しく出発。 JT 生命誌研究館では、核酸という物質が、物質ではない情報 という性質をいかに発生させたのかを理論的に研究している。

キリンの首はなぜ長いのか

ダーウィンはその進化論(『種の起源』)において、複雑なものも単純なもの から進化してくると説明をしました。進化論以前は、生物は神を頂点とするヒ

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エラルキーのもとに最初から作られている、あらゆる生物が神の創造の産物だ と考えられていました。 この発想を最初にひっくり返したのは、実はチャールズ・ダーウィンの祖父の エラズマス・ダーウィン(哲学者、医師)です。 彼は迫害されないよう「詩」の形で進化論を説いたのですが、可哀想なことに、 それでも迫害を恐れて偽名で本を出版しています。最初に進化思想を明確に述 べたのは、フランスのジャン・バティスト・ラマルク(博物学者)でしょう。 ただ、ラマルクは「単純なものから複雑なものができる」と説明したとき、そ の理由をスーパーナチュラル(神秘性)すなわちカントの目的論にそった説明 をしてしまっています。そこにダーウィンが登場します。 ところで、進化論というと、「キリンの首はなぜ長いのか」という有名なたと え話を使って説明されます。高いところにある葉っぱを食べたいという目的が できると、環境に合わせて首が長くなると考えたのがラマルクです。まるで現 代の僕らの自己啓発みたいな話です(笑)。この話は、つまり目的が因果性と なり、未来の体の構造を変えるという発想です。 ところが、チャールズ・ダーウィンの進化論は、まるっきり違う考え方になっ ています。簡単にいうと、最初から首の長いキリンと短いキリンが存在してお り、環境によって適者生存で選択され、首の短いキリンは絶滅してしまうのだ、 と説明しています。 すると、首が長いという結果が最初からあったことになります。この「未来に ある結果が最初からある」という言い方をしたことで、ダーウィンは初めて科 学的に「目的生という因果関係の時間的逆転」を科学的に説明することができ たのです。 このようにダーウィンの業績を説明する人は私だけかもしれません。事実ダー ウィンの進化論は自然選択の側面が強調されて説明されます。しかし、ダーウ ィンの著作を読むとわかりますが、当時はすでにハーバード・スペンサー(哲

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学者)やマルサス(経済学者)らが自然淘汰(とうた)を唱えており、生物も 自然選択されるというのは当たり前のことでした。 だから、ダーウィンの種の起源では、一生懸命「どうして最初から多様性があ るのか」に力点を置き、実際大きな多様性が種の中に発生する可能性を延々と 書きつづっています。例えば、ハトのブリーダーは、簡単に1 年で羽の形を変 えられると言っている話も出てきます。 現在では、遺伝子の仕組みがわかったことで、多様性が生まれることを理解す るのは簡単になりました。 なぜなら、遺伝子から見るとハトにも多様な個体差が存在していることがわか るからです。しかし、当時は遺伝子の知識はないから、自然選択は理解できて も、多様性の存在は説明が難しい。だから、様々な例を使って多様性を説明し たのがダーウィンのすごさであって、その内容は正しいものでした。 島田:ダーウィンの進化論は、生存競争ばかり強調され、適者生存の社会学的 悪用みたいなイメージになっている。 西川:ダーウィンの時代、もう生存競争は当たり前のことだったんですね。 島田:このままだと、ダーウィンの真意がずっと誤解され続けてしまう。 作家 島田雅彦氏

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ゲノム情報解析の時代へ

西川:ダーウィンの正当性と偉大さは、20 世紀になって、情報理論が生まれた ことで、明確になり、多くの人に受け入れられるようになります。情報理論や コンピューター理論を発展させたのは、クロード・シャノンとアラン・チュー リングです。 シャノンは情報と電線(電気回路)を研究する中で情報理論を確立しました。 すなわち電線を通して「本日は晴天なり」と情報を流すとき、その情報が電線 の物理特性により変化させられる現象を研究していたわけです。 この研究は物質でない情報が物理的因果性の影響を受けることを明らかにしま した。チューリングも同様に、シンボルを機械運動に変えるというコンピュー ターの原理を研究し、シンボルという非物理的な因果性と物理的因果性を対応 させる理論を打ち立てました。僕から見ると、両者の業績はまさに物理学を超 えた世界です。 20 世紀は情報の世紀で、情報が物理量ではないと考えると、当然ダーウィンに 次いで、目に見えない因果性をシャノンとチューリングが扱ったことになりま す。これは僕的な理解ですが、シャノンもチューリングも、ダーウィンに続く 生物学者と位地付けるべきで、彼らの業績の結果がヒトゲノムの解析へとつな がったのです。 ヒトゲノム(全遺伝子情報)とは塩基の並びであって、ABC…と記号化してコ ンピューターの中に入れることができます。それは何を意味するかというと、 DNAとは情報であって、紙や音や映像など媒体を問わず、同じように表現し たり、移動させることが可能であることです。 情報の凄さとは、YOUTUBEなど回線を通して、一瞬にして物理的距離を 超え、何千万、何億もの人が同時に使えることです。この事実は情報が物質じ ゃないということをはっきり示しています。もし物質だったら、米粒1 つでも、 何百万人に配ろうとしたら、多大なエネルギーが必要になります。

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20 世紀になると、DNAは情報として、しっかり捉えられるようになりました。 ですから、ヒトゲノムプロジェクトは、ダーウィンからスタートした目に見え ない因果性を科学に取り戻す流れの途中の中継点といえるでしょう。 一方、数学や物理の世界では、目に見える物理的因果性の解明は進んでいます が、学問自体が目に見えない因果性を取り戻し、解明する方向へと積極的に進 んではいません。

科学が解明すべき3大テーマ

では、これから先、見えない因果性を取り戻すため科学が取り組むべき課題と は何か。僕は3つあると考えています。 1 つは、人間の全く関与しない情報理論の構築です。神を認めない限りゲノム情 報に出しては存在しません。一方シャノンやチューニングの既存の情報学では、 情報の出し手、すなわち人間が最初から存在しています。 ゲノムは情報の出し手がよくわかりません。自然に地球上にゲノムとして生ま れ、進化の結果として僕らがもともと持っているものです。その情報は、どう いうふうに成立したのか。出し手はどこにあるのか。これを情報学として研究 していくことです。 2 つ目は、どうして無から生命体が誕生したかです。38 億年前、地球上にはゲ ノム情報はなかった。それがあるとき、時間をかけて地球上に情報が誕生する。 無から情報はどうしたら誕生できるのかを研究していくことです。 3 つ目は、世の中には、わかることと、わからないことがあるという二元論をい かに克服するか。この3つを学生には、頑張って挑戦してみようと言っていま す。といっても、ゼロから考えるのは酷でしょうから、僕自身の考えを話して、 考えるためのヒントは提出するようにしています。

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情報について考えてみましょう。情報は、2 つの経路から生まれます。1 つは、 僕が何かを伝えたいという着想があり、それを誰かに伝えてその誰かに解釈さ れる情報。もう1 つは、自分が情報として解釈するものです。たとえば、雨の 音が聞こえるから、出るときは傘を持っていかないといけないと思う。そうい う情報です。ここで前者は送り手のある情報で、後者は送り手のない情報とな ります。 なぜ、学生にこのような情報の話をするかというと、無生物から生物を作るこ とがそんなに難しくないということを若い人に理解してもらうためです。 ダーウィンは送り手のない情報に対して「共通祖先」という概念を使いました。 彼は、どんな生命も祖先を遡っていくと共通祖先にたどり着くと言い、実際の 共通祖先は何かを考えるのを回避した理論になっています。 そこで今後、生物学で送り手のない情報が実際にどう処理されていくのかを研 究すべきです。今、世間で話題の人工知能は、すべて裏に人間がいます。しか し、ゲノムには送り手はいません。このゲノム研究はすでに割と多くの研究者 がおり、あと50 年もすればかなり理解が進むでしょう。 ゲノムから顔形を予測できるか、デザインベイビーは作れるかについて、科学 者に聞くと「いやあ、できません。そんな簡単なものじゃないですよ」と取り 組んでないように言うのですが、発生学の科学者はこのテーマについて、本当 はすでに取り組んでいます。

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将来的には、人々の生活習慣などの膨大なデータが蓄積され、これにゲノム情 報を相関させることで、初めて新しい科学の歴史が創られるでしょう。

*明日に続きます。

参照

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